異次元の窓

異次元の窓

学校が無くなればみんな無くなる。写真も異次元の窓も

 異次元の窓。それは集合写真、複数の人間が集まる場、欠席者が唯一顔を出す事が出来、且つ、その集団の中。曲がりなりにも存在した事を示す証。宙に浮かぶ“窓”である。
 大抵写真の隅の方、別途用意された異なる時間の空間において必然的に場違いな笑み又は無表情で在り(要は選択者の思いやり次第)殆どの場合、引きこもりや入院。何れにせよ影の薄い、極論から言えば『正直どうでもいい奴』が結果なり易い為しばしば話の種にされるのだ。
 私は幼稚園から高校を中退するまでの間、一度も欠席しなかった。欠席すればその日にあった事柄を皆と共有できず、仲間外れにされるのではないかという強迫観念に駆られていたことに他ならない。小学生時代は自傷行為という言葉を知る前にストレスで自らを鋏で傷つけたり、ランドセルをカッターでズタズタにし、母から『気持ちが悪い』と言われた記憶がある。
 義務教育の終焉、卒業式の日。入院していた父方の祖父が亡くなり式が終わるか終わらないかで退場を余儀なくされ、迎えに来ていたタクシーで病院へ向かった。「話は聞いたけど大変だね」ミラー越しに話し掛けられる。答えるまでもない返答が無意味な発言に、私は口を結んだままだった。
 その頃タクシーへ乗ることに愉悦を覚えた、金を持たない子供では一人で乗ることが先ず無かったからだ。私はそれ以後も誰か死なないかなと思っていたが無いままに大人へなってしまった。
 祖父は糖尿病を患い、更に脳卒中で倒れて以来、寝たきりでこそ無かったが決して良くはならないリハビリを長期間行っていた我慢の人だ。
 元々無口だったらしいが病後も話している場面に出くわした事はあまり無い。トイレと食卓へゆっくりと時間を掛け向かう以外、暗い部屋でテレビを見ている印象しか思い浮かばない。辛いことは全てを知っているようで、黙して語らず歳を重ねた陸亀のような祖父に対し、どう接していいのか分からないので同じように傍で静かによく時代劇などを見ていた。
 自身の行動は最善だったのか石の中に居る祖父に聞くことは出来ない。
 病室へ着くと「口を開いたまま硬直したら困る」祖母がベッドに横たわる祖父の顎をタオルで押えていたのを鮮明に覚えている。
 硬直するのは数時間で後に弛緩する事、納棺師という何某が上手く整えてくれる事くらいは、インターネットで情報を得ていた私にも分かっていたが、伴侶の死に混乱状態で考えが回らない、そう云う訳であったのは、あの頃は分からず冷めた眼差しで以って、家族達の後ろからその様を眺めていた。
 祖父に近寄りもしなかった姉も弟も全体の雰囲気で泣いているらしい、どいつもこいつも涙を流している、祖父は今日死んだのではなく随分前に死んでいたというのに。
 そんな私は数年に一、二度姿を見せる程度の親戚のおばさんに「冷たい子だ」と言葉を浴びせられ頬の内側を強く噛んでいた。
 表題から既に顛末が解っただろう。ごくごく在り来りな話だと見限り、読む事を止めてしまった人間も居るかもしれない。しかし、早とちりも甚だしいのではないか。リンゴがいつもリンゴの形を保ち、河川が上流から下流へ流れ、海水は塩辛い。当たり前の事象が当たり前に存在し説明に値しないような出来事ならば、まだ救いがあったに違いない。

