駄菓子と私

吉名 青葉

駄菓子と私

駄菓子と私

つい先日、川越まで足を延ばしてきた。
目的は二つ。時の鐘を見ること、そして、菓子屋横町へ行くこと。

 小学生の頃は、学校から帰ってきたら徒歩5分ぐらいの駄菓子屋にみんなで通ったものだった。チョコ、ガム、棒ジュース、ラーメン、のしイカ…百円でたくさん買えてしまうワンダフルワールドだった。

 その店もいつの間にか改装工事が始まり、駄菓子スペースはお飾りのようなものとなり、毎日通い詰めていた友人たちは塾だ、部活だでいつの間にか駄菓子屋からは縁遠くなっていった。しかし私の中の駄菓子屋での楽しかった記憶が忘れられないのだろう、駄菓子コーナーがある店を見つけてはふらふらと引き寄せられるように入り込んでしまう。

 私にとって、駄菓子は「幸せ」なのだ。

 最近、コンビニ等でも駄菓子が充実している店が増えている。そこでたくさん買い込んでもお財布を痛めない幸せ。
 あまりに駄菓子が好きすぎて、駄菓子の卸販売をしている店に通っていたこともある。初めて行ったときは、テンションが上がりすぎてしまい、宅急便で自宅に送る必要に迫られるくらいの大量の買い物をしてしまった。

閑話休題。
 
 ローカル番組で知った川越の菓子屋横町、一度機会があったら行ってみたいと思っていたのだが、みな考えることは同じなのだろう、ものすごい人出だった。店内に入ると動けない、という店もあった。一日この店で私は過ごせるのではないかと思うような店もあった。実際のその番組のシーンをキャプチャしている店もあった。当然そこの駄菓子はお買い上げだ。

 あれこれと買い物をしているうちに、本当の駄菓子と大人向けの駄菓子は違うということに気づいてきた。大人向けの駄菓子を欲しいままに購入していると財布にかなりのダメージを食らう。私には、百円玉でたくさん買える駄菓子でいいようだ。

そして時の鐘を見に行く。「時の鐘」として独立しているものだとばかり思っていたら、その奥にある「薬師神社」に入って振り向いて初めて「時の鐘」に気が付いた。お参りを済ませ、写真を撮って満足して川越を後にした。

しかし、一大観光スポットと化していた。驚きだ。多少人酔いするほどだ。
とはいえ、長年の夢を叶えることができた。
「駄菓子の幸せ」を再び実感した次第である。

駄菓子と私

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
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