ディレクトリダイバーズ ディジタルアナーキストの挑戦

 時は20××年。毎日、サラリーマンなオジサマ達が電車に揺られてうたた寝をしている
うちにも、コンピュータとその環境は確実に進歩をとげていた。
 会社の各デスクには高性能の個人用の端末が設置され、義務教育からコンピュータと
戯れてきた世代が当然のごとくディスプレイの前で仕事をこなしている。
 彼らのいる建物には膨大なデータが蓄積された中央処理システムがあり、
発生する熱は熱交換システムを利用して社内のエネルギーに還元される。
 そんな時代になったのである。

 テラ・ラインと呼ばれる高速広帯域ネットワークが世界を結び、誰もがその恩恵に
あずかっていた。

 しかし、メリットだけではない。極めて肥大化したシステムでは、データの行方不明、
盗難、破壊、AI(人工知能)に対するいじめやセクハラ、失踪や誘拐事件の他、
前世紀から存在していたディジタルアナーキストらによる”ハイパーワーム”の被害が
問題になっていた。
 これらのトラブル専門の敏腕システムエンジニアが活躍を始めたのもこの頃である。

 人は彼らを「ディレクトリダイバー」と呼んだ。


                    *


 「んじゃ、どーもねー」
 「あ、おつかれさまぁー」

 ここは某企業本社ビル。
 若い女性がシステムのメンテナンスを終えて出てきたところだ。
 赤いベレー、ライトパープルのジャケット、タイトジーンズにスニーカー。
 オフィスにはちょっと似合わないラフな格好の彼女の名前は”山岡なつき”。
世に「ディレクトリダイバー」と呼ばれる者の一人である。

 彼女を乗せたエレベータが地上階へと上昇する。

 「ディレクトリダイバー」とは、企業や個人、時には国のコンピュータシステムで
生じる様々なトラブルを請け負うフリーのエンジニアだ。緊急なトラブルが起きた場合
呼び出されるケースが多いが、契約した企業のシステムを定期的に見て回るサービスを
する事もある。彼女の今日の用事はそれ。

 ぽーん

 エレベータホールから玄関ロビーへ向かう廊下へ抜けようとしたその時だ。

 「きゃぁあああああああ!」

 若い女性の悲鳴。
 ぎくりとする、なつき。

 「あの声は!」

 大きめのショルダーバッグを抱え直し、勢い回れ右の彼女はエレベータの脇にある
階段を2段抜きで駆け上がり一気に3階へ。
 自動ドアが開くのももどかしく、ディスプレイのずらりと並ぶオペレータ室へ滑り込むと、
いつのまにか右手に握られていたハリセンを唸らせた!

 スパァァァアンッ!

 「いったぁぁい!ひんひん~」
 「おまーはいったい何時になったらその騒ぎ癖が直るんじゃいっ!」
 「あー、なつき先輩!」

 心がなごむ響きの一撃にべそをかくのは、一台の端末の前に座る若いOL。
三つ編みがソバカスの顔をいっそう幼く見せている。

 彼女は”橋本愛子”。なつきの大学の後輩である。なつきを慕って、ディレクトリ
ダイバーを目指し、彼女の相棒を勤めたのだが、持ち前のそそっかしさのため
失敗ばかり。しかたなく、彼女の口利きでこの企業のオペレータに就職した
経緯がある。
 もちろん、ディレクトリダイバーを目指したくらいなので、ふつーの女の子より
はるかに優秀であることは確か。会社もなつきのお願いに二つ返事ではあったのだが。

 「『あー』じゃないよ、まったく。いつもそうやって騒いでるんじゃない
 だろうねー」
 「ふるふるふる。そんなことない。今日、まだ2回目よ」
 コケる、なつき。

 「あう。たのむよ。会社にあんたの就職頼んだあたしの顔つぶすようなこと
 しないでよね。お願いだからー」
 「だって、これ見て、これ…」

 「あら、なつきちゃん来てたの?」
 「あ!桜子さん!」

 つややかなロングヘアーの美人がメモリパックケース抱えて立っている。
 なつきに”桜子”と呼ばれたこの女性は”高瀬桜子”。かつてディレクトリダイバー
であり、なつきの師匠でもある。

 3年前まで2人でコンビを組んでいたが、この会社の若社長に見初められ、結婚。
なつきも密かにそんな玉の輿を狙っている。桜子の美貌を考えに入れない身の程知らず
のなつきである。

 社長夫人でありながら、こうして前線で仕事をしたがるのもディレクトリ
ダイバーの血であろう。人柄と面倒見の良さで若いOL達には大変慕われている。

 「ひさしぶりね、なつきちゃん。元気だった?」
 「ええ、おかげさまで。愛子のことではお世話になりました」
 「いやねぇ、そんなこと気にしないの。それより、忙しいんでしょ?」

 「ねぇねぇ、なつき先輩~」

 「いえ、そんなことありません。ここの所、平和で…」
 「じゃ、こんど一緒に食事、行かない?ほら、二人でよく行ってた新宿のイタリア
 料理のお店。最近、場所を移して新装開店したのよ」
 「わあ!嬉しいなぁ。あたし、しばらく行ってなかったんです、あのお店」

 「先輩ってばぁ~!ねぇねぇ!」

 「明日の夜でもどう?主人、ちょうどニューヨークだから寂しかったの」
 「うー、ヤケちゃうの、ヤケちゃうの!まだ新婚気分なんだからー」

 「先輩先輩先輩っ!!!!!!!!」

 「だー!!!うるさいっ!いったい何なのよっ!」
 「これ見てってばぁ!」

 「!?」


 べそをかきっぱなしでディスプレイを指さす愛子。
 そこには、

       Now, I'm sleeping. But I'll awake soon.

