とんぼすいっち

long_bonu

毎年のことなのだけど、辛い思いをするのは見え見えなのに、
どうしてギリギリまで荷物を溜め込んだりして、
毎日少しずつ持ち帰るということをしないのか、できないのか、
自分自身で呆れてしまうのだけど、それができないのが僕だった。
夏休みを一週間ほど後に控えたころ、どの順番で荷物を持ち帰るかなんて
そんなことを思案するほど僕は醒めた子供じゃなかったのだと思いたい。
そして、遊ぶ予定をきっちりたてるわけでもなく、
毎日好きなように時間が使えるという、その一点に喜び打ち震えていた。
いつもよりもちょっと遅くまで起きていられる。遅くまで寝ていられる。
このことがとても嬉しかった。
実際は親に口うるさくどやされて、そして結局はいつも通りの時間に眠くなって、
朝は朝で、はやく遊びに出かけたい一心で早起きしてしまうのだけれど。

夏休みの、子供達の朝は早い。
午前7時頃には、近所の子供達と顔を合わせる。
ラジオ体操は面倒で忌々しいけれど、近所の連中と会えるのは嬉しかった。
そしてそこが、今日一日のスケジュールを決める打ち合わせの場所になった。
スケジュールといっても、何時に誰の家に集合するかを決めるだけだったし、
その当時大勢の子供が集まっても問題ない家というのは大体決まっていて、
そのいくつかの候補からローテーションを組んでいたから、
「会議」はほんの数分で決着した。
まるで長い時間をかけることがステータスであるかのように、
誇らしげに長時間の会議を催したあげく
問題を先送りにする大人達に見習わせたい。子供は優秀だ。
大急ぎで自転車を漕ぎ、家に帰り、朝食を摂るのも煩わしく感じて、
その上に宿題をどうにかしろと母親からの小言にこれまた煩わしさを覚える。
ブツブツ言いながら、問題集の簡単そうな部分を
ほんの1~2ページほど適当に埋めて、
それで無理やり納得させて家を出る許可を取り付ける。
どこの家でも同じようなもので、結局みんなで集まることができたのは、
午前10時を過ぎた頃だった。

遮るものなんて何一つない空から、強烈な陽射しが容赦無く照りつける。
視界に映るもの全てが、まるで氷でできたオブジェのように、
ドロドロと融けて見える。
肌が焼け、真っ赤になってヒリヒリする。
水でも浴びたあとのように、全身が汗で濡れた。額から降りきて、
眉毛を乗り越えた汗がたまに目に入ってきて、ピリピリとした刺激に襲われる。
拭い去るために目をこすり、クリアになった視界で行く先を見つめて、
一心不乱に自転車を漕いだ。危険な目に合う可能性なんて、なにひとつ考えない。
如何に周囲の保護によって生かされているかなんて、まったく思い至らない、
それが、目的……この場合は、「友達と遊ぶ」……の達成のみを
ピュアに遂行できる、とても大切な要素だった。
集中力を分散する必要が少ないという事が、
どれだけの武器になるかを知るのは、
それが難しくなる大人になってからだった。

約束の場所に集まる頃には、みんなすでに汗だくで、暑さからか息も荒かった。
だけど疲れているわけではなく、これから始まる、
ただただ夢中で楽しめる時間に目を輝かせるばかりだった。

「なにをしようか?」

一応誰となくそんなことを口にするけれど、これもだいたい答えは決まっていた。
その時々で、みんなが夢中になっている遊びがあって、
それがある間隔でローテーションしていたからだ。
夏休みのこの時期は、朝の早い時間であれば虫を採りにいくし、
小学校のプールが開放されている場合はそこへ、そうでなければ市営のプールへ、
または近所のバッティングセンターや、駄菓子屋で適当にお菓子を買って、
それをつまみながら一回10円くらいの、
当時ですでにレトロと言えるようなゲームをプレイした。
もちろん、いつもそんな贅沢ができるほどお小遣いが自由だったわけじゃないから、
体一つで成立する遊びが多かったのは当然だった。
鬼ごっこ、缶けり、かくれんぼ。
大勢が集まることができる家は、庭も広く、
その敷地内に母屋以外にも多くの建物が立っていた。
身を潜める場所には事欠かなかったから、
そういった逃げ隠れする遊びにはうってつけだった。
なかでもとくに缶けりはスリリングだった。鬼が守る缶を蹴り飛ばすために、
ほかの仲間と連携をとり、または単独でひたすら隙を狙い隠れ続ける。
ただそれだけなのに、信じられないくらい夢中になれた。
大人ならば顔をしかめるような、何がいるかわからないような茂みに潜り、
洗濯の面倒を知らないから地べたを這い回ることだって平気だった。
身体中のあちこちに細かい傷を付けるけれど、
缶を蹴りあげるためならばまったく問題にはならない。
自分が潜んでいる茂みと、鬼を挟んで50mくらい先に、
母屋の影に仲間が一人隠れていた。目があった気がした。
あいつは足が速いし、缶をまで距離が近かった。
ギリギリまで鬼に近づいて、缶を蹴りに走る。だけどやっぱりダメだった。
足が遅くて距離もあった。わかってた。でもそれでよかった。
鬼の背後から猛烈な勢いであいつが走り込んできて、
意表を突かれた鬼が缶を踏む間もなく蹴り抜けた。
他に捉えられてた仲間も解放され、見事に連携が成功した。
こういう瞬間、異様な高揚感に包まれる。
単独でみんなを救っての英雄扱いされるのも気持ちいいものだけど、
やっぱりみんなで団結して上手くいったときの一体感は格別に思えた。
この頃はまだ「みんな」で一緒になにかを成すという、
今ならば気色悪いと思ってしまうような「団結」なんて言葉が強く息づいていて、
誰も疑問に思ってなかった。それはとても心地よいもので、
単に仲間の内にいれば孤独ではないということもあるけれど、
自分とツラとツラ付き合わせて、禅問答みたいなことをする必要から逃れられる、
自分というものの所在の証明を友達とかクラスに投げてしまえる気楽さがあった。
僕たちは、無意識ながらも子供心にそれを感じ取っていたのだと思う。
外で体を使う遊びは、一体感の快感を得るに容易い、絶好の遊び方だった。

