西宮の軌跡

初投稿ですー。書きたいと思って、結局書かないでいましたが、重い腰がやっと上がりました。

プロローグ

6月25日夜、天気は雨、俺は椅子に縛り付けられた状態で十数人の男に囲まれている。
「おい、何とか言えよ。ストーカー野郎」
男は俺の胸倉をつかむと脅しつけるように言った。リーダーと思われるの男は20代半ばか後半といったところだろうか。
どこかのダンスパフォーマンス集団にいそうな、いかにも悪いやつといった風貌だ。
「口もきけねーほど、ビビッちゃってんのか?根暗野郎が」
別にビビッてもなければ、ストーカーでもない。やっていることがほぼ同じだっただけだ。
リーダー格の男が手を離し1、2歩下がると何かが飛んできて縛り付けられている椅子に当たった。
「おいタク、何投げたんだよ?」リーダー格が尋ねる。
「へへっ、パチンコ玉っすよ、そこらへんにいっぱい落ちてますよ」
「お前すぐそういうこと思いつくよな」
リーダー格が笑い混じりに言った。そして周りの男たちに号令をかける。
「おい、お前らもやっていいぞ。どうせ痛めつけるんだ、楽しもうぜ!なあ、ストーカー君よ」
声に鼓舞されたのか、もともとうずいていたのが許しを得たことがそうさせたのか、男たちが次々とモノを投げつけてくる。
そこらに落ちているパチンコ玉から小石が浴びせられる。
なんてひどいことをするんだ、と思う。顔に当たらないようにうつむくがそれでもビシビシと当たる。
こいつら絶対許さない、、外から騒々しい音が聞こえてきた。聞き覚えのある音だ。
自らの存在を示し、他のあらゆる音を消し去るようなエキゾーストノートは離れていてもはっきりと聞き取ることができた。
「お前らはこれで全員なのかよ?」
俺がそういうと、男たちが一気に静まり返る。それはそうだろう。ここにつれてこられて初めて口を開いた。
「なんだよ、口がきけるじゃねえか。で、なんだって?」
「お前らはこれで全員かって聞いたんだよ」
リーダー格の男は近づいてくる。先ほどの愉悦が混じった顔が強張り、イラついていることがはっきりと分かった。
「・・・・がはっ!」
俺の腹部を蹴りを浴びせた。そのまま足で踏みにじる。
「だったらどうしたんだよっ!テメーに関係あんのか?あん?
もういいや、ストーカーに何言ったって無駄だな。おい、お前もうあの女には近づくんじゃねえぞ。
今からお前のことボコすけど、次ストーカーまがいのことやったらもっとボコすからな」
それは「ボコボコにする」のことを言っているのだろうか、「もっと」ってそれ以上存在するのかと疑問を持った。
男たちがそれぞれに武器を持ちこちらに近づく。その様子になかなか迫力があった。
だがそろそろ茶番も終わりだ。すでに縄は腕から外してある。そのまま立ち上がろうとした。
その時、バァンという音とがホールに響き渡る。ホールから続いている従業員用のスイング扉が蹴破られた。
ドアは5メートルは吹き飛ばされたようだ。男たちは呆気にとられている。
「おお~たくさん集まってるなぁ。西宮、こいつらブッ飛ばせばいいんだよなって、あれ?お前やられちゃってんの?
相変わらず弱いなあ」
俺を小ばかにしているのは蔵野という男だ。腕っ節は強いが頭は悪く、ずぼらだ。
「10分遅いんだよ、俺は言ったよな?」
俺が指摘すると蔵野は「え?」とつぶやくと声を漏らすと次は「あ!」と叫び、たらたらと言い訳を述べていく。
そのやり取りを傍観していた男たちだがリーダー格は我に帰り、また強張った表情に戻る。
「てめえらいい加減にしやがれどんな立場か分かってんのか!」
確かに数の上では男たちが圧倒していた。男たちのどれを見ても自分達が優位に立っていることを疑わない余裕のある顔をしている。
だがそれは、この男も変わらない。蔵野は言い訳の途中で都合のいいものを見つけたようだ。
「さっさと仕事しないとな!おい、クソ共!今からお前らブッ飛ばしてやるからよ、覚悟しろよ!」
突然の宣戦布告に男たちは数秒固まった後で、苦笑する。
そして男達のうちの2人が蔵野に襲い掛かる。手には鉄パイプ、駆けながら鉄パイプを振りかぶる。
しかしその瞬間2人の片割れは先ほどのスイング扉よりも勢いよくホールの端の方へと吹き飛んでいった。
俺と蔵野以外の全員が何が起こったか把握できないでいた。蔵野に殴られた男も自分がどうやって倒されたか分かってないだろう。
