妄想心中

ややホラーです、怖い話が苦手な方は なるべく御控えください。

死ぬことに恐れなんて無かった
誰もがいつかは死ぬ
ならば、それがいつ来たって構わないじゃないか

四月一日

嘘をついてもいい日から
嘘のような出来事が続く

それが起きたのは三日前
三日前の、四月一日のことだ

いつものように、仕事が終わり、最終ギリギリの電車で家に帰ると、妻が赤黒い血でできた水たまりの上に倒れていた。
まるで人形のように虚ろな目をし、腕には黒々と深い傷跡が鈍く光る

「嘘だと言ってくれ」

床に転がった包丁を退かし、
冷たく、そして重くなった妻を抱き抱え、
白いシーツのベッドに運んだ

何を話しかけても妻は答えない
何度確認しても妻の鼓動は止まったままだった

「最悪だ」

警察を呼ぶ気にもなれず
何をする気にもなれない
頭が働かないのだ

妻が自殺をした
ただそれだけが明確だった。

せめて最後だけ
彼女の魂がここにいる時だけでもと、まるで最後の晩餐を楽しむように、
妻の顔を覗き込み 髪を触り倒れ込むように横になる
そうした後で、そっと手をつないだ
太陽にまだ来ないでくれと頼みながら朝が来るのを、じっと待つのだった。

自分の鼓動の音が煩い、頭の中で強く脈に刺激されながらも
薄っすらと昇り始める日を感じた
一睡もできていないはずなのに、身体は不思議と軽かった。

何をしなければならないのか頭を整理し始めると
隣にいた妻がゆっくりと起き上がり、小さなあくびをする、
薄暗い部屋で、そのシルエットをぼんやりと眺めていると
「これは夢なのか、それとも現実なのか」という事がわからなくなり、
「妻がいるのならばどちらでもいい」という結論に至るのだった

「今日は会社休むよ、一日中一緒にいよう」
私がそう言うと、妻は少し考えた後で、笑みを浮かべた。

元気そうな妻と、血に染まったはずの真っ白なシーツを見て
「ああ、やっぱり夢だったのだ」と思えるようになった。

喜びのあまり妻をシーツに押し付け、身体のラインにそって指を滑らせる、
無言のまま、吐息と喜びの声だけが静かに漏れる
互いの存在を深く確認した後で

「貴方と一緒にいると 幸せなのね」
妻はそう暖かみのある声で言った、
でもそれは、どこか悲しげにも聞こえた

普段よりも、ずっと遅いお昼過ぎの朝食を妻が作り、私は先日 買ったばかりの珈琲豆を砕き、
少し濃いめの珈琲を入れた、バターの溶けこんだトーストを頬張り、ベーコンエッグの卵の黄身にナイフを入れながら、
「今日は出かけずに家にいないか」と提案をする。

妻と少しでも一緒にいたかった、それも二人きりで
だが私の思いとは裏腹に、妻の意見は異なっていた。

「今日は出かけましょうよ、私はいつも家にいるのだから。
天気だって良いんだし、桜だって咲いてるのよ?、少しでいいから、外に出ましょうよ」

意見が食い違うとき、普段なら無理やりにでも私の思い通りにさせていただろう。
だが今日は妻のわがままに付き合いたかった。

付き合い始めた頃のように、手をつなぎ公園に向かう。
妻の言う通り桜は咲き乱れ、花びらによって、薄ピンク色の道ができあがっていた。

「うわぁー」
思わず声の出た妻を、見つめる

「俺に何か隠していないか?」
大切な時間が終わってしまうかもしれない言葉
返事を聞くのが怖かった、あんな夢を見てしまったのは俺の方だが、妻が何かを隠しているような気がした。

「何も無いわ、何もね」
それだけ呟き、視線を桜の木より、更に遠くを見つめる妻に、何も言えなくなってしまう。

「寒くなってきたな 夕飯でも食べて帰ろうか」
先程とは異なり、手をつなぐことも、顔を見ることもなく
いままで体験したことの無い、ぎこちなさと、気まずさに体力を奪われつつも、
妻にプロポーズをしたときと同じ、お気に入りの近所のイタリアンに向かった。

「窓際の席が良いわ」
ウェイターが来るなり、妻は言った
普段はおとなしく、自分の意見を言えない妻が、こんな風に言うのは始めてだった

平日ということもあってか、どの席も空いていた
注文を済ませ、しばらくしてスパーリングワインが運ばれてきた、小さく乾杯をしたあと

「貴方はいま幸せ?」
妻の突然の質問に、驚きつつも

「幸せだよ、君と一緒にいられるのだから」
とっさに出た言葉だったがそれが本心だった。

「君は?」
思わず聞き返す

私は、考えたことも無かったの
幸せだって、信じて疑ったことなんてなかったから
だから、いまは幸せかもしれたいし、そうじゃないかもしれない
そういって何故か涙を流す妻

「ちょっと待ってて、化粧直して来るね」

そう言った妻が、屋上から降ってきたのは、すぐ後の事だった。
またしても、目の前が真っ黒になる。
地面に激しく当たる音、窓に映った妻の青いブラウスの色
すべてが脳裏に録画したドラマを何度も見るように濃厚に、鮮明に記憶された。

妻の死体を見るのは
これが2度目だった。

理性を取り戻したとき、私は再びベッドの中にいた、
暖かい妻と共に

今度こそ冷静に考えなければ、
妻の2度の自殺は夢か現実か

妻は生きている
今まさに俺の隣で寝息を立てている
よって、妻の死は夢であるはずだ

だとしても、こんなにもリアルな夢を立て続けにみるものか
こんな夢を見続ける自分が嫌になる、精神に異常でも起きたかと思う。
だからといってこんなにも死なれ続けるのも困ったものだ

寝息を立てている妻に気づかれぬよう、ゆっくりとベッドを降り、
台所にある包丁、そして目に付く刃物をすべて隠す

蛇口を捻り水道水を透明なグラスに入れ、乾いた喉に流し込む
そのグラスをゆすぎ、今度はミネラルウォーターを入れる。
そしてそれを声をかけまだ寝ぼけている妻にそっと渡した。

「俺に隠している事を話してくれないか?」
なんとしても聞かなければならない
もう、二度と妻を失いたく無い

動揺して、何も喋れない妻にもう一度 力強く聞いた。
「ちゃんと話しておくれ、大丈夫だから」

震えながらも、ようやく小さな声を出す。
「わかった、ちゃんと話すわ、でもその前にカーディガンを持ってきてくださらない?少し寒いの」

少し待っててくれと、歩き出した直後
背後からのグラスが砕ける音に驚き振り返ると、みるみると朱色に広がるシーツとその中で
割れたグラスと共に、どんどん青白くなっていく妻を目にする事となった。


こうして私は、最愛の妻が死ぬ四月一日を何度も繰り返し
繰り返す度に妻は死に、翌朝の四月一日になれば暖かな妻とベッドの中で目が覚めるのだった。

私はこの日から、抜け出す事ができない
繰り返し妻の死顔を何度も見る度、「今度こそは!」という情熱は徐々に消えていった
義務感の様なもので事務的に毎日を繰り返すだけとなった。
妻を救おうとする度、何度も目の前で妻を殺す事になるのだから。

今日にしてやっと四月一日を終わらせる方法を思いつき
決心もついた、私はようやくこれで終わらせることができる。

妻と一緒に今日を終わらせるのだ

The End



「で…、この小説どう思う?」
すべてのページを読み終え、本を閉じたところで彼が私の顔を覗う。

「まず、全然妻の気持ちがわかってないね、自殺するくらいですもの、生前にもっとサインを送ってたはずよ、
なのに全然気づかなかった。死んだ後になって、始めて後悔してもがいてるだけの話でしょう?
最初の自殺の描写だけリアルだけど、他は現実味が無いしあっさりし過ぎてる、だから最初の自殺以降はすべて男の妄想なんじゃないかしら? 、あまりにチープな内容、まるで子供向けの推理小説みたいだわ」

「なるほどね…。君ならそう言うと思ったよ。
それで…、もし例えば妄想だとしても、「朝起きると死んだはずの大切な人が目の前に現れてそして死んでいく」そんな日が毎日続いたら君ならどうする?」

「精一杯もがき苦しんだ後で、この主人公みたいに死者と一緒に心中でもするわ。
で?、あなたがわざわざ有給とったのは、私にこんな三文小説を読ませる為なの?」

「違うよ。ただゆっくり休みたくなってね、車で何処か遠くに出かけないか?」

「いいわね。山がいいわ、できれば緑の多い所がね。」

妄想心中

妄想心中

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-04-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted