『ミョルニルの魔法具師』

 プロローグ

「ウイ勘弁してくれ、頼む」
 俺はドケ座した。間違っても顔を上げたりするつもりはない。パンツなんかより、今はお金の問題だった。
「ウイちゃん、どうかお願いします」
 隣でドケ座しているのは俺のお姉ちゃんのルリ・アオキだ。豊満なおっぱいが地面に押していた。
 さらに俺の右手には……、
「ウイ。俺に免じてなんとかしてくれねえか?」
 ハンマーが喋っていた。
 こいつは俺の商売道具ミョルニルだ。先祖代々続く魔法具を直す道具で、今俺に受け継がれていた。
「ミョルニル! あんたの顔に免じてってなによ! はぁ」
「なあお前お嬢様だろ。どうにかしてくれねえか」
 言いづらいことを、ミョルニルが代弁してくれた。
「ふん! わ、わかってるわよ」
 いくらなんでも幼馴染だからって、こうやって足りなかった分の肩代わりや延期をしてもらうのは心苦しかった。
 それでも、両親の大事故で起きた損害やらなにやらを肩代わりしてくれたのは幼馴染のこの女の子――ウルイ・ミヤケぐらいしか頼れなかった。
 ウイが居なかったら、俺たち姉弟はどうなってたか分からない。今もこうして魔法具師としていられるのは彼女のおかげだった。
 その時彼女が出した条件は、彼女が店のオーナーになることだった。喜んで受け入れたのは言うまでもない。
 でも、俺の実力は不安定で、なかなかうまく払えなかった。
「ナグ、ルリ、いいから立ってよ。わたしがなんとかするから」
 俺とルリ姉は顔を見合わせて頷きあって立ち上がった。
 立ち上がるとウイは俺たちを見上げるかたちになってしまう。
 ウイは金髪ツインテールの頭をもたげさせて言った。左手は彼女のすすけたスカートをぎゅっと握ってる。
「今回はなんとかするから……はぁ」
「ありがとうウイ!」
「ウイちゃんありがとう!」
 ルリ姉は青い長い髪をふわりとさせて、ちっちゃなウイを抱き上げる。
「わ、こら! やめなさいって!」
 ウイはじたばた暴れるが、ルリ姉はなんともないようだ。
「ウイちゃん、だいしゅぎ」
「うにゅーーーーーー!」
 ウイはルリ姉のおっぱいに潰されていく。
 く、ちょっとうらやましい。
 ルリ姉はひとしきり満足すると、ウイをおろした。
 顔を真っ赤にしたウイは、ぜーぜーと呼吸を繰り返している。
 それから大きく深呼吸をしたあと、
「今月の催促はわたしがなんとかする。でも、来月の催促は自分たちでなんとかしなさいよ!」
「ああ、もちろんだぜ! なあナグ」
「ああ、もちろん」
 おれはミョルニリに応える。
 だいぶミョルニルの使い方が分かってきた。世界一の魔法具師を目指すんだ、このぐらいの困難を乗り越えて見せないと。
「私もやりくりするから、ウイちゃん期待しててね」
 とルリ姉が答えた。ルリ姉は魔術師だ。
 ある結社で採用が決まり、そろそろ一年目を超える。
 俺とルリ姉が力を合わせればすぐに全額返せるはずなんだ。
 俺たちなら大丈夫、きっと大丈夫。
「しっかりしてよねー。さ、これで今月は終わり。来月の仕事はもう来てるわよ」
「おっしゃ、さてどんなのが来るかな」
 俺はわくわくしてきた。また魔法具と触れ合える。まだまだ経験したことや見たこともない魔法具がいっぱいある。
 それを直してお客さんを喜ばせたかった。
「ナグ」
 仕事をひとしきり妄想してると、ウイが話しかけてきた。
「ウイ。なんだまだあるのか?」
 ウイは顔を曇らせて、
「えっと、……なんでもない」
 そういえば先月あたりからウイはどことなく険しい顔をしていた。もしかしてそのことなのか?
「なあウイ」
「なんでもない」
 ウイは俺の問う雰囲気を拒絶してルリ姉の方へ行った。
 すかさずルリ姉に抱きしめられる。ジタバタと暴れる様子がまた見れた。
「ウイ……」
 ウイは俺たちを心配させないためだろうか。
 俺たちの関係が変わってしまって以降、相談してくれなくなった。
 家庭の事情だと検討は付いている。
 どうにかできないだろうか。
 くそっ!
「ナグ。お嬢はかなり思いつめているぜ」
「ミョルニル。もっと教えてくれ。ウイを助けるんだ」
「ああ、その意気だぜ。そのためにも必死にやらなくてはな」
 俺は決意を胸に秘めて、今月の仕事を終えることにした。
 来月こそは、たくさん儲けてみせる。

