『窓に映る虹』

 プロローグ

「!?」
 はっ!
 またついボーっとしてしまった。えーと、今何時だ?
 俺は慌てて携帯を取り出し、時間を確認する。
お昼の十一時五十分あたりか。これじゃあ、時間ギリギリになりそうだな。
 幼馴染の朝顔千鶴に頼まれて、同好会の申請へ生徒会へ行くところだった。
 それが、ぼーっとするという俺の悪い癖がこんなところで出てしまった。
 五時間目の授業が始まる前に、急がないと。
 制服が着くずれてないか確認し、俺は速足で生徒会室へ向かった。
「はぁ~」
 高校生になっても、この悪い癖が抜けない。
 俺は異常ないよな?
 名前は、稲葉祐樹。高校2年生。
 よし、名前は憶えてる。こんな当たり前のことを改めて確認なんてする必要はんあいんんだが、ついついしてしまう。
 一時期このぼーっとしてしまう癖は病気なんかじゃないかと悩んだが、よくよく確かめると、能動的にしているのは間違いなかった。
 病気じゃない。病気じゃないが、いつの間にか厄介な癖になっていた。
 生活に支障はあまりないとはいえ、そんな癖は嫌でしょうがなかった。
 ほんとどうしたら良いんだろ?
 また考え事に思考が沈み込んでいく前に、なんとか生徒会室の教室を見つけた。
「あそこがあの会長がいる生徒会か」
 うちの高校――竹ヶ丘高校には名物生徒会長がいる。
 名前は皇有栖。背がちっちゃくて、勉強が苦手。
 お嬢様なの? と首をかしげたくなるほど勉強がだめだめらしい。まあお嬢様だからって、勉強のことを言うのは可哀想なんだが。
 そのギャップと物珍しさから、無理やり会長に選出されてしまった。
「いざ会うとなると、緊張するなあ」
 彼女も高校二年生。同学年だ。
 接点がないから遠くで見るだけだったが、まさかこんなことになるとはな。
 千鶴のおかげと言えばいいのかな。
 でも、物珍しさから会っても、失礼だろうし……。
 生徒会室に近づいたところで、怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんだ?」
 この声は、体育の先生の声ではないか。
 その声がなんで?
 開けようか迷って、俺はドアの前に立った。
 それで、会話の内容が聞こえてしまう。
「ごめんなしゃい」
 立ち聞きしたいわけじゃないんだが。
「だから俺は怒ってるわけじゃないんだって」
 いや、怒ってる怒ってる。
 内容は分からないが、会長が怒られてるらしい。
 ここは入るべきか、入らないで教室に戻るべきか。
 あと五分。
 会長の泣きそうな声に我慢ならない。
 ここはもう空気読まず入るべきだ。
 ええーいままよ!
「失礼しまーす」
 俺が入ると、生徒会室に沈黙が訪れた。
 涙目の会長と、バツが悪そうな先生がいた。
 先生は大きなため息をついた。
 その溜息に、俺と会長はびくっとする。
「有栖、しっかり頼むよ」
「あい」
 先生はそう言って、俺たちの横を通り過ぎていった。
 あちゃー、またやっちゃった。
 涙目の会長が俺を睨んでいる。金髪の長い髪が小刻みに震えていた。
 俺は時間がないのを確認し、慌てて申請書を会長の前に出した。
「?」
 会長は睨んだ目のまま小首をかしげる。
「同好会の申請書だ。あとはよろしく」
 俺はいたたまれなくなって、後ろを向いた。
「…………」
 ふぅー、これで大丈夫なはず。
「ちょっと待つのじゃ!」
 体が動かない。これで終わりじゃなかったのかよ。
「ちょっとこっち来るのじゃ!」
 うう、ぼーっとするんじゃなかった……。
 俺は、言われたままに、彼女の前に立った。
 会長は、目は涙目でも胸を張って威厳をしめしていた。
「おぬし、聞きおったな?」
 なにが? 聞いてねーよ。
「いや聞いてない聞いてない」
 俺は即座に首を横に振った。
「ふん! 嘘なんてしらじらしい」
 俺は思いっきりヤジロベーのように首を横にふる。
「うそつきは泥棒のはじまりじゃ!」
 会長、聞く気まったくねえ!
 うわー、目が回るう。
「はー、はー」
 息切れして、目が回る。ああ、会長が二人に見えるぞ。
「試験の勉強がだめで怒られてたのをおぬしは笑ってるんじゃろ!」
 自分から説明すんなー!
「えーと、だからぁ」
「このわしがそのあと、ひっそり隠れて自分を慰めているのを笑うんじゃろ! そうじゃろ! ゆ・る・せ・ん!」
 会長がファイティングポーズを取ったので、俺はとっさに会長の頭を手で押さえた。
「くんのおおおおおおお」
 ――キーンコーンカーンコーン
 長さの違いで、会長のパンチは届かない。
 あ、涙目が本気の怒りになった。
「ぜーはー、ぜーはー」
 会長は深呼吸し、俺が渡した紙を見た。
「なになに、おぬしの名前は、稲葉祐樹という名じゃな」
「そ、そうだが」
「勝負じゃ!」
 え、いきなり何を?
「おぬしの順位知っておるぞ。おぬし、下に定住してるようじゃな」
 ニヤリと、笑う会長にちょっとイラっとくる。
「わしはおぬしよりちょっと下じゃ……だが、良い点数を取れば、そんなの関係ないのじゃ」
 会長、俺より下なんかよ。
「どうじゃ、勝負しろ!」
「ああ、分かった」
 仕方ない。勝負、受けるしかない。
「勝負じゃ。わしが勝ったらわしの言うこと聞け」
「俺が勝ったら、この同好会に入ってくれ」
「了解じゃ」
 なんだか外が騒がしい。
「あわわわわわ」
 会長がなにか慌てだす。
 ん、待てよ。たしか俺も、体育だったはず!
「「うわああああああああああ」」

