プレイ☆メイト

キャラ紹介

シキ(島崎琴音 シマザキ コトネ)
ちょっと弱気な中学2年生の女の子。身長(139.9cm)が低いのを気にしている。みんなの世話焼き&いじられ&ツッコミ役。『シキ』はあだ名。

ラキ(島崎星羅 シマザキ セイラ)
シキの双子の姉。シキとは違いボーイッシュな女の子。だが『学年1位で美少女(?)と美男子をつれている最強』という異名をもつ。シキ同様『ラキ』はあだ名。

リンネ(久野鈴音 ヒサノ リンネ)
元気そうなのか大人しいのか、はっきりしない性格の小学6年生のお嬢様。何故かシキを気に入っており、シキの妹分だということで「姉貴」と呼んでいる。

ヴィン(ヴィン・ブラックフォード)
オーストラリア人の中学3年生の男子。日本語・英語がペラペラ。純粋で、思ったことはすぐに口に出してしまう。学校生活では先生に頼まれて英語で話している。

スバル(松永守春 マツナガ スバル)
クールな高校1年生の男子。読書好き。いつも読んでる。いざというときはハリセンを出し、自分のプライドを守ったり、混乱しているシキを止めたりする。

寮の整理

ありえない。絶対あり得ない。
そう、これはきっと夢だ。というか、これが現実ってほうがおかしい。
「・・・この部屋か」
「・・・・・・」
まさか、本当にこれを実行するとは・・・。
そんなことを考えながら、シキはスバルさんと共に新しい寮の部屋の前に立っていた。
「もう、ラキのやつ・・・っ」
なんてことをしてくれたのだろうか。
こんなこと、できれば嘘であってほしい。
だって、これから1年はここで・・・
琴音(ことね)
「わっ!?」
いきなり自分の名前を呼ばれる。琴音、というのはシキの本名だ。
「・・・あ、はい、何ですか、スバルさん?」
そして、本名で呼ぶのは、今部屋に荷物をおいている、緑色の高校生の印のブレザーを着たスバルさんくらいしかいない。
「何ですかじゃねぇよ、始業式始まるぞ。はやく荷物おけ」
「ひえっ」
何かが頭に軽く当たった。ハリセンだ。
スバルさんは何故か常時ハリセンを所持している。そして、何かしらあるとそれを見事なハリセンさばきで使いこなすのだ。
「先行ってるぞ」
と、頭をさすっているうちにスバルさんは部屋から出ていった。
「え、ちょ、ま、待って下さいっ!」
さすがに、置いて行かれるのは御免だ。
中学二年生の生活の初日に、一人で悲しく体育館に向かうのは精神的にきつい。
シキは急いで荷物を部屋に持ち込み、スバルさんの元に走っていった。
(あーもう、何で寮の部屋のペアを変えたのよ、ラキ!)

事は数十日前、寮にある、シキとラキの部屋で始まった。
シキがまだ、真新しい赤い制服を着ていた、中学一年生のことである。
「今年もやってきましたなぁ、部屋争奪戦」
シキの双子の姉、ラキが、寝転がって明日提出する寮の部屋希望の紙を眺めながら呟いた。
シキ達の通っている学校、明葉(めいよう)学園は寮付きの中高一貫校。そして、寮の部屋の場所は生徒達の希望で決まる。
一人部屋と二人部屋があり、好きなほうを選ぶことができるが、もちろん希望通りにならないこともある。
「そうっすね。今度は希望通りになってくれると嬉しいっす」
ラキの呟きに、自分達より一つ年上のヴィンさんはニッと顔を見せる。
「だな、今度は隣同士がいい!移動が面倒だし」
前回、シキとラキ(双子だから当然一緒だろう)、ヴィンさんとスバルさん、のペアで部屋を希望したが、シキとラキの希望が外れ、おしくも隣同士にはなれなかったのである。
ラキが紙に書こうとしたので、
「ちょ、勝手に書かないでよね!」
それをふまえて、シキが止めた。
ラキは人気の場所を選びそうだ。そうなるとまた希望が外れるかもしれない。
「こういうのは、ちゃんとみんなで話し合って決めないと」
「そうですよ、ラキー」
シキの言葉に、隣にいたリンネちゃんが頷く。
「えーいーじゃん別にぃ」
それを見て、面倒くさそうにラキが口をとがらせる。
「みんなで一緒になれればいいんでしょ?それくらいわかってるっつーの」
「う、まぁそうだけど・・・でも、」
「勝手に決めさせてやれ、琴音」
スバルさんが本を閉じ、シキの言葉を止める。
「場所が変わるだけで、後は何も変わんねぇよ」
「む、むぅ・・・」
言われればそうだ。あまり気にする必要もなかったかもしれない。
「・・・じゃあ、勝手にしていいよ」
「勝手にしていいです、ラキー」
リンネちゃんは、自分の言うことなら何でもいいのだろうか?いつもシキに賛成してくる。
これも、自称『シキの妹分』からきているのかもしれない。
「わーい!・・・あ、でも」
すると、ラキはふふっと笑い、起きあがる。
「あともう1つ、変わるよ?」
「・・・は?」
きょとんとするみんなに、ラキは説明した。
変えるのは、『部屋のペア』。理由は、いつも同じだとつまらないから。
ずっとシキと一緒というのは絶対嫌、とのこと。
「意義有り」
「はいどうぞ、シキ」
「それちょっと失礼でしょ!何で絶対嫌とかいわれなきゃならないの!」
「ラキ、姉貴と一緒の部屋は嫌だったんですかー?あたい、すっごく羨ましかったですー」
リンネちゃんがラキをみて、首を傾げた。
例の妹分の件で、リンネちゃんはシキのことを『姉貴』と呼ぶ。シキ自身、そのことはあまり気にしていない。
「うん、朝、お玉と鍋をカンカン鳴らして起こされるのはすっごく嫌だった」
「起こさないと遅刻するの!」
「んーまぁシキのクレームは終了、と。他に異論のある人は?」
ラキが立ち上がり、周りを見るが、手を挙げている人はいない(除:シキ)。
「えーじゃあ賛成多数で決定ということで」
「あたしの意見は!?」
「あーはいはい。言いたいことがあるならどうぞー」
と、言ってラキは座る。
「決定という事実は変わんないけど」
「だから、今のペアじゃないと、その・・・」
自分に注目している4人と目が合い、一瞬ためらい、再度口を開く。
「い、異性同士に、なっちゃうじゃん・・・」
「え、別によくね?」
「・・・えっ」
「ラキに同意っす」
とまどうシキをおいて、ヴィンさんがラキに続ける。
「それ気にする必要あるんすか、シキちゃん?」
「ヴィンさんまで・・・ あっ」
そうだ、ヴィンさんはオーストラリア人だった。
外国では日本とまた違うのかもしれない。だから、異性同士で生活するのも意識しないのかもしれない。
「・・・あのですね、普通は、異性同士で生活することはないんですよ。家族や、こ、恋人じゃあるまいし・・・」
家族や、の後ろからは、ホントに恥ずかしくて、自分でもあまり聞こえなかった。
「もう家族みたいなものじゃないっすかー!」
「・・・」
違った。外人なのは関係なかった。
「照れるシキちゃんは可愛いっすけど、素直になった方がいいっすよ」
思ったことはずばずばと言う、ただの純粋のようだ。
「そ、そういう問題じゃないですっ!あと可愛くない!!」
「シキぃ、私達さ、ヴィンとスバルと、もう9年の付き合いなんだぜ?みんなでよくお泊まり会とかしたじゃん」
確かに、ラキの言うとおりだ。ヴィンさん達とはいわゆる幼なじみである。
「あたいは5年ですー、姉貴!」
リンネちゃんは例外だ。リンネちゃんとは小学校で知り合ったため、出会いが少し遅れている。
「とりあえず、リンネちゃんは寮は関係なかったよね・・・?なんか張り切ってるけど」
「あ、そうでしたー。あたいにはまだ早かったですー」
自分より背が高いのでたまに忘れるが、リンネちゃんは自分より2つ年下。明葉小学校の生徒である。
寮は中高一貫校のほうにエスカレート式で入学しないと使えない。
本当は寮に入ることすら禁じられているのだが、リンネちゃんは気にしていない。
「で、ラキ、そのお泊まり会は何年前の話?今それやるって言われたら無理でs」
「私、ペアになるならヴィンとがいいなー。いつでもゲームに付き合ってくれそうだし!」
「無視しないでよ!」
「俺はいいっすけど、スバルさん、いいんすか?」
シキをスルーしていたラキの言葉を聞いて、ヴィンさんは振り返る。
「・・・ん、俺か?」
目当ての人は読書を再開していた。
「まーた本だ。話に参加してよねーちゃんと!シキが話すと会話にはいってくるくせn」
スパーン!!
「!?」
シキ、ヴィンさん、リンネちゃんは思わず体を震わせた。
「余計なこと言うな、勘違いされるだろうが」
いつのまにか右手にハリセンを持っているスバルさんがラキをシバいていたのだ。
まぁ、いつものことだ。
「ふっふふふっふっふ、サーセン」
ラキにハリセンのダメージがいってないのも、いつものことだ。奇妙に笑っている。
「・・・で、ペアの話だったか?」
「そうっすね」
スバルさんは、読書をしていても、話は聞いている。
よし、なんとかバカ二人を説得して・・・
「ここまでくるともう止めても無駄だろ。俺は早めに諦める」
「は、はいぃぃ!?」
スバルさんが、スバルさんがとんでもない言葉を口にした。もう驚くしかない、これは。
「さっすがスバルー!」
「話がわかってるっす!」
例のバカ二人は、当然小躍りするように喜んでいる。
星羅(せいら)と同じ部屋になりそうだったらもっと反対したがな。うるさいのはゴメンだ」
星羅、というのはラキの本名だ。スバルさんは何故かあだ名では呼ばない。
・・・そして、ヴィンさんを嫌な目で見ながら言ってることから、ヴィンさんに迷惑していたことがわかる。
「おっけおっけ!」
ラキは自分のことを言われたのも気にせず、ボールペンを取り出した。
「じゃ、私とヴィン、シキとスバルで決定・・・っと!」
「あ、か、書かないでよおおおっ!!」


「はぁ・・・」
始業式後。
シキは、寮の部屋のことを諦めようと努力しながら掃除道具を運んでいた。
(まぁ、決まったものは仕方ないか・・・。とりあえず、平常心で、いつも通り、いつも通りに生活すれば、いつかは慣れるはず・・・)
「姉貴ーっ!」
「わっ!?」
急に声が聞こえたので、おもわず飛び上がった。
この呼び方をするのは一人しかいない。
急いで部屋に向かって駆けていく。
「リンネちゃん!」
予想通りだ。部屋の前で、可愛い笑顔で手を振っていた。
「また寮に勝手に入ってきて・・・」
「入っちゃいましたー!」
・・・まぁ、昔は自分もラキに連れられてここによく来てたから人のことは言えないのだが。
小学校のころから、ラキはあんな性格だったのだ。
「まぁとりあえず、中に入ろうか。まだ整理してないから、ほこりとかけっこうあるかもしれないけど」
整理というのは、この学校では『掃除および荷物の整理&場所決め』という意味になる。毎回始業式後は、寮でこれを行うのだ。
「これから整理ですかー、手伝いますー!」
「ありがと、助かるよ。・・・どこかの姉と違って」

「わー、やっぱり他の部屋とあまり変わってませんねー」
入った瞬間、リンネちゃんはそんな感想を漏らした。
予想通り、ほこりがそれなりに散らばった部屋に、二つのベッド、一つの机に、二つのタンス、一台のパソコン。それなりの生活が出来そうな部屋だ。
「あ、この部屋はパソコンなんですねー」
「隣の、ラキ達の部屋がテレビだったと思うよ」
寮は、パソコンのある部屋、テレビのある部屋の2つから選ぶこともできる。なんて自由度が高いのだろう。
何故シキ達の部屋がパソコンかというと、ラキ達が先にテレビのある部屋を選んでしまったから。・・・テレビゲームが目的だろう。
「それにしても、けっこうほこりが溜まってますねー。セバス、呼びましょうか?」
「え、い、いや、ダメだよ、執事さん呼んじゃ!」
そうだった、リンネちゃんは、久野(ひさの)財閥のお嬢様だった。
あまりそうには見えないのでいつも忘れてしまうが、権力は本当にすごい。
「一応、これは学校の宿題みたいなものなんだから、自分達でやらないと」
「わかりましたー」
ガチャッ
「!」
ドアの音に、二人は少し驚く。
「ん、お前ら、もういたのか」
「あ、スバル、お邪魔してますー」
「・・・」
シキは、スバルさんの真新しい制服をまじまじと見ていた。
スバルさんも、さっきまでは中学生の赤い制服をきていたと思ったのに、もう高校生なのか、と感じながら。
「・・・琴音」
「・・・あっ」
いつの間にか、傍にきていたスバルさんに見下ろされていた。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって、えへへ」
シキは照れ笑いを見せる。
「・・・まぁいいか」
と、スバルさん。
「さっさと整理終わらせるぞ・・・隣の大バカ二人の手伝いをしなきゃならない可能性もあるしな」
「ええ」
と、シキ。
「ラキとヴィンさんだけで整理が終わるはずないですもんね」
スバルさんの言ったことが本当にありそうな気がして、思わず苦笑してしまう。
「姉貴、あたいは何をすればいいですかっ!指示を!」
リンネちゃんは、雑巾を持って、気合い十分、準備満タンのようだ。
「えーっと・・・」
シキは辺りを見回して、そして微笑する。
「じゃあリンネちゃんは、タンスやパソコンを軽く拭いてくれる?ほこりがとれる程度に」
「了解ですー!」
「スバルさんはほうきでお願いします。あたしは雑巾掛けするので」
「ああ。場所決めは後な」
「はいっ」
得意な家事のことで頼りにされるのは嬉しい。
そんなことを思いながら、シキは雑巾を掴んだ。

「終了ですー」
十分後、
リンネちゃんが一息ついて、座り込んだ。
「この部屋も綺麗になるものだな」
スバルさんが呟き、すっかり明るい雰囲気になった部屋を眺める。
「二人とも、お疲れさまです」
掃除道具を片付けてきたシキが部屋に入り、声をかける。
「じゃ、スバルさん、」
「ん、場所決めk」
スバルさんの声が遮られた。

ドンドンドン!!!