男が吹き飛んだ方を見ているううちにもう1人のほうも倒されている。今度は軽くやったのだろうが、地面に叩きつけられていた。
その場でうずくまり、悲鳴を上げる。どこかが折れてしまったのだろう。
「おい!あんまやりすぎるなよ」
俺が声をかける。蔵野はすでに5人は倒していた。蔵野は強い、確かにそうだが、その強さというのが並外れている。
超人的な強さを持っているのだ。腕力もそうだが、速さ、瞬発力、まるでアニメのヒーローのような能力だ。あまり賢くはないが。
「お前言ってたじゃねえか。殺さなきゃいいんだろ?」
「今ここで生きてても、後で死んでしまったら同じことだろうが。その場で殺さなきゃいいわけじゃないぞ!そこのタク君は遠慮しなくていいからな」
なるほど、というような仕草をすると、また一人を倒す。手加減したのだろう、嗚咽を上げる程度で済んだようだ。
先ほどまで威勢の良かったリーダー格の男は怯えて今にも逃げようとしていた。その前に立ち、行く手を阻む。
「なんだよ、どけよ、ストーカー野郎!」
俺になら勝てると判断したのか拳を振りかぶり殴りかかる。そのパンチをかわすと左手で顔面にパンチを入れる。
まさか俺にカウンターを食らうとは思っていなかったのだろう。男は少しフラフラする。しかし持ち直すと再び格闘が始まる。
はっきり言って俺のパンチは軽い。蔵野みたいな身体能力はなく、非力な部類にはいる。
それでも訓練と場数は踏んでいるので、ある程度の相手はできるが、体格のいい相手だと思うようにいかない。
男の徒手をよけながら打撃を加えるが、なかなか倒れない。しかたないので柔術を使い、制圧することにした。相手の腕を掴んだとき、男が視界から消えた。
蔵野が最後の手下を投げ飛ばしたらしい。男は手下と一緒に飛んでいった。しばらくして男が気絶した手下をどかす、自分以外全員やられたことに気づくと逃げるのを諦めたようだ。
「すいませんでした!まさかこんな強い人だなんて思わなくて。ストーカーも勘違いしてました。あの女だってあんたにあげます。いくらでもヤレますよ。だから許してください!」
男は懇願するように言う、「強い人達」だろうが。しかもまだストーカー扱いしている。俺がすこしムッとしたことを察し、蔵野は少しニヤついていた。
「おい、金輪際あの女と関わるな。指先一つ触れてみろ、こんなもんじゃすまないからな」
「別に謝んなくていいんだぜ。謝ったってやめないから、むしろ俺たちが謝りたいくらいだ。悪いな」
蔵野は一言謝ると、男の顔面を殴りぬいた。今日イチのパンチだったかもしれない。
「ふー、んじゃあ帰るか、西宮」
蔵野は軽く息をつくと、この場を後にしようとする。今回は手ごたえのあるやつはいなかったみたいだ。不満げでさっさと帰りたいという顔をしているが、まだ一仕事残っている。
「外で待っててくれ」
「雨降ってるだろーが」
「じゃあここにいろ、すぐ終わるから」
蔵野はへいへいというと、あたりを見回りだした。俺は自分が縛られていた縄と椅子、男たちの携帯端末を回収する。奴らに捕まっているとき、一人に写真を取られたのだ。
端末の一つ一つを確認し、自分の写真を見つける。カツラも、ひげも伸びているので、写真では一目見て自分だとは分からなかった。念を入れて端末のデータとクラウド上のデータを消した。
自分が触れたと思われるものを集め、一つづつその処理をしていく。
「はぁー、いつ見てもおもしろいとうか、不思議なもんだなあ」
蔵野が関心しながら言う。それもそうだろう。椅子や縄、端末は一瞬で消えているのだから。
俺にとって証拠隠滅などは簡単だった右手をかざしさえすればよい。消そうと思ったものはそれで消える。
「どうやって消してんの?」蔵野が聞く。
「わからんっていっただろ。使おうと思ったら使えるんだ。お前だって同じだろ」
蔵野は「まあな」とうなずく。こいつが無意識であの身体能力を発揮したらどうなるのだろう、と思うこともある。超人ハルクみたいになるのだろうか。
それはないな、せめて某ゲームの軍神の娘くらいだろうか、かわいさ以外は。
「終わったんだろ、行こうぜ」
蔵野と共に裏口から廃屋を後にする。男たちは全員漏れなくのびているようだ。というより、うるさいヤツは蔵野が締め落としたみたいだ。そのほうがいいだろう。パチンコの廃墟からうめき声とか、近隣の人に聞かれたら心霊スポットが生まれてしまう。
パチンコ屋に面している通りに寄せてある蔵野の車へ向かう。正直蔵野の車に乗るのは好きではない。
