真夏の憂欝 

真夏の憂欝 

真夏の憂欝 


7月24日(日曜)a.m.5:00

 鳥が泣いている。睡眠薬で朧ろになった僕の耳にそれが聞こえて来る。
 僕がこの手記を書かなくなってからどれだけの日々が流れただろう。その間の僕は元気だったのだろうか。それとも夜明けがあまりにも早すぎるようになったためだろうか。
 僕を覆う不安と焦燥感はやはり以前のままだろう。ただ朝が早くなっただけで、そして春が過ぎ、夏になっただけだ。
 ああ今も思い出されて来る。高校3年生の高総体のときの女の子のことが。今頃どうしているのだろうか。捜してみたい。そして一度でもいいから会ってみたい。
 プレゼントアワーに4ヶ月ほどまえ出した手紙はやはりボツになったのだろうか。何の連絡もない。ほとんどのプレゼントアワーは聞き逃してないはずだしボツになってしまった。でも担当の由貴姉さんは活水高校の同級生ではないだろうか…僕のあの子と。
 だからもう一度、今度は由貴姉さん宛に個人的に手紙を書いてみようと思っている。



 人を救って、自分も幸せになりたい。でも現実の自分は、人に迷惑をかけるだけで、そして自分も苦しんでいる。一人ぼっちでいつも苦しんでいる。
 人に迷惑をかけないで生きたい。でもそのためには、僕は亡霊になるか隠遁者のような生活をするしかない。それとも病気を治すか。
 でも病気を治すには僕は厳しい厳しい修業のようなものをしなければならない。僕にはそれに耐えられるだけの気力と心の純粋さがもうない。少年の頃のようなエネルギーは…ひたすらに突き進んでゆくエネルギーは…もう枯渇してしまっている。


 自分のこれからの人生は、きっと茨の道だろう。今までと同じような暗い辛い年月が、ぽっかりと口を開けて待っているようだ。そしてその口の中はとてもとても暗そうだ。
 そして僕は今、人生の一番辛い峠道に立っている。明日死ぬか今日死ぬか予想もできない。人生の峠道を僕はいま歩いている。一人ぼっちで。


(a.m.8:00) 
 夏とともに僕の心も元気を取り戻しつつあることをこの2、3日実感している。ペロポネソスの浜辺に僕がいかなくなってからもう何日になるだろう。僕は感傷的にならなくなった。そしてこのまえ献血に行ったときボランテイアで働いていた女子高校生の姿や近いうちにきっと現れると思う僕の新しい恋人のことを思って。
 クルマはもう20日も動かしていない。今日の日曜日にでもクルマに乗って買物にでも行ったらいいのだけどアルバイトの仕事がたまっているので今日も00病院にアルバイトに行こうと思っている。それに水曜、木曜、金曜と熊本の00病院という精神科の000の病院に研修に行くつもりだから。
 奨学金を貰えることを願っている。でもそれは虚しい期待に終わってしまうように思う。
 もうすぐ2時になる。毎晩晩酌をして寝るようになってもう4ヶ月ぐらいになるだろう。いつも眠ってから3時間ぐらいして目が醒めてそれから睡眠薬を飲んでまた眠るという習慣が付いてしまっている。
 以前は一人でパンを焼いてそれを食べながら小説を書いて家族とはあまり口を聞くということはなかった。2、3日頃までは死ぬまえの最後の親孝行のつもりでそうしていたけど、今は自然と家族ともよく口をきいている。


(7月25日    月曜)
 今日もとてもどんよりと曇った空だ。梅雨はやはりまだ明けていないようだとラジオで言っていた。きっと天気も僕の頭のように狂ってきているのかもしれない。
 なんだか3日ぐらい僕は元気なようだった。しかし今朝は落ち込んでいて久しぶりにこの浜辺へやってきた。
 でもなぜか今日の浜辺は僕の悲しさに答えてくれないというか、なんだか無反応でとっても冷たく感じられる。
(僕はそっと立ち上がった。やはり元気は出てこないけれど家族には、少なくとも家族には迷惑をかけないようにというか、明るく振舞ってゆかなければならないだろう。)


(7月26日     深夜)
 僕はつくづく自分の生きている価値は何なのだろう…と考えてしまう。早く卒業したらこんな思いに捕らわれずに苦しむこともないのだと思うけど。
 自分はいったい何のために生きているのだろう。それはとっても漠然とした不安ででもときどき僕を襲うとっても強い不安だ。
 あの浜辺からだろう。漁船の漁へ向かう音が聞こえて来る。夜の2時でとても寂しげな音だ。
 窓を明けると漁に出てゆく船の篝火が見える。そして町は闇に包まれていてとても静かだ。

 僕って何なのだろう。この暗い闇の中の一握りの存在である僕は。
 窓を明けて午前2時の外の風景を見ていると僕はその闇の中に吸い込まれてゆくような感じになる。
 ちっちゃな僕が溶けてゆく。この静かな夜の闇の中に。
僕が溶けてゆく…僕が溶けてゆく。このまっ暗い夜の闇の中に。僕が溶けてゆく。静かにゆっくりと。

 まっ暗い夜の闇の中へ僕は溶けていってそうして星子さんやハイセイコーの待つ霊界へ旅立ちたいな、という気持ちでいっぱいだ。明日からの熊本への研修に参加したくなくて(でも奨学金を貰えるようになるという一縷の望みを託して僕は行こう)僕はこの夜、睡眠薬をたくさん飲んだのに眠れない。
 僕は夏の夜のそよ風となってこの町の大気の中へ溶けてゆき、クーラーのない家の人たちに涼しさを与える夏のそよ風となりたい。
 そうして少しでも人の役に立ちたい。
 僕は夏のそよ風になって、この町の大気の中に溶けてゆきたい。そして僕は最後に死んでゆこう。最後に…一番最後に…僕は人の役に立って、そうして僕は死んでゆくんだ。




