『異邦人』

タイトルの通り、異邦人を書いてみました。


 町の外れに来てみると、そこにあるはずであった橋は濁流に流されていた。
 橋は切り裂かれるように裂かれており、濁流の激しさが見て取れた。
「これじゃあ、俺たち町のみんなはじり貧ではないか」
 後ろに振り向き、森の方向を見る。
 でも見えなかった。
 激しい雨で視界が悪い。
 ふと足元が冷たくなったので下を見ると、水浸しになっていた。
 川の様子はというと、次第に水かさが増しているように見える。
 ここも時期に危ない。
「様子を見るって言って、死んだら物笑いのたねだ。帰るか」
 激しい雨音に自分の声さえ聞こえなくなっていた。
 振り返ろうと顔を動かした視界の隅に、なにかが映った。
 いったいなんだ?
 俺はどうしても気になり、そこに言ってみた。
 川の様子を気遣いながら、一歩一歩歩いていくと、そこに女の子が倒れていた。
「な!?」
 俺と同じくらいの年ごろか。でも、こんなやつ、町で見かけてないぞ。
 まさか、この橋を渡ってきたのか?
 俺はすぐさま彼女を確かめようと抱き起した。
 長い黒髪が、地面で茶色に染まっていた。
 顔が赤くなっている。
 熱があるようだ。
「くっ」
 俺はすぐさまその女の子を担いで、自宅へ急ぐことにした。
 公民館へ向かって助けを呼ぶべきだが、俺にはそうしない理由があるのだ。
 川ももう時間がない。急ごう。
 俺は濡れるもの構わず、そのまま走った。

 実家に着くと、俺の妹、日下部みきが目を丸くして驚いていた。
 でも、ただごとではないことが分かったらしい。
 しかも、アレを使うと分かったみたいだ。
 俺は妹に少女の衣服を任せ、すぐに着替えて瞑想をはじめた。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
 妹が興奮した様子でやってきた。
 久しぶりに俺が能力を使うことが嬉しいらしい。
 家族代々継がれる能力だ。長子限定の能力で、その能力は万能をいやす。
 町の公然の秘密である。
 公民館では外部の人たちがいる。
 そこでやることは出来ない。
「お兄ちゃん、でもそのひと」
 ああ、分かってるさ。この人も外部の人だ。
「でも、困ってる人を見捨てるわけにはいかないだろ。あとは説得するしかない」
「うん」
 みきは嬉しそうにうなずいた。
 みきも困っている人をほっておけないたちなのだ。
 俺たちは兄妹仲良く、おせっかいさんと呼ばれていた。
 それともう一つ、みきには言ってないことがある。
 日下部ひろき、として長子としての勘がささやいているのだ。
 この女の子は丁重に扱うべきだと、そう告げていた。
 なにか途方もない力を感じるのだ。
 俺と同類、もしくはそれ以上かもしれない。
 俺はすぐさま横に眠っているこの少女に近づき、額に手を当てた。
 集中だ。
 全身の気を体中にめぐり合わせ、少女へそれを流す。
 その能力は、治癒だ。
 絶大な治癒。
 あらゆる病気を治すと言われている。
 万病の治癒と言われている。
 その能力のほどは、真実かどうかは定かではない。確かめるすべもない。
 でも町でおこる小さな病気や傷はたちどころに治していた。
 その能力を少女へそそぐ。
「ん?」
 なんか違和感だ。
 おかしい、いつもならもっと気が流れるはずだ。
「……どうしたの?」
 あれ、と思ったところで、すぐにいつもの調子に戻った。
「ん……いやなんでもない」
 気のせいかもしれない。
 それよりは今は治療に専念する必要がある。
 少し散漫になった集中力をすぐさま集中させ、少女へ意識を注いだ。