 章 破壊と、再生

「来たわよ。その二つ持ってきてー」
「分かったー」
 ひょいっと二つを持ち上げる。その二つは先月依頼された魔法具の金庫で、今日返却するために外へ出すところだった。
 重くないのかと言われたら、そりゃ普通の人には重い。
 だが、俺たちは怪力自慢の一族で、俺も御多分に盛れずかなりの力持ちである。
 姉も魔術師であるが、怪力でもかなり有名だ。
 その姉をしのぐ力を俺にはある。
 だから依頼品で大きく重たいものも大歓迎だ。
 やっぱり軽いな。
 そういえば、ミョルニルをウイに触らせたこともあったっけ。
 そしたらウイのやつ、ラノベの厚さほども持ち上げられなかったこともある。
 ミョルニル、そんなに密度はなさそうなのに、そんなに重かったのか?
 その時ミョルニルは自慢するように、神の武器だからな、と言っていたな。
 神の武器? そんなすごい物だったのか?
 まあどうでもいいか。
 確かにハンマーは武器になり得るが、ミョルニルは俺にとって、大切な魔法具修理道具だ。
 そう言ったらミョルニルは、「そうだ。お前の一族のおかげだ」と寂しそうな顔をして言っていたな。
 何か壮絶な過去を秘めているミョルニルはさておき、今は魔法より魔法具の時代になっていた。
 特別な訓練をする必要もなく超自然現象を起こせる魔法具は、民衆たちにとって生活必需品だった。
「よいっしょ」
「ありがとうございましたー」
 魔法具の金庫を取りに来た業者に無事返却して代金を受け取る。
「ふぅ、これでプラスになるな」
「こんな大きな案件で失敗してほしくなわよ」
 とウイは愚痴る。
「まったくウイの通りじゃ。はらはらさせるわい」
「あんたは特に小さなものは苦手よね。でも、小さなものほど大事なんだから」
「めんぼくない」
 俺たち三人が店に再度入ると、近所の奥さんが立っていた。
 彼女は手のひら大の火を付ける魔法具を持っている。
「あ、坊ちゃん来たわね。今回こそ頼むわよ」
 とニコニコしながら俺にそれを渡す。
「これ、すぐ買いなおせば良いだけなんだけどね。坊ちゃんの成長が見たくて頼みにきちゃったわ」
 このおばさんは両親が生前の時、なにかと面倒を見てくれた親切なおばさんだった。
 事故後も普段通り接してくれて、とくに余った手作り料理にはだいぶお世話になっていた。
 おばさんは、俺が立派な魔法具師になるのがすごく楽しみらしい。
 だからこうやって、なにかといろんなものを試させてくれるのだった。
「あ、おばさん。いつもお世話になっております」
「いーえ」
 にこやかな様子でウイとおばさんが世間話を始める。
「ナグ、使い捨てだと言って、侮るなよ」
「ああ、分かってるよ」
 俺はすぐにそれを観察し始めた。
 ミョルニルも、ピカッと光ったかと思うと、一段と小さなサイズのハンマーになっていた。
 動力部の光が弱っているな。
 あと、使い捨て特有の傷以外にも、変わった傷が見える。
「おばさんこれ、なにかにぶつけましたか」
 談笑してたおばさんはそれを聞いて、
「あら、分かっちゃった? それ、旦那と喧嘩したとき武器に使ったのよ。ほほほ」
「それで、喧嘩はどうなりました?」
 興味津々な様子でウイは尋ねた。
「私の勝ちね。旦那は気絶したわ。ほほほ」
 なに使ってんだー!
 これは火を付ける魔法具だろー!
 それを楽しそうに聞いてるウイもウイだ。
 女性人こえええええ。
「ま、私たちのラブラブパワーにはささいなことだったわ」
 そういう問題じゃねえし、のろけは勘弁してくれ。
「……動力部の傷はちゃんと見定めたか?」
「大丈夫だ。いけるはずだ」
 俺はハンマーを構えて、集中する。
 ミョルニルによる直し方は、力を狂いもなく傷にぶつけていったん傷を破壊し、再生を促す。ミョルニルには破壊することで再生する力がある。だから、傷を破壊することで、魔法具が元に戻るということになる。
 魔法具は動力部を開けると壊れる仕組みになっている。だから、外観から力を伝えるしかない。外観を壊さず中身を壊す。これがミョルニルによる魔法具修理の肝だった。
 これは、ブドーという格闘技にあるトオアテと似ているらしい。
 俺の父さんと母さんはそれがすさまじく美味かった。
 父さんと母さんは、卵にハンマーを思いっきり当てて、殻を割らずに卵焼きの準備までできていた。なんという無駄にすごい超技術。
 もちろん、俺たち家族がおいしく頂いたのは当然だ。
「ふぅー」
 大きく息を吸って、完全集中。
 周囲の雑音が消えて、ただ目の前に魔法具があるだけになった。
 ハッ
 俺はミョルニルを勢いよく魔法具にぶつける。
 魔力を伴った力が魔法具をスローモーションで伝っていく。
 直後すぐ失敗だと分かった。
 旦那さんを殴ったさいにできた傷から髪の毛ほどずれた。
 一瞬で視界や聴覚が元に戻り、
 ――バン
 破砕音が工房に響いた。
 ウイは怒った顔をし、おばさんは残念そうな顔をしていた。
 おばさんのことだからたぶん、俺のことなんだろうな。
「失敗した。……おばさん、ごめんなさい」
「ナグ! なにやってんのよ、また失敗して! おばさん、またすいません」
 ウイはあらかじめ用意していたのだろう、包んだお金を差し出すが、おばさんは突っ返した。
「いいのよ。そもそも私のせいで壊れちゃっていたんだしね。坊ちゃんの技を見ることが出来てそれだけで嬉しかったわ」
 おばさんはそう言って、満足そうに笑ってみせた。
「何回も坊ちゃんのお父さんとお母さんの技を見せてもらったことがあるから分かるけど、もう少しね、坊ちゃん」
「あ、ありがとうございます。精進します」
「ふふ、それじゃあね」
 おばさんはウイの肩をポンポン叩くと、店から出て行った。
「おばさん、ほんと面倒見が良いな。お前の親父の代でもよく来てくれたわい」
 とミョルニルはつぶやいた。
「まったく。ひっきりなしにお客さんが来るわけでもないのに、失敗して」
「ウイ、すまん」
「別に怒ってないわよ。はあ」
 ウイの溜息を聞くと気分が沈んだ。
 またお客さんが来たときのために、本で勉強したり、練習をするか。
 ウイは気が済んだのか、店の奥に引っ込んでいった。
 俺は練習にと、冷凍庫に向かって、手のひらぐらいの大きさの氷を三つ取り出した。
 透明な氷の中にポツンと卵が置いてある。
 これに、ハンマーでトオアテして卵のみを破壊する。これが、一族に伝わる練習方法だった。
「俺は寝る。しっかり練習しろよ」
「ああ、もしお客さんが来たら起こすから」
 それから俺は、さっそく練習を開始した。