午前中いっぱいを缶蹴りに費やして、
昼も過ぎるといったん解散になるのが常だった。
たまに遊び場になった家でお昼をご馳走になることもあったけれど、
子供ながらに遠慮はあるようで、
誰となしに昼メシの後にまた集合しようと自然に解散となる。
みんなの言葉の端々に、もどかしさと諦めが綯い交ぜになって滲み出る。
またきた道を戻る。
今度はすこし具合が違って、来る時は気にならなかった太陽の光とか、
ジメジメとした空気なんかが妙に嫌味に感じてちょっとだけ不機嫌になる。
全身を覆う汗が鬱陶しくなってきて、自転車を漕ぐ気力を少しずつ殺いでいった。
家につく頃にはヘトヘトで、
いい加減な朝食の摂り方も祟って凄まじい空腹に襲われてもいた。
こういう時の食事は何を食べても美味しい……、のだけれど、
テーブルの上に並んだ、涼しげで繊細で淡泊で、夏の食卓の主役であると主張する、
あの忌々しい素麺を見つけた時には、さすがに深い深い脱力感に襲われた。
子供には良さが分からない。心地よい喉越しとかほのかに感じる小麦の香りだとか、
トッピングで味に変化を加えて楽しむだとか、わかるわけない。
お肉とか白いご飯を食わせてほしい。
一通り文句を言いながらも食卓について、
ほかの家族が揃うのを待たずにガブガブと、それこそ飲むように素麺を流し込んだ。
ツユの味しか感じることができない。
大人たちは変なにおいのする緑色の葉っぱとか、縦長に刻んだ、
これまた凄い香りのする何かの実のようなものを一緒に、嬉しそうに食べていた。
一度ためしてみたのだけれど、
強烈な癖のある青臭い匂いと味に嫌な衝撃を受けただけで、
二度と食うまいと心に誓った。大人にならないとわからないね、
なんて笑われたけれど、別に大人になっても理解できなくていいやと思った。
空腹にまかせてとにかく押し込めるだけ押し込んだものだから、
気がつくとお腹がパンパンにふくれていて、すぐ後に強い眠気が襲ってきた。
風のぬける縁側で横になって、うつらうつらと庭を見つめる。
しぼんだ朝顔とか暑苦しいくらい健康的に咲き誇るひまわりの列、
零れ落ちてきそうにたわわな白い雲、
慣れない人には多分やかましくて仕方ないであろう、鳴き喚く蝉の声も、
毎日きいているとまったく気にならなくて、
だけどちゃんと聞いてやれば色々と個性があって面白かった。
午後は何をして遊ぼう。みんなと何をして遊ぼう。はやく集まらなきゃ。
はやくいかなきゃ。はやく……はやく……。

ほんの30分くらいだったと思うのだけれど、
随分と長く寝過ごしてしまったような気がした。
お腹にかけられていたタオルケットを跳ね除けて、
誰にいうでもなく行ってくるねと叫んでから自転車に飛び乗った。
立ち漕ぎで一心不乱に目的地に向かうのは、午前と同じだった。
お腹の調子も良い。日差しも汗も気にならなかった。
もうみんな集まっているかもしれない。そう思うと気が気じゃなかった。
盛り上がっている最中を逃したらこれほど惨めなことはない。
幸い、まだ全員が集まっていたわけではなくて、僕の他に三人いるだけだった。
こういうとき、皆が集まるまではだいたい昨日のテレビか
ゲームの話題で盛り上がった。
見る番組はだいたい共通で、それは別に話題に乗り遅れるからとか、
そういったネガティブな理由からではなくて、
単純に番組が面白くて、アニメもバラエティも、食い入るように観ていた。
そしてゲームソフトは仲間内では共有資産だった。
だれかが新作を買えば、暫くらくはそいつの家が溜まり場となり、
一致団結しクリアまでの苦楽を共にした。クリア後、ソフトは順番に貸し出され、
他の連中もその物語を更に深く共有することになった。
大体がみんな同じゲーム機を買ってもらうのだけれど、
なかには親の勘違いから主流から少々「外れた」ハードを与えられる子もいた。
悲惨の一言だけど、それはそれで物珍しさから人気者になる場合もあったし、
あるいは捻くれてマニアックな道を独り歩み始める事になる。
でも、集まってしまえばどうでもよかった。
その場とその時間、その瞬間が全てだから。
少しだって先を心配する余裕なんてないのだから。さぁ、何をして遊ぼう。
そろそろ仲間が、みんなが集まるころだ。午後は長いんだ。なんでもできる。

雲なんてカケラもかかってなくて、相変わらず太陽だけが空にあった。

泥と埃、汗も、場合によっては擦り傷とか。
だいたい親が嫌がるものを色々と身体中に纏って自分の家に戻ってくる。
夕方と夜の境目くらいで帰宅すると、ちょうど夕食の準備が整うころで、
だけどそれは少しだけ小言を喰らうタイミングでもあった。
もう少し早く帰ってこいと言う。
適当に返事をしてから、続けて夕食の献立の話題に切り替える。
母が張り付く鍋の中を、その横からちょこんと覗いてみる。

そうめんだ……。

なぜだかは分からないけれど、
芸能人は……というか、テレビに出ている人は死なないと思ってた。
夕飯後のダラダラとした時間の流れの中で、
ただ、ボーっと垂れ流されるテレビ番組を見るでもなく眺めていた時に聞いた、
両親が交わす何気無い会話が妙に印象に残っていた。
それは、有名なアイドル歌手が病気で亡くなったとかいう話で、
あまりの若さにみんな驚いていたらしい。
若いと言っても、30も半ばくらいの年齢で、
小学生からすればまったく共感できない、ずっとずっと先の、
想像すらできない未来の話だから、若さ云々には感慨なかったけれど、
あれだけ華々しくテレビで活躍していて、見ない日は無いくらいの人気者が、
ある日を境に突然姿が消えてしまったという事実に、
なにか途轍もない無常感……というとなにか達観した感じで嘘くさいけれど、
「人って死んじゃうんだな」なんて、実感にはまだまだ何歩も足りないけれど、
そんな、ぼんやりとした不安みたいなものに包まれていた。

小学生にとって夜更かしは、
長い休みの間だけに味わえる大きな楽しみの一つだった。
その頃10時を過ぎて起きていることは殆どなくて、
11時をまわり12時が迫るその瞬間には、妙な緊張と興奮に気分が昂ぶった。
一人自分の部屋でゲームのコントローラーを握りながら、
起きているのは自分だけなんだということを、
弱々しい虫の鳴く声だけが響き渡り、静まり返って物音一つしない、
夏の湿気が混じった、しっとりとした静寂で理解した。
罪悪感と高揚感が、そしてもちろん強い眠気。
それら綯い交ぜになって、頭がボーッとしてくる。たぶんその感覚が、
深夜という時間帯を更に魅力的に感じさせていたのだと思う。
誰もいない、自分だけの世界。ちょっとした優越感が心地よかった。
このまま時間が進んでいくとどうなってしまうのだろう?
いつまでも続く真っ暗闇のこの世界がいつまでも続けばいいのに。
だけど大体、いつの間にか眠気に負けて、
連続する一日の流れを目に見ることはなかった。
まだまだ深夜には見知らぬ魅力が残っていた。

午前6時。自然と目が覚めるけれども、
それは夢の世界から意識が戻ってきたというだけであって、
身体を起こせるかどうかは別だった。夏用の薄い被り布団を股に挟んで、
グズグズと寝返りを繰り返していると、
バタバタという忙しない足音が近付いてきて、「あぁ、マズイな」なんて、
焦りだか恐怖感に似たものが、不明瞭な頭の奥でムクムクと膨れ上がってきた。
なんの躊躇いも遠慮もなく、トイレのドアを開けるのと同じくらいガサツに
僕の部屋のドアを開けて踏み込んでくる母に、
何故だか最近、少しだけイライラさせられるようになった。
勢いそのままに、反対側の窓までドカドカと歩き通し、
淀みない動きでカーテンと窓を全開にする。
ムアッとした、朝の湿気をはらんだネバネバした空気が部屋に流れ込んできた。
とても寝ていられる状況では無くなって、
母が放つ「いい加減に起きなさい」という言葉に止めを刺される。
不愉快満面で部屋を後にして居間までダラダラと足を引きずって歩いていくと、
父がテレビでニュースを見ているので、
とりあえず近くにちょこんと座って一緒にそれを眺めることにした。
なにか色々と事件が起きているのはわかる。
人が殺されたり、洪水が起きたり、戦争やったり。
だけど、僕にとって大切なのは、今日のお天気の具合だけだ。
ニュースが終わると天気予報がはじまる。
どうやら今日もほとんど雨の心配はないらしい。
この時期、この地域に特有の突然の激しい雨は、
住み慣れた人間には雲と風の感触から予測できたので問題なかった。

ラジオ体操は近所の公民館でも行われていた。そこは自転車で数分のところで、
この周辺の子供達が所属する子供会の拠点になっていて、
春夏秋冬、それぞれの季節には様々な行事が催される。
田舎特有の無駄に広い敷地には、公民館の他にお寺も建っていて、
それら建物の北側には、これもまたなかなかの広さで墓場となっていた。
そういう場所だから、子供達にとっては格好の遊び場の一つになっていた。

やる気を全く感じられない、クラゲのようにノロノロと手足を動かして、
面倒でなんか気恥ずかしい体操の時間をやり過して、
皆勤を証明する以外にはあまり意味のないスタンプを押してもらって、
それから自然とみんなが集まりはじめて今日の予定を相談する。
毎日のことだし、面子も変わらない。
そして決定すべき事項が一つだけなのも変わらなかった。
今日の集合場所はここ。この公民館だ。
そうなると、今日は少しだけ小遣いが必要になるかもしれない。
この場所の魅力は、その敷地の広さや込み入った墓場の作りもそうなのだけれど、
すぐ近くには駄菓子屋があるということも、その一つだったから。

朝食を摂っている間、考えていることは財布の中身のことだった。
幾らか残っていることは確かだけれど、心許ないのもまた確かで、
それでは今日一日を、惨めな思いをして過ごす可能性があるということに
気が気じゃなかった。
箸のあいだからご飯粒がこぼれ落ち、だらしないと母に注意される。
しまったと思った。小遣いをねだるタイミングを逸した気がした。
これ以上の失態は許されない。まず気持ち悪いくらいに丁寧に謝って、
それから同じくらい「らしく無い」上品さで食事をすすめた。母が訝しんだ。
そして食事が終わると自分の食器を重ねて、台所まで運んで行って、
それだけならば偶に気紛れでやっていることだけれども、
その日に限っては食器を洗うことまでしたのだった。
母が更に訝しんだ。そしてその頃には大体察しているようで、
お母さんと話しかけると間髪おかずに切り返してきた。
「小遣いでしょ?」って。

あってないような、普段のお手伝いと勉強の約束と引き換えに、
望みを超えたみかえりを手にすることができた。
500円という金額は、大人になってしまえばどうということも無いのだろうが、
子供にとっては驚くべき大金だ。
他の硬貨とは違うその大きさが、その重みが、厚みがより特別なものに思わせた。
100円玉5枚とでは、また有り難みが違うように感じた。
とはいえ、無造作にポケットに突っ込むあたり、
本当に有り難みを理解しているのかは怪しいものだったけれど。
ガサツな子供らしかった。
とにかく今日一日を楽しむための、大切な条件の一つは整った。
踵のつぶれた泥だらけの靴に足をつっこんで玄関を飛び出して、
サビだらけの自転車にまたがって、
みんなが集まる公民館を目指して走り出すだけだ。
少しだけ曇がかっていたさっき迄の空は、
それがまるで冗談か幻だったかのようにギラギラとした青空に変わっていた。

公民館に集まると、大体がかくれんぼで遊ぶことが定番となっていた。
この辺の子供達が遊ぶかくれんぼには、所謂ローカルルールのようなものがあって、
それは、もしかしたら全国どこでもそうなのかもしれないけれど、
隠れる側のプレイヤーがあちこち移動しても良いというものだった。
ようするに、鬼に見られなければ良いのである。
別に大袈裟なルールじゃないけれど、普通に隠れて見つかるのを待つだけの、
ある意味で退屈なかくれんぼに大きなスリルを与えることになった。
鬼が近付いてきたら、うまく身を隠しながら移動して距離をとるのか、
あるいはその場にとどまった方が良いのか、
または鬼の後をつけて常に移動し続けることで、
その居場所を把握して安全を確保する……などなど、
なにか鬼には少し不利なような気がしないでもなけれど、
移動するということは、姿を晒す危険もあるわけで、
まぁ子供達なりにバランスが取られていたのかもしれない。
とにかく、鬼に見つからないように動くスリルは相当なもので、
その心地よい緊張感にみんな夢中になっていた。
公民館の建物、お寺、そして広大な墓場の墓石。
子供が隠れることができるくらいの茂みもあちこちにあって、
まさにうってつけの場所だ。
ただ、墓場はちょっとだけ踏み込むことに躊躇いがあって、
それは夢中になってドタドタと走り回っていると、
そこの管理人にこっ酷く叱られることがあるからだった。
だからといってそこを使うことをやめようとは思わなかった。
隠れる場所、走り回れる場所は、多い方が、広い方がいいに決まっている。
だから誰も「叱られるからやめよう」なんて口にしなかったし、
増してや迷惑になっているなんて考えもしなかった。
ただただ「管理人に見つかりません様に」と、子供らしいお願いを、
なんでかお寺にむかって無思慮に放り投げることは忘れなかった。

