コノハナガールズ日常絵巻・僕らのミッドナイトはハジけるクレイジーパワー!

 この作品は儀間ユミヒロ『宗教上の理由』シリーズの一つです。

 この物語の舞台である木花村は、個性的な歴史を持つ。避暑地を求めていた外国人によって見出されたこの村にはやがて多くの西洋人が居を求めるようになる。一方で彼らが来る前から木花村は信仰の村であり、その中心にあったのが文字通り狼を神と崇める天狼神社だった。西洋の習慣と日本の習慣はやがて交じり合い、木村に独特の文化をもたらした。
 そしてもうひとつ、この村は奇妙な慣習を持つ。天狼神社の神である真神はその「娘」を地上に遣わすとされ、それは「神使」として天狼神社を代々守る嬬恋家の血を引く者のなかに現れる。普通神使といえば神に遣わされた動物を指し、人間がそれを務めるのは極めて異例といえる。しかも現在天狼神社において神使を務める嬬恋真耶は、どこからどう見ても可憐な少女なのだが、実は…。
(この物語はフィクションです。また作中には危険な行為が含まれていることもありますので、真似しないでください)

主な登場人物
嬬恋真耶…天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子に見えるが、実はその身体には大きな秘密が…。なおフランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。現在中二。
御代田苗…真耶の親友で同級生。スポーツが得意で、真耶と対照的に活発な性格。でも部活は家庭科部。猫にちなんだあだ名を付けられることが多く、最近は「ミィちゃん」と呼ばれている。
嬬恋花耶…真耶の妹。真耶の妹で小四。頭脳明晰スポーツ万能の美少女というすべてのものを天から与えられた存在。真耶のことを「お姉ちゃん」と呼んで慕っている。
霧積優香…同じく真耶と苗の親友で同級生。ニックネームは「ゆゆちゃん」。ふんわりヘアーのメガネっ娘で農園の娘。部活も真耶や苗と同じ家庭科部。
プファイフェンベルガー・ハンナ…真耶と苗と優香の親友で同級生。教会の娘でドイツ系イギリス人の子孫。日本の習慣に合わせて苗字を先に名乗っている。真耶たちの昔からの友人だが布教のため世界を旅し、大道芸が得意なので道化師の格好で宣教していた。部活はフェンシング部。

1

 真夜中のラジオ局。
 今なお料亭が残り、江戸の風情と艶やかさを保つ街。その中に数年前、突如場違いにも思える巨大ビル群がそびえ立った。それは東京でも古い方に数えられる放送局が社運をかけて建設したもので、今や観光スポットにもなっている。
 東京にあって唯一、テレビ局とラジオ局を併設しているその放送局が送り出す番組も様変わりしていた。しかしその中にあっても、今なお昔ながらのスタイルで番組を作り続ける人々がいた。その代表格は生放送にこだわり、喋り手のハートをぶつけるようなフリートークを繰り出すひとりの看板パーソナリティ。否、パーソナリティと呼ぶのは失礼かもしれない。自らを今もディスクジョッキーと定義付け、リスナーとの通信手段がハガキからメールに変わっても、彼と聴き手の間にある信頼感と連帯感は変わらない。そのディスクジョッキーは今なおカリスマ的人気を誇り、若者主体の時間帯の中で新たな中高生リスナーを獲得し続けている。
 今夜も彼の軽妙なトークが、夜の街にこだまする。

2

 ロケ行ってきたんですよ。それもきょうび珍しい遠距離移動の。まだまだ不景気ですからね、心配はしたんですけど幸いロケバスも準備されてですね、当初犬ぞりの予定だったんですけどね、拾った野犬を集めてつないで、ハイよーっ、って感じで。まあ犬が集まらなかったんで仕方なくロケバスだったんですけどね。
 結構な遠出も遠出で、県境いくつも越えて。やっぱり僕なんか旅好きだからそういうのワクワクしてくるんです。ただ行った先がねぇ、リゾートなんですよ。おっしゃれー、な感じの所。もうね、僕はこういう、女子がキャッキャウフフしてそうなところってのが、とにかく肌に合わない。
 いや、その土地が悪いんじゃないんです、それを言い始めたら他人の食べ物や趣味に文句言うのと同じになっちゃうから、好きで住んでるかたまたまなのかに関係なく、ある地域を悪く言ったらそれはそこに住むすべての人に喧嘩を売ることだから。一個の嫌なことに囚われてその地域全体を嫌いになるってのは自分にとってももったいないし、その地域とそれ以外の人に濡れ衣を着せることだから。悪いのは、

 いけすかない出演者ですよ!

 こいつらがっ! すべてを台無しにしてるの! 土地に罪はない! 人を憎んで土地を憎まずだ! どんなに素晴らしい名所にだって悪い人は居ますよ、でもそれをもってその場所を憎むのは筋違いだ、憎むならそのにやってきておかしな振る舞いしている人だけを憎め、そういう考えでいますから僕。
 いえね、僕素人いじりとか、特に子供をいじって笑いとるってのが大嫌いなんですよ。最近のお笑いとかでそういうことする人が多いのがなんかねえとは日々思っていたし、芸人ならコントとかの芸で笑い取れよって思うし、そういう自分が嫌いな面を見せつけられるのがねえ。
 スタッフもなんだか横柄でねえ、往来邪魔しちゃってんのよ。テレビ様のお通りだから下に下にみたいな感じ。んでスタッフも出演者も、どうせカットするからいいだろ? みたいな。そういうもんじゃないと思うんだよね。

 こういうとき気の利いたこと言って場をなごませつつ、うまいことベクトルをそらしてみんなの行動を良い方に導くみたいな事するのが中堅、あるいはベテランのタレントがすべきことなんだと思います。でもその反面。言うべきことをガツンと言うという選択肢もあるんです、なまじ場の雰囲気だの空気だのってことを考えないで悪いものは悪いんだって、それこそカミナリを落とすくらいの勢いが必要な時だってあるんです。だから言ってやりましたよ、

 「…お前らいい加減に…」
「あ、襟立ってますよ。映ってないつもりでも見切れたりするんですから気をつけてくださいね」
「…はい」

 年端もいかないADに上から目線で注意されて、即効フェードアウトですよ! 