オレンジ色の該当に照らされた車体を見ると、蔵野は自分の車に惚れ直したようだ、通算何十回目の惚れ直しだろうか。
「うーんこのでかい車体とシャープさと丸みが均整取れた形。いい!最高!」
興奮している蔵野を見ているとある疑問が浮かんだ。
「なあ、この車ってお前の中では男なの?女なの?」
蔵野が突然「はぁ?」といったので続ける。
「イタリア、フランスでは車のこと女性名詞で呼ぶらしいぜ。それでじゃじゃ馬だとか言うんだとよ。
ドイツでは男性らしい。結局は物なんだろうけどさ、お前の中ではどっちなのかと思ってな」
蔵野は黙って車両を見回すと考え込む。あまりこの男が考え込む姿は見たことがない。車をいじる時か車の雑誌を読んでいるときだけだ。どんだけ車ばっかなんだよ。
「わからん」と蔵野は言い切る。あまりマシな答えを期待していないが、二択しかないのに答えられないとは。
「あっそ」と返し、車に乗り込む。
「わからないもんなんだよ。西宮君、車に女ってつけて愛でるのは気持ち悪い感じがするし、男だとホモになるのかな。
でもやっぱり今の彼女に悪いから男ってことにしておく、男だ男!」
「どうでもいいから早く出してくれ」
本当にどうでもよかった。
蔵野は軽く舌打ちをすると、車のエンジンをかける。唸るような排気音が振動と共に体と耳に伝わる。運転席の蔵野はこのときいつも幸せそうな顔をしている。
「いつまでこの車に乗ってんだ?うるさくてしょうがねーよ。もう世の中のほとんどの車は静かに走ってるだろうが、もうプラグインハイブリッドがほとんどで、電気自動車だって多いぞ。
こんなうるさいの乗ってんのお前と、トラックの運ちゃんくらいじゃないのか?」
正確には一部のトラック運転手とこいつだ。トラックだって今はもうクリーンディーゼルが主体でうるさいトラックはほとんど走っていない。
「いいだろうが、スーパーカーってのは注目を集めるため、うるさくなきゃいけないんだよ!周りの車にな、『スーパーカーが来ましたよ、気をつけてくださいね』って
主張してんだよ。それにな俺はちゃんとした指定の工場で整備点検受けてるからな。ということはまだ他に乗ってるやつはたくさんいるんだよ。いまだにスーパーカーはガソリンだけだしな」
前半のほうはとんだ勘違い発言だが、後半は正しかった。たしかにいまだに多くの愛好家がガソリンだけのスーパーカーを乗っているらしい。ガソリンも未だ枯渇する気配はないので高騰することはない。
むしろ燃費の向上やPV車やEV車の発達により、消費量は減ったため、安くなっている。
「まあ、この話はもういいだろ。ところで今回の依頼はなんだったんだ?お前ストーカー呼ばわりされてなかったか?」
ほとんどの場合、蔵野は依頼の内容を知らない。大抵の依頼は俺一人で片付く、今回のように力仕事を伴うとき、一人ではできない仕事は蔵野の力を借りる。
「ああ、今回は簡単に言うとある女の悪友たちを全員ぶっ飛ばせって感じだな」
「うわ、わかりやすいけど引くな。誰よ?」
「依頼人か?依頼者は代理人をはさんでわからないようにしてるから俺も知らん。でも若い女の良くない友人関係を潰すような依頼すんのは大体わかるだろ?」
「あ、親か?」
「まあ親族であることは間違いないだろうな。ウチの料金は安くないからな。
それでだ、その女の交友関係を調べるために尾行してたんだが、明らかにこっちのことに気づいてるみたいなんだよ。
それも尾行しだしてすぐに、だ」
「お前が?珍しいな。その女は美人だったのか?お前の溢れる下心が身の危険を感じさせたんじゃないの?」
蔵野はこういう冗談で人をからかうのが大好きだ。この手の冗談を男女関係なく言うため、こいつは果てしなくモテない。
「いや、全く。勘が良かったんだろうな。んでそれだったらそれっぽくすれば女がターゲットを集めてくれるかなと思ってな。」
いつものように冗談は無視して答える。
「ふーん、ま!俺は目の前のやつらを倒せばいいだけだから楽でいいんだけど」
「あ、お前は今回遅刻したから報酬は引くぞ。あいつらに馬鹿にされたし」
蔵野は何もいわない。罰は甘んじて受ける、ということらいし。意外と仕事に対する姿勢は真面目だ、姿勢だけは。
国道を走っている途中で目が重たくなってくる。運転は蔵野に任せ。少し眠る事にした。
明日は仕事の成果の報告をまとめなければならない。耳栓をすると、車の揺れが心地良く感じた。