 章 窓拭き同好会

 あのあと俺と会長はあの体育教師に怒られた。
 ただ、遅刻したことで怒られただけで、それ以上の理由はないらしかった。
 俺のキャラも相まって、新しいコンビとまで言われる始末。
 ものすごく恥ずかしかった。
 そんなことを思いながら、夕焼けに黄昏ていると、近くに人の気配がした。
 俺は振り返ると、千鶴と佐川けいすけが居た。
 けいすけは、エロが好きなやつで、なにかとエロ話を振ってくる。
 エロが大好きなのを隠さない大胆な男友達だ。
 でも、千鶴がいるときは勘弁してほしい。
 それは別に千鶴が女だからというわけじゃなく、猥談は早口だが、千鶴はしゃべるの遅いのだ。
「どう、したの?」
 千鶴は間延びした声で言ったあと、小首を傾げた。すると、千鶴の黒い髪がサララと横にズレる。
「なんだなんだ? またエロいこと考えてたのか?」
「俺はけいすけではない。ぼーっとなるにしても、もっと崇高だ」
「すう、こう?」
「はは、崇高なエロか。やるな祐樹」
 いや違うって。肩を叩くんじゃねえ。
「なにか、あったの?」
 千鶴は不思議そうに見つめている。
「いつもと、ちがう」
 千鶴はそう言って、顔を近づける。
「なんだなんだ?」
 けいすけもそう言って、顔を近づける。
 お前も顔を近づけんな!
 俺は両手を出して二人の顔を離して言った。
「今日さあ、会長と会ったんだ」
「おい、あの名物会長と会ったんか! なあなあ、可愛かったか? エロかったか?」
「エロって、けいすけおまえ何を期待してんるんだよ!」
「けいすけ、へんたい」
 千鶴はけいすけから一歩離れる。
「お、おい。じょ、冗談だよ! すまん、千鶴」
 けいすけは平身低頭。
 千鶴はゆっくり頷いて、いやそうにまた元の位置に戻った。
「今日の昼、同好会の申請に行ってな」
「お前ら、ほんとに窓拭き同好会なんてやるのかよ」
 けいすけは呆れた様子で言った。
「う、ん」
 千鶴は嬉しそうに頷いた。
「なにもやることないしな」
「けいすけは、はいらないの?」
「ああ、俺にはテニス同好会があるからな」
「ほんとに同好会入る気かよ」
 竹ヶ丘高校にももちろんテニス部がある。
 でも、それとは別にテニス同好会と言う活動場所もあった。
 けいすけが言うには、あくまでも気楽にテニスをやりたい人たちが集まってできたらしい。
「ほらみて、汚い」
 千鶴は窓に指差した。
 そこは一部白くなっていて、たしかに汚かった。
「それなら、清掃部で良い気がするんだがな」
 けいすけの言いたいことはもっともだ。
 でも、千鶴にとってはそうではない・
「まどふき、だけやる。ぴかぴか」
「だとよ」
 けいすけはしょうがねえな、といった顔をして言った。
「かいちょうは、許可してくれた?」
 千鶴は窓に顔を向けたまま言った。白い部分をじっと睨んでいる。
 千鶴にとってそうとう汚れが憎いらしい。
「許可もらったよ」
 そう言うと、千鶴は嬉しそうな顔をして振り向いた。
 ただ、手はというと、白い部分をひっかいてどうにかしようとしている。
「はやく、かつどうしようね」
「まったく、そうだよなあ。汚いもんな」
 と俺はというと、その手を窓から引きはがす。
 試験勉強のことは言わないでおくことにした。余計な心配をかけてしまう。
 それに、そんなたいしたことにならないはずだ。
 けいすけは立ち上がった。
「じゃ、俺はこれから行くわ」
「じゃあな」
「また、ね」
 千鶴とけいすけは平均以上。俺だけいつもスレスレかぎりぎりである。
 俺が言うのも変だが千鶴もけいすけもそれほど高くないし、他人に勉強のことで構っていられないはずだ。自身の問題である。これは俺が片付けるしかない。
 それに、千鶴は今は同好会の活動に夢中だ。頼れそうになさそうだ。
「あした、たのしみ」
「ああ、付き合ってやるよ」
 窓を拭くだけの活動、ほんとに現実になるとはな。
 中学生の時もそんなこと千鶴は話してたっけ。
 上手くいくと良いんだがな。
 俺たちは明日から同好会の活動を始めることにして、今日はおとなしく帰ることにした。