「!?」
ドアが壊れるんじゃないかというくらいのノックの音で。
「あーもしもしぃ?誰かいたらこっちの掃除手伝ってー!」
「やばいっす、綺麗にするつもりが、逆に汚くなっちゃったっす!」
ドアの向こうから、聞きたくなかった二つの声が耳に入った。
「・・・琴音、あれだ、場所決めは落ち着いたらな」
「・・・そうですね、さっさと終わらせましょう」
シキとスバルは二人して呆れ顔をした。呆れることしかできなかった。
「二人とも、苦労人ですねー」
言葉とは違い、リンネちゃんはシキ達を見て微笑んでいる。
「はーやーくーぅー」
「お前ら、それが人に頼む時の態度か・・・。ったく」
スバルさんが部屋から出ていった。ハリセンの音が2回鳴った。
(・・・なんか、初日からこんな調子で平気かな)
「姉貴?行きましょー」
「あ、う、うん」
リンネちゃんがドアのほうに向くと、シキは思い直す。
(・・・まぁ、いつも通りだから、いっか)

自己紹介①

いつもの放課後、いつもの五人はシキとスバルの部屋に集まっていた。
しかし、それぞれそこでやることは違う。
ラキはゲーム。彼女はゲームが大好きで、自称ゲーマーを名乗っている。それもあって、今はストーリーをとっくにクリアしているソフトのレベルを極めようとしている。
ヴィンさんはマンガに目を向けている。彼の両親は日本の文化、つまりアニメとマンガが大好きらしく、それに影響されているのがヴィンさんだ。
スバルさんはいつものように読書。どんな本を読んでいるのかが気になるが、いつもブックカバーがしてあり、表紙が見えない。
そしてシキは国語の宿題。先に終わらせてラキに教えないといけないため、提出する1週間前には終わらせるのを目標にしている。まぁ、ラキはいつもそれを写すのだが・・・。
リンネちゃんはシキの様子を見ている。シキを見ているのか、シキが解いている問題を見ているのか、あるいは両方なのか、それは誰にもわからない。
とにかく、とても静か。誰も口を開こうとしない。
・・・と、思われたが、
「なぁ、みんな」
ラキが空白の時間を破った。
・・・が、そう簡単にシキ達は返事をしない。
「・・・何すかー」
ヴィンさんがだけがそれに答えた。目はマンガに向けたまま。
「・・・。そこの三人にも言ってるんだけどねー?」
それに不満を感じたのか、うつ伏せになっていた体制から起きあがる。
スバルさんが本にしおりを挟んだ。
「うんわかってる、この問題解いたら・・・っと」
と、シキ。ノートの上にシャーペンを置く。
「ラキ、準備オッケーですー」
と、微笑みながら、リンネちゃん。
「で、何ですかー?」
「あのさ、」
それを見ると、表情が明るくなりだし、
「今の時期、5、6回自己紹介とかしなきゃならないじゃん?」
と、こんなことを言い出した。
確かに、新しいクラスメート、転任してきた先生達が自分たちのことを知らない場合があるため、何回も自己紹介をするのは、中学・高校ではよくあることだ。特に後者、各教科に一人ずつは先生がいるためだろう。
「あたいは一回で平気ですー」
「ああ、小学校は担任の先生が色んな教科の授業をしてくれるっすよね」
「はいー」
・・・そうだった、リンネちゃんは小学生だった。いつもそのことを忘れてしまう。
「いいなぁ羨ましい!」
また、ラキが寝ころんだ。
「もう何っ回も何回も同じ事言うの面倒だー・・・」
「で、結局何をいいたいの?」
ペン回しをしながら待ちきれずにシキが問う。実は上手く回せてない。
「いや、みんなはどういう自己紹介するのかなーって思ってさ、それで・・・」
「・・・この場でしろ、と?」
スバルさんが眉毛を50°ほど曲げて、ラキの言葉を続ける。
「そゆこと!さっすがスバル!」
当たりだったようだ。シキとスバルは大きくため息をついた。
「シキぃ、どーせこのままずーっと勉強する気だったんでしょ?ほら、休憩も入れないと頭に入らないよ」
「あなたは少しは自分で宿題をする努力をしなさい」
「スバルも!本の虫に取り憑かれるよ?」
「そういう言い方やめろ、バカ」
「ま、まぁ、でも楽しそうじゃないっすか」
ヴィンさんが三人の言い合いを止めるように口を開く。
「いつものメンバーの自己紹介、見たこと無いっすし」
「姉貴の自己紹介、見てみたいですー」
リンネちゃんがニコ、と笑ってみせると、
「おお、リンネがこっち側にくるのは珍しいな!よし、賛成多数ということで自己紹介しよーっ!」
ラキが勝手に決めた。決めやがった。
「え~~・・・」
「・・・またこのパターンかよ」
当然、納得がいかない。けどこのまま進行するのは間違いない。
「・・・スバルさん、あとで国語教えてくれませんか?このままじゃ目標に間に合いそうにないです」
「ん、ああ」
「じゃ、さっさと・・・」
「あーちょいまち~」
仕方なくシキが始めよう、と言おうとしたが、ラキはゲームをいじりだした。
「今セーブするわ。さっきレベルあがっちゃってさ~」
「・・・リンネちゃん後でバット借りていい?」
「はいー。野球で使ってるのを持ってきますー」
「・・・」
「・・・えーっと、二人とも落ち着くっす」
シキのオーラが薄暗くなり、スバルがハリセンを出したが、
「よし、でけた」
二人の攻撃が始まる前にラキがなんとかセーブを終わらせ、残念ながらシバくことはできなかった。ヴィンさんのホッとする姿が見えた。
「んー、誰からやる?背の小さい順?」
「これ何ていじめ!?ひどくない!?」
ラキがニヤニヤしながら、シキに見下ろすように目を向ける。
シキは中学二年にあたる年齢だが、身長は『139.9cm』と、そこら辺にいる小学生よりも小さい。ラキとは10cm以上もの差があるのだ。双子なのに。
「やっぱりバットお願いねリンネちゃん!!」
「はいー」
「オススメしないぜ、そんな凶器を持ってくるのは」
シキが憤慨してこんなことを言ったが、ラキは笑いながらやんわりと断った。
「ラキ、こういうのは普通じゃんけんっすよ」
またヴィンさんがヒヤヒヤしていたのか、助け船を出す。
「そうだな。・・・ほれスバル、本閉じる!」
「・・・ちっ」
「舌打ちですー」
「ハリセンがきそうだからさっさと始めるかー!そーれ、じゃーんけーん・・・」
そして、ラキの声と共に、全員が一斉に手を出した。

「何故こうなったの・・・何故一番負けなの・・・」
シキは見事に『orz』のポーズをしていた。
「あははっ!結局一番だったな」
「リンネちゃん・・・」
「はいー」
「だからオススメしないってば~!リンネもノらないの!」
「決まったんだからさっさと始めろ、琴音(ことね)。勉強教えてやらねぇぞ」
「うぐ・・・」
それは困る。はやくこんなこと終わらせて、宿題終わらせて静かに寝たい。
でも、何を言えばいいかわからない。
「ど、どんなこと言えばいいんですか・・・」
「フツーに?」
「ラキ、それが分からないから聞いてるの」
「面倒だなこの人h」
スパーン!!
「あなたに言われたk」
パシッ
「はやくしろっつってんだろ、言い合いするな」
怒りのオーラ全開のスバルさんが、シキ達の前に現れた。
「明らかにハリセンの音が違うっす」
「し、仕方ない、お題決めるか」
ラキは頭をさすりながら全然平気とでも言いたげな表情で言った。
しかし、その声は少し震えていた。
ハリセンは平気だが、スバルには弱いのかもしれない。
そして彼女がぽんぽんと出したお題は・・・

○好きな食べ物 ○特技 ○得意な教科

「よし、シキいけっ!」
ラキがかっこよく(スルーすると可哀想なのでとりあえずこう表してみる)人差し指をシキに向けたので、
「はいはい・・・」
仕方なく始めることにした。
「えと、島崎(しまざき)琴音です。よくシキって呼ばれてます。好きな食べ物は十勝のヨーグルトとカレー、特技は料理、得意な教科は英語です。・・・終了」
ぱちぱちぱちぱち。
ちょっとした拍手喝采が終わった後、みんながそれぞれ感想を言い合う。
「ヨーグルトは十勝じゃないとだめなのか?」
「十勝のが一番美味しいってことが研究の結果なんだよ、ラキ」
「いつそんな研究したんだか・・・」
「う、うるさいな、ヨーグルト大好きなんだから、いいじゃない別にっ」
「シキちゃんの英語力はすごいと思うっすよ、俺も。さすが、準二級持ってるだけあるっす!」
「よくあれができるな・・・。俺は無理だ」
「えへへ、ありがとうございます、二人とも。英語は好きなので勉強がはかどります」
「料理すごいですー姉貴!」
「リンネちゃん、あたしのつくったクレープ好きだったよね。今度またつくってあげるよ」
「クレームですか、嬉しいですー!」
「いや、クレープね。クレームはまた別の言葉だよ・・・」
と、会話が一段落つくと、
「そんじゃ次!誰だっけ?」
ラキが待ちきれなかったのか、ソワソワしながら言った。
「あ、俺っすよ」
と、ヴィンさんが手を挙げる。
「学校でやる自己紹介をすればいいっすよね?」
「うん、おっけー」
「・・・え、ラキ、それじゃ・・・」
シキが何かに気づき、止めるが、
「My name is ・・・」
遅かったようだ。

「・・・ヴィン、何故に英語だし」
「え、だって、学校でやる自己紹介って・・・」
「いや、私たち聞き取れないからな!?シキしかわからねぇぞそれ!」
ラキが珍しく、必死にツッコミを入れた。
ヴィンさんは、普段の学校生活では英語で話しているのだ。
その理由は、とある人に『英語で話してみて』と言われ、話したら喜ばれて、しかもそのとある人の英語の点数が上がったことにより、先生より直々に英語で話すようにと頼まれたのである。
「・・・琴音、訳せ」
「姉貴、お願いしますー・・・」
スバルさんとリンネちゃんがげんなりとした顔でシキを見つめるので、
「え、えーっと・・・」
しぶしぶと翻訳を始めた。
『ヴィン・ブラックフォードっす。生まれは日本だけどオーストラリア人っす。好きな食べ物は洋食全般、特技はやっぱり英語と日本語を話すことっすかね。得意な教科は英語っす。英語以外はダメっす』
「さすが英検準二級、完璧っすね!」
「姉貴すごいですー!」
「口調までまねする必要はなかったんじゃないか・・・?」
「あ、そ、そうでしたね・・・えへへ」
みんなに褒められ、少し訂正され、シキは照れ笑いを隠せずにはいられなかった。
「んじゃ次で一旦区切るか。そろそろリンネ、帰らなきゃでしょ?」
「はいー」
ラキが聞くと、リンネちゃんが少し残念そうに頷いた。
リンネちゃんはお嬢様ということで、やはり門限には厳しい。リンネちゃんが言うには、もっとみんなと喋っていたいとか。
「じゃ、次あたいなので、いきますねー」
「ほーい」
久野(ひさの)鈴音ですー。野球チームのエースやってますー。好きな食べ物は姉貴と一緒で、特技は10本中9本ホームランが打てることで、得意な教科は体育ですー。終わりですー」
ぱちぱちぱちぱち。
「リンネちゃんは運動神経ほんといいよね・・・。あとちょっと巨人あたりにはいってみたら?」
「姉貴に褒められるだなんて嬉しいですーっ!!巨人行ってみたいですー!」
「あたしは体力全然ないからね・・・。あと、好きな食べ物は何があったの?」
「姉貴と一緒がいいですー」
「リンネ、私もシキに同意だ。巨人行って来い!」
「だが断る、ですー」
「・・・そんなひどい」
「おい、リンネ、時間やばいんじゃないのか?」
スバルさんが時計に指を向ける。
時計の針は、もうすぐ六時を指そうとしていた。
「あ、やばいかもですー」
「じゃ、リンネちゃん、ばいばい」
「明日またきますー!」
リンネちゃんは急いで荷物を持ち、手を振りながら扉の奥へと消えた。
「そして、その後リンネを見かけたものは誰もいない・・・」
「勝手に変えないでよ、ラキ」
「じゃみんな、ゲームしようぜ~」
「え、宿題・・・」
「本・・・」
「やるっすよ、二人ともー!」
残った四人は、まだまだ寝るまでの時間を楽しむようだ。
そのうち二名はまた納得いってないが。

