『俺は生きるためにするんだ!』

 プロローグ

 月明かりのない道路を俺は駆けていく。
 今夜は新月だ。今宵は魔のものが出やすい。
 それは俺には無関係だと思っていた。
 数か月前までは。
 急に立ち止まり後ろを向くと、さっと人影が電柱の後ろに隠れるのを見つけた。
 服装は、黒袴の巫女だ。腰には小さな刀を差している。
 やっぱり。なんど見直してもあの女は死神なのは明らかだ。
 死期が近い人間には死神が見えるという。
 これは、俺に死期が迫っているのか?
 嫌だいやだそんなの。俺は遊びたいんだ!
 せっかく孤児から身を立てて、能力者として独立したのに、ここで死んだら元も子もねえ。
 後ろからの視線が熱い。舐めまわすような視線に、悪寒が体を走った。
「くそ、どうする?」
 昨日もそいつをまこうとして裏道通ったが、だめだった。
 今日も道順変えるか?
 たしかこの先に、まだ行ってない裏道があったはずだ。
 どうする?
 俺はもう一度息を飲み込み、後ろへ向く。
 そいつは俺と目があった瞬間、また電柱の陰に隠れてしまった。
「くっ、このままじゃ俺がアヤしい人だ。行くしかねえ」
 俺はぼーっと突っ立って、隙を見せたあと、
「はっ」
 俺はすぐさまその曲がり角へ向けて全力疾走した。
「あっ」
 女の声だ。たぶん、死神の声のだろう。
 ふふっ、これでも俺は能力者だ。脚力は常人の数倍。
 一気に、俺は角を曲がった。
 たしかこっちは繁華街か。
 このまま俺はその繁華街を突っ切る!
 人と人の合間をすり抜け、裏通りへ。
 横目にチラッと金髪の女の子が男達数人に囲まれていた。
「おぬしたち、わしの大切なもんを返すのじゃ!」
 俺はその声を聴いて驚き瞬時に立ち止まる。
 後ろにいる死神も後方数メートルで立ち止まった。
 この声と一瞬の確認で、その女の子と男たちが吸血鬼だと分かった。
 しかも、あの女の子は真祖だ。滅多に見ることが出来ない真祖。その真祖の女の子を囲んで、男達はなにをしようと言うのだ?
 このまま無視した方がいいか? そういえばたしか……。
吸血鬼同士の抗争に巻き込まれて碌な目に合わなかった話はいろいろ聞いた。
 どうする? ここは助けるべきか。
 後ろの死神は俺の様子を伺っていた。
 どうせこの先、死神に魂を連れてかれるなら、吸血鬼の永遠の命にすがるのも悪くないのではないか。
 もっとも、ただ噛まれるだけなら、単なるグールになってしまう。
 相手側の吸血鬼がちゃんと能力を使ってもらわないと同じ吸血鬼になれない。
 ここは助けて、恩を売るべきかも。
 ま、それはそれとして、たまたま見かけた女の子を助けるぐらいの能力を持っている。
 力あるものとしては、義務でもあるかな。その女の子は真祖ではあるけれど。
 俺はすぐさま回れ右をした。
 遠くで見ていた死神少女はぎょっとして建物の影に隠れる。
 少女と男達の居たところへ急いで向かった。
「いい加減にせい。さっさとペンダントを返すのじゃ!」
 言い争いは続いていたようだ。
「そのペンダントにはあんたが必要なんだよ。ついてこい」
「な、なにやつ! 真祖のわれ相手にそれを申すか!」
「真祖対策をしていないとでも!」
 集団が見えてきた。
 その中の一人は、神父だと!
「下級の吸血鬼どもめ! 神父の仲間がいるじゃと!」
「そういうことです」
 俺は大きく息を吸って、
「やめろ!」
 と叫んだ。
 少女を含む八人が俺へ振り替える。
「人間か! てめえはひっこんでろ!」
 数人がすかさず俺に向かってくる。
「水よ! 散れ!」
 俺が得意なのは、水の能力の中で水流だ。
 直径10ミリメートルほどの水流を操って、敵を拘束したり、叩き潰したりする。
 霧の能力ほど殺傷はしないが、破壊力には定評がある。打撃系に近い。
 ここらへんにある湿度から10ミリメートル以下の細い水流しか作り出すことは出来なかったがそれでも十分だった。
 水の鞭が唸り、三人を横の壁に思いっきり叩きつけた。
「ガハッ」
「って、てめえええ」
 残りの四人が身構える。
「おぬしたち、われを忘れておるようだな。我も手ごわいぞ。さあペンダントを返してもらおう! 隠れ家を言え!」
「チッ、撤退だ」
 神父は少女に十字架を投げ、俺の方には煙幕を出した。
「キャッ」
 残りの二人は即座に首肯しあったあと、倒れた仲間を担ぎ上げて塀にジャンプする。
 神父と残りの吸血鬼もそれを追って、ジャンプして逃げて行った。
 煙幕が消えたあとには、十字架を避けるために後ろに飛びのいた吸血鬼の少女が居た。
 少女は十字架を見ないように、顔を横へ背けている。
 俺はそれをポケットにしまって近づいた。
「おい、大丈夫か」
 警戒した様子で、少女は俺を見ている。ゴスロリ服がところどころ破けていた。
 俺が来る前に、いろいろあったらしい。
「おぬしは何者じゃ。見たところ、一般人ではないようだが」
 少女は口を開けて、犬歯を見せる。
「俺は吸血鬼狩りなんてしねえよ。どこにも属してない、新規の結社さ。たった一人のな」
 少女はしばしば思案した。
「では、ペンダントに興味ないと?」
「ペンダント? あったりめーだ。ただ、可愛い女の子が襲われていたから助けてやっただけだよ。それに、吸血鬼の事情に軽々しく首を突っ込む馬鹿はそんなにいねえよ」
「…………」
 さてどうすっかな。このまま帰ると……うう、また死神の視線を感じるぞ。
「わしは真祖の吸血鬼、ニア・アルーサじゃ。おぬしの名前は?」
 お、これは良い感触かも。
「俺の名前は、石山正春だ」
「奥山正春か。……正春、おぬしに依頼をしたい。もちろん良い報酬がある」
 報酬? 釣れた?
「なら、報酬を指定させてくれ」
「なに!? 真祖相手に報酬の指定だと!?」
「ああそうだ。俺を吸血鬼にしてくれ」
 そういったとたん、ニアは顔を真っ赤にさせた。唇をかんでいる。
 もしかして、地雷を踏んだか?
「なにゆえ、吸血鬼を望む」
 返答次第では容赦しない、そのような覇気を感じた。
 俺は素直に応える。
「俺は死にたくない。できれば長く、楽しく行きたい。寿命がもう少ないんだ……」
「? わしを受け入れてくれるのか?」
 吸血鬼って意味か。真祖も大変だな。
「ああ、受け入れる。だから契約してくれ!」
「ふ、ふむ。おぬしが積極的なのは分かった。でもそれはおぬし次第じゃ。おぬしの働き、期待しておるぞ」
 若干動揺しながらニアは言った。
 そんなに契約は難しいのか。
「ああ、任せてくれ」
「それで、こらからどうするんじゃ?」
「ああ、まず俺の部屋に来てくれ」
「……まったく積極的じゃのお。だが、わしはそう簡単に攻略できんぞ」
 そりゃそうだろ。命がかかってるんだからな!

 章 プロミス・プライセス

 ニアがもじもじして動かないので、手を掴んで引っ張って歩いていると、死神の少女がいきなり目の前に現れた。
 俺はとっさに対応できず、ただ目と目を合わせる。
「ロリコン、変態でーす!」
 は? 開口一番なに言ってらっしゃるんですかこのストーカー死神は。
「へんたいへんたいへんたい!」
 ニアは俺の手を振りほどいて、
「まったく、このわしを子供と勘違いする輩がここにも……ほら、正春、どうにかしろ」
 いやどーみても子供だろ。
「なんじゃ? なにか言いたいようじゃな。言ってみろ」
 ニアの手の爪がサーッと伸びる。その切れ味は一目見て分かった。やばい。
「いいえ、なにもございません。そ、それより助けてくれ」
 俺はニアを盾にする。
「こら、わしを盾にするんじゃない」
「そいつ死神なんだよ! 命取られる~」
「ちょっと、正春さん! 私はそういう死神なんかじゃありません!」
 死神はぷんすか! という文字が見えそうなほど頬を膨らましていた。
「それと、私の名前は遠山 金奈(かな)です。かなと呼んでください!」
「なんじゃおぬしたち、仲良いのお」
「「仲良い」くなんかない!」
 むむ、と金奈は口を膨らました。
「ついに、死期が来たか。ニア頼む。前倒しで吸血鬼にしてくれ!」
「い、いきなりなに言い出すのじゃ! まだ早いわい」
「正春さん違うの! そうじゃなくて、なんで吸血鬼と契約したのよ」
 金奈はふわふわと浮かんでいるが、表情は真剣そのものだった。
「黙って死ぬなんて耐えられない。それなら、手を尽くすまでだ」
 俺は言ってやった。これが正直な気持ちだった。
「正春さん……」
「すまんが帰ってくれ」
「いいえ! 正春さんの最期まで見守ります。ではまたあとで!」
 金奈はそういうと、空高くへ浮かんで行った。
 その時、私だって、と聞こえた。何がだろうか?
「ふむ。あいつはおぬしのことが好きなようじゃな」
「おい、なんでそんな話になるんだ」
「おぬしの家が楽しみじゃ」
 安っぽい部屋だけどなーと心の声で答えた。
俺たちはマンションの中腹あたりまで上った。
「ただいまーって、まあ誰もいないんだけどな」
「おかえりー」
「こういう返答があるとうれしいもんだよ」
「おぬし、すでに誰かと同棲してたのか!?」
「ちょ、知らないって」
 俺たちは恐る恐る入ると、美味しそうな匂いが漂ってきた。
 まさか夕飯を残していく強盗か!?
 俺たちは勢いよく扉を開けると、すでに夕食の準備を終えて座っている金奈がいた。
「おまえなにやってんだー!」
「おまえじゃありません。金奈です」
「あ、すまん。金奈。ってそういうことじゃなくて」
 仕事はどうなったんだ? と聞こうとした。
「上司の許可はすでに得ています。新人だから融通が利くのです」
 それ、見放されたんじゃね?
 その上司が溜息ついてる様子が目に浮かぶ。そいつはちょっと禿げている奴だ。ああ、無情。
「おぬし、いい加減にせい」
「な、なんですか!」
「こっちの方が言いたいことじゃ。おぬしはわしの手伝いをするのか? しないのか? どっちじゃ!」
「そ、それは」
「おぬしが居ると話がすすまないんじゃ! さあ、どうするんじゃ!」
「……」
「か、金奈」
「手伝います! ですがあなたのためではありません! 正春さんのためです! でも、本気です! 死神の力、使います!」
 それは、喜んで良いのだろうか。金奈の力は役に立つ。
 でもそれ、俺の死を看取るためだよな?
 はやく、吸血鬼になりたい。
「……ありがとうなのじゃ」
 ニアは気が済んだのだろう。すぐに目をキラキラさせてイスに座った。
 俺も座る。
 当然のように俺は質問した。
「ニアが食べるのは血じゃないのか?」
「ごほっごほっ」
 ニアはオレンジジュースを拭いた。
「それは吸血鬼じゃ!」
「あなた吸血鬼でしょ」
「う、うむ。そうではあるが。……真祖の類だけは特別なんじゃ」
 真祖だけ特別!?
「そうなのじゃ。真祖は、通常の人間より吸血をするが、だからといって、食べ物を受け付けないというわけではないのじゃ!」
「あ、おい!」
「もぐもぐ」
 そう言って、俺の皿のカキフライをほおばる。
 返せええええ。
 ニアを恨みがましい眼で見るが、無視された。しくしく。
「この通り、食べられる。この真祖の特性と、ペンダントが、その……絡むのじゃ」
 歯切れ悪い。言いにくい話題なのかもしれない。
「ペンダントを盗んだ連中はどんなやつらなんだ?」
 先にこちらを聞いておこう。
「下級の吸血鬼じゃ」
「下級?」
「そうじゃ。あえて言えば、吸血鬼になったっばかりのやつらじゃ」
 なり立て。そんな奴らが真祖に喧嘩を売るなんてよっぽどだな。
「そのペンダントと関係あるのか?」
「そうなのじゃ。この、あのペンダントは、言ってしまえばチートじゃ。それさえあれば、真祖になれる。そういう話なのじゃ」
 なんか頭に引っかかる言い方だな。
「奴らは、わしの血を活用して、ペンダントで真祖になろうとしてるんじゃ」
「それが、ペンダントの能力なのですか?」
 吸血鬼の業界を知らない俺と金奈には、遠いお話すぎた。すでに頭が疑問符に覆い尽くされ始めていた。
「その伝説のペンダントがあいつらに盗まれたのじゃ」
「盗まれたって」
 ニアは目を逸らした。たぶん、かなりの失態だったらしい。
「ペンダントは母の形見でもあるのじゃ。どうか協力してほしいのじゃ」
「……俺の意思は変わらない」
「私は正春さんを守る!」
「ありがとうなのじゃ」
 なんか一名、目的が違うようだがな。
「さ、この話はこれでしまいじゃ。せっかく用意してくれた料理が冷めてしまうの」
 とニアは言って、さっそく食べ始めた。
 その豪快な食べっぷりに、金奈はなんだか嬉しそうだった。
 俺も一口食べてみる。
「あ、美味しいな」
「そうでしょ!」
 これはもう料理当番は金奈に任せとけば良いんじゃないだろうか。ニアには期待できそうにもないし、俺はコンビニだ。うん、そうしよう。
「……」
 ストーカー女に胃袋を握られるのはまずいんじゃないか、と一瞬思ったのは隠しておこう。
 あとはもう食べまくった。
 ほんとにおいしかったのだ。
 俺は満足したので、席を立ってお皿を片付けた。
「あ、待つのじゃ。契約の特典を聞かなくていいのかの?」
 特典? 永遠の命以上になにか特典があるのかな。
 俺、福引券とか面倒で回しに行かないタイプなんだよね。
 金奈は興味津々みたいだし、彼女に任せておこう。
「特典は楽しみにしておくから」
「ま、まだ心は決まってないんじゃが……」
 俺はその声を背に自室へ向かった。
 部屋はたくさんあいてるし、あとで聞くに来るだろう。
 まさか死神と吸血鬼と同棲することになるとは思わなかったな。