 の表示と、古代エジプトのツタンカーメンの棺に似た顔が目を閉じており、
時間がカウントダウンされている。

 青ざめるなつき。

 はじかれるようにディスプレイから離れると、壁際にある非常用ボタンの
プラスティックシールドを叩き割り、力任せに押す!

 グイーム!グイーム!

 エマジェンシーシグナルが響き、それぞれの端末に座っていたOL達の表情が凍る。

 「なんですかぁ?これ」
 ぽかんとしている愛子。
 ディスプレイをのぞき込んだ桜子は表情を固くする。

 「もしかして、これ…」
 「そう、AI搭載のハイパーワームですよ。あいつの、ね」
 戻ってきたなつきがポソリと呟く。

 「まだ、生きていたの?」
 「そうらしいわ…」


 各部署の端末にエマジェンシーサインがともる。
 地下の情報処理センターでは、小型モーターの唸りと共に、一斉に記憶ユニットの
物理遮断と交換が行われているのだろう。

 「ハイパーワーム」とはシステムを破壊したりデータを盗む事を目的に作られた悪性
プログラムで、前世紀に”ウイルス”と呼ばれたものとは比べ物にならない
高機能の物だ。時にはAIを搭載したワームがシステムに潜入し、全てを
乗っ取ってしまうこともある。

 有名なところでは、201*年に起きた棒翼社の757システム
乗っ取り事件がある。この事件は3日に渡る攻防の末、説得プログラム
”お袋さんは泣いているゾ バージョン3.2”によって、AIワームが投降し、
解決を見たが、この説得プログラムを組んだのが初期のディレクトリダイバーであった。
 以後、ハイパーワームとディレクトリダイバーの戦いは続いている。

 「ひんひんひん」
 なつきに問いつめられ、べそをかく愛子。

 「いったいどうしてあんたの端末にこいつが出てくるのよ!」
 「ひっくひっく。だって、あたし、自分用に新しい端末もらって、嬉しくて、すぐ
 初期化して、センターに登録しようとしたら出て来ちゃったんだもん~ひんひん」

 有頂天から一気に地獄へ。発車ギリギリにかけ込みで間にあった電車が、実は回送で
 あったりするケース。世の中にはよくある話である。

 「こらこら、あんまり愛子ちゃんをいじめちゃダメよ。この子が悪い訳じゃ
 ないんだから」
 取りなす桜子。

 「でも、おかしいわ。さっきあたし、全ての端末にチェックかけてきた
 ばかりなのに。信用問題だわ」
 「そうすると、やはり、新しく登録しようとした愛子ちゃんの端末から?」
 「そうとしか思えない…」

 ぼろぼろぼろ

 盛大にこぼれる涙で床がベショベショだ。
 とうとう本泣きになってしまった、愛子。

 「ひっく、あたし、悪い事してないのに…い、いっつもこんな目ばっかりぃ~
 え~ん」

 なつきは初期化プログラムの入ったディスクパックを手に取る。
 「やぱ、これか」
 「でも、ここでのプログラムパックの管理は万全よ」
 「見て桜子さん。これ、偽物です」
 「…ホントだわ。識別ホログラムシールがわずかだけど、違う」
 元ディレクトリダイバーだけあって桜子の目はするどい。

 「このパックをセンターから受け取ってここへ入るときに一度シールで
 チェックを受けているハズよね」

 ブンブン

 お下げを振り回す勢いでうなずく愛子。

 「と言うことは、ここで彼女が作業をしている間にすり変えられた」
 「じゃあ、今このオフィスにまだ、犯人が…?」
 端末から離れ、集まってきていた女の子達がざわめく。

 「とりあえず、この棟だけでも封鎖していただけますか」
 「わかったわ!」

 警備に連絡を取る桜子。
 女の子達は皆一様に肩をすぼめ、口元に両手こぶし状態。

 「みんな、怪しい人は見かけなかった?!」

 ふるふるふるふるふるっ!

 一斉に首を横に振る女の子たち。

 なつきはオペレータ室の中を注意深く見渡す。
 そしていきなり、メモリケースをポケットから取り出した。

 「そこだっ!!!」

 スナップを利かせた彼女の手から、手裏剣のごとくケースが放たれる。

   すけん

 間抜けな音を立ててケースは部屋の隅にあった巨大なIMSAIに跳ね返る。

 ボボン!
 「うわっ!」
 白煙を上げるIMSAI!