 そんなこともあって、まぁロケもほとんど終わってたから良かったけどテンションダダ下がりですよ。言いたいことも言えず! まあキレたらキレたで余計落ち込むんですけど! だから東京に帰る道すがら、ロケバスで、いや違った犬ぞりで、あーでももう犬ぞりじゃないって言っちゃったかさっき。惜しいなあー、あそこ誤魔化しとけばもう何ボケか拾えたのになー。
 とにかくもう、自分で作った雰囲気に自分が耐えられない。だから途中で、俺降りるわ、電車で帰る、みたいなこと言ってバスを降ろしてもらったんです。そのときたまたま最寄りだった駅に寄ってもらって。でもそこはわりと小さな駅で人もあまりいないし、もう昼過ぎだし、日がかげってきてるし、冷えこんできてるし。すごく標高の高い場所ですから、空気が澄んでて空も青いんだけど、それが逆に寂しさを呼んで、どんどん心細くなってくるんです。ましてロケで心折れまくった直後ですよ。
 そんなとき、とりあえずバス乗ってってのがいつものパターンで、たまたま送ってもらった駅前にバスがいたから行き先も確認せずに乗ってってのもいつものパターンで。いつもだったら面白そうな所見つけて偶然降りてみたいなこと楽しむんだけど、そんな余裕も無いっていう。ただ僕、最近ライフワークと化してることとして、バッティングセンター巡りがあるんで、それをやってみようかと。これはほとんどダメ元なんですよ。いつもは事前に荒くは調べてるけど今回ぶっつけ本番というか当日探し始めたわけだから。
 でもスマホで検索したところで、バッティングセンターって必ずしもすべて当たらないってのが困るんですよ。特に「スポーツプラザ」みたいなイマ風の名前でバッティングって単語が入っていないと、かなり当てるのは難しい。逆にバッティングと入力して出て来た一覧の中には、潰れちゃったところとか、バッテングセンターを目印にして行くどこかとかが出て来ちゃう。だからいくらネットが発達したと言っても、ネットを意識して商売していないところを当てるには至ってないんですよね。そこがホームページでも作ってればまだ引っかかりやすいんですけどね。コンピューターが発達して大抵のことは出来ると思ってるけど、言葉がそのものずばりでないと検索で出てこないってのはどうしても解決できないんだなあ。
 だいいち、結構な山の中だからどうかなってのはあるんですよ。バッティングセンターって、ある程度人口があるところでないと経営は難しいと思うんですよ、観光ついでにバッティングってのはせいぜい僕くらいだろうし。あと冬は雪降るだろうから、そうするとメンテも大変だし。

 ところが。あったの。一軒。

 それも、バッティングセンターと名乗ってはいないところを当てたの。要はそれでも当たるようにサイトが作ってあるんですね。ページのどっかにテキストでバッティングって入れてあるのかもしれない。しかもそこ、山奥にぽつんとある感じなんですよ。その県とか隣の県にバッティングセンター結構出てくるんだけどどれも盆地の中の町とかにあってね。そういう孤立したところって、バッティングセンター巡りは自転車とかも使ってやってるから、なかなかそういうところまで足を伸ばせないんで、この機会に行っておくのもいいなと思ったんです。

 でもね、地方に行くとたいがいバスに振り回されるんですよ。地元の決まった人が決まったルートしか乗らないから、バス会社の人もそういう前提で、よその人間が来た場合を想定した案内になってないわけ。で、確かに僕がいた駅からバスは出ているんだけど、その目的地のバッティングセンターまでバスを乗り継いでいけるかどうかがわからない。スマホで地図を見るとそれなりにしっかりした道路が続いてるから、そこを通るバスがありそうな気もするんだけど、バスとバスの乗換えってすごく難易度高いんですよ。バス会社同士の横のつながりっていうのかなあ、それが全然無い。どの時刻のバスに接続するとかどころか、どのバス停で他のバス会社と乗り換えられるのか、ですら分からないことがあるし。ヘタすると他のバス会社の存在すら気づけないし。その大変さはバスを乗り継いでどこまでも行くシリーズのテレビ番組観ててもわかると思うんですけど、とにかく出演者の人たちすごい苦労してるでしょ、もう日も暮れてるのにホテルがありそうな場所に行けるかもわからないし、結局かなり離れたバス停まで歩かされるし、地元の名物を無視してカツ丼ばっか食べる人もいるし。
 最後関係無くね?

 ともかく。さっきのバッティングセンターのサイトに最寄りのバス停の名前とそこのバス会社が書いてあるからそこに乗り換えられればいいんだけど、そういうのは大体調べることができないんです、データが当たらなくて。まあでも仕方ないよね、地元の人が通勤通学とか病院に通うとかで使うくらいで、それ以外のルートとつなげて乗るって発想がそもそも無いんだから。地元の人にたずねても、そこをバスが運行してるかどうかすら知らないってこともザラだし。そりゃそうだよね、車社会だし、本数だって少ないからバスが走ってるの見たこと無いとかでも不思議じゃないし。
 だからだんだん不安になって来て、そしたらそれに呼応するかのように、いつの間にか空がかき曇って雨が降り始めて。泣きそうな感じでさっきのバッティングセンターのサイト見てたら、そこにバス会社へのリンクがあったから、ダメ元でそこに飛んでみたら、

 びっくり。

 僕がその時いた駅からバッティングセンターまで行くのに二回乗り換えがあって、しかも最初の乗り換えは別会社なのに、ちゃんとその駅から山を越えた向こうの駅まで複数のバス会社をつないだラインが出来てて、それが明示されてるっていうのが、バスとしてはかなり稀な部類ですよ。だって明らかにAという会社とBという会社の乗り換え場所であろうところのAの営業所の人が、Bのバスの事情を全然知らないなんてことが普通なんだから。
 でもそのバス会社、というか村営のバスなんだけど、他のバス会社との接続のバス停がちゃんと載ってて、そこのバスの会社名と行き先とが書いてあって、しかも時刻表にリンクまで貼ってくれてて。そこから逆にたどって行くとそれは僕がいるバス停に停まるバス会社だったんです。だから何も考えず、そこにやってきたバスに飛び乗ればよかったって言う。
 で、乗り換えのバス停が近づくと、車内アナウンスで乗り換えはこちらです、って言うし運転手さんもバス停に停めると「村営バス乗り換えの方いらっしゃいますか」って聞いてくれるんです。バス会社でここまで他社のバスにやさしいとこ、他社の状況を把握しているとこって初めてですよ。で、降りるとこれまた分かりやすいところに案内があるの。「村営バスはあちら」って。連携プレイなんだね、二つの事業者の。
 しかもね、乗り換え口に進む乗客は俺だけだったんだけど、バスに乗ると、
「どこまで行かれますか?」
ってすぐに聞かれたの、そっちの運転手さんに。これはサービスが良いってことでもあるんだけど、別の理由もあって、このバス、テープのアナウンスがないんですよ。なんでかは最初分かんなかったんだけど、ただ地方に行くとときたまあるのは、マイクロバスどころかワゴンタクシーで、電話予約しないと乗れないみたいなこともあって、それならアナウンスなんか無くてもいいわけでしょ、地元のいつも使う人しか乗らないんだから。でもそこはそれなりの観光地らしいんで、本当に大丈夫なのかな? ってのはちょっと思ってたの。
 でも結局そのほうがいいんですよね。もともとは静かに乗りたいってお客の要望なんだろうけど、人それぞれの欲求に対して、テープだけですべて対応できるわけない。だったら人が教えてあげるほうがいいんですよ。さっきみたく運転手さんが案内してくれるし、乗客も親切で、こっちがよそ者と知るやいろいろ聞いてくれるの。どこ行くんですか? って。別に僕が芸能人だから、ってわけでも無いみたいで、途中から乗った他のハイキングの客とかにも聞いてたから。
 要はさ、どんなにインターネットの検索システムが進歩しても、人の聞き方ってそれこそ人それぞれだし、名前がわからないと検索できないっていう最大の問題をいまだに解決できてないんですよ。まして車内アナウンスのテープでは詰め込める情報も限られるし、バス停の名前に加えて言える場所名ってせいぜい二、三個でしょ。だったら最初から人がオンデマンドで対応したほうがいいんですよ。
 もちろんそれでいて、キチンとそういう検索とか駆使してバスに乗りたい人へのケアもちゃんとしてあって、だってバスに辿り着くまではきょうびネットしか情報源無いでしょ。ところがここはバス停に読み仮名ついてるし、住所書いてあるからスマホの地図でも当てやすい。だからふらっと来てバスに乗ろうとした時でも、迷うことなく乗れるんです。

