神の末裔

2013/05/17

 帝位が継承されてから、初めての闘技会だった。円形に象られた闘技場はこの国特有の石造りで、見る者を圧倒する。しかしその日は、闘技場そのものの壁さえ見えぬ人出だった。それもそのはずだ。待ち望まれた帝王の、お披露目の祭りでもあるのだ。知らぬ者はいないとまで言われる彼の政治手腕は、民衆の支持がそれを更に増大させていた。実しやかに囁かれる噂の中には、国家創造の神話の再来と聞く事など珍しくない。
 膨れ上がる熱気の中で、貴賓席に目を凝らす。太陽を背にした上座は眩しく、見上げた額の上に両手で影を作った。不思議な事に、周囲の熱気を感じなかった。それどころか、少し寒い。風邪だろうかという言葉が頭の隅をかすめた時、爆発するような歓声が闘技場を包んだ。
 貴賓席に真紅のマントが翻っている。吸い込まれるような帝王の碧眼が、闘技場の民衆を見下ろしている。
 その目が、恐ろしかった。体中の肌が総毛立ち、喉元で心臓が鳴っている。なけなしの理性が、彼に近づいてはいけないと警告しているようだった。逆らえぬ海の渦の色をした瞳に、両手離しの本能が持って行かれそうだった。
 畏怖の念に囚われた体はまるで自分のものではないように立ち尽くす。耳元の祭り騒ぎが、どこか遠くの音に聞こえて動けなかった。
 亜人種の中でも敏感だと言われながら育った。この肌が鳴らす警鐘に間違いはない。もっと勘の強い友人は何と言うのだろう。
 貴賓席で笑う帝王を表す言葉はひとつ、神だ。
 書物や偶像の中でのみ語られる伝承されていた神の血統は、王族の中に残っていた。彼が君臨し続ける限り、この国は国家として有り続けるだろう。
 帝王の挙動ひとつで場内が沸く。他の民衆たちは、彼が恐ろしくないのだろうか。彼の存在の強大さに気づいていないのだろうか。やっとのことで動いた左手が、胸をさする。こみ上げる吐き気と抑えながら、深い呼吸を心掛けた。
 そしてかつて目にした、神を騙る人間共との圧倒的な差に苦笑した。奴らが生きているのなら教えてみたい。
 神はここにいる。

神の末裔

続きません

いつか物語になればと思います

神の末裔

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-05-17

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