旧作(2010完)本編TOKIの世界書一部外伝「流れ時…3.5」(時神編)

旧作(2010完)本編TOKIの世界書一部外伝「流れ時…3.5」(時神編)

3話目ジャパニーズ・ゴット・ウォーのその後。
外伝みたいな感じです。
次の話に進んでも特に影響はでません。

ビュー・オブ・デンティスト

ビュー・オブ・デンティスト


「お願いだ。一緒に探してくれ。」
「え?」
「アヤがいれば心強い。」
「……。」


歯科衛生士と言う職業を知っているだろうか。歯科医院で働く予防のプロフェッショナル達の事だ。時には歯科医を助け、時には医院をクリアな環境に持っていく。
衛生士の専門学校を出て国家資格を見事取った藤林(ふじばやし)かりんはさっそく働く場所を決めた。しかし、その歯科医院が自分に合わず、一年とたたない内にその歯科医院をやめてしまった。
このままではいけないという事でかりんは新たな歯科医院をタウンワークで探しだしたのだ。
名前はパールナイトデンタルクリニック。名前のセンスはよくわからないが整形外科など色々な医療関係が集まるビルの中にある歯科医院だ。
かりんは今年で二十一歳になった。身長は普通の女性と変わらないのだが顔が童顔なため、よく高校生に間違えられる。
ウエーブのかかった茶髪はつやつやで特に化粧はしていない。上は毛糸で編まれているピンクのポンチョ、下は茶色の短パン、黒のレギンスを履いている。十二月に入ったばっかりなので自分なりに暖かい恰好を模索してきた。
「ここだ。」
かりんは一つのビルの前で立ち止まった。松竹梅ヶ丘の駅からほぼ一分といった駅近ビルで札には沢山の医療機関の名前が書いてある。その中に書いてあった『2Fパールナイトデンタルクリニック』に目を向ける。
「二階か。」
かりんはビルの中に入り、病院の臭いがする廊下から階段を登り始めた。
……そういえば私、ここ来た事ないんだよね……。電話だけで面接通るなんてなんかおかしいかも……。
かりんは面接のためにこのビルを訪れていない。電話で院長らしき男の人が「じゃ、月曜日からねー。」と何も話していないのに勝手に決めたのだ。
……院長……どんな人なんだろう……。変な人かもしれない……。
その前に、職場に馴染めるかだよね……。うーん。
ぼうっと考えながらしばらくのんびり階段を登った。階段を登りきり、ふうとため息をついた後、かりんはちらっと腕時計を見た。
「うわっ!時間やばい!」
思った以上に時間をかけて登っていたらしい。
かりんは慌てて階段登ってすぐのパールナイトデンタルクリニックのドアをこじ開けて中に入って行った。
「うおわっ!」
待合室で掃除機をかけていたスタッフの方が驚いた顔をこちらに向けた。
「あ、あの!私、藤林です!今日からお世話になります!」
かりんは息を弾ませながら自己紹介をした。掃除機をかけていた黒髪短髪の童顔低身長の女の子が目をパチクリさせてかりんを見ていた。
「あ、あのさあ……。まだドア開いてないのにこじあけて入ってきたのか?」
「そ、そうですが……。」
「あのねぇ……スタッフ専用のドアが……向こうに……」
「え……。」
黒髪の女の子がやれやれとあきれた目を向けながら遠くにあるドアを指差す。
「ま、いいや。あっちがスタッフルームだからあっちで着替えて。」
黒髪の女の子は次に受付の横のカーテンのかかっている部分を指差した。
「あ、ありがとうございます。」
かりんは黒髪の女の子が指差した方目指して走り出した。
「ああ、それからうちは小烏丸(こがらすまる)っていうんだ。今日からよろしく!衛生士やってるぜ。」
「あ、よろしくお願いします!」
かりんは変な苗字だと思ったがそれには触れずにぺこりと頭を下げた。そのままカーテンを開けてスタッフルームの中に入る。
「な……なに……これ……。」
かりんは入った瞬間に言葉を失った。長机と椅子とロッカーは普通だ。だが、机や床にオモチャやお菓子が散乱している。完全に自分の私物でスタッフルームはごっちゃごちゃだ。
テレビの横に積まれている恐怖DVDは誰の物なのか……。
「あら、おはよう。新しく入られた方?」
かりんが絶句していた時、隣からきれいな女の人の声がした。かりんは咄嗟に声のした方を向く。
「あ、おはようございます。これからここで働きます、藤林です。」
かりんは丁寧にお辞儀をした後、話しかけてきた白衣の女性を観察する。
……きれいな人……
かりんが最初に思った感想はこれだった。その女性は長身で大人びた体型をしている。つまり、かりんとは違い、出ている所は出ているという事だ。つやのある黒い長髪と切れ長の瞳が気品の良さを出している。
「わたしは、月夜(つきよ)紅(くれない)。歯科医師をやっている。」
……すごい名前……きれいだけどなんだか漫画に出てきそう……歯科医師って言ってるけど院長じゃなさそうね……。
月夜先生はごちゃごちゃなスタッフルームの椅子に腰かけると優雅な手つきでティーセットを用意し、紅茶を飲み始めた。
「あ、あの……私のロッカーは……。」
「そこ。」
月夜先生はしなやかな指で一つのロッカーを指差す。かりんは指定されたロッカーを開けた。
なんだかよくわからないキャラクターのシールがいっぱい張られている中、かかっていた白衣をハンガーからはずす。かりんは白衣に袖を通した。
……なんか緊張してきた。再就職だけどやっていけるかなあ……
白衣を着ると気持ちも引き締まる。ドキドキと不安を抱えながらとりあえず近くにあった椅子に座った。月夜先生は紅茶を飲み終わったようで今は歯を磨いている。
「おはよう!」
「おっはよー☆」
また違う女の人の声がした。今回は二人だ。
「あら、おはよう。レーヴァンテインさんと干将(かんしょう)さん。」
月夜先生は丁寧にあいさつをした。二人の女性は先ほど会った黒髪短髪の小烏丸さんとたいして身長は変わらず、顔も童顔だ。一人は金色の短髪で毛先が少しはねている。もう一人は茶髪の長い髪をポニーテールにしていた。どうやら金髪の方がレーヴァンテインさんでもう一人の茶髪の人が干将さんらしい。ふたりとも凄い苗字だ。レーヴァンテインさんは外国の方なのだろうか……。
「あの、レーヴァンテインさんは海外の方ですか?」
かりんは恐る恐る金髪の女の子に話を振った。
「え?違うよー☆あたし達は三人でひっとりー☆」
「……?」
「ああ、そうねぇ。姉妹みたいなものでいいわ。」
隣にいた茶髪の女の子、干将さんがあからさまに困った顔をした。かりんは三人と聞いて月夜先生に目を向ける。
「違う。わたしは無関係。現在待合室で掃除機をかけている小烏丸さんの事。」
「小烏丸さん、レーヴァンテインさん、干将さんが姉妹という事ですか?」
「えー?姉妹?」
「姉妹でいいの。ええ、そうよ。」
レーヴァンテインさんはむくれているが干将さんははっきりと言い切った。
……なんかありそうだけどあんまり介入しない方がいいかな?
「ま、いいや☆あたしは衛生士やってるよー☆」
「私も衛生士よ。よろしくね。」
「……は、はい。」
レーヴァンテインさんと干将さんはかりんの手をとると微笑んだ。
「ああ、そうだわ。診療始まる前に恐怖の館レボリューション観ないと……。」
干将さんはハードディスクに子供には見せられないパッケージのDVDを入れると熱心に見始めた。テレビではナタを持った血みどろの男性と口が裂けた女がケラケラと笑っている。
かりんは思わず目を伏せた。
……朝から気分悪くなった……
先程からレーヴァンテインさんはクマのぬいぐるみで遊んでいる。
なんか……保育園みたいな環境になった。月夜先生だけがその雰囲気を丸無視して一人優雅に読書をしている。かりんの居場所は早くもなくなりそうだった。
しばらくオロオロと椅子に座っていたかりんにまたも声がかかった。
「あら、あなた、新人?」
「え?は、はい。」
かりんは声の聞こえた方を向いた。ミルクチョコレートのような髪をショートカットにしている高校生くらいの女の子がカーテンから顔を出していた。
「そう、私はアヤ。バイトで歯科助手やってるの。よろしくね。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
アヤと名乗った女の子はピンクのセーターに赤いカーディガンを羽織り、下はジーパンだった。
プライベートの時と仕事の時の服はまるっきり違うに違いない。彼女はもっとおしゃれだ。
……たぶん。
アヤさんは名前だけ名乗るとさっさと自分のロッカーから白衣を取り出し、着込みだした。
……やっぱり学生っぽいなあ……。今日平日だけど学校大丈夫なのかな?冬休みってまだ早いし……。
気にはなったが何も聞けなかった。
話そうとしても何を話したらいいかわからなかったのでかりんは黙って座っていた。
九時半になりスタッフが動き始めた。この歯科医院は十時からなので準備を三十分前から進めておくらしい。
かりんはメモとペンを片手に小烏丸さん達衛生士を追いかけていた。
「薬液はそことこことあそこに置いて、タービンのカラまわしをして……」
小烏丸さんは丁寧にかりんに説明した。かりんはとりあえずいっぱいメモをした。なんだかわからずバタバタしているうちに診療十分前になった。
「おはようー。諸君!」
いきなり男性の声が響いた。あの電話の声の主だとかりんはすぐにわかった。
慌てて声の聞こえた方を振り向いた。
すぐ後ろに長身の男性が立っていた。短く切りそろえた黒髪に眠そうな目、真っ白の白衣に下は黒いズボン、そしてどこで見つけてきたのかわからないカラフルな色の靴。
はっきり言って奇妙な格好だ。
「あ、あの……」
「ああ、君が新人か!俺はここの院長!よろしく!……おーい!五十分だぞー!ドア開けろー!十分前には開けとけー。」
院長はかりんに微笑みかけた後、奥でバタバタしているスタッフに声をかける。
「うるせぇな!わかってるよ。ああ、アヤ、ちょっと前開けて来てくれよ!」
小烏丸さんがアヤさんにドアを開けるように頼んだ。
「はーい。」
アヤさんが返事をし、院長の前を横切る。
「アヤちゃん、おはよう!今日も元気だなあ!」
「ええ。おはようございます。院長。」
テンションの高い院長を軽く流したアヤさんはさっさと前のドアを開けた。
「つれないね……。」
院長は少し残念そうだ。
「院長がいつも変わらないテンションですからこの医院のモチベーションが上がっているんですよ。」
アヤさんはさらりと院長をなぐさめた。院長の顔がまた輝く。
「ですが、あまり調子に乗らないでください。」
「……つれないね……。」
釘をさされた院長はまたしゅんと肩を落とした。
診療がはじまった。かりんは始め、院長のアシスタントから始める事になった。
「バキュームなんだけどね、そこだとちょっとやりにくいかな。」
院長は患者さんを治療しながらかりんにこっそり説明してくれる。
「あ。すいません……。」
かりんは手に持ったバキュームを患者さんの口から離す。
「どこに置くかわからない?」
「はい。すいません……。」
すると院長はかりんの手をとってバキュームを入れる位置を教えた。手を握られたままのかりんは顔を赤く染めた。
……男の人にこんなにがっつり手を握られた事なんてなかった……。大きくてあったかい手だなあ……。
「はっ!」
「ん?どうしたんだい?藤林君。」
「え?あ、なんでもないです。」
かりんはそんな事を思ってしまった自分を恥じた。
……何考えてんの……私。今は診療中なのに……。それにしても優しい院長なんだなあ。
一応かりんも一年は別の医院で働いていた。治療内容はほぼわかっている。ただ、まだ経験が浅く上手にできないだけだ。
治療が終わり、院長が患者さんに説明を始めた。
「できれば歯は抜きたくないんですよねぇ……。もうちょっと歯ブラシ頑張ってもらえますか?あ、よろしければ衛生士の方で歯磨きの仕方お教えしましょうか?藤林君、お願い。」
「は、はい!」
院長の説明で自分の出番が回ってくると思っていたかりんはすばやく指導用の歯ブラシを持ってきていた。
かりんがブラッシング指導に入った時、院長は電子カルテの入力に行ってしまった。
「右利きの人の場合、左上のほっぺた側が一番磨きにくいんです。普通にお口を開けて磨くとこのようにほっぺたがひっかかって奥に歯ブラシがいきません。」
かりんは患者さんに口を開けてもらい歯ブラシを入れた。
「このような場合、お口を軽く閉じるとほっぺたが伸びますので歯ブラシが奥まで入るんです。」
「へぇ……。」
中年男性の患者さんは歯ブラシを見ながら感心したようにうなずく。
「磨きにくい所から順々に磨いていくと磨き残しがなくなっていいと思いますよ。」
かりんは最後ににこりと微笑んだ。
もっと色々な指導法があるがいっぱい教えると患者さんもわかんなくなってしまうと思い、基本だけ教えた。
「おねぇさん、かわいいね。」
「え?」
中年男性はかりんに微笑む。かりんはいきなりの事であわあわと顔を真っ赤にして答えた。
「え、ええと。私、そんなお化粧もしてないしもっとかわいい方もいらっしゃいますし……その……。」
かりんが焦りながら言葉を発していると後ろから院長の声がした。
「ん?終わった?」
「え?院長……あ、はい。」
かりんは素早く院長と変わった。
……ああ、びっくりした……。でもちょっとうれしいな。
あ、でも今の院長に聞かれてたかな……。化粧まったくしてないとか……。
ああ……恥ずかしい。
「じゃあ、藤林君、終わって差し上げて。」
「は、はい!エプロンとりますねー。」
かりんは院長の指示通りエプロンをとって終わりにした。
「ありがとう。」
「お大事にしてください。」
患者さんは頭を下げると待合室の方へと歩いて行った。それと同時に誰かがこちらに向かい走ってきた。
「おーい。ちょっとちょっと藤林さん!」
慌てて走ってきたのは小烏丸さんだった。
「小烏丸さん?」
「あんた、ブラッシング指導の時、患者さんと顔近くねぇ?」
「え?」
「うち、キスすんのかと思った。あはは。」
「え?キ、キス!」
驚いているかりんに小烏丸さんは大爆笑をしている。
「もっと距離とったほうがいいぞ。あれじゃあ、患者さんドキドキしちゃうだろ。なあ?センセ。あんたもドキドキすんだろ?」
小烏丸さんは近くにいた院長に話をふる。
「ん?ま、まあ、若い女の子からそんな積極的にこられたらドキドキするねぇ。俺も治療中、前かがみになっちゃうことあるけどさ、相手が男の患者さんだとほら……ねぇ?男同士でなにすんだよ的なねぇ……?俺は体勢にはちょっと気を使っているかなあ。」
院長も若干笑いながら言葉を話す。
「それによ、センセ、衛生士が何か処置する時にさ、胸が患者さんの顔にあたる時があってよー。よく注意されんだ。患者さんにそんなサービスいらない!ってな。」
「風俗業になっちゃうからね。ほんと健全な病院なのに……。」
院長と小烏丸さんが楽しそうに話している中、かりんはぼうっと違う事を考えていた。
……胸か……もっと大きくないとダメなのかな……私って魅力ないからなあ……
「院長!」
かりんは院長を呼ぶ大きな声ではっと我に返った。
いつの間にか不機嫌そうな顔をしたアヤさんがカルテを一枚こちらにかざして立っていた。
「うわっ!アヤちゃん……。」
「十時半の患者さん来ました!RCTです!」
アヤさんはそれだけ言うとスタスタと歩いて行ってしまった。
「無駄口は昼休みにしろって事かな……。怖いね……。」
院長はふうとため息をついた後、
「藤林君、通して。」
とつぶやいた。
半日は何がなんだかよくわからないまま終了した。ものの場所と診療のペースにはなれなければならない。
午前の診療が終わり持参したお弁当を食べようと医局の椅子に座った時、遠くでアヤさんと小烏丸さんの声がきれぎれに聞こえてきた。聞いてはいけないとは思ったが自分の事を話しているのかとも思い気になったのでそっと声の聞こえるところまで歩いて行った。
「どうだ?アヤ、怪しいか?」
「そんなの私がわかるわけないじゃない。」
アヤさんは小烏丸さんの言葉に不機嫌に答えた。
「時間巻き戻して記憶とか覗けないか?」
「無理よ。神格が違いすぎるもの。あれは相当上の神よ。」
「そうかあ。」
なんの話をしているのかよくわからなかった。ゲームの話とかそういうのなんだろうか?
ここの歯科医院の人はゲームが好きな人がいるんだなとその時かりんは思っただけだった。
「今な、干将とレーヴァンが報告に行ってる。」
「そう。でも不思議よね。人間を……生身の人間を雇ったのよ?」
「ああ、藤林さんのこと?」
半ば聞き流していたかりんはドキッとしてまた耳を傾ける。
「うん。」
「まあ、その話はやめよう。藤林さん近くにいるからさ。」
小烏丸さん達は口をつぐむとかりんの方に歩いてきた。かりんは何も理解できないまま慌てて医局の椅子に座ってお弁当を食べるふりをした。
「藤林さん、おつかれさん。」
しばらくして小烏丸さんがにこりと笑いながら医局に入ってきた。
「ええ。大変なんですね。ここ。患者さん多くて……。」
「でもけっこうできてたぜ?さすが一年経験ありだ。」
「ありがとうございます。」
本当にそう思っているのかかりんは小烏丸さんの目をじっと見つめた。
「そんなに見つめんなよ。」
小烏丸さんはにひひと笑うとどこかで買ってきたのか市販のお弁当を広げてむしゃむしゃと食べ始めた。
「あら、ドクターはいないのねぇ。」
続いてアヤさんが医局に入ってきた。かりんと小烏丸さんを見つけたアヤさんは空いている椅子に腰かけると自作だと思われるサンドウィッチと切った果物を並べて食べ始める。
「ああ、月夜センセと院長はどっか飯を食べに行ったみたいだな。」
「そうなのね。」
小烏丸さんとアヤさんの話を聞いていたかりんの頭の中では二人は付き合っているのか?という疑問が駆け巡っていた。
……月夜先生と院長……たった二人しかいないドクターでお二人とも若い。お似合いといえばお似合いね……。
そう思うとなんだか苦しかった。
……初日なのになんでこんなに院長が気になるのかしら……私。
会ってまだ数時間しか経っていないのにかりんは院長に惹かれていた。
「ん?藤林さん?どうしたんだ?」
「え?ああ……ええと。」
職場に馴染まなければならないと考えたかりんは思った事を会話のネタにすることに決めた。
「月夜先生と院長って付き合っているんですか?」
「はあ?」
かりんの質問に小烏丸さんは半分笑っている不思議な顔でかりんを見つめた。
「え?いえ……別にどうってことはないんですけど。」
「アヤ、どうなんだ?」
「私に振らないでちょうだい。どうなのかしらねぇ。ドクター同士で何か話したいことでもあるでしょうからからしょっちゅういるだけで付き合っていないんじゃない?」
アヤさんはサンドウィッチを口に運びながらあまり興味なさそうにつぶやいた。
「そうなんですかね……。」
かりんはごはんをもぐもぐ咀嚼しながらそれとない返答を返した。
「なによ?あなた、院長に一目惚れでもしたの?」
「いえ、そういうわけではなくただ気になったというか……。」
「ふーん。」
アヤさんはかりんを楽しそうに見つめる。その視線に耐えられずかりんは下を向いた。
「あ、あの……アヤさんはずいぶん大人っぽいですけど学生さんなんですか?」
かりんは素早く話題変換を行う。
「え?私?んー……そうねえ。まあ、学生よ。」
あまり踏み込んでほしくないのかアヤさんは言葉を濁した。
そんな会話をしていると干将さんとレーヴァンテインさんが帰ってきた。
「うーさぶっ……。」
干将さんが何やらすっぱそうな顔つきで医局へ入ってきた。
「なんかね、お外雪が降っているの!」
「雪?どうりで寒いわけね。」
楽しそうなレーヴァンテインさんを横目にアヤがため息をついた。ここはクリニックフロアなので近くに窓はなく、あったとしてもブラインドが閉まっているため外の状態はわからない。
「お!雪か!雪合戦でもやるか?帰りに。」
「やめなさい。風邪ひいたらどうすんの。」
小烏丸さんの言葉には干将さんが怖い顔をして答えた。二人来ただけなのに医局は急に華やかになった。
「チョコ買ってきたー☆」
レーヴァンテインさんは小粒のチョコレートを取り出し皆に配りはじめた。
「お!気が利くな!」
「ありがと。」
「まったく歯を守る私達がチョコを食べるなんてねぇ。」
喜んでいる小烏丸さんとアヤさんに干将さんは冷ややかな目を向けたが自分もうまそうに口に入れていた。
「んで、はい。藤林ちゃんにもあっげるー☆」
「あ、ありがとうございます。」
レーヴァンテインさんはきょとんとしているかりんの手に数個小型のチョコを乗っけた。
「じゃあ、私はちょっと。」
しばらくして干将さんがいそいそとテレビの前に移動しはじめた。テレビではドロドロな昼ドラがやっている。
「またあれか。昼ドラと恐怖DVDに目がない女め……。ところであんたらは飯食ってきたのかよ。」
「食べてきたよ☆」
レーヴァンテインさんがクマのぬいぐるみをギューギューと抱きしめながら答える。
「補足でいうと近くにあるうどん屋さんに行ってきたの。なんかあったかいもの食べたくなっちゃってねぇ。」
干将さんがテレビから目を離さずにつぶやく。
「ああ、あの近くにあるうどん屋さんね。おいしそうよね。」
アヤは歯磨きをしながら会話に参加する。
……皆仲がいいんだなあ……。
それを見てかりんはほほえましく思った。