朝日とダメ男

翌朝、先日の雨とは打って変わって、朝から太陽が地上を照りつける。雨で濡れたアスファルトが太陽の光を反射して輝く道ができていた。
今日の天気予報では夏日、しかし、湿気が高くかなりすごしづらくなるらしい。午前八時半の今でもジメジメした気持ち悪さを感じていた。
事務所へ向かう道では色々な人間にすれ違う、近くに中高一貫の学校、駅、大学もあり、新宿、渋谷へのアクセスが容易なため多くの人がこの町に住んでいる。
この時間帯には駅へ向かうサラリーマンとすれ違い、遅刻寸前の学生に追い抜かされる。
5分ほど歩くと事務所が入っている雑居ビルへと着いた。一階は駐車場になっており蔵野のGT-Rが駐車されている。

事務所へは入ると玄関には履き慣らされたスニーカー、傘立てに一本の傘、ハンガーにテーラードジャケットが架けてある。
昨日、蔵野はここへ泊まった。奴は仕事が終わり、事務所へ帰ると必ず冷蔵庫からビールを取りだし、飲み干す。そこからテレビやネット、時には俺を話し相手に酒盛りを始める。
その時だけは車のキーは俺が取り上げる(蔵野のGT-Rは鍵ではなくスイッチのためスイッチを入れるための鍵がついていないキーだ)。酔って車に乗ってしまう可能性もゼロではないからだ。
事務所には部屋が3つある。一つは事務作業のための部屋、ここは一般の会社と変わらない。もう一つは応接間兼休憩室だ昼食や依頼人、代理人との話はここで行われる。最後に給湯室だ、ここには客に出す茶菓子やお茶がおいてあるが、他にも蔵野の酒やツマミ等、私物が大量に眠っている。あとはシャワー室とトイレぐらいだ。
入ってすぐに応接間がある。その隣に事務室、一番奥がトイレと給湯室になっている。応接間へ入るとすぐに部屋の異臭に気がついた。床にはビール、チューハイなどの空き缶が転がり、テーブルにはカップラーメン、スナック菓子、スコッチの瓶、ワインが置いてある。手前側のソファに足がはみ出ているのが見える。蔵野が爆睡しているようだ。上から覗き込むと茶色のミディアムヘアがボサボサになっている。
俺は自分の手持ちかばんを振り上げ蔵野の顔面へと浴びせた。小さい「うっ」という声を漏らし、蔵野は鳩が豆鉄砲食らったような顔でこちらを見た。
もう一度振り上げた腕をみると、すかさず立ち上がる。状況を理解したようで、そそくさと片付けを始める。
「30分以内に終わらせろよ。掃除して、臭いも消しておくこと。終わったら風呂は入って来い。10時から来客あるからな」
「え、俺もいなきゃだめなの?いつも一人じゃん」
「いいから」と話を終わらすと、蔵野はブツブツいいながら作業に戻る。
事務室へ行き、自らの所長席へ腰掛ける。事務室は自分の机、蔵野の机があり、その他は普通の特別なものは何もなく事務用品が並んでいるだけだ。
今朝コンビニで買っていたサンドイッチ、お茶を取り出し、コンピュータの電源を入れる。起動するまでの間に朝食を食べながら留守電をチェックする。
着信は2件あった。一つ目は昨日の晩、俺が帰り、蔵野がおそらく酒盛りをしていたであろう時刻だった。履歴には五島と表示されていた。再生すると今日の予定の確認の電話だった。
10時に向かう確認をとりたかったらしい。
2件目はつい30分前だった。見慣れない番号からの着信だったので、先ほど起動したパソコンを使い電話番号を調べてみる。
出てきたのは事務用品を扱う大手企業の支店、つまりかかってきたのは営業の電話だと思って間違いないだろう。