 目覚ましを押して、俺はそのまま上体を置きあがらせる。
 そのまま俺はそいつを凝視する。
 その横にはせんべい布団があった。これは金奈のものだろう。
 でも問題はそこじゃない。開いてる部屋つかえとか、同じベッドで寝るラッキースケベイベントとか期待していたとかじゃねえ。
 なぜなら棺桶がそこにあったのだ。
 全体的に真っ黒な棺桶で、金色の彫刻がところどころに施されていた。
 棺桶をいくつも見たわけじゃないが、高級感はそこかしこに漂っていた。
 いつのまにニアの野郎、部屋に棺桶を持ち込んだ。
 しかも、
 立ち上がって様子を見ると、透明な窓の奥で気持ちよさそうに寝ているのだった。
「起きろ、ニア!」
 だめだ。起きてこない。
 試しに窓を開けて手を突っ込んでみる。
「おーい、起きろ~」
 今度は頬を引っ張ってみた。
「起きろ!」
 寝起きのイライラもどこかに吹っ飛んでしまった。
 吸血鬼は真祖とて朝は弱いんだな。
 顔洗ってくっか。
 そのまま洗面所の戸を開けようとしたところ、自動的に開いた。
 金奈がバスタオルを巻いた姿で立っていた。
「あ」
 こういうときってなにを言ったらいいんだ?
 漫画やアニメではたまに見る。
 でもまさか、俺がその場面に遭遇するとは。
 はやく、はやくなにか言わないと。
 よし!
「死神って、体洗うんだな」
「私ってくさいって言いたいの? サイテーです」
 ――バチン
 金奈のビンタを受けてそのまま俺はひっくり返る。
 そんこと言ってない!

「おいしいなあ」
「……」
「おいしいなあ」
「……」
「おいしいな」
「そうですか」
 やっと口を聞いてくれた。
 金奈は溜息をついて、箸をおいた。
「もういいですよ。それよりも、今ニアさんが眠っているうちに、大事なことを話しておきたいと思います。準備は良いですか?」
 なんとなく察しがついた。これは死期のことに違いない。
「死ぬのはいつだ?」
「正確な月日や時刻は、禁則事項です♪ が、だいたいは教えます。それはあと30日後です」
「うう、死にたくない」
「なんであなたが私を発見できたのか分かりませんが、私があなたの魂を回収する予定だったのです」
 でも私は、とかすかに聞こえた気がした。
「ですが、闇の者とも呼ばれる吸血鬼とあなたが遭遇し、まさか契約するとは思いませんでした」
 まあ、必死だっからなあ。
「一応聞いておきますが、受け入れる気はありませんね?」
「もちろんだ」
 目の前に死へ対抗する手段があるのに、それに手を伸ばさない奴なんて誰もいない。
「わかりました。ただ、あなたの監視は続けますので」
 金奈はそう言って、また箸を取って食べ始めた。
 俺も舌鼓を打ちながら、吸血鬼になった時、なにをするかを真剣に検討し始めることにした。

