Puppets In A Circle(ツサミ)

※東大文芸部の他の作品はこちら→http://slib.net/a/5043/(web担当より)

一時限目

 通勤ラッシュ時の山手線。片手で広げた本に顔を埋めながら、高田馬場駅からの団体客を迎える。背表紙が当たり不快さを隠そうともせず振り向くおじさん。そんなおじさんの肩から掛けている鞄が二駅前からずっと俺の腹に当たっていることなど気づかない。既に頭を下げるような姿勢で、さらに軽く謝る。さらに背後から奇襲を受け胸を張る格好になる。背骨の軋む音を聞きながらかざすように左手に持つ本の文字列に焦点を当てる。こうして手を上げているのは俺の些細な防衛策だ。こうしていれば痴漢には間違えられない。片手で本を持ち、もう片方でつり革を掴むなり鞄を掴むなりしていれば無罪を主張できる。さらに、本も読むことができ一石二鳥の合理的な作戦だ。そして、女性の近く、特に後ろには近づかないこと。これが鉄則だ。正直、怖い。車内の女性が怖い。
 いっそ男女できっぱり車両を分けてしまえばいい。
 そう言った時、なぜか母親は否定した。俺は未だに納得いかない。異性からの脅威を防ぐだけではない。男女別車両を交互に配置すれば、出口への近さにも不均衡は生じない。非常に合理的な案だと思う。
 甘い刺激臭に眉をひそめながらいつものように心の中で文句を垂れている時、ふと視界の端に明るい色が入ってきた。何の気なしに目を遣る。それは綺麗に染められた女性の髪だった。着崩されたブレザーのリボンはだらしなく垂れている。混雑した車内でドアに押し付けられた彼女の横顔に表情はなく、左手に開いた携帯電話を握ったまま視線をガラスの向こうに放り投げていた。
 まつげ長いな。
 離れた位置からでもわかる、異様にぱっちりとした瞳は恐らく後付けのまつげとアイラインによって作られているのだろう。テレビではナチュラルメイクが取り沙汰される現在においてこんなにあからさまなメイクは稀少だ。
 それに、制服はあまり着崩さない方が格好いいだろうに。
 アナウンスと共に反対側のドアが開くと同時に俺は思考と視線を学校に戻し山手線を降りた。
 
 自分の席に荷物を置きいつものメンバーのもとに行く。授業開始二十分前、彼らの周りは粘っこい明るさで満たされていた。
「おはよう」
 真っ先に話しかけてきた眼鏡男子がユウヤだ。とは言えこの学校の眼鏡率は高く、かく言う俺も眼鏡男子だ。他に特徴あったかな、とユウヤを観察している俺に茶髪男子シンヤが話しかけてきた。
「お前らなに見つめ合ってんだ」
「ん? こいつの特徴を探してたんだ」
「ユウヤの特徴?」
 シンヤの唇が「め」と開きかけてとどまり、今度は彼がユウヤを睨んだ。ユウヤはそんな俺たちのやりとりを苦笑いで受け流す。いつものことだ。俺たちの中でユウヤは普通の人として扱われていた。眼鏡、普通。容姿、普通。成績、は平均より高いがうちの学校の場合成績が低い方が逆に個性となる。
 人差し指で眉間を掻きながら唸るシンヤに続いて腕組みをする。三人の間に妙な一体感が生まれていた。
「アホか」
 背後からため息と共に聞こえた声に振り返る。タカシが教科書片手に立っていた。ご丁寧なことにその教科書を頭に置きさらにため息を加えた。
 やや見上げながらあいさつを済ませて気づく。
「教科書やけに厚くね?」
 丸めていたからよくわからなかったが、何かを挟んでいるようだった。
「ん? あっ、そうだそうだ! 今朝買ってきたんだ!」
 澄ました表情から一転、子供のように輝いた笑顔で挟んでいたものを見せる。ユウヤとシンヤも覗き込むようにして俺たちの中に入ってきた。
 それは漫画の新刊だった。
「あ、それ今日だったのか。読み終わったら貸してくんね?」
 シンヤの頼みをタカシが承諾するのとユウヤが口を開くのとはほとんど同時だった。
「なんでわざわざ持ち歩いてるの?」
「コイツのブックカバー探してたんだよ。そしたら本棚に良いもんがあるじゃないか」
 不敵な笑みを浮かべて教科書を見せつける。ブックカバーと呼ぶには明らかにふさわしくないそれは一限で使うものだった。教室の後ろにある、通称本棚。本来はロッカーとして使うのだろうが、既に一人一人ロッカーを持っているので今ではクラスの本棚として利用されている。小説から漫画、雑誌や辞書に教科書と品揃えも多様であり、時折他クラスのものが混じっていたりする。「読了週刊誌は本棚へ」というものが暗黙の了解と化しており、本棚には一ヶ月前までの週刊誌は常時揃っていた。
「いやー、教科書なくしちゃってさー」
 悪びれた様子もなく薄い教科書をぺらぺらと振っている。
「それがお前のじゃないのか?」
「俺のはもっと落書きが多い!」
 失くした人物が他人のものを持っているということは、どこかのクラスで誰かがまた他人のものを持っているということになるのだが、タカシが自慢気に語る落書きだらけの教科書など誰が使うだろう。
 ため息を一つついて言う。
「お前、バカだな」
 シンヤは頷き、ユウヤは苦笑いする。だが二人共それ以上は言わない。なぜならタカシは異常なほど頭が良いからだ。成績は常に学年で十本の指に入る。そんなタカシをクラスの輩はこう評価する。
 頭は良いけどバカだ。
 本人はバカ呼ばわりされることに関して何とも思っていないようだ。いくら言われても飄々とした表情を崩さない。
「ま、んなこたぁどうでもいいんだ」
 言い終わると同時に、タカシは両肩を掴んできた。
「悪い。俺、そういう趣味はないんだ」
 嬉々とした表情のまま俺の言を否定する。
「やめとけタカシ。コイツはもうユウヤと」
 タカシの肩にそっと置かれたシンヤの手を軽く払った。
「ちげぇよ。コイツが今朝女の子を凝視してたのを見てしまったわけですよ」
 三人の視線が俺に集中する。
「お前、女もいけたのか?」
「えっと、よかった」
 茶髪を軽く小突きながら、大げさに安堵するユウヤに何がよかったのかを訊いた。
「だって二次元にしか興味ないのか、と」
 コイツらの中での自分の評価に半ば呆れながら話を本題に戻した。
「あれはちげぇよ。ただ、見てただけだ」
「五分二十三秒」
 タカシに注目が集まる。
「お前が彼女を見つめていた時間だ。ちなみに断続ではなく継続だった」
 再び俺に。
「まったく、お前も暇人だな」
 近くにあった机に腰かけた。
 そんなに観察していたか。一分も経っていないと思っていたんだがな。
 腕組みをして、その時何を考えていたかを思い出そうとしてみるが特に記憶にない。その記憶を探ろうとすると、ぬたりとした奇妙な感覚に行き着きそれ以上進めない。
 これは、何だ。
「にしてもあんなギャルが好みだとは意外だったわ」
 ギャル、か。確かにブレザーを着崩した化粧の濃い金髪少女は渋谷にたくさんいそうだ。
だが。
 と思うところで終わる。思考がそれ以上進まない。当然だ。彼女は一般的にギャルなのだから、否定もしようがない。
 だが、しかし、だって、でも。
 逆接が頭の中を巡る。
「それはねぇよ」
 彼女の容姿をタカシから聞いていたシンヤがつまらなそうに言った。
「やめとけやめとけ。俺がお前ならやめるわ。ギャルは無理。やっぱり」
「三編みお下げ文学少女眼鏡付きなんて実在しないぞ?」
 少し間を空けて、それでもいいと言った後、捨て台詞のようにお前にはまだわからんさ、と呟いた。
「僕は、いいと思うよ」
 慌てた様子のユウヤ。
「ほう、お前はギャル好きか? 意外だな」
 わざと乾いた口調で言うと、ユウヤは耳たぶをほんの少し赤らめながら否定した。
「ま、見た目はアレでもってことは往々にしてあるもんだぞ?」
 そう言って漫画に視線を落とすタカシの表情に違和感をおぼえた。静かな、無表情に近い微笑み。重たげな瞼の奥で、鈍い紺に光る瞳。
「どうした?」
「ん? 何が?」
「いや、何でもない」
 変な奴と言っていつものように笑うタカシ。だがすぐに暗い表情に戻る。彼の読んでいるのはギャグ漫画だ。ページも捲られることなく、つり目のヒロインが俺の方を先ほどからずっと睨んでいる。
 それにしても、今のタカシの表情をどこかで見たことがあるような気がする。だがそれを思い出そうとすると、またあのぬたりとした感覚に襲われるのだった。ぬたりとしたそれは俺の心臓を覆うように握りしめてくるのだ。
 シンヤの文学少女論を聞き流しながらタカシを見る。いつもなら無視を決め込む彼だが今回だけはシンヤに対抗してツンデレ少女論をふっかけている。
 そんな二人に言ってやる。
「バカか」
 それと同時に授業開始の予鈴が鳴った。
 