二話

昼休憩は一時半から三時までだ。三時五分前になるとスタッフは動き出す。かりんもできるところから午後の準備をした。
「あー。藤林君。」
いつの間にか帰ってきていた院長がかりんに声をかけた。
「はい?」
「午後から月夜先生について。」
「あ……はい。」
かりんは仕事上断る事はできなかったが院長ではなくなる事に少し残念な気持ちだった。
「あれ?なんか緊張してるの?」
「え?」
声の微妙なトーンで残念さが出てしまっていたらしいが院長はそれを緊張ととらえたらしい。
「大丈夫だよ。月夜先生はきっついけどきっついだけだから。」
院長は微笑みながら答えた。しかしかりんは余計な不安を抱いてしまった。
……きっついけどきっついって何……?
かりんは不安げなまま月夜先生の患者さんを席に通した。主訴を聞き、月夜先生に報告。
月夜先生は無言でうなずくと患者さんに優しく話しかけ治療に入った。
カリエス……虫歯を削る治療になった。かりんはすかさずバキュームを装備して口腔内に入れる。
……が、
「邪魔。」
「あ、すいません……。」
かりんの持っているバキュームは歯を切削する器具タービンで押しのけられてしまった。
これは単純にバキュームが下手だと言っている。位置を模索してもう一度口腔内にバキュームを入れた。今度は何にも言われなかった。
……大丈夫なのかな?それともあきれられたのかな……。
月夜先生からはカリスマの雰囲気が伝わってくる。かりんは完全に委縮していた。
そしてかりんとは違い、仕事がパッパと終わっていく。虫歯治療のアシスタントも何度もやって慣れているはずなのにペースについていけなかった。
「次、通して。」
「は、はい……。」
月夜先生は鋭い目でかりんを一瞥すると医局へと歩いて行ってしまった。
かりんは少し落ち込みながら次の患者さんのカルテを眺めた。
名前は鶴亀 鶴(つるかめ つる)さんという不思議な名前の方だった。
……なんか縁起がいいなあ……
そう思いながらかりんは待合室へと向かった。
「えーと……鶴亀様、鶴亀 鶴様―!」
「おおっとはいはい。」
かりんの呼びかけに待合室で座っていた一人の男性がひょいっと立ち上がった。
かりんは彼を見た瞬間に動揺した。彼は白色の袴を着ていて髪の毛も毛先は黒いが残りは真っ白だ。そして赤い毛皮のようなものを羽織っていた。
変な格好だが顔は引き込まれる美しさがあった。秀麗な顔つきというのはこういう顔なのだろう。
……格好も縁起がいいなあ……
そんな事を思っていたら鶴さんがきょろきょろと中の様子をうかがいはじめていたのでかりんは彼を診療室へ入れた。
「こちらのお席ですねー。」
かりんは月夜先生の持ちユニットを指差し患者さんをお通しする。鶴さんは素直に座った。
「エプロンしますね。」
「あんた、人間だろ?な?」
「え?」
鶴さんのいきなりの発言でエプロンをしようとしたかりんの手が止まった。
「だから人間だろっつーてんの。なんでここにおるの?」
鶴さんはにやっと笑いながらかりんを見つめる。かりんはからかわれているのかと思ったがどことなく彼は本気で言っているようにも聞こえた。
なんて答えたらいいか考えている最中に月夜先生がやってきた。
「鶴。何しにきた。わたしはこういう形で話すのは嫌いだと言ったが?」
「いんや、ちゃんと人間の姿で来たっちゅーの。」
「そういう問題ではない。」
月夜先生は何やら怒っているが鶴さんの方はおどけたように笑っているだけだ。
「それよか、彼女人間だろ?なんでここにおるの?」
「……。」
鶴さんはにこやかに笑いながらかりんを見つめる。月夜先生は何も言わなかったが顔に少し動揺がみられたような気がした。
「鶴、要件を言ったらすぐ消えろ。それがそなたの為だ。」
月夜先生は鋭いまなざしで鶴さんを睨みつけた。
「ぎゃっ!おお……こわっ……。くわばらくわばら……。」
鶴さんは月夜先生の眼力で完全に委縮したようだ。
……月夜先生がものすごく怖い……。鶴さんとは知り合いなのかな?
二人から少し離れて話を聞いているかりんは不安な顔をして二人を見守っていた。
「そなたは受付に時神がいたのをどうやってかわしてきた?」
「ああ、アヤちゃんの事かい?彼女、神と人間の区別はつくけど人間と鶴の区別はつかんらしいから簡単に入れたよい。」
「……そう。危ない事をする。」
「だがけっこう警戒されておるみたいね。今もこちらをちょろちょろと覗いてうっとおしいくらいの視線を感じるわ。」
二人は声を低くして話す。
「で、要件は?」
「ああ、高天原が本格的に探してきてる。やばいんなあ。という事で。」
「それだけか?」
「うん。」
鶴さんが月夜先生の問いに素直に頷いた。
「じゃあ、話は終わりだ。とりあえず治療した歯が痛みだして痛くてたまらないから痛み止めをもらいに来た事にしろ。」
「設定が長いんよー。」
「いいな。ロキソを六錠出しておく。痛そうにして帰れ。」
「そんな無茶苦茶な……。もうちょっと話して帰りたいんだけどな。」
「いいから。」
鶴さんはがっくりと首をたれながら痛ててと頬を押さえながら待合室へと去って行った。
「あ、あの……」
鶴さんが去って行ってしまった後、かりんが恐る恐る月夜先生に話しかけた。
「何?」
「い、いえ……なにも……。」
「今の事はスタッフに話さない事。」
「は、はい……。」
月夜先生の眼力にかりんは下を向いて頷くことしかできなかった。

そこからまた忙しくなりかりんは一人あたふたしていた。あっという間に時間が過ぎ、七時過ぎた。患者さんはもうおらず医院は後片づけで忙しかった。
「ねえ、ねぇ。」
覚える事に必死のかりんにレーヴァンテインさんが話しかけてきた。
「な、なんですか?」
「さっき、変な患者さんきたでしょ?あれだーれ?」
「え?」
「月夜先生と何話してたの?」
変な患者さんとはあの鶴さんしか思い当たらなかったが口止めをされているのでかりんは黙っていた。
「ねぇ?どうしたの?」
「あのですね。私もよくお話を聞いていなくてですね……。歯が痛くて痛み止め出してお返ししたみたいですよ?」
「ふーん。他は聞いてないの?」
「ごめんなさい。聞いてません。」
レーヴァンテインさんがかりんの顔を覗き込んでくる。
「ほんと?」
「ええ。」
「そっかあ。あ、そこのコンセントは抜かないよ☆」
レーヴァンテインさんは超音波洗浄機などがありたこ足回線になっているコンセントを指差す。
「あ、ごめんなさい。」
かりんはそのコンセントを抜いてしまっていた。慌てて差しなおす。
「よし!終わり終わり!」
遠くで小烏丸さんの声がする。小烏丸さんの声は大きいのでよく響く。
「レー、明日技工出しておいてね。」
「はーい☆」
干将さんがレーヴァンテインさんに形取りをした後、石膏を流した石膏模型を差し出す。
模型は指示書とともに入れ、技工所に出す。技工所で補綴物、銀歯などをつくってもらうのだ。
「終礼はじめていいわよね?」
アヤさんが一同に確認をとる。
「いいでーす☆」
レーヴァンテインさんが元気よく返事をし、干将さんがあくびをする。小烏丸さんはイエ―イ!と喜びを露わにしている。
アヤさんが医局へ向かい、院長と月夜先生に片付けが終わった事を伝えに行った。
「終わった?はいはい。じゃあ、終礼始めるよ。……今日なんかあった?」
院長が頭をかきながら医局から出てきた。月夜先生は腕を組んだまま壁に背中を預けている。
「別になんもなかったよ☆」
「そうねぇ……受付は問題ないわ。」
レーヴァンテインさんとアヤさんが大きく頷く。
「まあ、今日は何もなかったな!」
「なかったわね。」
小烏丸さんと干将さんも特に何も言わなかった。
「じゃあ、終わり。おつかれさん。」
「ほーい。」
院長の掛け声でスタッフは慌ただしく解散した。かりんは素早く院長のもとへと歩いて行った。
「ん?藤林君?どうしたんだい?」
「あの……今日、どうでしたか?なんか私変な事やったりとか……」
「大丈夫、大丈夫。君はよく頑張ってたよ。明日は俺についてもらうからね。」
「はい。」
院長の笑顔でかりんも自然と笑顔になった。院長は頷くとかりんに背を向けて歩き出した。
かりんはなんだかドキドキする胸を押さえながら院長の後を追い医局へと入った。
……まだ初日なのになんだかこの人から目をそらせない……。何をしていても魅力的に見えるのは院長の持ち味なんだと思う。
かりんはふふっと笑った。
医局では皆が着替えていた。もちろん、唯一の男である院長は外に締め出される形となる。
「おつかれさまー。」
と早々に着替えたレーヴァンテインさん、小烏丸さん、干将さんはさっさと帰って行ってしまった。かりんはあまりの速さに目を奪われていた。
「ああ、彼女達は色々とやる事があるみたいなの。今日は私も早く帰るわね。また明日。」
アヤさんはかりんに笑いかけた。アヤさんももう着替え終わっている。
「え?ああ、はい!お疲れ様です!」
かりんはのんびりしすぎてまだ着替えてもなかった。アヤさんが私物のバックを持ち上げた時、携帯電話が鳴った。アヤさんは携帯をとる。
「何?」
アヤさんはかりんに見せた笑顔とは裏腹少し機嫌悪そうに電話に出ていた。
「今終わったとこよ。え?なに?ごはん恵んでくれ?自分でやりなさいよ。私はあなたの召使いじゃないの!わかったわよ。今行くから待ってなさい。ミノ、あなた何食べたいの?……」
アヤさんは歩きながら電話に出ている。声は遠ざかって行き最終的には何も聞こえなくなった。
彼氏かなあ……
かりんはそんな事を思いながら着替えはじめる。実際自分は他の女の子よりも男性と会話していないと思っている。好きになる事はあるが結局は何もできずそのまま話せずに終わるパターンがほとんどだ。人を好きになる事は悪い事ではないと思うが自分はどうせ何もできないとはじめからあきらめてしまう癖のようなものがある。
……男の人と何を話したらいいかわからないんだもの……。
男性経験があまりにもないためか少し優しくされるときゅんとする事もしばしばだ。
のんびり着替えてさあ帰ろうと思った時、診療室から月夜先生と院長の声がした。
……何か話している?
かりんはいけないと思いながらも診療室の方へそっと耳を傾けた。二人が付き合っているのかどうしても知りたかった。
……私、何してるんだろう……。こんな事しているのを誰かに見られたら絶対に気持ち悪がられる……。
そう思っていても話の内容が気になってしかたなかった。
今夜一緒にご飯行こうとか一緒に帰ろうとかそういう話をしているのかもしれない。
「あの子、人間だ。どうして雇った?」
はじめに月夜先生の声がした。その後に院長がしゃべり出す。
「人間をそばに置いてみたくなっただけさ。別に深い意味はないよ。」
「そなたも変わろうとしているんだな。」
「まあね。それより今日鶴が来たらしいけど。」
「鶴は信用できない。彼はすべての神の使いだ。わたし達の味方ではない。」
「まあ、そうだけど。」
「高天原が動き出しているとのこと。人間の歴史を守る神、歴史神がおかしくなったことが原因らしい。」
「そうかい。ついにバレちゃったか。」
二人はこんな会話をしていた。かりんには何のことかさっぱりわからなかった。だが、今日来た変な患者さん、鶴さんの事についてである事はわかった。
この時はまだ気がついていなかったがすでにかりんは非現実な世界に足を踏み入れていた。
これ以上はなんだか聞いてはいけない気がしてかりんは潔く帰る事にした。

三話

「間違いない……。」
アヤは唸った。
だけど証拠がない。証拠がなければ何もできない。
おまけに人間まで雇い、さらにこちらが動きにくくなった。
もし今ある人間の世界を壊してしまうようなことがあれば、藤林かりんは精神を侵されてしまうかもしれない。平穏、いつもどおりを人は望む。少なくとも仕事上では。
アヤは昼間レーヴァンテイン達が行ったといううどん屋の前にいた。
……だからこういうまどろっこしい言い方になるのよね。ただの待ち合わせなのに。
アヤはそんな事を思いながらふと上を見上げる。相変わらず雪が降っている。アヤは寒かったので首にマフラーをまいた。
駅前にあるうどん屋には人がひっきりなしに入って行く。そんなにおいしいのだろうか。
ぼうっとうどん屋の壁によりかかっていると遠くの方でだるそうに歩く男が映った。
……きたわね。
男は邪馬台国の男性みたいな髪型をしており、水干袴を着ている。無精ひげが生えており、あまり若くは見えない。だるそうな目をしているがその瞳の奥にはなにか油断ならないものがある。
「いやー、寒いねぇ。アヤちゃん。」
「寒いわね。」
「あれ?なんか怒ってる?」
「怒ってないわ。高天原西を統括する通称西の剣王、武甕槌神(たけみかづち)が現れるというから緊張しているだけよ。」
「そのわりには敬語を使わないよねぇ。」
武甕槌神(たけみかづち)、剣王はやれやれと首をふる。
「どうせ私はあなたに勝てないんだからこれくらいいいじゃない。」
「別にそれがしは怒らないけどねぇ。」
剣王は笑いながらアヤを眺める。
「で、本題に入るけど、私は彼らの時間をさかのぼる事はできないわ。彼らは私よりも遥かに神格が上だもの。それに何一つ証拠がないの。」
「そうだねぇ……。」
剣王は歩き去って行く人々を眺めながら答える。残念ながら剣王と目が合う人はいない。
奇妙な恰好という理由で目を合わせないという事ではなくてただ単純に見えていないのだ。
「神様って色々大変よね……。」
「神のひよっこが何言ってんだい。」
アヤの言葉に剣王は笑った。
「とにかく、いくら時神と言っても私は人間の時間を管理するのが職。神の時間まで管理できないわ。」
「大丈夫。大丈夫。それがしの配下の彼女達が頑張ってくれるさ。アヤちゃんは隙ができた時に斬り込んでくれればいい。後、彼女達はけっこう怠け癖がある。怠けてたらチョップでもしといてくれね。」
「軽いわね……。いまんところレーヴァンテインも干将も小烏丸も真面目よ。」
「それならよかった。とりあえず高天原東を統括する通称東のワイズ、思兼神(おもいかねのかみ)よりは先に決着をつけたいねぇ。」
剣王は落ちてくる雪を見つめる。
「あなたの配下、歴史の神、流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)が職務を半分放棄した事に対しての責任をとりたいのかしら。」
「……そんなところだねぇ……。」
「で、あの歯科医院にいる月夜紅と院長は東のワイズの配下。複雑よね。東のワイズの方もこの件をはやく処理したいみたいだし。」
「ほんと、今高天原はぐっちゃぐちゃだ。人間の子がいるんだろ?あの医院には。」
「そうね……。院長が雇ったみたいだわ。」
「だったらすべての人間の縁を守る神、高天原北を統括する通称北の冷林(れいりん)、縁神(えにしのかみ)も余計な事をしてくるかもしれないねぇ。人間が絡むとあいつ本気になるから。」
剣王がため息をつく。
「まったく……高天原ってめんどくさいところだわ。」
「まあ、今回はしょうがないんだねぇ。これが。」
アヤが頭を抱え始めたので剣王は締めに入った。
「とりあえず、何かあったら教えてよぉ。重い腰をあげるからさあ……。」
「ええ。わかったわ。もう寒いから帰るわよ。」
アヤがそう言った時には剣王はすでにいなかった。
……剣王は人間には見えないからずっと私が独り言を言ってたみたいよね。
アヤは白い息を吐くと駅前から走り去って行った。

あれから特に何もなく二週間が経った。かりんもだいぶん職場に慣れてきた。
ものの場所などはまだあいまいだがそこそこ動けるようにはなった。
「外は今日も雪か。最近寒いぜ……。」
小烏丸さんはバキュームやミラーなどの基本セットをトレーに並べながら憂鬱な顔で窓を眺める。ここ最近雪ばかりで小烏丸さんも飽きてきたらしい。
「路面が凍結してて最近は歩くのも大変ですよ。」
かりんは小烏丸さんとの会話を盛り上げようと口を開く。
「だよなあ。今日は患者さん少ないな?」
「そうですね。けっこう手が空きますね。」
かりんは小烏丸さんの横で器具を洗い、オートクレーブという機械に器具を入れている。
滅菌をするためだ。
そしてオートクレーブのスタートボタンを押し満足げにうなずいた。
「藤林君!」
「うえ?は、はい!」
いきなり後ろから声がかかりかりんは飛び上がった。恐る恐る後ろを向くと院長がニコニコしながら立っていた。
「そんなに驚くことないのに。」
「ごめんなさい。」
「いやいや、あやまる必要はないよ。今、ちょっと暇だから手伝ってもらいたいことがあって……。」
「あ、私でよければ。」
かりんは院長に微笑みを返した。
「じゃあ医局に来て。」
「はい。」
院長はかりんを連れて医局に入った。医局では朝にはなかったものがどっさり机に乗っていた。
「え?これは?」
「うーん。もうすぐ年末でしょ?いらないものを破棄しようかなと。」
院長は驚いているかりんに壊れた顎模型を差し出す。
「ほら、こんなのとかいらないでしょ?」
「たしかに……使えませんね。」
「古いカルテファイルとかもう捨てちゃおうかなとか。」
今度は机に積み重なっている古そうなカルテを指差す院長。カルテファイルは黄ばんでいてこの医院がけっこう古くからある事がわかった。
月夜先生は患者さんがいるらしく医局にはいない。レーヴァンテインさんは月夜先生のアシスタントに入っているようだ。干将さんは今、予防ルームで患者さんの歯のクリーニングをしている。アヤさんは受付でカルテの整理をしていた。
医局はかりんと院長だけだ。
「ゴミの分別をしようかなって思っててね。いらない石膏模型とかいっぱいあるから。藤林君には分別を手伝ってほしいんだ。ああ、棚の上にある段ボールとかはいいよ。あれは重いから俺が降ろすね。」
「は、はい。」
かりんはゴミの分別に入った。いらないカルテはいらないカルテでまとめて、石膏模型は医療廃棄物としてまとめて個人情報があるものはシュレッターにかけた。
「藤林君。ここは慣れた?」
「はい。慣れてきました。」
院長が手を休めずにかりんに話しかける。かりんも手を休めずに答える。
「藤林君は真面目で頑張っているのがよくわかるからいいね。」
「そ、そうですか?」
「うん。」
「あ、でも最近、自分が集中している時に食いしばっているんじゃないかと思うんです。」
「食いしばりか……顎は?顎は痛いの?」
院長が手を止め、かりんを見つめる。
「ええ。食いしばりとは関係ないかもしれませんが顎関節症なのかもしれません。」
かりんが笑いながら言っていると院長が近づいてきた。
「顎関節症?ちょっと見せてごらん。」
院長はそっとかりんの頬を触る。しなやかな指が頬に触れた時、かりんがピクンと動いた。
「あん……っ。」
そしてなぜかすごくいろっぽい声を出してしまった。なんだかものすごく恥ずかしかった。
「そんなかわいらしい声出されたら触れないよ。」
院長は苦笑いをしながらかりんから手を離した。
「ごめんなさい。大丈夫です。」
「別に変な事をするわけじゃないからね。」
院長からすれば普通に患者さんを見る時の対応なんだろうがかりんはただの患者さんにはなれなかった。
気になっている男性に頬を触られるというのは何とも言えない喜びがあった。
すごく優しく触るので無駄にドキドキするのかもしれない。
院長は仕切り直してかりんの頬を触る。
……あたたかくて優しい手……しなやかできれいな指が私の……
かりんは顔を赤くしながら目を伏せた。
「藤林君大丈夫?」
「え?はい!」
「口、開けてみて。」
院長は先ほどから口を開けてと言っていたらしい。かりんは慌てて口を開けた。
コリッと骨が鳴る音と院長の顔が曇るのが同じタイミングでおこった。
「顎関節症だね。間違いなく。左の関節が噛んだ時に元の位置を探せず迷子になっている。」
「そ、そうですか?」
「うん。てか、なんで顔赤くしてんの?」
院長が笑いながらかりんから手を離す。
「なんかいやらしいですけどこういうの慣れていなくて……男の人から頬を触られたりとか……その……色々初めてで……。院長ってすごく手がきれいですね。」
「けっこうウブなんだね。」
「……。」
かりんはさらに頬を赤くしてうつむく。
「ああ、ごめん。ごめん。悪い意味じゃないんだ。ただ、ちょっとかわいいなと思って。……俺が言うのもあれだけど藤林君は肌がきれいだと思うよ。」
「……!」
院長はにこりと笑いながら先程の作業に戻る。
……昨日肌の手入れちゃんとしとけばよかった……
かりんは少しがっかりしながら作業に戻った。
しばらくして小烏丸さんが医局へと入ってきた。
「あーあー、ずいぶんちらかったなあ。」
小烏丸さんは呆れたため息をついた。
「片付けていたはずだったんですが……。」
「大丈夫。大丈夫。片付いてるよ。」
院長は楽観的に笑う。確かに先程よりは片付いている。だが量が多すぎて片付けている気にならなかった。
「ちょっとカラス!あんたなんでさぼってんの!患者さん来ているわ。」
小烏丸さんが入ってきてすぐ干将さんが医局に顔を出した。
「おおっと!いけね!今行く!」
干将さんと入れ替わり小烏丸さんは走って医局を出て行った。
「あ、掃除しているのね?私も手伝うわよ。」
走り去った小烏丸さんを見ていた干将さんは前に向き直った。
「そう?じゃあ、よろしく。そろそろ患者さん来るからここの掃除干将君に任せようかな。あ、やれるところだけでいいからね。それと藤林君は俺のアシストね。」
「はい。」
院長はにこやかにほほ笑むと医局から出て行った。かりんも後を追い出て行く。
その時、干将さんがつぶやいた言葉が耳に入った。
「……私にまかせても大丈夫という事ね。」
「大丈夫なんじゃないでしょうか?やれるところだけって……」
「!」
かりんはつぶやいた干将さんに丁寧に答えた。普通に答えただけなのだが干将さんはこちらをハッとした表情で見た。
「今の聞こえたの?」
「え?はい。」
「……。」
干将さんはしばらく止まった後、笑い出した。
「耳いいのね!あれはひとりごと!」
「あの、一人で大丈夫ですか?」
「え?大丈夫よ。さっさとこういうのは終わらせるの。」
「そう……ですか。」
かりんは別段気にするそぶりも見せず医局を出て行った。

