作者の好都合により閲覧頂けません

 それは××まり、



「 あははっ、出来た出来た人間人形(ドール)! ねえねえ、××君、見てよこれ! 上出来過ぎて×××涙出ちゃいそうだよ、つか涙出たわ 」
「 これだけ可笑しなイカれた茶番劇ばかり見てなんで君は動揺とかしないの? まあ、そういう君も好きだからいいけど 」
「 ヒロインと主人公は必ず結ばれるのだあ! ふふふっ、ボクが必ず君を守ってみせますのだよ、××君。なんたって、私は君の××だからね! 」
「 えっとぉ、その。××君って、勿論、私のこと、好きだよね? だって、私、 」
「 化物とは聞き捨てにならないなあ。私だってちゃんとした人間だ。只ね、ココが悪いだけだよ 」


 ――――――繰り広げられるイカれた茶番劇を見て少年は何を想ふ


「 貴方はね、物事に正直過ぎたのよ 」
「 あんねえ、人肉って少し硬いんだけどもぐもぐしたら柔らかくて感触もいいし血も美味しいんだよ 」
「 大丈夫大丈夫、怖くなあい怖くなあい。××君、痛みは一瞬だからさ、そんな目で私を見ないで? 興奮するじゃないの 」
「 馬鹿みたいに吠えないでよ、穢らわしい。煩い君は×××なの 」
「 あーあ、残念。物語は此処で幕を閉じるみたい 」


「 ばいばい。××君。また、此処で 」



 ( ××、? )



 『 さあ、永遠の××劇を始めよう 』
 『 もう終わりなんて存在しない 』
 『 始まりしかない世界 』

 『 退屈なんて言葉、忘れさせてあげるんだから 』



 ( 狂った始まりしかない世界 )

01


 ―――――この退屈が消えるのならば、永遠の眠りを僕は求める。
 ありふれた何処にでもある平凡で穏やかな所で生まれ育った僕は、毎日同じことの繰り返しで退屈だった。平日は月曜日から土曜日まで重たい鞄持って学校に行って、可笑しな友達と会って遊んで授業終わったら帰宅部だから帰って、母さんが作った御飯食べて宿題やって寝るの繰り返し。休日の日曜日は用事が無ければ外出せず、寝るか読書するかどちらか。夕日が沈めば御飯の用意が出来たからと母に呼ばれ、一階の食卓に向かって食べて又寝るの繰り返し。こんな毎日繰り返して年老いて死ぬのであれば、僕は飛びっきりの現実味のない体験を身に染み込ませたい。例えば、此処、囀梨市(さえずりし)でとんでもない事件が相次いでいくとか。
 まあ、そんなの絶対に起こらないのは百の承知だけれど。
「ゆぅぅぅうぅぅぅとぉおおおお、ニュース! ニュース見てえええええ!!」
 土曜日。正午。読書している時、一階から母さんの間延びした声が耳を打った。母さんの声が煩すぎて耳が痛い。こんな大声で僕を呼ぶのはきっと今日が初めてだ。一体何だというのだろう。ニュース如きでそんなに騒ぐだなんて、等々母さんも狂ったのだろうか。
 面倒くさそうに、テレビ近くに置いてあるリモコンを取ると、電源を入れた。
『ニュース速報です。本日、××都、囀梨市の室町川で殺人事件が起こりました。被害者は××私立学園の女子高校生の尾口小百合さん。川辺の近くで発見されました。服装は制服だったとのことで、放課後容疑者に襲われたのではないかと、警察側は―――』
 アナウンサーは無表情で淡々と事件の内容を続ける。だが僕の耳にそれは入らなかった。
 ××都、囀梨市とは僕が住んでいるところだ。××私立学園は僕が通っている学校。尾口小百合さん。―――僕のクラスメイトの一人。男女問わず好かれていた生徒だった。
「……あはっ、あははははははははははは」
 思わず笑みが零れ落ちた。顔は笑みで満ち笑い声が続く。自分でも何故笑っているのかよく解らない。でも、楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
 何とも言いようのない感情が体内を巡り全身に熱を灯す。焼け付くような痛みが胸を貫通し自分のシャツをぐしゃりと握り潰した。
 これで僕は退屈から逃れられる。そう、僕は確信した。

02

 ―――――可翠ちゃんから御電話だよっ、御電話だよっ、きゃぴぴ!
 飛んだ悪趣味な着信が室内に鳴り響く。それと同時にぴたりと止む笑い声。
 小さく舌打ちし手元に転がってる携帯を取り電話に出た。
「なんの用だかみど――――」
『ゆうたん、ゆうたんビックニュースだよお!』
 僕の声を遮りぶりっこみたいな甘い声で燥ぐ可翠琉威(かみどりるい)
 耳から携帯を離しても聞こえるボリュームだ。
 …可翠琉威。僕の幼馴染でもあり親友でもあり家族同然といっても過言ではないクラスメイトの子だ。本人曰く八重歯がチャームポイントらしくよく自慢の八重歯を自慢してくる。別にそんな自慢することではない気がするのだが。勉強は全くできていないが、その代わり運動が凄い出来る。体育の教師も目を疑う程。男子生徒からそこそこ人気がある。女性からは……あんまりないかな。
『あんねあんねえ、ほんとおにビックニュースな御知らせしちゃうんだからねえ! 耳の穴開けてよぉおく聞けえ!』
 テンションが凄く上がっている彼女に大きな溜息混じりに彼女の言いたい事(ビックニュース)を当てる。
「どうせさっきのニュースのこと報告したかったんだろ?」
『………あー、みたんだ。ニュース』
 つまんねえの。
 先程のあの甘い声は消え失せ何時もの低い声に戻った。
 そんな彼女にふっと鼻で笑う。
「母さんがさっき言ってたんだよ。ニュース観ろって」
『うわあ、アンタの御母さん超クレイジーやわ。空気読めっての』
 御前の方がクレイジー(気狂い)だと思うがな。
 苛々してる彼女に内心呟いた。
『あ、そーだゆうたん。どうせ御互い暇なんだし、一緒に行きませんこと?』
「現場に?」
『せーかあい』
 ふふふっと笑うとまだ許可も出してないのに時間と場所を言い通話を切った。
 なんて自分勝手な奴なんだ。まあ、別に嫌いじゃないけど。

 待ち合わせ場所は殺人事件が起こった室町川。
 待ち合わせ時刻は2時30分。今から30分後。

 僕は2時15分まで読書をし、それ以降は携帯だけ持って家を出た。
 さあ、彼女はちゃんと約束時刻まで来れるのだろうか?

03

現場に到着すると沢山の人混みの中、何故か喧騒の声が上がっていた。嗚呼、何故って事はないか。
 被害者の親が馬鹿みたいに警察に怒り狂っているというのであれば、別に可笑しな話ではない。それは、当然な事だ。大事な娘が見ず知らずの何者かに殺害されたのだから。
「あれ、裕翔君じゃないか」
 聞き覚えのある声が耳を打った。振り返ると汗びっしょりの警察の制服を身に纏っている男性が立っていた。
「おや、これはこれは新米刑事の柳木さんじゃないですか。御疲れ様です」
 ――――柳木慶四郎(やぎけいしろう)今年、警察の方に就職した母さんの知人の男性だ。この人とは僕が幼少時代の頃から御世話になっていて、この人の事だったらなんだって知っている。例えば、”人の臓器を食べるのが好き”、とか。
 慶四郎さんから尾口小百合の遺体はどのような姿で発見されたのか、詳細を尋ねると刃物か何かで複数の所を抉られていたとのことだった。制服は血塗れで数箇所何故か破れていた。殺害する前、猥褻行為でもしたのではないかと疑ったが、普通それだったら裸体で発見されるとのことで違った。
 別に態々裸体にしなくても、そのまんまで味わいたい変態もいると思うんだけどなあ。
「にしても、裕翔君。何しに来たんだい?」
「只の散歩ですよ」
「嘘だよね」
「おや、ばれましたか」
 ふふっと笑みを零すと彼は重たい溜息混じりに言葉を吐いた。
「遊びで来ちゃ駄目だよ? そんなことしちゃあ、君まで殺されてしまう」
 それは貴方様にでしょうか。
 笑みを引き攣る事なく、僕はその言葉に何も言わず只々笑みを浮かべていた。
「ゆーうーたあん、!」
 後ろから勢い良く抱き締めて来る可翠。抱き締める力が強いから少し息苦しい。
 人が沢山いるというのに、世間を知らない子供のように無邪気に僕に抱きつく彼女をみて彼は子を見るような穏やかな表情を作った。
「仲いいんだね。彼女?」
「いいえ、此奴は只の変人です」
「ちょっ、酷いよゆうたん!」
「ふふ、っ、微笑ましいなあ」
 ピリリ、ピリリっと機械音が鳴り響いた。その音は彼の服の中から鳴り響いていて、彼は慌ててポケットに手をつっこみ携帯を取り出した。
「はいっ、柳木です! ―――あっ、ごめんなさい! 直ちにそちらに向かいますので、暫しの御時間をください! ええ、はい! 申し訳御座いませんっ」
 どうやら上司からの連絡だったようで、彼は大急ぎで「ばいばい」と言葉を残すと一直線に走っていった。
「慌てん坊な男だね、あの人」
 人殺しな馬鹿だから、仕方ないさ。
 僕は大きな欠伸をすると、これからどうするか彼女に問いかけた。

04

「そーだねえ、此処にはもう用ないしなあ」
「え、可翠、被害者の尾口さんの殺害状況把握したの?」
「大体はまあ、把握したよ。それに犯人もうすーくだけど、解った」
「まじかよ、すげえな御前」
 全く驚いていないのに、驚いた振りをする。
 どうせ此奴のことだ。嘘に違いない。
「あんれえ、裕翔くうん?」
「あ、早苗じゃん」
 可翠よりも又違う甘えた声で僕の名を呼んだのは足立早苗(あだちさなえ)だった。
 相変わらずふわふわとおっとりしたオーラが漂っている。下手したらその癒しオーラに吸い込まれそうだ。
 早苗は成績運動神経抜群なクラストップクラスの美女。男子にも女子にも高い評判を得ている。笑顔で毒吐く所も皆に愛されている。
 可翠は早苗に気付くと眉を顰め早苗に近付く。とても嫌な予感がしたが彼女を止める事はしなかった。
「こんなところで出逢うだなんて、なんかの運命なのかなあ、足立さん」
「にゅふふ、どうでしょう。運命なんじゃないですか?」
 全く運命だなんて思ってないくせに二人は嘘の笑みを貼り付ける。
 本当に、女って怖い。男に生まれて良かったと熟(つくづく)思う。
「ねえ、早苗さん。死んでくださらない? ゆうたんの為にも」
「なんでそうなったのかしら。意味が解らないわ。この阿婆擦れ淫乱女」
 笑み一つ変えず二人は会話を弾ませる。
 馬鹿な話進めるのもいいけれど、場所を変えるという事はしないのだろうか。

 此処は、事件現場だぞ。

「な、なあ、お前等。場所、変えねぇか?」
 恐る恐る訪ねてみる。二人は顔を酷く歪ませたが、納得してくれたのか笑みを浮かべた。
「そうね、変えましょうか」
「そうしよっか」
 僕は二人連れて近くの自然公園に向かった。

