静かな雨は図書室で

プロローグ

雨は止まない。

断続的に顔を打つ雫の粒達は、私の気持ちをよそに楽しげに舞い踊る。

制服もびしょびしょだ。早く帰らなくちゃ。

でもこんな姿で帰ったら、お母さんに怒られるだろうな。

そんな自分の気持ちとは裏腹に、私の体は一切動かない。

別に雨を浴びていたいわけではない。真上から降り注ぐ雨は、そろそろ鬱陶しいぐらいだ。

それでも、私はこの場を動かない。

この場を動けない。

自分の掌についた鮮血を確認し、私はゆっくりと目を閉じた。

一章 図書室の幽霊

(1)
「行ってきます。」

「おう、行ってらっしゃい。」

桐沢鏡夜(きりさわきょうや)はいつも通り、父からの馬鹿でかい見送りの声を背中に受け家を後にする。
自分の腹からは到底出すことの出来ない声量に、鏡夜は毎度、本当に父の血が自分に流れているのか疑わしさを覚える。

元々内気な方だった鏡夜だが、その内気さは年々加速している。
その証拠に今日もクラスに入って彼に声をかける者はいない。

だが、鏡夜は特にその事について息苦しさや寂しさを感じた事はあまりなかった。
何か周囲から目立って嫌味やら嫌がらせやらを受けるわけでもなし、それに昔から一人で静かに過ごすのは好きだった。
鏡夜にとっては当たり前の日常だった。

午前中は机に座り、授業を受け。昼食は屋上で一人父親の手作り弁当を頬張り、午後も授業が全て終われば家に帰るのみ。
決まりきったルーティンワークをこなすかの如く日々が過ぎていく。

しかししばらくして、図書室で時間を過ごす事が多くなった。
特に何をするわけでもない。
落ち着いたこの空間が気に入った。
ただ座っているだけでは申し訳ないかなと思い、適当な本を手に取り読書に耽っているように振舞っていた。
傍から見ていれば寡黙な文学少年にも見えるだろうが、その実ページは一切めくられていかない。全く場面の変わらない見開きを眺めるだけである。

そんな時間、鏡夜が考える事は家族の事だった。
父である桐沢雷夜(きりさわらいや)は、今主夫として家庭を守っている。
元気が何よりも取り柄と言わんばかりに、いつだって笑顔を絶やさず家族に接する良き父親だ。
以前はやり手の営業マンとしてばりばり働いていた事もあり、家事に関して最初は四苦八苦していたが、やがてそれも板につき、今や効率、節約共に近所の主婦達も息をまく程の主夫っぷりを発揮し、本人もそれを楽しんでいるようだ。
そしてその傍ら、営業で培った人脈と、先を見通す千里眼から株に関しての知識を習得し収益を得ている。
鏡夜にはよく分からなかったが、雷夜の話を聞いている限りかなりの収益は確保出来ているらしい。

そして母である桐沢つぐみ。
雷夜とは対照的に物静かで、豪胆に笑う父の傍で彼女はいつも穏やかに微笑んでいた。
元気を周囲に振りまくのが父とするなら、母は優しさで全てを包み込む役割を担っていた。

今の自分自身を見ていると鏡夜には母の血が色濃く受け継がれたのだろうと常々感じる。

母は静かで優しく、時に厳しく鏡夜を育ててくれた。
決して子供扱いはせず、一人の人間として言葉を与えてくれた。

内気な鏡夜は口には出さなかったが、そんな二人が大好きだった。

でも、その母はもうこの世にはいない。

そんな母に変わって、雷夜は母の役割を引き継いだ。

母が事故で死んでから、何度夜が過ぎただろう。

彼女が電車に飛び込んでいく姿を、鏡夜は今も昨日の事のように思い出せた。




(2)
手に取る本は何だっていい。

何だっていいからこそ、最近はその本を選択する手間も面倒だなと感じいつも同じ
本を手にすることにしている。

何度も手にしているその本の内容もタイトルも、鏡夜はちゃんと知らない。
この図書室は入口から見て左半分が読書スペース、右半分が本棚という構造になっている。
そして鏡夜はいつも、入口から数えて三列目の棚の下から二段目の一番左端の群青色の背表紙の本を選び取る。

鏡夜にとって必要な情報はこれで十分だった。

こうやって本を開きながら、家族の事を思い浮かべて一体何になるのか。
しかしこうして父を、そして母を想わずにはいられなかった。
それがなければ、鏡夜はおそらく一人で時間を過ごす事に耐えられないだろう。

やがて日は落ち、本を閉じ席を立つ。

受付には日替わりの図書委員の生徒と真っ黒なシャツを着た若い司書の男がいる。
注意深く見ているわけではないが、鏡夜はこの男が黒以外の衣服を身にまとっている所を見たことがない。

彼らに軽く一礼をし、図書室を後にする。
向こうもそれに倣って礼をし、さようならと声を掛けてくる。
数少ない学校で鏡夜に声をかけてくる存在ではあるが、その態度はまるで常連客をいなすような手際の良さすら感じさせるものであり、そこに感情は介入していない。


「ただいま。」

「おう、おかえりー。」

雷夜は声だけで返事をする。熱心に鍋を見つめ、たまにゆっくりとその中身をかき回している。

そんな鏡夜の視線に気付いたのか、雷夜はこちらに首を向け、にやっと自慢げに笑った。

「ビーフシチューだ。とろっとろに煮込んでやったから覚悟しとけよ。」

「何の覚悟だよ。」

「ははっ。いいから着替えてこい。すぐ食えるから。」

「分かった。」

自室に戻り、部屋着に着替えすぐにリビングに戻る。
雷夜からの指示で、すでに準備された品を冷蔵庫から取り出し、容器と共にテーブルの上に並べていく。
しかしどれもまあひと手間かかりそうなものだが、ハマりだすと極めていくのが雷夜の性格だ。
下手をすれば自らのプロデュースで何か店を開きだしてもおかしくない。

「よし、じゃあ食うぞ。いただきます!」

食材達への感謝を声高に宣言し、食事を始める。

テレビのニュースを見ながら、雷夜が自分の知識や情報があるものに関しては更に詳しく鏡夜に教えてくれる。
情報というものにも敏感な男で、時事問題ももちろんだが、最近のトレンドや芸能についても死角はない。
そういった点もあってか、鏡夜は40前半という年齢の割にかなり見た目、身なりは若々しく、同年代の主婦層からも雷ちゃんと言われちょっとした地元のスターレベルの人気を博している。

そしてそんな父の話に、鏡夜はただただ頷くのみだった。
父の話は面白いのだが、鏡夜がそれについて何か意見を差し込む隙間がほとんどないのでそうならざるを得ないのだ。

父との会食の時間は、日本で起きている様々な出来事を父を介して吸収する時間と言ってもいい。
日頃、学校で人と話さない鏡夜にとってそれはありがたい事であり、おかげで一通りの出来事をこれで賄う事が出来た。

「鏡夜、勉強は大丈夫なのか?」

ようやくニュースタイムが終わり、親子の会話をはさんでくる。

「うん、何とかなってるよ。勉強ぐらいしかする事ないし。」

「子供ならもっと遊べよなー。もったいないぞ、人生。せっかく部活もしてねえんだからよ。」

「騒がしいのは好きじゃないんだ。知ってるだろ。」

「知ってる。むちゃくちゃ知ってる。」

そう言いながら、雷夜はにこやかだった。

「にやにやしないでくれよ。」

「いや、そういう感じがよ。やっぱり母ちゃんに似てるよなって思って。親としちゃ、嬉しいもんなんだよ、そういうのが。」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ。早く結婚しろよ。」

「まだまだかかるよきっと。」

「顔は俺に似てイケメンなんだから大丈夫だって。」

「自分で言うなよな。」

家ではこんなに話せるのに、学校にいけばだんまり。
雷夜は、そんな鏡夜の姿を知っているのだろうか。
知れば悲しむだろうか。
それでもこの男なら、母ちゃんみてえだなと笑ってくれるだろう。

そんな安心感が鏡夜の胸にはいつもある。
だから生きられる。
でも。

母の最期の姿、その記憶がいつも邪魔をする。



(3)
自分でもいつまでこんな事をしているつもりなのだろうかと疑問に思う事もある。
それでも鏡夜は今日も図書室で同じ本を手に取り、同じ席につく。

中間、期末テスト期間はさすがに人が多くなるのでそうもいかなかったが
それを除く閑散期では、予約席のようにいつもその部屋の一番端にある席を確保していた。

だんだんと日が落ちていく。
今日は一段と人がいなかった。
他の生徒はもちろん、受付嬢すらいない。
いるのはいつもの黒シャツ司書だけだった。

外の様子でも覗いてみるかと思い、鏡夜は立ち上がり本棚側の窓側に歩み寄った。

窓からはグラウンドの様子が見える。
部活を行う活発な者達の姿に、鏡夜は素直に感心する。
自分にはああいった事が出来る気も、やろうという気もない。



「めずらしいね、そんな風に外を見るの。」

ふいに自分の右側から聞こえた少女らしき声に驚き、勢いよく顔をそちらに向ける。

かなり近い位置で聞こえたものの、そこには誰もいない。
気のせいか?それにしてはかなりはっきりと聞こえたが。


「もしかして、私の声聞こえてるの?」

先程と同じ位置から声が聞こえた。
やはり、誰かいる。

「…誰かいるの?」

鏡夜は恐る恐る声をかけてみる。
しかし、返事はない。

これは、もしや。

鏡夜の背筋が一気に寒くなる。
外はまだ夕焼け色。こんなに明るいのに現れるものなのか。
初めての経験に、恐怖と混乱に両腕を掴まれ引っ張りまわされるような感覚だった。

「…幽霊、なのか…。」

言葉に出すのもおぞましかったが、口にせずにはいられなかった。


「ピンポーン。」

「っ!!」

鏡夜の左耳に直接吹き込むような距離で囁かれたその声に、鏡夜の体は氷漬けにされてしまった。
人は本当に驚いた時には声すらあげられないという事を聞いたことはあったが、声どころか指先すら固まっていた。


「あ、ごめん。ちょっとやりすぎたか。」

声の主はそう呟き、その直後鏡夜の背中に何者かの掌が押し当てられるような感触が伝わってきた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

訳も分からず口からついて出たのは謎の存在に対する謝罪の言葉だったが、鏡夜自身何に謝っているのかも分からない。
ただとにかくこれ以上何か危険な事が起きないようにという思いで必死だった。

「そんなに謝られると悲しくなるなあ。はい、こっち向いていいよ。」

「えっ!?」

「えっ!?じゃないわよ。ほら、大丈夫だからとりあえずこっち向いてみ。」


そんな事言って後ろを向いたら、多くの国民を震撼させたテレビ画面から次元を超えて飛び出してくる科学力を無視したロングヘアーの女性の幽霊がいるかもしれない。
そう思うと、とてもそんな事は出来ない。

「もう、大丈夫だって。君が思っているような白塗りの四つん這い女性とかじゃないから。」

その呪いの家パターンもあったかと更に恐怖が倍増しかけるが、もはやここで振り向かないという選択肢はないようだ。

「わ、分かりました…。」

ゆっくり。ゆっくりと後ろを振り向く。
いきなり顔を見る勇気はなかったため、視線は下に向けたままにする。

まず見えてきたものは紺色のスカートと白の膝下ソックスと茶色のローファーという、分かりやすく女子生徒を表すものだった。
見えている膝部分の肌は血色が悪く、やはり幽霊なのだなと感じさせるものだった。

そのまま視線を上にあげていく。
上も同じ紺色のブレザーを羽織り、胸元には白色の大き目のリボンが着けられている。

いよいよ、対面の時がきた。

鏡夜は拍子抜けすると共に、違う意味でどきっとした。
肩の位置で切りそろえられた、ミドルの黒髪、小さ目の輪郭にしっかりとした眉毛にぱっちりとした瞳。
すらっとした鼻筋に薄めの唇。右側の口元にあるほくろが少し特徴的であった。
一つ一つのパーツがはっきりしているだけでなく、とてもバランス良く整った顔立ち。
血色の悪さを除けば、少女はとてつもない美人だった。

自分の顔に見とれる鏡夜の心中に気付いたのか、幽霊少女はいたずらっぽく笑った。

「デートのお誘いなら受けられないわよ。だって私、幽霊だから。」

鏡夜は自分の頬を力いっぱいひねってみたが、鈍い痛みがじんわりと残り続けるだけだった。


いろいろ言いたいことや聞きたいことはあったが、少女は

「今日は挨拶だけ。また明日にでも喋りましょ。」

と約束をとりつけられ、その日は起きた出来事を理解出来ぬまま図書室を後にした。
黒シャツ司書はいつもと違う鏡夜の様子が面白かったのか、ほくそ笑みながらも鏡夜に一礼をした。

家に帰ってからも全く落ち着かなかった。
夢ではないが、こんな事を人に話した所で誰も信用しないだろう。最も雷夜以外に話す者などいないのだが。

案の定雷夜にも何かあったのかと心配されたが、言った所でまともな返事は返ってこないだろうし、面白がって根ほり葉ほり聞いてきそうだが、今はそれに答える気力もなかったので、何でもないとだけ返事をしておいた。
話すとしても、もっと自分の整理が出来てからの方が良い。

しかし、驚いた。
幽霊ってやっぱりいるんだな。
しかも、めちゃくちゃ綺麗だ。
そんな少女が自分に何故急に話しかけてきたのか。
他の人達にはそもそも見えていないのだろうか。

疑問は次から次へと溢れてくる。
はっきりしているのは、彼女は幽霊という事だけだった。


(4)
奇妙な心境だ。

こんなにそわそわした気持ちのまま、学校で過ごした事が今まであっただろうか。
しかもその理由が、放課後に幽霊と待ち合わせをしているからだなんて。

普段ならあっという間の時間が、やけに長く感じられる。
そしてようやく放課後の時間が訪れた。

足早に教室を抜け出し、彼女の元へと向かう。

いつもならばまずはお決まりの本を手にする所だが、その前に彼女の姿を確認する。
しかし、周りを見渡していても彼女の姿は確認出来ない。
まだ現れる時間ではないという事か。
仕方なく本を片手に席に座り、その時を待つことにする。

1時間程経過したが、彼女はいまだに現れない。
窓の外がオレンジ色に染まりだす。
やはりあれは夢で、全てが幻だったのだろうか。

帰ろう。

途端に馬鹿らしくなり、本棚へと向かう。

「よっ。」

「うわっ!」

直そうとした本棚の傍に、昨日の少女が佇んでいた。

「あ…君、昨日の。」

「ちゃんと来たのね。待った?」

くりくりとした瞳で少女は小首をかしげる。
待ったよ、むちゃくちゃ待ったよ。そう口に出そうとした時、少女が人差し指を鏡夜の唇にあてがう。
彼女の指は、一切の温度を持っていなかった。