 「わははははははは!さすがはディレクトリダイバー。よく見破った!」

 白煙の中から現れた人影。

 「でたな!妖怪っ!」
 なつきは身構えた。

 怪しいナマズヒゲを生やした禿頭の小柄な老人。サングラスをかけ、前世紀のゲーム
 ”侵略者”のTシャツを着ている。これはうらやましい。

 「この21世紀で前世紀の8bit機に化けてりゃバレバレよっ!」
 「そこがつけ目じゃ。ここ3日、ずっとここにいたが誰も気づかんかったじゃろ」
 「3日もここにいて、女の子達を覗いてたのかっ!スケベじじぃ!」
 女の子達はいっせいに”ヤダァー”のモーション。

 「ねぇねぇ、この人、だあれ?」
 さっきまで泣いてた愛子がけろりとして尋ねる。

 「宮下幸三。83才。通称”バグ仙人”。第一級のデジタルアナーキストよ」
 穏やかな口調で桜子が答える。しかし、視線は厳しく老人に固定されたまま。

 「ホッホッホッ。しばらくぶりじゃの、お二人さん。桜子ちゃんも相変わらず
  お美しくて何よりじゃ」
 
「やっぱり、お前だったのね!!しぶとくまだ生きていやがったか!」
 「おお、おお。なつき君も元気じゃね。相変わらず口が悪い。それではいつまで
 たっても嫁に行けんぞ」
 「大きなお世話よ!!」

 なつきが地団駄を踏む。
 桜子が結婚してから結構焦っているのだ。

 「渡米している間に、桜子ちゃんが結婚したと聞いてな。ちょっと遅い結婚祝いを
 完成させてここへ来たという訳じゃ。しかし、桜子ちゃんが結婚するとは…、
 ワシらのアイドルじゃったのに…しくしく」
 老人はむせび泣いてみせる。

 「こいつがそれというわけ?」
 カウントダウンが続いている愛子のディスプレイを指さすなつき。
 「AI搭載スフィンクス型ワーム”ターミネーター バージョン8.2”じゃ。よろしく
 お付き合い頼むぞ。ホッホッホッ」
 勝ち誇ったように笑うバグ仙人。泣いたり笑ったり忙しい爺さん。


 「ねぇねぇ。おじいちゃん。なんでこんなコトするの。みんな困るじゃない」
 全く緊迫感のない愛子が、近所の知り合いにでも尋ねる風にして言う。

 「おお、こちらの可愛いらしいお嬢ちゃんは初めてお目にかかるの。お名前は?」
 「あたし、橋本愛子。よろしくね」
 にこにこ
 
 「”愛子”ちゃんか。よい名じゃの。おさげがまた愛らしい。」
 「やん。はずかしぃ」
 犯罪者とかわす会話ではない。

 「わしがこの道に入ったのには深いわけがあるのじゃよ…」
 遠い目をしながら老人はとつとつと語り始める。

 「その昔、我々プログラマの努力によってコンピュータはフツーの人々が利用できる
 物となった。テンキーからコードを打ち込んでいた時代から、現在の様にAIと会話
 するだけで目的を達成できるようになってきたのじゃ。しかし、皆それらの技術の
 上にあぐらをかき、日常会話を16進数でできるほどになるまで我々プログラマが
 払った努力を忘れ、自分の手柄のように平然としておる!!」
 老人はここで握り拳を固めた。

 「わしらはこの時代に鉄槌を下し、キーボードさえ満足にたたけない連中に
 天誅を下すのじゃっ!!この命、燃え尽きるまでっ!!」
 決めポーズをとる仙人。
 「そう…じゃあ、もうすぐ終わっちゃうのね。なむなむチーン」
 「これこれ、わしゃまだ死なんわいっ」

 「こらこらこらこらっ!」
 漫才がいつまでたっても終わりそうもないので、なつきが割って入る。

 「さて、ここであったが百年目!覚悟はできてるだろうなぁー」
 にやりと笑うなつき。
 「おや?まだ新山ビル事件で分かれてから4年目なはずじゃが」
 「余裕かまして、揚げ足取りしているなっ!」
 飛びかかるなつき。しかし、老人は年に似合わない身軽な動きでひらりとかわすと
 窓辺に降り立つ。

 「それじゃ、よろしく頼むよ。ホッホッホ」
 すでに切ってあったのだろう。パッカと窓の強化ガラスを外し、ヒラリと身を
 踊らす老人。
 「バ、バカ!ここは3階…!」
 なつきはあわてて窓から見おろす。
 「!」
 窓際に半透明のワイヤーが垂れ下がっている。ビルの中庭を駆けてゆく老人の姿。
 「逃がすか!」
 窓を蹴るなつき。
 「なつきちゃん!」
 「なつき先輩っ!」

 ガササッ!!バキバキ!