 狭いベランダで日課の魔法の練習を終えて、部屋でごろごろしているときだった。
 時刻は正午に近い。
 この時間でもいまだにニアは棺桶の中で気持ちよさそうに寝ていた。
「ったく、っ気持ちよさそうに寝やがって」
 なんだか可愛くてじっと見ていたくなるな。
 じっと見ていると、彼女の顔が次第に赤くなってきた。
 おや、もしかして。
「水網!」
 俺は瞬時に右手の先に多重の水網を作る。
 ――ガシャーン
 そこへ、ドリルのように回転いた十字架が二本差しとどまる。
「ぐ、ぎぎぎ」
 強い。
 空中で捉えた十字架を、弓で矢を射るように放ちかえす。
 ――ビュン!
 ギリギリだった。
 敵はおそらく、昨夜の神父の方だな。
「ふぅ」
 反応が返ってこない。これで終わりか?
「おい、起きろ。ニア起きてんだろ!」
「ん? なんじゃ騒がしい」
「襲われているんだぞ今!」
「なんじゃと!」
 来た!
「水網! さらに多重!」
 先ほどの水流をさらに細くして、さらに多重に張りなおす。
 ――ビュン!
 そこへ弾丸のように回転する十字架が突っ込んできた。
「どうかしたんですか?」
 金奈が部屋に入ってきた。
「わしゃ、十字架は苦手じゃ!」
「それでもなんとかしろ!」
「くっ、寝起きはキツイのぉ」
 ニアはそう言って、犬歯で手をひっかいて血を出す。
「跳ね返すんじゃろ? わしの血の水分を使え! 十字架に触れないように誘導する!」
「らじゃあ! ……いっけえええええ」
 そのまま引き絞るように引っ張って、放った。
 先ほどの倍の速さで窓の外へ十字架が飛んで行った。
 どうなったんだ?
 ニアは目を凝らしてる。
「成功じゃ。奴は怪我を負ってる」
「よくやった」
「まったく、寝起きの上に光は慣れんもんだのお」
「うう、私はなにもできませんでした」
 ニアは目をこすりこすりした。目は真っ赤に充血している。
 ニアは俺の手をじっと見つめ、
「ちょっと手を出すのじゃ」
「?」
 ――カプリ
「ぎゃああ」
「ああ! 正春さんになにしてるんですか!」
 痛い。なにすんじゃあ。
 驚いて手を離そうとするが、ニアの口から動かなかった。
 あれ?
 でも、そのうちに痛みがどこかに消えて行った。
 吸血ってこんなもんなのか。
 ニアはそのまま五分ほどで口を離した。
 手にはどこにも傷が無なかった。
「おぬしの血は美味じゃのう」
「こらあ、ニアさん! 正春さんから離れなさい!」
 ――カプリ
「きゃあああ」
 金奈もニアに血を吸われた。
 彼女はニアの頭をバンバン叩くが、ニアは気にせず吸い尽くす。
 おいおい、金奈が一瞬薄くなった。
「もう十分だろ」
 ニアは頷き、満足そうに俺に顔を向けた。
「おぬしたちのエネルギーは美味じゃのお」
「いきなり吸わないでください!」
「なら許可貰えばよかったのかの?」
「それは、その」
 金奈の方も満更じゃなかったらしい。
「そ、それよりもニアさん! 昼食はどうしますか? あと、窓も」
「わしゃまだまだ寝る。ようやく気持ちよく寝られる環境があるんじゃ! 今日だけはゆっくり休ませてくれ。窓の方は知らん」
 そうか、信頼してくれてるんだな。
 それに、さきほど撃退した。なら、ある程度は猶予はあるはず。
 でも、
「窓があああ」
「正春さん……雨戸を閉めましょうか」
 金奈は俺を可哀想な目で見て言った。
 そんな目で見ないでくれ。うう、泣きたい。
 雨戸を閉める。
「おお、快適じゃの」
 ニアは嬉しそうだった。
「じゃあ寝るから。夜中、話し合おうぞ」
 そう言ってニアは棺桶の中に身を横たえた。
 棺桶の顔あたりの窓もきっちりとしめられて、中は見えない。
「私も出かけてきますね。その吸血鬼たちのことに関する情報を聞いてきます」
「ああ頼む」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 金奈が去ったので、ようやくゲームをしようとTVの電源を付けた。
 ニアも寝ている。
 これなら遊び放題だ。
 俺は吸血鬼退治の予習にと、ウイルスによってなったゾンビたちを倒すゲームに熱中することにした。