(7月26日 早朝)
 星子さんへ
 昨夜の天気予報では今日は雨だといってましたけど、今朝は抜けるような青空です。今夜、熊本の○○○の病院へ旅立つつもりです。行くまいかな、とも思います。行っても奨学金を貰えなかったら旅費なんかが損だから。だからやっぱり行くのはよそうかな、という気もします。そして創価学会に戻るか、金持ちのお嬢さんと結婚するかしようかな、とか僕は迷っています。
 そしてバイクで行こうかクルマで行こうかバスで行こうか迷っています。今、交通安全週間で取締りが厳しいし、なんとなく元気がなくて楽なバスで行きたくも思うし。
 どうしようかなあ、ととても迷っています。雨の中を真夜中にやってきて『根性のある奴だ』と思われたいな、とも思います。そうすれば奨学金を貰えるようになるのに有利なようで。
 またドライブというか旅行半分にクルマやバスで暢気にいくのもいいな、とも思っています。



(7月26日)
 星子さんへ
 風がぷーっ、ぷーっ、と吹いています。今、午後11時45分です。2時間寝たでしょう。とても眠くなってぐっすりと眠ったのですけど、2時間したらぱっちりと目が醒めてしまいました。そして何だか無性に星子さんに手紙を書いてみたくなって書き始めた訳です。



(7月30日)
 昨日、バイクに乗って岡周りで熊本から帰ってきた。ガソリン代なんかのこと考えるとフェリーの方が良かったような気がするけれども。
 でも今、自分は創価学会に戻ろうかどうしようかと本気で考えている。でも自分にはやはり喉の病気がある。創価学会に戻るのはやめた方がいいようだ。
 僕が熊本に発った日か次の日エアコンがまた壊れてそして僕が帰ってきたときちょうど修理し終わったばかりだった。昨日父の新車が来た。なかなかしぶくてかっこいいクルマだ。そして水曜日には僕がチャリテイーバザールで買った家具で2階のまん中の部屋は狭くなっている。下にも一つ上等だけど狭い家には不相応な箪笥を一つ置いた。僕は買わなかった方が良かったようでとても罪悪感に浸ってしまう。

 罪悪感で押し潰されそうな僕。世の中のみんなも罪悪感で押し潰されようとしているみたいだ。この夜明けの町並みを眺めていると、僕は自然とそう思えてくる。



----敏郎さん、負けちゃだめ…。敏郎さん…以前私と文通していた頃の元気だった敏郎さんはどこに行ったの。いつからそんな意気地のない敏郎さんになってしまったの。
 夜の2時なのに耳を澄ませば幻聴のように波の音を思い出す僕…。僕の家は高台にあって波の音なんか聞こえるはずもないのに今の星子さんの声を聞いて懐かしい元気だった少年時代を思い出していた。



                           (浜辺にて)
 幻聴ではなかった。昨夜僕の耳に聞こえていたのはこの音だった。それともあれは残響だったのか。それとも少年時代ゴロと浜辺の林の中で星子さんの車椅子のうしろ姿を見ていたときに聞いたあの頃の波の音を僕は覚えていたからだろうか。
 昨夜また僕は自殺を考えるほど落ち込んだ。買い過ぎた家具のことが僕の頭を重くしていたし、やっぱり000の奨学生になるよりもアルバイトをしたりした方が良いような気がしていた。
 でも僕はやはり家庭教師も塾の講師もできないようで自殺を考えた。思えば最近自殺のことは考えないようになっていた僕だったのに。


 今夜、姉と夫が一緒にやってくる。お産のため2、3ヶ月ほど僕の家に居るようだ。
 僕は少し不安だ。留年していることを隠していること。また留年するかもしれないこと。毎晩お酒をたくさん飲まないと眠れなくなったこと。
 自分は追いつめられている。塾の講師をして可愛いい子を見つけようかな、などと考えたりもする。でも僕は採用されないだろう。
 裏の林のなかで首を括ることを考えることは久しぶりだ。やはり夏になるといつか自然と僕の心は明るくなりそして死ぬことを考えなくなるのだろう。


 落込み果てていたときいつもいつも僕を元気づけてくれているこの浜辺。何なのだろう。この浜辺の何が僕をこう元気づけてくれるのだろう。
 昨夜自殺を考えたとき不思議な耳鳴りのように聞こえてきたこの浜辺の波の音。あれは夜の2時半頃だっただろうか。そして僕は懐かしい元気だった少年時代を思い出した。今よりもずっと苦しい毎日が続いていたあの頃、でも僕は元気だった。夢があった。でもその夢もことごとく崩れ果て、今の僕の目には暗い夜道の光景しか見えない。暗い暗い夜道が僕の未来を覆っている。そして僕は暗い夜道にうずくまると膝を抱えて懐かしい過去の思い出を思い返していた。



                       8月2日 午前2時

 今夜、姉夫婦がきた。クスリを飲まなくてもあまり吃らなくなっている自分に少し驚いている。夏になって僕の心が自然と明るくなり、そして吃りも軽くなることが高校時代もあったような気がする。



 今日、この浜辺に来るつもりはなかった。しかし、朝とても不安になって病院への行きが?ッにここに来た。昨日から姉が来ている。この頃暢気だった自分はなぜかこの朝とても激しい不安に駆られた。そしてこの浜辺にやってきたのだと思う。
 自分を暢気にさせていた夏の熱気が急に今度は僕を不安に駆らせる赤い熱気に変わったような気がする。今、自分は落ち込んではいない。ただ、不安なだけだ。 夏なのに僕の心に映るこの浜辺はとても荒寥としている。少しも僕の心を慰めてはくれない。
 激しく不安が僕の胸の中で嵐のように荒れ狂っているようだ。とてもとても大きな不安で僕の心は今にも張り裂けてしまいそうな気がする。
 そして僕はうずくまるしか…この浜辺に腰を降ろしてうずくまるしかできない。頭を抱えてうずくまるしか。



 今朝、あんなに僕を包み込んでいた不安もこの病院へ来てからだいぶ和らいだ。今朝何故あんなに不安になったのだろうかと不思議に思っている。
 この病院では蝉の声がとてもせわしなく耳に響いてくる。元気いっぱいに鳴いている蝉。僕は蝉よりもでっかいでっかい存在なのに何故こんなに不安におののいたり発狂しそうになったりするのか不思議だ。
 僕はこんなに大きな大きな体重60kにもなる存在なのに、あのちっちゃな蝉にも負けている。
 心があのちっちゃな蝉に負けているのだと思っている。


