裏通りで見つけた水晶

短いです。
ちょろっとでも読んでくれたらうれしいと思います。

裏通りで見つけた水晶


 いつもはまっすぐ帰るはずだった。
 でも、今日はたまたまだった。
 それが大きな間違いだった。
 ビルとビルの隙間の路地を俺は歩き続ける。
 いつもは怖くて仕方なかったが、今日は違った。
 なぜか惹かれるようにそのまま進み続ける。
 遠くにはぼんやりと紫色の光を放つテントが張ってある。
 ここからでは小さな文字であるが、「占い」と書いてあった。
 俺はふと振り返った。
「あれ……?」
 道がない。
 いつの間にか壁を背にしていて、この占いの館の奥に道が続いていた。
 だが、不思議と怖さはなかった。
 俺は誘われるままにそのテントをくぐった。
「誰もいない……」
 小さな台座があり、そこは三角錐の水晶があった。キラキラと光りを放っている。なぜかその光を暖かいと感じていた。
 惹かれるままにその水晶に近づく。
    「ご自由にお持ちください」
 と紙に書いてある。
「持って帰って良いのかよ!?」
 キラキラと光る水晶を手に取ってみる。
 ドクンと心臓が高鳴り、そのまま抱きしめる。
 そのまま俺は足が勝手に動いて奥の路地を歩いた。

「ただいま……へ!?」
 さきほどのことを思い出す。なんだか夢を見ているみたいだった。
「あ、おかえり。……お兄ちゃんどうしたのそれ?」
 妹のあかりが水晶を見ている。
「これは……」
「また、無駄遣いしたんでしょ!」
「いや、そうじゃなく」
「ほら、さっさと着替えて」
 俺の高揚感はまだ続いていた。おかしい、うきうきする。
 そのまま二階で机の上に置いて、さっそく妹のいるキッチンへ向かった。
「お兄ちゃん、学校どうだった」
「んーいつものこと」
「ぶー話してよ~」
 あかりは不満そうにつぶやく。
 そういわれてもな、話すことなんかないって。
 妹のあかりは中学生。そろそろ受験が近く、どうやら俺の通う高校を第一志望にしているらしい。あかりが言うには、「お兄ちゃんが居るから」らしいのだが、進路を考えて決めてるのか心配になる。
 俺はというと、妹と同様である。ああ、兄妹そろってダメダメとは。海外に赴任している親に相談できれば苦労することはないんだがな。
「それでお兄ちゃん、あの水晶ってなんなの?」
 妹の学校での愚痴を聞き流しているうちに、話題が移っていたようだ。
「ああ、あれは、路地裏で拾ったんだ」
「え、あんな綺麗な水晶を?」
「そうなんだよ」
 あかりがキラキラした目をしてくる。
「ねえお兄ちゃん、ちょーだい、ちょーだい」
 ほら来た。あかりはすぐに俺のものを欲しがる。俺のものならなんでも集めたいようだ。ジャイアンではあるまいし。学校の友達から聞いた話では、兄弟のおおさがりは嫌なはずなのに、うちの妹は違うらしい。むしろおさがりを欲しがってる。見たところ、俺の服とか着ているわけじゃないのに、いったいなんでだ。
 どうせ拾ったものだし、あげても良いかな。
「いや、だめだ」
「え~~~~~けちーーーーーー」
 口から出た言葉は否定だった。
 あれ? あげても良いと思ったけれど。
 なんだかおしい気がする。
「ちょーだい、ちょーだい」
「売っちゃだめだぞ」
「売らないもん」
「どーせ俺のおさがり売ってんだろ」
「違うもん。大事に持ってるもん!」
「じゃあなにに使ってるんだよ」
 さっきの威勢はどこへやら、あかりは唐突に目をそらした。
「いいもん、後片付けお兄ちゃんやってね。……ごちそうさま!」
 あかりはまるでなにかをごまかすように足早に二階へあがって行った。
 いったいなんだったんだ。
「ごちそうさま」
 仕方ない。すぐに水晶に向かいたいところだが、後片付けをやることにした。

「助けてくださいて……助けてください」
 食事の後片付けを終えて、水晶をいじっていたところ、頭にそんな声が響いてきた。
 うしろを見る。
 誰もいない。
 そりゃそうだ。俺の部屋なんだから。妹がいたら怖いし。
 首をかしげて、もう一度水晶を触ったりする。
「助けてください」
 まるで、頭の中に直接声を当てているようだ。
「ん、待てよ」
 水晶に顔を近づけると、その声が大きくなる。顔を離すと、声が小さくなる。
 まさか、この水晶が!?
 驚愕で体を固めたとき、水晶が光はじめた。
「な!? なんなんだ」
 体が吸い込まれるような感覚。抗おうとすうるが、無駄だった。
 助けを呼ぶ声と、不思議な水晶。漫画やアニメではあるまいし、俺にそんな不思議なことは起こるはずはないと思ってた。
 でも、これは明らかにその類だった。
 どう考えたって仕方がない。たぶん、女の子が困っているのだろう。
 意を決して、俺はそれに向かった。
 ビュン――
 意識が飛んでいく。
「うわあああああああああ」
 俺は顔に水晶がぶつかる寸前、意識を落とした。