05



 自然公園に着くとまるで僕らを歓迎するように、温かい微風が頬を撫でた。自然公園はとても広く、大きな立派な木に囲まれている。小さく鞦韆二つが置かれている片隅にライラックという薄紫色の花が咲いており、甘い香りを辺り一面に漂わせている。此処から鞦韆までかなり距離が離れているのに、ライラックの甘い香りは此方まで漂っている。少しライラックの香りが自分にあわないのか、鼻孔にツンと来る。だが二人はそうでもないようで、というか逆にこの香りを好んでいるみたいで心地よさそうに目を閉じ口元の両端を釣り上げている。
「とってもいい香りよね。私大好き、」
「あら奇遇ね、足立さん。私も好きよ」
 二人はそのまま鞦韆の片隅に小さく咲いてあるライラックの所へ足を進める。
 僕は鼻を摘んだまま重たい足取りで地面を蹴り、二人の後を追った。
 鞦韆に一歩一歩近付く毎にライラックの甘い香りが鼻孔を満たす。今にも吐きそうだ。
「ねえ、足立さん。ライラックの花言葉知ってる?」
 しゃがみ込み、ライラックを花弁を優しく抓む可翠。
 その隣に早苗もしゃがみ込みライラックの虜になっているのか目をうっとりさせ彼女の問いに答えた。
「ええ、勿論。確か、”甘い誘惑”、でしたよね?」
「そう、甘い誘惑。この花にぴったりよね」
 ぶちっと根元から抜くと早苗はライラックを自分の鼻に近付ける。
「嗚呼、なんていい香りなんだろう。死ぬんだったらこの香りに包まれて死にたいわ」
「じゃあ、今、此処で殺してあげようか? 足立さん」
「いい加減黙らないとこっちから殺すわよ、可翠」
 二人の間に火花が散る。
 やれやれと僕は背後から二人の頭を叩き「御前らいい加減にしろ」と溜息混じりに呟いた。

06

 立ち話もなんだと思ったので、公園のベンチに二人に挟まられるように座った。
 本当は端っこ側に座りたかったが、二人から「真ん中に座れ」と言われたので仕方なく座った。
「ところでさ、なんで早苗が室町川にいたんだ? やっぱり、ニュース観て?」
「まあ、それもあるし、裕翔君が可翠さんと一緒だったからかな」
「何それ、私がゆうたんと一緒にいちゃ駄目っていうの?」
「まあ、そういう事かな」
「殺す」
「殺してみろよ雑魚」
 此奴らはなんでこう一言多い奴なんだろう。
 もっと仲良くなれないのだろうか。
 全く。手間のかかる奴らだ。

07

「ねーねー、そういえば明日学校だけど、やっぱり全校生集めて此処数日間休校にするのかな?」
「普通そうなるんじゃない? 常識が通ってる普通の学校だったら」
 ポケットから携帯を取り出しぶっきら野望に可翠の問いに答える。
 早苗も片手に持っていた分厚い本を読みながら頷く。
 やっぱりそうなのかあ、そう呟いた彼女の瞳は何故か何時もより一段と輝いていた。学校が数日間休みになるからという事で来る嬉しさではなさそうに見えたのは、気のせいだろうか。
「あ、」
 何か閃いたのか思い出したのかよく解らないけれど、兎に角驚きににた声を上げ読んでいた分厚い本を閉じ立ち上がる。
「ごめん、っ、私もう帰るね。可翠さん、裕翔君襲ったら本当に殺しますからね」
「大丈夫大丈夫、ゆうたんの童貞は私が貰っとくから安心して」
「残念だけど御前如きの尻軽女に裕翔君の童貞を卒業させるのは無理だから。彼の童貞を卒業させるのはこの私よ。私のほうが胸あるし可愛いし綺麗だしもてるし裕翔君と相性合うんだよ、このボケが。てめえみたいなひんぬーな胸揉んだって誰も興奮しねえよ、発情しねえよばあか。自覚しろよ」
「黙って聞いてたら、このナルシスト女が――」