 僕はちっちゃくてもいい。蝉に負けない強い存在にないたい。青い空を飛行機のように飛び回って、そうして蝉よりも速く高く飛んで、そして世界の何処にでも行けるようになりたい。
 僕は強くなりたい。



                 8月4日  病院より

 僕には生きていても哀しい哀しい現実しかない。窓辺を見上げると今日も夏の日差しが眩しく照りつけているけれど、僕の心は暗く夜の哀しい夜空のようだ。
 僕には夏の日差しなんて関係ないのかもしれない。僕には夜の空の寂しげな光景しか僕の心には似合わないのかもしれない。
ただ厳しい試練の毎日と苦しみに満ちた毎日が僕を待ちかまえているような気がする。


    ----ごめんね、星子さん----

もしも僕が若かったなら、こんな夜でも僕らのあの浜辺に駆けてゆくのに。
 もしも今の僕に以前のような元気があったなら僕は今にも僕らの思い出のペロポネソスの浜辺に駆けてゆくと思う。
 でも今の僕にはそんな元気はない。体は疲れ心も疲れ傷つき果てている。僕は疲れている。疲れているから僕は動けないんだと思う。僕は疲れている。

 僕はもう以前の僕ではないんだ。毎晩毎晩お酒に酔い潰れて、そしてやっと眠れて、そしてやっと一日一日を生きていっている。僕はもう以前の僕ではない。僕は疲れ果てている。



8月6日  早朝

 あれから何年経ったのだろう。僕と星子さんとの別れの日から。もう10年あまりも経っていると思う。哀しい毎日がずっと続いた。
 あの桟橋にはすぐ近くにバス停があって今頃は夏休みの補習に行く高校生などで溢れているだろう。でもあの夜は周囲に誰も居なかった。ただ家から走ってきて肩で息をして息を切らしている僕と、そして夜の闇にところどころ光を反射する星子さんの車椅子があるだけだった。そして4分ぐらいしてやっと海面に浮かぶ星子さんの背中を見つけたとき寂しさから解放された喜びとともに僕は無我夢中で海の中に飛び込んだ。

 あの懐かしい日からもう10年あまり経つのだろう。思えば、まだ10年か、という気がする。でも高校を卒業してからの8年あまりの日々のことを思うと僕は暗胆とした思いに陥ってしまう。暗すぎた、暗すぎた8年あまりだった。
 高校を卒業するとともに僕は廃人になり、星子さんへの思い出を引きずったまま一人ぼっちの寂しい暗い毎日を送ってきた。誰とも口を聞かない日が8年あまりのうち半分ぐらいを占めるのではないだろうか。それも口を聞いたとしてもほんの二言、三言だけだった。
 星子さんがあの夜、バスが来る時刻には人がよく通るようになるあの桟橋を選ばずにほかのところを選んでいたなら、僕も死ねてたろう。そして僕はこの8年あまりの寂しい年月を送らないで良かったのだ。

 あの哀しい夜から10年あまり経った日の朝、僕はその桟橋とちょうど星子さんの家をはさんだ場所に僕は立っている。誰も居ない。いつもいつも朝早く目が醒めて僕は半年前からだろうか、よくこの浜辺にやって来るようになった。小さな手帳を片手に持って星子さんとの思い出を綴ったりするのがいつからか僕の日課に?ネっている。
 かつてはよくゴロと来ていたこの浜辺も今ではいつも僕は一人で来る。ゴロがいた中学・高校時代には僕も元気だったけど、ゴロが居なくなってからだろうか、僕は一人ぼっちになったようだ。

 僕の耳に以前と変わりなく聞こえてくる波の音を僕は以前希望と夢に胸を膨らませて聞いていた。でも今僕の耳に聞こえてくるその音は失意に変わっている。ことごとく崩れさった夢。はかなかった夢。もう戻らない過去。懐かしい輝いていた過去。

 波の音は昔と少しも変わっていないのに僕の心はその音を聞いても不安と焦燥感しか覚えない。時があまりにも早く過ぎて行ってしまっているような気がする。そして僕は人の人生というものを考え込んでしまう。



 生きることって何だろう。生きることって苦しむことなのだろうか。それとも楽しむことか。僕には生きることって苦しむことだとしか思えない。恵まれている人。幸せな人。そして不幸な人。苦しみにあえぐ人。生きることってなになんだ。人の人生って何なんだ。苦しみの中にのたうちまわる人。哀しみに打ちひしがれている人。そして幸せな人。恵まれた人。エゴイストな人。そしてそんな人に限って幸せであること。
 世の中の不公平や矛盾を感じて戦っている人もいる。でもその人たちは自分の主義を通すため少数の人を社会的に葬ったりしている。みんな愛し合わなければならない。僕には分からない。僕は白い砂浜の上に膝を抱えたままじっと蹲まり続けるだけだ。僕には分からないし僕には力がない。



 今日も創価学会に戻ろうかと考えている。真夏だ。でも僕の心は冬空をゆく小鳥のようだ。僕は寂しい。僕は孤独感にうちひしがれている。友だちが欲しい。恋人が欲しい。早く大学を卒業して親に苦労をかけないようになりたい。幸せになりたい。親を安心させたい。また自分の病気を治したい。
 幸せになりたい。でも幸せは僕には遠いところにあるような気がする。手の届かない遠いところにあるような気がする。
 幸せは遠い。遠いところにあるような気がしてならない。僕には遠い。手の届かない遠いところに存在しているようだ。
 高三の頃の高総体でのあのとても綺麗だった目がとても大きかった女の子。その思い出も思い出の中に遠く消え去ろうとしている。幸せは…僕の人生は…人の人生って何だろう。幸せとは…。はかなく消え去ろうとしている思い出や、通り過ぎてゆく日々。哀しい寂しい過去。少年の頃の苦しかったけれど輝いている思い出。中学や高校の頃の日々。毎日が充実していた。苦しかったけど充実していた。