「ふぅ」
 これでよし。だいたいこれで良いだろう。
 少女は安らかな寝息になっていた。
 いままでの荒い呼吸はいつの間にかどこかへ行っていた。
 妹もうっつらうっつらしていた。
「ん……おにいちゃん、終ったの?」
「ああ。寝るか」
 みきは少女を川の字みたいに挟むように布団を敷いた。
「お休み、おにいちゃん」
「ああ、おやすみ」
 少女のことは明日連絡しておこう。
 集中力が途切れたのか、雨音が聞こえてきた。
 さっきより、音が小さい。
「これなら心配なさそうだな」
 俺はすぐさま目をつぶって、意識を奈落の底に置いていった。

 ザーザーという雨音に目を開けてみる。
 もう朝がやってきたのか。
 みきはすでに布団を抜け出している。朝食の支度をしているのだろうか。
 今日は久しぶりにたくさん食べそうだ。
 横目で少女を見ると、目を見開いていた。
 回復したのか。よかった。
「……」
 少女のか細い声が雨音に消し去られてうまく聞き取れない。
「なんだ、聞こえないぞ」
「ここは、どこじゃ? わしはなにをしていた?」
 女の子なのに、言葉遣いは妙に古臭いな。
 いぶかしげに見ていると、その少女は俺に顔を向けた。
「お、お、思い出せないんじゃ!」
「えええええ」

「うまいのーうまいのー」
「えへへ、料理得意なんだ」
「うんうん、よいよい」
 さっき取り乱したのはうそのように、少女は朝食をたべていた。
 俺も負けずと食べている。
 このままじゃまずい。みき特性のハンバーグが残り一個だ。
「このハンバーグ、貰った!」
 箸を突き刺す。しかし、少女も負けておらず、もう一方へ突き刺していた。
「なにをする。客人優先じゃろ」
「みきのハンバーグは譲れん!」
「ぐぬぬ」
 ハンバーグが左右に引っ張られる。まずい。このままじゃ、ハンバーグ自体、台無しになる。
「もうお兄ちゃんたら」
 みきは嬉しそうにいって、食用ハサミを取り出して半分にした。
「うぬぬ。まあ、よいか」
「そうだな」
 はあ、美味いなあハンバーグ。
 ハンバーグの奪い合いも両者引き分けで一段落したところで。
「お前の名前はなんだ?」
 食事も終えて、ゆったりしてるところで聞いてみた。
「んーと、そうだな。村上いずみにしていた気がする」
「なんだよその適当さは」
「しょうがないじゃろ。記憶を思い出せないんじゃから」
 村上いずみ、か。名前におかしい感じはしないな。
「俺の名前は日下部ひろき、妹はみきだ。よろしく」
「よろしくね、いずみさん」
「うーぬ、いずみちゃんにしてくれ」
「うん! いずみちゃん」
 みきといずみはすでに打ち解けたようだった。これなら一緒に生活していけそうだな。
 まだ外から雨音が聞こえる。昨日よりは勢いは弱まったが、まだ外出は危険である。
 ここしばらく家で過ごすことになりそうだ。
「で、いずみは何しにこの町へ来たんだ?」
「それがのお。肝心の部分が思い出せないのじゃ」
 いずみは頭に手をやって必死に考えていた。
 ならば質問するしかない。
「たとえば、隣町の使者だったんじゃないか?」
「使者? 使いの者か。うーむ、なんとなくひっかかるのお」
 いずみは腕を組んで考えている。
「すまぬ、しばらく考えさせてくれ」
 いずみは席を立って、部屋を出ていった。
「いずみちゃん、大丈夫かなあ」
「まあ、しばらく時間がかかりそうだな」
 俺たちは料理を片付け、雨が入る心配のない窓へ向かった。
「ほんと、すごい雨だねえ」
「雨は弱くなっても、止む気配がないしなあ」
 ひょっとしてこの雨で俺たち町の住人は全員死ぬんじゃね?
 俺は怖い想像をしてしまって、胸が震えた。
「神様、どうか助けてください」
 みきは祈るように手を合わせる。
 俺も手を合わせた。
 祈ると同時に暖かい感覚が体を包んだ。
「さ、いこうか」
「うん」