 ただこのバス、結構お客さん多いんですね。地元の人すら使わない、あることすら知らないなんて田舎のバスもあるけどここはそうじゃない。もちろん観光地ってことは大きいと思いますよ。テレビとかには出ないんだけど、知る人ぞ知るところみたいで。でもそれにしたって今日び車でないと不便な観光地なんていくらでもあるわけで。ひとつにはさっき言ったみたいなことに象徴されるけど、攻めの姿勢なんですよ。サービスを良くして、本数も多いみたいだし。
 あとは、地元の人がバスを守るために頑張ってる。そこでバスを運営する人と使う人の意志である「便利に使っていこう」っていうのが一致してるわけ。攻めの姿勢なんですよね、公共サービスを良くするのって。便利になれば客が集まってまた便利になるっていう。逆に腰が引けて縮小とか始めると客も離れちゃう。

 ただ、安心したら腹減ってきたの。でも時間が微妙で、とっくに昼飯時は過ぎてるんだけど食べてないし、かといって夕食にはちょっと早いっていう。でもバッティングで身体使ったら夕食までは持たないと思うし、ってことで調べたらどうやらバッティングセンターに軽食コーナーがあるらしい。
 ただ問題は、せっかく観光地に来たんだからその土地のものが食べたいわけ。でもこの手のスポーツ施設に併設されたカフェテリアみたいのにその期待は出来ないというか。
 あと地方の人ってたまに東京から来た観光客のニーズが分かってないことあるのね。例えば朝市に赴いて、薦められるのが普通の唐揚げだとか、あと南のリゾートでソース焼きそば薦められたり。大体俺が乗り気でないオーラ出すとき、引き止めようとする文句がたいがい引き止められないんですよ。
 一応ダイエットもしてるし、どうせカロリーを取るならくだらないものと言ったら変だけど、その土地ならではのもので腹を満たしたいってのはあるんです。でもどうもそれが地元の人には理解されないらしくって、東北の海辺の朝市で唐揚げ薦められたりしても別に心ひかれないでしょ。沖縄で普通の焼きそば薦められて遠回しに断っても「広島のお好み焼き屋で大人気のソース使ってるから!」って言われても、いやそこ広島でも何でもないし、だいいちダイエットってこっちは言ってるのに話が噛み合ってないのが余計にイラッとくる。しかもそういうのは困ったことに善意で薦められてるから断りにくいんですよ。「いや僕は地元ならではのものが食べたいんで」とはなかなか言えないっていうね。
 とにかくバッティングセンターに到着して、まずは軽食コーナーに行ってみるわけ。で、目的のものが無くてもうんざりなんだけど、最悪なのは開いてない場合ね。幸いそれは免れたんだけど、カウンター越しに立ったところで、
「あらごめんなさい、ご飯系のメニュー終わっちゃたんですー、夕方になればダンナが材料仕入れて来てくれるんですけどねー」
無いのか~。いやこれはね、一旦ホッとしたところからの転落なので余計落ち込むってパターンでしてね。夕方まで待つくらいならむしろ夕食食べますし、あわよくば帰路につくってことだってありうるし。最悪我慢しようかな、って思ってたら、
「あ、ご飯は余ってるから、冷凍のカレーで良かったらできますよ? あ、お代はコーヒー代だけでいいですから」

 カレーかぁ~!

 とにかく僕にとってカレーって鬼門で、旅に出てその土地ならではのものが食べたいってときによく立ちはだかるのがカレーなんですよ。それだったらなんとかうまいこと断って余計なカロリー摂らずに済ませたほうが…とか思っていた時に、
「山芋とか里芋って食べられます?」
って聞かれたの。思わず、
「ええ、結構ああいうネバネバしたりねっとりしたりする食べ物好きですから」
って答えたんですよ、芋関係ないじゃんとか思いつつ。そしたら、
「今日お芋もらったんで、付けますねー。ほんとごめんなさい、具が他に無いんで、ほんとごめんなさい」
って言いながら、お皿にご飯を盛ったものにお芋をスライスしたものを載せて、売り物だったのが余ったのを冷凍にして自分で食べる用だったのを分けてもらったんだけど、それが暖まるのを待っている状態。で、そのお芋が一見山芋みたいなんだけど、見慣れない色なわけ。ちょっとどぎついかな、ってくらいの。そしたらお店の人が、
「お口にあうかどうかわからないんですけど…これうちの村でしか取れないお芋なんですよ」

 来た。

 別にカレーが嫌なんじゃなくて、カレーはむしろ東京に美味しいのいくらでもあるからわざわざ旅先で食べなくてもいいじゃないですか。でも同じカレーでも、この山芋カレーはここじゃなきゃ食べられないでしょ。で、出来上がったカレーを食べてみるとさ、美味しいんですよ。冷凍のカレーって元々の具材が溶け込んでるでしょ。でもそれにまけないような旨味みたいのがあるわけ。あとよく見るとペースト状のものも付け合わせてあってね、これがまたねっとりして、それでいて甘味が強くて、それもそのお芋をすりつぶしたものらしいんですよ。
 いかがですか? って聞かれたから、いや美味しいですねって。で、今まで食べたことない味だからさ、これ何ですかって聞いてみたの。そしたら、
「これはうちの村でしか取れないお芋なんですよ」

「いかがですか?」
って聞かれたから、
「いやあ、なかなか粘りもあって、味も濃いですね」
って答えて。概ね好評ってのが伝わったんでしょうね、そのお芋見せてくれたんだけど、それが、

 男性器そっくり!