四話

後半、かりんと院長はドタバタと忙しかった。逆に月夜先生は暇だったのかチマチマと石膏模型をいじって何かやっていた。忙しくなってくるとかりんはまだ診療のペースについていけず、準備しなければならないものが抜けていたり片付け忘れなど色々とミスをしてしまった。
そのたびに院長が物をとりに行ったりしており、かなりの時間ロスになった。
たぶん自分のせいなのだがドタバタしながら診療が終わった。色々ミスをして落ち込んでいる時、月夜先生が声をかけてきた。
「藤林さん。物の場所をはやく覚えた方がいい。先程からみていたがほとんど院長に取りに行かせている。あれではタイムロスだ。そして動きにけっこう無駄がある。院長は何も言わないがわたしは今の藤林さんだったらアシストにつけたくない。」
月夜先生は厳しい目つきでかりんを見据える。
「は、はい。すいません……。」
……そんなのわかっているのに……
とも思ったが月夜先生は嫌味を言っているわけではない。自分の為に、この医院の為に厳しい事を言っているのだ。
……まず、私の事を見ていてくれた……
そう考えると少しうれしかった。月夜先生は単なる怖い先生ではないのだ。
「あともう一つ。ユニットの片付けが遅い。もっとスムーズにいくはずだ。診療で使わないと判断したものはどんどん片付けていくといい。そうすれば患者さんが帰った後、最小限の片付けで済む。」
「あ……」
まさかドクターにこんな事を言われるなんて思わなかった。
……いや、ドクターにこんな事を言わせたって事は、自分はまったく動けてなかったという事。
「落ち込むのは良い事だが仕事だからテンションは落とさない事だ。」
「はい。」
月夜先生はそれだけ言うと医局へ行ってしまった。
「はあ……。」
……へこむなあ……。
ため息をついてしばらくうなだれていると近くで院長の声がした。
「あっはは。月夜先生かい?」
「い、院長!」
かりんは院長にまたまた驚いた。
「だからそんなに驚かなくても。」
「は、はい。」
「月夜先生はけっこうキツイけど藤林君の成長をとても期待しているんだ。」
「そうなんでしょうか。」
「なに?落ち込んでいるのかい?」
「まあ……少し。」
「今日は後半ちょっと忙しかったからね。テンパってたのはわかるけど、こういうのってドクターもけっこうテンパっているんだよ。顔には出せないけどね。だからその時に冷静なアシスタントがいるとすごく助かるんだ。」
院長は楽しそうに話す。かりんも楽しそうに話す院長を見ていたら笑みがこぼれてきた。
「そうですね。私がそういうアシスタントになれれば院長の負担も減りますね。私、頑張らなくちゃいけないんですね。」
「そうだよ。月夜先生の言葉を頭に入れて明日動いてみなよ。きっと全然違うよ。」
「はい!」
かりんは元気よく返事をした。
「藤林君は本当に素直なんだね。良い事だ。」
院長は頷くと医局へ入って行った。
かりんはスケーリングの練習をするため今日は少し残ろうと思っていたのでそのまま診療室に残った。
スケーリングとはスケーラーという器具で歯石をとって歯ぐきを健康に保つ作業の事だ。歯石は硬く、歯ぐきをなるべく傷つけずにとるにはそれなりの練習がいる。
かりんはしばらく顎の模型と睨めっこをしていた。医局の方は始めがやがやとうるさかったがそのうち静かになった。スタッフが帰ったらしい。ドクターはいるのかいないのかわからないがもしかしたら自分一人かもしれない。かりんは最後であると予想し、医院を閉める準備をはじめた。ここの医院は最後の人が責任をもってカギをかけるという事になっている。
とりあえず、練習はここまでにして医局に戻った。医局のカギ置き場にカギがあるからだ。
「……俺には隙はない。剣王、そう簡単に見つかると思うな……と言ってやりたいね。今日も掃除中に彼女達、俺が結界を張ったと思っていたらしいが俺にはなんのことやら……。」
「……え?」
かりんは医局のドアの前で立ち止まった。院長がまだ医局にいる……。
しかもいつもの調子ではなくかなり低めの声だ。
「鶴、お前がどちらの味方でもかまわないがもうこちらに首をつっこむな。はっきり言って邪魔だ。」
電話をしているのだろうか院長の声しかしない。
……鶴……あの鶴さんかな……ま、まあ、私には関係ない事よね。
かりんは入ってはいけない空気を感じたがよく考えれば自分はそういう事情的なものを何一つ知らない。知らなければいいという問題でもないが部外者としてスルーされるかもしれない。
かりんはそっと医局に入った。
院長は隠す風もなく電話をしている。
「お前に情報を流されるほどこちらは馬鹿じゃないよ。それにお前が出入りすると余計怪しまれる。お前は向こうに諜報に行っていると言えば俺達に近づけるだろうがこちらとしてはデメリットだ。お前がこちらに情報を持って来ても悪いニュースばかりでいい気分にはならない。……という事だ。」
かりんはロッカーから今日着てきた服を取り出すと診療室へ向かった。院長がいるので医局では着替えられなかった。服を持ちながら耳を傾ける。
「お前は向こうにつけばいいよ。俺達は別にいいから。お前が敵になったとしてもこちらに隙はない。」
院長の話を小耳にはさみながらかりんは医局を出て行く。
……なんかもめてるみたいだけど大丈夫かな……院長。
かりんは不安になりながら白衣を脱ぐ。
……でもここ最近なんかあったわけじゃないし……院長は顔に出さないだけなのかな。
本当は心に大きな傷とか……悩み事とか……もめごととか……色々あるのかもしれない。
かりんがふうとため息をついたとき、ガタガタと謎の音が聞こえた。
「うおわっと!ごめん。」
院長の声だ。かりんが着替えている目の前に院長が立っていた。
「え?ちょっ……」
かりんは反応できずとっさに身体を隠した。ブラジャーとショーツという一番恥ずかしい恰好をしていた。それを見た院長は慌てて医局のドアを閉める。
「まさかそんなところで着替えているとは思わなくて……ああ、びっくりした。」
院長はドア越しにかりんに話しかける。
「ご、ごめんなさい。お電話していたのでまだこちらに来ないと勝手な判断で着替えちゃいました……。」
かりんの頬はほてって真っ赤になっていたがそれよりも頭が回転していなかった。
「ごめんね。見るつもりはなかったんだ。ほんと。」
ドア越しに焦った院長の声がする。
「い、いえ。ほんとはちょっと期待してて……みてほし……っ」
かりんはわけわからない事を言っている事に気がつき手で口を覆う。
……わ、私何言ってんの……。これじゃあ痴女じゃない……。
「ん?」
「あ、なんでもないです!今着替えますからちょっとこっちにくるの待ってください!」
院長は聞こえていなかったみたいなのでかりんはうまくごまかした。
「気をつけなよ。女の子が不用意に男の近くで服なんて着替えちゃダメだよ。ドキドキするじゃないか。」
今院長はどんな顔をしているのだろう……。かりんはよくわからない気持ちになっていた。
私の身体でドキドキしたのかな……。
不思議な事にそんなふうに考えるとこちらがドキドキした。
これじゃあ……私変態じゃない……。
服を着替え終わってからもしばらく胸の動悸がおさまらなかった。深呼吸をして落ち着いてから院長に声をかけた。
「大丈夫ですよ。着替えました。」
「そう?」
院長は恐る恐るドアを開ける。そしてどこかほっとした顔をしてユニットまわりを点検しはじめた。
「診療室の電気を消しに来たんですか?」
「うん。もう藤林君も帰るかなと思ったからね。さっきはほんとごめんね。」
「いえ……医局のドアの目の前で着替えていたのは私ですから……。見苦しい物をお見せしてすいません。」
「これ言ったらセクハラになりそうだけど……見苦しくなんかなかった。君はきれいだよ。」
「……そうですか?」
かりんは嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが頭の中でぐるぐるまわっていた。
……社交辞令的なものでもうれしいな。
しばらく気まずい雰囲気が流れた。先に口を開いたのは院長だった。
「一緒にごはんでも食べに行くかい?」
「え?いいんですか?」
「うん。さっきのお詫び。俺がおごるよ。」
「でもそんな……悪いです。」
「いいんだ。いいんだよ。」
「それでは……甘えます。」
このまま否定し続けても話が変わらなそうだったのでかりんはにこやかに笑って承諾した。
「あ、じゃあ、ちょっと俺も着替えるから。」
院長は医局へと帰って行った。
「はい。ここで待ってますね」
かりんはドア越しに言葉をかける。院長はすぐに診療室に入ってきた。
「おまたせ。」
「は、はやいですね……。」
あまりに早かったのでかりんは少々驚いた。
「まあ、ババッと着替えるだけだからね。」
院長は黒いシャツに黒系のフード付きジャンバー、そして黒いズボンを履いていた。
……黒尽くし……黒が好きなのかなあ。
かりんは院長を細かく観察する。全身黒っぽいのに全然違和感がない。おそろしく似合っている。メンズファッションについてはあまり詳しくないが身長が高いためかしまって見える。
……なんか大人の男って感じでセクシーだなあ……
「どうしたんだい?」
「あ、いえ……黒がすごく似合うんだなと思いまして。」
「え?俺が?」
「はい。」
院長はあまり自覚していなかったようだ。
……似合うと思って着ていたんじゃなかったんだ……。
「まあ、俺は藤林君の私服かわいいと思うけどなあ。」
「そ、そうですか?」
かりんは自分の格好を見つめた。チェックのマフラーに白のニットを着、上着はファーつきのダウンコート、下はももまでの短いジーンズ、黒のストッキングにブーツ。
……普通すぎるほど普通だと思うんだけどなあ……
でもちょっと嬉しかったので頬を染める。
「てれてるの?かわいいね。」
「からかうのはやめてくださいっ……!」
「ごめん。ごめん。じゃあ行こうか。」
真っ赤な顔をしているかりんに院長は少し困った顔をして促した。院長は診療室の電気を消し、医局の電気も消すとカギを持ち、かりんを先に外に出させた。
「よし、オッケー。」
院長はそう言うと医院のカギを閉めた。クリニックフロアはもう真っ暗だ。
時刻は午後八時半をまわっている。
「他の内科とかもけっこう早く閉まるんですね。」
「まあ、そうだね。この駅ビル自体が遅くまではやっていないからね。」
二人は事務局にカギを返すと業務員用のエレベーターで一階まで降りた。
「もう時間も遅いし、消化のいいものにしようか?」
「そうですね。あ、なんかおいしいうどん屋さんがあるらしいですよ。」
かりんはこないだの会話を思い出す。
「ああ、駅前にあるうどん屋さんだね。あそこはおいしいよ。あそこにしようか。」
院長は駅に向かい歩き出す。かりんも後を追う。
医院があるビルのほんの目と鼻の先にうどん屋さんはあった。
うどんとデカデカと墨字で書いてあるシンプルなつくりのお店だ。院長は自動ドアの前に立ち中に入った。すぐ横に食券の販売機があった。
「何にしようか?なんでもいいよ。」
「あ、じゃあ山菜うどんでいいですか?」
「じゃあ俺はえび天うどんにしようかな。」
「あ、あの本当にいいんですか?」
かりんは先ほど承諾したがおごってもらう事にまだ少し遠慮をしていた。
「いいって。たかが五百円くらいのうどん、そんなに痛手じゃないって。何百万とかだったら考えちゃうけどね。」
院長は頭をかきながら笑った。
かりんは近くの空いている席に座った。院長は隣に腰かける。食券を店員に渡し、一息ついた。
「……仕事は大丈夫?」
「え?はい。楽しくお仕事させていただいてます。皆さんいいお方で……」
院長はお水を飲みながらかりんの話を聞いている。
「そんなにかしこまってしゃべることないのに。面接じゃないんだよ。」
「……ごめんなさい。」
かりんが固くなっている事に気がついた院長はため息を漏らした。
「俺はね、君に期待しているんだ。いつも頑張っていてすごいなあと思っている。今日も残って練習していたんだろ?そういう姿勢が大事だと思うんだ。」
「……はい。」
「ああ、なんか固いなあ。もうプライベートだよ?もっとリラックスしなよ。」
「そうですね。」
「前の病院でなんか嫌な事でもされたの?」
「え?」
院長はかりんをじっと見つめながら口を開いた。
「君は人との付き合いに距離をおきすぎているように見えるんだよ。」
「……裏切られたんです。」
かりんはいきなりそんな言葉を口にした。
「んん?」
「同い年の一緒に職場に入った女の子に裏切られたんです。すごく仲が良くて友達みたいに話していました。」
「……。」
院長はもう先がわかっていたが何も言わずに聞いていた。
「あれは私も悪かったんです。……たまたま長く働いているスタッフから院長の悪口みたいなのを聞いてしまってあまりにも衝撃的だったのでそれを彼女にしゃべっちゃったんです。そしたら……」
かりんの瞳から涙がこぼれる。あまり思い出したくない記憶らしい。院長はここで話をきろうかとも思ったが話した方が楽になる事もあると思い黙っていた。
「そしたら彼女がそれを院長に言っちゃって院長が怒ってそのままミーティングになったんです。」
「……感情的になると当然だな。」
「院長は自分に不満があるなら今すぐ辞めてもらってかまわないって言ってて誰も何も言わなくて……年長のスタッフは身の保身のためかそんな事まで言っていないと言い、院長に報告した彼女は……私は藤林さんから聞きましたと言う……私は立場がなくなりました。彼女は黙っててくれるものだと思っていたんです。それを院長に言ったらダメな事くらいわかると思うんです。それなのに……。まあ、私も年長のスタッフの言葉をネタとして彼女に話したのもわるいんですが……。ほんと情けないですよね。もう大人なのに学生の気分でいるなんて。」
「いや……そんな事を言う院長も院長だな。だいたい耳に入っていても怒ってそんな事をしてはだめだ。ミーティングなんてやっても皆いい顔になるわけがない。」
院長はしくしくと嗚咽を漏らしているかりんの背中をそっと撫でた。
……まだ大人になりたてな感じだな。小さい事でよく悩む……。
けっこうオドオドしているように見えるが……実はしっかりしているそんな所か。
「はあ。なんか話したらすっきりしました。」
「辛かっただろうね。まあ、医院で何かあったら俺が藤林君を守ってあげるよ。院長直々に。」
そう冗談っぽく言って院長は笑った。その時、タイミングよくうどんが来た。
「わあ。おいしそうですね。」
感動しているかりんを見ながら院長は思った。
……少し緊張がほぐれてきたね……仮面をかぶってない君の素顔がみたい……。

五話

「はあ、今度は……。」
アヤはうどん屋さんの前にいた。時計で時間を確認。時間は九時をまわっている。
「YO☆」
「いきなり現れるのはやめなさいよね……。」
アヤは突然目の前に現れた少女を呆れた目で見つめる。
「あれ?驚かなかったYO☆」
少女は赤色ベースの袴を着ており、カラフルなニット帽をかぶっている。
髪は袴よりも暗めの赤色でニット帽に入りきらなかった髪が棘のように外に出ていた。そして奇妙な事に二等辺三角形をしているサングラスで目を隠していた。顔つき、体つきは幼女だ。
人々は少女が見えていないらしく何事もなかったかのように通り過ぎる。
「高天原東を統括する思兼神(おもいかねのかみ)、通称東のワイズ。そしてラップ好きは変わっていないと……。」
「なんだYO☆改まって……HEY!YO☆!」
アヤは呆れた目でYOYO言っているワイズを見るとため息をついた。
「……なんでもないわ。」
「態度がなってないYO!ご立腹だYO!……くちゅん!」
勝手に怒りはじめた思兼神、ワイズはタイミングよくくしゃみをした。
「寒いわね。」
「うう……雪が今夜も降るYO……。」
「で?要件は何よ?」
ワイズの機嫌がよくなったところでアヤは本題に入った。
「うーん。なんか西の剣王がうざいんだYO……。今回の件はこっちで処理するって言ってるのに邪魔してくるんだYO……。めんどくさいんだYO……。ぶつぶつ。」
「で?」
「アヤは何をしているんだYO?剣王と一緒に動いているわけじゃないよNE?」
「剣王とは動いてないけど私は剣王の部下に色々頼まれててねぇ。」
「うう……色々先を越されているYO……。いやね、今日いきなり鶴がきてNE……。」
ワイズが落ち込みながら言った言葉にアヤは反応した。
「鶴?なんか聞き覚えがあるような……。」
「あれ?アヤは鶴を知らないのかNA?鶴は神様の使いなんだYO!」
「神の使い……あ、あの男!」
「会った事あるのかNA?」
「一回うちの医院に来た男……あいつからは神とも人とも言えないそういう気配があった。あれは鶴……。」
「ふむ。まあよくわからないけど今回鶴は我らの味方になってくれるようだYO!油断はできないけどNE。と、いうことでアヤもちょくちょくこっちを手伝ってくれるとうれしいNA☆。この件は私が処理するんだYO!」
ワイズは楽しそうに指を前に出す。
「まあ、できるだけね。私にできる事ならば。でもね、私はこの件からできれば離れたいの。私は今回何にも関係ないのに高天原の方に動かされているだけだから。」
アヤの発言でワイズの顔が引き締まる。
「いやになる気持ちはわかるYO。目を背けたい気持ちもわかるYO。じゃあ、アヤ、西の剣王の部下の動きだけ私に報告してくれればいいYO。」
「わかったわ。私が西に恨まれる事はないのよね?」
「アヤがどっちつかずで剣王の言われた事だけをやっていれば剣王は恨まないと思うYO。もうお互い長く生きているからそういう……真ん中の子の気持ちはよくわかるから安心するんだYO。」
「そう。」
アヤが目を伏せた時にはもうワイズはそこにはいなかった。
「……良い事だったらいいのよ。高天原の東でも西でもどっちにも手を喜んで貸すわ……。だけど今回は……。」
アヤの声は風に乗り消えた。


かりんと院長はうどんを食べ終わりほっとした顔つきでうどん屋を出た。
「おいしかったですね。」
「うん!また行こうか。」
「今日はありがとうございました。次の機会があれば私がおごりますね。」
かりんの言葉に院長は複雑な顔をした。
「うーん。藤林君におごられなくても俺は大丈夫だよ。そんな心配しないでよ。次誘いにくくなるじゃないか。」
「すいません……。」
かりんが返答に迷いうつむくと院長は笑い出した。
「ほんとおもしろいな。藤林君は。」
一言二言会話をしながら駅前を歩いているとアヤさんに会った。
「あら?院長と藤林さん。」
「アヤちゃん、まだ駅前にいたのかい?」
アヤさんをみつけた院長は驚きの声をあげた。
「ええ。ごはん食べて帰るところです。」
「そうなんだ。ひとりで大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。院長。」
アヤさんはにこりと院長に微笑むとかりんに手を振り去って行った。
「ほんと彼女は大人すぎるのかなんなのか……。」
院長はため息をつきながら走り去るアヤさんを見つめていたがその瞳は鋭く光っていた。

かりんは駅前で院長と別れ、家に帰った。なんだかとても疲れていたのでお風呂に入ってすぐにふとんに入った。すぐに眠気が襲ってきてかりんはあっという間に夢の中へと旅立つ事となった。
その夢はいつもみる夢とは違った。
黒髪長髪のなにやら着物をきた幼女が泣いている。顔など細かいパーツはよくわからない。
『本来、まだ続くはずの人の歴史がなくなってゆくのじゃ……。まだ生きられるはずの人間の歴史がきられてゆく……。ワシは……どうすればいいのじゃ……。怖いのじゃ……。怖いのじゃ……。誰か……誰か助けて……母上ぇ……父上ぇ……』
その声は震えており、今にも崩れそうだ。
その後、なぜかアヤさんが出てきた。
『私は時神。現代の人の時間を管理する者。私は人々の歴史を見つめる事はできない。私が守るのは時間、時計だけ……』
「……はっ。」
そこでよくわからないが目が覚めた。あたりはまだ暗く、時計を見たら午前二時だった。
……嫌な時に目が覚めたなあ……それになんだかわけわからない夢を見たような気がする。
「……まあ、いいか。」
寝ぼけまなこで少し考えた後、かりんは再び目を閉じた。
……今日院長といっぱい話せたな……
これから院長にもっと近づけるのかな……
かりんは微笑みながらごろんと寝返りをうった。

この世界は不変だ……。俺はそう思う。だが世界は不変でいいと思う。
ただあの頃はこの不変から逃げ出したかった。理由はよくわからない。なんだか不変であることに恐怖を覚えた。このまま何もないまま自分は終わってしまうのか……。
何かを見つけたかった。自分がいる事を知ってほしかった。
今思えば不変でよかった。
自分で自分がおかしい。
その結果、こんなバカな事をしてしまった。
もう平和な環境に戻る事はできない……。
俺は……本当に馬鹿者だ。


「おはようございます!」
かりんは元気よく職場に顔を出した。
「ああ、おはー。」
かりんに反応したのは掃除機をかけている小烏丸さんだった。まだ他のスタッフは来ていないらしく、いるのは小烏丸さんだけだ。
「あれー☆月夜先生じゃん。今日。」
かりんの肩に誰かの手が乗った。
「!」
かりんは驚いて振り向いた。後ろにはレーヴァンテインさんと干将さんがいた。
「大丈夫?藤林さんは月夜先生苦手みたいだけど。」
「え?大丈夫です。あ、おはようございます。」
「うん。ならいいんだけどね。おはよう。」
干将さんはかりんの肩をぽんと叩くと歩いて行ってしまった。
「藤林ちゃん、なんかあったらすぐ言ってね☆」
レーヴァンテインさんは少し心配そうな顔をこちらに向けながら去って行った。
……私、月夜先生が苦手なんて言ってないんだけどなあ……
ぼうっと立っていたらまた声がかかった。
「おはよう。藤林さん。そんなところに突っ立って何しているの?」
「え?あ、おはようございます。アヤさん。」
「うん。」
「あ、ずっと気になっていたんですけど……アヤさんの苗字ってなんなんですか?アヤって名前ですよね?」
かりんはアヤさんに思っていた疑問をぶつけた。アヤさんの顔は少し曇っていた。
「そうねぇ……。」
「あ、ごめんなさい。ちょっと興味本位でしたので……。」
「ううん。いいの。私は時神(ときのかみ)アヤ。珍しい苗字でしょ?」
「ときのかみ……。あ……。」
かりんは唐突に昨日の夢の事を思いだした。
「?」
「あ、あの。昨日変な夢をみて……アヤさんが出てきたんですよ!時神がどうとかって!」
「そうなの?おもしろい夢ね。」
アヤさんの顔は笑っていたものの目はまったく笑っていなかった。
「おもしろいって……ほんとにたいした夢じゃなかったんですけど……。」
「いいえ。おもしろい夢だわ。」
アヤさんはそう言って自分のロッカーへ向かって行ってしまった。
なんか変だなと思いながらかりんもロッカーへと向かった。