 放課後、俺達は渋谷にいた。シンヤが例のギャルを探そうと言ってきかなかったからだ。俺としてはわざわざ足を運びたくなかった。隣で苦笑いを絶やさないユウヤだって、渋谷ギャルを見るよりは池袋乙女を見ていたいだろう。
 しかし、タカシが今日に限ってシンヤと意気投合した。
「にしてもいねぇな」
 二十分ほどスクランブル交差点付近をうろついているのだが、今朝のギャルどころかギャル自体が見当たらない。そもそもギャルとはどのようなものなのか。テレビで見る限り、ギャルというのは髪を染め独特なファッションセンスを見せつけ、髪を盛っているような女性を指すものと思われる。
 そのような特徴で検索にかけてみるも、なかなかヒットしない。
 それから一時間経ち分厚い雲が空を覆った。シンヤすら諦めて遊びに行こうとした時、タカシが大袈裟な動作で指差し興奮したように言った。
「おい! アイツじゃねぇか? 今朝のは」
 一瞬だった。
 その台詞を聞いて細い指が指す先を見つめた瞬間だった。
 雑踏のざわめきが消えた。
 信号が青に変わる。
 一斉に人々が動き出す。
 彼女がやって来る。
 黒い集団の間を縫って。
 暗がりを照らす明かりのように。
 彼女が、やって来る。
「アイツか、俺らのダチをたぶらかす女郎ってやつは」
 俺はよくわからないままに頷いた。
「たぶらかしてはないだろ」
 呆れたようにタカシが言う。ユウヤも同調し頷く。
 俺は、ただ困惑していた。
 灰色の空気を振り払うようにたなびく金色の髪。
 透き通るような白い肌にぱっちりとした両目。
 凛とした横顔。
 吸い込まれるような、暗い海色の瞳。
 また、あの感触に襲われた。
 彼女の視線が俺に流された瞬間だった。いや、背後にある服屋のセールが気になっただけかもしれない。
 それでも。
 その続きがわからない。それでもなんだというのか。彼女の視界に映ること。映るだけのことに何の意味があるというのか。
 緩く握った右手が自然と胸の真ん中に当てられた。
 呆れたようなシンヤの声が聞こえる。
 まぁいいじゃない、とユウヤが言った。
 傍を通り過ぎたカップルの甘く紡がれる言葉達が耳に障り、トラックの流す女性歌手の新作ラブソングが小気味よく頭に響く。
 ふとタカシを見ると、背を向けて彼岸を見ていた。
 赤信号に変わり人々の留まる此岸から、先ほど彼女のやってきた彼岸を、じっと、眺めていた。

二時限目

 昨日と同じ時刻に山手線に乗る。いつもと同じように高田馬場駅の団体に押しつぶされそうになりながら、ピントを思い切り手前に合わせて本を読む。だが、なかなか集中できない。一文一文が繋がりを持って頭に入ってこない。
 その理由はわかっている。
 気を抜くと浮気しがちな自らの視界に辟易し本を閉じた。吊革はどれも埋まっていた。急ブレーキにスーツ集団へと半ば身を預けながら、外を見遣った。連日の曇天。ガラスには無表情の自分が映っている。無性に憐れに思えてきて、微笑んだ。そのささやかな抵抗も揺り返しによって揉み消された。
 昨日までは耐えられたのに。人波にも耐えられたのに。弱くなった足腰。
 それはなぜだろうか。
 なぜ俺は今、ただ葦のように立っているのだろうか。
 膝が、痛い。何かが関節を圧迫している。流れに身を任せているとそれはミシミシと圧迫し続ける。鈍い痛みが突き刺す痛みへと変わり、俺は原因を睨みつけた。
 タカシが、意地悪く笑っていた。
「痛いんだが」
「知ってる」
 膝が離れ、その分タカシの背が伸びる。新宿駅で人の出入りが赤字となり多少余裕が生まれた。まだじんと痛む膝を曲げ伸ばし。特に問題はない。
「で、朝っぱらから何か用か?」
「いや、別に。朝っぱらからポケっとしてるから、ちょっとな」
 代々木駅へと滑り込む。空気の抜けるような音。女子高生が乗り降りする。辺りは大分人が減った。
「なんだ? アイツを探してんのか?」
「アイツ?」
「金髪だよ、昨日の」
「違ぇよ」
 俺が訊きたいのはそういうことではない。「アイツ」が指す人物などではない。タカシの口から「アイツ」と発せられることそれ自体であって、どうしてこんなにも不快なのだろうかということだ。
「違くないね。お前ずっと女子高生ばっか見てんだろ」
 そこにはからかう調子はなかった。笑っていなかった。むしろ、舌を打つ音が聞こえてきそうな雰囲気でじっと俺を見ていた。
 ゆっくりと動き出す。勢いタカシに寄りかかる。
 瞬間、思い切り弾かれた。
 とっさに空いていた吊革を掴む。
 ピンと伸びた腕が悲鳴をあげた。
 足だけを動かし体勢を整えタカシ睨む。彼は居心地悪そうに目を細めて外を眺めていた。そして、小さく謝ったのだ。
 小さく小さな、喉を絞って必要最低限出したような謝罪。
 俺は何も言わず、隣に戻った。吊革間の距離。目の前に座る女性は携帯を駆使し遠くに思いを運んでいる。その隣には携帯型ゲームで異次元に没入している会社員がいる。
 線路の節目ごとに小さく震える車内。
 段々と近づく降車駅。
 一筋、また一筋と跡を残し始めた雨。
 肘を曲げれば届く距離。
 肘を曲げなければ届かない距離。
 他人に押されなければ届かない距離。
 イヤホンの音漏れすらなく、窓に当たる雨粒の音すら聞こえてきそうな車内。
 二人はただ、いつもの流れ行く景色を淡々と見守っていた。そして、気の抜けた音と共に開く扉から、またいつもの日常へと足を踏み出したのだ。

「そう言えば、昨日は来んの遅かったな」
 一限の現代文が終わり前に座るタカシに声をかける。
「ん? あぁ隣駅までマンガ買いに行ってた」
 横向きに腰かけながら、シンヤに借りたというマンガを読んでいる。それが今日三冊目だということを俺は知っている。授業中少しだけ猫背になっていたからだ。
 タカシなんかはまだ「いい子」な方だ。後ろめたさを持っている。壁際席のシンヤなんかは朝からずっと同じ姿勢で、机の下に隠しながら浅く座りゲームをしている。時折気持ち悪くにやけていることからその内容は推して知るべし、といったところか。
 そんなシンヤを陰でサポートしている人物が後ろのユウヤだった。シンヤが当てられそうになると教えてやる。試験前にはノートを貸してやる。前に甘やかすなと言った時、ユウヤは苦笑いを浮かべただけだった。そんなユウヤは今机の手前端に背表紙を置きながら読書中だ。読書、と言えばいかにも彼らしいのだが、表紙に描かれた垂れ目な女の子がおずおずとこちらを伺い見している。
 教室中にたむろしている生徒も似たり寄ったりだ。
「お前は読まないのか?」
 顔を上げずにタカシが言った。
「感動物語は現実を否定する」
 眉をひそめ続きを促すようにこっちを見てくる。
「とある人がよく言ってたんだよ」
「なんか、寂しい人だな」
 再び漫画に視線を落とした。そこには綺麗な顔を涙で汚しながら誰かの名を叫ぶ男の子がいた。
「あぁ、寂しい人、だよ。彼氏といてもどこか悲しそうなんだ」
「どこで知り合ったんだ? そんな女と」
 ページが捲られる。
「その彼氏ってのが俺の家庭教師でな」
 あからさまな疑惑の目を向けられた。
「お前、家庭教師なんて必要なのか?」
「何言ってんだ。俺の成績はお前より低いんだぜ」
 彼らの世界ならニシシという擬声語がつくだろう笑顔で応えると、タカシはわざとらしくため息をついて読書に戻った。
「低いっても大して変わらんだろ。お前はカテキョに対してもバカなフリしてんのか?」
「ん? いや真面目にやってんぞ?」
「なら、余計に大変だな」
「そうでもないぞ」
 そかそか、と気のない返事をされた時始業チャイムが鳴った。
 その数分後教師が入ってきた。古文の教科書を眺める。
 好き合う男女。しかし仕事の都合上離れ離れにならざるを得なくなる。その別れ際、男は女に思い出してくれと言ったが女は思い出さないと返事をする。悲嘆に暮れながら去る男。少しして、女からの使者が手紙を携えてやってくる。
 あなたのことを忘れられないのだから、思い出すことなどあるでしょうか。
 男は袖を濡らしながら赴任地に向かう。
 そんな、感動的な物語。あの人がこれを読んだら大声を出して笑うだろう。
 泣いたら負けだよ。
 そう言っているあの人を容易に想像できる。だが、俺は気づいている。
 笑い過ぎて涙の浮かぶ瞳の奥に蒼白い何かが燻っていることを。そして、彼氏はそれが何かを知っている。知っていて一緒にいる。
 目を細めて古文の教科書を見る。
 一夫一妻多妾制。北の方を中心とした男女関係。その世界で女性はよく嘆く。夫の愛が自分に向かないことを。
 そりゃ泣きたくもなるわな。
 挿絵では女性が袖に顔を埋めている。その御髪にそっと人差し指を当ててみる。
 そりゃ恨めしいわな。
 妙に周りが静かになったと気づいた時には既に遅かった。
「お前もいい趣味してんなぁ。ミチタ」
 にんまりと笑う教師が左隣に立っていた。皆の視線が俺に集まっていた。チラと見ると、シンヤがやけにご機嫌だった。次の昼休みにネタにされるな。薄幸好きだとか、ヒーロー様だとか。思わずため息をつき、すぐに後悔した。
「ほほぅ、随分と反抗的だな」
 先ほどよりも醜く歪めた笑み。
「質問だ。なぜこの女性は泣いている?」
 この女性とは、思い出さないと言った女性のことだ。
「どうしようもないからですよ」
 吐き捨て叩きつけるように言ってやる。
「女性は忘れないと言いますが、そんなことは不可能です。特に思い出すという行為の前提として忘れるという行為があるのだとしたらなおさらですよ」
 教室が再び静まりかえる。
「人間だからです。人間という生物であり、書物のようにずっと記録が刻まれているわけではないからです。つまり女性は、忘れたくないが忘れてしまう自らを、嘆いている。だからこそ、手紙という手段で彼に伝えることで、少なくとも彼の中にだけは、忘れられない自分という存在を植えつけた。そんな解釈も、おもしろいと思いません?」
 見上げた先にいる教師は柔らかな表情を浮かべていた。
「相変わらずだな」
 それだけ俺に言うと、どうして別離の悲しみと答えられないかなと大袈裟に呟きながら教壇に戻って行った。
 忘れられない、か。本当にそんなことがあったら彼女のように泣く女性も多くなるのだろうな。諦めればいいのに。諦めれば、忘れてしまえば、誰を縛ることもなく誰にも縛られることなく、暮らしていけるのに。
 あの二人を思い出し微笑ましいと思える。その方が、自分も幸せではないか。
 挿絵の女性を細目で眺める。周りに誰もいない、月明かりだけが頼りの部屋。俺は教科書を閉じて彼女と同じように机に突っ伏した。