 二つ里芋の小さいみたいのが、山芋をちょっと短くしたみたいな長いやつに付いてて! しかもお店のお姉さんが言うんですよ、そのお芋をさすりながら。
「この形が一番美味しいんですよー」
って。ええーっ、形関係あるの? ねぇ! って。で、
「この長い方はスライスして食べると美味しいんですよ。コリコリした食感があって」
痛い、痛い、聞くだけで痛い!
「あとこっちの丸い方。これはおろし金ですりつぶして、しんじょとかにしても美味しいんですよ」
いてえよ、いてえよぉぉ~!

3

 まあね、CM明けてからじゃ遅いって気もしないでもないですけど、このお姉さんの名誉のために言っておくと、なかなか客のことを考えてくれてる方で、よくあるのが「ダイエット中なんで」って断ってるのに無理やり食べ物勧めてくるパターンなんですよ。これって向こうも善意で言ってるからかえってタチが悪いのね、断れなくて。ところがここのお姉さん、一度おかわりいかがですかと言ってくれて、でもお芋はもう終わってるから、例によってダイエット中なんでと言ったの、そしたら、
「そうですかー。ダイエット私もやるんで分かりますー、辛いですよねー。ごめんなさい目に毒なもの見せちゃってー」
と、すごく物分りの良い引き下がり方してくれて、すごくありがたいんだけど、その反面、思うんですよ。
「カレーだけでも十分美味かったなぁ」
って。で、どうやら物欲しそうな目をしてたのも察せられたようで、
「あ、やっぱり食べます?」
って。今度は迷わず、
「はい」
って。客の気持ちがよく分かる方でしたねー。

 まあそんなわけで、食事コーナーをあとにしてですよ、切り刻まれたお芋のビジュアルにショックを受けてまだ内股になりながらですよ。そのへんの痛みはわからないみたい、店のお姉さんも。女性だから。ともかく改めて見渡すと、これでよく「バッティングセンター」で検索して当てたな、っていうか。いや寂れてるとかそういうことじゃなくて。
 要はサーキットなんですよ、カートの。あとポケバイの。ローラースケートのコースもあるし。でもどれもバッティングとはどれも異質なスポーツでしょ? バッティング「センター」と名乗ってないだけで当たらないこともあるのに、当たったからね。
 で、サーキットだから当然レースやる人のスペースが広くて、バッティングのスペースは決して狭くもなければ取ってつけたものでもないんだけど、まぁお世辞にもバッティングはメインじゃない。言っちゃなんだけど、これはカートとかやってる人が合間に暇をつぶす場所なのかな、って。
 ところが、始めたんですけど、ここが予想に反してすごくいい。決してサーキットの片手間でやってるんじゃない。おそらくレースの合間に暇な時間ができた人がやるってのが大半なんでしょうけど、バッティングだけしに来ても十分満足な感じなんです。もちろん最新の設備で投資もバンバンして、っていういまどきのタイプではないです。むしろちょっと古いかな、ってくらいなんだけど、それを大事に手入れして使ってくれてるのも好感が持てるし。
 それに、すごく使い勝手がいいんです。例えば、全部の打席が左右両打ちに対応してて。これ実はすごく重要で、やれるところはやった方がいい。前に俺が都内のバッティング場で打ってたら後ろのベンチにずっと座ってる子がいて、何だろうと思いながら何セットか打ってブースを出たらその子がそこに入って、左打ちだったの。ああそうか、左用の打席空いて無かったから待ってたのか、だったら俺右打ちだから他のところで打ってたら待たせずに済んだのに悪いことしたなー、ってことがあって。
 あともう一つ、これはね、これまで色々サービスの良い、野球好きなんだ、野球好きを応援したい気持ちが強いんだ、ってセンター見て来ましたけど、それらとは段違い、というかセンターのビジネスモデルを根っこから揺さぶるようなもので。
 あのね、一時停止ボタンがあるんです。これはね、ほしいと思うことよくあるんですよ、例えばお金入れて打ってるうちにフォームが崩れてきた感じがして、打席外して素振りで調整したいなあってことが。そういうときにボールの打ち出しを一旦ストップさせて打席外してフォーム戻して打席に戻って、ってできればいいよね、ってのはバッターやってる人は大体思うんじゃないかって。
 でもそれって多分、お客とお店との絶対譲れない一線ですよね。だってそれを認めちゃうとお店側にしてみれば損ですよ。一時停止している間は課金が進まないんだから。客が一番やってほしいことが、店が一番やりたくないことってこともあるんです。
 でもここはそれをしてくれている。さっきの打席の件もそうだけど、敷地が広いおかげってのはあるし、待ちが出るほどお客さんがいないってのもあるんだけど、あと本来はカート場だからもしかしたら収益はそっちがメインなのかもしんないし、でもそれならなおさらバッティングセンターはやめて儲かることだけしてもいいわけですよ、経営ってこと考えたら。でもそうしないってのは、僕の基準ではすごくいいバッティングセンターなんです。

 ただ。言ったとおり、カート場なんですよ。で、そのサーキットのピットがあるところに管理棟って言うのかな、受付とか待合室とか、あと二階にはちょっとしたゲーセンとかさっきまでいたカフェテリアとかもあってコースが開くまでの時間つぶしとか出来るようになってるんだけど、その上の屋上なんですよ、バッターボックスがあるのは。ただ屋上も水のタンクとかあるし、それほど広くないわけ。そこに塔屋をちょっと大きくした感じのところがあって、その先に打席がちょっとせり出してる。
 こういうケース自体は今までも遭遇してて、僕も高所恐怖症だけどだいぶ慣れました。ただほら、カート場なわけですよ。その打席のところのキャットウォークとかに使うような金網の下を、

 カートが全速力で走って行くんですよ! こえーよ!