 異次元の窓にすら私の“存在は無かった”のだ。

 あれから十年後、全校で五十人程だった母校が今年一杯で廃校になるという話を噂で聞いた。
ブラウザを開く、課外活動ででも作ったのだろう。一丁前にアクセスカウンターまで付いたHPを見れば最後は三年生がたったの九名、全て男子だそうだ。
 部活動は変わらずバスケットボール部のみで、部活動も恋愛も十分に出来ない後輩を心から不憫に思う。教職員も全員入れ替わり、長年職務に当っていた事務員も定年を迎えたらしい。
 職員室の壁、入り口から出口に渡りズラリと貼られた卒業写真一覧を見て、「あの年度はどうだった」などと懐古出来る長老的な教員ももう居ない。
 桜の季節になればそこを学校と思わず、敷地内へ部外者が侵入し花見を始めた事もあった。ある時は軒下に巣を作った燕を皆で愛で。課外活動では目の前で流れる川で釣糸を垂れたりした。山で狩猟が解禁されれば散弾が飛来するデタラメなグラウンドを擁する田舎の木造校舎。小中合同の体育祭。
 落ち葉の集積場に気持ちの悪いくらい大量発生したカブトムシ。ボロボロな講堂で生徒の祖父や祖母である顔見知りのお年寄り指導の下、藁を綯い注連縄や門松を作成したりしたものだ。
 何の思い入れもこの建物に持っておらず、只の仕事だと割り切った業者が冷たい重機の刃を入れ、何れは瓦礫と化すだろう。
 学校が無くなればみんな無くなる。劣等感、疎外感、それに違和感。写真も異次元の窓も、異次元の窓に居なかったという事実すら。
 先日の同窓会、私は案の定。輪に加われずテーブルの端、皿から零れ落ちた水菜をグラスの角でシャリシャリ潰しながら黙考していた。
 毎日学校へ通えども共有できず、仲間にも入れてもらえず、あまつさえ窓から顔を出すことも許されず。
 その後、進学し高校へ入学すれども。初めて会った相手とまるで幼稚園、小学校より一緒だった幼馴染みのように親しくなるといった、羨ましい適応能力は皆無。同じ中学出身の友人が、私と話すのより新しくできた友人逹と、愉しそうにしているのを見て、落胆やショック、嫉妬を覚え奮起するも友人の数は頭打ち、今に至る。
 頑張ったのも止めてしまえばそれまで、自分の中で唯一誇れるものといえば煙草を一度も吸ったことが無いというホントどうでもいいタダそれだけ。
 アルバムの集合写真について触れる者は一人も居ない、認識すらして貰えなかったのだろう。これでは自分から振るわけにはいかず、笑い話にもならない。絡みづらい無口な野郎に「彼女は出来たの?」女が二人話しかけてくる。愚問だ……黙ってグラスに口を付けた後、首を振る。彼女らは顔を見合わせ苦笑いし行ってしまった。よくよく観察していると、他の者にも同様の質問をして回っていた。
 期待させるなよバカヤロウなどと思ったかどうかは忘れたが、ビール瓶を空けるペースが上がったのは覚えている。
 幹事から連絡が無く、独自のルートから潜入した同窓会。「あるよ」と知らせてくれた私と同じようなポジションの友人は、最後まで姿を現すことも無かった。頭がずば抜けて良く、幼い頃から車好きだった彼は、工場でライン業務にあたる奴隷になってしまっていた。なにかこう、風穴を開けてくれると思っていたのに、この閉鎖的な集団、考え方に風穴を。
 有休まで取ったが会は日を跨ぐこと無く、空気を読んで二次会以降参加せず帰宅の途についた。
 一夜明け、残ったのは謎の胸焼けと虚無感だけ。そんな日には何故か目を開けるより先に目が覚め、そのまま瞼を伏せ続けると決まって明晰夢を見るのだ。
 薄暗いゴミ溜めの中、カーテンの裾に押し寄せ湿気で湿った漫画雑誌や何時ぞや脱いだ靴下の片方、衣類など掻き分けレールに下げられた毛玉だらけの布を掴み手繰る。顔を覗かせガラス窓の向こう側、庭に積ったやんわりとした靄のような雪は足を差し入れる者も居らず、残酷なまでに真っさらだ。
 自身のアルバムの寄せ書きページのような、無情からなる「白」始まりの予感すら感じさせない。

異次元の窓

異次元の窓

3060文字

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-20

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