「んんー」
 背伸びをする。
 今日の成果は上々だ。これならニアを襲う吸血鬼たちをどうにかできるかもしれない。たぶん。
「正春、ご機嫌よのお」
「なんだお前起きてたのか」
「なんだとはなんじゃ。わしはなんども呼びかけてたぞ」
 ああ、そういえば、誰かに肩を揺さぶられたことがあったかもしれない。でも、殺気がなかったし気にしなかったな。
「もうよい。それよりおぬしのせいで遅い夕食じゃ。金奈も待っておるぞ」
「あ、金奈も帰ってたのか」
「とっくにじゃ」
 俺はニアについていくと、すでにテーブルに料理が並べてあった。
 金奈は座っている。
「正春さん、またこんな夜遅くまで」
「ごめん。夕食遅くなって」
「いいんです。どうせこういうことになるだろうと遅くから作ってましたから」
 そういえば、ストーカー金奈が見ているときも、こうやってゲームに熱中していたな。
「ではいただきますなのじゃ」
「「いただきます」」
 俺はどんどん口へ料理をはこんで行った。
 美味い。
 ゲームの熱中したあとはコンビニ弁当だった毎日を思い出すと雲泥の差だ。
 結果的に一人暮らしじゃなくなってしまったが、ニアと金奈が一緒に住むことになったからよかったかもしれない。
 ま、それも俺が吸血鬼の仲間入りするまでだがな。
 吸血鬼になれば、死を恐れずゲームに熱中できるかも。
 まさにそれこそ俺が求めてたものだ。
 そうだ、
「なあニア、俺がなる吸血鬼ってどのランクになるんだ?」
 ニアはもぐもぐしていたのを飲み込んでから言った。
「少なくとも中級以上じゃ。契約の時、血を吸うからあらかじめ覚悟しておくのじゃぞ」
 その点は問題ないな。能力者になってからは、痛いのには慣れているからな。
「どこらへんを噛むんだ?」
「そ、それは」
 ニアが突然顔を真っ赤にした。
 これは吸血鬼を想像して興奮しているのかな。
「金奈、おぬしも聞いておけ。おぬしも希望しておきたいのじゃ」
 え、金奈も? どういうことだ。
 でもま、吸血鬼になったら自由だから、俺とはあんま関係ないだろう。
 ニアは金奈の耳元に口を近づけ、こそこそとなにか話している。
 金奈は最初訝しげだったかが、おどろいた顔になり、顔を真っ赤にし、眉を寄せたあと、嬉しそうにうなずいていた。
 なにか気になるなあ。でも、吸血鬼に俺がなれるなら、こういうのもどうでも良いかな。
「おほん」
 ニアはしばらく俺を見つめ、
「よろしくなのじゃ」
「あ、ああ」
 別に悪い目に遭わすわけじゃないよな?
 少し不安がよぎったが、とにかく頷いておいた。
 食事も終えて、俺たちはTVを見ながらだらだらしていた。
 一応俺たちは警戒をしているつもり、なのだが。
「襲撃犯来ないですねえ」
 金奈はお茶をすすりながら言った。
 ニアは床でごろごろ転がっている。
「来ないのお」
 これは俗にいう罠だ。
 わざと隙を見せ、敵が攻撃してきたところを拘束する。
 誘い受け。
 しかし、普段とは違って隙を出し過ぎているから、かえって敵側は様子見しているのかもしれない。
「でも、こうするしかないんですよね」
 金奈はいつのまにか用意されたお茶菓子を食べていた。
 え、ほんとに警戒してんの?
 俺はソファーに乗って、ゲームをしている。
 警戒心を解いてるはずだが、ときおり周りがピリピリしてしまう感覚があった。
「あーもう、いったいいつまですればいいのじゃあ」
 ニアは床でごろごろするのに飽きたのか、俺のお腹の上に乗ってきた。
「ず、ずるいです! わ、わたしも」
 金奈も慌てて俺の太ももの上に乗る。
 あの、重いんですけど。
「おい降りろよ」
「いやじゃ、おぬしはこれが似合うのじゃ」
「ふふ、正春さんの太ももが気持ちいいです」
 く、二人のお尻の感触が、体をふにゃふにゃにしてくる。なんだかくすぐったい。
 冷静になれ、正春。女体なんかどうした。こいつらは人外なんだぞ。
 気を逸らそうとゲームに集中しようとするが、ふにゃふにゃした感覚につい集中してしまう。
「これじゃあ警戒が……」
「わしらがいるから大丈夫じゃ」
 立ち上がろうとしたところ、ニアに片手で制された。
 ニアの力、強い。
 すぐソファーに押し倒されてしまう。
 おいまだか吸血鬼ども。遅いぞ!
 ――ガシャーン
 その時、窓ガラスが割れた。
 瞬時にマントを羽織った男達が入ってくる。
(結界起動! トラップ発動!)
 ご近所迷惑になるからな。すぐに防音結界を敷いた。
 そして、マントを羽織った男達の一人が、水網にとらわれる。
「なっ」
 俺が腰を上げようとしていた時には、すでにニアと金奈は戦闘態勢になっていた。
 俺もすぐさま戦闘態勢に入る。
「ニア以外は無視しろ!」
 マントの男の一人が叫ぶ。
 マントの男は六人。
 こんな狭い場所で、そんな大人数を入れようとするな!
「わしをなめとるのお」
 たくさんの男達がニアに向かっているところを俺と金奈は分断する。
 俺たちを通り抜けた一人はすぐに壁に叩きつけられていた。
 ああ、大家さんに怒られるう!
 俺はすぐさま足払いをして三人を突き倒した。
 そして駆け出して、俺が捕えた一人を介抱しようとしてる男を思いっきり外へ向けて蹴った。
 ――ガシャーン
 窓ガラスが砕け散っていく。男は外へ自由落下していった。
 窓ガラスがああああああ。
「参ります!」
 金奈は懐から小刀を取り出して吸血鬼を切った。
 男の右腕がボトリとカーペットに落ちる。
「ぎゃああああああ」
 血しぶきがカーペットを真っ赤に染めて行った。
 俺の大切なカーペットが……。
「くそ、撤退だ!」
 男達は窓から小さな翼を生やして飛んで行った。
 俺は捕まえた男を確保しながら後方へ下がった。
 リーダーらしき男は俺の睨みに怯んで、この男を助けることを諦めたのか、そのまま出て行った。
「やったです!」
「んぐー! んぐー!」
「さて、おぬしらの本拠地を話してもらおうかのお」
 ニアがニヤリと笑った瞬間、捕まった男は固まってしまった。
 俺はそいつの口を塞いでいる水膜を外した。
 その男は口をつぐんでなにも言わない。
「さあ、話してもらおうかのお。……ペンダントはどこじゃ!」
「!」
 その男は顔をそむけようとするが、俺は手で押さえた。
 しばらく睨みあったあと、
「おぬし、死にたいのか? 後ろに死神が控えておる。分かっておるな」
 ニアの凄味を聞かせた声に、男はうなだれた。
「場所は、箱妻温泉あたりだ。もう解放してくれ……」
「嘘ではないな?」
「そ、そうだよ! だから頼む。お願いだ」
 するとニアは手のつめで男の頬を切った。
「よし、解放せい」
 俺は言われたとおりに、解放する。
 すると、すぐさまそいつは窓辺に行き、
「覚えてろ!」
 と言って空を飛んでいった。
「ふ、三下の敵じゃの」
「ニアさん、さっきのはなんだったの?」
 金奈は爪でひっかいたことを聞いてるらしい。
「まあさっきの男はうそをついているわけじゃないがな。一応追跡できるようにしておいたのじゃ」
「へえ」
「箱妻温泉あたりかあ」
「わし、入りたい」
「私もです」
 そう来ると思ってたよ。まあ俺も、ゆっくり浸かりたいと思ってたし、
「なら、決戦前に箱妻温泉に行くか!」
「やったなのじゃ」
 ニアは俺の右腕に飛びついた。
「ありがとうなのじゃ!」
「あ、あ」
 すると、金奈も
「私もです!」
 ちょ、当たってる! 当たってる!
 そんなこんなで夜もふけていった。
 俺は両腕の感触にどきどきしながら、吸血鬼たちを弁償させられるかどうかに考えをめぐらせた。
 うん、無理だろうなあ。
 とほほ。
 この騒動、両脇できゃんきゃん騒ぐ乙女たちが唯一の報酬と考えることにしといた。
 独り身の生活とどっちが良いのだろうか?