……私の夢をね……月夜紅……それは自殺行為よ……
アヤは何も言わずに白衣に袖を通した。

六話

いつもの通りにはじまり、院長と月夜先生が出勤してきた。
「今日は藤林さん。よろしく。」
月夜先生が引き締めた顔でかりんに挨拶してきた。
「はい。お願いします。」
かりんも月夜先生に挨拶を返した。
「昨日はなんか……夢をみたか?」
「え?」
月夜先生のいきなりの発言でかりんは戸惑ってしまった。この先生からプライベートな話を聞かれるとは思っていなかったからだ。
「いや……たいしたことではないが。」
「見ました。アヤさんと……黒い髪の女の子……が……。」
「そうか。」
月夜先生はそれだけ言うとカルテラックを指差した。カルテラックには一枚のカルテが入っている。
「通して。」
「あ……はい!」
かりんは慌ててカルテを抜き取った。
……え?……鶴亀……鶴……
かりんは一瞬止まったが首を横に振り待合室に向かって行った。
「鶴亀様!鶴亀鶴様!」
「ああ、はいよっと。」
またあの人だった。白い着物に白い髪、毛先だけ黒い。そして赤い毛皮を羽織っている。
「こ、こちらへどうぞ。」
かりんはなぜか動揺していた。受付をしているアヤさんの視線を感じふいにアヤさんを見る。
「……。」
アヤさんは早く中に通せと目で言っていた。かりんはいつもの笑顔で鶴さんを中に入れた。
……この人が来ると空気が変わる……。月夜先生も怖いし院長ともなんだかもめている感じだったし……私達の平穏を……壊さないでほしいな……。
「まだ働いとんのかい?あんた。」
「……え?」
「この医院がそろそろおかしい事くらいわからん?」
「おかしい……?」
かりんは動揺しながら鶴さんをユニットに座らせる。震える手で鶴さんの首にエプロンを巻いた。
「ここはあんたみたいな人間が清い心で働く職場じゃない。もっと広い心で周りをみなされ。ここには人間なんておらん。ここにおるのは神だけ……神だけなんよ。」
「そ……そうですね……。」
かりんは真剣な目をしている鶴さんにどう反応したらいいかわからず、とりあえず同意の言葉を口にした。
「ほんとにわからんの?この職場が普通とは違う事に?」
「そ……それは……。」
かりんはぎゅっと白衣を握りしめた。なんと答えればいいかわからなかった。
「やめろ。鶴。」
ふいに後ろで声がした。
「月夜……先生。」
「藤林さん、彼の話はまともに聞かなくてもいい。」
月夜先生は鶴さんを睨みつけた。
「あ、久しぶりっつー感じで?月夜先生また来てしもうたよ。」
「そうか。」
月夜先生はこないだよりも幾分余裕がありそうだ。
「やつがれがワイズについたから真剣さが足らなくなったん?もう関係ないっつーことかい?寂しいこって。」
鶴さんは不敵な笑みをかりんに向ける。
「彼女、かわいそうだからはよう解放してやったらいかが?」
「余計なお世話だ。」
「あ、そう。」
こないだとは会話がまるで違う。こないだは月夜先生に対し、鶴さんは思いやりに近いものを見せていた。今はそれがまったく感じられない。それだけなのだがなんだか怖かった。
これからなにか起こりそうなそういう予感がかりんの心中で渦巻いていた。
「で何しに来た?」
「何しに来たんかねぇ。」
鶴さんは勝手にユニットから立ち上がると院長の方へよたよたと歩いて行った。
「何する気だ……。」
月夜先生の顔がさらに厳しくなる。院長は背を向けて一生懸命に患者さんを治療している。
アシスタントに入っている干将さんは鶴さんに気がついていたが患者さんの手前、言葉を発する事もできなかった。
患者さんを動揺させることはできない。月夜先生は止めに入る事もできなかった。
かりんは不安そうな顔をこちらに向けている。
毎日に飽きた人はハプニングを望むが本当の心は平穏、今の毎日がずっと続けばいいと思っている。
……彼女も……藤林かりんもそう思うはずだ。度の過ぎた出来事は人の心に支障をきたす。
彼女の精神も壊れてしまうかもしれない。
「月夜先生……。」
「大丈夫。あの患者はちょっと変わってて我々も手を焼いているんだ。」
こんな言葉を並べてみるがかりんの不安な顔は変わらない。
「ちょっとあんさん、治療止めてもらってええ?」
鶴さんの言葉に院長の肩がぴくっと動いた。
「ごめんなさいねえ。今大事な治療の最中でして……。」
「なに言うとんの?それCRっちゅーもんだろ?虫歯削ってそれでつめて光で固めて研磨してはい終わり。これから研磨段階ならもう起こしてゆすいでもらってもええ気がするけど。」
「よく御存知で。ですがここは一気にやりたいんです。患者様の負担を減らしたいんで。」
院長は患者さんに口を休めてもらってから鶴さんににこりと笑顔を見せた。
「それどころじゃないっつーてんの。」
「そうですねぇ。でも俺は患者様第一ですから。」
院長は奇妙な笑みを浮かべている鶴さんに穏やかな笑みを返す。
「ほお……歯科医を通すと……。それにしてもあの子、人間だろ?なんでいるんかな……。」
「さあ?俺には何のことだか。」
院長は笑みを絶やさないがその瞳は底冷えするほど冷たくなにか威圧のようなものを感じた。
「しらばっくれんな。」
「……。」
院長は目で威圧していた。鶴さんはその場に立ったまま顔を引き締める。
「今度はあの子を使い何をしようとしてるんかいな?」
「彼女は歯科衛生士です。患者様からの評判もなかなかいい素晴らしい衛生士です。」
院長の言葉から裏が読み取れた。彼は……本当はこう言ったのだ。
……俺達の平穏を壊すな……。俺達の世界に……触れるな……。
と。
「ふん。ワイズから言伝だよい。……逃げられると思うなYO。だそうで。」
鶴さんはそれだけ言うと待合室へと去って行った。
「……逃げられると思うな……ねぇ。望むところだね。」
院長はぼそりとつぶやくと治療に戻った。アシスタントの干将さんは気難しい顔で院長を見つめていた。
「……もう隠せない。藤林さん。」
月夜先生は状況が理解できていない顔のかりんに向き直った。
「あ、あの……。」
「……あとで話がある。とりあえず次の患者様を通して。」
「はい。」
かりんは素直に月夜先生の患者さんを通す準備に取り掛かった。
だが心にわだかまりがあった。自分は何も知らないがここの医院のすべてのスタッフがなんらかの事情を知っている。いくら自分が新米だと言っても納得がいかない部分があった。
ユニットの側に白いきれいな羽が二、三枚散らばっていた。
あの鶴さんとかいう患者さんもおかしいがこの医院もどこかおかしい雰囲気じゃないのか?
かりんの考えは悪い方向に膨らんで行った。
「次の患者様はスケーリングだ。藤林さんお願いできるか。」
「はい。やります。」
かりんは横目で月夜先生を見ながらカルテを持ち待合室へと向かった。
スケーリングは練習の甲斐もありきれいにできた。だが時間がかかり次の患者さんがカルテラックに入ってしまっていた。
……けっこう時間がかかっちゃったけど月夜先生怒ってないかな……
かりんは患者さんに少し待ってもらうように言ってからカルテを持ち、医局のドアの前まで走って行った。
そこで話声を聞いた。
……また私抜きで話をしている……
「鶴にあたし達は頼らないよ☆。あれは今や東の持ち物みたいになってて……」
「そうだ。うちらも知らなかったんだ。まだあんたらのしっぽは掴んでいないが間違いなくあんたらが高天原第一級罪を犯しているとうちらは思っている。もちろん、剣王も。」
レーヴァンテインさんの声と小烏丸さんの声だ。
「一級罪か。もしわたし達が一級罪神だったならば剣王はわたし達を殺しにくるのか?」
そして月夜先生の声も聞こえてきた。
「なんで歯科医になっているのかわからんが今すぐ投降すれば罪は軽くて済む。と剣王は言っているぞ?」
「投降か……。フフ。わたし達は武器を持っておらぬというに……。」
月夜先生の含み笑いが聞こえる。
「早く自白すればワイズの元へ行かずに剣王が裁いてくれる。」
「自白しろと?彼にわたしはまかせている。まだ証拠もない。」
「そう言って首絞めているのは月夜先生だよ☆」
レーヴァンテインさんはいつものトーンでしゃべる。
「……。」
「夢……夢を藤林さんに見せた。あれはセンセが鶴に頼んだ最初で最後の頼み。なんで藤林さんにあんな夢を見させたのか。」
そこで小烏丸さんは言葉をきり、その続きをレーヴァンテインさんが話す。
「鶴がこの事をワイズに話すのは当然だよね☆それくらい月夜先生もわかるよね☆これって月夜先生が自白している事を気づいてほしいとこちらに言ってるみたい☆」
「夢の話か。アヤから聞いたのか?」
「まあね。」
「あたっている。その通りだと言っておく。わたしはもうとっくに自白している。だが彼が……。彼が藤林かりんという人間に触れているのを見るとわたしはもう構わないが彼は世界を壊されたくないと願っているように思える。だからわたしだけ自白しているという風に見せようと思ったんだ。」
「……。」
月夜先生の言葉に二人は黙り込んだ。
「だが残念な事に証拠がない。夢を鶴に見させただけだ。結果、わたし達がやった事とは結びつかない。こんな状態で高天原に連れていけるんだったらわたしだけ連れて行け。」
「無理……だな。」
「この話、さっきから藤林さんが聞いているが。」
月夜先生の言葉にかりんは肩をビクつかせた。
「知ってるよ☆」
「この歯科医院がおかしい事を知ってもらい、早々に退職してもらおうとうちらは考えていてね。」
……た、退職って……
小烏丸さんの言葉にかりんは黙って立っている事はできなかった。ドアを思い切り開けて叫んだ。
「どういうことですか!」
「どうもこうもないんだけど。ほら、ここおかしいと思わない?」
小烏丸さんの問いにかりんは黙り込んだ。
おかしい事はわかっているが院長の為、黙っていた。
「あのね☆藤林さんが全然できないからクビとかいう話じゃないんだよ☆」
レーヴァンテインさんが絶望的な顔になっているかりんに慌てて言った。
「退職やクビを決めるのは院長だ。君達ではない。藤林さん、スケーリング終わった?」
「……はい。」
かりんは月夜先生の言葉にうつむいて答えた。
「どうだった?」
「前歯舌側面に歯石が多かったのでとってポリッシングしました。それから歯ブラシの仕方を少々……。」
「ありがとう。」
月夜先生はかりんの説明にニコリと微笑むと患者さんの元へと歩いて行ってしまった。
かりんは残されたままうなだれていた。
「でも……」
小烏丸さんが付け足すように言った。
「本当にこの医院にいるのは危険だ。藤林さんならもっと大きなところで働けるよ。この医院はいずれ陥落する。」
「なんで……なんでそんなこと言うんですか?私が嫌なんですか?それとも院長に不満があるんですか?」
かりんは感情的になると言ってはいけない段階の事まで言ってしまう癖があった。
「そういう話じゃないんだ。」
「じゃあどういう事なんですか?説明してください!全部!」
「説明はできないな。人間に話せない事なんだ。」
「小烏丸……ダメだって……」
小烏丸さんをレーヴァンテインさんが止める。
「人間には関係ない?じゃああなた達はなんだって言うんですか?この世界にいるのは人間だけなんですよ!宇宙人とでも言う気ですか?」
かりんは声を荒げた。
「ずっと誤解されたままだとつらいから言っちゃうけど……うちらは人間じゃない。」
「小烏丸……ダメだってばぁ!」
「いいんだ。もうバレてる。ここから先、隠す方が不自然だ。」
止めようとしたレーヴァンテインさんを小烏丸さんは遮った。
「何……?何を言っているんですか……?」
かりんは動揺と嘲笑が混ざったような顔をしている。
「うちらは三人合せて一人の神だ。小烏丸、レーヴァンテイン、干将。うちらに本来名前はない。これは勝手につけた名だ。ちなみに武神だ。もともと一人の神だったのだが戦乱の世が終わり、戦う事に飽きた。そして自分を三人にわけて人間界に溶け込んだ。一人の時の名は武剣戦女神(ぶけんいくさめのかみ)と名乗っていたよ。このスケーラーを持てるようになるまで何十年もかかった。」
小烏丸さんはかりんの目の前にスケーラーを突き出した。
「自分を三人にするまではこいつを持っただけで殺傷能力抜群の武器になったもんだ。何と言ってもスケーラーは刃物だ。今はこんなもんで済んでいる。」
小烏丸さんが持っているスケーラーは小型のナイフに変化を遂げていた。
「……。」
かりんは言葉を失ったままただ立っているだけだった。
「この仕事は本当に楽しいと思っているぜ。人を傷つけるのではなく喜ばせる仕事。歯がきれいになると患者さんはとても喜んでくれる。人と話す一番大事なところは口だ。歯だ。歯がきれいだと生活習慣がしっかりしている人だと思うし口も清潔で口臭もない。それにあこがれている患者さんが衛生士を頼って来てくれるんだ。助けを求めに来るんだ。ちっさい事かもしれないけどさ、嬉しいよな……。」
小烏丸さんの顔はどこかせつない。レーヴァンテインさんも遠くを見るような目をしていた。
「……。」
「とまあ、話はそれたが……うちらは三人で一人の神様という事さ。」
「な、なんて反応をしたらいいか……。」
「信じてもらえなくてもいいぜ。このままここに居続けたらそのうちわかるし。」
小烏丸さんはそう言うと逃げるように診療室へと去って行った。
「うん……えっとまあ、そういう事……。」
レーヴァンテインさんも苦笑を浮かべながら医局から出て行った。
かりんは医局で一人になった。
「冗談じゃない……。」
かりんは話を完全に理解できないまま診療室へ戻った。
……そんなわけない。平常心が大事……。平常心……。
現実逃避し、今の話を聞かなかった事にしようとしたが鶴さんの言葉と重なり平常心ではいられなくなっていた。
月夜先生はスケーリングの患者様をお返ししていた。かりんは次のアポイントを確認する。
次の患者様はキャンセルになっていた。カルテラックに入っていたカルテは院長の患者様だったようだ。
「あ、藤林さん。」
何も考えられずぼうっと立っていたら月夜先生から声がかかった。
「はい。」
かりんは反射的に声をあげた。
「スケーリングはよくできていた。だが時間がかかりすぎだ。次は今の半分でやって。」
「は、はい。すいません……。」
月夜先生は目を細めてそう言うと医局へと向かった。途中、こちらを振り向きこっちに来いと手で合図をしてきた。かりんは素直に月夜先生について医局に入った。
「さて。」
月夜先生はドカッと近くにあった椅子に座る。
「あの……なんでしょうか?」
「なんでしょうか?……今のを聞いてそれしか出てこないのか。」
「スケーリングは頑張ります。今度はタイマーつけてやりますね。」
かりんの返答に大きなため息をついた月夜先生はキリッとした瞳でかりんを見返した。
「そこではない。この医院の事だ。」
「……。」
かりんは顔を曇らせた。
「先程話していたのを聞いたと思うがわたしは人間ではない。」
「これ……私は聞いてどうすればいいんですか?」
「いや、わたしはこの医院にいてもらって構わないと思う。わたし達の事をわかった上で。」
「これ……ドッキリじゃないんですよね?」
「ドッキリとはなんだ?」
「いえ。いいです。」
月夜先生がよくわかっていなそうだったのでかりんは黙り込むことにした。
「残念ながらここで働いているスタッフは藤林さん以外皆、神だ。たいていの神は人には見えないがわたし達は人間と共存しようと生きる神。長年の干渉により人間に見えるようになった。」
「……はあ……。」
かりんには途方もない話であったため、なんだかやる気のない反応になってしまった。
「受付にいる助手、アヤは時神。衛生士三人組は武神、そしてわたしと院長も神だ。」
「月夜先生と院長はなんの神様なんですか……?」
「知って得する事はない。」
「ここまで話を盛り上げておいてそこできるんですか?」
かりんは不安ながらなんの表情もない月夜先生を見つめる。
「院長は教える事はできないが……わたしならば。……わたしは人の魂を刈る死神だ……。生と死をつかさどる神とも呼ばれる……。明確な名はない。」
「し……にがみ……。」
かりんは急に恐怖を覚えた。月夜先生の瞳が赤く光っていた。そして意識を持っていかれそうな空気がかりんを襲っていた。
「昔は生命の弱い魂を刈り取っていくのがたまらなく楽しかった。今はそうは思わない。……んん……藤林さんの魂はとてもきれいだ。そして君は……彼に恋をしている……。」
「え……?」
「それがこの医院からいなくなりたくない理由か……。」
かりんは冷静に分析している月夜先生を驚きの目で見つめた。
完璧に心は見透かされていた。かりんは下を向いて頬を染めるくらいしかできなかった。
にわかに信じがたい事だが月夜先生も他のスタッフも嘘を言っていないのではと本格的に思い始めた。
「え……えっと……。」
かりんはなんか言おうとしたが何も思いつかなかった。
「こういう風にわたしは魂を読む事ができる。あくまで人のだ。神の魂はわからない。わたしは生と死をバランスよく保つために存在している。藤林さんも冥銭があればいつでも魂を刈ってあげるが……。」
「冥銭って……。」
「人間は六文銭という。三途の川を渡るための金だ。なかったらなかったで別にいいが服を持ってかれるかもな。裸だ。ふふ。」
月夜先生は嫌な笑いを見せた。
「そんな……死にたくないですよ……。」
「冗談だ。」
月夜先生はそっけなく言った。かりんは全身が崩れるような感覚がした。
「え……えっと……どこまでが?」
すべて冗談であってくれと心から願った。しかしそれは叶わぬ願いだった。
「冥銭のくだりだ。」
「は……はあ……。」
かりんは月夜先生の話をある程度聞きつつ、院長にもお話を聞いてみようと思った。
神様なんて本当にいるのか……?
いや、信じていないわけではない。だがこんな人間そっくりの目に見える存在が本当にいるのか。
「信じていないか?神が本当にいるのか。……神には様々な種類がいるのだ。ニホンは八百万の神がいると言われている。それ故、出生もすべてまばらだ。本源神のような世界をつくったとされる神、龍神、雷神と言ったような自然から生まれた神や、人間から神になる者、伝説から神になった者など様々だ。この世界では人間の見えない所で神々が動いている。」
「……。」
「神々は人間が作り出すものだ。つまり一般の神々は人間の想像の中で動いている事になる。故に見えない。しかし、わたし達は人間と共に生活している神。だから人の目に映るのだ。」
「ん……んん。」
かりんは少し混乱していた。なんだかよくわからなかった。
「わからないか。まあ、いい。話は終わり。仕事に戻る。」
月夜先生が椅子から立ち上がり診療室へと歩いて行く。
「待ってください。」
「ん?」
月夜先生が医局のドアを開けようとしたところでかりんは叫んだ。月夜先生は無表情のままこちらを向いた。
「なんで……神様が歯科医院で働いているんですか?」
「一種の罪滅ぼし。院長と理由は同じだ。」
月夜先生はそれだけ言うと医局を後にした。
……もうなんだかわからない……。この医院にはおかしい人が多いという事なのか?
神様?心霊番組で放送されそうな話題だ……。
かりんは頭が働いていないまま仕事に戻った。

七話

仕事はいつも通りの時間で終わった。終礼をしてタイムカードをきる。
かりんはスタッフが帰るのを待っていた。院長とスムーズに二人きりで会話ができるようにとかりんなりに考えた策だ。院長はだいたいスタッフが帰っても何か仕事をしている。
最初に月夜先生が医院を出て行った。続いて小烏丸さん、干将さん、レーヴァンテインさんが足早に去って行く。
「藤林さん、帰らないの?」
アヤさんは厳しい目つきでいまだ診療室をうろついているかりんに話しかけた。
「え?あ、練習しようと思って……。」
「あらそう。」
射抜くようにかりんを見ていたアヤさんは深くは追及せずに帰って行った。
周りをよく確認して外に人がいないかも確認したかりんは医局でパソコンとにらめっこしている院長に近づいて行った。
「藤林君、まだいたのかい?」
「はい。」
院長は不安を感じさせない笑顔でかりんをむかえた。
「どうしたんだい?」
「ちょっとお話があります……。」
かりんは月夜先生に言われたことやいままでにあった事などを話した。徐々に院長の顔が険しくなっていくのを感じた。
「そうか……。月夜は俺に間接的にあきらめろと言っているのか。」
「……?」
「藤林君……ここで働くのは嫌になったのかい?」
「え?いいえ。そんな事は……。」
「無理しなくていいんだよ。」
院長はひどくせつなげにそして優しげにかりんを見つめた。
「神様の……話は本当なんですか……?」
「本当さ。俺はね、君を採用したくて採用したんじゃないんだ。月夜は人間に触れようと思って人間を入れたと考えているみたいだけど。高天原……神様の世界での捜査をかく乱させるため人間を入れようと思っただけなんだ。武神や時神が入りこんで俺の捜査をはじめてから窮屈でしかたなかった。彼女達の採用を断ろうとも思ったが断わったら拒んでるようで逆に怪しまれるかと思ってね。」
「なんの話だか……わかんないんですけど……。」
「月夜があんなに大胆に動くなんて思わなかった。しっぽはむこうに捕まれた。人間を雇う意味なんてもうなくなった……。藤林君……こんなイカれた歯医者嫌だろう?」
院長はハハッと笑った。
「……院長は何かから逃げているんですか?」
「逃げてるよ。俺は犯罪者だからな。神様での世界の第一級の罪に問われている。もちろん、月夜紅も。」
院長の瞳も赤く光り出した。かりんは思わず二、三歩退いてしまった。
そこにいるのがどうしても人間であるとは思えなかった。
かりんは恐る恐る質問した。
「い、院長は……何を……。」
どうしてだかわからないが汗が身体中から噴き出している。
……私は完全に彼に怯えている……
手も震えだし、そう思うしかなかった。
「俺は人を沢山不幸にした。魂のバランスを考えず人をどんどん絶望の淵へと追いやった。生きる力を失った人間の魂を月夜紅が刈っていた……。」
「……。」
かりんは拳を握りしめた。
「俺は大禍津日神(おおまがつみのかみ)の係累だ。わかるかい?俺は厄神なんだ。月夜は死神だ。彼女は俺と同じく通常の業務では物足りなかった。だから俺と月夜はグルで神の目を盗んで人間を消していた。あの時はすごく楽しかった。」
院長は目を光らせたまま不気味に笑った。かりんは怖くなり今すぐこの場から逃げ出したくなった。それと同時に夢の事を思いだした。
……あの時女の子が消えるはずのない人の歴史が消えていくのが怖いと言っていた……。
「あ、あの……。」
「君が夢で見たのは俺達が狂わした歴史の神だろうな。歴史の神は人々の歴史を守る神。流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)と言う。彼女はまだ幼女で荷が重すぎる業務を負っていた。彼女が恐ろしさのあまり業務を放棄すると言った事が起こり、神々が俺達を探すようになった。」
「……悪い方なのですか……?」
かりんの恐る恐る発した質問に院長はそっと立ち上がった。かりんは後ろに退く。
院長は不敵な笑みを浮かべながらかりんを追うように歩く。
「や……やだ……!」
かりんは怯えながら後ろに下がっているうちに壁に背中がついてしまった。
院長はかりんの顔のすぐ横に手をつくとじっとかりんを見下ろした。
「逃げてもいいんだよ。俺はいつ君に不幸をまき散らすかわからない。」
「……。」
かりんは怯えた瞳で院長を見つめる。汗が頬をつたう。
院長は乱暴にかりんの白衣のチャックを下に降ろし白衣を脱がせた。
「やっ……。」
院長はかりんの細い両手首を片手で掴むと頭の上まで上げ、露わになっているブラジャーのホックをはずし、白衣も下に降ろした。
「ほんとうに……きれいな魂をしているんだね……。」
かりんはかろうじて肩にかかっているブラジャーとショーツという格好のまま動けずに震えている。
「そうか……。君はまだ経験がないんだな……。」
「!」
院長の言葉にかりんは真っ赤になって下を向いた。
「この場で君を不幸にすることができそうだ。こういう事のはじめては好きな人とやりたいっていうのが女の子の言い分だろう?」
院長は残った片方の手でかりんの頬をなでる。
かりんの瞳から涙が流れた。
「わ……私は……」
かりんの言葉に院長は耳を傾けていた。
「あなたが好きだったんです……。ほんとに……はじめて好きになった人で……」
かりんの嗚咽が静かな医院に響く。院長の顔が曇った。
「あなたとならいいと思っていましたけど……これは違います……。」
「……。」
「いまのあなたは……すごくかなしい……。」
かりんがそこまで言った時、院長はかりんのブラジャーのホックをつけ、白衣を上にあげさせ、手を離した。
「……ごめんね……。」
院長は小さい声であやまるとかりんを優しく抱きしめた。
「……。」
「やっぱり俺には君を辞めさせることなんてできない……。君を入れておいてあれなんだが。」
彼は恐怖心でかりんが仕事場を辞めてくれると思ったらしい。
「私は辞めません。院長がたとえ犯罪者でも私はあなたの事が好きなんです。何と言っても一目惚れですから。」
「そうか。君は変わっているね。」
院長はそう言って笑った。


「中の様子は?」
「わからんねぇ。」
アヤは隣にいる鶴に話しかける。ここは歯科医院の入っているビルの屋上。
今日は晴れだったので屋上は星が美しい。オリオン座が輝きを放っている中、二人は寒さを防ぐべく腕を組む。
「今日はインディゴの夜ね……。」
「まあ、よくわからんけど彼結界張ってるわぁ。」
「中に藤林さんがいるのよ。帰りに会った時の顔は彼女がトラブルに巻き込まれた可能性が高い。」
「そんなん言っても彼らの会話は聞こえないちゅー話。」
鶴はお手上げのポーズをとる。
「西の剣王はあれから何か動いているの?」
「どうにかして捕まえたいみたいだけどあの武神ちゃん達だと荷が重いんなあ。今は東のワイズの動きを見てる感じ?」
「東のワイズは何をしているの?」
「あぶり出し作戦の準備とかこないだ言っとったよ?」
鶴の言葉にアヤはため息をついた。
「何かすごく嫌な予感がするわね……。」
「お?出てきたよい?」
鶴が従業員用の出入り口を指差して叫んだ。
「あら……。」
アヤの目線の先では院長と藤林かりんが楽しそうに話しながら歩いていた。
「ふぃー……。」
鶴の謎のため息を聞きながらアヤは唸った。
「藤林さんの方も……彼も……お互いが好きあっているのね……。めんどくさいわ。」
「ええじゃない。恋する事は悪くないんね!アヤちゃんも好きになった男はおるんだろ?」
鶴はニハニハと下品な笑みを浮かべアヤに詰め寄った。
「いないわ。」
アヤはきっぱりと言い放った。
「そんないじりがいない言い方で言われてもなあ……。」
鶴はしゅんとした顔つきになった。
「あの彼が外で親密な話をするとは思えない。今回の収穫はゼロね。ワイズに言いなさい。」
「アヤちゃん、やる気あるん?」
「ないわよ。」
「藤林かりんの気持ちを組んでいるのか彼の気持ちを組んでやってるのかどっち?」
「……どちらでもいいじゃない。」
アヤがそう言った瞬間、鶴の瞳がギラッと光った。
「アヤちゃん、これは重大な問いなんよ?罪に問われる可能性だってある。」
「彼の気持ちを組んでの事と答えたら共犯になるわけ?」
「なる可能性はあるんだよい。」
「私はワイズの仲間でも剣王の仲間でもない。追加で言うと奴らの仲間でもない。だけど藤林かりんは放っておけない。歳の近い女の子として……。」
「そうかい。まあやつがれには関係ない話だよい。」
鶴の背中に突然羽が出現しそのまま鶴は飛び去って行った。アヤは暗闇に消えて行く鶴の背中をなんの感情もなく見つめた。

