他が為に鎌を振る

*


「うちの学校にこんな話あるらしいよ。」

「えーなになに?怖い話?」

「鎌ジジイっていうらしいんだけどね。」

「なにそれ、こわー。」

「それでね…。」

(1)

理香と早苗はすっかり暗くなった校舎に足を踏み入れていた。
窓の向こうから夜光が差す建物内はどこか儚く美麗にも感じられるが、それを打ち消してしまうほど不気味で不穏な空気も演出していた。

二人は校舎に入るや否や、一目散に目的の場所まで突き進んでいく。
一階の生物室の隣。
そこから二階へとつながる階段を二人はじっと見つめていた。
ぼこっと少し盛り上がった床部分に片足をぐりぐりと乗せながら理香はめんどくさそうに呟いた。

「ここだね。」

目の前にそびえる階段。
学校にいる者なら普段何往復も使用している何の変哲もない唯の階段だ。
しかしそれは、あくまで日中の間の話だ。
今二人が目にしているものは、噂通りであれば全くの別物なのだ。

まことしやかに囁かれるどこにでもある学校の怪談。
理香達の通う学校にもそういった噂話というものは流布している。
“異次元階段”。
それが今二人の前に存在している階段だ。
異次元階段の話はこうだ。

夜の9時9分9秒にこの異次元階段を心の中で段数を数えながら昇る。
すると本来12段しかないはずのこの階段はそのタイミングで昇った時だけ何故か13階段へと姿を変える。
そして階段を昇り切った瞬間、異次元の扉が開き、二度と現実世界には戻ってこられなくなるといったものだ。

たいていこういった恐怖話の場合、4時44分といった死に番号や6時6分といった悪魔の数字というような分かりやすく人が不吉を連想する数字が出てくるものだが、この怪談については9という数字になっている。
本当かどうかは知らないが、何でも悪魔の数字とされている6は実は間違いであり、地獄では存在する文字は全て逆さ文字で表現されて見えるので、本当は9こそが悪魔の数字とされているらしい。
そんな理由のせいで、二人はこんな遅くに学校に来るはめになってしまったのだ。

とはいえ、二人は自ら進んでここに来たのだ。
怪談を確かめる為に。
二人が知る限り、これが最後の怪談。
これを確かめれば我が校の怪談の完全攻略となる。

学校の怪談といえば七不思議が定説だろう。
しかしこの中学はバリエーションが少なく、5つしか怪談が存在しない。
異次元階段を除く4つの怪談は以下の通りだ。

・4:44にグラウンドの真ん中に立つと死神に殺される。

・二宮金次郎像に「その本を貸して下さい。」と囁くとその日の夜、枕元で持っている本を金次郎が朗読してくれる。

・音楽室のベートーベンの肖像画の前で指揮を振ると、その良し悪しに応じて表情を変える。良ければ笑顔になり何も起きないが、悪い場合は怒りの形相に変わり音楽に関する才能を全て奪われてしまう。

・生物室の人体模型の臓器を間違った配置にすると、自分の臓器もその通りになって死んでしまう。

ざっとこんな所だ。
他校の怪談がどういったものかは知らないが、個性的な怪談がとり揃っている。
理香と早苗はこの全てを検証済みだった。
が、当然のごとく何も起きなかった。
唯一二宮金次郎についての噂のみ、早苗が夢の中に金次郎が現れて本を差し出したという結果を出したが、夢では怪談話として実証が出来たとは言えない。
要は全て、結局はただの噂でしかなかったという事だった。
そしてこの異次元階段が最後。

「とっとと終わらせようよ。」

「そだね。」

(2)

時刻は9時5分を過ぎていた。
あと少し。
早く。早く。
理香の心は全く躍っていなかった。
早く帰りたかった。
どうせこれも嘘の噂だ。
でも、5つある内の4つの怪談を確かめたのだ。
ここまで来たら最後まで。
ただそれだけの為にここに足を運んだ。

