薬師丸明のポケットホラー館 指輪から見える世界観
俺の友人の面白い話をしようか?
そいつは若いのに仕事熱心な奴でね。 特に目立とうともしない、不器用な奴だったね。
そんなアイツがある日、カッコいい指輪をしていたんだ。
いい指輪だなって褒めたらアイツ、老人がどうとか、わけわからんこと言っていたな。
そいつがやつれて、姿を見なくなるまでそう時間はかかんなかったよ。
後でアイツについては色々わかったんだか、聞きたいかい?
第一章 一日目
彼はいつも通り、会社へ行くための電車にのていた。
いつもより早く出たのが幸いだったのか、車内はそれほど混んではいなかった。
そのせいか、彼の目には周りの人々がしている「指輪」ばかりが映った。 彼には婚約者もいないため、指輪を買う必要は無いし、彼自身指輪などと言った宝石類にはあまり興味は無かった。 しかし今日は、妙に指輪のことばかり気になるのだ。
駅へ着くと、彼は腕時計を見てまだ時間があることを確認すると、駅前の店々をぶらぶらと回ろうとした。
「あの、若い方」 彼の後ろから、ガラガラ声が聞こえてきた。
何だろうと彼が後ろを振り向くと、そこには80歳くらいと見える、ローブで全身を覆った老人が立っていた。
老人の姿を見て、彼は怪しいと感じ、周りを見渡した。 周りに若者はいくらでもいるが、皆老人に気付いていないかのように、通り過ぎている。
「若い方、アンタですよ。」 ふと老人が彼に声をかけてきた。
「え? 俺?」 彼は自分を指差した。
「そうだよ。 あんたにいい物をあげよう。」 そう言って老人はポケットから、ケースに入った指輪を取り出した。
「これを・・・、くれるのか? 俺に。」 彼は驚いて言った。 指輪はだいぶ高価そうに見えて、彼は老人が詐欺師では無いかと思った。
「ああ、そうだとも。 あんたにやろう。 タダでだ。」 そう言って老人は、彼の指に指輪をはめた。
「似合うじゃないか。」 老人は彼の肩をポンっと叩くと、「バイバイ」と言うように手を振って遠ざかって行った。
ふと腕時計を見ると、すっかり時間は進み、入社時間が近づいていたため、彼は急いで会社へ向かった。
第二章 五時間後
昼ごろ、彼の会社では昼休みに入り、社員の大半は社員食堂や外の安い定食屋へ向かった。
彼もやり残していた仕事をこなして、昼食を取ろうとふと、窓の外を見た。
「えっ?」 彼は思わず目を張った。 窓から見えるビルの屋上に、さっきの老人が立っているのだ。
彼が不思議に思い老人を見つめていると、屋上へOLらしき女性が上がってきて、老人の前を通り過ぎ、屋上のふちに立った。
「あっ、飛び降りる。」 彼はなぜだかわからないが、とっさにそう感じた。
案の上、女性は目をつむって、飛び降りって行った。
飛び降りていく女性を目で追っていた彼が、ふと屋上に目をやると老人の姿はもうなかった。
下には飛び降りた女性を囲むようにして、野次馬達が群がっているのだった。
三章 二日目
翌日、彼は駅に降りると近くのコンビニに入り、新聞と缶コーヒーを購入した。
コーヒーを飲みながら、新聞に目を通していると、ふと一つの記事に目がとまった。
昨日自殺した女性の記事だった。 記事には、女性が残した遺書に上司からの執拗な嫌がらせを受けていたことを書いており、警察は容疑が固まり次第、上司を逮捕する予定だと記されていた。
その記事を見て、彼は昨日の出来事を思い出し、同時になぜあの老人があそこにいたのかと不思議に思った。
腕時計を見ると、入社時間が近づいていたため彼は急いで会社へ向かった。
第四章 帰り道
彼は仕事を早めに切り上げ、駅へ向かって歩いていた。
多くの仕事を急ぎで行ったためか、どっと疲れていた彼は、老人のことなどすっかり忘れてしまっていた。
朝と同じコンビニに入り、缶コーヒーを買い求めた彼は、ふと窓の外を見て驚いた。
コンビニの前の道路を挟んで向かい側の歩道に、あの老人が立っているのだ。
また老人の前に、酔ったような一人の中年男性が近づいてきた。
ふらふらと歩く男を見て、彼はまた「あっ、あの人が車にひかれる!」と感じた。
案の上、千鳥足で道路へ出た男性は、猛スピードで走ってきた車にはねられ、即死だった。
はっとして彼が反対側の歩道に目をやると、またしても老人の姿は消えていた。
第五章 三日目 昼食前
彼は、昨日の出来事がまだ頭に残っていて、今日は会社を休もうかと本気で考えていた。
目の前で人間がミンチになる瞬間を見たというのもあるが、それ以前にまたあの老人が彼の前に姿を現わすのではないかと考えると、全身に恐怖が走るのである。
しかし、こんなことで会社を休んでいたら、彼は恐怖に対して負けを認めることになる。 そんな風に考えると、彼は休むわけにはいかなくなり、身支度を始めた。
びくびくしていたが、何事もなく何とか午前中を過ごした彼は、いつもの定食屋に足を運ぶ途中の道にいた。
何気なく歩いていると、彼は誰かにぶつかりそうになった。
「ハッ」として前を見ると、なんとそこにはあの老人が立っていたのだ。
老人の姿を見たとたん、全身に怒りが込み上げてきた彼は、指輪のついた右腕の拳で老人を殴ろうとした。
「キキーッ」 その瞬間、老人がスーと透けて、後ろが見えるようになった。
そこには、彼めがけて突っ込んでくる乗用車が見えていた。
第五章 夢だったのか?
「はっ」 彼が目を覚ましたのはあの世ではなく、精神科のベッドの上だった。
傍らに居た看護婦が、彼に事情を説明する。
「あなたは、ご自宅のベッドで一日中叫んでおられたそうですよ。 奴だ、奴が来るって。」
それを聞いて彼は青ざめた。
「一日中? それは無いです。 だって俺は会社に出勤して・・・。」
それを看護婦が遮った。
「よく腕時計を見てください。」
見ると腕時計は二日前の午前8時を指していた。
「そんな、そんなバカな・・・。」
状況をすんなりのみこめず、オドオドする彼に、医師が近づいてきた。
「今、精神安定剤を注射しますから。」
そういった医師の顔を見て、彼は「ギャ~ッ」と悲鳴を上げた。
彼の顔を覗き込む医師の顔は、しわくちゃの紫がかった顔に、爛々と光る赤い眼を持ってニタニタと笑う、あの老人の顔だったからだ。
終章 恐怖は続く
あれから2日がある日。
「あの、もしもし。 そこの旦那・・・」
あの老人はまたしてもあの駅に現れ、指輪を受け取る相手を、眼を爛々と光らせて、待っているという。
終
薬師丸明のポケットホラー館 指輪から見える世界観
あとがき 気分転換のホラー
「息の詰まるような推理物の息抜きにと思って、書いてみた。」
かの有名な小説家 赤川次郎先生の名作「セーラー服と機関銃」のあとがきに記された彼の言葉だ。
この作品も、同じような目的で書いたものだった。
自分の中では初めて書く推理物「新・探偵物語」の執筆の合間にふと頭に浮かんできたこの作品。
自分の中では短編で書いたつもりなのだが、予想以上にたいへんだったのは記憶に新しい。
時間の使い方が特徴なので、注意して読んでもらえるとありがたい。