『ハガネ』

また鬼ネタです。バトルあり。ちょっとラブコメあり。

 プロローグ

「ちこくするうううううう」
 俺は全身全霊を込めて納豆をかき混ぜていた。
 このかき混ぜを納得できるまで、俺はこの手を止めたくない。
 そう、たとえ朝食が中途半端でも。
「ちょっとそうすけ! はやく食べなさいよ!」
 俺の名前は佐原 そうすけ。高校生だ。すでにピシッとした制服を着ていてあとは朝食を食べるだけになっていた。
 だが、俺の納豆に対するこだわりのせいで、それが危機的状況になっていた。
 いつもならこんな寝坊なんてしない。
 本当だ!
 この横でギャアギャア騒いでいる幼馴染のせいで寝坊したのだ。
 夜中に℡かけてくんな!
 そんなこと言ったら殴られそうで言わないけどな。
「ああもう! このまま連れて行くから! おばさん、連れていきますね」
「あいよ」
 え、まじ?
 ちょ、腕を引っ張るな!
「あ、おいやめろ。……その金髪ツインテールに納豆がつくぞ!」
 無理やり引っ張られ、俺は玄関から引きずり出された。
 それでも俺は納豆を離さないで確保はしっかりする。
 このこだわり、かっこいいだろ。
 金髪ツインテールで碧眼、胸は普通のこの乱暴女は、俺の幼馴染の香川めいだ。
 俺と同じ高校に通っている。
「ちゃんと走らないと、“加速”するわよ?」
 めいのギラッとした眼光に、俺はただ頷くしかなかった。
 そのまま鞄を肩にかけられ、俺は腕を引っ張られた。
 この納豆をかき混ぜる手、止めるわけにはいかない!
 あ、このツインテールが言ってたさっきの“加速”ってのは、能力のことだ。
 能力は身体強化や超自然現象、科学的なことまでなんにでもコントロール可能にする能力のことである。
 ただし、この能力は二十歳を超えるにつれて、なくなってしまう。
 だから俺たちは戦うことになっている。
 なぜならこの能力は、対魔族用の能力だからである。
 魔族――人類の敵だ。
 魔族と対話は意味なさなかった。
 あっという間に世界は激変したのだった。
 だから能力を使える俺たちが先頭に立つしかない。
 その能力――たとえば目の前にいるめいは“加速”能力がある。
 今、走ってるから条件はクリアだ。
 彼女がこの能力を使えば、瞬時に学校へ着くだろう。車など朝飯まえだ。
「ストップ!」
「わわ!」
 めいはなにか見つけたようで、急に立ち止まった。
 俺も慌てて納豆をかき混ぜる手を振りながら、バランスを整える。
 俺たちの目の前に、後輩の石川 ゆりが立っていた。彼女はショートの黒い髪を整えて、俺たちを見つめている。
「あんた、そこで立ち止まって、なにがしたいのよ」
 けんか腰にめいは尋ねた。
 ゆりはそれをきにした素振りは見せずに言った。
「いっしょにいきたい」
「はあ?」
 俺はそっちより、納豆の方が気になっていた。
 あぶねえ。これ以上混ぜるとピーナッツバターになってしまう。
 俺はそれより前が好きなのだ。つぶつぶはやっぱりあったほうが良い。俺は加減に命を懸けている。
 さてと、食べるかな。
「いっただきまーす」
「そうすけ、いこう」
「え?」
 ゆりに腕を取られ、とっさに手を離した。
 落下していく納豆入り小鉢と箸。
 スローモーションのように落ちていく様子が見られるのは、俺の力かもしれない。
 ――ガッシャン!
 いや、嘘だ。
 俺の能力は今のような硬直してしまった心のような硬さだ。
 拳が鋼以上の硬さになり相手をたたきのめすハイパーハンド。
 俺は心の中ではゴッドハンドと呼ばれたいと思っている。
「あああああああああああ」

