薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編1

遭遇

「なんとかならんもんですか。」

住職が、悲しげに私を見上げて庭師の男に尋ねました。

「そない言われましてもなぁ…根っこんところがやられてもうて…手ぇの施しようがないんですわ。」

住職は深くため息をつき、怒りと悲しみに声を震わせ言います。

「まったく…誰がこんな悪戯を…
こん桜は、江戸時代からここにあるちゅうんに…それをこんな…。罰当たりもええとこや。」

私の根は、直径3センチほどの穴から薬液を注入され、腐り始めていました。

近ごろ、寺や神社にある御神木などが、何者かの手により意図的に枯らされるという事件が多発していました。御神木は大昔から人々に大事にされ、樹齢何百年という大木がほとんどです。
しかし、なにも知らない寺社の管理者は、枯れてみるも無惨な姿になった同胞たちを切り倒し、木材として高値で市場へ売り飛ばしてしまうのです。
同胞たちを死に追いやっているのは、おそらく貴重な大木資材を必要としている者たちなのでしょう。
そして、私もついにその標的となったのです。

すでに命の終わりを悟っていましたから、住職と庭師のやりとりを聞いても、そこまで驚きはしませんでした。けれど、ここに立ち続けて300余年。たくさんの人々が私を愛で、歴代の住職も皆、私を大事にしてくれました。この世に未練がないと言えば嘘になります。

花の咲かない枝を天に捧げて、私はふと、ひとりの青年のことを思い出していました。

************

寒さが日を追うごとに厳しくなり、庭の遣り水に氷が張りはじめた霜月下旬、そいつは新選組の屯所へ転がり込んできた。

「…雪村千鶴と申します。」

幹部が勢揃いした広間に、所在なく座らされた彼女は、少し怯えた表情でそう名乗った。
歳の頃は16、7くらいだろうか。
髪を高く結い上げ、朱鷺色の男物の着物に袴姿だった。こちらをまっすぐに見据え、唇をきりりと引き結んだ顔が、妙に印象的だった。

俺は最初、ほとんど男にしか見えてなかったんだけど、他のみんなは割りと女の子だって見破ってたみたいだ。俺は、袴をはいているからというだけで、男だと思ってしまった。…先入観ってのはよくないな。

彼女は、父親を探しに江戸から京に来たそうだ。男の身なりをしているのは、道すがらその方が安全だからという理由らしかった。

俺が、まじまじと彼女の顔を見ていたら、

「……あの、なにか?」

と、尋ねられてしまった。

「あ、いや…。女って言われると、女にしか見えないんだよなぁ…って思ってさ。」

今思うと、なんてまぬけなことを口走ったんだろうと思うけど、それが、千鶴と口をきいた最初だった。

千鶴はそれを聞くと頬を緩ませ、いたずらっぽい笑みを口元に浮かべる。
それがますます女の子らしく見えて、なんだか戸惑ってしまう。

「…おい、平助。お前、女だと分かった途端、色気付くんじゃねぇぞ~。」

隣から、「無駄に」隆々と筋肉のついた太腕で肘を入れてくるのは、永倉新八だ。俺にとっては年上で先輩だが、精神はガキの大人。

「うるっさいなぁ…。新八っつぁんこそ、こいつに妙なことすんなよなー!?」

「おうおう、言うねぇ。お姫さんを護る、ちびっこ剣士かぁ?平助も隅に置けねぇなぁ。」

くくっと笑いながら、新八っさんの悪ふざけに乗ってきたのは、原田佐之助。この人も大概、新八っさんと馬鹿騒ぎするのが好きな大人げない大人。

俺はいつも、ふたりにいじめられたり、遊ばれたり、ガキ扱いされたり。だけど、ふたりとも憎めない性格なので、なんだかんだいつも一緒にいる。

「…そ、そういうんじゃねぇって!!
つぅか、新八っさんも佐之さんも、今日当番じゃねぇの!?こいつの監視は俺だけで十分だし、とっとと見廻りいけよー。」

「ばぁーか、お前をこのこと二人っきりにしたら何が起こるか心配だから、こうして俺らが見張ってやってるんだろー?」

…俺がなにするっていうんだ。佐之さんじゃあるまいし。
女の子の前で、俺の揚げ足をとろうと目を輝かせるおっさんふたりに、言い返すのも馬鹿らしくなり、ふくれながら千鶴の方を見たら、彼女は珍しいものを見るような目をこちらに向けていた。
目が合うと、再び女の子みたいな笑みを返される。