 どうも直線のスピードが一番乗るとこの真上らしくって、よし打撃のコツつかんだ、次はいい当たりを、と思って構えた所に下をビューン! でしょ。わーってなって空振りして、ついでにつかんだはずのコツもどっか吹っ飛んじゃって、の繰り返しって言う。

 それでもだんだん慣れてきてね、ふと横を見たら、隣でガンガンヒット性の当たり量産してる人がいるわけ。みたら、女の子なんです。ほら、カートとか乗るときってレーシングスーツ? 着るじゃない、あれを上だけはだけて腰のところで両袖結んだ格好で。で、よく見ると、その子左打ちなんだけど、反対の右打ちの打席にもう一人いるわけ。その子は全然打てなくて、上手いほうの子が手本見せてコーチしてる感じ。
危ないんじゃないかな、とも思うわけ、普通しないもんね、二人でバッセンの同じブースに入るって。んで、一体どんな子が打ってるんだろうって思ってちらっと覗いてみたら、

 なんかね、大仰なマスクしてるんですよ。

 花粉を防ぐ分厚いマスクとか、そういう意味じゃないですよ? ホラー映画に出てくる妖怪がしてるみたいな、ほら昔のアイスホッケーのキーパーがしてたみたいなやつ。あれにキャッチャーマスクみたいな鉄のバーを付けたみたいなやつを、ヘルメットに加えて付けてて。だから顔は分からないんだけど、まあそれじゃないと二人同時に入るってのはダメなんだろうね、危険だから。
 でも顔も表情も見えないけど、楽しそうに打ってるのは分かるんですね。微笑ましく見て、興味ありつつも、ケージの端と端だったからああそうか、って感じでいるうちに、その子たちは帰っちゃって。そのあとも調子いいんでしばらく打って、引き上げようとしたんですけど、気が付くともう夕方なの。今から東京の我が家まで帰ってもいいし、そのための足もあるんです、バスは本数あるんで。でもなんか欲が出て来たというか、もう少しこのへんに居たい、って思えてきたんです。というのもさっきのカレーの件とかもあるから、おそらくここならではのものが他にもあるんじゃないか、っていうのと、そうやって機転を利かせてメニューにない地場野菜を出してくれた人がいるっていう、その人の暖かさがあるんじゃないか、っていうのの相乗効果。そしたら丁度いいことに、
「これから、どうされるんですか? お帰りですか? それともどこかにお泊りで?」
って聞かれたんですよ、さっきのカフェテリアのお姉さんに。やっぱり人と人との距離が近いんでしょうね、色々いい距離感で世話を焼いてくれる。だから僕もそれに呼応して、
「ええ、日帰りのつもりだったんですけど、もしどこか泊まれる場所があるなら泊まってもいいかなって思ってるんですよ」
て答えたんです。そしたら、
「ああ、お宿ならこちらで紹介できますよ」
って。なんでも泊りでカートやりに来る人も居て、そういう人のために宿の紹介もしているらしくて。まぁそういうの許可が要るのかわからないけど、そのお店のお姉さんは喫茶店もやっていて、知り合いのペンションを教えてくれるってことになって。ペンション、と聞いてオサレアレルギーが一瞬疼いたんだけど、一瞬。でもせっかく紹介してくれるなら、ってことで。

 で、そこからコミュニティバスで移動することになるんですけど、それって大抵他所から来た者には使いにくいものなんですけど、ここは格別の使い易さなんです。さっきも言ったけど。
 で、次第に寂しいところに景色が変わってくるんです。どうも村のはずれの方に進んでるらしくって。まして暗くなってきたし寒くなってきたし。ところがね、ここ、家の感じが良いんですよ。昔ながらの建物がいっぱいあって、それらが現役っていうのがね、僕、廃墟も好きなんですけど、そうではない、生きて活用されてる古い家ってのもなかなかだなって思うんですよね。
 運転手さんに、お店のお姉さんに書いてもらった地図を見せると、最寄りの停留所をインプットしてくれてるらしくって、そこに停めて知らせてくれる。そこに宿の人が待っててくれるって手はずだったんだけど、待っているのが、子どもなの。中学生。それは制服着てたからわかったんだし、多分その家の子なんだろうね、いまどきの中学生がおうちのお手伝いするのも驚きだけど、気づいたの。

 さっき、バッティングしてた女の子。

 さっきは顔にマスクしてたからわからなかったんだけど、体つきでなんとなくわかったのね。なんという偶然って思ったんだけど、あとで種明かしするとたまたまバッセンに彼女がいたからお店のお姉さんが声をかけたってのはあるみたいだし、お姉さんとその子とも顔見知りだったみたいだし。
 なんでも、学校が早く終わって部活も無しだったんで、バッティングセンターというかカート乗りに来たらしくて、さっきのお姉さんもその辺の事情知っててというか、そうだよね、カートのサーキットにしてみればそこのお客はサーキットをよく知る宿に紹介したほうがいいって思うよね。で、その子も僕のことに気づいてたらしくって、さっきバッティングされてましたよね、って。でも僕全然気付かなかったの、気づかれているってことに。よくあるのは遠くからガン見とか自分達ではしゃいで写メ撮ったりとかなんだけど、だったら声かけろよって思うけど、いや声も場合によりけりだろう、運動終えてひいひい言ってる時とかにサインくれは無いって思うし、でもその子はそういう素振りを見せてなかったというのがまずすごく好感覚えたんですよ。
 それにしても、一旦帰宅したのにわざわざバス停まで迎えに来てくれるってのが嬉しくてねえ。聞けば家のお手伝いするのは普通にやってるからこうやってお客さん迎えに来るのもよくあることらしいんだけど。
 バス停は「ペンション村」っていうんだけど、薄っぺらにオシャレなところかと思ったらその割に落ち着いてて、聞くとペンションを今経営しているのは今その子の家だけなんだって。そこから徒歩五分もしないで着いたんだけど、そこも浮わっついたたところのない落ち着いた感じのところでね。こじんまりしたところで、値段も手頃なペンションだからトイレもお風呂も共同だし食堂で夕食食べる感じでしょ。でも居心地がいいんですよ、掃除もしっかりしているし、細かいところも修繕されてる。派手さはないんだけど、手をかけているのが分かるんです。
 ひと風呂浴びてから夕食、となったんだけど、そこで宿の人、多分さっきの子のお母さんだと思うんだけど、さっきの子が小柄でスレンダーなのに比べてふくよかな感じな、包容力ありそうな人。その人が、
「良かったら、夕食ご一緒しませんか?」
って。これは聞かされていたんですよ、バッティングセンターで予約取り次いでもらった時に。
「お宿に予約が入っていないんで、家族で鍋をする予定だったからそのための材料買っちゃったんですって。だからお客さんも一緒に鍋を囲んでくれると食材が無駄にならずに助かるんだそうですー」
って。ただ、それ聞くと悪いことしたなあ、っての思うじゃないですか。ご家族とお友達の団欒に俺割って入っちゃったんだ、かといって今から断るのもなあ、って思ってたら、
「あ、その分お安くしますから」

 即OKですよ!