 章 突き抜けろ

「ねえ、機嫌なおしてよ」
 俺は後輩を無視して、さっさと学校を目指す。
 納豆がどうなったか、ご覧のありさまになってしまった。スタッフがおいしくいただけるような状態じゃない。
 ああ、納豆。ごめんよ納豆。
「ふふん、そうすけ。あったりまえよね。ひどいわよこの女」
「…………」
「って、私も無視するかああ」
 左右からゆりは腰を、めいは首をつかまれてゆすられ、頭がぐわんぐわんする。
「やめーい」
 ぴたっとゆさぶりが止まる。
「う、気持ち悪い。……分かったよ。さっきのは忘れるよ。ったく」
「ったくって、あんたが遅刻するからいけないんじゃない」
 ああもう、いちいち蒸し返すな。
 後輩は後輩で、
「私も一緒にいきたい」
 と真剣な様子で言ってくる。
「だーめ!」
 それに対して、めいは反発した。
「なんで? めいは関係ない。そうすけに聞いてる」
「ちがう。私に聞きなさい」
「めいに聞いても意味ない。だって、めいは二人になりたいから」
「ち、ちち違うから! そんなじゃないから! ただのボランティアだから。あ、あんただって、遠いでしょ。わざわざここに来なくても」
 めいは全力で否定してる。
「わたしはそうすけと一緒にいきたい」
 そう言って、俺の左手を取る。
「そうすけ、こんなちびっこどうでもいいでしょ」
 と、めいは右腕を手に取った。
「いたたたたた。引っ張るな!」
 同時に両方から引っ張られ、俺は引き裂かれる思いになっていた。
 いぶかしげに俺たちを見る生徒たちが多くなる。
 このままじゃ俺は誤解されてしまう。
「引っ張らないでくれええ」
 両方から引っ張られたまま俺は進むしかなかった。
 この前これに関して文句言ったら「どっちの味方なの?」と怒られたのだ。わけわからない。俺は平穏無事に登校したいだけなのに。
 うらやましそうに睨んでくる生徒も見えた。
 絶対勘違いしてやがる。
「よ、そうすけ。毎朝大変だな」
 横でギャアギャアわめく女子たちに辟易してきたところで、ちょうどいい人材が現れた。
「ケン、おはよう」
 その勢いで、両手の女子の手を振りほどく。
「「あ」」
「おはよう。……ほんとおまえらいつからそうなったんだ?」
「ふん」
 めいはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「分からない。たぶん、私が先輩に関心を向けてから」
 ゆりは機械口調で告げた。
「まったく、俺にもそのラブコメ成分を分けてほしいぜ。能力もよお」
「朝っぱらから元気なくすなよ」
 俺が慰めるようにケンの背中をたたくと、さらに肩を落とした。
「うらやましいぜちくしょおおお」
「ケンは、おばか。こっちは命を張ってる」
「まあそう言うがなあ」
 と俺はゆりに少しだけ反論した。
 ケンは無能力者だ。俺たちが能力を開花させていくのに、発現できなかった。
 それでも俺たちは仲が良かった。
 ケンにとってはこだわりあるようで、実はどうでもいいらしい。
 能力の有無よりも、可愛い女の子の方が重要みたいだ。
「二次元を三次元にする能力ほしいいい」
 ただ、時折妙なことを叫ぶときがあるので、俺たちはそういうときは他人のふりをすることにしている。
 もちろん、今すでに三メートル後ろに置いてきた。
「……おかしいわね」
 めいが携帯端末を見ながら首をひねっていた。
「魔族情報の更新が昨日の夜から止まっている」
「そんなことあるのか?」
 俺も携帯端末を使って調べてみると、確かにその通りだった。
「昨日からそんな感じ」
 とゆり。
「ああ、なんだか首都がおかしいらしいぜ、ほら」
 とケンが見せてくる。
 画面は魔族をリポートするコメントが大量に溢れていた。
「これは、まさか魔族の進攻?」
 俺たちが学校の正面玄関で立ち止まって見ていると、突然学校にサイレンが鳴り始めた。
 いや、街全体でサイレンが鳴り始めている。
〈緊急事態発生! 緊急事態発生! 一般の方は速やかにシェルターへ避難してください! 繰り返します!〉
 その声と同時に、俺たちの携帯が振動し始めた。
 この声は出動命令だ。
「みんな、生きて帰れよ!」
 ケンはシェルターへ向かうために俺たちから一歩離れた。
「ああ、待ってろよ」
「ジュース一杯おごってもらうんだから」
「私たちは死なない」
 俺たちも別れを告げて、走る。
 俺たちはすぐさまそれぞれ指定されている場所へ向かった。