「たいいくかん、から」
 千鶴が用意した窓専用掃除用具一式を持って、俺たちは体育館に向かっていた。
「会長、うしろに隠れてるのバレてますから、でてきてください」
「仕方ないのぉ、呼ばれたから同行してやるのじゃ」
 いや、呼んでないって。
 ちょっと先の方では千鶴がなにか話し始めていた。
 どうせ千鶴のことだ、窓拭きのこだわりなんかを話してるに違いない。
 それより、会長だ。
 なんで会長が、俺ら同好会の様子を見に来てるんだ。
「おぬしの言いたいことはわかってるのじゃ。生徒会のことだろ? 心配ない。生徒会の皆が見送りしてくれたのじゃ」
「あー」
 この学校の生徒会、大丈夫かな。
「ふ、ふっふ。感心せい。わしの優秀な生徒会なのじゃ」
「あー、生徒会はさすがだね」
「まあの」
 そこらへんは会長、ポジティブだなあ。
 まあ、沈んでいる会長を見るよりは、元気な会長の方が好きではあるけれど。
 他の生徒会役員の人たち、合掌。
「で、これからどの窓を拭くのじゃ?」
 ちょこちょこ歩く会長に合わせすぎると、千鶴に置いてかれる。
 俺はちょっと急いだ。
「ま、待つのじゃ。そんなに急いでも窓は逃げん」
 当たり前だろ。逃げたら怖いわ。どこの学校の怪談だ?
「体育館の窓だよ」
「ほ、ほー。感心じゃ。体育館の窓、いっくらやっても落ちない汚れがあるからの」
「で、会長はなにするんです?」
「なーに、見学じゃ。安心するがよい」
 えっへん、と無い胸を張る生徒会長。
 どうせんなら手伝ってほしいんだが。なにかやらかしそうで怖い。
 すでに体育館では千鶴が待っていた。
 千鶴のいつもののんびりとした雰囲気は消え、真剣な目になっていた。
「さっそく、はじめよう」
 でも、間延びした声は変わらないのね。
 俺たち二人はちらばった。
 会長はというと、俺たちの様子を交互に見るらしい。
 始めは千鶴の方へ行った。
 俺はそれを横目で確認し、さそく始める。
「窓って、透明なのに、結構汚いんだな」
 きっちり拭いたところから、夕焼けの眩しい光が降りそいだ。
 裏側から見ると、蛍光灯の光がまぶしい。
「窓拭きも、なかなかいいかも」
 と、そう思ったのは最初だけだった。
「うう、疲れる。」
 今度はこの窓か。
 あれ、会長は来ないな。どうやら千鶴の窓拭きに魅了されているだろうな。
 あいつの窓拭き技術、半端ないもんな。
 あいつ、俺の部屋へ掃除しに来て、窓だけ綺麗にして帰ったこともあるし。
 あの窓、すごい綺麗になったもんなあ。
 と考えながら窓を拭いてると、なんかざわざわしてきた。
「ははー、ここは更衣室か」
 色とりどりだなあ。ブラジャーは。
「睨んでいる睨んでいる……え、更衣室!?」
「なんじゃなんじゃ」
「どうした、の」
 騒ぎを聞きつけて、二人がやってきた。
 俺が拭いている場所を見て、目が点になっている。
「え?」
「キャーーーーーーー」
「なあにやってんじゃああ、おぬしは!」
「うわあああああああああ」
 脚立からすべり落ち、俺は尻もちをついた。
「祐樹くん、もうすこし、ていねいに」
 そうじゃなくて!
 ――ドタドタドタドタ
 ああ、処刑台の足音が聞こえてくる。
 死にたい。いや、死んでもいいかも。