 それから数日、いずみの回復を待った。
 しかし、いずみの記憶は一向に戻らず、時間ばかり過ぎていくようだった。
 俺は業を煮やして、いずみの脳内を直接調べることにした。
 今いずみがそれを試そうと、こっちにやってきていた。
 いずみは正座し、俺たちを心配そうに見ている。
「なんじゃ、記憶を取り戻す方法があるんじゃないか、して、方法は?」
「取り戻す、確かにそうだが。これは記憶障害の障害を癒す方法なんだ」
 障害の部分を癒しの力で倒し、それが結果的に記憶が戻る。そういうことを説明した。
 ただし、俺は記憶障害を治す治療は初めてで、治せるかどうかは分からないし、もしかしたら悪い結果も起こるかもしれないと伝える。
「うーむ、そうじゃな。記憶は必要だし、危険をおかしても」
 いずみの決意は揺るがなかった。
 いずみは俺をまっすぐに見つめている。
「お願いじゃ、やってくれ」
「お兄ちゃん」
 みきも俺を促すように言った。
「よし、わかった。するぞ」
 俺は左手をいずみへ近づける。
 その時、いずみはビクッとした。
「い、一応、言っておくが、変なことはするなよ」
 変なこととはなんだ!?
 まったく、いずみは顔を真っ赤にしていた。
 みきも少し顔を赤くしている。
「しないから静かにして」
「「はーい」」
 左手をいずみに添える。
 ――どくっどくっ
 といずみの緊張がこちらに伝わってくる。
 この緊張は失敗の緊張より、違う緊張だ。
 こんな緊張されると、こっちも恥ずかしいではないか。
「ふぅー」
 深呼吸をして、意識を集中する。
 真っ赤になったいずみの視線を意識しないように俺は目をつぶる。
 体に気をめぐらして、治癒を意識する。
 そして指令を出す。
 いずみの記憶障害の治療だ。
 瞼の裏に映像がじょじょに現れていく。
 この映像は、いずみを三者から見た映像だ。

 いずみはぼろぼろで裂けそうになっている大きな橋を必死に渡っていた。
 なにか急いでいるようだ。
 ん? そのいずみの走った向こうに、町人がいる。
 そいつは日本刀を持っている。
 いずみの方はというと、それに気づいていない。
 いずみ、あぶない!
 でもこれは、再生されている記憶だ。
 もちろんこのいずみは気づいてくれなかった。
 いずみは橋の真ん中より少し進んだところで停止した。
 その町人は橋の入口に立ち、日本刀を構えている。
 二人は目をくばせあってから、走った。
 そこで、いずみの手に不思議な光が現れる。
 それが刀に当たって砕け散った。
 いずみにはそんな力が!?
 しかし、町人はその砕けた刀を橋にぶつける。
 轟音とともに、橋がこなごなになっていく。
 いずみ、走れ!
 いずみはそこから飛び上がり、空中を飛んで着地。
 着地したところでそいつに後ろからなぐられる。
 いずみの命が危ない!
 しかし、町人はとどめをさそうとしたところで止めた。
 なにかに気付いたようだ。
 町人はしかたがないという風に、別の方法を取ったようでいずみの額に手を添えた。
 そして、町人はそこから霧のように消え去ってしまった。
 そこへ、俺が走ってくる。