 僕は本当にもう創価学会に戻ろうかと考えているこの朝だ。昨夜は夜中ずっと『シャングリラ』という瞑想用のテープを流していた。不思議なパワーを秘めているというそのテープを…
 でも、僕は昨夜何度も目が醒めてそしてたくさんたくさん夢を見た。僕はこの『シャングリラ』を信じていこうかそれとも悪霊として病院に持っていって蔵っておこうかと考えている。
 僕はどうしようか、やっぱり創価学会をやるのが一番か、と考えたりしている。
 でも創価学会やるには僕のノドの病気があるし…。
 僕は、悪霊じみたものには決して寄り付かず、とにかく心を美しく美しく、そして明るくして、そしてあんまり宗教のことなんか考えずに生きていこうと考えて始めている。キリスト教でもやっていた方が僕には一番無難なんだと思う。

『愛に目覚めよ。そして周囲に幸せをもたらす人間になれ。』----なぜかそういう声が僕の胸の奥から響いてきたようだ。僕は『シャングリラ』という瞑想用のテープとキリスト教をミックスして信じていこうかな、と考えています。

『愛に目覚めよ。そして周囲に幸せをもたらす人間になれ。』

 僕はこのテープを昨夜、ある不思議な人から手にいれた。登校拒否の生徒にカウンセリングをやろう、という呼掛けを『ザ・ながさき』でやっていた人のところへ行くとその人は心霊研究家でもあって、心霊治療をしてくれたり、そして心霊学の研究会を長崎に作ろう、ということになったりした。



 今日も創価学会に戻ろうかと考えている。中学時代の厳しい日々、高校の時も辛く厳しい日々だった。今の僕に耐えられるだろうかという思いもある。
 昨夜は何度も目が醒めて『シャングリラ』という瞑想用のテープを聞いていた。これを信じていこうかと思ってもいる。でも今朝何も変わってない。
 真実とは…また僕の病気が治るためには…僕は考えてしまう。『シャングリラ』のような瞑想用のテープは創価学会では謗法になるので僕は今朝そのテープを病院に持ってきた。家に置くまいと思ったからだ。
 謗法になるから。家にはなるべく謗法になるようなものを置くべきではないと思ったから。
 僕はそのテープを会社をやめて日本じゅうを放浪し、心理学を学んだという若竹町に住んでいる僕より二つ歳上の人から貰った。その人は高校時代は登校拒否ぎみで今自分は仕事に就かず登校拒否のカウンセリングをしたいと長崎新聞や『ザ・ながさき』に投稿したりしている。



 僕は青い海を見つめていると、僕も溶けてゆきたい…。哲学的ないろんな煩悶や日常生活の辛さから解放されたい…と願ってしまう。
 僕にはやっぱり海が…青く澄み切ったこの海が…僕の女神さまなのだと思えて来る。



                           8月10日

 この頃海辺に朝なのに居てもじっとりと汗をかいてしまう。もう完全に夏になったし僕もこの頃以前のようにまた暑がりになってきたからだろうか。こんなにまた暑がりになったらまた少年時代のように元気だった明るい自分に立ち帰れないだろうか、と思う。
 僕も以前のように元気になって何年留年しても挫けない強い自分になりたい。
そして彼女ができれば…と思う。僕にも彼女が…。



                            8月11日

 僕は26年あまり生きてきたけれどもう死のうかと思っている。昨日、何度も何度も創価学会に戻ろうか、と思った。
 創価学会の会館に電話して学生部の部長の電話番号を聞いた。でも部長の家には誰もいなかった。きっとお盆で帰省しているのだろう。僕はベルを11回鳴らしたあと受話器を置いた。
 それから僕は『エホバの証人』の本やパンフレットを読んだ。しかし僕はあまり信じられなかった。やっぱり創価学会でないと駄目な感じがした。
 でも僕は昨夜あまり眠れず布団の上で考えとおした。創価学会の信仰の矛盾や限界を僕は学生部で半年間必死に戦ってきて知っているから。でも元気にはなれる…でも…
 僕はそうして瞑想法も行った。でもうまくいかず僕は依然として病人のままだし頭ももやもやと依然としてしている。
 やっぱり生き残れる道がたった一つ…創価学会に戻ることによってあるようだ。僕はやっぱり生きようか…と思ってきている。創価学会に戻るかして…。
 もう行き詰まり果てた僕はそうして…希望が蘇ってきた目を…浜辺の森に向けた。死ぬならその森で首を括って死のうと思っていた森に…。



 僕は世のため人のため生きようと思ってきたけど…やっぱりそれは僕が以前やっていた創価学会の道に生きることが…戻ることが…一番なのかな…と思ってきた。たった一つ…暗かった僕の目にたった一つ…灯が見えてきたようだ。そして僕はその道を突っ走るだろう。必死に。情熱家の僕だから。
 だからこの手紙は別れの手紙なのかもしれない。もうこの浜辺には来ないっていう。その別れの手紙なのかもしれない。



                            8月12日

 僕はもうこの浜辺に来ないと昨日手帳に書いた。しかし僕はやっぱり寂しくなってまた来てしまった。僕はやっぱり愛と感謝の中に生きてゆくことにした。
 愛と感謝の念を持ってどの宗教にも属さないで生きてゆこうと思っている。心を美しく保って愛と感謝の念のうちに毎日を送ってゆこうと思っている。すべてに感謝して…そしてすべてを愛して…ボランティアのようなことをしたりして… 世のため人のためにと必死になって…

 死ぬか宗教に入るか気が狂うかのどっちらかだと昨日考えた僕だけど、僕はどの宗教にも属さないで毎日を愛と感謝のうちにつつましやかに送ってゆくことにした。
 やっぱりこれが一番正しい道だと思う。父や母には明るく元気そうに振舞って…そして周囲の誰にも優しく接していこうと思っている。



                         8月13日  家より

 今日は寝坊して浜辺に行く時間がない。僕は昨夜とてもよく眠れて10時間近くも眠れた。夜お酒をほんのちょっとしか飲まなかったのが良かったのだと思う。これからはお酒は一滴も飲まないようにしようと思っている。(でも昨日もそう決意していたけれど。)
 小説を書くのをやめようか,とも思っている。創価学会に戻るのなら小説書くのはやめよう。しかし
 僕はとても迷っている。昨日,近所の学生部の拠点に行って誰も居なかった。もし昨日学生部の拠点に行ったとき誰か居たら僕は創価学会に戻っていたと思う。でも居なかった。
 自分は暢気にTMとかをやっていた方がいいような気がする。自分はとても迷っている。
 