 中庭のトウカエデの木のこずえでワンクッションを取り、落ちしなに枝の一本で
 大車輪をうって9.73の高得点の着地を決めた後、なつきは仙人の後を全速力で
 追う。
 彼女のスニーカーはダテではないのだ。

 「カッコイイ!!」

 感動で思わず目を潤ます愛子。
 窓から見おろす女の子達はいっせいに『スッゴォオイ!』のポーズ。
 (わたしにはちょっとできないわね。くやしいけど)
 結構、負けず嫌いな桜子。

 そんな想いを背に受けながら疾走するなつき。
 「こんどこそ、とっ捕まえてやるっ!」
 赤いベレーが飛ぶ。

 戦うエンジニア”ディレクトリダイバー”は警察のような逮捕権限を持たない。
しかし、悪い奴を捕まえて、しかるべき機関に突き出すことには、当然何の問題も
ないわけだ。もちろん、そいつが突き出される前、何がしかの”お仕置き”を
うけても、それは仕方がない。

 ディジタルアナーキストの間では、特になつきの”お仕置き”は恐れられている。
桜子の”お仕置き”で更正したアナーキストは多いが、なつきの場合、極めて少ない。
復讐という名の犯罪を犯す率が高いのである。彼らが二人のお仕置きをそれぞれ
「天国と地獄」と表現していることからも、その内容が自ずと知れよう。

 「バグ仙人」こと宮下幸三(83才)の逃げ足の速さは21世紀のジェネアトリクス
(老人医療)だけによるのではないのだ。
 彼の後をスニーカーを履いた地獄の鬼娘が追っていた。
 老人の細い足はノーウエイトで路面を蹴る。

 「待て待て待て待てぇっ!!」

 ビルの中庭を抜け、入り口フロアを抜け、階段を駆け下り、通りへ出る。
 2つの風が通行人の間をイオンロケットの勢いで駆け抜ける。

 「くっ!」
 健脚とはいえ、やはり老人。走行距離が増すにつれ、自動追尾鬼娘との間隔が
じわりじわりと詰まってくる。

 「いい加減あきらめて、あたしに遊んでもらいなさいっ!」
 もちろんこれは猫がバッタを捕まえてきてやる”遊び”と同意である。

 「ちぃっ!これでもくらえいっ!!」
 老人はどこからかパッケージを取り出すと、なつきの前にぶちまけた。

 バラバラバラ

 ディスクパックが歩道に散らばる。
 「うっ!こ、これは美少年AI『正太郎”Ver6/R2』!おまけに特別限定版!」
 なつきは目の色を変えてパックを拾い集める。

 ”正太郎”は若い女性に超人気のアプリケーションであるが、高価なために一部の
 ”おぢさま付き”や”お嬢様”しか手にすることはできないのである。

 「わぁわぁわぁ!もーけもーけっ!きゃっきゃっ!」
 初めて自分用のAIを買ってもらった幼稚園児のようにはしゃぐなつき。
 その脇を一人乗り軽ソーラーウイングが軽やかに滑っていった。

 「ホッホッホッ!また会おう、なつき君!さよなら三角
 また来てスカッドミサイル!」
 「あーっ!卑怯だぞー!湾岸戦争ぢぢい!」
 むなしく立ち尽くすなつき。老人の背中が高速チューブウエイに吸い込まれ、
 消えた。

 「ふぅ…。ま、いいかぁ」
 なつきは”正太郎”パッケージを抱えて「にまにま」笑いながら、もと来た道を
戻っていった。
 こういう娘である。

 「なつきちゃん!」
 「なつき先輩!あのおじいちゃんは?」
 「でへへへ。逃げられちった。めんね」

 桜子は、彼女の小脇のパッケージをちらりと見て「クス」と笑っただけだった。
 なつきの性格をよく知ってるので、問いつめたりなど野暮な事はしない。
 実によくできた女性である。

 「あ、あ。それより、ワームのカウントダウンは?」
 「40秒を切ったわ」
 「データの待避は?」
 「え、と。70%完了よ。先輩」
 「そう…やぱ、ワームと一戦交えなきゃダメか」

 なつきはパッケージとショルダーバッグをデスクに置くと、バッグの中から
携帯コンピュータを取り出した。ケースを展開し、起動する。

 ヴン

 軽い空気の揺らぎの後、ホログラム画像がコンピュータから現れる。

 『こんにちは。私リカちゃん。お友達になってね!』
 「こらこら。何やってんだよ、おまーは」
 『あ?ハズした?ほらほら、日本初のAIのマネだよ。似てなかったぁ?』
 「ちがうちがうー!」
 『えー、違ったっけー。しゅーん』

 ピンクのベリーショートヘアーにロイド眼鏡の可愛い娘の像がしょげる。
なつきの相棒、AIのヨリコだ。

 『ところでなぁに?今日の仕事、終わりじゃなかったっけー』
 「緊急事態よ!ワーム発生!あの、いまいましいバグ仙人の!」
 『えー!あのおじいちゃんまだ生きてたんだぁ。元気ねぇ。でも、あのおじいちゃん
 のワーム好きよ。美形が多いんだモン。ぽっ』
 「色気出してんじゃないの。たく!」
 『けどさぁ、早く終われる?きょう、見たい番組あるのよね。「奥様はAI」。
 あの、鼻をクニクニってやったら、システムがドンッ!って落ちるヤツ』
 「見たかったら、がんばってワームやっつけるの!メンテナンス・バスに
 接続するからね」
 『そおっとね。やさしくね』
 「何言ってんのよ!」

 ツタンカーメンの眠る愛子の端末。フロントのメンテナンス用カバーを開き、
ケーブルを接続する。

 ピピッ!