どこにも折り返し電話を掛ける必要もなかったので画面をタッチして着信履歴と留守電を削除する。
朝食を済ませ、コーヒーを入れに給湯室へ向かう。コーヒーマシンにカップを置き、スイッチを入れる。途中の廊下、給湯室の前に置いておいたカンごみ、もとい資源ごみの袋が目についた。
昨夜、蔵野に出して置くようにいっておいたはずだった。
仕方がない、あいつの車にいれて持ち帰ってもらおう。10時までの暇つぶし兼嫌がらせ兼罰を与えられてラッキー。鍵は持ってるしー。
ちょうど隣のシャワー室の扉が開くのが聞こえた。すでにコーヒーは出来上がっていた。淹れたてのコーヒーは惜しいが、今のうちに行ってきてしまおう。
『兵は神速を貴ぶ』。昔の偉い人はその昔の偉い人の言葉に注釈をつけてこういった、らしい。
用兵にあたっては迅速にことをなすのが大事。俺は悪戯、嫌がらせの類にも同じことがいえると思う。
つまり、思いついたら速・行・動。
すぐに給湯室を出て、自分の鞄から車の鍵を回収、応接間に寄った。蔵野が集めたゴミから資源ごみだけを持っていく。

ビルから出ると先ほどと同じく太陽の光とその光を反射したアスファルトに照らされる、少し、薄暗い室内にいたのでその光がさらに眩しく感じられた。
早速ビルの反対側にある車の方へ行くため道路の車を確認すると、ゴミ収集車がこちらへと向かってくる。
いつも9時前には回収しているはずが、今日は遅れているらしい。車にゴミを入れておく理由もなくなったので、そのまま集積所にゴミを置いて事務所に戻ることにした。
コーヒーもまだ冷めていないはずだ。事務所へ戻り給湯室へ入ると蔵野が腰にタオルを巻いた状態でコーヒーを飲んでいた。
「お、コーヒー入れておいてくれたんだよな?サンキュー。ゴミまで出してくれて悪いな。間に合ったのか?」
蔵野の屈託のない笑顔に一瞬で殺意が沸く。だがここではそれを抑えることにした。
「ああ、ギリギリでな。今度は忘れるなよ」
「いやー、さっきは怒らしたかと思ったよ。やっぱお前っていいヤツだよな。ツンデレだろ、お前。な?」
うるさいな、と言い放ち会話を切り上げ応接間へ向かう、給湯室からは「ほらなー」と茶化す声が聞こえた。
正直むかっ腹が立っていたが、コーヒーとゴミ捨てでこれだけ感謝されるなら儲けものである。あいつならこの行為もいずれ好意的な形で返してくれるだろう。
応接間のテレビをつけるとワイドショーである殺人事件の特集が放送されていた。
逮捕された犯人の普段の行動やら性格、周囲からの調査で得た情報をもとに専門家やら何やらがプロファイルしていた。
「あー、これね。こういう事件の時って絶対同級生やら知人が出てきてこんなことする人に見えなかったーっていうんだよな」
蔵野が応接間に入ってきていた。Tシャツにジーンズ、ラフな格好だが体格がいいだけにかなり様になっている。
「そうだな、実際そうなんだろ。人を殺すかもしれないなんて周りに思わせる人間滅多にいるわけないだろ。表面上は普通の人間なんだよ」
「知ってるよ、お前が捕まったら絶対やると思ってましたーって答えてやるから」
「俺が捕まるならもうお前も捕まってるだろ・・・いや、そのまえに俺がお前を捧げて逃げ切ってやる、俺のほうが有利だな」
「ぐぬぬ・・・」
「これまで通り仲良くやろうや、蔵野助手」
その言葉と共に車の鍵を投げ返した。
蔵野は何も言わずにベランダへ出て行き、タバコを吹かした。
ワイドショーでは芸能ニュースのコーナーが始まった。