彼女はここにきてしばらくの間、屯所に軟禁状態になっていた。しかも、逃げ出さないように幹部が交代で見張りをつけている。
別にそこまでしなくても…女だし、みたところ、逃げ出す気があるようには見えないんだけど。

なぜそんな扱いなのかというと、彼女は、不運にも新選組の秘密を目にしてしまったからだ。

彼女が、広間での土方副長の詰問にしどろもどろになりながら答えていたいきさつによると。

夕暮れ時に宿を探して京のまちをさまよっていたとき、不逞の浪士達に絡まれて小路へ逃げ込んだところ、浅葱色の羽織を着た何人かの新選組隊士に遭遇したらしい。
彼らはその浪士達を見つけると、刀を向け、すぐに斬り殺してしまったのだという。
…ただそれだけだったら、さして問題もなかったと思うんだけど。
今度はその新選組隊士が、彼女にまで刀を向けてきたんだそうだ。都の治安を守るはずの新選組が、まさか見境なく自分まで襲ってくるとは思わなかっただろう。
「彼ら」は、もはやひとの感覚をなくしてしまっていたんだと思う。それを野放しにしてた俺らも悪いけど、よりによってそんな場面に出くわす奴も本当に運が悪いと思う。

彼女は、慎重に言葉を選んでいたようだったけど、土方さんの誘導尋問にやられて、結局洗いざらい全部しゃべってしまったみたいだ。
たぶん、物凄くばか正直な性格なんじゃないかなと思う。
まぁ、俺が言うなって話だけど。

ともかく、そんな窮地から彼女を救い、屯所まで連れ帰ったのは、市中を巡回していて、たまたま通りかかった沖田総司と斎藤一だった。
敵味方の区別もつけられなくなった「彼ら」を、ふたりは斬り捨てた。

「っはは、僕たちが同じ浅葱の連中を殺るのを、思いっきり見られちゃってたからなぁ…
もう斬るしかないんじゃない?って思ったんだけど。」

広間では、総司が物騒なことばかり口にする。
そのたびに、千鶴が身を固くして視線を床へ落とす。

「俺は…見逃してやってもいいと思う。」

見ていられなくて思わず口をはさんだ。幹部のなかでは年若の俺が、あんまり発言力がないっていうのは分かっていたけど、女でも男でも、罪のない、しかも一般の人間を無下に殺すっていうのはないと思ったから。

「彼ら」の存在は、知ってしまった者を口封じしなければならないほど重要だった。
だが、なまじ女と分かってしまったために、彼女の処遇については、皆いよいよ苦い顔で押し黙るよりほかになかった。
話の流れが変わったのは、局長の近藤勇が彼女の行方不明の父親について触れたときだった。

「…して、行方不明のお父上とはどのような方なのだ?」

「父は、雪村綱道という蘭方医で…」

雪村綱道。
その名前を口にした瞬間、その場の全員がしゃべるのをやめて、一斉に千鶴の方を注視する。

「なんと…綱道氏のご息女でしたか…」

山南総長が銀縁眼鏡の端を指でつまみながら、目を見開く。

「……!!
父を、父を知っているのですか!?」

皆の反応をみるやいなや、追いすがるように千鶴が声を上げる。父親が心配で、その安否についてとても気にかけているんだろうなというのがみてとれる。

そう、雪村綱道は「彼ら」の生みの親だった。
新選組にて「彼ら」を生み出し、その研究を行うことは上、つまり会津藩及び幕府からの密命であった。
そして、江戸より遣わされた綱道氏はその事業に深く関わっていた。だが、彼は数ヵ月前に突如行方不明となり、いまも足取りがつかめない。重大な秘密を抱えたまま、どこかへ消えた。

「彼ら」の存在を知る者は限られており、その者が新選組の目の届かないところにいるとなれば、当然この秘密が外に漏れる恐れがある。それゆえ新選組も、彼を早急に探しだす必要があった。
けれど、彼女はそういった事情についてまったく知らされていないようだった。なぜ、父親が新選組と関わっているかも、不可解な様子だった。