「私との会話は口でする必要はないわ。頭で思ってくれれば通じるから。」

少女の言葉は確かに耳に聞こえるが、口元は一切動いていない。
試しに鏡夜は頭に言葉を連想してみる。

「あ、ごめん。なんせ幽霊なもので。」

そう言って、彼女は両手でごめんねのポーズを作った。
指が冷たかったのでどけてくれと頼んでみた所しっかり伝わったようだ。

「難しいな、これ。」

「慣れればなんともないわよ。」

はっと気付く。
何普通に会話してるんだ。相手は幽霊だぞ。

「さて、とりあえず自己紹介しておかなくちゃね。」

少女はぴしっと気を付けをする。
どうやら頭で思っただけの事は伝わらないようだ。
慣れるのに時間がかかりそうだ。

「私は涼音。年齢は18歳。あっ、これは私の死んだときの年齢ね。実年齢で行くと30歳くらいはいってるけど。よろしくね。」

「あ、よろしく。」

「はい、じゃあ次、君の番。」

すっかり涼音とかいう幽霊少女のペースになっている。
もうなすがままにいくしかないだろう。

「僕は、相沢鏡夜。今は17歳。よろしく。」

「見た目通り元気のないヤツだね。暗い男子はあの世でももてないぞ。」

「はあ。」

「何よ笑いなさいよ。ちょっとしたゴーストジョークよ。」

「いや、そんないきなり全てに適応出来ないよ。」

「そっか。これは失敬。ところで君17って事は高2?だとしたら後輩君になるのか。」

「そうなるかな。敬語の方がいいですか?」

「いやいや、いいよいいよ。フランクにいきましょう。」

「あの、根本的な事聞いていい?」

「いいわよ。」

「…本当に幽霊なの?」

そう言うと大きな目元さらに開け、涼音は驚きを表した。

「今更ねー。じゃあ今自分に起きてる事、現実的に説明出来る?ってか顔見たら分かるでしょ、死んでる事くらい。」

確かにとても生きている人間の肌色ではないし、説明のつけようがない。
にしても、こんなに幽霊が気さくなものとは知らなかったのでもはや一切の恐怖心はなかった。

「そうだね。それはもう飲み込むしかないね。それで何で僕に話しかけたの?」

すると涼音がもじもじと体をよじりだす。

「それは、君の事が、気になったから、かな。」

そしてとどめと言わんばかりに上目遣い。

「なっ…!!」

「うーわー顔真っ赤じゃん。君やっぱり単純だね。」

「おい、からかうなよ。」

そうだ。いくら幽霊といえ、超絶美少女なのだから。
しかもこの幽霊、どうやら自分がかわいい事をよく分かっているらしい。

「ごめんごめん。でも気になったっていうのは本当だよ。ずっと同じページ開いてなんだか物思いにふけってるし。勘だけど、君なら私の事気付いてくれそうだなって。」

「君、いつからここに?」

「結構長いよ。四六時中ここにいるわけじゃないけど、やっぱりここが一番落ち着くからね。」

それから涼音の事についていくつか分かった事がある。
彼女はもともとこの学校の昔の生徒で、本好きだった事もありよくこの図書室を利用していたらしい。
長くこの世に留まっているようだが、現世の人間達に気付かれる事はほとんどなく、気付いたとしても怖がられ逃げられたりとこうやって鏡夜のように近づく事は出来なかったらしい。

「ところで、この世に留まっているって事は、成仏出来ていないって事なのかな?」

鏡夜がそう口にすると、途端に涼音の顔が曇った。

「そうなんだよね…。出来たら私もそうしたいんだけど、自分の力じゃどうにもならないみたいでね。正直困ってるのよね。」

先程の明るさから一転した涼音の表情に深刻さが窺える。
鏡夜は思い切って尋ねてみた。

「何があったの?」

涼音は下を向いたまま答えない。
答えあぐねているのか。口にするのも辛い事なのか。

「ごめん、こんな暗い雰囲気じゃ本当にただの怖い幽霊だね。まあその事についてはおいおい話すね。今度は鏡夜の事いろいろ聞かしてよ。」

涼音の顔が満面の笑みに変わる。しかしそれは急にこしらえた仮面をかぶったようで鏡夜にはどこか痛々しく感じられた。
これ以上踏み込むのは良くないだろう。幽霊に気を遣うなんて思いもよらなかったが、それからは自分の事について涼音に話して聞かせた。

久しぶりの生きている人間との会話に満足しているようで鏡夜はほっとした。




(5)
「そろそろ閉められちゃいそうね。じゃあまたね。」

そう言いながら涼音は壁をすり抜け窓の外にそのまま出てしまう。

「ちょっと、どこ行くの!」

「どこって、私の家だよ。」

「家?それは…。」

「あ、廃墟とかじゃないよ。ちゃんとした私の家。じゃあね。」

「…あのさ!」

浮遊する涼音に向かって思念を飛ばす。今のが普通の対人間であればなかなかの大声だったろうが、声に出ていなかったと心配になり思わず口をつぐむ。

「ここにいれば、また会えるの?」

涼音はふっと微笑んだ。

「案外、寂しがり屋なんだね。」

そのまま、涼音の姿は霞んでいった。

「答えになってないよ。」

今度は言葉に出してみたが、涼音には聞こえていないようだった。



電気の消えた自分の部屋のベッドの上で、鏡夜は涼音との会話を思い出していた。
思わず幽霊という事実を忘れそうになるようなやり取りだったが、もう彼女の事を疑ってはいなかった。
気になるのは、彼女がこの世に留まっている理由。
きっとそれは、彼女が何故死んだのかという点につながっているのだろう。
それを知るにはまだもう少しかかりそうだ。

目をつむり、暗闇の中へと落ちていく。

その先に映るのは駅のホーム。
幾度も繰り返す、母の最期の記憶。
長年抱いてきた疑問が、こんな形で解答を得られるとは思わなかった。

迫りくる電車。
けたたましく鳴り響く汽笛。
前につんのめり、ホームから押し出される母。

母は貧血でよろめいた事で誤って転落した事故死だとされてきた。
けど、それは間違いだ。
母は何者かに押し出されたのだ。

自分だけに見えたあの光景。

押し出されよろめく母の背中に添えられた、浮遊した左腕。

母は、霊に殺されたのだ。

二章 悪霊払い

(1)
雷夜お手製のハヤシライスを口に運んでいると、前方から何やら強い視線を感じた。
見ると、雷夜がにやにやしながらこちらを見つめていた。

「な、なんだよ気持ち悪いな。」

「いやー、すまん。しかし、父さんに隠し事とは頂けんな。」

「隠し事なんてしてないよ。」

とは言うものの、内心ではかなりひやっとしている。
雷夜の勘の鋭さは馬鹿に出来ない。これも仕事で培ってきた経験か。

「おいおい、親父の目は騙せんぞ。恋してる息子の顔なんて尚更敏感だぜ。」

「っ!!」

「おい!ハヤシを飛ばすなよ!汚れ落ちにくいんだからよ!」

「…ごめん!」

汚れた口元を拭い、テーブルを拭き取る。
しかし今の反応は雷夜からすればご褒美ものだろう。
汚れを気にしながらも案の定ご満悦な笑顔を浮かべている。

「いい事じゃねえか。高校生にもなって恋愛の一つもしてないなんて逆に気持ち悪いからな。いやーそうかそうか。」

「いや、そういう訳じゃないんだけど…。」

確かに涼音に会う事を楽しみにしている自分がいる事は否定できない。
しかし、これが恋なのかどうかは分からない。
そもそも相手が幽霊の時点で成立しないだろう。
いくら雷夜でもそこまでは見抜けていないと思うが。

「なんか困ったら相談に乗るからな。」

ありがたい言葉ではあったが、おそらく雷夜に相談する事はないだろう。



図書室での回想の時間は幽霊少女との雑談へとすっかりシフトして行った。
もちろん母の事を忘れたわけではない。
それでも鏡夜は涼音との時間の中で心がほぐされていっている事に次第に気付き始めた。

傍から見れば図書室から窓を眺める自分の姿は前にも増して奇妙なものに映っているかもしれない。
しかし、そんな事は気にならない。
涼音との何でもない会話や、彼女のころころ変わる表情にすっかり鏡夜は魅了されてしまっていた。

彼女が生きていればな。
そんな事を思うが、決してそれは涼音には伝えなかった。
ないものねだりも甚だしいし、そもそも彼女は本来ここにいるべき存在ではないはずだ。
いずれちゃんとした形で成仏し、別れの日が来る。
その瞬間を想像すると、とても寂しく感じられた。

「ごめんよ、ちょっと通らしてくれ。」

気付くといつもの黒シャツ司書が本とカッターナイフを手に立っており、自分が通路の邪魔になっていた。

「あ、すみません。」

通り過ぎる間際、ちらっと鏡夜の顔を確認し何か言いたそうな顔をしていたが彼はそのまま通り過ぎていった。
鏡夜自身は気にした事はないが、やはり自分の存在は彼らからすればだいぶと異質なものに違いなさそうだ。

再び涼音の方に顔を向けると、彼女の顔は見たこともないほどに強張っていた。

「えっ、どうしたの?」

そう声をかけても、すぐに返事はなかったが、口元だけが何かを発していた。
しかし、それは鏡夜には言葉として伝わらなかった。

その後、何度か声を掛けているうちに少し落ち着きを取り戻したようだが、明らかにいつもの調子と違った。
その日はいつもより早く、涼音は帰っていった。

一体どうしたというのだろうか。

あの時、涼音の口元の動きが表した言葉は、鏡夜にはこう聞こえた。


“怖い”。


(2)
しこりが残っているような感覚が残ったまま鏡夜も帰る事にした。
その時、

「ちょっといいかな。」

と後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこに立っていたのは黒シャツ司書だった。

「はい、なんですか?」

すると彼はあーと言いながら、何やら話あぐねているような様子だった。
辛抱強く待っていると、彼はこうぽつりと言った。

「君、何か見えてるの?」

自分の存在を疑問に思われているのは覚悟の上だったが、その方向から質問が飛んでくるとは思わず、少し驚いた。

「えっ、何でですか?」

見えているとは言わず、少し様子を確かめようとクッションを置いてみた。

「いや、だってこんな窓側に立っている割にはグラウンドを見ている訳でも空をずっと眺めている訳でもないし。それに何だか誰かの顔を確認するみたいにちらちら横を向いたりしているからさ。」

そこまで言われて、いかに自分が怪しい行動をとっているかを再確認させられ、さすがに恥ずかしさを覚えた。

「あー、いやー……。」

返答に困っていると、彼はもう一歩ぐいっと鏡夜に近付いてきた。

「もしかして、幽霊と話しているのかい?」

目がやけに爛々としているのが少し怖い。

「だとしたら、なんですか?」

否定も肯定もしない返答を鏡夜が返すと、彼は更にわくわくした表情を浮かべた。

「おいおい、本当か!これはすごいぞ。ちょっと君、今日時間ある?いや、さすがに今日は遅いか。明日!明日もここに幽霊と会いに来るのかい!?」

すごい圧で迫ってくる彼の態度に鏡夜は圧倒されていた。

「いや、まあ…明日も来ると思います。」

涼音の様子も気になると思っていたが、どうやら明日はこの男に捕まるようだ。

「そうかそうか。じゃあまた声かけてよ。僕は神門明(みかどあきら)。よろしく!」

差し出された右手に応じてこちらも手を出すと、神門はしっかりと両手で鏡夜の手を包み込んだ。

なんだか、面倒な事になってきたかもしれない。



(3)
食事を済まし、すっかり暗くなった夜道を鏡夜は一人散歩していた。
いろいろと変な一日だった。

涼音はなんだか調子が悪かったし、今まで黒シャツという存在でしかなかった神門にはなんだか気に入られてしまったし。
平穏が約束されていた図書室はもう自分にとってはないのかもしれないと思うとため息が漏れた。

それにしても、涼音は何にあんなに怯えていたのだろうか。
涼音が変調をきたしたのは神門が通り過ぎた後の事だ。
彼の事が苦手なのだろうか?
しかし、涼音は自分が図書室に訪れるより前から頻繁に出入りを繰り返しているようだった。
それならば、神門の存在はだいぶ前から知っているはずだ。
彼が恐怖の対象だとすれば、わざわざ図書室に足を運ぶとは考えにくい。
という事は、何か別の理由か。

分からない。
でも、ひょっとすると彼女が成仏出来るヒントがそこにあるのかもしれない。
今度神門に相談してみようか。


そろそろ戻るかと、鏡夜は来た道を引き返し始めた。

こうやって鏡夜はたまに夜の散歩に出掛ける事があった。
何かにつけて一人の時間を作ろうとする事が癖づいてしまっているのかもしれない。
部活に入らず日頃運動をしているわけでもないので、日頃の運動不足の解消といった点もあるが、それは後付けのようなものだ。

鏡夜はどこかで幽霊に遭遇する事を望んでいた。
幼き日に見た、あの左腕。
きっとあれは、今もどこかにいるはずだと。
自分の母親を手にかけたのであれば、いずれ自分の元にも現れるのではないか。
そんな風に考えていた。

しかし、年齢を重ねていくにつれ、自分の考えが現実を超越した馬鹿げた空想に思えてきた。
高校にあがってからは、もはやそんな事はほとんど信じていなかった。
あれは事故だったのだと。

そんな時に、涼音が現れた。
霊はやっぱり存在するのだ。
その事実が、鏡夜を夜へと誘った。

頼りない街灯が暗闇を照らす。
しばらく歩き、鏡夜の右前方に公園が見え始めた。
自宅から数分とない距離にあるこの公園は鏡夜にとって、家が近くなった事を知らせる目印のような役割も果たしていた。


何の気なしに公園の方に目を向けた鏡夜は強烈な違和感を覚えた。
様々な遊具が充実している中で目を惹いたのはブランコだった。

四つ並んだブランコの一番右端。
鏡夜からは後ろ姿でしか確認できないが、一人の男の子らしきものがブランコを漕いでいる。

ぎー、ぎー。

こんな時間に一人で?
鏡夜は公園の方に歩み寄る。
公園は入口部分を除いて、四方が鉄の柵で囲われた形になっている。
柵の外から少年の様子を近くで確認する。
相変わらず少年は同じペースで空を漕ぎ続ける。

鏡夜は思わず息を飲んだ。
違和感の正体に気付いてしまったのだ。そして、それと共に激しく後悔した。
近付くべきではなかったと。

ブランコを漕ぐその足元。通常そこにある2本の足。
そしてそれ以外に真ん中にもう一本、足が生えていた。

三本足のリカちゃん。
確かそんな学校の怪談があった事を思い出した。
女子トイレに潜む三本足の幽霊。
所詮は学校の噂。本当にその存在を見たものなどいないはずだ。

しかし、今自分の目の前に存在しているものは一体なんだ?
幽霊?バケモノ?妖怪?

とにかく、ここを離れないと。
そう思いゆっくりと後ずさりを始める。

しかしその瞬間、ブランコがぴたりと止まった。
まずいと感じ、それに合わせ鏡夜も動きを止める。
三本の足だけがぱたぱたと動いているのがいやに不気味だった。

「遊ぼうよ。」

急に鏡夜の頭の中に幼い声が飛び込んできた。

「ねえ、お兄ちゃん。一緒に遊ぼうよ。」

この声は、目の前の少年のものか。
恐怖故か、鏡夜の歯は無意識にがちがちと音を鳴らしていた。
少年はすっとブランコを降り、器用に三本の足でそのまま後ろ向きで鏡夜の方に近付いてくる。
そして難なく、鉄の柵をすり抜ける。
すぐに二人の距離が腕一本分程にまで詰められていた。

なんだこいつは。なんなんだ。
今まで何度もここを通ってきたが、こんな怖ろしいものを見たことはないし、こんな幽霊が出るだなんて噂すら聞いたこともない。

少年の首がぐるりとこちらを向く。
生気のない真っ白な肌。灰色に濁った眼球。
そして口元から異様なまでに真っ赤な舌がべろんと顔を覗かせている。
完全にこの世のものではない。

「オニイチャンモ、死ンデミヨウヨ。」

スローモーションにした声色をそのままに通常の速度に無理矢理変換されたような機械的な声が鏡夜の頭をかきむしった。

「うわあああああ!!」

恐怖にまかせ持っていたかばんを少年に向かって思い切り振り上げた。
足がすくんで動かない。かろうじて命令に応じた両腕の咄嗟の動きだった。
計算でも攻撃でもない。何の策もなく繰り出された動きが少年の体を通り過ぎていく。

こんなものが通じるわけがない。
しかしその考えとは別に鏡夜の腕は妙な手応えを確かに捉えていた。

見ると、少年の右腕部分が灰のように幾千もの塵上になり、パラパラと空に舞い消失していった。
効いているのか?

