ロボットロマン in ファンタジー(修正版)(2)
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なお、文章量が多くなったため作品を分割しました。
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第60話 到着
ミレスと分かれて早二ヶ月、世界はめまぐるしく情勢を変えていった。
まず、リランス王国とルゼブル共和国が休戦協定を結んだ。さすがに両軍の損耗は看過する事が出来ず、戦争を継続する余裕は無い様だ。
その後両国は、即座に緊急グラットン会議を招集。正体不明の組織に多数の砦、基地を破壊された事を報告した。
最初は他の国々はその報告をいぶかしげに聞いていたが、その組織が持つ圧倒的技術力と強大な戦力に会議に参加した国々は戦慄したそうだ。そしてリランス王国とルゼブル共和国が最後に口を揃えてこう証言した。「デウス・エクス・マキーナなる組織は、我々、グラットン会議に対し宣戦布告した」と。そう、いつの間にか俺はリランス王国とルゼブル共和国に対してではなく、'世界'に対して宣戦布告した事されたのだ。
当然その事に関して懐疑的な国もあったが、その危機的状況を打開する為にルゼブル共和国は、空船の貸与(乗員込み)と機兵技術の交換会を提案、その性能を噂で聞いていた各国は喜んで協力して事に当たる事を確約した。さすがに会議に参加した全国家で掛かれば楽に勝てると踏んだのだろう。
そして民衆に対しては、俺達が悪である事を分かりやすく喧伝する事が決定。声明として発表する際に'魔王軍デウス・エクス・マキーナ'と呼称され、俺に至っては'ハグル魔王'と呼ばれているそうだ。いかにも地球を侵略してきた機械な王様の様な名前だな。まぁちょっと狙ってたんだが、本当にそうなるとは……。
緊急グラットン会議が終了し各国に声明が発表された。詳しい内容は省略するが簡単に説明すると'我々グラットン会議に対して宣戦布告した組織があるよ!それは"ハグル魔王"によって組織された"魔王軍デウス・エクス・マキーナ"っていうよ!もうすでに仲間の二カ国が攻撃を受け、多大な被害を出したよ!だから僕達はその悪い奴を協力して倒す事にしたよ!みんなも協力よろしくね!'って感じだ。
その突拍子も無い発表に最初はその声明を聞いた人々は大いに混乱した。まぁ大国二国軍が何処の誰とも知れぬ一組織に宣戦布告され、しかもフルボッコにされましたなんて、普通信じられるものじゃない。おまけに魔王軍だ。一体何の冗談なのだと言われても仕方が無い。だがその声明は、正真正銘グラットン会議から発表である。半信半疑ではあるが人々はその発表を信じた。けどそれは対岸の火事を眺めるような現実感が乏しいものだったが。
俺はその会議の内容をリランス王国の王都へ向かう途中でよった機兵ギルドでローラさんを通して聞いた。
キリンカの街を出てからは、特に障害も無くのんびりとした旅だった。
最近はあの碌でもない噂も収束しており、護衛の仕事をしながら旅をする事が出来た。しかも現在のリランス王国は、対デウス…ああ長い!魔王軍でいいや。魔王軍との戦いで減った戦力を補充する間の一時しのぎのとして、機兵ギルド所属の機兵乗りの囲い込みを開始した。
神出鬼没な俺達に対抗する為の涙ぐましい足掻きだな。
具体的に言うと機兵乗りに対する減税や、街への優先入場権などの優遇措置を実施し、周辺国にいる機兵乗りを呼び込もうという訳だ。今この王国には、多くの国から機兵乗りが集まってきている。それも俺がのんびりと旅を出来た理由だろう。
ああ、長い旅だった。今俺達は王都の全域が見える丘の上まで来た。ここに奴らが居る。
俺はグランゾルデの操縦席を出て肩に登る。そこで眼帯を上にずらし、義眼鷹の目の遠視モードを起動した。別にグランゾルデに乗っていても遠くを見る事が出来るが、実際に外に出て見たかったのだ。これから色々する都を。
普通に見えていた右目の映像が一気にズームアップされ、城壁の上を歩く兵の顔まで余裕で判別できるようになった。
丘の上から見ると王都自体は、他の街とたいした変わりは無い。せいぜい他の街より規模が大きく、中心部に巨大な城が建っているくらいだろう。ただ現在は、城壁の外に新たに奇妙な村の様なものが出来そうになっていた。
何故城壁の外に村が出来ているのかと言うと、これも例の優遇政策のせいだ。優遇政策は、王都や重要拠点がある街に近ければ近いほどその効果を高める。その結果、王都に過剰に機兵乗りが集まってきたのだ。国にとっては優遇政策の面目躍如と言ったところだが、その結果に対して難色を示す貴族が多かった。いわく王都の治安が悪くなる、これならまだマシで中には下賎なものを入れては王都の空気が汚れるとか言った貴族も居たそうだ。そんな貴族達の意見を無碍に出来なかった王は、苦肉の策として城壁外に機兵乗り専用の場所を作る事で対処した。普通なら文句を言いたくなるような待遇だが、機兵乗りは基本的に魔獣≒獲物、しかも襲撃した魔獣の死体は国が高く買い取ってくれる事になったので特に文句は出なかった。聞いた話によると、元々は機兵ギルドと簡単な宿泊所、そして機兵工房位しかなかったが、機兵乗りが集まってくるとあっと言う間に多種多様な商店、酒場、はては娼館まで作られた。今では大量のトレーラーが並び、機兵が闊歩する基地のような村になっていた。その村は機兵村と呼ばれているそうだ。
ここで俺達の近況も言っておこう。まずグレン達は、プライベートベースに放り込んでVR訓練をさせている。ルーリを師範とした徒手空拳から銃火器を使用した戦闘、果ては俺のロボットロマン2製ロボットの操縦までいろいろやらせている。まぁロボットの操縦を教えたのは、対等な対戦相手がほしかったってのが最大の理由だが。
ドルフ一家とローラさんは相変わらずだ。
そして、ファードの街に送られるはずだったミレス達Sクラスは、予定を変更して王都近くの砦に配置される事になった。情報源は週一回行われるミレスとの通信だ。
あ、そうそう!俺はあのクソ両親に会う為のアポイントを取る為に手紙を出した。なんて俺は礼儀正しいのだろうか!
内容は、
'拝啓コーウィック様。引越しをされ、生活の場が変わってもコーウィック様方なら変わりなくお過ごしのことと存じます。
私も森で怪我を負いながらも元気で過ごす事が出来ました。他事ながらご休心下さい。
日頃何かと心お留め頂く事は無くても厚く御礼申し上げます。
さて、まことに些細ではありますが、私も一人前となり、その姿を一度見て頂ける様お願いいたします。
なおその時には、地獄の香りをご賞味いただければ幸いと存じます。
残り少ない幸せの時間をかみ締め、一層のご自愛、お祈り申します。
とりあえずご挨拶まで。敬具
名も無きコーウィックより。
追伸 現在キリンカの街から、のんびり参りますので御緩りとお待ちください。'
日本の古式ゆかしい書式(うろ覚えだが)に則りつつ、また道中、街に着くたびに似たような手紙を書く事により、前世に伝わる都市伝説をも踏襲するなんとも伝統に則ったちょっとお茶目なすばらしい手紙だ。
本当なら、国に保護されているクソ両親に簡単に手紙を出すことは出来ないが、ミレスが両親への手紙の出し方を教えてくれたのだ。特殊な便箋を使って出す為、途中で読まれる事はないし、速達の様なものなので一日も街でのんびりしていれば確実に俺より早く街を出るし、着く。
そんな手紙を三通ほど送ったあたりから、物騒なやからが街や村の入り口に見かけるようになった。十中八九クソ親の手の者だったのだろうが、この国の機兵乗り優遇政策のおかげで、ばれずにここまで来る事が出来た。クカカ今頃奴らは、何で見つからないんだってイライラしている頃だろうよ。いい気味だ。とは言いつつも、俺も両親がどの様に生活しているかは、ミレスからの伝聞でしか俺は知らないわけだ。じゃあ調べよう。奴らがどのように幸せか、そこから引き摺り下ろすにはどの様にすればいいか。ああ、楽しみだ。
「ふむ、いろいろ大変だな」
「おいゴウ!そんな所に立ってないでさっさと行くぞ!でないとギルドが閉まっちまうぞ!」
いろいろ考えていたら、だいぶ時間がたっていたらしい。ドルフがトレーラーの窓から顔を出して大声で叫ぶ。
「ああ、分かった!直ぐ降りるよ」
そう言うと俺は、グランゾルデの肩から降り、すべるように操縦席へと戻った。これから俺達は機兵村に行って拠点(駐車場)を確保、そしてギルドで明日から受注する依頼を物色する予定だ。
丘から進み機兵村の近くまで来ると丸太を組んだ簡単な壁…というか柵が見えてきた。
何か開拓村みたいになってるな。
現在も拡張を続けており、古びた機兵が柵になっている丸太を引っこ抜いて少し歩いた先にまた突き刺すという作業を続けている。
「お~い!お前達、新入りか?」
俺達が機兵村の入り口の所まで来ると、門番のなのだろうか、入り口の両脇に立っている機兵から声をかけられた。どう見てもこの国の機兵ではないが……。
「新入り?俺達は、もうギルドには登録済みだが?」
おいおい、Aランクの機兵乗りを捕まえてそれは無いんじゃないの?
「そうじゃない。この街に来たのが初めてなら新入りだ」
「ああ、そういう事か。そういう意味なら俺達は新入りだな」
「そうか、なら入り口を入った直ぐ居る奴から到着書を受け取ってくれ。そしたらそれに必要事項を記入して中にあるギルドに提出してくれ」
「何でそんな面倒な事しなきゃならねぇんだ?他の街ではそんな事した事ないぞ」
「ははっ。今この王都にはいろんな国から大量の機兵乗りが集まってきていてな、毎日毎日大勢の機兵乗り達が集まって来てるからな。どんな連中が来たか、国が把握する為に書かせてるんだ。まったく、めんどくせえったらねぇよな!」
門番の機兵が笑いながら教えてくれた。
想像以上に機兵乗りが集まってんだな。
「なるほど。わかった」
「おう、頼むぜ」
入り口を通り、中に入ると到着書なる用紙を掲げた女性がグランゾルデに近づいてきた。
「後ろのトレーラーに乗ってる奴に渡してくれ」
そう言うと、その女性は後ろから来るトレーラーの方に走って行った。
その女性がトレーラーの運転席側の窓に近づくと何かビックリした様子でトレーラーを運転しているローラさんと話していた。
知り合いなのかな。通行の妨げになるんじゃないだろうかと思っていると、その事に気づいたのか、その女性は慌てて紙を渡してトレーラーから離れ居ていった。
俺達は再び、村の中をトレーラ用駐車場を目指し進みだした。
「ローラさん知り合い?」
「ええ、ギルドの研修を受けていた時の同期です。こんな所に配属されていたんですね。ビックリしました」
「へぇ~。じゃあ積もる話もあったんじゃない?ギルドにその到着書なる物を届けたら今日は好きにしていいですよ」
「分かりました。ありがとうございます」
ついでに王都の情報も貰ってきてくれるとうれしいです。
第61話 王都機兵ギルド
入り口の先はトレーラー用の駐車場があった。
駐車場といってもロープを張って適当に区切ったものだったが。
「おお~!見た事もない機兵が沢山あるぞ!」
『本当、いっぱいあるわねぇ』
そこには、大量のトレーラーと機兵が所狭しと並んでいた。きょろきょろとモノアイを動かしながら見る。
お!ありゃ、この間ギルドにあった機兵販売の冊子で見た。クレメンス社が出した新型機兵トッドじゃないか!それにこっちはアーリサーワ社の重機兵ガイデン!世の中には羽振りの良い兵団もあるんだなぁ。他にも知らないタイプの機兵もあるな。うはー興奮してきた!
操縦席に流れ込むオイルの匂いが、さらに興奮をさそう。
別のところに目を向けると、装甲のいたる所に傷が付き、歴戦の猛者然としたカラードが膝をついて簡単な整備を受けていた。
いいねぇ。新型も良いが、いい感じに汚れていたり、傷ついた機兵もすばらしい!お!あの機兵は、カルノフに何処で見つけてきたのかボルドスの右腕を移植してるのもあるな。あっちは、どっかの魔獣の甲殻をそのまま装甲にしてやがる!ワイルドだねぇ。
あそこには、同じサンドイエローに塗装したカルノフを大量に並べている奴らも居るな。
「あれは…ガリウス兵団ですね。集団戦が得意なAランク兵団です。彼らも来ていたんですね」
俺の見ていたものを察したローラさんが解説してくれた。きっと巨大兵団だから税金や維持費も馬鹿にならないんだろうな、きっと。
そんな世知辛い事を考えながら、ふとその隣に位置している一団を見るとトレーラーの近くにテントを張っていた。その隣では即席の物干しに洗濯物を干している。
ああいうのを見ると村というより、どこかの難民キャンプみたいな感じだな。
そんな田舎者丸出しの俺が恥ずかしくなったのか、ドルフが文句を言ってきた。
「ゴウ!そんなにキョロキョロするな!恥ずかしいだろうが!」
「無理!こんなに沢山の種類の機兵が見れる機会なんて早々無いだろ!だからじっくり見ないとな」
ドルフの文句を気にせず、モノアイをひっきりなしに左右に動かす。
むはー!いいねぇ、あっちじゃ機兵が機兵の修理をやってるぞ!
「そんなじゃあ周りの連中に舐められるだろうが」
「はっ!舐められるなんざ、この髪で生まれた瞬間から決まってる事よ。気にするな」
「だが……」
「それに舐めてた連中を叩きのめすのが楽しいんじゃないか!あの格下と侮っていた相手にボロ負けして、にやけていた顔が屈辱にまみれた顔変わる瞬間が最高なんだ!」
「お前は、趣味が悪い」
「知ってるよ。さてローラさん俺達は何処にトレーラーを止めればいいのかな?さっきの人からなんか聞いてない?」
「はい、ええっと、あのあたりです。ちょうどトレーラーが途切れている所ですね」」
感じからして先着順で並べているのかな。
「それと、一旦そこに止めると以降は同じ場所に止めなければならないそうです」
それは、良くある縄張り争いと言うか、ギルドに近い、商店に近いとかの良い位置の駐車場を取り合う事がないようにする為だろうな。
「じゃ。とっとと止めてギルドに行きますか」
俺達は割り当てられた区画にトレーラーを止めてギルドに向かった。
ギルドに向かったのは俺とローラさんとプライベートベースから呼んできたドルフの三人だ。ルーリ達は一応の用心としてトレーラーにお留守番だ。
俺の服装はいつも通りのフード目深に被り、髪が見えないようにしている。
ここのギルドの場所は、とても分かりやすかった。初めてこの機兵村に来たとしても直ぐ分かるように巨大な看板が屋根の上に取り付けてあるからだ。
おもむろにギルドの扉を開けると新築特有の匂いがした。機兵乗り達がでごった返した中は様子は今まで通ってきた街のギルドと同じだが、規模が違った。普通は3~5位依頼受注カウンターがあるのだが、ここはそれの約倍10もあるのだ。その分、依頼が張り付けれれて居る掲示板が幾つも立てられている。
ローラさんギルドに入ると直ぐに多くの機兵乗りが並ぶ案内カウンターに行って、そこに居た受付嬢に一声かけた。
最初は突然横入りしてきたローラさんをいやな顔で「列に並んでください」と言った。しかし、ローラさんが兵団付きのギルド職員と分かると、案内をしていた機兵乗りを放って、慌てて上司の所に案内しようと席を立った。その様子を見たローラさんは、受付嬢を叱り、丁寧に放って置かれた機兵乗りに謝罪すると、受付嬢に別の職員を呼ばせた。そして彼女は呼ばれた職員に付いて行きギルド長室と書かれたプレートが打ち付けてあった部屋へと入っていった。
さて俺達は、ここで受けられる依頼の確認でもしておくかね。掲示板が並べられているスペースへと足を向けた。
貼り付けれている依頼の動向を見ると現在この国の騎士団や軍はあまり外に出たが無いようだ。掲示板に張られていたのは、他のとこでも良くある'○○村魔獣討伐''建設補助''○○街道盗賊団討伐'など、ここ特有なのが'機兵村門番'や、本来なら軍や騎士団がやる筈の'○○村巡視'などがあった。荒くれ者でもある機兵乗りに巡視させるのはいかがな物かと考えたが、さすがに'○○村巡視'には、本職の軍人または騎士などを同行させる事になっていた。
「なぁドルフ俺達だったらどれ受けようか?」
腕を組んで依頼の張られた掲示板見ているドルフに話しかけた。
「そうさなぁ。まぁいつも通りの依頼は問題な無そうだな。門番も問題ねぇ。が巡視は無理だろうなぁ」
「だろうなぁ。それにしても……」
徹底的に戦力の分散を避けているな。それで本来の仕事である国民を守る事をないがしろにしているのはいただけないがな。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
さて、どんな仕事をしようかなっと。掲示板を物色しているたらカウンターの奥に行っていたローラさんがいつの間にか俺達の近くに戻ってきていた。
「ゴウ様ドルフ様。ギルド長が一度ご挨拶をしたいと申しております。こちらにお越しいただけますか?」
「ん?ああ。わかった」
ローラさんについて行くと、応接室と書かれたプレートが付いた部屋へと通された。
「どうぞ」
そこで待っていたのはバーコード頭にぽっちゃりと言うよりは、デップリとしたおなかの老齢の男が居た。上等なシャツを着たいかにもお偉いさんと言った感じだった。
この男がここのギルド長のようだな。
ギルド長は俺が部屋に入ってくるのを見ると立ち上がり歓迎するように両手を広げた。
「おお、あなたが噂に名高いラフィング・レイブンの代表ですか!ささっ、どうぞお座りください」
そういうギルド長に促され、ギルド長の正面にあるソファーに俺とドルフは腰を下ろした。ローラさんは俺達が座ったのを確認すると俺達の座ったソファーの横に移動した。
「あんたが王都のギルド長か?」
「ええ、私はここのギルド長をしております。クモーノ・ギルンデスと申します」
「おっと失礼。俺がラフィング・レイヴン代表ゴウ・ロングだ。そして俺の契約精霊をしてもらっているクリシアさん、こっちが副代表のドルフ・サマス。まぁ二人しか機兵乗りの居ない兵団だがな。知っているだろうが、フードはこのままにさせてもらう」
『どうも~』
「よろしく頼む」
契約の石からクリシアさんが出てきて挨拶をし、ドルフも軽く頭を下げる。
「お噂はかねがね聞いております。皆様よろしくお願いします」
「クカッ!どうせろくな噂じゃないだろうな」
「いえいえそんな事は、あなた様の兵団からお売りいただいた'ダミー君システム'はこの王都でも大評判でして、王都内の工房は今も大忙しだそうですよ」
へぇ、売れているとは聞いていたがそこまでとはな、もしかしたら魔王軍(笑)のお陰かもしれないな。
「そんなに売れているのか。別の物を開発した時の副産物だったが案外売れるものだったんだな」
そう言うとギルド長の目がきらりと光ったように見えた。
「ほう、一体どのようなものを開発したので?」
「企業秘密だ」
「それは、そうでしょう。失礼しました。もしその開発したものをお売りいただける時はぜひご一報を。喜んで買わせていただきます」
「悪いがそれはない。少々危険なものなのでな。俺達以外に使わせるつもりはない」
そもそも、俺達以外では必要の無い装備だがな。
「左様ですか。残念です」
そうは言いつつもギルド長は残念がってはいないようだ。
「それで、俺達に何の用だ?わざわざご機嫌伺いの為に呼んだわけではないだろう?」
俺がそう言うとギルド長は、前のめりになると真面目な顔になって話し出した。
「ええ、少々気をつけて頂きたい事がございまして」
「なんだ?」
「最近、王都に集まった高ランクの機兵乗り達が、この国に引き抜かれる事が多くなっておりまして、我々としても困っておるのです」
どうやら王国が一時しのぎの戦力としてだけではなく、高ランクの機兵乗り達を新たな戦力として組み込む事も考えていたようだ。意外とやるなぁ。
「つまり、俺達に誘いが来ても乗るなと?」
「私共といたしましてはそうしていただけると幸いです」
「…ハッ。俺達が王国に引き抜かれる事はない。俺も妹もこうなんでね。軍に入ったって碌な事はないだろう」
俺は、フードの端を引っ張りながら言う。するとクリシアさんも同意した。
『もちろん私はゴウちゃんと一緒よ』
「ドルフはどうだ?」
ドルフは肩をすくめながら首を振りながら言った。
「嫌なこった。俺達家族はラフィング・レイヴンが気にいっているんでね。いくら詰まれたって抜けねぇよ」
「つまりそういう事だ」
そう言うと、ギルド長は安心したようにどっかと背中をソファーの背もたれに乗せた。
「でしたら私共は安心です。今後のご活躍を期待しております」
「ああ、話はそれだけか」
「ええ、以上です。ご足労ありがとうございました」
「そうか、じゃあな」
俺とドルフは、そう言って席を立った。
「おっと、お茶も出さずにすいませんでした」
「気にする必要は無い。あ、ローラさん。さっきも言ったけど今日はもう自由にしていいよ。俺達はもう一回依頼を確認したら帰るから」
「分かりました。お疲れさまでした」
「「お疲れ~」」
その後は、また依頼の掲示板を適当に眺めた後、商店が軒を連ねている区画や工房が軒を連ねている区画を見て回った。
トレーラーでお留守番しているルーリ達に何かお菓子でも買って帰ろう。
第62話 城壁の外で分かる事
俺達がトレーラーに帰ってきたのは、日が山の稜線へとちょうど沈んでいく時だった。周りトレーラーは、魔導ランプに火をともして明かりの準備をしている。後もう少しすれば、夏の盛りのキャンプ場の夜のような光景になるだろう。
「だだいまーっと」
『ただいま~』
「帰ったぞー」
トレーラーに向かって帰宅を告げるとダイドルフのトレーラーからカーラちゃんが飛び出して来た。遅れてグランゾルデのトレーラーからルーリが顔を出した。
「おかえりなさ~い!とーちゃーん!」
カーラちゃんがドルフに勢い欲く抱きつくとドルフはそのまま持ち上げた。
「おうカーラいい子にしていたか?」
「お土産~!お菓子~!」
カーラちゃんはドルフの質問には答えず、ドルフの持っていた紙袋に手を伸ばした。獣人と人のハーフであるカーラちゃんは人以上獣人未満に鼻が利く。きっとお菓子の匂いに釣られて出てきたのだろう。
「あ~これは晩飯の後だ。今食ったら晩飯が食えなくなろうだろう?」
「はーい」
不承不承で彼女が頷くのを見るとドルフは質問した。
「それで、俺達が居ない間は何かあったか?」
「無いよ~。かーちゃんがお隣さんに挨拶しに行った位」
さすがは戦う主婦、そういうことには卒が無いな。俺なら「お隣?知るか、ほっとけ」がデフォルトだ。
「ああそうか。んで晩飯は?」
「出来てるよ。今日はシチューだよ!早く晩御飯にしようよ!」
ドルフの肩に座らされたカーラちゃんがボフボフと急かすようにドルフの頭を叩く。
「おう、今日は雨は降りそうにないし外で食おう。テーブルを出さないとな」
「じゃあ俺は椅子を出すよ」
俺はダイドルフのトレーラーにある生活物資を入れてあるトランクを開けた。
ローラさんが帰ってきたのは日が完全に山の稜線に沈み、夕食の準備が整った頃だった。
それに気づいたアリカさんが声をかけた。
「あ、ローラさんお帰り、夕御飯の準備できてるわよ」
するとローラさんが申し訳なさそうにしながら話し出した。
「あっいえ、この後同期の子と一緒に飲む事になりまして…夕食は……」
アリカさんは気にした様子も無なく、テーブルに料理を置いて行く。
「あらそうなの~!お友達は大切にしなさいね。大丈夫よ!うちには食べ盛りが沢山居るから!」
いざとなれば、ベースに居るグレン達に差し入れすればいいしな。
ちなみにローラさんには、グレン達はとある場所に預けていると言ってある。もちろんローラさんは、そんな説明を鵜呑みにはしていないだろうが、表面的には了解してくれている。本当に秘密の多い兵団で申し訳ない。
「用意していただいたのに、すみません」
そしてローラさんは、料理を運んできた俺の方を向いた。
「はい。それとゴウさん、今日はギルドのほうに泊まりますので戻るのは明日の朝になると思います」
「了解。あっ悪いけどついでに王都の情勢についても同期の人に聞いておいてくれる?」
「分かりました」
そう言うとローラさんは、俺達が使っているトレーラーに入り、着替えを詰めたと思われるバックを持ってギルドの方へ歩いていった。
次の日の朝食を準備している時、ローラさんは帰ってきた。特段二日酔いで辛そうにしているとか寝不足である事と言う事は一切なく昨日バックを持って、ギルドに向かった時とまったく変わったところが無い。
友人と盛り上がって二日酔いのローラさんが見れると思ったんだがなぁ。
「ただ今戻りました」
『お帰りなさい。楽しかった?』
「おかげさまで楽しかったです」
『なら良かったわ』
「おかえり、ローラさん。戻ってくるのはお昼頃でも良かったのに……」
「いえ、これが仕事ですから」
きっちりしてるなぁ。カーティス以外の事でも、もうちょっと弱みを見せてくれたっていいのに。まぁこれは俺の我侭なんだろうが。
「んじゃ。悪いけど朝食がてら、王都の情勢を聞かせてくれ」
「私は朝食は食べてきたので、その…コーヒーだけ頂きます」
ローラさんは顔に似合ってコーヒーが大好きだ。ただし、ミルクと砂糖たっぷり入れたM○Xコーヒー仕様だがな。
朝からそんなモノ飲んで胸焼けしないのだろうか。
「了解」
今日の朝食は、焼いたパンに分厚いハムステーキ、チーズ、スクランブルエッグを乗せたオープンサンドにサラダ、飲み物はインスタントのコーヒー。オープンサンドなのは、食器を洗う手間を少なくする為のささやかな工夫だ。
全員席に着いたことを確認すると朝食を開始した。
「「「「「「頂きます」」」」」
まずドルフとカーラちゃんが勢い良くオープンサンドに齧り付く。リスのように頬を膨らませながらもぐもぐと食べる姿はとても可愛い。
ルーリのパンを端からちびちびと齧っていくスタイルも捨てがたい。
まぁそういうのは置いといて。俺はとっとと朝食を食べてローラさんから話を聞かねば。
大急ぎでオープンサンドを口に放り込み、コーヒーで無理やり押し流す。サラダも同様に。
「そんなに、急がなくても大丈夫ですよ」
「いふぁ(いや)、ほへがいほいへひひたい(俺が急いで聞きたい)ング…からな。ご馳走様でした」
「急ぐのも分かるけど。もうちょっと味わって食べてほしいわねぇ」
その様子を見ていたアリカさんが、あきれたように言った。
「すいません」
「では、何から話しましょうか」
「じゃあまず王都内の雰囲気からお願いしようかな」
俺がそう言うと、ローラさんはコーヒーを一口飲んで話し出した。
「分かりました。現在の王都は一応安定していると言えます。ファードの街の防衛部隊が壊滅したという報告が来た時は混乱していたそうですが、騎士団の治安維持強化と警備の強化、それに例の会議の布告によって今は沈静化しています。ですが、潜在的恐怖は残っているようですね。どうも壊滅した部隊の生き残りの誰が戦いの様子を洩らしたようです」
ふむふむ、一応の狙いは当たったようだ。
「機兵村が出来た事に関しての住人の反応は?」
「そう悪いものじゃありません。荒くれ者が外に追い出されたという認識の人も居ます。ただ困っているのは機兵乗り相手に商売をしていた人たちでしょうね。特に酒場なんて閑古鳥が鳴いているそうです。この村に移転した酒場もあるそうですが、そんなのはごく一部の店だけですね。壁の中で商売している事になれた人達では、そこまでの度胸を持つ人は少ないようです。逆にほとんどの機兵工房は村に移転しました。移転していないのは王国お抱えの工房ぐらいですね。まぁお抱えの工房もゴウ様のおかげで大忙しだそうですが」
「ふ~ん、じゃあ経済的には問題ないんだな?」
「今はまだ。ただ、魔王との戦いで失った戦力の補充の為の増税が発表されましたから、どうなるか分かりませんね」
「なるほど。それで機兵乗りが王都に入れないらしいが、機兵に乗って無くても入れないのか?」
「ええ、絶対に入れてくれません。城壁の向こうに入れるのは商人と住人だけですね」
門の方に目を向けると朝も早くから荷物を満載した荷馬車やトレーラーが列を成しているのが見える。
「そうか。一応どんな街か見てみたかったんだけどなぁ。入れないなら仕方ない。あきらめるか」
口ではそんなこと言っているが、もちろん俺はそんな事は思ってはいない。
結局王都には忍び込む事になるか……。プロープを送り込む事も出来るが、こういうのは自分の目で情報を集めたいしなぁ。けど黒髪の機兵乗りが王都に来ている事は直ぐに…いやもう知られていると思ったほうが良い。ここで俺が単独行動したら、当然勘ぐってクソ親の手下が出てきてもおかしくは無い。
「ローラさんありがとう。知りたい事は大体分かった」
実際は城壁の警備状況とかも知りたいが、さすがに聞くわけにはいかない。
「それでゴウ様達は、これからどうするおつもりですか?」
「俺達か?俺達はせっかく王都まで来たんだしばらくここで稼ぐさ。それからはまぁ風の向くまま気の向くまま好きに決める」
「そうですか。それで申し訳ないのですが、ラフィン・グレイヴンがここを拠点にする間だけでもいいのでギルドの方へ応援に来てくれと要請がありまして」
「またか?」
「またです」
以前のファードの街でも同じような事があったな。いや、待てよ。これは都合がいいかもしれないぞ。
「しょうがないか。いいよ。そんなに大変な依頼を受けるつもりないし。カーティスは置いて行くから使ってくれ」
「ありがとうございます。では早速借りていきます」
この時ローラさんの目がキラリと光ったのを俺は見た。
ローラさんがカーティスに乗ってギルドに出勤した後、俺はグレン達に頼みごとをする為にプライベートベースへのゲートを開いた。ゲート潜り、グレン達が暮らしている長屋、通称黒髪長屋へと向かった。長屋と言っても実際は二階建て六部屋のごくありふれたアパートだ。
俺が長屋に着いた時、グレン達は共通スペースとして使っている空き部屋で朝食を食べている所だった。グレン達は朝練を義務付けているので朝食が俺達より遅い。テーブルの上にのっているのは、白い御飯に豆腐の味噌汁それにユアの干物に卵焼き、一体何処の日本の朝餉だと言いたくなる。席に座っているのは全員赤に白のラインのジャージを着た面々。
「よう、おはようさん」
「あっゴウ先生おはようございます!一緒に食べますか?」
最初に挨拶を返してきたのはジャージに割烹着を着たシュナだった。彼女は顔を綻ばせて挨拶をしてきた。
シュナはベース内で生活を始めると、以前にもまして生活能力が上がり、生き生きと掃除洗濯に料理と、日々せっせとそのあたりが出来ないグレン達の面倒を見ている。
「いや、お茶だけ貰う」
ついさっき同じようなやり取り聞いたなぁと思いつつも同じような反応を返す。
「おはようございます」
「おはようございます。ゴウ先生」
「おふぁよふはん」
ちゃんと挨拶してくれたのがサイとリミエッタだ。グレンは相変わらず、まともに挨拶しないな。
グレンはみっともなく身の無くなったユアの干物をバリバリと頭から齧り付いている。生産者としてはそこまでして食べて貰うのはうれしいが、骨は残せグレン。
「グレン。口に物を入れている状態でしゃべるんじゃないといつも言っているだろうが」
「んぐ。はいよ。んで何のようだ?今日はまだあんたが来る時間じゃなかったはずだが?」
俺は何日かに一度、ベースに来てグレン達に訓練を施している。ローラさんが居る手前、そう頻繁に出来ないのが問題だな。
「今日ちょっと頼みごとがあってな」
「頼み事…ですか?」
サイが何か碌でもない事を頼まれるんだろうなぁと言う表情でこちらを見た。
「安心しろ。今回の頼み事の対象は一応グレンだけだ」
「へっ?俺だけ?」
「ああ、グレンそろそろ外に出て戦ってみたいだろう?」
そう言うとグレンの表情が喜色満面になった。
第63話 影武者×2
「はい、お茶をどうぞ」
俺がテーブルの空いた席に着くとシュナがコトリとお茶の入った湯飲みを俺の前に置いた。
「ああ、ありがとう。それでどうだ?やってみるか?」
湯飲みに入っているのは緑茶だ。どうも朝食といい、このお茶といい黒髪の好みは日本人に近いらしい。
今度は納豆でも試してみるか…。
俺は身の内にある強烈な違和感を押さえ込みつつ、緑茶を一口すすった。うむ、うまい。
ガタンと椅子を蹴飛ばすように立ち上がるグレン。
「やるに決まってるじゃねぇか!ここの装備も使っていいんだろ?」
「ああ。だがお前が戦うのは機兵を使った盗賊や魔獣だ。当然ロボにも乗って貰うぞ」
「ええ~、ロボかよ。あれ操作が面倒くさいんだよなぁ。なぁロボより強化外骨格とか言うの使わせろよ!」
グレンは、訓練している黒髪の中で一番生身の戦闘力が強い。しかし、おつむの方が少々残念と言うか獣じみていると言うか。こまごまとした操作を必要とするロボには相性が悪かった。この間などイラついて操縦桿をへし折りやがった。その分、純粋に身体能力を強化補助する強化外骨格とは相性がいい。
「それは駄目だ。なz……」
「待ってください。そのお願い私にやらせてくれませんか?」
俺の言葉をさえぎったのはリミエッタだった。最近のリミエッタは、体力も付いてきて今では一番の成長株と言っていい。徒手空拳から武器を使った先頭を一通り教えているが、得意な武器はスナイパーライフルだった。まるで心拍数をコントロールしてるんじゃないかと思うほど動かない。今度狙撃中の心拍数でも測ってみるか。とにかく動かざる事山の如し。
…黒髪長髪のゴスロリスナイパー…好いんじゃないかな!まぁ今は滅茶苦茶ダサい赤ジャージを着ているが。
「それは無理だ。今回のお願いは俺の影武者だからな」
「影武者だぁ?いつの間にそんなに偉くなったんだよ」
「偉くなっちゃいねぇよ。ちょっくら王都に潜入しようと思ってな。その間、お前に俺の変わりにギルドの依頼をしてもらおうって訳だ。リミエッタのやる気は買うが、さすがにお前には無理だ。主に体形的に」
リミエッタが視線を下げて自分の体を見ると、そこには隠しようも無い存在感を放っているモノがあった。以前はフリル過剰なゴスロリ服を着ていた為分からなかったが、今の格好だと一目でわかる。さすがにさらしを巻いても隠しきれるモノじゃない。
「無念」
そうつぶやきながら胸に手を当てた。ああもう!そうモニモニするな!非常に眼ぷ…げふげふん、いや、目のやり場に困る!
ついと目を逸らすとグレンとサイも顔を赤くして背けている。ただシュナだけが、うらやましそうに見続けていた。
「けっけどよ。俺とあんたはまったく似てねぇじゃねぇか。そんなんで大丈夫かよ」
「それは問題ない。普通の連中は俺の顔なんぞ碌に見てないだろうよ。せいぜい特徴を記憶しているだけだ。だから黒髪、眼帯、義手、精霊の四点セットが揃っていれば皆お前がゴウ・ロングだと思うだろうよ」
「おいおい、眼帯はいいが、義手と精霊はどうすんだよ。俺の腕を切り落とすのはごめんだぞ!」
「わかってるって。義手はそれっぽい腕鎧で誤魔化す。精霊は…後のお楽しみだな」
「フン。どうせ、また変なモノでも作ったんだろう?」
「本当ですか!」
そこに割り込んできたのは、今まで黙ってもくもくと朝食を食べていたサイだった。
サイは、ある意味この場所に来て一番喜んだ人間だろう。見た事もないような機械や建物が沢山あったからだ。プライベートベースに居を移した当初はサイから質問攻めにあったのは記憶に新しい。その質問攻めに辟易した俺は、メイドロボを一体作り質問があったら全部そいつに聞いてくれと丸投げした。しかし、サイはメイドロボを質問攻めにするだけには飽き足らず、訓練の空いた時間に日本語の勉強を始めた。それは俺が気まぐれに作った小学校(基地)の図書館にある本を読む為だった。今では日本語の読み書きまでマスターしたらしく辞書片手に、図書館に入り浸り、本を読み漁っているそうだ。最初に会った時の印象通りサイは学者タイプだったようだ。ある意味一番ほしかった人員が来たのはうれしい。
「何処にあるんですか?早く見せてください!」
サイは持っていた茶碗を脇に追いやると身を乗り出して主張した。
「ここには無い。あとでグレンに渡すロボを見せる時に一緒に見せてやるよ。まぁまずは朝食をしっかり食え。それとだ……」
この食卓に一つだけ許せない事がある。ああ、そうだ、ここまでほぼ完璧に日本の食卓然としているのに、たった一つの事が全てをぶち壊している。
「お前ら、そんなに日本食が好きなら箸を使え!」
流暢にフォーク、ナイフ、スプーンで日本食を食ってんじゃねぇ!違和感バリバリなんだよっ!
「いや、だって、俺ら箸使えねぇし」
朝食を食べ終わったグレン達を引き連れてロボを管理している格納庫区画へと向かう。格納庫区画とは読んで字の如く格納庫が並んだ一帯の事だ。ここには俺達を襲ってきた身の程知らずから奪った機兵や、俺が趣味で作ったロボが所狭しとしまってある。
この格納庫区画は普段は、グレン達には立ち入りを禁止している。格納庫内では使わないと言っても定期的に整備ロボに整備させているし、中には登録した操縦者以外近づいたら攻撃するような危険な機能を持った奴もざらにあるからだ。
「ここだ」
灰色に塗られたトタンと鉄骨で作られた格納庫の前で止まる。大きな扉には'01'と白抜きの数字が大きく書かれている。そのロボ用の大きな扉の横にある人用の扉を開けて中に入る。クリシアさんも当然のように俺の開けた扉を通った。
「さっ、お前らも入れ」
「うーっす」
「はい」
「はいっ!」
「しっ失礼します」
格納庫の中は、せいぜい天井近くに設置されている小さな窓から明かりが差している程度だ。当然その程度の明かりでは倉庫の中を照らすには、不十分で暗い。そんな中、トラス(はしご組みされた鉄柱)に囲まれた巨人が立っていた。天井からの明かりがその巨人のシルエットを浮かび上がらせている。
「これが俺の乗る機体か?」
グレンが暗い中を歩いてその機体の前に歩いていく。
「ああ、そうだ。今電気をつける」
俺が近くにある電気のスイッチを入れると倉庫の手前から次々と明かりが灯っていった。進むにつれて見えてくる少しくすんだ鋼の装甲、見るものを圧倒するモノアイ。そして全ての灯りが付いた時グレンは言った。
「グランゾルデじゃねぇか!」
そう、彼の目の前には俺の乗っているグランゾルでとそっくりな機体が立っていた。
「当たり前だろうが。俺の影武者をしてもらうんだぞ。別のロボに乗ったら意味ないだろう」
「俺達は機兵を動かす事はできねぇって知ってんだろうが!」
「ああ、そういう事か、コイツは機兵じゃない」
「はぁ?どう見てもあんたのグランゾルデじゃねえか」
「見てくれはな。だが中身は完全に別物だ。こいつの名前はグランゾルデ・カモフと言ってな。元々はクリシアさんが精霊の里に帰った後に乗ろうと思って作った機体だ。動力はもちろん魔晶炉なんて使っていないから、お前でも問題ない」
ロボットロマンでは動力になれば発条(ぜんまい)から核融合炉、根性、気合まで何でも動力に設定する事ができる。もちろん選択した動力によって出力や特殊能力などの違いはある。ちなみに前世では、指定の発条動力を使っていかに巨大ロボを作るかというイロモノ大会が存在した。
一応今回はA○サイズのロボということで某リアクターを使用してある。
「操縦形式はセミ・マスタースレイブ。これならお前の特性を生かせるだろう」
グレンにとって一番いいのはモビ○トレースシステムなのだろうがサイズ的な問題があり、妥協案としてセミ・マスタースレイブ形式になった。
『まぁ私は、ゴウちゃんと離れるつもりが無いから、これが必要になる事は無いと思っていたんだけどね』
「へぇ~。でも長い名前だなぁ。よし!俺はこれからコイツをグランカモフと呼ぼう!」
「それは好きにして良いが、人前では呼ぶなよ」
「ああ分かってるよ」
「それと…だ」
俺はグランゾルデ・カモフの脇に置いてある金属製の棚からあるものを取った。
「グレン、これを身に付けろ」
俺が持ってきたのは大きなレンズの様なものが付いた肩パットだ。
「何だこりゃ?何処に着けろってんだよ」
「肩だ。両肩に一つずつ着けろ。ああその窪みに肩を入れれば勝手にくっ付く」
「こうか?おお!」
グレンが肩に肩パットを近づけると、まるで磁石の様に吸い付いた。そして肩パットの中心部にあるレンズがちかちかと赤く光りだす。
赤ジャージに肩パット(笑)。
『フィッティング開始、マスター登録開始』
肩パットから無機質な機会音声が響き、初期処理が開始された。
「うおっ!何だこれ!」
グレンが慌てて肩パットを外そうと肩に手をかけた。
「びびるな。お前が持ち主である事を覚えているだけだ」
「びっびびってねーし!」
明らかにビビッているグレンがお決まりの台詞を返した。そんな中でも肩パットの作業は進む。
『マスターの名前を登録します。名前を名乗ってください』
「…グレンだ。苗字はねぇ。ただのグレンだ」
『マスターの名前を'グレン'で登録します。よろしいですね?』
「ああ」
『マスター登録を完了しました。起動します……。…呼ばれて出てきてじゃんじゃじゃん!』
登録が完了すると左肩の肩パッドのレンズからデフォルメされ、赤い鉢巻をつけた迷彩柄のヘビがキンキン声と共に飛び出した。
もちろん本物のヘビではない、ホログラムだ。
ヘビの周囲では同じくホログラムで投影されたクラッカーがパンパンと破裂し、紙テープや紙ふぶきをばら撒いている。
「うおっ!何だコイツ!」
「ほう!」
「紹介しよう。こいつがアドバイザーAIのヘビアム子だ」
『よろしくじゃん。相棒!あたいの事は略してアム子って呼ぶじゃん。サポートは任せるじゃん』
初期処理の機械音声とは打って変わった声の調子に、グレン達が戸惑う。
もちろんコイツの元ネタは皆さんご存知の某ダサい人の肩に居るアイツだ。これもクリシアさんが里に帰った後に使う予定だったものだ。
「お前の苦手なロボ操作の細かい所と射撃管制はコイツがやってくれるから安心しろ。そしてコイツがクリシアさんの影武者だ」
「はぁ!コイツが!?んな事出来んのかよ?」
『相棒はあたいの能力を疑うじゃん?なら見せてやろうじゃん!』
次の瞬間アム子の姿が消え、もう一人のクリシアさんがグレンの目の前に現れた。
『どうじゃん!こんなもんじゃん!』
アム子はそう言うとポーズをとってクルリと一回転した。
「本当、クリシアさんそっくり……」
シュナが口に手を当てて驚いた。
『あたしは、そんなしゃべり方じゃないわよ!』
クリシアさんは、その影武者っぷりの残念さを嘆いた。
『駄目じゃん!これはあたいの'あいでんてぃてぃー'じゃん!譲れないじゃん』
「そこはまぁ問題ないだろ。グレンの方と同じ様に透明でふわふわした人型の知性体って特徴が合ってれば向こうが勝手に誤解してくれるだろ」
「それはそれで会った人の精霊像が崩れそうね」
リミエッタは冷静にアム子につっこんだ。
さっきから静かなサイは、アムを食い入るように観察していた。
「とりあえず今日は、アム子と一緒にこいつの乗って操縦に慣れろ。一応出発は明日の予定だ。俺とすり替わるのは、機兵村を出てから折を見て行う。グレン以外はいつも通りだ」
「「はい!」」
『了解じゃん』
「わかった」
「わかりました」
おのおのが返事をする中リミエッタだけが気落ちした様子で返事をした。
「そう気を落とすな。今回は急だったからグレンだけを出すが、ちゃんとお前の成果を確認する事が出来る機会は必ず作る。それまでちゃんと鍛えておくんだ」
「はい」
「それでは解散」
リミエッタが頷いたのを確認した俺は、潜入用の装備を確認すべく別の倉庫へと向かった。
第64話 さぁ来たぞ!
「じゃあ、ローラさん行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
翌日俺達は、ローラさんに見送られながら依頼の為に出発した。
ドルフが受注しておいてくれた依頼は、王都からちょっと離れた村で目撃された中型魔獣退治だ。グレンの初陣には持ってこいだろう。もし万が一の事があったとしてもアム子にドルフ、それにルーリが居れば何とかなる。と思う。まぁいざとなれば俺が出張れば良いしね。
機兵村を出て数時間走った所で良い感じの森があり、そこでグレンと入れ替わる事にした。もちろん追跡者などが居ない事は確認済み。
俺はグランゾルデに乗ったままゲートを開けた。
「じゃあドルフ。あいつらの面倒をよろしく頼む」
「あいよ。こっちの事は気にせず、好きにやってきな」
ドルフに声をかけた後ゲートを潜るとそこにはグランゾルデ・カモフが仁王立ちして待っていた。そばにはシュナ、サイ、リミエッタも見送りに来ている。
「ようグレン。準備はいいな?」
「ああ、ばっちりだ。中型魔獣なんざ、今の俺なら楽に倒せるぜ」
『相棒!あたいも居るじゃん!』
「おう。そうだったな。俺達ならどんな野郎でも負ける気しねぇぜ」
「仲がよさそうで何よりだ。じゃあ後は頼んだぞ」
「おう」
『了解じゃん!』
俺は、グランゾルでの右手を上げた。グレンはその動作の意味が分からなかったようだがアム子が察してくれた。
『ほら、相棒も右手を上げるじゃん』
「こうか?」
グランゾルデ・カモフが右手を上げると俺はその横を歩き、通り過ぎる時に手をガチンと軽く打ちつけた。
「うおっ!何しやがる!」
『相棒これは役目を交代する時に役目を渡す側が'まかせたぞ!'役目を渡される側が'任された!'っていう気持ちを互いの手を打ち合わせる事で伝える一種の儀式じゃん!』
「へぇーそういう事か。よっしゃなら任された!一ちょ行ってくるぜ!」
『しっかりやるのよ』
「いってらっしゃーい。気をつけてねぇ!」
「行って来い。気をつけろよ!」
「気をつけて」
グレンはグランゾルデ・カモフをゲートを皆に見送られながら潜っていった。
「さて、あとは夜になるのを待つばかりっと!おい、夜まで暇だから授業するぞ!」
「「「はいっ!」」」
俺は、リミエッタ達を連れてVRルームへと向かった。
「よし、準備完了!」
俺は自分の姿を鏡で確認してベース内の自室の扉を開いた。今の俺のは所々にプロテクターのついた戦闘服に胴丸の様な防弾ベストを着たサイバーパンクな格好をしている。この格好はこけおどしではなく全天候型の光学迷彩服なのだ。いろんな意味で違和感がすごい。
「じゃあ行くか」
今回は、レイプトヘイムからのヘイロー降下で潜入する。潜入方法には色々悩んだ。巨大地下空洞でもあれば、超短足なのに体育座りが出来る可愛いあんちくしょうを模した機兵で潜入してやるのに。それ以外に某多脚思考戦車の使用も考えたが、たとえ光学迷彩がされていたとしても整地されていない地面を走れば砂埃が舞い上がり余計目立つので却下。となると空から、ということでレイプトヘイムを呼ぶことにした。
もうゲートの外の上空にはレイプトヘイムがECSを起動した状態で滞空しているだろう。
「もう行くのですか?」
声がした方向を見るとサイ達が俺の見送りに集まっていた。
「ああ、と言ってもとりあえず王都内に潜入したらまたここに戻ってくる。まぁちょっとした散歩みたいなものだ」
「あなたには'気をつけて'の言葉さえ不要に思えますよ。その変わった服もまたとんでもない機能を持ってるんでしょう」
サイがあきれた様に言った。
「クカカッ!言って貰えればうれしいもんだよ。サイ」
「先生お帰りは何時ごろになりますか?」
リミエッタの質問に俺は軽く答える。
「王都に潜入するのは二、三時間で出来るだろうが、潜入してから夜の王都を見て回る予定だからちょっと帰る時間はわからん。少なくとも0時位には帰ってくるよ」
俺はプライベートベース内では普通に時計を使わせているので、24時間の概念をサイ達は理解している。と言うかさせた。
「王都に付くのが案外早いですね。もう少し時間が掛かると思ってましたが」
「レイプトヘイムを使うからな。地上を移動するより時間は掛からん」
「レイプトヘイムですか?それは一体どう言うモノなのですか?ニュアンスからして乗り物のようですが?」
「うん。まぁ空飛ぶ船の様なものだな」
そういえばまだ航空機とかは、まだ見せてなかったな。訓練でも陸戦系のロボしか乗せてないし。
「空飛ぶ船!それは共和国が使用していると言うあれですか!」
「共和国のものとは根本は違うが、まぁ似たようなものだな」
さすがに俺がそれで、王国と共和国の軍を壊滅させたとはまだ言ってない。
「じゃあ俺も出る」
俺は、サイ達に見送られながら暗い森へと繋がったゲートを潜った。
「お待ちしておりました。旦那様、クリシア様」
ゲートを抜けるとそこにはアリスとランタンを持った2体のメイドロボが整列し、頭を下げていた。
「ああ、待たせたな。短い間だが世話になる」
『よろしくね』
「我々にその様なお言葉は不要です。旦那様は、ただご命令を下すだけで良いのです。そして、その命令を遂行する事こそ我々の喜びです」
そうは言ってもなぁ。こちとら根っこが日本人なもんで、擬似的にでも人格があれば人として扱っちまうんだよなぁ。
「うん、まぁ。努力する」
「お分かりいただけて幸いです。ではこちらにどうぞ」
アリスはそう言うと両手を広げた。
「はっ?」
俺はその動作の意味が分からず、間抜けな声を上げた。
「ですから、レイプトヘイムに旦那様を私自らがご案内させていただきます」
「つまりアリスに抱きつけと?」
うちのメイドロボは飛行装備が標準装備です。
「そういう事になります」
「いや、なんか乗り物とかないの?たしか、浮遊ボードとか積んでおいたよね?」
「旦那様のご命令では目立たぬようにと言う事でしたので、浮遊ボードは用意しておりません。もしお嫌でしたら今からでも呼び出しますが?」
いつもと変わらない調子でアリスが言うが、その言葉と大きなツインアイに悲しみがにじみ出ているように感じるのは俺の豊か過ぎる感受性だろうか。俺の良心回路がちくちく痛むぞ。
「いっいや、そこまでしてもらう必要は無い」
『赤くなってるゴウちゃんかわいい!けど、親子が抱き合うようなものでしょ。そんなに恥ずかしがる必要はないわよ』
うん、そうだ、親子が抱き合うようなものだ。何の問題も無い。何の問題も無い。大事な事なので2回言おう。
「わっ分かった」
俺が覚悟を決め、そろそろとアリスに抱きつくと、彼女の両手ががっしりと抱きつき返してきた。
「それでは、参ります」
アリスがそう言うと彼女の背中からシャキーンと某魔人の背中に追加装備される某スクランダー似た翼が飛び出した。
他のメイドロボ達も同じような翼が出し、ランタンに灯る火を消す。
そして俺は、メイドロボに抱きつかれて、天に昇った。
文字にするとすごい卑猥だな!ただ、アリスにレイプトヘイムにまで運んで貰っただけだからな!勘違いするなよ!
レイプトヘイムに収容されてから約三時間、現在地は王都上空約10,000メートル。もちろん王都に気づかれている様子は無い。
レイプトヘイム中央艦後部にある巨大な格納庫。そこの壁に据え付けられている折り畳みのベンチに座りながらその時を待っていた。
「旦那様、準備できました」
「そうか。良し!開けてくれ」
俺は酸素マスク兼気圧の変化防ぐヘルメットを被りながら言った。
「了解しました。後部格納庫内の減圧開始。減圧後、後部ハッチ開放」
「減圧開始……減圧を完了。後部ハッチ開放します」
ごんごんと目の前にあるハッチが少しづつ開いていく。ハッチの向こうに見えるのは、漫然と輝く月と星の海。眼下には、魔導ランプの街灯や、城壁の上に設置されている魔導ランプに彩られた王都があった。良く見ると王都の中心部に行くにつれて街灯の数が多く、外延部に行けば行く程その数は減っている。例外は城壁上部だけだ。
ああ、こんな光景を見た事あるのはこの世界では俺だけだろうな。今まで誰も見た事もない光景を独り占めしている感覚に感動を覚えた。
「行ってらっしゃいませ。旦那様、クリシア様。メイド一同、御武運と無事の帰還をお祈りいたします」
『行ってくるわ~』
「ああ、行ってくる。レイプトヘイムは事前に言っておいた通り、俺が降りた後はロウーナン大森海基地へと帰還するように」
そう言いつつ、光学迷彩を起動させ、自分の姿を消した。クリシアさんも契約の石に吸い込まれるように消える。
「了解です」
そして俺は、星の海へと飛び込んだ。
「エントリイィィィィィィィィィィーーーーーイヤッハァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!」
大声で奇声を発しながら。
「ウィリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーフォオオオオオオオオオオォウォオオオオオ!」
前から一度やってみたかったんだ絶叫スカイダイビング。本来なら衛星軌道上からロボに乗って飛び降りるのが作法なのだが仕方が無い。
いや、これがなんとも気持ちが良いんだって!
さすがに一分も絶叫し続けると息も切れる。それに今回は潜入が目的なのだ、絶叫しながら潜入など出来るわけない。
ぐんぐんと高度を下げながら着地予定地点の周りを確認する。狙っているのは王都にある貧民街だ。ここなら街灯も少なく、上空からでも真っ暗になっている箇所がある。
そろそろ落下速度を落とさないと音でばれるな。
「クリシアさんよろしく」
『分かったわ』
クリシアさんが風の魔法をパラシュート代わりに使い、俺達の落下速度をゆっくりしたものに変えた。
しばらくそのままゆっくりと落下し貧民街にある木製の建物の屋上に着地する。着地した時に足場の木が軋んだのは、さすがにドキッとしたが、屋内に変わった様子は無い。
「ふぃー。思いのほか楽しかったな」
『そうね。私達だと落下って言う感覚は分からないけど、すごい勢いで地面が近づいてきたのは分かったわ』
「また潜入する機会があればまたしよう」
『そうね』
さてと、大丈夫だろうが一応回りの様子を確認する。鷹の目を起動して城壁の上に居る兵士達は城壁外側上空を馬鹿の一つ覚えの様に見上げている。変わって城のほうを見ても慌しい雰囲気は皆無。幸い、誰にも気づかれている様子はない。
まぁ光学迷彩+クリシアさんの魔法を使ってるんだから当然か。
さてと、後は目立たない路地裏でベースに戻って一眠りと言いたいところだが、ちょっくら夜の街の様子でも見て回るかな。俺は夜の街へと飛び出した。
「さぁ来たぞ。お前達の幸福も後わずかだ」
きっとこの時の俺の顔はこれか行われる復讐への期待感で歪んでいた事だろう。
第65話 王都の中
暗い中、建物の上を次々と飛び移りながら、王都の中で明るい所を目指す。夜でも明るい場所と言えば歓楽街だ。現在の時間で何か新たな情報が得られるとしたらそこだろう。
もちろん黒髪の俺がそのまま情報収集なんて、出来るわけじゃないが。
ぴょんぴょんと屋上を移動して歓楽街まで来ると、ローラさんが言っていた事が本当だと言う事が分かった。
確かに歓楽街らしく街灯が多く煌々とあたりを照らしているが、人通りが極端に少ない。これは機兵乗りを王都の外に追い出した為だろう。
開いている酒場も多いが、酒場特有の喧騒が外まで漏れ出て来ていない。これだと商売上がったりだろう。
とりあえずプローブは、撒いておくか。
俺はポケットの中に入れていた黒い金属球を無造作に掴むとそのまま宙へ投げた。投げた金属球は地に落ちることなく、空中でメカ甲虫に変形して歓楽街へと消えていった。
「これで良し、しかしお寒いねぇ。この分だと娼館とかも閑古鳥が鳴いているだろうな。今なら黒髪の俺でも歓迎されそうだな。…そんな訳ないか」
『あら、そんな所に行ったら私がルーちゃんに報告するからね』
俺は、大人の階段を上ってはいけないのか?
「冗談だよ。それにしても何か変な連中がうろうろしているな」
俺の視線の先には赤いカソックらしきものを着た男達が歓楽街の大通りを歩いているのが見える。一見仲間内で飲み歩いているのかとも思えば、時々その集団から一人二人離れて酒場に入っていく。
『う~ん。服はちょっと変わったけど、ヴェーグ教の人たちじゃないかしら』
「ヴェーグ教?」
『たしか、力神ヴェーグを信奉する宗教よ』
この世界の宗教はクソ女神のディーナを信奉してるんじゃないのか?
そう言えば、俺はこの世界の宗教についてほとんど知らないな。確かクソ両親が食事の前に祈っていたりはしたが、正直どうでも良かったし。特にミサみたいな宗教的儀式にも出た記憶が無い。もしかしたら俺だけのけ者にされていた可能性が高いな。まぁ面倒が無くてよかったが。
「力神って事は他にも似たような神がいるのか?」
『一応有名な所だと技神ドットル、心神バーグラ、知神オルトルネって言う神様がいるらしいわね。そして、それぞれの神様を信仰する宗教があるわ』
クソ女神のディーナがいない?どう言うことだ?表に出ていないだけか。それともそもそも宗教の神と実際の神は別物という事か?