 頭が痛い。体が痛い。
「……ふたりともありがとう」
 結局そのあと、すったもんだのあげく、二人のとりなしでなんとか一命を逃れることが出来た。千鶴の信用と皇会長のおかげだ。
 二人が居なかったら、退学になったかもしれない。
 鬼の形相の同級生や先輩、後輩の女の子たち、みんなすごく怖かった。
「はあ~」
 二人の返事を待たずに溜息が出た。
「おぬしも、あほよのお」
 誰のせいなんだか。
 とは言えない。
 もしかしたら自分で自爆して事件になっていたかもしれない。
 二人がいなけりゃ危ないことには変わらないのだ。
「えっちは、だめ」
「ごめん」
 夕焼けはすでに真っ黒になっていて、この説教は掃除が終わったあとだ。
「かえろ」
「そうだな」
「面白いものを見たもんじゃ。じゃなまたな、ぬしたち」
 皇会長はそう言うと、手を振って走って行った。
 俺たちも校門から出る。
 いつもより疲れた。
 千鶴はというと、ルンルンと鼻歌を歌いそうなご機嫌だ。
 千鶴は満足したらしい。
 皇会長も、楽しそうだったな。
 そういえばさっき、また、って言ったのが聞こえた。
「会長、また来るのか」
「ありすちゃん、どうこうかいにさそいたいな」
「あーそうだな」
 試験は忘れてなんかないぞ、うん。
 千鶴の言うことももっともだし、絶対勝たなきゃな。

 昼も過ぎて、俺と千鶴とけいすけの三人でさて弁当を開けようとしているところに、皇会長がやってきた。
「おぬしたち、わしもいれてくれい」
 皇会長は俺たちの返事を待たずに近くから席を引っ張ってきて、千鶴の隣に座った。
 まあいっか。
 あえて断る必要もないしな。
 千鶴とけいすけも、歓迎しているようだし。
 皇会長の弁当はというと、伊勢海老が入っていた。いやロブスターか。まあどっちでもいい。
「なんじゃおぬしたち、食いたいのか? ほれ、ほれ」
 と会長は弁当の中からさっと箸でつまんで、俺たちの弁当に入れる。
「か、会長。ありがとうございっす」
「ふん、褒めるがよい。さて、おぬしの名前は?」
「は、初めましてっす。佐川けいすけって言うんだ」
「かしこまらなくてよい。千鶴の友達はわしの友達でもあるのじゃ」
 おいおい。
「おぬしもじゃ」
「お、おう」
 皇会長の楽しそうな様子にそれ以上は言えなかった。
「次はおぬしたち、どこの窓を綺麗にするのじゃ?」
「お前が女子更衣室覗いた話、ちょっと有名だぞ」
「うるさい」
 千鶴はぱくぱくと弁当を食べてから言った。
「りか、しつ」
「うむ、たしかにあそこも汚いな」
「ずっとまえから、かんがえてた」
「千鶴、言うと思ったよ」
 理科室の清掃は適当に済ませられることが多い。とくに窓なんて気に掛ける人なんかほぼいない。
「ほほー」
 と皇会長はニヤリと笑って、
「あそこには怖い噂があるしのお。みんな掃除を放り出すのじゃ」
「こわい、うわさ?」
 あー、そういえばそういうのあったなあ。
 と考えながら弁当箱を片付ける。皇会長も同じように片付け始めていた。
「なんだ祐樹。知らないのか?」
「ああ、知ってるよ。ま、ただの噂だろ」
 ろくでもない噂だ。
「きれいにすれば、ゆうれいもよろこぶ」
 さもありなん。
「おぬしたちの窓拭きを見ていたいところだが、今日は仕事じゃ。だから綺麗になった窓、楽しみにしておるぞ」
「まか、せて」
 皇会長、来ないのか。
 まあまた生徒会の仕事をほっぽりだされても困るしな。
「ぴかぴか、にする」
 そう言った千鶴の顔には、自信がうかがえた。