 30個目ぐらいになってふと工房に目を移すと、工房はオレンジ色に染まっていた。
 すでに夕方らしい。ウイが下りてきてゆさぶったりしないのを考えると、今日のお客さんはあのおばさんだけだったみたいだ。
 そろそろお姉ちゃんが帰ってくるころあいだな。
「ウイ!」
 工房の奥は静まり返ってなにも返ってこない。
 テーブルに紙が置いてなにか書きなぐっている。
 へろへろな字で一見するとなに書いているか分からない字だった。
 これはウイの字だな。
 あいつ、相変わらず字が下手だな。お嬢様なのに。
「ふあーあ。おいどうかしたか?」
 ミョルニルが起きたようだ。
 俺が紙を持っていることに気付き、
「毎度思うがあいつ、字きったねーな」
「ウイは字の練習はあきらめたらしい」
「はん、俺が鍛えてやってもいいんだが、字は俺もかけないぜ」
 さっそく解読していくと、
「どうやら俺が集中してる間にルリ姉が帰ってたらしいな。一緒に買い物中みたい」
 ウイの字の解読はすごい疲れる。美味しい夕食作ってくれないと、解読した意味ねえな。
 俺はすぐさま閉店をして、工房の掃除と片付けを始めた。
 魔法具のランプをさっそく付ける。
 ランプの火がゆらゆらと揺れている下でしばらく掃除していると、
「「ただいまー」」
 ウイとルリ姉が帰ってきた。
 ウイは買い物袋を持って台所へ向かうところで、
「ナグ、どうだった?」
 ウイは練習の成績を聞いてるのだ。これは、俺とルリ姉の店に資金を提供してくれる条件の一つ。
「30個のうち、14個」
「合格とは言わないけど、ダメともいえないわね」
 そう言ったあと、台所へ引っ込んだ。
 ルリ姉の方は俺に近づき、
「ナグ、どうだった?」
「姉ちゃん、また失敗してしまったよ」
 ふわっとした感触に包まれる。
 ルリ姉が俺を抱きしめていた。
「おーよしよし。姉ちゃんも今日がんばったよ。……夕食待っててね」
 ルリ姉も台所の奥へ消えた。
 しばらくすると、良い匂いが漂ってきた。
 工房の掃除は終わって暇していたので、さっそく料理が乗っているテーブルへ向かった。
 ささやかな食卓。
 おいしくて、俺とルリ姉ちゃんの食が進む。
 ウイはというと、どこか上の空だ。あまり食事は進んでいない。
「ウイ、どうかしたのか? おいしいのに」
「お、美味しい? ありがと」
 でも、食べるときは上の空だった。
「ルリ姉、ウイはどうかしたのか?」
「それが分からないのよ。相談してくれないし。ねえ、ウイちゃん」
「……ごちそうさま」
 ウイはちょっとだけ食べると、二階へ行ってしまった。
「ルリ姉」
「なんだか心配だね。ナグ、ウイが危ないとき守るのよ。もちろん姉ちゃんも守るけど」
 この関係になってから、ウイは相談してくれなくなっていった。
 今回はあきらかに深刻そうである。
「ルリ姉もなにか分かったら頼むぜ」
「うん。任せて」
 俺たち二人はいっきに料理をかきこんでいく。見る間にテーブルの料理は無くなった。
 ウイの料理は非常においしい。
 これが、もしかしたらウイが来てくれたことで一番うれしいことかもしれない。
 あ……生殺与奪権を握られてる。