自己紹介②

いつもの放課後、いつもの五人はいつも通りシキとスバルさんの部屋に集まっていた。
しかし、そこでそれぞれやることは違う。
ラキはいつものようにゲーム。だが、今回はヴィンさんと一緒にプレイしている。ヴィンさんもラキほどではないが、ゲームが好きらしい。
スバルさんは、
「・・・で、太郎の気持ちがこうだから・・・」
シキの国語の宿題を手伝ってくれている。昨日の約束をちゃんと守ってくれたのだ。
「え、ちょっと待って下さい、さっき次郎がこう言って・・・あれー?」
英語は得意だが、国語は苦手なのでものすごくありがたい。・・・こんなことを言ったら、ラキに『もう外国人でいいじゃん、シキ』とか余計なことを言われそうなのであえて言わない。
リンネちゃんはいつものようにシキ達(特にシキ)を見守っている。
今、スバルさんとシキのちょっとした声しか聞こえない。そんな空気を・・・
「・・・なぁ、みんな」
ラキが破った。
「・・・何すかー」
ヴィンさんがそれに答える。目はゲームに向いたまま。
だが、
「だから、この文で太郎の気持ちが分かるだろ?」
「成る程、だからここはこう書けば・・・スバルさん、これでどうですか?」
「正解・・・おい、句読点」
「ああっ!忘れてました・・・」
他は、そう簡単に返事をしない。
「・・・。そこの三人にも言ってるんだけどねー!?」
それにまた不満を感じたのか、怒鳴るような口調で言った。
「・・・何だ」
「・・・よし出来た。で、何?」
「何ですかー、ラキー」
「ああ、これ前もやった気がする・・・」
ラキはそう呟いた後、表情を変え、本題を話す。
「あのさー、私達・・・何か大事なこと忘れてない?」
「!!」
それに、全員が反応した。ラキにわからないように。
ラキは、昨日行った『自己紹介』の続きをすることを忘れているらしい。これは他の全員にとってのチャンス。ラキに気づかせてはいけない。四人はテレパシーでも使ったかのようにそれを把握していた。
「だ、大事なことかー・・・」
数秒経った後に、シキが口を開いた。
「う、うーん、何かありましたっけ、ヴィンさん?」
「げっ、俺っすか!?」
いきなり話を回され、ヴィンさんが小声で驚く。
「そ・・・そうっすねー、俺はわからないっす。ね、スバルさん」
そして、同じようにしてスバルさんにパス。
「ああ、そうだな。リンネ」
スバルさんは普通に言っているように見えるが、実は誰とも目が合わないようにしている。これはスバルさんのクセだ。
「はいー」
リンネちゃんはいつものように返事を返した。笑顔で。
「・・・わざとらしい気がするんだけどぉ?」
ラキが半信半疑で四人の顔をジロジロを眺める。まぁこれだと疑っても仕方ないだろう。
「ど、どこがわざとよ!証拠は!証拠はどこにあるの!」
「小学生か」
「何か・・・焦ってるじゃん、シキ。スバルは目剃らしてるし」
シキとスバルさんが黙り込む。
「焦ってなんか・・・いや、あ、焦ってるよ。宿題間に合うかどうかわからないもん。ですよねスバルさん?」
なんとか話題を変えようと、シキは思いついた言葉をさっと出したが、
「そうだな、あれだ、りょうがおおいよなことねのしゅくだいは」
スバルさんがついてこれなかった。ザ・棒読み。
「す、スバルさん!?」
「・・・!す、すまない」
それに二人が気づき、小声で会話を交わした。
「何か隠してるでしょ絶対!」
隠そうとしているのは完全にバレた。だが、その内容まではわからない。まだセーフだ。
「隠してないですよーラキー」
一番隠すのが上手いリンネちゃんがフォローにはいる。続けてヴィンさんが、
「そ、それより、ゲームの続きやるっすよ!今ボスじゃないっすか」
こう言うと、ようやくラキは、
「むう・・・、まぁいいか」
諦めてくれた。四人はホッと一息ついた。

数分後。
また沈黙が続いている中。
「・・・シキー」
ラキが声をかけた。
「・・・何?」
「さっきの教えてよー」
「・・・なんでもないってば」
まだ気にしていたようだ。今度はどうやって乗り切るか・・・。
するとラキがこんなことを口にした。
「あ、そうそう、十勝ヨーグルト・・・」
「自己紹介」
「ちょっ!?」
サラッと言われてしまったその言葉を聞いて、他の三人が立ち上がる。
「・・・え、あ、ああっ!!」
しまった、ヨーグルトに釣られてしまった。
自分の大好きな物を使うとは、なんて卑怯な。
「ありがと~シキぃ。さすが私の妹!」
ラキはニヤニヤしながら立ち上がる。
「バカ、何してんだよ・・・」
「また付き合わされちゃうっすね。俺はシキちゃんに合わせたつもりだったっすけど」
「ご、ごめんなさい・・・」
スバルとヴィンの言葉を聞いて、俯く。
「姉貴は悪くないですー!騙すラキが悪いですー!」
リンネちゃんが必死にラキのせいにするが、
「騙されるほうが悪いって言葉、聞いたことある?」
本人には効かない。『自分が悪い』という文字は彼女の辞書にはないのだ。
「あう、勉強がぁ・・・ひえっ」
「今回は自業自得だ」
パシッ
ハリセンが軽く頭に当たる。痛くはないが無意識に手が頭をさすった。
「で、順番どうしたんだっけ?背の小さい順だっけ?」
「デジャヴかな、このパターン・・・。お願いだから背のことにはふれないでよ・・・」
「いやあ、シキが一番最初っていうと、背の順思い出すんだよね~、あはは」
「・・・」
笑っているラキを軽く睨んだ後、
「それより、ヨーグルトは?くれるのっ??」
と、シキは期待を胸にふくらませる。
「そこはちゃんと聞くんすね」
「え?」
ラキはきょとんとした表情で、
「私『十勝ヨーグルト美味しいよねー』って言おうとしただけだよ?」
こう言った後、ふっと鼻で笑った。
「・・・・・・!!!」
騙された。ヨーグルトで釣った後に騙されるとか・・・。
「・・・後で買ってきてやるよ」
さすがに不憫に思ったのか、スバルさんが『orz』ポーズのシキの顔を覗く。
「いや、いいんです・・・」
シキは顔を上げる。
「期待したあたしが馬鹿だったんです・・・。はぁ」
「よしっ再開だ!」
そんな妹をおいて、ラキはガッツポーズをみせた。
この姉、ひどい。
「次誰っすか?」
「あたいの次ですー」
「私は一人勝ちしたから、じゃんけん。スバルだろ」
「・・・」
スバルさんは「ちっ」と小さく舌打ちをして、
「さっさと終わらせるか。ヨーグルト買って勉強教えないとだしな・・・」
と、神のようなお言葉をおっしゃった。
「ご、ごめんなさい、ありがとです・・・」
松永(まつなが)守春(すばる)、好きな食べ物は特になし、特技もなし、得意な教科は国語、以上」
シキが申し訳なさそうな声を出したのを聞いた後、スバルさんは早口で自己紹介を終えた。
・・・シーン
「・・・特になしが二つか、つまらん」
「同意ー」
一瞬空白の時間が過ぎ、ラキが呟くと、ヴィンさんとリンネちゃんがそれに続ける。
「ヴィンはともかく、リンネはどっちの味方だ」
「姉貴の味方ですー」
リンネちゃんは、ある意味気まぐれだ。
「で、琴音(ことね)が話に絡まない場合は星羅(せいら)にノるのか・・・」
「そうかもですー」
「んじゃ、何かスバルの別の特徴でも言い合おうか」
「え、や、やめてよ、もういいじゃん、ラキ言いなよ」
「ラキ、自己紹介ですー」
「・・・」
リンネちゃんの立場の早変わりで、スバルさんは呆れ顔になった。
「だーめ。さっき賛成多数で決定したの。リンネは意見を変えるのが遅かったね」
「また勝手に・・・」
スバルさんも何か言うだろう、と振り向くと、
「・・・」
本を読んでいた。例のごとく。
(あれ、気にしてない?・・・あっ)
よく見ると、左手に本、右手にハリセンが。
(・・・成る程。変なこと言われたらサッと叩けるようにするんだ)
準備がいい、というか。どんだけ本好きなんだ、というか。
シキは苦笑をしてそれを見ていた。
「んじゃまず、ずっとツッコみたかったことがあるんだけど・・・」
「ラキに『ツッコむ』という言葉は似合わないっすね」
そんな中、ラキ達は勝手に話し始める。
「何で『守春』を『スバル』って読むの?これ絶対「しゅばr」」

スパーン!!

早速ハリセンの音が響いた。
「は、早いっす・・・!」
「さすがスバルさん・・・」
シキが、ヴィンさんと一緒に思わず感想を漏らす。
「・・・」
「そして、何事も無かったかのように、読書を再開している・・・!」
そして、付け足した。
「早技ですー。これが特技でいいと思いますー」
「あはは、確かに!・・・あ、今思いついた」
ラキがリンネちゃんのコメントに笑った後、頭に電球を浮かべた。
「何をっすか?」
「自己紹介に『苦手な物』を入れればよかったよね」
確かに、自己紹介にはそういうものを入れてもいいかもしれない。
言いたくない人もいるとは思うが。
「それ面白そうですー。姉貴の苦手なもの知りたいですー」
リンネちゃん、何でそうなる。
「んじゃ一人ずつ言ってみるか!ほれシキ」
ほら、番が回ってきた・・・。
「またあたしから・・・。えっと、罪悪感?」
「罪悪感・・・?」
リンネちゃんが首を傾げる。まぁ、大体の人はこういう反応だろう。
「ああー、苦手そうっすね」
納得するのは、ヴィンさんを始めとする幼なじみと、双子の姉、ラキのみ。
「さっき、泣きそうだった理由がよくわかったっす」
「み、見てたんですかっ!?」
スバルさんに対する、ヨーグルトと勉強のことで、少し目に涙が浮かんでいたのだ。
まさかバレていたとは・・・。
「うう、言わないでくださいよ~・・・」
「まぁシキは昔からそうだよな」
ラキも同じく納得すると、
「私昔はさ、色々イタズラしてたじゃん?」
何故か過去の話をし始めた。
「今も変わらないと思うけど」
「それで、シキがいつも私のこと心配しててさ、相談するわけよ。『ふええ、どうしようにーに~!』って涙目で」
「ちょ、ラキ!?」
シキが思わず立ち上がる。
「それいつの話!?恥ずかしい、やめてよ!」
そして、顔がみるみる赤くなっていくのが、自分でもわかった。
「あー、シキちゃん、小さいころはスバルさんを兄のように思ってたっすよね。少し羨ましかったっす」
「う、ううー・・・」
何も言い返せない。事実だから。
「そうだったんですか、姉貴ー!」
「で、でも、小学校にはいったら呼び方変えたし・・・先輩関係のこともあるから・・・ねぇスバルさn」
「・・・」
本に夢中のようだ。
こういうときこそハリセンじゃ!?とハリセンで叩きたくなったが、なんとか我慢した。
「それでさ、」
ラキはまだ続ける。
「スバルが、『別にお前は悪くねぇだろ、バカ』とか言って頭を撫d」

スパーン!!

ハリセンの音が響いた。
にーには良いのに、撫でるのはいけないらしい。
「・・・ええっと、次は俺の苦手な物っすよね?」
「はいー」
ヴィンさんが苦笑してそれに目を背けながら話題を変える。
「ヴィンさんは何もないように見えますけど・・・苦手な物・・・」
「そんなことないっすよ、シキちゃん。勉強が無理っすよ。特に数学」
「あー成る程」
女子三人がそろって納得。
「数学はシキに基本のとこから教えてもらってるもんな」
実は、ラキの言うとおりだ。
シキは別に数学は得意ではない。ヴィンさんが中二の数学の内容をまだ理解できていないので、授業があったその日に習ったことをそのままヴィンさんに教えているのである。
「シキちゃんは教え方が上手いっす!」
「えへへ、ありがとです。・・・それをはやく理解してくれるともっと嬉しいんですけどね」
「んで、次はリンネだっけ?」
ラキがリンネちゃんのほうを向くと、
「姉貴と同じですー」
当たり前のように返事をするリンネちゃん。
「そうだったな」
そして納得するラキ・・・ってちょっと待て。
「ほいスバルー、順番ー」
「・・・」
ツッコみそうになったが、シキはあえてやめた。
(あ、そっか、スバルさんの苦手なものはアレだっけ・・・)
とあることを思い出したからだ。
(って、ラキは最初からこれを狙って・・・)
「もーしょうがないなぁ~!本読むので忙しいなら、私が言ってあげる~!」
やはりそうだ。
スバルさんのオーラがだんだんと変わっていく。彼女は、気づいていない。
「ラキ、それはやめたほうが・・・」
ヴィンさんも、それがわかったらしく、止めるが、
「スバルの苦手なものh」

スパーン!!!