その証拠にか、少年の形相は一層激しいものへと変わりもはやその表情は鬼そのものだった。

「オマエ、殺ス。」

少年の口が大きく開かれ、はみ出していた舌が勢いよく鏡夜の体に巻きついていく。
その小さな体にどんな仕組みで収納されているのかも分からないぐらい、どんどんとその長さは増していき、一瞬で全身が縛り付けられてしまった。

ひやりとした感触とねばついた感触が体を覆い、気持ち悪さがこみあげてくる。
全く身動きがとれない。

「キャハハハハハハ!!終ワリダヨ!!」

少年の顔がどんどん近づく。口元はアナコンダのように顎が外れ鏡夜の体を迎え入れるかのように更に大きくひらかれている。
なんだよ。こんなんで死ぬのか。

その時、鏡夜の首元を何かが凄まじいスピードで横切った。
そしてその次の瞬間、

「グッ!?」

と目の前の少年が苦しげな声とともに、少年は大きく後ろに仰け反った。

「グッ……ウウッ…!!」

態勢を戻した少年の顔は青白い炎で炎に包まれていた。
よく見ると額の部分に何かが書かれた短冊のようなものが貼りついている。

「ギ・・・ガアアアアアアアアア!!」

一際大きく少年の悲鳴が響いた直後、短冊から四方八方に眩い光がレーザー状に周囲に拡散しそして、閃光が全ての景色を一瞬で包み込んだ。
あまりの眩さに鏡夜は思わず目を力いっぱい瞑った。

閉じた瞼から徐々に明るさが薄らいでいき、ゆっくりと目を開けていくと
もうそこには少年の姿はなかった。

「なん…だったんだ。」

鏡夜は茫然とその場に立ち尽くしていた。

「おい、お前大丈夫か?」

「ひゃっ!!?」

急に後ろから声をかけられ鏡夜の体はびくっと震えた。

「俺は幽霊じゃねえよ。安心しな。」

両性的なその声の主に目を向ける。
確かに幽霊ではなさそうだったが怪しい人間じゃないかと言われれば即答出来るような存在でもなかった。

全身黒ずくめで、ベルト部分からはウォレットチェーンの類がジャラジャラと左右平等に飾られている。
首元までしっかりとファスナーを上げられ、しかも前髪が目元を完全に覆っているせいでしっかりと顔が確認出来ない。果たしてそれで前が見えているのかどうか怪しいぐらいだ。
両手の指にも全てリングがつけられており、右手には先程少年の額に張り付けられた短冊らしきものが握らている。

「あ、あの…。」

「お前、下手したら死んでたぞ。」

「え?」

「っていうか、何やってたんだ?」

初対面の癖になかなかな口の利き方だなと思ったが、そんな事は今気にする事ではない。

「何って言われても…。散歩してて、公園の方をみたら男の子がいたからこんな時間に何してるんだろうと思って。で、近付いたらなんだか大変な事になって…。」

「なんだ、俺と同じかと思ったけど違うのか。」

拍子抜けしたような口調だった。声では判別がつきにくいが、俺と言っているぐらいだから男だろうか。

「同じって?」

「悪霊払い。」

「え、あれ、悪霊だったの?」

「あれがいい幽霊に見えたか?」

全くそうは思えなかった。

「なんか殴りかかってるみたいだったからさ、そういうタイプのやつかと思ったけど、気のせいだったか。」

一人納得したようにうんうんと頷き、彼はすたすたと歩いて行こうとした。

「ちょっと待ってよ!結局さっきのは悪霊で、君がその悪霊を退治したって事?」

すると彼はめんどくさそうに再びこちらに身体を向けた。

「そういう事。近くで気配を感じたもんでね。あ、一応宣伝しとくか。」

そう言うとごそごそとポケットをまさぐり何かを取り出し、鏡夜の前に差し出した。

「もしまた何かあったら連絡くれ。」

そう言い残し、去って行った。

「名刺?」

悪霊関係なら何でもOK
エクソシスト
岬咢(みさきあぎと)

なんだそりゃ。

三章 存在理由

(1)
「へー。じゃあ君は毎日のように幽霊とここで会話をしていたのか。いや、図書委員の子達とも何だろうねってずっと話してはいたんだけどね。でも人のプライベートにずけずけ踏み込む訳にもいかないしさ。」

翌日図書室に入るや否や、すぐに神門に捕まってしまった。
結局、嘘をつくのも面倒だという事と、オカルトにも自信があるという事で自分の知らない知識も持っているのかもしれないと思い、鏡夜は涼音の事について正直に話して聞かせた。

以外だったのは神門がなかなかのお喋りであった事だ。
騒がしくしない事が暗黙の了解とされた場所である事もそうなのだが、しゅっとしていかにも理系気質な堅物感のある雰囲気を醸し出していたので勝手なイメージが先行していたが、一度会話が始まると表情は柔らかく、口数の多い親しみやすい男だった。
昨日の事もあったので涼音の様子が気がかりであったが、神門のせいでまだ今日は顔を見れていなかった。

「彼女はこの場所が気に入っているようだね。しかし、何故成仏出来ないかは気になるな。」

顎に手を当てながらうーんと神門は低いうなり声を漏らす。

「こういう場合、いくつか理由が考えられる。一つは怨恨。何か強い恨みを持ってこの世に留まっている可能性。二つ目は未練。これは怨恨とも重なる部分はあるが、何かこの世で成し遂げられない事があった可能性。だいたいそのあたりか。どちらにしても現世に留まるだけの強い想いが故に成仏出来ない場合が多い。彼女からその当たりの話は?」

「いえ…あまり思い出したくないのか、濁されてしまいました。」

「ふむ。ならまずはそこを明らかにしないといけないな。しかし、自力で探れない事もないだろう。」

「え?どうやって?」

「彼女はもともとここの生徒なんだろう?だったらその記録ぐらい学校に残っているはずだ。彼女の生前の記録が分かれば何か糸口が掴める。」

「なるほど。」

「昔のアルバムぐらいなら学校から引っ張ってやれない事もない。彼女のフルネーム、死んだ年代まで分かれば作業も楽だが。」

「分かりました。確認してみます。」

「ただし、僕だって暇人じゃない。彼女の記録の手がかりは用意してやれるが、そこから先の作業は君に任せるよ。」

「分かってます。ありがとうございます。」

最初は不安もあったが、なかなか頼りになる人物のようだ。
死んだ人間の事について調べるなんて、なんだか刑事みたいで少しどきどきする。

「そろそろ、彼女も来てるんじゃないか。また何か分かったら教えてくれよ。」


神門との会話を終え、涼音の元に向かう。
会えないのではないかと思ったが、そこには窓の外を眺める彼女の姿があった。

涼音は鏡夜に気付くと柔らかく微笑んだ。

「よっ。昨日は、ごめんね。」

いつもの調子で謝罪のポーズを決める。どうやら大丈夫そうだ。

「いいよ、ちょっとびっくりしたけど。来ないんじゃないかってちょっと心配した。」

「本当は結構心配したんじゃない?もう会えないかもーって。」

彼女はどうしていつもこうやって心を見透かしてしまうのだろうか。

「そんな事ないよ。涼音こそ僕がいなくて少し焦ったんじゃない?」

「あら、言うようになったじゃない。でもそういうのは生きている女の子にやりなよ。」

ちょっとやり返してやろうと思ったのだが、どうやら効果は全くなさそうだった。

今日の涼音はいつもの調子だった。
元気そうで何よりだと安心した。


「昨日、ちょっと大変な事があったね。」

鏡夜は昨日会った悪霊と謎のエクソシストについて話して聞かせた。
体験した自分自身にとってはとんでもない出来事だったが、涼音はマンガみたいだねと笑いながら鏡夜の話に耳を傾けていた。
しかし、鏡夜が話終わると涼音は少し悲しげな顔をした。
何かまずい事を言ってしまったかと焦るが、すぐに鏡夜の様子に気付き、違うの違うのと慌ただしく両手を顔の前で振った。

「多分、鏡夜は元々見える素質のある人間なんだとは思うの。それを感じたから鏡夜に声をかけた所もあったし。ただ、私といる事でそういう力が強くなっちゃったのかもしれないなって思って。」

なるほど。
根拠はないが、そう言われれば納得は出来るなと正直思った。

「私の存在が、鏡夜に迷惑かけちゃってるのかもね。」

「そんな事ないよ!」

鏡夜は即座にその言葉を否定した。
ここにいる理由だって、今は涼音に会いにきたいと思うから来ているのに。

「そんなマジな顔で言わなくても。もしそんな奴らが現れたらまたエクソシスト君が倒してくれるだろうし。でもありがとう。」

勢いよく出た自分の気持ちに恥ずかしさを覚える。
何を熱くなってるんだ。らしくもない。
でも、こうして涼音が自分の目に見えているのにも、涼音が自分に声を掛けてきた事にも
何か意味があるんじゃないか。
鏡夜はそう思っていた。

「いや、ごめん。でも迷惑だなんて思った事ないし、それに…。」

彼女が成仏出来ない理由。
少しでも自分に出来る事があるなら、それはやるべきだ。

「それに?」

「いや、何でもない。ところでさ、涼音って苗字は何ていうの?」

「何よ、いきなり。」

「うん。そういえば知らなかったなって思って。」

僕は生きていて、彼女は幽霊。
その関係はどこまで行っても変わらないんだ。

「古都宮(ことみや)。古都宮涼音。それが私の名前よ。」


(2)
「古都宮涼音。それが彼女の名前です。後最初に会った時に彼女が言ってたんですけど、彼女は18歳の頃に亡くなっていて、それから幽霊になって、現在は数えて30を超えているぐらいって言ってたんで、およそ10年程前に亡くなっているみたいですね。」

早速自分が得た情報を神門に説明する。
神門は少し驚いた顔をしていた。

「なんだ結構最近じゃないか。それに古都宮…どこかで聞いたことあるな。何だっけな。」

しばらく神門は頭を悩ませていたが、その答えには行きつかなかったようだ。

「駄目だ、分からない。とりあえず資料は漁っておくよ。でもそんなに最近の事ならネットでも何か見つけられるかもしれないな。」

「そうですね。ちょっと調べてみます。」


自宅に帰り、早速パソコンで涼音の名前、高校名を入れて検索してみる。
彼女の過去を勝手に調べている事に多少の罪悪感を感じながらも、検索結果を待つ。

表示された結果に目を通していく。
すると一つの記事が鏡夜の目にとまった。
しかし、それは不穏なものを感じさせる内容だった。

『**高校の女子生徒に非情な魔の手。』

なんだこれは。
不吉な予感がするが、鏡夜はそのページを開いた。

「…嘘だろ。」

そこに書かれていた内容に、鏡夜は絶句した。

『連続通り魔殺人にようやく終止符が打たれた。連日通りすがりの人間を刺し殺すという凶悪極まりない事件によって先日**高校の生徒である古都宮涼音さんが殺害された事で、合わせて5名もの民間人が尊い命を失う事になった。非常に少ない手がかかりの中、警察は遂に犯人を捕らえた。犯人の名前は、布施引也(ふせひきや)。市内の大学に通う21歳の若者だった。彼は警察の調べに対して、人を殺してみたかったと供述している。卑劣な犯人に極刑の鉄槌が下る事を心から望んで止まない。』

なんて惨い事を。
彼女が自分の口から離さなかった理由もうなづける。
これが、彼女が成仏出来ない理由か。
そして、あの時涼音の様子がおかしくなった理由が分かった気がした。

あの時、神門が現れた直後涼音の様子はおかしくなった。
最初ひょっとすると神門の事が苦手なのだろうかとも思ったがその理由は当てはまらない。
じゃあ何に?
あの時神門は本とカッターナイフを手に持っていた。
涼音は、カッターナイフに怯えていたのだ。
自分を殺した刃物を連想して。

「そういう事だったのか…。」

あんなに無邪気に笑う涼音。
きっと友達も多かっただろう。
両親は優しかっただろう。
彼女に恋していた男子も多かっただろう。
それなのに。
その笑顔が、こんな身勝手な理由で奪われたのか。

鏡夜は今まで感じた事のない程の怒りに飲み込まれそうになっていた。
布施引也。
こいつのせいで涼音は死に、死してなおこの世に縛り付けられている。

この男が鍵だ。
しかし、どうすればいい。
どうすれば涼音は納得するのだろうか。
殺す?
いや、さすがにそんな事までは出来ない。
とにかくこいつは重要な人物だ。

鏡夜は布施引也についても検索をかけた。
ずらっと出てくる記事は、どれも連続通り魔としての記事ばかりだ。
その中から適当な記事を開き、中身を確認していく。
そして鏡夜は事実を知った。

「えっ?」

これは。
じゃあ、一体どうしろってんだ。
僕に何が出来る。

『多くの死者を出した連続通り魔、布施引也だが、彼は逮捕され牢屋に入れられたその日に獄中自殺した。遺書が残されており、そこには、”まだ終わらない。”といった謎の記載が残されていた。これに関して警察は…。』

布施引也は、既にこの世から消えていた。
鏡夜は茫然と画面を眺めたまま、しばらくの間動けなかった。

四章 授かりもの

(1)
「まいったなあ。」

休日の夕方。
鏡夜は公園のベンチに腰かけていた。

せっかくヒントを見つけたと思った途端にまさかの手詰まりだ。
ただ仮に布施が生きていたとして、どうするべきなのかというのも難しい話なのだが。

「横いいか?」

そう言いながらもその人物は返答が返ってくる前に鏡夜の右側に既に腰を下ろしていた。

「君は、この前のエクソシスト!」

「どうせなら名前で呼べよ。」

相変わらずじゃらじゃらとした装飾品が多く、明るいのに顔を覆う長い前髪のせいでやはり顔ははっきりと確認出来ない。
ただ隠れた目元から下の顔のつくりを見る限りはハーフのような顔立ちをしている事が確認出来た。

「あ、この前はありがとう。なんだかよく分からなかったけど、下手したら僕死んでたみたいだし。」

「そうだよ。あれ結構危なかったぜ。」

そうは言いながらも、岬はどこか愉快そうだった。

「何してるの?悪霊退治の休憩中?」

「ま、そんな所だな。お前こそ、こんな休日に難しい顔してどうしたんだよ。」

「いろいろあるんだよ。」

「いろいろあるのか。お互い様だな。」

「ところで、岬君って何歳なの?」

「すまないが、年齢は不詳って事にしてる。」

「なんだよそれ。アイドルの体重じゃないんだから。」

「そういうのと一緒にすんな。顧客の信頼にも響く部分だからあえて伏せてんだよ。」

それを言い出すなら、その見た目は顧客の信頼に影響はないのだろうか。

「一個確認しときたいんだけど。」

岬が初めてちゃんと鏡夜の方に顔を向けた。

「何?」

「この前、お前あのガキ殴ったか?」

「え?」

「あの三本足のガキだよ。」

「ああ。」

殴ったというか、苦し紛れの反撃みたいなものだったか。

すると急に岬は左腕を伸ばし、鏡夜の肩を掴んだ。

「いっ!?」

凄まじい握力に鏡夜の肩が悲鳴をあげる。

「ちょっ、やめてよ!!」

左手で岬の腕を払う。右肩がじんじんと痛むのを感じる。
岬の方はというと、振り払われた左手をじっと眺めていた。

「なんだよいきなり!」

それでもまだ自分の手を見つめていたが、ゆっくりと岬は顔を上げ鏡夜の顔に視線を移す。

「お前、やっぱ素質あるわ。」

「は?」

突然の理解不能な言葉に疑問がそのまま口からこぼれ出る。

「すまん、さっきのは確認。前見たときにもしかしたらって思ったが、やっぱりか。」

「だから、何が?」

「自分で気づかなかったか?お前も俺と同じ力持ってるって事だよ。」

「それはつまり…エクソシストの力?」

「そ。」

何の冗談だろうかと思った。
しかし思い出してみれば、確かに鏡夜の攻撃が手応えを感じさせた記憶もあった。

「お前の場合俺と違って、近距離タイプみたいだけどな。」

そういえば、初めて岬に会った時もそういうタイプがどうとか言っていたな。

「でも、なんで僕に。」

「それは知らねえけど。しかも結構な力あんぞ。普通殴っただけであんなダメージ与えらんねえもん。」

「そんな事言われてもな…。」

「心配すんな。だからって俺の仕事手伝えなんて言うつもりねえし。」

幽霊が見えるだけでなく、払う事も出来る力が自分にはある。
にわかには信じられない話だが身を持って体験してるだけに何も言えない。
涼音に出会ってからというものの、どんどん不可思議な事に巻き込まれていく。
もしやこの力も涼音の影響か。

「んじゃ、俺そろそろ行くわ。」

「あ、うん。それじゃあ。」

「一個だけ覚えとけ。」

「何?」

「俺には生まれ持ってこの力があった。お前はそうじゃなさそうだが、力を持つって事は、そこには絶対意味がある。俺とお前も、その点では一緒だ。」

そう言い残し、岬は去って行った。



(2)
「そうか。道理で身に覚えがあると思ったが、そういう事か。」

神門に涼音の事について話した所、彼は事件の事を覚えていたようだった。

「ただ、布施は既に死んでしまっています。そうなるとどうやって彼女の想いを遂げさせたらいいか…。」

「そうだな。」

しばしの沈黙が流れる。
あれから鏡夜もどうにか出来ないものかと考えたが、何一つ良い案は思い浮かばなかった。

「…一つあるかもしれない。」

やがてぽつりと神門がそう呟いた。
期待を寄せて彼の顔に目を向けるが、決して優れたものではなかった。

「何ですか?出来る事があるなら教えてください!」

「いや、悪いが解決法とは言えない。ただ低いながら可能性はあるかと思っての事なんだが…。霊がこの世に留まる理由についての話は覚えているか?」

「はい。何らかの強い想いを持ったままこの世を去った人間が霊になるんですよね。」

「そう。なら、布施に関してもそれは当てはまるんじゃないかって。」

「布施が?」

「恨み、悲しみ、未練。布施の場合、まだまだ人を殺したりないという思いが強く残っているんじゃないかな。想像すると恐ろしい話だが。けど、彼の遺書がそれを物語っているとは考えられないか。」