「そんな連中が何で酒場に…って大体予想は付くか」
『きっと勧誘なんじゃないかしら。前に見たときも似たような事していたし』
「かかわりたくないねぇ」
『それには私も同意するわ。あの人達、私達精霊を神の御使いとか言ってくるのよ。そんなんじゃないって言ってるのに。失礼しちゃうわ』
「へ~。そりゃまた何で?」
『知らないわよ』
「…じゃあそろそろベースに帰って寝るか」
『そうね』
結局、ローラさんが教えてくれた情報の裏づけしか出来なかったか。
俺達は再び建物の屋上を飛び移りながら、人目につかない路地裏を探してベースへ帰った。
翌日、再度王都へ足を踏み入れた。今度は旅の商人に見えるような格好に毎度おなじみフードを深く被った様相だ。幸いにも今日は日差しが強い。めったな事がなければ怪しまれない。
クソ親の居場所は、昨日放ったプローブたちが一生懸命探しているはずだ。
それまでは、昼の王都でもぶらぶらしようじゃないか。
俺は街で一番人口密度が高いと思われる、市場へと足を向けた。
市場にはいろいろな物が売られている。食料品はもちろん、アクセサリや、何処で仕入れてきたのか分からない木彫りの像や武具、中にはロウーナン大森海の土地の権利書なんて物まであった。
ふざけてんのか。あそこは俺の物だ。権利を主張してきたらぶっ潰そう。
適当に見て回ると市場がある種の緊張感に包まれているのが分かった。多くの市民が安くも無い食料品を、特に何もしなくても長期間保存が利く食料を沢山買っているのだ。
『(殺気立ってるわねぇ。他の街とは大違い)』
「(ここの連中は中途半端に魔王様の事を噂で聞いているだろうからな。自分達で噂に尾ひれをつけて怖がってるんだろう)」
『(でも何で皆、食料を買っているのかしら?)』
「(魔王との戦争で食糧が手に入らなくなるかもしれないからな。その前に買い溜めしておきたいんだろうよ)」
まぁ、そんなに期待されるとその望みを叶えてやるのもやぶさかでもない。
「クカカ、愚民共よ、足掻くが良い。それが魔王様の享楽となるのだ」
思わず厨二病全開でつぶやくと、市場を巡回していた騎士に怪しまれたのでコソコソと逃げた。
『(一体何やってるのよ!ゴウちゃん!)』
「(はぁはぁ、申し訳ない。魔王なんて呼ばれてちょっと舞い上がってしまった)」
急いで逃げ込んだ路地裏の片隅で壁に背をつけながら息をついた。
ちょっとここで休んだら、クソ親の所を本格的に探すかな。
その時、俺の耳に搾り出す様に助けを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
「いやっ!やめてください!」
ふむ、真昼間だと言うのに物騒な事だ。けどうまく助ければ、いい情報源になるかもしれないな。
『(行くの?今追われているのよ?)』
「(あの程度の兵士に100人追われようとも俺なら逃げ切れるよ。それに現地人からの生の情報もほしい)」
俺は壁から背を離して声のした方へと駆け出した。
到着すると案の定、人通りの少ない路地裏で女性が三人のチンピラに絡まれている所だった。男達に囲まれているせいでどんな格好をしているか分からないが、声からすると少女と言うよりは大人によった年齢の女性だろう。俺はチンピラ達から死角になる路地の角で様子を見る事にした。
「離しなさい!あっあなた達は何をしているのか分かっているの?」
「へへへっ。いいから俺達と遊ぼうぜぇ」
「ああ、たっぷりとな」
「フヒっ!」
一人が女性の右手を壁に押さえつけ、それを囲むように他の二人が立っている。彼女も何とか脱出しようともがいているが、それは完全に力負けしており、抑えている男のか可虐心をくすぐるだけだった。
『(助けないの?)』
「(もうちょっと待ってからな。下衆いが、ヒーローショーを演出させて貰う)」
こういう場合、恩は高く売るものだ。この状況だと、まだ最高値にはなっていない。
「今なら間に合います。さもなければ神の罰が下りますよ!」
「神の罰だってよ!このねぇちゃん」
「ヒャハ!そんなの見た事あるか、なぁガウド」
「俺はねぇな!」
「まぁいいや。さっさと遊ばせて貰おうか」
彼女の腕を掴んでいた男が、空いている腕で彼女の服を引きちぎる。ビリッという音が路地裏に響いた。
「いやぁっ!ふぐぅ」
「おう、叫ぶのはいただけねぇなぁ。おとなしくしてればやさしくしてやるよ。ヒヒ」
囲んでいた男の一人が彼女の口を塞いだ。
そろそろかな。
さっきよりも激しく彼女は暴れるが、完全に押さえ込まれている。
ここだな。じゃあ行きますか。
「そこまでだっ!チンピラ共!その人を放せ!」
俺は颯爽とその現場へと躍り出た。チンピラ達は一瞬呆けたように俺を見た後、苦々しげに俺を睨んだ。
「あんだてめぇは!フードなんぞで顔を隠しやがって」
「貴様らに名乗る名はない!」
「ふざけんな!おい、お前らやっちまえ!」
「英雄気取りの馬鹿め!【イカヅチよ 飛べ】」
「死ねよやぁ!」
そしてチンピラ一人が魔法を唱え、もう一人がナイフを取り出し俺の方へと襲い掛かってきた。
「はいはい、ちゃっちゃとお寝んねしような~」
チンピラの魔法を左腕で受け止めると、そのまま左腕に帯電させ、ナイフで襲って来たチンピラの顔面カウンター気味に殴る。メシリと骨が砕ける心地よい感触が左腕から伝わってきた。殴られたチンピラは、勢い良く突っ込んできた事もあり、腰の辺りを中心として一回転して地面に落ちた。
これでしばらくは目を覚まさないだろう。
一回転したチンピラが持っていたナイフが宙を舞う。それを右手で掴んで自分の魔法が防がれて唖然としているチンピラに投げつける。顔面に当ててもいいが、殺しは後処理が面倒くさいので肩を狙う。
トッと軽い音をさせながら、ナイフがチンピラの肩に突き刺さる。チンピラは信じられないと言う風に自分に刺さったナイフを見た後、痛みに膝をついた。
「ぐぅ!」
その隙を見逃さず一気に接近してがら空きの顔面に膝蹴りを叩き込む。先ほどと似た様な感触が膝に伝わり、魔法を使ってきたチンピラは吹き飛んで、動かなくなった。
女性を抑えていたチンピラはその様子をただ呆然と見ていたが、ふと我に返ると慌ててナイフを取り出して彼女の首筋へと当てた。
「ひっ!」
「うっ動くな!この女がどうなってもしらねぇぞ!」
ここで初めて絡まれていた女性をちゃんと見る事が出来た。きれいな赤毛(貴髪ではない)をした人だった。ただ表情は恐怖に歪み、唇は震えている。もしかしたら綺麗な女性なのかもしれないが現状だと確認できない。服は無残にも破られ、豊満な乳房が外にまろび出ていた。彼女は恐怖でそんな事は気にしていられないのだろう空いている手で隠すこともしていない。
眼福眼福。
「とっととその人を放して失せろチンピラ。さもなくば俺の罰が下るぞ?」
「うるせぇ!てめぇよくもガウドとオックをやってくれたな!ぶっ殺してやる!」
この状態はよろしくないなぁ。じゃあちょっとからめ手を使いますか。
「あっ!お前の後ろに巨大な蜂が!」
「へっ!誰がそんな見え見えのはったりに引っかかるかよ!」
その時ブゥンという虫の発する重低音がチンピラの耳の直ぐ横で響く。昨日飛ばしておいた虫型のプローブを呼び出して、わざとチンピラの横で大きな羽音を立てさせたのだ。
「うぉ!」
反射的に耳を、音源から離そうと首を大きく動かすチンピラ。そこで落ちていた石を拾いチンピラのナイフを持っている手に向かって投げつける。
「ぎゃっ!」
石は見事にチンピラの手に当たり、ナイフが手から離れた。手から離れたはナイフは彼女の胸でぽよんと一度跳ねて地面へと落ちていった。
「はい、終りっと」
チンピラが再び体勢を取り戻す前に接近して、顔面に文字通り鉄拳を叩き込んで沈黙させる。
これにて一件落着。
「よう、大丈夫かあんた?」
しめしめ、良い感じに恩が売れたと思いながら彼女の方を向くと、彼女ははうずくまりながら必死に祈っていた。
「ああ、ヴェーグ神様ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
「なぁおい」
…声をかけても返事が無い。ただ、ただ祈っている。
「おいっ!」
俺が肩をゆすりながら強く声をかけると彼女は、はっとした様子で顔を上げた。
「大丈夫か?」
「あなたも私を助けてくれたのですか?」
「は?あなたも?」
一体何を言ってるんだ?この女は?
「ええ、我々の守護神にして創造神であるヴェーグ神様とあなたでしょう?」
『(ゴウちゃんこの子、ヴェーグ教のシスターよ)』
どうやら俺は、はずれを引いたようだ。
第66話 宗教に勧誘されました。逃げたい。
「とりあえず、これを着ろ。そのままだと目のやり場に困る」
俺は肩から掛けていた布バックに入れていた予備のマントを、うずくまっている彼女のほうへ投げた。
「えっ!あ、きゃ!ありがとうございます。あっ申し送れました。私この街のヴェーグ教会のシスターをしているミーナと申します」
彼女は慌てて俺の渡したマントをはおり、体を隠した。
「おっとシスターだったのか。なら喋りを丁寧にしないとな」
「いえ、気にしないでください。普段どおりに喋っていただいて結構ですので」
「なら甘えさえて貰う。俺は旅の商人をしている。ゴ…ゴウドだ」
思わず本名を名乗りそうになったが、とっさに自分の名前をもじったと言うか、某悪徳(?)ブローカーっぽい名前を名乗った。
「それで、何でまたこんな所にあんたみたいなシスターがうろついていたんだ?と聞きたい所だが、今はとっととこの場所から離れたほうが良いだろう。このチンピラ共がいつ目を覚ますか分からないからな」
俺は、地面に伸びているチンピラ達を見ながら言った。
「分かりました。では当方の教会にお越しください。お礼もしたいですし…」
教会か…。普通ならあまり近寄りたくないところだが、ここでこの世界の宗教について知るのも良いだろう。
「分かった。帰りにあんたがまたチンピラに絡まれたら寝覚めが悪いからな」
「ありがとうございます」
そういってミーナさんは笑った。
だが、この誘いに乗った事を俺は後悔する事になる。
教会への道すがらミーナさんに改めて何故あんなところに居たのかを聞いてみた。
「はい。現在の王都は突然現れた魔王によって絶望に包まれております」
魔王によって絶望に包まれております。ってまるでRPGのオープニングだな。
「あ~。なんか二つの国の軍隊が魔王軍とかいうふざけた奴らにボロ負けしたって噂で聞いたけど…本当だったんだ。結構眉唾だと思ってたんだけど」
我ながら白々しい。
「事実です。私達の教会でも戦没者の葬儀を行いましたから……」
そう言うとミーナさんは目を伏せた。
「人々の間には不安が蔓延し、日に日に余裕を無くしていきました。知っていますか?街に機兵乗り達が、いなくなったのに暴力沙汰が以前より増えているんですよ」
「ふ~んそれで?」
「私達ヴェーグ教会は現状を憂い、人々の心を救済すべく街角に立ち、神の教えを伝える事にしたのです」
ああ、終末論とかの日付が近づくと街角に立って、不安を煽って、その後に神に祈れとか言うヤツか。
「私は、その活動に参加する事は父に禁じられていましたが、居てもたっても居られず。隠れてする事にしたのです」
『(何か箱入り娘って感じなのに、行動的な娘ね)』
「(そういう娘は総じて碌な事をしない。それは歴史(アニメ)が証明している)」
それにしても'禁じられていた'?この人何気にお偉いさんの娘か?
「父達に見つからないような場所でやったのが悪かったのでしょうね。そうしたら、あの人相の悪い人たちに捕まって連れ込まれてしまいまして」
それでああなったと。
「これからはそういう無茶はしない事だ」
「そうですね」
そう言っている内に教会の前まで着いた。
最初は良かったのだ。
教会に行くと、中から驚いた顔をしたシスター達が出てきてミーナさんを囲んだ。そしてその服装に驚くと教会の中へと急いで連れて行った。
俺はその様子をポカンと見ている事しか出来なかった。しばらくすると再び教会の扉が開き、おばちゃんシスターがお礼がしたいと言われ、応接室みたいな所に通され、高級そうなお茶とお茶菓子を出された。
しばらくすると着替えたミーナさんとミーナさんの父とか言う人が出てきてお礼を言ってきた。
どうやらミーナさんの父親は教会内でかなり高い地位を持っているらしい最高司祭とか名乗っていたし、金糸や銀糸を多用したきらきらした服を着ていたので間違いないだろう。俺みたいな不審者に会っていいのだろうか?
俺は、顔に傷があることを理由にフードを取れない事を謝罪し、適当になぁなぁで話を聞いていた。
「所でゴウト殿はどの様な信仰をお持ちですかな?」だが、この一言の後から雲行きがとても怪しくなった。
そう、たとえるなら営業トーク。いかにヴェーグ神がすばらしいか、我が教会はその教えに従い、民を救い導いてきたかを延々と語ってきたのだ。
正直ヤバイと思った。
とりあえず、ここでヴェーグ教について分かった事を説明しておこう。
ヴェーグ教は力神ヴェーグを唯一神として崇めている宗教だ。力神ヴェーグについては省略しよう。この世界は力神ヴェーグによって作られた云々かんぬんといった神話アーキタイプに則ったありがちな話だったからな。ただこの宗教が特殊だったのは、力神ヴェーグを唯一神として崇めながらも他の宗教を特に弾圧していない点だ。それと言うのも各地で崇められている神は全てヴェーグ神の変身した姿と教えているのだ。千の貌でも持っているのだろうか。
他の宗教にしたら、かなりうざったい宗教だろうな。'うちの神様はこんな神様だ。すごいだろ!'って言っても'ああ、それうちの神様の変身した姿だから。うちの神様すげー'ってなる。
うざい、うざすぎる。
しかもヴェーグ教信者は「ヴェーグ教信者以外の人たちヴェーグ神の真名を教えられて無くてかわいそう」って言うメンタルなのでたちが悪い。
「それでゴウド殿、ヴェーグ教に改宗しませんか?」
やっぱり宗教勧誘キター!
すでにかれこれ3、4時間はこの部屋で話を聞かされている。良くネットでそういう勧誘ものの体験談を読んでいたが、これはキツイ。
何か洗脳でもされそうだ。いや、実際洗脳する気なのだろう。何度かそろそろ帰るといってものらりくらりと逃げられる。
にしても、ミーナとか言う女もあなどれない、父親の横でずっと微笑み続けているのだ。一体何が面白いんだ。俺が疲弊していくのがそんなに面白いか。ぶん殴るぞ。
その時、俺の視界にプローブから目標発見の報告が入った。
!やばいやばい。思考が何か危険なほうに行きそうになった。情報もある程度得る事が出来たし、目標も発見した。即時撤退だ!撤退!
「申し訳ない。今日はこれでお暇させてもらう。そろそろ大事な用事のある時間だ」
今度は引かないぞと言う決意を込めて言うと、相手は以外にもあっさりと了承した。
「おお、そうですか。ゴウド殿お引止めして申し訳ない。では、最後にこれを受け取っていただけないだろうか」
そう言うとミーナの父親は、懐に用意してあったであろう紋章のようなものが縫いこまれた布袋を取りだした。多分中身はお金だろう。
俺の鉄の意志を察した、なんと言う引き際の良さだ。話術では絶対に敵わないだろうな。
「ああ、ではお言葉に甘えていただいておきます。ではこれにて失礼します」
「はい、本当に娘を助けてくれてありがとうございました。それと何かありましたらこの布袋を持って教会においでください。そうすれば私がご相談に乗る事が出来ますので」
「分かりました」
そういって俺は席を立ち、足早に教会を出た。その後、逃げ込むように路地裏に行き、壁に背をつけて大きく息を吐いた。
「(なんと言う営業トーク…。危うく精神が死ぬところだった)」
『(う~ん。それにしてもヴェーグ教は変わったわね。前は他の神がヴェーグ神が他の神に変装したとか言ってなかったと思ったんだけど…)』
「(はっ。神の教えなんざ。人の都合で容易に変わるもんだ。どうせ、自分の勢力を拡大するための小細工の一つだろ)」
『(人間って本当に変ね。大切な教えなのに変えちゃうなんて。信じられないわ)』
「(人間なんてそんなもんだ。…さて、クソ親の家でも見学に行きますかね)」
俺は、路地裏をクソ親の家を目指して走り出した。
やってきたのは王城に近い貴族街、その中の比較的小さな家が密集している地域だった。比較的小さい家と言っても屋敷と言う表現がぴったりな表現だろう。周囲には同じような家が並び、庭が狭いのがこの地域の特徴だ。
それにしてもこの辺には、あまり人がいないな。都合がいい。
俺はクソ両親が居ると思われる家の前に立ち、軽く今まであった事を思い出し、感慨にふける。
乳幼児の時、飲んだ粉ミルクが薄かった。無理やり飲んだ。
幼児の時、ほぼ物置の中で軟禁状態だった。抜け出してやった。
そして俺をミレスと引き離し、殺そうとした。俺は生き残った。
許すまじ!
許すまじ!
許すまじ!
義手が歪みギシリと音をたてた。左腕に視線をやると、いつの間にか全力で握りこんでいたようだ。
衝動的に屋敷に乗り込んでクソ両親を嬲り殺したくなる。
待て待て、まだその時じゃない。今は、奴らの立っている場所を確認するのが先だ。そして全てを奪い、壊し、それを見せ付けるんだ。
俺はきびすを返し、路地へと引き返した。
話は変わるが、逃げに、守りに、収納に便利なプライベートベースだが一つ面倒なところがある。それはベース内とベース外との連絡が取れないのだ。その為ベースに居るとプローブの収集したデータをリアルタイムに見る事が出来ない。今はベースを出ると自動的に収集された情報送るようにしている。
だからプローブか送られている情報を一早く知るためには、ベース外に出ていなけばならない。
つまり何が言いたいかと言うと。復讐の拠点を作ろうと言う事だ。
幸い拠点になりそうな場所は直ぐに見つかった。
クソ両親が住む屋敷の正面の屋敷だ。現在ここは空き屋敷になっている。想像だが、この辺は王都から遠い領地を治めている貴族が、王都に何か用事がある時に使う別荘のような物が立ち並ぶ区画なのだろう。誰の別荘だが知らないが俺の復讐の為に利用させてもらおう。大丈夫、家主の知らない部屋と出入り口が増え、セキュリティ装置が設置されるだけだ。もし家主がこの改造を知ったら家の外で喜びにむせび泣くことだろう。
さて、最初に作るのはやっぱり秘密の地下室だよな。何だよクリシアさん。そのあきれたような目は。
屋敷をロボットロマンでちょいちょいと改造して拠点兼監視部屋を作った。
現在は柔らかなリクライニングチェアに座りながら壁一面に設置されているテレビモニター群を見ている。テレビモニターにはクソ親の屋敷に放ったプローブ達から送られてくる映像が映っている。
ちなみに今の俺なら、その全ての映像を義眼の仮想ディスプレイで見る事も出来るが、なんというか監視している感がほしかったのでこの様にした。様式美という奴だ。
映っている映像にはちゃんと俺のクソ母親も映っていた。今屋敷には、母親と数人の使用人達しか居ないようだ。クソ父親は仕事に行っているのだろう。
久しぶりに見た母親は、当たり前だが最後に見た時より老けており、その顔には疲れと苛立ちが見て取れた。
「さぁて、一体何を話しているのかな?」
そうつぶやくと、俺はプローブのマイクに繋がっているスピーカーをONにした。
第67話 情報収集又は、盗聴及び盗撮という行為
「何であんたは、こんな簡単な事も出来ないのっ!」
屋敷の中にクソ母親(ババァ)のヒステリックな声がこだまする。状況から考えるにクソ母親の前に居るショートカットの若いメイドの子が何か失敗したのだろう。
「申し訳ありません!奥様!」
メイドの子が恐怖に震えながら頭を下げる。が、それでも怒りが収まらないクソ母親は、手に持っていた扇子でメイドを叩いた。
「キャッ」
思わず、メイドは廊下に倒れこんだ。メイドはぶるぶると震えながら謝罪の言葉を繰り返す。
「フン、今日はこれくらいで許してあげます。もう二度とこのような失敗はしないように!」
「あっありがとうございます」
その様子を見て満足したのか、そう言うとクソ母親は、不機嫌そうにきびすを返し、乱暴に近くの扉を開けて、部屋の中に入っていった。
家やら服やらが上等にはなったようだが、人間性までは上等にはならなかったようだな。下手したら下がっていないか?まぁ息子殺しをする時点で期待も出来ないがな。
「アーチェ、大丈夫?頬が赤くなってるじゃない」
クソ母親が部屋に消えるとそばに居たのか、年を食ったメイドが倒れているメイドに近づいていった。そばで見ていたものの自分に火の粉が掛からないように隠れていたな。この人。
「あっはい、ドナさん。大丈夫です」
ドナは、アーチェの顔に手をやると、扇子で打たれた所を確認した。
「こりゃちょっと酷いね。とりあえず、台所で冷やしましょ」
そう言うとドナというメイドはアーチェを立たせて、台所へと向かった。
こういう場合、監視対象本人を見るより、その周りの人間を見ていたほうが情報が集まるんだよな。俺は、メイドたちの後を追うように屋敷に多数仕掛けたプローブを順次切り替えていった。
台所に着くとドナはアーチェを手近な椅子に座らせる。そして自分はハンカチを濡らしにシンクの前に立った。
「最初の頃は、あんな方じゃなかったんだけどねぇ」
「そうなんですか?」
「お前さんは新人だから知らないだろうけど、最初にあった時は優しい方達だったのさ。けど時間がたつにつれて、他の貴族さまと変わらなくなっちまったよ。最近はお前さんの知っての通りさらに酷くなってきてるねぇ」
「たしか、お嬢様からお手紙が届いた日からですよね。大喜びしてらしたのにどうしたんでしょうね。それに手紙が届けられるたびに奥様も旦那様も機嫌が悪くなってましたよね」
「そう言えばそうだったね。何が書いてあったんだろうねぇ。まぁあたし達みたいなメイド風情にゃ関係ないことか。ほい、こいつを頬に当てときな」
「ありがとうございます。それにしてもお嬢様ってどんな方なんですかねぇ。貴髪様とは聞いてるんですが」
ドナはハンカチを渡すとアーチェのそばの椅子に座り、アーチェは頬に貰ったハンカチを頬に当てた。
「さぁねぇ。あたしも会った事無いからねぇ。噂だと奥様と旦那様の反対を押し切ってフォルモ高等士官学院に行ったって聞いてるけど。なんとも言えないよ」
「そうなんですか。…前から気になっていたんですけど、黒髪は何処……」
「あんた!それ以上言うんじゃないよ!」
ドナは表情を変え、声を潜めながらも強く言った。
「えっ」
アーチェはあまりの変化に驚いて言葉を止めた。ドナは周りに誰も居ない事を確認した後、続きを話し出した。
「何でか知らないけどこの家じゃ'黒髪'は禁句なのさ。絶対に奥様や旦那様の前で言うんじゃないよ。首になっても知らないからね」
「わっ分かりました」
戸惑いながらもアーチェが頷いたのを確認するとドナは表情を戻した。
「さぁ休憩もここまでにしようかね。でないとまた奥様にしかられちまう。そんなのアーチェも嫌だろう?」
「はい」
そう言うと二人は立ちあがって台所を出て行った。
クカカ!あの手紙はそんなに効いているか!それが分かっただけでも今の会話を聞いた甲斐があると言うものだ。
俺は、一人暗い部屋の中で笑っていた。
そしてその様子をあきれたような顔でクリシアさんが見ていた。
日が落ちた頃、屋敷の玄関ホールにクソ母親と屋敷で働いている使用人達が集まった。どうやらクソ親父が帰ってくるようだ。さてどんな事をしゃべるのか楽しみだ。
「旦那様のお帰りです」
扉が開き、従者と思われる男がクソ親父の帰宅を告げた。すると使用人たちが背筋を伸ばして主人を迎える体制になった。両開きの扉が左右に開かれ上等なスーツを着た男が入ってきた。
「「「お帰りなさいませ。旦那様」」」
使用人たちが一斉に頭を下げて、扉から入ってきたクソ親父を迎える。
「お帰りなさい。あなた」
「うむ、帰ったぞ」
はっ、何が'うむ'だよ。偉そうにしやがって、てめぇなんざ元三下地方公務員じゃねぇか!運良く娘が貴髪だったおかげでその待遇が許されているだけでてめぇが偉い訳じゃねぇんだよ。
…まぁ良い。それだけ良い生活をしてるんなら、それを失った時の絶望感はすごい物になるだろう。覚悟しろ。
「夕食のご用意が出来ております」
「わかった」
クソ親父は着ていた上着をメイドに渡すと食堂に向かって歩きだした。
クソ両親達の食卓に上がった料理はとても豪華なものだった。高級鳥の代名詞であるコウロ鳥のグリル、それに白いパン、高級な酒、その他色々。俺がまだクソ両親の元に居た時には一度も見たこともない料理の数々だ。たとえ俺が居た時でも食わせてはもらえなかったろうがな。
そう思いながら俺は黄色い箱で有名な棒状栄養補助食品を齧り、インスタントのコーヒーで飲み込んだ。
仕事の様子や日常のたわいのない事を和やかに話す豪華な夕食が終わり、クソ両親は私室へと向かうべく席を立った。あいつらコウロ鳥のグリルを残しやがったぞ。もったいねぇ。ふざけんな。
部屋に戻ったクソ母親は、夕食時は和やかだった雰囲気を消し、真面目な顔になった。
「それであなた、黒髪は処分できたの?」
「あ~うん、それが……まだ成功の報告が来ていない」
クソ親父が気まずそうに返す。
「まだなの!」
「私だってやることはやってる!黒髪が拠りそうな街や村に雇ったチンピラ共を送った!だが見つからなかったんだ!」
「あなたが費用をケチってチンピラなんかを使うからでしょ。もっとちゃんとした暗殺者を雇えばよかったのよ!」
「'黒髪なんてチンピラで十分よ'ってお前も言っただろうが!私に責任を押し付けるな!」
クソ親父は高級そうな酒瓶が並ぶ戸棚から酒瓶を一つ取ると、同じ戸棚においてあったウィスキーグラスに勢い良く注いだ。そしてそのまま棚に背を向けて寄りかかり、一口酒を飲んだ。
「それであの方にはちゃんと確認したの?」
「…ふう。ああ、報告はした。だが一笑されてしまったよ。'あの森を一人で生きて出る事などワシでも不可能、ある訳がない'とな」
「しかし現に、手紙が来てるじゃないですか!」
「私もそう言ったんだが、'何処からかネズミが嗅ぎ付けたのじゃろう。ワシが対処するから安心するが良い'との事だ」
「ですけど……」
「不安は分かる。だが、事を大きくする事は出来ないのは分かっているだろう?」
「ミレスと誑かしただけじゃなく。死んでも私達に迷惑を掛けるなんて、なんて忌々しい子でしょう!私にも一杯ください。飲まなきゃやってられないわ」
「同感だ。…ほれ」
クソ親父はもう一つあったウィスキーグラスに酒を注ぐとクソ母親に差し出した。受け取ったクソ母親は、そのまま一気にグラスを煽る。
「…よくよく考えれば黒髪一人居たところで何が出来ると言うのです。今度こそ引導を渡せばいいのです」
強い酒だったのか、早くも顔を赤くしたクソ母親がのたまう。
「…それもそうだ。私達が黒髪なんぞにどうにかされるなんて考えられん」
「ほほほ、そうよ。今度は自分の身を守ると言う大義名分もあるから堂々と殺す事ができるわ」
「アハハハ!」
ほう、言うじゃないか。もし、俺がロウーナン大森海を生き延びたとしたら、森で生き延びる事が出来る力を手に入れたとは考えないものかね。想像力が足りないんじゃないか?まぁ現実として想像を絶する力を手に入れた訳だが。
『これがゴウちゃんのご両親?話には聞いていたけど、子供を殺す事を笑いながら話すなんて……』
クリシアさんが俺の両親の様子を見てドン引きしている。
「俺の両親なんてこんなもんだ。…それにしても'あの方'ねぇ。こりゃあ復讐の対象に追加だな。話しぶりからすると、この国の結構上の人間か?」
『なんか、ゴウちゃんと居ると、どんな事でも大事になるわよね』
「俺としては慎ましやかに事を運びたいんだがね」
首をすくめながら言う。
『うそばっかり』
面白そうな事も聞いたし、今日は寝るか。俺は引き続き監視するようにプローブを設定して、近くに作っておいた仮眠用ベットに横になった。
翌日、これまた豪華な朝食を当たり障りの無い会話しながら取っているクソ両親を横目に、昨日とは別の味の栄養補助食品をインスタントコーヒーで流し込む。
さて今日は、親父の方の行動を中心に情報を集めようか。
朝食を終えたクソ親父は、玄関があるホールへと歩きながらクソ母親に渡された上着をいそいそと着る。周囲の使用人達もかばんや、ポケットに入れるであろう小物を用意して付き従う。
「あなた、今日のお帰りは何時?」
「ああ、今日は会議で遅くなる。あの方に例の件の事をもう一度話しあっておきたいからな」
「分かりました。では夕飯は先に頂いておきますね」
「ああ、そうしておいてくれ。では行って来る」
最後にホールの壁に掛けてある鏡で身だしなみの確認をすると視線で従者へ指示をを出すと両開きの扉を開けさせた。
「「「行ってらっしゃいませ。旦那様」」」
クソ親父は、屋敷の前に止まっている馬車に乗るとクソ母親と使用人たちに見送られながら屋敷を出て行った。
その馬車の上に虫型プローブがへばりついている事は、想像だにしてないだろう。
クソ親父の乗った馬車は大通りに出て、そのまま王都中心部にある城に向かっていく。元地方公務員が王都の城勤務とは出世したじゃないか。馬車は城門を潜り抜け、巨大な城へと入っていった。
第68話 黒髪は見た!王城の陰謀!
クソ親父の入っていた城は今まで見て来たこの世界の建物の中で最大級の大きさ且つ、規模を誇っている。国の持つ技術の粋を尽くして作られたであろう、白亜の巨城だ。上から見ると横棒の太いHの形をしており、正面玄関と思しき大きな扉がHの横棒の部分にあった。そのほかの特徴としては多くの尖塔を伸ばしており、そのほとんどの塔が機兵の侵入を防ぐために作られた城壁より高い。しかもそれらが完全に左右対称に配置され、とても荘厳な雰囲気をかもし出している。縦に並んでいる窓の数からして大体10階位かな。噂では、その城の内部には機兵の格納庫や工房も存在しているらしい。城門から巨城までの道もすごい。ベルサイユ宮殿張りのガーデニングがされており、色とりどりの花が咲いていた。
クソ親父の乗った馬車は、そのきれいな道を通り、城へと向かっている。正面玄関に向かっているのかと思ったのだが途中の道を曲がり、玄関を正面に見て、右側に折れる道へと進み、右側建物の側面に向かっているようだ。そこには正面ほどではないものの、大きな両開きの扉があった。多分城で働く人間用の入り口なのだろう、扉は開かれていた。今の時間は朝の通勤ラッシュらしく馬車が行列を成しながら、扉の前に人を降ろしていた。しかし、クソ親父の馬車が現れると反発する磁石の様に他の馬車が道を開けていく。
…なかなか、いい身分を与えられているよだな。
道が開き悠々と馬車が玄関の前に止まり、御者が急いで御者台から降りて馬車の扉を開けた。クソ親父はさも当然といった雰囲気で馬車を降り、従者を連れて城の中へと入っていく。
じゃあプローブちゃんも一緒に行きましょうね~。馬車の上にへばりついていたプローブにクソ親父の後を付けるように指示を出す。ついでに追加のプローブも出しておこうか。何か面白い話でも聞けそうだしね。
クソ親父は、自分の執務室と思われる部屋に入ると、従者に上着を脱がさせて早速机の前に座って書類仕事を開始した。書類の内容を盗み見ると、どうやら機兵の補充状況とか、人員の移動がどうのこうのといった文字が躍っている。
へぇ、意外と重要そうな仕事をまかされてんじゃないか。
思わず感心するが、すぐに撤回する事になった。
しばらくその様子を見ていると、クソ親父の部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「コーウィック軍務大臣補佐官代理様、フートです。少々伺いたい事がございまして…」
「分かった入れ」
扉の向こうから伺うような声が聞こえてきた。クソ親父は鷹揚な態度(似合わねぇ)で入室を促した。
「失礼します」
扉が開かれて入ってきたのは、紙の束をもった胡麻塩頭のいかにも中間管理職といった風貌の中年男性だった。多分年齢はクソ親父より上だろう。
それにしても軍務大臣補佐官代理っていかにも何の権限も無いような役職だな。本当に偉いのか?
「なんだね?」
「はい、各方面に送る食料についてなのですが、多数の現場から塩を多めに早く送ってくれと」
塩か、塩は大事なだな。現場の某タムラさんも塩の心配をしていたからな。
「そんな簡単な問題は、兵站部門にでも聞きたまえ」
「それと、対魔王連合軍で使用する必要物資の各国の分担に…」
「そんな重要な問題は、軍務大臣補佐官代理にでも聞きたまえ」
「…分かりました」
「以上かね?」
「はい」
「では、速やかに部署に戻り職務を果たしたまえ」
「分かりました。失礼します」
そう言うとフートと言う中間管理職は部屋から出て行った。
…おまえはどこのリ○クス家の長男だ。そんなやり取り現実ではじめて聞いたわ。この調子だと本当にお飾りのようだな。
それから俺はクソ親父の仕事ぶりを巨城にプローブを設置しながら適当に見た。プローブを各部屋に最低一機、食堂や使用人の休憩室、更衣室などには複数設置する。
いや、ちょっとクリシアさんやめて!別にいやらしいこと考えてないから!考えていたとしても、いやらしいだけのただの紳士だから!わっわかった!更衣室とかの情報収集はアリスに任せるから!全部まるっと任せるから!
…ふぅ痛かった。別いいじゃないか、こちとら健全青少年なんだからちょっと位いやらしいこと考えても当然じゃないか。まぁいい。本当にいい場面とは、そんなあからさまな場所では起きないからな。もちろん俺にはその辺の抜かりは無い。人気の無い倉庫や普段使われていない階段裏。そういう所にもプローブを設置している。クカカ…ん?なんですかクリシアさんさっきよりも増して冷たい目をして?え?全部口に出てた?しまった!あまりにも監視が暇すぎて独り言を言うのが癖になっていたか!'外道な事をするのは、まぁいいけど不埒なことは駄目'ってそれって同じ意味じゃ?あっちょっやめてぇ!
ワタシハナニカサレタヨウダ。
はっ!なんだ夢か。膨大な借金をした傭兵が、人体実験にまわされる夢を見た。ウムム、まだ少し頭がボーっとするな。
軽く頭を振りながら前を見ると先ほどと変わらずにクソ親父を写しているディスプレイと壊れてしまったのか何も写さないディスプレイがあった。
「ちょっと寝てたみたいだ、クリシアさん何かあった?」
『あらあら、ウフフ。ゴウちゃんたらお寝坊さんね。ダイジョウブヨ。ナニモナカッタカラ』
アア、ソウダッタ。ナニモナカッタンダ。ナニモ……。
『ほらゴウちゃん、執務室で何か動きが出たわよ』
「何!」
クリシアさんにそう言われた途端、少しボーっとしていた頭がすっきりした。
画面を見るとクソ親父が今まで部屋に訪ねて来た文官達とは毛色が違う男と話していた。着ているのは、細かい刺繍の入ったローブ。呼んだのは魔法関連のお偉いさんか?さてさて何処に行くのかね。
ローブを着た男に先導されてクソ親父が行った先は、H型の横棒の8階にある両開きの扉のある部屋だった。扉の横にはローブを着た警備兵らしき男達も厳しい面で立っている。状況からさっするに、これから会う人物はこの国で相当高い地位にある男なのだろう。もしかしたら'あの方'かもしれないな。
「失礼します!コーウィック卿をお連れしました!」
親父を連れてきた男が扉の前でローブの男が来客を告げた
「入れ」
渋い声が響き、扉の横に居た男達がうやうやしく扉を開いた。
「お時間を頂いて申し訳ありません。コーウィック参上いたしました。ロッテム筆頭宮廷魔術師殿」
「うむ」
扉が開いた先には、親父とは違い威厳に満ちた感じの爺さんが机に座っていた。ダーム学院長は飄々とした爺さんと言った感じだがこの爺さんは違う、重苦しい雰囲気を持った頑固そうな爺さんだった。ちなみに筆頭宮廷魔術師ではあるが貴髪ではなく、落ち着いた色をしたブラウンの髪だった。
「例の件について話したいのだったな。皆は下がれ。以降は緊急の用事以外私に取り次ぐな」
「「「ハッ!」」」
そう言うとローブを着た男たちはきびきびとした動作で部屋を出て行った。
クソ親父は、部屋に自分とロッテム筆頭宮廷魔術師しか居ない事を確認すると早速口を開いた。
「早速出申し訳ありませんが、黒髪についてどうなりましたか?」
「昨日の今日で報告が来る訳が無かろう…っと言いたいところだが、お前の息子らしき黒髪が機兵村で見つかった」
「何ですと!もうそんな所まで来ていたのですか!」
もうお前の家の正面に住んでるよ。
「ああ今、下の者に顔を確認して似顔絵を描くように指示してある。書きあがり次第、確認しろ」
「分かりました。それで、もしその黒髪があいつだった場合は……」
「こちらで内々に処理しよう。まぁそれはありえんと思うがな」
「…黒髪がロウーナン大森海から生きて出る可能性は、本当に無いのでしょうか?」
「ありえない。あの森から一人で生きて出る事など私でも…きっと貴髪でも不可能だ」
ロッテム筆頭宮廷魔術師は呆れた様に言った。
「私はあの森の攻略を命じられた事があるのだよ。先代陛下にな。まぁ実際に森に入った訳ではないがな。森の前に作られた前線基地で指揮を取っていた。簡単な砦みたいな物だったがね。あの森で一番恐ろしい事は何だと思う?」
「え?強力な魔獣でしょうか?」
「それもあるが、それは一番恐ろしい事の一要素でしかない。あの森で一番恐ろしいのは魔獣どもの量だ。何せ日が昇り、日が落ち、そしてまた日が昇っても魔獣が泉の如く沸き続ける。特に夜は酷かった。前線基地の灯りに虫型の魔獣が大量に集まってきてな。何とか三日もたせたが、基地はボロボロ。部下達も沢山死んだ。四日目の日が昇るのを確認した私は即座に撤退を指示したよ。私はあの三日間を生き残れた事を奇跡だと思っている。お前に付けた私の部下もその時からの部下だ。だから、こそお前の息子をあそこへ送れたのだがね。もしそこを生きて出来た黒髪が存在したら見てみたいものだよ」
やっぱり俺をロウーナン大森海に送った関係者だったか。この爺さんが'あの方'かまだ分からないが部下と一緒に復讐対象(ブラックリスト)に追加ね。
「そうですよね。黒髪ごときがロウーナン大森海を生きて出る事など出来ませんよね、ロッテム筆頭宮廷魔術師。お手を煩わせて申し訳ありません」
「それより、君の娘の件は大丈夫かね?前の様にアデプト魔術学校に入学はずが、フォルモ高等士官学院に入学しましたでは困る」
「その節は本当に申し訳ありませんでした。娘がいつの間にか試験を受けてまして…」
「その話は聞いた。…前学院長の時だったら良かったのだが、クソったれのダームの野郎の所じゃこちらも手を出せねぇ!」
「は?」
ロッテム筆頭宮廷魔術師の口調がいきなり変わり、クソ親父があっけに取られる。
「うおっほん。なんでもない。貴君の娘はこれからの王国を背負う事になる大事な人材だ。だからこそ正しい道を示し導かなければならない。それが出来るのは我がアデプト魔術学院のみだったと言うのに…」
段々話している内容がロッテム筆頭宮廷魔術師の愚痴にずれていく。クソ親父は冷や汗をかきながらさっきから'はぁ'としか答えていない。
「それで、私の孫との縁談の話はどうなっている?進んでいるか?」
すると唐突に聞き捨てできない話が出てきた。
「はっはい。そっそれはもう!既に娘には縁談の件は手紙で知らせてあります!学院を卒業したら直ぐにでもご挨拶に向かわせますので」
あ~あ、墓穴掘っちゃって。残念ながらお前達の出した手紙はほぼ全て読まれずに捨てられているよ。安心しろ、俺がその穴に突き落としてやるから。
「それならば良いが……。前回の事のような事があれば分かっているな?」
「もっもちろんでございます!」
クソ親父は、顔を青くしながら返事をした。
第69話 復讐の開幕
クソ親父の碌でもない企みが判明してから一週間がたった。あれから俺は情報収集に徹した。おかげで復讐に十分な量の情報を集める事が出来た。
途中で討伐以来から帰ってきたドルフ達とも一回合流してお互いの状況を報告しあった。やはりドルフ達の方には追跡者がいたらしいが、グレンの顔を確認したら何処かに行ったらしい。もちろんその情報は俺も掴んである。
そして今日、書かれた似顔絵が両親の手に渡ることになっている。
さぁ、復讐開始の時間だ。
クソ両親の屋敷に大急ぎで馬車が入ってくる。その馬車が玄関の前に完全に止まる前に馬車の扉が開かれ、クソ親父が飛び出した。手には折りたたまれた一枚の紙が握り締められている。従者に玄関を開けさせる暇も無く乱暴に扉を開け、飛び込むように入っていった。突然開かれた扉に玄関ホールを掃除していた若いメイドあっけに取られ、固まっている。
「おっおかえいなさいませ!旦那さま」
硬直から脱した若いメイドは、慌てて帰宅の挨拶をするが、クソ親父はそれを無視して目の前の階段を駆け上がる。
「おい!似顔絵が届いたぞ!」
「あなた!本当ですか!」
何事かと二階の廊下に出てきたクソ母親がクソ親父の元へ向かう。
「ああ!」
「早く見せて下さい!」
折りたたまれた似顔絵をクソ親父からひったくる様に奪うと、似顔絵を良く見えるように廊下にある窓に近づき、ぺらりと開いた。
「……ああ」
開かれた紙には、凶悪な顔に少し改変されたグレンの顔が描かれていた。黒単色ながら、濃淡を駆使したグレンの顔が描かれている。まぁちょっと凶悪な顔に書かれていたのは、ご愛嬌と言ったところか。後でこの映像をグレンに見せてやろう。
「あの…悪魔じゃない」
それは、ため息のように出てきた言葉だった。それもそうだろう、いつ来るか分からない影に怯え続けて、かなり精神にきていたのだろう。
「ああ!あいつはやっぱり死んでたんだよ!これを知らせたくて急いで帰ってきたんだ!」
「良かった……」
へなへなとクソ母親がクソ親父に寄り掛かる。クソ親父もうれしそうにそれを受け止めた。
安堵したな?気を緩めたな?もう不安は無いな?
その時、クソ母親が近づいていた窓がガシャン!と割れた。窓ガラスを突き破った石がドンと壁にぶつかり落ちる。
「きゃああ!」
奇跡的にもクソ母親にガラスも石も当たることは無かった。チッ。
「何だ!石?何処の馬鹿だ!ここを何処だと思っている!」
クソ親父は、顔を真っ赤にして直ぐに割れた窓から外を覗き込んだ。
ああ、俺だよ。石を投げたのは。
「お前か!…っ!?」
クソ親父の顔色が赤から青へとさっと変わる。その目に映っているのは黒い髪に顔の右側に大きな爪痕と妖しく光る赤い目をした俺。
「馬鹿な!ありえんっ!」
クソ親父が面白い位に狼狽する。その狼狽振りに我に返ったクソ母親が声を掛ける。
「どうしたの、あなた」
「そっ外に…外に」
「外に?」
クソ母親がつられる様に立ち上がり窓から外を見る。
「ヒッ!」
クソ両親が俺を見たことを確認して、俺は声を上げる。
「クカカ、来たぞ!来たぞ!復讐に来たぞ、クソ両親!これは始まりだ!お前達が俺を殺して得た幸せを!俺から奪った幸せを!俺は腐らせ!壊し!蹂躙してやる!怯えろ!竦め!それが今の俺の喜びだ!そしてこれは挨拶代わりだ!」
俺は、隠し持っていた手榴弾のピンを抜くと玄関の前に置かれていた馬車の中へと投げ込む。数秒の後、ドンと言う音と共に馬車が爆発した。
爆発の衝撃によりクソ両親の屋敷はもとより周囲の屋敷のガラスが一斉に割れる。
「「きゃああああ!」」
クソ母親やメイド、何事かと出てきた近くの住人が悲鳴を上げ、あたりは混乱に包まれた。
「クカカ!クカカッ!クカーカッカ!せいぜい最後の幸せの時をかみ締めるんだな!」
俺は右手を握り首を掻き切るジェスチャーをして、屋敷の前を後にした。
「誰か!巡回騎士を呼べ!犯人はアイツだ!アイツを捕まえろ!いや、殺せぇぇぇ!」
クソ親父の絶叫を背にしながら。
適当に王都逃げ回り、適当に追って来た兵士達を撃退&いたずらしつつ隠れ家へと帰ってきた。今は都中が大騒ぎになっている。なんせ外から来る人間を厳しく制限しているのにテロリストが貴族街に現れて、大暴れしたんだからな。
さてさて、クソ親父はどんな様子かな?俺は、隠れ家に設置してある監視装置を操作して、クソ親父を探した。
屋敷かなぁ。いない。
じゃあ爆発の件を事情聴取されに騎士団の本部かな?いない。
なら王城かな?…居た!
クソ親父は、髪を振り乱しながら王城の廊下を走っていた。前に来た時の気取った態度とは大違いだ。向かっているのは…ああやっぱりあそこか。
「ええいどけっ!急いでいるのだ!ロッテム筆頭宮廷魔術師!うわっ!」
「コーウィック卿!さすがにこれは不敬が過ぎますぞ!」
豪奢な扉が突然乱暴に開かれると、ロッテムの目の前に扉の両脇に居た警備兵に押し倒され、身動きの取れなくなったクソ親父が出てきた。
「一体何事だ!」
「アイツが、くっくろ」
「っ!?落ち着かんかっ!」
「!」
周囲に人が居る状態でその事を話すのを嫌ったらしいロッテムが一括する。クソ親父はその覇気に押され、たまらず黙る。
「ふぅ。どうやら早急に対処が必要な重要な話のようだな。おい、離してやれ。それと人払いをしてくれ」
「は!了解しました」
クソ親父の尋常ではない慌てぶりに、ただ事ではないと感じたロッテムは人払いをした。ばたばたとクソ親父を取り押さえていた警備兵が部屋から出て行き、静かに扉が閉まる。
「どうした。さっさと立ちたまえ」
「ご配慮感謝します」
クソ親父は慌てて立ち上がり、思い出したかのように身だしなみを気にしだした。髪を整え、シャツのしわを伸ばす。その姿は滑稽ですらあった。一通り整え、正面を向いた時にロッテムは落ち着いたと判断し尋ねた。
「それで、何があったのだね?」
「はい、あいつが…黒髪が生きていました!」
「なにぃ?私が渡した似顔絵の黒髪は、別人ではなかったのかね?どう言う事だ」
ピクリと肩眉を上げ、疑わしげにクソ親父の顔を見た。
「確かにあの似顔絵に描かれていた男は、あの黒髪ではありませんでした。しかし、あの黒髪が私達の前に姿を現したのです!しかも、妙な術を使えるようになって!」
「ほう。城下にテロリストが現れたと聞いていたが、お前の息子であったか……」
「あいつは息子ではありません!悪魔です!」
「そんな事はどうでも良い。どの様な状況で現れたのだ?」
そしてクソ親父は事つっかえながらも事細かに俺が登場して馬車を破壊し、去っていった様を話した。ロッテムはそれを黙って聞いていた。
「…その妙な術というのは気になるが……。良かったではないか」
「良かった!?何が良かったの言うのですか!奴がまんまとこの王都に姿を現したのですよ!」
ロッテムのあまりにも平然とした態度に苛立ちを覚えたクソ親父が突っかかる。
「真に恐ろしい敵というのは姿を現さないものなのだよ。目に見える敵であれば討てば良い。だが、見えぬ敵はそうはいかん。何処の誰を討てば良いかわからないからな。わかっているなら後は簡単だ。王都から黒髪が出ないように警備を厳重にして閉じ込め、狩り出せば良い。幸いにもテロリストの排除と言う大義名分も与えてくれたのだ。良かったと言わずになんとする?」
「ですが奴は怪しい術を」
「たかが一人ではないか、相手が一人であれば貴髪であろうと我が国の軍は、遅れは取らん。しかも戦場は我らが知らぬ事がない王都。負けはありえぬよ」
「そうか。そうですよね!たかが妙な術を使う黒髪一人、我が国の精鋭が掛かれば鎧袖一触、木っ端微塵!」
「あっああ、そうだ。軍の方には厳戒態勢をとるに言っておく。もちろん、下手人を発見した際は、殺害を許可してな。それにお前の屋敷にも警備兵をまわそう」
一転テンションを上げ始めたクソ親父に若干引きならがロッテムが言う。
「ハハハ!ありがとうございます。ロッテム筆頭宮廷魔術師。あの悪魔討伐した際はご連絡をお願いします。私も死体を確認したいのす!」
「それはかまわんぞ」
ロッテムはその様子を見て、呆れたように言った。ロッテムにしても黒髪のとは言え自分の息子の死体を嬉々として見たいと言うクソ両親の精神が信じられないのだろう。
「それでは私はこれで失礼させていただきます。妻に早くこの事を教えて安心してもらいたいのです」
「好きにするが良い」
「ハッ!」
そして、いそいそと一礼してクソ親父はロッテムの執務室を出て行った。
一人になったロッテムは眉をひそめ、独り言をつぶやいた。
「…'似顔絵を妻に見せて、安心した時に現れた'?偶然にしてもタイミングが良すぎる…。それに'ロウーナン大森海を生きて出てきた'?ありえん!…一体どうやってあの魔境を生き延びた?」
机に座りながら、唸る。しかし答えは出なかったようだ。まぁ当たり前か。
「今は考えても仕方が無いか。今は出来る事をするしかあるまい。おい!誰かおるか!軍務大臣と王都騎士団団長を呼べ!」
ロッテムは軍務大臣と王都騎士団団長を呼び出して、王都に厳戒態勢をとらせるように指示を出すと椅子から立ち上がった。
「私はこれから陛下に、城下で起きた事件の事をご報告に上がる。後は頼むぞ」
「「はっ!」」
そう言うとロッテムはローブを翻しながら自分の執務室を出て行った。
ロッテムの執務室が閉まった所で俺は一息つきつつ、適当にプロープの映像を切り替える。あるプロープには俺を捕まえる、いや殺す為に兵士達が動いている様子が映し出された。あるプロープには俺を逃がさない為に慌しく王都を封鎖しようとしている騎士達が映る。
「かくて俺は、籠の中の鳥という訳だ」
俺がおどける様に言うと、それまで静かにしていたクリシアさんが、突っ込みを入れた。
『あら、随分と格子の間が広い鳥籠に入れられたものねぇ』
「入っている鳥自らが、籠の中に居ようと思っていれば、その籠は役割を果たしていると言えない?」
『傍から見れば、それは滑稽としか言いようが無いわね』
「どっちが?大人しく籠に入ってる鳥?それとも籠に入れた人間?」
『どっちもね』
なる程、確かにそうだ。
「さて、そろそろロッテム筆頭宮廷魔術師殿が王様の執務室に付く頃かな?」
第70話 復讐は相手の敵を増やすといい
ディスプレイを見るとまだロッテムは廊下を歩いているところだった。この分だと、もうしばらく掛かりそうだな。
そう言えば、俺はまだこの国の王様の顔をまだ見てなかったな。じゃあその前に。
「アリスちょっと聞きたいことがあるんだけど」
情報収集を命じていたアリスを呼び出した。直ぐに目の前にホロディスプレイが立ち上がり、アリスが映る。
『お待たせしました。旦那様。何なりとお申し付けください』
「ここの王様の情報をくれ」
『承知しました。少々お待ちください。…どうぞ』
アリスがそう言うと画面の向こうで機器を操作するすと別のウィンドウが開き、履歴書みたいな画面が現れた。
アリスさんは本当に有能だな!
本名 ヒューザ・ダブド・ディオニス
年齢 不明(推定50代)
職業 王
家族
細君 フューネ・ダブド・ディオニス
息子 不明(確認出来ず)
娘 不明(確認出来ず)
性格 基本的に冷静沈着。物事に動じる様子は無く、淡々と王として職務を果たしている。
清濁併せ呑む懐の深さを持ち、自身の判断には絶対の自信を持っている。
野心はあるが、現在我々の攻撃による損害の為、それどころではない様子。
評判 特に無茶な増税や政策を行っておらず、国民からの評判は良好。
王城に勤めている者も王を尊敬している言動が確認されている。
貴族からは、その(表の)清廉さに少々煙たがれている様子。
城の料理長は、国王陛下にニジンを好きになってほしいと思っている。
好物 酒、肉団子
嫌いなもの ニジン
「ありがとうアリス」
ふ~む意外と不明が多いな。まぁ一週間程度しか調べていないんだし、情報としたらこんなものか?それにしても'嫌いなもの'ニジン'って子供か!
一応説明するとニジンとは、ニンジンの事だ。
画面の左上を見るといかにも王様と言った感じのライトブラウンの髭を生やした厳ついナイスミドルの顔が表示されていた。
この人の嫌いなものがニジン…。
ついでに王様の奥さんの画像も見てみると、いかにもお嬢様育ちをしたような傲慢な感じのするつり目の中年女が表示された。うぁあ、これは関わりたくないタイプの顔だな。早々にそのウィンドウを消した。
ロッテムのほうに視線を戻すとちょうど、王の執務室の扉が開かれるところだった。
さてさて、どんな事を話しててくれるのかなっと。
「失礼します。陛下」
ロッテムが入った執務室はとても王の執務室とは思えないほどにシンプルなものだった。机に本棚に筆記用具、しかし本棚に置かれているブックエンド一つ見ても職人の手で丁寧に作られている事がわかる。
ロッテムが、王の机の前まで来ると、ヒューザ王は読んでいた書類から顔を上げた。
「ロッテムか…。私の方から呼ぼうと思っていたが、そちから来るとはな。してお前の用向きは何だ?そちが来たと言う事は、火急の用件なのだろう」
「はい、今城下を騒がせているテロリストについてにございます」
「何か分かったのか?」
「はい、身元と目的が分かりました」
「何処のものだ?共和国か?それとも魔王軍か?」
「いえ、我が国の者です」
「我が国!?その様な事が出来る組織に、そのそぶりは無かったはず。何処の組織だ?」
「申し訳ありません。まだ背後関係は洗えていません」
「では、その者は何者だ」
「そのものの名は…ありません。貴髪ミレス・コーウィックの兄の'黒髪'です」
「'黒髪'だと!?黒髪ごときに我が王都の警備を抜けられた挙句、好き勝手に暴れまわられただと!一体警備の兵達は何をしていたのだ!」
ヒューザ王は、思い切り机に拳を叩きつけた。ドンと大きな音をたて、周囲の家具を震わせる。しかし、ロッテムは一切怯えずに話した。
「お気を静めてください。陛下。それにまだ話は終わってはおりません」
「っく」
「覚えておいででしょうか?ミレス・コーウィックの兄は……」
「両親に手を下させ、お前の部下が死体を処理した。我々は両親の弱みを握り、こちらに取り込んだ」
「そして、こちらで用意した学園に娘を入れ、我が国の優秀な魔術師として教育する。…はずでした」
「何故か、ダームに任せた学院に入学したんだったな。まったく、使えない連中だ。…待て。ミレス・コーウィックの兄は殺してロウーナン大森海に送ったはず。仮に送った時に生きていたとしてもあの森を生きて出る事など出来るはずがない」
「はい、間違いなくロウーナン大森海に送りました」
「では、何故此度の件を起こした下手人がミレス・コーウィックの兄と断じたのだ?」
「目撃者がおります」
「目撃者?」
「はい。目撃者はコーウィック夫妻です。そして黒髪の目的は両親への復讐です」
「なんと!」
ヒューザ王は、目を見開いた。椅子から身を乗り出しているので相当驚いたのだろう。
「堂々と両親の前に現れ、復讐を宣言したそうです。そして妙な術を使い、馬車を破壊したそうです。'これは始まりだ'と言う言葉と共に」
「フン、黒髪如きではあるがなかなか気概があるではないか。とはいえ、たかが黒髪一人だけでこの王都へ進入したのは考えづらいな。それにロウーナン大森海を生きて出たという事は、誰かに助けられたと可能性が高い。…それも俄かには信じられんが。その妙な術と言うのもその協力者に教わったのだろう。…出来れば生かして捕らえよ。背後関係も気になるが、その妙な術も気になる。手に入れられれば、我が国の些少なりとも一助にはなろう。もちろん出来ぬと判断したら躊躇無く殺せ」
「はっ!」
返事を聞いたヒューザ王は、乗り出していた身を元に戻した。
「…話は変わるが、お披露目の準備はどうだ?」
「はい、順調に進んでおります」
「そうか。この頃はこの国には明るい話題が少ない。魔王軍然り、今回の件然り」
あっそれ両方とも俺です。サーセン。
「だからこそお披露目は確実に成功させねばならん。くれぐれも頼むぞ」
それにしてもお披露目か、またミレスを戦場に出すみたいな。我が国には、こんなすごい奴が居るぜ!我が国安泰だぜ!をやる気なんだろうか?いや、お披露目といったら機兵の新型機か?それだったらそのお披露目で強奪するのも面白そうだ。
「はっ。一命に賭して必ずや成功させて見せます」
ふーん一命に賭すんだ。妨害決定!あんたも復讐対象だからな、ロッテム筆頭王宮魔術師殿。もちろん王様も対象だ。たった一人の黒髪に国家行事を面目ごと、まる潰れにされるがいいさ。
あの後、お披露目の日時を確認したら、日にちが空いていた。もちろんその間、俺が何もしないなんて事は無い。
「よう。奥さん方。ごきげんよう!」
「誰っ!」
「キャー!」
俺が気軽に挨拶すると、周囲にクソ母親の甲高い悲鳴が響き渡る。その声に反応して警備兵が集まり始めた。
「いかがなさいましたか!?」
ここは、クソ母親が呼ばれたお茶会の会場になっている某貴族の屋敷の庭。今俺はその屋敷の敷地に忍び込み、お茶会にお邪魔しております。正しい意味でお邪魔してます。
「あっあそこに我が家を襲った悪っ。テロリストが!」
「テロリスト!ひっ」
クソ母親の言葉を聞いてお茶会に参加していていたご婦人方が警備兵の方へと逃げていく、警備員兵たちはご婦人方を囲むように背中に隠し、屋敷の中へと誘導していく。俺はのんびりその様子を別の兵隊達に囲まれつつ見ている。
この警備兵たちはクソ両親の屋敷を警護するよう言われていた兵の一部だ。普通に考えればテロリストに狙われている警護対象を、たかがお茶会に出すなんて事はありえないが、そのテロリストが黒髪であると言う理由でで出てきたのだ。俺が舐められているという事だな。
俺を囲んでいる警備兵達は既に俺の方へ腕を居る。前世だったら銃口を向けられている状態だな。その状況に安堵したのか隊長と思われるちょっと豪華な鎧を着た男が出てきた
「現れたか!ふん。本当に黒髪のだとはな。我々の完璧な警備の中何処から入ってきた!何が目的だ!」
「完璧な警備って何やってんの。俺、楽々入れたんだけど?完璧?職務怠慢の間違いじゃないの?プッ。黒髪如き侵入されちゃって何やってんの?クカカ」
「黒髪如きがっ!舐めるな!【雷よ…」
周りに居た警備兵の一人が激昂し、呪文を唱えようとした。
弾速が早く、威力が弱くても行動を阻害する雷系魔法を使うのはこの状況だと適切な魔法選択だ。しかし……。
「はい。お約束~」
俺も、腰のホルスターに仕舞っていたグ□ックを抜いて引き金を引いた。パーンと乾いた音響き、役目を果たした薬莢が芝生に落ちる。そして銃口の先居た警備兵が頭から吹き飛ぶ。地面に倒れこんだ警備兵は、もんどりうった後、動かなくなった。
魔法はやっぱり即応力に欠けるよねぇ。銃強し!