 時をさかのぼること早朝。
 全身が真っ黒の、影のような体。
 それがシャドウ。
 魔族の一員で、人類を滅ぼさんがために造られた存在だ。
 そいつらは、手に槍を持ち、いままさに街を守る結界を破らんとしていた。
 勝機は一瞬。これ以後は巡回が来る。
 一発で結界を破壊しなくてはならない。
 そしてただちに警備兵の排除。
 シャドウはただ殺戮を楽しむだけ。
 シャドウたちはただ号令を待っていた。
 この作戦の責任者は、一角の鬼だ。
 リーダーの号令がないかぎり動いてはいけない。
 まだか、まだか?
「いまだ、やれ」
「あdssdfgf」
 シャドウは奇声をあげて、結界に突撃した。

 橋ではすでに大きな規模の戦闘が始まっていた。
 魔族が世界各国に出現して以来、街と街とをつなぐ経路は狭く選択肢も減少していた。
 その中の重要な拠点のひとつに、橋があった。
 この橋はウマトラ橋とという橋だ。
 うちの街は大都市と大都市をつなぐ中間の街だった。
 魔族たちはどうやら、ここをどうにかして、首都へ大ダメージを与えたいらしい。
 シャドウたちは結界のあった場所をなにごともなく通過していた。
 俺はすぐさま結界を担っていた結晶を探した。
 それは見るも無残な姿だった。
 大きな石碑は砕け散り、中にあった水晶も粉々に砕かれている。
「ちっ」
 今はとりあえず、シャドウの排除が先だ。
 俺はすぐさまシャドウへ肉薄し、鋼の硬度になった拳にさらに魔力を込めてぶん殴った。
 シャドウは後ろへふっとび、まるでボーリングのように後ろの集団へ激突して消滅する。
「あ、そうすけさん!」
「ここは俺がやるから、急いで予備の結界結晶を用意してくれ」
「はい」
 人数を二分して、結界の用意と戦闘に別れた。
 俺は背後からきたシャドウの影を交わして、裏拳でぶん殴る。
「おりゃああああ」
 襲いかかってきたシャドウをぶん殴る。手ごたえなし。
 このぐらいの敵なら、俺たちだけで十分だ。
 殴られたり燃やされたりするたびに、シャドウは粉々になって消えていく。
 劣勢だった警備兵たちも勢いを取り戻し応戦し始めた。
 シャドウは次々と消え去っていく。
「おい、まだか?」
「まって、あと少し」
「!?」
 俺は嫌な気配を感じて、橋の真ん中へ走った。
「どうしたんだ?」
「やばい奴が近づいてる! 早くしてくれ!」
 ――ドスッ、ドスッ
 重たい足音が、静寂を取り戻しつつある周囲を少しずつふるわせ始めた。
「こいつはやばい」
 遠くから見えてきたのは、大きな銀色の角を頭に生やした鬼だった。筋肉がまるではがねのように禍々しく隆起していた。
「――」
 俺は息を呑んだ。
こいつは俺より強い!
「な、なんなのよあの鬼は」
 そうだ。鬼だ。鬼なのだ。
「よし、結界発動!」
 その鬼とあと二、三歩でぶつかりあいそうになった時に、俺の目の前に薄い光のカーテンのようなものが現れた。
 その鬼はその結界に手で優しく触った。
「お前、良い眼をしてるな。戦いがしたい」
 いつの間にか周囲の喧騒が消えて、鬼の重厚な声が響き渡った。
 空気が震えている。
 後ろからは怖れに震えた気配が伝わってきた。
 こいつは、俺がやるしかないのか?
「ふふ、でも楽しみはとっておこう」
 鬼はそう言って身を翻し、霧で覆われたうしろの森へ消えて行った。
「…………」
 奴の目の前だは一言もしゃべれなかった。
 今も足が震えている。
「なあ、おい、大丈夫か」
「ああ、なんとか」
 肩を叩かれてうしろを振り向くと、みんなは心配と安堵が入り混じった顔をしていた。
「奴は諦めたようだな。結界張れてよかった」
「いや、奴は……」
「お前、よく奴を追い返したな。すげえぜ」
 だめだ。聞いてくれそうにない。目はすでに遠くを見ている。
 もし奴がこの結界を突破したなら、みんなは動けなさそうだ。俺が奴と戦うしかないのかもしれない。それなら、なんとか体を動かさないと!
 気が抜けたのか結界水晶の前ではみんなは思い思いに話し合っている。
「ふぅ~、帰るか」
 これからは籠城戦か。軍の援軍が来るまでなんとか持ちこたえないと。
「みんなー、帰るぞー」
 年長の一言で、俺たちは解散し、ひとまず避難所へ戻ることになった。
 めいやゆりは、大丈夫だろうか?

 避難所へ近づくと、見覚えがある黒髪と金髪のツインテールがぴょこぴょこ動いているのが見えた。
 俺に気付いたのか、手を大きく振っている。
「ようお前ら、どうだった?」
 見たところ、服が少しぼろぼろだが、出血は少しだけだった。
「たくさん倒したわよ~、楽勝楽勝♪」
「み・な・ご・ろ・し」
「ゆり、こええよ」
 普段無表情に近いくせに、かわいらしく言うな。
「手ごたえなかったねえ」
「あっさりしてた」
「そうすけは、なんかあった?」
「こっちも手ごたえがなかったな」
「やっぱり」
「ちょっと、不自然」
「ゆりもそう思うか?」
 ゆりは頷いた。
 めいは首をかしげている。
「でもさあ、こんなもんじゃないかな~」
「なあ、大きな角を持つ鬼って見たことあるか?」
「鬼? そんなの知らないわよ。まさか」
「ああ、なにもせずに帰って行ったんだ」
「あやしい」
「で、でもお。こういうことはたまにはあるんじゃ?」
「ああ、でも警戒するにことしたことはない。奴は俺が見たかぎり、かなり強い」
 俺はそのときの言葉で伝えられない雰囲気を伝えたい。
「分かった。そのときはサポートする」
「あ、あたしもうよ!」
 他のみんなが戦えそうにない。でももしかしたらこいつらなら一緒に戦ってくれるかもしれない。
 孤立無援よりは心強い。
 これならなんとかなりそうだな。