三時限目

 今朝の山手線は中央線での人身事故の影響で異常なまでに混んでいた。比較的空いているいつもの車両にも苛立ちを肌で感じられる。さらに俺の姿勢を辛くしている要因が一つ。
 小さな女の子が足下に立っている。
 連れらしき男性は扉の脇にいるのだが、どういうわけか引き寄せようとしない。普段ならこの二人の関係を訝しむのだが、今はそんな余裕などない。扉の窓から外を眺める女の子を勢いで蹴飛ばしてしまわないか、両足に力を入れながら不安で仕方なかった。
「今日はどこに行くの?」
 連れに尋ねる女の子のバレッタが揺れる。それは不恰好なまでに大きかった。模様もこの子の年齢には相応しくないように見える。ただ、その妙に大人びた口調とは見事にマッチしていた。
「新宿。さっきも言ったろ?」
「そうじゃなくて、新宿のどこに行くの?」
「んー、まだ決めてなかったけど。本屋なんてどうだ?」
 デートコースに本屋というのはどうなんだろうかと他人事ながら思ったが、少女の横顔を見てやはり他人は他人だと悟る。
「あの本屋に連れてってくれるの?」
「チエなら喜ぶと思ったけど、こんなにとはな」
 今にも抱きつかんばかりだった自らに気づいたのか、再び視線を窓の外に戻した。その耳が仄かに赤らんで見える。本当にこの二人はどんな関係なのだろうか。余裕がないとはいえやはり気になる。特に男性の方。平日に休みということはサボりの学生かニートといったところか。兄と妹、と考えるには歳が離れ過ぎている印象を受ける。それに少女の反応は妹のそれではない。
 まぁなんでも良いか。
 少女を見つめる男性を見てため息をついた時だった。
 急激な圧力を背中が受け、体がのけぞったかと思いきや立て続けに窓ガラスが迫る。
 あ、ヤベ。
 少女はまだ気づいてない。このままだとその小さな後頭部に膝が入ってしまう。
 俺は無我夢中で右手を突き出した。
 途端、窓ガラスが割れんばかりの衝突音と共に手の平に痛みが走る。
 扉が衝撃で揺れるように残り音を響かせる。
 少女は呆然と見上げてきていた。
 周りの乗客はすぐに関心を無くしめいめいの世界に戻っていった。
 少女はすみませんと小声で言うと、男性の近くに寄っていった。
 心の中で安堵の息を吐くと、扉に寄りかかりながら右手を見た。見事に赤く染まっている。外を見遣ると空はどんよりと曇っていた。ここ数日ずっとこんな天気だ。新宿に向かう途中の窓ガラスに、鮮やかな色が映った。
 心臓が止まった。
 いや、時が止まったのかもしれない。
 気づいたら固まっている自分が映っていた。
 何があったのか、わからない。止まる直前、心臓がぬたりと痛んだことだけは覚えている。
 こういう時はずきりと痛むもんじゃねぇのかな。
 力なく顔が笑みを作った。この感触を俺は知ってる。知ってるのだが、認められない。
 面倒だな。
 ひんやりとした窓ガラスに頬を付けながら、横目で金髪の女性を眺めていた。先ほどの少女が少女らしくない柔らかな表情で俺を見つめている気がした。
 
 二限の体育が終わり、いつもの三人と教室に向かう。昨日の雨は夜の内にようやく止んだため、水捌けの悪い我が校のグラウンド状態は最悪で、蹴ったボールは地面につく度に予想外の方向へ跳ねた。さらに跳ねる度に泥を纏い撒き散らした。
 黒くなった脚をそのままに廊下を歩く。校内は土足であるため、黒い斑点が至る所に落ちている。特に今日のような日は、タイルをつるはしで掘り返したかのような有様になる。
 これを掃除するのが生徒らならまだいいんだけど。
 そう思いながら、他クラスの教育前をどしどし歩く。
「俺は来るところを間違えた」
 シンヤが嘆く。
「どうした?」
 いつものことながら相手をしてやる。
「ここには出会いがねぇ。女の子との甘い出会いがねぇんだよ」
 そう言って後ろ頭を掻きながら深いため息をつく。また、か。
「だったら転校すりゃいいだろ」
「簡単に言うなよ。現実には難しいんだぜ? 元女子校に転校するってのはよ」
 今度は俺がため息をつく番だった。どうしてそういう思考に至るのか。コイツのニューロンは一体どう繋がってるんだ。
「女子がいればこいつらも少しは変わるか」
 タカシが前方を眺めながら言った。その視線の先には廊下で着替える野郎共がいた。
「これはあんまり変わんねぇと思うがな」
 シンヤを指差し言う。ユウヤが小さく笑っていた。
「お前まで笑うなよ」
 ユウヤはそれを聞き流すと扉を開き中に入っていった。鼻の奥に染みるような湿気に満ちた教室では、既に着替え終わった輩が談話に興じている。
「ところで」
 半袖を脱いでいる最中にタカシが話しかけてきた。
「今朝は、会ったのか?」
 頭だけ抜くとタカシはボタンをつけたままのワイシャツと格闘していた。色白の肌が紺のスボンとの間から覗いている。
「お前もしつこいな」
 ワイシャツを手に取り袖を通す。汗で張り付いて気持ち悪い。タオルで軽く拭いたあと、タカシが差し出してきた制汗スプレーを浴びる。すっと空気に吸い取られるように火照った身体から熱が消えていった。返されたそれをタカシもネックの隙間から噴射した。
「他人の恋話ほど飯ウマなことはないからな」
 いたずらっぽく笑いながらタカシはズボンに手をかけた。俺は下を着替えずにそのまま椅子に勢いよく腰掛けた。
「だから、そんなんじゃねぇってのに」
「ま、俺としてはそっちのが嬉しいけどな」
 布地の擦れる音がする。
「ん? どういうこった?」
 グラウンドからの帰り際に買ったカルピス缶がみずみずしい音を立てて開いた。
「お前だけ彼女ができるのは癪だからな」
 金属がカタカタと鳴る。缶を口につけ一気に傾ける。喉仏から一気に冷気が降っていく。身体中の関節が歓喜するように軋んだ。
「お前にはいないのか?」
 額に汗を浮かべワイシャツの首元であおいでいるタカシに缶を差し出すと、少し考えるように見つめてから受け取った。
「あんま興味ないな」
 あっけらかんと言うと、カルピスを口に含んだ。
「なんだそれ。矛盾してんぞ」
「そうか?」
 缶に口をつけたまま流すような目線で俺を見る。
「彼女とか興味ないなら、俺がどうなろうが関係ないだろ?」
 差し出した右手に缶が戻ってきた。蛍光灯が上蓋を照らす。細かい水滴が白銀に染める部分。アルミの地が出ている部分。そして、その中間。少し温くなったカルピスが喉を通過していく。残り半分といったところか。再び差し出すと、タカシは首を振った。
「確かに」
 そう言って笑った。残りを飲みながら横目でその表情を見る。それはどこか乾いた笑いだった。てっぺんへ向かう太陽に照らされながらも、白い蛍光灯の下、前髪を濡らしながらタカシの色白な顔が冷たく表れる。
 急に鼻から鈍い痛みが響いた。
 喉が驚いて食道を絞り出口を失くした空気が無理矢理口から出て行こうとする。
 とうとう耐えられなくなり、咳と共にカルピスを吐き出した。
 そんな俺を見てタカシは呆れたように笑いながら、握られていた缶をひょいと取り上げると一気に飲み干した。むせたせいで涙目になりながらタカシを見る。
 そこには笑顔があった。
 太陽のような、とはこういう時のためにあるのだろう。とびきり明るい、してやったり顔。目尻に溜まった涙が頬を伝っていった。
 鼻の奥がキリキリと痛む。
 額の生え際に汗が浮かぶ。
 生温いそれは目尻まで下り行くと、冷たい一筋となって落ちていく。
「どうした?? そんなに欲しかったのか?」
 タカシの声で我に帰った。その表情に笑みはなく、代わって怪訝そうに眉間にしわを寄せていた。
「それ、捨てとけよ」
 ため息混じりに言うと文句を言いながらも了承し、次の授業準備に取り掛かった。
 細く黒い背中。
 詰め襟から覗く白い首筋。
 タカシが振り向く。
 俺は首を振ると鞄を漁り教科書を取り出した。
 カーテンのない窓から降り注ぐ鈍い明かりに目を細めた。そして静かに、前に座る彼にもわからないくらい静かに、深いため息を吐いた。