 放課後の理科室は好きになれない。噂を聞いたせいではないはずだが。
 千鶴はそんなこと気にせず、鼻歌を響かせながら、黙々と準備を始めていた。
 うちの理科室はかなり広い。だからその分窓も多い。広いから窓全部となると、なかなか手がまわらない。それも掃除が敬遠される理由のひとつだった。
 てか、ここ使っている部活のやつらがやれよ、と。
 実験部のやつらはもうひとつ部室を持っている。
 そこでやっているのだろう。
 俺たちが窓を綺麗にするというと、喜んで出て行ってくれた。
 気を付けて、とにやにや笑って言っていたが、まさか幽霊のことじゃないよな。
 冗談にしては悪質だ。あと、変態はやめてほしい。
「はじめ、ましょう」
 千鶴の合図から、窓拭きが始まった。
 ――キュッキュッキュッ
 と小気味良い音が響き渡る。
 徐々に窓の透明度が上がり、教室全体の光糧が上がっていく。
 ――キュイ
「?」
 千鶴は気にしてない。でも、この音って……?
 後ろへ振り替えるが、誰もいない。
 それに、ここの近くの廊下はめったに人が通らない。
 が、通ると目立つ。たぶんそれだ。
 ――キュイキュイッ
「?」
 なんだ?
「!!」
 と思い切り振りむこうとしてバランスが崩れるところだった。
 あぶねえ。薬品がかかるところだった。
「どうした、の?」
 千鶴が心配そうに見つめていた。
「別に。なんでもない」
「そう」
 俺はもう一度後ろを確かめてみた。
 ウォー○ーを探せを思い出した。あの問題より簡単だ。
 すぐに見つかった。
 机のちょっと横に、金髪がすこしだけチラリと見えていたのだ。
 皇会長、だから今日はついてこなかったんだな。
 どうしてやろうか……。
 俺はまた窓へ顔を向け、しばらく考えながら窓を磨いた。
 靴音がなんども発生する。
 よし、やってやるか。
「なあ千鶴?」
「ん? なあに」
 俺はかいつまんで話した。
「わかった」
 すーっと息を吸い込む。そして言った。
「な、なあ千鶴。だれか、居ないか?」
 千鶴は首をかしげた。
「やべえよ。やっぱ誰かに見られているよ。皇会長の言っていたこと……本当かもしれない」
「おおげさ」
 千鶴のその発言直後。
 ――キュイキュイキュイキュイキュイ
 やかましい音が教室に響いた。
 皇会長、金髪見えてる! 見えてる!
「まどふきのほうが、だいじ」
「なあたのむよ。いっかい外でようぜ」
「……ゆうき、なのにこわがり」
 千鶴め。
 俺たちは皇会長の居ない方のドアからそのまま外に出た。
 そしてそのまま少し大きな声で話し始める。
「ゆうき、ここでまってて。わたしはみがいてくる」
「あ、行くのかよ」
「しんぱい、ごむよう」
 千鶴はそう言って、理科室に入っていった。
 俺はそのまま足音を巧妙に立てて、遠ざかるようにみせかけた。
 そして、そっと反対側のドアをそっと開けて入ってみた。
 居た居た。皇会長、真ん中あたりでそっと様子をうかがっているな。
 よーし。
 そのまま俺はのっそりのっそりと音を立てずに、皇会長の後ろへ近づいた。
 よしいくぞ。
 右手でおもいっきり叩こうと、会長の背中へ腕を伸ばした途端。
「キャアアアアアアアアア」
 会長が飛び上がって、うしろに振り向いた。
 俺を驚愕の目で見ている。
 あり? いったいどうしたんだ?
「ごほん。な、なんじゃおぬし。後ろから脅かすなんてひどいもんじゃな」
「それが怖がらそうとしていた皇会長の台詞かよ」
「なに? 気づいておったのか?」
「あったりまえだろ」
「なんじゃ、残念」
「かいちょう、ばればれだった」
 千鶴が楽しそうに近づいてきた。
「まったく、おぬしたちにしてやられたわい」
 皇会長は降参として、そのまま床に腰をおろした。
「まったく、どうせなら手伝ってくださいよ」
「そうじゃな。手伝うかの」
 そう言うと、皇会長は立ち上がった。
 そこへ、千鶴が窓拭き用具一式を渡した。
「はい、これ」
「ありがとうじゃ。……おぬしも立て」
「はいはい」
 俺もそっと立つ。
「まったくおぬし思いっきり叩きおって。背中がひりひりするわい」
「? え」
「どうしたんじゃ?」
 た、叩いてない。皇会長は叩くまえに飛び上がっていた。
 気配に気がついて、飛び上がったのかと。
 だとしたら……。
 千鶴と皇会長は楽しそうにしている。これは言うべきじゃない。
 俺は平静を装いながら言った。
「さ。さっさと終わらせちゃおう」
「そうじゃな」
「げこう、じかんになる」
 俺はそのあと、びくびくしながらも必死に窓を磨いた。
 千鶴がめずらしく、窓拭きで褒めてくれたのが幸いだった。
 皇会長も熱心に覚えようとしていて、たのもしい。
 とにかく、楽しいことばかり考えるようにして、さっきのことは忘れることにした。
 なにもなかった、はずだ。