 耳になにかを感じ、催したので目を開けた。
 一階からなにか言い争いが聞こえる。
 この声は、
「ウイ?」
 視線を感じて窓から見下ろすと、黒服の男と視線が合った。
 すると黒服はすぐに路地の奥に消えてしまった。
「いったいなんなんだ?」
 これがもしかして、ウイの心配事か?
 俺は立ち聞きは悪いなと思いつつ、ゆっくりと足音をしのばせた。
 そして、部屋の扉を開けようと、
 ――ギィィ
 しまった。防犯対策のために床はそういう仕掛けだった。
 階下の言い争いが止んだ。
 これはだめか?
 俺は息を呑み、しばらく待つ。
 すると、階段を上ってくる音が聞こえてきた。
 俺は頑張って、気配を押し殺す。
 足音がドアの前へ来て止まった!
 今、たぶんウイと向かい合わせだ。
 なんとなくだが、ウイの方も息を呑んだのが分かった気がした。
「…………」
 俺の沈黙は好奇心。
 ウイの沈黙は、さびしさ。
 それが分かった瞬間、俺は踏み出そうと足を動かしたとき、
 ――ダッダッダッダッダ
 ウイは逃げ去るような足音で、去ってしまった。
「ウイ……」
 俺はそのままそこに座り込んだ。
 眠気はもう彼方に行ってしまった。
 心の中にはウイが居座っている。
 ウイが俺を小馬鹿にするイメージが、俺の心に火を付けた。