ジャンケンで鬼が決まって10数えるあいだに、
他の連中は思い思い、散り散りに逃げて行く。なるべく遠くにいきたい。
だけど10秒……鬼の匙加減でかなり増減するけれど……では、それもむつかしい。
だから序盤はそれなりに見つかり難くて、
その後の移動もしやすい場所を選ぶことが大切だと考えた。
茂みの中は見つかりにくいけれど、
動こうとするとどうしてもガサガサと音を立ててしまう。
単純に建物の裏手では簡単に見つかってしまう。
みんなのお気に入りは、墓石の周囲だった。
子供の身長を大きく上回る、それこそ林のように墓石が建ち並ぶその場所は、
静かに身を潜めるにも、姿勢を低くしてあちこち動き回るにも最適だった。
だから大体みんな、はじめは管理人の恐怖感に戸惑って
あまり近づかないようにもしているけれど、いちどゲームが始まってしまえばもう、
そんなことは頭の隅にもあがってくる事はなかった。
これも子供ならではの集中力なのかもしれない。
色々なリスクを天秤にかけるのが大人だけれど、
はなから天秤の存在を知らないのが子供だから。
10カウントが終了して、いよいよ鬼が解放される。
緊張と興奮に身体が熱くなってくる。
みんな必死だった。一番最初に見つかったやつは次の鬼だし、
何度も何度も鬼になる鈍臭いやつは、駄菓子屋でみんなに、
なにか菓子を振舞わなくてはいけない決まりがあったから。
集中力が高まって、必要最低限の情報だけを取り込むことができるような、
そんな特別な「モード」に移り変わった気がする。

集中するということは、ある意味で視野を絞るということでもあるのかもしれない。
それなりに時間が経っていたのだけれど、うまく鬼から逃げおおせていた。
だけど、未だに誰も見つかっていなくて、
だからまだ緊張を解くワケにはいかない状態だった。
遠くを走る車の音。風に揺れる木々のざわめき。
近くを流れる小川のチョロチョロというせせらぎ。
何処かの家から聞こえる食器を洗う音。
それから鬼のたてる足音と、暑さと走り回った疲労から洩れる、荒い息遣い。
離れていてもわかる。感じ取ることができるから、
一定の距離を取れば鬼の場所を把握し続けることができた。
後は死角になる場所に移動していれば見つかる心配は少ない。
この集中できている状態ならば簡単なことだった。
どうして他の連中も同じようにできないのかが分からなかった。
なんでそっちに行くの?
なんでそのタイミングで移動しようとするの?
逆に、そんなに近づかれるまでどうして気がつかなかったの?
みんな集中力が足りないよ。足りない……。
心配しているのか、それともバカにしているのか、たぶんそれらが綯い交ぜになった
嫌な心理状態なんだろうけれど、それで少しだけ気が緩んだのかもしれない。
移動しようと立ち上がった瞬間に身体のバランスを崩して、
身を潜めていたギザギザの木の板……卒塔婆におもいきり倒れこんでしまった。
湿った木製の板がぶつかり合い、
ボコボコとこもった音を立ててあちこちに散らばる。
鬼に見つかってしまう!いや違う!それどころじゃない!これはマズイ……。
もちろん鬼には見つかった。僕が一番最初に見つけられてしまった。
だけどそんなことはどうでも良いと思えるくらいマズイ状況だった。
卒塔婆を倒しただけならばまだしも、
その上に倒れこんでしまったことで、何本かが折れてしまっていた。
墓場という空間は、そこにあるもの全てが特別なものに感じさせる。
死んだ人のための、そしてその人と関わりのある者のための場所。
そんなふうにシッカリと理解していたわけじゃないのだけれど、
空気みたいなものは感じられていた。ある意味で大人以上に神経質な部分もあった。
バチや幽霊を信じていられる頃だ。
だから子供ながらの「タブー」はいろいろとあった。
馬鹿げているものが殆どだけど、
それは基本的に大人になってからのマナーやモラルの礎になるんだと思う。
とにかく、墓場にあるものを壊すのは大きな罪だった。
人のものを壊したという罪悪感、管理人にどやされるかもしれないという面倒、
そしてなにより、死者に関わるものに敬意を払わなかった事、
そこからくる何か超常的な罰を受けるんじゃないかという大きな大きな恐怖感。
それが全部だった。
かくれんぼは一時中止になって、みんな倒れた卒塔婆の周りに集まった。
みんな「どうしよう」という言葉だけしか出てこなかった。

酷く浮かない顔をしていただろう僕を気遣って、みんな慰めてくれた。
とにかくこの倒れた卒塔婆を元のように立て掛けて、そして折れてしまったものも
仕方ないから同じように一箇所に集めておくことにした。
背が揃わない、凸凹の卒塔婆をみて、みんなまた黙ってしまった。
誰も、これ以上ここで遊ぼうとは言い出さなかった。
いちはやくここから逃げ出したい。
だけど、自分がやってしまったことへのケジメというか、
どうすれば赦されるかがハッキリしなくて、どうにも嫌な気分だった。
こういうとき、子供は鈍感なもので、
当の本人以外は割と薄情に物事をすすめようとする。
今の場合はとにかくこの場所から逃げるということだった。
どうしよう、この板折っちゃったよ……
ぼそっと、でも悲壮感たっぷりに呟くと、みんなが大丈夫大丈夫と気楽に言い放つ。
なんの根拠もないその言葉に、
一人取り残された気分になってとても悲しかったった。
続けて誰かが言った。「お寺でお願いすれば大丈夫だよ」って!
僕は更に困惑したけれど、帰り際にしっかりと「お願い」していた。

逃げるようにして駄菓子屋に雪崩れ込んで、
ビールケースを引っくり返して底にあたる部分にダンボールが貼り付けてある
「椅子」にどっかと腰をおろすと、ちょっとだけ気が楽になった。
みんなはすでに、棚に並んだ駄菓子に興味が移っていて、
どういう組み合わせで菓子を買うかを思案しているようだった。
駄菓子屋で扱っている品物なんて大体が10円くらいのものばかりだから、
100円以内で収めるとしてもそれなりにバラエティに富んだ組み合わせが楽しめた。
だからこそ自販機の缶ジュースとか、
保冷庫のなかに並んでいる瓶の炭酸飲料なんかの割高感が際立って見えた。
そういうものを口にできるのは、
親と買い物などに出かけた時にねだって買って貰えた時くらいだった。
アイスも同じようなもので、どんなに安くても30円以上していたから、
「今日のラインナップ」に加えるにはちょっとした決心が必要だった。
みんな、その表情は真剣そのものだった。
僕はそれをぼうっと眺めていた。
さっきの事で気分がまだすっきりとは晴れていなかった。
だから彼らと同じように細かくお菓子を取捨選択することに
頭のリソースを振り分けることはできなかった。
みんな楽しそうだ。不思議な感じがした。
さっき迄はみんなと真剣に悩んでいたはずだし、
いまだって駄菓子屋の中で一緒にいて騒いでいるのに、
なにか自分だけ、皮膚から一センチくらいの空間が削り取られて、
この世界からひとり切り離されたようなそんな気分になっていた。
みんなの声が遠い。みんなが網戸の向こう側にいるように、
うすらぼやけてモザイクがかかったように見える。
みんなが……。
みんなが……。
みんな。

「なぁ!?」という声とともに、
ガサツな力の入れ方で肩を叩かれてハッと我にかえった。
「納豆味とかヤダよな!?」
いきなりの質問だったけれど、すぐに理解できた。僕はなにをやってんだ。
みんな目の前にちゃんといるじゃないか。
そうだ、いつまでもグチグチと思い悩んでも仕方ない。仕方ない……よな。
ここに来ることを考えて、面倒くさい約束事までしてお小遣いをもらったんだ。
僕も何か買わなきゃ。
「納豆味はないよ」と適当に返事してから
更に人気のなかった梅おにぎり味を手にとった。

嫌なことと楽しいことが入り混じった、ゴチャゴチャと忙しい一日だった。
元気良くとは言えない、フラフラな自転車の漕ぎかたでの家路では、
頭の中を巡り回るあれこれ雑多な一日の記憶に煩わされていた。
もう悩んでも仕方ないことだ。やってしまったことはもうどうしようもない。
あとはもう、バレないことを祈るだけだ。
……だけど、それは自分への嘘だってわかっていて、
やっぱりしつこい罪悪感につきまとわれていた。
バレなければいいとかそういうことではない。
犯人がみつからなくても、だれも気がつかなくても、
やったのは僕だっていう事実はどうしようもないのだから。
ガサツで鈍感でいながら、妙に細かい事を気にして悩むことが多かった。
ようするに気が小さいだけなのだろうけど、
そういう自分の精神状態を他と比べてみたり、
表に出して誰かに意見を求めたりして、それを元に整理したりできるほど、
大人ではないので、ことあるごとに自分の心に自分は悩まされていたのだと思う。
「ハァ」とため息をついてから、
無理矢理にでも夕飯の事を考えて気分を変えられないか試してみることにした。
それに、今日ようやく順番がまわってきたゲームも借りることができたし、
それを思い出したら少しだけ気が楽になった気がした。
自転車を漕ぐスピードもちょっとだけはやくなる。
ただいまと玄関をくぐって靴を脱ぎ散らかして、そのまま台所を覗きにいくと、
母が大きな鍋でグラグラと何かを茹でていた。
その中で白くて細長いものがユラユラと踊っているのが見えたので、
僕は黙って部屋に向かった。

週間の天気予報では今日も晴れるはずだったのだけれど、朝からシトシトと
どう見てもすぐには上がりそうにない振り方の雨だった。
夏の雨にあるような、じっとりとした湿っぽさがあまり感じられず、
少し肌寒いくらいだった。そういえば朝も夜も、
少しだけ涼しくなってきたような気がする。
エアコンどころか扇風機もいらない、窓を開けておけばそれで事足りるくらいに。
だから虫の声の変化も割とよく気がついた。夏を迎えるのはまだ数えるほど。
だけど、この虫の声の変化が季節の変化の節目を告げるものであるということを、
幼いながらに理解していたみたいだった。
だからこの雨に、少しだけ寂しさを感じることだって、
別におかしなことじゃないのだろう。
朝食を食べ終えて、満腹と眠気で心地の良い気怠さに身体中をまかせたまま、
ボヤッと縁側から雨に濡れる庭の芝生を眺めていた。
その表情はきっと、なにか神妙なものを感じさせるだろうけど、
「どうしようかな。今日は外では遊べないな。」
なんて、でも考えていることなんてそんなもんで、
だけど子供にとってはとても大切なことなのも確かだ。
外では遊べないけれども、みんなと集まれないわけではない。
こういう時の集合場所も決まっていた。
大画面のテレビと、各種ゲーム機、そして沢山のソフトを取り揃えたアイツの家だ。
親たちの間では、ゲームに対して良い印象がなかったけれども、
彼の家のお母さんは口うるさいことはなかった。
それどころかおやつも出てくる高待遇っぷりをみせてくれる。
そうと決まれば行動はあっという間だ。
ガバッと跳ね起きて電話機に向かって走り、受話器を取って……と、
その瞬間、電話がけたたましく鳴り出した。ピンときた。
たぶん友達のだれかだ。受話器をとって名乗ると、やっぱりそうだった。
いつもと調子の違う、遠慮がちな口調で僕を呼び出す友達の声が聞こえてきた。
みんな考えていることなんて同じだ。
二人で手分けして、連絡網的にいつもの連中に片っ端から電話をかけて、
あいつの家に集まってゲームをしようと誘った。
場所を提供してくれる(はずの)当の本人への連絡は最後だった。
特に問題はなかった。いつも通りだ。

傘さし運転が苦手だった僕は、
黄色いビニールの合羽をいそいそと羽織って自転車に飛び乗った。
バタバタと合羽をはためかせて、立ち漕ぎで集合場所に向かう。
霧雨のように細かい雨粒が遠くの景色を濁らせていた。
ギラギラとした太陽の熱気で霞むいつもの景色とはだいぶ違う。
なにかそれが、すごく昔のことのように感じた。
やっぱり雨のせいなんだ。変に気分が濁るのは。
ちょっとずつ染み込んでくる雨で、ゆっくりと服が重たくなって行った。
これいじょうは濡れたくない。
ペダルの回転は早くなって、自転車をさらに加速させた。