 僕の魂は落ちていって,曇り日の今日の浜辺に落ち着いて,そして僕はいつもの懐かしい浜辺の香りと波の音を,少年時代からの僕らの魂のふるさとのこの浜辺を,僕はたった一人で歩き出す。ゴロも星子さんももうずっと前に逝ってしまって,去年の2月から落ち込み始めた僕は,たしか去年の夏ごろから頻繁にこの浜辺にやって来るようになっていた。少年の頃の夢や希望がことごとく踏みにじられた失意と絶望感が僕を襲っていて,僕は今日にも発狂寸前で,そして死ぬか宗教に入るか,僕はとても迷っている。



8月14日

 また今夜も眠れなくてそしてペンを取った。僕の空想の中の恋人の星子さん。星子さんの存在だけが孤独や憂愁に打ちひしがれる僕を救っている。3度目の留年で失意のどん底にあった僕を8カ月あまりも慰めてくれた星子さん。僕の…僕だけの胸の中だけの星子さんだけど…
 星子さんの存在は8ヶ月あまりの僕の苦しい毎日を支えてきてくれた。もうすぐ夏休みも終わり2学期が始まろうとしている今、僕は2学期からは授業に出なければいけないだろうから夜のアルバイトをしようと思っている。今、貯金は60万円だけど今月の終わりには68万円になって…でも100万円貯めなければ僕の心の焦燥感は取れないと思うから…懸命にバイトをしようと思っている。



                      8月15日 早朝

 僕に憑いていた悪霊が離れていったからだろうか、僕はこのごろ死ぬことをまったく考えなくなったようだ。
 夜8時から朝8時までで7200円の佐川急便のアルバイトを2学期からやっていこうと考えていたけどやっぱりきついというか…そんなにまでしてアルバイトをしなければいけない必要はないような気がこの朝している。昨夜あんなにここの面接に行こうと決意していたのに。
 僕は昨日塾の講師の面接に行き断られた。そしてやっぱり僕には肉体労働しかないような気がする。でも肉体労働は辛い。


 僕は何もかもにも敗れた孤独な人間で肉体労働しかできない。
 僕は早く卒業しなければならないんだけどもう三度も留年している。
 やっぱり僕には自殺しか……でも父や母がいるから…    
 僕を救ってくれる天使さまが現れてそうして救われるしかないんだと思える。
 天使さまが現れないことには僕はたぶん死んでしまうと思う。



                     8月17日 夕暮れ

 僕の漠然とした不安はこの夏の浜辺に立ち上る陽炎のようにこのごろ消えていってしまったような気がする。これは僕の錯覚だろうか。いや、これは
 僕の不安はいつのまにか消えていて、僕は今不思議な不思議な時間を送っているように思える。過ぎ去ってゆく夏を惜しむ蝉の声がかすかに聞こえ、年月の移り変わりを僕は今はっきりと感じている。


 星子さんへ
僕の魂は飛んでゆく。星子さんのいる天国へ天国へと飛んでゆく。


 僕は昨夜、代行運転の面接に行ってきた。でも今考えてみると夜9時から3時までというアルバイトをしなければならないことなんてないようで。過程教師なんかをする方がずっとずっといいみたいで。
 夜9時から3時まで働いても3千円にしかならない。家庭教師なら6時から8時までで3千円から4千円になります。親に心配をかけないで済む家庭教師の方がずっとずっといいのですけど。
 なんだかとんでもないアルバイトを始めようとしているようで。父や母にかなり心配をかけるようで。

 家の人になんて言おうかなあ、と思っています。それに自分自身夜9時から3時まで働くのは大変みたいですし。


 中学や高校の頃見た、松山での白いとても美しい天使さまが現れて下さって、そして落ち込み果てている僕を救ってくれないことには、僕はどんどんどんどん泥沼に足を突っ込んでいって、そうしてもうどうあがいても出てこられなくなるような気がする。

 僕は昨夜そうして警察の森に○○○のスパイにやっぱりなるぞと電話をした。そして近いうちに公安の警部補と喫茶店かどこかで会うことになるだろうと言っていた。
 ああ、松山の白い天使さまが僕の目の前に再び現れてくれないことには僕はいつまでも泥沼だ。自殺することができないほどの泥沼に僕は一歩一歩足を突っ込んでゆこうとしている。

 星子さんへ
 今日はお盆ですけど、僕は今日も病院のアル?oイトへ行くつもりです。僕の貧困妄想はとても強くて、罪悪感がとても強くて、アルバイトに行かなければいたたまれなくなるから。せめて“顔のこわばり”さえなくなって家庭教師をできるようになったらいいのですけど。


 僕は溶けてゆきたい。真夏の青い海に、静かに静かに、溶けてゆきたい。そして僕の苦悩がすべて無くなるのなら、ああどんなにいいだろう。僕の苦悩がすべて無くなるのなら。



 僕はときどき発狂しそうになるけれど今まで生きてきたのが不思議です。また留年するんじゃないのかなという不安。そして乗りもしないのにクルマを持っている罪悪感。僕は今にも発狂しそうです。そしてできるならば死んでしまいたい。

(僕はフラフラと立上がると病院へ行こうとバイクの方へ歩き始めた。靴が砂浜に埋って足取りはとても重かった。そして死神がやはり僕の背後に憑いているらしく思えた。)


 今夜僕は眠ることができず、何度も寝返りを打ちながらアルバイトのこと、いろんなことを考えた。腹一杯食べていてもなぜか眠りきれなかった。そうしてもう朝を迎えようとしている。30分ほどうつらうつらしたろう。いつの間にかもうすっかり明るくなっている。僕は昨夜、○○○を潰すにはどうしたらいいか、などを公安の警察官にどう言おうか考えていた。そうしていい考えも浮んだ。とてもいい考えで僕は闇の中でワクワクしたものだ。
 そして昨夜、僕は代行運転のところにやっぱりアルバイトはやめると電話した。昨夜の僕は夢に浮れ、代行運転のような大変なアルバイトをしなくても○○○のスパイのアルバイトや、もしそれがダメでも家庭教師でもしたら大丈夫だななどと思った。
 もう8月16日の朝で、昨夜の爆竹の音は嘘のように鳴りやんでいる。僕の神経をあんなにいらだたせた爆竹の音も朝日とともにもうすっかり過去のものとして消えてしまっているらしい。
 僕もすっかり過去の人間として自殺して消え果ててしまいたい、という思いも強い。自殺すればどんなに楽だろう。なにもかもから逃れられるようで。僕の頭をとりまくもやもやとした不気味なものからも。
 


