ガソリン

ガソリン

夜遅く

時計の音が部屋に響く。私は一人、部屋にいた。いつも通り、薬を飲む。
いつも通りの生活。もう夜中の2時丁度。明日も休みだからいいか。
本を読む。その一節に「君の終わり」とある。
どういう意味だろう。漠然とした死のイメージが頭に浮かんだ。
カップラーメンを食べる。
とても静かだ。何一つ音がしない。まぁ、一人だから当たり前か。
それからどのくらい経っただろうか。疲れが溜まっているが、ストレスによる不眠症である私は、薬を飲まなければ寝れない。しかし、いつものように眠れない。
『今、何時だろう』
ふと、時計を見た。まだ2時だ。
時計は止まっていた。
もう一錠、睡眠導入剤を飲んだ。これで眠れるだろう。

インターホン

暗がりでトイレに行こうと、玄関を通り過ぎる。
インターホンが鳴る。こんな夜遅く、なんて常識のない奴だろう。
運が悪い。外の男と目が合ってしまった。居留守もできやしない。
仕方なく玄関を開けると、男は小瓶の入った封筒を渡した。私がその封筒を受け取ると、男はそそくさと帰って行った。
不審に思い、封筒を開ける。 小瓶を開けようと手にとったが、手を滑らせて落としてしまった。
ガラスが割れ、強い匂いが鼻をついた。
ガソリン臭だ。警察を呼ぼう。
110番に電話を掛ける。電話は繋がらない。諦めずに4回掛けたところで、やっと繋がった。
『もしもし、警察ですか。変な男がやってきて…』
言い切る前に、
「封筒に入った小瓶を渡された…?」
私は愕然とした。なぜ、分かったのだろうか。電話先からは笑い声だけが聞こえてくる。
「フフヘッヘッヘ……オマエヲモヤス。君ノ終ワリ…」
怖くなって電話を切る。しかし、電話が鳴り続ける。
私は怖くなって家を飛び出した。車に乗り、エンジンを掛ける。急いで逃げた先は友人宅。閑静な住宅街である。
彼と談笑していると、彼は思い立ったように台所へ向かい、戻ってきた。どうやら、飲み物を持ってきてくれたようだ。しかし、彼はその中身を頭から被った。臭い…。ガソリンだ。そのままライターを取り出す。私は一目散に逃げた。車に乗り込むと同時に、火の手が上がる。彼はどうしてしまったのだろうか。
消防士が来るどころか、周りの住民も、黙って見つめるだけだ。
私が老婦人の顔を覗き込む。しかし、動かない。無反応だ。
私はその奇妙さにしばし怯え、顔を覗き続けた。
すると、ギョロっとした目で私の目を見つめた。驚き、思わず逃げ出した。
彼らは私を見つめ、大声で叫んだ。
『あいつだ、あいつが犯人だ。殺せ、釣り上げろ。醜いケダモノめ!』
彼らは襲ってきた。私を殺そうとしているようだ。この際、手段を選んではいられない。
私は車に乗り、彼らを撥ねた。悲鳴を上げ、叫び、逃げ惑った。中には私を殺そうとし、車にへばりつく者もいた。
私は暫く車で走り、公園の横に車をつけた。車内で休憩を取ろう…。しかし、私の前に現れたのは奴ら、警察官だった。私を殺そうとしているに違いない。奴らは敵だ。咄嗟に、車を急発進させて、一人を撥ねたところで、もう一人が銃を発砲した。やはり、敵だ。殺さなければ。味方はもう居ない。逃げて、敵を殺さなければ、私が殺される…。
逃げよう。この町から。