いよいよ彼らの生業がー

 テレビを見終わるころには10時近くになっていた。テレビを消し、給湯室から茶菓子、お湯入りのポットを持ってくる。
再び応接間へ入ると、つい先刻までいた部屋がキレイに掃除、整理整頓されていたことに気づいた。
テレビを見ていて気づかなかったが、蔵野はがんばっていたらしい。窓から外を見ると、すでに昨日降っていた雨の後は見て取れない。
窓を開ければ入り込んでくる湿気と匂いから感じ取るのみである。
通りには朝とは違いスーパーや商店が開いており、自転車にまたがる主婦、歩道に立って話す人たちがポツポツといるだけで、黒点の流れは緩やかになっている。
ふと向かいにある月極駐車場、その隣のコンビニから出てきた女性に目が合った。視線こそ交わることはなかった。しかしキャスケットに色つき眼鏡、シャツにハーフパンツというよくある服装であったが
すらりと細い足、そこそこ主張する胸に太陽で亜麻色に光る長い髪には見覚えがあった。元々人違いなどしたことはない。普通に考えればおかしかったが、確信はあった。
昨日依頼を完了するまでの下調べ、交友関係を把握するまで調べていた女性に間違いなかった。
なぜ彼女がここにいるのか?答えは2つだ。偶然いただけ、もしくは意図的に近づいてきたのどれかだ。前者の方が可能性が高い、しかし後者もありえない話ではない。
今回の依頼ではおそらくあの女性を調べていたことが本人に気づかれてしまったからだ。そして女性の知り合いである男達を痛めつけている。
そこから何らかの情報を掴み、ここにたどり着いてもおかしくはない。
だが考えてもここで結論は導けない。堂々めぐりになるだけだった。
機を見計らってたかの如く、電話が鳴った。受付の呼出し番号からの電話は五島からだった。どうやら到着したようだ。蔵野を迎えにだし、来客用の茶を入れる。
再度窓に目遣ると、女は消え、黒点の流れは少し勢いを増した。

