ゆらりとおちる。

ゆらり。 ふわり。


静寂に包まれた紺碧の空間を漂っている。

何時の頃だったか忘れてしまったけれど、
確かに覚えているのは喧騒の最中に
耐えられなくなって逃げ出した事。ただそれだけ。
その時から、この静寂は僕を癒してくれている。

たまに差し込む一筋の光も、僕があの時感じていた光の幻惑とは違い
静かで押し付けがましくない、聖母のような輝き。

ゆらり。
ふわり。

子供の頃、取り合いになっていたブランコにどうしても乗りたかったのに、
僕は気が弱くて、いじめられていていたからいつも言い出せず、
日が落ちて暗くなって、小さな公園から子供たちが去っていったその時に、
僕はブランコの時間を占有した。

咎めるものはいなかった。
僕の母は海の中に落ちて行方不明になり、
父が帰るまで寂しい自由はいくらでもあった。

ゆらり。
ふわり。

星の少ない煤けた宵闇に舞うブランコに乗って、僕は一人この時間を愛した。
優しくて寂しくて、それでもこの空間は一切を裏切りらず、僕を包んでくれた。


それは今も同じ。
幼い頃に失った、遠い夜のブランコに、僕はやっとたどり着いた。
ずっとずっと寂しくて、だから周りと合わせ、無理やり笑い、右に倣い。
心から赤い血を流し続けて、その血が一切なくなってしまった時に、僕は絶望した。
結局欲しいものは手に入らなかった。だから車に乗って崖を飛んだのだ。

そしてこの紺碧の愛しい空間を手に入れた。
脳の先まで満ちた、静寂の海に僕は沈みゆく。

赤い星、黄色い星、青い星に似た小さな魚群。
子供の頃のブランコから見た空とそっくりなそれは、僕の視界をかすめて揺れる。
優しい蒼は僕を包んで、永遠を約束し、海の底へと導いていく。

【もう悩まなくていいんだよ】
【もうひとりじゃないからね】
【もう誰も責めたりしないよ】
【いい子だね】
【おいで】

誰かに言われた言葉が、違う誰かの声で耳元に響く。
その声は何者よりも心に響く声で、僕を暖かく迎えてくれた。


ゆらり。
ふわり。

漂いながら。

吸い寄せられる。
闇と小さい光しか見えない。

飛ぶ。

ふわり。

泳ぐ。

ゆらり。


蒼。

紺碧。

廻る。

揺れる。

ブランコみたい。



意識が消えるその瞬間に、大きな暖かい何かに抱きしめられる。

それは僕が求めていた。
迎えに来て欲しかった。
誰よりも会いたかった。



おかあさん―

ゆらりとおちる。

ゆらりとおちる。

絶望の中、水底に落ちていく

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-07

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