タイホスル

なんだか頭が痛い。だけども、逃げなくては。
車で幹線道路を飛ばす。赤いランプを回し、パトカーが追ってくる。
とうとう、囲まれてしまった。私はそれでも、アクセルを踏んだ。
パトカーとぶつかり、エンストして、奴らが私を引き摺り出した。
『離せ、離せ!助けてくれ、なんの恨みがあるんだよぉ!』
奴らは黙ったまま、私をパトカーに乗せ、走り出した。私は手錠をかけられた。
そしてそのまま眠ってしまった。
目が覚めると、私は一人、格子のはまった部屋にいた。奴らは私を引き摺り出し、椅子に縛った。
訳のわからないことを言われ続けた。もはや、何が何だか、さっぱり分からない。
奴らは私を拷問施設に送った。

痛み

私は拷問施設でベッドに縛り付けられ、身体に機械を繋がれた。
そこの看守は私の腕に針を刺した。
そしてその針が抜けないようにテープで固定した。
それを毎朝、毎晩続けられた。
針は液体の入った袋と管で繋がれている。中身はきっと何かの毒物であろう。
私は助けを求め、叫び声をあげた。だが、看守は冷たい目で私を見下し、黙々と拷問を続けた。
何枚かの同じようなパネルを見せられ、どれか一つを選ぶとその日の夕飯のライスの色が変わった。

私は数週間後、拷問施設から解放され、再び元の檻に入れられた。
毎朝大きなホイッスルが鳴り響き、起こされる。
看守は表情を変えずにこちらを見つめている。こいつを殺せば出られるかもしれない。
私はそいつを呼び出し、そいつの頭を強く便座に叩きつけた。
やった。成功だ。もう動かない。これでやっと元の生活に帰れる。
奴らの血は緑色。部屋の床や壁は赤色。
私は逃げ出した。
だが、あっけなく奴らに捕まった。
そして小さくて暗い檻に移された。

判断

ある日私は奴らによって車に乗せられ、なんだか大きな建物に連れて行かれた。
そこでは奴らの仲間が私に無表情で押し寄せ、光を浴びせた。

私は建物の中に入れられ、大勢の人前に座らせられた。
みんな無表情。
奴らの仲間がハンマーで机を叩くと、大声で私にむかって何かを言い始めた。しかし、何を言っているのか分からない。聞き取れたのは薬物、それだけであった。
私に何をする気なのだろうか。
私は怖くなってその場から逃げようとしたが、すぐに押さえつけられてしまった。
大声で叫んだ。だが助けてはもらえなかった。
再びハンマーで机を叩く。
最後に聞こえたのは拍手だった。
その日は檻に戻された。

私は何度かそのような事を繰り返した。

手紙

次の朝、奴らに異変が出た。
奴らに表情が出始めたのだ。
なぜだろうか。
奴らは私に目を向けない。
あれほど見ていたはずなのに。
赤だったはずの独房の色も緑に塗り替えられていた。
彼らは私が寝ている間に何をしたのだろうか。
いや、彼らが正常に戻ったのだろうか。
疑問は次から次へと出てきた。

私は一人の看守に声をかけられた。
彼は手紙を持っている。
それは母からの手紙だった。
震えた字で、所々インクが滲んでいた。
父が最近亡くなったそうだ。あれからそんなに永い時間が経ったのか。
ここから早く出たい。

私はどうやら出られることになったようだ。
車に乗せられた。
建物に着いた。
そして医者と神父と警察官数人が私のもとに寄ってきた。
彼らとともにそこの二階へと登った。
何か言い残すことはありませんか、そう聞かれた。
言い残すこと?あるわけない。刑務所から出る時になぜそんなことを聞くのだろうか。
そんなことよりも早く出たかったので、私は疑問を飲み込んだ。
別室に連れて行かれた私は目の前に縄があることに気づいた。
天井から吊るされたその縄は、古いのかところどころほつれている。
私は逃げようとした。
だが、首にかけられた縄はもう外せない。
床が抜け、私はもう動かない。

ガソリン

薬物依存によって、幻覚・幻聴を引き起こし、人を殺してしまった人の話です。
自らの身体が自らの手を離れて一人歩きする姿は恐ろしいものです。

ガソリン

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-08-19

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND
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