 インジケータが点灯し、接続完了を告げる。
 『接続完了。ワームの所在確認。「包囲」します。』
 「OK、ヨリコ!始めて!」

 愛子が心配そうにのぞき込む。
 「先輩…大丈夫?もし、「爆弾」がばらまかれてたら、あたしどうしよう…
 この会社にいられないよぉ。くすん」
 「大丈夫よ。まかせて。知ってるでしょ?あたしはプロ!それに、あんたが悪い
訳じゃないんだし、こんな時のために会社は「情報保険」に入ってるんだから」
 「うん。おねがい。先輩だけが頼りよ。ぐし、ぐし。ふぇぇぇぇ~」
 「よしよし、泣くな泣くな」
 なつきも本当は実に優しいお姉さんなのである。もちろんディジタルアナーキストに
対しては別だが。

 『包囲完了。フル・トレースモード。現在、ワームはデータアクセスを
 行なっていません。』
 「了解!監視を続けて。いつでも吸い出せるようにしていてね!」
 『ワーム、ウェイクアップまであと10秒』

 「なつきちゃん。相手はスフィンクスタイプよ。大丈夫?」
 「うふふふふ。まーかせて桜子さん。あたし、あれから3年ずいぶん修行を
 積んだのよ」
 「そう。じゃ、お手並み拝見してて、いいわね?」
 「うん!ばっちり決めるからね!」

 『カウントダウン続行中。5・4・3…』
 フロアの女の子達は一斉に両手で口元を隠す。
 「…」
 「…」
 「…」
 『2・1・0!』

 バシュウウウウウウウウウ!

 「「「!」」」

 ツタンカーメンの目が見開かれる。と、その頭部が真ん中から左右に階段状に
展開し、中から男性の顔が現れた。

 「ヘロウ」

 男はそう一言、右頬だけで微笑んだ。
 その顔は、前世紀に映画で一世を風靡した肉体派経済学者俳優のそれであった。
 「さて、いくぜ!ヨリコ、フリーズ準備!!」
 『ラジャ!』

 企業の情報システムにおけるデータファイルは、それ自体がセキュリティー
システムを内蔵した実行型プログラムである。それぞれにパスワードが持たされ、
それを利用できるのはアクセス権限のあるAIだけであり、そのパスワードも
複数のAIによって管理されている。

 盗難にあっても決して機密が漏れないよう、データは間違ったパスワードを
複数回与えられた場合に「自爆」するようになっている。これを業界用語で
「舌を噛む」という。

 ワームがばらまく「爆弾」とは、正しいパスワードが与えられても「自爆」して
しまうように、セキュリティーシステムを狂わせてしまうプログラムだ。
 それだけでなく「自爆」のあおりをくらったAIが「知覚障害」を起こし、最悪
「発狂」する場合もある。

 「爆弾」を解除するコードが見つからない場合、システムエンジニアは膨大な量の
データファイルをチェックし、アクセス権限を持つAIとパスワードの照合を
行わなければならない。これは大変な時間と労力を要するだけでなく、社内の情報
システムを一時止めることも意味する。これは企業に莫大な損害を与えることは
説明するまでもない。

 時として、その解除コードをワーム自身が持っていることがある。なつきが今、
対峙している「スフィンクスタイプ」のワームもそうだ。ワームを凍結し、「解剖」
して、コードを抽出する事もできるが、これにも大変な時間がかかる。
 一番手っ取り早い方法は、このワームと”ゲーム”をし、勝利してコードを
引き渡してもらうことである。
 ただ「爆弾」をばらまくだけのワームなどをディジタルアナーキストは
作成したりはしない。そのような遊び心のないプログラムは彼らの「流儀」に
反するのだ。

 いま、その解除コードを賭けた「ゲーム」が始まろうとしている。

 ディスプレイに映し出された、いかついアクション俳優の顔は不適に笑うと
こう言った。

 [わたしは”ターミネーター バージョン8.2”。対戦相手として、”高瀬桜子”
または”山岡なつき”を指名する。]

 「さてと」
 なつきはディスプレイの前の椅子にどっかと腰を下ろす。

 「あたしは山岡なつき。ターミネーターバージョン8.2との対戦をおこなう」

 [では、これより山岡なつきであることを確認するため声紋チェックを行う。
  今から名曲”*******”を歌うように。サービスとして、カラオケ
  ミュージックの演奏、および歌詞を表示する]

  うら若き乙女なら自我崩壊を起こしそうな猥歌である。まず、相手の自尊心を
 揺さぶる手口だ。

 「ちょ、ちょっと先輩!」
 愛子が顔を真っ赤にする。
 「おいおい、これぐらいでうろたえるなよ。あたしゃプロだよ」
 こともなげに言うなつき。
 そうしてる間にも、前奏が流れはじめた。

 「*********~(以下略)」

 コブシを利かせて熱唱するなつき。
 ”いやぁ~ん”のポーズをいっせいにとる女の子達。

 「桜子さん…、桜子さんも現役の時、こんな曲歌わされたことあるんですか?」
 「え、ま…、まあね。」
 顔を赤らめる桜子。
 「プロって、大変なのね…」
 『AIも大変なのよ』
 ホログラム映像のヨリコも頬を染めている。

 [声紋チェック完了。山岡なつき本人であることを確認した]
 「はいはい、ご苦労さん。手っ取り早くはじめようぜ」
 [これより、問題を3問出題する。全てに正解した場合、爆弾の解除コードと
  爆弾をセットしたファイル名を知らせよう。]

 このワームは対戦相手にクイズを出すことからスフィンクス型と呼ばれる。

 [ちなみに…]
 少しの間、ワームは沈黙して再び話し始めた。
 [ここからアクセスできるファイルの100%に爆弾を仕掛けた]

 「なんですって!そんなはずは!」
 桜子が青くなる。
 「ハッタリじゃないだろうな。ここからは中央情報システムの全てのファイルに
 アクセスできるんだぞ。ここ数分の間にそんなことできるわけないじゃないか」

 ニラミつけるなつきに、いかつい顔はフフッと笑った。
 [Baby、これは事実だ]

 「いいでしょぉー」
 足を組み、椅子に反り返るなつき。
 「バグ爺さんが、どんな手を開発したかは知らないけど、あんたに勝っちゃえば
 問題はないわけだからね」

 [では、最初の2問はジャンルを選択してもらおう。1:風船 2:レトロゲーム
  3:ボーイズラヴ 4:・・・]

 「めんどくさいから1でいいよ、1で」

 [了解した。ジャンル「風船」から第1問]

 ごくり…

 皆が固唾を呑む。

 [前世紀の特撮TV番組、ウルトラQで出てきた風船怪獣といえば?]

 どどっ!!
 なつきと桜子以外の皆がこける。

 「な、なんて”オタク”な…」

 愛子がうろたえる。
 これはディジタルアナーキストの趣味である。彼らは前世紀の特撮やアニメ等に
極めて強い嗜好があるのだ。おのずと問題はそちら系統になる。

 『なつき!ヨリコにはデータないよぉ!』
 ロイド眼鏡の少女が悲痛な声を上げる。

 「へっへん。それくらいの問題であたしに勝とうっていうの?
 ”ディレクトリダイバーなつき”もナメられたモンだね。答えは<風船怪獣バルンガ>」

 [第一問、正解]

 「「「おー おー」」」

 どよめく女の子達。

 「たくもー、ヤツラ趣味まるだしなんだからー」
 あきれたように鼻で笑うなつき。

 「わー!面白い!面白い!」
 はしゃぐ愛子。

 「ねえねえ!なつき先輩!こちらから出題できないのー?
 『足が6本、手は1本、頭2つに目が3つ、なーんだ?』とか」

 現状をすぐ忘れる愛子である。

 なつきが答える前にごつい顔の男が返事をした。
 『第三者の乱入は認めていない。また出題は、こちらからだけである』
 「ということだ」
 「ちぇー、つまんないのぉー」
 「おまーなぁ!」

 男はにやりと笑う。
 『ちなみに、今の問いの答えは、<馬に乗った丹下左膳>だ』

 再びどよめき。
 「凄い凄い!あったまいー!」
 手を叩く愛子。

 (やはり新型だけあるわね) と、桜子。
 (今の愛子の問題、奴に出されたらやばかったなぁ) と、ヒヤアセのなつき。
 やはり付き合う相手が悪いのだろう。知識が偏るディレクトリダイバーである。

 [では第二問に移ろうか]
 「よ、よし来い!」
 『なつき大丈夫?声に動揺が見られるわよ』
 「っさいなぁ!それよりこいつのファイルアクセスの足どりつかめたの?!」
 『そうそう!それなのよ!中央処理システムへメンテナンスコードを
 送ってるのに何の応答もないの。システムが沈黙しちゃってるのよ!』
 「なんだって?!」

 中央処理システムはデータ管理のために端末からのアクセス手続きを一つ一つ
 記録している。それを追跡すれば端末から入り込んだワームが、どの
 ファイルバンクに接触したかを調べることができる。しかし、AIのヨリコが
 その記録をシステムに要求しても、拒否どころか何の返答もないのだ。

 なつきはディスプレイの男に向き直った。
 「おまえ!いったい何をした?!」
 [ノー プロブレム]
 男はにやりと笑って親指を立てた。

 「なつきちゃん。もしかすると…」
 桜子がうろたえる。
 「ん。信じたくないけど、管理システムもやられてる…か」
 なつきの声も、心なし震える。

 もし、管理システムがワームにより損傷を受けているとすれば、爆弾を仕掛けられて
 いないファイルへのアクセスさえ問題が生じる。ファイルのパスワードはファイルへ
 アクセスするAIと管理システムとの「合い言葉」で成り立っているからだ。
 膨大な量のファイルとそれぞれのパスワード、及び管理システムの復旧には、
 少なく見積もっても半年はかかる。

 「ヨリコ!保護システムや、サブシステムは?!」
 『うん、今コードを送ったんだけど…』
 「まさか!」
 『そう。全部だめ』
 なつきは頭を抱えた。

 「なつきちゃん…」
 桜子が心配そうに声をかける。

 ざわざわざわ

 会話の意味が分からなくても、事の重大性は女の子達にもわかる。

 「イザとなったら…」
 なつきはヨリコへ目をやる。
 ベリーショートの少女は目をウルウルさせている。
 『えへへへへ。”むいちゃう”のね。わくわく』
 「お前、「解剖」好きだなぁ」
 『そう!この手のタイプ好みなの!うふ』

 「解剖」とはワームを「捕獲」し解析して、爆弾の解除コードを抽出する
 作業である。
 「ま、あと2問正解すれば問題はないんだけどね…準備はしておいて」
 『らじゃ!期待してるわん』
 「何の期待よ!」

 [さて、イイかな?Baby では、第二問。旅の音楽隊を仲間に、ピンチの時には
  音楽の演奏で事態を打開してしまうという風船少女と言えば?]

