たいしたことない

アンニューイなんや。
今日の僕はとってもアンニュイなんや。
それはなんでかって、何でかわからん理由が僕の思考をそういう風にするんや。
最近の僕は喉が痛い。
喉が痛いせいで僕は歌が歌えない。
僕の仕事は歌を歌うことやない。
だから別に歌は歌わんでええんやけど、それでも歌いたいと思うのは歌うぐらいしか楽しみがないからやろうと思う。

僕の仕事は花を売ることや。花屋という仕事をしている。でも花なんかあんまり好きじゃない。なんとなく、生きて行くためにしている仕事。
本当は僕は歌を歌って生きて行きたいと思ってたんや。
でも僕は歌の才能も音楽の才能もないみたいや。
前の彼女がそう言ってた。
僕のこと好きやと言ったくせにライブにも来てくれたのに彼女は別れ際かに僕の作った歌をボロクソにゆってどっかにいった。
僕の一番自信があった、おぼろ豆腐の歌をバカにされた。
他の歌なら別に良かったのにおぼろ豆腐の歌だけは、ばかにされたくなかったな。
あの、おぼろ豆腐のほろほろ感がええってゆうて笑ってくれた彼女の笑顔は嘘だったのかもしれへん。そう思うと女の子って怖いな。

その子と別れてから結構経つけれど僕はだれとも付き合っていない。お付き合いって正直よく分からない。付き合う女の子は可愛いけれどいつもゆうことは支離滅裂や。男と女は違うとゆうけれど本当に女の子は未知の世界の生き物や。でも柔らかいおっぱいがあるから僕は死ぬまで女の子を愛し続けるだろう。

僕は花屋をしてもう3年になるけどやっぱり心の中ではこれでええんかなって思ってる。
花を売るのは楽しい部分もあるけどこれを死ぬまで続けるとなると途方に暮れて立っているのも困難になる。頭がいたーくなって真っ白になって眉を顰める。怖いな、怖いなって思う。だからといって何をしたらいいのかも分からんのや。音楽をしたらいいのか、何を始めたらいいのか。僕にとって正しい方向ってどこなんやろう。

最近、休みの日もそればっかり考えてる。
お金がないからどこにも行かれへんくて近所を散歩してたら昔から近所におるおばあちゃんが声をかけてくれる。
「今日はどこに行くの?気ぃつけていきや」
「今日は仕事休みなんで、買い物でも行ってきます」
いつも大抵こんな会話や。僕はいつも花を売っているときはこんなことしてたらあかん、こんなことしてるあいだに何か出来るんちゃうかって焦燥感に駆られているのに、休みの日になるとぼうっとして窓の外を眺めてたら一日が終わっていたりする。
こういうのを自堕落というんやろうか。
最近の僕は声を出そうとすると喉が詰まって歌が歌えない。
何か歌おうとするとホコリを胸いっぱいに吸った気持ちになって喉の奥がイガイガとかきむしられているような感覚になってそれをめいいっぱい普通の状態に戻そうとして咳をする。
喉が痛い。歌が歌いたい。
なんだか眠たい。

何十時間眠ってもずっと眠たい。
休みの日は何かにとりつかれたように眠たいし、何かしててもねむなる。
どうなってるんやろう。

今日は珍しく土曜日にお休みもらったから花屋はてんやわんやになってるかもしれへんな。
でも毎日を思うけど誰かに花贈ることってそう毎日あるんやろうか。
少なくとも僕は誰かに花を贈ったことなんてないな。
一緒に働いてるまりちゃん、大丈夫やろか。

まりちゃんというのは最近、ほんの一ヶ月ぐらい前に入ってきた新人さんで栗色のロングヘアで前髪が斜めに分けてる今時の女の子。どっかの雑誌から飛び出してきたような若くて肌が白くて可愛い子で僕は入ってきた瞬間、この子いいなと思った。
でもどうやら彼氏がおるらしい。幸せそうに彼氏との馴れ初めを話すまりちゃんの左手の薬指には嬉しそうに指輪が笑っていた。
ああ、つまらん。どっかの誰かはこうやって幸せに暮らしてやってるんやろうか。
でも僕の気になっている子はまりちゃんだけじゃない。
花屋の帰り道に寄るコンビニにいる佐藤さんもええなと思ってる。佐藤さんは髪の毛の色が派手な金髪できゃりーぱみゅぱみゅみたいや。しかし最近思うけれども電車に乗ってる女の子も街を歩いている女の子もみんなきゃりーぱみゅぱみゅみたいやなと思う。つけまつげとカラーコンタクトでだいたいみんな顔は同じや。可愛い。だからまりちゃんも佐藤さんも正直顔は同じやと思っている。
僕の前の彼女は正直きゃりーぱみゅぱみゅみたいじゃなかった。
あまり可愛いと言えるような整った顔ではなかったけれどもどこかあったかくて、抱きしめたらいい匂いがした。
話し方に特徴があって、よく笑う子やった。
ああ、また会いたいなぁ。

