Misty_City

Prologue:永久機関都市ロンドン

Episode01:異形の住人

 「……っ!……固いねこれ」

 ふぅ、と溜息混じりで感想を言う。
 一言で言おう。調節弁が固すぎる。

「軟弱だなー、男の子?何、年上たるこの私……っ……がぁ……っ!……駄目でした」
「だよね。僕が今つけてる包帯だって摩擦力高いやつだし、体重移動の訓練もされてる。ナギサ姉は単純に力あるし……2人でやれば丁度良いんじゃない?」
「……人を筋肉馬鹿呼ばわりですか」
「エセ非力よりは好感は持てます」
「むぅ……じゃ、そっち持って?」
「ばっちこい」
「「……っ!!……無理だ」」

 駄目でした。2人がかりでもビクともしないとは、相当錆び付いたハンドルである。
 『手が痛い……』と呟きながら手を払い、何やら思案を始めるシェイ。真鍮ではないステンレス製の手すりに持たれかかり、左右に視線を巡らせること数回。ふと口を開く。

「まず、今まで得た情報を確認しよう」
「ばっちこい」
「OctAreaから出入りした人の最終記録が1967年7月13日。恐らく、その3ヶ月圏内で何かが起きた。90年近くも放置されたら、動かなくなるのも必然ではあるね」
「もうそこまで手が回ってるの!?早すぎるでしょう……!?」

 ここへ来てから街に入ってから4、5時間程しか経っていない。というか、オフィスに着いたのだって3時間半前だ。彼は目で見た情報を整理分析するのを得意とするが、ここまで凄いものとはナギサ自身、思ってもみなかった。

「オフィスに丁度、書きかけの原稿があったんだ。他のも探したけど、きっきの記録が一番新しかった」
「ほう、つまり片付けサボった訳ですか」
「Exact……(その通りde……)」
「捕獲」
「りぃあっ!?」

 そういって、ナギサはシェイの顔をアイアンクローで固定する。すかさず後頭部も同じ要領でホールドし、無慈悲にも左右に勢い良く振る。

「何が月月火水木金金だ!このー」
「ごーめーんーなーさーいー」

 10回位20cmシャトルシェイクしたところで、開放してあげる事にした。こうして軽くじゃれるのが恒例なのだ。

「ふぅ……次はないぞ。ボウズ」
「はい、わかってます……。とにかく、まずはここら一帯の動力を復活させようって言いたかった」
「蒸気はクリアとして、機関に差す循環油は?」
「何か大丈夫っぽい。パッと見、油落ちて無いし。まぁ、ここに滞在する時まで持てばいい訳だから」

 日本の最先端技術の先にいる人物がそんなこといっていいのか、とナギサは思った。しかし、シェイは稀にこういった思考を持つ事がある。そういうときは大抵、資材と人材が揃って無いか、自分がどうすればいいか判らない時である。無気力と言うより、何処か失敗を恐れた所を見せるのだ。彼と1日14時間以上共にいるナギサは勿論、その理由を知っている。彼が若干人間不信になり、人の目を見れなくなった理由も。

「……OctArea:Aブロックのコントロールルームまでは15分。あっちもきっと自動シャッター空かなくて困ったりすると思うし、先回り先回り。ね?」
「うん……」

 シェイの過去を思い出し、少し気分が沈んでいたナギサであったが、何とか笑みを浮かべる事は出来た。他人の目を見る事が殆ど無い彼が、ナギサの目を見たからだ。多分、思考を見透かされた。シェイには感覚的に感情を読み取る読心術を持っていたりする。もっとも、軽犯罪の率の高いこの文明で心理学は兵士、そして貴族の紳士としての喫みではあるが、彼は特に成績が良かった。同じ眼を持つクラウディアも、似たような診断がでたらしい。遺伝なのだろう。

「さぁ、行くよ。ナギサ・キサラギ衛生中尉相当官殿」
「判りましたシェイ・フォージ技術准将殿」

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時刻_PM3:00
場所_OctArea:A7-Front
団体_Team,Cloudia
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「さて、糞でかいゲートをどうするか、だな」
「ジェイソン大尉、子供の前で『糞でかい』なんて乱雑な言葉使いはやめて貰いたいな」
「ははっ、すみませんねフォージ将佐。クラウディアちゃん?兵士ってのは、こうも我雑になりやすいんだよ」

 そういって煙草の灰を落とす。銘柄は『Kiss_Me_Beby』。教育上良くない。彼はジェイソン・ブレトン。金髪のオールバックが似合う筋肉質の男だ。

「え……じゃ、お兄ちゃんもジェイソンさんみたいになってるの……?」

 心底、兄の生活を案ずるクラウディアを見て、大人全員でジェイソンを睨む。

「シェイ准将は、仕事を終えると机に突っ伏して居眠りしている事もあるが、俺たちに比べりゃ、あの子は礼儀正しいとは思うよ?まぁ、水の様な子ではあるがね」
「お兄ちゃんが……水?」
「シェイを"水"と表現した理由は何だい?」