 それから数日が過ぎた。
 救援はまだ来そうになかった。
 しかし、この街はなにも襲われることなく、平和な時間が過ぎていってる。
 他の街のみんなはいったいどうしてるんだろう?
 食糧の備蓄はまだあるが、先行きに少し不安の影が差しこまれた気がした。
 さて今日は巡回の番だ。
 俺たち三人は鬼の件も気になって、チームを組むことにした。
 普段生活するメンバーだし、いざというときの連携もできる。
「ねえそうすけ、あんたの持ってる納豆、みんなとは違うわよね」
 そんなこと考えてたら、めいがなんか言ってきた。
「今日も昨日も一昨日も、あんたあの納豆、いくら持ってるのよ」
「そりゃ自家製だからな」
「あんた自分で作ってたの!?」
「え、そりゃそうだろ」
「そうすけの納豆、美味しかった」
 とゆりが頷いて言った。
「作るの楽しいんだぜ」
 俺が胸はって言うと、めいはげんなりして言った。
「うう、そんなに毎日食べられないわよ~」
「私ならそうすけと上手くやれる」
「な!! わ、私だって、我慢すれば……」
「いやなんの話だよ! 嫌なら食べなくても良いんだぜ」
 なんせ食糧はたんまりあるからな。
 市長さんが街のみんなと話し合って、食糧を持ち寄ることになった。
 これが驚くほど食糧が集まったのだ。
 これならたくさん持ちこたえられそうだと、市長さんは喜んでいたな。
 問題は、援軍を呼びにいった人が、街から出たら帰ってこないことだった。
 逃げ出した、とは考えにくい。
 この街の一帯はかなり危険なのだ。逃げられる場所なんてない。
 首都ともいまだ連絡がつかなくなっていた。
「このままじゃ、らちがあかないぜ」
 そんなこと雑談を交わしながら歩いていると、急にゆりが立ち止まった。
 俺とめいも立ち止まる。
「ゆり、急に立ち止まらないでよ!」
「あれ」
 めいが指差した方向は、避難所だ。そこから大きな煙が上がっている。
「え、あの方向は……」
「走るぞ!」
 あそこは避難所だ。いったいどうして。
 結界は機能してるはず。
 もし考えられるのなら、あの鬼だ。
 ――ドーーーーーーーーン
 遠くの方から爆発音。
 街には数か所避難所がある。
 この騒動と鬼は、なにか関係あるのかもしれない。
 覚悟を決めないと。
 避難所に着くと、すぐになにかがとびかかってきた。
 それを紙一重で交わして、元の方へ投げる。
「こんの」
「ハッ」
 めいとゆりも応戦する。
 鬼だ。あの鬼と似ている。
 ただ、角の長さが短い。
 またもとびかかってきた鬼を地面に叩き落とした。それを抑え込む。
「こ、こいつは」
 街の住人だった。しかも、近所の人。
 心を冷静にして、角の付け目を見てみる。
「ぐるううううううううう」
 暴れるこの鬼をさらなる力で抑え込んでみてみた。
 角は頭がい骨の奥深くまで達していて、すでに無理だと直観した。
「ごふっ」
 鬼の暴れる拳がお腹に当たり、俺はふっとんだ。
「めい、ゆり。こいつらは、元人間だ」
「そんな……」
「そして元にもう戻せない」
 めいの悲しげな表情に心がずきんといた。
 ゆりはより無表情になって、鬼たちに水を叩き込んでいる。
「そうすけ!」
 他の応戦してる仲間たちも苦渋の表情になっていた。
 どうして、こんなことに。
 近所のおじさんの柔和な表情が、いかめしい醜悪な顔になっていた。
 もとに戻せないなら、死を。
 だけど、そう思っていても、決断はしたくなかった。
 だって、元に戻せる可能性も、あるかもしれないじゅないか。
「ぐはっ」
 鬼たちに殴られて、壁に叩きつけられる仲間が見えた。
「ちくしょおお。みんな! この者たちを殲滅だ!」
「うん、分かった」
「成仏してください」
 鬼が一歩近づき、俺も一歩近づく。
 ジリジリパチパチと炎が燃える音。
 俺と鬼の足が地面をこする音。
「はあ!」
 俺が動くと鬼が動いた。
「たああああああ」
 鬼の初撃をかわして、思いっきり魔力を込めた鋼の拳をおなかに叩き込んだ。
「ぐぎゃああああああ」
 鬼は空中にふわっと上がり、爆発した。
 周囲に血が吹き飛ぶ。
「う、う」

 めいは小刀を取り出して、加速した。
 鬼はそれに反応出来なかった。
 めいが通り過ぎたあとには、鬼は首と胴体が切り離されていた。
 ゆりは近くの血の海から、純粋な水だけを取り出していた。
「なむ」
 それを鬼の頭上に持っていき、落とす。
 鬼はそれをよけた。すぐにゆりに肉薄する。
 しかし、甘い。
 水の塊は地面の下を通じて、氷の刃を地面の下から現し、鬼を三枚おろしにした。