結局今の僕にとって女の子なんていうのはキラキラしていてどの子も可愛いし、どの子と付き合っても別にいいなと思ってる。
僕に愛をくれたらええ、なんか揺るがない愛がほしんや、僕は。
でも欲しい欲しいばっかりゆうてたらもらわれへんのやろな、きっと。 

愛も欲しければお金も欲しいし、仕事もどうにかせなあかんし、あれも欲しいこれも欲しいと思ってたら心がバカになってしまうような気がする。

「あかん、外でよ。」

僕は僕を取り巻くドロドロしてそのままおったら飲み込まれそうになったので土曜日のお昼すぎ出かけることにした。
といっても出かけてもお金もないからチャリンコでうろうろするだけやけど。
リサイクルショップで3000円で買うたチャリンコのスタンドを蹴って僕は走り出した。
どこにいこうかな、とりあえず近くの公園でもいったろかな。
僕は図書館の近くにある少し大きな公園に向けてチャリンコをこぎ始めた。
公園の入り口に少し入るとブランコやら滑り台やら遊具に群がる子供達とお母さん方がたくさんおった。
僕は子供があまり得意ではないので正直鬱陶しいなぁと思って通り過ぎた。
僕もいつか子供が出来ましてん。と女の子と結婚する日が来るんやろうか。その時はしっかり働かなあかんのやろうなぁ、あー‥なんか複雑な気分やな。かかあ天下みたいなったらそりゃもっと最悪やな。

遊具やらを少し過ぎたあたりに道が広がって左の道に進むと神社の鳥居みたいなところに入って、右に進むと噴水のような周りを囲むようにいくつかベンチの椅子がある。ベンチが一つ空いていたので僕はチャリンコを停めてそのベンチに座った。
ふと目の前に座っているベンチのカップルに目をやった。
まぁ白昼も堂々といちゃこらいちゃこらやっとる。
なんで公園にひと組はこういう阿呆見たなカップルがおるんやろうか。
イチャつく場所がないんやろか、なんや、それはなんなんや。場所がないからじゃなくてイチャつくボクらを見てくださいみたいな目的でやってるんやったらしばき回すぞ。‥‥あかん、せっかく気持ちをフラットにさせるために外に出てきたのにこれやったら何も変わらへん。
ん‥女の子の方、見覚えあるなぁ‥‥。栗色の長い髪‥きゃりーぱみゅぱみゅみたいな顔‥‥
あ、まりちゃんや。あれまりちゃんや。

僕の向かい側に座っている阿呆カップルの片割れは紛れもなくまりちゃんだったのだ。どうやら向こうはこっちに気づいてないらしい。
しかしそうやでな、二人の世界やから見えてる景色は自分と相手だけなんやろうなぁ。あとはぼやぼやしとるんやろう。だからなんのお構いもなしにキスしたりセックスまがいなことできたりするんやろ。
ふと彼氏の顔を見てみるとこれもまた電車でよう見るような顔やった。あれや、今流行りのツーブロックとかいうやつですわ。ツーブロックってなんやねん、男は黙ってワンブロックやろがい。クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスわろとるわ。僕は立ち上がってここから去ることにした。まりちゃんそういえば住んでるところ近いゆうてたな。しかし土曜日の午後から嫌なもの見てしまった。

僕はスタンドを再び蹴って自転車をまりちゃんカップルとは反対方向に、つまり来た道をそのまま引き返すことにした。

喉が相変わらず痛い。キリキリするというかそわそわする。それに呼応するように胸もポッカリと穴があいたようにさみしい感じがする。僕は何を思って土曜のいい天気の日に気になってる女の子がイチャつく様子を見なあかんのや。

このまま帰るんも尺やったけれどももうお金なくて行くところもなくなった僕はいつも行くコンビニでなけなしの金でビールでも買って飲もうと思った。いつもコンビニに行くの夜やから佐藤さん昼にはおらんかもしれへんな‥と思ったら不機嫌そうな顔でレジをしている佐藤さんと目があった。
いらっしゃいませ‥蚊の鳴くような声で佐藤さんがいらっしゃいませとゆうてくれる。今日の僕はそれだけでも涙が出そうなくらい嬉しかった。
なんか今なら佐藤さんに話しかけられそうな気がする。
僕は少し浮き足立って500ミリリットルのアサヒスーパードライとピーナッツをもってレジに並んだ。僕の前にはギターを背負った今時の兄ちゃんみたいなバンドマンが立ってた。歩くたびにチャラチャラとストラップの音が聞こえてくるし、鼻をつんざくような香水の匂いに僕は眉をひそめた。
身なりばかりが先行していかにもモテるためにバンドしてますみたいな僕の嫌いそうな男やなと思った。しかし実際こういう奴がモテたりするから世の中やってられへんよなぁと僕は何度も思った。ちなみに僕は全然モテなかった。

土曜日の午後ということもあり、レジの前を並ぶ人は多かった。店内は佐藤さんしか人がいないのかレジをするのは佐藤さんしかいなかった。見ると佐藤さんは人がいっぱい並んでいるのにも関わらず特に焦った様子もなく淡々とレジをこなしていた。スゲェなぁと僕は思った。
そしてやっと僕の前のバンドマンの男の子の順番がやってきた。僕もずっとビール持ったままの手が冷たくなってきたのでよしよしと思った。するとその男の子の顔を見た佐藤さんの表情が一変した。一気に血の気のないところから血が流れてきたように頬に赤みが差して嬉しそうに笑って口を開いた。
「え、来てくれたん!?うれしい!」
「かよが働いてるとこ、一回見てみたかったしな。」

え‥かよ?佐藤さん、かよってゆうんか。あの男の子やけど女の子の芸能人と同じ名前なんや‥違う違う、そうじゃなくてなんや、どういう関係なんや。

「またライブ行くなぁ‥え、もうすぐバイト終わるから遊ぼうや。」
「あ、ええよ。ほんならまた終わる頃ラインして。」
レジでふたりの関係性まではわからなかったけれどもどうやら佐藤さんがこの男の子のことを気になっているという事やこのバンドを見に行っているということぐらいは僕にでも僕の後ろに並んでいる人達にもわかった。
このあと遊ぶんやな‥そう思いながら僕の番にレジが回ってくると先ほどの冷徹な佐藤さんの表情が戻りあまりにそっけなくレジは終わった。


コンビニの外に出ると夕暮れがかっていて少し肌寒い風が吹いていた。まりちゃんも佐藤さんも青春やな‥。そう思うしかやってられへんと思った。

揺るがない愛を求めている僕は何も手にすることができないままこのまま死んでいくんかなと思うとこのまま家に帰るのが怖くなった。袋に入ったビールを飲もうと袋を開けてビールを取り出すともうぬるくなっていてもう飲む気も失せたので、袋に直そうと思ったら僕はビールの缶を落としてしまった。
ビールの缶はコロコロと緩やかに転がっていくので慌てて追いかけるとだれかの足元にぶつかって缶はその人によって拾ってもらえた。僕はビールの缶しか見ていなかったのでその人の足元しか見えていなかったけど不意に目線を上げていくと懐かしい顔がそこにあった。

そこには僕の元彼女がいた。

「ビール転がすとか何してるん。」
「あ、ありがとう‥久しぶりやな。」
「ほんまやな、こんな形で再会とはなかなかドラマチックやね。」
彼女はヘラっと笑った。僕は久しぶりに見たか今日の度重なるショックな出来事があってかしらへんけど今まで見た女の子の中でどの子よりも可愛いなと一瞬だけ思った。

「何してるん。」
「え、暇やったから出かけてみたんやけど何かロクなことなかったわ。」
「おぼろ豆腐みたいなおもろない歌、歌ってるからちゃう?」
「何年ぶりかに会ってまたそれ言うか、今やからゆうけどあの歌、めっちゃ気に入ってんねや。」
「それはなんとなく分かってたよ。でもあの歌ださいねん。」
「あのホロホロ感がええわーゆうてたやんけ。」
「ええなと思う時期もあったよってことや。あれは彼女の優しさや。」
「そうですか。」
「久しぶりに会った記念に聞かせてよ、あのおぼろ豆腐の歌。」
「いやや、いま喉痛いねん。」

そう言って喉痛いと思ったけれどもさっきまでのキリキリした喉の痛みが消えているような気がした。あ、今なら歌えそうな気がする‥と思った。
「喉痛いと思ってたけど、なんかマシなってるわ。」
「うそ、ほんなら歌ってよ。」
「ええよ。」


おぼろ豆腐の歌
ほろほろ豆腐 おぼろ豆腐
ぼろぼろ豆腐 それもおぼろ豆腐
あったかほっこり ポン酢がいいね
あったかほっこり 君は味ポン派
僕はちょっと高いポン酢がいい
豆腐の良さってなんだろう それは優しいところだね
君の良さってなんだろう それも優しいところだね
今夜は豆腐 おぼろ豆腐
ぼろぼろになっても 味は変わらない

僕は彼女に振られてからずっと歌ってなかったおぼろ豆腐の歌を今何年かぶりに彼女の前で歌っている。でも変な感じで喉の痛みが消えている。ほんで自分の歌を聴いてくれる人がいることに少し感動して涙が出そうになったけどそれは必死になってこらえた。彼女は歌い終わったあと少し拍手をして「やっぱりダサいな、その歌。」と笑っていた。その笑った顔を見ているだけでなんだかこれからどうにでも転がっていけそうな気がしたから僕ってほんまに単純やなぁと思った。

僕は空気を思い切り吸い込んで勇気を出して「また二人でおぼろ豆腐食べたいな。」とゆうたら彼女がびっくりしたような顔で咳をした。

たいしたことない

たいしたことない

全体的に、ぼやけた小話

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-16

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