四時限目

 すぐ右前方に金髪が見える。
 扉に寄り掛かりながら外を眺めている。後ろ姿だけではわからないが、きっとつまらなそうな顔をしているのだろう。晴れでも雨でもないどっちつかずの空に重い視線を送っているのだろう。吊り革に掴まりながら、身動き一つしない彼女の後ろ姿を眺めることが出来ずに、左前方の窓から外を見遣る。
 薄く広がった雲が鈍く光る。
 灰色のビルやマンションが背景に溶けていく。
 線路沿いに植えられた草木はしなだれたように伸びる気配もなく、花は色づくも輝きがない。
 手を伸ばせば届く距離。
 それでも席一人分を挟んで、向こう。
 意外と小さな濃紺の背中。
 小さくまとまったストレートの金髪。
 肩がもぞりと動く。
 慌ててテレビ画面に視線を移す。天秤座の今日の運勢。第十二位。
 「よく見極めて。落ち着いて事態を眺めましょう。そうすれば大事にはいたりません」
 ラッキーアイテムは制服。
 画面が切り替わりビールの宣伝が流れる。そっと視線を下ろすと、彼女はまだ画面を見ていた。
 ラッキーアイテムか。
 空気を吐き出すように扉が開くと、彼女のすぐ前を通って降りた。
 それは持ってた方がいいのか。それとも避けた方がいいのか。
 少し歩いて振り返る。
 電子音に従って閉ざされていく扉。
 彼女が見ていた気がするのはきっと、俺が去り際に舌打ちしたからだろう。
 アップテンポの曲を流すイヤホンの音量を上げ、駆け足で階段を下りた。

「今日はやけに機嫌いいな」
 三限の世界史が終わり三度目の中休みに入るとタカシが振り向き言った。
「ま、世界史は得意だからな」
「大方アイツに会ったんだろうよ」
 否定するが、小馬鹿にしたような態度で返される。こうなったら仕方がない。最終的には、嫌よ嫌よも好きの内だと言われるパターンだ。二言三言文句だけをぶつけてだんまりを決め込むと、興味を失くしたようで前を向いた。
「一つ、聞いていいか?」
 その背中に問う。タカシは返事だけよこした。何か書き物をしているらしく、左腕が忙しなく動いている。
「お前、何か隠してないか?」
「いや何も?」
「アイツって、誰だ?」
「知るかよ」
 ピタリと左腕が止まり睨むように俺を振り返り見る。
「お前はどうしてそんなに俺とアイツのことが気になる? からかうってレベルじゃねぇぞ」
 カチカチと金属音が響く。
 予鈴が教室に鳴り渡る。
 俺は確かに後悔した。
 冗談のつもりだった。もしかしたらタカシも彼女を気になっているという話に持っていくつもりだった。そうすれば、からかいの対象は分散する。さらにタカシと協力すれば全てを遊びにできると考えていた。毎日同じ面子と男集団の中で暮らす俺達に、生き血を通わせるような遊びに。
 それなのに。
 それなのに、タカシの奴は一体どうしたというのだろうか。
「そうするしか、できないからだろバカ」
 そう言って再び机に向かった。何も、言い返せなかった。
 昔、小学生だった頃、塾の講師は「行動や表情から心情を読み取れ」と何度も言っていた。その上でさらに「心情の二面性」を熱く語っていた。人間には正負の感情が同在するんだとか。
 だが、今目の前にした表情はなんだ。
 俺は今まであんな表情を見たことがない。
 笑っているようで泣いているようで。
 泣いているようで呆れているようで。
 呆れているようで困惑しているようで。
 こんな問題解いたことがない。解く鍵すら見当つかない。その背中を殴ろうとしたが、先生が入ってきたからやめた。

五時限目

 久しぶりに寝坊した。いつもより二本後の山手線に乗り、扉脇に寄り掛かりながら昨日のタカシについて考えた。あれからずっと考えていたが全く答が出ない。そんな時は大抵何か前提が欠けているものだ。だが、その前提を俺が知ることなどできない。
 左にいるサラリーマンらしき男性が苦々しい顔をしている。
 その隣の女性も苦々しい顔をしている。
 さらにその女性と手を繋ぐ女の子も苦々しい顔をしている。
 霧雨が窓ガラスを白く曇らせるように見える。だがそれは実は内側の湿気で結露が生じたから。
 苦々しい顔が並ぶ混雑した車内。
 サラリーマンらしき男性が先程からこちらを見ている。音量を下げる。
 電車が駅に入る。
 やる気なく扉が開く。
 人が降りる。人が降りる。
 間延びした音楽が流れる。繰り返し流れる。
 人が、入ってくる。
 入ってくる、だけではなかった。
 列の最後尾。
 そこに彼女がいた。
 渋谷で出会った時のように、燐として。
 凛として高嶺の花。
 手の届かない花はいくつもないから価値がある。どの花も高みにあったなら、世の男共は競い合い登るだろう。そして手の届くようになった花にいかな価値があろうか。
 それならば、鮮やかな金髪をたなびかせる彼女を高嶺の花と称しても不都合はない。
 彼女はあの人に似ている。
 静かに悲しげに笑う、あの人に。
 心臓が、ぬたりと大きく拍動した。
 力強く、扉が閉まる。
 小柄な彼女の背中が押しつけられる。
 滑らかな甘い香りがくすぐったい。
 彼女が窓ガラスの水滴を手で消していく。そこに淡く写る二人。初めて顔の正面を見ていることに気づいた時、遠く電車の窓ガラスにはっきりと目が合った。
 その間にもう一本電車が通い、大きな瞳がはっきりと俺を見据える。
 じっと、じっと。
 吐息が窓ガラスを曇らせていき、風圧に扉が揺れる。
 ブレーキに体が揺れる。
 生暖かい感触が左手首に当たった。
 水滴が窓ガラスを伝う。
 見ると、彼女の右手が手首を掴んでいた。困惑が安堵を凌駕する。何も言えない俺を乗せた電車は何事もなかったかのようにプラットホームに進入した。人だかりが俺を見ている、待ち構えている。
 重い扉が開く。
 彼女に連れられ俺はいつもと違う駅へと、黒い集団の中へと引き出された。