 ――バン

 あともう少しで障害を排除できそうなところで、強烈な結界を感じて跳ね返された。
「け、結界!?」
 目を開けて、あわてて手を離した。
 手がちょっと熱くなっている。
 いずみとみきはなにが起こったのか分からない様子だった。
 この結界は俺には破れそうにない。
 もともと俺は結界攻略の修行はしてないし、その必要はなかった。
 それでも一定の結界対処の方法は知っていた。
 だが、そんな俺でもこの結界は無理だ。
 高位の術者か、神レベルの結界である。
 俺ぐらいの術者だと一か月はかかるかもしれない。
 それほど強力な結界である。
 でも、なんで記憶に結界を敷いてるんだ?
 記憶がなんかの鍵になるのか?
 あの町人、いったいなんなんだ?
 あんな町人知らないぞ。
 いや待て。町人という認識自体おかしいのかもしれない。
 こいつは記憶さえ操作できるのだ。
 認識でさえ操作できてもおかしくない。
 すくなくともこの町一帯では、こんな強力な結界を敷ける奴なぞついぞ聞いたことなかった。
「お兄ちゃん、なにか分かったの?」
「んー、治った様子はないしのお。思い出せん」
 それに、このいずみという少女も、ただものではないかもしれない。
 そいつがいずみになにかやったのは、明らかに妨害目的である。
 すくなくともこのいずみという少女は、そいつにとって厄介なやつなのかもしれない。
 記憶が戻る前なら、明らかにこちらを助けるために橋を渡ってきたはずだ。
 記憶を思い出せないようだから正確なことは分からないが、味方なはずである。
 それらの質問には答えず、俺は聞いた。
「なあ、いずみ。お前にはなにか特別な力があるんじゃないか?」
 あの映像はうそではないはずだ。
 かなり高い能力を持ってるのがよくわかった。
「う、ううむうう」
 腕を組んで必死に考えている。
 俺はここに漂う緊張感とは裏腹に、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「……だめじゃ、わからん。力を出そうと必死にやっているんだが、なにかが阻むんじゃが」
「……そう、それが俺の治癒の力を阻んだ結界だ」
「結界じゃと!? なにか匂うのお」
「なにが危ない自体だね。お兄ちゃん町長さんに知らせとかないと」
「そうだな」
 もしかしたら、この大雨の状況、なにかが仕組んだかもしれない。
 待て。あの町人、紛れ込んでいるんじゃないか?
 町長さんや町のみんなが危ない。
「みき、いずみ! 行くぞ」
「な、なんじゃ急に?」
「え、お兄ちゃん?」
 俺は慌てて立ち上がり、すぐに合羽を着こんだ。
 俺のただならぬ様子に、みきもいずみも合羽を着る。
「町長さんや町のみんなが危ない! これを仕組んだやつが、俺が結界に触れたのを知ったはずだ!」
「み、みんなが!」
「そうじゃな。いそごう」
 俺たちは急いで玄関を飛び出した。
 ――ドゴーーーーン
 悲鳴が聞こえてくる。
 この方角は、公民館の方だ。町のみんなが危ない。
 ここから雨で視界が不良でも、黒い煙が見えていた。
 火事か!? あの野郎。許さないぞ。
 俺たちは互いに目配せをして、公民館へ向かった。

 そこに着くと、すでに公民館は火事で燃えていた。
 悲鳴はすでにやんでいる。
 みきといずみはすぐに倒れている人を介抱し始めていた。
 強力な術者に会ったとして、どう対応すれば良いだろうか。
 俺もすぐに介抱し始める。
 そのまま考え始める。
 俺の力は治癒だ。戦えるとは思えん。
 それに、あの野郎はいったいなにを狙っているんだ。
 俺たちはまだ息がある人を隣の小さな小屋へ運び込んだ。
「これでだいたいだな」
「みんな……うぇ、うわあああん」
「おーよしよし」
 いずみがみきを慰める。
 みきは雨の中からでもわかるほど泣いていた。
 ――ドゴーーーン
 今度はどこだ?
 黒い煙の方角を見ると、俺の家の方向からだった。
 間一髪だったか? いや違う。奴が来る。
 でも、俺たちには対抗できる力なんぞないぞ。
 こうなりゃ神頼みだ。
「おいみんな、神社へ行くぞ」
「うえ?」
 みきは困惑している。
「そうじゃな。わしもなんとなくそこへ行ったほうが良い気がする」
「よし、いくぞ」
 俺たちは介抱した人を小屋に隠すと、そのまま神社へ走った。
 もしかしたら神社へ行けば、いずみの結界の件も解決するかもしれない。