布施が最後に遺した言葉。
“まだ終わらない”。

奴は今でも、殺しに飢えているというのか。

「だとすると…とんでもない悪霊ですね。」

「布施の魂を解放、もしくは消滅させればそれがすなわち古都宮君の成仏につながるかもしれないな。」

「なるほど。」

でも…。

「でも、どうやって布施の悪霊を探す。それに彼が本当に悪霊になって漂っているかなんて分からない。あくまで全て仮定の話に過ぎないからな。」

その通り。
涼音に関してはすでに霊になった存在が確認出来ている。それ故に彼女の身元を辿る事はそこまで難しい事ではなかった。
だが、今回は逆だ。霊魂になった布施を探さなければならない。
勝手があまりにも違いすぎるのだ。
普通の人間にすぎない鏡夜や神門に、これ以上はどうする事も出来ない。

いや、待てよ。

「神門さん。もし布施が悪霊として現存しているなら、僕にあてがあります。」

悪霊関係ならなんでもOK。そうだよね。

「え?」

力には意味がある。
なら、その意味を、力を、使わしてもらう事にするよ。岬君。




(3)
帰宅後、彼の名刺に書かれた連絡先に電話を掛けた所、前に会った公園で直接話をする事になり、鏡夜はすっかり暗くなった公園へと向かった。

先に来ていた岬は、挨拶代りに軽く右手を上げた。

「ひょっとして、家近いの?」

「ああ。歩いて30分。」

「近くはないと思うけどな。」

「そうか。で、話って?俺に連絡するぐらいだから、そういう事なんだろうが。」

「うん。実は、頼みたい事があって。」

そして鏡夜は岬に涼音の事、布施の事を一通り話した。
鏡夜が話す間、岬は何も言わず時折相槌を打つように首を動かすのみだった。

「その悪霊を引っ叩いて、安心して涼音ちゃんに成仏してもらおうって寸法か。」

会ったこともない女性に向かってちゃん付けとは。
鏡夜はその表現に少しむっとした。

「そう。でもどうやってヤツを探し出していいか分からない。いるかどうかの確証もないんだけど。」

「それで悪霊の事ならおまかせってんで俺に連絡したと。」

「そういう事。」

「分かった。お前の恋の行方に興味はないが、悪霊ってんなら放ってはおけないな。」

「恋してるだなんて一言も言ってないじゃないか!でも、って事は引き受けてくれるの?」

岬はにやりと笑った。
「いいぜ。正式に引き受けた。ただし、一つ条件がある。」

「条件?」

「悪霊払いはボランティアじゃねえ。れっきとした仕事だ。お前が依頼人なら俺は報酬をもらう。」

「お金って事?」

「そうだ、と言いたい所だが、到底お前みたいなガキがすんなり払える値段じゃない。そこで、お前に出来る事をしてもらう。」

なんだか、猛烈に嫌な予感がする。
岬が鏡夜の両肩にぽんっと手を置いた。

「悪霊一体の浄化。それが条件だ。」

勘弁してくれっていうのが本音だった。
でもこれも、涼音の為だ。



(4)
「なんだか鏡夜、最近顔つき変わってきたね。」

「え、そうかな?」

「うん。初めて会った頃はなんだかぽわーんってしてて、どこか生きる気力にかけてたっていうか。でも今はすごく満ち溢れてる感じがする。何かに向けて頑張ってるって感じが顔に出てる。」

「普段通りなんだけどな。」

相変わらず勘が鋭いというか。涼音に隠れて、彼女の成仏方法を探っている事もばれているのではないかとすら思える。ばれた所で悪い事をしているつもりはないのだが。

「でも、死んでいる君に生きる気力にかけてるだなんて、なかなかだね。」

「本当だよ。だから今は安心してるけどね。」

少々不謹慎かとも思える冗談でも気兼ねなく話せるようになった。
少しずつだが距離が縮まっているように感じられて嬉しかった。

涼音と話していた所、向こうから神門がこちらに手招きをしていた。
なんだろう。

「何か用事かな?」

「そうだね。ごめん、すぐに戻るよ。」

神門の元に駆け寄る。

「どうしました?」

「いや、ごめんごめん。ちょっと今日は早く帰る予定でね。その前に進捗の程はどうかなと思って、それだけ聞いておきたかったんだ。」

「ああ、その事ですか。」

神門は鏡夜の後ろに視線を向ける。
目線を追ってみると、先程まで涼音と話していた場所だ。

「今日も喋ってたのかい?」

「はい。またすぐに戻りますけど。」

「あ、そうなんだ。邪魔しちゃったみたいでごめんね。」

そう言いながら視線はそのままだった。

「……って…よ。」

「え?どうしました?」

「ああ、ごめん。それで、どうだったの?」

その後、神門にはざっくりとした説明だけしておいた。
それについては鏡夜のあての存在に現在調査は進めてもらっているが待機中だとだけ伝えておいた。

神門はその人物について興味津々であったが、説明するのが面倒なので本人の存在は基本的に非公表なものなのでこれ以上は言えないと適当に説明をしておいた。
岬について彼に伝えてしまうといろいろと面倒だと思ったが故の判断だった。

あまり詳細を聞けなかった事でがっかりしている様子だったが、それ以上中身がない事に渋々納得し、早めの帰路へと向かっていった。

いけない。すぐにと言っていたのに思っていたよりも時間がかかってしまった。

「あれ?」

さっきまでそこにいた涼音の姿が見当たらない。
周りを見渡してみたがやはりいない。
他の本棚の間も見て回ったが結果は同様だった。

帰ってしまったのか。

何も言わずに消えてしまった事が少し腑に落ちなかったが、彼女にも彼女の事情があるのかもしれない。

まあいいか。

特にする事もなくなったので結局鏡夜も帰る事にした。

その夜、携帯に岬から着信があった。

「八尺神社に集合。」

それだけ言ってぶつりとは電話は切れた。
八尺神社。
鏡夜の街から一駅程離れた場所にある神社だ。

悪霊がいると分かってそこに行く。
普通ならば絶対に避けて通る道に今から自分は真正面から突っ込んでいくのだ。

気は重いが、やるしかないのだ。


(5)
既に外はすっかりと闇を帯びている。
自転車を漕ぎ回し、目的に近付いていく。
街並みを外れ、徐々に鬱蒼とした木々が左右に広がっていく。
そしてやがてその木々の間に小さな石段が見える。

自転車を止め、石段に足をかける。
人一人通るのがやっとの狭い階段をこつこつと上がっていく。
階段を登りきり、目の前には真っ赤な鳥居がそびえ立っていた。

神社という神聖な場は、夜の闇によって魔界にも思える程の禍々しい雰囲気を湛えていた。
そして鳥居の先に岬が立っているのが確認出来た。

「よう。遅いから怖気づいたかと思ったぜ。」

「そんな訳ないだろ。」

強がっては見たものの、正直怖くないわけがなかった。
幽霊に見慣れているといっても、涼音のような美少女であってこの前会ったようなもろに見た目からして悪霊といった輩に耐性があるわけではない。
帰れるものなら今すぐにでも帰りたいのが本心だった。

「ここにいるのか?悪霊。」

「そうだ。ここの神主からの依頼でな。性質の悪いヤツがのさばってるらしい。」

「どんなヤツがいるの?」

「何でも、でかい女が出るらしい。そいつの姿を見た奴らがこぞって数日後に意識不明。原因は医者にも分からない。」

「そんな危険なヤツを僕に退治させるのか!?」

「大丈夫だ。まずくなったらちゃんとフォローする。」

にやつきながらそう口にするこの男を果たして本当に信用してよいものか少し心配になる。

「素質があるって言っても実際どうやっていいか良く分からないよ。」

「あんまり深く考える必要はない。目の前に脅威が現れたら人は本能でそれを排除しようとするもんだ。そいつが現れたらお前はとにかくそいつをぶっ倒す事だけ考えればいい。自分の力を利用するのに、理屈なんていらねえ。」

「なんていい加減なアドバイスなんだ…。」

「そう不安がるな。ほら、これやるよ。」

そう言って岬が手渡してきたのは、難しい漢字が羅列された一枚の長方形の白い紙。
鏡夜にも見覚えのあるものだった。

「これ、前にも君が使ってたやつだよね。」

「俺の念が込めてある。決める時はこいつを直接ぶち込んでやればいい。」

渡された札をポケットにしまう。
もっと詳しいレクチャーを施してくれるものだと思っていただけに、鏡夜の不安は深まる一方だった。
相手の存在についてもでかい、女、危険という情報しかない。

「それで、今そいつここにいるの?」

「いねえみたいだな。っていうかお前も見える人間なんだからいたらすぐ分かるよ。」

悪霊の登場をそわそわしながら鏡夜は待っていた。
岬は落ち着き払い本殿の高床の部分に腰をかけ、足をぷらぷらと投げ出している。
彼にとっては当たり前の日常なのだろう。えらく呑気に構えている。

その後何をするでもなくしばらく時間が過ぎたが、特に変化はなかった。

しびれを切らしたかの岬がぴょんと本殿から降り、参拝をするかの如く両手をぱんぱんと鳴らし、そして合掌をしたまま早口にお経のようなよく分からない何かをぶつぶつと呟きだした。
何をやっているのか聞きたかったが、神社において経を唱える岬の姿は普段のちゃらけた様子はなく、気迫漂う本業としての彼の姿に息を飲むばかりであった。

「よし。」

経を唱え終えたようだ。
鏡夜はようやく疑問を口にする事にした。

「何してたの?」

「出てこないから、今呼び寄せた。」

「え!?」

「ほら、だんだんこっちに来てる。」

「え、ちょちょ来てるって…。」

まさか辛抱たまらず自分で呼び寄せているとは思わなかった。
急に来ると言われてもこちらも心構えが間に合わない。

「そら、来るぞ。」

世界から音が消失した。
そう思える程、空気が一瞬にして変わった。
先程までそよいでいた木々達は静まり、空気までもが凍りついたような静けさ。

何か起きる。
しかも、とても不吉な何かが。

途端、本殿の方からギシッと木の軋む音がつんざく。
鏡夜は反射的音の方に振り向く。

「あれが…。」

凶悪な悪霊の姿が鏡夜の目に映る。
鏡夜よりも前方にいる岬も既にその姿を捉えているようだ。

「やっとおでましか。」

悪霊の姿は非常にシンプルかつ異様なものであった。
腰まで伸びた長い黒髪、死に装束のような白い衣服は遥か昔から語り継がれ現代において多くの人間が最もイメージしやすい怖さを体現した幽霊そのものだった。

しかし、特徴的だったのは最初の情報通りのその大きさだ。
ゆうに2m以上は超えているだろう。
そして何より悍ましさを増幅させたのは、ヤツの両腕だ。

異様なまでに長いのだ。
指先は膝下までに達していた。
一体何の為にここまでの長さを得たのか。

こいつを僕が倒さないといけないって…?

「む、無理だ!こんなの!」

叫んだつもりのその声は、情けない程に震えきっていた。
岬は鏡夜の方に振り向く。

「そんなんじゃ涼音ちゃん、一生成仏出来ないぜ。」

「そんな事言ったって…。」

「お前が相手にしようとしてんのは凶悪な殺人鬼の悪霊だ。これでびびってるようじゃ話にならないな。」

「まじかよ…。」

そうやってたじろいでる間にヤツはじりじりとこちらに近付いてくる。
距離にして10m程か。
この距離が近いのか、遠いのか。

刹那、奴の右腕が少し持ち上がったと同時に凄まじいスピードでその腕が鏡夜めがけて伸びてくる。

「うわっ!?」

鏡夜の眼前に迫った腕を寸での所で屈んで避ける。
危なかった。

「あれ?」

奴の姿が消えている。
じとっと、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「おい、後ろだ!」

岬の怒号が響く。
言われずとも分かっている。
それが能力を持つ者が故か、人間の危機的信号によるものなのか。
自分の背後で絶対的な悪が見下ろしている事を。

振り向きたくない。
見たらやられる。
いや、見なくても結局やられるのか。

「あーもう!!」

もうやけくそだ。
今日は目を閉じながら勢いよく後方にいるであろう存在に向かって自分の拳を振り上げた。
こんな風に誰かを殴ろうとした事なんてなかった。
そのせいでいまいち力の入れ具合が分からない。
傍から見ればかなり不格好なものだろう。
だがそんな事に構ってられるか。
やらなければ、やられるのはこっちだ。

「ああー!!」

思いっきり拳を振りぬく。
普通ならただ空を切るだけの手が、確かな感触を捉える。
人に触れた感触ではない。
布きれに沈み込んでいくようなふわっとした感触。

瞼を開き、効果の程を確認する。
目の前になびく白い衣服。
ちょうど奴の腹部の中心から右脇腹にかけて今まであった肉体(霊体?)が消失し、空洞となっていた。

いける!
そう思い追撃をかけようとした瞬間、

「駄目だ!一旦退け!」

再び岬の声が後ろから聞こえてくる。
一瞬、何故という思いがよぎるが、すぐにその意味を理解する。
奴に空けた空洞が、みるみるうちに塞がっているのだ。
効いていなかったのか?
鏡夜は目の前の脅威を見上げる。

やつの表情はひどく穏やかなものだった。
その目からは慈愛とも思える程の優しさすら感じる。
なんだ、この感覚。
ついさっきまで、恐怖に怯えていたはずなのに。
まるで全てを包み込むような柔らかさは。

急に鏡夜の肩を強い力が掴む。

「馬鹿、目見るな!!取り込まれるぞ!!」

その声と共にそのまま後ろへと思いっきり引っ張られる。
途端に自分を包む空気がひんやりとした外気へと戻る。

ぱんっ。
鏡夜の頬を強烈な衝撃を受けとめる。

「おい、しっかりしろ!」

それが岬の平手打ちという事にしばらくして気が付いた。

「何が…起きたんだ…?」

「あれが奴のやり口だ。目を見るだけで対象の存在をどうとでも出来ちまう。いわばメデューサの目だ。悪い、少しばかり敵を見誤った。」

そう言いながら岬は札を数枚取り出し、口元につける。
念を込めるという動作なのだろうか。

「お前の一撃は効いていない訳じゃない。ただまだ念が弱い。渡した札を使え。そして奴を倒すと強く念じろ。」

「そんな感情論でどうにかなるのか!?」

「なる。奴がここに存在するのも理由が分からねえが強い思念があるからだ。その思念を打ち破るにはこっちも相応の思念を持ってぶつける。形は違えど、俺達が存在するのも強い想いに結び付けられているからだ。」

そういうものなのか。
理屈じゃないって事か。

「でも怖いよ…近づける気がしない。」

「しゃきっとしろ。大丈夫だ。俺が近づけるようにフォローしてやる。」

ぽんぽんと今度は優しく肩を叩く。
叩かれた頬のじんとした痛みに自分の手を添える。
やらなきゃ。涼音を助けると決めたんだろ。

「…分かった。どうしたらいい?」

岬はよしきたとばかりに口元を緩める。

「いいか。俺が合図したら、お前はあいつに走り寄って札を握りしめて、思いっきり殴れ。」

「それだけ?」

「それだけだ。」

改めて奴に視線を向ける。
何事もなかったかのように奴の体は元に戻っている。
そして、先程感じたあの聖母のような優しさはもはや微塵もなく、黒髪から覗く奴の瞳には怨念で満たされていた。

「えらくご機嫌斜めだ。思ったよりお前のパンチ効いてたみてえだな。」

岬が手にした札を構える。

「走る準備しとけ。いくぞ。」

そして、フリスビーを投げるように岬の手から札が散弾する。
強襲する札は青白い炎を身にまとい奴に直進していく。
奴の体に何枚もの札が炸裂する。

「もういっちょ。」

更に岬の手から札が突進する。
その一手が、奴のちょうど目元にべったりと貼りつく。

「いいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

今まで聞いたことのない地をも揺るがすようなけたたましい悲鳴が轟く。

「今だ!!」

奴の目が塞がれている。
今ならいける。

「了解!」

地面を蹴り上げ、一気に速度を上げる。
札を全身に受けたダメージもあるのか、奴は苦しそうにもがき続けている。

奴との距離が縮まっていく。
鏡夜は札を握った拳を更に強く握りしめる。
握った拳の間から眩い光が溢れはじめた。
ここでお前を消し去る。
覚悟も決まった。

「うああああああ!!」

駆けるスピードそのままに、右拳に勢いを乗せる。
大きく振りかぶり、そのまま体当たりするかの勢いで拳を振り下ろす。
拳から放たれる光が鏡夜の気持ちに応えるかのように更に輝きを増していく。