 ついに試験の時期が近づいてきた。
 部活動も活動停止になり、放課後でや昼休憩ではテストについて話し合っている生徒たちが数多く見られた。
 だが、俺たちはというと、
「なあ千鶴、こんな時ぐらいやめて勉強しようぜ」
「ぴかぴか、ぴかぴかにする」
「ちーづーる」
「ゆうきくんは、てすとにしゅうちゅうして」
「そうは言ってもなあ」
 千鶴は窓拭きをしたくてたまらないようだ。
 たしかに千鶴の成績は俺とは違って高くて安泰だが、だからって俺だけ参加しないのは黙ってられない。
「うーむ」
 ちょうど皇会長が遠くから歩いてきていた。
 皇会長は耳にシャーペンを挟み、参考書と睨めっこしていた。
 そんな状態の邪魔をするのはいたたまれないが、声をかけることにした。
「皇会長、ちょっと千鶴に言ってくださいよ」
「うーむ、うーむ」
「会長!」
「ふあ?」
 皇会長はすでに俺たちのところを通り過ぎて、廊下を曲がるところだった。
 たぶん、生徒会室へ向かうところだったんだろう。
 彼女は顔をあげてきょろきょろして、俺たちを見つけて嬉しそうにかけよってきた。
 が、千鶴が掃除用具を持っているのを見て、顔をしかめた。
「なんじゃ千鶴、こんなときでも窓拭きやるのか?」
「う、ん」
 千鶴は自信なさそうにうなずいた。
「勉強じゃよ勉強。テストの方が優先じゃ」
「でーも」
「祐樹。なにやってんじゃ」
「それが言っても聞かないんだよ」
「困ったもんじゃ」
 そう言って皇会長は千鶴から掃除用具を奪い取った。
「だめじゃ。会長命令じゃ」
「うう、でも」
「千鶴はついにこの活動ができてうれしかったんだよな」
「うん」
 千鶴は頷く。
 皇会長は思案する。
「千鶴。千鶴はどうして窓拭きが好きなんじゃ?」
「!?」
 千鶴は困ったように俺を見た。
「千鶴、教えて欲しいのじゃ」
 千鶴はしばらく俺をじっと見たあと言った。
「それはね……」

 お母さんもお父さんも出かけてしまって、一人ぼっち。
 小さい千鶴は部屋をぶらぶら歩きまわる。
「さびしい」
 千鶴は窓によっかかった。
「んー」
 そのまま千鶴はうっつらうっつらしてそのまま床に倒れるようにして、途中で止まった。
 千鶴はハッとして、服の背中を見た。
「きたない」
 千鶴はたちあがり、どうしようかとうろうろしていて止まった。
 すぐにぞうきんを持ってくる。
 それで千鶴は窓を拭いてみた。
 そして、窓を見て驚きの声をあげた。
「きれい」
 千鶴は光物などたいして興味湧かなかった。
 でも、ガラスの輝きには目を奪われた。