 「…」

 「なつき先輩!」
 女の子達は再び両のこぶしを口元に、肩をすくめて息を呑む。

 なつきは、あざ笑うとも安堵とも言えない笑みをもらした。
 「もらったな。答えは<風船少女テンプルちゃん>!」

 [第二問。正解]

 どよどよどよ

 女の子達のどよめきは、すでに感嘆ではなく、何か触れてはいけない物に接して
しまった”おののき”の感情に近かった。

 「先輩、すっごーい。よく知ってますね。前世紀のアニメなんて」

 「プ、プロだからね。仕方ないのよ。あたしだってフツゥ~のOLしてればさ、
  こんな事憶えずに済んだんだからさぁ。いま頃は素敵な彼捕まえて、
  ”ぽわぽわ”な毎日を送っていたハズなのにねー。あの時、桜子さんにスカウト
  されてなければ…とほほ」
  なつきが弱音を吐く。

 「そ、その話は置いといて…あと1問よ!がんばって、なつきちゃん」

  人生いろいろ。踏み外すタイミングなど、そこらにゴロゴロしているものである。
 しかし、弱きもの「人間」。自分の判断の誤りを、誰かの責任にしてしまいたく
 なるものだ。


 [では、最後の問題だ。準備はいいか?Baby]

 『なつき。フリーズはいつでもいいわよ!』
 なつきは、目でヨリコに了解を告げるとディスプレイ向かって座りなおす。

 「さっさとおしまいにしようぜ。オタクなワーム野郎!」

 男はニヒルに笑う。
 [では、第三問これはこちらの任意のジャンルで出題する。ジャンルは「数字」]

 緊張が辺りを包む。

 ごくり

 なつきの喉が鳴る。

 [第三問。ディレクトリダイバー・山岡なつきのスリーサイズを述べよ。
  なお数値は、池袋のブティック・ジェラードでジャケットをオーダーしたとき
  計測したものとする]

 どどどっ!!
 なつきが椅子から転げる。

 [マイクロフォンの感度は最小にしておくので、大きな声で叫ぶように。
  では、20秒だけ猶予を与えよう]

 カウントダウンが始まった。

 「あんのジジィ!あたしをつけてスキニングしてやがったなぁ。
 まったくどいつもこいつもぉ~!!!」
 歯ぎしりをしてなつきは椅子の上に這いあがる。

 「先輩?自分のサイズ、わすれちゃったのぉ?」
 「愛子ちゃん!」
 桜子は愛子を脇へ引っ張ってゆく。

 (ど、どうしたんですか?桜子さん)
 (ちがうの!なつきちゃんは自分のサイズ、気にしてるの)
 (?)

 大きな声では言えないけれども小さな声では聞こえない数値なのである。
 彼女のライトパープルのジャケットがゆったりとしたものに仕立ててあるのは
 スリムな体型を隠すためなのだ。

 (この子はもうプロよ。きっと言ってしまうんだわ。なんて残酷な事…)
 心を痛める桜子。

 (なつき先輩のスリーサイズ、スリーサイズ!わくわく)
 何にも考えてない愛子。

 (やのやの、まみまみ)
 他人の不幸は見て楽しい、その他大勢。

 そんな気持ちの効果線を背に背負って、デスクにうつむき握りこぶしで歯がみする、
 なつき。
 カウントダウンは続く。

 『なつき!フリーズできるわよ!』
 ヨリコが叫ぶ。
 「いや!」
 なつきは首を振る。
 「フリーズかけて吸い上げても、解剖して解析するのにまず1週間。それまでの
 会社の損失を考えてみなよ…。今、ここで、あたし個人の弱みでそれだけの損失を
 クライアントに与えることはできないわ。そう、あたしはプロよ!言うわっ!」

 『なつき…』
 ヨリコが同情の涙をこぼす。

 ぱちぱちぱち…
 女の子達から誰ともなく拍手が起こる。

 「このワーム野郎!音声判読ルーチンかっぽじってよく聞けよぉっ!」

 すううううぅぅっ

 肺活量100%まで息を吸い込むなつき。
 「上からっ!」

 「「「!」」」
 皆が息を呑んだその時。

 「あらぁぁぁぁっ?」
 愛子がすっとんきょうな声を上げた。

 「なによっ!この緊迫した状況でっ!」
 勢いをくじかれたなつきが怒鳴る。
 「ねえ!これこれ」
 愛子の片手には未接続のケーブルがあった。
 「あははははは。あたし、この端末のセットアップの時に、うっかりして
  つなぐの忘れちゃってたんだぁ。ぽりぽり」