 僕は消えてゆきたい。
 この地上から
 僕は消えてゆきたい。
 そしてどこかの楽園へと
 のほほんと暮せる楽園へと
 僕は舞い降りたい。


 毎日の生活が辛くてつい僕はそう思ってしまう。競争競争に明け暮れる毎日。僕はこんな社会から逃れたい。そして呑気に暮せる世界に、僕は生きたい。



 星子さんへ
 昨日、あれだけ喧しかった精霊流しも終り、今朝の浜辺もいつもと変らない静かな浜辺です。昨夜僕は眠れず何度も“死のう”と決意しました。こんなに死ぬことを考えていると去年のようにまた呪われたような留年の仕方をするのに、と恐怖に陥りますけど。
 でもやっぱり死ぬことが一番の解決法のような気もします。


 僕の魂は消えてゆく。この海の中に。この青い海の中に。いつまでもいつまでも。
 そして静かに眠りに就きたい。静かな安らぎの眠りに。


 星子さんへ            (家にて 早朝)

 僕はもう死ぬしか、死ぬしか方法が残されていないような気がします。
 ○○○のスパイのアルバイトのことが重く僕の頭に乗っかかっています。
 僕はこのまま発狂し、正気を取戻したくない気持です。それとも死ぬか。
 ○○○スパイのアルバイトの件の返事はまだない。今頃、僕の身辺が調べられているような気がしてとてもこわい。そして家族に迷惑がかかることを。税務署が厳しく僕の家の店を調べるのではないかと思って。
 死にたい、死にたい。もうこんな僕は生きてゆく資格がないようで。家庭教師さえできれば、家庭教師さえできればこんな危険なアルバイトなんてしなくていいのに。
 森に電話しようかな。やっぱりそのアルバイトはしないって森に電話しようかな。まだ5時50分だけど、森に電話しようかな。
 ああ、僕は発狂しそうで立てない。布団から立ち上がれない。


 僕は裸のまま外へ飛出し、豪雨の中に身をさらし、そして空を仰ぎ見ながら、僕の不安や心配が洗い流されることを、手を合わせて祈ろう。
 僕は必死に祈ろう。肌を指すような大粒の雨に打たれながら、必死に必死に僕の罪が洗い流されることを、そして僕が自由の身になって、僕が病魔から解放されて、そして幸せになるように、僕は必死になって祈ろう。
 そして僕の悩みが消え失せて、僕は感謝の瞳を空に向けたい。感謝の涙で溢れた瞳を。


 僕には死ぬしか道が残されていない。いつの間にか雨の上がった空を眺めながら、もう死ぬしか道の残されていない自分の悲しい姿を見おろして、今日死のうか明日死のうか、僕は悩み続ける。


 ああ僕はノイローゼ患者として死んでゆこう。抱いてくれる恋人もいない。一人ぼっちの青年として、淋しく、とても淋しく、死んでゆこう。
 トイレの中で首をくくって、今日は雨の日だから。



 赤い手の平をした女の子が現れて、僕を誘っている。何なのだろう。僕はてくてくと歩いてゆき、落込み果てた僕の体をその女の子の赤い手の平の上に横たえて眠り始めた。僕の体も赤くなってゆき、燃立つようになってきた。僕の病気が癒されるのかな。それとも、僕、死ぬのかな。



                       (8月18日)

『人に迷惑をかけるより死んだ方がいいよね、星子さん。人に24万円もする教材を売りつけて3万5千円貰うことは悪いことだろう。人をだまして大金をせびり取ることなんて。』
----僕は昨日、病院からの帰りに株式会社・学芸社というところに行った。日給6500円というのに惹かれたからだった。でもやっぱりいい話には穴があるというか、いつもいつもアルバイトの募集をしているところはやはりやめていく人が多いために募集をしているんだなあと思った。
 人をだましてお金を稼ぐよりも○○○のスパイのアルバイトをする方がずっとましだと思った。
 本当にあんなアルバイトをして人に迷惑をかけるよりも死んだ方がましだと思った。あんな詐欺のようなアルバイトをするよりも。



         遠く海を眺めながら

 ああ僕には、生きてゆく宛や糧がないようで、僕は今にもまた雨の降出しそうな空を見上げる。ゴメンネ、京子さん。この頃はあまり浜辺へ出掛けてゆく気力も僕はなくしかけていて、僕は部屋の中に座り込みながら、扇風機に吹かれながら、ただじっとそとの景色を眺めたり、絶望の思いに暮れて死を思ったり、今日もどんよりと曇った空を見上げたり、今日も白っぽく見える海を眺めたりしながら、僕はやっぱり死ぬことを思ったりしている。死ぬことが一番楽なんだと、僕はつい思ってしまう。



 星子さんへ
 もしも僕が○○○のスパイになって○○○員になったとすると僕の家の店が税務署から厳しくにらまれるんじゃないのかなと思って、そのためスパイになるのをためらっています。もしそうなるとかえって損だから。
 警察からもう連絡がなかったらいいのになあと思います。そして僕は創価学会に戻ろうかなあ、と考えたりしています。


 星子さんへ
 今日旅立つか、明日旅立つか、と思い悩むこの頃です。でも親や姉の悲しみを思うと死ねなくて。それに警察官にでもなったら僕の悩みは吹っ飛んでしまうようで。



 星子さんへ
 僕はあと何日後に死ぬのか解んないな。あと5日後か4日後か。僕には解らない。
 僕はきっと自らの手で死ぬだろう。それが5日後になるのか4日後になるのか解らないけど。
 でもそうしたら本当に楽になると思う。すっとするような気がして。