「見苦しいなあ、さっさとその醜い会話弾ませるのやめてくれる? 此処、貴方達の縄張りじゃないのよ」

 散々言われていた可翠が勢い良く立ち上がり、早苗に殴りかかろうとした時、一人の黒髪で眼鏡を掛けた黒いスーツ姿の女性が可翠の拳を手の平で受け止めた。
 可翠の拳を楽々と手の平で受け止めた少女は、重い溜息を吐くと黒プチ眼鏡を取り手に持った。
 そして僕の方を見ると口元の両端を吊り上げる。

08

「君もこんな阿婆擦れ思考の奴等連れに入れてると疲れるでしょ?」
「いや、別に……」
「ふふ、そんなに無理してたら本当に童貞卒業させられちゃうよ?」
 くくっと笑うと手の平にあった可翠の拳を払い僕から早苗に視線を移した。
「ねえ、早苗さん。貴方、用事あるんじゃないの?」
 あっと間抜けな声を漏らす早苗。そして、分厚い本を抱え僕らに別れの言葉も言わず全力疾走でこの場を離れた。
 どうやらとても大切な用事だったらしい。
 遠ざかっていく彼女の背後を見つめ呆然と彼女は呟いた。
 ――――――やっぱり変わらないのね。
「え?」
「あ、ううん。気にしないで」
 にこりと笑みを浮かばせそのままベンチに大きな欠伸をしながら座る。
 その姿を見て可翠は何故か眉を顰め目も細めた。まるで得体の知れない生物を見るかのように。そして可翠は僕にしゃがんでと小さな声で命じた。頭上に疑問符を浮かばせながらも、彼女のいい通りにすると耳元で小さな声で囁いた。
「此奴に関わらない方がいい、絶対に」
 可翠が何を言っているのか解らなかった。何故、初めて出逢ったばっかりの人なのにそんなにも警戒心を高める必要があるのだろう。あ、初めて出逢ったからこそ、なのだろうか。
「あ、そういやあ自己紹介してなかったわね」
 ごそごそとスカートのポケットからくしゃくしゃの紙を取り出し、僕に渡した。
 普通に口で言えば済む話だと思うんだけどなあ。なんて内心呟きながら紙を受け取り、紙に目を通した。
 ――――――冴桐真琴(さえぎりまこと)。文字が水か何かにかかったのか、滲んでいてよく読めなかったが、大きくそう書かれているように見えた。
 確かめるように紙に書かれた名前を読んでみる。
「冴桐、真琴さん、?」
「そ。冴桐真琴。覚えやすい名前でしょ?」
 少年のような笑みで笑う真琴さん。
 いやいや、全然覚えやすい名前じゃないから。可翠は何処か不機嫌な様子で真琴さんまで聞こえない声で毒吐いた。