ズボンの膝から下だけが徹底的に濡れる程度の被害でどうにか済んだ。
到着は僕が一番最後だった。ずいぶんと急いだつもりだったけれど、
他のみんなが髪までびしょ濡れなところを見ると
少しだけ努力が足りなかったようだ。
リビングには汗と雨で濡れた服、そしてその家独特の匂いが充満していた。
びしょびしょに濡れて塗れた大勢の子供達が、ワラワラと 上がり込んでくる様は
きっと神経質な人なら顔をしかめるような状況だろう。
でもここのお母さんはまったく気にもしないようだった。
ニコニコと迎えてくれるから、人の家で遊ぶ時に特有の妙な萎縮もなく、
僕たちは何も遠慮することはなかった。
みんな一息つくと、自然とテレビの前に集まった。
ゲーム機に刺さったままのカセットは、つい最近発売されたばかりのRPGで、
今までのRPGにはない、自由度の高さがウリとなっていた。
主人公が何人もいてストーリーは一本道ではなく、
もちろん結末もそれにあわせていくつも用意されていた。
このゲームをさらに印象深いものにしていた要素に、
ゲーム中の主人公たちの振る舞いにも大きな自由が与えられていたことだった。
通常のRPGであれば禁止されているような行為をとることも可能だった。
人の家を家捜しするのは他のゲームの「勇者」でもやることだけれども、
街の人から金品をスったり、もっと露骨に恐喝したりと、
いろいろと反道徳的な行動がとれたのは、
この当時の家庭用ゲーム機では新鮮なものだったと思う。
もちろん悪いことだけではなくて、逆にお金を恵んでみたり、
お店に投資してみたりして、それが後々に意外なリターンになったりと、
子供ながらに「良いことをすれば見返りがあるかもしれない」
ということを学ぶことができた。
今思えば、決してバランスのとれたよいゲームだったとは思えない。
その主人公の多さからかシナリオはまったく整合がとれていなかったし、
ウリである自由度の高さが災いしてバグも満載だった。
よく消えるセーブデータも評判を悪くしていた要因の一つだったと思う。
実際にこの時期の他のRPGと比べれば評価はいま一つだったようだ。
だけど僕らの間でこのゲームは大ヒットとなっていた。
ゲームソフトは仲間内で貸し借りするのが常だったけれど、
これだけはみんなそれぞれ所有してて、
みんな別々の主人公でゲームをはじめたから、
こうやって人のプレイをみてもほとんどネタバレなんて気にしてなかった。
それどころか、複雑に絡み合った(整合が無いほどに)話を組み立てるためには
必須といえた。プレイすればするほど、そして人のプレイを見ればみるほど、
新たな発見に驚き胸を躍らせることができた。

ゲームのプレイには性格がでる。僕が選んだ主人公は、
このゲームの世界に起きている異変の元凶を突き止めるという役目を負った、
どこぞの国の騎士だった。
たぶん一番王道で一番面白味のないキャラだったけれど、
やっぱり選ぶなら正義の味方が良かった。
もっとも、後に正義の意味を問い直す苦悩に苛まれ、
今までの自分を否定するような行動をとることになる、
あんまりシンプルなキャラではないことが分かったのだけれど。
とにかく、僕はまっとう真面目な正義キャラが好きだったけれど、
みんながみんなそういうわけじゃない。
商売人になってひたすら金とアイテムを貯め込むプレイをするやつもいれば、
羊だか牛だかを飼いならし同時に畑を拓いて、
世界の情勢をまったく気にせずにダラダラと生活するやつ、
もちろん戦士とか傭兵になって悪と戦うという「普通」の楽しみ方だって。

そいつは四番目だったか、
とにかく仲間内で一番異質なプレイをしている彼に順番がまわってきた。
みんな彼のプレイには特に注目した。
このゲームにも一応大筋があって、それは僕が選んだキャラの主目的である
「世界の異変の原因を突きとめて解消する」というものだ。
多くのキャラはその大筋に付かず離れずの距離感で話を進めて行って、
まぁ真人間だとは言えないけれど、
だからといって悪人ばかりというわけでもなかった。
ようするに「ニュートラル」な主義趣向の人達だ。
だけどそう、彼の選んだキャラ以外は。
ある国に小規模な強盗団の組織を構えるボスで、
異変に乗じて組織の拡大を目論むキャラだった。
この自由度の高いゲームで強盗を業にしているのだから、
それはもうやりたい放題だった。
彼もそれをよく理解していて、自由を存分に満喫していた。
街ゆく人々から金品をを巻き上げるのは当然、
店に押し入って商品を強奪することもした。
この場合、店側の警備をいかにかいくぐるかにまた高いゲーム性があって、
それだけで一つの作品と言えるほどだった。警備員に見つかった場合どうするか?
逃走するのが賢明だけれども、も一つの強硬な方法もあって、
それはもちろん殺害してしまうことだった。子供がどっちを選ぶかは明らかで、
ほぼ確実に負けるとわかる時以外はだいたい警備員は犠牲となる運命だった。
断末魔のメッセージがまた秀逸で、
それを見るたびに皆で腹を抱えて笑ったものだった。
店の品物なんて、ほとんど二の次だったように思う。
普通に暮らしをおくる市井の人々から、物語に関わる重要な人物まで、
特に制限なく殺してしまえるのだから、それをやらない理由はなかった。
街の人は簡単だ。とくに戦闘能力があるわけではないので、
コマンドメニューの「こうげき」を選べば戦闘が始まって、
だいたい一撃で殺してしまえる。その後に僅かなお金を手にして終了だ。
彼は新しい街に到着すると、ひとしきり街の人々の話を聞いた後、
すぐに虐殺祭りを開催する。目に映る人を片っ端から攻撃し、
やはりその滑稽な死に際を見てはみんなでバカ笑いしていた。
不思議なことだけれど、何故かそれを自分でやろうとはしなかった。
一応の良心があったのだろうけど、自分では自分の手を汚さずに、
人のプレイでそれを代理させて楽しんでいるとも言えるわけで、
ある意味でもっとタチが悪いのかもしれない。

清々しいいくらいに極悪な設定のキャラと、
その役割を存分に演じる彼のプレイを見ることは、とても楽しくもあって、
そしてどこか背徳的な気分にもさせられた。
今日だってそうで、彼が躊躇いなく人々に襲いかかる様をみては、
心のなかに湧き起こる異様な気分を楽しんでいた。

……そのはずだった。
よどみなく町人に忍び寄り迷いなく殺し金品をを強奪し、
バラエティ豊かな死に際のメッセージを楽しむまでの流れ。
彼はいつもと変わらなかった。僕らもいつもとおなじように胸踊らせて見てた……。
僕らは。僕ら。
だけど今日は違うようだった。
みんなテレビの前に扇型に広がって、真ん中に彼がいて、夢中でプレイを眺めて、
あれこれ言い合いながら、みんなで一緒に楽しんでいたハズなのだけど、
今日はなにかがおかしかった。あの滑稽な断末魔のメッセージをみても、
腹を抱えて笑うことができなかった。彼は僕らが笑うたびに得意気になって、
より一層難度の高い相手を選んで殺していった。
いつもならそれだけで面白かったのだけれど、どうしたことだろう、
うまく楽しむことができなくなってきた。
次々と人が死んでいくけれど、たかがゲームの中の話しだ。
別になにか気にする必要もないのだけれど、
今日に限ってはいやにそれが引っ掛かっていた。
この感じは初めてだった。みんなが形作る扇型が遠くに見える……ような気がする。
そう感じた一瞬の後、例えようのない喪失感が僕の中に広がった。
恐怖というか寂しさというか、とにかく不快でしかたなかった。
目の前のカルピスが入っていたグラスを掴んで、溶けかけた氷を口に滑り込ませた。
いや……そうだ気のせいなんだ。
やっぱり彼のプレイは楽しいと思うし、みんなだって大笑いしてるじゃないか。
そうだよ。気のせいなんだよ。
心のなかで何度も言い聞かせて、ようやくみんなの「輪」に戻れた気がした。