 正午過ぎ、ミョルニルを含めた道具の手入れをしていると、工房の扉が開いた。
 お客さんだ。
 顔を上げてみると、それは騎士たちだった。
 なんで騎士たちが、俺の小さな工房に?
 騎士たちは工房の中に盾を入れていく。
「これは……」
「修理の依頼です」と騎士。
「パパね」
 不満そうな顔で、ウイは言った。
「引き受けてくれますか?」
 頼まれれば断れない。それに、今は厳しい。
 しかし……ウイに悪いかな?
「いや……」
 ウイはその言葉に対して首を横に振った。
「あ、直してみせます」
「では頼んだぞ」
 怪しげな眼光を光らせていた騎士は柔和な顔になって、頭を下げた。
 そして、すぐに出ていく。
 なにか質問を、という間に騎士たちは工房を出て行ってしまった。
 途方に暮れる俺。
「パパの差し金だと思う」
 ウイは諦めたように言った。
「私、家出したから。ママは応援してくれたけど、パパは」
 ウイはスカートの裾をぎゅっと握った。
「ナグ、お願い。私たちのお店のすごさをパパに見せつけて!」
「遠慮すんなよ。やってやるぜ」
「そうだよウイ。俺たちの実力を見せてやるよ」
「ミョルニル、ナグ、ありがと」
 工房の床に並べらた盾は全部で15個。六日ぐらいで仕上がるな。
「この盾、なんだか分かるか?」
 ミョルニルが俺に問うた。
「ああ、おそらく魔法反射の盾だ」
「正解。魔法具師にとっても厄介なものよね。普通の魔法具師にとっては」
「ああ、なんせ俺がいるからな」
 ミョルニルが誇らしげに言った。
 ミョルニルの武器としての破壊力はすさまじい。
 武器として使わなくてもそれは健在である。
 だから直すときに邪魔となる反射はないも同然だ。
「しかし、斡旋とは言って、こんな盾が民間にまわってくるのかな」
「なんだかきなくさいぜ」
 ミョルニルはわくわくしたような声で言う。
「パパの配下の黒服たちによると、北方の国境付近で少し小競り合いがあったらしいわよ」
「ふ、戦争か」
 ミョルニルのやつ、興奮してんなあ。
 魔法じゃなく魔法具が広まったあとの世界の戦争だ。
 計り知れない衝突になるに違いない。
 ここまで戦禍が広まらなければいいんだが。折角再興した俺たちの店が、壊されたらたまったもんじゃないな。
「さ、始めようぜ。騎士様たちのためにもな」
「じゃ、私二階に上がってるから。だいたい何日で出来上がりそう?」
「六日か七日」
「おっけー。頼んだわよ。それまでは看板かけておく」
 ウイは二階に上がってしまう。
 俺はそれを確認したあと、盾を一つテーブルに置いた。
「しかし、すっげーなこれ」
 それをところどころ触るたびに、感動が溢れてくる。
「魔法具の英知が詰まってやがる」
 ミョルニルも感動しきりっぱなしだ。
「五つ、動力部があるね」
「傷は大きいぞ。これなら狙いやすいな」
 気持ちを落ち着け、深呼吸をする。
 いつも通り、いつも通りにやればいけるはずだ。
 俺はミョルニルを構えて、思い切り振り下ろした。

 三日目の夜だった。
 すでに七つほど修理を終え、すこし気になったところがあったので、魔法具の教科書を開いていたところ、ドアを叩く音がした。
「ん?」
 誰だ? まさかウイか?
「ミョルニルって……って寝てやがる」
 奴に寝るという行為があるのかは疑問になるがな。
 俺は足音を立てて、ゆっくりとドアを開けた。
 目の前にはすでにパジャマ姿になったウイが立っていた。
 ウイは申し訳なさそうな顔をしていた。
「夜遅くにごめん」
「問題ないよ。今勉強してたところだし」
「ミョルニルは寝ている?」
「寝るハンマーがあればな」
 俺は一つイスを持ってきて、適当に座らせた。
「ウイ、どうしたこんな時間に?」
 ウイはもじもじしていた。
「そ、それはね。私と……しない?」
「はあ?」
「ちょ、声が大きい!」
「あ、すまん」
 ってなんで俺が謝らなきゃいけないんだ。
 どうみてもウイがいきなりあほなこと言うからだろ。
「あほな冗談はよせ。なにか重要な用事があるんだろ?」
 俺は腕に力こぶを見せた。
「もしかして、黒服のやつらか? よし、待ってろ!」
「違う。んーと、そっちもだけど、さっきのは違う冗談じゃない」
「…………」
 俺は冷や汗をかきながら、ウイを見た。
 ウイは瞳をうるうるさせていた。
「しちゃお! しちゃおうよ!」
 俺はしばらく考え、
「えい!」
「イタッ! ……な、なにすんのよ!」
 ウイは目を吊り上げて俺を睨んだ。
「俺をドキドキさせた罰だ」
「ったく、ドキドキしてるんじゃないのよ!」
 ウイは立ち上がった。
「待って。聞いてくれ」
 ウイは後ろを振り返らずに立ち止まったままだ。
「こういう話は借金のことが終わったらいくらでも聞いてやる。それより……やっぱり黒服連中のことなんだろ?」
「そうよ」
「こんな成り行きでやって親父さんが納得すると思ってんのか? そうじゃないんだろ。むしろ取り返しのつかないことになりかねない」
「…………」
「だから今は我慢の時だ、な? 頼むぜウイ」
「分かった……ありがと」
 ウイは一度も振り返らずに部屋を出て行った。
 俺はすぐにベッドに顔押し付ける。
「ちくしょおおお。さっきの良いチャンスだったのにいいいいい」
 俺はその夜、音を立てないよう工夫しながらベッドを殴りまくった。
 心の中で泣いた。

「たあああああ」
 ――ガン!
 最後の一発。盾は修復を始め、魔法反射の機能が回復を始めた。
「やったな」
 ミョルニルは誇らしそうだ。
「ああ、やったぜ」
「ナグ、騎士団にはすでに伝えてあるわ。たぶんそろそろね」
 俺とウイは急いで盾を磨いていると、すぐさま騎士の一人が扉を開けて入ってきた。
「失礼します。取りに来ました」
 騎士の後ろにはたくさんの騎士が控えていた。
「ちょっと点検させていただきますね」
 俺とウイは少し離れて、騎士が盾すべての点検を終えるのを待つ。
 しばらくして、驚いたように言った。
「すべて合格です。見事な修理ですね」
「ありがとうございます」
 俺とウイは頭を下げた。
 騎士は袋を差し出したので、ウイが受け取った。
 ウイがそれを開けてみて驚いた様子で俺を見た。
「そちらが代金です。ではさっそく、回収しますね」
 その騎士は後ろに控えていた騎士たちを呼び寄せて、盾をすべて持って行った。
 そして最初の騎士が扉を閉めた。
 ガランとした店内。
 その空間に、ウイの喜びが溢れていく。
「ナグ、やったわよ! これでだいぶ楽になるわ!」
 ずっしりとした袋を抱きかかえてウイは喜んでいた。
 金髪ツインテールがぴょんぴょんとはねている。
「あ」
 ウイは急いで扉を開けた。
「ありがとー、ご、ざいまし、た」
 ウイの声は最初はでかかったのに、最後は聞こえないほどだった。
「どうしたんだウイのやろう」
「ウイ? どうかしたか?」
 ウイは後ろ手でドアを閉めた。
「パパ。許してくれたんじゃなかったの」
「? どういうこと?」
「これ、見て」
「手紙?」
「パパ、勝手に私の結婚を決めようとしてるの」
 手紙は達筆でそのようなことが書かれていた。
「かあー、親馬鹿だなあ。おまえの家、すでに兄で話がついてるんだろ?」
「うん。お兄ちゃんで決まってる。でも、私一人娘だから」
「ウイ、おまえのお母さんはどうなんだ?」
「もちろん私の味方よ! でも……パパは強引だから」
「あのーすいませーん」
 さっきの騎士の声だ。
「先ほどはありがとうございます。もう一つ、仕事を頼みたいんですが」
 騎士は先ほどの柔和な表情と違って、厳しい顔つきだった。
「これをお願いします」
 有無を言わさない表情で、騎士は大きな両手剣を置いた。
「それと、ウイ様へお父様から伝言です」
「な、なによ?」
「これを失敗したら、強引に進める。以上です。外で待っています」
 そう言って、騎士は出て行った。
 俺とミョルニルは、冷や汗を隠せなかった。
「どうしたのよナグ、ミョルニル?」
「これは、魔剣だな」
「お嬢、俺と魔剣は相性がめちゃくちゃ悪いぜ」
「ちょっと、どういうことよそれ!」
 俺をゆさぶるウイをがっしりと受け止めた。
「ミョルニル自体、魔剣に近いんだ。反発を抑えるのは大変なんだ」
「すでに大半の魔剣は失われ、ほぼすべて喪失したと言われてるのに持ってくるとは、親父さん、なにもんだよ」
「そ、そんな。でも、ナグなら大丈夫でしょ」
「ああ、直すさ」
 めちゃくちゃ足が震えた。
 嘘だ。日用品の魔法具でさえやっとなのに、魔剣なんて代物を確実に直せるなんて言えるわけがない。
 それでも、ウイの必死な様子を思うと、こう答えるしかなかった。
「やるぞナグ。この捻くれた剣を鍛えなおすぞ」
「ああ、完璧に直してやる!」
 俺は魔剣を握った。
 直後、魔剣に握り返されたような感覚が手から伝わってきた。
 魔剣を台に置いて、魔力の流れを見る。
 ところどころ魔力の渦が出来ていて、動力部がなかなか見えてこない。
「落ち着け、ナグ。よく見るんだ」
 ちょうど柄のところに、動力部がかすかに見えた。
 この傷は大きい。しかし、深い傷というのを初めて分かった。
 傷には深さもある。
 まだ他にあるかもしれない。でも、まずはこれに取り掛かろう。
 深呼吸し、意識を一点に集中する。
 今だ。
 ハンマーを思いっきり振り下ろす。
 寸分たがわない。
 これならいける。そう思った。
 直後、魔剣の柄がかすかに動く。
「なッ―!?」
 ズレるぞ!
 ――ダアアアアアアン
 ミョルニルが、魔剣の柄を破壊する。
 再生は起こらず。
 俺は真っ青になった。
 これが大戦中に広まった魔剣だというのか?!
 生きている。
 そしてこいつは俺をあざ笑っている。
「なにごとだ!」
 先ほどの騎士の声とともにドアが開いた。
 騎士は直後、絶句する。
「こわした……のか?」
「直せません……でした」
「美術品として重宝されている魔剣をか?」
「はい、すいません」
 ――パチパチパチ
「どうやらこれで決まりのようですね」
 入ってきたのは片メガネをしている黒服の男だった。
 結果は見ての通りだ。
「お嬢様。迎えが待っております。代金はウイお嬢様で」
 言外の断わったらが、視線で伝わってくる。
 ウイは俺を見た。
 俺はそれを見て頷き、黒服を睨み返した。
「貴様、どうなるかわかってるのか?」
「ああ、だから払おうじゃないか! だからウイは誰にもやらねえ」
「ナグ!」
「逃げるぞ!」
「うん!」
「チッいきてりゃ面白いことがあるな」
 俺は背後から襲ってきた黒服のパンチを受け止め、押し返した。
 それに驚愕する黒服の男。
「あいつらを捕まえろ!」
 って、逃げるたって、逃げるあてなんてねーぞ。
 それでも俺たちはとにかく走った。