八話

年末に入り医院が休みになった。短いが冬休みをもらったのだ。最初の二、三日は何事もなく過ぎた。今日は三十一日だ。地元は今日だけは騒がしい。夜の十時過ぎても外では楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。かりんは除夜の鐘を聞くべく寒い中外に出た。今日は晴れで空にはきれいな星が輝いている。
友達と一緒に遊ぶ事も考えたが友達は皆一人暮らしで今は遠い実家に帰って行ってしまっていたので連絡はついても遊ぶことはできなかった。
……まあ、たまには一人で夜出歩くのもいいかも……
ここしばらくいろんな事があった。あの医院での出来事を友達に話しても誰も信じてくれないだろう。
かりんは夜遅いというのに明るい街を歩く。今日は道を歩く人が多い。ニュータウンの舗装された道をひたすら歩いた。まわりを見渡すとどこもあかりが灯っている。今日は皆夜更かしをするつもりなんだろう。
雪はまだかすかに残っている。ここ数日晴れだったためか雪はもうほとんど溶けてしまっていた。かりんは寺へ続く細い裏道に入った。ここからは少し坂道になっている。気温があがらなかったのかここはけっこう雪が残っている。
「うう……さっぶ……。」
かりんの吐く息は白い。今夜また雪が降るかもしれない。
寺の前は人がけっこういた。かりんは人をうまく避けながら寺への階段を登り始める。
その途中でかりんは急に足を止めた。ふと階段下をみると院長らしき男が寺とは別方向にある神社をじっと見つめていた。院長らしき人は相変わらず全身真っ黒だった。
「院長?」
かりんは階段を登るのをやめ、院長らしき人の元まで慌てて降りて行った。
「あれ?藤林君?」
かりんが声をかけるより早く院長の方から声をかけてきた。
「やっぱり院長でした!なんでこんなところにいるんですか?」
「いやあ、散歩なんだけどね。」
軽快に院長は笑った。
「そうなんですか?」
「うん。まあね。」
「一緒にいてもいいですか?」
「それは嬉しい。」
院長は優しくかりんの手を握る。かりんは頬を染めつつにこりと笑った。
「どこに行くんですか?」
「そこの神社さ。」
「お寺じゃなくてですか?」
「……うん。」
院長はかりんを連れて向かいにある神社の階段を登って行った。
こちらは誰も足を踏み入れていない。皆お寺の方に足を運んでいるみたいだ。階段を登り終えるとまず鳥居が見え、社が真黒な境内に不気味に映った。かりんが恐る恐る足を踏み入れた時、声がかかった。その声はかりんもよく聞いた事のある声だった。暗い中に三人の女の子が立っている。
「小烏丸さんと……干将さんとレーヴァンテインさん?」
三人はかりんに驚いていた。
「あれ?なんで藤林さんがいるんだ?」
小烏丸さんが残りの二人をキョロキョロと見回す。
「知らないわよ。」
「まずなんで彼といるのさー☆」
三人は院長とかりんの元へと歩いてきた。三人とも寒くないのか着物を着ている。
小烏丸さんは赤色の鮮やかな着物、干将さんはピンク色のかわいらしい着物、レーヴァンテインさんは水色のさわやかな着物を着ている。
「それからなんで正装して来ないんだよ……。神の中じゃあ着物は正装だろ?」
小烏丸さんがキッと院長を睨む。
「俺は別に正装する必要ないと思ったんだ。」
「どこまでも反抗的な態度ね。」
干将さんが楽しそうに笑う。
「開き直った系なの☆?」
「それで君達はなんで休暇中の俺を呼び出したんだ?」
院長はすべてをさらりと流し質問を返した。
「強行突破ってとこさ。」
「ふむ……。」
かりんの頭にはハテナが浮かんでいる。だがなんだか嫌な予感がした。
三人は明らかに闘志むき出しだった。
院長はかりんの肩にそっと手を置くと微笑んだ。
「ちょっと横にそれてた方がいいかも。」
院長の言葉にかりんは恐る恐る後ろに下がった。
小烏丸さんがキュレットスケーラーを何本も手の指に挟んでいる。
「私達は工夫して戦う!」
干将さんの言葉で小烏丸さんがスケーラーを多数飛ばしてきた。スケーラーは鋭い刃物に変わり院長を襲う。
飛んできた刃物を院長は軽々とかわした。
そこへレーヴァンテインさんがコンポジットレジン(CR)が入ったケースを巨大化させ銃のようにする。CRとは小さな虫歯をうめるのに使うプラスチックのようなものだ。
レーヴァンテインさんがフロータイプを粘液のように飛ばす。院長はそれを飛んでかわした。
その後、干将さんがレーザー銃のようなもので無残に落ちたCRにレーザーを当てる。
CRは光で固まる。かちこちになるため食らったら動けなくなる可能性がある。
「なるほどね。」
院長は空中にいながら笑った。続いてレーヴァンテインさんが空中にいるため動けない院長にドリルみたいになった巨大リーマーを投げつける。リーマーは本来虫歯が進行してしまい、神経をとらないといけなくなってしまった歯に使う道具だ。ねじのようなもので中の神経をかきだしてとる。
それが今、巨大なドリルのようなものになっている。
「白黄色赤青緑黒―!」
レーヴァンテインさんがそんなふうに叫びながらリーマーを投げる。
リーマーには取っ手に色がついている。これは太さを表している。白が一番細く、黒が一番太い。歯科治療ではまず細い白からいき、徐々に黒へと移行していく。これには順番があり白の十五が細く、五ずつ番号が上がって行く。つまり次の黄色は二十番という事だ。黒まで一周するとまた色は白に戻る。二周目の白は四十五である。そうやって太さを繰り返していき、六十まで達すると今度は十ずつ番号が上がって行く。
「ちゃんと十五番から投げつけるなんて俺は神経じゃないんだが……。」
あちらこちらに当たったら怪我では済みそうにないドリルが地面をえぐっている。
院長はなぜかそんな危ないリーマーをすべて折り曲げていた。
「さすが厄神!リーマーにとっての不幸、それは使えなくなる事……曲がったり折れたりしたら使えないもんなあ!厄をリーマーにぶつけるなんてすげーぜ。」
小烏丸さんは次に超音波で動くスケーラーを電動ノコギリみたいにすると院長に襲いかかった。レーヴァンテインさんがデンタルフロス……糸ようじを鞭みたいに太くしならせ、院長の身体に巻きつける。
干将さんはエッチング剤をなんでも溶けそうな毒々しいものに変え投げつける。
「厄ってのはどういうのかわかるかい?」
院長はふとそんな事を口にした。院長は鞭のように太くなったデンタルフロスに絡まれたままだ。その毒々しいエッチング剤が院長にかかる前に小烏丸さんが超音波スケーラーを構えて飛び込んできた。
院長がにやりと笑った。干将さんはそれにすぐ気がつき小烏丸さんを呼び止めた。
「カラス!下がるのよ!」
小烏丸さんは咄嗟に後ろに下がった。エッチング剤は院長に当たることなく小烏丸さんの足元に落ちた。
「あっぶねぇ……。干将が言わなきゃ当たってたわ。」
「よく気がついたね……。干将君。」
「厄を相手に振りまくことができるのよね……。」
干将さんの言葉に院長は含み笑いを返した。
レーヴァンテインさんはオドオドと干将さんと小烏丸さんを交互に見ていた。
「さて……。」
院長の身体に巻きついていたデンタルフロスはあっけなく切れた。糸ようじの不幸とはぶちぶちとすぐに切れてしまう事だ。
勝ち目がないと悟ったのか三人はじりじりと後ろに下がる。院長はそんな三人を見ながら両手を広げた。
「!?」
かりんは目を疑った。いままででも充分失神しそうだったが急に変わった院長の格好に目を見張った。
院長は藍色の羽織に蒼い着物を着込んでおり、頭にはいつの間にか編み笠が乗っていた。
「これではっきりしたわね。」
「うん☆やっぱあの第一級犯罪の厄神だよ☆」
「はじめから勝てるなんて思ってねーよ!」
三人はやけに遠くで各々叫んでいる。
「それを証明するために俺を呼んだのかい?」
「こんなんであんたを逃がすあたし達じゃないよー☆」
レーヴァンテインさんがビシッと指を院長に向ける。
「ていうかね、私は早く帰って心霊番組をみたいの。できれば今すぐ投降願いたいわ。」
干将さんに対し院長は深いため息をついた。
「だから俺は武器を持ってないって……。」
「お前ぇ!存在自体が武器じゃねーか!」
他の二人よりもビビッている小烏丸さんは震えた声で叫んだ。
「君達は武神だろう。なんでそんなに敵に怯えているんだい?」
「う、うるせぇよ!」
小烏丸さんの反応を楽しみながら院長はそっと空を見上げる。空では楽しそうに星々が輝いている。
「まあ、確かにただでは帰してくれないみたいだな。」
院長は夜空を……いや、何かを眺めながら笑った。かりんも院長にならい空を見上げたがかりんには星しか映らなかった。
「うおっ!剣王!」
「やっと来たわね……。」
「けんおー☆」
三人は何もない空間に向かい安堵の表情を見せている。何もない空間のはずなのに何かそこに立っているような気がする。
「西の剣王……タケミカヅチが直々に来たのか?」
院長も何もない空間に向かい話しかけている。かりんには見えなかった。
そこに名のある神がいる事も彼女にはわからなかった。
「彼女にも見えるように魔法陣でも描くかねぇ。おい、めんどくさいから描いてくれないか?神社だと人間に声は聞こえるんだけど姿は見えないんだったっけね。」
声だけが静かな神社に響く。低い男の声だ。軽い口調だがなかなかの重さと威圧を感じる。
「めんどくせぇな。」
「あなたの奴隷じゃないんだけど。」
小烏丸さんと干将さんはぶつぶつ言いながら落ちていた木の棒で何か描きはじめた。
「手品―☆手品―☆」
レーヴァンテインさんは楽しそうに手拍子をしている。
「こんなもんだろ。」
小烏丸さんが胸を張った時、円形の魔法陣が光だし、いきなり時代を感じさせる男が現れた。
邪馬台国から出てきたのかと思ってしまう髪型と水干袴。顔には無精ひげが生えている。
顔は穏やかだが眼光は鋭く油断ならないものがある。
「えーとそこの娘さん、それがしがみえる?」
「え……ええと……見えます。」
「それがしはタケミカヅチ。神々からは剣王と呼ばれている。都合によりこの魔法陣からは出られないので握手等はできないがよろしく。」
剣王はかりんに笑いかけた。
「は……はい……。」
かりんは反応に困りとりあえず返事を返した。
「時に厄神。君はそろそろいい加減にした方がいいよ。その娘さんを解放して諦めなって。今回の件はそれがしが処理してあげるよぉ。」
「嫌だね。俺は自分の罪は自分で償いたいんだ。それにもう高天原には帰りたくない。藤林君は俺の事を好きだと言ってくれた。だから余計高天原には戻りたくない。」
「ほんとガキみたいなやつだねぇ……。」
こちらを睨みつけている院長に剣王はため息をついた。
「俺はもう人を傷つける事はしない。もちろん、厄神としての職務も放棄するつもりだ。信仰が集まらず消えてしまってももうしょうがないと思っている。藤林君にもずっと笑っていてほしいと願う。」
「だーから、君がいるかぎりその娘さんは幸せになれないの!」
剣王は声を荒げた。
「私は今、とても幸せです!仕事もあって院長も大好きです!私の日常をこれ以上壊さないでください!」
かりんは剣王に対し叫んだ。
「うっ……。」
剣王は言葉を飲み込んだ。
「あなたが誰だか知りませんが院長を困らせないでください!お願いします!」
「そんな……困っているのはそれがしの方なんだけど……。それに君、君はろくでもない男を好きになっているんだよ?ちゃんとした人間の男を好きになんなよー。そりゃあ、中にはオオカミのような男もいるかもしれないけどさ……趣味とか職場恋愛とか色々君には未来があってだな……。」
「けんおー、何言っているかわかんなくなってる☆」
「うるさいねぇ……わかっているよー。」
水を差したレーヴァンテインさんを軽く払った剣王はまた頭を抱えた。
「剣王、厄神捕まえんのか?」
小烏丸さんはなんだか飽きた目で剣王を見つめた。
「……うーん……人間の女の子にここまで必死の顔されちゃったらさー……捕まえるに捕まえられないじゃない。でもねぇ、それがしの仲間が一人あそこまで追い詰められたんだ。それを見過ごす事はできない。厄神、この件は保留にしてやるが条件がある。」
「……。」
院長は黙って聞いている。
「……これから起こりうる藤林かりんの歴史を歴史の神が満足するように君が書きかえる事だ。君が少しでも逃げたらそれがしが直々に君を消す。それに関しての質問は受け付けない。」
剣王の瞳が鋭く光る。その瞳を院長はじっと見つめていた。
「いいだろう。その条件、厄神を放棄しても守ってみせる。」
「それがしはこれでいいがワイズは黙っていないぞ。彼女が仲間の不祥事を……罪を見過ごすわけがない。何かきっと君にしてくる。気をつけなよぉ。」
「ご忠告どうも。」
剣王の言葉に院長は素っ気なく言った。
「よかったな。これであたしらも職を失わないで済むわ。」
小烏丸さんはうんうんと頷いている。
「じゃあそれがしは帰るよ。色々動いたら疲れちゃった。」
「相変わらず軽いオッサンだな。」
小烏丸さんが突っ込んだが剣王は頭をポリポリかきながら帰る準備をしはじめた。
「剣王……高天原からここまで来ただけじゃない。まったくもうだらしないったらない!」
「そんな干将ちゃんだって一大事なのにしっかり心霊番組の特番を録画してから来てたじゃない。」
「うっ……それは……それ!」
プンプン怒っている干将さんを茶化した剣王はその場から消えて行った。
「じゃあね……。」
との言葉を残して。
かりんは情報の整理をするべくしばらくフリーズしていた。

九話

「あら……剣王。私に何か用?」
ここはマンションの一室、この部屋にはありえないほどの時計が置いてある。あとは机とベッドしかない。
「ここがアヤちゃんの部屋?なんかもっと女の子らしいのかと思ってたよ。ファッションはオシャレしてるときあるのに……。」
剣王はベッドに座っているアヤを見つめた。
「まあ、誰かをここに呼ぶって事はほとんどないから部屋にはこだわってないの。」
そうは言っても一応年末なため、部屋は整理してある。そしてベッドは女の子らしい花柄で統一されている。アヤの格好もどこにでもいる普通の女の子だ。今から寝るつもりだったのか薄ピンクの布地に桜が描かれているパジャマを着込んでいる。
「もう寝る気だったのかい?」
「当たり前じゃない。もう十一時まわっているのよ?」
アヤは剣王のいきなりの出現にうざったそうに会話を始めた。
「今日は大晦日なんだよねぇ……。」
「なによ?大晦日なんてなんもする事ないじゃない。」
「でも藤林なんとかって娘っこは外を出歩いていたねぇ……。」
「そういうのは若い子がやるものよ。」
アヤは相当眠いのか布団に入り始めた。
「若い子って……君も十分若いんじゃないかなあ?」
「で?要件は何よ?」
「ああ、それがし達はこの一件から手を退くことにしたからねぇ。」
「!」
剣王の言葉を聞いたアヤはガバッとベッドから起き上がった。
「何で?」
「人間の女の子がすごく必死だったからさ。」
「藤林さんがなんかしたの?」
呑気な剣王にアヤは目を見開いて言葉を紡ぐ。
「いんや。あの二人にはちょっとラブが生まれているようで……」
「それで?」
アヤは素っ気なく先を促した。
「君はこういうコイバナに興味ないのかい?」
「オッサンに聞かされてもなんも沸かないわ。」
「うう……。」
なぜか剣王は悲しそうだ。
「で?なんなのよ。」
「長い目で歴史神……流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)の心を癒す事にしたわけよ。人間の魂は全員浄土へ行ったから償えなんて言っても無理だし。だったら直接被害をこうむった彼女の傷を癒してあげる方がいいかななんて思ってねぇ。」
「なかなか仲間思いね。」
剣王の言葉にアヤはホッとした顔つきで言った。
「彼は罪を償おうと努力しているし人間を幸せにしようとしている。高天原でぐちゃぐちゃやるよりも自分が直にどんどん人間に利をもたらせばそれでいいじゃない。彼はそれがしにそう言ったのさ。都合のいい考えだがそれがしはそれでいいんじゃないかと思ってしまってね。」
「けっこう勝手な考えね。」
「そうだねぇ。人間じゃあ許されないかな。だからワイズもたぶん放っておかない。彼女は人間の知恵を集めた神様だから。なにか罰を与えないととか捕まえないととか思っているんじゃないかな。」
「私には彼がした事の重さがわからないわ……。」
「彼は人間にとって大事なところをどんどん腐らせていったんだ。記憶を奪ったり歯を奪ったり……。」
「歯……。」
「そう。人間が感情表現するための大事なところだ。歯を奪ってしまえば人間は食べる事もしゃべる事も……笑う事だってできない。歯がなければ全身にも疾患が出る。」
「たしかに。」
「彼はそれをいままでずっと平然とやっていた。といっても百年くらい前の話だけどねぇ。人はもういっそのこと殺してくれと願う。そこまで追い詰められた、絶望しきった人間を月夜紅が死神として魂を刈っていたというわけ。」
「エグイ話ね。」
剣王の言葉にアヤは顔をしかめた。
「残念ながら月夜紅には会えなかった。彼女は何を思って今を過ごしているのだろうねぇ。」
剣王はそこで言葉を切った。アヤも黙り込み、しばらく静寂がアヤの部屋を支配した。
「……まあ、そういう事でそれがし達は手を退くわ。もうなんかめんどうだしねぇ。これ以上関わると……。」
沈黙を破ったのは剣王だった。
「そうね。」
アヤはそう言うと目を閉じた。次に目を開けた時には剣王はもういなかった。


除夜の鐘の音を聞きかりんは我に返った。
「大丈夫かい?藤林君……。」
目の前に心配そうな院長の顔が映った。
「え?は、はい!」
かりんは咄嗟に返事を返した。
「放心状態だな。無理もないよなあ。」
小烏丸さんがホクホクとした顔つきでかりんに近づいてきた。
「一応、これで職を失わないで済んだわ。私達は流史記よりも明日からの身の置き所を心配していたのよー。」
干将さんはやれやれと手をふる。
「けんおーは罪を認めた上での厄神に会いたいっていうから苦労したよ☆隙をつくらないように自分を隠しちゃうんだもん☆院長はー。」
レーヴァンテインさんの言葉に院長は反応を示した。
「俺を捕まえようとしていたんじゃなかったのか……。」
「まあ、最初は捕まえようって話してたんだけどさ、武神の目から見ても殺気もなければなんにもないんだもんなあ……。そのうち、厄神にはもう害がないって判断しちゃってさ。投降しないのは不気味だけど今、歯医者で罪を償っているんだろ?」
小烏丸さんに院長は深く頷いた。
「そうだよ。それもあるけど俺にはもう一つ決着をつけないといけない相手がいる。」
「ワイズだね☆」
「うん。ワイズと月夜紅……。月夜紅は罪の償い方を俺とは違う方法で探している。彼女がひどい罰を受けたとしたら俺はここでのんびりしているわけにはいかない……。」
院長の顔が曇る。
「立派なのかなんなのかわかんないわ。」
干将さんはさっさと帰る準備をしている。
「あたしらとあんた……似てるんだよな。」
小烏丸さんは院長をじっと見ながらこんな言葉を話した。
「君達と俺が似ている?」
「うん。あたしらが一人だった時、人間に許容範囲外の武器を沢山渡しちゃったんだ。武神で武器を司る神だったから戦争が終わりかけているのが怖かった。もっと戦争を激化させたくて武器を使ってもらいたくて神に許されないところまで人間に干渉しちゃったんだよ。その結果、国を一つ滅ぼしてしまったんだ。」
「ああ、その話ね……。」
干将さんが小烏丸さんの話を引き継ぐ。院長は素直に話を聞いている。
「武器を渡しても誰も褒めてくれなかったのよ。使った人は死んじゃったし。……子供は飢えて女は子供の為に必死になって帰りもしない男を待つの。もう死んでしまっている子供を抱きながらね。私達がやった結末がこれ。こんなの誰が喜ぶのよ。……私達は耐えられなかったわ。」
「……うん。罪の償い方を必死で探した……。ろくに物も持てなかったんだよ?全部武器になっちゃってさー。」
レーヴァンテインさんがちょこちょこ口を挟む。
「私達はまず物を持てるようにしたかったの。何をすればいいかわからなくて各地を放浪していた時に剣王が来たわ。荒んでいた私達は彼に勝負を挑んだのだけれど負けたの。惨敗だった。そしたら剣王は私達をいきなり魂ごと切り刻んだ。武の神として今回の事は許されない事だと厳しいお咎めつきで。……で、気がついたら私達は三人になっていたの。武神としての力はほぼ失っていたわ。力が分散されたみたいだった。」
干将さんがまた深いため息をつく。
「まあ、でもそのおかげで人を喜ばせる職につけたんだけどな。歯科衛生士なんて手先の器用さが求められる職なんてさ、あたしらの目標だったよ。いままでこんなことした事もなかったしな。ただ、刃物を見ると油断していたら武器になってしまうところが今なおさないといけない欠点だ。やっと物を普通に持てるようになったんだぜ。……あれ?なんか話が変わってるな。」
小烏丸さんの言葉に院長は笑い出した。
「いや、笑うところじゃないよー☆」
「何が言いたいのかはよく伝わったよ。ちょっと荷が軽くなった。ありがとう。」
レーヴァンテインさんは怒っていたが院長はどこか楽しそうだった。
かりんには途方もない話だったが彼らが苦労してここまで来た事はよくわかった。
院長はふっとかりんの方を向くと顔を正した。
「あのね、藤林君……俺さ……君に一目惚れしちゃってて……。」
「はい。」
院長がそこまで言った時、武神三人が音を立てないように通り過ぎ、遠くでかりんに手を振っていた。
かりんは三人に微笑みつつ院長の話を聞く。
「好きになってしまったらしい。はじめは人間なんて誰でもいいって思ってたんだけど……君が来てくれてよかった……。その……」
院長の頬は赤く染まっている。照れているらしい。
「はい。これからもよろしくお願いしますね。」
かりんは少しためらいながら院長の手をそっと自分の手で包んだ。
「あったかいね。君の手は……。」
院長はそう言って笑った。
知らない内に除夜の鐘は鳴り終わってしまったらしい。もう新年に入ったのだ。
だが今のかりんにはそんな事どうでもよかった。
かりんと院長はそのまま手をとり合い神社への階段を降りはじめた。院長はまたいつの間にか真黒な格好に戻っていた。
「……まだ会って一か月経ったか経ってないかなのにね。」
「そうですね……。私、ちょっと歯科医院が怖かったんです。」
「ん?」
「皆さんが何かを隠してて怪しいというか変というか……。」
「余計な心労をかけてしまったようだね……。もう知っていると思うけどあの医院には人間はいないんだ。ほんとは武神や時神が動けないように君を雇ったんだ。人間が入れば神々はバレないように動く。狙いはそこだったんだけど知らずの内に君が好きになってね。自分の事を少しバラしたくなってしまっていた。」
「はい。」
二人はゆっくりと神社の階段を降りる。
「そんな時に月夜が君に夢を見せた。君にとっては変な夢だったんだろうけどそれは意図的にやったんだ。人の夢に入り込めるのは鶴しかいない。月夜が鶴に頼んで夢を見させた。それにより君は情報の一部を知ってしまった。それのせいで俺達が罪を犯した神だと武神、時神に完璧にわかってしまったんだ。でも今はちょっと感謝している。俺達がやった事を知っても一緒にいたいと願う君の心を早く知る事ができた。」
「……。私は院長や月夜先生が何をしたのかあまり知りたくはありません。私にとってあなた達はドクターでしかないんですから。」
かりんはそう言って微笑んだ。
「うん。そうだね……。でも俺、神様だよ?しかも厄神だよ?」
「跪いた方がいいんですか?」
「とんでもない!そういう事じゃなくて……。」
院長は少し口ごもる。
「今更何を言っているんですか。私はあなたの事が好きなんです!」
「うーん?そう……?」
院長は照れながらそっとかりんの肩に手を回す。
「ん……。」
かりんは院長のぬくもりに顔を赤くしてうつむいた。
「……さむいね……。」
「え?は、はい……でも……今は……。」
かりんは院長の手にそっと自分の手を重ねた。
二人はギクシャクしながら夜の街を歩いて行った。