遅かったようだ。さっきの5倍くらいの音が鳴った。
「いったぁ・・・。やっぱりこの時のハリセンは痛いわー」
スバルさんの苦手な物に関することだと、ラキはダメージを受けるらしい。めちゃくちゃ嫌いなのだろう。
「なら言うんじゃねぇよ、バカ」
スバルさんがギロ、と睨むと、ラキはかすかに体を震わせた。
実はスバルさん、虫が大の苦手。それを言うのも、言われるのが大嫌い。
「・・・」
心の中で思っただけでもこの通り、睨まれる。
「ま、まぁ、次行こうよ。話が色々ずれてるよ」
シキはなんとか話を違う方向に持っていく。スバルに作り笑いを返しながら。
「次ラキですー」
「おっけおっけ」
「やっと終わるな・・・」
「ですね~・・・」
機嫌を取り戻したスバルとシキが同時にはぁ、と一息ついた。
「じゃラキ、最後、お願いするっす!」
「うむ!島崎(しまざき)星羅!ニクネはラキだ!好きな食べ物は甘い物全般、特技はゲーム系ならルール覚えれば初プレイでもそれなりに出来ること、好きな教科はない!勉強とかやってられねぇ!苦手な物は秘密☆」
・・・。ぱちぱちぱち
「・・・なんか」
「・・・一人だけ」
「・・・すごいっすね」
「・・・色んな意味で、な」
シキ、リンネちゃん、ヴィンさん、スバルさんの順で、呟く。
「いやーそれほどでもあるんだなこれが」
褒められたと思ったのか、ラキは頭をかいた。
「そこは否定しなさいよ。まぁそれはいいとして・・・よくまぁそう自信満々に『勉強とかやってられねぇ!』っとか言えるね・・・」
「語尾に『☆』が付いてますー・・・」
「まさか・・・学校でもそれ言ったのか?」
スバルさんが恐る恐る聞くと、
「もちろん」
親指を立てるラキ。
「双子の姉として恥ずかしい・・・。女の子でそれはイタイよ・・・。せめて好きな教科つくって」
「はは、妹に心配される姉っていうのもなんか変っすね」
シキがはぁとため息をつくと、ヴィンさんが笑う。
「ラキが先生達にケンカ売るのは嫌ですー」
「何で?リンネ」
「姉貴が可哀想ですー」
「やはりな。・・・聞かなきゃよかった」
「ちょ、何とかしましょ!ラキの自己紹介」
「え、シキちゃん、」
「宿題・・・」
ヴィンさんとスバルさんが止めるが、
「もう後でいいです!こんな、なんか・・・女の子らしくない自己紹介は嫌です!」
もう言ってしまったものは仕方ない。
「ええー別にいいのにー」
「よくない!ちゃんとした自己紹介になるまで考えるからね!」
仲がいいのか悪いのか。そんな双子を、ヴィンさんとリンネちゃんは苦笑して、スバルさんは呆れて見ていた。

スバルさんと

いつもの放課後。
いつもの五人はいつも通りシキとスバルさんの部屋に集まってはいなかった。
「・・・」
「・・・」
部屋にいるのは、その管理人達のみ。
ラキとヴィンさんはゲーム。いつもはシキ達の部屋でやっているが、今日はテレビを使うゲームをやるらしく、自分達の部屋にいる。
リンネちゃんは、リンネちゃんのお父さんの友人とお食事会のようなものをするらしい。リンネちゃんも『お嬢様』の肩書きがあるので、たまにこういう用事でここに来られない場合がある。
そんな中、シキは勉強中。例の自己紹介で結局国語の宿題が終わっていない。
スバルさんも勉強中。そろそろ宿題の提出日が近いとか。『問題がわからなかったら言え』と、あらかじめスバルさんに言われている。
シキとスバルさんは、向かい合った状態で勉強している。机が一つしかないからだ。まぁ、大きいからいいのだが。
そして、この空間は静寂に包まれている。ラキ達が別の部屋にいるので勉強の邪魔がない。これはチャンス。
少し喜びながら問題を進めていたら、文字を間違えた。
シャーペンを一旦置く。
「・・・あれ?」
筆箱を漁るが、中にはペンばっかり。消しゴムがない。
「・・・ん?」
スバルさんが声に反応する。
「・・・えへへ、消しゴム、教室に忘れちゃったみたいで・・・。取りに行ってきますね」
笑い顔を見せた後、シキはドアを開けた。

「・・・さっき、使ってなかったか?」


「はぁ・・・」
まさか、ポケットに消しゴムが入っていただなんて。
教室と寮の往復は疲れるというのに・・・。
ガチャッ
「た、ただいまです・・・」
「おかえり、消しゴム見つかったか?」
「それがポケットの中に・・・!?」
元いた場所に戻ろうと思ったが、戻れない。
恐る恐る後ろを振り向くと、ブカブカの制服がドアに挟まっている。
「まただ・・・」
中一のころからよくあることだ。
ガチャガチャ
シキが面倒くさそうに外そうとする。が、
「あ、あれ・・・っ」
とれない。もう一度。
ガチャガチャガチャ
「・・・」
「う・・・っ」
ガチャガチャガチャガチャ
「ぬぬ・・・むむむ・・・っ」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
「・・・」
「ふう・・・」
なんとかとれた。よかった、ずっとこのままかと思った。
シキの身長で制服が挟まると、いい具合にとれなくなる、らしい。
「・・・」
くすっ
「!」
(み、見られてた!?)
スバルさんはこちらを見て笑っている。いや、微笑していると言うべきか。
スバルさんはけっこう笑う。ただし、シキしかいない状態で。
ラキ達と一緒だと、よほど面白いことが無い限り笑わない。だいたいは読書でスルーしている。
・・・つまり、シキがよほど面白いのか。
「わ・・・笑わないでくださいよ」
そこまで思考が進んだところで、シキは元いた場所に座った。
「いや・・・大変だな」
スバルさんはそう言うと、勉強を再開する。
「よ、余計なお世話です・・・」
ポケットから消しゴムを出し、目的を済ませると、シキも再開した。


数分後。
(そういえば、スバルさんは何の勉強してるんだろう・・・)
国語の宿題が一段落ついたところで、シキはそーっとスバルさんのテキストを覗いてみる。
「・・・」
(数学だ・・・)
そこには、シキには見慣れない式がずらりと並んでいた。文章題も何問もある。
公式でさえ、覚えるのが大変だろう。シキはそう感じた。
将来これをヴィンさんに教えることになるのかもしれない。
だったら、今から勉強をしておかないと・・・。
「いった!?」
頭に衝撃が走った。痛い。
よく見ると、目の前にスバルさんの手が。
そうか、デコピンされたのか。
「な、何するんですかー!」
やられた所を抑え、こう言うと、
「お前、今ボーッとしてただろ」
こんな返答が。
「う・・・」
確かに、考えすぎて目線がどこにいってたかわからなかった、ような気がする。
「集中しろよ、バーカ」
「・・・はい」
(また笑ってる・・・うう・・・)
シキの顔が、抑えたところよりも、赤くなっていた。


さらに数分後、
事件が発生した。
(あれ・・・)
また、消しゴムがないのだ。
(さっき発見したから、あると思うんだけど・・・)
机の下を覗く。何もない。
「・・・」
(あれ~・・・?あ、そうだ)
ポケットの中にまた入っているのかも。
シキは無造作にポケットに手をつっこむ。
「・・・」
(ない・・・)
消しゴムが消えた・・・。
本来文字を消す物なのに・・・。
どうすればいい、この悲しみ。どうすればいい。
あの消しゴムは最近買ったばかりなのに。もう無くしてしまった。
絶望的な表情で間違えた文字を見つめていると、
「・・・ノート」
「へっ?」
スバルさんに声をかけられる。
「ノートの下」
「えっ・・・あっ!」
言われたところを見てみると、なんとそこには探していた消しゴムが。
「あったああっ!!」
「やっぱり、消しゴム探してたか」
くすっ
「う・・・わかってたなら教えてくれてもよかったのに・・・」
また笑われて、思わず俯く。
「気づくと思ったんだがな」
「うー・・・」
シキはそのまま、その文字を消した。

そして、また数分後。
(えっと、三郎がこう言ったから・・・えーっと・・・。あれ、どう書くんだったっけ)
シキは、解けない問題を発見してしまった。
消しゴムを探すのには一苦労するのに、難問はすぐに見つかる。
とりあえず、答えを開く。
(え、何故にこの文になるの?か、解説は・・・ない)
わかる問題にはよくどうでもいい解説が載っているが、いざというときに解説がないと困る。
仕方なく、スバルさんに声をかけようとしたが、
「・・・」
(ど、読書中!?)
いつの間にあの数学を終わらせたのだろうか。今は真剣な表情が本に向かっている。
とにかく、話しかけづらい。
(うーん・・・。本読んでるのを止められると少しイラッとしちゃうかな・・・。ラキも、ゲームしてるのを止めるといつも怒るし・・・。でも、この問題わかんないし・・・)
こういう判断は苦手だ。考え込んでしまう。
(とりあえず、もう一回自力で解いてみようかな・・・)
琴音(ことね)
「うわっ!?」
いきなり名前を呼ばれ、シャーペンが落ちた。
「・・・な、何ですか」
「わからない問題でもあるのか?」
「えっ」
スバルさんに、心を読まれたのだろうか。
「な・・・何でわかったんですか?」
「シャーペンの音が聞こえなかった」
「・・・。耳、良いんですね」
その理由に少し驚きながら、シキはシャーペンを拾う。
「ったく、普通に聞けばいいじゃねぇか、バカ」
それが終わった後、スバルさんが本を閉じた。
「す、すみません・・・」
「別に怒ったりしねぇよ。星羅(せいら)とは違う」
「はい・・・」
そこまで読まれていたとは。
「ええっと、ここの問題なんでs・・・っ!」
人差し指にチクッと痛みがきた。
「今度は何だ」
「ちょっと、紙で指を切っちゃったみたいで・・・。まぁ、平気ですよ、これくらいなら」
「血、出てるじゃねぇか」
「・・・あっ」
紙の端が赤くにじんでいる。
人差し指を確認すると、その通りだった。
「バンソウコウ、どこだったか・・・。あっちか」
スバルさんが立ち上がり、自分のカバンに向かう。
シキは、その姿をなんとか目で追う。
「・・・っと。ほら、手出せ」
「あ、はい・・・」
座ったのを見ると、シキは慌てて指を見せた。
傷が、バンソウコウで塞がれていく。
(おお・・・)
完璧に巻かれた人差し指を、シキはまじまじと見つめる。
「・・・何だ、変なとこでもあるか?」
「あ、いえ」
声をかけられ、シキはハッとした後、
「スバルさん器用なんだなぁって。綺麗です、その、巻き方が」
こう、言葉を付け足した。
「まぁ、小さいときからよくお前に使ってやってたからな。5、6カ所ケガした時は大変だった」
「あたし、ですか?」
小さいころから、そんなにケガはしていなかったような気がする。ラキと間違えているのではないかと一瞬思ったくらいだ。
「よくケガしてましたっけ?」
「覚えてないか?」
「はい、全然・・・」
シキは首を振り、続ける。
「小さいころは泣き虫で、よく泣いていたことは覚えてますけど」
「そうか」
スバルさんは少し間を空けて、こう言った。
「まぁ、そのときはお前、小学校にもはいってなかったもんな。話してやろうか、その時のこと」
「よかったら、お願いします」
気づいたら、シキは即答していた。
スバルさんが、一瞬微笑んだような気がした。


それは、とある公園で起こった出来事だ。
スバルが八歳の時である。
三人で公園で遊んでいると、琴音が忘れ物をしたというので、取りに家に戻っていた。
そして、公園にまた行くと、
「あー楽しかった!」
「・・・っ」
満足そうな笑顔の星羅と、今にも泣き出しそうな琴音が。
しかも、琴音は膝や腕、頬に小さい切り傷を負っている。
「・・・お前ら、一体何してたんだ?」
スバルが聞くと、星羅は竹やぶの方向に指を指し、
「あそこで遊んできたー!」
と、元気良く答えた。
「なっ!?バカ、あそこは危険だって前に何回も言われただろ!」
竹はいいとして、まだ十分に育っていない竹の子などがあり、気を付けて通らないと尖っている植物でケガをしてしまう可能性があるため、親達に行くのを止められていたのだ。
「えー、ラキ、平気だよー」
スバルが怒鳴った後、ラキは自慢げにくるりと一回転して無傷な体を見せつける。
「・・・琴音を見ろ」 
「んん?あれ!?どうしたのそのケガー?」
今気づいたのか・・・。
スバルは呆れ顔しかできない。
「にーに・・・」
琴音はさっきまではずっと我慢していたのか、スバルを見ると、涙がポロポロと零れ始めた。
「琴音、何でお前までついていったんだ?星羅は止めても言うこと聞かないのはわかってるだろ?」
「ふええ・・・だって・・・ラキと一緒にいなさいって、ママに言われたんだもん・・・っ」
「・・・」
スバルは、琴音の忘れ物、茶色のクマのぬいぐるみを手渡し、
少しでも慰めになるだろうと思い、少し乱暴に頭を撫でた。
「一旦家に戻るぞ。琴音、手当するからな」
「・・・うんっ」
そして声をかけると、琴音はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、ようやく泣きやんだ。
「ふぅ・・・」
「えー、ラキもっと遊びたいー」

スパーン!!

