丸虫

何かに出して落っこちた話

丸虫

 元エリート銀行員だったという噂のホームレスが、近所の公園で礫死体で発見されるという事件があった。 お札やお守りを山ほどぶら下げてベンチに座っていたのを見た事がある。すこし変わった死にかただったからか、公園前には警察官があふれた。

 事件の翌日、俺の部屋に丸虫がいた。
ここはマンションの三階、どこから入り込んだのか。指でつまんで水洗トイレから流した。
 数日後、ワンルームの部屋でテレビを見ていると、ベッドの下からソフトボールが転がってきたので、反射的に手でつかんで、ゲっとなった。転がり出てきたのはソフトボール大の丸虫だった。ひゃっと手を引っ込める。不気味な事この上ない。雑誌を丸めて、突つくと、雑誌を素通りしたので驚いた。幻というか、3Dの映像のようなものか。いや、でも俺は最初に掴んだぞ。しばらく呆然として丸虫を見ていたが、嫌になってしまい、足で蹴とばすと丸虫は、コンクリ打ちっぱなしの壁を通り抜けて飛んでいった。疲れだね。

 冷蔵庫が変だと気づいたのは、週末の夜。冷蔵庫の白い扉にうす灰色の丸がある。なんだこれは? と思って開けると中に丸虫がいた。大きさは一抱えもあるだろうか。巻き尺で計ってみると直径50cmを少し超えたあたりか。ほとんど開けることのない冷蔵庫の中で丸虫が大きくなっていたらしい。相変わらず、物体を素通りするようだ。
 顔が引きつった。電話をかけて友人の佐々木を呼んだ。
「でかい丸虫?どこ?見えないよ」
「さわってみろ」
「さわるって言っても、どこ、このへんか?」 
「今、お前の肘まで丸虫の中だよ」
「てかさ、あんまりへんな遊びすんなよ、なぜかって言うと、面白くないから」
「そうは言っても、ここに丸虫がいるんだよ、いいか見てろ」
そういうと俺はいきなり丸虫を上から殴りつけた。佐々木には、思い切り振り下ろした俺の拳、が空中で急に止まって弾かれたように見えただろう。いきなりの俺の行動に、ウヒっと驚いていた佐々木の顔が真剣になった。
「なにかいるのか」
「でかい丸虫だ。俺には見え、お前には見えず。物体は素通りするが俺には触れる」
「そうだな、デジタルカメラあるか? 」
少しの間を置き佐々木はそう言った。なるほど、カメラで映像として捉えられれば、幻ではなく丸虫がいる事になる。撮影するまでもなく、デジタルカメラのファインダーを覗くと画面には何も映っていない。
「映っていないね。さっき、お前がいう丸虫を殴りつけた時、たしかに何かを殴ったようだった」
「そこにいるんだよ。ほら」
そういって丸虫を蹴飛ばした。蹴り出した足が途中で止まったと佐々木には見えるだろう。大きくなって重くなった丸虫はもはや数センチ動くだけだ。
「確かにいるみたいだね、けど、真相の究明も大事だけど、それよりも健康でいる事のほうが大事だと思うんだよ、だから明日一番で医者に行くほうがいい」そう言って佐々木は帰った。
 友人にも見えず、触れず、カメラにも映らずでは、確かに医者に行った方がいい。
そうだ、これに乗ったら俺は空に浮かんで見えるのだろうか? 乗ってみると、丸虫はズズズズと床下に消えていった。
 静かに数日がすぎて、大丈夫だったみたいだと緊張が弛み、よく寝て起きると、巨大な灰色の半球が俺の部屋の半分を覆っていた。ドアは半球の中に入ってしまっている。窓から逃げるべきだが、あいにくはめ殺しの窓で開ける事もできない。窓ガラスも分厚い。部屋から出る事ができない。これは、どうしたらいい? 丸虫に穴を開けて外に出るか、携帯電話のあるだろう場所まで、丸虫に穴をあけて何か工具を持ってきてもらって。助けを呼ばないと。いや、工具は丸虫を素通りするんだ。いや、壁を壊して外にでるといいのか。
いや、それよりも、誰か助けて。
「誰か助けてくれ!」
隣の奴、上の奴、下の奴どんな奴らか知らないけれど
「お願いだから!頼むから助けてくれ!」
巨大な半球となった丸虫を、殴りつけ蹴りつけながら俺は泣き叫んだ。
その度に丸虫は少しずつ大きくなっていった。

次第に大きくなっていく丸虫とコンクリの壁に挟まれておれは潰される。不自然な礫死体。あのホームレスもこれだったのか、いや、あのホームレスは俺より何倍も賢かったのだ。外にでなければ、壁があってはいけないんだ。いや、広い場所にいたとしても丸虫はいずれ地球よりも大きくなる。地面に押し込んだとしてもおれは丸虫の上に乗っけられて宇宙に押し出されて死ぬ。
 あと数時間で死ぬだろう。いや、もっと早いか、携帯電話は届かない。隣人たちも無視を決め込んでいる。
 くそう。妙にさめた気分の中で、俺なりに考えた丸虫の対処方法を壁に書いた。ペンだけ手元にあって、ノートもメモも丸虫に飲み込まれているのだ。丸虫に会ったら、広い所へ逃げろ!壁のない場所で生きろ。俺は駄目だったけれど、次の奴か、その次の奴か、いつか丸虫に対する対処法を見つけ出してくれるだろう。
「なんで人類愛に目覚めてるんだかな」
そんな冗談をいいながら、灰色の壁と化した丸虫を思い切り蹴った。
また、丸虫が大きくなった。

 部屋の中で礫死体になるという事件があった。どうやったものか、自分の部屋の中で勝手に潰れたらしい。実にかわった事件だが、おや? どこから入り込んだのか机の上に丸虫がいる。手のひらでしばらく転がしたあと、俺は丸虫を人指し指と親指でぷちりと潰してみた。虫なんてあっけないもんだ。

丸虫

丸虫

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-08-08

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