 不思議な子ではあるが、"水"なんて言い方は初めて聞いた。彼の口振りからすると、悪い意味ではなさそうだが……。

「水は何にでも生まれ変わる。色んな姿を持っているじゃないか」
「うむ、確かにそうだな。状態変化だけでも氷、水、蒸気と3種類あるからな。間違ってない」
「水無き場所に文明在らずとも言うしな。それに、彼って役者じゃないか?」

 役者?シェイに役者としての教育はしてないはずだが……。

「社会的役割、所謂"ペルソナ"。シェイはそれの使い分けが上手いんだ」
「お兄ちゃん、人によって言葉使い分けてるもんね」
「ま、話は後にしようか。まずは7th-Areaに入った後に、難民手続きでもしなきゃ、あの2人が干からびちまう」

 向こうには2週間分の食料と水がある。干からびる事はまず無い。それに、シェイもナギサちゃんも料理が出来るから、それなりのご馳走が出来上がる事だろう。クラウディアが一番上手く作れるが、調理器具が無いのが残念だ。軍用携行食で何とかするしかあるまい。もっとも即日で済ましてしまえば、こちらのものなのだが。
 そう希望的観測をしつつ、この一行の小さな三つ星シェフを見る。
 様子が変だった。進行方向の逆を見つめ、小刻みに震えていた。

「……ぃ……ゃ……」
「……?何だい、何を怖がって……ッ!?」
「こ、わい……あれ……人……?」

 風と微かに稼働音がなり続けるゴーストタウン、Oct_Area。その名前の裏の意味を、僕は瞬時に理解した。『悪魔の街』。そう、市街地方面の100フィート程離れた場所に。あまりに恐ろしい、醜い生き物が、わかり易い程の殺気を纏わせ、群れでやって来たのだ。

「ありゃあ……何だ……?」
「お嬢ちゃん下がれ!!撃ち方用意!!」

 ジェイソンがクラウディアを後ろにやり、銃を構える。僕もそれに続いた。中将は、急いで退路を確認し、クラウディアを連れて走った。打ち合わせ通りだ。

「お父さん!!」
「クラウディア!!行きなさい!!」
「……!蒸気……熱いのが苦手……!」

 そう言いながら走り去っていった。蒸気?熱いのが苦手?とにかくこいつらを何とかしなければ……!

「来いよ化け物!!アメリカの底力を見せてやらぁ!!」
「エースなら15体……だな」
「へっ、楽勝じゃねーか」
「大口叩いて死なないでくれよ?じゃ」
『……掃討開始!!』

 発射された銃弾が空気を削りとると同時に、化け物も再度動き出す。『愛する息子が設計した武器で娘を守る』なんていうこの防衛戦は、何故だか負ける気がしなかった。

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時刻_2:45("遭遇"の15分前)
場所_Oct'Area:Control_Room-A
団体_Shey & Nagisa
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「見事な階差機関だね……」
「何処が見事か1mmも理解できません」

 見上げる程の大規模な演算装置を前に、微妙に困った顔をするシェイと、完全に困った顔をするナギサ。今からこれを動かさなければいけないのだ。人手が足りない今、2人はただ立ちすくむしかない訳である。

「単純に大きいからだよ。詳しくは知らない。……でも一筋縄ではいかないだろうね」
「英国の変態紳士め。小型化の美徳と単純化の効率性を知ってほしいよ」

 2人して『何これ難!!』『え?は?』と愚痴を溢しつつも着々と作業を続け、実に5分で終わらせた。

「直感像資質って凄いね。やっぱナギサは最高の助手だよ」
「何よ改まって……」

 人は目で見た物を、『丸い』『黄色い』といった風に覚えていく。直感像資質は見たままに、映像そのままを記憶出来る才能だ。これは脳が"印象的な出来事"として処理するため、忘却される事は少ない。その才能をナギサは生まれつき持っていた。シェイが理系の少年なら、ナギサは文学少女なのだ。

「本心だよ?……じゃ、スタンバイ」
「……OK」
「ん。よいしょっと」

 階差機関と真空菅のハイブリット演算装置が作動し、まるで生き物のように動き、考えているように錯覚する。10分程で異常な部分を検出し終え、64インチのブラウン菅のディスプレイに結果が表示される。

「これ……ブラウン菅ディスプレイ!」
「凄いな。現代日本やアメリカじゃ、上流家庭に普及したばかりだったのに。軍用でも32インチが僕の見た中では最大だったよ?」
「英国紳士は変態だ……」

 そう軽口を叩いていると、"UN-KNOW"の文字列と共に映像が流れ始める。最初は何事かと思った。
 父と、その旧友が、訳の分からない生物と交戦していたからだ。ナギサはたまらず小言を口にする。

「え……なに……これ……」

 シェイも同じことを言いたかった。すぐにでも剣を抜き、父の援護に回りたかった。だが、やらねばならない事がある。それが、被害を極力被害を出さない手でもあり、彼が一番注意を払って行っていた想定訓練(イメージトレーニング)でもあったからだ。