 元人間たちだった鬼は消え去っても、街は平穏を取り戻せずにいた。
「食糧庫をやられた」
「援軍もまだ到着しない」
 とめいとゆり。わずかな食糧をみんなで分け合って、なんとか腹を落ち着かせる。
「外にはあの大鬼がいる」
 戦闘できる者も戦闘外の者も、戦意喪失。
 仲間を殺したショックはかなりでかい。
 俺たち三人も、いつ切れる空元気で戦いを諦めるかは分からなくなった。
「今、あの鬼は、この状態を待っていたはずだ。近く、仕掛けてくる」
 あの鬼の好戦的な顔を思い出して、俺は身震いした。
「そんなにやばいの?」
「ああ、奴は格上だ」
 初見でやりあってたら、おそらくあそこに居た全員は死んでいただろう。
「でも、そうすけはたたかう」
 ゆりの真剣な目へ俺も真剣な目を返した。
「ああ、たたかう」
「そうすけ……」
「だが、おれ一人じゃだめなんだ。ゆりもいてもまだなんだ。めい、お願いだ。力を貸してくれ」
 俺は頭を下げた。
「そ、そうすけ。頭なんて下げなくて良いから……私が居ても良いの?」
「ああ、もちろんだ」
 俺一人や、二人程度では勝てない。でも、三人ならなんとかなるはずだ。
「めい、わたしからも」
「あ、あんたは良いの! 分かったから! 戦う! 戦うよ!」
 俺たち三人はコップにお茶を入れて乾杯した。
 これは勝利の乾杯だ。
 絶対に勝利する。その誓いだ。