千鶴は俺達新選組と出遭い、いきなり触れてはならない秘密に触れてしまったのだ。そして、その秘密は新選組の深い「闇」でもあった。

…新選組は、俺にとっては家みたいなものだった。同志こそすれ、親父のような兄貴のような人々に囲まれ、身寄りのない自分には何にもかえがたい「居場所」でもあった。
だけど、綱道氏がやってきて、あの薄気味悪い存在が生まれてからは、自分が新選組であることが、なんというか、うまく言えないけれど、世間様に後ろめたいことをしているようで、なんとなく落ち着かなくなってしまった。
このときから俺は、自分でも気づかないうちに、この組織に小さな疑問を抱き始めていたのかもしれない。

「じゃあな、俺ら巡察行ってくっからよ。
千鶴ちゃんよ、平助になにかされたらすぐに言えよ!!」

「だぁーから、佐之さんと一緒にすんなってぇーの!!」

「おい平助、俺をまるで色魔みたいに言うのはやめろな?千鶴ちゃん勘違いしちまうだろが。」

賑やかなふたりが部屋を出ていくと、途端に沈黙が降りる。
静かにしているのが苦手な俺は、すぐに口をきいてしまう。

「…おまえ、本当にひとりきりで江戸から京まできたのか?」

「はい。」

「…すげぇな!!俺もさ、江戸の生まれなんだ。結構距離あるよなぁ…。
てか俺も、久々暇もらって里帰り?とかしたいんだけど、さすがに1日、2日じゃ無理だしなぁ…」

はははっ、とたいして面白くもないのにひとりで笑って、千鶴の顔をちらりとみると、彼女もうんうんと相槌をうちながら微笑んでいたので、少し安堵する。

「あ、ごめん。まだ名前言ってなかったよな。俺は藤堂平助。八番隊組長を務めてるんだ。よろしくな!!」

「……あ、えっ…と、雪村千鶴です。改めて、よろしくお願いします!!」

三つ指をついて、丁寧にお辞儀をする彼女に、慌てて言う。

「あーあー、そんな堅苦しくしなくていいってー。まぁ土方さんなんかはともかく、俺とかは別に気にしないから、気軽に話してくれていいぜ?」

「あ、ありがとう…
あの、さっき出てかれたおふたりは?」

「あ?あーあのいい歳してふざけてるおじさん達はぁ、永倉新八と原田佐之助。
浅黒くて筋肉もりもりなのが新八っさんでー、背がでかくてスケベそうな目つきなのが佐之さん。」

俺がそう言ったとたん、
千鶴はぷっ…と吹き出すと、

「…あはは!!」

と笑いだす。
ん?俺いま、そんなに面白いこと言ったかな。

「…あっ、ごめんなさい。
さっきからずっと我慢してたんですけど、皆さんのやりとりが可笑しくて可笑しくて…ふふ…あははは!!」

千鶴はそう言うと、急に顔をほころばせて、無邪気な笑顔を見せる。まるで、長い間押し込められていた感情を吐き出すみたいに。ふっくらと曲線を描く頬が、次第に桜色に染まる。
それは、宵闇を払うような明るい笑顔だった。俺は、そういう普通の女の子の笑い顔を間近に見るのは初めてだったから、少し驚いた。

ここは男ばっかりだし、新八っさんと佐之さんに連れられて行く遊郭の女は、とびきり美人だけど、目にするのは懐の小金が目当ての媚びた笑いばかりだ。
だから、ただ感情があふれたようなそのまっさらな笑顔を、俺もすごく素直な気持ちで、可愛いなと思った。

「すみません、突然声をあげて笑ったりして。」

ひとしきり笑って、彼女はまたぺこりと頭を下げる。

「京の新選組って…剣が強くてとても怖い人達だって聞いてたんですけど、藤堂さんや永倉さんや原田さんは、とっても気さくな良い方ですね。」

と、安心したように言う。

「あー…まぁでも、剣が強いのは本当だぜ?普段はふざけてるけど…、俺、もしあのふたりが敵だったらすげぇ嫌だもん。」

俺が真顔でそう言うと、また千鶴は、あははは、と白い歯をみせる。
…いや本当にわかってるのかなぁ。
大人しそうに見えたんだけど、思ったよりよくしゃべるしよく笑う。あんまり心配しなくても大丈夫そうだ。

