夏休みの自由研究

 始まってみれば短い、一ヵ月半。

 真夏のお休み―――それこそ夏休み!

 どんな冷静な奴でも内心ははしゃいでしまう夏休みも、8月の最初にある登校日でふと我に返るんだと思う。

 久々に会うクラスメート達は一様に日焼けして赤黒くなっていた。

 そんなみんなとの話題になるのは、さらに現実に引き戻すアレ。

 「夏樹、宿題どこまで進んだ?」

 これ、だ。

 「あー、うん。半分くらいかなぁ。みっちゃんは?」

 「私もそんな感じ。ねぇ、今日帰ったら一緒に美智子の家でやらない?」

 「あ、いいね、それ!」

 私、桑原 夏樹は小学5年生。お勉強も運動も人並みのお子様である。

 「ところで自由研究はどうする?」

 お友達のみっちゃんの言葉に、私はえーっと、と答える。

 「アサガオの観察日記つけてるよ」

 「けっ、小さい、小さいぜ、ナツキ!!」

 「?!」

 突然、私とみっちゃんの会話に乱入してきたのは、男子の豪太だ。

 「小さいって……じゃ、アンタは何やってるのよ」

 「フン、俺か?」

 良くぞ訊いてくれた、そう言わんばかりに胸を張る。

 ヤツの名は長谷川 豪太。ご近所に住むバカである。

 何の因果か、この5年間のみならず、幼稚園の3年間までずーっと同じクラスという呪いを受けている。

 「いいか、聞け!」

 無駄に大きいヤツの声に、クラスのみんなが注目する。目立ちたがりのこいつは、それも狙っているんだろうけど。

 「オレはな、世界征服をできる巨大ロボットを作ってるんだぜ!」


 沈黙が、


 クラス全体を、


 覆った。


 「あ、あれ?」

 その沈黙を破ったのは、やっとこさ現われた担任の先生だ。

 「ほら、席につけー。長谷川、机に上るなと何度言ったら分かる!」

 ごつん

 「いてー」

 「さて、夏休みだからって浮かれちゃいかんぞ。出席を取る!」

 豪太のいつにも増して訳の分からない宣言は、しかし。

 この時の私には当然、たわごとにしか聞こえなかったわけで。



 そこから時はずーっと進んで8月31日の夕方。

 私は宿題のラストスパートを丁度終えてぐったりしていた。

 そこへお母さんからの一言。

 「回覧板回してきてー」

 「はーい」

 散歩には丁度いいかも、そんな思いでサンダルを引っ掛けて回覧板片手に外へ出た。

 次に回すのは長谷川家。

 豪太の家だ。そういえば世界征服だとか巨大ロボットだとか言ってたっけ。

 きれいな夕日を見上げながら登校日のことをぼんやりと思い出して、角を曲がる。

 明日も快晴なんだろう、真っ赤に染まった空と町並み。

 そして目の前にそそり立つ、巨大ロボ。

 「……は?」

 なんだか馴染みすぎちゃって違和感に気付かなかったというか、気付きたくなかったというか。

 目をこしこしとこすって、意を決して見る。

 長谷川家の庭先。

 そこに、全長10mはあろうかという巨大ロボがそびえたっていた。

 いぶし銀に輝くボディに、いかつい顔。

 バッファローマンのように太い手足と、背中に取り付いているのは……ミサイル??

 そしてそして、その肩の所にいるのは、

 「よー、ナツキ。スゲーだろ、これで自由研究もばっちりだぜ!」

 はしゃぐアホ面の豪太に、私は無言で回覧板を投げつけていた。

 回覧板は10m上空の豪太にジャストヒット。

 「なにしやがる!」

 「えーっと、豪太?」

 「ん?」

 「コレ、昨日までなかったじゃない。いつ作ったのよ」

 そうだ、昨日までこんなヘンテコなオブジェはなかったはずだ。

 「組み上げたのは今日だからなぁ。腕は腕、足は足で作ってたんだ」

 「プラモデルみたいねぇ」

 「同じようなもんだよ、材料は空き缶だし」

 「おいおい」

 それ、おかしいから。

 自重でつぶれるから、それ。

 「しっかし、こんなものどうやって学校持っていくのよ。トラックにでも積んでいくつもり?」

 私のその言葉に、豪太は失礼極まる目で私を見る。

 「なに言ってんだよ、歩かせて行くに決まってるだろ」

 「は?」

 私は小さく首を傾げる。

 なに言ってんだ、このガキ。

 「これが」

 「うん」

 「歩いて」

 「はぁ」

 「学校に行くの!」

 「熱あるんじゃないの?」

 「失礼なヤツだなー。よし、ロボ、コイツにお前の力を見せつけてやれ!」

 『むふふーーーん!!』

 「へ?」

 ロボは豪太の言葉に妙な声で応えたかと思うと、巨大な右手を私に伸ばしてくる。

 あまりの唐突さに私は身動きできないでいると、あっさりとその手に捕まって。

 「ほら、動くだろ」

 「………」

 豪太のいる肩に乗せられた。

 眼下には真っ赤に染まる、私達の住む町。

 どこにでもある、当たり前の風景だけれども、今私のいる場所は当たり前の場所じゃない。

 私の持つ常識とは違うどこか、ねじくれた妙な光景。

 これって、なんだろう??