屋敷のほうから戻ってきた警備兵達が慌てて倒れた警備兵に駆け寄る。
「安心しろ。死んじゃいない」
えっ?何故殺さないのかって?もちろん殺さないのは意味があってやっている事だ。いずれ分かる。
「貴様!何をした!」
「さて、何だろうね?」
「馬鹿にしているのか!」
「そうだけど?」
そしてとうとう頭に来たのか顔を真っ赤にして攻撃命令を下した。
「全員攻撃開始!殺してもかまわん!全力で攻撃しろっ!'雷連撃'だ!」
「「「【雷よ…」」」
今度は俺を囲んでいる全員が詠唱を開始する。
「遅すぎる」
今度はグ□ックのレバーをフルオートに変え、尚且つ左腕を銃に変形させる。そしてクルクルと回転しながら引き金を引く。
二種類の銃声が連続で轟き、その後直ぐに静かになった。
俺の周りには既に立っている人間はおらず、そこかしこにビクンビクンしている人間が転がっていた。
「まぁこんなもんか」
いまだ硝煙を立ち昇る二つの銃口を口元によせてふっと息を吹く。
『(あ~あ酷い有様ね)』
「(だが、死んじゃいないよ。クリシアさん)」
『(ある意味死ぬより酷い事してるじゃない)』
「(まぁ…変わらなければ、そうなるだろうね。じゃあ最後の仕上げと行きますか)」
俺は、この様子を覗き見ているであろう婦人達がいる屋敷に向き直ると声を張り上げた。
「良くこんな弱兵に警護など任せたものだ!これで俺を阻めると思ったのか馬鹿め!今日はそれを教えるために来たのだ!なぁ…コーウィック婦人!」
屋敷の中から覗いていた婦人達の視線が、がたがたと震えるクソ母親に集中する。その目に映っているのが同情かはたまた、テロに巻き込まれた事による苛立ちかは、まだわからない。
遠くからガチャガチャと金属がこすれる音が聞こえてきた。巡回の騎士達が銃声を聞きつけ集まってきているのだろう。今日はここまでだな。
「まぁいい。別のお客さんが来たようだから、今日はこれ位にしておいてやろう。さらばだ!」
俺は、地面にピンを抜いたスモークグレネードを投げた。
第71話 王都混乱
現在、厳戒令が出ている王都では、ある都市伝説がまことしやかに語られている。それは'黒髪に魔力を奪われる'と言うものだ。
何でも、今王都を騒がせているテロリストは黒髪で、深淵から這い出てきた化け物なんだそうな。そして見たことも無い魔法を使い。その魔法で倒されると魔力が奪われるというのだ。最初はそんな噂を信じんる人間は居なかった。そりゃそうだ。普通に考えて黒髪が魔法を使えるなんてありえないし、黒髪に負ける自分を想像できないのだろう。酒場の酔っ払い達は、'よほど魔力の低い奴が黒髪に負けた言い訳だろ'と一笑した。
いつの間にか語られる事が無くなり、語られた事すら忘れ去られるはずの与太話の一つだと誰しもが思った。しかし、その与太話は消えなかった。なぜなら具体的な被害者の名前が噂に挙がるようになったからだ。それも王国の兵に。酒場は大いにこの話題で盛り上がった。いつも偉そうに街を闊歩していた兵達が間抜けにも黒髪負けた、しかも魔力を奪われた。と言う事実は、鬱屈していた男達の格好の八つ当たりの対象になったのだ。
おっと、ちょうど街に放ったプロープがその様子を捉えたようだ。ちょっと見てみよう。
そんなに広くも無いが、店の評判がいいのか多くの席が人で埋まっている酒場で、その騒ぎは始まった。
「よう!お前ら黒髪に負けたんだって?早く何とかしねぇか!」
「だ~らしねぇ~な~。お前、俺より弱いんじゃないか?」
「なんだ、てめぇ!やるってのか!」
酒場でちびちび酒を煽っていた兵士に酔っ払いが絡みだした。
「おうおう、生きがいいねぇ。その調子でちょっと黒髪を捕まえてくれよ。ははっ」
「馬鹿にしやがって!【雷よ 穿て】!」
「ギャッ!やりやがったな!この役立たずが!【氷よ 穿て】」
「きゃああああああ」
「やるんなら他所でやれ!このクソったれども!」
酒場が怒声に包まれ、食器が割れる音が響く。双方ともまだ理性はあるらしく、致死級の魔法は使われてはいない。
「双方止めろ、馬鹿共っ!」
その馬鹿騒ぎは、見回りの騎士が来るまで繰り広げられた。
このような騒ぎが今の王都では珍しくない。そして巡回の騎士達は、テロリストである俺の捜索と同時にこういった喧嘩の仲裁までやる羽目になり、疲労を重ねていった。
王国の混乱は、それだけにはとどまらない。
映像を別のプロープに切り替えると今度はどこかの建物の中が映し出された。
「おい!また密告が来たぞ!今度は、バレン伯爵だ」
「今度は何だ!脱税か!横領か!」
彼らがいるのは、王城内にある国の平穏を守るデュクス騎士団本部。デュクス騎士団は、主に街や領地をまたいだ犯罪や貴族を取り締まる為の特殊な騎士団だ。普段彼らはこんなに忙しくなる事は無い。職務の内容から長期間調査し、綿密に計画を立て、それから犯人一味を捕縛するのだから、忙しくなるのは最後の捕縛する段階だけだ。しかし……。
「密輸だ!今日の夜取引が王都の外で取引があるらしい!」
「また厄介な事しくさりやがって!今空いているのは何処の隊だ!」
「ニルの隊だ!けど奴らは、さっきまでドーン男爵の所を制圧してきて帰ってきたばかりだがな!」
「ならちょうど良い。装備は付けたままだな!行かせろ!」
「…ニルの奴から水くらい浴びさせろと言ってきてるぞ!三日間装備を着っぱなしだとよ!」
「ちっ!なら水浴びが済んだら急いで現地へ行って準備しろと伝えろ!必要なら王都の騎士達も引っ張り出せ!」
「了解!」
「クソッ!王国の膿を出せるのはうれしいが'密告者'の野郎は俺達を殺す気か!」
現在のデュクス騎士団本部には、多くの密告書が届けられていた。それがこの忙しさの原因だ。
密告書はデュクス騎士団本部の裏にある投書箱(通称密告箱)に大量の封筒が入れられていたのだ。もちろん最初は、騎士団の人間も大量に入れられていた投書全てが密告書とは思わなかっただろう。大方誰かのいたずらだと思っていた。事実、回収された密告書は騎士団の下っ端の事務員に渡され、一応の内容確認をしてから捨てろ言われていた。事務員も降って沸いた面倒な仕事に辟易しながらも封筒を一つずつ開けながら内容を確認していった。ある封筒には有名貴族の脱税が、ある封筒には下っ端役人の横領が、そしてある封筒には王都騎士が犯罪組織に情報を流していると。途中から読んでいて楽しくなってきた事務員は紅茶を片手に優雅に読書をするような気分で次々と封筒を開けていき、そして開けた封筒をゴミ箱へと入れていった。しかしある封筒を開けた時、顔色が変わった。その封筒にはとある貴族が王国で禁止されている人身売買をしていると言うものだった。何故この封筒の時だけ、顔色が変わったのか、それはデュクス騎士団が現在追っている事件の一だったからだ。もちろん事務員が捜査の内容を詳しくは知らないだろう。だが、同じ建物で働いている同僚との世間話や、稀に漏れ聞こえてくる騎士達の会話から大体どんな事件が今捜査されているか見当がつく。事務員は、その封筒を抱えて上司へと報告しに走った。
そこからはとんとん拍子に事件が解決した。密告書には、騎士団がまだ知らない事実のほか、翌日に迫っていた取引場所まで書かれていたからだ。上司は訝しいとは思ったものの事件の担当責任者である騎士にその情報を伝えた。伝えられた騎士も半信半疑、いや万が一の為に取引場所の周囲に騎士を配備させる。結果、多少危ない目に遭いつつも容疑者を全員捕縛する事に成功した。
事件解決後、大量の密告書は見直されることになった。一度ゴミ箱に捨てられていた密告書が危うく燃やされそうになるなど、ちょっとしたトラブルに見舞われながらも、デュクス騎士団本部の人員総出でチェックされ、多くの事件解決に寄与する事になるだろう。
そして今日もまた、密告書の内容の検証に、騎士団総出で取り掛かる。それが捕まえるべきテロリストから流された情報だと知らずに。
情報を提供されているのは、何もデュクス騎士団本部だけではない。
今度はこの国にある隠れ家的な宿に設置したプロープにチャンネルを合わせた。
「やはり浮気していたか!」
「きゃあああああああああ!あっあなた!」
「うわぁああああ!」
とある男が勢い良く扉を開けると、そこにはベットの上でくんずほぐれつしていた二人が居た。
「やはり、あの情報は正しかったか。こんな所でこんな男などに!前に言ったな?今度浮気したら別れると」
ベットの上で固まっていた女が'別れる'の一言で一瞬で氷が解けたように動き出した。情けなくもベットから転げ落ちながら這うように男の足元まで近寄っていく。
「まっ待って!」
女は、夫のズボンのすそを掴み、必死に懇願した。
「汚い手で触るなっ!」
男は、その妻と思わしき女を思い切り蹴飛ばす。
「きゃあ!ごめんなさい!本気じゃなかったの!今あなたとと別れたら私は……!」
「ちょっとまて、何だ!夫と別れて俺と結婚してくれるって言うのは嘘だったのか!」
「誰が、あんたみたいな男と結婚するのよ!私は貴族よ!愛人で居られただけ、ありがたいと思いなさいよ!」
うわ、見てるこっちがドン引きするようなクソアマだな。
その様子を男がとてつもなく冷たい視線で見ている。その間も女と浮気相手がキーキーと見苦しくも言い合いを続けていた。
「今回の事でよ~っく分かった。本当にお前はどうしようもない人だったという事が。今ほど私に人を見る目がなかった事を後悔した事はない。セーバス、離婚だ。予定通り、手続きを進めろ」
「畏まりました」
旦那の背後でまるで背後霊の様に立っていた老いた執事が恭しく頭を下げる。
「待って!謝るから!もう二度とこんな事はしないからっ!本当に愛しているのは貴方だけだから!」
妻が慌てて立ち上がり、旦那に縋りつこうとするとスルリと老執事が割ってはいる。
「退きなさいっ!セーバスっ!」
「出来ませぬ。我が主はスミス家当主のみ、あなたではありませぬ。これ以上無礼を働こうとなさるなら…わかりますな?」
「なっ」
「では、クリスティーナ…私の妻であった人よ。もう二度と会う事は無いだろう」
「ジョン!それでいいの!私がいなかったら跡取りはどうするのよ!」
「別にどうとでする。再婚するのもいいし、分家から優秀な子の養子でも貰うのも良い」
「な!スミス家の血はどうするのよ!」
「少なくともおまえの血を、スミス家に入れるよりはマシだ」
「そんな!」
「さらばだ」
旦那はそう言うと、部屋を出て行った。その後を老執事が続き、一礼すると静かに扉を閉めた。
「そ…んな」
部屋に残された女は、絶望した顔で自分の栄華に包まれていたであろう人生の幕が下りた事を理解した。
この様なやり取りが王都のそこかしこで繰り広げられているとは、当人達は知らない。
俺はその様子を隠れ家にあるディスプレイの前で、少々ウンザリしながら見ていた。
世界は変われど男女は変わらずってか。やだねぇ。
さて、俺の本命さんはどうしているかなっと。映った画面には口喧嘩をしている両親が映し出された
「一体どうなってるの!?いつになったらあの悪魔を殺せるのよ!それに警備兵達がまともに警備してないのよ。どうにかしてよ!」
「俺が知るか!俺だってロッテム筆頭宮廷魔術師殿に再三申し上げている!だが捕まらないんだ!」
おーおーイラついてるイラついてる。クカカ。
ここで突然だが、説明しよう!
警備兵達がまともに警備してないのは、俺の妨害工作のせいだ。
酒場の件で語られた'黒髪に魔力を奪われる'という都市伝説。これは半分は正しく半分は間違っている。俺がしたのは、俺の特殊ゴム弾で撃たれた人間は強制的に魔法の出力が一割落ちるナノマシンを注入しているからだ。これは以前カラードの街で使ったナノマシンの発展系だな。あれは完全に魔力が出ないようにする物だったが、今回使用したのは蛇口をひねる様に魔力の出力を調整できる。そして魔力の出力を制限されると長い詠唱の呪文が使えなくなるのだ。
最初は警備兵達も熱意を持って仕事をしていた。特に俺にぼこぼこにされた護衛兵達は、俺に復讐を誓い。クソ両親の屋敷に対し猫の子一匹通さないを読んで字の如く実行した。その頃はまだ、魔力の出力が下がったなんて奴らは思いもしていなかった。せいぜいあの黒髪に負けてから調子が悪い程度の認識だったろう(多分このあたりで噂になり始めたのだろう)。だが、俺が屋敷の周囲に現れるようになると状況は一変した。
屋敷の周囲で俺を発見した警備兵は仲間を呼びつつ、俺を捕縛せんと魔法を放ちながら追いかけてきた。俺は適当に逃げつつ追ってきた連中を撃ち倒してそのままドロン。追ってきた警備兵達は、取り逃がした事をこっぴどく叱られながらも、追い返したという事で、ちょっとした罰を下されただけだった。俺に撃ち倒された警備兵は、撃たれた場所は青あざ出来ているだけなので、仕事に問題無しと判定されまた警備の仕事へと戻っていく。そんな事が、何回もおきた。警備兵達は何度も何度も襲ってきては逃げる黒髪を馬鹿にした。'なんてあきらめの悪い馬鹿な黒髪'なのだと。
最初に気づいたのは、最初に俺に撃ち倒され、その後も2回倒された警備兵だった。
何度も俺を取り逃がした罰で警備からはずされ、別の隊で魔法訓練をしている時に8文節ある攻撃魔法が発動しなかったのだ。
いや~あの時の警備兵の表情ったらなかったね!顔面真っ青にして何度も何度も同じ呪文を唱えてんの!笑っちゃうよね!んで結局一文節ずつ減らして詠唱したんだけど結局魔法が発動したのは4文節!
おめでとう。君は平均的一般人未満だ!
その様子は、訓練に参加しているほかの兵士達に見られていた。その後、あまりの様子にその隊の隊長がそいつを医務室へと連れて行った。
そこで隊長が青ざめた男に事情を聞いた。何か心当たりはないかと、最初はだんまりを決め込んでいたが(黒髪に何度も倒されましたなんて言える訳が無い)、何かあると察した隊長の詰問に、とうとう口を開いた。'黒髪のわけの分からない術を受けた'と。
隊長は直ぐに上司に報告し、コーウィック邸に配備された警備兵の魔力チェックを具申した。
結果、魔力の総量が変わっていないが、長い詠唱を必要とする魔法が使用できなくなっている兵士が多数いることが判明。さらにその兵士達に事情聴取した結果、全員が最低一度は'黒髪のわけの分からない術を受けた'事があるのが分かった。上層部はその'術'が原因である事と断定。と同時に、この事実に関してかん口令が発動した。しかし、既に噂はすでに流れてしまっていた。その為、クソ両親の家を警備する兵の士気は低下する一方だ。一度兵士を何も知らない王都外から帰ってきた兵士に総入れ替えした事もあったが、噂と実際に魔力を奪われた仲間を見て直ぐに士気を落としていった。
現に俺が警備兵の前をちらちらと姿を現しても、応援の部隊を呼ぶだけで積極的に追う事はなくなっていた。
「本当に何なのよっ!」
クソ両親の屋敷に、何もかもが思い通りに行かない事に腹を立てたクソ母親のヒステリックな声が響く。
クカカ、いい気味だ。
第72話 王城混乱
クソ両親の様はいい感じにぶっ壊れてきた。じゃあ今度は、王城の方を見てみるか。
俺は、王城の映像をディスプレイに呼び出した。
画面には王様は自分の執務室でイライラしている様子が映った。
「一体どうなっているのだ!?フット!」
思わず出た言葉は、奇しくも俺のクソ母親と同じような台詞だった。
「報告書の書体は間違っているわ、計算はあっていないわ。それに何だこれは!白紙ではないか!」
王様は机の上に散らばっている書類を指差しながら怒鳴った。
「はっはいぃ」
最近のストレスの為、より一層禿げ上がりはじめた額を拭きながら、王の秘書官は答えた。
「現在、デュクス騎士団本部により脱税で取調べを受けている上級文官が20名、横領で逮捕された上級下級文官があわせて5名、密輸で逮捕された上級文官1名、一身上の都合で休暇を取っている上級文官が9名です。それに今日、出仕している者の多数が仕事が上の空になっているそうです」
「そんな物は分かっておる!何故そうなったかを聞いているのだ!そもそもデュクス騎士団にはその様に大量捕縛できる程の情報収集能力は与えていないはずだ!」
「せっ先日、デュクス騎士団本部に大量の密告書が届き、検証の結果その内容が信用に足るものと判断、密告された者達を大量に捕縛したのです!なお、現在も捕縛される上級文官は増えると思われます!」
「それだけでは無かろうっ!この非常時に休暇なぞ取ってる馬鹿者共は何をしている!」
「…ほぼ全員、身内に…不幸があり、仕事が出来状態ではないと」
「不幸とは何だ不幸とは!はっきり言え!肉親が死んだわけではあるまいに!」
色々情報流したからねぇ。中には人間不信になっている奴もいるだろうな。
おっ俺は悪くないぞ!俺は、騙されていた事を親切心から教えてあげただけだ!人間不信になるような事をする奴が悪い!
「ただ一身上の都合としか…ただ噂によると多くのものが浮気されて傷心していると…。おそらく出仕している者の中にも同様の者がいると思われます」
「はぁ!?なんでそんなに浮気してる事が同時に発覚した!?そんな流行でもあるのか?…いや」
王様、言いかけて黙ると勢い良く立ち上がった。
「どうかなされましたか?陛下」
「こんな事では仕事にならん!部下に書類を良く確認しろと言っておけ!余は少し休憩する。余の部屋に理髪師を呼べ。少しすっきりしたい」
こんな時にいきなり'理髪師'?どう言う事だ?
「はっ分かりました」
そう言うと秘書官は自分の机から立ち上がり、王様の為に扉を開いた。
「御緩りとお休みくださいませ」
「うむ」
王様は、執務室を出て近衛兵を連れて、自身の寝室へと歩いていった。
豪華な廊下を通り、幾つもの扉を抜け、王様が寝室の前まで来ると扉の前で警護していた近衛兵がその両開きの扉を開いた。
扉の先には、背筋をピンと伸ばした背の高い老紳士が待っていた。この男が理髪師なのだろう。真っ白のシャツと黒のベスト、それを見事に着こなし、職人然とした雰囲気を持っている。
老理髪師の横には一目で高級品と分かる剃刀や、鋏が載ったトロリーカートと理容椅子があった。
「お待ちしておりました。陛下」
老理髪師がゆっくりと頭を下げた。
「ああ、急ですまないが頼む。他の者はさがれ」
「「はっ!失礼します!」」
「では早速こちらにお座りください」
老理髪師が近衛兵が出て行くのを確認すると王様を椅子へと誘った。王様はゆっくりと理容椅子に座り、一息ついた。
「今日はどの様になさいますか?」
「そうだな、…髪と髭を整えてもらおうか」
「畏まりました」
老理髪師は、カートから白い大きな布を取り出すと王様の首に巻いく。
「それで今日は、どの様な御用でしょうか」
「フン、知っておるくせに。城下とこの城の混乱について情報を寄越せ」
「承知しました。現在我々が握しているのは、一、何者かの密告により多数の貴族が逮捕または交流されている事。二、同様に何者かの密告により不倫や浮気が次々発覚している事」
何でたかが理髪師がそんな事を知っているんだ?とそう思った時、前世で読んだ小説の事を思い出した。
王の理髪師とは、王の肌に刃物を突きつけても唯一捕まる事の無い絶対的に信頼された者。それがただの理髪師な訳が無い。その小説には、そんな文章があった事を思い出した。
つまりこの老理髪師は、王直属の諜報機関の長件理髪師なのだ。
王と理髪師の会話は続く。
「浮気や不倫だと、そんな事であやつらは休んでおるのか!?」
「愛や恋は、人にはどうする事も出来ぬ感情ゆえ、仕方が無い事と思われます」
「しかしこの一大事に!」
「まだ話は終わっておりません。三、警備兵に使用できる魔法の文節が減っている兵が多数出てきている事」
「何っ!?余は、その話は聞いていないぞ!」
あれ?この情報知らなかったの?分かったら直ぐに報告すると思ったんだが。
「どうやら軍上層部がその情報を止めていたようです」
「何故だっ!何故その様な重要な情報が上がってきておらんのだ!」
「それを行ったのは黒髪だからです」
「何だと!?」
「軍部は、黒髪を捕まえられないどころか、優秀な兵を駄目にされたと報告して陛下に罰されるのを恐れたものかと」
老理髪師は平然と答えた。
「馬鹿共が!その様な重要な案件は直ぐにしろと言っておるのにっ!」
ドンと肘掛に腕を叩きつけ、苛立ちあらわにする。しかし、そんな王様を見ても顔色一つ変えずに老理髪師は続けた。
「四、そしてその全ての混乱を引き起こしているのは、その'黒髪'の一味と愚考します」
「真か!」
「情報を統合した結果、そうとしか思えませぬ。彼奴らの情報網は脅威です」
「脅威だと!'理髪師'よりもか?」
「はい、デュクス騎士団に入れてある手のものによると、ありえないほど正確な情報だったと」
「ありえぬ……」
「ですが、我々はそう結論付けました」
「何とかならぬか?」
「申し訳ありません。現状どのように情報を得ているのか皆目見当もつきません。まるでそこらじゅうに目と耳があり、その情報を全て記録しているような……。その様な感じがいたします」
この老理髪師、良い勘してるぜ。さすが諜報機関の長。
「馬鹿な、そんな事神にでもならないと不可能だ」
「妄言を申しました。失礼しました」
「しかし、そこまでして何の目的が……」
「復讐…でしょうな。その黒髪の」
「これだけの事をしてただの復讐だと!黒髪一人に我が国が復讐されるというのかっ!」
「少なくとも黒髪本人はその心算でしょうな」
「待て…ならば本来の目的やコーウィック夫妻だけのはず…なのにこれは個人への復讐の枠を超えている!」
「我々も復讐の対象に入っているという事でしょう。わからないのは黒髪を殺す事に関わった者に対してか、はたまた世界にか、という事でしょうか?」
世界に復讐するなんて中二病チックな事は考えて無いっすよ。別の事は考えてるけど。
「そんな事はもうどうでも良い、この黒髪は明らかに我が国に喧嘩を売った。ならば相応の報いを与えなければならん。お前達には黒髪の捜索に注力してもらう。なんとしてでもお披露目までに見つけ、そして殺せ。もはや手段は問わぬ」
「御意。では陛下御髪を整えました。これから髭を剃らせていただきます」
「頼む」
ああ、何がすごいってこの老理髪師、キッチリと王様を完璧に散髪しながらこの会話をずっとしていたって事だ。たとえ王様が肘掛を殴りつけようとも その動きに一切の淀みは無く。まるでそれが最初から分かっていたかの様に櫛と鋏を動かしていた。
本当に世界にはすごい人間が居るもんだ。
当然、諜報機関'理髪師'の努力は無駄な努力となった。
街角に、クソ両親の屋敷に、警護についている兵にと一見平凡そうな人間の中に理髪師達は居た。巧妙に人の印象に残らないように立ち回り、俺が屋敷周辺に現れると、神業のような連携で俺の後を追跡してきた。
しかし、それ程の腕を持ってしても俺を捕まえることは出来ない。俺にクソ女神から与えられた公式チートには叶うべくもなかった。
'お披露目'の日が近づくとクソ両親のストレスは最高に達し、お互いの顔を合わせるたびに喧嘩をするようになっていた。その為、クソ親父が屋敷に帰ってくることも少なくなっていった。クソ母親もこれ幸いに家の中で好き勝手を始め、完全に夫婦仲は壊れた。
クソ両親に群がっていた連中も、s次々に不幸(笑)に見舞われ、お茶会が開かれる事すらなくなった。それだけではない。な・ぜ・かコーウィック家に関わると不幸な目に遭うという噂が巷に流れ、王都に来た時から雇っていた使用人達も日に日につらく当たってくる様になった主人達から離れていった。求人を出しても、もはや王都では誰一人として応募するような人間はいないだろう。現在は仕方なく王城から派遣されて来た使用人が嫌々働いている。
一言で言いうと'この家庭終わったな'と言った感じだ。もう結婚し続けている理由はミレスに対する執着しかないだろう。
そして、'お披露目'と王様が言っていた日が来た。
当然俺はこれを盛大にぶち壊して復讐の完了とするつもりだ。
その日、この国の名だたる貴族や、他国の大使が王城の一階メインホール集められた。このメインホールは普段使われる事は無い、しかし年始のお祭りの時に行う参賀や、重要政策の発表の時のみ入る事が許されている特別な場所だ。
入り口正面奥には、赤い絨毯が敷かれた横幅の広い階段があり、階段の上には玉座が置かれていた。
貴族は地位が高いほど玉座が良く見える様に前に、逆に地位が低いとメインホールの後ろに並ばされている。ちなみに最前列にはこの国の要人や別の国の大使のほか、この国の貴髪達の何人かが並んでいるのが見える。以前アリスがフルボッコにした赤の貴髪フレイムも居た。
この物々しい状況から、広間に集まった貴族達は何が発表されるかと噂しあっていた。
しばらくすると高らかにラッパが吹き鳴らされ、貴族達の視線が玉座へと集まった。
「これより、国王陛下より!重大発表が行われる!全員、頭を下げよ!」
バルコニーの脇に立っていた男から、大声で指示が出された。その指示に従い広間にいた全員が頭を下げた。
「リランス王国国王ヒューザ・ダブド・ディオニス陛下、王妃フューネ・ダブド・ディオニス様のお出まし!」
王様と王妃は、ゆっくりと玉座の横手から出てきた。
「全員、顔を上げよ」
王様の声に、全員が顔を上げる。王様はホールに視線を向け、全員が頭を上げたのを確認すると再びしゃべりだした。
「これより重大発表を行う。心して聞け!」
「断るっ!」
広間に俺の声が響いた。
第73話 なお深き怒り 前編
「誰だ!陛下のお言葉を遮り、尚且つ'断る'などとふざけた事を抜かした奴は!」
ざわつくメインホールに王様の近くにいたロッテムの声が響く。
何人もの人間が周囲をきょろきょろと見回しながら俺を探すが見つからない。広いホールに俺の声が木霊して何処から喋っているのか分からないのだ。
「は~い、俺で~す」
俺は今、天井にぶら下がっているシャンデリアの上でホールの様子を観察いていた。
「このぬけぬけと!何処だ!」
「ここだよ。ここからだとあんたの間抜け面が良く見えるぜ」
「上だ!」
ホールにいた全員が頭を上げて天井を見た。
「はい。どーも現在王都を混乱に陥れているテロリストで~す」
シャンデリアの上にしゃがみながらひらひらと軽く手を振りながら見下ろす。ちなみに今の俺の格好は素顔に王都に潜入してきた時に使用した光学迷彩服。それに懐かしき初心者テントセットについていた8○式小銃に、愛用のグ○ックその他色々。
「とうとう出てきおったか!者ども賊だ!殺せ!」
「【雷よ 穿て】」
「【風よ、刃となり 切り裂け】」
「【氷よ、槍に なりて 飛べ 】」
このホールを警備していた近衛兵や、腕に覚えのある貴族が俺に向かって腕を伸ばし呪文を唱えた。シャンデリアが落ちたら大惨事になるって気遣い無いかな?
「「「!」」」
まぁ使えないんだけどね。魔法。前にもこの手を使ったが、魔法が出ない事に愕然とした馬鹿共の表情は笑えるなぁ。とっくに魔法封じのナノマシンを散布済みだっての。同じ手を二度使うなんて俺もまだまだだな。けど、連中を黙らせるのにこれが一番手っ取り早いのも事実だ。
「やぁやぁ皆さん魔法が使えなくなって驚いている事でしょう。何を隠そう魔法を使えない様にしたのは私で御座います。私の復讐の邪魔をされたたく無いのでこの様な手を使わせていただきました。クカカ」
ホールが一気に騒がしくなり、おのおのが魔法の呪文を唱え、魔法が使えない事が分かると一気にホールは混乱の坩堝となった。そして魔法が使えなくなったのは貴髪ですら例外ではない。
しばらく、みっともなく同じ呪文を唱えているもの、腰を抜かしているもの、怒りに顔を真っ赤にしているものなど、下の様子を様子を楽しんでいたら赤の貴髪フレイムが顔を真っ赤にして俺に何かを投げつけてきた。何を投げつけてきたのかは知らないが、それは俺に届く前に失速し貴族の中へ落ちていった。そして運悪くその落下地点にいた貴族がギャッと一声叫ぶと倒れた。だがフレイムはそんな事を気にせず叫ぶ。
「こんのクソ黒髪が!とっとと元に戻しやがれ!ぶち殺すぞ」
「そうよ!早く戻しなさいよ!」
「ふざけるな!」
下の様子が混乱から憤怒に変わり、聞くに堪えない罵声が俺に飛んできた。
俺はおもむろにグ□ックを抜いて、殺意の篭った視線を向けていた赤の貴髪フレイムの腹を撃ち抜いた。
「えっ」
フレイムが間抜けな声と共に膝から崩れ落ちた、腹からは大量の血が流れ出る。一瞬の静寂の後、ホールに悲鳴が響いた。
「フレイム様ぁあああああああ!」
「きゃあああああああああああああああああああああああ!」
「うぁああああああああああああああああ!」
この場所で最強の戦力の一角の貴髪がいとも簡単に殺された事にホールは再び混乱に包まれた。何人かはフレイムに駆け寄るが、殆どはこの場から早く逃げようとホールに繋がる扉へと殺到した。このホールは外に繋がる窓は無く、外に出るためには扉を通るしかない。
だが残念。このホールに繋がる扉は開かないんだ。王様がこの広間に入った時に全ての扉の隙間に超強力瞬間接着剤をプローブを改造した虫型ロボに流し込ませたからな。さっきから外から警備兵が一人も入ってこないって事に気づかなかったのだろうかねぇ。
扉に殺到した連中は必死にドアノブを掴みガチャガチャと捻っているが、扉は一向に開かない。しかし後ろからはパニックに陥った人間が次から次へと押し寄せていった。
「やめっ!押すな!開かないんだ!潰れ…ぎゃあ!」
「あなたっ!」
そしてとうとう、押しつぶされる人間が現れた。
少し冷静になれば、皆で協力して体当たりして、扉をぶち抜く位は考えそうな物だが誰一人として、そこまで頭が回っていないらしい。
俺はのんびりとその様子を見ていたが、そろそろ、うざくなったので黙らせる事にした。
「は~い、そこまで。皆さん黙りましょうね。黙れッつってんだよ!」
グ□ックを床に向けてフルオートで撃った。放たれた銃弾が床を穿ち、砕けた床の破片が宙を舞った。
「ひぃいいいいいいいいいい」
「きゃあああああ、もういやああああああああああ」
扉の周りに集まっていた連中は本能のなせる業か、一斉に身をかがめた。
「ふぅ。これで静かになったな」
俺は弾倉の空になったグ□ックをリロードするとシャンデリアの上から飛び降りた。シャンデリアの高さは優に8m近くあり、内心ビビリながら飛び降りた。
着地するとスタッと思いのほか軽い音で下に降りることが出来た。きっとクリシアさんが風の魔法でも使って衝撃をやわらげてくれたのだろう。
「さて、諸君テロリストである私は、テロリストらしく要求する。コーウィック夫妻を出せ。さもないと酷い目にあわせるぞ」
俺がニヤニヤしながらそう言うと階段下の向かって右側の方がざわついた。そちらの方を見るとそこで固まっていた連中の中から突き飛ばされる様に二人の人間が出てきた。
「ちょっ何するのよ!」
「押すなっていっているだろ!うわぁ」
突き飛ばされて出てきた二人はバランスを崩し、俺の前でベシャリと倒れた。
「いたた」
俺はクソ両親の前まで行きしゃがんだ。
「よう、クソ両親。久しぶりだな。復讐の幕を引きに来たぜ」
はっと顔を上げたクソ親父の顔が憤怒にゆがみ俺を睨み付けた。
「この悪魔め!こんな事をして、どうなるか分かっているか!」
「え~どうなるの~」
「そっそれは…」
「言い淀むんだったら言うんじゃねぇよボケが」
俺は銃把で思い切りクソ親父の顔を殴りつけた。
「がっ!」
今度はクソ母親の方を向いた。クソ母親は、視線が自分の方に来ていると分かると面白いように震え始めた。
「ヒッ!」
「前に俺が言った事は覚えているか?最後の時は楽しめたか?残念だがもうお終いの時間だ」
「悪魔め!あんたなんてあの時、頭を潰して確実に殺せばよかったのよ!」
俺に完全に命を掴まれている状況ででこんな事が言えるなんて、ある意味たいした度胸だ。
「だが、お前らは俺を殺せなかった。それがこの結果だ。あり難く受け入れるんだな。おっと逃げられると困るからな」
俺は義手になっている左手を鉄砲の形にしてクソ両親に向けた。人差し指の付け根の間接が不自然に折れ曲がり、トリモチが飛び出した。飛び出したトリモチは空気に触れ、発泡しながらクソ両親に掛かり、二人を地面へと縫い付ける。
「なんだこれは!」
「いやぁ!離して!」
クソ両親が何とかトリモチから脱出しようともがくが、人間の力で脱出できるようなものではない。
「しばらくそこで大人しくしていろ」
次の段階に行こう。
「さて皆さん!何故この様な事が自分の身に起きてしまったが疑問でしょう?魔法を使えなくされ、閉じ込められ、そして武器で脅される。なんと恐ろしい事でしょう!何で自分がこんな目に…などとお考えでしょう?お教えしましょう!何故こんな事になったかを!」
俺は怯えた貴族達を前に、俺が両親に受けた仕打ちを事細かに説明した。もちろんそんな事をしても黒髪である誰も同情する事は無い事は織り込み済みだ。むしろ、黒髪如きが何を思い上がった事をしてくれる!と言ったところだろう。だがそれでいい。今奴らにしてほしいのは腹の中に怒りを貯めてもらう事なのだから。
一通り俺の受けた仕打ちや、ロウーナン大森海での生活を嘘混じりに話した。ロボットロマンの話はするつもりもないし、クリシアさんの話だってするつもりは無い。手の内は隠すに限る。
「さて、私の受けた仕打ちは大体話しましたね。でも皆さんは疑問に思ったんじゃありませんか?復讐するならそこにいるクソ両親だけにしろよと。ごもっとも。至極もっともな理論だ。た・だ・し、それは俺を殺そうとしたのがクソ両親だけだった場合だ」
ここで一旦喋るのを止め、回りの様子を確認した。結構な数の人間が理解したが、一部理解していた馬鹿もいた。
「そう、俺の殺そうとしたクソ両親にこの国は手を貸したのだ!だから俺はこの国にも復讐する!」
「嘘だ!何故黒髪たかが一人殺すのに国が手を貸す!」
いい感じに疑問をはさんでくれる、おバカな貴族に感謝だな。
「何故かって?それはもちろん両親をこの国に取り込む為さ。正確に言うなら俺の妹のミレスを取り込む為だな。そうだな王様?」
俺は、華美な鎧に身を包んだ近衛兵に王妃やロッテムと一緒に囲まれながらも、こちらを睨んでいる王様に話を振った。
「何の事かわからんな。逆恨みも甚だしいな。今ならまだ間に合うぞ。とっとと降伏するが良い。命だけは助けてやるぞ」
余裕があるのか王様は、顔色一つ変えずにしれっと言ってのけた。クカカ、さすが王様、演技がお上手だ。
「この状況でその余裕、感服いたしますよ国王陛下。だが勘違いしないでほしい。この場を支配しているのは俺だ」
俺はその事を証明する為に、王様を守っていた近衛兵の一人に銃を向け引き金を引いた。銃弾は近衛兵の肩を貫く。
「があ!」
「今度舐めた口聞くと今度はお前がそうなるぞ」
「っく」
王様は屈辱に顔を歪めた。
クカカいい表情だ。
「さて皆さん。先ほど私の言った事実を王様は否定しましたが、私は言ったという証拠を持っています。皆さんご注目!」
俺は懐から一部に赤い印の付いた野球ボール位の大きさの金属球を床へと放り投げる。床に落ちた金属球はしばらく転がると起き上がりこぼしのように赤い印を上に向けて止まった。すると赤い印の所が開き、レンズがせり上がり空中に特大のホロディスプレイが立ち上がった。そしてある映像が流された。
それは、初めて俺が王の執務室を盗撮した時の映像だ。王の執務室にある棚の上から机のあたりを見下ろすアングルで撮られており、解像度も高いから写されている二人の人間が王様とロッテムである事が一目で分かる。
突然目の前に現れた不思議なものに貴族達は驚き、そして映し出されているのが王の執務室である事に二度驚いた。その映像の中でされた会話に三度目の驚く事になる。
"
「覚えておいででしょうか?ミレス・コーウィックの兄は……」
「両親に手を下させ、お前の部下が死体を処理した。我々は両親の弱みを握り、こちらに取り込んだ」
「そして、こちらで用意した学園に娘を入れ、我が国の優秀な魔術師として教育する。…はずでした」
"
それは紛うこと無き、国王自身が俺を殺す算段に参加した事を示す発言だった。
「うっ嘘だ!私は、その様な事を言ってはいない!皆の物、その様な幻術で騙されるな!」
「ふ~ん。これでも白を切りますか。じゃあ王様を信じる人は手を挙げてくれ。ああ、別に手を上げたって危害を加えるつもりは無い。それは安心してほしい」
そう言うと何人かの貴族が手を挙げ、その後、徐々に手を上げる人間が増えていった。
まぁ王様の証言を信じないなんて、後で不敬罪で処刑されてもおかしくは無いからな。危害を加えないって言ってるんだから、こうなるのは当たり前だな。
「うんうん結構いるな。仕方がありません。ならば真実の積み重ねで、この映像が真実である事を証明しましょう」
そう言うと俺は、ディスプレイにとある貴族の男がスケベ顔して王城の執務室で王城のメイドと浮気している様子を映した。その男は、俺のクソ親父だがな。
「やっやめろぉおおおおおおお!」
止めるかよ。そこで存分にもだえるがいい。隣でもがいていたクソ母親も動きを止めて、クソ親父に冷たい視線を送っていた。
「さて、手を挙げている皆さん。次は誰の真実を映しましょうか?」
俺は、手を挙げている貴族達に向かって笑って言ってやった。
第74話 なお深き怒り 中編
大暴露会は、比較的短時間で終わってしまった。
それと言うのも、手を挙げていた貴族の中からアリスに問い合わせて、既に浮気がばれたと噂されていた貴族の男が浮気している映像や、国庫から細々した物を盗んでいた大臣などの映像を流したらあっと言う間に全員が手を下げてしまった。俺としては少々物足りなかったが仕方が無い。次だ。
「さて、皆さんにも私が映した映像が真実と認めていただいた事に感謝いたします。私としてはまだまだ秘蔵の映像があったのですが残念です」
俺がさも残念そうに頭を振ると、手を勢い良く下げた連中がほっとしたような顔をした。
「では、これから私は、復讐の仕上げと参りましょう。私はこれからクソ両親と王様を本気でぶん殴ります。止めたければご自由に、ただし、邪魔をするものは容赦しません。邪魔をしなければ何もしません」
そう言うと貴族たちはきょとんとした表情になった。ここまでの事をしておいてやる事はたったそれだけ?と、そう思っているだろう。
「皆さん勘違いしていませんかね?たったそれだけと。馬鹿言っちゃいけません。まぁクソ両親をぶん殴るのは、そう大した事ではありません。これは私の憂さ晴らしです。ですが、王様が殴られるのはまずいでしょう」
そこまで言うと、多くの貴族達が顔を青くした。
「'国の象徴'たる王様がたった一人の'黒髪'に成す術も無く殴られた。これ、はっきり言って国が滅んでもおかしくない出来事だぞ。分かっているか?」
これは完全なる権威の失墜だ。王の周りにいる人間は誰一人王を守る事も出来ず、見ていただけ。しかも、殺せるのにお情けで生かされる屈辱付き。
もしこの場にいるのがこの国の貴族だけだったら口裏を合わせて黙っていればいいだろう。しかしこの場には各国の大使が招かれているのだ。この事が諸外国に伝われば見くびられることは必死。たとえその大使が俺の異常性を訴えたとしても、'所詮は黒髪'と侮る奴は絶対に出てくる。それに黒髪に無様に殴られ、そのまままんまと逃げられた王を国民はどう思うだろうか?考えただけでわくわくしてくる。最悪国が終わる。少なくとも国王と貴族達は末代までの恥を背負う事になるだろう。ざまぁみろだ。
「これから俺は、クソ両親と国王を殴りに行く。さぁ誇り高き貴族諸君、国の威信を守ろうと思うなら俺を止めてみろ。出来るものならな」
そして、戦いとも呼べない戦いが始まった。
王様がつばを飛ばしながら叫ぶ。
「我がリランス王国の優秀なる貴族諸君!我こそは思うものは、前へ出ろ!討ち取ったものは、侯爵に任じ、褒章も思いのままぞ!何、たとえ武器を持とうともたかが黒髪一人!我らにかなうわけは無い!」
侯爵といえば、確か王の親族である公爵以外で一番地位の高い階級だったな。それだけの地位を持ち出すという事は王様もかなり焦ってやがるな。
「そうだ!我らは誇りあるリランス王国貴族!たとえ魔法を封じられても我らの忠誠は変わらぬ!行くぞ!黒髪如きに馬鹿にされたままで良いのか」
「「「おお!」」」
黒髪に対しての絶対的アドバンテージである魔法を封じられながらも、'黒髪に負ける'ただそれだけを認めたくない為に無謀な戦いに挑むとはねぇ。
基本的に貴族は、剣やナイフを持たない。当然だ。それより強力な魔法という物を持っているからだ。どうやら、貴族連中は武器を持つ=魔法に自信が無いって事になっているらしい。
この場所で武器を持っているのは'何をしても王を守る'と言う自負を持つ近衛兵しか居ない。
「女子供は、壁によれ!邪魔だ!それ以外のものは全員で囲め!奴とて周囲全てに目が付いているわけではない!例え魔法のような物で攻撃できても一気呵成に攻めれば勝機はある!」
ロッテムが指揮を執り、指示を出す。貴族達もそれに従いまるでチンピラの様に俺を取り囲む。要領の良い貴族はちゃっかり囲みの後ろの方にいった。
「やってる事がまるでチンピラだな?それが貴族のやり方か?」
「ふざけるな!魔法を使えなくしたのは貴様だろうが!我々とてこの様な無様な戦いなど……」
「まぁいい。さっさとかかって来いゴミども」
「キサマァ!者ども掛かれ!」
顔を真っ赤にしたロッテムが突撃の指示を下す。
俺はグ□ックを俺に一斉に飛びかかろうとしていた連中に銃口を向け引き金を引いた。次の瞬間俺に向かって来ていた連中の太ももに大輪の血の花が咲く。銃最強。
「ぎゃああああああ」
「足がぁああああああ」
「いぎぃいいいいいいい!」
ホールに汚らしい男の叫びが木霊する。突然目の前に居た仲間が倒れた事にびびったのかうろについていた貴族の突撃の速度が落ちる。
「止まるな!進め!奴の武器は一定数放つと一部を交換するまで放てなくなる!進め!」
おお、あの親父は良く見ているな。
そして廻りながらグ□ックを連射していると直ぐに弾が切れた。大体回転した角度は180度といった所か。
「今だ!今の奴はあのおかしな武器を使えないぞ!進め!」
ここで決めないと次に地面に転がるのが自分だと分かっているのか、残りの連中が死に物狂いで駆け寄ってくる。
「砂糖より甘いっ!!」
俺はグ□ックを手放し、背負っていた8○式小銃を正面に持ってくると、腰だめに構え向かってくる連中に向けて乱射した。放たれた弾丸は敵の太ももを貫くだけでは飽き足らず、さらに後ろに隠れていた連中の足を抉る。再び聞くに堪えない叫びが轟く。そんな中、8○式小銃から排出された薬莢がだけが、床に落ちて澄んだ音を出した。
「とった!」
するとそこに背中から、パンチが飛んできた。グ□ックのを撃った方だから、銃弾が貫通してなくて助かった奴が近づいてきたのだろう。
「それがどうしたぁ!」
俺は、即座に振り向き貴族の放つヘナチョコパンチを避けた。そして足を貴族の方へ一歩踏み出し、胴体を捻りながら8○式小銃の銃床を相手の顎へと叩きつけた。
「ぎぅ!」
顎を砕かれ、変な悲鳴を上げながらその男はもんどりうって倒れこむ。そして男に続いて殴りかかろうとしてくる連中に向けて、さっきと同じ様に8○式小銃をぶっ放した。そして8○式小銃の弾がきれる。俺はチッと舌打ちするとマガジンリリースボタンを押してマガジンを床に落とし、予備のマガジンを取るために左腕を後ろに回した。
「今だ!」
ロッテムが大声を出すといつの間にか王様から離れ階段を下りていた近衛兵のうち三人が、手に持っていた剣を思いっきり投げてきた。
剣がブンブン回転しながらこっちに飛んでくる様子はなかなかに怖い。それも複数飛んでくるとなるとひとしおだ。
二振りは見当違いの方向に飛び倒れていた貴族達に突き刺さったりしたが、俺に当たる軌道を取っている剣が一振りあった。
「グッ!」
俺はリロードを中止し、左手を盾にしてその攻撃を防いだ。だが、そのせいで持っていたマガジンを取り落としてしまった。まだマガジンはあるが、この隙をロッテムが見逃すはずが無い。
「今だ!奴はあの妙な攻撃は出来ん!殺せ!」
「「「おおおおおおおおお!」」」
手に剣を持った近衛兵が、俺目掛けて駆け出した。
「二度あることは三度あるってなぁあああああああ!」
俺の持っている最後の銃器、左腕の仕込み銃を起動した。手首が折れ、腕に収納されていた銃口が伸びる。目の前まで来ていた近衛兵がそれが何か分かると「避けろぉおおおおおおお」と叫んだ。しかしその叫び声は三つ目の銃声によってかき消された。無残にも突撃してきた近衛兵はその身を銃弾に貫かれ、他の貴族達と同じ様に倒れた。
これでもう俺に立ち向かってくる貴族は居なくなった。残っているのは王を守るために攻撃に参加しなかった近衛兵二人だけだ。隅でがたがた震えている連中は手を出してくることは無いだろう。
8○式小銃のマガジンを拾い、リロードしてから血に濡れるホールの床をゆっくりと歩き出した。
後ちょっとで終わる。
ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、トリモチに拘束されながらもガクガクと震えているクソ両親に近づいた。
「よう、この国を滅ぼした元凶さんよ。気分はどうよ?これが終わればお前たちは、この国の全ての貴族に睨まれる事だろう。どんな扱いになるか楽しみだな!」
「まっまってくれ!やめてくれ!悪かった俺達が悪かったから!」
「そうよ!あれは仕方が無かったのよ!愛する息子を生かす為にはああするしかなかったの!だから助けてっ!」
ああ、クソ両親の命乞いが心地良い。これが聞きたかった。惨めな命乞いが、無様な物言いが、絶望した発言が!
ああ、俺は正義ではない。悪だ。だが、俺は許す正義より、罰する悪を選ぶ、それが自己満足であろうとも!俺が俺である為に!
「知った事か。今まで幸せな生活をしていたんだろう?そのツケが回ってきたんだ。ありがたく受け取れ」
俺は、嬉々として左腕を振り上げた。
その時、女の叫び声がした。
「もうやめてください!」
「何だ?」
声をしたほうを向くと腹を撃たれて倒れているフレイムの銃創を抑えている女がいた。こいつが声を上げたんだな。女はフードの付いた純白の修道服の様な物を着ており、顔はフードを被っているせいでよく分からない。
「こんなことして何になるって言うんですか!あなたはそんな酷い事をする人じゃないでしょう!」
ん?この中に俺の知り合いなんていたか?
「あんた誰だ?」
「お忘れですか?依然あなた様に助けられたミーナです」
フードを捲ると以前チンピラに絡まれていた所を助けた宗教女だった。良く見ると宗教女の近くには父親が縮こまっている。
「ああ、あの時の……」
「そうです。復讐なんて、もうやめて下さい!」
ああ、復讐に付き物のあの問答が始まるのか。
「あなたがどんな酷い目に合って来たかは分かりました。聞いていて涙が出そうでした」
つまり出てないんだな?涙。
「ですが、あなたはそんな境遇に置かれていてなお、優しさを失わず私を都の暴漢から救ってくれました」
情報目的にだったけどな。
「あなたはまだそんな優しさが残っているんです!これ以上不幸を増やしてどうなるって言うんですか!今ならまだ間に合います!」
「……それだけか?」
「えっ?」
「言いたい事はそれだけなんだな?」
「はっはい」
「じゃあ聞こう。このクソ両親は罪の意識を持って後悔しながら生活していたか?王は?見えないだろ。なら今後黒髪が生まれたら俺と同じような目に合わせようとする筈だ。それを分かっててお前はそれを止めようというのか?」
「えっえっ!?」
「それに、そもそもこいつらは俺を殺そうとした罪は罰されたか?されて無いだろ。なら俺が罰して何が悪い」
「罰は与えます!」
それは誰が?いつ?
第75話 なお深き怒り 後編
「ヴェーグ神様は天から全てを見ています。必ずや悪しき行いをした者はヴェーグ神様より罰を下されます」
結局神か。まぁ宗教関係者だから大体の結論は神様関連になるか。まぁ俺の考えは固まってるがな。
「悪いが俺は神を信頼していない。神が罰を下すなら好きにするがいい。俺は俺で罰を下す」
「いけません!それはヴェーグ神様の領分を侵すことになります!」
「'ヴェーグ神様の領分'?どうしてそうなる?罪人を裁くことは何処でもやっているだろう?」
「神によって与えられた法により罪人を裁くことを許されているのは、国に対し神が信任なさっているからです。個人ではありません」
ここで言う法ってのは、神の教えって奴かな。
「それならその信任のされている国の長である王は誰が罰するんだ?」
神に信任されている余が余に判決を言い渡す。汝、罪無し!とか言えるじゃねぇか。
「他国の王が罰します」
他国の王が正義感だけで他国の王を罰するなんてありえねぇだろ。
「ならば聞こう。何処の国の王がこの国の王を罰する?たかが黒髪一人を殺す算段に手を貸した王を誰が罰すると思うか?」
「それは……」
ミーネは口篭る。さすがのミーネも俺の為に他国の王を罰する王がいるとは思えないのだろう。
「ですが!許されざる過ちならヴェーグ神様が必ず罰します」
「神が人を罰するとか言ってるが、俺の知ってる神はそんなめんどくさい事をはしない」
あのクソ女神がたかが人間如きの罪をわざわざ罰する事なんて絶対しないだろう。
「ヴェーグ神様を馬鹿にしているのですか!」
あん?ああ、ヴェーグ神は、幾つ者姿を持つ神ってされているんだったな。きっと俺言った神もヴェーグ神と受け取ったのだろう。
本当うぜぇな。
「俺は神が罰しようがしまいが関係ない。俺がすると言っている文句あるか。あるなら黙ってろ」
「だからっ!それはヴェーグ神様が許さないのです!」
「だからどうした!この怒りは、恨みは俺のものだ!だからこそ俺が晴らす!この怒りを、恨みを俺が、無に返す!勝手に神などに裁かれてたまるか!」
「まって!」
俺は再びクソ親父を殴るために拳を振り上げた。
「もはや問答無用!よくも俺を殺そうとしやがったなこのクソ野郎共!」
「やっやめ!ぐぇ」
俺の全力の拳をクソ父親に叩き込む。クソ父親はトリモチによって吹っ飛ぶ事も出来ずその衝撃をもろに食らった。左腕にクソ親父の顔の骨が砕ける感触が心地よく伝わる。しばらくビクンビクンと痙攣すると失神した。
「お前もだ!」
「いやああああああああ!あがっ!」
同じ様にクソ母親に怒りの鉄拳を食らわせる。こちらは運が良いのか直ぐに失神してしまった。
「お前には何の力も無い!そこで神を謳いピーチクパーチク囀っていろ!」
「待って…待ってよぅ」
涙と鼻水と崩れた化粧でぐしゃぐしゃになった顔で必死で待ってを繰り返すミーナ。
もうコイツは無視しよう。
俺が最後の標的である国王を殴るために階段を上った。
俺が王の前に立った時、奴は顔を憤怒の表情浮かべ、俺の前に立っていた。
ロッテムと近衛兵二人は王様を隠すように俺の前に出て剣を向けてくる。が、俺は無言でそいつらを銃で撃つ。撃たれた三人は苦悶の声を上げて倒れ伏す。
「貴様!」
王様が思わず声を上げるが俺はそれを無視する。
「おい、王様。今お前が土下座して謝るなら許してやってもいいぞ?」
ここで王様が手が出てこないのは俺に敵わないとわかっているからか。
「私は、この国を守る義務がある。その為に我が軍を確実に強化する為に仕方が無かった事だ。謝罪するつもりは無い!」
言い切りやがった。なら……。
「お前は、俺に恨まれるデメリットと俺のクソ両親を懐柔できるメリットを秤に掛けた結果、クソ両親を懐柔し俺に恨まれる事を選んだ。なら俺が恨みを持ち、復讐するのもお前が選んだ結果なんだから仕方が無いよなぁ?」
俺は右手で王様の襟首を掴み持ち上げる。王様が俺の持ち上げている手を掴みながら足をばたばたされるが、この程度の衝撃では俺は揺るがない。
「貴様!必ずやお前を殺してやる!」
「やってみろよ、王様。お前にその力があるならな」
「その力がないと思うか!黒髪の分際で!」
そして俺が開いている左手で拳を作った時クリシアさんの鬼気迫った声が響く。
『ゴウちゃん危ない!!』
しかし王様を殴る事に気を取られていた俺は、それに反応する事が出来なかった。気づいた時には王様が入ってきた扉が爆発し、その破片が散弾の様に飛び散った。飛び散った破片の一つが俺の右腕に当り、突然腕に走った痛みで王様を落としてしまった。これが義手である左腕で掴み上げていたら落とす事にはならなかっただろうな。
「ぐっ!何だ!何が起こった!」
周囲を煙に包まれてしまったので、とりあえず俺は階段下へと飛び退る。
そこにすかさずアリスから報告が入る。
『旦那様、不審者がホール内に侵入しました。数1』
「なんだと!扉の前に置いたオートマトンはどうした!」
オートマトンは、俺がホールのでの復讐を邪魔されないように城に放っておいた対人用自律行動型無人兵器だ。対人用とあってロボットロマンでは最下級の雑魚ロボット。しかし対人用とあって、人間用では十分な性能を持っているはずだった。
『進入した対象に破壊されたようです』
クソッ!ポイントをケチったのが祟ったか!
「そこまで、ですわよ!」
ホールでどこかで聞いたようで、聞いた事の無い声が響いた。
「今度は何だ!」
…ったく俺…何処の悪役だよ。まぁ正義の味方面するつもりはないからいいか。
煙がゆっくりと晴れ、王様の前にボロボロになった元は超高級そうなドレスを着た少女が立っていた。そして俺はその顔を見て凍りつく。
「私の名前はレフリアーナ・ダブド・ディオニス!リランス王国国王ヒューザ・ダブド・ディオニスの娘ですわ!城の一部とは言え占拠するとは言語道断!そこに直りなさい!」
黄金色に輝く髪を持った少女、つまり貴髪。だがそれは別にいい。魔法封じのナノマシンは品切れの為もう使えないが、ここで貴髪一人増えたところでやりようはある。
『まさか、あの子って!』
めったに驚かないクリシアさんが契約の石の中から驚愕の声を出す。
「おお!我が娘よ。待っていたぞ!早くあの痴れ者を殺すのだ!」
王様が尻餅をついた状態から立ち上がりながら目の前に現れた侵入者に声を掛ける。
…そうかそういう事か。本当にこの国の王は清濁併せ呑むクズだな。
「クカ!クカカ、クカカカッーカカカカカカカカカッーカカカカカカカカカッーカカカッーカカッーカカ!」
このクソッタレの国は滅ぼそう。俺の手で。
狂ったように笑い始めた俺に戸惑ったのか金髪の少女がたじろぐ。
「ななんですの!?」
「オイ、クソ王!お披露目する対象だったのはこの娘を紹介する為だったのか?」
「あっああそうだ!我が娘にして金の髪を持つ、最強の貴髪!お前など娘の相手すらならんだろう!」
狂ったような笑いを突然やめ、真面目な表情で質問した俺に面食らいながらも勝ち誇ったようにクソ王が喋る。
この'お披露目'は、良くある強奪イベントではなく、正しく'お披露目'だった。戦術核搭載型ロボットを強奪した某艦隊の様に、お披露目されるのは強奪された最新鋭機だったというわけだ。
「もう一つ聞こう。その子のキョウダイはどうした?」
「この子に黒髪の姉妹などおらぬわ!我妻は神に祝福された者!己の同族を哀れんだか?妻は黒髪など産んではおらぬ!」
周囲で怯えていた貴族達がおおと感嘆の声を上げる。クソ王の隣で怯えていた王妃も堂々とクソ王の横に立った。
黒髪を生まずに貴髪を生んだ母親それはさぞ神秘性に富んだ肩書きだろう。
それが真実なら。
「ああそうかい」
俺はルーリに金の髪と髪型意外そっくりな少女を見た後。娘とは似ているとは言いがたい王妃を睨み付けた。
「あなたの怒りは理解できますが、王族として国家の危機は見過ごせませんわ!さぁ尋常に勝負なさい!」
彼女はそう言うとビシリと俺を指差した。
「断る」
「なんですって!私が貴髪と知って臆しましたか!」
俺の答えが意外だったのか俺に向かって指差したまま固まった。
ルーリ、ミレス。俺、この国を自分の手で滅ぼそうと思う。
「うるさい。黙っていろ。さもなくば、ここにいる連中を皆殺しにするぞ。分かったなら黙っていろ」
「なっ!」
「予定変更だ。俺としたことが舞台に上るべき人間が足りない事が分かった。だから今日は引こう。だが……アリス!」
俺が叫ぶとホールに設置したディスプレイにアリスが大写しになった。わざわざディスプレイに出て来る様にしたのだ。見せ付けてやる為に。
『御用でしょうか旦那様』
「お前は!!それに旦那様だと!?」
ミーネに腹を押さえてもらっていたフレイムが驚愕に目を見開く。
何だまだ意識があったのか。とっくに死ぬなり失神してるなりと思ったんだがな。
「三ヵ月後この王都を滅ぼす。準備しろ」
『かしこまりました。しかし、現戦力でも滅ぼすことは可能ですが?』
「それは分かっている。こいつらに最後のチャンスをやるんだ」
チャンスというより、ありもしない希望にすがって絶望する準備をしてもらうんだがな。
『差し出がましい事を言いました。お許しください』
「気にするな」
『では失礼します』
「ああ、頼むぞ」
そう言うとアリスは画面から姿を消した。あたりは沈黙に包まれ、驚愕の視線が俺に集まった。
「…まっ待て…きっ貴様は……」
一連のやり取りを見ていた王様が慌てながら疑問を口にする。
「ああ、俺はいぜんハグルと名乗った事がある」
そして誰かがつぶやいた。
「ハグル魔王……」
ここで完全にクソ王が顔を真っ青にした。ここに来てクソ王は何を敵に回したのかを完全に理解した。
「聞け!俺は三ヵ月後、この王都を攻め落とす!これからの三ヶ月で守りを固めるなり、民を逃がすなり好きにしろ!ただし、お前達に掛けた魔法が使えなくなる呪いは俺を殺さなければ絶対に解けない。呪いを解きたければ全力で俺を殺しに来い!ああ、まさかとは思うが民を置いて逃げるなど、そんな無様なまねはしてくれるなよ」
そう言いきると俺は最後に派手に決めようと思い、アリスに通信をつないだ。
「(アリス、現在いる城の正面玄関を目標に衛星剣を最小出力で発射)」
『(かしこまりました。旦那様。目標照準…完了。エネルギーチャージ開始・完了。天裂剣発射)』
次の瞬間、この城の象徴とも言うべき正面玄関の扉が光の柱に包まれ、消失した。光の柱は役目を終えると直ぐに消えた。
それを見ていた人間はあまりの事に声も出ていない。
衛星剣は俺が打ち上げた衛星兵器の一つ。能力は書いたとおり、軌道衛星上からのレーザー攻撃。バロールとセットで無いとまともに狙いも付けられない可愛いやつだ。
「じゃあ三ヵ月後にまた遭おう。さらばだ。ああ、最後言っておくぞ。このホールでのやり取りは全て街の連中に見られていたぞ。だから各国大使を殺して口封じしようと考えても無駄だからな」
「ナンだとっ!」
俺はクソ王の怒号を背に、光学迷彩を起動して王城から脱出した。
閑話 グレン初陣 1
俺の名はグレン。苗字はいらねぇよな。俺は黒髪だし。一応言っておくと結構良いとこのお貴族さまだったぜ。まぁ傅かれた事なんて無いけどな。
今は、ラフィングレイヴンとかいう怪しい兵団に所属している。所属って行っても完全見習い状態だがな。
元々は、王立フォルモ高等士官学院って所に他の黒髪の連中と一緒に押し込められていたんだが(居心地はそんなに悪くなかった。なんせ殆ど人の来ない所にある屋敷に放り込まれただけだったからな)、そこに俺達の教師としてあいつが来た。鉄の仮面を被り、嫌味な丁寧語で話す、あの野郎だ。あまりにむかつくんで喧嘩吹っかけたらなんと俺が負けた。貴髪を除けば、誰だろうと喧嘩で負けた事が無いこの俺が、だ。
後から知ったんだが、そいつは俺と同じ黒髪だってんだから俺自身、信じられなかったぜ。なにせ俺が、パンチ一つ当てられなかったんだからな。しかもその後そいつの妹(そいつも黒髪)と戦ったら、こいつにも負けた、一撃で。一体何なんだ奴らは!と思ったぜ。
あの野郎は俺達にだけではなく、なんとSクラスの連中相手にもやらかした。Sクラスの試験であいつらをけちょんけちょんにしちまったんだ。まぁ俺達黒髪も手伝ってやったんだがな。奴らの護衛対象である車を奪ったのは俺だぜ!
けどそのお陰で学院に居れなくなっちまったんだな。まぁその事は承知で手伝ったんだけどな、代わりに鉄仮面…ゴウの兵団に入った訳だ。
入ったはいいが本当にゴウの野郎は何者だ?何か光の門作って中に入ったら、見たことも無いような建物が沢山建っている場所に出た。そこでは魔道具も無いのに明かりが点き、蛇口とか言うものをひねれば水が出てきたんだぜ。信じられるか?