「始まったな」
 その日のうちに、遠く空を覆っていた結界が揺れ始めた。
 波打つ結界の透明な壁。
 大気が震えている。
 奴をなんとかしなければ、援軍来るまで持ちこたえられそうにない。
「見えて来たわ……」
「つよい」
 俺たち三人は橋の近くにある結界を解除した。
 倒したらまた張りなおせばいい。
 今は壊されてはたまらない。
 一角の鬼は拳を空振りしたあと、俺たちの方へ向いて、ニヤリと笑った。
「少年、待ってたぞ。おぬしの名前はなんだ?」
 震える大気に、俺は息を呑んだ。他二人は少し震えていた。
「佐原そうすけだ! お前はなんだ?」
「ミフネだ! そこのふたりはなんだ?」
 俺が二人の名前を言おうとすると、二人は俺を手で制した。
 そしてハッキリした声でいった。
「香川 めいよ。あんたをぶち倒す」
「石川 ゆり。」
 それ以上はしゃべる気はないという風に、ゆりは口を閉ざした。
「そうすけにめいにゆりか。良い出会いに感謝しなくてはな。神がいるならば」
 そう言って、ミフネと言った鬼がドシッドシッと歩いてくる。
「三人へ冥土の土産に教えてやろう。避難所で起きた鬼の寄生の原因は俺だよ」
「てめえ」
「まあ、心配しなくていい。鬼の寄生などそうそう起こらない。だから安心して俺にぶつかってこい」
 ミフネは俺たち三人から十歩ほど離れたところで立ち止まった。
 まがまがしい筋肉が、脈々と波うっている。
 沈黙が、周囲を覆っていく。
 先に口を開いたのはミフネだった。
「俺の倒し方、教えて欲しいかね?」
「てめえ!」
 俺はすぐに奴へ肉薄し、そこへ鋼の拳を叩き込む。
「たあああ」
 ――ゴーーーン
 まるで金属音。
 拳と奴の腹で火花が散る。
「そうすけ、避けて!」
「だから弱点を教えてやるっていったろおうううう」
 ――ドッ
 腹に奴の弾丸のようなパンチが食い込み、とっさに歯を食いしばる。
 しかし、勢いを殺せないまま、俺は後方に吹っ飛んだ。
 そのまま地面に転がる。
「ぺっ」
 口内に溜まった血を吐き出して俺は立ち上がった。
 めいやゆりの攻撃も、歯が立たなかった。
「硬い」
 とゆり。ゆりの作った氷の刃は、コンクリートならいちころだ。
 めいの持っている小刀も、相当な切れ味だ。
「なんていう、硬さなのよ……」
 俺たちの攻撃がまるで効かないのだ。
 ミフネは大きく手を広げて言った。
「はっはっは。そうだろそうだろ。そうすけ、おぬしには才能がないのお。俺の能力は貴様と同じ鋼化だ。ただ、俺は全身を鋼化できる」
「え」
「ちなみに言っておくが、お前は拳以上に鋼を広げることは出来ない。それが限界だ」
「うそよ!」
「ま、どっちを信じるかおぬしに任せるがね」
 ミフネの言ってることは本当かもしれない。
 能力が発現してからなんども鋼化を広げるよう試していた。しかし、うんともすんとも言わず拳のみ鋼になっていた。
 くやしいから二人に黙っていたが、そうかもしれない。
「ああ、そうかもな。だが、これでてめえの腹をぶち破ってやる」
「その意気だ。ただ、俺の腹をぶち破ったくらいじゃ俺はしなない」
 ミフネはそう言って、自身の一角の角へ指刺した。
「これだ。これが大気のエネルギーを吸って、治癒をする」
 ミフネは頭を振った。禍々しい角が大気を震わす。
「ただ、これが弱点でもあるんだ。完成された鬼は、これが心臓部になってしまう」
 それを聞いて訝しむめいとゆり。
 同感だ。それを信じてどうにかなるってわけか?
 いや、でももし本当なら、やってみるしかない。
「全力で来いよ。ここに叩き込んでみろ」
 ミフネはそう言って、直立した。自然体になり、頭を下げてちょうど良い位置に角を傾ける。
「そうすけ、だめ」
 ゆりとめいが近くに来た。
 俺は首を横に振る。
「ここまでされたならやるいかないだろ」
「そうすけ……」
 両手をそれぞれ握られた。
「サポートを頼む」
「「わかった(わ)」」
 俺は右の拳に魔力を溜めて、鋼化する。
 そこにめいは加速を、ゆりは癒しを使ってくれた。
「行くぞ、ミフネえええええええ」
 加速を加え、背景が線になる。
「うおおおおおお」
 拳に全力を加えて、一角の角へ俺は拳を叩き込んだ。
 ――バギャン
 な、これは……鋼の硬度以上。奴の腹の数段上だ。
 跳ね返される!!
 その時、ミフネが少し笑ったのを見えた気がした。
 角が動いた!
 俺の体は力の流れのコントロールで少し浮きあがった。
 俺は慌てて体をずらす。
 そこへ、鋭利な角が向かってきた。
「ぐっ」
 急所は外せたが、体の内を異物感が通って行った。
 そこへ俺はさらに拳を叩き込まれる。
「ぶっ」
 そのまま地面を転がった。
「「そうすけ!」」
 二人の声が遠くに聞こえた気がした。
 視界が霞んでいく。
 ああ、終りだ。
 負けた。完膚無きまでに負けた。
 腹からどくどく血が流れていくのが分かる。
 耳はすでに遠くだが、めいとゆりが必死に戦っている声が聞こえてくる。
 ごめんよ。あんなに勇ましいこと言ったのに、これじゃあ、情けないよなあ。
「さて、今度はぬしらの番だ。楽しませてくれよ」
「許さない! 許さないんだから!」
「死んで」
 めいの風を切る音。ゆりの水の滴る音。
 それらの音が、はっきりと聞こえてきた。
 これで終わり、なのかな。
「…………」
 なんか聞こえる。
 三人の戦闘音に入り混じって、なにか不協和音が聞こえてきた。
 この音は、なんだ?
 自問自答。すぐに答えが浮かび上がった。
 これは、やつの角から発せられる音だ。
 それが分かってどうなるんだ?
 いや、待てよ。この不協和音を正してやればいいかもしれない。
 でも、俺にそれができるのか。
 一回、この一回だけで良い。俺の拳よ震えてくれ!
 ……いける。いけるかもしれない。
 俺はゆっくりと立ち上がって、ミフネを睨んだ。
「「そうすけ!!」」
「ほう、立ち上がったか。素晴らしいな」
 ミフネが笑った。
 好きにほざいていろ。目にもの見させてやる。
「めい! ゆり! ……もう一度頼む」
 これ以上の説明は不要だ。
「わかったわよ! 頼むわよ」
「任せて」
 俺はあの感覚を忘れないようにすぐに走った。
 加速する。
 風景が線のようになった。
 ミフネはすぐに仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。顔が驚きに染まったいた。
「たあああああ」
 拳を震わす。
 そして、拳と角がぶつかりあった。
 ――ガキイイイイイイン
 ミフネが笑う。
 不協和音が響く。
「ここだあああああ」
 俺も拳を震わせた。
 不協和音が小さくなり始めるとともに、角にヒビが入り始めた。
 ミフネの驚愕の顔、そして本気の顔になった。
「水よ、守って」
 俺の体に薄くてきらびやかな水の壁が現れた。
 そこへ、ミフネの凶悪な拳がぶつかる。
 ――ドン
「おせえええええよおおおおおおおおお」
 ――ピキピキピキ
 角が先端から壊れ始めた。
 水の壁も壊れ始める。
 ミフネの拳が水の壁を破った時には、角もまた根本から粉々になってた。
「見事だ」
 ミフネが大きな爆発音を立ててふっとぶ。
 俺もふっとばされて、二人の方向へ飛んだ。
 やった! やったぞおお!
 そのまま地面に突っ伏して倒れる。
「「そうすけえ!」」
 二人の嬉しそうな声が聞こえた。
 死ななくてよかったぜ。
 俺はそのまま目の前がブラックアウトして気を失った。

 エピローグ

 そのあと俺が気を失っている間に援軍が到着したらしい。
 なんでも、首都でも鬼が大暴れだったとか。
 そしてこのニュースは瞬く間に世界に広がって、震撼したとか。
 それ以外にも、俺たち三人が鬼たちを倒せたことに驚いていた。
 高位の能力者たちも死傷者を出してようやく倒したらしかった。
 それで俺たち三人は国家から表彰された。
 俺は諦めかけていた能力者たちの部隊に有力視されはじめた。
 めいとゆりは満更でもなさそうだった。
 数か月のち、ようやく街も復興を終えてスタートをまたはじめようというところになった。
 俺たちはようやく休みを取れると思っていた。
「だけど、甘かったね」
「注目されるのは大変」
「うわあああやだあああ」
 あれ以来俺たちは、学校の課題に追われていた。
 期待してなかった生徒たちが活躍したので、やる気スイッチが入ったらしい。
 俺たちはあれ以来、能力者たちのトップクラスの課題をこなさせるようになってしまった。
 そして今日も、三人へとへとで帰り道を歩いていた。
「いつまで続くのよ」
「こんなにきついなんて」
「つらい」
 そう言って、ゆりが左腕を取る。
「あ、こら! なにやってんのよ!」
 俺はへとへとで見る気もしないが、また始まったらしい。
「なら、めいもやればいい」
「んぬぬぬぬぬ」
 ゆりもぎこちなく俺の右腕を取る。
「こ、これは修行よ!」
「……ひどいなお前」
「そうじゃない、ちがうのおおおおおお」
 このドキドキ、ミフネのせいに違いない。じゃないと今後、つらそうだ。
ミフネのせい、そういうことにした。             END

『ハガネ』

今後はもっといろんな種類のモンスターを登場させることができそうだ。
キャラクター設定ももう少し詰められそう。
あと、一万字超えをついに達成した。

次あたりは、バトルのない話でなんとかしたいかな。

『ハガネ』

街を襲う異形の者たちを、主人公たちが撃退する話です。

  • 小説
  • 短編
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  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-12

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