「お前はとりあえず琴音に謝れ」
「ごめんねー、シキ」
「ううん、大丈夫」
こんな姉をよく許せるな。
スバルはこう言いかけたが、さすがに口を閉じた。
「じゃあ星羅はここにいろ。竹やぶに行くんじゃねぇぞ」
「はーい!」
星羅は元気よくブランコの方に駆けていった。
スバルは思わず琴音に囁く。
「・・・お前、大きくなったら苦労しそうだな」
「にーに、『くろう』ってなーに?」


スバルの家にて。
「どこだったっけなー・・・」
スバルは手当できる物を探していた。
「あ、あったあった」
救急箱を取り出し、琴音の前に座る。
「琴音、少し痛いかもしれないけど、動くなよ」
「え!」
スバルがバンソウコウと消毒液を取り出すと、琴音の目にまた涙が浮かぶ。
「痛いのやだ・・・」
「うーんと・・・」
一瞬戸惑い、再度口を開く。
「じゃあ我慢できたら、今日のおやつのヨーグルト、にーにの分やるよ」
「ホント!?うん、我慢する!」
「ん、いい子だ」
ヨーグルトと聞くと、琴音は表情を明るくした。涙のせいもあるのか、目が輝いている。
「じゃ、やるぞ・・・」
スバルが消毒液を使うと、ケガにしみたのか、また琴音は泣きそうになったが、動かなかった。
その間にバンソウコウを貼っていく。
ヨーグルトの力は、偉大だ。
「よし、出来た!・・・って、これでいいのかわかんないけど」
バンソウコウにシワがついたりして、やはり完璧とは言えないが、とりあえず痛みは減っただろう。
その証拠に、
「わぁ・・・。ありがと、にーに!」
琴音の笑顔が、眩しかったのだから。



「・・・あー、思い出しました。あの時のですね・・・」
「・・・少し、顔赤くなってないか?」
「えっ!?そ、そ、そんなことないですっ!!」
話を聞いていると、昔スバルさんを『にーに』と呼んでいたのを思い出し、恥ずかしくて仕方ない。
それが、顔にまで出ていたのだろう。
「そうか?」
「そうです。・・・あ、そうだ」
シキは立ち上がり、ベッドの上で何かを探す。
「・・・!」
「えへへ、実はこの子なんですよ」
茶色のぬいぐるみを抱き、シキは座った。
このぬいぐるみは、小さいときにスバルさんに貰った物だ。今はたくさん塗った後があって、一瞬見ただけではあのときの物だとは思えなくなってしまったが、スバルさんは気づいたようだ。
あまり人には言えないが、シキはこれがないと眠れないのだ。このクセを直したいといつも思っている。
「ニーニー・・・。懐かしいです」
ニーニーというのは、ぬいぐるみの名前だ。
「その名前は、昔の俺の呼び名から、だったっけな」
「!」
しまった、墓穴を掘った。
また、シキの顔が赤くなる。
「まだその名前だったのか」
「ち、違うんですよ!あの、名前を変えるっていうのは、えと、何か変かなって思って!べ、別に、気に入ってるわけじゃ・・・」
「・・・」
くすっ
「わ、笑わないでくださいっ!」

ドンドンドン!!

「!?」
突然、ノックの音が響いた。
「シキー!ゲームの攻略法、調べさせてー!」
その後に、例の双子の姉の声が。
「・・・来たな、例のやっかい者が」
スバルさんが、本を開く。
「そう・・・ですね。はいはい、今開けるよー」
シキはぬいぐるみをベッドに置き直し、ドアに向かった。

ラキと

いつもの放課後。
いつもの五人はいつも通りシキとスバルさんの部屋に集まってはいなかった。
「・・・」
「・・・」
部屋にいるのは、その管理人の一人と、その双子の姉のみ。
ヴィンさんは今年度初の補習。数学の小テストで平均点より下だったらしい。ヴィンさんは勉強が苦手なので、これからも補習をやる羽目になるだろう。
スバルさんは新しい本を見に行った。最近好きなシリーズの本を読み尽くしたらしい。
リンネちゃんは、そのスバルさんの買い物について行った。ヨーグルトを買いに。頼んではいないのだが、ありがたい。
シキはいつものように勉強。国語の宿題はなんとか終わった。なので今は英語を進めている。英語は万が一のことがない限り、人に聞くことはない。こういうときにやるのが一番効率がいい。
ラキはもちろんゲーム。一人でいるのが嫌らしいのでシキ達の部屋に飛び込んできた。
なお、今は、
『テーテテーテーテーテーテッテー♪』
と、ゲームの音が部屋に響いている。
(ええっと、ここは・・・wasか。こっちがwereで・・・)
シキはそれを気にせずシャーペンを走らせる。
いや、実際は気になる。だが、これくらいのことを気にしていたら話にならない。我慢我慢。
『テーテテ~テ テテテテッテー♪』
(で、これがwas・・・違う。これ現在形だ。んと・・・isだね)
『テーテテーテーテーテーテ~♪』
(これは・・・普通に動詞がはいるじゃん!引っかけ問題これ?ただの先生の間違い?とりあえず、studied・・・)
『テテテテ~ テテテテーテーテーテー♪』
(テ~ テテテテ~ ・・・じゃない。えと、was、was)
『テーテーテ~ テテテテ~テ♪』
(テーテ~ テテテテ~ ・・・集中しなさい、あたし。ここareじゃなくてwereだし・・・)
『テテテテ~ テ~ テ~♪』
「ラキ、うるさいっ!!」
バン、とシャーペンを机にたたきつけた。
「私今日喋ってないぞー」
ラキは寝転がった体勢で、目はゲームに向けたまま返事を返す。
「そうじゃなくて、ゲームの音!音消して!」
「えー、ゲームは音がないとダメなんだぞ?」
「・・・この廃人め」
シキがボソ、と呟いた。
「少しくらい勉強してくれればいいのに」
「点数も順位も、いっつも変わってないからいいじゃーん」
小声だったはずなのに、どうやら聞こえていたらしい。
ラキ、実は去年は学年一位をずっとキープしていた。点数は全教科98点。勉強方法は徹夜漬け
徹夜漬けで一定の点数をとれるのはすごい。だがそれで勉強をしないのはどうかと思う。
「・・・」
しかし、点数も順位も毎回変わらないのは確か。言い返せない。
「じゃあせめて、イヤホンつけて。集中できない」
そして、再度口を開く。
「ほい。次の時はもっと集中力つけてきてね」
「寮でシャーペンを持たないあなたには言われたくないんだけど!」
「フーフフーフーフーフーフッフーン♪」
ラキの鼻歌が聞こえると、それに混ぜるようにシキはため息をついた。
(ラキはいつもこうだよな~・・・)

数分後。
あれだけ注意したにもかかわらず、
「・・・わっやべ!しぬ!・・・あ、セーフ。よかった回復間に合った~」
「・・・・・・」
部屋は静かになってはいなかった。
「うーん1000ダメージか。あと500欲しいな・・・」
「うっわこのボスうぜー、ホントうぜー」
「よし、倒せ!・・・無理か。それじゃ次のターンで・・・」
「うるさいなーもうっ!!」
気づいたら、またシャーペンがシキの手からはなれていた。
「ん?」
「独り言やめて!お願いだから静かにしてて!」
「今ボスなのー、白熱してるのー」
それを気にせず、ラキはコマンド入力を終える。
「白熱しすぎてこっちに被害来てるから。場所移動してよ」
「いやだー、一人はいやだー」
「・・・。じゃあ静かにしてて」
「へーい」
信じがたい返事だ。
もう2、3回は言うことになるかもしれない、とシキは姉の様子から感じ取った。
「・・・あ、」
ふと、シキの頭のなかに一つの記憶がよみがえる。
「ラキ、国語の宿題の提出明日じゃないの!?」
「・・・」
「そこは静かにしなくていいんだけど」
シキははぁ、と小さくため息をつき、続ける。
「どうせ1ページも進めてないんでしょ。ほら、あたしの貸すからとりあえず提出できるようにしなさい」
「めんどーい」
「コツコツやらなかったあなたが悪い。それ終わったらでいいからはやくやってよね」
「今終わっちゃったー・・・。はぁ」
ゲーム機を閉じ、面倒くさそうに起きあがるラキを見て、シキは筆箱を漁り、シャーペンと消しゴムを出した。
「はいこれ」
「むぅー」
出したはいいが、全然やる気がなさそうだ。
こうなったら・・・
「・・・はやくしないとまんじゅう・・・」
「!!?い、いやだ!!まんじゅうは、まんじゅうだけはーっ!!!」
「・・・ふう」
バッとシャーペンをつかみ取る音が聞こえた。ラキはこれで一発である。
ラキは以前まんじゅうを食べ過ぎて、動けなくなったことがあった。そのようなことが載っているとある昔話を見て、予知されたのかと思ったのか、あれからまんじゅうを恐れている。何故だろう。
ちなみに、このことはシキだけが知っている。なので、二人きりの時しかこの手は使えない。
落ち着き、やり始めた(というか写し始めた)のを確認して、シキは声をかけた。
「ラキって、まんじゅうがこわk」
「そのワードを出すなあっ!!マジやめて怖いから!!!」
「あ、ああ、ゴメン」
怖いのはわかったが、机の中にもぐる必要はあったのだろうか。
「じゃあ・・・Mが怖くなってからさー」
とりあえず、イニシャルみたいな感じで言ってみると、
「M?ゲームで有名な?土管工事の?」
見事に勘違いされ、話が進まない。ラキのことだからわざと言っているのだろうが。
「そっちじゃなくてね。で、Mが怖くなってからさ、ラキって少しおとなしくなったよね」
「んー、そう?」
やっと通じたと思ったら今度は首を傾げる。
「Mが怖くなったのは小学校に入ってからだから・・・、え、そんなに変わってないと思うぞ?」
「いや、変わってるよ。だって・・・」
シキは、以前スバルさんに聞いた話の『シキがケガをしてもラキは全然気にしていなかった』という部分を伝えた。
まんじゅうが怖くなってから、ラキはこういうことをしていないのである、シキの記憶では。何故かはわからないが。
「マジか!あははっ」
全部聞くと、ラキは腕組みをしながら笑う。
「そんな、シキを見捨てるようなことしたっけー」
まぁ、覚えていないのは当然だろう。八年前の話なのだから。自分も話をされるまでは覚えていなかったし。
「ほら、竹やぶに入ってさー・・・」
シキがもう少し続きを話そうとすると、
「あ、竹やぶの話か!なら覚えていないのもわかるかも」
と、意外な返答がきた。
「なっつかしいなー。冒険者気分で中に忍び込んだんだよな」
「ラキも覚えてたんだ・・・!」
何故、みんな過去のことを覚えているのだろう。
シキの場合じゃ。印象的なことがない限りは覚えていないのに。
・・・と、悩んでいたら、
「うん。あのときに良いもの見つけたしね」
ラキも同じだったようだ。
と、すると、スバルさんは・・・、わからない。あとで考えよう。
「良いものって?」
一段落考え終えたところで、シキは問う。
「あれ、シキもついていったんなら見えたんじゃないの?」
「知らないよ」
どうやら、その『良いもの』の部分しか覚えていないらしい。そんなに良いものだったのか。
「あの竹やぶではケガしたことしか覚えてない」
「ふーん」
すると、ラキはニッと白い歯を見せ、
「じゃ、あれを見たのは私だけかー!」
と、嬉しそうに後頭部に両手を組んだ。
「ねぇ、何を見たの?気になってきちゃったんだけど」
「えー、秘密にしたいけどー・・・」
しかし、シキの言葉でそれは解かれ、あごにグーの形の手が添えられる。
「まぁ色々恩あるしな。特別に話してやろう」
そして、人差し指をシキに向けた。シキの表情が明るくなった。
「そのかわり、誰にも言うなよ?」
「もちろん」
当たり前のように、シキは頷く。
「スバル達にもだぞ?」
「うん」
「クラスメートにもだぞ?」
「・・・うん」
「担任の先生にもだぞ?」
「・・・」
「掃除のおばちゃn」
「わかったからさっさと話して!」
しびれを切らし、頬を膨らませると、
「ふっふふふっふっふ、いいだろう!」
ラキはようやく、語り始めた。

ラキが六歳のころ。
「うわーすっごーい!ここすっごい緑ー!」
ラキは、一人で、竹やぶをかき分けかき分け、てくてくと歩いていた。
いつも一緒に遊んでいるスバルやお母さんには止められていた場所だが、来たくて来たくて仕方がなかった。そして今日、その好奇心で侵入したのである。ちなみに字は『進入』ではなく『侵入』で大丈夫だ。
「なんだー、そんなに危なくないじゃんここー!」
今までに見たことない木々、綺麗な花。その全てが、ラキには『未知の世界』として見えた。
その世界に足を踏み入れたからには、先に進むしかない。
ラキの本能がこう反応し、奥に向かってさらに歩き始めた。

数分後。
ガサッ
「?」
来た道から、何かの音が。
「・・・あ、いた!」
「あれー、シキも来たんだ!」
ラキの双子の妹、シキだ。
目には早速涙が浮かんでいる。シキは泣き虫だ、仕方ない。
「ら、ラキ!ここ、来ちゃダメって、ケガするって、にーに言ってたよ!」
にーに、というのはスバルのこと。ラキはなんとなくこれで呼ぶのが嫌だったので、普通に名前で呼んでいる。
「えー?ラキ、平気だよー」
恐がりなシキのために、ラキは両手を広げ、ぐるりと一回転した。
「あ、あれ・・・本当だ」
無傷なラキの体を見て、驚きを隠せないシキ。
「うん!だから大丈夫!じゃ、ラキ行くねー」
軽く手を振り、また歩こうとすると、
「あ、待って!・・・あたしもいく!」
ぎゅ、と服をつかまれた。
「シキも?」
「ほんとは行っちゃダメだけど・・・、ラキと一緒にいなさいって、ママが言ったから・・・。ママとの約束、守るだけだよ」
風が吹き、竹やぶとその他の植物が揺れる。
ラキは、ニコッと笑い、こう言った。
「うん!じゃあ行こー!」

しばらくして。
「・・あれ?」
ラキは、辺りをきょろきょろと見回す。
「シキがいなくなっちゃったー」
どうやら、一人でどんどん先に進んでいってしまったらしい。
確か、シキは体力がない。どこかで休憩しているのかもしてない。
「まぁいいや、後から来るよねー」
シキのことより好奇心のほうが上。ラキは構わず先に進んでいく。
「・・・ん?」
ピタ、とラキの足が止まった。
「お地蔵様だー」
それの近くに、ラキよりも小さい石で出来たお地蔵様と、普段お地蔵様が装備している赤い布が転がっている。『かさじぞう』という絵本を読んだことがあるので、その存在を知っていた。
「何でこんなところにいるのー?」
ラキがしゃがみ、話しかけるが、
「・・・」
当然、答えるわけがない。
「んー・・・?」
その反応に、首を傾げたが、
「あ、そっか、『もくひけん』ってやつだね!」
と、勝手に勘違いした。六歳で何故この言葉を知っていたのだろう。
「とりあえず、ラキが赤いのつけてあげるー!」
ラキは、赤い布を手に取った。
幼稚園で習った、簡単な結び方でキュッと結んだ後、お地蔵様を起こしてみる。
「よしできたー!」
絵本と同じような格好になった。ラキは、満足そうに笑顔を見せた。
「これでお家に来てくれるよね!」
どうやら、お礼の品が欲しいらしい。
「・・・あ、でも、あのお話じゃ、傘をあげてたよねー・・・。ラキも何かあげないとかなぁ・・・」
こう呟くと、ラキは自身のポケットをガサゴソと漁る。すると、
「あ、タンポポ!」
綿毛が三つほど入っていた。いつ入ったのだろうか。
そんなことは気にせず、手にそっと乗せる。
「んじゃあー、ラキがおっきくなったら、綺麗なタンポポが咲いてますよーに!」
一度目をつぶり、息を吹いた。
お地蔵様の上に降りかかり、地面に落ちた。


「・・・へぇ、良いものってそういうことね」
「うん!」
シキが口を開くと、ラキは嬉しそうに頷く。
「たまーにお地蔵様のとこに遊びに行ってるんだー」
確かに、小学校のときも、今でも、たまに遅く帰ってくる時があった。そういうことだったのか。
「で、その後どうしたの?」
「んー・・・体内時計で『そろそろスバル帰ってきそうだなー』ってピンときたから、来た道戻って。そしたらソシキがいたから、引きずって帰った・・・と思う」
「体内時計とか引きずったとか、色々ツッコみたいとこがあるんだけど」
とりあえず、ケガはこの時に出来たことを思い出した。痛かった。
「あ、そうだ。シキ、これからお地蔵様のとこに行く?」
「え、いいの?」
「別にいいよ」
きょとんとしたシキを見ると、ラキはシャーペンを置く。
「シキならね。自慢の妹だからな!」
「・・・」
たまには良いこと言うんだな、と感じると、
「ありがと」
シキも、ラキの笑顔につられてニコ、と笑った。
「ただし、スバル達やクラスメートy」
「それはもうわかった!」

リンネちゃんと

いつもの放課後。
いつもの五人はいつも通りシキとスバルさんの部屋に集まってはいなかった。
「・・・」
「・・・」
部屋にいるのは、部屋の持ち主の一人と、その妹分のみ。
ヴィンさんは漫画、ラキはお菓子を買いに行った。
しかし、二人で一緒に行ったわけではない。何故別々に行ったかは知らない。
スバルさんは、ノバラさんという同じクラスの女子に呼ばれたらしい。
ノバラさんことバラ姉は、たまにシキ達が集まっている時に訪問し、お菓子をお裾分けしてくれる。多分、それの相談だろう。
ちなみに、リンネちゃんが言うには、スバルさんはかなり嫌がっていたらしい。
シキは、勉強をしていない。一応、宿題は全部終わらせたからだ。
今日はスバルさんにすすめられた本をじっくり読むことにしている。ラキがいないから静かなのが嬉しい。
この本はシキの好きなファンタジーのお話だが、たまに読めない字が出てくる。こういう本をいつも読んでいるスバルさんは大人だ。
リンネちゃんは、シキの読書の様子を見ている。
初めて見る人は不思議に思うかもしれないが、シキ達にとってはいつものことであり、シキ自身も気にしていない。
だが、シキを見ているのか、シキの読んでいる本を見ているのか、そこは謎である。
「・・・ねぇ、リンネちゃん」
静寂の中、シキは声をかけた。
リンネちゃんは、話しかけてくるということがめったにない。ずっと見続けるのも疲れるだろうから、こうしてたまに会話を交わすのだ。
「何ですか、姉貴?」
「リンネちゃんは、どんな本が好き?」
「あたいはー・・・」
リンネちゃんは、一度うーんと小さく声を漏らしたが、すぐに、
「姉貴が好きなものなら何でもいけます!」
こう答えた。
「あ、やっぱりそうくるんだ・・・」
「はいー!」
シキは、目を本に向けたまま苦笑した。
「姉貴はどんなのが好きですかー?」
「ファンタジー系かな。ラブコメとかも読めるけど」
「へぇ~!意外ですー!」
「えっと、どっちが?」
「ラブコメですー」
「えへへ、それはよく言われちゃうな」
今まで『ラブコメも読める』と言った相手には、絶対『意外』という返答がくる。
「姉貴って、恋とかするんですかー?」
「え・・・、恋、かぁ・・・」
だが、恋バナにまで話が発展するとは思わなかった。
リンネちゃん、微笑んではいるが、目が真剣だ・・・。
正直困る。ラブコメは読めても、恋バナは苦手なのだ。
「したことありますー?」
「うーん、ないかな」
だから、恋に憧れて、ラブコメを読むのかもしれない。
「よかった!」
「え?」
「・・・何でもないですー」
「あ、う、うん・・・」
何だったんだ、今の安堵な表情は。気のせいなのだろうか。
今のニッコリとしたリンネちゃんの表情を見ていると、不思議とそう思えてしまう。
「じゃあ、タイプの人とかいますー?」
「た、タイプ・・・」
まだ続くのか。タイプとか考えたことがない。
「好きになるとしたら、どんな人がいいですかー?」
「う~・・・。あ、頼れる人、とか?」
とりあえず、頭の中をかき回し、見つけた言葉を口にした。
「成る程、姉貴いつも頼られてばかりですもんねー」
「そうそう、どこかの姉にね。もう慣れちゃったけど」
ラキも、自分のことくらいは自分でしてほしいものだ。慣れたけど。
「えっと、リンネちゃんは?」
「姉貴がいれば十分ですー!」
「・・・」
即答か、そうか。
というか、少しずるい気がする。
こっちが頑張って答えを出しているのに、リンネちゃんは大抵その一言なのだから。
「姉貴、どうかしましたかー?」
「え、ううん、何でもないよ」
しかし、この微笑みの前では抵抗できない。
「あの、リンネちゃん。好きな食べ物とかを、あたしを知らない人に聞かれた時は、どうしてるの?」
さすがに、他人に「姉貴と同じですー」とは言っていないだろう。
あと、この質問でリンネちゃんの本当の好きなものがわかるかもしれない。と、少し期待した。
「ヨーグルトとカレーって答えてますー」
「そっか、リンネちゃんはヨーグルトとカレーが好きなn・・・え!?」
自分の好きなものを言われて、納得しかけてしまった。しっかりしろ自分。
「え、いや、無理にあたしに合わせなくていいんだよ?」
「ホントに好きなんですよー」
「な、ならいいけど・・・」
「あ、あと、きな粉飴と、クリームが好きですー」
これを聞いて、どれだけ安心したことか。
よかった、リンネちゃん自身の好きなものがあって。
「クリーム・・・。まさか、クレープ?」
「あ、それですー」
「生地をなくしちゃダメだよ」
「クレープは生地がないとダメですねー」
リンネちゃんは、何故か『クレープ』を言い間違える。そのレパートリーは無限。
「・・・ふぅ」
シキは本にしおりを入れた。
「食べ物の話をしてたら、少しお腹空いてきちゃった」
「あ、ヨーグルトありますよー」
バン、と手が勝手に乱暴に本を閉じる。
「もちろん、十勝の!」
「ホント!!?ありがとういただくよ!」
シキは目を輝かせ、リンネの優しさに甘えることにした。
本当は寮は飲食禁止だが、先生達はめったに寮に来ないので安心して食べられる。食べた後は、証拠を消せばいいだけだ。
それに、ヨーグルトを食べるのに、決まりなんてない。
「姉貴に喜んでもらえて、あたいも嬉しいですー」
リンネちゃんは、自身の赤と黒のチェックのバッグから、十勝ヨーグルトとプラスチックの使い捨てのスプーンを出し、シキに手渡した。
「お手を拝借、」
「いただきますー」
二人は幸せそうに、ヨーグルトのふたを開けた。
「あ、姉貴、半分いります?」
それと同時に、リンネちゃんが声をかける。
「いるいる!この中に入れちゃっていいよー」
「はいー」
リンネちゃんは小食だ。食事を出されると、好きなものだったとしても必ず半分残してしまう。
山盛りになったヨーグルトをスプーンですくい、口に入れる。
「ん~っ!美味しい!」
「美味しいですー」
やっぱりヨーグルトは十勝だ。間違いない。
「この酸味、そしてこのスッキリとした後味!やっぱりこれが一番!」
「姉貴は、ヨーグルトのことになるとラキみたいになりますねー」
「え、そうかな?」
そんなこと、考えたこともなかった。
自分も、ラキと似ているところがあったのか。
「元気になりますー。さすが双子ですー」
「それは喜んでいいのかな・・・。まぁ、ヨーグルトは美味しいからいいよね」
「それでいいんですかー」
結論、ヨーグルトの力は偉大である。

「ごちそうさまでしたー」
しばらくして、リンネちゃんが手を合わせた。
シキは、その数分前には食べ終えている。
「姉貴は食べるの早いですー」
「そうかな?」
普通に食べているはずなのに、早いとよく言われる。大食いのラキにも言われたが、ラキには正直言われたくなかった。
「でも、どうせなら、みんな揃ってから食べたほうがよかったかもですねー」
「それもそうだね。でもヨーグルトはデリシャスだからいいよね」
「それでいいんですかー・・・」
突然、リンネちゃんの顔が曇る。
「どうしたの?」
「いや・・・姉貴達は小さいことからあんな感じだったのかなって思っただけですー」
声をかけると、またすぐに笑顔に戻る。
「小さいころかー・・・」
リンネちゃんは小学校で知り合ったため、幼年期のころのシキ達をあまり知らない。特に、シキは昔のスバルの呼び名を思い出したくないため、あまり話さないのである。
「あ、姉貴が泣き虫だったってことは知ってますー」
「リンネちゃんそれNG!・・・うーん、まぁ」
シキは一度ためらい、そして、
「いつも集まって、適当に遊んでたってところは一緒だと思うよ。あの時一人一人が別のことをして遊ぶってことはなかったし」
と、答えた。
大体は、ラキのわがままにつき合い、遊ぶことが多かったが。
「そうですかー、じゃあ、あの頃のアレはやっぱり人違いですねー」
「あの頃の、アレ?」
リンネちゃんが頷き、シキが首を傾げる。
「小さい頃に、ラキのような子と遊んだような気がしたんですー」
「ラキ!?」
双子の姉の名前を聞いて、思わず声をあげた。
「で、でも、リンネちゃん、小さい頃って・・・」
「はいー、姉貴達に前話した通りですー」
リンネちゃんはお嬢様で、小さい頃は口数が少なかったらしく、友達がいなかったらしい。なので、小学校にはいるまでは、室内で遊んでいたのだとか。ちなみに、最初の友達がシキ達らしい。
「でも、お父様に言われて、たまに公園で遊んでいたんですー。その時に一回だけ他の子と遊んだ覚えがあるんですー」
「へぇ・・・。いつの話だろ」
「えーっと・・・。その時、あたいは四歳くらいでしたー」
「うーん・・・」
リンネちゃんが四歳、ということは、シキとラキは六歳。
これだけじゃ、ラキかどうかわからない。
「公園って、どんな感じだった?」
「ブランコがあってー、砂場があってー・・・。あ、竹がいっぱいあったかもですー」
「!」
(竹やぶ・・・?)
その場所なら、思い当たりがある。
しかも、自分達が六歳のころ・・・。まさか。
「リンネちゃん、その話、詳しく聞かせて!」
「はいー」


(あ・・・、今日は空いてる・・・)
リンネは、人が集まっていない二つのブランコのうちの一つに座った。
そして、そよ風に揺られるように、ゆっくりとこぐ。
空を見上げると、たくさんの雲が集まって、一つの雲に見えるものと、ポツンと一つ、小さめのものが目に映る。リンネは、その小さい雲に等しかった。
いつも遊んでいる公園。そこには、同じくらいの年の子が元気に遊んでいる。リンネも、本当はその中に入りたかった。しかし、どう声をかければよいかよくわからず、ただ時だけが過ぎてしまう。
「・・・いいなぁ」
リンネはその場で、小さく呟いた。
目をおろすと、リンネと同じくよくこの公園にいる三人組が。小学生くらいの男の子が、泣いている女の子を慰めている。もう一人の女の子は・・・、それを気にしていないのか、かなり機嫌がいい様子だ。
いつも、あの三人は楽しそうに過ごしている。ああいう人達は、最も話しかけづらい。
(また、セバスを呼んでお話しようかな・・・)
セバスというのは、最近家に来てくれた執事の一人。セバスは本名ではないが、よくお話とかである『セバスチャン』を真似て呼んでいたら、いつの間にかそれが定着し、本人もそれを名乗るようになった。
リンネがブランコから離れようとした、その時。
「よっと」
「!」
機嫌の良さそうな女の子が、隣のブランコに飛び乗り、こぎ始めた。
リンネはそれにつられ、先ほどよりも少し大きくブランコを揺らす。
(いつもの三人のうちの一人・・・)
今は一人なのだろうか。他の二人は見あたらない。
もしかしたら、今が話すチャンスかもしれない。でも、何と言えばいいのか・・・
しかし、次の瞬間、その悩みは消え去った。
「ねーねー!」
「へっ!?」
相手から、会話を始めてくれたのだから。
「いつもここで遊んでるよねー?」
「え・・・、う、うん」
予想外のことに驚きつつも、リンネは女の子の質問に答える。
「やっぱりー!」
「・・・」
ニコッと笑う女の子を前に、リンネは黙り込んでしまう。何を話せばいいのか、まだよくわからないのだ。
「ねーねー、一緒に遊ぼー!」
そんな彼女の気持ちを理解しているのか、女の子はブランコを止めた。
「・・・あ、うん。何で遊ぶ?」
「ブランコ!」
「・・・ブランコで?」
「うんっ!」
リンネが首を傾げると、
「どっちが高くこげるか勝負だよー!」
女の子が説明を加えた。
ブランコは一人で遊ぶものだとずっと思っていたが、こんな遊び方があったのか。
「・・・いいよ、やろうっ」
リンネは緊張がようやく解れたか、女の子の笑顔にあわせ、目を細める。
「おっけおっけ!じゃあ、よーい・・・どーん!」
そして二人は、大空に向かい、ブランコを大きく揺らした。
その空に、小さい雲が二つ、仲良く並んでいた。

「あっ!」
いつまでこいでいただろうか。
しばらく経つと、女の子がブランコから飛び降り、公園の入り口を目指し駆けていく。
「どうしたの?」
リンネが叫ぶように声をかけると、
「ごめーん、お迎え来ちゃった。帰るねー!ばいばい!」
女の子は振り返り、手を上に上げた。
「あ、あのっ!」
リンネも、ブランコから離れる。
「?」
「・・・また、遊ぼ!」
勇気を出し、こう言うと、
「うんっ!またねー!」
女の子は当たり前のように、返事をした。

「・・・で、その子とまた会えたの?」
「いえー、それっきり会えませんでしたー」
一通り話を聞いたシキは、少し俯く。
(・・・それ、多分ラキだ)
公園でラキを一人っきりにしたことは、あの竹やぶの件しかない。公園で泣いたのも、その時だけだ。
そして、その日以来、三人で公園に行くことはなかったし・・・
ガチャッ
「!」
「たーだいまっ!」
シキが考え込んでいると、ちょうど双子の姉がポテチを片手に部屋に侵入してきた。
一応、他の人の部屋なのだから、ノックくらいして欲しいところだ。
「ラキ!」
「ちょうど良いところにー!」
しかし、今の二人にはそんなこと関係ない。
「・・・ん、ちょうど良い?」
「えーっと・・・」
かくかくしかじか。
「・・・なことがあったのね」
シキが簡単に事情を話し始めた。
「・・・!」
「あたい達、それがラキなのかを知りたいんですー」
「ふむ」
リンネがシキに続けると、ラキはポテチを一つ口に入れる。
「どう、記憶にある?あたし、多分それ竹やぶの日だと思うんだけど・・・」
「うーん」
それを飲み込むと、ラキはこう答えを出した。
「その時さ、私お地蔵様のことしか考えてなかったから、わかんねーや!あははっ」
「・・・」
海苔塩を口の近くにつけて笑うラキを見て、シキとリンネは黙り込んだが、
「あ、二人とも、一応ヨーグルト買ってきたんだけど、いる?」
次の言葉でそれは消えた。
「もちろん!!」
「ラキにしては気が利きますー」
結論、ヨーグルトの力は偉大である。

ヴィンさんと

いつもの放課後。
いつもの五人はいつも通りシキとスバルさんの部屋に集まってはいなかった。
「・・・」
「・・・」
部屋にいるのは、シキとヴィンさんのみ。
ラキは、新しいクラスの友達の部屋にゲームをしに行ったらしい。
彼女はクラス替えがあるたび、一緒にいる友達がコロコロと変わる。もしかしたら、人に好かれやすいのかもしれない。確かに、うるさいのに憎めない姉だが・・・。
ちなみにシキは、ラキと違い親しい友達というのがあまりいない。数より質だと思っている。
スバルさんは、またバラ姉に呼ばれていた。確かに、面倒くさそうな顔をしていた。それなのに、何故断らないのだろう?
リンネちゃんは、昨日のシキとの会話の中であった、『ラブコメ系の本』を見に行った。いきなりどうしたのか、と聞いたら、
「えっと・・・読みたくなったんですー」
こう言って、ニッコリ。
まさかまた恋バナでもするつもりなのだろうか。付き合いたくない、というわけではないが、やはり苦手だ。
ヴィンさんはシキの左側で寝転がって昨日買った漫画を読んでいる。ラキに『シキの面倒見てて』と言われたとか。余計なお世話だ。
シキは例のスバルさんから借りた本を見ている。
(読めない漢字がまた・・・。もう今度から辞書を隣に用意しておこうかな・・・)
こんなことを思いながら。
(あーっ書き込みたい。読み仮名書き込みたい!)
机の上にころがっている、愛用のシャーペンに右手が伸びるが、
(でもこれ、スバルさんのだからな・・・)
すぐに本のそばに戻り、ページをめくる。
(今度自分用の本買お・・・)
「その本、難しそうっすね」
「わっ!!?」
後ろからの声に、思わず本を閉じてしまった。
振り返ると、漫画を片手にヴィンさんが本を覗いていた。
「俺には読めそうにないっす。シキちゃん大人っすねー」
「う、ヴィンさん、いつからいたんですか!?」
「シキちゃんが2ページ前のところを読んでいる時っすかね」
けっこう前からそばにいたらしい。全然気づかなかった。
「どんな本読んでるのか気になったっすよ」
「そんなの、聞けばいいじゃないですか、直接」
「ラキのゲームの場合、夢中になってるところに声をかけると怒るじゃないっすかー」
(ま、まぁ、やっぱり他人になるとそうなっちゃうよな・・・)
以前同じ理由でスバルさんに指摘されたことがあったシキは、思わず納得してしまう。
というか、それはラキ限定ではないのか。
「それで、声かけるのはやめたんすけど、気づいたら体が勝手に動いてたっすね」
ヴィンさんはそこまで言うと、はは、と白い歯を見せた。
「・・・ヴィンさんらしいですね」
それにつられて、シキも笑う。
ヴィンさんは意外と空気が読める人だ。言い合いになると仲裁役になるし、悪ノリもよくあることだ。それに、
「シキちゃん、今の笑顔可愛いっすね」
純粋。恥じらいというものを、ヴィンさんは知らない。
「だ、だから、やめてください!おs・・・」
「?」
しまった、お世辞じゃないんだ、この人の場合は。
「えっと・・・お、女の子にそう簡単にそんなこと言っちゃダメです!」
「え、『可愛い』って褒め言葉っすよね?」
「そうですけど!・・・」
きょとんとして首を傾げているヴィンさんと目が合い、目が勝手に別の方向に向かう。
「そういうのは、もっと大事な人に言うべきで・・・」
「シキちゃんは俺の大事な人っすよ?」
「はぃぃぃ!!?」
なんということだ。
恥じらいがないことは知っていたが、ここまでとは。
と、いうことは、ヴィンさんは・・・
「だって、もう8年の付き合いじゃないっすか」
「!」
あ、なんだ、そういう意味か。
ニッと笑うヴィンさんに目を向け、シキはホッと安心した。
付き合い、というのはもちろん幼なじみとしてのことだ。8年も付き合っていたら、それはもう結婚したほうがいいのではないか。
「第一、幼なじみなのに敬語っていうのがおかしいっすよ」
「それは先輩としてです!敬語使わないほうがおかしいんです」
「え、じゃあラキは・・・?」
「ヴィンさん・・・」
はぁ、と小さく息をもらし、続ける。
「ラキを基準にしちゃダメですよ。あの人は色んな意味で常識を越えているんですから」
悪ガキだったり、騒いだり、勉強しなかったり、勉強してる人の前でゲームしたり、それなのに成績が良かったり・・・。
と、まではさすがに言わなかったが。
「じゃあ、今度ラキに注意したほうがいいっすね!先輩として俺が言うっす」
漫画を拾ったヴィンさんは、少し自信満々気だった。
「ど、どうぞ」
(多分聞かないと思うけど・・・)

数分後。
「あ、そういえば」
読書を再開していたシキは、口を開いた。
「?」
それに気づいたヴィンさんは、首をシキの方に動かす。
「今日、学校で何て言っていたんですか?」
「学校で?」
「ほら、廊下で・・・」
今日、廊下でヴィンさんとすれ違った時に何か言われた気がしたのだ。
よく聞き取れなかったので無言で過ごしたが、無視してよかったのかと心配になっていた。
「ああ、あの時っすね。・・・って、シキちゃんが英語を聞き取れないだなんて、珍しいっすね」
「その時セリちゃんと話してたんで・・・、ごめんなさい」
セリちゃんはシキの親友。小学校で1回同じクラスになっただけなのだが、一緒にいることが多かった。シキが気を許せるごく僅かな人の一人である。
ちなみに今回、ようやくまた同じクラスになれた。一緒にいられる時間が増え、とても嬉しい。
「別にあやまる必要はないっすよ。・・・というか、あれは別の友達に向けて言ったんすよ、俺」
「え、そうだったんですか!?」
自分に向けて言っていると思ったのだが・・・、
その後ろに、ヴィンさんの友達がいたのかもしれない。
「よ、よかった・・・無理矢理答えなくて・・・」
「そういう時に答えたら、恥ずかしいっすよね」
「あたし、こういうことよくあるんですよー・・・。本当によかった・・・」
「ははっ、シキちゃんらしいっす」
えへへ、とシキは照れ笑いを返した。

さらに数分後。
「・・・」
「・・・」
シキとスバルさんの部屋では、静寂が続いている。
(会話がない・・・。平和、ってことかな)
スバルさんだとからかわれ、ラキだとしかり、リンネちゃんだと1回話すと次々と話題が飛び出る(シキ限定かもしれないが)。
だが、ヴィンさんの場合はすぐに話題が消えてしまうのだ。
もしかしたら、ヴィンさんは本当は静かな人なのでは?
いやいや、そんなことはないだろう。ラキがいると、うるさいという言葉をうんざりするほど言うくらいに騒いでいる。
けれど、ラキに付き合っているだけかもしれない。
(うーん・・・)
やっぱり、ヴィンさんは空気の読める人なのだろう。恥ずかしいことはサラリと言う人でもあるけど。
「!」
そこまで考えた時点で、シキは気づいた。
(あ、あれ、あたし何でこんなに考え込んでるの!?)
とりあえず、本を読まなくては。明後日にスバルさんに返す約束をしてしまったし・・・
「・・・そうだ」
「はっ!?はい?」
本を開き直そうとした瞬間に、本人が起きあがった。
「俺、シキちゃん達とどうやって仲良くなったか、聞いてこいってユウトに言われてたんすよね」
ユウトさん、というのはヴィンさんの友達。例の、『話してたら英語の点数があがった人』である。
「あー・・・確かに不思議に思われますよね。ヴィンさんは小さいころ、しばらくは英語しか話せなかったし」
「そうそう、それ言ったらユウトに聞かれたっす。どうっすかシキちゃん?俺、昔のことはよく覚えてないんすよ」
「んー・・・大体ならわかるかもです」
スバルさんのバンソウコウ、ラキのお地蔵様、リンネちゃんの謎の友達。
ヴィンさんとの出会いは、実はこの3つの話と近い場所で行われた。
「教えてほしいっす!」
「いいですよっ」
シキは軽く、微笑んだ。


シキが6歳のころだった。
「あー楽しかったー!」
左隣でラキが声をあげた。
「一人ブランコがか?」
右隣で、にーにがそれに答える。
「ううん、一人じゃなかったよー!あのねー・・・」
シキは、満面の笑顔を見せている姉を見ながら一緒に歩いていた。
空はすっかりオレンジ色に。近くにある木になっているミカンと比べても、さほど変わらないだろう。
シキ達は、家に帰っている途中である。
「・・・」
そっと、頬のバンソウコウに手を添える。ピリッと痛みを感じた。
今日、ラキについて行って切り傷を負ってしまったのだった。
琴音(ことね)、あんまりいじるなよ」
「あ、うんっ」
にーにの声が上から聞こえると、手は自然に離れた。
にーにはいつもラキと自分の面倒を見てくれている。理由を聞いたら、
「いや・・・お母さんに、言われたから、だな」
と、何故かよそ見をして答えてくれたが、ラキに手を焼きながらも、けっこう楽しそう。
シキも、にーにと一緒だと、何故だか少し安心していた。
「あれー?誰かいるー」
突然ラキの足が止まり、その代わりに人差し指を出す。
「?」
その方向を見ると、少し奥の自動販売機の前にシキ達と同じくらいの年の男の子がしゃがんでいた。
「!あいつは・・・」
にーにが小さく呟く。
「知ってる人?」
「同じ小学校だったはずだ・・・。確か名前が、『ヴィン』」
「英語人みたいな名前だねー!」
ラキが後ろを振り返った。
「・・・??」
彼女の言葉の意味がわからず、黙り込んでしまう二人。
「・・・もしかして、『外国人』?」
少し間があいた後、シキが問うと、
「あ、そうとも言うよねー!」
と、返された。
そうしか言わないと思うのだが。
「・・・その、外国人の噂を聞いただけで、俺はアイツと話したことないけど・・・・何やってるんだろ」
声をかけるか、かけないか。
にーにの手が伸び縮みしていると、
「はろー!何してるのー?」
「!?」
ラキが、勝手に話しかけていた。
よく、話したこともない人に、気軽に話しかけられるな。
シキとにーには驚くことで精一杯だった。
「・・・Hello.」
「・・・!」
本当だ、英語を話している。
外国人と、始めて会った。それだけで、何故か少し嬉しかった。
「My change enters under the vending machine・・・」
「・・・?」
しかし、全然分からない、意味が。
ラキは首を傾げ、シキは戸惑い、にーには黙ったままだった。
聞いたことのない言葉。しかし、彼は困っている様子である。
「・・・」
ヴィン、という名前の男の子は、伝わらないのがわかったのか、また自動販売機に顔を向けた。
どうやら、下を懸命に覗いているらしい。
「・・・その下に、何かあるの?」
シキが恐る恐る、声をかけると、
「!Yes!」
男の子はバッと振り返り、嬉しそうに少女のほうを向いた。
(言ってることが、わかるんだ・・・!)
「あ、ラキ、それを取り出せるような棒、さっき見たよー!」
「ちょっ!?」
いきなりラキが、元来た道を全力で駆けていく。
「何処に行くんだよ!」
にーにの声は、彼女に届いていなかった。