 神社の何十段となっている階段を駆け上がり、俺たちは一目散に昇っていった。
 大きな赤い鳥居をくぐり、本殿へ目指す。
 入った瞬間分かったが、いつも清浄な空気は感じられなかった。
 おかしい。明らかにおかしいぞ。
「お兄ちゃん」
「これはおかしいのお」
 俺たちは神社の真ん中で立ち止まった。
 神様が居ない? いや、まだかすかに力を感じる。
 弱っているらしい。
 後ろから、雨音にまぎれない靴音が聞こえてきた。
 黒い気配がする。
 これは、やつだ。
 俺たちは振り返ると、鳥居の向こうに人が立っているのが見えた。
 その男は、あの町人だ。
「はっはっはっは、ここにいる神ももう先は長くない。お前たち町のものたちもな」
「てめえ」
「もうこの町はすでに俺の支配下だ。正体を教えてやろう」
 そう言って、そいつはフードを脱ぐと、下に山羊角を持った悪魔が現れた。
「俺の名はサタンだ。ま、もうお前たちの先は無いがな」
 そう言って、サタンは足を一歩踏み出した。
 一瞬バチッと光るが、それをものともせずサタンは神社へ入っていく。
「ご苦労。これで終わりだ」
「そうは……いきません」
 かすかに絞り出すような声が聞こえた気がした。
 いずみの周りに、光が集まっていく。
「こ、これはなんじゃ!? 力がよみがえっていく。記憶もじゃ」
 いずみは驚愕な表情をして言った。
「お前たちは下がっておれ。……ようやく思い出したのじゃ。わしは、神の使いの者じゃった」
 いずみに神の力が復活したのに、サタンは余裕そうだった。
「あの時は地の利もそちらにあった。でもこんどは違うぞサタン」
「ふっ」
 それをサタンは一笑にふした。
「でも、俺の封印はまだ解けてないようだぞ」
 どういうことだ。
 神社の清浄な空気が来たときよりさらに弱まっている。
 神様まで。
 弱っている。
「く、くそ」
 俺は治療の力しかない。
「ふん、いまわしい。わし相手に水攻めとはなめた対応してくれる」
 いずみは両手を合わせ、唱えた。
「サタンよ、滅びよ!」
 サタンの上空に、大きな氷の塊が出現する。
 そのまま一気に押しつぶした。
「はー、はー」
 いずみは疲労で膝を石畳につけた。
「こ、これでどうじゃ。わしの勝ちじゃ!」
「「いずみ!」」
「だから俺様の勝ちだと言っただろう?」
「え?」
 その後ろに無傷のサタンが現れて、鎌を振り下ろした。
「きゃあ」
 みきが悲鳴をあげる。
「ぐう」
 いずみは倒れる。
 神社の境内を赤い血が染めていく。
「さて、これで終わりだな。あとでたっぷり苦しませよう」
 サタンは俺たちを無視して本殿に近づいていく。
 俺たちはすぐさまいずみに近づいて介抱した。
 いずみは苦悶の表情で必死に呻いている。
 俺はそこに必死にヒーリングを施すが、まったく効きそうになかった。
「くそう、なんで、なんで効かないんだ」
「おにい、ちゃん」
 サタンが本殿を燃やし始めた。
 もうだめだ。いやだめじゃない。なにかある。なにかあるはず。
 いずみのことを諦めたくない。
 それは好きなのか? と聞かれたらはっきりとは言えなかったろう。
 でも神の使いだかなんだか関係がない。
 今なら、いずみのこと、大事だとはっきり言えた。
 とてもとても、大事だ。
「ひろき、聞こえますか?」
 あの小さな声だ。はっきりと聞こえる。
「これからあなたに全力の力を分け与えましょう。その力でいずみ様を救いなさい」
 え、それって。じゃあ、神様はどうなるんだ。
「心配には及びません。いずみ様が次の神様になるはずです」
 それじゃあ神様は……。
「よろしく頼みますよ。幸せになりなさい」
 そう言って、俺が逡巡するのを無視して声は聞こえなくなっていった。
 ――コツ
 すぐ近くにサタンが立った。
 もう時間がない。
「いずみ、俺のこの気持ちは本当だから」
 俺は抱きかかえていっきにキスをした。
 最初に血の味がした。
 そこへ、俺の体に流れる癒しの力が根こそぎいずみへ流れ込む。
「む!?」
 いずみは目を見開き、顔を真っ赤にした。
 そして幸せそうに眼を俺に向けたあと、いずみは立ち上がった。
「な、さっきのはなんだ!」
「教えてやるよ、今度からはいずみ、この町の神様だ!」
 俺はすぐにみきを抱きかかえて、いずみの後ろへ下がる。
「いずみは神になったんだよ!」
「そうじゃ! 逃がさん!」
 いずみが手を光らせたと思うと、境内に少し伸びていた蔓が一瞬で太くなり、サタンの両手両足、胴、首をとらえる。
「ぐああああ。ぐる、じい」
「これで終わりじゃ! なにか思い残すことはあるのかのお?」
 勝負はすぐに決した。
 いずみの圧倒的な力に、サタンはなすすべもなかった。
 そして、さっきまでの清浄な空気とは違った、楽しげな空気が神社を覆い始めていた。
 これは、いずみの力か!
 楽しげな空気、いずみらしい。
「もうちょっと……殺しておけばよかった」
 サタンはにいっと笑った。
「ふん、終れ」
 そこに、先ほど以上の巨大な氷が注ぎ込まれた。
 サタンは粉々に砕け散れ、灰となって、神社を覆い尽くす。
 しかし、いずみの力がそれをかなたに飛ばしていく。
 大きな雨雲も、一気に吹き飛んで、青い空が広がっていった。
 太陽の光が町にふりそそぎ、ぼろぼろになった町が見えてきた。
「これは、復興が大変そうだな」
「ね、お兄ちゃん」
「そうじゃのお」
 そう言って、いずみは俺の右腕に体を預ける。
 小さいからだ。でも、そのぬくもりは俺をたじたじさせた。
「むぅ、お兄ちゃん」
 みきは頬をぷくーっと膨らませた。
「わしだけひろきを独占する気はない。どうじゃみきは?」
 いずみ、お前はいったいなにを言ってるんだ!?
 みきは少し思案したあと、俺の左腕を取った。
「お兄ちゃん、よろしくね」
「まず、わしじゃがな」
 おお、おーい。そうじゃないだろ。
 まあ、妹も好きではないのか? 問われたら答えを窮すけど。
 ちょ、ちょっとどうすれば良いんだ?
「なあに、わしは人外。なんとかなる」
「そういうことじゃないんだけどなあ」
 それからは復興に大忙しだった。
 生き残った人たちや外部の人たちで力を合わせ、瓦礫を処理していく。
 橋も元通り。更地になったが、町はじょじょに復活していった。
 あと、ヒーリングの力はなくなった。しかし、今度は水の力を手に入れていた。
 これは、いずみのおかげだろう。俺たちいずみとみきは強制的に神社の方へ引っ越しさせられ、神社の管理を委譲された。ま、そのことは良い。
 問題は、暗黙の噂でその神社を、三人の愛の巣と言っていることだ。
 町を救った英雄と尊敬されるのは良い。でも、そのネーミングはないだろ。
 うん、まあ、否定できないがな。
「なんじゃおぬし、不満か?」
「そうじゃないさ」
 いずみも普通に年を取る。能力は人外でも、体は人間だ。
 このまま俺たちは普通に死ぬだろう。
 だが、俺たちは後世伝説として残るだろう。
 その時、そんなことを書かれたら、恥ずかしくてどうご先祖に説明したらいいか分からない。
 一応ノリが良い一族なので、喜んで祭り上げられそうのが頭が痛い。
「これからもよろしくじゃぞ」
「お兄ちゃん」
「ああ、分かった分かった」
 とにかく復興に意識を注ごう。そうすることにした。              END

『異邦人』

9700字くらい。あと少しで一万行きそう。
今作はいつもより満足感が違う。
もちろん、もう少し掘り下げられそうな部分はあるが、上手くいけた気がする。
やっぱり書くのは楽しい。
次回も、設定についてもう少し力を入れようと思う。

いずみにはロリババの雰囲気を出せるようにしてみた。
ロリババキャラってすごく良いよね。

『異邦人』

災害に見舞われる町で、主人公たちが奮闘するお話です。ファンタジー要素あり。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-29

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