「ナギサ!!」
「はい!!」
「Oct'Area全区域の蒸気機関を動かして!出来る?!」
「了解!君は?!」

 シェイは迅速な動作でコード類を真空菅演算装置に接続し、キーボードをたぐり寄せた後、落ち着いた風に装いつつ言葉を発す。

「7th'Areaから1st'Areaまでに片っ端からSOSを送ります!!」

Chapter02:生存の糸口

【予告】
・90年前に起きた惨事の発覚
・『護る』という意味
・進化した6つの人種
・数少ない高貴なる人種『紫眼種』

 シェイが緊急連絡用の通信を送る直前の、"霧の要塞都市"の主要団体が集まる区域、3rd-Areaの中枢に位置する警視庁内での話だ。

 テレビジョン受信機のニュースをBGMに、黙々と資料の山を整理し続けるラテン系アメリカ人の女性がいた。最新のチタンフレームの眼鏡を掛け、同じくチタンの様に輝く銀色の髪を、腰まで伸ばしている。ボディラインは細めで、訓練の影響でしなやかな筋肉に包まれている他、腰と胸は豊満である。美しい女性だった。
 彼女は性別問わず一目置かれる存在だったが、そんな事をお構い無しにドーナツを頬張りながら話し掛けるイギリス男性が一人。

「おーい、ドーナツ買ってきたけど、食うか?」

 冷房が効きすぎている仕事場で、熱々のコーヒーを喫しながらのデスクワークは、割と良いものであると改めて実感した。低所得の市民には少し申し訳なく思えてくるが、その分働けばいい。そのためのカフェインと糖分だ。お茶汲みの新人婦警がコーヒーのお替わりを促してくれるので、軽く礼を言って受けとる。最近のお茶汲みはやたらと親切だ。豆は相変わらず安物ではあるが、コーヒーの淹れ方も上手になっている。指導した人物を誰なのだろうか、と考えつつも書類の山を淡々と処理し続ける。
 もうそろそろか。と感覚的に察したところで、『ハーイ!HAHAHA!』と上機嫌な部下が登場した。手にはドーナツ。小脇に抱えた複数の箱の中も、恐らくドーナツ。都市警察の対テロリスト重装備ユニットを"フルアーマー"と呼称するが、大量のドーナツを抱えた刑事は何て呼べば良いのか、"フルドーナツ"でいいだろう。
 
「おーい、ドーナツ買ってきたけど、食うか?」

 15m以上離れた所から言われても困る。軽く頷いて、『欲しい』という意思を伝えると、陽気な部下は隣に座り箱ごと手渡す。確か洋菓子チェーン店"リンクス・ドーナツ"の1箱は12個だった筈だ。……多いな。

「ありがとう。甘いものが欲しかったのよ」
「本当はいつでも欲しかったりするんだろ?」
「ラテン・アメリカ人は甘い物を好む傾向にあるわ。私も例外では無かっただけよ」
「甘党は全世界共通だと思うがな。まぁ、例外はあるとして」

 ケーキ生地のドーナツを頬張り、コーヒーで流し込む。そういえば、ランチはまだだった。確かアメリカ人の知り合いはドーナツを朝食替わりにしてたし、これで腹を満たすことにしよう。一口食べたら、急激に食欲が湧いてきたので2個目、3個目と次々と平らげていく。

「しっかし、ラスはよく食う割には痩せてるよな?」
「デスクワークは重労働よ?甘いものが欲しくなるくらいにね」

 一方の

Misty_City

※ちょっとした設定予告入ります。



 前書きでも書きましたが、"Oct-Area"とは、要塞の最も外周に当たる第8の地区です。シェイ君達は今ここです。第8地区とありますが、第9地区もエビも出てきません。上空に宇宙船もありません。
 因みに要塞に人類は住んでます。
 6th-Areaからですね。
 7th-Ateaは農産業区域なので、重要な場所でもありますが、なんといっても田舎です。
 さて、6th,7thと来て、何故Octなのか。それは簡単な話、"Oct"は旧称であり、棄てられた区域なので"8th"の名前は貰えなかった訳ですね。

 さて、場所の表記に使った"Oct'AreaのA7:Gete"とは、『Oct-Areaにある7th-Areaに続く通路Aにある門』って意味です。頑張って理解して下さいね。

 しかし、スチームパンクと言うか、世紀末ドタバタコメディみたいになってますが、ホラー要素もセットで予定済みです。安心してください。
 スチームパンクは、人の活気あってこそと考えているので、6th-Areaから描写、かな?直行でOct→6th入りますけどね!7th何も無い農業区域ですもの……w

Misty_City

18世紀から2世紀程続いている蒸気機関文明。 人類は石炭に変わるエネルギー開発の影響でDNA変化が起き、新人類が生まれていた。 これはその新人類発祥の地。英国の機関都市を訪れた日本帝国軍所属の少年の物語である。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-12


  1. Prologue:永久機関都市ロンドン
  2. Episode01:異形の住人
  3. Chapter02:生存の糸口