 額が冷たい。
 後頭部はなんだかやわらかい。
 意識が覚醒してきて、体を包み込む暖かさを感じる。
 これは、あの感覚に似ている。そう、膝枕だ。
 しかも、このふとももは女性に違いない。
 俺は薄目を開けて確認する。
 予想通り女の子だった。
 俺は心の中でガッツポーズした。
 いつか縁があるかと思っていたが、まさか今日来るなんて嬉しくて仕方ない。
 彼女の顔をじっくりとみる。
 可愛い。
 あれ、なんか耳が大きくないか?
 まるで、漫画やアニメのエルフみたいだ。
 じーっとみていると、女の子と目がバッチリと合ってしまった。せっかくの至福の瞬間がこれで終わってしまった。
「ん、……あ、おはよう」
「おはようございます」
 彼女の透き通る声に、体が緊張する。
 俺は慌てて起き上がった。
「え、あれ、ここは?」
 彼女も気になったが、この部屋も気になった。
 俺の部屋じゃない。屋根は少しぼろぼろで、でも、暖かい。
 横に目を向けると暖炉があった。
「あの、呼び出してすいません」
 目の前の耳が長い少女が頭を下げる。
「え、ここは」
 少女は目をそらし、申し訳なさそうに言った。
「……たぶん、あなたが居た世界とは違います」
 世界? まさか異世界!?
 もう一度周囲を見回す。
 たしかに、俺のパジャマは周囲から浮いていた。
 な、それじゃあ。
「妹のあかりは!? 妹は!?」
 俺は少女の肩をつかんで揺さぶっていた。
「……ここには呼んでません」
 俺は茫然として、床に腰をおろす。
「あの、私、ユーグリアといいます。すいません、あなたの名前は?」
「俺の名前は、ひさしだ」
 少女も苗字を教えてくれなかった。これくらい良いだろう。
「ひさしさん、ですね。あのこちらに座ってください」
 ユーグリアはテーブルを指す。
 俺はなげやりのままそこに座った。
 開口一番、俺は一番聞きたいことを問い質した。
「なあ、俺って帰れるのか?」
「はい、帰れます」
「じゃあ、帰してくれ」
「それは……助けてください」
 彼女の真剣な目から目をそらす。
 俺は悪いことをしてないはず。でも、なんだか心が痛む。
 ここへ来たのも、ユーグリアの「助けて」に反応したからだ。
 妹や両親の居る世界となぜだか離れてしまった不安になっていた。その不安に支配されていた。
 ええいままよ、とりあえずどういう理由か聞いておいても損はない。
 ユーグリアは強引に頼めば帰してくれる、そんな感じがする。でも、ここまで来てしまったなら、最後まで行くしかない。
「どういうことだよ」
 そっけなく言いはなった。
 ユーグリアは最初ぽけーっとしていたが、すぐに嬉しそうに話はじめた。
「いま、この森は危機なのです。あなたの魔力が必要です」
 俺の魔力?
 魔力はないけど、そういえば昔、幽霊の少女を助けた気がする。あのときいらい、なぜか霊感はなくなったが、あのことだろうか。
「魔力? そんなもんないぞ」
 とりあえず、そういうことにした。
 霊感って言っても、この世界には通じないだろ。
「……おかしいですね。水晶はちゃんと魔力に反応しているはず」
 ユーグリアはそういうと、俺の部屋に置いていた水晶を取り出しておいた。
 彼女がそれを俺に近づけると、水晶が輝きだしている。
「これは、俺に魔力があるってのか」
「はいそうです」
 彼女は俺に水晶を渡した。
「いま、この森は危機に瀕しています。なぜか、魔力の泉が枯れ始めたのです」
 魔力の泉が枯れる? それと俺の魔力にどういう関係が。
「ひさしさまの魔力を使って、魔力を呼び戻そうということです」
 呼び水ってやつか。それなら簡単な仕事に違いない。
「お願いです。力をください」
 ユーグリアが頭を下げる。
 そんな簡単な仕事ならお安い御用だな。
「ああ、まかせてくれ」
「あ、ありがとうございます」
 ユーグリアのその時の笑顔は水晶よりまぶしかった。