「消えろおおお!!」

弧を描いて打ち下ろした拳が奴のみぞおち部分に深々と突き刺さった。
闇雲に振るった先のパンチとは違い弾力性の強い感触が右腕から伝い全身へと振動していく。

「あごああああああああああああおおああ!!」

絶命の叫び。
そして次の瞬間、放った拳から爆発するかの如く光が散乱し、周囲は閃光で埋め尽くされる。

闇から明へと世界の色が変わる。
やがて光は弱まり、明から闇へ。そして闇は平穏とした静かな夜へと落ち着きを取り戻していく。

「…倒した、のか。」

ほんの僅かな時間の戦いだったかもしれない。
しかし鏡夜の肩はぜえぜえと吐き出される荒い呼吸に合わせてせわしなく上下を繰り返していた。

「一応はな。」

岬が鏡夜の横に並ぶ。しかし、その顔はあまり優れているものではなかった。

「一応って?」

「退けたって感じだな。あれは、一種の神的なもんだ。」

「神って、神様!?そんなのを相手にしてたのか?っていうかそんなの倒して大丈夫なの!?」

神という言葉に途端に恐怖が蘇る。悪霊であれば成敗した所で何の罪悪感もないし、善い行いをしたと自分の中で整理もつけられる。
しかし神となれば別だ。人がすがり、許しや願いを乞う絶対的な存在だ。
そんな物に触れるだけならまだしも、鏡夜はそれを退けた。

神に背いた。
今後自分の身は大丈夫なのだろうか。
後味の悪いどんよりとした想いが腹の底に重くのしかかる。

鏡夜の考えを悟ったのだろう。岬は表情を緩めた。

「心配すんな。神と一口に言ってもいろんなタイプがいるんだ。強い弱い、良い悪い。そしてそういったものに伴って、序列といった組織的配置。普通の神仏の類はちゃんとした系列の中で神としてあるべき勤めを果たしている。でもこいつは、悪霊がそのまま成り上がって神的力を身につけた、いわば神もどきだ。本当の神じゃない。」

「ただの悪霊じゃなく、強烈に性質の悪い悪霊って事?」

「そんなとこだ。だが、ここまでの力を持つとは相当だな。それにしても、すっきりしねえな。」

「あいつはまだ消えてないって事だよね。倒せないって事なの?」

「あの様子だと普通には倒せないだろうな。方法はあるはずだが、何にしても妙だ。前にあったガキの悪霊と同じもんを感じる。」

「え?でも、あの霊は倒せたじゃないか。」

「あいつはちゃんと消滅出来ている。そういう事じゃないんだ。あのガキにも今回の女もどこか自分の想いが足りてねえ気がするんだよな。」

鏡夜には岬の言っている意味がよく分からなかった。
あの二体の悪霊。
そこには何か共通点があるようだが、それが何なのかは鏡夜にはさっぱりだった。

「まあいい。それより。」

岬は右手を鏡夜の前に差し出した。

「お疲れ。よくやった。」

とりあえずは、合格なのかな。
鏡夜も岬にならい手を伸ばし、その手を握る。
岬の握り返した力強い拳は少し痛かったが、それが自分の戦いぶりを褒めてくれているようで少し嬉しかった。

「いや、岬君がいなきゃどうなっていたか。僕の力だけじゃとても。」

「正式な初戦としては、少し酷だったな。悪かったよ。」

恐怖は一旦去った。
そしてこれで僕はまた、涼音の為の一歩を踏み出せた。

「約束通り、お前に協力する。」

「ありがとう。頑張った甲斐があったよ。」

「まあ、ある程度もう調べてはいるんだがな。」

「え、そうなの!?」

思わず大きな声を出してしまい、岬が指を耳に突っ込みながら顔をしかめた。

「まだちゃんとは分かってない。もう少し待ってくれ。」

まさか岬がもう既に行動を起こしてくれていたとは。
やっぱりこいつ、良い奴なんだな。

「じゃあな。また連絡する。」

まるで遊び終わった友達と別れるかのような軽い挨拶を済まして岬はすでに石段に足をかけていた。
しかし、その動きを一旦静止する。

「お前さ。」

背中を向けたまま、岬は静かに呟く。

「何?」

体はそのままに、首だけをこちらに向ける。
相変わらず鬱陶しい前髪のおかげで表情がよく見えない。
しかし彼の表情は真剣なものだった。
何を言われるかのかと鏡夜は少し身構えた。
じっと岬の表情を注視する。
彼の口元がいつもの意地悪そうなにやけた形に変わる。

「全部終わったら、俺の下で働くか?」

「絶っっっっっっっ対やだ!!」

鏡夜の本音に岬はぷっと吹き出し、やがて耐え切れなくなり腹をかかえて笑い始めた。
こんなに豪快に笑ったりもするのかと最初は驚いたが、すぐに鏡夜にも笑いは伝染し、気付けば二人して大声で笑い合った。

さっきまでの恐怖は吹き飛んだ。
鏡夜に残っていた恐怖の感覚をやわらげてやろうという、岬なりの冗談だったのかもしれない。

それよりも、久しぶりに人間の友達が出来た気がして鏡夜は嬉しかった。
幽霊の友達の次は、悪霊退治の友達か。
人生、本当に何があるか分からないな。

暗闇の神社の中で、場にそぐわない大きな笑い声はしばらくの間止まる事はなかった。

五章 仇討

(1)
図書館の幽霊少女、悪霊払いの少年、禍々しい悪霊達。
鏡夜の日常は、おおよそ普通の高校生ではありえない者達に囲われている。
私霊感があるんだ、なんて霊感持ちぶっているような輩が必ず学校に一人はいる者だが、紛れもなく自分は本物に属してしまっている。
そして、もはやそれがごくありふれたものとして日常に溶け込んでいる。

そこにあるべきものが、当たり前にそこにあるからこそ日常は日常として存在し得る。
それ故にその当たり前が崩れた際、人はひどく脆い存在にあっという間に変容してしまう。
鏡夜は今まさに、その状態にあった。

図書館に通う毎日は変わらない。
でもそこに、涼音の姿はない。

あの日、何の音沙汰もなく唐突に彼女は消えた。
あの時もっと疑問に思うべきだったのだ。
彼女が何も言わず消えるなんて、やはりおかしいのだ。

彼女が姿を消してから既に3日程経過していた。
何があったというのか。
こうやって毎日窓から外を眺めていた所で答えなど出ない。
でもこうしていればふと浮遊した涼音が現れて、久しぶりなんて声をかけてくれる。
そんな想像が頭の中を何度も行き交う。
しかしその光景が頭の外に出る事はない。

せっかく涼音の為にと思って動いているのに当の涼音がいない。
だからと言ってそれを止めるつもりはもちろんないのだが。

それから一週間が経過しても、状況は何も変わらなかった。
すっぽり胸に穴が開いたような寂しさ。

鏡夜は座り慣れたいつもの席にいつもの本を手に腰かける。
“静かな雨は図書室で”。
ここにきて鏡夜は改めて本のタイトルを知った。
藍色がかった表紙に降り注ぐ雨。
真ん中にうつ伏せのように表紙側を表に開かれ無造作に地面に置かれ雨にぬれる一冊の本。
ページをぱらりとめくっていく。

中身を読もうとは特に思わなかった。というか涼音の事で頭が一杯で、きっと読もうと思っても内容なんて頭に入ってこないだろう。
それでも指をページにかける。
その時、ページの間に一枚の白い小さな紙が挟まっている事に気が付いた。

しおりかと思ったが、学校図書の本にわざわざそんなものは用意されていないだろうし、もともと本にはしおりひもが付いている。
それに、紙の形状が正方形だ。そんなしおりはないだろう。
よく見ればうっすらと何か文字が書かれていた。

鏡夜はそれを手に取り、内容を確認する。

「え?」

これは。
自分の鼓動が速くなるのを感じる。
意味は理解出来ない。
しかし、これが誰でもなく、自分に宛てられたものだという事だけは確かだった。

“ごめんね。しばらく会えない。”

名前の記載なんてない。
彼女の字を見たことだってない。
この本だって、自分以外の者が手に取る事もあるだろう。
でも、数ある中でわざわざこの本にこんなメモを挟む存在なんて。

一体いつからこの紙はここにあったのだろうか。
何故もっと早く気付けなかったのだろうか。
きっと消えたあの日にこれを入れたんだろう。
無駄に時間を過ごしてしまった自分を憎く思った。

「くそっ…。」

明らかに彼女の身に何かが起きている。
すぐに連絡を取りたい。
でも彼女が死人の為、もちろん現代的な方法はとれない。
自分に出来る事。
彼女に教えてもらった、幽霊との会話手段。
届け。
普段涼音と話す時の何倍も気持ちを練り込み、彼女に話しかける。

「…だめか。」

念だけではどうにも出来ないのだろうか。
念を投げかける存在自体が自分で認識出来ないと意味を成さないのか。

なんて、無力なんだ。

しばらく呆然としていたが、ここに居ても仕方がないと思い鏡夜は席を立った。
落ち込んでいる自分の姿を見て、神門が怪訝な顔をしていたが説明する気にもなれなかった。


「どうした?好きな子にでも振られたのか。」

雷夜はいつもの陽気な調子で話しかける。
父親であれば、息子がひどく落ち込んでいるのはすぐに気付くものだろう。
そしてそれに対してどう接するべきかというのを多少は悩みながら声をかけるものだと思う。

しかし雷夜はそんなのおかまいなしだ。
でも、気を遣わないそんな態度の方が逆に鏡夜にとっても気が楽だった。

「そうだったらまだ良かったよ。」

「なんだ、お前まさか修羅場にでも巻き込まれんてのか?お前もやるようになったなー。」

「違うよ。なんていうか…まあ説明が難しいんだけどさ。とにかく、複雑なんだよ。」

「悩めよ少年。しっかり悩め。そうやって脳をどれだけ回転させたかが人生の行く末を決めるからな。」

悩むか。
最近ずっと悩みっぱなしだよ父さん。
でも、どうなっていくのか、ちゃんと彼女を救えるのか不安になってきたよ。

消えてしまった涼音。
仮に、彼女が成仏して現世を去ったのならまだ喜べるだろう。
だがおそらくそうではない。

一体どこに行ってしまったんだ。

そんなもやもやとした悩みを抱えたままじっとしている事は出来ず、気付けば鏡夜は夜へと足を踏み出していた。

どうするか。こんな時に頼れるのは岬だ。
また悪霊退治に駆り出される可能性はあるが、一体浄化するだけで涼音の足取りを掴めるのであれば安いものだ。
しかし彼には別件をお願いしている事もあり少々それは気が引ける。

彼に頼んでいる件についてもどうなっているのだろうか。
そちらも気にはなるのだが。

様々な事が頭を巡っている時、視界の先に何かがいる事に気付いた。
距離がある為ぼんやりとはしているが、人がいる。
道路の十字路のちょうど真ん中あたりに人が立っている。
しかし何かが通常と異なっている。
そしてその違和感の正体に気付く。

高さだ。

普通に地面に足をついていればもっと低い位置にいるはずなのに、その存在は遠く離れた距離から見ても立っているとは思えない状態にある。

浮いている?
それはつまり、そういう事なのだろうか。

浮遊した幽体らしきものにどんどん歩みを進めていく。
徐々に輪郭がはっきりしていく中で、鏡夜ははっとした。

まずはっきりしたのがやはりそれは生きた人間ではないという事。
完全に足が地上から離れている。
まさかしてこんな夜中に道の真ん中で手品を披露しているわけでもあるまい。
それに直観的にもその存在は幽霊のものだ。

そして、その幽霊が女性だという事。
加えて、その女性は制服を着ていたのだ。

「涼音…?」

思わずそんな言葉が漏れる。
彼女なのか。期待が急激に自分の中で高まる。

距離が30m程にまで来ただろうか。
途端に女性は浮遊したまま左に急速にスライドしていった。
あっと思った時には、彼女の姿は曲がり角から消えてしまう。

十字路へと駆け寄り彼女が消えた方向に目を向ける。
すると遠くの方に、最初見た時と同じようにぼんやりと存在が確認出来た。

小走りで再度彼女に近付く。
しかし今度もまたある程度の距離にまで来ると彼女はしゅんっと凄まじいスピードで消えてしまう。
そして遠い視界の先で鏡夜を待つようにじっと浮かんでいた。

どういうつもりだ。
まるで鏡夜を導くように移動する彼女の意図がまるで分からない。
その後も彼女との追い駆けっこは続いた。
しかし途中で彼女が向かう先がどこなのか、鏡夜は気付いた。
学校の方向に進んでいる。
やはり涼音なのか。
そして鏡夜の予想通り、段々と校舎が姿を現してきた。

校門をくぐり抜け、グラウンドの真ん中に立つ彼女に近寄る。
そのまま彼女は校内へと消えていく。
導かれるままに鏡夜もその後に従う。

しんとした校内。
夜の学校。
日中は多くの生徒で賑わい活気溢れる場所だが、それに慣れている為余計に誰もいない静まり返った校内は静寂を際立たせ恐怖感すら煽る程沈んだ空気が流れている。
学校の怪談等、嘘か本当か分からないような恐怖話が生みだされ流布していくには十分すぎるほどの雰囲気がる。

彼女の姿を捜し周囲を確認する。
この追走はどこまで続くのだろう。
だがゴールは近いはずだ。
遠くに映る彼女は階上へと進んでいった。

学校の時点で期待は鏡夜の中にあった。
おそらく彼女は3階へと進んだのではないかと。
進んでいった彼女は鏡夜の期待通り、ある部屋の前で止まっていた。
そして鏡夜が付いてきた事を確認したのか、そのまま部屋の中へとすーっと扉をすり抜け入っていった。
やはり。
慣れ親しんだいつもの部屋へと鏡夜はゆっくりと近づいていく。

がんっ。

その時、図書室の方から物音が聞こえた気がした。
なんだ?
そう思っていると更に

がんっ。ごんっ。

と何か物と物が衝突するかのような激しい物音が聞こえる。
荒々しい物音はまるで争っているかとも思える程大きなものだった。

おそるおそる扉の小窓から中の様子を確認する。
暗くてはっきりと確認出来ない。
しかし、人影らしきものがせわしなく動いているように見えた。

入っても大丈夫なのか。
何らかの巻き添えをくらう可能性は高い。
そう思い、とりあえず頭だけ部屋の中にいれる事にした。

静かに静かに扉を開き、僅かな隙間に頭を差し込む。
鳴り響く物音は直に聞くと思いの外強烈なものだった。
首を回し、中の存在を確認する。相変わらずの暗闇ではあったが、次第に瞳がそれに慣れ始めていた。

鏡夜はそこに二つの存在を確認した。

激しく動き回るものが一体。
こちらはしっかりとした人型をしており、自らの目の前にいる何かに対して仕切りに振り払うかのような動作を繰り返しては後退を繰り返している。
どうやら人間のようだ。

しかしもう一体の存在が把握出来ない。
いや、把握というよりもどう形容していいのか分からないという方が正しいか。
それを見たまま表現するとすれば、雑に円形に切り取られた球体の闇と言ったところか。
その闇が室内を飛び回り、あるいは消失したかと思えば違う場所に唐突に現れたり。
これは、先程の女が姿を変えたもの、もしくは真の姿なのか。
何にしてもそこから放たれる重苦しい気配からは決してよい存在ではない事は確かだ。

どうするか。
自分も未熟ながら力を持つものだ。
一応岬からもらった札も持っている。
今目の前で戦っているもう一人の存在が何者かも分からないがここは加担すべきか。
もしやその為にあの女はここへ導いたのか?

「おい!見てねえで手伝え!」

その時、鏡夜の耳にとても聞き覚えのある声が届いた。

「岬?」

まさか目の前で戦っているのは岬なのか?

