paradox? (津田葵)

 俺の前には1本しか道はなくなってしまった。それが死ぬ、という道だ。人生が上手くいかなくなったのは、そうあの時だ。
 一ヶ月前、交通事故にあったときだろう。交通事故といっても車にぶつかって、すっとばされ、だが命に別状はなかった。それどころか運が良いのか、悪いのか、右足を引きずって歩かなければならないだけで他はまったく被害がなかった。しかし相手が逃げてしまって、誰だか分からないし保険に入っていないから、金は全て自分もちだ。泣きっ面に蜂なのは、片足が動かない、という理由で会社はクビ。それを理由に妻に離婚させられてしまった。もう生きる術はない。この一週間、俺は何も食わずに公園の水だけを飲んで生きてきた。体も弱ってきたし、これならそのうち死ぬだろう。しかし、苦しみの中孤独に死ぬのは嫌だ。俺は自分で死んでやる。そう考えて家を飛び出た俺。
 何処で死のうとかまだ考えていなかったことに気づいたのは、商店街に来てしまったときだった。情けないなぁ、といつもの癖で汚れたズボンのポケットに手を入れる。ん? なんだこれ。ポケットに入れた俺の右手が握っていたのはぐしゃぐしゃになった紙切れだった。なんかのメモか? いや、違う。これは今日当選発表の宝くじだ。たった1枚しかない宝くじ。何十枚も買っているやつらでさえ当たってないことが多いものだ。これが当たっているわけがない。いや、でも五等でも何でも当たれば最期に何か食べてから死ねるかもしれないじゃないか。よし、見てみよう。そうだ。あの先に小さな宝くじ売り場があるよな。そこで見よう。俄然足どりも軽くなった。よし、あれが当選番号か。意気込む俺に売り場の暇になったおばさんが声を掛けてきた。「どれ、あたしが見てあげましょう」そう言って俺の大切な紙切れを強い力で奪ってしまった。仕方がないから待つ。待つ。待つ。おい、待たせ過ぎでしょう。おばさん、一位のほうまで見てるね。いいんだよ、どうせ当たってないと思ってたのだから。ただ五等が当たれば千円だからマックでチーズバーガーを十個買えると思ってただけなんだから。お、おばさん? 何? どうしたの? 気絶しかけてるんですけれど。
「あ……当たったわ。一億円よ!」
 さっきよりも高い声でおばさんは叫ぶ。そうか、そうか、チーズバーガーの夢破れたり……? ええええぇぇぇぇ? 一億円って俺の頭が確かならチーズバーガーどころの騒ぎじゃないんじゃないか? 
 こうして俺は自殺する直前に一億という多大な金を手に入れてしまったのだった。金がなくて選ぶ道は一本しかなかった。そうすると今は金があるから……死ぬ必要はないってことか。後日銀行で見た帯つきの束になった福沢諭吉さん達を見て考えていた。通帳には税金もとられていない綺麗に並んだゼロたち。人生で初めてこんなにゼロをみたよ、俺。しかし、当選者っていうのも色々大変なんだな。CMの出演依頼がきたから、西田さんと撮ったよ。そしたらさ、西田さんが言うの。
「家のセキュリティーをしっかりした方がいいよ。CMに出たら君の家を知っている人が泥棒に入ろうとするかもしれない」
 そうか。CMに出るってことは俺が金を持ってるってばらすことなんだ。その証拠に離婚した妻から電話がきたよ。甘い声で「もう一度やり直さない?」 なんて金目当てに決まってる。本当に俺のことが好きだからではない、ということに気づいてしまったから断ってやったよ。でもなんだか寂しいね。それからは俺の生活は変わったよ。ゆっくり新しい仕事探せばいいし、親には孝行できるようになったし。友達とも遊ぶ金はあるし。でもやっぱり一緒に支えあって暮らす人がいないのは寂しいね。ところが友達と遊ぶときに女友達を紹介してくれるやつもいるんだ。だから出会いはあるってこと。肝心なのはその女性を見分けるということ。俺が一億当たったっていうのを知っているから、俺にみんな優しくするよ。好きだ、といってくれる人もいるよ。だけどね、こっちには一回失敗している過去があるんだ。慎重になっちゃうよ。理想が高いかもしれないけれど、金目当てなんて寂しいじゃないか。俺は自分を好きになってくれる人と人生を共にしたいんだ。
 そんな時だった。俺がまた災難にあったのは。俺って災難ありすぎじゃない? 人生の山と谷、差がありすぎじゃない? 泥棒に入られたのだった。西田さんの言ったとおりだった。セキュリティにもっと気を使えばよかった。女はみんな去っていった。そうだよな、俺また金なくなっちまったもん。やっぱり金目当てなんだな。と、思ったら違った。友達が飲み会に連れてきた女性の一人が俺から逃げずにいた。お金なんて無くても俺は俺なんだ、と教えてくれた。お金を好きになったのではなく俺を好きになったのだ、と。俺はやっと一番大切なものを手に入れたような気がした。

paradox? (津田葵)

ある方に不幸しか書くことないのか、と言われてしまったので明るい話を書きましたが、あまりにも幼稚な感じになりました。
人間の負の心,背徳,悪,罪,葛藤,堕落,醜さなどを書くのが好きなので、やはりそれを満足できるくらいに書けるようになってから、明るい話に力を入れたいと思います。

paradox? (津田葵)

不幸になることで幸せに気づく……そんなありがちな話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-10

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