五島という男は警視庁渉外課に属している。警察庁が一部の案件を外部に委託、協力依頼することを決めたとき、委託先を精査すること、その折衝を担当する部署として各都道府県に創設された。
外部に委託する仕事には多種多様で簡単な仕事から大きな仕事もある、しかし大きな仕事を請けるには確かな実績と信頼が必要になっている。
仕事をこなせない業者には大きな仕事も、報酬すらまともな額は支払われない、成果型の制度になっている。
本来、仕事を請けるには各窓口へ出向くことになるのだが、五島とは知己の仲なので、こうして五島から出向くこともある。
五島の外見的特長はいつも2日ほどは剃ってないだろうな、と思わせる無精髭、ボサボサの髪、蔵野よりは低いが十分に高い身長に以上にくたびれた顔だ。
その男が今、蔵野に連れられて応接間へ入ってくる。「いらっしゃい」と挨拶をすると無言で、ただ胸のあたりで一度手を振る。
「警察だったら敬礼の一つはするもんなんじゃないんですか?」
「目上の人間にはなー、それで例の首尾はどうよ?」
「首尾よく、問題ナシって感じだな。報告書を送るから確認してくれ。後は任せるってことでいいんだよな」
自分のモバイルを取り出し、報告書を取り出すと五島へ向かって飛ばす。データの送信はホログラムで出てくるファイルのアイコンを相手に向かって飛ばすだけで済む。
五島はデータを受け取るとざっと目を通し、閉じる。
「今のところ報酬は今のところ全部じゃない。後の経過観察で確かめてから残りを振り込む」
「そこは、普通の依頼と同じなんだな。で、用はこれだけか?」
「いやーもう一つあるんだが、その前に顔洗いたいから洗面所貸してくれないかな?」
「ああ、シャワー室にあるから」
五島が出て行くなり、蔵野が声をかけてきた。
「依頼ってことか?」
「そうだろうなー、こっちに出向くって事は面倒なヤツだな、というか俺らの専門がまず面倒くさいやつだし」
「やっぱそーかぁ、でもあいつも大変なんだな。警察の癖してあんなボサボサの髪で」
適当に相槌をすると、送金されたかを確認すると、横で見ていた蔵野が声を上げた。
「いつもより多くないか?えーと0がいちにいさんしい・・・」
「50万だよ、いつもの倍以上だ。何かおかしくないか?」
「んーまあ多くもらえる分にはいいんじゃないか、あんま深く考えなくてもよ」
色々と推測してみるが、ここで五島に追及したとしてもあまり意味がないことに思えた。
それから少し経ってから五島が戻ってきた。少し遅かったのは髭を剃り、ある程度髪を整えてきたからだろう。なかなかの男前に変身していた。
「おい、俺の髭剃り使ったんじゃないだろうな!」
すかさず蔵野が抗議をした。
「うるせえ、減るものじゃないだろ」
「減るんですよー、刃が」
「ふん、減らず口の相手なんかしてられるか、西宮、それで話のことなんだが」
五島はモバイルを取り出しながらまるで語りかけるかのように話し出した。
「最近の連続強盗事件は知ってるか?」
「いや、強盗のニュースはちらほら聞くが、連続ってなると・・・」
「それだよ、んでこれを見てくれ」
五島がモバイルから映像を取り出す。宙に映し出された四角のホログラムから動画が再生される。
夜の街頭防犯カメラの映像だった。映し出されているのはコンビニの入り口と歩道。人通りは少なく、数台の車の往来があるだけだった。
そこに一台のツーリングワゴンが路肩に寄せる。中から出てきたのは3人の男、まっすぐコンビニに入っていく。
「これが強盗?」
相変わらず蔵野は茶々を入れてくるが、誰も相手にしない。
映像はコンビニの防犯カメラに切り替わる。現在の防犯カメラは入店時に客の顔を認識し、顔、服装の詳細を記録するようになっている。
男たちの入店時にその姿を記録するためフォーカスされる。男達はそれぞれTシャツとサングラスをつけているのが確認できる。
「この後、店の金全てと、ATMの中ゴッソリ持っていかれたそうだ」
「・・・え?終わり?カメラの映像は?」
「これが全てだ。この後に起こった3件の強盗も全て映像がない。お前らの専門だと思うから話したんだが、どうだ?」
「断言はできないが、多分そうだろうな、受けることになったら警察の捜査資料はもらえるんだよな?」
「ああ、それだけじゃない。今回は限定的だが、捜査権もあるぞ。受けるんだったらこの後ウチの部署まで来てくれ。そうだな、午後2時ぐらいかな」
ソファから立ち上がり、五島は立ち去ろうとする。先程まで考えていたことの答えにならないことはわかっていたが聞かずにはいられない。
「五島さん、この前の依頼の女性ってどんな女性なんですか?」
「どんなって、俺にも守秘義務ってモンがある。お前らだってクライアントの情報は漏らさんだろ、そういうことだ。お茶ご馳走さん、じゃあな」
五島はお茶を飲み干し、すっと立ち上がり応接間から出て行った。