 四限が終わり昼休み。雲の切れ間から差し込む陽光に満ちた食堂の白いフロア黒く塗り潰されている。一人入れば紙に墨汁を垂らすようにぞろぞろと広がる。四限の数学が早めに終わった俺達は端の一画を確保していた。俺の前にはカツカレーが既に鎮座していた。
「お前はいつもそれだな」
 シンヤの盆の上には親子丼が乗っている。
「お前だって大抵それだろうが」
「名前に惹かれんだよ」
 意味が分からず聞き返そうとした時、隣に座っていたユウヤが肩に手を置き首を横に振った。反対の手には焼きそばパンを握っている。
「今日はパンなのか?」
「たまにはね」
「にしてもなぜ焼きそばパン? 炭水化物同士って重くないか?」
 ユウヤはきょとんとした表情を見せた。そして、さも当然のように言った。
「購買のパンと言えば焼きそばパンでしょ?」
 シンヤが気味悪い笑みを見せているということは、またコイツの悪影響を受けたのだろう。パンといったらカレーパンに決まってるだろうに。
「うまいか?」
「んー。味が単調だよね」
 要はパンにソースをかけたようなものだ。パンの食感と、辛味に伴い甘味も含むカレーの旨味を兼ね備えたカレーパンには敵うまい。目の前ではクリームパンの二律背反性が云々と講釈垂れるシンヤがいた。
「そう言えば、なんで一限遅れてきたの?」
 ユウヤがパンを咀嚼しながら聞いてきた。
「しかも結構遅かったな。電車でも止まったか?」
 周囲を確認する。タカシは用事があるらしく、一緒ではない。ただ、あまり耳に入れたくない話だったから。
「ちょっと絡まれてた」
「アイツにか?」
 シンヤが意地悪く笑う。ユウヤもこっそりと笑う。
「ああ、そうだ」
 二人の呆気にとられた顔を見てから、俺は今朝のことをよく話して聞かせた。
 
 人混みに飛び出すように降りた俺と彼女は人波が引くまでプラットホームに立っていた。小さな背中は何も語らない。掴まれた手首がじんわりと痛む。でたらめな脈をはっきりと感じる。発車ベルが人の疎らなホームに鳴り響く。金色の長い髪を微かな風が遊んでいく。
「ねぇ」
 丸みのない幼げな女声。彼女は振り返った。
「このまま突き出されるのと、私の言うこと聞くの、どっちがいい?」
 勝ち誇ったような笑み。その目は獲物を前にした肉食獣のように爛々としていた。とは言え、猫レベルだ。こうして正面から見ると小柄で童顔。電車内で見た雰囲気などかけらもなかった。
 それでも、茶色い瞳だけは静かに俺を見据えていた。
「ちょっと待て、俺は何もしてねぇ」
 冷たい風を頬に受け落ち着いた頭で対応する。
「うっせ、痴漢」
 ぎょっとして辺りを見回す。再び集まり出した人々の中にはこちらを盗み見る者もいたが、何も言ってこないということは聞かれてはいないようだ。
「だから俺は何も」
「だから私が起こすんだよ」
 空いた手で携帯電話を取り出し、彼女に向けながら言った。
「すまん。もう一度言ってくんね?」
「いや、言うわけないっしょ。録られてんのに」
 掴む右手に痛いほど力が篭る。仕方なく舌打ちと共にしまった。
「お前、今私のことバカだと思ったろ」
 手首の急な痛みに顔が歪む。見ると、右手の人差し指と親指を器用に使って手首をつねっていた。
「昨日も舌打ちしてたよね。なんなの? どいつもこいつも馬鹿にして。そりゃあ、私は兄貴みたいに頭良くないけどさ」
「わかった。謝るから離してくれ」
 再び鋭い痛みが走る。今度は爪でつねられていた。
「それは変だと思うけど? それとも何? またバカにしてんの?」
 その笑顔が怖い。これ以上つねられたら皮を剥がされそうだったから真面目になることにした。頭の方も漸く熱が冷めたようだった。
「で、状況はわかった」
 さっき怒った猫が笑う。こんな慣用句があってもいい、と思った。
「めんどくさいが俺も我が身がかわいいからな。目茶苦茶な要求でなければ飲もう」
「うし、じゃあまずは。あんたの名前は?」
「ミチタサトル。道具の道に田畑の田に覚悟の悟で道田悟」
「丁寧な説明ありがとう」
「君は?」
 この一言を発する前に彼女に割り込まれ、名乗ろうとした彼女と被ってしまった。少し焦るように彼女は答える。
「私は、スズキ。スズキミチカ。りんりんと鳴る鈴にウドの大木の木で鈴木。美しく知る香で美知香」
「鈴木なんて言われんでもわかる」
「なら私だってわかるし」
 口をヘの字に曲げる。
「ハイハイ。で、いつになったら解放してくれんだ?」
 既に二本電車を逃している。それに自動販売機の前でひっそりしているとは言っても、周りの視線が突き刺さるように痛い。
「んー。私も遅刻すんのはやだし」
 空いた左手だけで鞄からメタルピンクの携帯電話を取り出す。
「あんたのアドレスを質にとる」
 要はアドレスを交換しようってことなのか。その斬新な表現に驚きつつもポケットからすぐに取り出してしまう。
 赤外線が俺の情報を送る。
「うし、これでオッケーっと。逃げようと思わないでね。逃げたらこのアドレス、ネットに晒すから」
「明日変えるから、それ」
 扉の開く音がして振り向く。乗ろうとしたが右手を掴まれたままで無理矢理引っ張る形になった。
「アドレス変えんなよー」
 混雑した車内、鞄を間に挟んで向かい合う。適当にあしらったらなんだかんだと文句を言われたが、アドレスを変えるつもりはない。
 化粧の濃さとは対照に控え目な香り。
 はだけた襟元に目のやり場がなく、澄みはじめた窓ガラスの向こうを見遣った。
 鈍い光が曇天を照らし始めていた。

六時限目

 午前の授業が終わり、学食で一時間ほど過ごしていつもの四人組で遊びに出かけることにした。久しぶりの青空の下シンヤが新曲を披露するやらの話で盛り上がりながら門へ向かう。
 その足が止まったのは、門柱に寄り掛かっている人物に見覚えがあったからだ。着崩した制服を着た彼女は携帯電話を何度も開閉しながら俯き加減に立っていた。他の三人も彼女に気付いて立ち止まった。
 不意に彼女と目が合った。二十メートルくらいの距離が一瞬で縮まる。空高くから降り注ぐ陽の光が彼女の金髪に乱反射する。向けられた笑顔が、それ以上に眩しい。
 シンヤが何か語りかけてきている。ユウヤも俺を見ているようだ。自然と、足が動き出し、次第にその歩みを早めていった。
 そして、彼女の声が聞こえてくる。
「よ。待ってた」
 照れたように笑う彼女に、言葉をうまく紡げなかった。革靴の音が近づいてくる。
「どうして?」
「言ったでしょ? 私の言うことを聞けって」
「ほぉ、ツンデレちゃんだったか」
 シンヤが後ろから覗くようにして言った。
「ツンデレじゃないし」
 美知香がシンヤを睨むが、シンヤは怯む気配すらなくむしろ喜んでいる様子だった。そして頷き笑いながら言った。
「コイツのこと、好きか?」
 肩に手が置かれる。美知香が視線をぶつけてくる。心臓が跳ねる。その口が少し開きまた閉じる。そして、再びゆっくりと開いた。
「好き」
 え。
 その一文字が、胸を加減なく握られるような感覚と共に喉から全身へと響いていった。鼓動の一拍一拍がじわりと染みる。
「珍しいね。顔真っ赤だよ」
 ユウヤがいたずらっぽく笑う。
「いや、これは」
 身体全体に反響して息苦しい。その間にも顔に血液が集まっているのが分かる。
「男がツンデレでもかわいくねぇよ」
 そう言いながら、シンヤはユウヤを連れて校門を出て行った。曲がり際に気味悪い笑みを浮かべていた。
 残されたのは、俺と彼女と。
 冷静になろうと引き算をして気づく。
 タカシはどこ行った。
 振り返るがそこにはいない。何も言わずに帰ったのか。しかもこの状況で。
「さて、付き合ってもらうよ」
 彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「断る」
 そう言って門を出ようとしたが、手首を掴まれる。
「素直じゃないなぁ」
 不満気な彼女にため息で応えるしかなかった。細い手がそのまま下りていき、手を掴まれる。
 
