詰みかけのゲームみたいな世界に迷い込んで1-14~1-21

1-14~1-21

†††1-14

「言ってねえよ・・・・・・!」
言いながら俺はふらりと立ち上がろうとするが少女が更に一撃を食らわせる。
手に杖を持っている。それで殴ったのか。さすがにただの木の棒だけあってかなり痛い。
「・・・・・・!」
俺は杖にしがみついた。少女がふりほどこうとするが俺も離さない。むしろ俺の方が力は強いので杖を奪えそうだった。
杖を奪ってしまえばこっちのもんだ、とぐいっと引っ張った。
すぽん、という抜けた手応えはあった。
しかし、手に何も残っていない。というか少女も消えてる。
独り、路地に取り残された格好であぜんとしていると後頭部に衝撃を受けた。
「な、なにぃ・・・・・・!」
次の声を聞かずとも犯人は明らかだった。
「だから甘いってのよ」

†††1-15

「くっ・・・・・・!」
立ち上がれそうになかったので転がって後ろにいた少女に対して正面を向く。
が、少女はいない。
「くそっ、そういう魔術なのか」
この世界の魔術などこれっぽっちもわからないがつぶやいてみる。少女が反応してくれれば情報を拾える。
「そうよ」
またもや後ろから攻撃された今度は背中だ。一点攻撃してこないのはすこしありがたい。
痛みにうずくまる俺に少女は言う。
「あたしの術があんたに見破れるかしら?」
笑いながら言ってやがる。見てろ。
俺はまた転がって、壁際に寄った。
「これならどうだ・・・・・・?」
そして立ち上がる。壁を背にして。
これなら背後からの攻撃はできまい。どうだ?
「へえ・・・・・・。でも残念でした」
少女はそう言うと到底届かないような位置から杖を振った。上から下へ。何かを殴るように。
はっとして俺は頭をかばったが杖はちょうど腕を上げてがらあきになったわき腹に当たる。
「ぐふっ・・・・・・」
「どう?まだ降参しないの?」
「へっ、誰が降参なんか」
「強情ねッ!」
少女がもう一度杖を振り上げる。それに合わせて俺は少女に向かって飛び出した。距離は二メートルほど。こいつが『消える』のが早いか、俺が捕まえるのが早いかだ。
少女が一瞬の逡巡の後、杖を振りおろす。俺は一瞬加速し、進行方向もわずかにずらす。
果たして俺は賭けに勝った。杖はそのままなら俺が通るはずだった位置を空振りしたようだ。少女は杖を振ってしまったので一動作遅れる。『消える』には多分、時間が足りない。
俺は少女の胸ぐらをひっつかんだ。

†††1-16

「捕まえたぞ」
少女の冷たい目をにらみつけながら怒気を含めて言う。
「そんなの勝負の勝利条件に無いわよ」
少女が冷ややかに告げる。
「このまま鐘が鳴るのを経つのを待てばいいだろ」
少女はじっと俺の顔を無表情で見つめたかと思うと、不適な笑みをにや、と浮かべた。
「あんた、あたしの魔術ってどんなのだと思ってるの?」
「・・・・・・『瞬間移動』か?」
少女が感心したようにへえ、と言う。
「そうよ。まあ、わかりやすい能力だものね」
「で、それがどうしたんだよ」
「・・・・・・あくまで降参はしない?」
「・・・・・・しない」
「・・・・・・ばかね」
言うと少女が俺を突き飛ばした。しかし、俺も彼女の胸ぐらをつかんでいるので、それで彼女の拘束が解けるわけでもない。何を無駄なことを。
しかし、俺は次の瞬間悟った。さっきまでの会話の意味と突き飛ばした本当の意味を。
俺は中空に投げ出されていた。

†††1-17

俺は彼女の『瞬間移動能力』で約五百メートル上空から急降下する羽目になった。道から空に落ちたわけだ。笑える。
「なんだとおぉぉぉ!!」
側で同速度で落下する少女は涼しい顔で腕組みなんぞしてやがる。
「てめえぇぇ!どおぉいうつもぉりぃだぁ!」
何か言う度に口にすさまじい速度の空気が入り込んで話しづらい。
「こぉうさぁんしたぁらあ?」
それは向こうも同じらしかったがちょっとおかしな顔になっていた。憎たらしいがそれでもまだかわいい。
俺はやたらめったらびゅうびゅう言う風の音を聞いているうちあることに気づいた。
「おぉい!おぉまぁえ!」
何よ、と少女が眉をひそめる。
俺は黙ってローブを指さした。強風の元でスカートみたいなローブがどうなるかなんて説明は要らないだろう。
少女はローブを押さえてより怒った無表情になった。怖い。
少女は無言でいる。もしも俺がこのまま何も言わなければマジで落としてしまうかもしれない。
さすがにそれはまずい。俺は死ぬなら雪山遭難と決めているのだ。高所からの落下なんてもってのほかだ。
「わぁかったぁ!おぉれぇのォ、まぁけだぁ!」

†††1-18

俺の言葉を聞いても少女は何も言わなかった。
ただ、次の瞬間、重力が反転した。
つまり少女と俺はまた瞬間移動したのだ。今までは落下だったが、今は上昇している、ということ。おそらく落下の衝撃を和らげているのだろう。そのまま元の路地に戻されたら地面にたたきつけられてやはり死んでしまう。
やがて、ふわり、と速度零の瞬間が来た。
どすん、と俺たちは元の路地に戻っていた。
イタタ、と尻をさする俺に華麗に着地したらしき少女は文字通り勝ち誇った顔で、
「あたしの勝ちね」
と言った。

†††1-19

「じゃあ、いいわね?レジスタンスに入ってもらうわよ」
「ああ、いいよ」
我ながら不機嫌な声だ。
「あんた、勝負に負けたのがそんなに悔しいの?」
「ふん」
俺たちは今、先ほど少女に勧誘を受けた店にいる。店としてはありがたい客だろう。こんなにまずい茶を日に二度も飲みに来る客などそういまい。
「あんた、俺が断ったとき驚いてたろ。あれは何でだ?」
「ああ、あれね・・・・・・。それはそうと、あたしはミリア。あんたあんたって呼ばないでちょうだい」
「ああ悪い。・・・・・・ミリア?」
思ったよりも呼びにくかった。
「・・・・・・みっちゃん、じゃあダメか?」
「・・・・・・ダメよ・・・・・・」
「・・・・・・わかった」
ミリアは一息ふうっと吐くと説明を始めた。
「あのとき驚いたのはね、あたしが使ってた魔術に関係してるのよ」
「魔術?」
「そう。弱いんだけど、異性を誘惑して肯定しかさせなくするの。だから、あんたに効かなかったからびっくりしたわ」
ミリアは明るく笑った。この笑顔は好きだな。俺は黒くて微妙にまずい例の茶をちび、と飲む。
「あんた・・・・・・本当は女なの?」
口に含んでいた茶を吹き出してしまった。
「お前なあ・・・・・・。あと、俺は坂井翔太ってんだ。俺も坂井か翔太って呼んでもらおうか」
「サカイ、ショウタ?妙な名ね。サッキー・ジョンでいい?」
「絶対ダメ」
「ダメ?」
「・・・・・・・・・・・・ショウタ、で」
「・・・・・・わかったわ。ショウタ、ね」
ふう、とため息一つ吐いて俺は答える。
「当然俺は女じゃねえ。・・・・・・聞きたいんだが、効かない条件ってあるか?」
「効かない条件?・・・・・・覚えてないわ」
「適当だな、いいのかそれで?」
「使えれば問題ないわ」
「へーえ・・・・・・」
そこでミリアははーっとため息をついた。
「だからね、あんたに魔術が効かなくて驚いて、しかも直後に手を払われたからかっとなったのよ。悪かったわ」
「もういいよ」
俺は手を振って気にしてないそぶりを見せた。

その時俺たちが囲んでいるテーブルの下からにゃあ、と小さな鳴き声が聞こえた。
「あら。キティ、お帰り」
ミリアがテーブルの下に現れた黒猫に手をさしのべる。黒猫はミリアの手から肩へと登った。
<ただいま、ミリア>
猫がしゃべった。
「あ、猫がしゃべった」
「<え?聞こえるの?>」
「え、ああ、うん」
猫とミリア両方に聞かれて俺は少しどもりながら答えた。