「気のせい気のせい!」

数日つづいた、しっとりとした降り方の雨がようやく落ち着いて、
お天気の神様は夏休みの終盤にケチをつけるようなことはしなかった。
雲一つない晴天。そう、いつもそびえるように僕等を見下ろす
あの丸々と太った美味しそうな雲はどこにも見当たらず、そしてそれは、
もう夏も終わりに差し掛かっていることを僕らに告げる証だと知っていた。
肌を撫でる空気に特有のしつこさが消えて、どこかよそよそしく感じられる。
小学生最後の夏休みは、
たぶんいままでと特に大きく変わらずに過ぎて行くのだろう。
特別な感慨はなかった。休みの中盤までに宿題を9割方終わらせて、
最後に比較的簡単に方付くものを残すやりかたも同じだったし、
何度食べても素麺を好きになれなかったし、
汗だくになって自転車で走り回るのも同じだった。
だから今日も同じように過ごそう。
みんなと集まって遊ぼう。

だけどたぶん、こんなふうにあれこれ思いを巡らせて、
ワンクッション挟んでから遊びに出かけようとするあたりが既に、
もう今までとは変わってしまっていたのかもしれない。

相変わらず陽射しは強いのだけれど、
ひとしきり叱った後にみせる母の表情みたいに、どこか優しさを帯びていた。
虫の鳴き声も、その主役はトゲトゲしい蝉のものから
コロコロと心地よいリズムと音色を奏でるコオロギなどに移っていたし
ヒラヒラとどうにも頼りなさげな、線の細い蜻蛉も目立つようになってきた。

目の前を流れる一級河川の河岸には、自然の遊び場が一通りそろっていて、
この辺の子供達にとっては最高の遊び場になっていた。
色々な樹々が立ち並ぶ雑木林にはいろんな種類の虫がいたし、
たまに刺激的な「宝物」が投げ棄ててあって、みんなの秘密の共有物になった。
自分達の背丈よりも高いススキの群れは
かくれんぼや鬼ごっこにまた別のスリルを与えてくれたし、
雑草で覆われた土手は滑り降りて遊ぶのにぴったりだった。
それらを両脇に携える当の河自体も、その幅のわりに流れは緩く、
膝下くらいまで浅瀬が河のその真ん中くらいまで長く続いていて
水遊びをするにも最適だった。

最近の悪天候で、思うように外で遊べなかった反動からか、
集まったみんなの顔からはなにかやる気というか勢いみたいなものが見てとれた。
家の中で集まってゲームをするのももちろん楽しいものだけれど、
やっぱり外の開放感が与えてくれる喜びは格別だった。
自分の体をつかって、友達と役割を分けて演じ、
リアルなフィールドをフルに使って走り回るという経験は、
もしかしたら今のゲームが目指す体験の一つの高みなんじゃないかと思う。
ここには何でもあるし、なんでもできる。
さぁ、どうしよう!
……とはいえ、まぁ大体やることは決まっていて、
特別変わったことをするわけでもなかった。
他の場所でやっているのと同じ、隠れたり追いかけたり追いかけられたり、
結局はその辺の要素を含んだ遊びに落ち着いたものだった。

ススキの茂みと雑木林は、そういった遊びにまったくうってつけの場所だから、
今日も同じようにそれを生かした遊びで一日が終わるはずだった。
だけど、雑木林での「変則式かくれんぼ」が始まったときに流れが変わった。
仲間の一人が、新作の「宝物」を発見したからだった。
投げ捨てられているその姿の乱雑さが、また酷く官能的だった。
「みんなこいよ!」という呼び声のするほうに、みんな一心に駆け寄った。
宝物を取り囲むようにして、上から見下ろし、ちょっとの間で顔を見合わせる。
みんな、誰かがページをくくり始めるのを待っていた。
中を見たい!でもがっつくのもみっともない・・・・・・。
そんな状況でやきもきしていると、誰かがとんでもないことを言い始めた。
「この前の公民館で、お前、なんか最初に見つからなかったっけ?」
いまさら何を言い出すんだと思ったけど、確かにあの時の公民館でのかくれんぼは、
僕が最初に見つかったし、卒塔婆の件で全部うやむやのままだったから、
いつも最後に鬼になったヤツが受ける、軽い罰ゲームみたいなものを免れていた。
みんな忘れていたもんだと思ってたけど、こういうときはしっかりしてるんだ。
だけど僕は、その言葉を待っていたような気がする。
仕方ないと言えるもっともな理由があれば、いくらでもこの宝物を紐解こう!
他のみんなもいっせいに僕の方に顔を向けて、さっさとページをめくれと催促する。
にやけそうな顔を無理やりしかめっ面で上書きして、
「なんだよ、僕かよ・・・・・・」なんて如何にも嫌そうな言葉を、
これもワクワクする気持ちが滲んで出てくるのをこらえながら、
なるべく不満そうに吐き出した。

そのとき、雑木林の奥のほうでガサガサという、
地面の枯れはじめた草花や木の枝を踏みしめる音が聞こえてきた。
明らかに野良犬のそれではなかった。
みんな一斉にそちらに顔をむけ、中腰の体勢になって息を潜めた。
一瞬間の緊張状態は、誰かが発した「逃げようぜ」の一言で崩壊して、
綺麗にそろって土手のほうへ全力疾走していた。
大体こういうところにはホームレスが住み着いていたり、
河川の管理をする人が見回りをしていたりする。
だからといってべつに、見つかってもどうということはないのだけれど、
やっぱりああいったものは、誰かに見られてはみっともない、
隠れて見るものだという意識が強いのだろう。
子供にとってはそういうものだった。
走っている間、隣に並んで走っているやつと目が合って、
お互いにニコッと笑いあった。
それは、もちろん「いいものを見た」という満足感もあるだろうし、
たとえ見つかったり捕まったりしても
さして問題にならないであろう些細な脅威から、
一応必死で逃げているというスリルとの、その両方から来るものだったと思う。
僕も心底楽しかった。
色々な興奮がない交ぜになって、頭を心地良く痺れ上がらせた。
息を切らせて土手を駆け上がり、
吹き出る汗を手のひらでぬぐいながら今走ってきた方向を見下ろす。
誰も追ってきていないことを確認すると……
もっとも、いままで一度も追いかけ回されたりしたことはないのだけれど
ようやく草っぱらの上に(野良犬の糞が無いかを確認してから)
どっかと座り込んで休むことができた。
少しの間だけみんなの荒い息づかいだけが辺りに響いていた。
僕も両手を後ろについて、川辺を見渡しながら息を整えることにした。
川面を照らすキラキラとした光も、少し前とは違ってどこか非現実的な、
遠くに行ってしまいそうな、そんな弱々しいものになっていた。
そして突然に不思議な感情に囚われた。
胸のあたりがキュッとなって、なんとも言えない哀しみ……ともちょっとちがう、
デパートで迷子になったときみたいな……これも違うな、
とにかくなにか寂しくて切ない気分が広がって行った。
それに戸惑って、どうしたものかとみんなの方に顔を向けてみると、
すでにもう、次は何をしようなんてことを誰かが呟いて、
他のみんなも体をおこして、それぞれにいい加減なアイデア繰り出し始めた。