「暇してんならとりあえず来いよ!一人でも多い方が助かるんだ!」

やはり岬だ。
そうなれば、迷う必要などどこにもない。

「わかった!」

がらっと勢いよく扉を開け、岬の元に走り寄る。
目の前には先程の球体の闇がふわふわと浮いている。
近くで見ると直径3mはあるだろうか。思っている以上に大きく感じられた。

「こいつ、なんなの?」

「お前が求めているもんだよ。」

その言葉に鏡夜の心臓がどくんと強く波打った。

「って事は、こいつが…?」

この訳の分からない闇が、涼音の仇。
涼音の平穏を奪ったもの。

今まで見てきたような、もっと人を模したものを想像していただけにどうにも上手く自分の中で認識が出来ない。

「これももともとは人で、しかもこれが布施なのか!?」

「おそらくな。妙な気が集中してるからもしやと思って辿ってきたらこいつがいた。どっちにしろ、払わねえとな。」

岬の手から無数の札が飛んでいく。
炎をまとった札が次々に闇の球体と化した布施に突き刺さっていく。

しかし、札はそのままずぶずぶと球体の中に取り込まれ何事もなかったかのように布施はその場に浮遊していた。

「きいてないのか?」

「さっきから色々やってみてはいるんだが、ことごとくこの有様だ。こいつ只者じゃねえぞ。さすがは元凶悪犯ってとこか。」

にやりと口元をゆるませるが、心なしかその笑みはいつもと比べ余裕がないように見えた。

「クク。ムダムダ。ドンナモノカ見テヤロウカト思ッテ来テミタガ、コンナモノカ。」

ふいに布施と思われる闇から言葉が吐き出されてきた。
おどろおどろしい低音は聞いているだけでも身の危険を感じさせる圧迫感がある。

「お前、布施なのか?」

闇は答えない。

「通り魔殺人で何人もの人間を殺した、布施引也!そうじゃないのか!?」

「ヒヒ。ダッタラナンダ?」

こいつが。
こいつが涼音を。

全身の血液が沸騰していく。
頭に血が上る感覚なんて今まで味わった事はなかったが、一瞬で頭の中が熱くなっていくのを感じた。

「お前が!」

「待て!不用意に近づくな!」

岬の制止も効かず、鏡夜は目の前の闇に突っ込んでいった。
意識はなかったが右手には既に札をしっかりと握り込んでいた。
こいつを倒さなければ。そんな強い想いが自然とその手段を本能的に選んでいた。
猛然と拳を振るう。
今までとは比べ物にならない念を練り込んだ拳。
これで仕留める。
真っ直ぐに拳を打ち放つ。

しかし放った腕に伝わる感触に手応えはなく、それどころか。

「うわっ!?なんだ!?」

自分の腕がゆっくりと沼に沈んでいくように飲み込まれていくのだ。
腕を引き抜こうとするも全く微動だにせず、どんどんと引っ張り込まれていく。

自分の腰に岬の両腕が絡まり、後方へと引っ張ろうとする。

「だから言っただろうが!」

しかし、それでも鏡夜の体は止まらない。
もう肘の先まで飲み込まれてしまっている。

「やめろ布施…!」

ゆっくりと命が終わっていく。
そんな絶望感に埋め尽くされ、先程までの怒りなんて既に消え失せていた。
終わる。
終わってしまう。

「クヒヒヒヒヒ!!」

布施の不気味な声が耳につく。

片腕は完全に見えなくなってしまっている。
このままでは本当に…。

「くそっ!!」

「ハハハハハハー!!」

嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ!

「あっ。」

次の瞬間、地面から足が離れた。
抗う事も出来ぬまま強烈な吸引力にそのまま引き込まれる。

そして図書室には誰もいなくなった。



(2)
見渡す限りの闇。
前も、後ろも、右も、左も、下も、上も。
どこを向いても変わらぬ黒、黒、黒。
足を動かしてみても、地面の感触がない。
自分が歩いているのかどうかも分からない。
今自分は寝ているのか立っているのか姿勢すら把握出来ない。
目を閉じても開けても同じ光景。
自分の心音も聞こえぬ無音世界。

僕は、死んだのか。

やつに飲み込まれて、ここに来たのか。
それともそのせいで死んでしまい、死後の世界にまで連れてこられたのか。

感情をあっという間に恐怖が支配していく。
何てことだ。死んでなお恐怖を感じないといけないなんて。
死後の世界は天国と地獄に分かれている。
自分が地獄に落ちるような悪行を働いた覚えなんてない。
問題なく天国に昇って、平穏な世界に身を置くんだろうと漠然と思っていたのにこんな救いのない世界に放り込まれるとは。

「おーい!」

そう助けの叫びを発するものの、音のない世界において自分という存在も例外ではなく自らが放ったはずの言葉も自分の耳に届かず、ちゃんと声を発する事が出来たかという自信すら一瞬で奪われていく。

「嘘だろ…。」

本当に、死んでしまったというのか。
こんな闇の牢獄に永久に閉じ込められるというのか。
どうすれば。
ここを脱する事は出来ないのか。

ふとその時、何か一瞬ほんの僅かな光が遠い先で走ったように感じた。
なんだと思い、視線をこらす。
しかし、相変わらずそこには闇が広がっているばかりだ。
気のせいか、闇を拒絶し始めた脳が見せた幻覚的なものかと思った。
だが、再びその光を捉えた。
遠く彼方、小さな点程の光。
だが、その光は消える事なくその場に留まっている。
もしかするとここを脱する事が出来るかもしれない。
そう思うと僅かなその光が大いなる希望に感じられ全力で光の元に疾走する。
感覚がないためちゃんと走れているかどうか分からない。
ともかく必死だった。

しかし一向に光との距離は縮まらない。
絶望的なまでに距離が離れているのか、それとも光自体も移動しているのか。
見つけた希望に翻弄され、鏡夜の心は苛立った。
しばらく光を追いかけ続けたが、やはり結果は変わらない。

「なんでだ…。」

苛立ちながらも走り続けていると、急に光がぐっと自分に近寄ってきた。

「わっ!?」

先程まで彼方にあった光が鏡夜の目前まで迫る。
いや、違う。
闇によって視界を奪われたも等しい状況で鏡夜はその光を目で捉えていると感じていたが、これは見えているのではない。
こいつは、自分の頭の中にいるんだ。
鏡夜は足を止め、脳内に現れた光を凝視した。

丸く淡い光を放つ様子は満月に似ていた。
すると光の真ん中にすーっと横一文字に切れ込みが入っていった。
線が円の端まで辿り着いた。
その直後、切れ込みからどろどろとおびただしい赤黒い液体が流れ始めた。
あまりの気持ち悪さに思わず口元を抑えた。
しかし視線を外す事は出来ない。目を閉じた所でこのグロテスクな光景を消し去る事が出来ない。
そしてゆっくりと切れ込みから皮がめくれていくように上下にぐにゅっと光の表面が開き始めた。
表面がべろりと剥けたそこには血走った巨大な目玉が現れていた。
異様な光景に困惑と恐怖と入り混じる。

「マダ、終ワラナイ。」

脳内に鳴る聞き覚えのない男の声。
だがその言葉は強烈に鏡夜の頭を刺激する。
猛スピードで自分の記憶を乱暴にまさぐる。

“まだ、終わらない。”

「布施か。」

やはり布施なのだ。
禍々しい闇をまとい、人間としての原型はすっかり失われているが、確実にこいつには布施の精神が宿っている。

「マダ、マダ。」

やつの黒目がしっかりと鏡夜を捉えている。

「僕を殺すのか。散々殺してきたってのに。」

こいつは本物の悪だ。
どうしようもない、救いようのない。

それに反応したのか、やつの黒目が潤み始めた。
しかし水槽に入った水の様に外に溢れ出さず、黒目の中が一瞬で液体に満たされていく。
まさか、泣いているのか。

黒目の中に自分の姿が映っている。
しかし次の瞬間その姿が霧のように消え去った。
えっと思った時には、そこに自分とは違う別の姿が描き出されていた。

黒いパーカーにジーンズ、汚れたスポーツシューズ。
記事で見た一人の青年の顔が頭に浮かぶ。
そこにいたのは人間の布施だった。

彼は静かにゆったりとした動きで自分の左腕を前方に持ち上げた。

「そんな…まさか…。」

鏡夜は気付いてしまった。
彼がただの凶悪な殺人犯という存在ではない事に。

「またな。」

彼はぽつりとそう言った。
穏やかな優しい声で。

そこで鏡夜の意識はぽつりと途切れた。



(3)
目を開けると、暗がりの中に白っぽい天井が見えた。
所々に備え付けられた電灯はどれ一つとして点けられていない。

「お、起きたか。」

聞き馴染んだ岬の声が頭上から聞こえる。
どうやら自分は仰向けに寝そべっているようだった。

「僕、生きてるの?」

「ああ、安心しろ。お前はしっかり生きてるよ。」

むくっと体を起こす。
そうだと思い出し、慌てて自分の右腕を確認する。
良かった。ちゃんと右腕も無事だ。

「あいつは?」

「お前を吐き出した直後に消えたよ。」

「そっか…。でもあいつが布施って事は間違いないみたいだね。」

「ああ。一瞬だけだがわざわざ人の姿に戻ってくれたよ。一体どういうつもりだか。」

「どうでもいいさ。」

あいつが布施引也という事が分かっただけでも十分だった。
運命というものなど信じたことも意識した事もない。
だが、そういった見えない絶対的な鎖に、どこかしらで繋がれているのかもしれない。
そう感じずにはいられなかった。

「倒すよ、絶対。」

目的が増えた。
僕は、必ずあいつを倒さないといけない。

岬はポケットに手を突っ込みながら不思議そうに首を傾げていた。

「なんだか知らねえけど、えらくやる気に溢れてるじゃねえか。」

「もともとやる気満々だよ。」

「ははっ、そうだったか。」

「助けてくれてありがとう。加勢するつもりだったのに、すっかり足引っ張っちゃって。」

「いいさ。気にすんな。生きてるだけで十分。」

「そうだね。」

きっと最後まで迷惑かけるんだろうな。
そう思うと思わず苦笑が漏れた。


「おうおう、とうとう夜遊びでも覚えたか?」

玄関の扉を開けると雷夜が顔を覗かした。
家に戻った頃には夜の11時を過ぎていた。
確かにここまで遅い時間に帰宅してきたのは初めてかもしれない。

「ごめん。ちょっと友達と会ってて。」

そう言うと、雷夜は少し驚いたような顔をしたがすぐに満面の笑みに変わった。

「謝るこたねえよ。第一ウチに門限なんてねえし。まあてめえが女だったら俺も穏やかじゃねえがな。」

そうは言いながらも心配だったのだろう。
この時間、雷夜は晩酌をしている事が多い。
酒には強いらしいが、すぐに赤ら顔になってしまうのが特徴的だった。
でも、今日の雷夜の顔にはアルコールによる顔の紅潮が見られない。
何かあったらすぐに駆けつけられるようにと思って飲まなかったのだろう。

「ごめん。今度からは遅くなりそうな時はちゃんと連絡するよ。」

鏡夜は申し訳なくなり、もう一度だけ謝った。
調子が狂ったのか、頭をぽりぽりとかきながら何とも言えない表情で、

「おう、まあそうしてくれりゃ助かるが。」

とだけ残してリビングへと戻っていった。


湯船に浸かりながら今日の出来事を思い返していた。
まるで導かれるように図書室へと向かい、そこにいたのは布施の悪霊。

そもそもあの女性の霊は何だったのだろう。
結局彼女は涼音ではなかったように思えたのだが、部屋に入ってから布施との攻防のせいですっかり意識の外になってしまっていた。
だが、彼女のおかげで布施と対面する事が出来た。

それにしても、岬も事前に連絡をくれても良かったのに。
自分に依頼された仕事の領分という事もあってなのか、相手が一筋縄ではいかないと感じわざと声をかけなかったのか。

果たして僕はあいつを倒せるのだろうか。
僕も岬も今日の戦いで有効打は一つも与えられなかった気がする。
それどころか、完全なる敗北だ。
岬の言う通り、生きているだけまだましなぐらいだ。

そして、最後に見せた人としての布施の姿。
どこにでもいる、平凡な青年。
あんな凶悪な事件を起こすような人物には見えなかった。
しかし、人は見かけによらず。
実際にテレビでも犯人を知る人物にインタビューをする中で、そんな人には見えなかったとか、真面目な人物だったとか、はなっから犯人の見た目と事件がリンクするような事の方が少ない印象がある。

やつを消すんだ。完全に。

涼音の為、そして自分自身の為にも。

六章 それぞれの想い

(1)
「なんだかえらく濃厚な時間を過ごしてたんだね。」

この日鏡夜は久しぶりに神門と言葉を交わしていた。
涼音が消えてからというものの、輪をかけていろんな出来事が起きていた。
そのもろもろを神門に一応報告しておいた。
おそらく決着の日は近い。

「大変でした。でも、多分後もうちょっとで全部が終わると思います。」

「そうか。なんだか申し訳ないな。首を突っ込むだけ突っ込んで、あんまり僕って力になれなかったな。」

「そんな事ないですよ。」

神門にはいろいろ話を聞いてもらったり、またアドバイスをもらった。
最近は岬に助けてもらう場面も多かったが、鏡夜の背中をそっと押してくれていた存在だ。
彼にも非常に感謝している。

「しかしどこに行っちゃったんだろうね。」

そうなのだ。
彼女はいまだに行方知れずの状況。
実質的には一週間と少し程しか経っていないのに、もう何か月も会ってないような気がする。

「どこかにはいると思うんですけどね。」

無事でいてくれという願いを死んでしまった人に向けるのは少しおかしいかなと思うが、それ以外の願い方が分からなかった。
必ず会える。
そう強く念を持つ事が何より大事だと思った。


帰宅の最中、岬から着信があった。
いつもの公園にいるとの事だったので、家には戻らずそのまま公園に足を向けた。
公園のブランコにじっと座っている岬の横に同じように鏡夜は腰かけた。

「この前は悪かったな。事前に何の連絡も出来なくてよ。」

岬は開口一番謝罪を口にした。

「いいよ。確証もなかったんでしょ?」

「それもあるが、依頼を実行するのは俺の仕事だ。見つけるまでの作業は俺一人でやるつもりだったからな。」

「根っからの仕事人間だね。」

この男に出会ったのも一つの運命だ。
自分一人では今も路頭に迷って何一つ進展は見出せなかっただろう。

「おかげで僕の依頼内容は達成された。本当にありがとう。」

彼は布施を見つけてくれた。
依頼人と仕事人の関係はここで終了だ。

「仕事は責任持ってこなしてなんぼだからな。」

「ついでで悪いんだけどさ、改めて一つお願いがあるんだ。」

鏡夜の言葉に岬は分かっていると言ったように笑みを浮かべた。

「でもこれは仕事じゃない。友達としてのお願いだ。」

「友達?」

その言葉は予想外だったのだろうか、岬は少し驚いた顔を見せる。

「そう。」

「ははっ。友達か。悪くないな。」

短い時間の中で、本当に様々な出来事を経験した。
思い返せば恐ろしい事だらけだったが、それでも鏡夜にとっては固まっていた心が解きほぐされていく、人の温かみを実感する事が出来たかけがえのない時間でもあった。

「一緒に布施を倒してくれないか。」

岬は何も言わず、左手の親指をぐっと立てた。
有名な溶鉱炉に沈んでいくマシーンの映画のワンシーンを思い出した。
あんなにかっこ良くはなかったし、むしろそれを地でやるのはちょっとださいなとさえ少し思ったが、岬のそんな快い返事はとても頼もしかった。


(2)
その翌日の夜、鏡夜は岬と共に再び夜の学校へと向かっていた。
決着をつけるため。
そう思うと少し体が強張った。
暗がりの中、わずかな街灯と月の明かりで照らされたグラウンドで二人は足を止めた。

体育の授業や、義務的に参加しなければならない行事の機会を除けば、自主的にこのエリアに足を踏み入れる事はほとんどない。

二人がこの場所を決着の場に選んだ理由は単純だ。
この広さなら戦いやすい。
霊体である布施にとっては都合は違うかもしれないが、生身の人間にとってあの図書室は障害物が多すぎる。
自由に動き回る事の出来る空間。
それが必要だった。

「さて、準備はいいかな新人君。」

おどけた調子で岬がそんなふうに口にしたのは、彼も多少緊張しているからなのか。

あっという間だった。
こんな数奇な体験を自分のような平凡な人間が経験する事になるなんて想像できただろうか。
ひょっとしたらまだまだこの先、今回の件が序の口だったなんて思えるほどとんでもない出来事が待ち構えているかもしれない。
出来ればそんな事は起きて欲しくはないと願うけれど。