 吸血鬼が日中で歩いて大丈夫か? とニアに聞いたら、
 どうやら真祖は特別らしい。
 ただ、代々伝わる日焼け止めとか、あと帽子とかを使えば大丈夫らしい。
 だから、ニアと金奈は楽しそうにバスの外を見ていられた。
 あれ、死神は大丈夫なのか?
 ……。
 そういえば、こうなる前にも日中で視線を感じていた。
 それは金奈だったのか。
 うん、大丈夫だからいまこうしているんだろう。
 俺たちは電車やバスを乗り継ぎ、ついに旅館に到着した。
 一同、軽い荷物を……え、お前ら二人なんでそんなに持っているんだ?
 ケース二つって、ちょっと多くないか?
 俺たちはさっそく一室に泊まった。
 どうせなら二部屋用意したかったが、それ以外にも飛び込みのお客さんが居て無理だったらしい。
 俺たち三人はさっそく、温泉付近を散策することにした。
「あ、あれじゃ!」
 ニアが山の中腹を指す。
 なんにもないぞ。
「ニアさん、山菜を取りに行きたいのですか?」
「山菜はおいしいからのお。って違うのじゃ!」
 ニアはなんども山の中腹に指差しをしていた。
「いや、ないじゃないか」
「もうちょっと散策しましょう」
「ちょっと待つのじゃ! ……ええい仕方がない」
 ニアはそう言って、手を傷つけて血をにじませる。
 その傷口から血がちょろっと拡散して、上空に舞い上がっていくと、
「な!」
「ええ!」
 そこには西洋の城が見えていた。
「こういうことじゃ! やつらは城まで建てているのじゃ」
 その城はどんよりとした雲に覆われていて、太陽光はどこにもない。
 ときおり雷の光が明るくするだけだった。
 まさか日本にこんな城を用意しているなんて。
 俺が知らないお城もまだあるのか?
 吸血鬼たちの脅威に足に震えた。これは、知らない世界があったことへの喜びだ。
 俺は息を呑みこんだ。
 吸血鬼になったら俺もいつかそういうことが出来るんじゃないだろうか。
 拳が震えた。
「さあ、帰ろうぞ」
 ニアが俺の腕をつかむと、金奈も俺の腕をつかんだ。
 そのまま俺たちは山を後にする。

 旅館の料理も申し分なかった。
 どうやらいい宿を引き当てたらしい。
 俺はお腹いっぱいで、横になって天井を眺めてると、ニアと金奈が紙を渡してきた。
「今一度書くのじゃ。それと、豪華な特典を付けたのじゃ」
「私も契約書です。正春さんお願いします」
 なんかめんどくさい。
「別に契約内容はほとんど変わらないんだろ?」
「そうなのじゃ」
「そうです」
 あれ? 死神って契約することあったっけ。
「金奈と契約って」
「あ、私も吸血鬼になることになったの。それで、あの、あなたの魂の導き手だから」
 それに俺のサインが必要なのか?
「……金奈、俺を取って食おうとするわけじゃないよな?」
「そんなことしません!」
 長ったらしい文面は無視して結論へ行くと、なるほど吸血鬼になりたくなったらしい。
 まあ俺も、吸血鬼に余計なりたくなったからな。
 その点では金奈を責められないだろ。
 俺はすぐさまサインをした。
 すると、紙は空中に上がって、魔法陣が浮かび上がり、そして空気に溶けて消えて行った。
「では、わしらは温泉入ってくる」
「正春さんはここでゆっくりとしていてください」
「はいよ!」
 二人は満足そうに出て行った。
 いつのまにか仲良くなっているな。
 しばらくぼーっとする。
 あ、ゲーム。
 持ってくるの忘れたわ。
 じゃあなにするか。
「……温泉」
 俺は能力者の端くれ。常人では出来ないことを軽々とやれる。
 なら、今覗きしかないんじゃないか!
 二人の入浴姿に想像が広がっていく。
 そうすると、居てもたってもいられなくて、俺はすぐさま旅館を出た。
 たしか、このあたり。
 湯気がばっちり見える。
 これならいける。俺ならいける。俺はなんせ能力者だからな。
 気配を断って、忍び足で近づく。
 ふふ、たやすいな。
 俺は猫だ。猫だと思えばいい。
 ゆっくり、ゆっくりと近づき、女湯に被らないように人払いの結界を広げていく。
 よし、いいぞいいぞ。
 人払いの結界を女湯に張ったら、奴ら二人が気づくからな。
 そーっと近づいて、
 ――ビュン
 石が飛んできた。
 あぶねえ。
「にゃー」
「あ、猫かの。すまんかった」
 ニアは馬鹿だなあ。
 よーし、いくぞ。
「正春さん」
「ふふふふふ」
「正春さん」
「はい?」
 後ろには鞘から出していない小刀を持った金奈が居た。
 彼女はたんと浴衣を着ていた。
 俺は顔を引きつる。
「な、なんだ金奈、なにかあったのか?」
「そうじゃのお。ずいぶんでかい猫じゃのお」
 女湯の柵には、浴衣を羽織ったニアが座っていた。
「私たちだけなら冗談にちょっと付き合いいますが、他のお客様もいるんですよ? ね、正春さん冗談ですよね?」
 冷や汗が背中を伝っていく。
 はは、このあとゆっくりと湯船につかろうかな。
 一応言い訳をしてみる。
「ニアと金奈のことが心配だったんだ」
「ほほーありがたいことじゃ。こいつ、正春の偽物かもしれん。あとで正春に報告しないといけないの」
 嘘だ! 絶対分かってて言ってるだろ。
「動物虐待反対!」
「獣さんの調教開始です!」
「準備運動にはなりそうじゃの」
 吸血鬼たちとの準備運動に俺を試してほしくないんだが。
「うわあああああ」
 金奈の右ストレートで俺はニアの方向へ吹っ飛んだ。
 それ以上は覚えていない。