「あーそうだ。俺のことは藤堂さんじゃなくって、平助でいいから。みんなもそう呼んでるし。」

「えーと…じゃあ、平助くん!?」

「そうそう」

俺は満足して笑うと、そろそろ部屋の外に出ていようと思い、

「…まぁさ、なんかお前を殺すとかどーとか言ってたやつもいたけど、たぶん大丈夫だよ。」

と言って膝に手をやり腰をあげる。

「綱道さん探すのに、やっぱ他人より実の娘が探した方が見つかりやすいはずだし?俺らも一緒に探すからさ。」

励ますつもりでそう告げて、ふと面(おもて)をあげると、

「………」

なぜか、千鶴は泣きそうな顔でこちらを見つめていた。大きくひとつ息を吸い、なにかをこらえるように肩を小さく引き寄せる。

え…俺いま、なんか酷いこととか言ったか?

俺が立ち上がろうとした体勢のまま凍りついていると、千鶴はみるみるその目に涙をためて、瞬いた瞬間、そのみずたまが頬をつたいこぼれる。

「お…」

吃驚(びっくり)して、あげかけた腰をゆっくりおとすと、もう一度畳に座り直す。

「お、おいおいおい…どうしたんだよ。
…さっきまで笑ってたじゃんか!!」

「あ…ご、ごめんなさい…
なんだか…安心したら急に気がゆるんでしまって。」

「…だ、大丈夫か?」

「はい。色々なことが一度に起きたので…少し心が乱れただけです…」

千鶴は、すみません、と言ってごしごしと目をこするが、なかなか涙は止まらないみたいだ。

「……」

きっと、ずっと気を張ってたんだろうな、と思った。
よく考えたら、殺しの現場を見ちまうなんて、普通の女の子にはすごく衝撃的なことだろうし。しかも、助かったと思ったら、今度は目の前で生かす殺すで議論されるなんてな。
つぅかあと、土方さんが怖すぎんだよなぁ…

そんなことを考えながら、じっと千鶴の様子をうかがっていると、にわかに廊下から足音がしてくる。
そして、取り繕う間もなく、障子がさっと開かれる。

「平助ー…と、千鶴ちゃん。
夕げの時間なんだけど。」

見上げると、総司だ。
俺は、まずい、と、とっさに色んな言い訳が頭をかすめていくのを感じる。

ふたりを見た総司は、はじめ驚いた顔をしたが、すぐに、悪事を見つけてしてやったりとする子供みたいな笑みを口元へたたえる。

「…いやっ、総司、違うんだ。
話してたら、こいつが勝手に泣き出して…」

思わず口をついて出た台詞は驚くほど陳腐で、言い訳にもなってない。

狼狽する俺を見ながら総司は、薄く笑ったまま目を細めると、なにも言わずくるりと体の向きを変えた。
そして俺が再度弁解を始めようとするのを背に、

「あー近藤さーん、平助が千鶴ちゃんを泣かしちゃってるみたいなんですけどぉー」

などと大声で騒ぎながら来た道を引き返していく。

「いや総司っ!!やめろよ!!
待てって…誤解なんだって!!」

俺はすぐさま立ち上がって、慌てて彼を追う。
だが、遅かった。
向こうの方から近藤さんが現れて、
む、それはいかん!!おなごを泣かせるなどいかん!!平助、こっちへ来い!!
などと、すでに怒気を発している。…最悪だ。

部屋にひとり残された千鶴は、ぽかんと平助が飛び出していった方を見つめる。
…しばらく、奥の方からなにやら言い争う声が聞こえていたが、ごつん、という鈍い音と平助の「痛ってぇー!!」という叫び声を最後に、静かになった。

千鶴は、またなにやら可笑しさがこみ上げてしまい、ふふふ…と笑いだす。
その顔が、泣き笑いの妙な表情になっていることに、自分でも気がついていなかった。

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編1

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編1

乙女ゲームの薄桜鬼にインスピレーションを得て書いた二次創作小説藤堂平助編その1。京都は西本願寺の境内に、一本の長生きの桜がありました。人間の心ない行いにより、命を終えることになった桜は、ひとりの青年のことを思い出します。色々なひとがそれぞれの思いを胸に力強く生きていた時代を想像しながら、書いています。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted