人類すりかえ計画

第一章


一部



始まりは、僕が高校2年生の時。

学校の部活が終わり、電車で家に帰るため、自転車をおしながら、友人と二人で駅へ向かっていた。僕たち二人は、学校が終わると、歩いて駅まで行く、というのが習慣だった。
辺りはすっかり暗くなっていた。

「あれ、あそこにおまえそっくりな奴がいるぞ」
友人が突然、指を指して言った。
「どこだよ。誰もいねーぞ」
誰もいなかった、というより暗くて見えなかった。

僕が住んでいた“青櫛市”は都心からだいぶ離れている田舎で、街灯のない道がごく普通だった。人口は少ないが、必要最低限の店や公共施設があり、暮らすのには十分な町だった。

「ちらっと見えただけだったからな、おまえと瓜二つだったぜ?瞬間移動でもしたのか?」

そう言いながらケラケラと笑う友人、“平田正紀”は、僕と同じ中学・高校に通っており、身長は高く、痩せ型で、よく笑う。部活は、僕と同じ野球部に所属しているが、テストの点数が足りず補修授業を受けているため、ここ数日は部活にきていない。僕の部活の終わる時間と彼の補修授業が終わる時間が一緒なので、いつも通り二人で下校している。
僕が高校に入学してから、何をするにも彼が決まって隣にいた。
彼の家は駅の近くで、僕と違って学校からとても近い。

「俺は一人っ子だっつの」
笑っていた正紀が真剣な顔に戻った。
「でも、似ているどころか、おまえそのもののような気がしたんだよな」
腕を組み、眉間にしわを寄せながら言った。
「俺はその人すら見えなかったし。お化けでも見たんじゃねーのか?ほら、去年の合宿の時、正紀が一人でトイレに行って、叫びながらダッシュで帰ってきたじゃねーか。理由覚えてるか?」
「覚えてるに決まってるだろ」
正紀が不機嫌そうに答えた。
「黒猫を見て、自分の影が勝手に動いてるーって思ったんだろ?思い返しただけでも笑えるぜ」
「俺は思い出したくなかったよ」
そう言って彼は微笑を漏らした。
「明日は部活行けるのか?」
僕が尋ねた。
「明日も補修授業がある」
「そうか、結構長いんだな。そういえば監督がお前のことを皮肉ってたぞ。“テストの点数落とせるなら、フォークボールも落とせるだろ”って」
「あいかわらず、厳しいこと言うな、監督。まあ次のテストは頑張るさ。あの先生の恐ろしさはもう2度と味わいたくないからな」

あの先生とは、補修授業で正紀を担当している、学校一の鬼教師のことである。その教師が出す課題の量に、多くの生徒が涙した。

「よく耐えてるよな。あの教師が担当じゃ、体力は鈍らなさそうだな」
「まあな、部活に戻ったらフォークボールを習得してたりしてな」
「おまえ、左投げのくせにペン持つのは右手なんだろ?」
「そういやそうだったな」
そう言った正紀の笑い声には余裕があったように思われた。

そんな話をして、駅に到着した。
僕は軽く手を振り、電車に乗って家に帰った。

その日、僕は彼を殺した。



二部


次の日の朝、僕の家に数人の警察が来たことを憶えている。1階建ての一軒家の前に、5人ほどの警察官が集まった。
そして、“平田正紀が殺された"、ということと、その容疑者として“僕"が挙がった、ということを僕に告げた。
被害者の部屋に落ちていた毛髪の中に、僕のDNAと一致したものがあったらしいのだ。

考えてみると、お互い忙しく半年くらいは彼の家に行っていなかったので、その毛髪は殺害された時に落ちたものとなる。殺害された時、平田家には正紀以外に人はいなかったらしいので、僕が家に入っても誰も気づかない。それは僕がそこにいたという証拠だ。


しかしおかしい。

僕は殺していない。


僕は正則と駅で別れたあと、すぐに電車に乗って家に帰り、リビングでテレビを見た。死亡推定時刻は、ちょうど僕が家に帰ってきた時刻と一致していたそうだ。そして僕の親はその時間に僕が家にいたことを確認していた。
つまり僕には“アリバイ”があったのだ。
何より、僕が彼を殺す理由がまったくない。

黙り込んでいる僕に警察が言った。
「平田さんからの事情聴取と君からの聴取から考えると、確かに、あるはずのないものが正紀君の部屋から見つかった。しかし、その“あるはずのないもの”をDNA検査した結果、君に結びついた以上、この事件に何らかの形で関与していると考えざるをえないのです。」
そのときの僕はどうすることもできなかった。
僕は警察に捕まった。



外は雨が降っていた。
車の中から見た雲は、とても黒かった。その色は、僕が存在しているいかなる時間において、もっとも無気味に暗かった。

20分ほど経っただろうか、車は“青櫛市警察署”の前で止まっていた。僕は警察官に連れられ、狭い部屋に入れられた。部屋の真ん中に縦長の机があり、パイプ椅子が2つ、机を挟んで向かい合って置かれていた。大きめの窓からは、太陽の光が残酷に僕を照らしていた。
どうやら、その部屋は事件についてのことを聴取するための部屋らしかった。
僕はパイプ椅子に座らされ、警察官から「少し待て」と言われ、一人部屋に取り残された。

しばらくして、部屋のドアが開いた。
そるとそこには、知った顔があった。
死んだ正紀の“姉”の、平田和美だった。

彼女は、僕が平田家に初めて行った時に初めて会った。その時は彼女の事をよく知らなかったが、すぐ後に詳しく知ることとなった。

彼女は、“天才”だった。
当時25歳で、遺伝子を操作して病気を治療する“遺伝子治療”を行うための機械「GEMA」を開発し、ノーベル賞を受賞した。
「GEMA」は従来の遺伝子治療とは大きく異なり、副作用が全くなく、新型の病気や治療不可能と言われた病気でも、“完治”することができる。
治療の方法は、患者のDNA情報を「GEMA」に入力し、新しい遺伝子を作らせ、それを患者に注入する、というものだった。
遺伝子を作るのはすべて「GEMA」自身で、“全自動”で行われた。
その信じ難い治療方法に人々は半信半疑だったが、今現在、病気によって亡くなった人の数は、全体の5%にも満たない。

偉大な発明をした彼女は、一躍有名人となり、テレビやラジオに引っ張りだことなった。
そしてしばらくして、彼女が一段落すると、地元であるこの“青櫛市”でゆっくりと研究を続けると言って、マスコミの目から離れた。

そんな彼女が目の前にいる。
僕は驚きを隠せなかった。

「久しぶりね」
彼女が高い声で僕に問いかける。
「お久しぶりです」
相変わらず僕は下を向いていた。
部屋はしんと静まり返っていた。

「時間がないから、単刀直入に言うわ。君は、ほんとに正紀を殺したの?」
思っていたより直入で、言葉に詰まった。

少しして口を開いた。
「俺じゃないです、俺にはできないです」
怖かったが、必死で無実を証明しようと思った。
すると、思いも寄らない言葉が帰ってきた。
「やっぱりね・・・わかった、もういいわ、ありがとう。君の無実はわたしが保証してあげる」

僕は唖然とした。
わけのわからない感情が込み上げてきて固まっている僕を尻目に、彼女は立ち上がって部屋から出て行こうとした。

「ちょっと待ってください」
彼女は足を止めた。
「“やっぱり”ってどういうことですか。どうして何も言ってないのに、無実だと保証してくれるんですか」

彼女はドアノブから手を離し、僕の方に振り返った。

「今回の事件の内容は警察から聴いたわ。わたしは君を犯人だと思っていない。君の口から無実だと言ってくれればもうそれでいいのよ。アリバイやらDNA鑑定やらあったけど、気にしちゃだめ。もう帰りなさい、タクシーは手配してあるから」

この人は何か知っている、僕はそう思った。
「正紀を殺した犯人は誰なんですか?」
「知らなくていいわ」
「教えてください。大事な友人の事です。黙って見ていることはできません」

部屋に沈黙が流れた。
少しして、彼女が口を開いた。
「わかったわ。明日、この住所に来なさい」
そう言って僕に名刺を渡した。

「青櫛研究所 所長
平田和美
住所 青櫛市7丁目15番地
電話番号 ○○○-○○○」

名刺を渡した彼女は、振り返ってドアを開け、部屋から出て行った。代わりに部屋に入ってきた警察官が、外に止まっているタクシーまで僕を引き連れた。

空は曇ってはいたが、雨は止んでいた。

タクシーに押し込まれ、僕は家路についた。


家に帰って名刺に書かれてある住所を調べてみると、青櫛市警察署のすぐ隣だった。
明日真実がわかるかもしれない。そう思いながら、僕は深い眠りについた。



三部

その次の日だった。


「平田和美 青櫛研究所前で遺体となって発見 享年28歳 身体中に刃物の跡」


この朝一番のニュースは、僕だけでなく、世界を震撼させただろう。
何より印象的だったのは、彼女によって書かれたと思われるダイイングメッセージだ。

それは、血で書かれた
「GEMA」
という四文字。

テレビでの中では、"発明品に対しての強い思いがあった"、"何かの頭文字"など、様々な議論が繰り広げられていた。

それを見ていた僕は、今すぐ研究所に行かなければならない気がした。
しかし、結局家を出るのは夜になってしまった。


あたりは真っ暗で、静まり返っていた。
僕は自転車にまたがり、青櫛研究所へと向かった。

途中、急に横から人影が飛び出してきたので、僕は慌ててブレーキをかけた。
もう少しであたる、ギリギリのところで止まった。

「おい、あぶないだろ!」
目の前の人影の顔を見上げて言った。

僕はまた心臓が止まりそうになった。
「いやあ、ごめんね、どうしても君と話がしたかったんだ」
そこにいたのは僕だった。紛れもない僕だ。着ている服が違うだけで、それ以外は“すべて”同じだった。
「面食らってるようだね、まあ無理もないかな」
「・・・・・どういうことだ」
絞り出した言葉がこれだった。

「どういうことって、こういうことさ。自分と似ている人間が、世の中に3人はいるって、有名な話だろ?」
「じゃあ、お前は俺のそっくりさんってだけなのか?」
「いや、俺たちの場合は・・・」

そこまで言ったところで、近くで急にパトカーのサイレンが大きく鳴り響いた。
「おっ、来たか。逃げるぞ」
そう言った“僕”は、僕の後ろに回り込み、自転車を猛スピードで押し始めた。僕は慌ててハンドルを握った。

「左だ!左!」
“僕”が叫ぶ。
電信柱をギリギリのところで躱すと、“僕”は自転車の後ろに飛び乗り、僕と共に坂道を猛スピードで下って行った。

すると間も無く
ドッ、という音と同時に、自転車が宙に舞い、僕は地面に叩きつけられた。

僕は全身の痛みに悶えながら、力を振り絞って立ち上がり、だいぶ先に見つけた“僕”の後を無我夢中で追いかけた。


追いついたのは、大きな木の下だった。“僕”は必死で走ってくる僕をそこで待ち構えていたようだった。

木の下にたどり着いた僕は木の根元にかがみこんだ。痛みがひどい。あちこちから出血している。

「ひどい怪我だね」
軽い口調で“僕”が言った。
「誰のせいだよ」
声を出すだけで身体中が痛む。
「大体なんなんだ、どうして俺が逃げてるんだ?俺は何もしていないぞ」

その時、木の下に不気味な風が吹いた。

「先に行っておくけど、僕は君の“クローン”だよ」

・・・なるほど、そういうことか。
僕は驚くよりも先に確信した。

「お前が正紀と和美さんを殺したんだな。クローンならDNAってやつも一緒なんだろ。だからお前は、今警察から逃げてる。どうだちがうか?」
込み上げてくる怒りと、傷口が痛むのをおさえながら、力強く言った。
しかしそんな言葉は耳に届いてなかったかのごとく、軽い口調で話し出した。
「僕の事を"おまえ"呼ばわりはひどいなあ。僕にもちゃんと名前があるんだよ。“10”っていう名前が」

僕は長いため息をつき、そのあとに口を開いた。
「じゅう?数字の10か?」
「うん、十番目に作られたから10。」
「作られ・・・そうか、クローンか」
「納得するのが早くてありがたいね。ところで君、GEMAって知ってる?」
「ああ、病気をなんでも直すっていうアレだろ?」
「そうソレ。僕はソレから作られたんだ」
「・・・なにいってんだよ。GEMAがクローンを作るなんて話聞いたことねーぞ」
「世の中、君が知らないことなんて山ほどあるんだよ。僕がGEMAから生まれたのは紛れもない事実。
そして、この一連の事件の元凶は、平田和美だよ」

「・・・GEMAは人を治療するための機械だろ?和美さんが元凶?そんな冗談話、信じられるわけないだろ」
「GEMAは元々、クローンを作るために考案された機会だったんだ、彼女自身の遊戯のためのね。君は今、その遊戯に付き合わされているんだよ」

「遊戯・・・?」
「彼女がGEMAを作ったのは気まぐれだったのさ。彼女はこの市を、クローンで埋め尽くそうと考えていた見たいだけどね。その夢も終わった。彼女は死んだから」

「そんなことしていたのか」
「ああ、そうさ。だから僕が止めた。自分の意識でね」
「お前が和美さんを殺したのか?」
少し沈黙があって、10は首を横に振った。
「・・・ちょっとまて、お前は本当にクローンなのか?クローンならなぜ自由に行動してる?」
「僕は特別なんだよ。彼女にとっては、失敗作なのかな。GEMAに不具合があって、ちょうどその時作られていたのが、君のクローンである僕だった」

「なんで俺のクローンを、和美さんは作れるんだ?」
「君は質問が多いね。まあいいけど。
素材を集めるのは簡単な話さ。青櫛市の公務員はみんな彼女の味方なのさ。クローンを作ってるってことはみんな知らないみたいだけど。
それで、青櫛市で一番人が集まる場所といえば、君の学校だろ?清掃員でも教員でも校長でも、彼女が“落ちてる髪の毛くださ~い”なんて言えば、すぐもらえるのさ。質問はそれだけかい?」
「まだだ。正紀を殺したのは誰なんだ」

また、沈黙が流れた。
「あーあ、僕もう君と話するの飽きちゃったよ」
そういって10は、後ろポケットからおもむろに刃物を取り出して僕に向けた。
「何のつもりだ」
ボロボロの声で言った。

「僕の気まぐれもここでおしまい。じゃあね」

そう言って10は、刃物を向けたまま僕に倒れかかってきた、と同時に僕は黒い闇の中へと引きずりこまれた。



第4部


「おまえは話をするのが下手だな。松本の気持ちを全然言ってないじゃないか」
「あっ、よく知ってるね、僕のオリジナルの名前」
「お互い生まれて間もないんだから、そういう"気持ち"を考えていこうぜ。
それはそうと、なんで平田和美のクローンを殺したんだ。あれはあれで利用価値があったんじゃねーのかよ」
「まあまあ、そんな鬼の形相で怒らなくても。和美を殺したのも、オリジナルに会ったのも、全部僕の気まぐれ。君は言ったじゃないか。気まぐれの僕にでもついてくる、って。
・・・というか、君もオリジナルを殺してるじゃないか」
「・・・まあいい。じゃああのダイイングメッセージはなんなんだ。おまえは研究所を抜け出してすぐにオリジナルを見に行くぐらい好いてたのに、そのオリジナルを犯人に仕立て上げるなんておかしくないか?」
「それも気まぐれだよ。でもどうやら、あのメッセージを理解できた人は君以外いなかったようだけどね」
「"GEMA"。お前のオリジナルの名前が

"マツモトゲンジ"

・・・なかなか面白いじゃないか」
「その時の思いつきだけどね。
・・・僕の話はこれで終わりかな。
この決起集会が終わって、オリジナルの和美のところへ行ったら、ようやく計画の始まりだね。新しい世界が始まるんだよ」
「・・・おいおい、俺の話をしてないのに、早すぎるんじゃねえか?」
「ああ、ごめんごめん。
じゃあ次、君がしゃべる番ね」
「ああ。じゃあまずは、俺のオリジナルのことを話そうか」


「俺のオリジナルの名前は

"ヒラタマサノリ"




ー完ー

人類すりかえ計画

人類すりかえ計画

主人公の周りで起こる不可解な事件。糸を引いているのは、人間か、それとも・・・・

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-17

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

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