9時8分を回った。
そろそろだ。
秒針が繰り返す鼓動がいよいよその時へと近づく。

55、56、57、58、59。

「いよいよね。」

「うん。」

5、6、7、8…

時が来た。
一歩早く早苗が先に足を踏み出し、理香がほんの僅か遅れて後ろに続いた。
一段一段踏みしめながら、その数を確認する。

1、2、3、4、5…

あんなにどうでもいいと思っていたのにいざ昇り始めると少しばかり体が強張った。
ひょっとしたら、とどこかで期待を捨てきっていない自分がいた。

6、7、8、9、10、11…

二階の廊下へと足を下ろした。
ふうと理香は一息ついた。
やっぱりか。

階段は12段。
結果はガセ。
そんなものだ。

「嘘…。」

右から震えた声が聞こえたのは、そんなふうに思っていた時だった。
早苗の顔は驚きに満ちていた。
早苗。そう声をかけようとした矢先、

「いくつだった!?」

と響き渡る大声で早苗は叫んだ。
そんな友人の姿に理香は困惑したが、すぐにまさかという思いがよぎる。

「12段。」

間違いない。自分が昇った段数だ。
だが、早苗の口から出た答えは違った。

「13段…。」

そんなあ…と早苗の顔が泣きそうになる。
好奇心旺盛の割に、想定外の出来事が起きた時には非常に弱いのが早苗だった。
怖いもの知らずの怖がり。
そんな矛盾がぴったり似合うのが早苗だった。
そしてそんな彼女を落ち着かせるのが理香の役割だった。

「落ち着きなって。ほら、異次元の扉なんてどこにもないじゃない。」

噂通りであれば昇り切った瞬間にその扉は現れるが、そんなものはどこにも出現していない。
今更こんな事を言っては元もこうもないが、そんな非科学的な扉がそもそも存在するわけがないのだ。
そんな事は理香も早苗も分かっている。
だが、子供ながらの好奇心と自分達はそれをやり通したのだという達成感。
それを求めていただけなのだから。

「…そうだね。」

多少落ち着きを取り戻したが、早苗の顔はまだ優れない。

「ほら、とりあえず一旦降りようよ。」

「う…うん。」

そう言って二人は再び階下へと戻った。
その際、理香は再度段数を数え直していた。
踏みしめる段差を先程よりも意識しながら降りていく。
1、2、3、4…。
二人は何事もなく元いた場所にまで戻ってきた。

「何も起きないね…。まあそうだよね。」

早苗の表情は相変わらず強張り気味ではあったが、少しは落ち着きを取り戻したようだった。

「当たり前じゃない。そんなものある訳ないよ。」

そう。そんなものはない。
理香は改めて早苗に問いかける。

「早苗、本当に13段あったのよね?」

理香の言葉に早苗が再び血の気を失っていきそうだったので、慌てて理香は言葉を押し込んだ。

「あー待って大丈夫だから。それって単なる数え間違いだよ。」

青ざめそうになった早苗の顔に疑問がよぎった。

「どういう事?」

「ひょっとして早苗さ…。」

そう言い掛けた時、

「何やってんだ。」

ふいに背後から野太い男の声が聞こえた。
驚いて振り返ると共に、眩い光が顔面に浴びせられ二人は顔をしかめた。

(3)

「こんな夜中にこんな所で何しとるんだ。」

「あ、森さんか。こんばんは。」

理香が挨拶すると、目の前の初老の男は顔をくしゃっと笑顔で緩ませた。

「はい、こんばんは。」

森さんという男はこの学校の守衛さん的な存在の一人だ。
理香達が通うこの中学校には防犯システムやちゃんとした警備員なんてものはいなかった。
犯罪事とは無縁な平和な田舎中学に、そんな財をさく必要性などなかったからだ。
それでも、物騒な世の中になってきたという事で大人達が考えたのは有志で守衛を行おうというものだった。
交代制で見回りを行う。森さんもその内の一人だった。
だぼついたズボンとシャツ、釣り人が着るような袖なしのジャケットをいつも羽織っていた。
年齢は60代後半だっただろうか。まるまるとした人懐っこい恵比寿顔が特徴的な優しいおじさんだった。

「なんだい。肝試しでもしてたのかい?」

と当たらずも遠からずな森さんの指摘に、理香は自分達がしていた事を説明した。
感心しないねえと苦い顔をしつつも、どこか興味ありげな表情を見せた。

「じゃあ、おじちゃんも一緒に確認してみようか。な?さなちゃんもそれでいいよね?」

そう言って森さんが平然と早苗をそう呼ぶのは生徒が少ないが故、理香達ももちろん、大人達も名前がなんで誰がどこの子でといった事は常識のように知り得ていた。
ちなみに理香は理香ちゃんと呼ばれる事がほとんどだった。