十話

新年が始まった。医院は相変わらず忙しく進む。特に新年は年末が休みだった分、患者様が多い。その他、急患でモチを食べて仮歯が外れたとか急に歯が痛くなったとかそういう患者様もやってくる。かりんはまだ歯科医のアシスタント業務しかやっていないが小烏丸さん達は予防ルームでクリーニングの業務もやっている。アヤさんは受付業務を一人でこなしている。
あまりの忙しさにかりんはしばらく神々といる事を忘れていた。
月夜先生も院長もあれから何の事故もなくスムーズに患者様をまわしている。
なんだか怪しい行動をとっていた月夜先生が今は普通の歯科医として働いている事が少し不気味だった。
がむしゃらに毎日をこなしていたのだが気がつくともう一月も後半に差し掛かっていた。
「はあ。まだ昼かよ。」
小烏丸さんが医局でお弁当をひろげながらぼやいている。
「今年はなんかやけに忙しいわね。予防も患者さんでいっぱいよ。」
「いそい☆いそい!☆」
干将さんとレーヴァンテインさんもお弁当を広げながら小烏丸さんと会話をしている。
医局のテレビでは干将さんが「昼ドラ観たい!」という事で昼ドラになっている。
「そういえば……。」
アヤさんがサンドウィッチを食べながら隣にいたかりんに目を向ける。
「はい?」
「藤林さん、二月から予防にも入っている事になっているけど……。」
「え?もうですか?あれって研修の三か月終わってからじゃ……。」
かりんが驚きの表情を見せたのでアヤさんはうーんと唸った。
「院長がもう大丈夫だからって言うのよ。もうアポ枠作ってるし患者さんも入っているから頑張ってね。」
「はい!頑張りますけどちょっと不安です。」
「大丈夫!あたしらが練習台になってやるから。スケーリングでもなんでも練習しな。」
不安そうなかりんに小烏丸さんがドンと胸を叩いた。
「そうだよ☆協力する―☆」
レーヴァンテインさんはカエルのぬいぐるみを持ち上げカエルのぬいぐるみで敬礼をしてみせた。
「ありがとうございます!」
「それはいいけどあんた、院長とどこまでいってるの?」
干将さんが昼ドラを観賞しながらかりんに質問した。
「え?」
「なんか恋人満々だったじゃない。あんな感じ?」
干将さんが昼ドラを指差す。昼ドラでは女の人と男の人が嬌声を上げながら交じり合っていた。
「ええええ?ち、違います!」
かりんの反応を見て干将さんは笑った。
「あそこまではいってないと。」
「何言っているんですか!」
かりんは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「院長って意外と紳士なのか……。すぐ手を出しそうに見えたが。」
小烏丸さんはうんうんと頷いている。
「あれ☆キスは☆キス☆」
レーヴァンテインさんの言葉にかりんは困った顔をアヤさんに向けた。
「別にいいんじゃない?しても。」
アヤさんはニッコリと笑ったまま答えた。
「実は……ないんです。」
かりんは下を向きながら恥ずかしそうに言った。
「ええええ?くちづけもしてないのか!接吻くらいしろよー!」
「カラス、接吻とかなんか嫌。キスって言って。キスって。」
小烏丸さんの叫びに干将さんは嫌そうな顔を向けた。
「そういえばキスの天ぷら食べたくなってきた☆」
「ああ、いいわね。今度お蕎麦屋さんにでもいく?」
「やっぱ蕎麦湯だな!」
レーヴァンテインさんの発言により、会話の論点は蕎麦屋さんになった。
女の会話というのは論点がこうやってコロコロ変わる。
「ま、彼女達の言ってる事はあんまり気にしなくていいわよ。思いついた事を言ってるだけだから。」
アヤさんはそう言ってタッパーに入ったイチゴをもぐもぐと食べ始めた。
「は……はあ……。」
かりんは拍子抜けした。そして少し安堵もしていた。
それと同時に院長は今のところ彼氏になっているがまだ手を握るくらいしかしてもらっていない事に気がついた。
……手を握って一緒に歩く事ぐらいしかやってない……
「うーん……。」
かりんは知らずに唸っていた。
「どうしたの?」
「え?あ……いえ。」
アヤさんに突っこまれたかりんはヤケクソな気持ちでお弁当にがっついた。


午後からは月夜先生のアシスタントだった。
月夜先生はかりんに話しかける事もなくただ単純に指示だけ飛ばしていた。
「藤林さん、次の患者様スケーリングよろしく。」
「はい。」
「もう一人患者様がいるがこちらはわたしだけでやる。」
「……はい。」
かりんは月夜先生の指示通り頑張って動いた。
「だいぶん良くなった。」
治療が終わってから月夜先生はかりんを褒めてくれた。
「あ……ありがとうございます。」
「この医院は嫌いじゃないか?」
月夜先生は腕を組んでかりんの返答を待っている。
「嫌どころか大好きです!皆さん優しいですし、神様ですし!」
かりんが休みの間に考えた事、それは開き直る事だ。
神様はいるんだ。神様が歯科医院を営んで何が悪いと……そう思う事にした。あまりに突拍子もない事が起こるので人間の自己防衛かわからないがそういう感情になってきたのだ。
月夜先生は顔を曇らせたまま壁に寄り掛かった。
「わたし達がどういう存在かわかっているのか?」
「わかってますよ。全部。」
「その上でいるという事か。それが藤林さんの答え。」
「そうです。」
「君は本当に変わっている。」
「よく言われます。」
かりんはきっぱりと言い張った。
「……そこまで彼が魅力的なのか?」
「え……?」
月夜先生の質問にかりんは詰まった。
「なんで共にいようと思う?彼は……犯罪者だ。そしてわたしも。」
月夜先生がかりんをキッと睨む。
「それは……。犯罪者でも……院長は償おうと一生懸命に動いています。逃げないで立ち向かっています。私は……それは立派な事だと思います。」
かりんの言葉に月夜先生の瞳がさらに厳しいものに変わる。
「あれで償えると思っているのか。甘すぎるな。……わたしはこんな事をしていてもなんの解決にもなっていないと思っている。わたしにはヘラヘラ笑っているあいつが許せない。あいつはなんの罪も被らずにこうやってのこのこと生きていくつもりなのか。」
「……え?」
はじめて月夜先生が怒りの感情を表に出した。かりんはそんな月夜先生に戸惑い、先の言葉が思いつかなかった。
「すまない。君にこんな話をしてもしょうがなかった。」
月夜先生はかりんに笑いかけると医局へと姿を消した。
「月夜……先生……。」
かりんはしばらくその場に佇んでいた。


あの時はトップのワイズの元にいるのが退屈だった。
彼女に仕えるというのは平穏を手にする事はできるが自由がなかった。月夜紅も自分もそれがいやでしかたなかった。別に彼女の側が嫌だったわけではない。ただ、他の神々に埋もれていく自分が嫌だっただけだ。
はじめの動機はただワイズから離れたかった。だが彼女は自分達を離してはくれなかった。そこではじめてワイズが窮屈に感じないように計算しながら仲間を縛り付けている事に気がついた。
このままだと自分達はワイズの駒になってしまう。今となっては何馬鹿な事をと思うがあの時は駒にされる事に対しひどく怯えていた。今となっては駒だろうが目立たなかろうが平穏に過ごせればそれでいい。こうやって罪に苛まれた時、なんであの頃はこんなくだらない事に不満があったのだろうと考えてしまう。
……本当にバカバカしい。こういう時に静かに暮らせればいいとか考えるのだ。
滑稽な話だな。
「院長……?」
その時すぐ横で声がした。俺はまだ大人になりきれていない彼女に目を向けた。
彼女はひどく不安な顔をしていた。またなんかあったに違いない。
彼女をこんなに不安にさせるなら人間なんて雇わなければよかったと思ってしまう。
だが心の奥底では彼女を手放したくないと思っている。
……彼女の顔を見るとつい抱きしめてしまいたくなる。触れていたいと思う。
俺はもうきっと、彼女から抜け出せなくなっているんだろう。
本当に滑稽だ。

「終礼……お願いします。」
かりんはボーッと座っていた院長に声をかけた。
「え?うん。今行くよ。」
院長はかりんに笑いかけると医局の椅子から立ち上がった。その時、なにか焦げくさい臭いが鼻をよぎった。
「藤林君……。」
「はい?」
「なんか焦げ臭い感じしないか?」
「え?」
かりんはきょとんとしていた。
嫌な予感がした。
院長は雑談が聞こえる診療室へと飛び出した。
「うおっ!どうした?院長!そんながっつり走って来なくても……。」
小烏丸さんは院長の顔を見てただならぬ事が起きたと判断した。
「どうしたんですか?」
アヤさんは院長の顔をじっと見つめた。
「焦げくさい臭いを感じないか?」
「え?」
一同は不思議そうにお互いの顔を見合う。
「感じないわ。」
干将さんがきっぱりと言い放った。この臭いは院長しか感じていなかった。
「月夜は?月夜先生はどこにいる!」
院長の言葉にアヤさん達は首を傾げた。そういえば先程から姿が見えない。
「一体どうしたの☆?」
レーヴァンテインさんが言葉を発した瞬間、医院全体に火柱が立った。
「うわっ!」
火柱は医院を囲むように円を描き、色々なものを巻き込みながら勢いよく上がっている。
炎はみるみる大きくなりあっという間に周りは火の海になった。
熱い火の粉とケムリがかりん達を襲う。
「え……なに?何!」
干将さんはパニックになって叫び出した。かりんは状況についていけずただ茫然と炎を眺めていた。そのうちだんだん息苦しくなってきてかりんの頭に死がよぎった。
かりんはただ震えていた。何も言葉を話せなかった。
「とにかく逃げようぜ!ここにいたら死んじまう!煙を吸うな!マスクをしろ!」
小烏丸さんがかりん達を見て叫ぶ。かりん達は先ほどまで使っていたマスクを耳にかけた。
「あっちが出口よ。今は火で覆われているけどつっきるしかないわ!」
干将さんが患者さんがいつも出る出口を指差した。
「アヤ!炎の時間を止めてくれ!この炎は人間の時間には関係ないだろうから止められるはずだ!」
小烏丸さんがアヤさんに向かい叫ぶ。
「無理よ。できないわ。」
「なんで!」
「この炎、人間界の炎じゃない!神格の高い神の術かなんかだわ!」
アヤさんの焦り声に一同は唖然とした。
「じゃあこのままつっきらないと死んじゃうの?」
レーヴァンテインさんが今にも泣きそうな顔でアヤさんを見つめる。
「そういう事よ。迷っている時間はないわ。藤林さん。」
「え!は、はい!えええと……!」
かりんは動揺していた。もう先の事を何も考えられなかった。
「落ち着きなさい。あなたが先に逃げなさい!」
「え……そんな……私……。」
かりんはあまりの恐怖心からか泣き出した。
「いいから!はやく!走りなさい!」
アヤさんはいつになく鋭い声をかりんにぶつける。かりんは恐る恐る院長を見上げた。
ケムリでもう顔も見えなかった。熱さと息苦しさがかりんを苦しめている。
「藤林君……とにかく今はいの一番に逃げてくれ。君を巻き込んでしまった事……本当に申し訳ない。」
院長の悲痛の声がかりんの耳に届く。かりんが院長に声をかけようとした時、アヤさんがかりんを突き飛ばした。
「はやく!」
突き飛ばされたかりんはなんだかわからないままとりあえず前に走った。かりんが走り去った後にはもう燃え盛る火が道を塞いでいた。

十一話

「で?これは一体何なのよ?」
アヤは院長に鋭い目線を向けた。
「……死者を弔う聖なる炎……月夜紅の炎だ。」
「死神が放った炎……私達を殺す気?」
「わからない……。俺は月夜を探す。君達は早く逃げてくれ。先に走り去った藤林君をできれば守ってほしい。」
院長の瞳が赤色に変わった。
「あんたはどうすんだ?今この場で月夜先生を探すってのか!」
小烏丸の言葉に院長は深く頷いた。
「死ぬ気?」
干将の言葉には院長は頷かなかった。
「馬鹿な。こんなんじゃ俺は死なないよ。」
「いこ……。着物になれば大丈夫じゃん☆」
院長の言葉を聞いたレーヴァンテインが小烏丸と干将の手をひいた。
小烏丸と干将は心配そうな顔を残しながらレーヴァンテインに従い走り去って行った。
「そろそろ息が苦しくなってきたわね……。私も逃げさせてもらうわ。これはあなたの問題。私はあなたが解決する事を祈っているわ。」
ゴウゴウと炎が燃え盛っており、黒い煙が視界を遮っている。アヤはその中ためらいもなく走った。気がつくと廊下に出ていた。横を見ると近くにあった窓が割れている。おそらく武神達がここから飛び降りて逃げたのだ。煙もここからだいぶん逃げている。武神達は人間とは比べ物にならないくらい身体能力が優れている。ここから飛び降りても傷一つ負っていないだろう。
だがアヤは違う。アヤはこないだまで普通の学生だったのだ。人間と共に生きる「時の神」は人から生まれる。時の力を強く受け継いだ人間が徐々に神になっていく。時神は時間を管理するだけで動かす事はできない。自分の中にある時間も動かせない。故に歳をとらない。
身体能力は人間そのものだ。いくら二階だと言っても無傷で済むという事はまずないだろう。
アヤは先に逃げた藤林かりんを探した。藤林かりんが逃げたと思われるルートで腰を低くしながらゆっくりと進む。煙をだいぶ吸ってしまったのか気持ちが悪い上に頭も痛い。
……いない……
アヤは一階に続く階段を降りはじめた。一階は不思議と火の手がまわっていなかった。
騒ぎは思ったよりも大きかった。一階の人は走って外へ逃げていく。防災センターのアナウンスは対応に追われていてまだ出火した階を特定できていないらしい。
もうとっくに逃げたと思われた藤林かりんは一階にはいなかった。
……まさかまだ二階に……
その時悪い考えがよぎった。考えた瞬間にアヤの体中から冷や汗が吹き出した。
……まさか……まさか……
アヤはもう一度炎に覆われている二階へと駆けて行った。
……彼女は厄神と始終共にいた……彼女は人間だ……
つまり藤林かりんには厄がかぶっている……。そう考えると彼女が運よく逃げ出せるという事象が消える。これは非常にまずい事だ。場所を間違えたか迷ったかでずっと二階を彷徨い続け、死ぬ。そう運悪く死ぬのだ。
ミスだった。火の手がこれ以上あがったらまずいと思って先に逃がしたのがまずかった。
アヤは燃え盛る二階を必死で探した。アヤも身体は人間だ。だんだん酸欠でふらふらとしてきた。白衣の先は燃えて黒く焦げている。どこか火傷をしたのかピリピリと痛んだ。
……ダメ……私……これ以上は……
アヤは意識を失いかけたが頭を振って意識を戻した。気がつくと自分がどこにいるかわからなくなってしまっていた。


「遅いな……。アヤと藤林さんが出てこない……。」
ビルの外から眺めていた小烏丸は不安な表情を干将とレーヴァンテインに向けた。
炎は二階からしか上がっていないが黒い煙で二階から上はまったくと言っていいほど見えない。
外は野次馬と消防車と中から逃げてきた人でごった返していた。
「ねぇ……。」
レーヴァンテインが人々を眺めながらひかえめに言葉を発した。
「何?」
「あたしやばい事考えちゃった……。」
「だからなんだよ!」
「あのね。院長の厄にやられた藤林さんが外に出られずに二階を彷徨っててそれに気がついたアヤが二階で必死に藤林さんを探しているの……。」
レーヴァンテインの言葉を聞いた二人はお互いを見合い、青くなった。
「やばい!戻るぞ!」
「そうね!」
「あー!まってよぉ……。まだ仮説っていうかあ……!」
小烏丸と干将はまっさきに走り出した。その後を追って慌ててレーヴァンテインが走り出した。


厄神は死神を探し彷徨う。燃え盛る炎の中、厄神はゆっくりと歩き出す。焼き尽くす炎など見飽きたと言わんばかりに平然と歩いていく。白衣に炎が燃え移った。それを見た厄神は白衣を捨て去った。そして服装を一瞬で藍色の羽織に蒼色の着物に変えた。頭に編み笠を被る。
それ以降、服はまったく燃えなくなった。それを確認すると厄神は医局の方へ歩いて行った。
厄神は考えた。
一月に入る前、大掃除をした際に武神達が神力を感じ取っていた事があった。
あの時、厄神が結界かなんかを張ったと勘違いをし、武神達が医局へ慌ててやってきた。
その時、厄神と藤林かりんが医局の大掃除をしていた。
彼女達は医局に結界を隠したと思ったらしい。しかし、厄神には何のことだかわからなかった。
あの時、確かに神力が漂っていた。
あの神力は月夜紅のなのか?いや、あの時医局には月夜はいなかった。
じゃあなんで武神達は慌てて医局へやってきたのか。
医局で神力を感じたからではないのか。
そこまで考えた時、医局に赤い目が動いた。
「死神!」
厄神は赤い目の主を呼んだ。
「わたしをもう見つけたのか。」
赤い目の主、死神は医局にある自分の椅子に足を組んで座っていた。
赤い瞳と赤い瞳がぶつかり合う。厄神は死神に近づいて行った。死神は赤い着物を着ていた。
「どうしてこんな事を……。」
「一からやり直そうと思ったのだ。人間を巻き込まずそなたと共にワイズに下るため。」
「勝手な事を……。」
厄神は赤い瞳で死神を睨んだ。
「そなたは甘い。こんなぬるま湯につかるような事をしていても意味がない。いままではそなたに従っていた。だがまったく罪の意識が消えない。」
「君には俺がしている事が意味のない事だというのか。」
「そうとは思えない。だがなぜだろう……罪の意識が消えないのだ。」
死神はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「罪の意識は消してはダメなんだ。月夜。」
「……。」
死神はフラフラと厄神に背を向け歩きだした。
「待て!この炎は君のだな?いつ陣を描いた?」
「……わたしが描いたのではない。」
「しらばっくれるつもりなのか……。」
厄神は死神のむなぐらを思い切り掴んだ。死神の表情は変わらない。
「……あれは藤林かりんがやったのだ。」
「そんなわけあるか!」
「……わたしは医局の荷物の下に陣を隠していた。パズルのように荷物を動かすと陣が発動するようにしてあった。大掃除の時藤林かりんが運悪く荷物を動かした。それにより時限爆弾がセットされたのだ。そしてわたしが望んでいた通りの時間でそれは起動した。」
「ふざけんな!」
厄神は怒りにまかせて思い切り拳を振り上げた。死神は堂々とその場に立っている。
厄神の拳は死神の頬すれすれを飛んで行き、近くの壁にぶつかった。壁にはヒビが入る。
「なんだ。殴らないのか。」
死神は顔色一つ変えずつぶやく。
「だまれ。今は本気で殴りたくなった。……俺は……女は殴らない。そう決めているんだ。今は少し危なかったけどな。」
厄神は苦虫をすりつぶしたような声を上げた。それを死神は愉快そうに笑う。
「そなたは紳士なのだな。……藤林かりんが動いたのはそなたの能力だ。そなたのせいで運悪くこういう事になったのだ。わかるか?」
死神は不気味に笑う。
「……!」
「どうだ?今度は自分を殴りたくなっただろう?」
「厄神の力か……。」
「そうだ。少し様子を見ていたが……やはりそなたは人間といる事は無理だ。そなたの力が藤林かりんを苦しめている。それと患者様もどうなっているか不思議だ。対応しているのはほんの三十分くらいなのだろうがその間にどれだけの厄をもらっているのか。」
「そんな……。じゃあ……俺は……。」
厄神は怯えるように死神から手を離した。
「そなたの行為を意味のない行為だとは思わないがこれでは罪を重ねているだけだ。そなたもわたしも……神々から罰せられなければならない存在なのだ。」
死神はキッと厄神を睨みつける。
「俺は……そんなつもりじゃ……。」
「そなたはそうかもしれないがまわりはそうは思っていない。現に今、藤林かりんは何をしている?そなたの厄に苛まれ二階をまだ彷徨っているかもしれないのだぞ。まあ、このまま藤林かりんが消えてくれればそなたもワイズに投降しやすくなるだろう。」
「……っ!」
厄神は死神の話を聞き、顔面蒼白で走り出した。
「無駄な事を。」
死神は走り去る厄神をただ無表情で見つめていた。