                       (8月19日)
 星子さんへ
 朝になると僕はいつも悲しくなります。僕はこれを夜が明け始めた午前5時10分ごろに書いています。本当に朝になると本当に朝になると死にたくなってきます。自分の過去や未来や現在のことなどを思ったりして。挫折の数々や淋しかった日々のことを思って。
 僕はこのまま生きてゆくよりも死んだ方がずっとマシなような気がします。でもこれは僕に憑いている死神がそう考えさせているんだと僕はこの頃ようやく気付きかけてきました。自分は死神の餌食になろうとしているのだと。
 波の音が僕の頭の中に聞こえてきます。もうこの頃めっきり浜辺に行く気力も心の余裕も喪くしかけてきました。僕はもう本当に自殺寸前なんだなあと思います。でも僕を救う女性がきっと現れる。そうして自殺直前のピンチの僕を救ってくれるという予感が僕にはあります。それは確信に近い予感です。

 

 ある女性が、本当にとっても優しい女性が、僕の前に現れてそうして死神の餌食になろうとしている僕を救ってくれる。
 きっときっと救ってくれる。僕を元気づけてくれて、僕に生きる勇気を与えてくれて、僕はいつか少年の頃のような元気な自分に舞い戻って、明るくなって、少しぐらい苦しいことや辛いことがあってもへこたれないようになって、そうしてその女性と結婚して、子供ができたりして、そうして僕は生き続ける。死にかけていた僕は、そうして再生する。


                          (8月19日 夜)
 
 僕に…僕に最後に気力が残っていたのだろうか。僕は今日、展示会場造りの肉体労働のアルバイトに行ってきた。夏休み中、アルバイトに精を出したのは親へお金を残してやることもあるけど、僕の最後の本当に最後の生命の燃焼だったのかな、と思います。


                          (8月22日)
 
 やっぱり死ぬのが一番楽なような気がする。

 僕の魂は飛んでゆこう。この浜辺から。もう苦しむことのない世界へと。


 もう僕には少年の頃のようなあんな苦しい日々に耐え抜いてゆける気力がない。少年の頃は今よりももっともっと厳しい毎日のはずだったけれど、僕はもう耐え抜いてゆく気力がない。僕は今、ただこの青い海の中に溶けてゆきたいだけだ。僕は3年も海水浴をしたことがない。一緒に海に行く友達のいない孤独な僕でした。



(濡れた石の上に僕は座っている。さっきまでしとしとと雨が降っていたのだろうか。なんだかとても哀しい哀しい岩場だ。)
 僕は今まで26年間も生きてきたけど、もう僕はこの辺で限界に来てしまったようだ。僕はもう立ち上がれない。僕はもう元気になれない。もう今日にも死んでゆくのかもしれない。
 今までの発狂しそうな日々をよく耐え抜いてきた僕です。26年間、本当に僕はよく耐え抜いてきました。でももう今が限界のようです。僕も星子さんのように虚しく虚しく散ってゆこうかな、と思います。僕もそうして焼かれてお墓の下に行きたい。


                         (8月28日 日曜)

 僕は疲れきった。僕は父や母のためすべての後始末をしてから、死んでゆこう。もう苦しむことや辛いことのない霊界へと。すべての後始末をつけてから。

 すべてのことを片付けて、僕は行こう。星子さんやゴロの待つ世界へと、僕も行こう。


                          (9月1日)

 もう秋になろうとしている浜辺に僕はたたずんでいる。久しぶりの浜辺だ。僕は最近全くこの浜辺に来る気力もなかった。死神が確実に僕を手招いているのを僕は朝床の中で覚えながら時間いっぱいまで横になり続けていた。そしてこの頃は週に2回ぐらい富士通ゼネラルの展示会場づくりのアルバイトにも行っていた。
 もうすっかり夜や朝方などは寒くなりクーラーも要らないようになってきた。僕の心を最後の灯のように燃上がらせてきた夏の熱気も去り、再び秋が訪れようとしていた。去年あれだけ僕を憂欝にさせた秋。いろんな不幸なことが立て続けに起った秋。その季節がまたこようとしている。
 僕は今、クルマを売ろうかどうかとても悩んでいた。僕はあの赤いプレリュードがとても好きだ。でも僕には一緒に乗ってくれる彼女も居ないしまた僕は清純な恋をしたいから。
 ステイタスシンボルとして持っておこうかな、とも思っていた。また家が車庫付の家だったらインテリアとして玄関に置けるのに、と思っていた。
 赤いプレリュードの助手席に似合う女のコはそう見あたりそうになかった。それに僕はこうやってこの浜辺で星子さんの思い出に浸っている方が良かった。この荒涼とした浜辺で僕の横に星子さんを座らせて一緒に海を見つめていること、そしていろいろお喋りをすること、そんなのを空想することの方が僕は大好きだった。
 赤いプレリュードの助手席に目の大きいとても可愛い星子さんを乗せるととても似合うだろう。そして後部座席にゴロを乗せたりして。


 カラスの鳴声が聞えてくる。僕は何日この手記を書かないでいたろう。もう9月の4日になりすっかり夏も遠ざかろうとしている。
 昨夜、島原の布津まで雨に濡れながら午後5時から7時あまりまで展示会場の後片付けのアルバイトに行った。帰ってきて佐田さんから電話で脳外に落ちていることを聞いた。昨夜はF1グランプリがあった。僕は焦燥感に満たされながらビデオにとっておいたF1と脳外のプリントを見たりした。脳外が落ちたので僕にとって12月の試験はますます厳しくなった。また落ちそうな予感がしてきた。
 また落ちたらどうしよう。
 そうし?スらまた一年近くアルバイトばかりの生活に戻るだろう。
 そして父や母をとてもがっかりとさせるだろう。そう思うと僕はとても悲しくなった。


                             (9月5日)
 雨が降っている。僕は昨夜何時間寝ただろう。10時間ぐらい眠らなかっただろうか。いろんないろんな夢を見た。婆棄山の夢を見たり。
 僕は昨日晩御飯のとき、『やっぱりクルマに乗ったら頭が疲れてとても勉強できん。そいで遠くから来るのは何年も留年するんさ。』とか愚痴をたくさんこぼした。母は哀しげに聞いていた。僕は頭の芯の中に何かが入ったようで疲れて疲れてたまらなかった。
 アルバイトのことなんか考えずに12月の20日ごろまでこれから3カ月間、勉強に明け暮れなければならないとは思うのだけど僕は寝てばかりいる。僕は焦るばかりでそして死ぬことをやっぱり考えてしまう。自分は追いつめられている。希望がそして…見えない。父や母の悲しむ姿しか見えない。