 俺とウイは黒服の包囲網を潜り抜けていくうちに、崖まで来ていた。
 切り立った崖の下に、所々岩が突き出た砂場が見えた。
「追いついてきたわ」
「これ以上行けないぞ」
 後ろを背にして黒服に囲まれてしまった。
「ウイ様のお父様から拘束の許可が出ています。今なら普通に帰れます」
「いや! せっかく家出したのに、なんでわたしは戻らなきゃいけないの?」
「なんででもです。こっちに来たらどうですか?」
「いや! お金のことは私たちがなんとかする。パパにそう伝えてよ」
「困りましたねえ」
 と黒服の男は俺を見て言った。
「なんならその男をどうにかすることも考えても良いですがねえ」
 黒服は、手袋をはめて言った。
「そんな……どうしてどうしてどうして!」
「お嬢様、決めてください。来ますか? イエスかはいか?」
 ウイの表情が憎しみでゆがんだのが見えた。
 ウイは一歩ずつ後ろに下がってる。
 まさか。
「やめろ馬鹿!」
「…………」
 ウイはなにも言ってくれなかった。
 だからウイがなにを考えて決意したのか分からなかった。
 ウイは俺の伸ばした手を触りこそすれ、つかまなかった。
 そのままウイは落下する。
 直後、気持ち悪い音が一帯に響いた。
 俺と黒服たちは顔を引きつらせて崖から下をのぞいた。
 血が海のように広がって、岩と砂場を赤く染めていく。
「ウイイイイイイ」
「おいきさまあ!」
「こんなことやってる場合じゃねええだろおおお」
 俺はその黒服を吹っ飛ばした。
「ナグ、お前の握力なら降りられる」
「ああ」
 俺は崖を掴んでゆっくりと降りる。
 心臓はやるのを抑えながら、落ちないようにしっかりと降りる。
「俺たちもいそぐぞ!」
「はい!」
 黒服たちは別の道を使うようだ。
 俺は岩場に着地してすぐにかけよった。
 ウイの顔に手をやるが意識はすでにない。
「ウイ、ウイいいいい」
「叫んでも無駄だ」
 ミョルニル、そんなこと言うなよ!
「く、くそおおおおお」
 ミョルニルを思いっきり岩にぶつけたくなった。
 でも、それを押しとどめる。
「落ち着け。お嬢をなんとかしたいのは俺も同じだ」
「じゃあどうすれば良いんだ!?」
「俺を使え」
「え?」
 ミョルニルに治癒があったなんて知らないぞ。
「俺を使って、再生させるんだ」
「ミョルニルが再生させることが出来るのは道具だけじゃなかったのか!?」
「いたぞ!」
 すでに遠くに黒服の集団が見え始めていた。
「急げ。心臓を動力部に見立てるんだ!」
「分かった!」
 こうなったらミョルニルを信じるしかなさそうだった。
 手が真っ赤になっていくがきにしない。
 心臓の位置を確かめ集中する。
「貴様! なにやってんだ! ウイお嬢様から離れろ!」
 やばい、邪魔される!
 ――ズバシャ!
 黒服が近づこうとしたとき、魔力のこもった水流が砂場に突き刺さった。
「ナグ! 大丈夫!? ウ、ウイちゃん!?」
 慌てて駆け寄ろうとするルリ姉を制止する。
「ルリ姉。聞いてくれ。これからウイを再生させたい。でも、そのためには集中する必要がある。頼む。あいつらから俺たちを守ってほしい」
「……ウイちゃんは助かるんだよね?」
「それはナグ次第だ。俺の力さえ使えば再生なぞ不可能ではない」
「ミョルニルには聞いてない」
「……絶対助かる! 守ってくれルリ姉ちゃん!」
「ナグ、任せて!」
 ルリ姉は大きく手を広げて、俺たちの周囲に光の膜を広げた。
「貴様どこの魔術師だ! 邪魔立てするなら後々容赦しないぞ」
「うるさい! お姉ちゃんは弟のためならなんでもするよ!」
「な! その紋章は結社の!?」
 集中するぞ。
 心臓周辺の傷が染み出るように広がっていく。生命力が。
「はああああああ」
 もう周囲の音が聞こえなくなり、目の前には真っ赤な人体が広がるだけになった。
 そこへ、思い切りミョルニルを振り下ろす。
 届いてくれ! ウイに届け!
 ――ドン!
 ミョルニルが胸にぶつかった。
 その瞬間、ウイの周囲を緑色の光が覆っていく。
「なんだアレは!」
「ウイイイイイイ」
 緑色の光がウイの全身を覆い、修復し始めた。
 ウイはその光に引っ張られるように空中に浮きあがる。
 それを俺は抱き留めた。
「ウイちゃん!」
 ルリ姉もそこに抱き着いた。
 やった成功した!
 成功したぞ!
「やったなナグ」
「ああ、よかっ」
 そのまま俺は体が崩れた。
 意識が遠くなる前に感じたのはルリ姉の手だった。