そんな所で俺達はゴウに訓練しながら暮らす事になった。学園での暮らしに比べると大変だが、サイもシュナもリミエッタもなんだかんだで楽しくやっている。もちろん俺もな。特に戦闘訓練は良いねぇ。今まで見た事もねぇ武器'じゅう'。それに黒髪の俺でも乗る事の出来る'ろぼっと'とか言う機兵もどき。ただでさえ強い俺がさらに強くなる。これほどうれしいことは無いぜ。まぁ'じゅう'ってやつを撃っても的にゃ当たらないんだけどな。けどリミエッタの奴がバンバン遠くにある的に当てんだよ。一度なんでそんなに当てられんだよと聞いたら距離がどうたらとかコリオリがどうたらとか言ってて訳わかんねぇ。まぁ学院に居た時から訳わかんねぇ奴だったが、ここに来てさらに訳わかんねぇ奴になったな。
そんな感じに暮らしていたらとうとう俺の出番が来た。何でもゴウの野郎の変わりに魔獣の討伐をして来てくれと言う話だ。おう!やったろうじゃねぇか!最近は訓練ばかりでちょうど飽きてきた所だったんだ。
俺は、ゴウに装備一式を渡され、奴の妹のルーリとドルフ一家と一緒に魔獣狩りに出かけた。
「んで、ドルフのおっさん、そのなんとかって言う依頼の村までどれ位かかるんだ?」
無線で前を走っているトレーラーを運転しているドルフのおっさんに聞いた。
「これから行く場所の名前くらい覚えろ。ロフート村だ。…もうちょっとだ」
『相棒!その質問は今日何度もしたじゃん!』
ゴウから渡された肩パッドの中に居るアム子がひょいと出てきた。ゴウから渡された装備の一つで俺の'さぽーとようえーあい'だそうだ。普段はずんぐりむっくりな半透明の蛇の姿でキンキン声で喋るへんな奴だ。
「んなもん、覚えちゃいねぇよ。それにもうちょっとってさっきも言ったじゃねぇか!」
「もうちょっとっつったらもうちょっとだってんだ!黙って運転してろ!事故ってもしらねぇぞ!」
「どうすりゃこんな所で事故れってんだよ!周り全部草原じゃねぇか!どんな間抜けだ俺へぶっ!」
「うるさい」
その時、俺の頭をルーリがぶん殴った。その拍子にハンドルを思い切り回しちまう。トレーラーが急に進路を変えて、道でもない場所をガタガタと音を立てて草原に突っ込んだ。
「うぉおおおおおおおおおおお」
『あぶないじゃぁああああああああああん』
慌ててブレーキを踏む。ザリザリという音と一緒にタイヤの回転が止まり地面を削っていく感触がハンドルから伝わってくる。
そしてようやく止まった。
「ふぅ。…何しやがんだ!あぶねぇだろ!」
「寝てたのにあなたがうるさくて起きた」
「ああ!済みませんでしたね!いとしのお兄様と引き離されて不貞寝してたのを邪魔をして」
「うるさい」
俺が文句を言うとまた殴られた。
「げうぅ」
『ああ!相棒!大丈夫かじゃん』
「余計な事言うからよ」
再びの激痛に俺は頭を抱えた。
「あー痛ぇ。へーへーわかりましたよ。ったく」
「分かったら早く道に復帰する」
「あいよ」
俺は、トレーラーの運転を再開した。一方ルーリは、また不貞寝をする為にキャビンの方に消えていった。
何とか道に戻るとドルフのおっさんのトレーラーが路肩に止まっていた。どうやら俺達を待っていてくれたらしい。
「あはは、災難だったなグレン」
「ああ、ひでぇ目に遭ったぜ」
「まぁ初めてゴウと分かれて依頼を受けてナーバスになってんだ。勘弁してやってくれ」
「俺は、大人だからな。勘弁してやるさ」
『さっすが!相棒じゃん!』
アム子が俺の肩で赤い○がついた変わった団扇を出して踊る。
「くくく。そうしてやれ。…そうそう。もう直ぐ昼だ。ここにトレーラーを止めて昼飯にするぞ」
「!待ってましたっ!今日の昼飯はなんだ?」
「お楽しみだ」
俺は、一刻も早く昼飯にありつくためにアクセルを踏み込んだ。
「ムグムグ。おお!これうめぇ!」
アリカさんの料理はシュナの料理とは一味違うな!
「あら、うれしいわ。ドンドン食べてね」
「あざーっす。んでよ。俺はその村で何倒しゃいいんだ?」
昼食にハヤシライスなるカレーと似て非なるものかきこみながらドルフのおっさんに聞く。
「お前には前に話したろう?ちゃんと聞いてなかったのか」
「わりぃ、初めての実戦てことで舞い上がってた」
「ったくしょうがねぇな。耳かっぽじって良く聞けよ。今回の依頼は、とある村の近くに現れるようになったグランマンティスの討伐だ。依頼主はこれから行くあたり一帯を収めている領主。本来なら近くの街の騎士団に相手させるんだろうが、この間の魔王軍との戦でボロ負けしたせいで、街から騎士団を出したがらないらしい。そのお陰でギルドに依頼が来たってわけだ」
「ふぅん。んでグランマンティスって奴はどんな魔獣なんだ?」
「グランマンティスは呼んで字の如く巨大な蟷螂で、小さいもので5m、大きいものだと10mを越える。早々はそんなでかい奴はいねぇがな。心配しなくても俺達二人でも十分倒せる。ゴウ特製の機兵ならなおさらな」
「なぁドルフのおっさん」
「なんだ?グランマンティスの相手は俺一人でやらせろとか言うんじゃねぇだろうな?」
「わかってんじゃねぇか」
「ふざけるなよガキが。やらせるわけねぇだろ」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃ無し」
「場合によっちゃ減るんだよ。お前の寿命とかな。俺はゴウからお前の面倒を頼まれてんだ。戦闘中は俺の指示に従ってもらうからな」
「ちぇ」
『だめじゃん!相棒!あたいが居るっていってもまだまだ色々不安じゃん。先達の教えは受けるべきじゃん』
「ちっわかったよ」
『よろしくお願いするじゃん』
「まったく。アム子位に素直になれんのかね」
ドルフのおっさんはそういってため息をつくと食事に集中した。
目的の村に着いたのは、夕方だった。そんな裕福な村ではないらしくみすぼらしい家が多い。
これなら学園で住んでいた館のほうがマシだな。
「ん?何だあれ?」
トレーラーを止めて運転席から村の様子を見てみると、村から黒い衣装を着た人間が列を成して村の近くにある丘のほうへと歩いているのが見えた。
丘には、幾つもの墓石が並んでいた。
「ありゃあ葬列だな。村の誰かが死んだんだろう。…結構死んでるな」
列を良く見ると、確かに四角い棺を担いでいるのが見える。
「1、2、3、4人か」
「んで、俺達はどうすんだ?」
「この規模だと多分村長は葬式に出ているだろうから、今日は到着の挨拶だけだな。詳しい話は明日だ。おいグレンこれから村長に挨拶にいくぞ」
「えーマジかよ。めんどくせぇ」
「何言ってやがるこの兵団のリーダーはお前なんだぞ'ゴウ'」
「はいはい、いきますよ」
「それとフードを被るのを忘れるなよ」
「あいよ」
そう言うとドルフのおっさんは通信機のスイッチを切った。
「おいルーリ、ちょっくら村長に挨拶してくるわ」
「あっそう」
キャビンのほうにいるルーリに声を掛けるが、帰ってくるのはそっけない言葉。
ほんっとつれねぇな。アイツ。俺はやや乱暴にトレーラの扉を閉めた。
トレーラーから降りてドルフのおっさんと葬列へと向かって歩く。近づくとすすり泣く声が聞こえた。
「結構長い葬列だな。結構なお偉いさんが死んだか?」
「さぁなぁ。田舎の方だと薬草とかに詳しい婆さんが死んだ時もこれ位泣かれたのを見たことがあるぜ。…俺はそこら辺の奴に村長の居場所を聞いてくるからそこで待っててくれ。くれぐれも騒ぎを起こすなよ」
「おう」
ドルフのおっさんがそばから離れると俺は、ぼんやりとしながら葬列を見ていた。すると葬列の最後尾から少し離れた場所を薄汚れたローブを着たおっさんが歩いていた。手には柄の長いスコップを、顔はフードをかぶっているからわからなかった。
なんとも成しにその怪しい人間を見ていると、何処からかそいつ目掛けて石が飛んできた。
「ぐっ!」
飛んできた石はローブ野郎の腹に当たった。鈍い音がしてそいつは膝をついた。
おいおい、一体なんだ?
「おまえは!こっちにくんな!」
「お前なんかにとーちゃんはやらないぞ!」
黒い服を着たガキが片腕一杯に石を抱えながら、石をローブ野郎に向かって投げている。
ああ、ひでぇなぁ。一体アイツが何したってんだ?しかも石を投げてる方が涙目ってなんだよ。ローブの野郎もやられっぱなしになってるだけじゃなく一発かましてやりゃいいんだ。まぁ俺にゃ関係ないがな。
…と思っていたんだが。
ガキの投げた石がローブの野郎の頭とフードにうまい事入り込み、フードが外れた。
驚いた事にそいつは黒髪だった。
「おい、やめろクソガキ!」
俺は、クソガキを止める事にした。さすがに黒髪が痛めつけられているのを見過ごすわけにはいかねぇな!
「ナンだよお前!」
「通りすがりの機兵乗りだよ」
可愛くねぇクソガキが俺を睨み付けてくる。
「うるさい!そいつは、とうちゃん達を埋めるんだぞ!そんなことさせてたまるかっ!」
埋める?ああ、死んだら埋めるしかないわな。
「それがどうした。死んだら埋めるもんだろ」
「違う!とうちゃんは起きるもん。ぜったいおれ達のところに生きてかえってくるって言ったもん!」
「そうだ!ねてるだけだ!けどそいつは死んでるとかいって。ねているとうちゃん達を埋めようとしてるんだ!」
「けっ。これだからガキは……。いいか?人間死んだら絶対に生き返らねぇんだ。死んだ父ちゃんが生き返る?そんな与太話聞いたこと無いぞ」
「うっうるさいやい!」
クソガキは自棄になったのか俺にまで石を投げてきやがった。
「いい加減にしろクソガキ」
まぁガキの投げた石だから簡単にキャッチする事が出来る。俺はキャッチした石を見せ付けるように握りつぶした。
ゴウの野郎から貰った義手っぽい腕鎧は、ぱわーどすーつの一部とか言う奴で俺の力を何倍にもしてくれるらしい。そのお陰でこんな芸当が出来るというわけだ。
「ひっ!」
「うぁあああん!」
それを見たガキ共は、抱えていた石をバラバラと落とすと泣きながら一斉に葬列の中へと逃げ込んでいった。
「おい、おっさん大丈夫か?」
「へぇ。機兵乗り様助かりました。ありがとう御座います。私は、ごらんの通り'黒髪'でグリムドと申します。このご恩は忘れません」
「気にすんな。それより、お前も少しは反論なり反撃なりしろよ!ああいうのは一度ガツンとやらねぇと付け上がるぞ」
「それは、へぇ。私は'黒髪'ですから、反撃なんてしたら、後で何されるか分からんもんで……。それに子供のする事ですから」
「ガキのする事って言ったてなぁ」
「たいした力はありませんから」
そこへ、顔を真っ赤にしたババァが葬列をかき分けて出てきた。
「グリムド!あんた一体うちの子に何したんだい!事と次第によっちゃ許さないよっ!あんた誰のお陰でこの村で墓守をさせてもらってると思ってるんだい!」
出てきたババァは、グリムドを思いっきり突き飛ばす。突き飛ばされたグリムドは抵抗するそぶりも見せずに尻餅をついた。
「おいババァ。いい加減にしろよ。グリムドのおっさんは何一つ悪くねぇ。悪いのはグリムドのおっさんに石を投げたそこのクソガキだ」
「あんた誰よ!フードで顔隠しちゃって!」
「俺はぁ。通りすがりの機兵乗りだ、文句あっかくそババァ」
「村の事に口出ししないで頂戴!これだからよそ者は……」
「んだとコラ!」
殴るぞババァ!
閑話 グレン初陣 2
「葬式の最中だと言うのに一体何事だ!」
いきなり怒声が響くとゆっくりと歩いていた葬列から、今度は白髪交じりのおっさんとドルフのおっさんが一緒に出てきた。
「おいゴウ、やっぱり騒ぎを起こしたか」
ドルフのおっさんを見ると頭に手を当ててため息をついていた。
「やっぱりってナンだよ。やっぱりって!」
俺が好きで騒ぎを起こしたんじゃねぇよ。
そこへ、さっきのババアが村長に訴えるように行った。
「村長さん聞いてくださいよ!グリムドの奴がよそ者と一緒に息子をいじめたんですよ!」
「グリムド!貴様!」
村長と呼ばれた男がその事を聞くと青筋を立てて怒鳴った。グリムドのおっさんが尻餅をついたままビクッと震える。
「待てよ。人の話も聞かないでキレてんじゃねぇ!そこのババァに隠れているガキがこのおっさんに石を投げてたんだよ。このおっさんは悪くねえ!そして俺はそのクソガキを叱っただけだ!」
俺がそう言うと、村長は値踏みするような視線を俺に向けた。
「ドルフ殿と知り合いという事は、仲間の機兵乗りの方とお見受けするが、これはうちの村の事。口出しはご遠慮いただこう」
「そうもいかねぇ。そこのガキは俺にまで石を投げてきたんだぞ?謝って貰うってのが筋じゃねぇのか?」
「何だその口の利き方は!ドルフ殿の所は部下のしつけがなってませんな!依頼人のまではフードくらい脱がんか!」
村長は俺のフードに手を伸ばした。
「俺のフードを勝手に脱がそうとすんじゃねぇよ!」
伸ばされた村長の腕を左腕で掴み、ギリギリと締め上げてやった。
「うぐぐ!離せ!」
最初は抵抗したが、痛みに耐え切れなくなって俺の腕を振り払った。そして痛そうに腕をさする。
「はん!そんなに俺の顔が見たかったら見せてやるよ」
「おい、グ…ゴウ!」
ドルフが止めたが、知ったこっちゃねぇ。フードを勢い良く脱ぐ。
「おっお前は黒髪か!」
「ああ、そうだ。そして兵団’ラフィング・レイヴン’の代表もしているぜ」
「ふざけるな!魔法が使えない黒髪に機兵が使える訳が無い!」
「事実ですよ。彼が私の所属している兵団のリーダーです。彼専用の機兵もあります」
何かあきらめた感じのするドルフのおっさんがしれっと答えた。
「嘘なんかついちゃいないぜ。まぁ俺一人の力って訳じゃないがな。なぁクリシアさん」
そう言うと俺の肩からゴウの精霊に化けたアム子が派手に光をピカピカさせながら出てきた。ちょっと派手過ぎないか?
『まぁそうなじゃん。でもあなたの力でもあるんだから誇っていいじゃん』
「精・霊…だと!」
突然現れた精霊に、一気に周囲が騒然となった。中には葬列から外れてクリシアさん(ヘビアム子)を拝んでいる婆さんまでいた。
「ああ、俺の契約精霊のクリシアさんだ」
「ありえん!精霊様!何故黒髪なんかと!」
『それは、私の自由じゃん。あなた如きが口を出すいわれは無いじゃん』
…容赦ねぇなアム子。あ~あ、村長がぶるぶる震えながらうつむいちゃったよ。しかもぶつぶつと'ありえん'をずっとつぶやいてやがる。気持ちわりーな。
「あんたなんかに魔獣退治なんて出来る訳無いわよ!」
先ほど、俺に突っかかってきたババァがヒステリックに喚いた。俺はババァに向かってにやりと笑いながら言ってやった。
「いいぜ。黒髪が気に入られねぇってんなら構わねぇ?あんたらが契約放棄すればいい。俺達は王都に戻るだけだ」
すると村長がはっと顔を上げると、大声を張り上げた。
「それは出来ん!もう何人も犠牲になってるんだ!仕事はしてもらうぞ!」
「そうかい。なら情報をとっととよこせ。下手に情報を隠そうなんて考えるなよ?依頼が失敗して一番困るのはお前達なんだからな?」
「ぐぎぎ。…分かりました。今日はまだ葬儀がありますので明日の朝に私の家に来てください。グリムド!お前はとっとと葬儀の後始末に行かんか!」
「分かりました!」
今までずっと尻餅を付いていたグリムドは、慌てて立ち上がると、スコップを担いで丘の上の墓場へ走っていった。
「では、また明日。私はまだ仕事がありますので、これで失礼します」
村長は何処かこらえた様に言うとそそくさとその場を離れた。
「おう。…ああ、後そこのババア。ちゃんとガキの躾くらいしろ。まぁ無理かもしれないがな」
俺がそう言うとババアは、不快そうに顔を歪めて、何も言わずに子供をつれて墓場の方へ立ち去った。
こうしてこの一件は、うやむやに終わった。
「おいグレン。いきなりお前が黒髪だってばらすなよ。予定なら依頼が終わってからだったろうが」
ドルフのおっさんがそう言ったのは挨拶が済んでトレーラーのキャビンで明日の事を話し合っていた時だ。
完全に日は落ち、空に月が昇っている。
今頃ドルフのトレーラーではアリカさんとカーラ、ルーリで夕食を作っているはずだ。
今日の夕飯は何かなぁ。楽しみだぜ。
「いいじゃねぇか。どうせばらすんだ。後か先かなんて大した違いじゃねぇだろ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。村での待遇が変わるだろうが!下手したらこの村の住人全員から襲われるぞ!」
「はは!そうなったら皆殺しにしてやらぁいいじゃねぇか。ゴウの野郎も正当防衛なら仕方が無いって言ってたしな!」
「後始末が面倒なんだよ!今はローラがいれば即座に正当防衛って事で終わるが、そうじゃなければ事実が確認されるまで俺達は騎士団に拘束されるんだぞ!そうなってみろ。絶対碌な事にはならねぇぞ!」
「そうなれば、今度は騎士団を……」
「アホか!」
『そんな事したら、武器弾薬費その他もろもろで赤字だから止めるじゃん』
「ちっ」
駄目だったか。
「とにかくこれからは軽はずみな行動はやめろ!分かったな!」
「はいよ」
「まったく……」
ドルフのおっさんがため息をついた時、コンコンとトレーラーの扉がノックされた。
「夜分遅くに申し訳御座いません。ゴウ様はいらっしゃいますでしょうか?」
こんな時間に誰だ?そう思ってアム子に言ってトレーラーの監視装置を作動させると、扉の前にはグリムドのおっさんが一人立っていた。
一体何の用だ?
「ドルフのおっさんちょっと出てくる」
「おう」
「よう。おっさん何の用だ?」
扉を開けるとそこには、さっき会った時より薄汚れていたグリムドのおっさんがいた。
「はい、先ほどは助けていただいたのに碌にお礼も申し上げる事が出来ませんでしたので、改めてお礼をと思いまして参上いたしました。まことにありがとう御座いました。ただ、明るい内に私がお尋ねするのはご迷惑と思い、この時間になってしまいました。しかし、お礼が遅れた事には変わりません。お詫びいたします」
そう言うとグリムドのおっさんは、腰を丁寧に90度曲げて礼を言った。
「気にスンナ。俺が好きでやった事だ。礼はいらねぇ」
「しかし、それでは…」
そこへドルフのおっさんのトレーラーからルーリが出てきた。
「ん?どうしたの?」
「何だルーリか晩飯が出来たのか?」
「もうちょっとしたら出来る。それでこの人は?」
「なっ。もうお一人黒髪がいらっしゃったのですか……」
「ここにはいないがまだいるぞ。…ルーリこのおっさんはグリムドっていうこの村のおっさんだ」
「何その説明」
「申し送れました。私はこの村で墓守をしているグリムドと申します。先ほどゴウ様に助けていただいてそのお礼をしに参りました」
「ふ~ん。じゃあついでにうちで御飯食べる」
「いえいえ、私は、直ぐお暇いたしますのでお構いなく」
「兄さんはこういうのを袖振り合うも多生の縁て言ってた。けど…」
ルーリはスンスンと鼻を鳴らした。
「ちょっと匂う。グ…に…兄さん。この人シャワーを浴びさせて。服は洗濯して着替えは適当に兄さんの服をあげればいい」
たしかにこのおっさんからすえた匂いが漂ってきている。この匂いの中で食事するのはごめんだな。
「まっいいか。わかった。良しおっさん、ちょっと来い」
「まってください!そんな事までしていただく…」
「いいから来い」
俺は、トレーラーの中にあるシャワースペースへグリムドのおっさんを引っ張っていった。
おっさんに適当にシャワールームの使い方を教えてみるとおっかなびっくりしながら体を洗った。もちろんせっけんとか言う奴やしゃんぷーも使うように命令しておいた。
そして出てきた時は見違えるようにきれいなったおっさんが出てきた。
「ほれ。こいつを着ろ」
とりあえず、ちょっと小さいが俺のじゃーじを渡しておこう。
俺の渡したじゃーじをビクビクしながら着る。ズボンが後ろ前だったのは笑えた。教えてやったら慌てて履きなおした。
まぁこんなもんだろ。
「じゃ、晩飯にいくぞ」
「わっわかりました」
さーって今夜の晩飯は何かなっと。俺はグリムドのおっさんを連れてドルフのトレーラーへと向かった。
「グリムドさんいらっしゃい。私はドルフの妻でアリカと申します。そしてこの子はカーラといいます」
「こんばんは~」
トレーラーの中ではもう完璧に夕飯の出来ていた。既にテーブルには料理が並んでいた。
今日の夕食は、ゴウの出した'るー'とか言うのを使ったスープクリームシチューだ。テーブルの上では、皿によそわれたシチューがいい匂いを放っていた。
俺は、呆然と立っているグリムドのおっさんを座らせると俺も隣の席へ座った。ドルフのおっさんとカーラは、既に席についていて、スプーンを握り締めていた。ルーリとアリカさんは今席に付いた
「!これこれはどうもご丁寧に。私はこの村で墓守をしております。グリムドと申します。見ての通り私は黒髪ですのでそういったお気遣いは無用に願います」
グリムドのおっさんは、獣人と人間のハーフのカーラを見ても特に気にした様子も無く丁寧に挨拶をした。
良し、カーラをけなしたら俺がぶっ飛ば以前にドルフがぶっ飛ばすだろうが。ドルフのおっさんもその様子を少しほっとしたように見ていた。
「私はルーリ。見ての通りあなたと同じ黒髪」
「私以外の黒髪の方に二人も会うなんて思いもしませんでした。よろしくお願いします」
「ここにはいないが、あと三人いるがな」
「本当ですか?それは今どちらに?」
「今は別の場所で修行中だ」
「ささ、挨拶はすんだんだからお夕飯にしましょう。冷めたらおいしくないわ」
「そうだな。さぁ飯にしよう。アリカの飯はうまいぞ!」
ドルフのおっさんがそう自慢げに言うと、シチューに勢い良くスプーンを突っ込んだ。
「あんた!まだ頂きますがまだでしょう!」
「頂きますってなんです?食事の前のお祈りでしょうか?」
「ああ、頂きますってのはね。私達の糧になってくれた生き物とその料理をを作ってくれた人に対する感謝なんだって。私達もゴウさん達がやっているのを真似したの。私としても感謝されるのはうれしいしね」
「本当ですかゴウ様?」
「あっああ、そうだ。俺の世話になったところの風習でな」
俺も最初は何でこんな事すんだよメンドクセーと思ったけどな。しないとルーリに殴られんだよ。
「それでは、頂きます」
アリカさんの号令で全員が頂きますと言うと騒がしい食事が始まった。
ドルフのおっさんが豪快にシチューをかっこみ、それもカーラが真似しようとするのを見てアリカさんが叱る。
俺もこのうまいシチューをお上品に食うよりガツガツと食うほうが絶対にうまいと思う。ルーリはお上品に食ってるから分かってねぇなぁ。
グリムドのおっさんもうまいうまいと泣きながら夢中でスプーンを動かしていた。
しばらく和気藹々と食事をしていると、カーラが目をキラキラさせて質問した。
「ねぇねぇおじさんは、墓守をしてるって言ってるけど墓守って何するお仕事なの?」
「そりゃカーラ墓守っつてんだから墓を守るんだろ?」
夢中で飯を食っていたグリムドのおっさんはハッと意識を戻すと照れたように質問に答えた。
「そうですね。私の仕事は、葬儀の手伝い、墓地の清掃や、お墓の保守点検。あと墓荒らしがこないか見回りをするくらいですね。まぁ墓荒らしを見つけても、私だと村の人達に知らせる事ぐらいしか出来ませんが……」
「へーそうなんだー」
「じゃあ、家とか飯とかどうしてんだ?」
「はい、家は墓地の近くにある家に住んでおります。食事は、朝に近くの家の裏口に行くと一日分の食料をまとめたバスケットがあるのでそれを頂く事になっています。本当に村の人には良くして貰っています」
あの村長やババアの態度からすると実際は違うんだろうがな。
「別にそんな嘘付かなくてもいいんだぜ。どうせ食事は腐る寸前の食い物に、家は墓場の近くのボロ家ってとこか?」
「それは……」
「村人の態度を見れば直ぐに分かるぜ。それにしても何で墓守なんて仕事してんだ?」
「…私は、ある日両親に森に捨てられました。それを拾って育ててくれたのがこの村で墓守をしていたお婆様でした。その方は口は悪かったですが私の面倒を見てくれたのです。ですが5年ほど前に病にかかって死んでしまいました。本来なら村の誰かが墓守の仕事を引き継ぐのですが、誰もやりたがる人はいませんでした。私はお婆様恩に報いる為に、村長にお願いしてこの仕事を継ぎました。…いや、もしかしたらこの村から追い出されての垂れ死ぬのが嫌で、これ幸いとこの仕事に就いたのかもしれませんね」
「まぁ良いんじゃねぇの?」
夕飯も終盤に差し掛かり、俺は今日思ったことをドルフのおっさんに言った。
「なぁおっさん。この依頼破棄して、見捨てちまっても良いんじゃねぇか?この村。グリムドのおっさんは俺達を一緒に来ればいい。ここよりはよっぽどマシだぜ?」
俺がそう言うとグリムドのおっさんは血相を変えて「待ってください!!」と大声で言った。
「なんだ?」
「たしかに私はあの村ではあまりいい扱いを受けては居ません。しかし、今は私は仕事に誇りを持っています。どうか、村の依頼を受けてくれませんでしょうか、お願いします!お願いします!」
グリムドのおっさんは立ち上がって、深々と何度も頭を下げた。
「お兄ちゃんいじわるはだめ!請けた仕事はちゃんと最後までしないといけないんだよ!」
「そうだぞ。カーラの言うとおりだ。ふざけてでもそういう事を言っちゃなんねぇ。それは信頼を無くすだけだ」
「はっ。この村の村長をの態度を見たろ。誰が俺達を信頼するってんだ」
「一人居るじゃねぇか。この仕事が出来ると信頼して任せてくれた奴が」
ゴウの野郎の事か。
「ヤツは、そんなこと考えていねぇよ」
あいつは、影武者に出来そうなのが俺しか居なかったから、俺にやらせたんだろ。
「いや、考えている。じゃなきゃあいつを任せるわけねぇだろ」
『そうじゃん。あの方はちゃんと相棒を信頼してるじゃん』
「んなわけあるかよっ!」
俺は、席を立ってドルフのトレーラーから出た。
閑話 グレン初陣 3
翌日俺達は、情報収集をする為に村長の家に向かった。昨日の事で何か言われるかもとも思ったがドルフのおっさんからは「ご馳走様でしたをしろ」と言われただけだった。
村長の家に着くと客間に通された。客間で待っている間にドルフから耳打ちされた。
「おいグレン、情報の聞き取りと交渉は俺がやるからお前は黙ってろよ?」
「ああ分かってる」
と言うか、あの村長は俺と話そうともしないだろうな。
ガチャリと扉が開き、不機嫌そうな村長が姿を現した。
「待たせたな。早速だが仕事の話をしよう」
「ああ、こちらとしてもその方が助かる」
それから村長は俺に目もくれずドルフと仕事の話をした。
村長から貰った情報を要約するとこういう事だ。約一ヶ月ほど前に村の西にある森に狩にでた狩人がいた。しかし何日も村に帰ってこなかった。心配した村の人間が森に捜索に行くと斬り飛ばされた狩人の左腕と血溜まりが発見された。捜索隊が、その腕を回収して帰ろうとした時、捜索隊の目の前にグランマンティスが現れたそうだ。捜索隊は何とか逃げ帰りその事を報告した。目撃された数は1。大きさはグランマンティスにしては小柄な5m程。
機兵なら余裕だな。
ただ、発見から一ヶ月以上たっているのでもっと大きくなっている可能性があるとドルフのおっさんが言っていた。
ついでに、ドルフが昨日の葬式の事を聞くと、死んだ連中は森での狩を生業にしていたんだが、一ヶ月以上も稼ぎが無い事にあせり、5m位ならと村長に黙って自分達で討伐隊を組んで返り討ちにあった連中だそうだ。葬式に棺を四つ用意したが、中身は殆ど無かったらしい。生き残った奴もいるらしいがまだ生死の境をさまよっているとの事だ。
獲物の居場所も聞いた俺達は早速討伐に出る事にした。今回の獲物は村からそんなに離れていないらしいから、ここから機兵に乗って行く事にする。
居心地の悪い村長の家を出てトレーラーに戻るとトレーラーが村人に囲まれていた。
「なんだ?」
「さぁな。だが殺気立ってる訳でもないし、遠巻きに見ているだけなら問題ないだろ」
俺達が村人どもの輪に近づくとササーっと道が開けられた。
一体ナンなんだこいつらは?
『(きっとグランカモフを見に来たんじゃん。一応グランカモフは精霊機兵ってことになってるじゃん)』
なるほど。くだらねぇ野次馬という事か。
俺はそんな連中を無視してトレーラーのキャリアーに上った。ドルフのおっさんも自分の機兵に向かっていった。
「さぁて行くか」
寝かせてあるグランカモフの操縦席に滑り込むように乗り込み、操縦桿がある穴に腕を突っ込む。するとアム子がグランカモフの起動準備に入った。
『搭乗を確認したじゃん。ハッチ閉鎖、システム起動。システムチェック開始。完了オールグリーン』
ハッチが閉まり、操縦席が真っ暗になる。俺の目の前にある画面に光が灯り、良く分からない文字が流れると空が映った。これは今グランカモフの目が見ている光景だ。ちなみにこの機兵には、網膜投影とか言うものは搭載しておらず、変わりに外から見た映像は正面に貼り付けられた画面に映るようになっている。なんでも、ゴウ曰くこのタイプのロボットはこうあるべきなのだと言っていた。訳分からん。
『シート調整開始』
俺の座っている座席が動き操縦に一番適した位置に移動し、腕を突っ込んだ穴の内側にクッションが出てきて腕を固定する。
『完了、リアクター起動、出力上昇中50…80…MAX、S.M.S(セミ・マスター・スレイブ)増幅値をミニマムにセット。デッキアップ開始』
ゆるゆるとグランカモフがトレーラーのベットが傾斜し始め、グランカモフを直立した状態の角度で止まった。
『完了、機体ロック解除』
ベットに固定していた留め具がはずされ、ズンっとグランカモフが大地に足をつける。
うちのトレーラーを囲んでいた連中から'おお'という声が聞こえてくる。
『いけるじゃん!』
「よっしゃあ!行くぜ!」
俺は初仕事のための第一歩を踏み出した。
「おいゴウ、コイツを持ってけ」
ドルフのおっさんの機兵ダイドルフから渡されたのは、一本の槍。何の変哲も無い機兵用の槍だ。
「はいよ」
槍を受け取った俺は、その場で突き、なぎ払い、手の中で回すなど一通り振ってみる。よし、使える。野次馬の連中もこの様子を見て興奮しているようだ。
「良し、じゃあいくぞ」
「おう」
ドルフのおっさんも同じような槍を担ぐと西にある森へと歩き出した。
トレーラーを置いていくのは少し不安だが、ゴウの奴の事だ。トレーラーにもえげつない仕掛けをしているから大丈夫だろう。大体ルーリの奴がいるしな。
「いいか一応確認として説明しておくぞ?グランマンティスは基本的に待ち伏せが得意な魔獣いや、正確に言えば魔蟲だな。基本的に群れではなく単独行動するタイプだ。奴のメインの武器はその両腕にある大鎌。刃は鋸の様にぎざぎざしていてどんなに硬い装甲でも引き裂いちまうってとんでもない代物だ。いくらゴウ特製の機兵が頑丈だろうが試す気にはなんねぇな。お前も気をつけろよ。ウカウカしてっと後ろからバッサリ!なんて事も結構あるからな」
「はっ!俺がそんなへまするかよ。何年生きてると思ってるんだ」
俺の周りにいた連中は、俺が寝ていようが起きていようがおかまいなくちょっかい出して来やがったからな。もう俺に不意打ちなんて早々出来ないぜ。
そんな事を話していたらアム子が何かを見つけた。
『レーダーに反応あり!前方から何か来るじゃん!』
「何だ!」
俺が前面にあるディスプレイの一部分を集中してみると画面が俺の集中している場所が大写しになった。アム子が察して操作したようだ。
大写しになった画面にはもうもうと立ち上る砂煙が映る。
「なんだ?ホーンボアか何かか?」
『違うじゃん!敵種別確認!標的のグランマンティスじゃん!』
「へっ!森まで行く手間が省けたぜ!やってやらぁ!」
土煙の先を見ると、ものすごいスピードでグランマンティスが走ってくる。
「待てっ!様子がおかしいぞ!」
俺はドルフのおっさんの忠告を無視してグランマンティスに向かって走り出した。
「最初にガツンとかましてやるぜ!」
最初、走り出した時は違和感は殆ど無かった。けど、走っているうちに違和感が大きくなってくる。…いや、大きくなっているのは違和感じゃない!グランマンティスそのものだ!
「ちょちょちょ待て待て待て!」
『グランマンティスの大きさは12m!超大型グランマンティスじゃん!』
何とか止まろうとするが、機兵はすぐには止まれない。
「うぉおおおお!あんのクソッタレ村長め!話が違うじゃねぇかぁああああああああああああ!」
俺はもう目の前まで来ている超大型グランマンティスに向けて槍を振った。
キシャアアアアアア!
俺の振った槍は、グランマンティスの持つ大鎌に簡単に弾かれ、勢いそのままに体当たりされた。
「うぉおおおおおおおお!」
『うぁああああああじゃぁあああああああああん』
吹き飛ばされ、地面を転がるグランカモフの中でシェイクされながら何とか体勢を立て直そうと必死に手足を動かす。
何とか止まり、立ち上がろうと吹き飛ばされても離さなかった槍を地面に突き刺す、そしてグランカモフの顔を上げた時、ふっと目の前が翳った。原因は大鎌を振り上げたグランマンティス。
やられる!?
「馬鹿野郎が!」
大鎌が振り下ろされる寸前で、ダイドルフがグランマンティスに横から体当たりをかました。さすがに超大型のグランマンティスもたたらを踏む。
「今だ!」
俺は急いで立ち上がって、後退した。逃げたんじゃねぇぞ!後退しただけだ!
「アム子!コイツは大丈夫か!」
『多少は損傷したけど、行動に支障があるレベルじゃないじゃん。けど、大鎌の一撃を食らったらどうなるか分からないじゃん!気をつけるじゃん』
さすがゴウ特製の機兵もどきと言った所か。
「何してやがる!早く援護に来い!俺の反対側に回り込め!」
おっとそうだった。
俺は、急いで戦いに復帰する。ダイドルフがグランマンティスの正面で突きを連続して繰り出している。グランマンティスも突きを自慢の大鎌で受け、上半身をゆらゆらと揺らしながら虎視眈々と攻撃の隙をうかがっていた。
「今度はさっきの様にはいかねぇぞ!」
さすがに俺も、また正面から突っかかっていくのは得策じゃない事は分かっている。ドルフのおっさんの指示に従ってグランマンティスの後ろに回ろうと移動した。
だがグランマンティスがクリっと逆三角形の頭動かすと、羽を広げて一気に後方にジャンプした。
「何だ、そのジャンプ力!」
ブブブと羽音をたてながら軽々と100m位、俺達から距離をとった。そしてグランマンティスが大鎌を縦横無尽に振った。
突然ダイドルフが「避けろ!」というと左方向に身を投げた。
「へ?」
『接近警報!I have!』
突然グランカモフが俺の操作を離れ、右の方へ飛びのく。
「うぐううううう!」
次の瞬間、今までグランカモフとダイドルフがいた空間を何かがすごい勢いで通り過ぎた。
通り過ぎた場所には獣の爪で引き裂いたかのような跡がクッキリ残っていた。
『緊急操作終了。You have』
「アイツ魔法まで使いやがるのか!それに勝手にコイツが動いたぞ。何だこれは!」
『敵の遠距離攻撃を確認したじゃん。けどそれに相棒が反応できてなかったら一時的に操作を私が貰ったじゃん』
「そんな事も出来るのかよ!」
『それより早く動くじゃん!狙い撃ちにされるじゃん!』
グランマンティスを見ると再び大鎌を振り上げている。
「おう!」
俺はアム子の言葉に従って一気に駆け出した。見えない斬撃が幾つも俺の後ろを引き裂いていく。
ドルフのおっさんも同じ様にグランマンティスの周りを俺と反対周りで走って斬撃を避けていた。それでもグランマンティスは器用に俺とドルフのおっさん目掛けて大量の斬撃を飛ばしてくる。
「クソ見えねぇ!何とかしねぇとやばいぞ」
すると突然、画面に斬撃が映った。
うぉどうした!?
『相棒!敵の斬撃を可視化したじゃん!』
「良くやった!ドルフのおっさんの方にも同じ事をしてくれ!」
『もうしたじゃん!』
なら!
「グレン!一気に仕掛けるぞ!」
「オッシャ!」
こっちのもんだ!
既にダイドルフは、グランマンティスに駆け出している。
遅れはとらねぇぞ!
俺も方向転換してグランマンティス目掛けて走る。
ダイドルフは、最小限の動きで見えない斬撃を避けながら着々と距離を詰めていくが、俺はそんなに器用に出来ねぇ。避ける事は余裕できる。だが、回避が次の行動に繋がっていないせいで、どうしても動きが止まっちまう。
俺が生身ならこんな無様な避け方なんてしねぇのに!
もうドルフのおっさんはグランマンティスに接近して槍で攻撃を開始していた。
「ああクソッ!遅れたっ!」
『相棒にはまだまだ無駄な動きが多いじゃん!』
その時、グランマンティスの頭がクリッと動いて俺を見た。そしてまた羽を広げた。
「野郎!また飛ぶ気だな!」
『距離をとられたら厄介じゃん!』
「ならよぉぉ!コイツでも食らえぇぇぇぇぇ!」
俺はグランカモフが持っている槍を思いっきりぶん投げた。
投げた槍は放物線を描き、グランマンティスの広げた羽と腹を貫き、地面に縫いとめた。
ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
悲鳴をグランマンティス。その隙をドルフのおっさんが見逃すはずも無く、全力でグランマンティスの胸目掛けて槍を突き出した。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅ!」
ドルフのおっさんの突き出した槍は、グランマンティスの大鎌のついた腕と胴体の継ぎ目に突き刺さる。
ギシャアアアア!
不運にも痛みにのた打ち回るグランマンティスの無茶苦茶に振り回された大鎌がダイドルフが当たり、吹き飛ばされた。
「うおおおおおおおお!」
「おっさん!」
「俺は大丈夫だ!逃げられる前に止めを刺せ!」
「おう!」
『剣の準備は出来てるじゃん!』
グランカモフには、一応呼びの武器として剣が装備されている。しかし…。
「いや剣は使わねぇ!ぶん殴る!」
『どうしてじゃん!?』
「使い慣れねぇ武器なんて使うもんじゃねぇな!漢なら拳よ!」
『そんな事したら手が壊れちゃうじゃん!』
「何とかしろ!」
『何とかって…!?ああ、もう!ネゴシエイト・インパクト、セットじゃん!』
するとグランカモフの両腕が光に包まれた。光がはじけるとそこには二回り大きくなった腕に変わっていた。その腕には肘から銀色の円柱が飛び出しており異様な存在感を持っている。手のひらも分厚く、そしてごつくなり、手の甲には鋭い棘まで付いていた。
「何だコリャ!」
『ダーリンにぴったりな武器じゃん!いいから気にしないでぶん殴るじゃん!』
そりゃ分かりやすくていい!
俺は思いっきり拳を振り上げた。すると肘から生えていた銀色の円柱がさらに肘から伸びた。
よくわからんがまぁいい。このままぶん殴る!
グランマンティスは近づいてくる俺を確認するとまた斬撃を飛ばしてきた。
ああ、良く見えるぜ。
無傷の時に飛ばしてきた斬撃とはちがい、碌に狙いもついていない斬撃だ。それにアム子のお陰で良く見える。よけるのは簡単だ。
「喰らえやあああああああああああああああああああ!」
一気に懐まで飛び込むと、グランマンティスの頭にアッパーカットよろしく殴りつけた。
『インパクト!』
アム子がそう言うと伸びていた銀色の円柱が後ろからハンマーで叩き込んだ様に腕の中に戻る。そしてドゴンという音と共にグランマンティスの頭が弾けた。
頭を失ったグランマンティスは、その場で数度ふらふらと揺れるとズゥンと音を立てて崩れ落ちた。
「おっしゃああああああああああああああああああ!勝ったぁああああああああああ!」
俺は勝どきを上げた。
閑話 グレン初陣 4
初陣に勝利した俺は、肩を落としながら、村へと帰還する。
あの劇的勝利の後に待っていたのは、ドルフのおっさんからの怒声だった。
「こんの馬鹿野郎が!いきなり突っ込むヤツがあるかっ!打ち合わせの時に俺の指示に従えと言ったろうがっ!」
「まっまぁまぁ、勝ったからいいじゃねぇかよ。見たか?俺の止めの一撃。すごかったろ?」
何とか収めようと、取り繕ってみるがまるで効果が無い。逆に火に油を入れる結果になっちまった。
「すごかっただぁ?お前は、自分の力で勝ったんじゃねぇ!その機兵の性能のおかげじゃねぇか!素手で魔獣に殴りかかるなんざゴウの機兵じゃなきゃ手が壊れて終わりだ!馬鹿がっ!」
「そっそこまで言う事ねぇじゃねぇか。なぁアム子」
『ドルフさんの言うとおりじゃん相棒。あの程度の敵ならちゃんと戦えばネゴシエイト・インパクトを使わなくても勝てるじゃん』
それから俺は、帰りの道すがらずっとドルフのおっさんとアム子の説教を聴き続ける羽目になった。
村に着いた時、危機が去った事を知った村人達は大いに盛り上がった。殆どの連中が「クリシア様~」といいながら手を振っている。当然の如く俺に対しては何にも無い。
俺は、村長に会うのが面倒くさいので討伐証明の為に死体から剥ぎ取ってきた大鎌かついで、トレーラーに戻った。依頼完了の報告はドルフのおっさんにお任せだ。
トレーラーの周りにも村人は来ており、こちらに向かって拝んでいる。うぜぇ。ほっとこう。
後は、ドルフのおっさんが帰ってくるのを待つだけってね。グランカモフをトレーラーのベットへ寝かせ、操縦席から這い出る。
あ~肩こった~。立ち上がってとっとと荷台と直結している扉からキャビンに入ろうとするが、体がうまく動かなくてこけた。
そう言えば、ゴウの奴がこのタイプの操縦方法のロボに乗った後はコケやすくなるから気をつけろって言っていたな。ははっ、さすがの俺も初陣に緊張したってか。
そこに、ダイドルフが帰ってきた。
「おい、依頼完了の証明書貰ってきたぞ。ってそんな所で何こけてんだ?」
ダイドルフに倒れたまま適当に手を振る。
「おつかれ~。まぁ、これは精霊機兵に乗った事による副作用ってやつだ」
「なんだそりゃ?それになぁにが'おつかれ~'だ。本来ならお前がしなきゃいけない仕事だったんだぞ」
「おかげで騒ぎは起きなかったろ?」
「だからってなぁ……」
『大変じゃん!大変じゃん!』
文句を言うドルフのおっさんを遮って突然アム子が騒ぎ出した。
「なんだ?」
「どうした」
『5mクラスの生体反応多数がこの村に接近中!!』
「魔獣か!」
『たぶんそうじゃん!緊急事態に伴いバロールにアクセスじゃん。…わかったじゃん!グランマンティスの群れじゃん!』
「おいおい、グランマンティスって群れで行動するタイプじゃないはずだろ!」
俺がそう言うと、そこへ村長がグリムドのおっさんを引き連れて俺達のところに駆け込んできた。何とか立ち上がり、キャリアの縁に腰掛ける。
「大変です!ググググランマンティスの群れがががちち近づいてきて!」
「落ち着いて話さんか!馬鹿者が!グリムドから報告があったのですが、どうやらグランマンティスの群れが村に近づいているそうなのです」
「はははい。墓地のある丘の一番高い所を掃除していてふと顔を上げると遠くに土煙が見えまして、よく見たら地面を覆うようにグランマンティスがこちらに向かって走ってくるのが見えたんです!」
ここでドルフのおっさんがボソッと言った。
「…なぁ、俺達の倒した超大型グランマンティスはメスだったんじゃねぇか?」
「つまり、こっちに向かっている奴らは、あれの子供って事か」
『推測が混じるけどこういう事じゃん。最初にあの超大型のメスのグランマンティスが西の森来た。次にあそこでオスのグランマンティスと交尾した、もしくは元々おなかの中に入っていた卵を産んだ。そして卵が孵り森の生き物を根こそぎ食い荒らした。きっとこの時に村人達に遭ったんじゃん。
次に食料のなくなった事をいち早く察した超大型グランマンティスが森を出て、偶然狩に向かっていた私達と戦った。けど今度は腹をすかしたグランマンティスの子供が大量に森から出てきたって感じじゃん?』
「うわぁ。最初からこの村終わってるな」
ここで話を聞いていた村長が青い顔をして話しに入ってきた。
「どうか皆様のお力をお貸していただけませんか?」
そして、俺は答えた。
「断る」
「は?」
「へ?」
村長とグリムドのおっさんが固まる。
「依頼はもう完了した。俺達は予定を繰り上げて帰る」
「そっそんな!それじゃこの村はどうなるんですか!?お願いします!助けてください。コラッグリムドもお願いしないかっ!」
そう言うと、グリムドのおっさんの頭を押さえつけ、地面に土下座させた。
「ゴウ様、どうか、この村をお救いくださいお願いします!お願いします!」
…なぁこの状況なんなんだ?グリムドのおっさんが無理やり頭押さえつけられて俺達に懇願してんのに、村長は地面に膝着いておっさんの頭を押さえつけているだけ。ふざけてんのか?っていうか俺が黒髪だって事忘れてないか?
「もう一回言うぞ。断る」
「そっそれじゃ我々はどうすればいいですか!?」
「知らん」
「そんな無責任な!」
「無責任だが、そうがどうした?それとも何だ?俺達にそのグランマンティスの群れを倒せってんじゃねぇだろうな?地面を覆う様にいるグランマンティスの群れを?たった二機に機兵で?」
たぶん、ゴウの機兵なら出来るだろうが。そこまでする義理は無い。
「だっだが精霊機兵があれば!?」
「夢見てんじゃねぇよ。精霊機兵だって言ったって、たった一機の機兵だ。何が出来る?よしんば、戦ったとしても村を蹂躙されんのは変わらねぇぞ?」
「そっそれは!っででは村から脱出する住人の護衛を……」
「それは無理だな」
ここでダイドルフに乗ったまま話を聞いていたおっさんが話を遮った。
「この村の様子を見ると、村人全員を乗せて移動させる事が出来る移動手段がねぇ。多くの人たちが徒歩で逃げることになる。だが、グランマンティスの方が足が速い、遅かれ早かれ追いつかれる。そして我々の機兵二機で守り抜くことは出来ないだろうぜ」
この村にあるのは殆どが馬車で魔晶炉を積んだ車などは精々1~2台あるか無いかだろう。もうこの村の人間は終ったな。
「ななら、私達家族だけでも乗せてくれ!かっ金ならいくらでも払う!」
うわ下衆い方向に来たか。
「悪いが村長。我々は信用のならない相手をトレーラに乗せるほどお人よしではない。何をされるか分かりませんのでね」
ドルフのおっさんもこういう時は、かなり辛辣になるのな。初めて知ったわ。
すると、村長が顔を赤を通り越して赤黒くなって怒り出した。
「この人でなしがっ!貴様らには人情という物がないのかっ!」
「もちろんある。ただ、私達にとって優先すべきは家族であり、兵団である事だ。悪いことは言わないから直ぐにでも村人を集めて脱出しろ。もしかしたら生き延びる事が出来るかもしれん」
ドルフのおっさんがそう言うと冷たく突き放した。
「っそっそんな!精霊様!精霊様!どうかお助けください!」
今度はクリシアさんにすがりだしたか。
『勘違いしているようだから言っておくじゃん。私達精霊は別に人間の味方って訳じゃ無いじゃん。私達は気に入った者達と一緒に居たいから契約するじゃん。そして、気に入った者たちを助けたいから助けるじゃん。基本それ以外の者達はどうでもいいじゃん』
これは、クリシアさんが言っていた事なので間違っていない。
「…」
最後の希望を失った村長がうなだれた。
そこで俺は思いついたように言った。
「ああそうだ。グリムドのおっさんは乗ってかないか?」
「!?」
「わっ私ですか!?」
あきらめた表情で膝をついていた、グリムドのおっさんに向けて俺は言った。
だってそうだろ?黒髪は、何かにつけて貧乏くじを引かされるんだ。同じ数少ない黒髪同士で助け合っったっていいだろ。えこひいき上等。
グリムドのおっさんはえっえって戸惑った様子で俺を見た。
「何故だ!何故私達を助けずにそんな奴を助けるんだ!」
「同族を助けたいと思うのは普通だろ?村長」
「我らも同じ人ではないか!」
「はぁ?俺達'黒髪'とお前らが同族?冗談だろ?いつもは否定するくせにこんな時は、同族扱いか?けっ反吐が出る」
俺は、嫌そうな顔して言ってやった。
「くっ」
「んで、グリムドのおっさん乗ってくかい?」
おっさんもこの村に義理ももう無いだろうし、ちょうど良いだろう。
「お誘いはありがたいのですが、お断りします」
「!?」
「はぁ!なんでだよっ!こんな村に義理立てすんのか!?いいじゃねぇか見捨てたって!」
ありえない選択に、俺の言葉も荒くなる。
「悪くないのに謝らされて、歩くだけで馬鹿にされて、仕事をしても感謝されない、こんな村が無がいいのかよ!」
「そうですね。この村は私にとってやさしくはありませんでした。ですが……」
「ですが…なんだ?」
「墓地の丘から見える夕日がきれいなんですよ」
「はぁ?何だそりゃ。ふざけてんのか!」
「よせ!彼には彼の信念理屈かある。最終確認だ。いいのか?ここに居たら確実に死ぬぞ」
ありえない答えに思わず怒鳴っちまった。
「私はこの村の墓守です。最後まで墓を守ります」
「ちっ!勝手にしろ!」
俺は、立ち上がって、再びグランカモフの操縦席にもぐりこんだ。
「お達者で。そして良い旅路を祈っております」
「ああじゃあな」
操縦席に入った所で村が騒がしくなってきたのが分かった。きっと他の連中がグランマンティスの群れを見つけたんだろう。
これ以上厄介ごとを呼び込む前にとっととおさらばだ。
俺はいつ襲われても良い様にグランカモフを起動させた。
「おい!ルーリすごい数のグランマンティスの群れがこの村に向かってきてる。逃げるぞ」
「アム子からもう聞いてる。いつでも出れる」
相変わらずそっけないが、やることはやっているな。
「ドルフのおっさんそっちは!」
「問題ない!出れる」
「出発だ!」
俺達は全力で村から脱出した。助けてくれ!乗せてくれ!人でなし!という村人達の罵声を背にしながら。
最後に村の様子でも確かめようとベッドのロックをはずしてグランカモフの上半身を軽く起こしたら、グリムドのおっさんが墓場の丘の上で俺達に向かって手を振っていたのが見えた。
既にグランマンティスの群れは、村の目の前まで来ているのにだ。
その顔には一切の悲観は無く、ただ俺達の旅の無事を祈っている様だった。
「…っち。気が変わった。ルーリ、アム子。気が変わった。俺は出るぞ」
『了解じゃん』
「言うと思った」
ああそうですよ。俺の行動は単純ですよ。俺はグリムドのおっさんが死んでほしくねぇよ。おっさんは弱いが信念を通しやがった。だから俺は助けたいと思った。
「けど、どうするの?あんたの力は到底守りきれない」
「知るかよ、したいからするんだ。出来るかどうかは知った事じゃねぇ」
『あたいにいい考えがあるじゃん』
何だ。普通なら勇気付けられそうな台詞なんだが、俺の感がヤバイと言っている気がする。
一応聞いておこう。
「なんだ?」
『ゴウ様から、今回封印して使わないように言われていた装備を使うじゃん。それなら何とかなるじゃん』
「ならとっとと出せ」
『幾つか問題があるじゃん。まず一つこの装備の使用にはゴウ様の許可が必要じゃん』
「兄さんなら、許可を出すと思うから大丈夫」
『第二に装備は射撃武器を大量に召還するから、相棒に使いこなせるとは思えないじゃん』
「なんだと!?…まぁたしかに射撃系の武器は俺は苦手だが…」
『だから相棒には、グランカモフの操縦権限及びトリガー権限の移譲をお願いするじゃん』
「これからする事は全部アム子に任せろって事か」
『そう言う事じゃん』
「ちっ!分かった。好きにしろっ」
…結局は俺の力じゃ助けらんねぇって事か。まったく嫌になるぜ。
俺はドルフのおっさん達に通信をつないだ。
「ドルフのおっさんたちは先に行っててくれ。ちょっと野暮用を思い出した」
「ハッそんなこったろうと思ったぜ」
「じゃあ、ゆっくり行ってるから早く来てね」
「がんばってね~」
なんか、サマス一家にも見通されてんだけど。俺ってそんなにわかりやすいか?
ルーリがゆっくりとブレーキを踏んでトレーラーを止めた。
『相棒最終確認じゃん。パイロットの操縦権限及びトリガー権限を私に移譲するのを了承するじゃん?』
「あっああ、了承する」
俺は、肩に浮かんでいるアム子に向かって言った。
その時、俺は肩にいるアム子の目が爛々と輝く野を見た気がした。
『パイロットの操縦権限及びトリガー権限の移譲を確認しました。本機はアドバイザーAI'ヘビアム子'によるオートパイロットモードに移行します』
グランカモフのシステム音声がそう言うとアムこのテンションが一気に上がった。
『I have!いっくじゃああああああああん!』
アム子がそう言うとグランカモフを飛ぶようにトレーラーから下ろりた。そして離れた場所に移動すると猛然と呪文のような物を早口で喋りだした。
『右腕2連装ガトリング、セット』
グランカモフの右腕が光に包まれると鉄の筒が束ねられた様なものが握られていた。
ふぅ~ん。ゲートの中で訓練していた時に似たようなのを見たことがあるな。ものすごい連射で的をボロボロにしていた奴だったっけ。
『左腕ガンパックユニット、セット』
今度は左腕か。右腕とは違い、いろんな大きさの筒が束ねられたものが左腕を覆った。
『右肩80mm低反動カノン、セット』
んで右肩と……。結構装備をつけるんだな。
『左肩52連マイクロミサイル、セット』
右をつけるなら当然左もだよな。
『胸部ビートヴァルカン、セット』
そろそろ着けすぎじゃないかと思うんだが。
『腰部32連ホーミングミサイル、セット』
まだあるのかよ!
『脚部8連フットロケット、セット』
……。
『背部グラウンドアンカーパック、セット。アンカーロック!』
アム子がそう言って背中に装着されたバックパックから足のような物が伸び、地面に着くとドゴンと言う音をさせてアンカーを地面に打ち込んだ。
『頭部マルチプルセンサーユニット、セット。全兵装接続、最適化開始完了。いったるじゃん!』
最後にグランカモフの頭に巨大なレンズのついた新たな兜が被された。
多分もう、グランカモフの形をしてないんじゃないかって程、ゴテゴテと追加装備が装備された。
「はっ?」
そして事態についていけない俺の目の前で、更なる変化が起きる。目の前のディスプレイの後ろや、今までディスプレイが存在しなかった場所に新たなディスプレイがせり出してきた。その画面には、村に向かって侵攻しているグランマンティスがひしめき合っている様子が映っている。
『ロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロックロック…!』
アム子が狂ったようにロックという言葉を繰り返し、画面に映っているグランマンティス達に次々に緑色の印がついていく様子は、…何と言うか、ものすごかった。
『オールロック!フルファイアじゃん!』
ロック作業が終了した瞬間、俺はグランカモフが爆発したのかと思った。 地響きを伴う爆音、それに轟音。
敵に向けられた砲全てから火を噴き、ミサイルが、ロケットが、ビームが乱舞した。アンカーで固定されているはずなのに地面をグランカモフがじりじりと後ろに下がっていく。
「あああああああああああああああああ!」
思わず叫んじまうが、アム子はお構いなしに打ち続ける。右腕からは薬莢がまるで雨のように降っているが、その薬莢が地面に落ちたと音すら聞こえない轟音。
放たれた魔弾たちはの雨は、グランマンティス達を穴だらけにし、焼滅し、弾け飛ばし、バラバラにし、圧殺し、虐殺していく。
ここでは、グランマンティスの断末魔すらも聞こえない。
『あはっははは!撃って撃って撃ちまくるじゃ~ん!』
グランマンティスであったモノごと地面は抉れ、地形がドンドン変わっていく。
アム子の弾幕は、突然の攻撃に右往左往しているグランマンティスどもを的確に削り、最後の一匹まで駆逐した。
だが……。
『あはっはHAははHAハハはハハハはハハハははははHAHAHAHA』
「おい!アム子!もういい!敵はいなくなったぞ!」
しかし、一向に攻撃をやめる気配が無い。グランカモフに装備された武器は、いまだに無数の弾丸を吐き出し続けている。
『あHAはっハハはHAハ!たーのし~じゃ~ん!』
おいおい、どうすんだよ。アム子暴走しちまってるぞ!なんてもんをよこしやがったんだゴウの野郎!
今アム子は、俺の肩の上でデフォルメされたマシンガンを派手に撃っている。完全に目がイッてやがる。
「アム子!くそっ!アム子聞けってんだよ!もうやめろ!!」
何とか止めないと!俺は、操縦桿やらペダルをガチャガチャ動かしたが、ちっとも言う事をきかねぇ!
そうこうしているうちに、アムコの弾幕がどんどん墓場に近づいていく。
「おい、やめろアム子!墓まで破壊する気か!」
『ははは…は?ハカまでハカイ?』
その時、俺の肩の上で乱射していたアム子が凍りついた様に動きを止めた。ついでに弾幕も止んだ。
当たり一帯が静寂に包まれ、銃口からゆっくりと硝煙が上っていく。
そしてアム子がポツリ言った。
『その駄洒落は無いじゃん。相棒』
その言葉には、さっきの狂った様子は無かった。
「正気に戻ったか馬鹿野郎が!」
『ありゃ!私は何をしていたじゃん?』
「憶えてねぇのかよ!とっとグランカモフを元に戻しやがれ!帰るぞ!」
「了解じゃん」
グランカモフが元に戻った時ふと、グリムドのおっさんの居る墓地を見たら、おっさんがこっちに向かって頭を下げていた。
その後、トレーラーに戻ると何故かアム子だけじゃなく俺も全員に説教された。俺は今後絶対アム子に操縦権限を与えないと心に誓った。
あーあ、俺は結局この初陣で良いとこ無しだったじゃねぇか。俺は絶対強くなる。たとえゴウの野郎がいなくても貴髪に勝てるようになってやる。そしてゴウにも勝ってやる。
俺は帰り道トレーラを運転しながらそう思った。
第76話 解散!ラフィング・レイヴン!?
城から脱出した俺は、多少冷静になった頭で勢いですげー事言っちまったなぁ、と思いつつ久々に機兵村にある俺のトレーラーに帰った。
一応後片付けとして城に放ったオートマトン達は、城を脱出後適当な場所で自爆させ、昆虫型プロープは王都の隠れ家に帰還させた。もう、対人兵器達欠片位しか残っていないだろう。
さて、これからが大変だ。戦力的意味ではなく、義理人情という意味でだ。
「はぁ、どうすっかね?」
世話になってるドルフに何て言おうか…。
『正直に話すしかないわよ』
俺の足取りは重い。
久方ぶりに帰って来た我が家は、特に変わった様子も無く駐車場に止まっていた。キャビンに繋がるタラップを上り、ドアに手を掛ける。
「もうちょっと考えてからにしようかな。うん」
『何言ってるのよ。もうやっちゃったんだから正直に話して楽になりなさい』
ああ、なんかドアがいつもより重いような気がする。
『気のせいよ』
「俺の心を読まないでください」
ドアを開けると、目の前には既にルーリが立っていた。
多分俺の足音が聞こえてきたから扉のところまで迎えに来てくれたんだろう。
なんか犬みたいだな。ああ、ルーリの後ろに尻尾がパタパタ揺れているような気がする。
「お帰りなさい。兄さん」
「ん。ああ、ただいま」
「おっ帰ってきたのか?」
俺がそう答えると今度はキャビンの奥からグレンが声が聞こえてきた。
「ああ。そっちはその後どうだ?」
俺が声を掛けるとリビングに繋がる扉からひょいと顔を出してきた。
「何とかやってたぜ。今はS.M.S(セミ・マスター・スレイブ)増幅値を上げて訓練してる」
初陣の時に何かあったのか、この頃のグレンはやけに真面目に訓練している。いい事だ。
「そうか。…後で重大な話がある。ゲートを空けておくから他の連中を呼んできてくれ。俺はドルフ達とローラさんを呼んでくる」
「あいよって、いいのか?この面子でローラの姉ちゃん呼んで?」
「それほど重大な話ってことだ」
「了解」
「分かった」
俺はキャビンの奥にゲートを空けると、他のメンバーを集めにまた外に出た。
さすがに10人も集まるとキャビンの中もギュウギュウ詰めだな。中には席に座らないで立っている奴も居る。
「さて、皆集まってもらってありがとう。今日ここに集まってもらったのは他でもない。重大な発表をする為に集まってもらったんだ」
「待ってください。それにしてもいつの間に、グレン君集めたんです?」
「それも重大発表に関わるから後で話すよ」
「能書きはいいからさっさと話せよ。せまっ苦しいんだからよ」
「ぐっグレン君!だめだよ。そんなこと言っちゃ」
グレンの物言いにシュナがたしなめる。
「それで重大な発表とは一体なんでしょうか?」
「ああ、それはな。…まず最初に俺が今巷で噂のハグル魔王だって事だ」
「ゴウ様一体何を…」
「「「「「「「なっ何だって~!!!!」」」」」」」
ローラさんとルーリ、クリシアさん以外の全員が驚いた。
「ちょっと待ってください!皆さんは、ゴウ様の言う事を信じるのですか!?確かにすごい技術や、クリシアさんが居るからって魔王って……」
周囲の人間が余りに驚いている事にローラさんは驚いているようだ。
「悪いな。ローラさんにはギルドの人間てっ事で色々俺には秘密にしていた事があってね」
それから俺達は、ローラさんに俺の力の一端を説明した。
「…信じられません。いや、しかし……」
ローラさんは信じられ無そうに頭を抱えた。
まぁそうだろうな。
「実際に見たほうが早いだろう。こっちに来てくれ」
そこから急遽、プライベートベース観光ツアーを開始する事にした。百聞は一見にしかずってやつだ。
ツアーでは一応全員にもう一度俺の能力の一部を説明し、実際に目の前で使ってみせた。
そして、ファードの街の戦争の様子を記録した映像を見せ、最後に王国、共和国両軍から鹵獲修理した機兵約千数百機を並べた格納庫の映像を見せるとやっと納得してくれた。まぁドルフ達も絶句していたが。
せっかくなので、そのままベースに作ったバリアが良く割れる事で有名な某研究所の会議室スペースで話すことになった。
「…分かりました。ゴウさんあなたがハグル魔王である事は理解しました。それで先ほどは、まず最初にと仰いましたよね?まださらに発表する事があるのですか?」
パイプ椅子に座ったローラさんが質問した。
「ああ、俺が魔王として、この国を滅ぼす事にした。滅ぼすのは今日から三ヵ月後を予定している」
「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」
「どうしてですか!?」
「……」
「なっなんで」
「ブッハハハハハハ!」
一気に会議室は混乱にした。俺に理由を聞く者、考え込むもの者、何故か笑う奴までいた。
「滅ぼす理由は簡単、この国が許せなくなったからだ」
「ゴウ、王都で何があった?」
困惑していたドルフが表情を真剣なものに戻して言った。
「…下種な話だ。長いから省略するが、俺はこの王都にいるクソ両親に復讐しにいった。それはまぁ色々な事をしたぜ。そのお陰でクソ両親の信用は地に落ち、ズタボロにしてやった。その途中で分かったんだが、俺の殺す計画にこの国のクソ王も絡んでやがったんだ。んで最後の仕上げのついでにクソ王を衆目の前でぶん殴って恥じをかかせてやろうと、王城でやっていた重大発表の現場に乗り込んだんだが、そこでどうしても許せねぇもんを見ちまったんだよ」
「どうしても許せないもの?だと、何だそれは」
「お披露目された。この国の姫さ」
そこで、難しい顔をして話を聞いていたローラさんが話しに入ってきた。
「姫?この国の王にはまだ子供が居なかったはずでは?」
「重大発表ってのが秘密裏に育てていた姫のお披露目だったのさ。貴髪以外そっくりだったぜ。…ルーリにな」
「「「「なっ!?」」」」
会議室に居た面々の視線が一気にルーリに集中した。一方ルーリはその話を聞いても眉一つ動かさない。
「ルーリの母親は、ルーリを生むと直ぐに夫とルーリを置いて貴族について行った。絶対に貴髪を生む女としてな」
「馬鹿な!現王妃がルーリさんの母親だとでも言うのですか!?」
「そいつは違う。何故分かるかと言うと、ルーリは母親似だからだ。そのせいで父親に捨てられたくらいだからな。本当にそっくりだったんだろうよ。だが、王妃とか言う奴とはまったく似てなかったぜ。しかも王妃はさも自分が産んだように振舞ってたぜ」
「…」
「それでだ。あまりにもムカついたんで魔王として王都を滅ぼすと宣言してきた」
「なっなんて事を……。そんな事をすれば、あなたはただではすみませんよ!」
いつもは冷静なローラさんが顔を真っ赤にしている。
「もうただですむ状況ではないし、ただですまないのは奴らの方だ。それですまないが、今日を持ってラフィング・レイヴンを解散する」
「「「「!?」」」」
「どう言う事だ?」
ドルフが怒りを隠した声で問うた。
「言ったとおりだ。魔王がミレスの兄であることは既に王国に知られている。そして、ミレスの兄がゴウ・ロングである事は学院の連中が知っている。遅かれ早かれ王国からギルドに問い合わせが来るだろう。さすがに俺も世話になったドルフ達とローラさんに迷惑を掛けたくない。だから先手を打ってギルドから退会する。正確に言うと除名処分にしてもらう」
「除名処分?」
「ああ。ドルフ、そしてローラさん、俺を裏切れ」
「何?」
ドルフが怪訝な顔をしていると何かを察したのかローラさんが話し出した。
「…つまり、私とドルフ様により、ギルドへあなたが魔王である事を報告し、わざと除名処分になり、且つギルドに魔王の情報提供する事で私達の身の安全をギルドに守らせると?」
さすがローラさん話が早い。
「そうだ。だが、グレン達には悪いが付き合ってもらうぞ。まぁどこか行くあてがあるなら別だが」
「俺は別に構わねぇし、手を貸すぜ」
「私も問題ない」
「ぐっグレン君が行くなら私も…」
「行き場が無いんだから着いていくしかないでしょうね」
うちの黒髪連中は問題無しと。
「で、ドルフ達はどうだ?」
俺がそう言うと、ドルフは大きく息を吸った。
「フザケルナ!」
会議室にある机に拳を叩きつけ、立ちあがりながらびりびりと空気が震えるほどの大音量で叫ぶ。あまりの大声に全員が耳をふさい位だ。カーラちゃんにいたっては涙目になって、アリカさんに抱きついている。
「一体何考えてやがる!一国相手に宣戦布告だと!阿呆にも程がある!お前は本当に魔王にでもなるつもりか!そもそも、なんでお前が魔王になっているんだ。…いや待て、確かファードの街はお前の貴髪の妹が送られるはずだった場所だったな?だから、だからか!お前が介入したのは!何だそれはシスコンすぎるだろ!妹の為に王国共和国の二カ国に喧嘩売るって!」
「今はグラットン会議に参加している国にもだけどね~」
「馬鹿か!世界の半分は敵に回しているぞ!」
「半分?足らんな、俺を相手にしたいなら勇者機を含めた、その三倍の戦力を持って来い!」
「余計な事を言うんじゃねぇ!」
俺がかっこ良く言うとドルフにさらに怒られた。
「ふぅ。ならドルフ達はどうする?俺についてくるとなると、確実に世間からは決別する事になるぞ。多分これが最善なんだ。ドルフ達とローラさんがこれか普通に暮らして行くにはな。それともカーラちゃんをお尋ね者にしたいのか?それに、下手したら親類とかに迷惑が掛かる可能性もある。その点俺達黒髪は基本関係ないがな」
「ぐっ。…そもそもルーリはどうしたいんだ。お前はいきなりこんな事になったが復讐がしたいのか?」
ルーリは頭を傾けて少し悩んだ後、こともなげに言った。
「私は、どうでもいい」
「なら!」
「だから兄さんがしたいなら、すれば良いと思うし、私も手伝う」
「なっ」
さすがルーリ、答えが突拍子も無いな。まぁここでルーリがやめてと言ってもやるのが私です。
「もしドルフ達が望むなら、俺達と一緒に来るのもいいぜ?ただ、もう普通の生活は出来なくなるぞ」
「もう既に普通の生活じゃねぇよ」
そりゃごもっとも。だけど、まだ一般社会に繋がっている事が出来る。
「いきなり選択しろって言うのも酷だな。ドルフ達は明日の朝までに考えてくれ。んで、ローラさんはどうする?ギルドにも悪い話じゃないと思うが?」
俺が視線を向けると、一人黙って考えていた。
「…私がその話を受諾しなかった場合どうなるのでしょうか?」
「えっ!協力してくれないの!?」
それちょっと考えてなかったな。そうだな……。
「そうなったら、リマ○ン装置とか言う、人の記憶をいいように操る事ができる装置にローラさんを押し込めて、俺にとって都合のいい記憶を植え付けるかな。副作用でちょっと危ない人になるかもしれないけどね。しょうがないよね」
一応、医療機器のカテゴリで見つけてはいたけど、使う機会が無かったんだよなぁ。アレ。使うとなったらローラさんに専用衣装を着せる役はルーリにしてもらおう。俺がやったら……。
俺がそう言うとローラさんの顔色が真っ青になってしまった。
「それは最早脅迫では?……いえ、私も明日まで考えさせてください」
「わかった。なら悪いがここに泊まってくれ。ギルドに報告に行くなら俺も行く。理由は…宴会に招待されたとでもしておくか」
「分かりました」
ローラさんは緊張した様子で頷いた。
第77話 お別れ会
翌日、再び俺達は会議室に集まった。ドルフ達が今後どうするかを聞く為だ。けど、何故かこの場にカーラちゃんはいなかった。
「おはよう。カーラちゃんはどうした?」
「カーラは泣き疲れて、まだ眠ってるよ」
「…ということは?」
「ああ、俺達はお前達とは行けない」
ドルフはそう残念そうに言った。
泣いちゃったのかカーラちゃん。ちょっと期待していたけど、しょうがないよな。まぁいろいろドルフ達にも色々しがらみがあるんだろう。
「…カーラちゃんを泣かせてすまない」
俺は、ドルフとアリカさんに頭を下げた。
「いいや、こんな仕事をしてんだ。出会いや、別れは日常茶飯事だ。ただカーラにとって初めての辛い別れになっちまったなぁ」
「そうよ。今までの別れはカーラにとって喜ばしい事だったの。それもそうよね。自分をいじめてくる怖い人達から別れられるんだから……。けど今回の別れは違うわ。仲が良かった人達との始めてのお別れ。悲しい事だけど、きっといい経験になると思うわ」
アリカさんは少し悲しそうに微笑みながら言った。
「じゃあ、ローラさんはどうする?」
「協力します。怪しげなモノに入れられたくないですから」
「そりゃ良かった。んじゃ段取りを説明しよう。まず最初に俺達が単独で依頼を受ける。んで依頼をこなす為に機兵村を出る。そしたらドルフ達がギルドへ駆け込む。魔王がギルドに所属していたとなったら、厄介ごとを回避する為に俺を除名処分にして、ついでに俺の首に賞金をかける。そうすれば、王国にイチャモンつけられる前に責任の回避が出来るって寸法だ。対象の機兵乗りは既にギルドを除名されており、当方は関係がありません、ってな」
「あなたが魔王だという事をどうやってギルドに証明するんですか?」
「それは何とでもなる。こいつを見てくれ」
俺が王宮で使ったホロディスプレイ投影装置をテーブルの上に置いた。
「これはなんですか?」
「これは、俺が城を襲撃した時に使った道具の一つだ。んでこのボタンを押すと……」
ホロディスプレイ投影装置の赤い印のついた部分を押し、ホロディスプレイを立ち上げ王城でのやり取りを空中に映し出した。
「っというわけだ。この映像とこのホロディスプレイ投影装置自体が証明する証拠になるだろう。どうやって手に入れたかは、昨日の宴会で酔い潰れた俺の懐から転がり出たものを、介抱しようとしたローラさんかドルフのどちらかが拾って偶然ボタンを押してしまい真実を知ってしまった、って感じに証言しておいてくれ」
「分かりました」
「分かった。質問なんだがダイドルフとかトレーラーはどうすんだ?お前の話だとここに置いて行くことになるが?」
「ああ、それはドルフ達で使ってくれるとうれしいが……。機兵ギルドとしてはどう出ると思う?」
「…多分ですが、ダイドルフ及びトレーラーは接収されると思います。接収後は、分解解析する事になるでしょうね。何て言ったって魔王様が作った機兵ですから、一体どれだけ新技術が詰め込まれているか……」
まぁそうだろうな。アレだけの性能を持った機兵なんて精々勇者機くらいなもんだろう。実際どれほどの性能があるかは知らないが。
「うげっ。マジかよ。またカルノフに乗れってか?勘弁してくれよ。俺の商売道具だぞ」
「機兵ギルドで保護されるのであれば、もう必要ないのでは?」
「おいおい、ローラ。俺はまだ機兵乗りをやめる気はないぞ」
ドルフは、ローラさんの方を向いて言った。
そりゃそうだろう自分の愛機を勝手にバラされるなんて機兵乗りにとって屈辱でしかない。俺も見ず知らずの連中に俺の作った機兵を好き勝手いじられるのはごめんだ。
「じゃあローラさん、カーティスと適当な新技術を付けるから何とかできない?」
カーティスはローラさんに対する報酬で、新技術の方はギルド上層部を黙らせる為の餌だ。さてどんなものにしようかな。
「何とかしましょう!」
即答だった。
さすがローラさん、カーティスが絡むと我を失うな。
「それとなのですが、なんとかあなた達と連絡が取れる道具はありませんか?失敗したら連絡したいので」
「あるよ。というかドルフのトレーラーにとっくに積んである使い方はドルフに聞いてくれ」
「…そうですか」
もはや、諦め顔でローラさんは言った。
「けど連絡は緊急時のみ、という事にしてくれ。さすがに頻繁に連絡するとギルドの連中に怪しまれるだろうしな」
「分かりました」
これで大体の手はずは整ったな。
「じゃあ俺はこれから、ギルドに行って適当に依頼を受けてくる。他の皆は…そうだな、お別れ会の準備をしてくれ!」
「お別れ会ってなんですか?」
そこへ、シュナが質問してきた。
「お別れ会ってのは一種の宴会だ。別れる仲間の前途を祝し、別れを惜しみつつも盛大に騒ぐ。そういうもんだ。だからシュナ。お前は、たっぷりと料理を作れ!食いきれないほど作れ!他の連中もシュナを手伝えよ。酒はあんまり飲めないが騒ぐぞ!ここならどんなに騒いでも問題ないからな」
「わわかりましゅた!」
「シュナちゃん。私も手伝うわ」
「おっ!ならニホンシュ出してくれよニホンシュ!俺はアレが大好きでな!」
「うっしゃ!腹いっぱい食うぞ!」
「おう!欲しいもんあったら何でも言え!全部だしちゃるぞ!」
「「「おお~」」」
俺の太っ腹な発言に、会議室が一気に沸く。殆ど傍観しかしていなかったリミエッタとサイも手を小さくパチパチと手を叩いている。
「じゃ行って来る」
「「おう」」
「「「いってらっしゃい」」」
久々に来たギルドは、あいも変わらず喧騒に包まれていた。
依頼の張られている掲示板には、何かいい依頼が無いか睨みつけている男達がたむろし、カウンターの方では朝一番で帰ってきたのか、討伐完了の報告をしている男達が並んでいた。
まだ、俺が三ヵ月後にこの王都を攻め落とすと宣言した情報はまだ回ってきてないようだな。まぁ昨日の今日だしそんなものか?
俺は、掲示板の前が空くの待つ為、適当に開いているベンチに座った。
しばらく待っていると、ギルドの職員が硬い口調で話しかけてきた。
「ゴウ様でいらっしゃいますね?ギルド長がお呼びです。お手数ですが応接室までお越しください」
あん?一体何の用だ?
「分かった」
とりあえず俺は、職員について応接室に向かった。
応接室には先に、ギルド長のクモーノのおっさんが待っていた。
「お待ちしておりました。ゴウ様。ささ、お座りください」
俺は、ギルド長の正面にあるソファーに座った。俺が座るのを確認するとギルド長もソファに腰を下ろした。
「ギルド長、一体何の用だ?俺としてはあまり目立つようなことは勘弁して欲しいんだがな」
「申し訳ありません」
俺がそう言うとクモーノギルド長は目じりを軽くヒクヒクさせながら言う。
「それで何の用だ?」
「はい、今日王都からある情報が流れ来まして、その事をお伝えしようかと」
「ある情報?」
「三ヵ月後、魔王が王都を襲撃し壊滅させると宣言しました」
「なんだって!?魔王て王国と共和国を相手に圧勝した、あの?」
俺はワザとらしく驚いて見せる。そんな事はとうに知ってるよ。宣言した本人だし。けどギルド長の話しぶりだと宣言の内容が流れてるのに、まだ魔王の容姿はまだ伝わっていないようだ。何故?
これは後日分かった事だが、あのクソ王は俺の襲撃の後即座に王都を封鎖していた。それはまさに猫の子一匹通さないといった有様で、王都の外に繋がる門に近づいただけで捕縛されるという状況だったらしい。
だが、機兵ギルドもこの程度の事は予想していた。
機兵ギルドはあらかじめ門の衛兵の一人を買収していたのだ。もし封鎖されたら、何故そうなったのかを分かる範囲で紙に書き、門の外側へ捨ててほしいと。しかし、買収された衛兵も自国にプライドを持っていたのだろう。自分の国がたかが黒髪如きに良い様に荒らされたのを馬鹿正直に書かなかったのだ。
書いた内容は、魔王に王城が襲撃され、王都が混乱中である事。そして三ヵ月後に魔王が攻めてくる、と言う二点だけを紙に書いて外に投げ捨てたのだった。
もし、この紙に馬鹿正直に魔王が'黒髪'だったと書かれていれば、ドルフ達の運命はかなり変わっていただろう。
「そうです。ですので我々機兵ギルドは、王国の正式発表の後、義勇軍を募り、この戦いに参戦します」
「へぇー」
「それでゴウ様には、参戦と同時に出来る限りの武器を作ってほしいのです。もちろん武器の方は高い値段で買わせていただきます」
「…わかった。参戦しよう(魔王として)。ただ、(魔王軍用の)武器は一旦本拠地に戻らないと作れない。…そうだな。明日出発して、(魔王軍の使う武器を)出来るだけ多く武器を作り、魔王が攻めてくる前に戻ってくるようにしよう(最強魔王ロボ軍団を引き連れて)。どうだ?」
嘘は言ってないぞ。ただちょっと重要な情報が欠けているだけだ。悪気はない。
「ありがとう御座います。それで結構です」
「良しじゃあ。俺は戻って準備にするので失礼する」
俺は立ち上がって、応接室から出た。
思いもかけない依頼だったな。まぁ俺としては村を出る為の依頼を受ける手間が省けて好都合と言った所か。
「ただいまぁ」
トレーラーに戻りそのままゲートをくぐる。ゲートの向こうでは、まだお別れ会の準備が進められていた。
お別れ会の会場は無節操に建てられた建物の間に出来た広場だ。そこに某研究所の会議室から持ってきたテーブルが並べられ、テーブルの上には真っ白なテーブルクロスが掛かっていた。さらにその上には、シュナとアリカさんが作った料理と各種レーションが所狭しと並べられている。
しかも、それにも飽き足らずシュナ達は、まだ料理を運んでいる。
シュナ張り切りるなぁ。
今回は、料理が沢山あるので、それぞれが取りやすいように立食形式のパーティだ。
会場を見回したがカーラちゃんはいない、まだドルフのトレーラーにいるみたいだ。
少し心が痛んだ。
ふと見上げると何処で見つけてきたのかロープが張られ、ちょうちんが幾つも釣り下がっていた。
「おいおい、あんなもん何処で見つけてきたんだよ?」
「某研究所の倉庫にあったやつです。ここにあった資料にそう書いてありました」
思わずそう口に出したら、ちょうど通りかかったダンボールを抱えたサイが答えた。そのダンボールにはキラキラしたモールが見え隠れしている。
一体、サイの奴はどんな資料を読んだんだか知らないが良く見つけたな、そんなの。あの研究所ならあっても不思議じゃないか。
よっしゃ俺も会場の飾りつけなどを手伝うか。
そして準備が整った昼過ぎに、お別れ会が始まった。
カーラちゃんはお別れ会の準備が出来た時にアリカさんが引っ張ってきた。
表情は暗い。何とかできないものか。
そんな表情をさせている元凶である俺が、そんな事を考えるのはおこがましいか……。
「じゃあ、皆の前途と栄光を祈って!乾杯!」
『「「「かんぱ~い」」」」』
お酒を飲んでいるのは、ドルフ、アリカさん、ローラさん、クリシアさんだ。
乾杯の音頭と共に後ろから俺の首筋にクリシアさんがかぶりつく。
あ~なんかこの感じ久しぶり。この力の力の抜けていく感触がなんとも……。
俺が、酒も飲んでないのにふらふらしそうだ。
『ウフフフフフフフ!』
そしてクリシアさんはもう出来上がった。出来上がったクリシアさんは俺の首筋から離れ、ルーリの方へ飛んでいった。
そんな所に、ジュースの入ったグラスを持ったグレンがやって来た。
「なぁ。俺達にもそのニホンシュって酒を飲ませてくれよっ!」
「やめとけ。アルコールは脳細胞を破壊するぞ」
「なんだよそれ。訳わかんねぇ」
グレンはそう言うと、グラスを大皿に持ち替え、料理をつまむ為にテーブルへ突撃していった。
すると今度はカーラちゃんが近づいてきた。
「私達ゴウお兄ちゃん達とお別れしなきゃならないの?」
「ねぇそうなのゴウお兄ちゃん?」
俺の顔を見上げ、悲しげな瞳を向けてきた。
俺は、膝を折ってカーラちゃんに目線を合わせると、真っ直ぐ見つめながら言った。
「悪いがそうなんだ」
「なんで?」
「俺が悪い奴に悪い事をするからさ」
「悪い奴を懲らしめるのは、いいことじゃないの?」
「それは違うよ、カーラちゃん。悪い奴には何してもいいって言う考え方は正しくない。だからこれから俺がする事は悪なんだ」
「よくわかんない。でもゴウお兄ちゃんが悪い事をするって事だよね?」
「そうだ」
「ゴウお兄ちゃん!悪い事しちゃ駄目!そんなのやめて皆と一緒にいようよ」
そのまっすぐな視線が今の俺には少々きつい。
「そうだな。そうなんだが俺はやめない。俺は我侭で悪者だからな」
「ゴウお兄ちゃんは悪者なんかじゃない!だからやめて!」
目に涙をためながら、俺の服を掴んだ。罪悪感がじくじくと俺の心を攻め立てる。
俺の中の天使が今からでも間に合うよ!復讐なんてやめようよ!と耳元でがなりたてる。と同時に悪魔が反対側の耳元でうなるように言う。あいつらが笑っているの許せるのか!犠牲を強いたくせに、その犠牲を足蹴にして笑うような外道共を生かしておいて良いのか!と。
そして俺は悪魔に賛同する。
許せないと。
「そういってくれるのはありがたいが、すまん。もう決めた事なんだ」
「ヤダヤダ!ゴウ兄ちゃん達とお別れするの嫌ー!」
「ごめんな」
「かーちゃーん!」
カーラちゃんはとうとう座っていたアリカさんに抱きついて泣き出してしまった。
「ごめんな」
アリカさんは抱きついたカーラちゃんの背中を優しくポンポン叩いた。
お別れ会は、盛大に行われた。グレンは食いきれないと思っていた料理を平らげ、シュナはその様子をうれしそうにそばで見ていた。リミエッタは歌い、途中からクリシアさんが乱入して、きれいなデュエットを歌った。その頃になると、アリカさんに抱きついていたカーラちゃんも少し微笑むようになっていた。
時間はあっと言う間に過ぎ、お開きの時間になった。
ドルフ達に並んでもらい。俺とルーリは、最後にドルフ達に感謝の言葉を伝える。
「ドルフ、あんたみたいな男に出会えてよかった。
あんた達は俺とルーリを始めて対等と見てくれた人間だ。
こんなにうれしい事は生まれてこの方殆ど無かった。
アリカさん。いつもおいしい食事ありがとう御座いました。
カーラちゃん。一緒に旅を出来て楽しかったよ。ドルフとアリカさんの言う事を良く聞くんだ。
それと、一緒に居たいって言ってくれてありがとう。うれしかった。
ローラさん。今までお世話になりました。ローラさんがいなかったらまともに依頼も受ける事が出来なかったはずだ。
ローラさんがいたからこそ、普通に旅が出来た。ありがとう御座いました。
ドルフ、アリカさん、カーラちゃん、ローラさん。本当にあなた達に会えてよかった。
こんな別れになってしまったのは本当に申し訳ない。けど、どうしてもあいつらが許せなかったんだ。
ルーリを酷い目に合わせた連中がぬくぬくと生きているなんて、笑っているなんて。
…ごめん、最後にこんな事が聞きたかったんじゃないよな。
今までお世話になりました。
本当にありがとう御座いました!」
「本当にありがとう御座いました!」
俺とルーリは、ドルフ、アリカさん、カーラちゃん、ローラさんに深々と頭を下げた。
第78話 出発。そして寄り道
今日俺達は機兵村を出発し、寄り道をしながら基地のあるロウーナン大森海に向かう。
ドルフのトレーラーのキャビンでアリカさん特製の朝食を食べた後、出発する予定だ。
「ああ、このうまい朝食も今日で食い収めか…」
テーブルの上には、キャビンのキッチンにあるオーブンで焼いた焼き立てのパンに、細切りの野菜のたっぷり入ったスープ、そして黄身がとろとろの目玉焼きが並んでいた。一見平凡だが、手間と技術の詰まった最高の朝食なのだ。特にパンは、俺の持ってきたバターを付けて食べると絶品なのだ。
俺は用意された朝食を大切に食った。ドルフはいつも通り豪快に、ルーリも変わらずちびちびと食っている。
ただやっぱり、カーラちゃんは元気が無い。アリカさんはニコニコとしながら食べている。グレン達はベースのアパートで食っている。きっとまた赤ジャージで和食をフォークとナイフで食っているんだろう。
「シュナちゃんがいるから大丈夫よ。私の出来る限りは教えておいたわ」
おお、それは行幸!これなら、毎日うまい料理が食えるな!しかもシュナは、料理のレパートリーがアリカさんより多い。食事の時間が楽しみになったな!
ただ、それでもアリカさんの手料理が食えない事に寂しさを感じる。
「ご馳走様」
朝食を食べ終え、アリカさんが全員の食器を集め始めた時、俺は懐から三つのものをテーブルの上に置いた。
金色に輝くライター。
地味な小剣。
黒い折りたたみ式の携帯電話。
この組み合わせの意味は、知っている人は知っている。知らない人にはまったくわからないだろう。
「何だこれは?」
「置き土産、この金色のはアリカさんに、ショートソードはカーラちゃん、この黒い機械はローラさんに渡してくれ。魔王特製通信機だ。使い方は使いたい時にわかると言って置いてくれ」
「おいおい、俺にはねぇのかよ」
「このトレーラーとダイドルフをやるんだ。文句言うな」
「ありがとう。それでこれは何なの?」
「これは魔王様特製のお守りだ。肌身離さず持っていると、いざという時のちょっとした助けになるぞ」
例えライターの使い方を教えても、そもそもこの世界の人間にライターなんぞ必要が無いから意味があまり無い。一応ライターとして使えるようにしてあるが、必要になるまで機能は封印するようにしてある。……ただ必要になる時が来るのだろうか?
「お前の事だ。コイツもとんでもねぇ機能がついてるんだろ。ありがたく貰っておきな。ほらカーラもちゃんとお礼を言うんだ」
「ありがとう。ゴウ兄ちゃん」
「カーラちゃん。この剣を肌身離さず持ってろよ。そうすれば危ない事から守ってくれっからな。使い方はドルフにでも教えて貰え」
「分かった。ずっと持ってる」
そう言うとカーラちゃんは手を伸ばし、テーブルの上に置かれた小剣を取るとギュッと抱きしめた。
「じゃあな。縁があったらまた会おう」
俺は、椅子から立ちあがった。
「…また」
ルーリは、立ち上がってカーラちゃんの頭を撫でた。
『元気でね。あなた達の前途に希望があらん事を』
「おう、元気でな」
「さよならは言わないわ。またね」
「また一緒に遊ぼうね。ゴウお兄ちゃん」
ようやくカーラちゃんが笑ってくれた。
俺達は、カーラちゃんのお願いに頷くと、ドルフのトレーラを出た。
そう、俺達の出発に見送りは無い。いつも通りにトレーラーに戻りいつも通りに出発する。
渡す物は渡したし、後はローラさんの手腕に期待しよう。
さて、早く拠点に戻って色々作りたいものがあるが……。その前にちょっと寄り道しなきゃな。
しばらく、適当にトレーラーで走りまわりゲートを使って尾行を撒いた後、アリス達と合流ポイントへ向かった。
そこには、既にレイプトヘイムが着陸しており、アリスを先頭にレイプトヘイムの乗員がずらりと並んでいた。
「ようこそいらっしゃいました。旦那様、クリシア様、ルーリ様、そしてお客様。レイプトヘイム級一番艦レイプトヘイム、乗員一同歓迎いたします」
アリス達が、僅かなズレも無く一斉に礼をしてカーテシーを決める。
「ああ。よろしく頼むアリス」
『よろしくねぇ』
俺がトレーラーを降りて挨拶していると、キャビン側のドアからグレン達がどやどやと降りてきた。グレン達がレイプトヘイムを見たがったのだ。
「おお!これが噂の空中戦艦ですか!」
「うわ~でっけー」
「ほへ~」
出てきた一同は、目の前にあるレイプトヘイムを見上げてそれぞれに驚愕している。いや……。ただ一人だけ、レイプトヘイムではなく、別のものに興味津々な視線を飛ばしている人物がいた。
「…」
リミエッタだ。
リミエッタだけは、メイド姿のアリス達を凝視していた。
ちょっと気になったので声を掛けてみる事にした。
「どうしたリミエッタ。そんなにアリス達を見つめて」
「私もあの服を頂けないでしょうか?」
普段あまり物をほしがらないリミエッタが珍しくおねだりをしてきた。
ちなみに家のメイドロボ達が着ているメイド服は、チューダーメイドといわれるタイプで、この世界の王城とかで働いている普通のメイド達はフリルの無いヴィクトリアンメイド風の服を着ている。はっきり言ってこっちのメイド服はあまり可愛くないのだ。まぁ作業着なんだから当然と言えば当然なのだが。
「気に入ったらいいぞ。後でアリスに言って持ってこさせる」
「ありがとう御座います」
そこへアリスが俺に指示を仰ぎに来た。
「早速ですが、トレーラーの収容作業をしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ頼む。それとグランゾルデの整備を頼む。これからもう一人の妹に会うからな。ピカピカにしておいてくれ」
「かしこまりました。念入りに整備しましょう」
よしこれで、ミレスのいる砦に着く頃にはきれいになってるだろう。
メイド達がトレーラーに乗り込み、エンジンを掛ける。それと同時にレイプトヘイムの中央艦下部にあるハッチがゆっくりと開いていった。
ハッチの大きさは余裕で機兵が歩いて入れるほどの大きさだ。ハッチが開ききるとトレーラーはその中へとゆっくりと進んでいった。
「では、旦那様。艦へご案内いたします」
「分かった。おい!艦に移動するぞ!呆けてないでついて来い!」
開いたハッチから艦に乗り込み、早速エレベーターに乗り込む。俺のベースの中にある建造物とは違う質感の通路や、そこかしこで働いているメイドロボ達に興奮しながら先に進む。
グレン達を連れてきたのは、一番外が良く見える、この艦の艦橋だ。
先導してくれていたアリスが艦橋に繋がる扉を開けると、そこには艦橋で艦の管理をしていたメイドロボ達が立ち上がり、礼をしてきた。
「「「ようこそいらっしゃいました。旦那様」」」
「ああ、よろしく頼む。全員仕事に戻れ」
俺がそう言うとメイドロボ達は、頭を上げ艦の管理の仕事に戻っていった。
「旦那様、こちらにどうぞ」
アリスに促され、俺は艦長席に座った。するとアリスは艦長席の右隣に立った。
「では、旦那様号令を」
俺は頷くと、一段高くなった艦長席に座り腕を前に伸ばしながら言った。
「目標、クルド砦!レイプトヘイム発進!」
一度言ってみたかったんだよ。こういうの。
「了解。機関最大、ECS不可視モード、レイプトヘイム発進します」
横に立っているアリスがそう言うと、砂煙を巻き上げながらレイプトヘイムが浮かび上がる。
艦橋から見える景色が沈む様子で船が飛んでいる事を強く意識させる。
この感じ、たまんないね!
『いつ見ても、何でこんな大きいものが浮くのか不思議だわ~。精霊でもないのに』
艦長席の後ろに出てきたクリシアさんが不思議そうにぼやく。
俺もそう思う。
遅れて艦橋に入ってきていたグレン達も興奮気味に窓に張り付き、'ほんとに飛んでるぜ!'とか'すごい!'とか言って騒いでる。
ルーリは俺の左となりに立って、その様子を落ちついた様子で見ていた。
「おい!あんま騒ぐなよ!下手すると艦が落ちるぞ!」
そう言って軽くからかうとグレン達はびくっと震えると近くにある椅子や手すりにつかまって静かになった。それでも外が見たいのか、視線は外に向いている。
さて、ミレスにどうやって説明しようか……。俺は座り心地の良い艦長席に身を沈めながら、今更な考え始めた。
やっぱり、空の旅は早いな。陸を走っていったら4~5日は掛かっていた道のりを、僅か5時間ほどで着いてしまった。とは言っても五時間という時間は結構長い時間だ。最初はしゃいでいたグレン達も三十分もすると目の前の光景に飽きてきたようだった。そして痺れをきらしたグレンがレイプトヘイムを探検させろと言い出したのは、当然の結果だろう。俺は手の開いているメイドロボにグレン達に艦内の案内を命じて艦橋から出した。ついでにシュナに館内の食堂に着いたら、そこにある材料で昼食を作っておいてくれと言っておいた。ちなみに艦初の食堂利用だ。処女航海の時は、あまりにもうれしくて艦長席でパウチに入った栄養補給ゼリーをチュウチュウ吸っていた。
現在、レイプトヘイムの眼下には、目的地であるクルド砦が聳え立っている。
これ、もう砦じゃなくて要塞の体をなしてないか?
俺が想像していたのは先を尖らせた丸太を隙間無く突き刺して壁にして囲み、その中に粗末な司令部や宿舎、あと機兵整備用テントでも張っているのかとでも思っていた。しかし、実際にこの目で確かめてみると立派な石造りの壁に、同じく石造りの建物が立ち並んでいた。機兵用に大型の格納庫も作ってある。砦の中にある広場では、布を巻いた剣を持って模擬戦をしている機兵の姿も見えた。
「旦那様、目的地に到着しました」
「確認した。とりあえずは俺一人で行ってみるか……」
「私も行く」
「ルーリも行きたいのか?ん~まぁいいだろ」
俺がそう言うとアリスが横から声を掛けてきた。
「申し訳ありません。旦那様。まだグランゾルデ・レプリカ改にワックスを掛ける工程が残っております」
「そう、なら仕方が無い。整備事態は終わってるんだろ?ワックスは掛けなくていい。出るよ」
「いけません。まだワックスを掛ける工程が終わってません。後三十分程お待ちください」
『?』
「えっ?」
俺が、横に立っているアリスの方を見ると、首だけこちらを向けたアリスがいた。
「旦那様の要望は'ピカピカにしておいてくれ'との事でしたので、後三十分お待ちください」
「いやだから……」
「後三十分お待ちください」
ギャ○ソン・時○かよっ!まぁあの人は車だったが。
そのアリスの有無を言わせない雰囲気に呑まれ、思わず俺は頷いてしまった。
それから三十分後、ようやくワックス掛けが終わった後、俺達は出発した。
第79話 砦
大量の砂煙を上げながらレイプトヘイムは着陸した。この様子は砦の方からでも確認できるだろう。ただECS不可視モードなので突然草原に砂煙が巻き上がった様に見えるだけだ。
そしてその砂煙が晴れた時、砦のやつらはそこに突然機兵が現れた事に驚く事だろうな。
さて、砂煙が晴れる前に外に出ないとな。
俺は、タラップからアリス達の手によってぴかぴかになったグランゾルデの操縦席に滑り込みながら、そう思った。
いつもの手順に従いグランゾルデを起動させる。カメラテストのついでに軽く格納庫の中を見回す。中央艦の格納庫は基本俺専用だ。壁には趣味で作った多種多様な武器が掛けられている。
とりあえず今回は必要ないがな。
「ほら、ルーリ乗ってくれ」
グランゾルデに膝をつかせ、下で待っていたルーリに右手を伸ばす。ルーリも慣れたもので、親指と手のひらの間に足を入れて座る。
「しっかりつかまってろよ」
「うん」
ルーリがグランゾルデの親指につかまっている事を確認すると、ゆっくりと歩き出した。
「行ってらっしゃいませ。旦那様、クリシア様、ルーリお嬢様」
「ああ、行ってくる。あいつらと艦の事任せたぞ」
「お任せください」
あっ!カタパルト発進はしないぞ!手にルーリ乗っけてるからな。いかにルーリが人間離れしてると言っても危ないからな。
ハッチから砂煙が舞う外に出ると、不思議な事に砂煙が俺達を避けるようにゆっくりと渦を巻き始めた。
なんだ?
『私の魔法よ。せっかくアリスちゃんがグランゾルデを綺麗にしたんだもの。ここで汚しちゃ悪いわ。それにルーリちゃんが砂塗れになるのは可愛そうだもの』
「それもそうだ」
一応ルーリには、砂埃を被らないようにフードつきのポンチョの様な物を着せていたが、それでも砂塗れになるのは嫌だろう。
背後でレイプトヘイムのハッチが閉まる。
振り返ってみてみると、透明になっているレイプトヘイムの威容が砂煙にうっすらと浮き上がっていた。
これはこれでいい!
俺は心の中で頷きながら、レイプトヘイムが浮かび上がっていく様子を眺めた。
ゆっくりと砂煙が収まるのを待っていたらクリシアさんがある提案をしてきた。
『そうだ!せっかくだから派手に行かない?』
「派手に?」
『こうするのよっ!』
クリシアさんがそう言うと、俺達の周りでゆっくりと回っていた渦が一気に加速した。
この早さだと回りの空気を引き寄せて竜巻みたいになっている事だろう。
「うぉおおおおおおお!すげぇええええええ!」
見上げれば青い空がきれいに丸く、くり抜かれているのが見える。
『ゴウちゃんだめよ。ちゃんと正面向いてないとかっこよくない決まらないわ』
「おう!」
クリシアさんに注意され、直ぐに正面を向く。
次の瞬間、竜巻が縮むような挙動をした後、その砂煙が一斉に飛び散った。
一気に視界がクリアになり、正面にある砦もはっきり見えるようになる。
『どう?すごいでしょ』
すごいってもんじゃない。すごすぎでしょ!クリシアさん!
ド派手な登場にこちらのテンションも上がる。
さて行きますか。
父兄による妹の職場訪問ってね。
俺は、砦に向かって歩き出した。
砦の門まで、あと100m程の所で操縦席にシステム音が響いた。
おっとセンサーに感あり、この様子だと砦の門の向こう側で多数の機兵が起動した確認。ようやく動き出したか。遅い遅い。
門が開き、ボルドスが四機出てきた。うち一機は指揮官機らしく頭部にふさふさの飾りを付けていた。
その四機は、俺達を取り囲み手に持っていた槍を俺達に突きつけた。
「貴様、何者だ!」
「この砦にいるダーム学院長かミレス・コーウィックに伝えろ、鉄仮面が来た、とな」
「ふざけるなっ!」
馬鹿にされたと思ったのか、俺の周りにいた機兵達がいきり立つ。
「ふざけてなどいない。大事な話をしにきたのだ」
「お前の様な怪しい現れ方をするを、どうして砦に入れる事ができようか!」
それもそうだ。
「まって!」
どうしようかと考えていた時に再び砦の門が開かれ、見慣れた赤い機兵、グランジュが飛び出してきた。
「ミレス殿!あなたには待機命令が出ていたはずです!お戻りください」
「大丈夫です。この人達は私の知り合いです。学院長からも砦内に招く許可を頂きました」
「本気ですか?こんな得体の知れない者達を入れるのですか?」
「得体の知れないと言うのは失礼よ。その機兵の操縦者はダーム学院長に招かれて学院で講師をしていたのよ。先生が本気になったらあなた達は勝てないわよ?」
「それ程の…。失礼しました。砦にご案内します。お前達も武器を下げろ」
指揮官機がそう言うと、俺を取り囲んでいた機兵達が武器を下げた。
俺が指揮官機について行こうとした時、グランゾルデに通信が入ってきた。通信してきたのは目の前にいるグランジュからだ。外部スピーカーをオフにして通信に出る。すると目の端にミレスの顔が映ったウィンドウが表示された。
「はいよ」
「ちょっとお兄ちゃん!今日来るって聞いてないよ!」
ミレスは、口調では怒っている様だったが、顔はにやけている。
「ああ、言ってないしな。驚いたろ?」
「驚いたってもんじゃないわよ!あんな派手な登場なんかして、砦が第一級の警戒態勢に入ったわよ!外の方にも連絡が行って大変なんだから!今は誤報って連絡をしているわ」
ありゃ。そりゃちょっと危なかったな。
『あらあらごめんなさいねぇ。かっこいいと思ったんだけど』
「こんにちはクリシアさん。竜巻の中から出現ってまるで英雄譚ね。まぁ残念ながら私は見れなかったんだけど」
俺も外から見たかった!
「それで、あの馬鹿親達に復讐できたの?」
「ああ、その事についてもある」
俺の答えが不思議だったのか
「その事って事はそれ以外の事をあるの?お兄ちゃん?」
「ああ、後で話すよ」
そして俺達は、砦の機兵に先導されながら砦の門を潜った。
門の先では、フォルモ高等士官学院のSクラスの生徒達が整列して待っていた。俺が前を通りかかると一礼した。
…あれ?なんか人数減ってないか?
「ではこちらの方で機兵から降りてください。案内は下のもの達がします」
「分かった」
「じゃあまた後でね。先生」
ミレスはそう言うと俺の返事も待たずにに別の場所へと向かっていってしまった。
指揮官機に指定された場所にグランゾルデを膝をつかせる。そして、先にルーリを下ろすために右手を地面に近づけた。
地面に近づけるとルーリはひょいと飛び降りる。
さて、俺も仮面を被らないとな。
ゴソゴソと、操縦席の下を探り、学園で被っていた鉄仮面を取り出し被る。
これで良し。
ちゃんと外が見えることを確認してから、グランゾルデから降りる。
すると、俺の前にSクラスの面々が俺とルーリの前に整列した。俺達に向けられている視線は、尊敬というより恐怖、畏敬というより畏怖。
「お久しぶりです。鉄仮面先生」
そう声を掛けてきたのは……たしか、試験で整備科班長をしていたゴールとかいった奴だな。少しやつれたか?
見回すと、依然見た時より細くなっている連中が多い。
「ああ、久しぶりだな。なかなか苦労してそうだな。それにSクラスのメンバーが減っているようだが?」
「ははは。あの試験で先生達に負けたの現実を受け入れる事も出来なかった人達がいたんです。それで精神をやられてしまって……。そこに前線に行けという学院長のお達しがダブルパンチになりまして」
それで自主退学という事か。そういえば今ここにいる顔ぶれは、貴族ではなく平民出の連中が多いな。まぁ平民出の連中はやめるにやめられないんだろうな。
「それは良かったな。威張り散らしていた連中がいなくなって」
「それは…そうなんですが…」
そう言うとゴールは、苦笑いをした。
「そう言えば、お前達ファードの街に言ったんだろう?どうだった?」
「酷いものでした。けが人は多いし、軍の機兵は悉く破壊されたらしく、壁の外の警戒に僕達が持ってきた機兵を徴発して使ってました。例外はグランジュだけですね。アレだけはミレスさんしか使えませんから。僕達は下っ端としてこき使われてましたよ」
ゴールの表情からは、あまり良い経験ではなかった事がありありと分かった。負け戦だったからな。そういう苛立ちとかもぶつけられたんだろう。
「んで俺は何処に行けばいいんだ?」
「あっすいません。今ご案内します」
俺達は、ゴールに案内されて砦の中心にある建物へ向かった。
「こちらです」
俺達は、砦中央にある建物の二階に部屋に案内された。応接室だと思っていたが、俺の目の前にある扉には'砦長室'と書かれていた。
ゴールが扉を開けるとそこには、丸メガネを掛けたダーム学院長が何故か砦長用と思われるデスクに座って書類を睨みつけていた。
「よう。久しぶりだな学院長。ところで何でそんなとこに座ってんだ?」
ダーム学院長は、俺の方をチラリと見ると不機嫌そうに言った。
「フン。あまりに前任者が不甲斐ないので、どいて貰っただけじゃ。それにしてもおぬし何故、ファードに来なかった?待っておったと言うのに」
「俺達が何処に行こうが俺の自由だろ。あんたにとやかく言われる筋合いはない」
「で、何しに来た?」
「おいおい、父兄が自分の妹に会うのに理由が必要か?」
「ふん!」
そこへミレスが'砦長室'に飛び込んできた。
「おにぃちゃ~ん!ヘブッ!」
ノックもせずに扉をブチ開け、俺を見つけると全力で俺に向かって抱きつこうとした。しかし俺の隣にいたルーリがミレスの後ろに回りこみ襟首を掴んで止めた。
「ちょっと何するのよ!」
「兄さんに抱きつかないで」
「あたしがお兄ちゃんに抱きついて何が悪いのよ!兄妹なのよ!家族なのよ!」
「兄さんの妹は私。あなたは他人」
「まだそんな事言ってんの!?妹なのはあたしよ!」
ああ、我が妹達はどうしてこんなにも仲が悪いのか。
『はいはい、落ち着きなさい二人とも。ゴウちゃんが困ってるわよ』
フワリと現れたクリシアさんが二人を制止する。
「「うっ」」
俺の様子に気がついた妹達は、恐る恐ると言った感じで俺の方を見る。
「はぁ。俺は無理に仲良くしろとは言わない。けど、いがみ合うのはやめてくれよ」
これから大事な話があるというのに、どうしてこうなるんだ。
第80話 魔王は嘯く
「さて、ダーム学院長応接室を貸してくれ」
暴れていたミレスとルーリがようやく落ち着いたので、早速今回の目的である話をする事にした。
「良いだろう。ただ、しわしもその話を聞かせてもらうぞ」
「おいおい、人ん家の話を聞こうってのか?」
「不振人物であるお前を砦に入たんじゃ。監視するのは当然じゃろ?」
「好きにしろ。まっ後悔したって知らないからな」
「…隣の会議室を使う。着いて来い」
ダーム学院長は、手にしていた書類に何かを書き込み横にある箱に入れ、掛けていた丸眼鏡を取ると立ち上がった。
通された会議室は窓はあるが、そんなに大きくない為薄暗かった。中央には大きなテーブルと壁にはこの地域周辺の地図が張られている。
その会議室にいた係りの兵士が、室内にある明かりの魔道具に魔力を流し室内を明るくして、地図をはがすと、俺の仮面にぎょっとしながらも一礼して部屋から出て行った。
窓に寄って外を見てみると、俺のグランゾルデがここの機兵達に包囲されながら駐機している様子が見えた。
完全に信用している訳ではないと……。
俺は剥がされた地図とグランゾルデの様子でそう思った。
「好きに座れ」
ダーム学院長がそう言ったので、俺が窓の近くの椅子に座ると右側にミレスが、左側にルーリがさっと座った。
すばやいな。
ダーム学院長は俺の正面に座った。そこから俺達のする話を聞くようだ。
俺は、鉄仮面を脱いでテーブルの上にゴトリと置いた。
ふぅ。久々に被るとやっぱり息苦しかったな。
「それでお兄ちゃん。クソ両親には会えたの?」
おいおい、ミレスちゃん直球だな。
「ああ、会ってきた。ついでにお礼もたっっっぷりとしておいた」
まぁそれに答える俺も俺だけどな。
それから俺は、クソ両親にしてやった事を多少誇張して話した。ミレスはその話を楽しそうに聞いていた。
俺が王城に乗り込む直前の所まで話した時、ふとダーム学院長を見ると面白いようにプルプル震えていた。
そりゃそうだろう。自国の兵達がたかが黒髪一人(例え俺だとわかっていても)に遊ばれているのだ。今俺に殴りかからないのが不思議なくらいだ。
それに思いっきり犯罪自慢だしな。
「ああ、そうそう。ダーム学院長。レフリアーナって姫さん知ってる?」
レフリアーナの名を言った瞬間、ダーム学院長は震えが止まり何故知っているという表情をした後ハッとなった表情になった。
「そう言えば、レフリアーナ姫殿下のお披露目式があったはずじゃったな。わしは会った事は無いが、いる事は知っておった」
まぁそうだろうな。そうでないとルーリを最初に見た時に何かしらのリアクションがあったはずだ。
「それがどうかしたか?」
「まぁそれに関してなんだけどな……」
俺がもったいぶっているとダーム学院長は痺れを切らしたように言った。
「ナンじゃ!はっきり言わんか!」
「魔王が、姫さんのお披露目式を襲撃したぞ」
「えっ!」
「どう言うことじゃ!?詳しく話せ!陛下は無事か!?」
ダーム学院長は慌てて、話の続きを促した。
「詳しくも何も言った通りだぜ?魔王がその姫さんのお披露目に一人で乗り込んで、一回ホールを占拠、お披露目に参加していた連中の魔法使えなくして、近衛兵相手に無双してたぜ。クカカ、ほんといい気味だったぜ。それと陛下ね。一応無事だ。傷一つ無いが、プライドはボロボロだろうぜ」
俺は、あの時のクソ王の顔を思い出して肩を震わせた。
「馬鹿な!あそこには、ロッテムの奴もいた筈じゃ。あやつがその様な事をさせる訳が無い!」
あれ?ロッテムの野郎とは敵対しているもんだと思ったけど違ったかな?いや、よくある'同族嫌悪しあう仲'って事か。
「そんな事を言われてもなぁ。事実だし」
「そうじゃ……。そう言えば何故お前がその事を知っておる!ロッテムの奴ならその様な事があったら即座に緘口令を敷くはずじゃ。何故知っておる!」
「なぜってそりゃ魔王様がその様子を下々の者にも見せてくれたからさ。あんただって知ってんだろ?魔王がファードの街の戦いで幻影を使って演説したってな。笑えたぜぇ。大のお貴族様が出もしないのに手を伸ばして呪文を唱えてるんだからな。そして、本当に魔法が使えないって理解した時の表情といったら……。もう言葉も出ない位だ」
俺は、なんとも言えないといった感じに軽く頭を横に振った。
「貴様!母国が賊に侮辱されたのじゃぞ!何じゃその態度は!」
俺の態度が気に入らなかったダーム学院長はテーブルに手のひらを打ちつけた。会議室にバンッという音が響き、一瞬の空白の後、俺は言った。
「母国?俺にはそんなモノは無い。法は俺には適用されない。国は俺を守ってくれない。そんなモノに愛着があると思ってんのか?」
「ムグ、だがあそこには貴髪のフレイム殿もいたはずだ!」
「フレイム?ああ、魔王の赤い肩をしたメイドに負けた貴髪様か。魔法が使えなきゃ雑魚以下さ。成す術も無く血の海に沈んでたぜ」
「そんなまさか……」
ミレスもその様にただ事ではない事を悟って、口をつぐんでいる。
「んでな。その後なんだが…」
「まだあるのか!?」
「あるぜぇ。とっときのヤツがな。それでな魔王が三ヵ月後に王都を壊滅させると宣言したぞ。だから俺は、ミレス達に王都には行くなと言いに来たんだ」
その発言にミレスとダーム学院長が息を呑んだ。
「何故!何故そんな事になったのだ!」
「魔王が占拠していたホールにレフリアーナって姫さんが乱入したんだけど、魔王がその姫さんを見た瞬間にいきなり笑い出してな。その笑いが止まったと思ったら件の宣戦布告と来たもんだ。その後、堂々と正面玄関をぶっ壊して出て行ったぜ」
「なんと…」
ダーム学院長はそうつぶやくと、頭を抱えた。きっと頭の中ではこれからどうするかをフル回転で考えている事だろう。まっ精々考えてくれ。
「それにしてもフレイム様って魔王のメイドに負けたんだ……。負けたとは聞いていたけど」
話に置いて行かれたミレスが、ぼそりと言った。
「クカカ、それも完膚なきまでに負けたってよ」
その時、頭を抱えていたダーム学院長がばっと頭を上げた。
「待て、何故おぬしがその事を知っておる。その事を知っているのは一握りの人間だけのはずじゃ!」
あら、そうだったの。まぁいいや、ここでばらしちゃえ。どうせ、ばれる事は確定しているしな。
「だって俺が魔王だし、部下が誰を倒したか知ってて当たり前だろ」
あまりにもあっけない発言にミレスとダーム学院長が凍りつく。
「はっ?」
「えっ?」
驚いてる驚いてる。いいねぇこの表情たまらんね。でもミレスには酷な話しだよなぁ。
「なっ何言ってるのお兄ちゃん。嘘でしょ」
『嘘じゃないわ。それは私が保証するわ』
いつの間にか現れていたクリシアさんが俺の肩越しに、ダーム学院長に向けて言った。
「なぁダーム学院長、何で魔王がファードの街の戦いに出て来たんだと思う?」
「…まさか」
「あんたがミレスを戦場に送ろうとするから、俺が戦争を終わらせてやったのさ。王国軍ごとぶっ飛ばしたのは、ミレスを餌にして俺まで出そうと小ざかしい真似をしてくれたダーム学院長にお仕置きさ」
「そっそれで我が国の軍を壊滅に追い込んだというか!シスコンにも程があるぞ!」
「なぁ自分の行いのせいで愛する国の軍が壊滅させた気分はどうだ?なぁどんな気分だ?」
俺の顔が醜く歪んでいる事を感じながら、顔を真っ青にしたダーム学院長に傷に塩を塗るような言葉を送る。
「じゃじゃあ、お兄ちゃんが王都を滅ぼすの?お城で何があったか知らないけど、そんな事やめて!王都を壊滅させるってやりすぎだよ!」
隣にいたルーリが俺の袖を引っ張りながら言った。
「そうか。ミレスは反対か……。いいさ、それがミレスの考えた答えなら。けど俺は行く」
俺はミレスを見て微笑むと、ミレスの手を軽く振り払い。席から立ち上がった。
「そもそも行かせると思うてか!【雷よ 穿て】!」
俺に向かって顔を憤怒で染めたダーム学院長が放った雷魔法が飛んでくる。しかし、俺に当たる前にクリシアさんが出した水の障壁に阻まれた。
「クリシア様何故!?何故そやつの……魔王の味方をするのですか!」
『あら、精霊は愛想を尽かさない限り契約者の味方よ。それに、この国の王家がした事は私もちょっと許せないわ』
「ック!一体我が国が何をしたというのじゃっ!」
「それは自分で確かめな。見れば一発で分かる」
そこへ、会議室の外で待機していたのだろう。兵士達がなだれ込んできた。
「まぁ用意のいいこって」
「やはり賊だったか!ここから逃げられると思うな!…黒髪だと!?」
先頭に立っているのは、どうやら俺達を捕まえに来た機兵部隊の指揮官のようだ。
「それが出来るんだなぁ。来い!グランゾルデ!」
俺が左手首を顔の前に持ってきて、腕に付けていたブレスレットに叫ぶと、外から盛大な金属同士の打撃音が聞こえ。建物が揺れた。それで何人かの兵士がバランスを崩して倒れる。
「なんだ!」
「隊長!外で無人の機兵が暴れています!」
「馬鹿な!」
クカカ、グランゾルデレプリカ改(あっ久しぶりに正式名称言ったな)を舐めるでないわ!あの特殊な操縦方法を解析して短時間ではあるが、無人で動かす事に成功しているのだ!