「…いいよ。」

これも自分の運命だ。
自分が果たすべき役割なんだ。

岬が掌を胸の前で合わせながら読経めいた言葉を連ねはじめる。
八尺神社で見せた動きだ。
僕らはのうのうと待つ気なんてない。

空気が一気にざわつき始める。
来る。
霊感のない人間でも容易に感じ取れるであろう程に淀んでいく空気。
ぞわぞわと鳥肌がたちはじめる。

びしっと大きな、何かが割れるような音が耳に伝わる。
何だと思うと自分の眼前の何もない空間に切り付けられたように一本の亀裂が走っていた。
岬の経を読む声の大きさと勢いが増していく。
それに呼応するかのように、どんどんと亀裂が広がっていく。
岬の額からは汗が筋となって流れ落ちていく。呼び出すだけでも相当な力を使っているようだ。
亀裂はもう蜘蛛の巣のようになり、崩壊まであと僅かという様子だった。

ぱき、ぱきぱきばき。

「やっとか。」

岬はようやく経を止め、ふーっと息をつきながら額の汗をぬぐった。

ばきっ。

一際大きな亀裂音が響く。
そして、亀裂の中心部分が途端何かに吸い込まれ、その部分だけきれいに縁どられた円形状に空洞となった。
空洞の向こう側の景色は見えず、その部分だけどす黒い闇が姿を見せていた。
それをきっかけに、周囲に広がった亀裂が中心の闇に吸い込まれていく。
吸い込まれた亀裂に比例するように、闇が大きく広がり始める。
やがて亀裂だった部分は全て闇へと変わる。

「こんなにでかかったっけ…?」

「場所が広くなったから、あいつも開放的になったんじゃね。」

暢気な事を言ってはいるが、目の前の闇は直径で5,m以上はある。
図書室で見た時の布施とはスケールが違う。

「ともかく、覚悟決めろ。今日で終わりにすんだろ?」

そうだ。臆している場合じゃない。

「うん、もちろん!」

「じゃあ行くぞ。」

岬が腰につけたチェーンを一つ外した。
そしてそれを一振りすると、まるで手品のように鎖は一本の鉄の棒へと変貌した。
バイクのハンドル部分のようなグリップ部分の形状から先に尖っていくように伸びた硬質な鉄塊。十手を現代版に改造したような形状だが長さは日本刀ばりの長身だ。

「キヒヒヒヒヒヒ!!」

布施の不快な笑い声と共に、闇が瞼を開こうしていた。
開かれていく切れ目から充血した目が徐々に姿を現す。

「頼んだよ岬君!」

その掛け声を合図に岬は勢いよく走り出した。手にした鉄棒を地面に這わせながら
布施の脇を走り去っていく。
その様子に疑問を感じたのか布施が後ろを確認しようとする。

「お前の相手はこっちだ!」

鏡夜はあらん限りの声を張り上げた。
布施は開ききった眼をこちらに向ける。

ポケットに両手を突っ込み、大量の札を取り出す。
岬から事前に受け取っていたものだ。

「来い!」

手にした札を布施に次々と投げつける。
岬程の火力はないかもしれないが、鏡夜の手を離れた札はしっかりと青い炎をまとっている。
しかし、そのどれもが布施の体に触れた瞬間に蒸発するかのように消滅していく。

「全く効き目なしか。」

だがとりあえずはそれでいい。
効かない事だって想定済みだ。
布施の後ろで岬が着々と作業を進めているのを確認する。
岬の位置を確認しながら、鏡夜は布施の目をひきつけながら自分の位置をずらしていく。
岬が再びこちらに走ってくるのを目で追い、鏡夜も反対側に走り出す。
いいぞ、こっちのペースだ。

「よし!今度はこっちだ化け物!」

今度は岬が啖呵を切る。
そしてそれは、岬の準備が整ったという合図を意味していた。
後半分。
ここからは鏡夜の作業だ。
頼むよ岬君。

胸のポケットに忍ばせていたウォレットチェーンを取り出す。
こちらも事前に岬から受け取っていたものだ。
チェーンの片方の先を握ったまま、天に掲げる。
そして勢いよく下に振るう。
すると先程までだらっとしていた一本の鎖は、岬が持っているもの同様、立派な鉄塊の棒へと変わる。

地面に棒を下ろし、円を描くように走り出す。
半分は岬が作ってくれている。
自分が書き足すのはもう半分。
岬が書き上げた半円の外周部分に合わせて鏡夜も円を繋げていく。
ちらっと岬の姿を確認し、彼がしっかりと布施を引き付けている事を確認する。
だが急がないと。

円の完成は容易だが、問題はこの後だ。
その際に奴の脇を何度か通らないといけない。
通り過ぎる瞬間は本当に生きた心地がしなかった。
だがこれしか勝機はない。

何度か目の往来。
極度の緊張と休みなく全力疾走を繰り返した事で、鏡夜の心臓はひどく圧迫されていた。
苦しい。体が重くなり、スピードが落ちていく。

「あと、ちょっとだ…!」

ずりずりと引きずる鉄の塊は最初に持った時に比べてずいぶんと重く感じる。
くそ。これなら日頃からもっと運動をしておけばよかった。
そんな後悔を感じながら、鏡夜はようやく最後の線を引き終えた。

「よし…!岬君!」

「オッケー!」

それと同時に二人は急いで円の外に出る。
お膳立てはばっちり。
後は岬の仕上げのみだ。

鏡夜が円の外に出ているのをしっかり確認し、岬は両腕を翼のように大きく横に広げる。

「捕まえたぜ。」

広げた両腕を勢いよく閉じる。
ぱあんっと威勢のいい音が合わさった両掌から鳴り響く。

その瞬間布施のいる地面から紫色の光が天に向かって立ち上った。
円の外にいた鏡夜達に向かって猛烈な突風が吹きすさび、思わず体が飛ばされそうに
なるのを必死でこらえるも、耐え切れずに鏡夜は後ろへと転んでしまう。

「ギッ?!ナンダ!?」

戸惑いを表すかのようにめくれあがった布施の眼球がぎょろぎょろと動き回る。

「案外まぬけだな。俺達が何をしていたか、お前はちゃんとその目で見ておくべきったんだ。自分の真下を見てみな。」

「コ、コレハ…!?」

布施の真下に描いた巨大な円と、真ん中に描かれた六芒星。
やつを捕縛する為に描かれた魔法陣。
これが二人の勝機を掴む為の作戦だった。
布施に気付かれないように陣を描く。
その為に一方がしっかりと引き付け役を行う必要があった。
二人という人数だからこそ出来得る行動だった。

「がっちり捕まえさせてもらうぜ。」

六芒星のそれぞれの頂点から巨大なの鉄鎖が一斉に飛び出し、布施の体に次々と巻き付いていく。
ぎりぎりと体を締め上げていく鎖はさながら大蛇の大群だ。

「ハズセ!!ハズセー!!」

もがき苦しむ布施だが、そう簡単に鎖が外れる様子はなく、それどころかもがけばもがくほどそれに反応して鎖は更に締め付けを強めていく。

「今だ!!今ならやつは無力だ!!ぶち込んでやれ!!」

岬の方に目を向け力強く頷く。
そして再び布施に視線を戻す。

地面を蹴り上げ、猛然と布施に向かって走っていく。
紫のオーラで囲われた魔法陣の中に体をくぐらせ、一目散に布施へと走る。

自分に何故こんな力が備わったのかは分からない。
でもこの力が、涼音を救う。救う事が出来る。
きっと怖かったはずだ。
自分と同じ程の年齢の女の子が、何の罪もなく平穏な日常を生きていた女の子がある日突然、目の前に現れた何者かも分からぬ男に刃物で刺され、その命を奪われる。
彼女だけじゃない。同じ思いをして死んだ人間が何人もいる。
許せるわけがない。
そしてその上、死してなおも殺しに飢え生きている人間を手にかけた。

自分の母を殺したように。

図書室で初めて布施と対峙し、そして飲み込まれた闇の先で出会った彼の姿。
彼が持ち上げた左腕を見た瞬間、鏡夜に衝撃が走った。
彼の手の甲に刻まれた星状につけられた傷跡。
幼き日の記憶に今もなお残る母を押したあの左腕にも同じ傷跡が残っていた。

忘れない。忘れるものか。

涼音の仇。
自分自身の仇。

全ては導かれていたのかもしれない。
この手で布施を本当の意味で葬り去る役目を自分が負う事になったのも、これまた一つの運命だ。

「終わりだ!布施!」

何重にも束ねた札を合わせた拳が布施の眼球にめり込む。
ぐにゅっとした感触が手に伝わる。
手応えありだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアガガガアアアアアアアア!!!!!」

徐々に布施の闇がはがれていき、黒々としたオーラが天に召されていく。
闇が消えていく。
全ての終わり。

剥がれきった闇の中に一人の人間が姿を見せた。
これは前にも一度現れた、布施引也の本来の姿。
まとっていた闇が取り去られたからなのか、その姿には一切の邪気は感じられない。
布施の体が足元から徐々に消失していく。
布施の目が鏡夜をじっと見つめていた。
悲しげな、憂いているような視線。

「君がやっぱりあの時の。」

静かな穏やかな声。

「そうだよ。」

「そうか…。」

布施の体はもう肩口までしか残っていない。

「…すまなかった。」

「え…?」

「君も、彼女も。」

布施の口から最後に放たれた言葉は、鏡夜が全く予想もしていなかったものだった。

「待って!どういう事だよ!なんでお前は…!」

鏡夜の言葉を最後まで待たずして、布施は完全に消滅した。



(3)
「終わったな。」

立ち尽くす鏡夜の元に、岬が歩み寄ってくる。

「うん…。」

ようやく目的を果たせた。
なのに、心のしこりはむしろ肥大してしまう結果となった。

“すまなかった。”

彼は間違いなくそう言ったのだ。
連続通り魔殺人。人間であった時に布施が起こした凶悪極まりない事件。
その事件像から、鏡夜は布施引也という人物がろくでもない人間だと決めてかかっていた。
しかし、実際に見た彼の姿は真逆のものだった。
自分の行いを心底悔いているような。
いや、あれはむしろ…。

「鏡夜。」

ふいに自分を呼ぶ声が聞こえた。
だがそれは、岬のものではない。

この声をしばらく聞いていなかった。
ああ、こんな声だったな。

「涼音!」

視線の先に浮かぶ少女の姿は、まぎれもなく涼音そのものだった。

「あれ…?」

急に視界がぼやけ始める。
鮮明に映っていた景色はゆるゆると波に揺られたように水上に浮かび、瞬く間に世界が涙の中に沈んでいく。

「何してたんだよ!心配したんだぞ!」

蓄積された感情が爆発したかのようだった。
感情がそのまま口をついて涼音の元に向けられた。

涼音の表情は暗かった。
申し訳なさとどこか怯えを感じさせる表情。

「ごめんね…。」

それ以上の言葉を涼音は続けなかった。
消えていた時間何をしていたのか、何があったのかは語られない。

嫌な予感がした。

「一体何があったんだよ!あんな変なメモだけ残して!」

そう言いながら鏡夜は涼音に近付こうとする。
しかし。

ばちっ。

「痛っ…!!」

魔法陣の外に出ようとした瞬間、触れた体に電流が走ったような感覚を覚えた。

「な、なんだよこれ…!?」

「そんな馬鹿な。」

岬がゆっくりと魔法陣の外側に腕を伸ばす。
腕が円の外に出た所でばちりとけたたましい電流音が轟き、岬があわてて腕を引っ込めた。

「くそ。どういうこった?」

「閉じ込められた?」

馬鹿な。
自分たちで描いた魔法陣に、僕ら自身が捕まるなんて。

その時、ぱん、ぱんと手を打ち鳴らす音が遠くから聞こえてきた。
音はだんだんと自分達の元に近付いてくる。
やがて音と共に、一人の男の姿が浮かび上がってくる。

黒いシャツに黒いズボン。
暗闇に同化したその姿は、薄暗い夜の学校という空間が皮肉な程に似合っていたが、鏡夜にとってその男の存在はひどく不釣り合いなものだった。

「お疲れ様。桐沢君。よく頑張ったね。」

気味の悪い程の満面の笑みでそこに立っていたのは、黒シャツ司書の神門だった。

「神門さん、こんな所で何してるんですか!?」

聞きたくない。聞けば後悔する。
きっとろくな答えは出てこない。
そうは分かっていてもそう口にせずにはいられなかった。

「ベタな質問だね。霊感があるなら、少しは分かっているんじゃないかな。僕の口から次に出る言葉が、君にとって良いものか悪いものか。」

目の前に立っている神門は間違いなく本人だ。
だが、彼の全身から発する気は悪霊のそれと近い。
いや、それをも凌駕する程の圧倒的な悪が絶え間なく放出されている。

「誰だか知らねえけどよ、これで全部納得いったぜ。」

横に立つ岬の顔はひどく不機嫌なものだった。
発する刺激臭に耐えられないといったような顔だ。

「ああ、君か。桐沢君の頼みの綱っていうのは。」

直接岬の事を神門に話したことはないが、布施の悪霊を探す際にちらっとだけそんな事を話していたのを思い出した。

「魔法陣を逆に利用されちまうとは。あんた、相当な力持ってんな。俺達とは真逆みてえだけど。」

「いやいや。それ程でもないよ。」

二人の会話の意味が鏡夜には汲み取れなかった。

「岬君、どういう事なの?」

そう言うと岬は心底嫌そうな顔をしながらこう言った。

「全部、こいつの仕業だったって事だよ。」



(4)
「あいつの力は俺達とは対をなすものだ。光があれば闇がある。俺達が光なら、あいつは闇そのものだよ。」

「神門さんが?じゃあ、あの人も何らかの力を持ってるって事?」

「そいつの言う通りだよ。ずいぶん頼りになる人間の友達を見つけたようだね。」

くくっと下卑た笑いを抱えながら神門が自分達の前に歩いてきた。

「君らは悪霊を払えるようだが、僕はその逆。悪霊を召喚したり操ったりする事が出来るんだよ。君達にとってはある意味最悪の害虫とも言えるかもしれないね。」

目の前に立つ男の顔は優しい図書館司書ではなく、もはや血の通った人間とすら思えない程冷たいものに変わっていた。

「どういう事なんですか。全部、あんたの手の上で踊らされてたって事なんですか!?」

信じたくないがこの男が悪の側である事は状況的にも否定できない。
しかし、だとすれば一体どこまでがこの男の手にかかっているものだったのか。

待てよ。
同じ力を持っているとするならこの人は初めから…。

「神門さん。あなた、最初から涼音の事見えてたんですね。」

僕らが会話している様子。
その目の前を通り過ぎた事もあった。
それに彼は僕がいるよりも前から、あの図書室に身を置いていた。
きっと僕が出会う前から涼音には気付いていたはずだ。

「そこにいるのに、いないように振舞うのは案外難しいものだね。イジメをしている気分だったよ。」

「なんでそんなフリを…。」

そう言うと腕を組みながら彼は全てを語り始めた。

「なんでって。おもしろそうだったからに決まってるじゃないか。」



神門は幼少期の頃から人に非ざる者の姿を日常的に見てきた。
彼らは当たり前のように自分達の周りに存在していた。
物心ついた頃より見てきたその世界に神門は違和感などなかった。
少し特徴的な人がいるなという認識しかなかった。

ところが手を引いて歩く親に、あそこに女の人が浮かんでいるねと言うと、変な事を言うなと叱られた。
誰に言っても反応は同じだった。
自分以外には見えていないんだ。

神門は自分が特別な存在だと言う事を早くから認識する事となった。
そして、その力を公にすることは自分にとって不利になる事も重々承知していた。

神門は自分の出来得る限りで周りを飛び交う霊体という存在に関して調べ始めた。
他の子供達が野球やサッカーやTVゲームに没頭している中、ひたすらに熱中した。

そんな時、力を極めれば霊を払う、浄化するといった力を身に着ける事が出来るという事を知った。
様々な事を行ってみたが、何故かどれもうまくいかなかった。
自分には無理なのか。落胆する神門が唯一成功したのが霊の操作だった。
自分の意のままに悪霊を操る力。
神門は感激した。
自分はやはり特別なのだと改めて思った。