「なんか……はあ……はあ……運が悪いのかな……。」
かりんはどこだかもわからない壁に身体を預けていた。とても暑い。体の水分が飛んでいくのがわかる。出口と思われた所はすべて高い炎に包まれており、煙もひどかった。
とてもじゃないが通れなかった。必死に走り回ったせいか煙を吸ったせいか、もう身体が動かなかった。頭も痛く、意識もはっきりとしない。ゆらゆらと蜃気楼のように視界がゆがんでいる。
……私……死んじゃうのかな……
ひどく重たい咳が出る。気持ちが悪い……頭が痛い。足がもう動かない。
せっかく好きな人ができたのに……ここで終わりなんて……
かりんの瞳から涙が落ちる。
……まだキスもしてないしデートだってしてない……。これからも笑っている彼の顔を見ながら傍にいて手を握り合っていずれ……
そんな事を考えてわくわくしていたのに……
こんなことって……
「……偉い神様にたてついたから……バチがあたったのかな……。」
かりんの身体は火の中を駆け抜けたせいか火傷が目立つ。
……火事の時ってあんまり火傷で死なないって聞いてたのに……運悪く火傷も負って死ぬなんて……ここまでくるとなんだか笑えるなあ……。
かりんは一人力なく笑った。
「なにやってんだYO!一人でニヤついて頭おかしくなったのかNA?」
ふいに少女の声がした。かりんの瞳にカラフルな帽子と赤い髪が映った。その後サングラスが映り、袴が映った。奇妙な格好をした幼女が自分に話しかけていた。
かりんはついに頭がおかしくなったのかと思った。だがかりんは彼女の言葉をしっかりと聞き取る事ができた。
「おっと私がみえるのKA!死にかけの人間はすごいYO!」
「あなた……誰?」
「私は東のワイズこと、思兼神だYO!」
「……ワイズ?」
なんだか聞き覚えのある単語だった。院長や他のスタッフさんの中でよく出てきた言葉だったように思う。
「まあ、人間にはわからないNE!それよか、私は厄神と死神に用があるんだYO。まったく死神め、あぶり出し作戦の炎が強すぎるんだYO!……あ、君も助けるNE?君も厄神の毒にけっこうやられているみたいだからNE!」
それを聞いてかりんはハッとした。
「あなたまさか!院長を捕まえに来た……」
「君もかわいそうだYO……。彼のせいで死ぬところだったんだからNE。」
「院長は罪を償っています!見逃してください。」
かりんはワイズに頭を下げた。ワイズは少し驚いた顔をしていた。
「人間の娘から頭を下げられるとは思わなかったYO。残念だがそれは無理だYO。彼は償っているわけじゃないんだYO。ただ厄を振りまいているだけだNE。」
「そんな……!」
「おっと、そんなわけないっていうのかNA?なんにも知らない小娘が?」
「……。」
たしかにそうだとかりんは思った。ワイズに対して何にも言う事ができなかった。
「……利口な娘だNA。」
ワイズはふっと笑った。
「あの……。」
「ついてくるんだYO。外に出してあげるYO。」
気がつくとかりんの火傷は消えていた。建物は燃えているが煙の臭いは不思議とまったくない。
それが彼女のおかげであることはさすがにかりんもわかった。
炎がワイズを避けている。かりんはワイズの後を追うように歩いた。
「藤林君!」
突如、炎の中から院長の声が響いた。
「ん?」
ワイズは炎の中にある黒い影を見つめた。影は徐々に近づいて来た。そして炎の中を通ってきたとは思えないほどきれいな体の院長が顔を出した。
「ワイズ……。このビルに入って来れてしまったか。」
院長はその幼女を遠い目で見つめる。
「久しいNE。対私用の結界と自分を私から見えないようにする結界と……色々やってたみたいだけど。やっと会えたNE……。」
「俺としてはもう会いたくなかったが。」
「何言っているんだYO。お前が大切にしているとかいう娘を助けてやったんだYO。感謝してほしいとこだYO。」
「藤林君!無事……」
院長の言葉をワイズが遮った。
「無事なわけないだろうがYO。体はズタボロで足は火傷で立つこともできなかった。おまけに一酸化炭素中毒を起こしていたんだYO?お前が殺しかけたんだYO。」
「……っ。」
ワイズの言葉に院長の顔が悲痛の表情に変わる。
「院長!私は大丈夫です!元気です!」
かりんは思わず叫んだ。
「娘、誰のおかげだと思っているんだYO。少し立場をわきまえろYO。」
「ワイズ……もうわかった。降参だ。俺の負けだ。もういい。俺を連れて行ってくれ……。」
院長の瞳には光がない。すべてをあきらめてしまった人のようだ。
「院長……。」
「ごめんね。藤林君。俺はどう頑張っても君を幸せにすることはできないようだ。君に大怪我までさせて一緒にいたいとはもう願わない……。俺は君に何にもしてあげる事ができなかった。ここまで巻き込んでこれはないだろうと思うかもしれないが……俺は君の事好きだった。はじめて好きになったんだ。恋というものを初めて知った。こんな能力さえなければ……人間だったら……」
院長は悔しそうに拳を握りしめた。
「院長……。」
かりんは院長の元へ行こうとした。しかし、院長は止めた。
「こっちに来ないでくれ……。俺に触れてはダメだ……。」
「急にものわかりがよくなったじゃないかYO。お前は神々に裁かれるのがいい。死神はもう私に投降しているYO。」
ワイズは院長に近づいて行った。ワイズがかりんから離れるにつれてかりんには炎の熱が襲っていた。ワイズが今の自分にとっていなければいけない存在になっている事は確かだった。
「この炎は月夜の炎だがワイズが指示したわけじゃないよな?」
「ん?私だYO。だけどここまで大事にしてくれるとは思っていなかったけどNE。慌ててそこの娘っこを助けに来たのSA。」
「この事は罪にならないのか?」
「わからないYO。私自身が裁かれるなら裁かれてもいいYO。そこまで私は仲間の不祥事が許せないんだYO。」
サングラスで見えないワイズの瞳が院長を射抜く。
「……俺はあんたが嫌いだった。あんたから離れたかった。だけど今はそうは思わない。人間もめんどくさい生き物だが神もめんどくさいよな。」
「ダメです!ダメです!」
かりんは急に声を上げた。
「?」
院長とワイズは驚いてかりんを見つめる。
「このまま何もかもあきらめてしまうんですか?院長!」
「藤林君……俺は君に幸せになってほしい……だから……」
「だからなんですか?あなたは私を幸せにしてくれるって言ったじゃないですか!」
話しているうちになんだか悲しくなった。色々な感情がぶつかったが一番はやはりもう二度と彼に抱きしめてもらえないと思う気持ちだろうか。
「わからない小娘だYO。彼には人間を幸せにする能力はないんだYO。これ以上彼を苦しませないでほしいんだYO。君はこれから人間と恋をして家庭を築ける。だからいつまでも彼にこだわっていてはだめなんだYO。」
「でも……。私……。」
「泣くなYO。泣いたってしかたないんだYO。」
ワイズは泣き出したかりんにせつなげに言葉をかけた。

十二話

「アヤ!」
アヤは小烏丸達の声で目が覚めた。
「え?」
小烏丸、干将、レーヴァンテインが心配そうな顔をしているのがアヤの目に映った。
アヤは自分が倒れている事に気がついた。
「やっぱりだ。二階で藤林さんを探していたんだろ?」
「私、倒れたのね。ああ、頭痛い。一酸化中毒かしら?」
アヤはゆっくりと起き上る。小烏丸達は着物に着替えていた。不思議と彼女達のまわりにはケムリどころか炎も寄ってこない。
「現世で着物を着ているのはすごいしんどいからあんま、現世では着たくないんだけど最強の防具でもあるから今は着ているだけ。」
アヤが不思議な顔をしていたので干将は補足として付け足した。
「そうなの。」
「アヤもなればいいじゃん☆」
「そんな変身の仕方なんて知らないわ。」
レーヴァンテインが無邪気に服をつつくがアヤの服装は変わらない。
「それより藤林さんには会えたのか?」
「いいえ。会えていないわ。」
「どこにいるのかはわかったの?」
干将の言葉にアヤは首を振った。
「じゃあ、はやく探そうよ☆彼女はもしかしたら……。」
レーヴァンテインの言葉にアヤは頭を抱えた。
「あんた達、わかってたんなら一目散に逃げるんじゃなくて探しなさいよ!」
「すんません……。」
三人はアヤの言葉に素直にあやまった。それをため息で流したアヤはよろよろと立ち上がる。
「行くわよ。」
「うん。」
アヤと武神達は出火原因の医局まで戻る事にした。そこから徐々にしらみつぶしにあたってみようと思ったのだ。
燃え盛る炎の中、四人は走る。アヤは武神達と一緒にいればなんの問題もなかった。
もう外見を留めていない入口から中に入り、燃え盛っている受付を通り抜け、燃えた扉から医局へと入った。そこで一同は息を飲んだ。
そこに月夜紅がいた。
ただ立っていたわけではない。鎖のようなものが月夜の身体を覆っていた。服装は白い長襦袢になっている。
「月夜センセ……その格好……。」
小烏丸があっけにとられた声を上げた。
「わたしはワイズに裁かれる。これでいいんだ。遮断かもしれないし封印かもしれない。あの男と共に高天原にて非情な罰をうける。これはワイズからの前準備だ。高天原で裁かれる罪神は皆このような醜い恰好になる。」
「それが月夜先生の考えなの?」
レーヴァンテインがせつない顔を月夜に向ける。
「もうわたしを月夜と呼ぶな。どうせ偽名だ。わたしは……死神だ。」
「罪を……罪を償うのは良い事。だけど罪に苛まれている心を忘れる事も大事だと思うの。私はね。」
干将は月夜に向かい叫んだ。
「あんたらはやっちゃいけない事をした。だけどあんた、このままじゃ神として先に進めないぜ。」
小烏丸は月夜を睨みつけた。
「罪を忘れる事なんてできない。このまま生き続ける事などわたしにはできない。」
月夜は空虚な瞳で武神達を見る。
アヤは目を伏せた。アヤも時神になる際に前の時神を殺している。強い時神が出てきた時、弱い時神は死ななければならない。それが時神のルールだった。前の時神は五百年以上生きていた時神だったが年齢はアヤくらいの男の子だった。アヤが時神に目覚めた時、彼の力はみるみる衰退していった。アヤのほうが彼よりも力の強い神だった。彼はアヤを殺そうとした。力の強い神が消えれば時神は自分だけ……自分がずっと時神でいられる。彼はそう考えていた。
もちろんアヤも死ぬわけにはいかなかった。アヤは力をすべて出し切り、彼を殺した。
その罪をアヤは今でも忘れる事ができない。どうしようもなかったのだが人を一人殺してしまったのだ。あの時は時神のシステムを恨んだ。
とても苦しかった。
今の死神はどうなんだろう。自分みたいにやむをえなしにではなく遊び半分でやった事だ。
罪の重さの感じ方は月夜の方が重いのか……。
「死神、あなたは自分でなんとかしようとは考えないの?」
アヤはこんな質問をしていた。
「自分ではなんともならないから頼むのだ。所詮、自分の心の安定だな。」
月夜は力なく笑った。
「そう……。」
それ以上アヤは何も言えなかった。罪の心は人によって違う。自分で償おうとする人もいれば人に裁いてもらおうとする人もいる。人が裁いてもなんとも思わない人だっている。
個人の価値観をアヤは壊せなかった。
月夜紅がそれでいいと言うなら止めない。彼女は子供ではない。大人の意見としてそう言っているのならアヤに止める権利はない。
「わたしはこれからワイズのもとへと向かう。偶然だか必然だかわからないが厄神と藤林さんとワイズが同じところにいるようだ。」
月夜はそう言うと身体に鎖を巻きつけたまま、悠然と歩き出した。
アヤと武神はどうしようもない現実に憤りを覚えていた。


かりんは院長の身体が蒼い着物から白の長襦袢に変わるところを見た。痛々しい鎖が身体中に巻きついている。それを見た時、もう二度と院長には会えないのだとかりんは感じた。
止めたかった。だがこんなにも悲しそうな院長の顔を見ると言葉が何一つ出なかった。
後悔の念がかりんにも伝わった。
「はは……まるで死刑囚だな……。」
院長は力なく笑う。償いたくても自分では償えない。残酷すぎる現実に院長はかりんを守る事をあきらめてしまった。
彼の心情はわかる。でも守ってほしかった。結果的に院長はかりんを守ってくれたのだがそれは他からではなく厄神……自分からかりんを守ったのだ。彼の心情を考えれば何も言わない方がいい。しかし、かりんの心情からすれば今すぐ引き留めて一緒にいたかった。
心のバランスがとれず、かりんは結局何も言えなかった。
「罪神、死神が現れたら高天原へ行くYO。執行される罰はもう決まっているYO。わかるよNE?」
ワイズが院長……厄神を見た。
「……。死刑か?もしくは封印か。永遠の苦痛か?終身刑的なものなんだろ?」
「そんなところだNE。……まあ、軽い罪じゃない事は覚悟しておくんだYO。あとそれからそこの娘にはもう会えないと思うから最後に言葉でもかけていくといいYO。むしろこの人間界にさよならを言った方がいいかもNE。」
ワイズは平然と言ってのけた。
こんなのあんまりだとかりんは思った。やっと見つけた良い職場が神様だらけで罪神で好きになった彼は連れていかれ、もう二度と会えないと言われ、おまけに火事で死にかけた。
こんなのあんまりだ。運が悪すぎる……。
こんな事すべてなくなって院長だけ戻ってくればいいのに……
人間は神様に願うものだ。だが今は神様に願っても状況は変わらない気がする。
「俺は何も言えない。ワイズ、頼みを聞いてくれ。」
「なんだYO。」
「藤林君を一生幸せにしてくれないか?」
「待ってください!」
ワイズに話しかけた厄神をかりんが止める。
「私の幸せはあなたがいる事です!やっぱり行かないでください!」
かりんは跪いて厄神に祈った。できる事ならとダメもとで祈った。
「藤林君……ごめん……。ごめんね……。」
厄神が瞳に初めて涙を浮かべた。そして微笑んだ。自分が守ってあげたいけど守れない。
……できない。
その感情のぶつかり合いが厄神の心をひどく傷つけている事にかりんは気がついた。
厄神を……大好きな彼をこれ以上苦しませてはいけない……。
もう引き留めてはいけない。お互いつらくなるだけだ……。
なんでこんな気持ちにならなければならないのだろう。
なんで私が……
そこまで考えてかりんは頭を振った。このままいったらネガティブになり精神崩壊につながりかねない。
「やはり人間の心に大きな穴を開けてしまったようだYO……。娘はほんとに何にも悪くないのにNE。」
ワイズがつぶやいた時、炎の中から月夜紅とアヤ、武神達が現れた。
「藤林さん!」
アヤは叫んだ。かりんはからっぽの瞳をアヤに向ける。かりんもすべてあきらめてしまっていた。もう彼に一緒にいようなんて言えない。行かないでなんて言えない。
「あんた!なんでワイズに投降したんだ!」
「けんおーとの約束は?」
小烏丸とレーヴァンテインが厄神に向かい叫ぶ。
「……。どうしようもないんだ。俺にはどうしようもできない。」
厄神は唇を強く噛み、こぶしを握り締める。
「あんた、バカなの!厄が人に移るからって理由でいままでやってきた事を全否定するの?」
干将の言葉が厄神の逆鱗に触れた。
「俺がやってきた事は全部意味のない行為だったんだ!それくらい君達だってわかるだろ!今の俺の気持ちがどんなか君達にだってわかるだろう……。もう迷わせないでくれ!一番の被害者は藤林君なんだ!俺のせいでこうなった。彼女を見ていると俺の罪がまた大きくなったような気がするんだ。俺には人を不幸にする事しかできないんだよ!」
涙混じりの叫びは燃え盛る炎に吸い込まれていった。
「落ち着け。厄神。わたしも共に罰を受ける。さっさと行こう。ここにいると情が移る。」
死神が落ち着いた面持ちでワイズの元へと歩いて行く。
「これでやっと罪神が捕まったYO。高天原で裁判を行った後、刑執行に移るYO。」
「わかった。」
死神はそう言ってワイズの前に立った。
「君がそう言うなら……俺も君と行こう……。」
厄神もワイズの前に立った。
「あんた!ホントにそれでいいのか?」
「……。」
小烏丸の言葉に厄神はなんの反応も見せなかった。
「一つ言っておくわ。」
いままで黙っていたアヤが厄神に向け言葉をかける。
「……?」
厄神は今まだ話そうとするアヤに耳を傾けた。
「藤林さんは少なくともあなたといた時は幸せに感じていたわ。それにあなたがみた患者様達は幸せそうな顔をしてあなたにありがとうと言ってたわよね。患者様は痛みとか歯が抜ける恐怖とかから救ってほしくてあなたを頼った。あなたはその願望に答えたあげた。あなたが人に厄を与えているというのなら藤林さんも他の患者様も幸せは感じられなかったはず。あなたの行為は無駄じゃないのよ。」
アヤの言葉に厄神の目からいままでとは違う涙が流れた。
「ありがとう。少し心が和らいだ。気を遣わせてごめんな。」
厄神はにこりと笑いかけた。
「そうじゃないわ。事実よ。」
「アヤ、これから裁かれる罪神にあんまり言葉をかけるなYO。裁かれる方の身にもなれYO。」
まだ何か言いかけたアヤをワイズが止めた。アヤはそこで黙り込んだ。
しかしかりんの心には望みの光りが射した。
……そうよ。彼を好きになって不幸だと思った事なんてない。患者様だってそう。彼は皆幸せにして帰した。
彼が厄除けの神になればきっと凄い効果を生み出すかもしれない。
……祈ろう。ニホンの神は多いと聞く。私の願いを神々が聞いてくれるかもしれない。
神はいる。今だって目の前に。
厄神と死神はワイズと共に消えようとしている。アヤと武神達はどうしようもなくただ、見ているだけだった。
そんな中、かりんは最後まで望みを捨てずに祈った。
……彼が厄除けの神様だったら……今ふりかかっている厄も消してくれる!
「藤林さん?」
アヤが目をつぶって祈っているかりんを不思議そうに見つめる。
「……私はあきらめません。」
かりんは目をつぶりながらアヤに答えた。そしてカッと目を見開いた。刹那、燃え盛る炎は眩しいほどの光りへと変わり、一瞬で消え失せた。
「火が消えたあ?」
武神達があたりをキョロキョロと見回している。
「え……?」
かりんは光と同時に現れた青色のぬいぐるみみたいなものを見つめた。人型クッキーのような姿をしており、顔の部分にパーツはなく、ナルトのようにグルグルしている。そしてそれは動き出した。
「きゃあ!な、何!これ!」
かりんは思わず叫んだ。ふと横を見るとワイズがものすごく不機嫌な顔をしている。
「冷林……北の冷林……んんんん……。」
ワイズは苦虫をつぶしたような声を出して唸っていた。
「高天原北を統一しているという北の冷林か?」
小烏丸は冷林の登場に驚いていた。
「藤林さんの祈りで来てしまったのかしら?人の心に反応する神様がこんなところまで……。いや……連れて来てもらったのね。」
アヤは冷林のとなりにいる影を見つめた。
「いんやあ、冷林から頼まれてひとっ跳びってとこかい?やつがれはちょいと疲れたけどんねぇ。」
鶴は冷林の横で一人笑っていた。
「鶴!裏切ったのかYO!……最悪だYO……。ああ、これは最悪だYO……。君の気まぐれさにはホント困ったものだYOぉ……。」
ワイズは鶴をみて落胆した。
「そう怒りなさんなって。やつがれは神々の使い。あんただけの使いじゃないだよい。」
鶴はケラケラと笑いながら呆然と立っているかりんに目を向ける。
「あんた、よかったな。祈りが……人間の心がこの神様に届いたっつ―話だよい。」
「祈りが……届いた……。」
かりんの肩からなんだかわからないが力が抜けた。
そしてすぐに頭に言葉が見えた。声ではない。パソコンのワードのように言葉がかりんの頭に出てくる。
―ナンジ、ノゾムハ……ナニカヤ?―
「カナエル……チカラ……サズケテ……」
かりんは知らずの内に脳内に出てきた文字を読んでいた。
「冷林が話しかけているんだね☆」
レーヴァンテインの言葉にかりんはハッと我に返った。
「あなたが話しかけてきたんですか?」
目の前にいたぬいぐるみ……冷林はこくんと頷いた。
―サキホドノ……ノゾミヲ……―
「私の……望み……それは……彼を……厄神を厄除けの神にする事!」
かりんが叫び、冷林が頷いた時、冷林の身体が光り出した。そしてその光はかりんに伝わり拡散した。
「厄除けの神?」
「……厄除け……。」
アヤ達は驚いた。一番驚いていたのは院長だった。
「これは面白くなったよい!」
鶴は一人笑っている。
「おもしろくないYO!」
対してワイズは怒っている。厄神の身体が長襦袢から元の白衣に戻った。
「鎖が……きれた……。」
「最悪だYO!お前は冷林に裁かれた。こんな事ってないYO!」
「冷林に裁かれた?」
ワイズの言葉に厄神は眉を寄せた。
「冷林が罰としてお前の厄神としての称号をすべて捨て去ったんだYO。お前は今厄神としての神格はゼロ。高天原では最下層の神格、いや……高天原にも入れない神格だYO。」
「つまり遠流か?」
「よく聞けYO。お前はもう厄神じゃないけど厄除けの神としてそこの娘の祈りによって新しく生まれた。人間の祈りで神の称号は変わるYO。称号は追加されるものだがお前の場合、冷林がお前の称号をすべて消し去ったからお前は今、ただの娘に祈られてできた弱小神ってことだYO!」
ワイズの口調が荒っぽくなっている。よほど気に入らないらしい。
「なるほどな。藤林君が……俺を救ってくれたのか……。俺が守るって言ったのに……なさけないな……はは……。」
厄神……院長はその場で崩れた。そして大声で泣いた。
「ほんと情けない……女の子に助けられて号泣するなんて……俺、本当にダメな男だな。」
かりんにはまだ完璧に把握はできなかったが今の院長を情けないとは思わなかった。
心からきれいな男なのだと思った。
「本当は罰が怖かった。逃げれるならば逃げたかった。口では強がったが心では誰かに助けを求めていた。」
「……院長……。」
「……罪は消さない。俺は罪を背負う。藤林君がくれたチャンスを俺は無駄にしない。もう一度スタートからやり直して見せる。」
院長はうなだれながら答える。
「……勝手な男だYO。裁かれたらずいぶんとポジティブになったYO。」
ワイズは院長にあきれたようだ。今の院長にはなんの力もない。ワイズが威圧を飛ばせば彼は死んでしまうだろう。しかし、ワイズは何もしなかった。ここで殺すのは凶と出ると思ったのだろう。
そんな院長を死神は横で見ていた。
「月夜先生……は……変わらないの?」
レーヴァンテインが死神に声をかけた。先程から死神は事の成り行きをただ見守っているだけだった。
「そうよ。あなたも院長と同じ罰を受けるべきじゃない?」
アヤは死神とワイズを交互に見た。
「しかたないYO……。今回は元厄神がああだからお前には選ばせてやるYO。神格を失うか高天原で罰を受けるのか……。」
ワイズの問いかけに死神はゆっくりと口を開いた。
「わたしは高天原で罰を受ける。それがわたしの答え。」
「!」
武神達、アヤ、かりんは死神を驚きの目で見つめた後、目を伏せた。
彼女達は死神が神格を放棄すると思っていた。しかし彼女はしなかった。
「月夜……。」
院長は死神をせつなげに呼んだ。
「いいんだ。そなたはそなたのしたいように罪を償うべきだ。わたしはわたしの罪の償い方で進む。人それぞれ罪の償い方、考え方が違う。わたしは気がついた。そなたはわたしと一緒にする必要はない。」
「なんで君は……そんなに強いんだ?」
「強い?それも価値観の違いだ。わたしはそなたのやり方で罪を償うのも勇気ある選択だと思う。わたしが絶対に選ばない選択肢だ。結局わたしは逃げているんだと思う。散々不幸にした人間達と一緒に過ごすのが怖いからこうやって神に裁いてもらおうと考える。どちらかと言えばわたしは弱いと思う。それも自分で想っているだけだがな。……そなたは守るものを守って苦しんで生きて行くがいい。わたしは精一杯苦しい罰を受けて生きて行こう。生きていられないかもしれないがな。」
悲痛な顔の院長に死神はこう言った。
これは彼女の選択。ここまではっきり言われるとアヤ達は何も言えなかった。
ワイズは何も言わずにそっと死神に手を伸ばした。
死神はその手をとると涙した。そしてそのまま院長達を振り返ると笑顔で消えて行った。
……二度と会えないが元気でな……
彼女は最後にそうつぶやいた。
その涙で濡れた顔はとてもきれいで美しかった。