 終わりを迎えた夏休みの見せる、幻想だろうか?

 こんな幻想が見られるのなら、夏休みはまだ続いて欲しいな。

 思わず思う。

 そしてその想いは、口をついて出てしまったようだ。

 「夏休み、まだ続くと良いのに」

 「ちょ、おま!!」

 豪太の焦った声で我に返る。

 『指令受理。これより実行に移す』

 ロボの声が響くと同時、足場が揺れる。

 ロボが動き出したのだ!!

 「なになになにーーー?!?!」

 「お前が『夏休みが続くと良いのに』なんて指令を出したんだろっ!」

 「出してない、出してないよっ?!」

 「ロボの耳元で呟くと、それが指令になるんだよっ」

 夏休みが続けば良いのに―――その指令を実行するために、ロボは何をしようとしているのか?

 進む先を見て、すぐに分かった。

 「げげ、学校を壊す気じゃないでしょうね」

 『理解が早くて助かる』

 「「わーーっ!!」」

 ロボの足でわずかに30秒。

 薄闇の中、ロボは運が良いのか悪いのか、ご近所の大らかなおじいちゃんおばあちゃんと、野良猫のミケと、
朝ゴミ置き場を荒らしまわる烏の一群を驚かしただけで学校の校庭へと到着した。

 そして ロボはその両手を大きく振りかざす!

 振り下ろす先は、無人の校舎だ。

 「わー、バカバカバカ! 取り消しできないの、取り消し!!」

 「無理だよ、一度受理した指令は必ずやり遂げるんだ」

 「無駄に意志が固いな、じゃ、じゃあ、自爆ボタンとかないの!?」

 「あるよ」

 「あるんかい!!」

 しかし豪太には押す気配がない。

 「ちょ、今が押す時でしょ?!」

 「しかしそんなことしたら、俺の自由研究が」

 「学校がなくなったら、自由研究の提出先もなくなっちゃうでしょうが!」

 「あ、そうか」

 あっさり納得して、豪太はロボの耳の後ろあたりを

 ポチ

 っと押した。

 ガクンっ!

 「っと!」

 拳を振り下ろす直前でロボの動きが止まる。

 『爆縮モード、起動します』

 ごごごごご

 足元が揺れる。

 「ナツキ、こっちだ」

 「う、うん」

 私達はロボの肩から学校の屋上へと飛び移った。

 同時、ロボは背中から噴煙を上げて上空へと昇って行く。

 金星が輝く空をまっすぐに進み、やがてロボは見えなくなる。

 そして夜空で一瞬、一際明るい星になったかと思うと完全にその姿を消したのだった。

 「こうして学校は私達の手で護られたのね」

 「………あれ?」

 「どうしたの、豪太?」

 「ってことは、俺の自由研究は? 明日、登校日だよな、な??」

 「こうして学校は私達の手で護られたのだった。完!」

 「おいおいおい、完じゃねーよ、なに話を無理矢理終わりにしようとしてんだよ、もともとはお前が変な指令を出したのが悪いんだろ!」

 「ちょ、もともとはあんなの作ったアンタが悪いんじゃない!」

 「うわ、それ無茶苦茶だ」

 「言ってることもやってることも無茶苦茶なのよ、アンタは!!」

 屋上で騒ぐ私達はこの後、学校の管理人さんに無断侵入で無茶苦茶怒られて外へと放り出されたのだった。



 9月1日、登校日。

 豪太の机の周りには、世界制服すら出来るロボを見ようとクラスメートたちの山が出来ていた。

 彼の机の上には、ポッキーの空き箱とストロー4本で作られたバルカン300が一体。

 「豪太、お前」

 「訊くな、洋介」

 「ほらほら、席につけー」

 担任の先生がやってきて、みんな席につく。

 先生は豪太の席の前へ。そして机の上のバルカン300を取り上げて、 手足の代わりについているストローを引っ張った。

 「あ」

 取れた。

 「なぁ、長谷川」

 「はぃ」

 「糊付けくらい、しろよな。手抜き過ぎだろ、この自由研究」

 途端、クラスは爆笑の渦で包まれる。

 この時、笑っていなかったのは豪太と、そして私だった。

 「来年こそは、来年こそはもっとすごいロボを作ってくるからなぁぁ!!!」

 涙ながらに叫ぶ豪太を眺めつつ、平和の為にも来年も壊さなきゃなと、私は決意した。

夏休みの自由研究

夏休みの自由研究

コツコツやる派? 31日にまとめて頑張る派?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-11

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