雪の日


 私立高校入試直前の実力テストの日、起きて外を見ると真っ白だった。
 弟は、足が濡れるとテストに集中出来ないからと言って、靴下を履いて更にビニール袋を履いて、と玄関でごちゃごちゃやっていたが、俺は何の対策もなしに家を出た。
 ……俺は雪をなめていた。靴と靴下はもちろん、ズボンの下の方にまで冷たい水が染み込んで、教室に着いた頃には足の感覚がほとんどなくなっていった。ストーブが点いていても、テストの間中ずっと凍えそうだった。
 昼、帰る頃になっても、運動場は一面雪に覆われていた。嬉しがりの奴らが雪合戦をして先生に怒鳴られている。阿呆な奴ら、と思いながら一階の廊下を歩いていたら、いきなり顔面に雪が当たった。投げた奴を、垂らした前髪の隙間から睨む。
「あ! ご、ごめん、なさ……い」
 駆け寄って来た奴は、俺の組章の色を確認して、敬語で謝った。俺は無言でその場を離れる。口を動かす気にもなれない。
 家に帰ると、玄関で靴も靴下も脱いで、すぐに二階へ上がってジャージに着替え、半纏を羽織って、コタツに制服のズボンを突っ込み、自分も入る。
 その時、机の下に、黒い何かがあるのが見えて、思い切り手を伸ばして取ってみた。それは、自分で録った音を音階に出来るキーボード。小学生の頃、クリスマスに弟と一緒にねだって買って貰った奴だ。一番初めに「阿呆か」と録音し、阿呆か(ド)、阿呆か(レ)、阿呆か(ミ)、と鍵盤を押して爆笑したことや、それに取り込む為に色んな音を一旦テープに録音したことを思い出す。
 ベッドの下の引き出しを開けて探してみると、そのテープがあったので、ラジカセで聴いてみることにした。
 家のインターホンに始まり、何かよく分からない音が幾つか続いた後、いきなり皿の割れる音がして、驚いてしまった。その次は、撃鉄を起こす音と、銃声。女の甲高い悲鳴。途中からはサスペンスドラマか何かから録ったのだった。
 雪で冷たい思いをしたのも忘れるくらい、それらを聴いて楽しんでいたのだが、もうそろそろテープが終わるという頃になって、ぶちっ、という音がしたかと思うと、突然、声変わり前の弟が叫んだ。
――尚矢の阿呆! お前なんか死ね!
 テープが終わる。その瞬間に、部屋の扉が開いた。弟が立っていた。
「お前、何やねんこれ! 死ねって何やねん! なんで俺が死ななあかんねん!」
 ……小学生の他愛ない言葉に本気で腹を立てるなんておかしい、と分かっていながら、俺は弟につかみ掛かっていた。
「ちょ、ちょっと待ってや、なあ」
 戸惑う弟を、床に引き摺り倒す。高校に滑ったら、お前のせいだ。

雪の日

雪の日

設定:1990年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-06

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