ChangeSword
プロローグ
「幸福な世界って、あるのかな?」
「知らないよ、そんなもの」
僕は半ば投げ捨てるように言った。彼女は少し困った顔をして、でもいつもみたいに優しい笑顔で僕に話しかける。
「ねぇレン、もしそんな皆が幸せな世界があったら、私でも幸せになれるのかな」
「皆が幸せな世界なんだろ、だったらそこにいる人たちは全員幸せじゃないか」
口の中に鉄の味が広がる……悔しくて、ただ無力な自分に腹が立つ。したしたと降って来る雨が身体の熱を奪っていく。そっと彼女の指が僕の顔に触れた。その指はとても綺麗で、優しくて、でも……今はとても冷たくて。
「……泣かないで」
「え」
「ねぇレン、お願いだからそんな顔しないで」
泣いてる、のかな僕は。雨のせいで顔も濡れているから自分が泣いてるのかなんて分らなかった。というか、泣いちゃいけないって思ったから我慢してたのに、こんな……
「ごふっ」
「あっ……」
もうどうしていいのか分らない、誰か……誰か助けて。
声にならない声が僕の喉を締め付ける。徐々に冷たくなっていく彼女の身体は雨だけのせいじゃない事を、足元に広がる赤がそう現実として突きつけられる。
「レン……最後にね、聞いてほしい事があるの」
「最後なんて、そんな悲しい事いうなよ」
声が震えてる、身体も、心も、ひび割れて今にも壊れそうな、そんな感覚。
「私ね、記憶が戻って凄く怖かった。偽物の先生、記憶のない友達。皆が嘘ついてる。世界中が私を見張ってるような気がして。レンは、こんな世界で一人で戦ってたんだね……たった一人で。だから私は、私だけはレンのホウトウになってあげたい。って……」
僕はあの日からずっと嘘をついて生きてきた。
生きてるっていう嘘を……
名前も嘘、経歴も嘘……嘘ばっかりだ。まったく変わらない世界に飽きて、でも嘘って絶望であきらめることも出来なくて……
だけど手に入れたんだ、そんな世界を壊す『力』を……
序章
神聖ネイロフィア帝国。
世界の三分の二をその手中に収めたのは、今から約五年前。外部に比べ数十年進んだ高度な科学技術を持ち、遺伝子操作によりネイロフィア皇族のほとんどは生まれながらにして「超人」と呼ばれるような身体能力や頭脳を持っていた。
オーバーテクノロジーによりこの世界を蹂躙した第八十三代皇帝サイレン・プラウエル・ネイロフィアは「完全で幸福な世界」を掲げすべての人々の「不幸」を無くすために世界そのものを管理、統一しようと動き始めた。第三次世界大戦、これによる死者は当時の人口の約半数にのぼり
各国はネイロフィアの兵器に成すすべなく堕とされていく。
「幸福なのは義務なんです。幸せですか、義務ですよ」
文字通り歌いながら世界侵略は始まった。
世界の三分の二を手に入れたネイロフィアはそれまでのネイロフィア皇国の名を改め、その時より神聖ネイロフィア帝国と名乗った。
不幸のない皆が幸せな世界というのは、どういった世界なんだろう?答えは簡単だった。皆が一つの思考の元に統一されて、誰も不安や不満何一つ抱えることのない世界。素晴らしく完全な幸福世界。そんな幸福世界を良く思わない人間、ここでは不幸分子と呼ばれる人達なのだが、簡単に言ってしまえばレジスタンスのようなものだ。
発言の自由、思考の自由。確かにすべてが管理されているのは幸福なことなのかもしれない。予定通りなんの障害もなく事が進むことは、別に悪いことじゃないのかもしれない。
偶像崇拝、という言葉がある。
偶像を信仰の対象として重んじ尊ぶこと。神仏を具象するものとして作られた像などを、信仰の対象としてあがめ尊ぶこと。
また、あるものを絶対的な権威として無批判に尊ぶこと。「偶像」は神仏などにかたどり、信仰の対象として作られた像。崇拝や盲信の対象となるもののこと。
人間という生き物は不安定な生き物で、それは感情、自我があるからある一定までの思考以上は周囲との軋轢を発生させてしまうことがある。人のそれぞれの価値観を哲学といい、それに明確な「理由」を付けたもの、個人の価値観ではない絶対的規律。