「それから、まいにち、いえのまどはぴかぴか」
「一回、見てみたいのお」
「くる?」
「どうじゃ三人で。部活動はいったん休止して、おぬしの家で勉強会などは?」
「きれいなまど、みせてあげる」
「ふふん、決まりじゃ!」
「皇会長、よくやった!」
「当然じゃ! 二人のためじゃ!」
 俺たちは活動道具を片付けして、一緒に千鶴の家があるマンションへ向かった。
 千鶴に案内されるまま、部屋へお邪魔した。
「おお、綺麗じゃのお」
「お、おう」
 女の子の部屋へこんなかたちで来るなんて。
 千鶴の部屋は片付いていて、綺麗だった。
 とくに、窓の透明度はすごかった。
 自宅の窓の惨状を思い出し、俺は自省した。
 そのまま俺たちは四角い机に座って、参考書を広げる。
 先生役は千鶴にお願いしてもらった。
 この三人のなかで一番成績が良い。
 いや、もしかしたら教えてもらってばっかりになるかもしれない。
 そのぐらい、俺と皇会長は成績が悪かった。
 時間はすぐに去った。
「のみもの、とってくる」
 千鶴は飲み物を取りに部屋を出た。
 すると、皇会長は口を開いた。
「ゆうき、わしが勝ったら、言うこと聞くのじゃぞ」
 やっぱり覚えていたか。
「そのかわり、同好会に入ってもらうからな」
「ああ、当然じゃ」
「なんの、はなし?」
 複数のペットボトルを持って千鶴は入ってきた。
 それぞれのコップにてきとうにジュースを注ぐ。
「わしはゆうきとテストで勝負してるのじゃ」
「それで、勝ち負けでどうたらこうたらさ」
「もちろんわしが勝ったら、ゆうきをこき使う」
「俺が勝ったら、皇会長は同好会に入ってもらう。……いいだろ?」
「それなら、ふたりともきびしくいかないと」
 それを聞いて俺たちは一瞬真っ青になった。
 千鶴は長話をしない代わりに、ひとことひとことがきつい。
 藪蛇だったかもしれない。
「かいちょう、いつでもかんげい」
「なあに、わしが勝つ!」
「へいへい」
 俺たちはまた勉強へ向かった。
 千鶴の指導はどうだったか?
 実に厳しい指導でした。

 燃え尽きた。
 今回、ちょっと難しくないか?
 先生たち、容赦がなさすぎ!
「はあ~」
 これは、ひょっとすると、だめかもしれない。
 ――ドン!
「きゃあ」
 とぼとぼとあるていると、誰かにぶつかってしまった。
 顔をあげて謝ろうとすると、そいつと視線があった。
「「あ」」
 皇会長だった。彼女の顔も、憔悴していた。
「……皇会長、どうだった?」
「……お、おぬしこそどうじゃ?」
「「あはははは、は~」」
 二人の溜息で、周囲の空気が重い。
「わし、には、生徒会長としての責務がある! でもこれじゃあ」
 そう言って、皇会長は後ろへ振り返った。
「こんごどうすれば良いのじゃ……」
「皇会長!」
 しかし、呼びかけたときにはすでに廊下の角を曲がって行った。
 重症かもしれない。
 俺みたいになんとか笑ってすませれば楽なのかもしれないが、彼女にはそうはいかないかもしれない。
 明日が心配になった。