 そのまま山手線で渋谷に降り立つ。土曜日ということもあり少し歩けばぶつかる程の人だかりだ。その中にあって、美知香は俺達を美女と野獣だと評した。実際は逆のような気がしたが、もちろん言葉にはしない。
 時刻は五時。歩き回って疲れたため、ファストフード店に入った。
「コーヒーだけでいいの?」
 そう言う彼女の前にはポテトとメロンソーダが置かれていた。ちなみにポテトはLサイズ。
「いや、お前のが変だろ」
「変だと思うなら食べるの手伝ってよ」
 ほい、とこちらに向ける。黄色いそれを一本つまむ。揚げたての温かさが咥内に広がる。
「お腹、空いてるんでしょ?」
 大きな目を細めて笑う彼女に促されもう一本、また一本と口に運ぶ。手が、湿っぽい。そんな俺を彼女はメロンソーダを飲みながら満足げに見ていた。
「で、どうしてこんなことをしたんだ?」
 ポテトを半分ほどたいらげてから訊く。今更ながらの問い。しかし彼女はなかなか答えようとしない。視線を逸らしカップをでたらめに撫でている。
「好き、だなんて嘘だよな?」
 一言発するごとに、苦い唾が舌の根を潤わせる。
「何がしたい? 俺をからかって楽しんでるのか?」
 その苦さから逃れるように低く唸るような語調になる。責めたてるつもりなんて無かった。彼女を責めたてるつもりなんて、無かったのに。彼女が何も言わないことが無性に苛立たしい。
 苦い、苦い。
 途中からしょっぱい唾も混ざって口の中が気持ち悪い。
 鼻が鳴る。
 喉が鳴る。
 眉間に力が入る。
 耐え切れなくなって、立ち上がる。
「ごめん」
 左手首に柔らかな感触。
 彼女がまた俺を引き止めた。
「ごめん」
 周りのお喋りに掻き消されてしまいそうな小さな声が、はっきりと届く。その手に導かれて再び席につく。
 笑い声が聞こえる。単位がどうの、今日は楽しかっただの、これからカラオケに行こうかだの。会話が浮遊している。
「悟は、見せしめだった」
 静かに、語り始めた。
「兄貴への見せしめだった。バカな私でもお前に勝てるんだって」
「何で俺なんだ?」
 怪訝そうな表情で俺を見る。
「あれ? 兄貴の大切な人って悟じゃないの?」
 知らない? スズキタカシって。
 スズキタカシ。学年屈指の天才で、俺の前に座る男。知らないはずはなかった。
 驚いてまじまじと美知香の顔を見る。色白なところとすっと伸びた鼻は似ていると言えなくもない。
「あんな兄貴に似たくもない」
 言われてみれば、と口を開きそうになって先を越された。
「何でだ? 頭よくて自慢できんだろ」
「頭良すぎるからに決まってんでしょ。バカじゃないの?」
 こう面と向かれてバカ呼ばわりされるのは流石に癪だが、彼女の光る瞳に口をつぐんだ。
「私はバカだよ。それでも頑張ったんだ。頑張ったけど、ダメ、だった。なのに、アイツは頭よくて。私が勝てるのは見た目だけだった」
 少し俯き、ゆっくりとかぶりを振る。
「違う。見た目でしか勝負できなかったんだ」
 挿絵の女性が脳裏に浮かぶ。
 自分は自分でしかないから、仕方ない。だから、どうしようもなく恨めしい。この我が身こそが。
 ポテトを彼女に向けると黙って口に運んだ。少しほっとする。
「しっかし、俺を連れ回すのがなんでタカシの見せしめになんだ?」
 次の一本へ伸びていた手が止まる。震えるその手を膝の上に置くと、冷たい笑みと共に言った。
「アイツが変態だから」
 
 アイツ、悟のことが好きなんだ。
 
 生温さが体中を走った。嫌な汗を感じる。
「え、あぁまぁ俺も好きだな」
 笑みが崩れているのが自分でもわかる。彼女は床を見てばかりで何も言わない。
 一人、また一人と店を出ていく。このまま俺達だけ残されるのではないかという想像に襲われる。
 そうか、そういうことだったのか。
 タカシが最近おかしかったのは、今日も急にいなくなったのはそういうことだったのか。
 頭では全てを理解していた。だが頑なにそれを拒む俺がいた。
「言っちゃった」
 呟きが微かに聞こえた。彼女は固く口を閉めていた。
「兄貴が、憎いんだろ? ならいいじゃないか」
 小さく首を振る。
「違う。違うよ。私は別に傷つけたかったわけじゃない。ただ、勝ちたかったんだ」
 顔を上げる。そこには今にも泣き出しそうな彼女がいた。
「けど、何でだろ。悟の前だとアイツを傷つけたくなる」
 あの人もアイツの前でこんな風に笑ったのだろうか。こんなにまで、自分の気持ちを吐き出すような笑みを向けたのだろうか。
 なら、彼女の問いの答えはきっと。
 ポテトを一本手に取り彼女にくわえさせる。
「まだ、時間はあるから。なんなりとご命令を」
 その呆けた表情がおもしろくて、吹き出す。彼女はニヤリと笑いながら言った。
「なら、反対側から食べなさい」
「もちろん、嫌です」
 営業スマイルで断ると、彼女は冗談が通じないなどと文句を言いながら残りのポテトを食べ尽くした。
 
 それから、俺達はカラオケに行った。普段行くメンバーがメンバーだけに新鮮な気分だった。それに、冗談ながらリクエストしたらアニソンも歌い出した。どうやらタカシの影響らしい。女声で聴くと同じ曲とは思えないのだった。
「今日は楽しかった、うん」
 スクランブル交差点のハチ公口付近。待ち合わせ、帰宅。様々な人々をスクリーンの明かりが照らす。電子音と共に改札を通る。
「そか」
 階段を上りきったところで、彼女がいないことに気づく。振り返ると数段下で携帯電話を開いていた。
「何してんだ? 邪魔になるから」
「消すね」
 見上げた顔に心臓が止まる。こめかみが拍動する。気づくと彼女の手首を掴み階段を上がってホームに出ていた。
「消さなくて、いい」
「でも、迷惑かけたし」
「迷惑なわけないだろ。? バカじゃないか?」
 掴む手に力を入れる。彼女に顔を向ける勇気はなかった。
 やっぱり彼女はあの人に似ている。今日一緒にいて確信した。
 山手線が止まる。扉が開く。引っ張り入る。周りがおかしな二人組に視線を向けてくる。
「バカって言われるのも、悪くないかな」
 扉に寄り掛かると彼女は言った。その笑顔を長く見ることはできなかった。襟元が開けているから。自らの吐息で曇る窓ガラスから外を見遣る。金星が輝いていた。
「あれが北極星?」
「バカだな、お前」
 それはむかつく、と言って携帯電話を見せつけてくる。画面では俺のアドレスが消去の危機に瀕していた。
「わかった。わかったから消すな」
 パタリと閉じると鼻を自慢気に鳴らした。
「だから言ったでしょ? アドレスは質だって」
 どうやら大変なもの大変な奴に渡してしまったらしい。
 それから少しして俺は降車駅に降りた。彼女は携帯電話を持った手を振り見送った。電車が去り、イヤホンを着ける。改札を出たところで携帯電話が震えた。
 美知香からの、初めてのメールだった。