僕もなにかアイデアをだそう。せっかく土手の上まであがってきたんだ、
あそこに捨ててあるダンボールをつかって、滑って遊ぼう!
でもそうだな、ちょっと今日はいっぱい走り回ったし、
ちょっと駄菓子屋にいってお菓子食べながらゲームやるのもいいかも。
あそこならみんな家も近いし。もうしばらくしたら日がくれそうだしね。
そんな意図で駄菓子屋に向かうことを提案した。

……みんなが遠い。
まただ、
みんなの輪が遠い。

僕の声はたぶん大きい方じゃないから、
たまに誰にも聞こえてないことがあるけれど、今のも多分そうだったかもしれない。
大抵は他の連中の声に上書きされたりして、誰にも気がつかれることはない。
別に意地悪されているとかそういうことではなくて、
間とか勢いを読み切れない事が多いだけだ。最近は特に多くなってきた。
ただいつもとちょっと違うのは、何人かがチラッと僕の方を見たことだった。
ポカンとした感じの表情で一瞬ぼくを見やって、
すぐに次は何をして遊ぼうかなという話し合いに戻って行った。
仕方ないさ。こういうこともある。

みんなで何かを決めようとする時は、
だいたい真面目に話し合うやつなんていなくて、
すぐに話は横道にそれて、たんなる雑談になってしまう。
それはそれで楽しくて、僕もそういう時間が大好きだった。
結局は何するでもなく、そのまま夕暮れを迎えることもあった。
今回もそうなりそうな気がする。
もうすでに日も傾いているし、
さっきから全身を撫でて行く乾いた風には明確に秋を感じる。
まだまだ沢山いるはずの蝉の声は遠くて、
かわりに聞こえる虫の声色は哀しいもので、そしてあたりには、
夏の盛りに見た熊みたいな大型のものではなくて、
儚げで頼りない、細身のトンボが目立っていた。
赤と青が混じり合った、グラデーションなんて言葉を知らなかった僕には、
滑らかに変わっていくあの真ん中あたりの色が不思議だった。
どこからが赤で、どこからが青なんだろう。
そんな空を見上げて、周りの連中の下らないけどとっても楽しい会話に耳を傾けて、
ちょっと前からは想像できないくらいに優しい風に包まれて、
これはなんていう花の匂いだろう、秋になると路地のあちこちで香る、
さっぱりとした甘さの清々しい香り。
透明で、どこか寂しいかんじの秋の空にピッタリの香り。
それがどこからともなくうっすらと漂ってくる。
なんだろう。とっても気分がいい。楽しいのとはまた違う。不思議な感じ。
胸の中に何かがジワリと溜まって膨らんで行く。
こんなの初めてだ。ずっと感じて浸っていたいな。

みんなはどうなんだろう、ちょっとだけ話の輪から外れていた僕は、
もう一度みんなの会話に意識を戻した。
……どうもまだ雑談がつづいていたようだ。
僕はなんか嬉しくなった。僕も会話に戻ろう。
今日の夜にやるアニメの話題で盛り上がっている。
人気の漫画週刊誌で連載されている作品のアニメ化で、
やはりそちらも大人気となっていた。僕も欠かさず毎週見ている。
漫画のストーリーをなぞっているのだから、ネタはバレているんだけど、
それでもやっぱり楽しみだった。
今日はどこまで進むのかな。あのシーンはどうなるのかな!
今だとばかりに会話に飛び込む。一言目を発しようとしたその瞬間、
友達の一人の膝にトンボがスッと張り付いて、その丸い頭をコロコロと回し始めた。
子供がそれを見逃すはずはなかった。とくにとまった先が悪かったと思う。
そいつは虫が大好きで、
それは可愛いとかカッコイイとかの「他」にも理由があるような気がする。
どんな虫でも(ハチ以外は)グワっと乱暴に手掴みにし、
くるくるとひっくり返しては仔細を観察する。
運が良ければそこで解放されるけれど、そうでなければ……。
僕は一人息を飲んでそれを見守った。何人かがやはり僕をチラリと見たけれど、
トンボの命運が気になって、
会話に戻るための言葉はすっかりどうでもよくなってしまった。
みんなも捕まえたトンボで大はしゃぎだった。

ちゃんと目を回すのかな?
足何本ある?羽を持っちゃダメなんだろ?
尻尾の先って、なんか刺すの?
ばか、トンボは刺さないって!
噛むけどね!
噛まれるとけっこうイテェよな!

しばらくの間、土手の上に笑い声が響き渡る。
みんなの手から手へ、ワァワァいいながらトンボを観察していた。
僕にも回ってきたけれど、なんとなく断った。
怖いの?なんてバカにされたけれど、
本当はどうだったんだろう。とにかくそんな気分じゃなかった。
そして一巡した。彼の手にトンボは戻った。
彼はトンボの胴体を優しくつまむと、空にかかげてくるりと円を描いた。
そして、はしゃぐようにして「羽は何枚あれば飛べるのかな?」とつぶやいた。

空はすっかり真っ赤だった。
みんなそろそろ帰ろうかなんて言い始めた。
今日も一日、いろいろな遊びを楽しんで、みんな満足そうだった。
夏休みがもうすぐ終わるという悲壮感なんて、
これっぽっちも感じてはいないようだった。
自転車を押しながら進むみんなを、僕は一番後ろからついて行った。
赤い空にみんなが溶け込んで、黒い人の形だけがクッキリと浮かび上がる。

さっき土手の上で感じたあの心地よさはすっかり消え去っていた。
かわりに胸の中に居座り始めたのは、言いようのない孤独感だった。
夏休みが終わるからだろうか。
小学校最後の夏休みだから?転校しちゃうヤツもいるかもしれない。
みんななんで平気なんだろう。

遠い。みんなが遠い。
僕もきっと、さっきの土手の上でみんなから遠ざかったのかもしれない。
さっきのトンボの羽はたぶん、
もう、すっかり秋風に吹き散らされてしまっただろう。



とんぼすいっち

とんぼすいっち

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
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