最終話

彼女の選択は立派だった。かりんはそう思う。本心を言えばもっと一緒に働いていたかった。
彼女はとても優しい先生だった。そして自分の考えをしっかり持っていた。
彼女はその自我の強さから色んな選択肢に目を向けられなかったのかもしれない。
それでも立派だと感じた。
「およよ、娘っこ。」
しばらくの沈黙を破ったのは鶴だった。
「はい?」
かりんは機械的な返答をした。
「よかったんなあ。これで剣王の約束守れるんね!」
「……はい。」
「なんだい?辛気臭いねぇ。死神は自分で選択をした。こちらが落ち込んだり嘆いたりするのはお門違いちゅーことだよい。」
「そう……ですけど。」
鶴は楽観的に言うがかりんはそんな気持ちになれなかった。
「藤林君、鶴の言うとおりだよ。彼女は彼女の選択をした。さっきみたいに強制ではなく、ワイズはちゃんと選択肢を与えた。それだけでも充分ワイズは良心的だ。」
「そう……ですね。」
「まあ、死神の事は忘れようぜ。」
小烏丸が痛みを引きずった顔で言う。
「そうね。……院はいつから再開?」
「お人形燃えちゃった……。」
干将とレーヴァンテインはもう次へと心が動いていた。
「それよりなんで全然消防隊が来ないのかしら?もう火は消えているけど。」
「さあな。外でワイズの部下とかが邪魔してたんじゃないのか?」
アヤの質問に小烏丸があいまいに答えた。
「とりあえずやつがれはこれにて。」
鶴は冷林を背に乗せると光となってさっさとその場から消えた。
「まったく鶴は本当に油断ならないわね……。でもうまいわ。多い方の味方につく。今回は剣王と冷林両方の味方についた。……途中までワイズの仲間をして最後になんの命令もされなかったから鶴は冷林の命令に従った。」
アヤがぼそりとつぶやく。
「冷林も油断ならないよ☆冷林は祈りに反応して現れるだけでほとんど話した事なんてないね☆何考えてんのかわかんない!」
レーヴァンテインが今消えたばかりの冷林にため息をついた。
「とりあえず元の服に戻ろうぜ。人間界だと着物はかたっ苦しくてない……。」
小烏丸はさっさともとの白衣に戻った。干将もレーヴァンテインも元の服に戻った。
一同の服はボロボロだ。すすけており、ところどころ焦げている。
「あー……新しい服買わなきゃじゃないねぇ?」
干将がやれやれと頭を抱えた。かりんは何にも考えられなかった。
院長は戻ってきた。
だが月夜先生はもう戻らない。彼女の選択だとしても納得できなかった。
「藤林さん。しっかり。」
アヤがかりんの肩を抱く。
「なんだか……これでいいのかって思っちゃって……。」
「あなたが気負う事ないの。あなたは院長も月夜先生も救ったんだから。」
「月夜先生は……!」
「藤林君、とりあえず外に出よう?」
かりんの言葉を院長が遮った。かりんはしばらく黙って下を向いた後、素直に頷いた。


外はやじうまもなく静まり返っている。まるで先程の火事がなかったかのような静けさだ。
「……月夜が後始末をして行ったようだね。」
院長のつぶやきにアヤ達は首をひねった。
「彼女は本来、魂の管理が仕事。今の火事は彼女が起こした事だから人々の魂の記憶から火事の部分だけ魂を刈り取ったんだ。」
「器用にその汚染された部分だけ切り取ったという事ね。」
「そういう事だね。」
アヤ達は静かな駅前を歩く。もう時間が大分遅いのか人通りは少ない。
「とりあえずうちらは帰るな!」
「今日は疲れちゃった☆」
「そういう事。帰って心霊番組を見なきゃだし。」
武神達は疲れた顔をアヤ達に向けた。
「うん。なんかごめんね。君達はまた俺の医院で働いてくれるのかい?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ。」
「あたしらは仕事がほしいんだよ☆」
「そういう事。」
院長の問いかけに武神達は喜んで答えた。
「で?いつからやるんだ?」
「うん。それなんだけどね……、もうここではやらない。」
「え?」
院長がニコニコと笑いながら言うので武神達は呆気にとられた。
「もっと静かなところで一から開業するつもりなんだ。だからしばらく場所決めとかでできないかもしれない。」
「そういう事か。まあ、いいぜ。待っててやるよ。」
「そのかわり、給料を上げてちょうだいね。」
「あ、カエルのぬいぐるみ買ってね☆」
「まったく……君達といると調子が狂う。」
思い思いの事を言い出す武神達に院長は困った顔で微笑んだ。武神達は楽しそうに手を振ると静かになった駅前から姿を消した。
「よかったじゃないですか。スタッフは足りてるし。」
「アヤちゃん……君は?」
アヤがそっけなく言うので院長は焦って聞いた。
「私はもうあなたの所では働かないつもりです。もともと武神達に捜査を手伝わされただけだったんだから。もうあんな忙しい仕事はいやですね。」
「そう……かい。」
「でも楽しかったですよ。それから私の手がほしいと思ったらいつでも呼んでください。院長命令ということで飛んで行きます。」
アヤはニッコリと笑った。
「まったく……君もよくわからない子だよ……。」
院長がせつなげにアヤをみるのでアヤは付け足した。
「それから、スタッフの中で一番大切な子があなたにはいるじゃないですか。まずはその子の機嫌を直して一緒に来てくれるように頼んだらいかがでしょう?もう邪魔する人はいないし彼女は厄除けで一生幸せ者ですよ。」
院長は目を見開いた後、アヤからかりんに目を移す。
「……。」
かりんは黙って下を向いている。
「それでは私もこれでお暇します。どこで開業するか決まったら教えてくださいね。一応。」
アヤはかりんと院長を切れ長の瞳で見ると踵を返して歩いて行った。
「……君は大人なんだね……。しっかりしすぎている……。」
院長は去って行くアヤの背中にぼそりとつぶやいた。
そして先程から黙っているかりんにそっと目を向けた。


ワイズと月夜紅はきれいな星空の中を飛ぶ。外は相変わらず冬の景色でとても寒い。
「時に死神……。」
「何?」
ワイズが口を開き、月夜は素っ気なく答える。
「なんであの娘っこの魂は刈り取らなかったんだYO。」
「忘れていたんだ。」
「忘れてほしくなかったんだよNE?」
「……。」
ワイズは立ち止る。月夜も止まった。
「君が忘れたんじゃなくて忘れてほしくなかったから刈り取らなかった……違わないよNE?」
「さあ……どうだろうな。」
「かわいくない部下だYO……。」
「それよりなんでこんなところに連れてきた?」
高天原にはすぐに行ける。だがワイズはわざわざ星がきれいな上空で止まった。
「昔の人間はこの星々が死んだ人間の魂だと言ったんだYO。お前に見せてやろうと思ってNE。」
「粋な計らいだな。だが星はただの石ころだ。」
「人間には隕石しか見えていないんだYO。天にはこんなに魂があふれているというのに……。」
「まあ、そう思えば昔の人間はよく我らの事がわかっていたな。」
「自然と対話する能力を持っていたからNE。」
「きれいだな……。」
月夜は憂いを帯びた瞳で星々を眺める。
「人間の魂はここまで美しく、人間の祈りはとても恐ろしい……だNE。」
「何を詩人めいたことを……。」
月夜はなんだかおかしくなり笑った。ワイズも自分の言っている事がおかしくて笑った。
女神たちの笑い声がきれいな星々に反射するかのように響いた。


「まあ、あの死神は我を通すタイプだからねぇ。」
剣王は楽観的に笑った。ここはアヤの部屋。
「そんな笑っている場合じゃないだろ!剣王!」
小烏丸が騒ぎ出した。
「一体何なのよ。仕事で疲れてて火事まで起こって今は夜中。これから寝ようと思ったところに剣王に武神……はあ……病気になりそう。」
「まあ、なんか色々あってね☆」
「ちょっとあちこち触らないで!」
レーヴァンテインがアヤのベッドで遊び始めたのでアヤはレーヴァンテインを叱った。
「カリカリしてるわねぇ。」
干将はそんなアヤを楽しそうに見つめた。
「なんかいいねぇ!こうやって女の子に囲まれるってのは……ははっ!」
剣王は一人楽しそうだ。酒でも飲んでいるのか。
「で!なんなのよ!こんな夜中に騒がないで!うるさいのよ!」
アヤは機嫌悪そうに叫んだ。怒っている。非常に怒っている。
「ああ、ごめんごめんねぇ。死神以外、うまくいったから報告をと思って。」
剣王は頭をポリポリかきながら説明を始める。
「うまくいったって何よ?」
「鶴に冷林のとこで待機するように言っておいたんだけどねぇ。ワイズが鶴に何にも指示しないからさあ。ワイズったら自分で彼らを捕まえたいって動いてたから最後の最後で鶴に待機の命令をしてなかった。彼は命令がないと命令がある神の元へと行ってしまうからねぇ。うまく使ったそれがしの勝ちー!」
剣王は実に楽しそうだ。それに呼応するように騒ぐ武神達。
「やったぜ!剣王!」
「さすが☆けんおー!」
「意外にやるじゃない!剣王!」
武神達はガッツポーズをしながらワイワイ騒いでいる。
「うるさい!」
アヤの一喝で剣王達は黙り込んだ。
「アヤちゃん、今、すごいなんか出てたよ……。」
「こわっ!今土下座しそうだった……。」
武神達はガタガタと震えだした。
「と、とりあえず……これで流史記の敵はとったわけで……ええと……。」
干将が言葉をもごもごと発する。そんなに今怖かったのか。
「ベッドで遊んでごめんなさい……。」
レーヴァンテインがしくしく泣きながらあやまる。小烏丸に至っては一番遠くへ逃げて壁に張りついている。
……これじゃあ話が進まない。
アヤは笑顔になった。
「うん。怒ってないわよ。」
その一言で武神達は恐る恐るアヤに近づいて行った。
……なんか猫とかその類の動物みたい……
アヤはあきれ顔でため息をついた後、剣王を見つめる。
「剣王、あなた藤林かりんになにかしたの?」
「え?それがしは何にもやってないよぉ。ちょっと言葉を交わしただけだねぇ。」
「言葉を交わした?」
「そうさあ。厄神にも会って罰を与えたんだよぉ。まあ、それははっきり言って罰ではなく約束だったんだけどねぇ。」
……そうか。だからさっき武神が「剣王との約束」と言ったのね。
「それがしはそれよりもあの娘に動いてほしかったんだよ。あの娘が冷林の存在に気がついたら凄いだろうなあと思っててねぇ。もしダメだったら厄神、死神をワイズから奪って流史記姫神の前で罰を与えようと考えてたんだけどあの幼い彼女じゃあ、泣き叫んでそれがしに罰則の撤去を頼むだろうからなあ。あの子はほら、優しいから非情な罰を見てられないでしょ?乗り気ではなかったんだよねぇ。ヒメちゃんが泣くと彼女の親父がでてきそうで怖いし。」
剣王の眉間にしわが寄る。
「それはあるわね……。ヒメはまだ幼い。彼女なら震えあがって泣き叫んで心にトラウマをうんでしまうでしょうね。歴史の神なのに不幸な人間の歴史をみただけで心が不安定になる。今回の件もそう。本来生きられるはずの人間の歴史がきれていってしまう異常事態に彼女はおかしいとは思わず、怖いと思った。そして自分を助けてくれる神を求めたが誰も助けてくれず、両親の事を想い、愛を求めたが両親も助けてはくれず、恐怖と妬みでおかしくなって人間をすべて消そうとした。不安定な神様ね。」
「まあ、でも今回はワイズよりも先に彼らに接触できた事と鶴がフリーだったことが重要なポイントだったねぇ。」
「……そうね。鶴はいまいち謎だったけど……私はけっこうなお金をもらったからそれでいいわ。」
アヤはニッコリと笑った。
「うわっ!魔性の女!」
「金もらってにやついて……。」
「そのお金でお人形を……。」
また武神達がいつも通りに騒ぎ出した。
「うるさいわよ。一人暮らしにはお金は大事なの!」
アヤはまた怒鳴った。
「アヤちゃん、それがしにご奉仕してくれるとうれしいなあ。」
剣王はいやらしい目をアヤに向ける。
「あんまりからかわないで。あなたのメイドじゃないのよ。」
アヤはきっぱりと言った。
「じゃあ、私達が❤夜の御仕事させていただくわ❤」
なんだか干将は嬉しそうだ。昼ドラを見ているせいかこういう話になると干将は女になる。
「お!いいねぇ!いいねぇ!着物で艶やかにエロく!」
剣王もノリノリで手を叩く。
……これはあれだ。深夜のノリだ……。
「小烏丸!ぬっぎまーす!」
小烏丸は剣王の前でワイルドに服を脱いでみせた。
「いいねぇ!いいねぇ!おっさんムラムラきちゃうよ!」
……ちょっとまて……なんだこのノリは!それよりあいつは馬鹿なの!酒でも飲んでいるの?馬鹿なの?え?馬鹿なの?
小烏丸は下品にも裸踊りを始めた。
「何々☆お風呂?」
レーヴァンテインはなんだかわからずとりあえず服を脱ぎだす。
「やめろおおおおおお!」
アヤの声は深夜のマンションに大きく響いた。一同はフリーズした。
「こんの恥さらし!さっさと家に帰りなさい!そういうのは高天原でやりなさあああい!」
「ひぃいいい。」
武神達はてきぱきと服を着ると剣王の後ろに隠れた。
「ご……ごめん。アヤちゃん……帰るね……あは……あはは。」
剣王の笑顔は引きつっていた。顔が引きつりそうなのはこちらだ。
アヤは箒で掃くように剣王達を外に出した。
「まったく……疲れるったらない。」
こうやって締め出してもまた何か問題を抱えて彼らはやってくるのだ。
……今はゆっくり寝たい……
アヤは重い頭を抱えベッドに横になった。


「藤林君……。落ち着いたかい?」
ここは近くの公園。深夜なため誰もいない。吐く息は白い。
「……少し。」
「ありがとう。俺は本当に君を不幸にするところだった。」
「私は不幸なんかじゃなかったのに……院長が……そうやって……」
「うん……ごめんね。」
院長は先ほどから泣いているかりんを優しく抱きしめる。
「歯科医院……ついていきますからね……。」
かりんは院長の黒いダウンコートに顔をうずめる。
……私……なに子供みたいにすねているのかしら……
そう思っているのだが身体は違う事をする。
「もう……私を置いてかないでくださいね……。」
「藤林君……痛いんだけど。」
かりんは院長の頬を思い切りつねっていた。なんだかわからないがすごくつねりたくなった。
「守ってくれるって言ったから信じてたのに……。」
「痛い……ごめん。ごめん。もう君から離れないから……。」
「本当に?」
かりんがそっと院長の顔を仰ぎ見た。院長はつねっているかりんの手をパッととるとかりんの手を握り真剣な顔で言った。
「本当だ。俺はもう決めたんだ。」
その真剣な顔にかりんは彼の決意を見た。
「じゃあ……一緒に連れて行ってください。」
「うん。ありがとう。藤林君……。」
「あの……。」
かりんは恥ずかしそうに下を向く。これを言うのは心臓が張り裂けそうだった。
「なんだい?」
「……名前で……かりんって言ってください……。」
「え?」
院長はドキッとしていた。女の子の名前を下で呼ぶなんて……。
院長はそう思ったが二人のキズナを深めるため、照れながらはっきりと言った。
「かりん。」
「ダメ……やっぱり恥ずかしい……です。」
かりんは再び院長のダウンに顔をうずめる。
「かりんはかわいいね。」
「や、やっぱやめてください……。」
「そうはいかない。」
院長は意地悪そうに笑う。
「意地悪ですね……。」
「顔を上げて。」
院長の言葉にかりんは素直に顔を上げた。かりんは驚いた。いきなり院長の唇がかりんの唇と重なった。やわらかい唇がかりんを上気させる。
「ん……。」
院長はそっと唇を離した。
「な!な!」
かりんは動揺で頭が真っ白だった。顔が急激にほてるのを感じながら微笑んでいる院長を見つめた。
「ほら、キスくらいしないとさ。」
「なんか院長……肉食系ですね……。」
かりんは動揺で何を言っているのかよくわかっていない。
「あ、それから院長って呼ぶのは仕事だけにしよう。」
「え?」
「俺に名前がないんだ。かりんがつけて。」
艶っぽい声で院長はかりんの耳元でささやく。
「私が……そんな……。」
「いいから。」
「え……えっと……星でなんかかっこいい男の名前……」
かりんは上空でキラキラ輝く星を眺めながら考える。
「そんなんじゃなくてもいいよ。かりんが呼びたいように呼んで。今はかりんだけの神様だからさ。」
「ご……ご利益……さん。」
かりんの言葉に院長は爆笑した。
「ご利益さん……あははは。」
「そんな……笑わないでください……。そしてごめんなさい。」
「いいよ。それで。」
「りっくんでいいですか?」
「ニックネーム?いいよ。」
二人はお互い笑いあい、今度はお互い準備したうえで深く唇を重ねた。


あの事件からしばらくたった。二月後半。だんだん日が長くなっていくのを感じながらアヤは田舎町に来ていた。まだそこそこ寒い。電車が一時間に一本という所で山々に囲まれた静かな町だ。その中にひときわ静かに佇む歯科医院。パールナイトデンタルクリニック。
今はお昼で患者様はいないだろう。アヤは長閑な景色を眺めながら医院の前に立つ。
玄関では狸が寝ている。アヤは狸をうまく跨ぎ、近くにあったツバメの巣をかがんでかわすと中に入った。
都会では考えられない長閑さだ。
「お!アヤか!いらっしゃい!」
はじめに出迎えたのは小烏丸だった。この医院は自宅と医院が併設しているらしい。
おそらく院長の自宅だと思われるそこはスタッフルームになっており恐怖DVDやらおもちゃやらが散乱している。
「あら、アヤじゃない。今、心霊スペシャルやってるのよ。一緒に見る?」
「いや、いいわ。」
テレビの前に座っている干将をさらりと受け流し部屋を見回した。
「あ、アヤこんにちは☆」
レーヴァンテインは口にチョコをつけたままアヤに挨拶をしてきた。
「久しいわね。藤林さんはどこ?私呼ばれたんだけど。」
「藤林さんと院長なら横の部屋☆」
レーヴァンテインが大げさに指を動かして横をアピール。
「そう。」
「あ!あのな、今、藤林さんのお腹に子供がいてだな……。」
「はあ?」
アヤは小烏丸の言葉に驚いた。
「ほんと。ほんと!いつやったのかしら。あの二人。」
「そういう生々しい発言やめなさい。」
干将が興奮気味に話すのでアヤは干将の口を塞いだ。
「と、とりあえず、院長に会いに来たの。」
「だから横!」
ビシッとレーヴァンテインが指を差す。
アヤは横のドアを開ける。
「はいはーい。聞こえますか?俺お父さんですよー。」
「もうりっくんたら。」
始めに聞こえてきたのはこんな会話だった。
……どこのバカップルの会話だ……これ。
「あ、アヤちゃん。いらっしゃい。」
「アヤさん……。」
院長とかりんが仲良くこちらを向いた。
「実は!なんと俺達に子供ができたんだよ!」
「今、お腹にいるんですよ!」
二人は鼻息荒くアヤに迫る。
「わかったわ。わかった。おめでとう。よかったわね。」
アヤはにこやかに笑った。
……それにしても子供って……早すぎるんじゃないかしら……
まあでも、一目惚れ同士、くっついたんだからこうなるのも無理はない?かしら。
「結婚とかはしたの?」
「結婚はまだですよ。これからです。」
……なんだかわからないがとても幸せそうだ。それはそうだろう。厄除けの神が藤林かりんを守っているのだから。
二人の関係には何にも問題がないだろう。じゃあ、なんでアヤが呼ばれたのか。
なんだか嫌な予感がした。
「私ってなんで呼ばれたの?」
「うん、実はね。かりんが今こうだから代わりにアヤちゃんに入ってほしいんだ。」
……そんな事だろうと思った。
「だって人数足りるでしょ?衛生士が三人もいるのよ。」
「それがね☆」
後ろにレーヴァンテインが立っていた。
「ここ、実はものすごく忙しいんだ。運よく患者さんが大量に来てくれていつも繁盛。素敵な受付がいてくれると仕事も速いって事で。」
小烏丸がアヤの肩に手を置いた。
「評判がアホみたいにいいのよ。遠方からもわざわざ来たりね。」
干将もやれやれと頭を振る。
「という事で。」
「明日からよろしくお願いしますね。アヤさん。」
最後のトドメとして院長とかりんが締めくくった。
「……。」
アヤは言葉が出なかった。
……厄を除けすぎじゃないかしら……私には厄がけっこう降りかかっているような気がするけど。
アヤはそう思ったがこういうのも悪くないと思った。
「わかったわ。明日からよろしくね。」
気がついたらこう言っていた。武神達、かりん、そして院長の笑顔がアヤに向いていた。
アヤは頭を抱えながら微笑んだ。


月夜紅はどうなったかわからない。だが厄除けの神と人間かりんはこれから手をとり合い共に生活していく事だろう。厄除けの神はかりんを一生幸せにしながら人間達の厄を除け、罪を償っていくことに決めた。
罪の考えは人によって違う。心に罪を背負い、生きて行く事こそが罪を償うことなのか、誰かに罰せられて初めて罪を償った事になるのか。それは人それぞれだ。
アヤは医院の帰り道、そんな事を思った。
私の先は長い。これからゆっくり考えていこう。
アヤは遠くで手を振っている女の子に手を振りかえした。
「アヤ、遅いのじゃ!今日は遊んでくれるお話じゃったろ?」
「ごめん。ヒメ、明日からまた忙しくなるの。」
そこにいた女の子は美しい着物を着ているがまだまだ幼い。幼い女の子は顔を曇らせた。
「がーん……。流史記姫神はショックをうけたぞよ……。」
「ごめんってば。とりあえず今日はいいけど明日からはまたちょっと剣王とでも遊んでなさい。」
「嫌じゃ!剣王は鬼ごっことか本気でやってくれぬ!」
……そりゃあ……そうよね……
アヤはそう思ったが口には出さず、女の子の手をとって歩き出した。
長閑な風景に梅の花が映る。もう春が近づいている。
「ねえ……何して遊ぶの?」
アヤは女の子に向かい笑いかけた。

旧作(2010完)本編TOKIの世界書一部外伝「流れ時…3.5」(時神編)

テーマは「贖罪」です。

旧作(2010完)本編TOKIの世界書一部外伝「流れ時…3.5」(時神編)

登場人物が主人公以外変わり、舞台も歯科医院になります。三話目ジャパニーズ・ゴット・ウォーの延長だと思ってください。 外伝ですね!!興味あれば読んでください。 歯科助手さんとかに読んでもらいたい笑 秋から冬になりました。そしてちょっとラブがあります。 神様は人間に紛れて生活していることもある。悪い方面の神様が人間に紛れて仕事をしているなんてことがあるかもしれない。 ジャパニーズファンタジー第3.5話。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-19

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. ビュー・オブ・デンティスト
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 十一話
  12. 十二話
  13. 最終話