 ぐにゃぁ
 なつきがコンニャクのようにフロアにくずおれた。

 かろうじて立っている桜子。
 「じ、じゃあ、この端末は会社のシステムとつながってなかったのね」
 『どうりで中央システムが応答しないはずだわ。奴が爆弾セット100%って
 言ってたのも、この端末にあるファイルだけだったからなのね。はぁ。』
 ヨリコがため息をつく。

 状況を察した男はサングラスをかけると、言った。
 [どうやら、オレの仕事は終わったようだな。アイル ビー バック]

 「ヨリコ!フリーズ!!」
 『はいなっ!』

 ディスプレイの中の男が凍り付いた。
 なつきの命令と同時にヨリコがワームの作動を止めたのだ。

 床に座り込んだまま顔を伏せ、肩をふるわせるなつき。
 「ふふふふふ…自爆なんてさせないわよ…」

 ゆうらり

 幽鬼のように立ち上がるなつき。

 男のニヒルな笑いがひきつって見え、
 気のせいか額にヒヤアセが浮かんでいる。

 「ヨリコ…いくわよっ…」
 『さて!いよいよクライマックスねっ!みなさん、ちゅうもーく!』

 「下劣なワームの分際で、人の立場につけ込んで、乙女心を散々
 もてあそびやがって…」

 チャッ!
 非常時メンテナンス用プログラムカードがなつきの手に構えられる。
 「ビル・ゲー*が許しても、このディレクトリダイバーなつきが許さないっ!」

 くわっ!
 険しく見開かれたなつきの目。
 すばやい手つきでカードがスロットにセットされ、開かれたメンテナンス
 カバーの非常用キーボードからコマンドが入力される。
 構えるなつき!

 「ヨリコ!」
 『はいっ!』

 『「今必殺の!リブート、イッパァァァッ!!」』

 ズキュンッ!
 ディスプレイの画面が瞬間ブラックアウトする。
 少しして電源のかすかな唸りとともに画面が復活し、初期化画面が立ち上がった。

 (かっこいいぃぃ~)

 女の子達が溜息をもらす。

 『吸い出し完了。うふふふふ。今夜の楽しみが増えたわ。るん』

 「はぁぁぁぁ~」
 大きな吐息のあと、なつきは椅子にへたりこむ。

 「なつきちゃん」
 「桜子さん…」
 「ちょっと会わないうちに、こんなに立派になって。わたし、嬉しいわ」
 「え、えへへ。照れるから、ほめないで下さいよぉ」
 頭をかく、なつき。

 「なつき先輩…ごめんなさい…」
 おずおずと近づく愛子。
 「いいよ、もう怒る気にもならないわ。でも、あんたのドジのせいで救われたの
 かもね」
 「えへへ。照れるから、ほめないで」
 「誰もほめとらんわぃ!」

 なつきは立ち上がり、ショルダーバッグを抱えた。
 「あたし、疲れたからもう帰ります。桜子さん、すみませんけど、あと、
 よろしくお願いしますね」
 「わかったわ。そこまで送って行くわね」

 『んでは、みなさま、ごきげんよう。ばいばい』
 キュウウウゥン
 ヨリコの画像が消え、携帯コンピュータがバッグにしまわれる。

 なつきと桜子の姿がドアの向こうに消えた。

 「およ?」
 愛子はデスクの脇のパッケージを見つけた。
 「『正太郎』?」

                   *

 「おはようございます!」
 受け付けに明るく挨拶をして、なつきが階段を上る。
 いちいち、精神的ダメージを残していてはディレクトリダイバーは
 務まらないのだ。
 前日の戦場のドアが開く。

 「諸君!おはよう!」
 と入ってきたなつきを、一群の女の子達の叫びが圧倒した。

 「「「「リブート!イッパァァァァァツ!!」」」」

 「な、なんだ?なんだ?」
 「あ!本物が来たよ!」
 「あ!なつき先輩!」
 愛子が駆けてくる。

 「お、おい!何の騒ぎだよ!」
 「今ね、みんなでディレクトリダイバーごっこしてたの」
 「はぁ?」

 愛子に手を引かれていった先のディスプレイには、昨日のターミネーターバージョン8.2
 がいて、ヒヤアセをだらだら流している。

 「ど、どうしたんだよ、これ!」
 「昨日先輩が忘れていったソフトがあるでしょ?あれね、あたしの家の
 コンピュータにインストールしたら入ってたの」
 「な、なんだって?」
 「あたしのコンピュータにはたいしたデータ入ってないから、爆弾仕掛けられても
  大丈夫だったのね。で、会社に持ってきて遊んでるの」
 「危ないじゃない!」
 「大丈夫。ちゃんと端末のケーブル外してるから。それより、昨日のやってぇ!
  みんな楽しみにしてたの。やっぱり、本物が一番かっこいいんだもの」
 「「「見せて下さい!リブート一発!」」」

 きゃあきゃあ

 「はああああああああああああ~」

 さすがのディレクトリダイバーなつきも、今時の娘達にはかなわないのであった。


                  END

ディレクトリダイバーズ ディジタルアナーキストの挑戦

ディレクトリダイバーズ ディジタルアナーキストの挑戦

時は20××年。複雑化したコンピューター・ネットワーク社会におけるトラブル解決のエキスパート。人は彼らを『ディレクトリダイバー』と呼んだ。

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  • 短編
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  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-19

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