「わたしの、かち」
「千鶴とは勝負してないけどね!」
 試験結果が返ってきた放課後、俺たちは同好会室に集まっていた。
 会長はまだ来てない。委員会の仕事があるのかもしれない。
「ふふ、これでまたぴかぴかにできる」
 試験が終わったので、さっそく窓磨きを始めたいらしい。
 俺はすでに、気力が尽きている。
 とにかく叫びたかった。
「これから、どうしたらいいんだああああ」
「べん、きょう」
「ソウデスネ」
 俺はそのまま頭を机に突っ伏した。
「かいちょう、こない」
「…………」
 そろそろ終わる時間だ。遅いな。
「なあ千鶴、ちょっと先行っててくれ。たしか今日は、校長室だろ?」
「……わかった。ありすちゃんをおねがい」
 と千鶴は一式を持って校長室へ向かった。
 窓拭き同好会の活動が評判を呼び、いつのまにか校長先生の耳に入ったらしかった。
 それで、試しにと依頼が校長先生から教頭経由で来たのだ。
 だから千鶴は張り切っていたし、皇会長も重要なメンバーだった。
 その一人が居ないと、校長室の窓拭きは意味がなさない。
 俺も立ち上がって、生徒会室へ向かう。
 皇会長はテスト結果についてそうとう悩んでいたはずだ。
 もしかしたら皇会長はまだ生徒会室で悩んでいるかもしれない。
 勝負なんかあってもないようなもの。それよりも皇会長がどうなっているのかのほうが心配だった。
「失礼しまーす」
 俺はノックして生徒会室に入った。
 すでに生徒会室はからっぽで、委員会は終わっていたらしい。
 閑散とした生徒会室に、夕日が差し込んでいる。
「あれ? 会長は?」
 誰もいなかった。
「どこかですれちがったか?」
 と、探しに行こうとしたところで気が付いた。
 ちょうど机の影に金髪が隠れていた。
「会長、むかえにきましたよ」
 金髪がビックとする。
 俺は四角になっている机を一回りして、会長のそばに立つ。
「う、う」
「皇会長」
「どうしよう……どうしよう」
「皇会長」
「祐樹くん……あたしはもうみんなといられない」
 それほど深刻なのか?
 皇会長は突然たちあがって、俺から距離をとった
「ごめん、祐樹くん。勝負はなかったことにして。同好会、ごめんなさい」
 皇会長はそう言い残して、生徒会室から逃げるようにして出ていった。
「あ、おい!」
 椅子の上にポツンと鞄が置かれていた。
 いきなり皇会長はなに言ってんだよ。
 勝負ははじめから無かったようなもんだが、俺たちの同好会への関わりはなかったことには出来ねえだろ。
 それなら勝負は最初から有ったことにしてやる。
 俺は皇会長の帰りを待つぞ!
 そう決意して、俺はその席の隣へ座った。
 夕日を背にして、俺は生徒会室を睨んだ。
 しばらく待っても来ないな。
 もしかしたら、また教師に怒られてるのかもしれない。しょげかえっているのかもしれない。
 窓拭きにはまだ時間があるけど、今一人で校長室へ向かっても、千鶴は喜びはしないだろう。
 千鶴も皇会長を待っているはずだ。
 ――コツコツコツ
 ドアの前に、人影があった。
 たぶん、皇会長だ。
 しかし、開けない。待てど待てど開けない。
 すると、その人影は靴音を立ててどこかに行った。
 俺はまだ待つぞ、皇会長!
 しばらくすると、また、
 ――コツコツコツ
 しかし、開けてこない。そして、またどこかへ行った。
 それが五度目になったとき、
 ――ガラ……ガラ……ガラ
 と恐る恐るドアを開ける皇会長が居た。
「なんで?」
 皇会長はおどおどした様子で俺に尋ねた。
 俺はきっぱり言ってやった。
「勝負は俺の勝ちだ。窓拭き同好会に来てもらうぞ」
 俺は逃げ出さないようにすぐに近づいて、腕をとった。
 それに反応して、皇会長はびくっとする。
「うう、私が居ても……」
「そんなことない。皇会長がいるとすごく助かる」
「祐樹、くん」
「なあいこうぜ。今からでも活動は出来るんだから」
 皇会長は迷っているみたいだな。
「勝負は俺の勝ちだ。また迷惑かけてくれよ」
 皇会長はじーっと俺の顔を見て、頷いた。
「祐樹くん、これからもよろしくお願いします」
 皇会長はすこし笑顔になって言った。
「おう、よろしくな」
 いまさらだがなんで標準語なんだ?
「ごほん。よ、よろしくじゃ」
 あ、戻った。

 エピローグ

 今日は部室でだべることになっている。
 皇会長の同好会入り歓迎会も兼ねて、今後の予定を話し合うらしい。
 お菓子やジュースが机の上に並べられている。
 それはそうと、千鶴の表情は、嬉しそうな不満そうなそんな中途半端な表情になっていた。
 それとは対照的に、妙に皇会長は俺をやたらと見てにっこり笑っていた。
 そして、そのまま二人は楽しそうにしゃべっていた。
 いったいなにが?
「祐樹、頼りにしておるぞ!」
「ゆうき、しっかりと」
「お、おう」
 なんかよくわからないが、頼りにされてしまったようだ。
 そんなこんなで、俺たちの同好会の活動は始まった。
 千鶴いわく、今度は後輩を仲間にしたいらしい。
 皇会長の件もあって、と妙なことを言っていたが。
 俺たちの同好会はこれからだ。           END

『窓に映る虹』

不思議要素除外(幽霊ネタは特例)して作ってみました。
楽しんでくれたらいいんですが。
これを書いてから、魔法などの不思議要素がなくてもお話は進むんだな、とわかってきました。
次作はバトルの予定ですが、なんか自信がついた気がします。
あとは、登場人物を3~4人から5~6人に増やせたら良いな、と思います。

ちなみに、皇会長はどっちも素です。キャラを作ってるうちに、どっちも素になったようです。

『窓に映る虹』

日常系のお話です。 主人公たちが同好会を作って、それの騒動のお話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-25

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

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