神門にとってそれ以外の事象等、何一つ興味がなかった。
勉強も運動もそれなりに出来てしまい当たり前のように頂点に居座ってしまうからだ。
でもこの能力を使えばもっと面白い事が出来る。
くだらない人間なんか自分にとってはゴミ同然だった。
霊で世界を変えれるかもしれない。

そうやって人生を歩んできた。
静かな図書室が職場になったのは偶然だが、自分が悪とは程遠い人間である事が印象づければ後はどうでも良かった。

この学校に来て、図書室に居座る幽霊少女にはすぐに気付いた。
その少女には覚えがあったが、ただそれだけなら当たり前の光景だった。
しかし、なんとその幽霊少女が一人の生徒と交流を始めた。
そんな光景を見るのは初めてだった。

退屈しのぎにはもってこいだな。
神門は行動に移す事に決めた。


「涼音がどういう理由で死んだかも知っていたしね。これは布施を使うしかないと思ったね。」

「そんな理由で布施を悪霊として呼び出したのか。」

岬がすごんで見せるが、神門は不機嫌そうに眉を歪めるだけだった。

「半分正解だな。布施は悪霊としても使えるなと思ったけど、それ以前に布施は生きている頃から僕の配下にあったようなもんだからね。」

「何だと!?」

「僕の力は悪霊使い。悪霊って便利なんだよ。人の中に入り込んで人格を乗っ取る事も出来るしね。」

「そんな、じゃあまさか布施は…。」

「彼自体は善良な市民だよ。僕が悪霊を憑依させてあの事件を起こさせたんだ。」

なんて事だ。
彼は見た目通り、本当の好青年だったのだ。

“すまなかった。”

布施が最後に遺した言葉。あれは布施の本心だ。
しかし、あの時感じた一つの違和感。
あの時彼はひょっとしたらこう思っていたんじゃないか。

“でも僕だって被害者なんだよ。”

彼は自分の意思とは無関係に大量の殺人を働く羽目になった。
神門という見ず知らずの悪によって。
その上、死んでからも神門の力によって悪霊化され操られていた。
そして、鏡夜の母は殺された。

「どこまで人の尊厳を踏みにじりやがるんだ。とっくの昔に人間やめちまったようだな、こいつ。」

「お褒めのお言葉、有難く頂戴するよ。」

「涼音を殺したのは、本当はあんただったのかよ。」

「まあ、そうなるかな。」

許せない。こんなやつを生かしてはおけない。

「神門―!!」

魔法陣に向かって拳を突き立てるが、結界はびくともしない。

「いいねえ。この絵を想像してたんだよ。殺された幽霊少女の仇を取るべく、彼女を殺めた殺人鬼の悪霊と対峙する。全てが終わったと思った所で黒幕が登場。捕まえておいたお姫様の前で無残にも敗北。王道だね。悪霊化した布施が君の母親まで手にかけていたのは予想外だったけど、これはもう粋な神の計らいってとこかな。」

地面がぐらつき始めた。
急に訪れた大きな地の揺れに耐えられず、鏡夜と岬はその場に崩れ落ちる。
描かれた魔法陣から天に放たれる紫の光線がくぐもった灰色へと様変わりする。
そして足元からもくもくと黒い煙が立ち込み始めた。

「これはまずい事になってきたぞ。」

岬がそう言うなら相当まずい状態なのだろうと思っていたが、すぐにその言葉の意味を理解した。
薄らいでいる煙の中、地上からはわらわらと何本もの黒い腕が畑の様にあちらこちらで生えているのだ。

「あいつ、俺らが動けないのを良い事に。どこまで悪党なんだよ。」

ぬるりと地表に体を出す無数の闇達。
頭と二本の両手足。形状だけ見れば人間だが、どれもこれも全身真っ黒で区別もつかない。
その中には、八尺神社で追い払ったあの女の霊の姿もあった。

「お疲れ様だったね。じゃあ死ね。」

一斉に無数の闇が押し寄せてくる。
全てがスローに映る。
野球選手とか事故にあった人とかが周りの光景がスローで見えるなんて事をよく言うけど、本当にあるんだなと鏡夜は思った。

せっかく頑張ったのにな。
ごめん、涼音。母さん。

鏡夜は静かに目を閉じて待った。
終わりが来るその瞬間を。



(5)
あれ?
いくら周りがスローになったからと言っても、もう十分に時間が経過したように思う。
なのに、何も起きない。

「これは、奇跡か。」

岬のそんな言葉が聞こえた。
奇跡。まさか、さっきまで広がっていたあの絶望的な状況がひっくり返ったとでも言うのか。

ゆっくりと目を開けていく。

「うっ…。」

なんだ、眩しい。
眩い光が目の中に飛び込んでくる。

神々しいまでの光。
鏡夜は目を見開いた。

「神が、降りてきやがった…。」

ぽかんと口を開く岬。
そんな間抜け面は今まで一度も見せた事がなかった。
驚きを隠せないといった様子だった。
でも違う。奇跡ではあるが、あれは神なんかじゃない。
少なくとも鏡夜にとっては。

「母さん。」

眼前に浮かぶ女性。
そよぐ長い黒髪。
優しく、柔らかい笑顔。
背中から生えた天使を思わせる広大な翼が唯一その人物を人より遠い位置に見せているが、誰が間違うものか。

桐沢つぐみ。死んでしまった母親が、今目の前にいる。

つぐみは何も言わず、にこっと笑った。
その刹那、魔法陣を囲う灰色の光線が一瞬にしてはじけ飛んだ。

「何!?」

神門が驚愕の表情を浮かべる。
つぐみはすっと神門に目を移す。
ほんの一瞬、その笑顔が消え鋭い視線へと変わる。
その瞬間、

「あ…あああ…。」

神門が情けない声を漏らしながら、頭を抱えだした。

「やめろ…やめろおおお!!」

何もない空間に向けて仕切りに腕を振り回す。
まるでまとわりついている何かを振り払うように。

「母さん…。」

母の顔は既に暖かな笑顔へと戻っていた。
母の体が鮮やかな黄金色に包まれていく。

「ありがとう。助けてくれたんだね。」

母は何も言わなかった。
でもその笑顔で十分だった。
父さんにも会ってあげて欲しかったけど、これでお別れなんだろう。

ほんの一時の時間は、あっという間に終わりを告げた。
残ったのは元の夜の学校の景色。
夢だと言われればそうだったかもしれないと思うような瞬間。

いつの間にか神門の姿は消えていた。

「どこ行っちゃったんだろう。」

「ほっとけ。神の逆鱗に触れたんだ。再起は無理だろうよ。」

母が彼に何をしたのかは分からない。
でも確かにあの様子ではまともにはいられないだろう。

「母さん、神様になったの?」

鏡夜にとってはどうでもいい事のように思えたが
やはり少し気になった。

「みたいだぜ。神にもいろんな種類がいるって話はしたよな。八尺神社の女みてえな奴もいれば、お前の母ちゃんみたいに善に歩む神もいる。見事なもんだよ。俺もあそこまで上位の神は見た事ねえ。」

母さん。
僕と父さんを残して死んでしまった。
きっと無念だったはずだ。
恨みを抱えて、悪に染まっても不思議ではない。
それでも母さんはそうならなかった。

「母ちゃん、大事にしろよ。」

「うん。そうだね。」

「それと、あの子の事もな。」

岬がぐいっと親指を後ろに向けた。
その先にいるのは、涼音だ。

「涼音。」

「鏡夜君。」

名前で呼ばれたのは初めてだったなと思い、少しどきっとした。

「ごめんね。あいつに自由奪われちゃって、身動きとれなかったんだ。」

「謝る事ないよ。あの日、何があったの?」

「あいつが私の事本当はずっと見えているってなんで気付けなかったんだろう。違和感はあったのに…。」

そう涼音は悔しそうに呟いた。

「でも気付いた時には遅かった。あの日、鏡夜が私から離れたあの一瞬。あいつはしっかりと私の事を見た。それで私に向かってこう言ったの。”知ってるよ”って。」

思い出した。
あの時、何かを見つめながらぶつぶつと呟いた神門の姿を。

「メモを残すので精一杯だった。ただの霊体だから苦労したけど、なんとかメッセージだけでも残せないかって。なんとか間に合ったけど、でもそこまでだった。それからは…。」

決死の想いで残した涼音のメモ。
そういう事だったのか。

「どの時点であいつが気付いていたのかは分からない。でもカッターナイフなんて持ちながら目の前を通ったのもわざとだったのかも。私がなんで死んだかを知った上であんなものをちらつかせて反応を楽しんでたのかもしれない。」

そうだとしたらどこまで腐った男なんだ。
そんな男に自分は、ぬけぬけと相談事を持ちかけていたのだ。
思い出すだけでも気分の悪い話だ。

「でも良かった。またちゃんと会えて。」

涼音の顔に懐かしい笑顔が戻った。

「やっと笑ったね。」

「え?」

「久々に会ったのに、ずっと暗い顔してるから。涼音はやっぱり笑っている方がいいよ。」

涼音の顔が少しばかり赤らんでいるように見えた。

「な、何それ。幽霊口説いたって何にもならないわよ。」

「確かに。」

「ちょっとー。早いわよ否定が。」

そうだ。やっぱり涼音はこうでなくちゃ。
でも、長くは続かない
それを鏡夜は何となく感じていた。

「せっかく仲良くなれたけど、そろそろかな。」

「…そうだね。」

今まで頑張ってきたのは涼音の為。
そしてそれは達成された。
涼音の仇は消えた。彼女の無念はこれで晴らされたのだ。

「あっ。」

涼音の体が、僅かながら霞んでいるように見えた。

「ありがとう。君のおかげでしっかり成仏出来そうだよ。」

「お別れなんだね。」

「うん、そうみたい。」

「泣いてるの?」

「泣いてないよ。君こそ。」

「泣いてないよ。」

「嘘つき。」

「お互い様だろ。」

「そだね。」

「母さんに。」

「ん?」

「母さんにもし会ったら、ありがとうって伝えておいて。」

「うん。分かった。」

「後、友達とかもちゃんと作るから心配しないでって。」

「うん。友達が幽霊だけじゃね。」

「おい、俺は人間だぞ。」

「岬君は人間だけど、エクソシストじゃん。もっと普通の学校の友達とか。」

「別にいいじゃねえか。」

「まあまあ。それに鏡夜君。きっともう幽霊は見えなくなるし、悪魔祓いなんて力もなくなるから安心しなよ。」

「えっ、どういう事?」

「多分だけどね、やっぱり君がそういった力がついちゃったのって私のせいだと思うの。素質はあったのかもしれないけど、私がそれを呼び覚ましちゃったんだよ。私の抱えた想いが君を通じて霊を払う力をもたらした。でも私の想いは鏡夜君のおかげで成就された。だから、私が消えたら、君はきっと普通の人間に戻るよ。」

「普通じゃなくて悪かったな。」

「そっか。じゃあもしまた涼音が現れても、僕には見えないんだ。」

「多分ね。寂しい?」

「ちょっとね。」

「もっと寂しがれよなー。私は、結構寂しいよ。生きてたら、君とデートとかもしてみたかったな。」

「え、本当に?」




「なんてね。」

エピローグ

がらっと扉を開ける。
ほんの少し前まで、毎日のようにお世話になっていた部屋に足を踏み入れる。
いつもの端っこの席を確認する。
よし、空いている。
後はいつもの本だ。

藍色の背表紙。
手に取り颯爽と席に着く。

改めて目の前の本を眺めるが、相変わらず内容は知らない。
ジャンルすらも知らない本を毎日のように手に取り座っていた自分の姿を思い浮かべ、なかなかに自分がひどい事を繰り返していたのだなと今更ながらに気付き、思わず苦笑した。

涼音が無事に成仏した。
あれから生活の中で何か劇的な変化があったかと言えば、ほとんど何も変わっていなかった。

変わった事と言えば、涼音が本当に消えたという事。
幾度か図書室に足を運んだが、彼女の姿を見る事はなかった。
きっと今頃、上でも元気にやっているのだろう。

後は、神門の姿も消えていたこと。
受付ブースに彼が立っている姿をあれ以降一度も見ていない。
母さんの神罰が相当なものだったのだろう。きっと二度と彼を見る事はないのだろう。

そしてもう一つ。
幽霊が一切見えなくなった事。
岬とは今でも繋がっていた。今となってはただの雑談相手だったが、一度だけ悪霊払いに着いていかせてもらった。
岬が指差す方向に目を向けても、そこには虚空があるだけで禍々しい、おぞましい悪霊の姿は微塵も映らなかった。

涼音の言う通り、鏡夜が一時的に手に入れた力はやはり涼音の影響だったようだ。
でもそれで良かった。
あんなおぞましい者達とはなるべく関わりたくはない。
岬はせっかくいい才能だったのにと少し残念そうだったが。

いろんな事を思い出しながら、ページをぱらぱらとめくっていく。
ひょっとしたら彼女のメッセージがどこかに残っているんじゃないかと思ったが、そんな用紙はどうやら挟まっていないようだ。

せっかくだし、借りて一度ちゃんと読んでみるか。

そう思って、本の一番最後の部分に取り付けられた図書カードを引き抜いた。
何度か入学したての頃、ここで本を借りた事があるが、図書室の本を借りる場合この図書カードに名前と借りた日付を記入し受付に提出する必要がある。

見てみるとほとんど誰も借りていない。
あんまり人気の本ではなさそうだった。
何気なくカードを引っ繰り返した時、鏡夜の手がぴたりと止まった。
頬が緩むのを抑えられなかった。

カードに記入し受付の図書委員に提出する。

「あ、あの。」

カードを受けとった女生徒が口を開いた。

「へ?」

まさか話しかけられるとは思っていなかったので、思わずうわずった変な声が出てしまった。
いつも目にしていた女の子だったが、毎度ちらっといるかどうかでしか意識していなかった存在だったので、ちゃんと顔を見たことはなかった。
地味目な子かと思っていたが、しっかりと顔を見ると瞳の大きい案外かわいい顔をしている事を初めて知った。

「なに?」

女の子は少しきょどきょどした様子だった。
話す事にも一生懸命といった姿はどこか健気に映った。

「あ…それ、いつも読んでるなって思って。」

鏡夜は頬をかきながら、少し恥ずかしさを思えた。

「いや、実は一回も読んだことなくて。あれだけいつも手にしていながら読んでないっておかしな話なんだけど。だからちゃんと一回読んでみようと思って。」

そう言うと女の子は少し驚いた顔を見せた。

「そうなんですか?いつも手にしてるから、それはそれは面白い本なんだろうなって思って借りてみたかったんですけど、借りちゃうとあなたが困るだろうなって思って実は遠慮してたんです。」

「え、そうだったの?あー、なんかごめん。別になんでも良かったんだけど、なんとなくいつも手に取っちゃってて。」

自分の知らない所でこんな形で人を困らせていたとは。
鏡夜は申し訳なさでいっぱいになった。

「読み終わったら、ちゃんと言うよ。」

そう言うと女の子は嬉しそうな顔をした、

「はい、待ってます!」

そして頬を赤らめながらこう付け加えた。

「読み終わったら、感想教えてください。ここだと静かで喋りにくいから、出来ればもっと喋りやすい場所で。」

どうだ涼音。
何の心配もいらないよ。
僕にもちゃんと幽霊絡み以外の知り合いが出来そうだ。
ひょっとしたら、もっといい関係になれるかもしれない。
これもきっと君のおかげだ。

「そうだね。じゃあまた。」



“本当にありがとう。君ならいい彼女が見つかるよ。その優しさと、強さで。”


カードに書かれた図書室の幽霊少女のメッセージを、僕は忘れる事はないだろう。

ありがとう。

そう強く想えば、今でも君にちゃんと届くのかな。

静かな雨は図書室で

静かな雨は図書室で

幼い頃に母を亡くし、静かに高校生活を送る桐沢鏡夜(きりさわきょうや)は、ある日図書室で涼音(すずね)という少女の幽霊と出会う。 永らく現世に留まる涼音を成仏させようと鏡夜は動き出すが、彼を待ち構えるように醜悪な悪霊達が現れる。 歪んでいく日常の中、果たして鏡夜は彼女を無事に成仏させる事は出来るのか。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-22

Copyrighted
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  1. プロローグ
  2. 一章 図書室の幽霊
  3. 二章 悪霊払い
  4. 三章 存在理由
  5. 四章 授かりもの
  6. 五章 仇討
  7. 六章 それぞれの想い
  8. エピローグ