09

「ねえ、薩摩君と可翠ちゃん。今からちょっと三人で出かけたいんだけどさ、何か用事とかある?」
「別に俺は――――」
「ごめんなさい。私達、これからデートするっていう大事な大事な用事があるので」
 僕の言葉を遮り、殺意にも似た物を瞳に込め僕の腕を引っ張った。
 真琴さんは笑み一つ変えず少しの時間無言だったが、口を開く。
「そっか。では、邪魔者は帰ると致しましょうかな」
 手に持っていた黒プチ眼鏡を装着し、ベンチから立ち上がる。またねと手を振ると駆け足で去ってしまった。
 真琴さんの姿が見えなくなるのを察すると可翠は溜息を吐いた。そのままベンチに座り御前もベンチに来いとバンバンベンチを叩いた。
 言われた通り彼女の隣に座る。何時もだったら、ぎゅーって僕を力強く抱き締めるのに今回は珍しく抱き締めない。それどころか、眉を顰め納得がいかなさそうな表情を浮かべ足と腕を組んでいる。こんな姿をする可翠を見るのは初めてだ。
「浮かない顔してどうしたんだ?」
「……可笑しいの」
「え?」
 思わず彼女の言葉に首を傾げてしまう。
 可翠はそっと低い声で呟いた。
「彼奴、やっぱり可笑しい」
「彼奴って冴桐さんの事?」
「それしかないでしょ」
 不機嫌そうに答える彼女に思わず身を震わせてしまう。
 だって、こんな対応一度も僕にしなかったのだから。
 怒らせないように、そっと顔色を浮かべながら小さな声で問い掛ける。
「冴桐さんの何が可笑しいっていうんだい?」
「全てが可笑しいわ。だって、初めて会ったのになんで私達の名前知っているの? それに、足立の名前まで。可笑しいよ、可笑しいよ絶対。彼奴は何か知っている、彼奴がジョーカーだ。そうだきっと彼奴はジョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカージョーカー」
「お、おい! どうしちまったんだよ! 可翠、っ! 琉威っ!」
 頭を抱え激しい貧乏揺すりしている彼女に驚愕し、何度も彼女の名前を叫ぶ。しかし彼女は相変わらずと「ジョーカー」という単語を気持ち悪いぐらい繰り返す。その単語で世界が埋まりそうで怖い。
「裏切り者のジョーカーには醜し美しい悪徳な罰を、裏切り者のジョーカーには悪に濡れた極上の罰を、裏切り者のジョーカーには甘美な罰を与えよう。次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは次のジョーカーは」
「琉威っ!!」
 大声で彼女の名前を呼ぶと、彼女の動作はピタリと収まった。まるで故障して暴走してしまったロボットの起動の元となっている電源を抜いた気分だ。
 長い長い沈黙が降りる。それから何分か経ったかどうかは時計が近くに見当たらないから明確には判断出来ないけれど、僕にとってこの時間は一時間ぐらい経ったのではないかと感じた。可翠は大きな涙をぼろぼろと流すと唸り声にも似た泣き声を散らばかせ僕を抱き締めた。
「う、うう、ううぅうぅ、こわいよお、いやだよぉ、まだ×にたくないよお、×たいよお、たすけてよおお」
 いつもより更に強く抱き締める。
 なんに関する恐怖が彼女を脅かせているのかは解らないが、今はそれに触れてはいけないと思ったんで何も言わず黙々と彼女の頭を撫でる。
 ―――――大丈夫。大丈夫だよ。
 安心させるように何度も何度も、頭を撫でながら繰り返した。

10

 彼女が泣き止んだ頃には夕陽が沈んでいた。心配性の母の姿が脳裏に浮かぶ。このまま何にも連絡しなかったら、世界一心配性といってもいいぐらいの母さんの事だから、警察に捜索願を出すかもしれない恐れがあるので友達の家でもう少し遊んで帰ると携帯を使って報告した。携帯を閉じ彼女の様子を伺うが、体育座りになり俯き身を丸めた。小柄な彼女の身体は、小刻みに震えていた。上着のジャンバーをそっと彼女の肩へ掛ける。しかし彼女は首を振った。寒い訳ではないらしい。只、恐怖という大きな感情が彼女を支配しているらしい。
「…………ごめんね、ゆうたん」
 俯いたまま小さく弱弱しく吐いた可翠。
 そんな彼女を見て溜息をつく。
「何で謝るんだよ、阿呆」
 御前は何にも悪くないよ
 彼女の頭を撫でながら笑った。
 すると徐々に頬を綻び彼女も笑った。えへへ、と甘えた声で鳴くと僕を抱き締めた。
「大好き、ゆうたん。××してる、」
「こら、恋人同士じゃないんだから××してるなんて言わないの」
「だって、本当のことなんだもん、ふへへっ」
「ばあか、」
 彼女の凸にデコピンすると可翠は嬉しそうに微笑んだ。

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 あとがきは好都合者の梁鴉が食べました。

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更新日
登録日
2013-09-16

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  1.  それは××まり、
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