 OKに決まってるじゃないですか。何が何でもそりゃ行きますよ。そしたらいざ宿についてみると更に話が進んでですね、その娘さんが、
「昼間一緒にいた子も呼んでいいですか?」
って。というか正確には、お客がいなかったらその子とその子の妹さんと一緒に夕ごはんを食べようってことになってたらしいんですよ。そちらの親御さんがお仕事、って言ってたかな、だからその子の友達と、友達の妹さんも呼んでたんだって。もちろんそういう事情があるならせっかくだし、こちらがあとからお邪魔したわけだしねえ。ご一緒しましょう、ってことになったの。

 で、メインは鍋なんだけど、ちょっと面白いのは具材が変わってて、用意されてる締めがパスタ! あと鍋以外にもおかず付いてて、おやきなんかもあってそれだって充分地元感出てるけど、中身が、

 パスタとかピザなの!

 ピザまんとかってあるからいいかなとも思うんだけど、実際あうのね。でそれは木花村ならではで、外国の人が沢山住み着いた歴史があって、それによって日本の文化と外国の文化が融合したんだ、と。昔小笠原諸島の父島に行ったことあるんだけど、感じ的にあそこに似てるのかな、
 で、友達の子もやってきたんだけど、金髪なの。親御さんが外国の人みたいなんだけど、お母さんはもともと東京の生まれなんだけど北欧系のフランス人の血を引いていて、そういった女性が結婚するのに抵抗もなかったみたい。あとお父さんの家系にも北欧の人がいたらしいんですよ。
 料理も美味しいし、あとこの家族の距離感というか、こちらの領分に無理に入り込むことはせず、それでいて素っ気ないわけでもなくもてなしてくれる感じがいいんですよね。普段は一般の人とこうやって親しくする機会もなかなか無いですし、プライベートくらい人との関わりは弱めたい、だって芸能界ってそういう仕事だから、ってのもあるんです。でも小居心地が良いと自然とこっちもペースに乗りますよね。いい感じな爽やかキャラになってきますよ。もうここのうちの子になっちゃえ、って感じで。
 ええもう、そりゃイイかっこしたくなりますよ。やっぱりほら、深夜ラジオは限られたある程度大人の人たちを相手にしてるって思ってますから、毒も吐きます、下ネタも言います。で、そういうところはテレビの僕とは真逆だろうし、そっちを観てファンになっている人があるとすれば、あまり見せたくない姿なんですよ。だからもう思いっきりそっちの表の顔ですよね、昼の顔ですよね。そっちを思い切り見せつけてやってるわけです。
 だから、普段言わないような反応だってしますよ、そりゃ。お母さんが、
「明日はどうされるんですか?」
って言うから、正直に言ったんですよ。
「まだ決めて無いんですよねー。どこか面白そうな所があれば行ってみたいなって思うんですけど」
って。いつもなら誤魔化すんですよ。ニュートラルなところにスケジュールを入れておけばいつ気が変わっても大丈夫でしょ。ところが僕が乗り気なのを見て、お友達の金髪の子が、
「あの、もし良かったら、明日わたしたちと一緒に、カートやりませんか?」
って。なんでも学校行事の振替休日があるらしくて、僕にお付き合いができるらしいんですね。これはどうも、客人をもてなすってことについて、子どもたちもそうすべきだって思ってるらしいんですね。僕が芸能人だからってことは関係無いんだと思います。

 だって、そんな知名度無いし。

 なんでこんなところで鬱の波来るの! ともかく! もちろん快諾しましたよ。

え? 曲入れないと時間がパンク? じゃあ、曲~。

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 朝になって、気持ちよく眠れたしスッキリ起きて。朝食前に周辺を散歩すると、このへん家並みがいいんですね、昔の洋館みたいのと伝統的な日本建築が同居してて、観光のための取ってつけじゃないんですよ。昔からあって、生活の中に馴染んでる感じがして。写真撮って戻って、ゆうべのお鍋で雑炊というか、リゾットだよね、チーズでとじてあるのがまあ美味い。ほどなくして女の子も起きてきて、お友達もやってきて、さあ出発、って。

 で、僕自転車も結構乗るじゃないですか。バッティングセンターめぐりの時も自転車携行して走って、疲れたら畳んで電車やバスに乗ってみたいなことしてますけど、今日はロケだからってことで持ってきて無かったんです。そしたらペンションの自転車を貸してくれて、これで行きましょう、と。確かに三人とも自転車なんですよね。これが一番便利だから、って。
 そしたらこのサイクリングがもうたまらなく快適で。どうも自転車文化は盛んらしくて、自転車のレーンがあったりするんですね。それにサーキットまでの道がゆるやかな下り坂だから大してこがなくても進むし、何より景色が開けてて、周りの地域より標高が高い、高台みたくなってるんですね。だから周りの町とか山が遠くまで見渡せるわけ。前日とは打って変わって天気もいいし。時々女の子たちにことわって自転車止めて写真撮ったりして。普通のスナップ写真ってあんまり撮らないんだけど、女の子たちと一緒に写真に収まったりして。

 なんだかんだでサーキットに着くと結構子どもがいるんですよ。やっぱり学校が休みってことで乗りに来ている子は多いらしくて、でもみんな礼儀正しいんですね、こっちがテレビに出ていることは認識しているんだけど、すごくきっちり挨拶してくれる。
 で、もうひとつ感心したのが、そのペンションの子のカートが、痛車のカート版っていうか、痛カートって言うのかな。それが親に買ってもらったとかじゃなくて、中古のほとんどボディだけしか使えない捨てられてたやつをもらってきて、あとは人から余ったパーツをもらったりお小遣い出し合って安く買ったりしたのを寄せ集めて自分たちで作ったんだって! おじさんそういうの感動しちゃうよね。
 彼女たちは、その友達と共同で乗ってるっていうカートを使うと。レンタルがあるので僕はそっち。

 ところが心配事がひとつあって。俺身体デカいじゃないですか。だからカートに乗れるのかなってのが正直あって、そっちは試してみたら大丈夫だったんだけど、問題は服装で。一応長袖長ズボンでサンダルじゃない靴だったらいけるらしい、あとヘルメットは借りることができると。でもヘルメットとのサイズなんてあるのかなってのがあって、さらに、せっかくだからレーシングスーツみたいの着た方がいい、動きやすいからそっちをお薦めしてます、ってレンタル担当の人がいうわけ。でもこれだけデカイ身体だと、俺に合う服のサイズが無いことで泣かされてきた経験多いですから、仕事でも遊びでも。
 そしたら、あるの! 俺に合うサイズのヘルメットとかレーシングスーツとか! それにこのサイズってなかなか無いわけでその分需要も小さいでしょ。だからかなり綺麗なんですよ。まるで新品。ありがたく着させてもらって、カートに乗り込んで。