 温泉でもろもろの傷を癒したあと、部屋を除くとニアと金奈がなにかを読んでいる。
 これは、雑誌?
「お前らどうした? そろそろ出かける準備をするぞ」
「それはもうばっちりじゃ」
「ばっちりです」
 ふーんと、俺は答えながらそれを覗くと、ゼククシイという雑誌を読んでいた。
 ああ、あの婚活雑誌か。
 それが、どうかしたのか。
「ふふふ、楽しみじゃのお」
「ですね。ですね」
 なにやってんだか。
 俺たちはそのままくつろぎ、十一時になったので、浴衣からいつもの服に着替えた。
「窓から行くぞ。旅館の人に迷惑かけたくないからな」
「いよいよじゃな。ペンダントよ、待っておれ」
「わたしもおっけーです」
 金奈は黒い巫女服を着ていた。
「よし、出撃じゃ!」
 俺たちは高くジャンプして、そのまま山へ入った。
 ニアに案内されるままに行くと、すこし風景がゆがんでいる箇所があった。
「ここらへんじゃな」
 ニアはその歪んでいる空間に手を置いた。
「手筈は言ったとおりじゃ」
 まずはニアが陽動し、俺たちは城の特別な部屋へ向かいそこから入手。
 そして吸血鬼たちをぼこぼこにする。
「はじまりじゃ!」
 ニアは思いっきりそこを手ではたいた。
 すると、扉の大きさほどの異空間の先が現れた。
 俺たちはすぐさま走る。
 すると、吸血鬼たちが待ち構えていた。
「二人とも、先にゆけえ!」
「ああ」
「はい!」
「逃がすな!」
 俺たちを追いかけようとした男をニアはとび蹴りで吹っ飛ばす。
「わしがおる。かかってこい」
「てめええ」
 後ろにいるやつはニアに任せた。
「敵襲か!」
 城の入口の二人を、俺たちは殴り倒す。
 そのまま城内に侵入して、階段を駆け上がった。
 だれもない。
 怪しい。でも俺たち三人の敵じゃない。
 くまなく探していると、隠し通路を発見。
「おりゃああ!」
 しかし、殴っても蹴っても開かない扉だった。
「私の出番です」
 金奈は小刀を取り出し、それを突き刺す。
 小刀は不思議な扉を貫通した。
「これでこの扉の魔法陣は壊れます」
 そういうと、この扉は音を立てて崩れて砂になってしまった。
「ナイスだ金奈」
「えへへ」
 そのまま俺たちは駆けあがった。
 そして、
「待っておったぞ」
 二人のマントを従えた男が立派なイスに座っていた。
 足を組んでやがる。
「部下たちはよくやってくれたな」
「間に合ったのじゃ!」
 ニアが飛び込んできた。
 男は立ち上がった。
「ニア嬢、わが城へようこそ」
 そいつは慇懃に礼をした。
「そんなことはよい。さっさとペンダントを返すのじゃ」
「ふ、それは私たちが真祖の類になってからですね」
「おぬしたち、まだそんなこと言って」
 男は拳を握る。
「真祖の力は強大だ。弱点がなどほとんんどない。我ら普通の吸血鬼では、昼間などもってのほかなのに」
「そうは言ってものお。これが血統というものじゃ」
「ならば、私たちはこのペンダントを使って、真祖になろうという気持ちは分かってくれるのか?」
 ニアは溜息をついた。
 おもむろに手を噛む。
 手から血がしたたり落ちている。
「「おお~」」
「ニア!」
 俺はニアを止めようと足を踏み出すが、ニアに手で制された。
「だからなんども言っておる。それは単なるうわさだと。それをこっちに投げい! 試してみせておる」
「それは罠か?」
 まあ怪しいよなあ。
「こんなに堂々しておるのに。わしはうそを言ってない。ペンダントの力、見せてやろう」
 男はしばらく思案したあと、頷いた。
 ペンダントをニアに投げる。
 ニアはそれを受け取った。
「ああもう、ペンダントが汚れちゃうのじゃ……」
 そのペンダントに、ニアが血を垂らした。
 すると、
「「あれ?」」
 俺とそいつがどうじにハモる。
 ペンダントは血に染まっただけで、なんにも変化はない。
 さらに待ってみる。
「……」
 一同に長い沈黙が訪れた。
「こういう通りじゃ」
「そんな、こんなために」
 男はがっくりと項垂れる。
 従者の二人もおろおろとしていた。
「さて帰るのじゃ」
 場に白けた雰囲気が漂っている。
「待て」
「なんじゃ?」
「このままじゃ締まらない。それに悔しい。お前らをぶちのめす」
 逆切れきたああああ!
 そいつはレイピアを取り出した。
 従者たちも剣を構えた。
「わしたちは従者たちを倒す」
「らじゃー」
 従者たちはニアたちに剣を振りおろす。
 それを、ニアは爪、金奈は小刀で受け止める。
「てやああああ」
 ニアの敵は斬撃を放とうとしたところ、ニアは気合一閃、爪で剣を切断。
 そして、従者の腹を引き裂いた。
「ぐあ」
「話にならん」
 金奈は鍔迫り合い。
 いや、力で根負けしている?
 金奈の姿が薄くなっていく。そして、
 従者はそのままぶっ倒れた。
 従者の後ろには金奈が立っていて、みね打ちをしていた。
「弱いです」
 俺と男はというと、
「逃げるばかりでは俺に勝てんぞ」
 俺は男の爪を回避して隙をねらっていた。
 こいつ、スピードがはやい。
 そうやって、俺は縦横無尽に部屋を駆け回る。
「はっ、こうなりゃお前だけでも殺す」
「それはどうかな?」
 完成。
「眠れ!」
 魔法を起動。
 瞬時に俺は後ろへ飛ぶ。
 男は俺を追いかけ――
「な!?」
 男は大きな網にとらわれていた。
「圧縮」
 一本一本が強力な水の糸が男を絡みこんで、圧縮されていく。
「ぐあああああ」
 ――ボキッ
 ストップ。
 男は気絶した。
 これで俺たちの完全勝利だ。
「「やったー」」」
 俺たち三人はハイタッチしあった。
「おぬしたちの働き、満足じゃったぞ」
 やった。これで吸血鬼になれる。
 これでゲーム三昧の吸血鬼ライフの誕生だあああああ!
 金奈も嬉しそうにニアに抱き着いた。
「なあニア、こいつらはどうなるんだ?」
 一応当然の疑問を口にした。
「ああ、吸血鬼たちの協会へ送る。死刑はない。一応吸血鬼は希少だからの。ただ、こっぴどく怒られることになるじゃろうの」
 そういうことか。それなら文句ないな。
 こいつらの気持ち、少し分かるからな。
「ではさっそく、ニア。頼む」
 ニアは目をぱちくりさせた。
「な、なんじゃ積極的じゃの」
 約束を反故されるのはたまらないからな。
 あれ? なんかニアが真っ赤になっている。
「うう、緊張してきました」
 え、なんで金奈まで赤くなっているの。
 俺はちょっと怖くなって後ろへ一歩下がると、ニアと金奈は俺を逃がさないように抱き着いてきた。
「え? え?」
「では契約じゃ」
 ニアのキス。
 唇から血が出て、そのまま俺の口の中へなにかが入ってくる。
「!?」
 どくん。
 心臓が高鳴る。
 あれ? 吸血鬼は首筋じゃないの?
「おぬしは特別じゃ」
 ニアは俺と唇を離して言った。
「では金奈」
「はい」
 そこへ金奈の唇が重なった。
 フラフラしていてとっさに対応できなかった。
 今度は金奈とのキスに頭が混乱した。
 俺の内側から、さきほど入ったなにかが分裂して、今度は金奈の中へ入っていく。
 ちょおい、これが契約?
「うわああああ」
「きゃあああああ」
 俺たち二人は、ついに吸血鬼の仲間入りをした。
 体が熱くなっていった。