ここでいう偶像、神とは、現時点でいうと第八十三代皇帝サイレン・プラウエル・ネイロフィアのことなのだ。
街の大型ビジョンや広告塔、各所に設けられたディスプレイから流れる我らが皇帝陛下のお姿と……
「不幸分子ねぇ。まったく、何が不満なのか俺には分らないな」
放課後、クラスメートと街を歩いていると、いつもの日常的に流れている映像が目に入ってきた。無数の監視カメラによりこの街では、というか、神聖ネイロフィア帝国の統治国、聞こえはいいがいわゆる植民地だ。そこではこんな風にカメラで国民を監視、ディスプレイで映像を流すことによって潜在意識に刷り込むっていう、げすいやり口を取っている。
この隣に歩いているウィルという人物は一言で表すならスポーツマン、といった感じだ。褐色の肌に黒くて短い髪、背丈も、まぁ僕自身が一般的な平均身長に比べれば低いせいもあるのだけど、隣で歩かれると少々勘に触る。体格もいいし性格もさっぱりとしてるから異性からも好かれやすい。僕はまったく興味がないけど。
興味がないといえば街を埋め尽くすニュースにしたって今更だ、それに……。
「同感だね。というか……そもそも不幸分子だとか幸福が義務とか、そんなモノ自体興味ないよ、僕は。自分の見てきたもの、見えるものだけにしか興味ないね」
僕は心の中の気持ちを飲み込むように、そして変わりに別の言葉を吐き出すことでそのストレスを解消した。実際に興味もないし、別に嘘を付いている訳でもないのだから問題は無い。嘘なんて、今更増えたところでどう現実が変わるわけでも、変えられる訳でもないし。
「相変わらず素っ気にね、レンは。ま、お前のそのクールなところが好きって女もいるんだから、やっぱりこの世界は幸福なんじゃね?」
この友人に納得しないところをあげるとするならば、二人の身長差と、この軟派な自分の性格に僕を巻き込むところだ。
「ウィル……何度も言うようだけど僕はそういうのにはまったく興味ないんだが」
「ところでさ、今日これから合コンあるんだよ。向こうにはお前も来るって行ってあるから行かないか」
「君は僕の話を聞いていなかったのか?それに僕がいつ行くなんて言ったのさ、事後報告も甚だしいね」
「ほぉ、この間の三本勝負の結果……勝ったのは、さて誰だったかねぇ?」
「くっ、……ず、ズルいぞ」
たまにする賭け事。いつも三回勝負で二本先取した方の勝ちというゲームで内容は様々。今回は試験があったのでそのテストを賭けの内容に選んだんだけど。まさか学力でウィルに負けるとは思っていなかった。体力テストもあった為に、それはウィルの方が有利であるのは明白。だったら他の二つの教科を集中して勉強すればよかったはずなんだけど。今回は僅か二点差で負けてしまっていた。
この三本勝負はお互いの能力差を考慮して勝負をフェアにする為に総合点数でのジャッジはしていない、それが今回の敗因であるが、仕方ないと諦めるしかなかった。
「はっはっはっ、まぁそうカリカリしなさんな。つかよ?俺はお前の為を思って言ってんじゃんか。たまには息抜きも必要だぞ?」
「はぁ……分ったよ、僕の負けだ」
「よぉし、決まりだ。んじゃ、早速行こうぜ」
言うなりウィルは僕の腕を引っ張っていった。ち、ちょっと痛い。僕は少し上ずった声で話しかける。
「行くってどこに?」
「ん?合コンに決まってんじゃん」
「は?ち、ちょっと待てウィル!いくらなんでも制服で行くのはマズいだろ!!」
「大丈夫、大丈夫。向こうも制服だし、それに同じ学校なんだぜ」
「え、お、おい!」
「さぁ、目くるめく青春学生ラブコメライフを堪能しようぜぃ」
この時、ウィルはこれから自分の世界は変わると言っていた。それは彼自身じゃなくて僕もだと。
そしてそれは、現実へとなった。
変わるでは生ぬるい、「破壊」というに相応しい変革が起きたんだ。
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