桃子さん(13年)

桃子さん(13年)

   桃子さん(13年)


 佐賀の町並みもクリスマスの景色を呈していた。自分は早めの正月休みを貰って長崎へと帰る途中、再び佐賀へ寄った。もちろん桃子さんと会うためだった。8月の時もそうだったようにただ桃子さんと会うためだけに佐賀へ寄った。

 店内はいつものように薄暗く再びやって来た僕を桃子さんは訝しそうに見て、ただ見るだけでカウンターの中で仕事をしているだけだった。しかし、ママに言われたのか僕のところへとやって来た。そしてウイスキーの水割りを作ってくれた。大きなコップにだった。それも40度のウイスキーをちょうど半分割っただけの濃いウイスキーだった。僕が大きなコップにつがれたウイスキーでもいつも最初一気に飲んでしまうことを知っていてわざとそうしているようだった。
『長野はやはり寒いです。自分は長崎に帰りたく思っています。寂しいです。自分はそして165万円するスーパーライザーという低出力レーザー装置に似たかなり高出力の光を出す機械を買いました。そしてそれで長崎で自分の家の応接間を治療室にして開業しようかと考えてもいます。買うときは長崎で開業する決意で買いました。しかしそれがあまりにも冒険すぎることを考え、今躊躇しています。このまま勤務医でいる方が無難だし、楽だし、開業するとものすごく厳しい日々が始まります。でもこうやって躊躇していていいのか、たくさんの難病で苦しんでいる人たちを救ってゆく使命が自分にあるのではないのか、と考え迷っています。長崎に帰りたいです。長崎で暮らしたいです。遠い長野での日々はやはり寂しいです。』
『長崎は、僕らが育った長崎は、夕暮れの薄靄の中にはかなく消えて行くような気がします。そのような夕暮れを僕は今、送っています。寂しい夕暮れ。独りぼっちの夕暮れ。寂しく過ごした佐賀での1年半の日々を思い出してしまいます。長野は創価学会の人がとてもちやほやしてくれてとても居心地が良いです。始めてその長野の大きな病院に来た創価学会の医者として学会の人はとても良くしてくれます。悩みを持ったアルコール中毒か分裂病か解りませんが、夜、11時半頃、独りで住む僕のアパートを訪ねて来たりします。無碍に断ることはできません。僕は創価学会に迷惑を懸けてはいけないと思い、日本共産党のところを訪ねて行くように言いました。今まで、かつてなのかもしれませんが、骨肉の争いをしていた日本共産党のところに相談に行け、と言いました。たしかに今、創価学会は自民党と争ってはいますが、それは弱い弱い争いです。創価学会の犬猿の敵である日本共産党のところに行け、と僕はその病気はかなり良くなったけれど退院させてもらえないでいるその人に言いました。近くに日本共産党の事務所があるからでもありました。また、その人が縛られている病院の院長と日本共産党は犬猿の仲で、喧嘩をよくしていたからでした。ときどき、院長室から怒鳴り声がすると、それは日本共産党の人が来て、ある人を退院させるように強要しているからでした。----どちらが正しいのか僕には解りません。』
『私も長崎に帰りたく思います。長崎で親と一緒に暮らすと親は喜びます。親はいつまでも寂しいんでしょうね。でも私は今、佐賀にいます。長崎まですぐですけど、佐賀に居ます。私も一人で住んでいます。三船さんも長野で寂しいでしょうけど、私も佐賀で寂しいんです。』
『長野は遠く離れて飛行機でも大変で、自動車では命掛けです。長崎から1300km離れています。佐賀は150kmでした。3時間で長崎からクルマで行ける佐賀。1300kmの長野。』

             完


http://homepage2.nifty.com/mmm23232/2975.html

桃子さん(13年)

桃子さん(13年)

桃子さん(13年)

桃子さん(13年)

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-22

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC