電車のあの人


 気になる人が居る。毎朝電車で一緒になる人。T駅で乗って来てK駅で降りるから、K高に通っているのだと思う。ギターケースを肩に掛けていることが多い。バンドをやっているのだろう。
 その人と大抵一緒に居る、友達らしき男、これが実にやかましい。満員電車でもべらべら喋りげらげら笑い、迷惑この上ない。それを例の人はほとんど聞くだけ。声が聞こえてこない。口が動いているのは見たことがあるので、友達が一方的にまくし立てているだけという訳でもなさそう。
 今朝もその人を見て、学校でもずっと考えていた。一度くらい、帰りに会っても良さそうなのに、と。
 帰り、N駅で一旦降りて買い物をしてから駅に戻ると、同じクラスの白井さんをホームで見付けた。白井さんも買い物をしたらしい。知ってたら一緒に行ったのにね、なんていう話から、いつの間にか電車で見掛ける例の人の話になっていった。その人は凄くかっこいいけど、一緒に居る友達が気に入らない、とか言っていると電車が入って来た。
 ドアが開き、足を踏み入れた私は、息を呑んだ。その人が座っている! 少し脚を広げて、その間にギターを立てて、上に両手を重ねて乗せている! なんか侍っぽい! 顔も和風で余計それっぽい! と、一人どきどきし……ている場合じゃない。白井さんに言おう! と思った瞬間に、白井さんは「あ」と言った。そして、その人の前へ歩み寄り、何か小声で話してから、私の方を向いた。
「彼氏やねん」
「……え、そうなんや……」
 何か視線を感じてふと見ると、例の友達の男が、私をじーっと見ていた。ので、目が合った。白井さんは、彼氏の隣に座った。その更に隣は、空いていない。仕方なく、友達の方の向かい側に腰を下ろす。
 白井さんの彼氏だと分かると、急に気持ちが冷めた。美男美女、お似合いお似合い。私なんて到底釣り合わない。そんなことをいつまでも考えているわけにもいかないので、鞄からライトノベルを取り出して、朝の続きを読み始めた。
 が……やっぱり見ている! 友達の方が、こっちを見ている! 何故? ……本の内容が頭に入らない。
 そんな時、M駅から一人の老人が乗って来た。立とうかどうしようか、と迷っていると、
「あ、どうぞ」
 と例の友達の男が席を譲った。思わず本から顔を上げて見てしまった。いいとこ見せようとしてる? なんて考えてしまう自分が嫌、と思った瞬間に、
「俺ちょっと寄るとこあるから、じゃ!」
 友達の方は発車ぎりぎりになって、私の横を通り過ぎて降りてしまった。私の後ろを、今、歩いている、そう思っても、振り返ることは出来なかった。
 ……明日の朝も、会えるだろうか。

電車のあの人

電車のあの人

設定:1991年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-03

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