          (僕のクルマ)
 僕の赤いクルマは呪われたクルマ。
 僕の頭をずたずたにする呪われたクルマ。
 でも親が2年4カ月前に100万近くで買ってくれたクルマ。
 だから乗らなければならないのだけど、
 そして僕はもう留年しないで早く医者にならなければならないのだけど
 僕の目には苦労している父や母の姿がちらついて
 僕は眠れない 
 そして友達が一人もいない


 敏郎さん。あの頃の元気だった敏郎さんはどこへ行ったの。敏郎さん。中学・高校時代の元気だった敏郎さんはどこへ行ったの。

 雨垂れの音とともに星子さんの家の方を眺めているとふと湧いてきた星子さんの声だった。でも僕は…でも僕は立上がれないでいる。両親に苦労ばかりかけてその罪悪感とまた留年するかもしれないという不安と焦りのため僕は発狂寸前でいる。この雨の日、どこかで首をくくって死にたいとも思っている。

 もう浜辺に行くことのなくなった僕に以前星子さんの家が見えていた方角を眺めやっていた僕に雨垂れの音とともに聞えてくるその懐かしい声も僕には悲しみしか与えない。僕にとって中学・高校時代は遠く過ぎ去った過去でもう僕はこの激しい雨のような厳しい人生の岐路に立たされている。そして僕は全く気力を喪って今日にも死のうとしている。今日にも…僕はたった一人で寂しく。



(9月6日)
 僕は秋になりかけた朝の濡れた浜辺に腰掛けて海を眺めていた。小石を拾って海へ投げた。すると小石は天国から落ちてきた星子さんの大粒の涙のように海面に落ちてそして輪がだんだんと拡がっていった。僕の胸のなかの悲しみが輪となって拡がっていき、消えていった感じもした。
 僕の悲しみの涙はそして海辺じゅうに拡がっていったようだった。しっとりと昨夜の雨に濡れてる浜辺は頬を伝わる僕の涙で濡れているようだった。
 そして僕は立上がり濡れている浜辺を踏みしめながら岬の方へと…僕が以前ある雨の日大きなチヌを釣ったことのある岬の方へと歩き始めた。僕がその1.7kgのチヌを釣ったのは高一の春のことだったなあと懐かしく思い出しながら。あの頃の元気だった自分を思い出しながら。


                         (9月8日)
 僕は昨夜やはりぐっすりとは眠れなかった。デパスを4錠も飲んだのに。やはりお腹のなかに食物がたくさん入っていたからだろうか。
 僕はそして昨夜福岡に住んでいる親戚じゅうからつまはじきにされている叔母から見合の話の電話を貰った。叔母はどうして僕専用の電話機のことを知ってたのだろう。僕はそのとき夏熊本での精神病院の研修で少し口を利いた僕好みのとても美しい分裂病の女の子に『文通して下さい』と手紙を書いて手紙を書き終わろうとしていた。9時35分ぐらいだった。叔母の勧める相手は歯科医の娘で資産家でそして素朴な男性が好きだという。今まで幾つも縁談の話があったけれども素朴な男性が好きで全て断ってきたという。
 僕は叔母からそのコの写真を送って貰うことにした。僕はその資産家の女の子と婚約でもすると僕の貧困妄想はいっぺんで吹飛んでしまうだろうと思った。そして勉強に打込める。アルバイトなんてしないでいいようになる。
 でも僕はやはりロマンチックな恋をしたいという気持でいっぱいだ。可哀想な少女を救ってゆきたい。そして二人だけの幸せを築きたいという思いも強い。
 でも僕はその歯科医の娘と婚約すればこの強い貧困妄想から解き放たれ、もう自由に、僕はもう自由になれる。今日のこの雲一つない青空の中を飛回れるように。



                         (9月8日)
 星子さんへ
 僕ももう婚約するかもしれません。でもこの浜辺から見える阿蘇山の麓に住んでいる分裂病の女の子と文通を始めようとも考えています。その分裂病の女の子は僕の瞼のなかの松山での思い出の女の子にそっくりだったから。
 今日、病院への行きがけにその分裂病の女の子に手紙を出します。名前も住所も知らないので病院に直接出すわけですけど。



                          (9月10日)
 星子さんへ
 今日からまた以前のように毎日学校に行かなければならないのかと思うと厭です。でも3カ月辛抱すればいいのだから。それに中学や高校時代の学校生活の辛さに比べたらずっとずっと楽だから。
 この3カ月間、僕はアルバイトをやめて勉強一筋に打込んでいこうかなとも思っています。この前の脳外の試験に落ちたのも2日前と3日前に富士通ゼネラルのアルバイトが入ってあまり勉強できなかったためなんだろうなあと思うと悔しいです。
 今日は8時半に学校に着かなくっちゃいけないから7時50分には家を出なくてはいけません。



       (僕も白い雲になって)
 僕も白い雲になって、大空をゆっくりと漂いたいな。そうすると僕は自由になって、学校生活の苦しさ辛さから解放されて、そうしてノホホンと時を送りたいな。僕も大空を行く白い雲のように、何も考えないで、ノホホン、ノホホンと時を過したいな。


 僕は昨夜やはり死を考えた。診断学の授業そして試験のことを思うと。
 やはり天使さまが現れないことには僕はこのまま死んでゆくかもしれないと思えた。佐賀の伊万里の○○さんが可愛ければ僕はそのコと結婚しようと思う。すると僕の貧困妄想はいっぺんに吹飛んでもうアルバイトをしないで勉強に打込めるようになるのに…と考えている。



 生きる意味が解らなくて
 死にたくなったとき
 僕は窓辺からソッと空を見上げよう。
 もう秋になった青い空を。


 僕は、生きる道を探し求めようと、今日も旅を続ける。何もかもにも破れ去った僕は、今日も…明日もきっと旅を続けるだろう。心の遍歴を、いろんな煩悶を、たった一人で


                 完   
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真夏の憂欝 

真夏の憂欝 

真夏の憂欝 

真夏の憂欝

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-22

CC BY-NC-SA
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CC BY-NC-SA