月夜の戦乙女

 連続婦女暴行事件のニュースを聞いてミクは義憤の炎が噴き上がるのを感じた。こしゃくな奴め、この私がとっ捕まえてやる! ミクは決心した、私がエサになって強姦魔をおびき寄せてやろうと。
 おびき寄せるからにはセクシーな衣装が必要ね。鏡の前に立って自分の目論見の甘さを思い知るミク。よく言えばポッチャリ、悪く言えばメタボ、お世辞にもグラマーとはいえないボディーに、よく言えば愛嬌がある、悪く言えばイノシシみたいな団子っ鼻の顔が乗っかっている。
 平気よ! 女は愛嬌なんだから。でも彼氏いないけど……。
 今年で二十歳、未だ恋愛経験なしのミク。前向き思考がモットーで、誰からもよき友人だと思われるのが自慢だ。
 はちきれそうなハムを無理やり縛ったような痛い格好で夜の巷に繰り出すミク、軽く走ってウォーミングアップを済ませ、柔軟体操をしてその時に備える。
 巷には着飾ったカップルや、やたらボディラインを強調したセクシーな女性が闊歩している。食虫植物がその匂いで虫をおびき寄せるように、男どもが本能の赴くままに女の色香に吸い寄せられる様を横目にミクは強姦魔を探すのだった。
 こんな時にお父さんがいてくれたらな。ふと、父親を思い出すミク。幼少時から私が苛められないようにと格闘技を教えてくれた父親。「やりたい事ができた」と言い残して家を出てから数年。女の子は大人しくなくちゃいかんとか、男の子を苛めちゃいかんとかいいながら、なんで格闘技を教えてくれたんだろう?
 なんとなく父親を思い出しながら歩いているうちに夜も更けてしまい、すっかり眠くなったミクは諦めて帰ることにした。とぼとぼ歩いていると、背後に怪しい足音が聞こえてくる。もしやこいつは! ミクは敢えて人気のない空き地を目指して歩く。案の定、背後に迫る足音も付いてくる。
――しめしめ、私の色気も捨てたもんじゃないわね。
 ミクは妙な自信を深めつつ、暗い空き地で立ち止まった。さすがに緊張して鼓動が速くなってきたミクがおもむろに振り返った刹那、胴体に重い衝撃を受けて仰向けにひっくりかえされた。暴漢は高速胴タックルを成功させたのだ。
 一瞬意識が飛んでいたミクが我に返ると、黒いジャンパーに目だし帽、いかにも怪しい暴漢が、今まさに仰向けに倒されているミクの両脚を掴んで開き、乙女の聖域へと体を密着させてくるのが見えた。
――しめた、ガードポジションだ。
 暴漢が脚を掴んでいた手を離した瞬間に、ミクは暴漢の片腕を掴んでひき寄せつつ両脚で頭もろとも挟み込んだ。
――食らえ、三角締め! 
 しかし暴漢は軽々とミクを持ち上げて地面に叩きつけた。軽々と抱っこされたい、密かな望みが最悪の形で叶ったミクは気が遠くなり、脚のクラッチが外れてしまう。それにしても体重八○キロに達するミクをパワーボムで投げ落とすとは、この暴漢も只者ではなさそうだ。
――三角締めがダメなら、オモプラッタだ!
 ミクは暴漢の左手首を掴み、右脚を振り上げて上から暴漢の左腕に巻きつけつつ体を右方向にずらす。そして掴んだ左手首を内側に捩じってリストロックを極めつつ、柔術の技オモプラッタで暴漢の左肩をがっちりと極めた。
 どうだ! とばかりにミクがしたり顔をした瞬間、暴漢は速やかに前転して逃れつつミクの顔面にケリを入れてきた。
「ふが……」
 団子鼻が豚鼻になったミクは、ひるむことなく暴漢の左ケリ脚を右腕で掴み、脇に抱え込みつつ両脚で挟み込んだ。そのまま体重かけて後ろに反り返り、アキレス腱固めを極める。親指を立てて橈骨をアキレス腱に垂直に当てる事でより高いダメージを与えるミク、これを教えてくれたお父さんに感謝だ。
 お父さん、どこにいるのかな? どこかできっと私の雄姿を見ててくれるはずよね。ふと思いながらミクは、次のステップに移行することにした。アキレス腱固めは、痛みこそ与えるがダメージ自体は少ないのである。苦痛であるはずなのに一切声をたてない暴漢の左踵に右前腕橈骨を引っ掛けてつつ暴漢の左膝を中心にして全身で左方向に捩じる、ヒールホールド完成だ。
 ぷちぷちぷち
 暴漢の膝十字靱帯が切れる音が聞こえた。
「ぐあ……」
 暴漢は苦痛に呻き、暴漢から見て右方向、つまりミクが捩じる方向に体を捻って回避を試みた。ミクは敢えてその動きに逆らわず、暴漢の左足つま先先端部を右手で掴み、そして左腕で抱え込みつつ自分の右手首を掴み、全力で左側に捩じる。アンクルホールド完成だ。
 ぼくん
 暴漢の腓骨が折れる音が聞こえた。およそありえない角度に捩じれた足首、暴漢は苦痛に呻きながら尚も体を捻って回避を試みる。ミクは暴漢の脛が自分と正面を瞬間を逃さずに両手で足首を掴み、両脚で腿にしがみつき、背筋を使って全力で反り返った。膝十字固め完成だ。
 めりめりめりめり……ぼっくん
 暴漢の膝が、曲がってはいけない方向に曲がると、ついに暴漢が悲鳴をあげた。
「あああああ!」
意気消沈した暴漢の目だし帽を掴んで剥ぎ取るミク、暴漢の顔を見てビックリ仰天。
「お、お父さん? どうして……」
 なんと! そこにいたのは失踪した父親だった。お父さんのやりたい事って、いったいなんだったの? まさかお父さんが連続強姦犯だったの? あまりの衝撃に動揺し、ミクの動きが止まった。
「お前……ミクなのか? こんなに肥えてしまって。しかも綺麗な服を着て、まったくわからなかったよ。そうかお前ミクか。はは、強くなったな」
「ははじゃないわよ」
「実は父さんはな、小学生の頃、女の子達に苛められていてな、その仕返しをしていたんだよ。着飾って歩く女どもが許せなかったんだ。だから関節技で女どもを痛めつけてやっていたんだ」
「へ? 強姦犯じゃないの?」
「おいおい、父さんを変態扱いするなよ、誰がそんな破廉恥な事するか」
「充分に変態じゃん!」
 うすら寒い月夜の下、ミクの声が響くのだった。

月夜の戦乙女

月夜の戦乙女

ギャグです。 自己評価☆

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-19

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