「グランゾルデ、俺の居る部屋の壁をぶち抜け!」
俺がそう言うと、グランゾルデの腕が会議室の壁を破壊して飛び出した。運の悪い兵士は、その時に飛んだ壁の破片に当たって吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
グランゾルデの腕が引き抜かれ、ぽっかりと開いた壁の穴から外を見ると、グランゾルデを囲んでいた機兵が胸部を潰された無残な姿をさらしていた。
「行くぞ。ルーリ」
俺がグランゾルデの開けた穴に足を掛けた。外ではグランゾルデが穴のそばに手を差し出して、操縦者である俺を待っている。
「待って!」
ミレスが俺に手を伸ばすが、その手は俺に届く前にルーリの手によって払われた。そしてそのままミレスの前にルーリが立ちはだかる。
「兄さんの邪魔はさせない」
ルーリが淡々とした喋りで言った。
「どきなさい!」
「嫌」
「このっ!【雷よ ガフッ!?」
痺れを切らしたミレスが魔法を唱えようとするが、すかさずルーリが喉目掛けて抜き手を放つ。それをもろに食らったミレスは喉を押さえて後ろに下がる。しかしルーリの攻撃はまだ終わっていなかった。
「この距離で魔法を使うなんて馬鹿?」
ルーリはミレスの腕を掴むと、会議室の入り口に集まっていた兵隊に向けて豪快に投げ飛ばした。投げられたミレスはそのまま、兵隊達にぶつかりなぎ倒していく。
俺はその隙に、差し出されたグランゾルデの腕を駆け上り、一気に操縦室に滑り込む。
「グランゾルデの操作をオートパイロットからマニュアルに変更」
『オートパイロットモードを終了し、マニュアル操縦に変更します。You have』
『「I have」』
一瞬の間をおいて、いつもの自分の体が拡大される感覚が俺を襲う。
グランゾルデの操作を受け取り、グランゾルデの右手を見てルーリが乗っているのを確認する。
「ちゃんと、掴まってろよ」
手のひらのルーリがコクンと頷くのを確認して、俺は砦の建物から離れた。
そこへ、グランゾルデの空けた穴からルーリが身を乗り出して来るのが見えた。目に涙を貯め、ルーリにやられた喉を押さえていた。
「ゲホッ!お兄…ちゃん!!」
まだ喉が痛むだろうに、ミレスは声を張り上げた。
「ミレス!この俺の…魔王の敵になるなら構わん。お前の道だ。好きにするが良い!だが俺の前に立つなら覚悟しろ!容赦はしない!」
ミレスのいる建物に背を向けながら俺は、これくらい言っておけば、ミレスがそう悪い待遇にはなるまい。ここに来た目的は、果たせたな。
「魔王だと!仲間の敵!貴様はここで殺す!ふん!そんなお荷物を抱えては碌に避ける事も出来まい!掛かれ!」
わらわらと機兵が現れ、手に武器を持ってグランゾルデ目掛けて突撃してくる。
「まぁそもそも避ける必要が無いがな」
次の瞬間、俺に突撃してきた機兵達が轟音と共にバラバラになった。
唖然としている兵達に俺は、あいている左腕で空を指差した。そして指につられて、この砦にいる人間の視線が空へ移動した。
「!?アレはっ!」
そこには、ECS不可視モードを解いたレイプトヘイムがぱりぱりと紫電を走らせながら浮いていた。
「そう、俺の船レイプトヘイムだ」
そして上空のレイプトヘイムからアリスの声が響いた。
「現在、クルド砦にいる皆様に申し上げます。現在レイプトヘイムに搭載されている武装が皆様に狙いを定めております。威力は今、皆様が御覧になったとおりです。不用意に動かれた場合、警告なしで攻撃いたしますので、動かないようお願いいたします」
そう言うと俺を取り囲もうとしていた連中はぴたりと動かなくなった。
そして俺の目の前にはグランゾルデを回収する為にワイヤーが降りてきた。
「縁が会ったらまた会おう!さらばだ!」
俺はそれを掴み、ワイヤーの先についている金輪に足を通すとゆっくりとワイヤーが巻き取られ、レイプトヘイムに収容された。
俺達は、傍線とその様子を見ている兵達を他所に、一路世界の壁へと進路を向けた。
第81話 開幕
そして三ヶ月の時間が過ぎた。
俺はレイプトヘイムの舳先に光学迷彩をまとった状態で立った。そして眼下にある王都を見つめた。
現在レイプトヘイムは、王都から南西1kmほど離れた上空100mに停止している。
一番高い位置まで昇った太陽に照らされ、三ヶ月前とは似ても似つかなくなった王都が、そこにあった。
王都の城下町を囲む城壁の周りに少し低いがさらに壁が作られていた。もちろん元から存在していた城壁とは、比べる事すら出来ない程粗雑なつくりではあったが、しっかりと王都を囲んでいる。ご丁寧な事に王都の城下町を囲む城壁の門が東西南北に作られているのに対し、新たに作られた城壁の門は北東、南東、南西、北西と内側の壁と45度ずらして作られていた。これは多分、魔王軍の侵入を難しくさせる為だろう。
そしてその壁と壁の間には多数の機兵が駐機されていた。だがそれでも収まらなかったのか王都の外にまで機兵があふれている。
状況としては外側から機兵・城壁・機兵・城壁・王都内部と言った感じだ。
良く見ると同一機種の機兵が固まっている所と、雑多な機兵が集まっている所があった。
多分グラットン会議から送られてきた各国の連合軍の機兵達と機兵ギルドの義勇兵達だろうな。
万が一の為、その中にダイドルフ及びドルフ達一家が居ないことを確認した。一安心と言ったところだな。
城下町の方も様変わりしていた。一般住民が住んでいた区画は更地にされ、すべて機兵の格納庫代わりのテントや工房に建て替えられ以前の城下町の様子は殆ど無かった。
王都の住人は殆ど何処かへ避難か疎開でもしたのだろう。壁の中を歩いている人間の殆どが何処かの軍服を着ているか、薄汚れた作業着を着ている。
唯一以前の変わらない様子なのが貴族街とその中心にある王城だ。…いや貴族街と王城も変わったようだな。俺の視線の先にある豪奢な屋敷から、何人ものこの国の者ではない兵士が出てくるのが見えた。他の屋敷も兵士が出入りしている。貴族達の屋敷を外から来た兵達の宿舎として提供しているようだ。
貴族共のなりふり構わない様が笑えるな。
俺の破壊した城の正面玄関は、以前は豪奢な扉だったが現在は、鋲打ちされた無骨な金属扉に替わっていた。
最初無駄に優美な城だっただけに、そこだけ違和感が酷い。
地上を一通り見た後、今度は王都の空へと視線を向けると、無駄な努力だというのに共和国から貸与された空船が対空警戒の為か飛んでいた。それに遠くからは、補給物資や機兵を乗せたと思われる新たな空船が王都へ向かっているのが見える。
「たった三ヶ月でよくもまぁこれだけの集めたものだ」
さっきアリスに言って、この王都の周りに機兵が何機居るか調べさせた結果、3572機がこの王都に終結している事が分かった。ざっとファードの街の戦いで集められた機兵の三倍。歩兵や整備員などの数を考えると人間の数は10倍近くにはなるんじゃないだろうか。
『沢山居るわねぇ』
「ああ、例の会議で全会一致で魔王討伐に賛成したからな。それの履行の為に各国から戦力を出させたんだろう」
『本当にかわいそうになってきたわ。あの子達が……』
「普通に考えたら、勝てるわけ無いんだけどな。ある意味この大陸の全てを敵に回してるんだから。権力、戦力、金、どれをとっても人一人のでは太刀打ちできない。しかも俺は簡単な魔法すら使えない黒髪だ」
『でも、ゴウちゃんなら勝ててしまう』
「そう、女神の気まぐれのせいでな。なんとも奇妙な気分だよ。この力をくれたのは女神で、けどこの状況になった原因もあの女神だ」
俺を黒髪にさえ誕生させなければ……。いや、'たられば'の話は無意味だな。
この国の国力を増す為に子から親を奪い、その親も用済みとなったら殺した。私利私欲での判断であれ、為政者としての決断であれ、その行為はたった一人の人間を怒らせた。
普通ならそんな怒りは、国の力により羽虫の如く潰されるだけだ。その判断をした王もそう思っていただろう。俺もそう思う。
けど、まさに…まさにそれは神の悪戯と言われる所業だろう。その怒らせた、たった一人の人間には神から与えられたチートが備わっていたんだからな。
まるで、たった一言'なんだ女か?'と言ったせいで上官を殺され、相棒を殺され、そして復讐の途中で出来た恋人まで殺され、最後には自分も殺される羽目になった某エリートパイロットの様だ。まぁそれよりたちが悪いがな。
運が悪かった。
ただそれだけの事でこの国は、滅亡の道をたどる事になる。
そんな事を考えながら俺は、アリスにレイプトヘイムのECSを切るように命じた。
俺の意思は速やかに実行され、レイプトヘイムが王都の目の前に姿を現す。もちろん俺自身に掛けた光学迷彩も解く。
一気に王都の様子が騒がしくなった。次々と機兵が起動され、次々と立ち上がっていく。
その時、王都の本来の城壁の上に一際豪奢な軍服を着た中年のおっさんが飛び出してきた。
飛び出してきたおっさんが、城壁の縁をつかみ声を上げた。
「アレが噂の魔王の空船か!」
俺はその声にあわせるように声をはり上げた。
ああ!その言葉を待っていた!
「そう…その通りだ!」
そのタイミングにあわせて、レイプトヘイムの前面に巨大な空間ディスプレイが現れた。もちろん移っているのはこの俺だ。
俺の今着ているのは、左腕以外魔王らしく黒で統一した禍々しい鎧にマント姿だ。といっても禍々しいのは見てくれだけで、実際は中二病全開なただの板金鎧だ。
兜は被らず眼帯もしていないから、俺の素顔をさらしている状態だ。
瞬時に視線がディスプレイに映った俺に集中する。
さぁここからだ。気張っていこう。ここでとちったら俺の三ヶ月が無駄になる。
俺は左の手のひらを開いた状態で顔の前に持ってくると、次の台詞を言った。
「鋼の義腕に憤怒を乗せて!」
そして、開いていた手のひらを一気に握り。
「果たせ復讐、我が名に掛けて!」
そこまで言い切ると今度は左手でマントを思いっきりバサリと払う。
「ハグル魔王軍、宣言どおりに、ただ今推参!」
決まった!某中華料理な名前の悪人よ!俺はやったぞ!
…はい、皆さん固まっていらっしゃいます。ですが俺はこんな事ではめげません。
「最強魔王ロボ軍団出撃!」
「了解。両舷一階下部コンテナハッチ開放」
俺の義眼にアリスの号令と共に、両舷コンテナの底が観音開きに開いていく様子が見える。開いた扉の先には、大量のロボットが整然とハンガーに吊り下げられたロボット達が存在していた。
その扉が完全に開いたのかアリスが次の号令を出した。
「ハッチ開放確認。ルーキーズフレーム部隊投下開始」
ガチッとロックが外れ、シャシャシャッ!とハンガーに吊られていたロボット達が次々と投下されていく。
しばらくの空白の後、ズズズズン!とルーキーズフレーム部隊1000機が地上へと到着した。
投下されたロボット部隊を見た、連合軍は一気に動揺した。
「あっあれは、我が国のグロームだと!?」
「うちのボルドスもあるぞ」
「まさか、ファードの戦いで鹵獲した機兵だというのか!?」
「馬鹿な!鹵獲されたとしても誰が乗ると言うのだ!黒髪なんぞに組するなどありえん!」
実は鹵獲した機兵じゃありません。確かに俺は機兵を無人で動かす事が出来るが、この技術にはまだまだ作動時間が短いなど色々な欠点があるので使えないのだ。
しかし間違うのも当然だ。外見はグロームやボルドス、フォメルにそっくりなんだから。
今出撃しているロボットはロボットロマンでルーキーズフレームと呼ばれていたロボットだ。
ルーキーズフレームとは読んで字の如く、ロボットロマン初心者が始めてオリジナルロボットを作る時に使う初心者用素体ロボット。
簡単に言えば、装甲が無いロボットだ。装甲と武器をデザインしてルーキーズフレームに付ければ、はいオリジナルロボットの完成!と言うわけだ。
値段も安いし、内部構造を考えなくていいと言う事で初心者から古参デザイナー(ロボットの外見のみを作るプレイヤー)まで幅広く愛用されているロボットだな。
こいつの優れた点は全身にハードポイントがついている事と、その値段の安さだ。もちろん性能は相応のものになるが、それなりの装甲を付ければ十分使える機体だ。
そのルーキーズフレームに剥ぎ取ったボルドスや、グロームの装甲をくっ付けて、簡易AIを乗せて俺の尖兵にした。
何でわざわざ鹵獲した機兵の装甲をつけたロボットを出すかと言うと、それがお約束だからだ。
旧主人公機が悪趣味に装飾され、敵幹部に操縦されたり、得体の知れない生物が味方機体に取り付いて不気味に変化し、機体を乗っ取るなど、悪には欠かせない要素だ。
だがそれだけだと俺が見分けつかない。その為、ロボット達には赤い蝙蝠っぽいアイマスクを装備させた。これで悪人が主人公ロボをコピーして作ったロボットが、実は主人公の正義の心までコピーされているのに気づいて、大慌てで作ったロボットコントロール装置を付けた様になって分かりやすくなった。
まぁ、あいつらに正義は無いがな。
「全隊進め」
アリスの号令で、着地して膝を着いていたルーキーズフレーム隊が一斉に立ち上がる。
そして手に持った武器を構え、王都へゆっくりと進撃を開始した。
一方、王都は何故か混乱しているようだった。
「正面からだと!?クソッ!迎撃班!円陣を組め!奴らを門に近づけるな!外延部守備隊起動を急げ!伝令!魔王軍襲来、迎撃を開始すると本部に伝えろ!」
「はっ!」
城壁の上から伝令の兵士が階段のある塔に消えると、兵達が大慌てで集まって円陣を組んでいく。
「合唱魔法'業炎'準備!目標、接近中の魔王軍!」
城壁の上に作られた小ぶりの円陣の上に赤々と燃える火球が浮かび上がる。
ざっと500って所かな。大きさもファードの街で見た、二重だった円陣を単陣にした時と同程度の大きさだ。
「まだ…まだ引き付けろ!…今だ!放て!」
「「「ハァッ!」」」
放たれた、火球が最外延部の城壁を飛び越えながら俺のルーキーズフレーム隊目掛けて飛んできた。
大半の火球はルーキーズフレーム隊の周囲に着弾し、爆炎を上げる。しかし、少ないながらもルーキーズフレーム隊に直撃する弾道を取る火球もある。ルーキーズフレーム隊は、即座に左腕に装備された盾を一斉に頭上に掲げ、火球を受け止める。
さすがに何機か盾の隙間を抜けた火球によって脱落したが、ルーキーズフレーム隊は、黙々と歩を進める。
火球の弾幕を抜けた先には、ギルドの義勇兵だろう機兵部隊が待ち構えていた。
「外延部守備隊!全体突撃!ここで魔王を討ち取るぞ!」
ウォオオオオオオオオオオオオオ!
王都の外で待機していた機兵部隊が、雄たけびを上げながら突撃を開始した。
後の歴史書に「憤怒の復讐劇」と書かれる戦いが始まった。
第82話 王都城壁外戦
ルーキーズフレーム隊1000機と外延部守備隊500機の戦いが始まった。
俺はプローブ使って高みの見物だ。レイプトヘイムは射程外らしく、城壁から火球の攻撃は飛んでこない。
ルーキーズフレーム隊の装備は、盾を標準装備させ、各々メインウェポンとして剣、ショーテル、槍、ハイパーハンマーと古式ゆかしい装備で固めさせた。
敵さんも似たようなものだ。
最初は外延部守備隊の勢いに乗った攻撃をルーキーズフレーム隊が受け止める形で始まった。盛大な激突音と一緒に火花が散る。
「ウォオオオオオオオオオ食らえぇぇぇ」
先頭に立っていたボルドスが勢い良く大剣を振り下ろす。剣の先にいたグロームの皮を被ったルーキーズフレームが左手に装備させた盾で受け止めるが、剣の圧力に耐え切れず体から左腕が脱落した。だが、そのお陰で剣筋がズレ、胴体への直撃は免れる。
「ふん!魔王軍とはこの程度かっ!うぐっ!?」
先制一番敵の腕を切り落とした機兵はいい気になるが、腕を切り落とされたルーキーズフレームは、気にした風も無く腕を切り落としたボルドスに剣を振り下ろした。ボルドスは何とか致命傷は避けたようだが、左腕のひじから先を失った。
「こいつら痛みが無いのか!?」
「例のふざけた装置が積んであるんだろうよ!たしか…ダミー君システムだっけか?あれたしか魔王から出された技術らしいぜ」
この戦いの中、おしゃべりを講じる事が出来るのということはベテランの機兵乗りか。話していながらも近くに居たルーキーズフレームの一体を斬り伏せる。
「馬鹿言ってないで真面目に戦え!…!?こいつボルドスじゃない!?」
義勇兵のおしゃべりをとがめた指揮官機が、そこでようやく自分達が戦っているのが自分達が知っている機兵でないことに気が付いた。
「だからなんだってんだ!敵である事にゃ変わりねぇ!」
そこからは一気に乱戦になった。ルーキーズフレームがハイパーハンマーを振り回し、敵機兵を砕けば、チェーンが伸びきった所で別の敵機兵の持った槍に胴体を貫かれる。貫いた機兵が槍を抜こうとした所で横から近づいていたルーキーズフレームに首を切り飛ばされた。
「やられた!一旦引く!」
「誰か!予備の武器をよこせ!早くっ!はやっぐあぁ!」
無数の怒号が戦場を埋め尽くす。
「こいつら!そこらの兵隊連中より強いっ!」
舐めて貰っちゃ困る。ルーキーズフレームに積んでいるAIは雑魚AIだが近接特化型に調整し、並の機兵乗りなら十中八九勝てないモノにしてある。その分、遠距離兵器で狙われたら盾を構える事程度しか出来ないがな。
「ああ、だが俺達の敵じゃねぇ!」
腕に覚えのある機兵乗りなのだろう。そんな状況でも声に余裕が感じられる。
しかし、数の暴力には敵わない。少しずつ、戦線は王都へと近づいて行く。
「増援はどうしたっ!」
「現在南東及び北西の部隊からこちらに向かっているそうです!」
「王都からはどうしたっ?」
「作戦の為、出せないそうです!」
「出し惜しみしている場合か!とっとと王都の中の連中を呼んでこい!」
「無茶言わんでください!」
「チッ!」
どんどん外延部守備隊の戦況は悪くなっていく。特出した強者的なロボは居ないが数が倍程多い上、平均的レベルまで上なのだ。このままでは、負けは確定的だ。
「持ちこたえろ!今増援が来る!」
しばらく戦闘が続くと怖気づくて機兵が出てきた。
腕を切り落とそうとも、足を切り落としても何の痛痒も感じさせず、片腕が無ければもう片方の腕で、足が無くなれば這ってでも攻撃しようとするルーキーズフレームに恐怖を感じたのだろう。
怒りも恐怖もまったく見せず、尚且つ喜びも悲しみも一切感じさせない人型に得体の知れないものを感じ、恐怖する兵士達が現れた。
「なんなんだこいつらはっ!」
その叫びは、ここで戦っている兵士全員の思いだったろう。そこに喜びにあふれる報告が届いた。
「増援が来たぞ!」
増援とした現れたのは連合軍の部隊だった。他の門を守っていた外延部守備隊なのだろう。500ずつに別れルーキーズフレーム部隊を挟み込むように現れた。
敵の増援が加わると士気をあげ、段々と逆にルーキーズフレーム隊が押されるようになっていった。
やはり戦いは数だねアニキ。1000強VS1500弱ではさすがに分が悪い。
次第に破壊されたルーキーズフレームが増えていく。
「ここまでは予定通り、じゃあ次の手を出しますか。アリス、次のを出して」
「かしこまりました。両舷二階コンテナハッチ開放。B(ブラック)S(スミス)部隊投下開始」
二階コンテナハッチの奥にあったのは機兵の三分の一ほどの大きさの緑色した金属製の繭の様な物体。それがドラム缶の様に横になって積み上げられていた。ロックが外れるとそれは積み木を崩すようにハッチからドンガラドンガラと転がり落ちていった。
「何か落ちてくるぞ!」
落ちたそれはズドン!と言う音と共に着地、もとい地面にめり込むと緑の繭の横からニョッキリと先端の丸いフレキシブルパイプを伸ばし自身の体を地面から引っこ抜いた。
それと同時に足を生やして地面に立つ。そう足だ。この緑の繭は、一応人型(?)ロボットなのだ。
カシュッと顔にあたる部分の装甲がスライドしてパッチリお目目のモノアイが出現。モノアイがキョロキョロと動き、破壊されたルーキーズフレームを見つけると、腹部部にある収納庫を開きにそこに手を突っ込んでレトロな光線銃の玩具の様な物を取り出した。そして、歩いて(!?)ルーキーズフレームに近寄ると、手に持った光線銃もどきを使ってパーツを分解、近くにある別のルーキーズフレームの部品を使ってサクサクと修理しだした。
修理が完了したルーキーズフレームは再び武器を握り、軽く動きを確認すると戦線に復帰する。
修理が終わったBSは、次の獲物を探してまたモノアイを動かした。それがそこかしこで行われた。
BS部隊とは、修理ロボ部隊なのだ。
「この場で修理だと!」
その光景を目にした敵機兵は、剣を振りながら呻いた。
戦いは長期戦になった。
こちらとしたら一切問題は無い。戦ってるロボ達はAIで疲れ知らずだし、観戦している俺は勝利を確信しているから気楽なものだ。
だがあちらは違う、腹も減れば、喉も渇く。それに体力は有限だ。ああ、トイレも行かないとな。中には操縦席で漏らしている奴も居るだろう。
ただ奴らも馬鹿じゃない。城壁からの火力支援をうまく使い、前線の部隊をスイッチして、休憩と応急修理の為に後ろに下がって行く。
それに連合軍は何とか現状を打破しようと修理を行っているBSを狙って攻撃を仕掛けてくる。
けど冗談のような避け方で一向に攻撃が当たらない。執拗に狙えば、他のルーキーズフレームに集中攻撃されるといった状態だった。
BS部隊が面白い事をし始めた。長期戦になれば当然やられる機兵が多くなる。もちろん修理して戦線復帰させようとするが、どうしてもパーツが出てくる。代表的なものを言えば、胴体など横なぎに真っ二つにされたら修理は不可能だ(少なくともここでは)。
そうなると、どうしても使える腕パーツがあっても修理できる機体が無い状態になってしまったのだ。手持ち無沙汰気味になったBSは何を考えたのか、他のBSが修理しているルーキーズフレームの背中に装甲を剥がして、その腕パーツをくっ付けたのだ。
前にも説明したがルーキーズフレームには全身にハードポイントが付いている。その規格は手足と共通なのだ。つまり、手足を何処のハードポイントにも接続する事が可能なのだ。
それを見ていた別の一機が、さらにもう一本の腕を背中に付けて四本腕のルーキーズフレームが完成した。
魔改造の誕生である。
普通なら、そんな所に手足をつけてもソフトウェアが対応しておらず、ただの飾りに成り下がるのだが、普通じゃないのが前世の変態(いい意味で)共だ。この程度の改造など既にやり尽くしていると言っていい。BSがレイプトヘイムにコピーしたコンバートデータから、似たような形態のルーキーズフレームを検索、そのロボのデータをそのままルーキーズフレームのOSに上書きしたのだ。
なんだか、ただのAIの範疇を超えている気がしないでもないが…。気にしない。面白ければOKだ。
改造ルーキーズフレームが起動する。
起動したルーキーズフレームは、腕の動きを確認するように小刻みに動かした後、近くに落ちている武器を拾って前線へと突撃していた。
「何だコイツは!」
前線は一気に混乱した。通常の右腕に剣を、背中の右腕にショーテルを、通常の左腕に盾を、背中の左腕にチェーンが千切れ短くなったハイパーハンマーを持った異形の機兵が大暴れし始めたからだ。
「ニック、ゴーロ!俺達でしとめるぞ!合わせろ!」
「「了解!」」
全身に歴戦の勇士を感じさせる傷を持ったカルノフが三機、四本腕のルーキーズフレーム向かって同時に違う方向から剣を振り下ろす。
ガギッ!
よほどその三機は手練だったのだろう。機兵の死角を付き、タイミングを合わせた攻撃は難なく受け止められた。
「なっ?」
「チッ!」
見えないはずの左右と背面から行われた攻撃を、三本の腕を使い、受け止める。そして…空いていた背中左腕の武器、ハイパーハンマーを振り下ろし、左側から攻撃してきた一機を叩き潰した。あの様子では、操縦席ごと潰れているだろう。操縦者はいわずもがな。
「ニィーーーーック!」
「この野郎がぁあああああああああああああああ!」
この時から、形勢は連合軍不利へと傾いていった。
倒しても倒しても修理されゾンビのように立ち上がってくる敵。しかも時間が過ぎるごとに異形に作り変えられたロボが増えていき、今までのセオリーがまったく通じない。
そして、連合軍の損耗が3割近くになった頃、一際派手な装飾を施した機兵が声を上げた。
「…撤退だ!一時撤退して体勢を立て直す!城壁の連中に火力支援を要請しろ!」
ゴリゴリと鑢で削られるように戦力を減らされた連合軍がとうとう音を上げたのだ。
波が引くように、敵が引いて行き、ルーキーズフレーム隊の前空いた僅かな空隙に俺達が追うことが出来ないように火球を集中して叩き込んできた。
あたりに爆煙が立ちこめた。
「旦那様、敵部隊の撤退を確認しました」
「まぁこんなもんか。じゃぁ中にお邪魔しようか。お行儀良くノックをしてからな」
第83話 城壁崩壊
「レイプトヘイムを門の前まで前進させろ」
「かしこまりました」
空中に停止していたレイプトヘイムが王都に向かってゆっくりと前進する。それにあわせるように地上では、生き残ったルーキーズフレーム部隊とBS部隊が隊列を組んで歩き出した。
ルーキーズフレーム部隊にまともな機兵はもう殆ど無く、異形の集団と化していた。足が無く腕が八本付いた蜘蛛の様な機体や、足が四本付いた機体、同じ四本足でもケンタウロス型の機体、果てはムカデのように大量の足をつけた機体が列を成して歩いている。しかも頭部には何故かBSがくっついていた。多分修理の時に他のBSに無理やり組み込まれたのだろう。
その光景がは、まるで百鬼夜行のように見えた。
ふと空を見れば、戦いが始まった時には晴れていたが、今はどんよりと曇っている。
いずれ雨が降りそうだな。それはそれで雰囲気が出て良い。
少し進むと城壁から火球が猛烈な勢いで放たれてきた。もちろんその程度でレイプトヘイムが毛筋ほどの傷も付けられない。
「両舷三階コンテナハッチ開放。奴らに力の違いを教えてやる」
両舷のコンテナハッチの前に居たのは恐竜の形をした一体のロボ、ただし未完成。装甲が張られておらず中の機械が丸見え、足も無い。代わりに台座に載せられている形で鎮座していた。胴体の各部にはさまざまなパイプが外部から接続され、所々から白い煙を上げている。
ハッチが開かれると当然城壁からコンテナの開口部に向かって集中攻撃が開始される。
さすがにコンテナ内部を攻撃されるわけには行かない。
「迎撃開始」
今まで沈黙を保っていた機銃が火を噴く。次々と火球は迎撃され、むなしく何もない空中で破裂する。
「エネルギー充填開始」
「エネルギー充填を開始します」
エネルギーの充填が開始されると、恐竜ロボから上がっていた白い煙が勢いを増し、光の入っていなかった目にも凶暴な光が灯る。バチバチと機体の周囲に放電現象が発生し、恐竜ロボが凶暴なうなり声を上げる。
「充填60%…80%…90%…100%。発射可能です」
「コイツがノックだ!荷電粒子砲発射!」
「荷電粒子砲、発射します」
その瞬間、両舷のコンテナに居る恐竜ロボの口から咆哮と共に光の奔流が放たれた。放たれた二本の破壊光線は、城門と内側の城壁を軽々と突き破り、王都内部を焼く。だがそれだけでは終わらせない。砲口がゆっくりと上へと向きを変えていく。吐き出され続ける荷電粒子は、王都内の建造物を次々と粉々に破壊しながら爪跡を刻む。ハンガーの代わりになっていたテントから出ようとした機兵、隊の割り当て場所へ向かって急いで移動していた機兵、その様な機兵達が諸共になぎ払われる。そして王城の脇をかする様に通り過ぎ、反対側の城壁手前で消えた。
同時に今まで何とか倒壊を耐えていた二枚の城壁が轟音と共に崩壊していく。
もちろん城壁の上にのった人間ごと。城壁と城壁の間に待機していた機兵達を押し潰しながら。
ははは、人が…っと。これ以上言ったら負けフラグだ。やめておこう。
崩れ落ちていく瓦礫を見ると、どうやら外側の城壁は、王都の建築物を解体した資材を使って作られた物の様だった。そんな事はどうでも良いか。
「さぁ王都へ乗り込むぞ。ルーキーズフレーム部隊前進!邪魔な瓦礫はミサイルで吹き飛ばせ!」
「了解しました。CIC、ミサイル発射管1番及び二番、対地ミサイル装填。準備完了しだい発射」
たいした間もなくミサイルは発射され、元城門及び城壁だった瓦礫の山へ命中する。瓦礫は爆発によって吹き飛ばされ、なだらかな丘程度までその高さを減らした。
ルーキーズフレーム部隊とBS部隊は悠々とその瓦礫の上を歩いて王都の中へと進入する事に成功した。
王都の連中はその光景を見ているしかなかった。いや、突然の事でまだ思考が再開していないのかもしれない。今ので王都内に居た機兵のかなりの数を仕留める事が出来た。
連合軍の奴らはようやく何を相手にしているか分かった事だろう。だが後悔しても、もう遅い。
さて、ここで俺の大好きな精神攻撃と行かせて貰おうか。
俺は、再び空間ディスプレイを起動させる。
「さて諸君、一体自分達が何を敵に回したか理解できたか?今までは手加減したが、これ以降は一切無い事を心しろ。それと連合軍諸君、いや、リランス王国とルゼブル共和国を除いた連合軍諸君と言ったほうが正確かな。本当に君達は可哀想だ。私はリランス王国とルゼブル共和国に対して宣戦布告はしたが、それ以外の国には俺は宣戦布告をしていない」
俺は、そこしばらく間を置く事で行った内容を理解する時間を作る。
「クカカ、本当に可哀想だ。最早哀れとすら言えるな。本来ならなんら関係の無い絶望的な戦場へと借り出されたのだからな!だが俺は寛大だ。今、この場から逃げ出すのであれば追いはしない。だが、逃げないのなら覚悟しろ。先程とは比べる事の出来ない地獄を見せてやろう」
そう、俺はリランス王国とルゼブル共和国にしか宣戦布告をしていない。二国に騙されて送り出された戦場で、それも勝ち目の見えない戦いで士気を保てる人間はそう多くは無い。しかも生き残る道が示されているのだ。特段理由が無ければお言葉に甘えて逃げる一択。
…と言い切れないのがこの世の常。騙されたとは言えグラットン会議で'戦う'と満場一致で可決したのだ。現状で撤回は出来ない。それに既に少なくない犠牲が出ているのだ。やめられる訳が無い。
だが士気が落ちるのは確実だ。
「皆さん!騙されてはいけません!」
戦場には、似合わない可憐な声が響く。声がしたのは、王城の上からだ。急いでプローブを急行させ、その姿を俺の義眼に映す。
そこには思ったとおり、白銀に輝くきらびやかな軽鎧を着たレフリアーナ姫が立っていた。
無事だった人間達の視線が王城へと集まる。
「確かに、我が国と共和国は他の国々に真実を話さず、この戦いに巻き込みました。…ですがそれには理由があるのです!皆さんもご覧になったでしょう。あの禍々しい力を!アレだけの力を無法の者が持った時、考えることは一つです。そう世界征服です!あの者は、一国ずつ滅ぼしていき、最後には全てを支配する事が目的なのですわ!我々は早くからその事を突き止めました。しかしながら残念な事に、我が国だけの力では勝つ事すら難しいという結論にも達しました。しかし、全世界の力を合わせれば勝てると!だからこそグラットン会議の場にて真実をお話しませんでした。真実を話さなかった事はお詫びいたします。ですが!今!ここで!魔王を滅ぼさなければ世界は魔王に支配されてしまいます!皆さんの力を貸してください!お願いします!」
胸の前に手を合わせ、祈るように話す姿はまるで童話の中の姫騎士を思わせる。普通の男なら思わず守ってしまいたくなる衝動に駆られただろう。
現に、戦意を失いかけていた、どこぞの機兵部隊が、きびきびと動き出し、指示を出し始める。
そして俺はそのレフリアーナ姫のお願いを聞いて……。
「クッ!クカ!クカカカカカカカカカカカカカカカッ!」
大笑いしてやった。
「何がおかしいんですの!」
さすがに気に障ったのか言葉に怒気がこもる。
「世界征服?アホくさい。何でそんな面倒くさい事をしなけりゃならない?この世界に征服する価値があるとでも思ってるのか?」
俺はワザとらしく至極まじめな口調で言う。
「なっ!?」
「それに俺の目的は、この国に対しての純然たる復讐だ。俺が前に城を襲った時に言ったろう?」
「お父様があなたを殺す計画を立て、実行した事ですわね。それにしても国を滅ぼすとはやりすぎですわ!」
「ああ、それは前回までの理由だ。今回は違う」
「では何だと言うのですか!」
「いいだろう見せてやる。俺の怒りの理由を……。ルーリ来てくれ」
俺は艦橋に待機していたルーリを呼ぶ。
甲板に出てきたルーリを顔だけを映さないアングルでプローブに追わせる。なんと言うじらしプレイ。クカカ、顔が見たいだろう?
「これが理由だ!」
声にあわせて俺の隣に来たルーリの顔を映す。
「なっ!」
画面に大写しになる我が愛しい妹の顔。それと同時に自信に満ち溢れていたレフリアーナ姫の表情が一変する。
あまりに自分に髪以外自分にそっくりな顔をした少女。
それは明確すぎるほど自分との血の繋がりを感じさえたはずだ。
「どうだ?そっくりだろう?お前に。ルーリとは、俺が捨てられたロウーナン大森海で出会った。話を聞くとルーリは、ルーリを生んだ母親が貴族について行き捨てられた夫が、日に日に元妻に似ていくルーリを憎み、その憎さのあまりにロウーナン大森海に捨てたそうだ。何て酷い話だ!それ以来俺達は捨てられた者どおし、家族として一緒に暮らしてきた。だが話はここで終わらない。三ヶ月前、俺は、ルーリの母親が生んだ貴髪を偶然見つけた。そうお前だ。しかし変だ。その貴髪の母親は王妃という事になっているじゃないか。でもそれはあり得ない。何故ならその貴髪はルーリそっくりだったからだ。ルーリにそっくりという事は母親にそっくりという事だ。だが、王妃の顔とは似ても似つかない。なら結論は簡単だ。この国の国王は人の妻の奪い孕ませ、子供が生ませたと言う事だ!これは憶測だが、お前の本当の母親は既に殺されている可能性が高いだろうな。なんせ、姫にそっくりだからな。こんな外道、許せるわけ無いだろう?もちろんそんな男を王と仰いでいるこの国も同罪だ。だから俺が滅ぼす!」
「あっあっ。ちっ違う。違うっ!わたっ私がっ!私はっ!」
いきなり知らされた重大な事実。
顔色が真っ青になったレフリアーナ姫が動揺の為かふらふらと後ろに下がる。だがその目は空間ディスプレイに映るルーリからは離れない。
「惑わされるな!我が娘よ!」
出てきたのは、この国のクソ王。クソ王も戦時の為か無駄にキラキラしている鎧とマントを着ている。
レフリアーナ姫の不甲斐ない様子にたまらずに出てきたようだな。
「あの魔王が出してきたのは人形だ!これだけの戦力を持つ者だ。人間そっくりな人形を作る事など造作もないはずだ!お前は、余と余の妻フューネ・ダブド・ディオニスの娘で間違いない!奴の言に惑わされるな!」
「お父様!でっでもっ!」
「お前は父を信じられぬのかっ!」
クソ王のがレフリアーナ姫を一喝した。
証拠も何も無い。なのに、ただ父であると言うだけの言葉は、それでもレフリアーナ姫の心を揺らす。
クサイ、お涙頂戴茶番劇だ。
「そう、そうですわ。私は、お父様を信じます」
何がどう作用したのか分からないが、レフリアーナ姫は立ち直った様だ。いや、父を信じる事で思考停止をしているのかもしれない。それも一種の現実逃避か。
「所詮は王の人形か……」
俺はその様子を見て、つぶやいた。
「私は戦いますわ!魔王よ!私を謀ろうとしても、もう無駄ですわ。そして私達はここであなたを滅ぼします!」
「そうだ!この…賢者機でなっ!」
王が言うと、城の正面玄関が開かれた。
「あれは……」
正面玄関の扉の向こうには、今まで見たことも無い白い機兵が立っていた。
第84話 発掘機兵 賢者機
その白い機兵は、普通の機兵の様に鎧を着た人間の様な姿ではなく、まるで高可動が売りのフィギュアの様に複数の板状のパーツを複雑に重ね合わせた、完全な人型をしていた。全体的にほっそりとしており中性的な雰囲気をかもし出している。
もちろん装甲らしいパーツは存在しているが、全身鎧と言うよりは、上半身は大事な部分だけを守る軽鎧を着て、下半身はスカートの様な布状のパーツをつけている。
頭部は僧侶が被っていそうな帽子を被り、顔は当然のようにツインアイ、ついでに口や鼻が作られており、中性的なアルカイックスマイルを浮かべている。
そして手に持っているのは、先端に三日月のような装飾あり、その三日月の内側に赤い宝玉が乗った杖。
明らかに、現在この世界で主流になっている機兵達とは一線を画すデザイン。ファンタジー系ロボットと言うよりは、SF系ロボットいや巨大アンドロイドと言った方が分かりやすいかもしれない。
可動に重点を置き、どんな動きであろうとも再現しつつ、それでいて装甲を少しずつずらす事によって、可動部の露出を最低限に抑える工夫が見て取れる。
異質。
明らかに異質な存在だった。
「聞けい!皆のもの!ここにあるのは、かつてあった魔獣の大侵攻のおり発見され、人類の救世主となった勇者機と並び立つ究極の機兵の一つ賢者機である!賢者機は我が城の地下深くに封印されていたが、レフリアーナを主と認め、目覚めた!これはまさに神のご意志!この戦い、我らに負けは無い!」
つまり、あの機兵は勇者機と同じ時代に作られた発掘機兵。しかも、最早伝説になっている勇者機と同等のスペックを誇っていると見ていいだろう。
「面白い」
そして欲しい!せめて設計図だけでも欲しい!
「行(ゆ)けっ!そして勝利を掴め!」
「はいっ!お父様!」
レフリアーナ姫は、城の上から躊躇無く飛び降りた。途中、魔法を使って浮遊し、そのまま賢者機の背中にある操縦席へと消える。
直ぐに賢者機の目に光が入り、起動すると、手に持っていた杖をバトンの様にクルクルと回し、見得を切る。中性的に見えた賢者機だが、レフリアーナ姫の動きを忠実に再現する事により、一気に女性らしくなった。
「リランス王国第一王女レフリアーナ!参ります!勇気ある兵士諸君!私に続きなさい!」
一気に駆け出した賢者機が城の園庭をものすごい速さで駆ける。機体に特殊な推進機関を仕込んでいるのかキラキラと光る粒子が賢者機から排出されている。
「ひっ姫様に続け!」
城の園庭にいた妙に豪奢なエングローブを施したボルドスの部隊(多分親衛隊とかそんな奴だろう)が賢者機の後ろについて慌てて駆け出した。
そっちがその気なら、やったろうじゃないか!
「見せてもらおう。その賢者機の性能を!行け!ルーキーズフレーム部隊攻撃開始!ジャベリとヘルラプターも出せ!」
「かしこまりました。出撃可能高度まで高度を下げ、その後発進を開始します」
俺の命令に従い、レイプトヘイムの下で待機していたルーキーズフレーム部隊が突撃を開始。先の攻撃により瓦礫の街と化した王都を王城に向けて走り出した。
レイプトヘイムが降下し、搭載していたジャベリとヘルラプターの降下を開始した時、ルーキーズフレーム部隊が、王城の前の大通りと駆け抜けてきた賢者機と接敵した。
「食らいなさい!【炎よ 貫け】!」
最初に攻撃を開始したのは賢者機の方からだった。杖を構え、短い呪文を言った瞬間、杖の先から炎弾が飛び出した。
飛び出した炎弾は、先頭を走っていたケンタウロス型のルーキーズフレームを苦も無く貫くと、盛大に爆発、バラバラになった。
『何ですって!?』
「あの短い詠唱であの威力だと!?」
確かにルーキーズフレームはこの世界の機兵の装甲を使っているがさすがに2文節の魔法一発でバラバラになる程柔じゃない。さすが発掘兵器という事か!
さすがに、クリシアさんも驚いている。
それだけじゃない。その一撃は、この戦いに身を投じている兵士達の士気にも影響を与えた。
「うぉおおおおお!姫様がやったぞ!姫さまに遅れを取るな!総員突撃!突撃ー!」
せっかく俺が叩き落した士気をまた上げてくれやがりましたよ。ええ。
「勝てる勝てるぞぉー!」
何処から湧き出したのか何処か別の国に所属している機兵が何処からか湧き出し、レフリアーナ姫の後に続く。
「まだです!【光よ 獣になりて 敵を 引き裂け】!」
今度は、賢者機の背後から六条の光が放たれた。その光は湾曲しながらルーキーズフレーム部隊へと殺到し、その胴体を貫いた。
あっと言う間に七機ものルーキーズフレームがやられた。
「今度はホーミングレーザーだと!何処まで俺のロマン魂を掻き立てる気だ!」
『(ゴウちゃん……)』
あっ。クリシアさんが呆れたような思念を送ってきた。
そうこうしている間にも俺のロボット達は賢者機に屠られていく。あっ近衛の連中も接敵した。
勢いづいた敵は次々とルーキーズフレーム部隊へ攻撃を加えていく。
「うぉっほん。ジャベリとヘルラプターはどうした!」
「現在、降下中です。全機降下するまでにあと3分かかります」
「全機降下後ルーキーズフレームを下げて、ヘルラプターでかく乱、そこへジャベリの機関砲を叩き込め!BS部隊は下げたルーキーズフレームの修理をしろ。あとグランゾルデの出撃準備をしておけ、俺が出る必要があるだろう」
「かしこまりました」
そこへ、俺の隣に立っていたルーリが声を上げた。
「兄さん、私も出る」
隣に顔を向けると真剣な表情をしたルーリが俺を見上げていた。
「…いいのか?向こうは否定しているとは言え、妹と戦う事になるぞ」
「いい」
「わかった」
なら我が妹の華々しいデビュー戦だ。派手に行こう。俺は声を張り上げた。
「喜べ!愚民共!俺の妹のルーリが直々に相手してやるそうだ!ありがたく思え!」
ルーリはいつもの無表情で一歩前に出て、腰のホルスターに挿してあるトンファーを抜いた。以前と同じ様に右手で髪掻き揚げ右耳に髪を掛けた。
そしてトンファーを振り、アレアグリスを呼ぶ。
空を覆っている分厚い雲を突き破り、アレアグリスが降りてくる。雲を突き破った為、太陽の光がスポットライトの様にアレアグリスを照らす。
黒く神々しいその姿は、戦っている人間の目を一瞬にして釘付けにした。
「黒い…機兵?」
戦場の何処かにいる兵士がつぶやく。
もちろん空気を読む俺は、ひそかに戦闘の一時停止を命令して一時の静寂を作る。
アレアグリスは甲板の上にフワリと着地すると膝をついて胸部から操縦席が現れる。
「行ってくる」
「ああ。ルーリは、あの厄介な賢者機とか言う奴の相手を頼む。あいつはそこらの機兵とじゃ比べられない位強い様だ。周りの事は気にするな最初から全開で行け」
「了解」
ルーリはそう言うとアレアグリスから出てきている操縦席に座り座席の横にあるスリットに変形したブレードトンファーを差し込む。
操縦席が引き込まれ、アレアグリスに収納される。
立ち上がったアレアグリスは、甲板の端まで歩き、眼下の戦場へと身を投じた。背中のブースターが一気に点火され、賢者機に向かって一気に加速する。
そして、アレアグリスは引き抜いたブレードトンファーを賢者機へと思い切り叩きつける。
「ああああああああ!」
「【守護の 壁よ】!」
賢者機の張った結界に、ブレードトンファーがぶつかり放電現象が起きる。
「チッ!」
「フン!」
次の瞬間、アレアグリスは弾かれる様に後ろに下がった。
「私が相手」
「人形風情が相手とは笑わせますわ。直ぐに倒して差し上げます」
「その言葉そのまま貴方に返す」
「何ですって!」
そして激しい戦いが始まった。
俺もその戦いを見ていたいが、そうもいかない。王都外の戦闘と荷電粒子砲でかなりの数が減ったが、まだこの王都には2000近くの機兵とそれ以上の将兵がまだいるのだから。こちらは、ジャベリとヘルラプターを追加したと言っても、兵力は王都の連中より少ない。
「降下状況は?」
「全機降下完了しました」
「なら、さっきの命令通りに。それとレイプトヘイムオールウェポンフリー。撃って撃って撃ちまくれ。この艦に近づけるな!」
「かしこまりました。全艦オールウェポンフリー。旦那様の敵をなぎ払え」
アリスが淡々と命令を下す。
そして命令に従いレイプトヘイム各所のに設置されている重火器が火を噴く。
圧倒的弾幕は全方位に及び、比較的機兵の数が少ないレイプトヘイム側面や、破損し修理の為にレイプトヘイムの下まで戻ってきていたルーキーズフレームを倒そうと、艦尾方向から忍び寄っていた機兵部隊をたちどころに破壊していく。
「CIC、ミサイル発射管1番から15番、対地ミサイル装填。目標、王都北門、南門、東門周囲で再編している敵部隊。各地に5発ずつ。撃て」
アリスの命令で艦尾ミサイル発射管から勢い良く噴煙と共にミサイルが撃ち上がる。しばらく垂直に上昇したミサイルは、一定の高度に達すると一斉に三方に向きを変え、飛んでいく。
着弾と同時に爆発。その地点に集結していた機兵をなぎ倒す。
「ぐぅううううう。この悪魔めがぁ!レフリアーナも何をしておるか!とっととその黒い機兵を倒さぬか!何の為に賢者機を与えたと思っておるのだ!」
その光景を目にしたクソ王が怒鳴る。
「おい、コレを使うぞ!」
「お待ちください陛下!まだコレを出すタイミングでは御座いません!」
なにやら王宮の方が騒がしい。この俺に恐れをなしたとも思ったんだがどうも様子が変だ。
ふむふむ何やら'コレ'なる秘密兵器らしきモノがあるらしい。
近くにいた、豪華なローブを着た兵士が、止めようとするが、顔を真っ赤にしたクソ王がつばを飛ばしながら怒鳴る。
「馬鹿者が!良く見ろ、今コレを出さねば、そう時間がたたずとも全滅は確実ぞ!良いからコレを出せ!」
クカカ、面白い!そういうものは、早く出して貰いたいものだな。出す前に全滅など、笑い話にもならん。
なら、俺がそのケツを蹴ってやろう。
「オイそこのクソ王!面白いものがあるならとっとと出せ。さもないと門にいる連中に撃ちこんだヤツと同じものを食らわせるぞ」
クソ王は俺の方を忌々しそうに見ながら指示を飛ばす。
「くっ!早くしろ!死にたいのか!」
「ハッ!では陛下は、城の中に危のう御座いますゆえ」
その言葉を聞いたクソ王は苛立たしげな足取りで城の中へと消えていった。
そして……。
城が動いた。
第85話 神機兵 カイザーキャッスル
そう、文字通り動いたのだ。
奇妙な光を発し、地響きを立てながら城の外壁の表面が崩れる。
そして、あらわになったレンガと思われる石材がグネグネと形を変え、新たな形を作る。
まさに城が変形しているのだ。
俺は、その馬鹿げた光景をあんぐりと口をあけてみていた。
『あらあら、まぁまぁ』
「おいおい、マジかよ。俺が調べた時は、あの城に変形機能なんて無かったぞ」
そもそもあの城は、襲撃する為に城全体にプローブを放ち、隅から隅まで調べたのだ。その時は、城の変形機構はおろか賢者機すら俺は見つけていない。さすがに賢者機は別の場所に保管されていたから見つからなかったとしても、城自体の変形機構を俺が見逃すか?
「どうやら、あのレンガ自体が一種の特殊な金属で出来ているようです」
アリスから、あの城をサーチした結果が送られてくる。
「…一種のゲッ○ー合金っぽい物って事か?俺としたことが見逃してたぜ」
そんな不思議合金がこの世界にあったとは……。まったく世界には不思議があふれているな。
だからこそ面白い…か。
五棟の塔が移動、融合して手のひらを形成する。そして一際大きく中央にあった塔が縮み、頭部に変化する。頭部からして、胴体は正面玄関があるH型の横棒の部分のようだ。うつぶせの状態から立ち上がる様に地面に手を着き上半身を持ち上げる。
H型をしていた城が見る見る人型へと成型されていく。
1分後、変形は完了し、俺の目の前には全長約80mはあろうかと思われる超巨大機兵が立っていた。
「フハハハハハハハ!どうだ!見たか!我が国の最終秘密兵器の姿だ!我が王家にのみ口伝にて伝えられてきた、究極にして最強!原初にして最終!神機兵 皇帝機…いや、カイザーキャッスルだ!」
ボディは白金に輝き、体の各部に城であったころの名残を残したその巨大機兵は、クソ王の声を響かせた。
ホワイ○ベースが人型変形ってレベルじゃねーぞ。
「コレでもう貴様に勝ち目は…!」
「クカカカッ!」
俺はクソ王の台詞を遮り、笑う。
ああ、笑うしかないじゃないか。俺以外にも、こんな馬鹿げたものを作る奴らがいた事に!城が変形?それなんてヘポ○だよ!
「何がおかしいっ!」
「いい!良いじゃないか!城が変形した超巨大機兵!ロマンがあふれるな!それに破壊のし甲斐がある!このまま蹂躙してお終いなだなと、退屈していた所だ!アリス!」
「はい、旦那様」
「出るぞ!準備は良いか!」
「こちらに、準備万端で御座います」
アリスの声にあわせて俺の後ろに合ったハッチが開かれ、グランゾルデ・レプリカ改がゆっくりとエレベーターに乗ってせり上がる。
『前にも言ったけどこれじゃもうグランゾルデじゃないんじゃない?』
クリシアさんが言ったとおり、その姿はいつも使っていた'ちょっと変わったカスタム機兵'スタイルではなくなっている。
もちろん魔王として何処に出しても恥ずかしく無いように、全体的に黒い追加装甲を装備させ、その分落ちた機動力補う為に脚部をまるっと覆う形の強化ブースターと強化ブースター内蔵肩部追加装甲、翼型反重力発生バックパックなどで補強強化した。武装は右腕に遠近一体型武器にしたZ型ビームライフルに左腕には攻防一体兵器として武器を色々仕込んだ縦長の逆五角形シールドを装備させた。
某元料理人の主人公が嫁を救出する為に愛機に改造に改造を重ね、元の姿が分からなくなった風の黒百合カスタムだ。
復讐にはもってこいの姿だろう。
俺はこの状態をグランゾルデ改黒百合リカスタムと呼んでいる。
颯爽と操縦席に乗り込み、操縦席に増えたモニターやスイッチ類をいじりながら言う。
「クリシアさん起動頼む」
『はいはい、グランゾルデ起動するわ』
追加装甲によって厳つい顔になったグランゾルデの目に光が入る。同時に全身に分散配置されたジェネレーターが膨大なエネルギーを吐き出し、キィィイイインと甲高い音を響かせる。
「じゃ行って来る。後のことは任せたぞ。アリス」
「行ってらっしゃいませ。メイド一同旦那様の御武運とご無事な帰還をお祈りしております」
「ああ、グランゾルデ改黒百合リカスタム。出るっ!」
反重力を発生させ、一気にブースターを吹かして急上昇する。急激な加速によるGで体を押しつぶされる感覚を楽しみながら、空へと駆け上がった。
「機兵が飛ぶだと!?」
「何がおかしい?城が変形して機兵になるんだぞ。そりゃ機兵だって空を飛ぶさ」
俺は、その飛ぶ姿を見せ付けるように空中で一回転を決めるとカイザーキャッスルの正面斜め上に静止した。
「待たせたな。さぁ相手をしてやろう」
「貴様ぁ!黒髪の分際で王を見下すか!」
カイザーキャッスルからあのクソ王の声が響く。
その声の後ろからざわざわとした雑踏の様な音が聞こえる。きっとカイザーキャッスルの操作はクソ王自身がしているのではなく、複数の人間によって運用されているのだろう。一種の艦船みたいなと推測できる。
「クカカ!貴様らが言ったんだろう?俺を魔王だと!まずは小手調べだ!」
俺は挨拶代わりにカイザーキャッスルの頭部目掛けてビームライフルを向け、引き金を引いた。
放たれたビームは真っ直ぐに飛び、こちらを睨みつけている頭部へと当たると思った瞬間透明な壁にぶつかったり四散した。
「あの壁、結界魔法か」
『そうね。しかもミレスちゃんが教わったものより効率が段違いに良い様ね』
いうなれば真結界魔法と言ったところか。と言うかやっぱり効率のいい結界魔法を隠してやがったか。狸共が!
「効かぬ!効かぬぞ!今度はこちらからだ!やれっ!」
カイザーキャッスルの巨大な右手を俺の方へ向ける。そして指から、機兵の身長程もある直径の火球がマシンガンの如く発射された。
「はっはー!」
俺はブースターを吹かし、カイザーキャッスルの左手の方へと錐もみ飛行する。当然俺を追って右腕が動き、暗い空に火球の火線が延びる。
この程度の弾幕など、いくらでも避けてやるわ!
「何をしておるか!あたっておらぬでは無いか!」
中にいるクソ王は早速かんしゃくを起こして、喚いている。
すると、今度は今まで下げていたままだった左手が上がり、右手と同じよう様に火球を放つようになった。
俺もやられているばかりではない。避けながらも盾に装備しているミサイルポットからミサイルをばら撒く。白い線を引きながら、多数のミサイルがカイザーキャッスルへと殺到する。しかしそのこと如くが結界に阻まれる。
かったいなぁ。遠距離兵器では、埒が明かないか。
「フハハハハ!いくら撃っても無駄だ!カイザーキャッスルの中にいる選りすぐりの魔導師300名が交代しながら張る秘奥の結界魔法だ!魔力が切れることも無い!不壊の結界だ!その程度の攻撃では、どうする事も出来ん!」
ご丁寧にネタばらしどうも。となると今度は近接攻撃を試すか。
一度距離を取り、使っていたビームライフルを一旦追加装備したサブアームに持たせて銃把から手を離す。すぐに細長い銃床を握り、そこでビームライフルからサブアームを離す。
次は、わき腹あたりでも狙ってみるか。
ビームライフルの銃口からロングビームサーベルの刃を伸ばすと、一気にカイザーキャッスルの懐へと飛び込むべく、ブースターを吹かす。
カイザーキャッスルの結界がどの程度本体から離れた所で発動するかは、今までの攻撃で分かっている。
俺が、近接攻撃を仕掛けようとしているのが分かったのだろう、クソ王が「ヤツを近づけるな!」と叫んだ。
巨大な手のひらが俺目掛けて振り下ろされる。操縦席がから見るとゆっくりと降られている様に見えたが、実際はものすごいスピードで振り下ろされている。
その一撃をたっぷりとひきつけて、右肩部追加装甲に仕込まれた強化ブースターを目いっぱい吹かす。肩を思いっきり蹴飛ばされた様な衝撃を受けながらほぼ直角に曲がる。その直後グランゾルデの横を巨大な手が通り過ぎる。
「っか~効く~!」
強烈な横Gにくらくらするが、俺はブースターを吹かし続ける。カイザーキャッスルの左わき腹の横を通り抜けながらロングビームサーベルを振りぬく。
手ごたえあり!
そのまま飛び続け背中の方へと抜け、カイザーキャッスルの上空から戦果を確認する。
俺の目には、バッサリと結界が切られた様子が映っていた。そしてその傷を中心にして亀裂が入り、その亀裂が結界全体に波及してパリンと言う音と共に結界が割れた。
「よっしゃ」
「馬鹿な!?ちっ何をやっておる!早く結界を張り直さぬか!…ええい。奴をカイザーキャッスルに近づけるな!迎撃体勢を取れ!」
クソ王の後ろでもにょもにょ言っているを断片的に聞くと、どうやら結界を張り成すのにも時間が掛かるようだ。
なら、ここから俺のターンだ!
「というわけで、とりあえず適当に撃ってみるか」
俺はゆっくりとこちらを向こうとしているカイザーキャッスルの背中へと、盾に搭載したミサイルをすべて発射した。
ミサイルはカイザーキャッスルに直撃し、爆発を起こす。
「ぬぅうううううう!キサマァーーーーー!!!!!!!!!」
カイザーキャッスルはバランスを崩して膝と手を地面に着いた。しかし、ミサイルがあたった場所には大なり小なり亀裂が入っているが、たいしたダメージは入っていない様だ。
ちょっと期待したんだがなぁ。もっとドカ~ンと行ってくれないものか。
「これじゃダメージが通ったか分かりずらいな」
グオォォ!とか叫んでくれたら分かりやすいんだがなぁ。
『なら分かりやすい所を撃ったらいいじゃない。間接とか』
「そうだな。そうするか」
とりあえず膝関節を狙おうとと降下しようとした時、ある変化が起きた。
突然カイザーキャッスルの体にぽつぽつと穴が開き始めたのだ。
「何だ?」
次の瞬間、その穴から火球が、雷撃が、石礫が、氷槍が雨霰と放たれた。
「うおっ!?」
慌てて回避行動を取るが、その圧倒的弾幕の厚さに二、三発食らってしまった。ただ威力はカイザーキャッスルの指から放たれる巨大な火球とは違い、精々高位の魔法使いのヤツが撃った魔法程度だ。この程度の攻撃では追加装甲を抜く事は出来ない。
『ちょっとアレ見て!』
一応念の為、グランゾルデの破損状況をチェックしていると、クリシアさんがカイザーキャッスルの開いた穴の一つを指差した。
クリシアさんが指差した穴にズームする。
そこにはなんと腕を構えた魔術師が必死な表情をして呪文を詠唱している姿があった。
あの穴は銃眼かよ…。ロステクなんだがローテクなんだか分からんな。
その様子に呆れていると、とうとうカイザーキャッスルの結界が復活し、立ち上がり始めた。
あ~あ、こちらの攻撃ターンは終わっちまったか。
「落ちろ!カトゥーボが!」
説明しておこう、'カトゥーボ'とは蚊の様に小さく且つ、吸血するトンボの様な外見をした昆虫生物事だ!蚊トンボでは無い。
今度は両手での射撃はやめて、片方の腕で俺を射撃してもう片方の腕で俺の接近をけん制するような戦法を取り始めた。
「やれるものかよ!」
そこで戦闘が膠着した。カイザーキャッスルは、大火力を持っているが俺に当てることは出来ず、俺は、攻撃を殆ど受けることは無いが、決定的な火力を持っていない為、結界を壊しては、その装甲をちまちま削ると言う状態に陥ってしまった。正直しんどい。この装備でいけると思ったんだがなぁ。
現状を打破する為にはどうするか、と考え事をしていた時、ルーリから通信が入った。
「兄さん、勝った」
それは、ごく端的な報告だったが、口調から喜びが伝わってくる。
「良し、良くやった。怪我は無いな?」
『やったじゃない!』
さすがに直接は見に行けないが、視界の隅にレイプトヘイムからの映像を映すと、ほぼ無傷のアレアグリスとその前に両腕を失った賢者機が前のめりで倒れていた。
「うん」
「ありがとう助かった。今度は俺ががんばらないとな。ルーリはレイプトヘイムに戻っていて良いぞ」
「ここで見てる」
「そうか。ならとっととこいつを倒さないとな」
俺は通信を切って、外部スピーカーをONにする。
そして一度、敵の射撃が来ない上空まで上昇して、カイザーキャッスルにいるクソ王に話しかけた。
「よぉクソ王!お前の自慢のお人形は俺の妹にコテンパンにされたぞ!後はお前だけだ!」
「…所詮は下賎な者の血か。貴髪が生まれるからと下女を抱いたと言うのに。魔王の人形すら倒せんとは。あの女め!不良品を生みおって!」
おうおう、本音が出てきたぞ。
その苦虫を噛み潰した口調のからそれが真実である事が分かる。
「アレだけ自慢していた娘に対する口じゃねぇな。さすが下種」
「ふん、きれいごとで国を治めることが出来ようか!」
「はっ!その結果がコレだぜ?歴史には世紀の愚王として名が記されるだろうよ!」
「否!英雄王として記される事となるだろう!貴様を倒してな!」
「はっ!黒髪一人殺して英雄気取るなんざ。安い英雄だな!」
「貴様はそれだけの事をしたと言う事だ!」
「もういい。そろそろ死ね!」
俺は、攻撃を再開する為にロングビームサーベルを構え突撃を開始した。
「貴様がな!やれ!」
すると突然カイザーキャッスルがしゃがんだと思ったら何かを掴み投げつけて来た。
投げてきた物を見て驚き一瞬反応が遅れた。
「なに!?」
カイザーキャッスルが投げてきたのは、無数のボルドスだった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!魔王ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そして俺は、無様にも投げられた内の一機がグランゾルデにしがみ付かれてしまった。
こいつら馬鹿か!?
「クソが!離しやがれぇ!」
「だ・れ・が・は・な・す・か~!」
何とバかランスをとりながら、しがみ付いているヤツを引き剥がそうと手で押しのけるが、敵も必死なのでなかなか離れない。
サブアームにビームサーベルを持たせてボルドスの手足を切り落とそうとした時、第二第三の機兵達が飛んできた。
ドン!ガン!と次々と投げつけられていく機兵に、とうとうグランゾルデの重量限界を超え、地面へと落下を開始した。
「クソッタレがぁああああああああ!」
必死にグランゾルデを操作するも、何とか落下の衝撃を緩める程度の事しか出来なかった。
「全員取り押さえよ!急げ!」
墜落の衝撃で俺にしがみついていたヤツ大半は削れ落ちたが、まだしつこくしがみ付いている機兵がいる。
「邪魔だ!どけ!」
何とか退けようとしたが、次々と地上にいた機兵がのしかかられ、身動きが出来なくなってくる。
「兄さん!」
「ワハハハハ!いい様だな!獄魔砲ゲヘナゲート発射準備!」
慌てたルーリが助けに来ようとした時、突然の魔力の高まりをクリシアさんが感じ取った。
『ゴウちゃん!何か変よ!あのカイザーキャッスルとか言う奴の胸から異常な魔力の高まりを感じるわ!』
「なにっ!」
無数の敵でふさがれたグランゾルデのカメラの変わりに、急いでレイプトヘイムのカメラの映像を回すと、カイザーキャッスルの胸部にある正面玄関が開いていた。正面玄関の前には見たことも無いような巨大な魔法陣が何重にも重なり合って浮いており、まるで砲身の様になっている。正面玄関の中からは怪しげな光があふれ出していた。
『なんて魔力なのあんな物を撃たれたら、このあたり一帯消し飛ぶわよ!』
あのクソ王自分で部下や娘ごと王都を破壊する気かよ!
急いで全員に通信回線を開いて指示を出す。
「チッ!レイプトヘイム緊急離脱!ルーリも一緒にだ!出撃している部隊はそれを援護!」
グランゾルデなら何とかなる!多分!
「そんな事はさせん!」
クソ王がそう言うと同時に、レイプトヘイムの左右の地面が爆発し、二隻の空船が急浮上して出てきた。
そんな所に空船を隠していたのかよ!
その二隻の空船は改造されているらしく迎撃射撃を受けながらもレイプトヘイムの左右についているコンテナの上へと無理やりのしかかった。
「旦那様!申し訳ありません!突然増加した事により、状態を維持できません!着艇します!離脱は不可能です」
地面の振動がレイプトヘイムが地面に着陸した事を伝えてくる。
「クソがっ!レイプトヘイム!メインジェネレーター出力全開!すべてのエネルギーをバリアに回せ!ルーリは、レイプトヘイムの後ろまで退避!急げ!」
「かしこまりました」
「っく…了解。兄さんは?」
「俺は大丈夫だ!行けっ!」
俺は指示を出しつつ、グランゾルデもエネルギーの全てをバリアに回す。
「そのまま死ね!獄魔砲ゲヘナゲート撃て!!」
そして、カイザーキャッスルの胸部から破壊の光が発射された。
閑話 シスターズ・バトル・ロンド 前編
「あああああああ!」
私は、兄さんから貰ったアレアグリスに乗り、私の妹とか言う人が乗っている変わったデザインの機兵へと突撃する。
貴方なんかどうでも良いけど。
私は貴方を倒す。
私の家族である。兄さんの為に。私の為に。
私には、父が優しかった頃の事は憶えていない。けど昔は優しかったと言う事は憶えている。
それはただ、記憶に'前は優しかった'という結果だけが私の記憶の中にあり、具体的にどう優しかったのかは憶えていない。
私の明確な最初の記憶は、苛立った父に殴られる記憶。そして、泣く私の横で殴った自分の拳を信じられないと言う風に呆然と見ていた事。
それからの記憶は辛いものしかない。
昼間から働きもせず、お酒を浴びるように飲む父。
不機嫌になると殴られ、蹴られ、魔法を浴びせられる私。
周りに味方なんていなかった。黒髪だから当然だ。
外に出れば、黒髪である私には侮蔑の視線と近所の子供の嫌がらせが待っていた。
私は外に出ないで部屋の隅でじっとしていた。
私が少し大きくなると外に出ないと言う選択肢は私には無くなった。父の命令でお酒や食料を外に買いに行かなくてはならなくなったからだ。
どうしても外に出るときはローブで髪を隠し、人目につかないように外に出た。見つかれば、お金や買ったものを奪われ、そして魔法をぶつけらるからだ。そして帰ると何でこんな事も出来ないのかと父に殴られた。
その頃の私はまだ父が好きだったと思う。
だから、がんばって外に買い物に行った。
そして私は何故私がこんな目に合うのかという理由を知った。
偶然だった。
その日、私は投げつけるように渡されたお金を握り締め、近所の子供に見つからないように遠回りに遠回りを重ねた人通りの少ない道を歩いていた。
商店街に続く曲がり角で、近所のおばさん達が何やら噂話をしていた。いつもなら、速やかにおばさん達に見つからないように道を変更して商店街に向かっただろう。でも、そのおばさん達が面白おかしく話していたのはうちの事だった。私は隠れて聞き耳を立てた。
私の母親は、黒髪の私を生むと直ぐに貴髪を生む女として貴族に売り込み、父に多額の手切れ金を渡して貴族に嫁いでいったと言う話を聞いた。
それと私が母親に日に日に似ていくと言う事も……。
私はその日、ほったらかして長くなっていた髪を切った。
多分そうすれば、父に愛して貰えると思ったのだろう。
そんな事をしても無駄なのに。
私が父の家から逃げ出したのは、私の母の事を知った日から間もなくだった。
理由は簡単。私が髪を切っても何も変わらなかったから…いえ、より酷くなってしまったからだ。
もしかしたら、母と同じ顔をした私が髪を切って擦り寄って来たのが気に入らなかったのかもしれない。
私は逃げた。行く当ては無かった。けど逃げた。家に居たくなかったから。父の近くから少しでも逃げ出したかったから。
けど、当時の私は子供だ。ちょっと逃げ足に自信がある程度のひ弱な子供でしかなかった。必死で足を動かしても高が知れていた。
何とか一日だけ逃げ続ける事が出来たが、碌に食べ物も持っていなかった私は、路地裏で動けなくなった所を父に捕まった。
父は私を家に連れ戻すと、悪魔の様な形相で私を罵り、殴り、魔法をぶつけた。
翌日私は、街の外へと連れ出され、ニヤニヤ笑う知らないおじさん達に引き渡された。
父は最期に「お前が俺を"捨てる"んじゃない。俺がお前を"捨てる"んだ!ハハハハ!」と狂ったように笑っていた。
その後私は直ぐに眠りの魔法をかけられ、意識を失った。
眠っていた私はズゥンズゥンという振動で私は目が覚めた、だるい体に鞭打って体を持ち上げると薄汚いトレーラーの中で寝かされていた事が分かった。
あれからどれくらい時間がたったのかは、寝かされていた私には分からない。
トレーラーの窓から外を見ると、機兵が一機おっかなびっくり歩いているのが見えた。
ぼんやりしながらトレーラーの扉を開けて外に出ると、歩いていた機兵がこっちに気づき、こっちに戻ってきた。
機兵はトレーラーから機兵の足で後五歩ほどの位置で止まり、そこで膝を付き人が降りてきた。
それが兄さんだった。
始めて見た時、私は目を疑った。機兵から出てきた人の髪の色が黒だったからだ。
驚いて固まっていた私に兄さんは「よぉ、坊主起きたか」と声をかけてきた。
とっさに私は「私、女。あなた黒髪?」と答えていた。
何てぶっきら棒なのか。今考えても恥ずかしくなる。まぁ今も大して違いが無い事は自覚している。
普通の人にお前は黒髪か?なんて聞いたら致死級の魔法をぶつけられても仕方が無い質問だったが、兄さんは「お前とおそろいだな」と言って微笑んでいた。
それから私は自分が今居る状況聞き、私はロウーナン大森海に捨てられる直前だった事を知った。その時兄さんの腕から突然クリシアさんが出てきて驚いた。最初は幽霊だと思ったけど、直ぐに精霊だとクリシアさんに訂正された。
一緒に来ないか?兄さんは私にそう言った。街の誰もが私を忌み嫌ったそんな私を。
私は魔法も使えないと無能だと言った。そしたら兄さんは俺もだと言って笑った。
その時私は名前を貰った。
私が私である名前。
ルーリ・ロング。
兄さんの名前はゴウ・ロング。
同じ苗字。
家族の証。
私はうれしかった。名前など父にも呼ばれたことは無かった。
私達はその日、家族になった。
「【守護の 壁よ】!」
賢者機の張った結界に、ブレードトンファーが当たり放電現象が起きる。
……この程度の攻撃じゃ。びくともしないか。
賢者機。魔獣の大侵攻おり、発見された世界最初にして最強と言わしめる'勇者機'と同じ時代に作られた機兵。
それがどうした。
私にはアレアグリスがある。兄さんと私が一緒に作り上げた私だけの機兵が、たかが魔力が強いだけのお姫様が乗った骨董品に負けるわけが無い。
私は操縦桿を握り締めた。
最初、私が機兵…いや、ロボットに乗るなんて考えてもいなかった。
ロウーナン大森海での生活は、今までの生活とは比べ物にならないくらい快適だった。
食事は、兄さんが不思議な力で出してくれた'れとると食品'。それはとてもおいしくて初めて食べた時は、一心不乱に食べた。私が気がついた時、兄さんは、私が食べた大量のレトルト食品の袋を片付けていた。
私は謝った。何度も何度も。大切な食料を沢山食べてしまったのだ。内心、見捨てられても仕方が無い……そう思った。
けど、兄さんは笑って私の下げた頭を撫でてくれた。
「良く食った!やっぱ人と一緒に食う飯はうまいよな!」と言って笑っていた。
クリシアさんも『そうそう子供はそうでなくっちゃね』と上機嫌だった。
私はうれしくて泣いた。
それから兄さんはクリシアさんとの修行の毎日が始まった。
最初は、安全なプライベートベースの中で剣や機兵の操作をボロボロになるまで練習をしていた。何も出来ない私は、それを近くで見学していた。
しばらくするとクリシアさんが実践訓練とか言って兄さんをベースの外に引っ張っていった。
その間私は安全なプライベートベースで留守番をしていた。
兄さんは私に気を使って、暇つぶしとして沢山の本を置いていってくれた。私はその時文字が読めなかったけど、その本は殆ど絵ばかりの本だったので退屈はしなかった。
この頃の私は、何もしていなかった。いや、何かを自分から何かをすると言う思考が殆ど無かったと思う。何か余計な事をして嫌われるより、ずっと言う事を聞いていれば嫌われないと思っていた。
兄さんは毎日ボロボロになってベースに帰ってきた。外でどんな修行をしていたかは兄さんとクリシアさんが夕食のたびに話してくれた、外でこんな魔獣を見かけたとか、クリシアさんの訓練は鬼だとか楽しそうに話していた。私は、どんな本を見たとかを話した。
そんな生活をしているうちに私は、兄さん達に何かしたいと思うようになった。初めて自分から何かしたいと思った。
ただ、それの兄さん達に打ち明けるのに少し時間が掛かった。
ある日、夕食の時に兄さんの前で何とか言おうとしたんだけど、さぁ言おうとすると声が出ず、「あうっの」っと訳の分からない言葉が出てきた。
兄さんは、食事を中断して私をまっすぐに見つめて、私が何かを言うのを待っていてくれた。
それでも私は声がうまく出なかった。余計にあせって、変な呼吸音しか私の口からは出ない。
情けなくなって涙が出た。痛くない、悲しくない、初めての悔しい涙だった。
「私も何か手伝いたい。強くなりたい」私がコレを言うのに、それから一時間掛かった。
それを聞いた兄さんとクリシアさんは、一回顔を見合わせると嬉しそうに私を見て「ありがとう。助かる」『あらあら、ルーリちゃん用の修行も考えないとね』と言ってくれた。
私達は、毎日修行と勉強に明け暮れた。兄さんは修行以外にも'ろぼっとろまん'とか言う魔法じゃない不思議な力の研究もしていた。
幸い私には近接格闘の才能があったらしく、クリシアさんの修行は楽しくて仕方がなかった。
そんな生活を3年くらい続けたある日、兄さんが言った。
「そろそろルーリ用のロボットでも作るか」
それは、私にとっては青天の霹靂。そもそも機兵は魔法が使えない黒髪には乗れない。例外として精霊と契約した兄さんしか乗れないと思っていた。
その頃私は機兵とロボットの違いに気づいていなかった。
私が、「私は普通の黒髪だから乗れない」と言ったら兄さんは、ニヤリと笑うと「だからロボットだ」と言った。
食後兄さんについて来いと言うので行くと、いつもは危ないから立ち入り禁止と言われた区画へと案内された。
そこは兄さんが、格納庫区画と呼んでいる場所。
たくさんある格納庫のうち比較的小さい格納庫に案内されるとそこには、何機もの同じ機兵が並んでいた。
「ルーリには練習がてらこれに乗って貰う」
立ち並んでいたのは、兄さんが'R・トレーナー'と呼んでいた機兵…いや、ロボット。
大体の大きさは機兵と同じ位。特徴としては頭が無く、全体的に黄色い塗装がされていた。
「これに乗って練習しながら、どんなロボットを作るか一緒に決めような」
そういう兄さんの横で私は、呆然とそのロボットを見上げていた。
それからの毎日にロボットの操縦訓練が加わった。
そして、3年かけて私のアレアグリスを少しずつ兄さんと一緒に作り上げた。
兄さんとあーでもないこーでもないと言い合い、試作とテストを繰り返した。
兄さんの戦い方が遠距離戦重視だから私は近距離戦重視の機体にした。
次にいつでも私が呼び出せる様にアレアグリスは空の上へと保管する事が決まった。
信じられなかったが、実際に召還の舞い(?)をして、目の前に落ちてきた時は目が転がり落ちるかと思った。本当に兄さんはすごい。
旅に出る前の最後の一年、私がアレアグリスを乗りこなす訓練をみっちりとした。
アレアグリスは兄さんとの初の共同作業の結果、作り上げられた記念のロボットであり、私と兄さんの絆の証。
私は負けない。私のアレアグリスは私と兄さんが作った絶対無敵のロボットなのだから。
閑話 シスターズ・バトル・ロンド 中編
「【守護の 壁よ】!」
私の姉とか言う人形が乗っている変わったデザインの機兵が突撃してくる。
私の張った結界に、敵機兵の不思議な武器が当たり放電現象が起きました。
この程度の攻撃じゃ!私の結界はびくともしませんわ!
賢者機。魔獣の大侵攻おり、発見された世界最初にして最強と言わしめる'勇者機'と同じ時代に作られた機兵。
私は貴方を倒しますわ。
そして、魔王を倒し私がこの国を平和に導く。この国の為に。私の為に。
私の最初の記憶は、初めて魔法を使った時の事ですわ。
私の放った火球が、標的として杭にくくりつけられた鎧にあたり、跡形もなくなりましたの。
確か三歳の時の事とか婆やは言っていましたわね。
お父様や、お母様は大変喜んでいた事を覚えていますわ。そしてお父様が仰ったの「お前の力はすばらしい。この国は安泰だな」って!
私は特別だった。その頃はまだ良く分かっていませんでしたけど私は二重の意味で特別な存在である事を知りましたの。
貴髪である事。そして王女である事。
私は、王城の奥にある秘密の離宮で育てられましたわ。王族で貴髪であったから当然ですわね。基本的に私の相手は爺やと婆やがしてくれましたわ。
私はそこで10歳になるまですごしました。お父様やお母様はたまにしか合えなかったけど、さびしくは無かったわ。私の周りは大人の人ばかりでしたけど、皆優しかったし、それ以上に魔法やマナー、ダンスに算術、それに王族としての心得など、習い事が忙しくて寂しいなんて考える暇も無かったのですから。
10歳になると王立アデプト魔術学校に入学する事になりましたの。婆やは、そこには私と同年代の子供が沢山居ると言っていたわ。
私はそこに、髪を普通の色にを染めて、ロッテムのおじ様の遠縁の娘として入学する事になりましたの。
髪を染めるのは嫌でしたけど、身の安全の為には仕方が無いと思いましたわ。
私が王女として入学しないのは、安全の為と私に下々の生活を見てきて欲しいって言う理由からだとお父様は仰ってたわ。
しかもそこには、私と同じ貴髪が二人も一緒に入学する事になると伺いましたわ。直ぐに私は、初めてのお友達はその子達だって思ましたわ。
うれしくって、その日は夜も眠れないくらいでしたの。
けど、二人の内の一人は入学して来ませんでした。どうやら手違いで別の学校に入学してしまった見たいなの。
間違いなら、それを正せば良いじゃないと思いましたけど、その入学した学院にはロッテムのおじ様でも、どうにも出来ない相手が居たみたいですわ。
本当お会いしたかったわ。
でも、もう一人貴髪の子が居るので学校は楽しみだったわ。
入学式に行った時は驚きましたわ。あんな大勢の人間を見たのは初めてでしたの。
その子を見たのは入学式で新入生代表宣誓の時でしたわ。ただその子がとても不機嫌そうに宣誓をしていたのですわ。私は新入生の列の最前列に座っていたから学院の先生方がとてもハラハラオロオロしているのがよく見えましたわ。
本当なら入学式が終わった後に、お友達になろうと思いましたけど、隣にいた子がさすがに時期がよくなるまで待った方が良いとアドバイスしてくれたので、機嫌が良くなるのを待つ事にいたしましたの。
けど、学校で見かける彼女はいつも不機嫌で、恥ずかしながら私、話しかける勇気がありませんでしたの。
そうやって機嫌が良くなるのを待っていたのですけど、彼女はもう一方の貴髪の子が行った学院へと何故か転校してしまいましたわ。
この学院の何が気に入らなかったのでしょう?
結局私は学校で貴髪の友達を作る事は、出来ませんでしたわ。
でも、私の周りの子達は皆良い子で、直ぐに友達になりましたわ。
少々学校での授業は物足りないものでしたけど、私は学校を飛び級して主席で卒業しましたの。
そこまでは私の人生は平穏無事、順風満帆と言える人生でしたわね。
「チッ!」
「フン!」
次の瞬間、敵機兵は弾かれる様に後ろに下がりました。
「私が相手」
敵の機兵から声が聞こえてきましたの。感情を殆ど感じさせない声でしたわ。
「人形風情が相手とは笑わせますわ。直ぐに倒して差し上げます」
「その言葉そのまま貴方に返す」
「何ですって!」
黒い細身の機兵に向かって、私は賢者機の持っている杖を向けましたの。すると即座に地面を蹴って横に移動を開始しました。
「逃げても無駄ですわ!」
彼女は私の妹と名乗る人形…そう人形が操る機兵に呪文を唱える。
「【炎よ 貫け】!」
杖の先から、槍の形に整形された炎が放たれる。
賢者機は本当にすごい。たった2文節の呪文なのに、機兵を貫くほどの威力を持つ魔法が放てるんだから。
しかし、誰でもと言うわけには参りませんでしたわ。
賢者機に乗れるのは高い魔力を持つ、選ばれた者のみ。
そう私だけですわ。
事の始まりは、私のお披露目の日の事でしたわ。
その日私は王城のとある一室にて、私の王族としてのお披露目の準備をしておりましたの。
お化粧を終え、さぁ会場に向かいましょうと言う時に、城内にに悲鳴が響き渡りました。
何事かと思い、部屋の外へ出ようとしましたが、部屋の前に居た護衛の騎士が「危険ですから部屋から出ないでください」と部屋に押し込まれてしまいましたわ。
その後、部屋の前に居た護衛の騎士の一人が様子を見に行く為か、駆け足で部屋の前から去っていく音がしました。
少しすると、人の怒号と今まで聞いた事の無い連続した爆発音がしましたの。
おろおろするメイド達を「落ち着きなさい!ここを何処だと思ってらっしゃるの!護衛の騎士が向かいましたから直ぐに事態を収めるでしょう」と諫め、私はしばらく待つことにしましたわ。
けれど一向に治まる気配がありませんでしたわ。逆に、さらに騒がしくなっていきましたの。
「一体騎士達は何のしてらっしゃるの!」
苛立った私は、パシンと手に持っていた扇子でもう片方の手を叩きました。
「私が出ます。皆さんはココで待っていなさい」
今日に限って本当になんて事でしょう。せっかく私のお披露目だと言うのに!
扉を開けると護衛の騎士が「危のう御座います!どうかお部屋へお戻りを!」と私を部屋へ押し戻そうとしたのですわ。
「あなた達がちゃんと仕事をしていないから出てきたのですわ!状況を説明しなさい!」
その時、血まみれになった騎士が腕を抑えながら走ってきたのですわ。
「一回ホールが何者に占拠、国王を含むホールに居た全員が人質に取られ、ホール以外にも正体不明の機兵もどきが侵入しました!」
「何ですって!どう言うこと説明しなさい!」
それは私にとって初めての屈辱と言って良いものでしたわ。
何処の誰とも知れぬ黒髪に王城に侵入され、中に居る人たち全員の魔法が封じられた。
救出部隊を出そうにも、占拠されたホールに繋がる扉はすべて開けることが出来なくなっていたのですわ。
黒髪……。
それは魔法が使えない出来損ない。魔法の才能を母親の中に忘れた間抜け。貴髪が生まれる前に生まれる人間。
普通なら私の前にも黒髪の兄か姉がいる。しかし私には居ませんわ。お父様とお母様曰く、王家が神の血を引く特別な存在だからだと仰ってたわ。
けど、誰でアレ私の人生を汚すなんて許せませんでしたわ。
「何者です!その黒髪は!」
「それは…」
その時、護衛の騎士が走ってきた後ろから大きな四足歩行する四角い箱の様な物が現れた。
「王女様!伏せて!」
突然、血まみれの騎士が私を押し倒した。私は何事!と思いながらも騎士の体越しにあの四足歩行する箱が光ったのを見ましたわ。
次の瞬間、破裂音と共に扉の前で待っていた騎士に多数の穴が開き全身から血を流しながら吹き飛んで行きましたの。
ドシャッと濡れた何かが床に落ちる音がして、そちらの方を見たら、そこにはもう人間の形をしていない騎士が居ました。
「きゃあああああああああああああああああ!」
私、その時情けなくも叫び声を上げてしまいましたの。しょうがないでしょう?始めて人が死ぬ所を見たのですから。
でも、怯えたのはその一瞬だけでしたわ。次に私の中で湧き上がってきたのは怒り。
だってそうでしょう?我が国の優秀な兵士が非道にも殺されたのですから!許せる事ではありませんわ!
「っく!どきなさい!」
私は、覆いかぶさっていた騎士を押し退け、立ち上がる。
「この無礼者め!生かして返しませんわ!【氷よ 槍と なりて 貫け】!」
私は氷の槍を放ち、わけの分からない敵を串刺しにしようとしましたの。けど、それは成功しませんでした。
氷の槍は確かに敵の胴体(?)に当たりました。しかし、氷の槍は敵を貫くことは無く、そのまま砕け散ってしまいましたの。
「ありえませんわ!」
確かに放った魔法は4文節の呪文ですけ、どこの私が放つ呪文が普通の威力のはず無いでしょう?
近衛の鎧でも簡単に貫通するほどの威力ですのよ!
その時黒い箱についていた目らしきものが私を見ましたの。
私はとっさに、今まで自分が居た部屋へと飛び込みました。その判断が正しかった事は直ぐに証明されましたの。
さっきまで私が居た場所の地面が次々と弾け、何かが放たれていた事が分かりましたわ。
「こんな格好じゃ碌に動けませんわ!」
私は、着ていたドレスの長いスカートを近くにあった鋏で一気に切り裂く。
綺麗なドレスでしたけど、しょうがありませんわよね。
「王女様!!」
メイド達がはしたないとか騒ぎ始めましたけど、そんな事を気にしている場合では御座いませんでしたわ。
私はそれを無視して、扉に近づき呪文を唱えましたの。
「【光よ 槍と なりて 敵を 貫け】!」
呪文の詠唱が終わる寸前に部屋の外えと飛び出し、再び敵の胴体目掛けて光の魔法を放ちました。
光は敵の胴体を貫き、爆発しました。私はその爆発に驚きましたが、敵を倒した事を確信しましたわ。
「私はこのまま、お父様達の救出に向かいます!」
私は、城のホールに向かって駆け出した。
ホールに行く途中の廊下から空を見上げると、驚いた事にそこにはホール内の様子が映し出されていましたの。
どうやらホールを占拠した犯人は、黒髪である自分を殺そうとした両親とその手伝いをしたお父様に復讐する為に今回の事件を起こしたようでした。
彼の言い分は分かりますわ。もし私がどうしようもない理由で理不尽に殺されそうなったら、私も復讐を考えますもの。
ですが、お父様が理由も無くその様な事をするはずがありません。何かしら理由があるはずですわ。お父様は王なのですから、きれい事だけで国の長の仕事を出来るはずがありませんもの。
その時の私は、「彼には申し訳ありませんが、ここで彼の復讐を終わりにさせていただきますわ」と思っておりましたの。
私は次々に襲い掛かる敵を蹴散らしながら、とうとうホールに続く扉の前へとたどり着く事が出来ました。
ホールに続く扉は大きく、精緻な細工が施されていました。私が、扉のノブに手を掛けて見ましたが、動く気配はありませんでしたの。
城を傷つけるのは気が引けましたけど、お父様達を助ける為と、私は火球を放ちました。
扉を破壊すると同時に私はホールへと躍り出ましたの。
危機一髪の状況でしたわ。
お父様はちょうどこの騒ぎの犯人である黒髪の前で尻餅をついていらっしゃいました。ホールに充満する血の匂いに吐きそうになりながらも私は、犯人の注意を引く為に大声を上げましたの。
「そこまで、ですわよ!」
犯人の黒髪は少しイライラした様子でこちらを見ましたわ。
真っ黒な髪、顔の右側には獣に引き裂かれた傷があり、その傷によって潰れているはずの目が、赤く光っているのが見ました。
「おお!我が娘よ。待っていたぞ!早くあの痴れ者を殺すのだ!」
お父様は私の姿を確認すると喜びましたわ。
けど、犯人の黒髪は私の顔を見ると驚いた表情をすると、突然大笑いしだしました。
「クカ!クカカ、クカカカッーカカカカカカカカカッーカカカカカカカカカッーカカカッーカカッーカカ!」
今まで聞いた事の無い不気味で気持ちが悪い笑い方でしたわ。
その後急に真面目な表情に戻ると、私のキョウダイについて犯人は聞きました。
お父様は、それに誇らしそうに答えました。お母様もその隣に移動して誇らしそうにしていました。
私には黒髪を持つ姉も兄も居ない、貴髪の中でも選ばれた存在だと。
一通り聞きたい事を聞いたのか、犯人が「ああ、そうかい」と言い、私の顔を見た後お母様の方へと視線を向けました。
私は、ここでこの騒ぎを終わらせる為に黒髪の犯人に対し、勝負を挑みました。
しかし犯人はその申し出を断り、それだけならまだしも私に'黙れ'と言い、さもなくばホールに居る者を皆殺しにするとこの私を脅迫したのですわ。
あまりの無礼さに頭がどうにかなるかと思いましたわ。
それからすこし考えたかと思うと、犯人は突然予定変更と言い出し。三ヵ月後この王都を滅ぼすと宣言しましたの。
普通ならそれはただの戯言と一笑されてもおかしくない事ですわ。
ですが、その様子を見ていた同じ貴髪のフレイム様やお父様の表情が凍っていました。
そして私は聞きました。彼の名を。
「ハグル魔王……」
共和国との戦争で突然前線に現れ両軍に宣戦布告。そしてそのまま我が軍と共和国軍に甚大な被害を与えて消えた。その軍の長。
その時、私達が敵にしたものを本当の意味で理解しました。
魔王は、言うだけ言うと王城の正面玄関を文字通り消失させて堂々と正面から出て行きましたの。
私達は、その様子をただただ見ていることしか出来ませんでしたわ。
その後、城は蜂の巣を突いた様に騒がしくなりましたわ。やるべき事は沢山ありましたので当然ですわね。
城の修理、魔王に対する対策、魔王にかけられた呪いの解呪方法の調査、他国への支援要請、王都住民の避難、簡単に思いつただけでもこんなにもありますから。
私自身も、対魔王の為に騎士団や魔術師相手に厳しい訓練を開始しました。
王城襲撃占拠事件から一週間位たった、ある夜。私はお父様に呼ばれました。呼ばれた場所は格納庫。
そこに行くと、お父様と王家の紋章が描かれた覆いが掛けられた一体の機兵がありました。
「来たか」
「お呼びでしょうか?お父様」
「ああ、呼んだのは他でも無い。魔王と戦う時に使って欲しいものがあるのだ」
お父様はそう言うと、背後にある機兵へと視線を向けました。
「申し訳ありませんがお父様。私は機兵に乗らず戦おうと思っておりますので、その機兵は別の方に下賜してくださいまし」
一応私も機兵操縦の経験は御座いましたが、魔法が使えなくなるので、好きではありませんでしたの。
「この機兵はお前で無いと駄目なのだ」
そう言うと、お父様が近くに居た近衛兵に覆いを外す様に言いました。
覆いが外され、隠されていた機兵がその姿を現しました。
「これは……!?」
そこにあったのは見たことも無い綺麗な純白の機兵でしたの。
そう私が乗るべき機兵だと、見た瞬間に理解しましたわ。
私はこの賢者機に乗り、魔王軍と戦い、そして勝ちますわ。
外敵が現れた時、率先して前線に立ち戦う。
それがリランス王国に生まれ、貴髪として力を持った王女の務め。私はそう教わりましたの。
例え誰が私の前に立とうとも、私は国を守る為に戦いますわ。
敵が私の存在しない筈の姉だとしても。
閑話 シスターズ・バトル・ロンド 後編1
ハグル魔王軍VSグラットン会議連合軍の戦いは終盤へと差し掛かっていた。
戦場は王都城壁外から王都内部へと移行する。
魔王軍が王都内へと侵攻する際に使用した荷電粒子砲により、王都内は酷い有様になっていた。
魔王が来る前は人々か行きかい、商いを営んでいたであろう大通り沿いの建物は荷電粒子砲の直撃によってその殆どが消失した。
連合軍はその様子を見たことにより一気に士気を失い、軍としての体を瓦解寸前まで追い詰められた。
リランス王国国王ヒューザは、その状況を打開すべく切り札の一枚を切った。それが貴髪である自分の娘レフリアーナと娘に与えた賢者機である。
賢者機とは、過去にあった魔獣の大侵攻のおりに発見された世界最初の機兵、勇者機と同じ技術で造られた白亜の機兵。
勇者機の性能はたった一機で、500を超える魔獣相手に一歩も引かなかった程だという。
勇者機及び賢者機は逸失技術の塊であり、現在量産又は試作されている機兵とは比べ物にならない程の高スペックを誇る。
しかも、杖を装備している魔法戦闘が可能な機兵であり、操縦者であるレフリアーナとの相性も良い。
伝説の発掘機兵の登場、しかもそのパイロットが見目麗しい貴髪のリランス王国王女なのだ。下がった士気は一気に上がった。
連合軍はなんとか体制を立て直し、魔王軍へと最後の戦いへと挑んだ。
それを見ていたハグル魔王こと本名ゴウ・ロングも本気になった。戦艦レイプトヘイムから温存していたジャベリ部隊及びヘルラプター部隊を出撃させた。
そして、魔王の義妹ルーリ・ロングの頼みによりハグル魔王も切り札の一枚を切った。
ロボットロマン2EXシリーズの二号機、ルーリ・ロング専用ロボ アレアグリスの出撃。
アレアグリスは魔王が義妹の為に、その持てる最高の技術を投入し造られた黒きロボットだ。
近距離戦闘に重きを置き、武装にブレードトンファーという珍しい武装を主兵装に持つ。
当然スペックは、機兵を比較対象にするのをおこがましく感じるほど高い。
しかもアレアグリスは、ただハイスペックを求めただけのロボットではなく、パイロットであるルーリ・ロングの能力を最大限発揮させる事を念頭に置いて製作された機体だった。
その両陣営の切り札同士が出されれば、切り札同士が戦うのは必定。
異能で造られた最高傑作VS新たな伝説の機兵の戦いの火蓋が切って落とされた。
「あああああああ!」
ルーリの乗るアレアグリスが空気を引き裂きならが賢者機へとブレードトンファーを振り上げ、迫る。
賢者機は、アレアグリスに手を伸ばすと呪文を唱えた。
「【守護の 壁よ】!」
賢者機の伸ばした手を起点に虹色に輝く半透明の壁が形成される。
アレアグリスの振り下ろしたブレードトンファーがレフリアーナの結界に接触、放電現象を巻き起こす。
アレアグリスのブースターが出力を増し、結界を打ち破らんと圧力を増す。
しかし、それでも結界は破れなかった。
「チッ!」
「フン!」
結界が破れないことを悟るとアレアグリスは即座に後退した。
「私が相手」
アレアグリスは、賢者機の30mほど前に着地すると挑発するように言った。
「人形風情が相手とは笑わせますわ。直ぐに倒して差し上げます」
レフリアーナも挑発を仕返すが、ルーリは気にした風も無く言い返した。
「その言葉そのまま貴方に返す」
「何ですって!」
アレアグリスに賢者機の杖が向けられる。魔法の発動を感知したルーリは即座に地面を蹴って横に移動を開始した。
「逃げても無駄ですわ!【炎よ 貫け】!」
杖から、火球が高速で打ち出されアレアグリスを襲う。しかしアレアグリスはそれを無言でステップを踏んで避ける。
火球は、アレアグリスの脇を通り抜け、かろうじて倒壊を免れていた商店を貫く。貫かれた商店は、積み木を崩すように燃えながら崩れ落ちた。
「次はこれですわ!【光よ 獣になりて 敵を 引き裂け】!」
(避けられるものなら避けてみなさい!)
今度は複数のルーキーズフレームを一瞬にして破壊した、ホーミングレーザーもどきの魔法を放つ。賢者機の背後から光弾が曲線を描きながらアレアグリス目掛けて殺到する。
「っ!」
しかし、アレアグリスは足を止め、避けるそぶりを見せない。まるで避ける必要が無いといっているようだ。
(貰いましたわ!)
レフリアーナが、勝利を確認した瞬間それは起きた。
アレアグリスが構えたと思うとあっと言う間に迫り来る6発の光弾をブレードトンファーで叩き落したのだ。
「なっ!?」
唖然とする賢者機に向かってルーリは平然と言った。
「もう手品はお終い?」
「まだまだですわ!【光よ 獣になりて 敵を 引き裂け】【光よ 獣になりて 敵を 引き裂け】【光よ 獣になりて 敵を 引き裂け】!」
6×3計18発の光弾がアレアグリス目掛けて、放つ。
(あの攻撃を弾き落としたという事は、避ける事を諦めたって言う事ですわ。なら向こうの許容量を越えた飽和攻撃をすれば!)
器用なことに、レフリアーナはワザと最初に放った光弾を一直線にアレアグリス狙うコースを選ばずに大きく迂回させるコースで放った。次の光弾より、少ない迂回、そして最後の光弾は一直線に。これは光弾の着弾を同時にする為の工夫だ。6発の光弾を3回より18発の光弾を1回叩き落す方が大変なのは自明の理だろう。
賢者機から放たれた光弾が彼岸花の花弁の様に広がり、一斉にアレアグリス目掛けて殺到する。
当のアレアグリスはその様子を見ても特に慌てる様子も無く再び構えを取る。
「数を増やしたからといってそれで勝てると思ってる?」
ルーリは、操縦席で余裕の表情でそう言った。
彼女は目にも留まらぬ速度で操縦桿についているボタン群を操作しながら操縦桿を右に左にと倒していく。
アレアグリスはその指示に寸分の遅延も無く答えた。
それは一種の舞とも言えるだろう。ブレードトンファーを振り下ろすといった直線的な行動ではなく、円を描くような曲線的な動きだった。
ルーリは飛んでくる光弾のほんの僅かな速度の差を認識し、バックステップを踏みながら一発一発確実に打ち落とす。そして最後の一発を打ち落とした時、つぶやいた。
「今度はこっちの番」
それはワザと相手に聞かせる為だったのか、レフリアーナの耳にしっかりと届いた。背中に走る戦慄に、レフリアーナは突き動かされるが如く口が動く。
「【守護の 壁よ】!」
その選択は、正解でもあり不正解でもあった。
賢者機の前に結界が張られると同時に、アレアグリスのブレードトンファーが叩きつけられる。先ほどと同じ様に放電現象が起きるが結界はその一撃を防いでいた。
(フッフン!この程度の攻撃で私の結界が破れるものですか!)
「まだまだ」
攻撃はそれで終わりではなかった。そこから嵐のような連撃が始まった。くるくると回りながら左右の腕に持ったブレードトンファーだけではなく両足の蹴りも含めた攻撃は、もはや普通の兵士達では見ることが出来ない程の速度をだす。放電現象は次第に激しくなり、両機の近くに落ちている瓦礫が弾き飛ばされる。
「むっ無駄だという事がわかりませんの!?」
レフリアーナは、結界を張りその結界を騎士達に絶え間なく切りつけさせる訓練をこなしてきた。これは、結界を張った時に敵の攻撃で精神集中を乱され、結界が解除されるのを防止する為の訓練だ。
しかし、その訓練をしていてもアレアグリスの攻撃には恐れを起こす気迫があった。
「ビームエルボウ、ビームクロウ起動」
不意にルーリがつぶやいた。次の瞬間アレアグリスの両肘と、両足の甲にあるスリットからビームの刃が伸びる。
「何ですの!それはっ!?」
「教えない」
レフリアーナの問いに、簡潔に答えるとそのビームソードを連撃に加える。
ビーム兵器による攻撃が開始されると、たちまち結界にひびが入る。そのひびはドンドン広がっていき、結界全体にひびが入るまでになった。
「う、嘘。あり得ませんわ!?私の結界ですわよ!賢者機の結界なのですわよ!?」
「貴方に一つ、兄さんが言っていた事を教えてあげる。'バリアは割る為にある'」
ルーリがそう言いきると、結界はバリンと音を立てて砕け散った。
アレアグリスは、一気にブースターをふかして賢者機を自分の間合いに入れる、そしてそのまま一気にラッシュッを叩き込んだ。
「きゃあああああああああああああああ!」
賢者機は何とか杖で防御しようとするが、防御を結界頼りにしていた人間の防御など、近接戦闘能力に特化したルーリには紙で出来た盾を構えられた様な物だった。
まるで杖が元から存在しないかの様にブレードトンファーの短い方で全身を殴りつける。賢者機は、地面を滑走するようにアレアグリスに押されていく。
「ハァアアア!」
次に腕の方に向けていたブレードトンファーの刃の部分で行きがけの駄賃とばかりに賢者機の装甲を切り裂きながら通り過ぎる。
そして、ブースターを切って地面を滑りながら向きをまた賢者機の方へ向ける。そこでトンファーを回転されてブレードが手の前に来るようにすると再び突撃を開始した。
賢者機が目の前に来ると腕を振り上げてその無防備な体に向けて×の字に切り裂く。最後についでのばかりに回転回し蹴りをお見舞いする。
賢者機は、思いっきり蹴り飛ばされ、かろうじて無事だった教会へと突っ込んだ。
その衝撃で教会にあった鐘楼が崩れ、鐘が不気味な音を出しながら地面に落ちる。
「レフリアーナ様っ!ック!レフリアーナ様っ!」
そばで戦っていた近衛部隊の機兵が叫んだ。
兵士達が凍る。そしてそんな事はお構いなしに、魔王軍は戦い続ける。
彼らはそのまま戦い続けるしかない、レフリアーナを助けに行きたくても、ルーキーズフレーム部隊がその選択肢を奪う。
すこしすると、がらりと瓦礫が崩れ、賢者機が姿を現した。
「わっ私が人形如きに梃子摺るなんて!?」
うずもれた賢者機が杖を使ってふらふらと立ち上がる。最初に見せた白く輝く装甲は既に見る影も無くし、アレアグリスの攻撃により砕かれた場所もあった。しかし、その動作に障害がある様には見えない。
(機体には、結構ダメージを与えられたと思うけど、さすが発掘機兵、伊達じゃない。厄介)
そこでルーリは別の作戦を取った。
「人形…ね。ふ」
その言葉を聞いたルーリは、少し呆れた様に笑った。わざとらしくアレアグリスも肩をすくめている。
「何がおかしいんですの!」
「だって、人形が私の事を人形呼ばわりしてる」
「なっ私のどこが人形だとでも言うんですの!?私はっ」
よもや、自分が人形呼ばわりしている相手から人形と呼ばれるとは思ってなかったのか、操縦席の中で顔を真っ赤にして反論した。
「あなたは王様の手のひらの上で踊る人形すぎない」
「違いますわ!私は」
「何が違う?じゃあ何で貴方は王女なのになんで前線に出てる?」
「それは王族の義務だからですわ」
「他にも貴髪が居るはず。なのに何で戦場の、しかも最前線に居るの?半分平民の血が流れるレフリアーナだから?」
「違う!っ違いますわ!私しかこの賢者機に乗れるものが居ないからですわ!そんなのは魔王が言ったでたらめですわ!」
ルーリの半分平民という言葉にレフリアーナの頭に瞬間的に血が上る。
「本当に?試したの?他の貴髪が乗れなかった場面を見たの?」
水を汲んだコップにインクを一滴ずつ垂らすかの様に、ルーリはレフリアーナに疑惑を垂らす。普通の状態ならこんな言葉は一笑してお終いだろう。しかし、驚愕の事実を知らされ、馬鹿にしていた黒髪の苦戦されている今の不安定な精神状態では、十分に有効だった。
「たった確かめてはいませんが…」
「お父様に言われただけ?本当は他の貴髪でも乗れるんじゃない?貴方が選ばれたのは、王様に絶対に逆らわないように教育されたからじゃないの?血と義務で縛って。余程この国の王様は部下を信用していないんだね。貴方、本当に愛されてるの?まるで都合のいい道具だね」
コップの中の水は綺麗であれば綺麗であるほど、垂らされたインクはたやすく水を犯し、染める。その水が揺れているならなおさら。
「違う!じゃあ貴方はどうなんですの!あの魔王にいいように使われているだけではないですの!」
レフリアーナはルーリの策略に嵌り、戦場でもっとも大切である常に冷静である事を忘れ、黒い感情に囚われる。
「私は自分の意思で兄さんと一緒いる。例え兄さんが帰れと言っても私は一緒に居る。貴方は?王族の最前線で戦うのが義務?本当にそんな義務あるの?それは貴方のお父様に都合のいいこと教え込まれただけでは?」
ゴウ仕込の精神的揺さぶりは、じわじわとその精神の均衡を崩していく。
「強くて、美しくて、賢くて、従順で……国王にとって、貴方は自慢のお人形だろうね」
「違ぁあああああああああああああう!」
その一言が原因となり、レフリアーナの精神が暴走する。同時に、賢者機がガタガタと震え始めると装甲の隙間から赤い光が漏れ出してきた。
閑話 シスターズ・バトル・ロンド 後編2
(あの光は……。やりすぎた)
ルーリは賢者機に起きた現象を知っていた。前にゴウの妹ミレスと決闘した時に同じ現象が起きていたからだ。あの時ルーリは突然の事に対処できずアレアグリスの左腕を破損認定された苦い経験がある。
本来は、レフリアーナを挑発して調子を乱そうとしたのだが、今の彼女には精神攻撃が予想以上の効果を上げていた。いや、上げてしまった。
「私は!レムルス王国国王ヒューザ・ダブド・ディオニスと王妃フューネ・ダブド・ディオニスの娘レフリアーナ・ダブド・ディオニス!私は貴方みたいな【人形じゃない】!」
レフリアーナが叫ぶと同時に、アレアグリスが後ろへとジャンプした。次の瞬間今までアレアグリスが立っていた場所が大爆発を起こした。
(ック!やっぱり使えるか……)
爆風に吹き飛ばされながらルーリは思った。
レフリアーナが使ったのは、'原初の魔法'と呼ばれるものだ。普通の魔法とは違い、言葉に魔力を乗せてそのまま叩きつける強力な魔法だ。
ルーリは依然戦ったミレスとの戦闘で、そういう事が出来る事は知っていたから、かろうじて今対処する事が出来た。
もし、その経験が無ければ賢者機の見えない一撃でアレアグリスが破壊された可能性が高い。
ルーリは背中に流れる冷や汗を感じながらも、冷静に状況を分析した。
(確か、フェリアールがあの光を発した時は性能が上がっていた。しかも、発掘機兵と来ればそれは劇的といっても良い。本当失敗した)
バシャリと賢者機の口の部分が左右に開き、中から鋭い牙をむき出しにした新たな口が出てくる。
「【私は王女】!【私は人間】!【人形なのは貴方】!【私は、貴方とは違う】!」
賢者機によってさらに強化された魔力攻撃がルーリ目掛けて襲い掛かる。
ルーリは何とか賢者機の向いている方向で射線を予測し、かろうじて避けていく。
「【逃げるな】!」
段々と離れていくアレアグリス業を煮やした賢者機が身を低くしたと思った瞬間、賢者機がものすごい勢いでアレアグリス目掛けて突撃してきた。
「チッ!」
アレアグリスが牽制するために頭部チェーンガンを賢者機に向かって撃つ。毎分1300発で連続発射される弾丸が鋼鉄のシャワーをつくり賢者機を襲う。
しかしその前に、賢者機が放った不可視の魔力弾にぶつかり爆発を起こした。あたりに粉塵が立ちこめ、両者の視界を隠す。
(あれは、城を襲った四足歩行する箱と同じ様な武器!でも無駄ですわ)
ルーリは、そのまま賢者機が突撃してくる又は、魔力弾が飛んで来る事を警戒して、出していたビームの刃を消して粉塵の中から急いで退避する。
その時、レーダーの警戒アラームがアレアグリスの操縦席に鳴り響く。
(この警戒アラームは…上!)
アレアグリスが見上げるとそこには、曇天の空を背景に杖を構えた賢者機が飛んでいた。
「【【光よ】 【獣になりて】 【敵を】 【引き裂け】】」
(二重の詠唱!?)
賢者機から一言ごとに'原初の魔法'が放たれ、しかもその一言一言が普通の呪文でもあり、呪文の完成と同時に6条の光が走る。
(狙いが不正確になったせいで対処が…)
レフリアーナが'原初の魔法'よりホーミングレーザーもどきの魔法に注力した結果、原初の魔法の狙いがおろそかになっていた。だがそれが彼女にとって幸いした。
正確な狙いの攻撃は予想しやすいがラッキーヒット狙いの乱射となるとそもそも予想が不可能だ。なおかつ、放っているのは爆発性のある魔力弾。そもそも狙う必要すらない。
アレアグリスの周囲に着弾した爆風で体勢を崩す。しかも、その爆発で巻き起こった粉塵でまた視界を塞がれる。そこへホーミングレーザーもどきが殺到する。
容赦の金属を打つ音が戦場に響き渡った。その後、粉塵の中から何か大きなものが倒れる音がした。
「アッアハ!アハハハハハハハハ!やった!やりましたわ!お父様!私は勝ちましたわ!」
自らの勝利を確信した賢者機が地面に着地すると、アレアグリスが居るであろう背後のにある粉塵の方へ振り返る。
粉塵が少しずつ晴れていく。その時ガシャリと。何かが地面を踏みしめる音がした。
「嘘…」
強烈な風が吹き、粉塵を一気に吹き飛ばしす。
粉塵の中から現れたのは、賢者機が倒した筈のアレアグリスだった。しかも、機体に多少傷が付いた程度の損傷しかない。
「まったく。やってくれる」
ルーリは、アレアグリスの装甲に付いたほこりを払う動作をしながらつぶやいた。
「な、んで……」
(確かに全力の魔法を当てる事が出来たはずですわ!)
レフリアーナは信じられないモノ見たように呆けた。
「何で?貴方如きの攻撃が兄さんの造ったアレアグリスに効くわけ無い」
ルーリは、平然と答えた。
ロボット物の中で登場する装甲部材は当然ながら多い、超合金○ューZ、ガンダ○ウム合金、バス○ー合金、マシ○セル、モノによっては昆虫生物の外殻など。単純に硬い物から、自動的に装甲を修理するもの、ロボットの動きに合わせて曲がる物など特殊な機能を持った物も多い。
ゴウは、最高クラスの硬度を誇る装甲をアレアグリスにまとわせた。その名も'グレート合金AtoZ'ロボットロマン史上最高クラスの硬度を誇る装甲材だ。
その装甲は、ロボットロマン最高クラスの武装でなければ傷一つかないと言ったチートぶり。その分、キロ単位のコストが高い。ロボットロマンで売られている平均的な装甲だと1キロ100から200ポイント位だが'グレート合金AtoZ'は300000ポイントという途轍もなく高い。前世のロボットロマンでも'インゴットの形をした宝石'とまで言われていた。
この装甲素材で全身を覆ったロボットを持つのが古参プレイヤーのある種のステータスだった。ただこれだけ高価な分、この素材を使ったロボで出撃すれば、鹵獲又は素材を分捕る為に多くのプレイヤーが群がり、並みのプレイヤーでは即座に狩られてしまうという事態になっていた(いくら装甲が硬くても倒し方はいくらでもあった。例 熱暴走)。別名'P(プレイヤー)K(キラー)ホイホイ'。
なので普通のプレイヤーは、値段の事もあってコックピット周りの重要パーツを守る部分の装甲を二重にして普通の素材の装甲の裏にこのグレート合金AtoZの装甲を仕込んでいた。
しかし、この世界にグレート合金AtoZの存在を知っているものはゴウ以外いない。ゴウは、貯めに貯めたロマンポイントを妹の為に大盤振る舞いして全身をグレート合金AtoZで固めたのだ。
余談だが、ここで大盤振る舞いしたせいでゴウの自身が乗っているグランゾルデには、操縦席前にある最終装甲しかグレート合金AtoZが使われていない。それ以外は、ゴウのこだわりもあり、殆どこの世界にある素材の装甲を使用している。
「なら何故今まで私の攻撃を避けていたんですのっ!」
そこまでの圧倒的防御力があるなら、すべての攻撃を無視して突っ込んで攻撃を仕掛ければ良いのではないかとレフリアーナは考えていた。
「装甲に頼りきりなのは三流、スピードだけに頼りきりなのは二流、例え重装甲でも避けるのが一流の証と兄さんが言っていた」
ゴウの妙なこだわりに毒されているルーリはこともなげにそう言った。
しかしそれは、結界に防御を頼りすぎているレフリアーナに対する皮肉でもあった。
「【馬鹿にしてるんですの】!?」
怒りに任せた魔力弾が、ルーリに向かい放たれる。
それを読んでいたルーリはブースターを使って右に大きく避ける。
「【【炎よ】【槍と】【なりて】【我が】【敵を】【貫け】】」
レフリアーナはさらに呪文を唱えて魔法を連射する。今回も詠唱途中の'原初の魔法'で足止めをして、完成した魔法で一気にダメージを与えようとするが、アレアグリスのスピードがランダムに変化し、先読みしての攻撃が悉く無駄になった。
一方、ルーリの方も現在の状況に攻めあぐねていた。本当なら賢者機に加えたラッシュで決めるつもりだったのだ。しかし、今同じような事をしようとしてもレフリアーナは即座に賢者機を後退させるだろう。
(やっぱり近距離戦のみじゃアレの相手は面倒。しょうがない武装変更)
アレアグリスは、腰にあるウェポンラックにブレードトンファーを収めると、左腕を腰の裏に回した。
ウェポンラックは、左右の腰部の他に腰部の裏にも存在していた。
腰の裏にあったウェポンラックが武器変更の命令を受諾し、ガシャリと開いて中にある武器のグリップを受け取りやすい様に武器を保持しているアームが伸びる。
(飛び道具は得意じゃない)
アレアグリスが腰から抜いたのは、一丁の8m級ロボット用拳銃。名前は'コプロス357'。アレアグリスが装備する唯一の射撃武器。
四連装ロケットランチャーの様な銃身を持ち、状況によって複数の弾丸を使い分ける事が出来る、変わった姿をした拳銃。
色は黒で、四つの銃身の中心にレーザーサイトが付いているのが特徴だ。
アレアグリスは、コプロス357を賢者機に向けると迷う事無く引き金を引いた。
重い発砲音がするとタングステンで作られた弾丸が賢者機の左肩の装甲を吹き飛んだ。
「えっ?!」
レフリアーナの間の抜けたような声がした後、遠距離攻撃をされたのだと理解して急いで回避行動を取り始めた。
(やっぱり当たらなかった)
一方撃った本人の方は、不満そうな顔をしていた。ルーリ自身は賢者機の胴体目掛けて撃ったのだが、実際に当たったのが左肩だったのが気に入らなかった。
もちろん、アレアグリスにはFCS(火器管制装置)が搭載されているが、ルーリはすこぶる射撃が下手だった。どんなに高性能なFPSを積もうとも標的のど真ん中を打ち抜くことが出来ない、天性の射撃下手なのだ。だからこその近接格闘機とも言えるのだが、遠距離攻撃の手段があるのと無いのとでは戦術の幅が格段に違う。
現に今まで殆どその場から動かず魔法による遠距離攻撃をしていた賢者機が、銃を持った腕を向けると射線軸上に入らないように飛び回るようになったのだ。
接近戦をしようと近づくアレアグリスを賢者機が魔法で迎撃、又は結界で防御するといった形が崩れた。
この時、ルーリ達の後ろではカイザーキャッスルの変形やゴウの空飛ぶ機兵の登場などいろいろあるのだが、この場にいる二人はそんな事を気にしている余裕は無かった。特にレフリアーナは。
レフリアーナは焦った。
今まではほぼ一方的に攻撃を仕掛ける事が出来たが、今は向こうも遠距離攻撃をしてくるのだ。しかも、銃による攻撃なのもたちが悪い。もし相手の攻撃が魔法であれば呪文があり、その呪文を唱えた瞬間に結界の呪文を唱えれば結界が張られ、防御する事ができた。
しかし、相手は呪文も唱えずに高速且つ強力な遠距離攻撃の手段を持っている。呪文を唱える暇などない。先に結界の呪文を唱えて結界を張ったとしても結界の中から攻撃する事はできない。それに、結界を張っている隙に近寄られれば、ビーム兵器によって結界が割られてしまう。そうなると取れる手段は一つ、絶えず動き続けて狙いを外し続けながら魔法で攻撃するしかない。
レフリアーナは牽制に魔法を放ちながら、回避行動を取り続けた。
その様子は、白と黒の妖精がクルクルと飛び回りながらロンドを踊っているかのようだった。
賢者機を必死に操りながら、起死回生の手を考えるレフリアーナ。しかし、轟音が轟き、今まで賢者機が立っていた場所に弾丸が突き抜ける。
ここに来て、賢者機の高性能さが仇になった。
操縦席にいるレフリアーナの耳に賢者機のそばを通り抜ける銃弾の飛翔音があたかも自分の直ぐそばを通り過ぎて行くように聞こえるのだ。頑丈な装甲に守られているとは言え、心まで装甲で守られているわけではない。
(ヒッ!アレに当たってはまずいですわ!)
銃弾の恐怖がレフリアーナを襲う。その恐怖がレフリアーナに賢者機の全力の回避行動を取らせた。
(……一発も当たらない。でも…)
ルーリは自分の撃つ弾が当たらない事に落胆しながらも、賢者機を狙い続けた。
装弾数である四発を撃ち切ったアレアグリスは、移動しながらコプロス357の銃身を折り、空の薬莢を地面に落とす。ズンズンと薬莢らしからぬ落下音を出しながら殻薬莢が地面に転がった。
腰の後ろにあるウェポンラックから専用のムーンクリップを取り出して弾を込めると、銃身を跳ね上げて元の位置に戻す。
(私の勝ち)
賢者機とアレアグリスの戦いは縦横無尽に移動する機動戦となった。壮絶な撃ち合いがおきているが、双方決定的な一撃が出ない(ルーリの場合狙っても当たらないのだが)。既に回りは二人の流れ弾によって既に更地になっていた(周辺で戦っていた両軍部隊は流れ弾を恐れて別の所で戦っている)。
だが、その戦い唐突に終わる。
「ハァハァ。うぇっく。ヴぇえええ」
賢者機が唐突にバランスを崩し、盛大に地面を転げまわった。レフリアーナは何とか立ち上がろうとするも、立つ事すら出来なくなっていた。賢者機は無様に地面に四肢をつけてえずいている。
その様子を見ていたルーリはそれが演技ではない事を確認すると、銃を構えて近づく。
操縦席の中にいるレフリアーナは吐しゃ物にまみれながら呻いた。
「なに・・・が」
猛烈な吐き気とめまいがレフリアーナを襲っていた。
近づいてくるアレアグリスに魔法を放とうと杖を向けるが、もうまともに喋る事すら出来ない。
「機兵に乗りなれて無いのに、あんな機動したら当然」
落ち着いた様子でルーリは返す。
レフリアーナは優秀な魔法使いであった。だが優秀な機兵乗りではなかった。確かに賢者機を十全に操り、その圧倒的魔力により機兵に乗りながらも魔法を行使する。だが、彼女は長い時間機兵に乗った事がなかった。もちろん機兵の操縦訓練はしたが、どうしても時間の掛かる連続行軍訓練などはしていない。
ここに来ても賢者機の性能が良すぎたのも仇になった。賢者機はレフリアーナの要求にすべて答えた。魔晶炉に直接魔力を流し込むという荒業に耐え、急な可減速に耐えた。耐えてしまったのだ。
そしてその結果が、レフリアーナの重度の乗り物酔いだ。彼女は機兵に乗ったまま長い時間上下左右に揺られた事が無かった。基本的に彼女の戦術は遠距離からの一方的魔法攻撃。訓練の模擬戦でも一歩も動かずに勝ってきたくらいだ。
ある意味ここまでルーリ相手に戦えた方がすごいのだ。だが、最後は体が、脳が、三半規管が耐え切れなかった。
「これで終わり」
アレアグリスが賢者機まであと一歩の位置に近づいた所で賢者機の頭部へと銃口を向けた。
至近距離+レーザーポインターを使い、頭部に赤い印がついている状態なら、さすがにルーリでも外さない。
賢者機は完全にうなだれており、逃げるそぶりさえ無かった。
(負け、負けてたまるか。…人形…なんかに…)
アレアグリスが引き金を引こうとした瞬間、突然、顔を上げた賢者機が、杖を振りアレアグリスの構えていたコプロス357を弾き飛ばす。
もうまともに動く事の出来ないレフリアーナの最強最後の反撃だった。
「【死…」
だが、'ね'とつづくはずだった言葉は、完成する事は無かった
確かに、賢者機の杖はコプロス357は弾き飛ばした。
だが目の前の光景が、それの無意味さを物語っていた。
アレアグリスは弾き飛ばされたコプロス357には一切目もくれず、両腰にあったブレードトンファーを抜き放った。
ルーリは、杖が振られた瞬間にコプロス357から手を離し、ブレードトンファーに手を伸ばしていた。まるでそう来るのが分かっていたかのように。
キン!と澄んだ音がした。
そして賢者機の両腕が地面に落ちた。
アレアグリスがブレードトンファーを抜いた勢いそのままに賢者機の両腕を下から上へと切ったのだ。
「あっあああああああああああ!」
今まで感じた事の無い仮想体の両腕を切断された痛みに、レフリアーナが絶叫する。
「うるさい」
振り上げた手を振り下ろし、賢者機の頭部を地面に叩き落すと賢者機は静かになった。
最後に賢者機が確実に機能停止したことを確認したルーリはいそいそと通信機のスイッチを入れた。
自らの勝利を自分の兄へと伝える為に。そこに妹を倒したという感慨は一切無かった。
第86話 巨大なる力
『はぁああああああああ!』
「耐えろぉおおおおおお!」
その攻撃を一言で表すなら'ごん太ビーム'。直径約30mにも及ぶと思われる光線がクソ王の味方諸共、俺達を破壊せんと発射された。
「王国に栄光あ…」
「ハハハハハ!」
「ぐああああああああああ!」
グランゾルデにしがみ付いていたボルドスやカルノフと言った機兵達が断末魔を上げながら次々に破壊されていく。
俺達は何とかバリアとクリシアさんの結界で凌いでいるが、グランゾルデは全身に負荷が掛かり大量のエラーを吐き出しまくっている。
見る見るエラー内容を映すサブディスプレイが赤い文字で埋め尽くされ、バリアの負荷状況を示すメーターの数値が上がっていく。
それ以外のメーターも狂ったように針が動いている。
ビービーと警告音が操縦席に響き渡り、色とりどりのランプがイルミネーションの様にちかちかと光る。
ボンッと操縦席につけていた画面の一つがはじけ飛とんだ。
「クソが!」
今、両肩と両足に設置してある四つあるジェネレータ内、左肩に設置した第二ジェネレータが過負荷に耐えきれず爆発した。
バリアの出力が3/4に落ち、バリアの負荷状況を示すメーターの数値が上がっていくスピードが上がる。
クソッタレ!とっと終われ!
そう思うが、獄魔砲ゲヘナゲートの攻撃は今だに止まず放たれ続ける。
ボボンとまた爆発音がした。
「クソ今度は何だ!」
第一と第三ジェネレータが爆発した音だった。
そして、バリアのメーターはレッドゾーンに突入した。
残りは左足の第四ジェネレータだけだ。
ヤバイな。このままじゃ…。
そう思った時、最後のジェネレータが吹き飛んだ。レッドゾーンに突入していたメーターが一気に振り切れた。
バリアが崩壊し、獄魔砲ゲヘナゲートが直接グランゾルデに照射される。
直ぐにカメラアイが壊れ、俺の視界に移るのは警告灯に照らされる操縦席の中だけになった。
そして、今まで以上の振動がグランゾルデを襲う。
『くぅううううううううう!』
悪いことはさらに続く。
新たな警告音が響き、情報を確認するためにノイズ交じりのディスプレイを見ると外部装甲の融解が起きている事が分かった。
それは仮想体にも影響し、俺は全身が燃えているような、溶けているような感覚を味わう。
黒百合装備の外装は一応上級に入る素材を使用している。さすがにロボットロマンに有るチート装甲'グレート合金AtoZ'程ではないが、それなりのものを使っている筈なのに。
「あの装甲が溶けるってドンだけあちぃんだよ!」
操縦席の温度は既に100℃を超えている。
俺も既に汗だくになり、魔王型パイロットスーツの中はびちゃびちゃして気持ちが悪い。
……この手段は使いたくなかったのに!
俺は、必死に操作しながら叫んだ。
「クソッタレがぁああああああああああああ!」
次の瞬間、大爆発が起きた。
「がぁああああああああああ!」
その爆発により、俺達はグランゾルデごと吹き飛ばされた。激しくシェイクされる操縦席で俺は何かに頭をぶつけて意識を失った。
ザァーっと何かが機体を叩く音で俺は目を覚ました。いや、聞こえてくるのはそれだけじゃない。
「アーッハハハ!!イーッヒッヒッヒ!勝った!我は魔王に勝ったぞー!アハハハ!ヤツは跡形も無く消し飛んだわ!」
聞こえてきたのはクソ王の勝どき。
そんなに長い時間気を失った訳では無いようだ。
野郎、もう勝った気でいやがるのか。クカカ。良いだろう。その喜び叩き潰してくれる。
だがその前に色々確認しないと。とりあえず俺は体の節々が痛いが、それだけだ。何処も欠けたり、血が流れてはいない。しかし、グランゾルデとの接続は絶たれているようだ。
「クリシアさん!クリシアさん!」
俺は真っ暗な操縦席の中で、左腕にはめ込まれている契約の石に語りかける。
『うっ。あ。ゴウちゃん?』
契約の石がポゥと光り、クリシアさんの声が聞こえてきた。
「無事か?」
『…うん。大丈夫。それより他の皆は?』
「まだ確認して無い。クリシアさん。グランゾルデのチェックと再起動出来そうなら再起動の準備をよろしく」
俺の三半規管が正常なら、現在グランゾルデは仰向けに倒れているようだ。
『分かったわ。でも外側のチェックは、私ではできないわよ』
「それで十分。やって」
俺は、手探りで予備電源のスイッチを入れ、通信機を起動する。
「ルーリ!アリス!俺だ!聞こえたら返事をくれ!」
最初の呼びかけには返事が無かった。不安が俺の頭をよぎる。
「繰り返す!ルーリ!アリス!俺だ!聞こえたら返事をくれ!頼む出てくれ!」
……返事をしてくれ!