零時限目

 あれから一週間ほど経つ。彼女と山手線で会うことが日課となっていた。それに対し、タカシは俺を避けるように、部活や委員会活動に没頭していた。
 ある日の放課後、委員会帰りのタカシを教室で待った。荷物はまだ教室にある。
 夕焼けが散らかった教室を赤く染める。
 生徒の談笑が廊下に響く。
 時を刻む音が耳に障る。
 机に座り、天井を見上げる。白いタイルに水漏れしたような跡がある。扉が開く音がして急いで目を向ける。タカシが驚いた様子で俺を見ていた。
「まだ残ってたのか」
「ああ」
 足を交互に振る。固い足音が近づいてくる。どんどん、どんどんと。
「お前に、聞きたいことがあってな」
 タカシは机脇に掛けられた鞄を持ち上げ、斜め前の机に腰掛けた。
「妹のこと、か?」
「そうだ。どうしてお前は黙ってたんだ?」
 沈黙が流れていく。ぶらつかせた足が机の脚にぶつかる。
「それしか、できないからに決まってんだろ」
 タカシはそのまま続けた。
「聞いただろ? 俺がお前を好きだって」
 黙って頷いた。
「俺は、妹が憎い」
「お前がそんな風に人を見るなんてビックリだわ」
「そうでもねぇよ」
 タカシは力無く笑った。その笑顔に夕陽が当たる。
「妹はモテるんだよ」
「お前だってモテたんだろ? 美知香から聞いた」
「バカだな。アイツも自分もモテればモテるほど、アイツが憎いし恨めしいんだよ」
 意味が分からず首を傾げる。タカシは穏やかな表情で外を見遣りながら言った。
「アイツには可能性がある。アイツは期待していい。だから嫌いなんだ」
「そっか」
 ようやくタカシの言いたいことが分かった。
 下校を促す放送が流れる。
「そろそろ帰んぞ」
 タカシは机から降り、鞄を肩に掛けると扉を開けた。俺もそれに続く。赤く染まった廊下には誰もいない。螺旋状の階段を下りながら俺達はいつも通り話をした。階段も終わり、門へと続く道の途中、タカシは急に言った。
「俺はお前のこと、好きだぞ」
 無表情で前を向いている。
「俺もだ」
 軽い口調で言ってやると、タカシは、それでいいと言って顔を向けずに微笑んだ。
 その微笑みに出てきたばかりの薄い月明かりが射す。
 その視線の先、門のところに月明かりに負けないくらい明るい金色の髪を持つ女性が立っていた。


 そしてまた一時限目へ

 日曜日。
 灰色の雲が広がっている。俺はまた彼女の「言うこと」を聞かされていた。相変わらずアドレスは質代わりに利用されている。事前の連絡無しに俺が変えたら自分も変えると言うのだから仕方ない。
 スクランブル交差点の向こうから彼女がやってくる。既に一つの用事を済ませてきた後なのだ。あの時のことを思い出す。
「そう言えば悟とはここで初めて会ったんだよねー」
 隣を歩く彼女が感慨深そうに言った。
「俺は違うけどな」
「え、そうなの?」
「その日の前日、山手線の中だ」
 突然、彼女の表情が曇った。
「どうした?」
「私、その日は学校休みだった」
 繋ぐ手が緩む。
「え、でも俺は確かに」
「兄貴だ」
 吐き出すように言った。手が再び固く繋がれる。
「アイツ、私に成り代わって」
「や、でも流石にそれは」
「その日の私、いや兄貴変じゃなかった?」
 考えて、気づく。
 あの日、タカシは登校遅くなかったか。
 あの日、タカシは俺と同じ電車だったのにちょっかい出してこなかったではないか。
 あの日、「彼女」は左手で何か作業をしてなかったか。
「だから、あの日兄貴に呼ばれたのか。制服着て来いなんて面倒なこと頼まれたけど、なるほどね」
 どうやらブレザーも秋冬の二着あるらしい。
「でも、どうして」
「知らないよ。大方、ただ回るのが面倒になっただけじゃない?」
 なるほど、と彼女に感心させられるのが少し悔しい。この数週間彼女に付き合ってきたが、彼女は自分で言うほどバカではない。時にこちらが驚くほど老成したことを言う。基本的にはバカなのだが。
「髪、大分黒が目立ってきたな。染めないのか?」
「悟は黒髪が好きなんでしょ?」
「はぁ? 誰がそんなこと」
「え、シンヤが言ってたけど。悟は黒髪の巫女さんが好きだって」
「いや、それはほとんどアイツの」
「隠さなくていいよ」
 そう言って跳ねるように腕にしがみついてきた。
「皆が皆、同じように回るだけじゃつまらないでしょ?」
 二の腕に感じる温かさに、継ぐ言葉がため息となって出ていった。
 やっぱりどこまでもあの人に似てるのか。
 山手線から出ても流される道玄坂の人混みの中、俺達ははぐれないようにくっつき、迷わないように歩を進める。
 どこまでも矛盾する。
 回りたくないから降りたのに、いつのまにかまた合わせている。
 同じになりたくないから変えたのに、いつのまにかまた同じになっている。
 タカシも今、山手線で渋谷に向かっているはずだ。美知香の紹介らしい。
「なら、黒く染めた方が早いだろ」
「これ以上、上塗りすんのは嫌だからね」
「そか」
 明日は月曜日。
 隣にいる灯もいつか消えてしまうのだろうか。いつか、この人混みに紛れてしまうのだろうか。
「黒くなったら巫女服でも着せるか」
 無理矢理、空いた手で頭を撫でる。すると美知香は思案顔をした。
「それはまぁ、考えといてあげる」
 でも、と続けた。
「そんなに心配しなくても、私はいつまでも、そこらの人より馬鹿な私だって」
 そう言ってくすぐったそうな笑いながら、抱く腕の力を強めた。
 空を見遣る。
 ビルの合間に除く雲の間隙から、滑らかな金色の光りが降り注ぎ美知香を照らしていた。

Puppets In A Circle(ツサミ)

男の子も、いけると思います。

Puppets In A Circle(ツサミ)

繰り返される日々の中で、一人の女子校生と出会う。しかし、偶然のように見えた出会いに、実は思惑があって……。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-08

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  1. 一時限目
  2. 二時限目
  3. 三時限目
  4. 四時限目
  5. 五時限目
  6. 六時限目
  7. 零時限目