「うん、いいよ。」

早苗の表情の硬さは気付けばほとんどほぐれていた。
森さんの登場で怖さがかなりまぎれたのだろう。

「よし、じゃあ登ってみるか。声は出しちゃいけないんだよね。」

そう言って森さんは理香達の少し後ろに陣取った。
もう9時9分はとっくに過ぎていたし、怪談としてはもう成立していないのでほとんど意味のない行為であったが、これも早苗の為かと思い再び足を階段に向ける。

呼吸を合わせたわけでもなかったが、、理香と早苗の足はぴったり揃うように階段を昇り始めた。

1、2、3、4、5…。

もはやそこに緊張感などまるでなく、ただ階段を昇るだけの行為。
理香と早苗で段数の数え違いが出たのは至極簡単で正直呆れるような理由だった。

この階段は一段目の前の床の部分が少し盛り上がった形になっているのだ。
そこは単なる床に過ぎないのだが、夜の暗さとおそらく早苗もなんだかんだで少し緊張していたのだろう。
おそらく誤ってその床部分を一段と数えてしまったのだ。
くだらない。
きっとそれを誰かが嬉々として段数が増えたなんて人に話し、果ては異次元といった突拍子もないところにまで話が膨らんだのだろう。

6、7、8、9…。

やっぱりそうだ理香は再度納得した。
このまま上がれば13段になる。
まったく。手品のタネをばらされたような気分だ。

「あっ!」

まさしくお互いが最後の段に足をかけようかというその瞬間、横から間の抜けた早苗の声が急に飛び込んできた。
早苗の体がぐらりと前に倒れ込んでいく。
そしてそのまま段の角にしたたかに全身を打ちつけてしまう。
突然の事でろくに体を保護出来ず、ほとんど顔面から突っ伏すように倒れたその様は、見ているだけで理香の痛覚を刺激した。

「大丈夫!?」

倒れ伏した友人はうっと短い呻き声をあげていたが、体がうまく動かないのかうつ伏せ状態のままであった。
慌てて彼女の体を仰向けにする。
彼女の顔は痛々しいものだった。
打ちつけた鼻は腫れあがり、暗がりのせいで濁った泥水のように映るが、大量の血液が溢れ出している。
口元も切れており、前歯が欠損しているのもうかがえた。
急いで病院に連れて行かなくては。
理由を話せば皆に怒られるだろう。だがそんな事を言ってはいられない。

「あ……あ、あ…が。」

早苗の口から途切れ途切れに言葉がこぼれていく。

「大丈夫!今すぐ病院に連れて行くから!」

「ち…が……っ…し…が…あ…。」

もう喋らなくていいから。そう思ったが、そこで早苗が何かを伝えようとしている事に気付いた。
懸命な彼女の声。
パニックになりそうな心を抑えながら、理香は彼女の言葉に耳を集中させた。



「足が…。」


足?
ゆっくりと視線を早苗の下半身に向けていく。
すっと伸びる足がそこに…。

え…?

何故だ。
見間違いだろうか。
しかしいくら見つめてもその事実は変わらない。

早苗の足が、一つしかない。

足元からは黒い液体が流れ落ち、階下へと伝っている。

「森さん…!」

自分の目は、ちゃんと機能しているのだろうか。
何かがどこかで間違っているのではないか。
そう思いたかった。

森さんの右手から生えるように伸びる早苗の片足。
左手に握られたぎらつく鎌状の刃物。

森さんの笑顔ってこんなに気持ち悪かったっけ。


森さんが左手を振り上げた。



「これで、数が合っただろ。」

*

「こわー。で、その子達死んだの?」

「さあね。これが隠されたこの学校の六つ目の怪談話。」

「へー、5つって聞いてたけどもう一個あったのね。」

「そうなの。でもね、実際に女生徒が行方不明になる事件は昔起きたんだって。」

「へー。やっぱり話と何か関係あんのかな?」


「さあ。」

「ふーん。あ、そろそろ時間だね。」

「本当だ。」

「あ、あの子達待ってるのかな?」

「そうだろうね。」

「いこっか。」

「うん。」

「ねえ、君達。何してるの?あ、やっぱりそうなんだ。」

「ふーん。で現れた?いないか。そっかそっか。」

「まあそんなに気を落とさないでよ。ほら。」




「死神ならここにいるよ。」

他が為に鎌を振る

他が為に鎌を振る

我が校に伝わる学校の怪談。理香と早苗は残る一つの怪談、"異次元階段"の真意を確かめる為に夜の校舎を訪れるが…。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. *
  2. (1)
  3. (2)
  4. (3)
  5. *