†††1-20

<ミリア、彼は誰なんだい?>
向こうをむいてひそひそ声で二人は話し出した。ちなみに声はばっちり聞こえている。
「確か・・・・・・彼はサッキー・ジョンよ。勧誘に成功したわ」
<わお!やるじゃん、ミリア!サッキー・ジョン・・・・・・変な名前だね!>
「ふふふ、そうね」
「・・・・・・いやいやいや待て待て待て!」
ついに俺は割り込んだ。
「誰がサッキー・ジョンだ!」
「・・・・・・あんたでしょ?」
「違うわ!俺の名前は坂井翔太だ。サ・カ・イ・ショ・ウ・タ!わかったか?」
<ところでサッキーはさあ・・・・・・>
「サッキーじゃねえ!坂井だ!」
<同じじゃん>
「全然違うわ!」
<ミリア!サッキーって面白いね!>
「そうね。面白いのは顔だけかと思ってたわ」
「俺はサッキーじゃねえ!あとさりげなく失礼だろ!」
「事実じゃない、ねえキティ?」
<ね!ミリア!>
「・・・・・・お、俺の顔って面白いのか・・・・・・?」

そこでミリアが咳払いを一つ。
「けほん。ま、冗談はさておき」
「冗談で人の顔、面白いとか言うなよ!」
<うるさいなあ、余計モテなくなるよ>
「うるせえ黒猫!余計って何だ!」
<ミリア~、ジョンがいじめるよ~>
「・・・・・・黙りなさい、ジョン」
「・・・・・・もういいや。好きにしてくれ」
俺(坂井翔太)はもう言葉を発する気力をなくした。
そして静かになったところでミリアは質問から始めた。
「あなた、キティの声が聞こえるのね」
俺は黒猫、キティを横目でちらりと見て、ああ、と答えた。
「そう・・・・・・。猫の声が聞こえる人間は魔術の素質があると言われているわ」
「じゃ、じゃあ、俺にも魔術の素質が・・・・・・?」
<あるかもしれないね!ジョン!>
「・・・・・・。・・・・・・ありがとうキティ・・・・・・」
「というわけでますますあなたはレジスタンスに必要な人材となったわ

俺はミリアのその深い漆黒の瞳の色が少し気にかかった。
「なあ、」
ん、とミリアが返事する。
「もし、俺に魔術の素質が無くても入会させてたのか?」
「もちろん」
「そのとき、俺は何をすることになったんだ?」
「・・・・・・そのうちわかるわ。さて、もう行きましょうか」
ミリアはそう言うと席を立ち、俺たちは店を後にした。

†††1-21

店を出てミリアが泊まっているという宿へ向かう途中、例の勝負の制限時間として設定していた「次の鐘」が鳴った。
俺は勝ち誇った顔でミリアを見た。ミリアがけげんそうな顔で俺を見返す。
「・・・・・・俺の勝ちだな」
「は?あんたさっき降参したでしょ?」
「そうだ、たしかに降参して『俺の負けだ』と言った。でもな、ルールでは『参った』と言わなければ負けにならないんだ。つまり、参ったと言わずにまだ立っていられた俺の勝ちだ」
そこまで言った俺の顔をミリアが冷たい目で見る。
「でもあんた、負けたときはレジスタンスに入会するって言ったわよね」
「言った」
「さっき入会したわよね」
「勝つためには仕方ない」
手続きをしなければ負けていないとバレてしまうじゃないか。
そこで俺はついに勝利の喜びを抑えきれなくなった。
「勝ったぞー!やったー!」
夕日が沈む町に向かって叫ぶ俺。
そして後ろから俺を見つめる女一人と猫一匹。
「・・・・・・バカよね」
<バカだね>

†††

詰みかけのゲームみたいな世界に迷い込んで1-14~1-21

詰みかけのゲームみたいな世界に迷い込んで1-14~1-21

雪山遭難自殺を図った少年坂井翔太はうっかり(?)異世界に迷い込む。 そこは魔物と呼ばれる存在に七割を占領されている詰みかけた世界だった! ・・・・・・というお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-08

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