 ユーグリアの家からしばらく歩いていくと、泉があった。
 その泉の周囲は枯れ始めていて、様相は一変していた。
「あれです」
「俺はどうすればいいんんだ?」
 魔力の出し方なんぞ知らないぞ。
「水面に手を付けて念じてください。私もそこに力を注ぎます」
 俺は言われたとおり水面に手をつけた。
 そして目を閉じる。
 右横に気配がする。ユーグリアも同じようにしたのだろう。
 とにかく手に力を込めてみた。
 ぞわっと体に悪寒が走り、手からなにか放出される感じがした。
 左横にも気配が?
 精霊といわれるやつか!?
 いや、違う。
 俺は慌てて目を開けると、そこには斧を持ったゴブリンと言われるものがいた。
 そうか、こいつが泉を枯らした原因か。
 しかし、答が出たころには目前に斧が迫っていた。
 万事休す、か。
 半ば諦めたところ、隣で気配が動いた。
 まさか、ユーグリア!?
 それと同時に肉を切る音が二つした。
「ギャアアアアアアアアアアア」
 魔物の絶叫。
 魔物の体は一瞬で燃え上がり、炭になる。
 俺はそれを無視して、ユーグリアを抱きしめた。
 ユーグリアは袈裟切りに切られていた。
 血があふれ、俺の体を真っ赤にする。
「しっかりしろ、ユーグリア! しっかりしろ!」
 会って数時間の女の子だが、なぜか親しみを持てていたことを思い出す。
 いつもの俺なら、もっと素っ気ない態度をとるにちがいない。
「ひさしさま、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。それより自分の心配しろ」
 ユーグリアはほっとしたように言った。
「私はエルフですから、すぐによみがえります。このくらいへっちゃらなんですよ」
 そういうことじゃない。
「そうじゃないだろ。痛いだろ! 痛いんだろ」
 彼女の顔は苦痛に歪みはじめていた。
「ふふ、気づかれちゃいましたか。……エルフは不老不死でも痛みから逃れられないんですよゴホッ」
「俺が間抜けだったから」
 拳をにぎりしめる。
 そこに彼女は手を重ねてきた。
「いいえ、それに見てください」
 魔力の泉はさきほどと違って輝きはじめていた。そういえば、俺たちのところまで水面が到達していた。
 彼女の顔は突然おだやかになった。
「ふふ、眠くなっちゃいました。どうやら休眠の時間ですね」
「お、おいしっかりしろ」
「ふふ、心配しないでいいですよ。救援は来ますから。ちゃんと帰れます」
「そういうことじゃない」
「いいえ、そういうことです。……ひさしさま」
「なんだよ」
 ユーグリアの体が光り始めた。
「ありがとうございます」
 彼女の体は細やかな粒となり、一つにまとまって、空高くへ飛んで行った。
「ゆーぐりあああああああああ」
 俺は腰をおろした。
 もうユーグリアは戻ってこない。会えない。
 だって俺はこれからもとの世界に帰るのだから。
 力が出ないからだを無理やり立ちあがらせ、彼女の家へ向かう。
 行きはさびしくなかったのに、いまはもう寂しかった。

 ユーグリアの家で水晶を見つめる。
 水晶は俺に反応し、白くかがやいていた。
 ドンドン――
 ドアを叩く音がしてので振り返ると、そこにはユーグリアと同じエルフが立っていた。
「そうか、間に合わなかったか」
 そのエルフは俺を睨み付けて言った。
「さあもう用は済んだはずだぜ。帰りたまえ」
 勝手に呼び出され、また帰らせる。
 ユーグリアがいれば反論出来たかもしれない。でもいまはもう気持ちが萎えてしまった。
「その水晶にお前が帰りたい家を念じるがよい」
 言われるままに家を念じる。
 イメージのあかりは心配そうな顔をしていた。
 キュイイイイイン
 水晶が音を立てて光を発し始める。
 俺はそれに抵抗せず、吸い込まれていった。

「ん」
 顔をあげてみる。どうやら机で寝込んでしまったらしい。
 あれは夢か? 水晶は?
 部屋中を見回すが、見つからない。
「ねえ、おにいちゃーん。……お兄ちゃん?」
 妹のあかりが入ってきた。ノックをしろって言ってるが何回言っても聞きやしない。
「なんだよあかり?」
「あれ、水晶? ……あれあれ」
「おまえ今水晶って言ったか」
「う、うん」
 夢でなかった! じゃあ、ユーグリアは居たんだ!
 でも、死んでしまった。
 ピンポーン
 チャイムが鳴った。
「あかり、たのむ」
「もう…はーい」
 ドタドタと音を立ててあかりが階段を下りる。
「お兄ちゃーん。なんか、耳が長いお姉さんが」
 小さい声でもう一つ聞こえてきた。
「私はゆうぐりあと言って」
 俺は飛び跳ねて、階段へ向かった。
「ユーグリアああああ」
「ぬぬぬ! お兄ちゃん、この女のひと誰!?」                 END

裏通りで見つけた水晶

一万字ってけっこう量ありますね。
これで約6000字かあ。

裏通りで見つけた水晶

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-04

CC BY
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