 いざコースに出てみると、とっても広大なんです。都内の遊園地のゴーカートとか行ったことあるけど、狭い敷地を上手いことカーブを組み合わせて作ってるっていう感じでそれはそれで面白いんだろうけど、それとは楽しさのベクトルが違うんですね。ハッキリ調べたわけじゃないけど、日本で一、二を争うコース長なんだとかで、全長はゆうに千メートル超えるっていう。コースも幅があるからカートとポケバイが並走するなんてのもあったりして。とにかくスピードと爽快感を楽しむにはもってこいなんですよ。
 ただやっぱり、僕なんか免許無いからなおさらなんでしょうけど、怖いかもって思っちゃうんですよね。とりあえずコースに出るにはまず基本レッスン受けてからってことなんだけど、やっぱりビビるよね。その脇で女の子たちはすでに始めちゃってるわけ。もうびゅんびゅん飛ばすのよ。その臨場感って言ったら、昨日バッターボックスから見下ろしてたのと比べ物にならないくらい。
マシンのエンジン音って、人のアドレナリン回路を刺激するんですね。こっちも、負けるかって気はしてきますよ。レッスン重ねているうちにだんだん慣れてきたし、講習は午前で終わるんで、午後、勝負しようってことになって。正式なレースだとライセンスが要るらしいんだけど、仲間同士のオープン戦みたいなものだし、平日だから他にお客さんもいないし。
 というわけで昼飯済ませてサーキットに行くと、人数膨れ上がってるんですよ。どうやら僕が来てるってことが友達から友達って感じで伝達されていったみたいで、男女もいろんな学年も入り乱れてて。小学生でいわゆるジュニアカートっていう、大人用とは別のもの使ってる子もいるけど、それだって七十キロくらいは出るらしくて、そうすると僕の乗ってるレンタルのカートと同じくらいスピード出るんですよ。カートって結構高い買い物だと思うんだけど、みんな手入れはバッチリされてて。驚いたのは、それも子ども達が主体でやるんですね。お稽古事でよく親ばかり張り切ってるのを見ると醒めちゃうんだけど僕、そういうのは全然無い。逆にビジターの大人たちは、子どもたちが自分たちで色々準備を進んでやっていることに、びっくりするみたいね。

 ただね、僕にハンデが付いてるのが納得行かない、生意気だけど。いやいくら初心者とはいえ、子供相手で二十メートルくらい前からスタートさせられるのは屈辱、とか感じてたんだけど。
 ただやっぱり傲慢だったね。スタートするやいなや、子どもという子どもが一気に追いついて、追い抜いて。でも手加減してくれてるのも分かるのよ、アクセル緩めてるのはわかるわけ、エンジン音で。そうなると一層こっちは燃えるじゃない、手加減されるのが悔しいし、それでも後塵を拝してる状態ってのが我慢できない、負けるかー、って。
 でも必死で追いすがってると、だんだんコツを覚えてきていい感じになってくるの。他の選手と競り合う感じとか、疾走感とかのとりこになってくる。だんだんスピードも乗ってきてるのが分かるんです。
 そしたらやっぱり、大人用のカートってことでスピードはジュニア用より出るわけですよ。逆に考えればそこを技術でカバーして互角どころか有利な勝負してる子どもたちって凄いと思うんですけど、慣れてくるともうね、直線出たのをチャンスとばかり一気にスロットル全開にして、何人も抜き去って。やったー、と思った時気づいたの。

 直線終わりだ!

 ブレーキ!

 間に合わない!

 どっかーん!

 …というわけで、今天国からこのラジオはお送りしてるんですけど、いや嘘ですけど。見え透いた嘘ともボケともつかないものを拾うなよ!
 まぁ、不幸中の幸いというか、そのカーブはよく突っ込む人がいるらしくて対策はされてるの。峠の長い下り坂を車で走ってると、ブレーキがロックしたときの退避用に砂場をデコボコにしたみたいのが設置されてるんですよ。それと同じようなのがあって、僕のカートがその上に舞って、そこまでは良かったの。問題はその先が、

 池なのよ!

 よっぽどスピードが乗ってたのか、自分のブレーキングが甘かったというか多分踏んでなかったせいなのか、それとも体重によって制動距離が伸びたのか、なんでかはわかんないけど、ともかくそのまま、

 ばっしゃーん!

 もうね、こんな所まで来てお笑いやらかすとは思わなかったけど、無事でよかったですよね。まぁ後から知ったんだけど、みんな僕に花持たせようとはしてたみたい。で、スピード出ているようには見えたけど実はそうでもなくて、初心者用にはリミッターがあったらしいの。だからあのクラッシュも想定内なのね、安全の配慮はされてるみたいだし。まぁ、まんまとやられちゃったって結果なんですけど。

 って、今冷静に話してますけど、僕がクラッシュしたのを知った他の子達が今度は、

 同じ所に突っ込んでくるんですよ!

 クラッシュからのダイブって流れを楽しんでるみたくて。普通ないよね、自分からコースアウトなんて。でもその、スピード出して突っ込む、飛ぶ感覚ってのが確かに気持ちいいんですよ。これは他のカート場にはない、ここだけのやつで、ほかでは決して真似しちゃいけないやつなんだそうです。

 で、結局順位もわからなくなって、でも僕は敢闘賞みたいな感じで表彰台上げてもらえて。楽しかったですよ。まぁレーシングスーツはびしょ濡れなんですけど! で、もう夕方近くなってたので帰路につこうかと思ったんですけど、ヘトヘトでしょう。無意識のうちにもう一泊したいオーラ出してたわけ。で、女の子がそれを察知したのね。
「今晩、どうしますか?」
って。で、そこで泊まらせてっていうのもなんかガツガツした感じじゃない? 後ろ髪引かれる思い、いやいや僕は芸能人ですから。忙しいですから。帰ります、というオーラを無理やり出しつつ、かみさんに電話したんです。ほら、僕愛妻家じゃないですか、突然のお泊りで一人にしちゃったことへの罪悪感もあるし、寂しくしてるだろうな、っていう配慮もあるし。かみさんが出たんで、今日帰るよ、と言おうとした途端、

 「ああ、原宿のショップの店員のお友達が箱根の温泉行くはずが、連れが急な仕事で行けなくなったみたいで、キャンセル料ももったいないから一緒に行かない? って言われて、今箱根にいるの。もし帰ってくるんだったら、悪いけど晩御飯済ませてきてね?」

 すみません、今夜もお世話になります!

