高校時代


 K高校対T高校の卓球部OBの試合に出場するため、僕は古元と二人で懐かしき母校・K高校へ久々に赴いた。
 試合は大変楽しかった。古元とのダブルスでは、古元のスマッシュが何本も決まり、僕もいつになくカットを厳しいコースに入れることが出来て、見事に快勝した。
 シングルスでは、三セット目に15対5と大幅にリードされてから、捨て身でスマッシュを打ってみるとこれが決まって、その後は何でもかんでも打ちまくり、気付くと17対21で勝利を収めていた。カットマンでいつも守備に徹している僕がスマッシュを打つ姿を見て、古元は何度も「雨が降る」と言っていた。僕は敢えてそれに反論はしない。
 試合が終わった頃、体育館の外では空が夕暮れ時らしく微妙に暗い色に変化していた。その後の宴会に参加する気が毛頭ない僕は、すぐに着替えて帰る仕度を整えた。往路は、宴会に参加予定の古元と待ち合わせたため電車を利用したが、復路も同ルートを辿るのは面白くないので、、
「歩いて帰ることにした」
 と言うと、古元に予想以上に呆れられてしまった。
「久々に試合した後やのに。疲れんぞ」
 という古元の忠告に耳を傾けることなく、部室を後にした。
 通用門へと続く並木を歩いていると、数年前のあらゆる日々の下校の時刻の風景と心境が甦る。ある瞬間はつい先日のことのように、またある瞬間は遠い昔のことのように思われ、それらを頭の中で順番に並べることは容易ではなかった。
 数学の補習でプリントの問題を解くのに悪戦苦闘の挙句全問正解した頃、周囲に既に生徒の姿はなく、先生に向かってのみ発した挨拶の声が少しばかり反響した暗い校舎を後にし、足早に門を出た秋の夕暮れ。
 進級判定会議の結果「仮進級」を言い渡され、肩を落とす母と並んで歩きながら、これからは勉強をしよう、勉強を少しでもすれば底辺から抜け出すことが可能となるのだ、と希望に満ち溢れていた春の午後。
 それから僕は一体どれ程努力をした?

 淀川通を東へ歩き、右折して十三大橋を渡り始める。愛おしき高校時代の通学路よ。そんなことを思いながら、すぐ傍の鉄橋を通過して行く阪急電車のマルーン色の車体を見送った。8000系の屋根の白い線が眩しく光を反射している。僕は、この電車のこんなに近くを、前ばかり見て自転車で疾走していたのだ。
 橋を渡り終えるのが惜しく思われた。僕はそうして、日常生活を営む淀川左岸へと戻ってしまったのであった。
 人通りの少ない道を歩いて行くと、思いがけず貨物の線路を関空特急はるかが通過しているのを目にすることが出来た。その線路の下を潜るまで急な下りとなっている道路と、線路沿いの道路との交差点では、一時停止しなければ危険だ。が、高校時代の僕は、危険を顧みず何度もそこを駆け抜けた。その時、何を思っていたのか。劣悪な学業成績は常に重く伸し掛かり、趣味に逃げながらも常に後ろめたさを感じ、それらの事柄が僕を時として命知らずにさせたのであろうか? 否、そんなことはなく、その瞬間の僕の頭の中は空白に近い状態で、唯、坂を下る時の急激な加速のしかたに酔っていただけなのだ。情けなし。と思い立ち止まった途端に、線路沿いの道から車が飛び出してきた。車こそ一旦停止してくれ、と文句を言いたくなった。
 地下鉄中津駅の入口のある交差点から先は、ほぼ一直線の道を辿ることになる。東海道本線の高架を潜るまで、人も車もそれなりに行き来してはいたが、その後は突然静まり返った。二百メートル程歩くと、出身小学校の改修された校舎が見えてくる。ふと僕は小学生の頃の自分の姿を思い出してみた。
 あの頃は、算数の計算問題も文章問題も得意で、その代わりに読書が嫌いであった。算数の授業中には時々先生の計算間違いを指摘することもあった。そんな僕は、将来は工業系の専門学校へ進んで技術を身に付けることになるであろう、と安易に予想していた。もしもその頃の僕に出会うことが可能であれば、目の前で笑ってやりたい。中学に入ると反比例のところで躓き、数学の成績は下降の一途を辿ることになる。それでも何故か高校受験では府立K高校に合格しはするが、その後の僕は、部活の卓球と、読書やサイクリング等の趣味にばかり情熱を注ぎ……しかし気が付けば私立O大学法学部の学生となっていた。反比例のところで躓かなければどうなっていたかとか、K高校に合格しなければどうなっていたかとか、部活と趣味に没頭しなければどうなっていたかとか、そういうことを考えてみるのは、ゲームのように面白いが、実益を伴いはしない。これから先、生きる年月を蓄積していくに従って、過去のうちの何が良くて何が悪かったのかを判別するのは難しくなる筈だ。それでも僕は懐旧の度に混乱することなく平然と生活をし続けるのだろうか、ゲームを楽しむかのように、無責任に。

 自宅の前を通過して、高校時代によく足を運んだ書店へと向かうことにした。時計を見て、高校の通用門を出てから四十五分も経過していると知り、溜息をつく。肩から提げた鞄が重さを増してきているように思われる程、疲れていた。高校の頃は部室やロッカーに何もかも置きっ放しで、空に近いリュックサックを背負い、軽快に自転車を漕いで帰宅していた。今は、部室もロッカーもない。
 商店街のその書店へ行き、その隣のゲームセンターにも同じくらいの頻度で通っていたことを思い出した。部活が終わってから、気が進まぬ様子の古元を無理矢理連れて来たこともあった。古元は僕のゲームの腕を称賛した。僕が高校時代に誰かに褒められたことと言えば、それ以外には持久走のタイムくらいであったろうか。だが、ゲームと持久走の時にだけ幸福であったのかというと、そうでもない。成績は無茶苦茶であっても、そんなことには関係なく、僕は毎日幸福であった。振り返ってみて初めて分かったのではない。昔から僕には輪郭の不明瞭な幸福が付きまとっているということを常に自覚しているからだ。それを忘れたのは、高校二年の学年末の進級判定会議の前夜だけだったと思う。朝になれば僕は何もかも諦観し、それまで後輩であった者達と同学年になっても彼らと仲良くなっていこう、と考えていたのだ。
 書店の棚には、僕が持っている本が何冊も並んでいた。僕の周囲では、これからも、高校時代に購入した多くの本とゲームソフトとCDと、そして卓球用品と自転車が、僕の高校時代が燦然と光り輝いていたことを語り続けてくれるに違いない。そんなことを考えながら、最近家で手に取らなくなった本を、ぱらぱらとめくってみるのであった。

高校時代

高校時代

設定:1994年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-07

Copyrighted
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