 エピローグ

「正春待つのじゃ! 夫婦生活じゃ!」
「正春さん、大好きですー」
「うおおおお」
 全力で逃げてるのに、やつらもう追いついている。
 なんでこうなったんだ。
 いや俺が悪い。ちゃんと契約書を読まなかったからだ。
 あれから俺は当然のようにゲーム三昧、かと思いきや、ニアと金奈はいろんなものを要求してきた。
 まあ当然、エッチな話も。
 そしてだから追い出そうとしたんだが、契約書を見せられ、俺は真っ青。
 すぐさま別居をしようと今逃げているところだが、二人は追いかけてきた。
 そんなところだ。
 あのキスは本気の結婚の証。
 一方的に破ったら、当然のように制裁がくる。
 まあ俺も、あいつらのこと、嫌いではなく、好きな方ではあるんだが。
 ちくしょおおお。
 俺の独身貴族ライフが。
 どうする? どうする?
「どうすればいいんだあああ」
「正春! もしや、新婚旅行じゃな?」
「正春さんとの新婚旅行、いつも夢で描いていました」
 ガチだ。
 ニアと金奈はポジティブだ。
 たぶん、逃げられない。
 それでも、
「うおおおおおお」
 永遠の命の代償は、恐ろしいなあ。

 俺は結局、ニアと金奈につかまって、仲睦まじく暮らしましたとさ。
 さよなら独身の貴族。ようこそ、吸血鬼の貴族。          END

『俺は生きるためにするんだ!』

ニアも金奈も可愛くイメージしたんだけど、上手く伝わったかな。
主人公は結局真祖の仲間入りするんですよ。

楽しんでくれたらうれしいです。


メタ的な話になりますが。
そろそろ概要を「読んでみたい!」という気にさせる文章にしないとな、と思う。
やっぱり宣伝は大事だしね。
あとはまあいろいろ課題あるけど、あと少しで二万字行けそうです。面白くて二万字が目標かな。
次はバトルなしのお話です。ではでは。読んでくださってありがとうござました。

『俺は生きるためにするんだ!』

少年の永遠の命を得るために奮闘するお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-09

CC BY
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