 エピローグ

 あれから数日後。
 あのとき失神したのは、どうやら初めて使った技だかららしい。
 今日ようやく退院。
「ただいまー」
「ナグ!」
「お帰りナグ! お姉ちゃん心配したよ!」
 ウイの抱き着きをそっと離す。
「ナグ! ナグやったわよ!」
「どうしたウイ?」
「パパから家を出ることを許してもらえたのよ!」
 おっしゃ。って、聞きたいのはそっちじゃない。
「ウイ! それより傷は大丈夫なのか?」
「もっちろんよ!」
「お姉ちゃん、あのことで結社から怒られちゃった、てへ」
 ルリ姉も嬉しそうだ。
「あのときルリ姉ちゃんが来なかったら危なかった」
「だって弟とウイちゃんの危機なんだもんね」
 ルリ姉ちゃんは誇るように言った。
 って、くっつくな。
 ルリ姉ちゃん、胸が顔に! 胸が顔に!
「ねえそれでね。パパがね。もしナグとなら」
「ナグウウウウウ!」
 ウイの低い声に俺たちは離れた。
「パパの借金はなくったわ。でも、私からの借金は消えてない。こんごとも、よ・ろ・し・く・ね」
「「はい」」
 ウイ、ちょっと怖い。ウイの親父さんっていったい……。   END

『ミョルニルの魔法具師』

巨乳お姉ちゃんってちょっといいかも。
楽しんでくれたらいいな。

ここからはメタ的な話。
動機づけについてまだまだしっかり設定しないと。上手く設定できず一回目で筆が止まってしまった。もち、これは二回目。
あと終盤がちょっと強引かも。まあ諸々のそこらへんは今回の課題ではないけど。

次はバトルものです。これ書いてる途中に浮かびました。

2万字行きたいなあ。あと、まだまだこのぐらいの人数が限界っぽい。

『ミョルニルの魔法具師』

魔法具師の主人公が成長するお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-20

CC BY
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