 寂しくないですよ! 何言ってるんですか! 妻がお友達と楽しく温泉旅行行ってるのを見守るのが良き夫ですよ! 頼られてないとかそんなこと思っちゃいかんのですよ!

 ひぃ。

 そんなわけで、その夜も泊まることになって、やっぱり客は僕だけで、今夜はバーベキューにしようってことになって。当然金髪の女の子姉妹もいるし、他にお友達の女の子が二人やってきて、賑やかにバーベキューやったんです。で、その子たちが大道芸を披露してくれたんですよ。聞いたら観光客が多いんで、よくバスターミナルとかでやってるんだって。すごいよね、子どもがおもてなしを考えてるんだから。いや、もちろん異論はあると思いますよ、子どもを客寄せに使うのか、って。でもそれ言ったら、スポーツの得意な生徒を集めて部活させてってのも同じじゃね? って思うんですよ。もっと言えば子役なんてのもいるじゃないですか。あれも親とか業界とかが子どもを客寄せっていうか、別にバラエティ番組のゲストが子役じゃなくてよくね…。

 なんでもなーい! 今のなしー! 構成作家が書いた完全台本ー!

 まぁ僕が子役嫌いってのもあるんだけど、いやその話はもういいって、ともかくお腹も心も大満足で床に就くわけですよ。あーいい感じの家族だったなあ、そこに俺が仲間に入れてもらえて、家族の一員みたいな感じでその和やかないいムードの中の一人が俺なんだとしたら、俺もその風景の中の一つのパーツだとしたら、そしたそういうシーンを作ることに自分も貢献できていたら幸せだなあ、そんなことを思いながら。

 朝になって、今日も良い目覚めですよ、朝食を食べていると、娘さんも起きてくるんですね。しっかり制服着てて、朝食一緒にとって。ありがとうございました、私も楽しかったです、なんて言ってくれると嬉しいよね。そしたらいよいよ登校に行く時間って時に、
「あの…ずっと、言うかどうか迷ってたんですけど…」
おおっ? って思うよね、考えてみればこれくらいの娘がいてもいい年齢ですよ。そんな子にどぎまぎした感じで何か言われようとしている。これは、恋なのか? いやいや、それは憧れであって、恋とは違うんだよ、とか言おうとしたら、

 「ラジオ、聴いてます!」

 うわー! 村を代表する地場野菜を、男性器そっくりとか言っちゃうディスクジョッキーのラジオを聴いてたんだよー! この子はー! せっかくキャラ作ってやってきたのに、台無しだよー!

 悲しいんでコーナー! って自分の慰みのためにコーナーやるなよ俺!

5

 もうエンディングですか。まぁでもこんなラジオでも聴いてくれる中学生がいるってのは心強いですよね。なんかコーナーやってる間にファックスいっぱい頂いちゃって。本音でぶつかってくれるディスクジョッキーだから大好きなんです。毎週聴いてるんですってのを女子リスナーの方々からずいぶんいただいちゃって。そんな良いものじゃないですよ?
 で、旅の話の続きなんだけど、帰りしなちょっと写真撮って回って、バスターミナルのそばでお昼食べて。ラーメ普段あまり食べないんだけでもここのは野菜が丼を埋めるくらい載っててうまいの。サンマー麺とかチャンポンのイメージなんだね。でもスープは鰹だしなのかな、あっさりで。それにミニ丼も付けたんだけど、フィッシュアンドチップスってあるでしょ、イギリスの。あれが丼になってるの。なるほど揚げ物とご飯って合うからね。
 そういうの食べながらだんだんわかってきたんだけど、僕はおしゃれな感じが嫌いなんじゃなくて、薄っぺらなものでおしゃれを装ってるのが嫌いなんだってわかってきた。どっかの成り上がり会社がその場の金儲けのつもりで作ったようなリゾートとは、違うんだよねこのあたりって。ちゃんと歴史があるというか、難しいことよくわかんないけど、風格みたいのが感じられるんですよ。
 栄えてはいません。でも寂れてはいないです。ちゃんと人の営みが感じられて、商店街も派手ではないけど、シャッター通りにはなってない。そういうところでいられたってのは、なんか幸せな数日間だったなって。
 今日いつもより毒少なかったと思いますよ、我ながら。まぁあの子が、聴いてるかもって思うと、ね。正体バレてるんですけどね。でも懲りずに聴いてくれてると思うんで、彼女に捧げるつもりで、なんてね。そんなこと言わないんですよ、柄じゃないんですよ、わかってますよ…。

6

 木花村に朝が来た。真耶と苗はいつものように自転車を走らせ、学校に着いた。
 苗の表情を見て、真耶があることに気づく。苗は特定の曜日にはやたらと眠そうな顔をしているのだが、今日はそれがない。どうしたの? と聞いた真耶に、苗はこう答えた。
「ああ、ゆうべ早く寝ちゃって。ぐっすりだったよ。久々だよ、火曜日にこんな寝覚めが良いの。いつもは夜中にラジオ聴いてるからね」

コノハナガールズ日常絵巻・僕らのミッドナイトはハジけるクレイジーパワー!

 ラジオの深夜放送が昔から大好きでした。深夜だからってことでかなり自由に色々言えるところがいいですよね。あと話し手の素が出るところ。今回ラジのディスクジョッキーが旅の思い出話をしている体で書いてますが、ここで書いたみたく結構トホホな感じになっているところも含めて包み隠さず喋ってくれるような人にリスペクトを感じます。
 ものものしいユニフォームのスポーツを登場人物たちにはこれまでもさんざんさせてきたのですが、その流れでカートとポケバイもいつかやらせようと思っていました。ヘルメットと、全身を覆うライダースーツってのが良いですね。まだまだユニフォームが魅力なスポーツは沢山ありますし、いろいろ出していきたいと思います。それにしても一方で露出の多いユニフォームには目もくれない作者の成人男子には珍しい趣味嗜好はなぜ形成されたのか、自分でもわかりせん。

コノハナガールズ日常絵巻・僕らのミッドナイトはハジけるクレイジーパワー!

今夜も小気味よいディスクジョッキーのトークが炸裂し、電波をキャッチしたリスナーたちの笑い声が深夜の街にこだまする。十年以上深夜のラジオでカリスマ的存在を続けてきたパーソナリティ。今日は旅に行った話をしているようです。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-25

Copyrighted
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