の、後編

「で、どうするんだ?」
五島が去り、菓子や湯飲みの片付けをする蔵野が聞いてきた。
「もちろん行くさ。おもしろそうだしな」
「ふーん、じゃあ俺はどうするかな。昼飯は何食おうかな・・・」
「いや、お前来ないの?」
蔵野は予想していなかった質問をされたようで、表情だけでその質問を返してきた。
「いや、今日は来客ないみたいだし、このまま午後からは閉めて昼飯がてら行こうって思ったんだけど。今回はお前の力必要かもしれないし、いつも俺だけってのもな」
なぜか柄にもなく、立て続けに言い訳を並べてしまった。
「来るのか来ないのかどっちだ?」
「あ、ああ、行くよ。じゃあ昼飯は何になるのかなー」
少し戸惑ったが、蔵野はすぐに今日の昼食について考え始める。
時刻は11時少し前になる。俺は事務室に戻り、コンピュータから事務所のHPへアクセスした。
モバイルのPC端末と比べれば、デスクトップ型のPCは性能自体は優れているものの、利便性に欠けていた。
箱自体はずっと小さくなっているが電源が必要で、モニターの欠かせない。
しかしこの透明なガラス一枚のようなモニターが好きで、大き目の椅子に背中を預けながらの使用は仕事中でも心地よく、ストレスなく使用することができた。
何件か届いている問い合わせのメールに、機械的に返事をする。大抵は見積もりや仕事内容に関しての相談だが、あまり次に繋がることはない。
ほとんどの客は他事務所などと比較検討をし、結局は安価なほうを選ぶのだ。
同業者の知人の話では、紙媒体のチラシを配ったほうが効果があり、労力もかからないそうだ。
いまだに印刷所が健在なのはそういう理由もあるのだろう。
大抵のメールを処理し、最後のメールを開く。以外にも仕事の依頼をしたいから都合のいい時間を教えて欲しいとのことだった。
今日はもう無理なので、明日以降の営業時間であればいつでも大丈夫であること。なるべく早い時間帯にくれば待ち時間なども無く済むことを丁寧にメールを書き返信した。
それでも明日以降の見込みのある依頼は1件。副業のほうがはるかに儲かっているのもどうなんだろうかと、思わないこともない。
もう一人スタッフが欲しいところだった。できれば蔵野とは正反対の人で事務作業が得意で
ボトルのお茶を飲んでいると、通知が来た。先程の最後に出したメールがもう帰ってきたようだ。

それでは明日の午前9時半に伺います。依頼の件はその時お話します。

やけにフットワークが軽いなと思ったが、仕事があることはありがたいことなので、持参してきて欲しい物のリストと御礼のメールを出す。
特にやることもなかったので、例の強盗についてネットで調べてみることにした。日本では移民を受け入れ、雇用を生み出す政策に力を入れてから治安は悪化していた。
それでも日本人の割合は多いこと、警察の力で外国に比べれば犯罪率は低い。しかし元々他人に無関心で個人主義な東京では警戒心を持った人が多くなってしまっている。
そのせいか、あまりひったくりや盗難などの小さな事件はテレビでニュースになることはない。
「コンビニ強盗」と検索してみると、ちらほらと検索結果が出てくる。最近のニュースにに絞りこんでみると、システム不具合と強盗のニュースを見つけることができた。
強盗が入ってきた時間、店の防犯管理システムに不具合が出て、事件の様子を知ることができなかったこと、警視庁で捜査中であることが書いてあった。
他のニュースに関しては特別変わったことは書かれていなかった。
その後はマンション1棟が停電になった怪現象、新たなIT分野の群雄割拠、新しいデバイスなど話の記事を読んでいた。
ふと気がつくと正午に近づいていた。それと同時に蔵野が事務室へ入ってきた。
「そろそろ行こうぜ!めし!」
「飯はついでだけどな、鍵渡したよな?」
「おう!外にいるから」
蔵野は相槌を打ち、先に出て行った。俺はコンピュータの電源を落とし、鞄を取り事務室を後にした。
玄関から出る際に警備システムを作動させるため暗証番号を打ち、事務所を後にした。

西宮の軌跡

色々ご指摘ください。そのご指摘が浣腸のごとく尻穴にささり、重い腰がさらに飛び上がるかもしれません。

西宮の軌跡

年々増加する行方不明者、未解決事件。 テクノロジーが人々を豊かにする反面、社会の闇も大きくしていく。 西宮・蔵野の二人組は共同で「何でも屋」を営なむ傍ら、警察からの外部委託先としての仕事をしている。 彼らの専門は普通では解決できない案件。 彼らは自らのもつ「力」を使って不可解な事件に挑んでいる。 西宮の頭脳と蔵野の腕っ節、そして彼らの「力」が怪事件を解決していく。 やがて彼らは一連の事件に関係性を見出していく・・

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 朝日とダメ男
  3. いよいよ彼らの生業がー
  4. の、後編