「(ザザ)こち(ザザ)プトヘイム(ザザ)リスです。旦那様ご無事ですか?」
良し繋がった!映像は無いのは仕方が無いか。
ノイズ交じりではあったが何とか通信は出来た。
「こちらゴウ。何とかこっちは無事だ。今は機体のチェック中。そっちはどうだ?」
「こちらも現在状況の確認中です」
「そうか。そちらでルーリの状況を確認できるか?」
「…ルーリ様のビーコンの反応を確認しました。ご無事です。ですが、瓦礫に埋もれているのか目視で確認できません」
「分かった」
ルーリは無事か!良かった。だが動けない可能性が高いな。
「レイプトヘイムの状況報告が来ました。現在レイプトヘイムは地上に擱座しております。艦のメインジェネレータは過負荷の為、破損。現在ダメージコントロール班が対処に当たっています。浮上が不可能になっております。今は何とか非常用の予備電源で艦を運用していますが80%の機能がダウン。その為バリア、ビーム兵器、ミサイルの使用が不可能になっております。格納庫にでも多数のロボットが破損。復旧にはそれなりに時間が掛かるかと」
「レイプトヘイムの上に乗っかってきた敵空船はどうした?」
「敵空船はカイザーキャッスルの攻撃により破壊され、もう艦の上には存在しません」
「そうか」
はっきり言って状況は悪い。この状況でカイザーキャッスルがまた同じ攻撃をして来たらアウトだ。ルーリも一応無事らしいが行方が分からないと。
『ゴウちゃんチェック完了。いけるわよ』
「分かった。アリスは、艦の復旧とルーリの捜索に全力を尽くせ、俺はあのクソ王をぶっ倒してくる。いいな?」
「畏まりました」
アリスの返事を聞いた俺は通信を切った。
「クリシアさん。お願い」
『了解。行くわ』
幾千幾万と繰り返されてきた儀式。俺の仮想体が巨大化しグランゾルデに馴染む。魔晶炉からエネルギーがあふれ出し、四肢へと伝わる。
すると俺の肌にぴりぴりとした感覚が伝わってきた。
装甲が融解していたからな、その感触が流れ込んできたのだろう。
メインカメラが破壊されているため、相変わらず外は見えなかった。
何か重いものがグランゾルデの上に乗っかっていたが、無理やりどかして立ち上がる。
「馬鹿な!?」
ガラガラと落ちる瓦礫の音に気が付いたのだろう。カイザーキャッスルがいると思われる方向から驚愕の声が聞こえた。
俺は生きているモニターの一つに黒百合装備の状況を表示させる。
…。
画面には、黒百合装備のグランゾルデの外形が表示されている。
アクション系ロボットゲームでよく有る自機のステータスで、簡易的にロボットの人型が緑で表示されていて、ダメージを受けるとその部位が段々黄色や赤になって一目でどの部位の耐久が減っている事が分かるアレだ。
うん。ものの見事に真っ赤だな。
それが示す事実は唯一つ。
黒百合装備使用不可。
「黒百合装備全パージ!」
俺は迷うことなく、装備をパージする。
<黒百合装備全パージします>
黒百合の各所に設置していた爆発ボルトが爆発。ガシガシャン!という音を立ててグランゾルデを覆っていた黒い装甲が地面に落ちる。
中から出てきたのは無傷のグランゾルデ本体だ。同時に真っ赤だったステータスの外形がノーマルのグランゾルデになり、全身が緑色表示になる。
俺の仮想体からも、傷みが無くなる。黒百合をパージした事で、仮想体の繋がりがグランゾルデ本体の方に再設定されたからだ。
そして、俺の視界に光が戻る。
「雨か…」
俺の視界に映ったのは、ザァッと降っている雨と、殆ど何も無くなった王都と、雨の中立っているカイザーキャッスル、そしてボロボロになった王都を囲む城壁。
もし今、この場に始めてきた人間がいたらここが王都だとは信じられないだろうな。
少し見回すと、各坐したレイプトヘイムも見えた。黒百合と同じ様に表面装甲が融解している。艦橋の方は、信頼と安心のセーフティーシャッターが下りているのを確認した。
ありゃ、修理するのも大変そうだ。ポイントも結構食いそうだ。
「貴様ッ!生き伸びおったか!」
「当たり前だ。あの程度で死んでたまるか!」
ああ、俺は死んでは居ないが大切なものを失った気分だよ!クソッタレめ!
「…アハハハ!どんな手品を使ったか知らんが、そんな旧型の機兵一機だけで我がカイザーキャッスルに勝てるの思っているか!撃て!」
カイザーキャッスルがこちらに腕を向けると、その指から火球が放たれた。
俺はそれを避けない。
避ける必要が無い。
何故なら…。
俺の目の前に半透明の青い五角形をした壁が現れるとその火球を阻んだ。大爆発を起こす火球。しかし、グランゾルデにはほんのちょっとの熱気すら届かない。
なぜなら俺の最終防御兵装'Do.Te.フィールド'が発動しているからだ。
極力使いたくなかった。ああ、使いたくなかったさ!
'Do.Te.フィールド'それは、童貞のみが使う事を許された絶対防御兵器。
別名'人の持つ理性の壁'。
全方位からの攻撃を防御可能なバリアとして機能し、どの様な攻撃でもその被害を9割型軽減してしまうチート防御兵器。
ただし、使用者に多大な敗北感、劣等感、むなしさを感じさせ、見ている者にあいつは童貞なんだと知られてしまう超兵器。
童貞以外の人間が使おうとしても何故か発動しない。
プレイヤーメイドのバリア系装備のはずだが仕組みは不明。この装備に関しては公式も沈黙している。
噂では開発運営でも動作原理が分からないのでは?と噂されている。
ロボットロマン七不思議の一つであり、最高最低のネタ装備と言われている。
獄魔砲ゲヘナゲートの最後の爆発もこれで防いだお陰でグランゾルデ本体が無事だったのだ。
人は童貞の事を'城を落とした事が無い兵士'と例える事がある。しかし私はそれに異を唱えよう。
童貞とは、強固な理性の城壁を持って本能という敵から肉体の主導権を守り続ける屈強な存在であるとっ!
ゆえに私はその'強固'で'ピュア'な精神力をバリアに転用し、最強最高の防御力を実現した。
世の童貞諸君!
その力、存分に使うが良い!
と言うのはこの装備の製作者談ある。これには世の童貞達から余計なお世話だ!と大反響を呼び起こした。
もちろん、この装備をネタ以外で使用するモノは殆どいなかった。
俺自身も、グランゾルデにネタとして装備させた。
いずれ、'あー俺、コレ一度も使って無いのに使えなくなっちゃったわー。残念だわー'とコンソールとコツコツと叩きながら言いたかったんだ!
俺は自分の心に去来するむなしさを、この装備を使わせたクソ王への怒りへ無理矢理変換する。
その原因が自分の慢心だとしてもだ。
「っく。この期に及んで結界だと!?ならば!ヤツはもう飛べん!踏み潰せ!」
カイザーキャッスルがグランゾルデを踏み潰さんと地響きを立てて歩き始めた。
「巨大な力を持っているのはお前だけじゃねぇ!」
俺はグランゾルデでカイザーキャッスルを指差しながら言った。
「出番だ!レンビー!」
「待っていたよ!旦那様!」
戦場にボーイッシュな女の子の声が響いた。
「今度は何だ!アレはっ!」
雨雲が不自然に降下してきたと思うと雲を突き破り一隻の戦艦が姿を現した。
雨雲を突き破った穴から降り注ぐ太陽の光が、スポットライトの様にレイプトヘイム級2番艦ギャラルブルーを神秘的に照らす。
この光景を絵画にして残しておきたい位の光景だった。
「レンビー!パート1パート2射出!合体だ!!!」
第87話 合体!グレートグランゾルデ!
王都いや、元王都上空に現れたのはレイプトヘイム級2番艦ギャラルブルー。
ギャラルブルーの両舷には、レイプトヘイムについている機兵部隊の輸送コンテナではなく。
グランゾルデ用合体メカ輸送コンテナが装着されている。
五層に別れている機兵部隊用の輸送コンテナとは違い、グランゾルデ用合体メカ輸送コンテナは一層のみ、そしてその中には合体メカがそれぞれ一機づつ格納されている。
「さぁボク達の初陣だ!張り切っていっくよー!一番二番ハッチオープン!」
「「「は~い!」」」
艦首側に設置されたコンテナのハッチが前に倒れるように開いた。
ギャラルブルーの艦長をしているのは、アリスと同じロボットロマンEXシリーズ03レンビー・レギオン。
アリスの姉妹機であり、聞いての通り性格設定は活発でボーイッシュな子だ。
通信機越しに、聞こえて来るギャラルブルー艦橋の音声に若干戸惑う。
ずっ随分レイプトヘイムとノリが違うな。
レイプトヘイムとは違いフレンドリーな環境のようだ。
前はこんなだったかなぁ?確かに俺がそういう風に設定はしたが、何と言うか生気を得た様な感じがする。ある程度経験を積んだ結果、個性と呼べるものが出来始めたかな?
「今更何をしようとしても無駄だ!死ね!」
クソ王は、カイザーキャッスルのスピードを上げさせた。
現在ギャラルブルーの位置は城壁の外。クソ王は、俺の援軍が来る前に殺せると踏んだようだ。
「パート1発進!続いてパート2発進!」
その時、ゴウの合体パーツパート1とパート2が発進した。
薄暗い、右舷のコンテナの奥から電磁カタパルトを使いパート1が一気に加速して飛び出す。
飛び出したパート1は、折り畳んでいた翼を開き、空へと舞い上がる。
パート1は、全長80mを超える黒い超巨大戦闘機だ。姿はロシアで開発された戦闘機Su-47を参考に合体機構を搭載したメカニカルなものだ。
前進翼ってかっこ良いよね!
パート2は、コンテナから飛び出すと本体下のキャタピラの間にあるブースターを吹かしてゆっくりと降下した。
パート2は、全長60mを超える黒い超巨大ドリル戦車だ。鋼色に輝く左右二本のドリルを装備し、たとえなんであろうともそのドリルで貫く強い意思を感じさせるデザインだ。
ああ、ドリル!汝は美しい!
地面に着陸すると、猛然とキャタピラを唸らし、ドリルを猛然と回転させて進みだした。
飛び立ったパート1はカイザーキャッスルへと機首を向けると、翼に内蔵しているビームガンを連射した。
放たれたビームが、ミシンの様に地面を穿ちながらカイザーキャッスルを襲う。カイザーキャッスルは腕を動かして防御の姿勢をとった。
「ぬぅ!結界を張れ!」
ビームが二、三発当たった所で結界で防がれてしまった。
パート1はカイザーキャッスル上空を高速で通過する。そして、第二次攻撃の為に旋回を開始した。
「ええい!銃眼を開けよ!次に近づいてきた時に一気に打ち落とせ!」
カイザーキャッスルがパート1を打ち落とそうと上半身に銃眼の穴を開けた。
再び向かってくるパート1に向けて無数の魔法が放たれる。
しかし、その弾幕を持ってしてもパート1の攻撃をやめさせる事は出来ない。魔法の弾幕は、パート1の後方へむなしく流れていった。
「ええい。ならばヤツを無視して魔王を…」
そこでパート2が辛うじて無事だった城壁を猛スピードで貫いて登場した。
城壁を貫いたパート2は、そのままカイザーキャッスルへ突撃を慣行する。
さすがにクソ王もパート2が何をしようとしているのか気づいた。
「いかん!アレを近づけるな!」
カイザーキャッスルは開けた銃眼もそのままに、両腕をパート2に向け大量の火球を放った。
放たれた火球はパート2に次々と着弾し、爆煙を上げていく。しかしパート2は一切気にする事なく、その弾雨の中を突き進む。
そしてパート2は弾幕を突き破り、カイザーキャッスルに肉薄する。
「結界を…!」
クソ王の命令は間一髪で果たされた。
激突。
パート2の二本のドリルが聞くに堪えない音を響かせながら、直前に張られた結界を貫かんと火花を散らす。だが、その結界が持ったのはほんの僅かだった。結界は、すぐさまパリンと割れた。
何の役にも立たなかったと思われた結界だが、ドリルの軌道をほんの少しだけそらす事には、成功する。
ドリルはカイザーキャッスルの左脚部を削るように衝突した。
カイザーキャッスルはその衝撃で、バランスを崩した。
「体勢を立て直せ!うっうあああああああ!」
何とか体勢と立て直そうと手を振るが、地響きを立てて後方へと倒れこんだ。
「今だ!」
『「グラン・ゾーン!」』
俺達は合体の掛け声を叫ぶ。
グランゾルデを中心に円柱状のゾーンが形成された。このゾーンは、合体中敵に邪魔をされないなど補助をしてくれる合体補助ゾーンだ。
そして当然の如く、俺の義眼には合体の様子が克明に表示されるウィンドウが開く。
ああ、ここで一曲欲しくなるな!いや、そこは脳内で補完するしかあるまい!
最初にフィールドに飛び込んだのはパート1だ。
パート1はフィールドの中に入ると垂直に上昇しながら、変形を開始した。
パート1の胴体下部から両腕がハッチが開く様に現れる。同時に二枚の尾翼が畳まれた。
次に主翼が接続されているあたりから胴が左右に二つに分かれる。そして胴体前方部分が180度折れ、上半身を作る。機首はそのまま二つに分かれた胴後方の間を通り背後に回りスタビライザーになる。
同時に鋭いツインアイを持った頭部が押し出されるようにせり上がった。
機体内部では変形にあわせてシリンダーが稼動し、白煙を上げている。
パート2もフィールドへと突入する。
パート2もフィールド突入前に機体下部にあるブースターを全開に吹かし、ドリルを上にしてパート1の後を追う。
フィールドに突入したパート2は、キャタピラを内部に収納しながら機体の前部と後部の二つに分離した。
分離した後部は、さらに加速して、前部のパーツを追い越した。後部からさらに二つの装甲パーツが分離する。分離した装甲パーツの下から現れたのは白い大腿部、パート2の後部は大腿部と腰部になった。分離した装甲パーツはさらにスピードを上げてパート1の両肩へ移動した。
ここで、パート2前部が両脚部になるべく、さらに二つに分かれ、ドリルが移動して接続部が露出する。
現在、フィールドの中では、パート1が変形した上半身、パート2から後部から分離した肩部装甲、腰部及び大腿部、ドリルの付いた両脚部のパーツがそろった。
それぞれのパーツ間にそれぞれを引き寄せるように放電現象がおこる。
「とうっ!」
そして、それを見上げていた俺は、頃合を見てグランゾルデを飛ばす。
グランゾルデ本体は飛べない筈だろって?大丈夫、パート1の上半身からグランゾルデを引き寄せる、牽引ビームが出ているのだ。飛んでるように見えて実際は、引っ張り上げられているだけだ。
牽引ビームに導かれたのは上半身と腰部の丁度中間。
グランゾルデが、定位置に付くと一気にバラバラだったパーツが合体する。
パート2から後部から分離した肩部装甲が肩部に、腰部及び大腿部のパーツにドリルの付いた両脚部のパーツが、それぞれ合体する。
連結部に仕掛けたカメラが、足と大腿部のボクシンググローブのような形をした連結器ががっしりと噛み合う様子を映す。
合体した箇所から蒸気が勢い良く吹き出る。
上半身と下半身から2本ずつアームが伸び、グランゾルデの横で両アーム先端にある密着連結器同士が連結する。
そして最後に、完成した上半身と下半身がグランゾルデを上下から挟み込む様に合体した。
グランゾルデが上半身と下半身に挟み込まれると、一気に視界が暗くなり、グランゾルデの四肢が伸びてきたアームにより固定される。
「うぐ」
一気に体が引っ張り広げられる様な感覚に呻く。仮想体が合体した機体に合わせて大きくなっているのだ。だが同時に力強い力の脈動が全身を駆け巡る。
光が無かった合体ロボの両目に光が入る、さらに額にある装甲が上に移動し、装甲の下からモノアイが姿を現した。
可動チェック代わりに両手を握りこみ胸の前にで交差させ、そこから気合を入れるように一気に上腕を振り、ギュインと左右膝にあるドリルを回す。
操縦席のディスプレイには、合体に関するグリーンで表示されたチェック項目がずらりと流れて行く。
チェックオールグリーン。行くぞ!
『「魔王合体!グレェェェェェトグランゾルデ!ここに参上!」』
事前に練習していた俺達の叫びと同時に合体を補助していたゾーンが消失、パート1の翼がスライドして大きくなり、雷鳴が響く(コレはロボットロマンの演出ではありません。自然現象です)。
最後にグレートグランゾルデの全身から蒸気が噴出した。
既にギャラルブルーによって開けられた雲の穴は既に分厚い雲でふさがれ、周囲はもう夜だと勘違いするぐらい周囲は暗い。
そんな中、稲光に照らされたグレートグランゾルデはさぞすばらしい威容を示した事だろう。
ゆっくりと、ブースターの出力を調整しながら地面に降りると、丁度カイザーキャッスルが立ち上がったところだった。
「待たせたな。さぁ続きと行こうか!」
グレートグランゾルデと、カイザーキャッスルの大きさはほぼ同じ、いや、若干こちらの方が背が高い。
「なんだ…これは」
カイザーキャッスルがうろたえたのだろう一歩後ろへと下がった。
頭部はツインアイとモノアイの三眼、胴体は胸部の左右に排気口がありその中心に張り出すように赤い装甲あった。背面には前進翼だった翼がVの字に伸びている。 膝にはドリルが付いており、安定感を感じさせるどっしりとした黒い足が付いていた。
この世界にとって異質なデザイン。
魔王という存在にふさわしい物だ。
巨大ロボが二体向き合う様子は、さぞ壮観だろう。
さて、とりあえずは戦場を王都外にまで移動させないとな。そうじゃないとまだ見つかってないルーリを踏み潰す可能性がある。そうなったら、俺は自殺するぞ。
「行くぜ!クリシアさん!」
『ええ!』
「食らえ!クラッシャータックル!」
背中のスラスターの出力を全開にしながらカイザーキャッスルに肩から突っ込んで行く。
まぁただのスラスターを使った体当たりなんだが。
「あっ!なっ」
カイザーキャッスルは今見た情景が信じられないのか、反応が遅れた。
「ふせ…ぐぅ!」
指示を出そうと声を出した瞬間、グレートグランゾルデのタックルが当たった。
「うおぉおおおおおお!」
俺は、直ぐに止まる様な事はせず、そのまま一気に王都外まで押し出すのだ。
タックルの途中で城壁を二枚ほど突き破った。その時ヒキガエルが潰れたような声が聞こえてきたが気にしない。
王都外に出た事を確認した俺は、そこで一気にブレーキをかけてカイザーキャッスルを吹っ飛ばす。
その時城壁外で逃げ出そうとしていた連合軍の一部をカイザーキャッスルが巻き込みながら転がっていく。
あ~あ、今まで生き残っていたのに運が無い。
「最終ラウンドと行こうか」
俺は魔王の如くグレートグランゾルデの腕を組ませた。
第88話 伝説のタチカタ
「システムオールグリーン!ジェネレーター出力安定!きゃー!やったー!皆~合体成功したよ~!」
「「「いえーい!」」」
グレートグランゾルデの合体にギャラルブルーの艦橋が沸く。
「旦那様~!がんばれ~!ファイトー」
「「「オー!」」」
ドンドン!パフパフ!
ギャラルブルーから聞こえてくる応援に、うれしさよりこの気恥ずかしさを感じる。
女の子達から応援されるってある種の男のロマンではあるが…。いやこの場合、自分の作ったメイドロボにワーキャー応援させているという状況なのだろうか?それだったら俺は相当痛い奴ということになる。いやそうじゃない。コレは'今週のビックリ○ッキリメカ'が登場する時のファンファーレみたいなもの。コレも一種のロボットロマン?
…。
…俺は考えるのをやめた。
思考を目の前で立ち上がろうとするカイザーキャッスルに戻す。
立ち上がった、カイザーキャッスルは無言で腕を伸ばしグレートグランゾルデ目がけて火球を放ってきた。
そして俺はあえてそれを受けた。
グレートグランゾルデが爆炎に包まれ、周囲に爆発音が響く。
「ははは!やはり見掛け倒しか!このカイザーキャッスルの敵では…!」
当然、その程度の攻撃はグレートグランゾルデに通用するはずが無い。爆炎の中から無傷いや、煤すら付いていないグレートグランゾルデが現れるとカイザーキャッスルから怯えたような声が聞こえてきた。
「何故だ!何故平然と立っていられるのだ!」
あえて言おう。装甲が硬いからだ!
以前ルーリに、装甲に頼りきりなのは三流、スピードだけに頼りきりなのは二流、例え重装甲でも避けるのが一流の証と言った。
だが、俺が一流とは一言もいっていない!
そもそも俺は前世でロボットロマンを古参プレイヤーだったが、トッププレイヤーではない。
本当にスキルは三流が良い所で、設計図を大量に持っていたコレクタータイプのプレイヤーだったのだ。
こっちに来てクリシアさんのお陰で二流程度の技術を身につけたとは思っているが、前世のあの変態共には今でも勝てる気がしない。
まぁそれは置いといて。
「ん?何かしたか?ああ、さっきのあれ?攻撃だったの?いや~、大した事無くて気づかなかったわ~」
わざとらしく肩をすくめて見せる。
「攻撃というなら、せめてコレ位無いとな」
俺は、グレートグランゾルデのその場で腰を落とし、握った右拳をカイザーキャッスルへと向け言った。
「ブーストパンチ」
グレートグランゾルデの右腕からスラスターがせり出し、肘から先が噴煙を上げて発射された。発射されたパンチは一気に加速し、カイザーキャッスルへと襲い掛かる。
「防げー!」
ブーストパンチはカイザーキャッスルはとっさに上げた腕にめり込んだ。
「ぬおおおおおおおお!」
運よく防御する事は出来たがカイザーキャッスルがロケットパンチに押されて、地面を滑る。
ダツン!という何かが切れると共にカイザーキャッスルがバランスを崩すと、ロケットパンチがズレ、空へ飛んでいった。
カイザーキャッスルを見るとブーストパンチを受けた右腕に大きな亀裂が入り、そして力なくだらりとしていた。
何か動力系でもぶった切ったかな?腕一本もーらいっと。
俺が、そんな事を考えていると、カイザーキャッスルからクソ王の笑い声が聞こえてきた。
気でも狂ったか?
「ククク!それで勝ったつもりか!見るがいい!」
すると、だらんとしていたカイザーキャッスルの右腕が溶けた様になったら次の瞬間、固まった。そしてそこには無傷の右腕が存在していた。
「…自己再生、いや修復か」
「そう!そうだ!」
見れば、黒百合装備で傷つけた部分もいつの間にか修復されていた。
「貴様がどんなに攻撃しようとも、このカイザーキャッスルを倒す事はできん!それに貴様にはもう左腕しかあるまい!あの攻撃を出来たとしても後一回のみ!我が勝利は揺るがぬ!」
多分、あの体を構成している特殊合金が細胞の様に
「クカ!クカカカカッ!良い!良いね!すばらしい!だがね?俺達に危機感を持たせたかったら'自己進化''自己再生''自己増殖'の三大機能でも実装してこい!たかが自己修復程度、倒す手段などいくらでも有る」
HP回復(大)など、今の俺達にとっては殴り甲斐のあるサンドバックの様なものだ!
「何を言っている!?」
「それとな……」
そこでグレートグランゾルデの右腕を空に向かって上げる。すると空からどっかへ飛んでいったはずの右腕の前腕部が戻ってきた。
「右腕はちゃんとあるぞ」
ガシュンと、腕に接続された手を見せ付けるながら言った。
「!?フン!それでも貴様にカイザーキャッスルが負けることは無い!」
「なら試してみようか!」
俺はグレートグランゾルデをカイザーキャッスルの懐に入るべく、走らせた
飽きもせず、火球が飛んでくるがそんなのお構いなしだ。
「くっ近接格闘だ!行け」
ここに来て初めてカイザーキャッスルが構えた。
クカカなんだそれは?まるで腰が入って居ないじゃないか!
カイザーキャッスルが拳を振り上げる。突っ込んでくる俺を迎撃する気らしい。良いだろう乗ってやる!
こちらも拳を振り上げる。狙いはカイザーキャッスルの拳。
タイミングをあわせて……3・2・1・今!
グレートグランゾルデの右拳とカイザーキャッスルの右拳が激突する。
そしてカイザーキャッスルの拳は、グレートグランゾルデの拳の前に見事に拉げ、砕かれた。それだけに留まらない。グレートグランゾルデはもう一歩踏み込む。拳はさらに突き進み、カイザーキャッスルの腕を押し裂いていく。
それはまるで、ギャグ漫画で良くある暴発して裂けた大砲の様になった。同時に、カイザーキャッスルの方からくぐもった悲鳴の様な物が聞こえてきた。多分カイザーキャッスルのメインパイロットが腕を裂かれた痛みに耐え切れず叫んだのだろう。ご愁傷様だ。
腕を裂かれた衝撃にカイザーキャッスルが二歩ほど後ろに下がると、何とかまた構えなおした。
ほう、なかなかの根性だな…ん?微妙に動きが違う?サブパイロットがいて交代でもしたのか?
ロストテクノロジーの塊といって良い超巨大機兵だ。そんな機能があっても不思議じゃない。
「まだ!まだだ!左腕パンチだ!」
今度は左腕を振り上げるカイザーキャッスル。
付き合ってやろうじゃねぇか!
グレートグランゾルデにも同じ様に左腕を振り上げる。だが、ただのパンチじゃねぇ!左腕のブーストパンチ用スラスターを使い、すさまじい加速を加えた必殺パンチだ。
ブーストパンチ用スラスターから白煙を引きながら、渾身のパンチをお見舞いすると、カイザーキャッスルの左腕も右腕と同様に破壊した。ついでに蹴っ飛ばす。
「ぐぐぅ!だが無駄だ!」
仰向けに倒れていたカイザーキャッスルが上半身を持ち上げた。すると破損していた両腕が先ほどと同じ様に溶け、また形を作り直す。同時に周囲に飛び散っていたカイザーキャッスルのパーツが形を崩し水銀の様になると、すごい速度で、カイザーキャッスルへ流れた。
水銀もどきがカイザーキャッスルまでたどりつくとぬるりと融合した。
まるでT-10○0型だな。まぁ水銀の復帰速度は比べ物にはならないくらい早いが。
「どうだ!いくら貴様が攻撃しようともいくらでも回復する!カイザーキャッスルは不滅だ!」
「俺に勝てなきゃ意味の無い不滅だがな」
クカカ、相手の修復能力の確認も出来た事だしサンドバック開始と行こうか!
「何故…何故だ!何故勝てぬぅぅ!」
それから俺は何度も何度もカイザーキャッスルの腕をへし折り、足を潰し、頭を砕いた。そのたびにカイザーキャッスルは修復して立ち向かってくる。まるでクソ王の言うように無限の修復能力を持っているみたいだ。
いい加減面倒になってきた。
「獄魔砲ゲヘナゲートだ!獄魔砲ゲヘナゲートを準備しろ!」
その一言に、カイザーキャッスルの内部が騒がしくなった。漏れ聞こえてくるのは'おやめください!'とか'どうかお考え直しをっ!'仕舞いには'死んでしまいますっ!'なんて言葉すらあった。
そして最後には悲鳴が聞こえてきた。
「ええい!うるさい!ココで負ければ全て終いぞ!これは王命だ!余に逆らう者はこうなるぞ!」
ふむ、なんとなく向こうの状況が分かってきたぞ。
どうやらカイザーキャッスルの魔力は、中に乗っている兵士達の魔力を抜き出して使ってるらしい。
そして獄魔砲ゲヘナゲートには大量の魔力が必要、しかし、これまでの戦闘でカイザーキャッスルに乗っている兵士達の魔力が尽きかけており、無理に使おうとすると最悪死ぬと。
ブラック企業も真っ青な人材酷使。
…いや、奴らなら'信頼して仕事を任せたのに死ぬなんて酷い奴だ'とか'死ぬなら仕事を終えてから死ねよボケ'平気で言いそうだな。
前世の世界は剣と魔法のファンタジー世界より酷いか。
文句を言っている部下を粛清したのか、カイザーキャッスルが獄魔砲ゲヘナゲートの発射体勢に入る。
良いだろう。ビーム対決と行こうじゃないか!
「獄魔砲ゲヘナゲート発射準備!今度こそ死ねぇ!魔王!」
カイザーキャッスルの胸にある正面玄関が開け放たれる。中から禍々しい光が見えた。
『ゴウちゃん来るわよ!』
「良いだろう!その勝負受けて立つ!」
グレートグランゾルデの胸にある装甲が音を立てて開かれる。装甲の下から出てきたのは、砲口の大きさがカイザーキャッスルの持つ正面玄関と同じ位の大きさを持つビーム砲だ。
「ジェネレーター出力全開!チャージ開始!」
ヒィィン!と言う音と一緒に光の粒子が砲口に吸い込まれる様に集まる。音は次第に大きくなり、砲口からは放電現象が起きる。
コックピットに表示される、エネルギーチャージ状況を示す。
『50…60…70…80…90』
そして、チャージの様子をクリシアさんが読み上げる。
だが、カイザーキャッスルの方がチャージスピードが速かった様だ。
「獄魔砲ゲヘナゲート発射ぁああああ!」
ごん太ビームが再び発射され、目の前に迫る。その時丁度こちらのエネルギーチャージが終了した。
『99…100!撃てるわ!』
「グラン・ビィィィム!」
胸部のビーム砲から獄魔砲ゲヘナゲートを上回る太さのビームが放たれた。
グレートグランゾルデは腰を落とし、ビーム砲発射の反動に耐える。
両者が放ったビームがグレートグランゾルデの眼前でぶつかり合う。グランビームは目の前まで迫っていた獄魔砲ゲヘナゲートを押し返し始めた。
「っく!何をやっている!威力を上げぬか!」
じりじりと押し返されていく獄魔砲ゲヘナゲートの様子を見てクソ王が慌て始めた。
「無駄だ。既にカイザーキャッスルに勝ち目は無いっ!」
さらに獄魔砲ゲヘナゲートのビームが押し返され、グレートグランゾルデとカイザーキャッスルの中間点を越える。
「余が負けるだと!?ありえぬ!しかも黒髪だとありえぬ!ありえぬ!ありえぬ!認めぬ!認めぬぞ!こんな事ぉおおおおおおおおおおおお!誰か何とかせぬかぁああああああああああああああ!」
クソ王の叫びに俺は冷徹に返す。
「あり得る。認めろ。そして死ね!クソ王!」
「フザケルナァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そしてとうとう、グラン・ビームがカイザーキャッスルへと到達した。
ビームがカイザーキャッスルの巨躯を焼く。カイザーキャッスルの表面がぼこぼこ沸騰するように泡立つ。
自己修復しているのか、装甲が溶けては再構成し、また溶けるという現象が起きていたが、すぐに自己修復するスピードより破壊されるスピードの方が上回った。
機体の端からボロボロと崩れ始めるとそれからは一瞬だ。クソ王の叫びと一緒に一気にビームの中に飲まれた。
ビームの照射が終了すると、過熱した砲に冷却剤が送り込まれ大量の蒸気が噴出する。
そして、地響きと共に巨体の倒れる大きな音がした。
グランビームでカイザーキャッスルを完全消滅させる事が出来なかったのだ。
だが、倒れたカイザーキャッスルは酷い有様だった。防御に使ったであろう両腕は完全に消失、足も無事なのは左足だけ、その左足も使えるかどうかは微妙なところだ。胴体表面を覆っていた装甲はほぼすべて剥がされ、不気味なフレームが姿を現していた。乗員が乗っている胴体には、フレームがあったようだ。それに熱せられた機体に雨が当たり全体から蒸気が立ち上っている。
T-10○0型じゃ無くてXの方だったか…。
「ぐがっがは!黒髪が、黒髪ゴトキが!」
しかしすごいな。何がすごいってこの状態でも自己修復が機能してるって事だ。もちろん機能は落ちている。のろのろとしたものだ。けどそれがカイザーキャッスルの不気味さをより強調する結果になっていた。
「トドメだ。ギャラルブルー!Gグランブレードを射出しろ!」
「了解旦那様!座標確認完了!メインハッチ開けて!」
「はい!」
俺の指示に従いギャラルブルーの中央艦正面にあるハッチが開く。ハッチの中には全長がグレートグランゾルデとほぼ同じ長さの超巨大なバスターソード'Gグランブレード'が黒い鞘に収まった状態で鎮座していた。
「仰角上げて!方位修正右に0.2度」
「はい!仰角30!方位修正右に0.2度!」
レンビーの指示でゆっくりとハッチが開いたままギャラルブルーが斜め上を向く。
Gグランブレード、それは俺の今まで見てきた勇者ロボ達から得た有る一つの信念を体現する為に造られた剣。
それは'二の太刀要らずの一撃必殺'。
この攻撃を一太刀浴びれば、必ず倒す。それを体現する為に使い勝手を捨て、攻撃力、もとい頑丈さと重さのみを追求した必殺剣。
しかし、その結果この剣をグレートグランゾルデに標準装備する事が出来なくなってしまった。重すぎたのだ。だからギャラルブルーの格納庫に保管し、必要になればグレートグランゾルデに向けて射出する形を取ることになった。
「準備良し!Gグランブレード射出!」
「Gグランブレード射出します!」
格納庫の中から電磁カタパルトを使い、'Gグランブレード'が射出された。
Gグランブレードが放物線を描きながら飛び、ズガン!と小さなクレーターを造りながらグレートグランゾルデの前に突き刺さる。
俺はGグランブレードの超重量が両手にずっしりとその感じながら剣を鞘から引き抜く。
「うぉおおお!ジェネレーター出力全開!」
俺は若干ふらつきながらも信頼と伝統のサンライズ立ちを敢行する。
サンライズ立ちとは、幾多のロボ達にほぼ勝利を約束する伝説の立ち方だ。立ち方を詳しく説明するなら大きく足を広げ、半身で右足を前に出し、腰あたりで地面に水平に持った剣の先を敵に向けて構える事を言う。
「グラン!タイフーン!」
俺がそう叫ぶとGグランブレードの周りに風が渦巻き、瞬く間に竜巻となった。その竜巻が剣の先から伸びて行き、倒れているカイザーキャッスルを巻き込み空中へと浮かばせ拘束する。
「なんとぉおおおおお!」
そして剣を振り上げグレートグランゾルデのスラスターを全開にして空中に拘束されているカイザーキャッスルより高く飛ぶ。
「ハァアアアアアアアアアア!斬恨!復讐断!」
振り上げたGグランブレードを降下する勢いと供に振り下ろし、カイザーキャッスルを頭頂から一刀両断した。
「負けるなど!バカナァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
斬った勢いそのままに地面に激突するように着地。着地地点にクレーターが出来る。
カイザーキャッスルは、グレートグランゾルデの背後でに盛大に爆発した。
「オオオオオオオオオオオオ!」
俺は地面にGグランブレードを突き立て、雨に打たれながら勝ち鬨を上げた。
リランス王国が今、俺によって滅ぼされた。
第89話 後始末
『ゴウちゃん!雄叫び上げてないで終わったなら早くルーリちゃんを探しなさいっ!』
「オオオオオオオオオオオオ!っとそうだった。アリス!」
クリシアさんの一括で正気を取り戻した俺はレイプトヘイムへと通信を繋いだ。
「はい、旦那様。お呼びでしょうか?」
「ルーリは見つかったか?」
「申し訳ありません。いまだ発見するに至っておりません」
「そうか…。大体場所は分かっているのか?」
「はい、それは分かっているのですが現在、瓦礫が多く捜索が難航しております」
「わかった俺も手伝う。ビーコンの位置をこちらに送ってくれ」
俺は王都に戻るべく、グレートグランゾルデを瓦礫の王都へと向けた。
「それとレンビー!」
「は~い」
「Gグランソードの回収と後始末も頼む」
「了解しました~!」
「ゴウちゃん早く!」
「分かってる!」
クリシアさんに急かされ、頼れるメイドロボ達に後を任せると俺は急いで、ビーコンの発信地点に向かった。
改めて王都の様子を説明すると、城壁はボロボロで多くの崩れ、王都を守る防御の要だった頃の姿は見る影もなくなっていた。特に俺達が侵入したところは、ゲヘナゲートの影響もあってものすごく通りやすそうになっていた。
そしてその穴からは、えっちらおっちらとボロボロになった機兵で逃走を図る者達が遠くに見える。
王都内部も惨憺たる有様だ。'無事な建物が一つも無い'とはよく言う表現だが、今この場所を表現するには少々過分だった。だって'建物が一つも無い'のだから。
すべての建物はゲヘナゲートの余波で破壊されていた。地面に見えるのは爆風によってむき出しになった地面とバラバラになった機兵の残骸のみ。
ゲヘナゲートの爆心地となった場所には巨大なクレーターが出来ており、王都中に降った雨が流れ込んでいた。しばらくすればちょっとした池にでもなるだろう。
俺はレーダーを確認しつつ一歩一歩気をつけながら歩く。まったくビーコンさまさまだな。ビーコンが無ければ何にも無い場所を当ても無く探す事になっていた。
「このあたりだな」
ビーコンが示した場所は、何故かルーリが最後に通信してきた場所からそんなに離れていなかった。俺は周囲を捜索しているメイドロボ達に下がるように命じた。
何でルーリはこの場所に居たんだ?アレアグリスならもっとレイプトヘイムの近くにまで余裕で行ける筈なのに……。
とりあえずビーコンのそばに慎重に膝を付き周囲を観察する。
そこはゲヘナゲートで出来たクレーターのそばで、大量の土砂と瓦礫が降り積もっていた。
俺はレーダーの感度を最大にしてあたりを探る。
居た!場所はここで間違いない。けど大分土砂に埋もれているようだ。急いで助け出さないとな。
グレートグランゾルデの大きな手で撫でるようにそのあたりの土や瓦礫を掬い取り、別の場所に落とす。
丁寧に地面を掘っていると奇妙なものを見つけた。
『なにこれ?』
「BSだろ」
そこにはカプセルボディにモノアイ、それにフレキシブルパイプの手足がキュートなあいつらだ。
『そんなのは分かってるわよ。何でこんな状態なのかって事よ!』
そうBSを見つけたんだが…。見つけた状態が変だったのだ。何と言うかボロボロのBS達がスクラムを組んでいる状態で埋まっているのだ。
一体ナンなんだ?コレ?
隣り合ったBS同士ががっちりと腕を絡ませあい、一列になって倒れている。
まぁいい。取り合えずこの事は置いといて、ルーリを助け出さねば。
さらに掘り進めると今度は、BSのスクラムで出来たドームを見つけた。
ドームを構成しているBSを何体か外すと、中にしゃがんだ状態のアレアグリスが入っていた。
グレートグランゾルデの指先からワイヤーアームを伸ばしてアレアグリスに有線接続すると、操縦席にあるモニターの一つに元気そうなルーリの姿が映った。
「兄さん!クリシアさん!(ウァァン!)」
「ルーリ無事かっ!」
『ルーちゃん大丈夫!?』
「うん。私は大丈夫。兄さんの方は?(ウェェン!グズッ!ビーッ!)」
「おう、もちろん勝ったぜ。まぁグレートグランゾルデを出す羽目になったがな」
「そう」
「それよりも、その後ろで聞こえてくるのは何だ?」
ルーリと通信が繋がった時から背後から聞こえてくる、すさまじい泣き声の事だ。
「ん。レフリアーナが泣いてる」
…。良く見たらアレアグリスの足元に賢者機が転がっていた。
状況の読めない俺はとりあえずルーリに聞く事にした。
「どう言う事だ?」
「あの攻撃から逃げる時、なんとなく拾った。けどそのせいで逃げ遅れた」
「逃げ遅れたって…。なら捨てろよ!やばかったじゃないか!」
いかにアレアグリスの装甲が堅牢でも、乗っているルーリは生身の人間なのだ。あの熱の中じゃただじゃすまない可能性があった。
「BS達とルーキーズフレーム達が壁になってくれたから大丈夫だった」
「え?」
そうか、このスクラムを組んで壊れているBS達は、ルーリを守る為に壁になったのか…。けなげに俺の指示に忠実に従って…。
その答えに俺の涙腺が崩壊を開始する。
俺はそう言う'ロボの献身'に弱いんだ!悪いか!敵最新型ロボ3体を目の前にボロボロになった体から動力源抜き出して自爆したロボ見て泣きましたよ!ええ!
良し!絶対直してやるからな!待ってろよ!BS及びルーキーズフレーム達よ!すぐ基地から回収部隊の増援を呼ぶからな!もうちょっと待っててくれ!
俺はその決意を胸に秘め、ルーリに続きを促した。
「そこで一旦気を失ったんだけど、気が付いたら賢者機と一緒にBSのドームの中に居た。直ぐに連絡しようとしたけど通信機が壊れて連絡できなかった」
「そうか。でなんでレフリアーナは泣いてるんだ?お前に負けたからか?」
「レフリアーナがお父様がお父様がってうるさかったから。兄さんとそのお父様の会話を聞かせてあげた。そしたら泣いた」
……わぉ。この子以外に鬼畜。
確かあの時の会話でクソ王はひでぇ事言っていたからな。慕っていた子供としてはトラウマ級だろうな
『それでルーちゃん、その子どうするつもり?」
「何を?」
おいおい何をって。
俺は頭をかきながら言った。
「何をって、そのレフリアーナに決まってるじゃないか」
「…ほっとけば?」
何にも考えてな無かったんかい!この子は。
『ダメよ。ルーリちゃん。助けたのなら最後まで面倒見なさい。じゃ無きゃここで殺しなさい。それが救ったものの責任よ』
クリシアさんが、なんかすごい事言ってる。
「う~」
さすがに助けたのに殺すのは嫌なのか、ルーリも渋い顔をする。
「旦那様。お話中、申し訳ありません」
そこへアリスから通信が入る。俺達は会話を中断した。
「何だアリス?レイプトヘイムの応急修理が終わったのか?」
通信装置は復旧したのか、新たなウィンドウにアリスと所々こげている艦橋が映った。
「申し訳ありません。現在全力で作業中ですが、まだ終わる見込みすら立っていません」
「そうか。じゃあ用件は何だ?」
「ミレス様がいらっしゃいました」
さらにウィンドウが開くと、雨の中、走って行軍してくる機兵部隊が映っていた。その中にはグランジュも映っている。
「…そうか。グレン達はまぁ良くやったと言った所か。結構ギリギリだったがな」
何故ミレス達が、王都の決戦に居なかったか?
それは、俺がグレン達に命じて足止め工作をさせたからだ。グレン達もノリノリで協力してくれたよ。まぁやる事は以前のSクラス試験のグレードアップ版だったしね。
俺だって戦場に妹が居る状況で戦いたくは無い。当然人質にされる可能性だってあった。いや、戦場に出ていたら確実に人質にされていただろう。
まぁ魔王の妹なんだから当然だな。最悪兄妹対決なんて洒落にもならないし。
だから俺は、ミレスが戦場にこれない又は、これても間に合わない様にした訳だ。
「…じゃあ、今から挨拶にでも行くか。ついでにレフリアーナも任せるか。学院長のクソ爺も居る事だしな。嫌とは言わんだろ。アレアグリスは動くな?手に乗れ」
俺は、グレートグランゾルデの右手をアレアグリスに差し出す。
「分かった」
ルーリも慣れたもので、グレートグランゾルデの手のひらにアレアグリスを座らせる。
「お前も一緒に来てもらうぞ」
もう片方の手を、BSで出来たドームに突っ込み、だらりとしている賢者機をつかみ出す。
「グスッ」
レフリアーナは大分落ち着いてきたがまだ泣いているようだ。もしかしたら戦闘が終了して俺達が周りにいる事すら分かって居ないのかもしれない。
「しっかり捕まっていろよ」
俺は一言注意するとゆっくりとグレートグランゾルデを立ち上げさせた。
ルーリ達は、王都からちょっと離れた丘の上まで来ていた。
奇しくもそこは俺達が初めて王都の前景を見た場所。ただし、その場所から見える光景は、依然俺達が見たものとはまったく違うものになっている事だろう。
グレートグランゾルデが近づくと直ぐにミレス達は戦闘体勢に入った。とは言っても、こっちは全長100mを超える巨体だ。はっきり言ってミレス乗っているグランジュ以外全員が腰が引けている。それでも逃げないで踏みとどまっているのは、逃げても無駄だという事と、ミレスが平然としているからだろう。
俺は、先頭に立っているグランジュの手前で膝を付く。それでもグランジュの頭部は、機兵達よりはるかに高い位置にある。
外部スピーカーONにしてミレスに話しかける。
「三ヶ月ぶりだな。ミレス」
「そうね、お兄ちゃん。…やっぱり、やっちゃたんだ」
ミレスの声には、諦めの混じった声で言った。
「ああ。俺は有言実行する男…」
その時、歴戦の勇士を思わせる古いカルノフが俺の前に出てきた。
「何故じゃ!何故こんな事をしたんじゃ!」
誰だ。俺とミレスの会話に割って入ってくる馬鹿は。と言っても声から、誰が言っているか分かっているが。
俺の前に出てきたのはダーム学院長だ。
「何故か…。丁度良い、渡したいものがあるしな。ルーリ頼む」
「了解」
アレアグリスはグレートグランゾルデの手のひらから飛び降りた。
そして、俺は左手をアレアグリスの前に差し出した。ゆっくりと手を開いて、アレアグリスが賢者機を抱え易いようにする。
アレアグリスは賢者機を抱えると、ダーム学院長が乗っているカルノフへと差し出した。
「これは…?まさかっ!?」
ダーム学院長は慌てて受け取ると、カルノフに地面に膝を付かせ、操縦席から飛び出した。
操縦席から飛び出したダーム学院長は、賢者機の背後に回り、操縦席に続くハッチを四苦八苦しながら開けた。
「いやぁあああああああああ!」
その途端レフリアーナの叫び声が上がる。ダーム学院長が「この方は!私は、味方で御座います!姫!もう大丈夫で御座いますっ!」と声をかけても一向に落ち着かなかった。
最後はダーム学院長が「御免!」と言い、ボグッという音が聞こえたと思ったらレフリアーナの声が聞こえなくなった。
ダーム学院長が操縦席からレフリアーナを救出した時、彼女は気絶しており顔は髪の毛で見えなくなっていた。
「急いで天幕を用意しろ!貴様ら!姫様に一体何をした!」
ダーム学院長は後ろの方で待機していた兵士達に怒鳴ると、グレートグランゾルデを睨み付けた。
この状況で大した度胸だ。
「何をした?決まっている。敵として戦った」
「このご様子、ただ事では無いぞ!」
「クカカ。何かしたのは俺じゃないクソ王だ」
まぁルーリとも言うが。
「なぁダーム学院長。その姫さんの顔を良く見ろ。何か気づかないか?」
「…失礼します。姫」
ダーム学院長がレフリアーナの顔の掛かっていた髪の毛をやさしくどけると、息を呑んだ。その様子をいぶかしがったミレスもレフリアーナの顔を覗き込むと、アレアグリスを見てからグレートグランゾルデを見て言った。
「お兄ちゃん!どう言う事っ!」
「どうもこうも無い。見たとおりだ。コレが俺がこの国を滅ぼした理由だ。用は済んだ。戻るぞルーリ」
俺はそう言うとルーリに手に乗るように促す。
ルーリはそれに無言で答え、ひらりと右手のひらに座った。
最後に俺は、誰も聞かれない様に外部スピーカーOFFにしてグランジュに通信を行う。
「…ミレスも一緒に来るか?魔王の妹だと知られれば、生きづらいだろう」
そういう状況にした俺が言う事ではないのだろうが、言わずにはおれなかった。
グランジュが一回後方にいたミレス達の仲間達を見ると再び俺の方を見て言った。
「そんな事は出来ないよ。お兄ちゃん。皆私の仲間だもん」
ミレスは寂しそうに笑いながらそう言った。
「…そうか。それは残念だ。先に詫びておく。ミレスはこれから多くの人間の悪意に晒されるだろう。俺を恨め」
「アハハ!大丈夫私には仲間が居るし、最悪お兄ちゃんの威光に縋らせて貰うわ」
そんなに世の中、甘くない。そんな事は分かっているだろうに笑いながら言った。
「辛くなったら。いつでも連絡して来い。愚痴だろうと恨み辛みだろう聞くからな」
俺は通信を切った。
さて、もうここには用は無いな。グレートグランゾルデを立ち上がらせる。
そして、眼下にて隊列を組んでいるミレスの仲間達に宣言する。
「聞け!そして伝えろ!今日俺は復讐を'する者'から'される者'となった!俺に家族を俺に殺された者も居るだろう。故郷を破壊されたと怒る者も居るだろう!それは正しき怒りだ!復讐に来るが良い!お前達にはその権利がある!俺はロウーナン大森海の奥、世界の壁に居る!復讐者達よ!俺と同じ道を歩む者よ!来るが良い!全力を持って相対しよう!」
エピローグ 変わる世界
ミレス達との邂逅の後、俺達は本格的な後始末に入った。
ミレス達は、俺達が王都へ向けて去ってからしばらくすると来た道を戻っていった。
俺はまず最初に世界の壁にある基地から10隻、ロボと修理部品を満載したレイプトヘイム級戦艦を呼び寄せた。
この時俺は、わざとECM不可視モードを使わないで来るよう指示した。
それは俺の本拠地が世界の壁にある事を分かり易く教えてやる為だ。
そして呼び寄せたレイプトヘイム級戦艦に搭載されていたロボを投入して壊れたBSやルーキーズフレームを回収。
同時進行でレイプトヘイムの修理を開始した。
現場で修理可能なBSが発見された場合、即座に修理してレイプトヘイムの修理に回した。この場で修理できないロボ達も丁寧に梱包してレイプトヘイムに積み込む。
そのすべてが済むと、王都からレイプトヘイムに乗り、基地に帰還する。途中、ミレス達を足止めしてくれたグレン達を回収したのは言うまでも無い。
さぁ帰って祝勝会と行きますか!
たった一日で世界は変わった。
簡単な勝ち戦…の筈だった。
それがグラットン会議に参加していた各国の思っていた事だろう。しかし現実は違った。
連合軍の完全なる敗北。そして魔王は黒髪である。
最初その情報が使者によって伝えられた時、各国の首脳陣が何の冗談だと思った。しかし、それが事実だと分かると全員が青ざめた。
即座に自国が送り出した部隊の事を使者に聞こうにも要領を得ない。
各国首脳は即座に緊急グラットン会議を開催する旨をを打診、僅か一週間でグラットン会議に参加している国が集まった。
連合軍の被害状況は惨憺たる有様だった。
援軍として送り出した戦力の約9割がその戦いで失われた。
国によっては送った部隊が全滅の憂き目にあい、しかもその部隊を率いていたのが次代の王たる王太子だった国もあった。
参加者全員が、失われた戦力の補填と被害遺族への弔慰金をどうするか頭を悩ませ始めた時、そこに生き残った兵達から驚愕の事実が伝えられる。
魔王が宣戦布告したのは、リランス王国とルゼブル共和国のみ。
グラットン会議は一気に紛糾した。
援軍を出した各国は、少しでも被害を補おうとリランス王国とルゼブル共和国に飢えた狼の如く喰らい付く。
王が戦死したリランス王国はグラットン会議による共同統治、及び多額の賠償金を請求。会議に参加した既に何の影響力も無いリランス王国の代表はただ頷くしかない。
共同統治は王国民…いや元王国民にしては、むしろ喜ばしい事だった。
多くの貴族が魔法を使う事が出来なくなったリランス王国貴族では、王国を維持する事が出来なくなっていたのだ。
王都が壊滅した結果リランス王国各地にあった機兵ギルドが撤退。
騎士団も多数の機兵と人員を王都防衛戦に引き抜かれ、最低限しか街にいなかった。
騎士団員が減り、治安が怪しくなっていた所に王国の敗北。一気に治安が悪化した。
懸命な貴族は即座に当主の座を魔法の使える後身に譲り、私兵を使いなんとか領地を守ったが、出来たなかった貴族の私兵達が「無能者なんかに従ってられるか」と突如強盗と化し、貴族の屋敷から金目の物を全て奪い屋敷に火を放った。街の騎士団も数に勝る元私兵立ちに成す術も無く敗れ、守る者の居なくなった街は盗賊達にとって格好の獲物でしかなかった。
リランス王国は無秩序状態に陥っていたのだ。
それがたとえ長い間、重税に苦しむ事になろうとも。
ルゼブル共和国に対しては、さらに苛烈だった。賠償金は元より、戦力が低下した各国に補充用の最新型機兵の提供。空船技術の公開、さらには研究中の軍事技術の引渡しなど、取れるものは全て奪い取れと言わんばかりの所業だった。
もちろんルゼブル共和国側も反論した。そんなに取られては国土の防衛が出来ないと、しかし帰ってきた言葉は「知ったことか、自業自得だ」だった。
その答えを首脳陣がルゼブル共和国に持ち帰りると、今度は世論から大バッシングを喰らった。さすがに新聞により情報統制がしかれていた共和国でも、今回の大敗北と、グラットン会議に際して行った虚偽申告による会議自体への大ダメージを与えた事は隠し通すことは出来なかった。
主導した首相及び閣僚達は逮捕され、処刑された。首相の所属していた政党も一気に支持を失い、日和見な議員達が一気に抜け、瓦解した。
魔王からの攻撃に怯えつつ、軍備を増強したくても、予算は賠償金の支払いの為削られ、何とか新型機兵を作っても国外に持っていかれる。
国家としての信用を失い、国家間の取引をしようとしてもまともな国は取り合わず、取り合ったとしても足元を見た金額を請求される。
見る見る権勢を誇ったルゼブル共和国は最貧国へと堕ちる事が確定した。
この会議で軍事技術の研究が盛んに行われる事になる、一つの重要な決定がされた。
それは共同で出資して軍事技術を研究する都市を建設する事。
魔王という明確な脅威。それをまざまざと見せ付けられて、何もしない国は無い。
そこで共和国から奪った機兵と技術を下地に、世界中から集められた技術者が対魔王用の機兵や兵器を作ろうというのだ。
当然の成り行きと言った所だろうか。
会議が終盤に差し掛かった時、また新たな情報がもたらされた。
魔王の本拠地はロウーナン大森海の奥、世界の壁にある。そして、魔王はそこで待っていると。
魔王の本拠地については直ぐに確認が取れた。何故なら俺のレイプトヘイム級戦艦が世界の壁から現れ、そして帰っていくのを多くの国で確認されたからだ。
グラットン会議は最後に魔王に関する情報は全て最高機密する事と魔王に対する宣戦布告を撤回し、魔王に対して、交渉を要求する事を決定した。
ああそうそう。王宮を襲撃後のクソ親の末路も少しだけ分かった。
クソ親は、俺が王宮を襲撃して去った後に、王宮の地下牢獄に入れられたそうだ。その後、疎開する避難民と一緒に何処かへ移送されたようなのだが、どうやら盗賊にジョブチェンジした私兵達に襲われて、行方不明らしい。きっと生きていてももう碌な人生を送れないだろう。ざまぁ見ろだ。
俺の所属していた機兵ギルドも色々大変らしい。リランス王国王都防衛戦に参加した機兵乗りの多数が死亡するという惨事にみまわれた。まぁそれはグラットン会議に参加した国々と比べると微々たる物らしい。そもそも機兵ギルドの人間が配置されていたのは最外延部が多かった事と、戦況不利と見るや、命あっての物だねと、多くの機兵乗り達がためらわず逃げ延びたからだそうだ。
ただ、それでも魔王軍とその魔王操るグレートグランゾルデを見た衝撃で多数の機兵乗りが引退を決意したそうだ。
それで幾つもの兵団が解散する事になった。引退した機兵乗りの乗っていた機兵は、ギルドが仲介して戦力を大きく失った国に買い取られ、兵団付きの技術者も現場を知っている技術者として、多くの人間がグラットン会議で造られる研究都市へとスカウトされていったそうだ。
さらには大口の仕事も入ってきた。ルゼブル共和国の守護役だ。新たな機兵の補充が利かなくなった共和国は戦力を外部に依存する事を余儀なくされたのだ。その結果ルゼブル共和国と機兵ギルドの間では大口の契約が結ばれる事になったそうだ。
後、ミレスは元Sクラスのメンバーと兵団作って機兵乗りになったそうだ。王国が崩壊して、学院も閉鎖せざる終えなくなったんだって。それで行く場所も無いから作ったんだと。
そして何と、その兵団にはレフリアーナまで所属している様なのだ。当然名前は変えているようだが、やって行けるのかね?あのお姫様。
とりあえず、今は色々な経験を積む為に色々な依頼をこなしているそうだ。評判は上々らしい。まぁ貴髪が三人も居る兵団なんて世界中探してもミレスの所だけだろうだからな。
え?何でそんないろんな事を知っているのかって?
そりゃ、ローラさんから聞いたからさ。
えっ?何でローラさんと連絡取り合ってるんだよって?
ローラさん俺達の情報を売ったおかげで機兵ギルド内で大出世したんだって。その名も機兵ギルド魔王対策本部部長。その名の通り魔王に関する情報を集め、もし今後魔王が活動を再開した際に効果的な対処を行う。という部署だ。
そしてその役職の襲名挨拶として俺に連絡してきたわけだ。「今度何かするんでしたら連絡してください」って。
魔王自身に魔王の状況を聞くとは…。
それで交換条件として、世界情勢その他いろいろ教えて貰ったってわけだ。
ああ、それとドルフ達一家も元気だそうだ。今はローラさんの護衛兼機兵ギルド魔王対策本部付きの機兵乗りとして雇用しているらしい。
これは俺としても一安心だ。
俺達の近況も話しておこうか。
グレン達とルーリは今、クリシアさん式地獄の訓練を受けている。基本的に生身でロウーナン大森海に入り、ここいらの魔獣達とくんずほぐれつのキャッキャウフフ状態だ。もちろん俺の用意した。前世の世界の武器をたんまり持たせてあるし、クリシアさんも付いてるしまぁ大丈夫だろう。まぁ死ぬ様な目にはあるだろうが。
そう言えばミレス足止め作戦で何か吹っ切れたのかリミエッタが良く笑うようになった。今度そのあたりを聞いてみようかな。
俺は、世界の壁に造った基地にある自室のベットに寝転びながらロボットロマンの画面と睨めっこだ。
そこでふと思う。
きっとあのクソ女神は混乱する世界を見て笑っているだろうな…。
だが何時かその笑いを絶望に変えてやる。
例え何百何千何億何兆年かかってもな。
クソ女神、お前も俺の復讐対象だ。
まぁその前に、王都攻略で使った分のポイントを基地拡張がてら魔晶石掘って稼がないとな。
ポイント貯まったら次はどんなロボットを作ろうかな。
俺はそう思いながらロボットロマンの画面に手を伸ばした。
「アハハハハハ!」
真っ白な空間で一人の美女が笑う。
「さすが私、これで…。それにしてもあのクズ、使えるじゃない。黒髪に転生させて正解だったわ。やっぱ死に物狂いになって貰わないとなぁ1」
それは、ゴウをかの世界に転生させた女神だ。
「さぁてこれからクズはどうするのか。楽しみね。アハッ!アハハ!アーハッハッハッハッ!」
女神は一人、白い空間で笑っていた。
ロボットロマン in ファンタジー(修正版)(2)
あとがき
皆様、ここまでロボットロマンinファンタジーにお付き合いいただき誠に有難うございます。
以前にも書きましたがロボットロマンinファンタジー本編は一旦ここで閉めさせて頂きます。
ですがコレで完全な終わりという訳ではありません。
不定期で外伝的な物語を幾つか書く予定であります。
その時は、一応別タイトル扱いになりますのでご注意ください。
本編の続きもいずれ書きたいと思っていますので、気長にお待ちください。
また、新シリーズの構想もありますので暇な時にでもまた、プロフィールページを覗いて見てください。
長い間お付き合いいただき、本当にありがとう御座いました!