数分後。
「はい、これ!」
ラキはにーにに何かを渡していた。
よく見ると、木の棒だ。けっこう細いが、丈夫そうだ。使っている間に折れることはないだろう。
「・・・仕方ねぇな」
にーにはそれを片手で受け取ると、自動販売機の前に行き、棒をつっこむ。
「にーに、取れる?」
「ん、ああ・・・」
手首を動かし、隈無く探す。
すると、
「よっと」
チャリン。
小銭の音だ。
「10円だー!」
ラキがピョンピョンと跳ねる。やったー!と、喜びながら。
男の子は、それを拾うと、
「Thank you!」
シキの前に行き、ニッと笑った。
「!」
いきなりのことで、少し驚きながらも、
「・・・ゆ、ユア、ウェルカム」
覚えたての英語で、返事を返した。
シキは三歳から英語を習っているので、こういう簡単な言葉は少し知っていたのだ。
「とったの俺なんだが・・・」
「よかったー!とれたー!」
腰に手を置き、少し不満げなにーにの後ろで、まだラキは跳ねている。
さっき全力で走ったのに、その体力はどこから来るのだろう。
「えと・・・シキです。ナイストゥーミーチュー・・・?」
「Nice to meet you,too!」
シキはいつの間にか、外国人に手をぎゅっと握られていた。


「あ~、あったすね、そんなこと!」
話が終わると、ヴィンさんが口を開いた。
「小さい時から英語が使えていたシキちゃんがいたから、今の関係があるんすよね!」
「あの時は、本当に簡単なものしか使えませんでしたけどね・・・」
少し嬉しそうな先輩に、シキは苦笑した。
(それにしても・・・。竹やぶで遊んでケガして、手当てしてもらって、その間にラキとリンネちゃんが会ったかもしれなくて、その後ヴィンさんと出会って・・・)
その日は、色んなことがあったようだ。正直、ありすぎだ。
「しっかし、何であの時俺はシキちゃんに『にーに』と呼ばれなかったんすかね?出会いが1年遅れたからっすか?」
「そ、その話はやめてくださいっ!!」
全く、気にしなくていいことを気にして・・・。
でも・・・
(ヴィンさんがいたから、あたしは英検準2級をとるくらい英語得意になったんだよね)
ヴィンさんと、英語で話してみたかったから。

ゲーム

いつもの部屋。
「あーうまかった!」
「今日和食だったっすね・・・みそ汁無理っす・・・」
いつもの四人は夕食を終え、今部屋のドアを開けた。
現在午後7時。リンネちゃんは6時が門限なので、すでに帰宅している。
ちなみに今日の夕食は、ご飯、豚の生姜焼き、みそ汁、浅漬け。
「好き嫌いはダメだぞー」
ご飯を5杯おかわりし、満足状態のラキは、かなり機嫌がいい。
食べ過ぎだと思うのは、自分だけか。
少し呆れつつ、ドアを閉じる。
そして、パソコンの前の椅子に座ろうとすると、
(・・・え)
進めない。服が何かに引っ張られているようだ。
恐る恐る、振り返る。
(・・・うわ、まただ)
案の定、服がドアに挟まっていた。
例のごとく、いい感じに絡まって、簡単には取れそうにない。
とりあえず、引っ張るしかないだろう。
ガチャガチャガチャガチャガチャ
「ぬぅ・・・っ」
「貸せ」
「!」
スバルさん、いつの間に。いつから隣に。
そんなことを考えているうちに、服が解放された。
すごい、あれをわずか数秒で・・・。
「えと、どうも」
軽く頭を下げると、スバルさんの顔が耳元に近づく。
「・・・ばーか」
くすっ
「っ!?」
それだけささやくと、スバルさんの気配がなくなった。
(ら、ラキ達に見えないように笑いやがった、この人!)
恥ずかしいような、悔しいような。
よくわからない感覚に惑わされる。
そんな中、ラキとヴィンさんも会話を続けていたようで、
「んじゃーやりますか、いつもの!」
「そうっすね、ほら二人とも、用意するっすよ」
片手にゲーム機を持ち、遊ぶ気満々だ。
しかも、自分達を巻き込むつもりらしい。
「・・・はいはい」
「・・・」
ま、いつものことなのだが。
シキとスバルさんはしぶしぶゲームを取りに荷物を漁りに行った。
実は、四人全員が持っているゲームが一種類だけあるのだ。全員が寮に入ってからは、夜になると毎日のようにそれをしている。というか、付き合わされている。さすがにテスト期間はやらないが。
ちなみにゲームの内容は、コマンド形式でモンスターを倒しまくって、最終的に世界を救うというシンプルなもの。ラキがいつもやりこんでいるのがこれだ。
「でー、今日は何をするの?」
「はやく終わるのにしろよ」
目的の物を見つけ出すと、早速電源を入れる。
「んー、私のとこの隠しボス倒しに行こうよ、五回くらい」
回数がおかしくないか?
「了解っす。回復、補助が俺とラキっすね」
いや、ヴィンさん、了解って・・・。
確かに、ゲームのストーリーはとっくに終わっていて、それくらいしかやることがないと思うが、やりこんでいるラキのゲームの隠しボスというと、廃人くらいにしか倒せないはずだ。
「シキ、心配しなくていいよ」
「へっ?」
心を読まれたのか、あるいはシキがそのような顔をしていたのか。
いきなりのラキの言葉に思わず拍子抜けた声を出す。
ラキは、シキが初心者に近いということをわかって、気を遣って―
「私達が回復やるんだから負けることはない。時間かければいずれ勝てるさ!」
「・・・・・・・・・」
そうでもないようだ。
横でスバルさんも文句ありげな顔をしている。
役割的に、シキとスバルさんは攻撃役、ラキとヴィンさんは回復・補助。
回復の二人はいつもプレイしているだけあって、攻撃に集中できるほどスムーズに回復してくれるが、今の言い方だと『攻撃が弱い』という意味になるのではないか。シキは自分がやってないのを知っていながら、少し不満でいた。
「とりま、通信しようぜー。ステ確認したいし」
ステ、というのはステータスの略、つまり、そのキャラの強さのことらしい。
このゲームでは普通『レベル上げ』というらしいが、毎日やっていたら全員のレベルは最大までいってしまった。なのでステ上げ、だそうだ。
「あたし、前回のボスから全然変わってないよ。みんなで上げた時にちょっと上がったけど・・・」
「みーせてっ!」
少しゲーム機を浮かせた瞬間、ラキに奪われる。
「・・・って、魔力が増えただけじゃないか」
そして、ため息をつかれた。そんなに弱いか、自分は。
「だから言ったじゃん」
あまりジロジロ見られるのも気に障るので、ゲーム機を取り戻した。
シキは魔法攻撃が専門。たまに補助呪文も使う。
「魔力以外私と50くらい差があるよ。魔力は5くらい負けたかも。これだから素人は。魔法ばっかり使うっていっても、守備力とかも大事なんだからさ、タネとか狩ってもう少しなんとかできるでしょ」
「そんな、ブツブツ専門用語みたいなの言われても・・・」
守備力とか、タネとか。
自分が本当に初心者だったら、頭にはてなしか浮かばなかっただろう。
「へ?これ専門用語だっけ、使いすぎて普通の言葉かと思った」
「ゲームやりすぎ。・・・まぁ、魔力は勝っちゃったけど」
「私回復専門だし。魔力はそっちが多くて当たり前」
いや、知らないそんなこと。
のどに言葉がつっかえたが、どうせ言っても『ゲームの語り』で倍返しされそうなのでやめておいた。
「とにかく、魔力以外もちゃんと上げなさい。はい次」
「うっす」
ラキ、ノリノリで先生気取りだ。
「ヴィンは・・・いつも一緒にやってるだけあってステ上がってるね。素早さが高いのはグッド。補助呪文は貴重だからねー」
「そうっすね、頑張るっす!」
ヴィンさんもノっているのか、熱心な生徒、のように見える。
こんなことに熱心になってもな、とか感じるが、口に出すとラキに何か言われそうなのでやめておいた。
ヴィンさんは補助呪文専門らしい。たまに武器攻撃するとか。
本人曰く、
「でも俺は、武器攻撃専門のスバルさんには負けるっすよ、へへ」
まぁ、それは仕方ない。
「最後、スバル・・・うおっ!?」
ラキがスバルさんのゲーム機を覗いたと思ったら、突然取り上げた。
「どしたの?」
シキが声をかけると、ラキが信じられないという顔で、こう呟いた。
「・・・私と10くらいしか差がない。さらに攻撃力は30ほど差をつけられている」
「はぃぃ!?」
シキとヴィンさんが同時に声をあげた。
「前回は私と30くらい差があったのに・・・何があった・・・」
それ以上に、ラキはショックを受けているようだ。ゲームをやりこんでいるとプライドまで出てくるのか。
それにしても、スバルさんはそこまでゲームは好きじゃないはず。何があったのかは、もちろんシキ達にもわからない。
「それ、俺より強いんじゃないっすか!?」
「そうだな・・、強さ順に言うと、『私、スバル、ヴィン、シキ』」
「マジっすか!」
やはり自分は一番最後か。
「とにかく、スバル、説明したまえ!」
「いや・・・」
今まで黙っていたスバルさんが、口を開く。
「最近読む本がなくなってな。ノバラに呼ばれて待たされた時に、暇つぶしで少しやっただけだ」
「少しでこんなに上がるもんなんすか?」
「ノバラのやつ、どんだけスバル待たせたんだ・・・」
理由を知ると、ラキはヴィンさんと小会議を始めた。
そういえば最近、スバルさんがゲームをしていたのを見たが、手つきがプロっぽかったような気がする。
もしかしたら、スバルさんはゲームが好きだったりするのだろうか。
「・・・んーまぁ、」
会議を終えたラキが、全員に顔を向ける。
「シキ以外は安心のステだから、問題ないな」
「悪かったね、安心できなくて」
「じゃ、ボスのいる洞窟、いきますかー」
そして、全員が通信の準備を始めた。
と思ったら、
「あっ!その前に道具追加させて!いやーさっきヴィンとボス行ったままで、道具が減ってたんだよね~」
「・・・・・・・・」
もう少し、時間がかかりそうだ。


「・・・ここか」
「地下十六階・・・きつかったっすねー」
時に立ちはだかる敵を倒し、時に宝箱を漁り、時に敵から逃げ―
その繰り返しで進んでいくと、ようやく洞窟の最深部についた。
「ザコ敵でさえ強かったのに・・・ボス勝てるかな・・・」
「あっはは、シキ八回しんだもんな。何回生き返らせたことか」
「八回でしょ?そこわからないとおかしいy・・・わっボスいた!!」
奥には、黄金の大きな蜘蛛が。
ラキに前聞いたが、ボスのなかでは一番強いとされている。って
「ちょっ!何でこのボス!?無理でしょ!」
「だーかーらー、回復補助はするから全滅はしないって」
「でも・・」
「じゃあいつやるか?」
「・・・今でしょ?」
「よしやるぞ」
「あっ!?」
しまった、つい答えてしまった。
琴音(ことね)、最初に呪文頼む・・・」
「あ、はい。攻撃力上げるやつですね」
(って、スバルさん、やる気満々・・・?・・・あ)
そうか、相手が虫だからか。
スバルさんは虫が苦手。ワードだけでも、NG。
だから、早く倒したいのかもしれない。
「よっしゃいくぞー!」
ラキが、黄金の体に突撃する。
・・・しないと、戦闘が始まらない。
「おー」
シキとヴィンさんが、やる気があるわけでなく、ないわけでもない、普通の調子で応答した。

ゴールデンスパーダーがあらわれた!▽
「・・・名前、まんまですね」
「コイツ、金持ってそうで持ってないんすよ」
「はいさっさとコマンド入力~」
「うっす」

そして、数分後。
「よしゃ、シキとどめだ!」
「いっけー!」
シキは呪文をとなえた!▽
ゴールデンスパイダーを倒した!▽
「やった!」
スバルさん以外の三人が、同時に、ホッとしたような、それでも嬉しいような声を出した。
「・・・ふう」
スバルさんは普通にホッとしていた。
「ふー、けっこう接戦だったな」
そうそう、何回死んだことか。
「・・・で、解散するか?」
虫の巣から離れたいのか、スバルさんが微かにウズウズとしながら問う。
「まだまだ!あと2、3回は往復しないとー」
「まだやるの!?」
「当然っすよ!まだ二時間くらい余裕あるっす!」
確かに、就寝時間は午後10時だが・・・。
・・・止めても、無駄か。
「・・・じゃあ、とりあえずジャージに着替えてきなさい。すぐ寝れるようにね」
学校ではパジャマの代わりにジャージを着るのが規則なのだ。シキ達は夕食から帰ってすぐにゲームを始めたから、まだ制服だ。
「はーい」
二人は今回は素直に、自分達の部屋に戻っていった。
「・・・ふう。じゃ、スバルさん、あたしも着替えてきますn」
(!?)
「虫・・・ムシ・・・むし・・・」
スバルさんが、スバルさんが震えている。ガクガクブルブルと。
そんなに怖いのか、虫が。
とりあえず、シキは声をかける。
「え・・えっと・・・だ、大丈夫ですか?」

--------------------------------------------------------------------------------
※このお話にあるゲームはとあるものに物凄く似ていますが、
物語オリジナルのものです。フィクション。おk?(

ヨーグルト事件

いつもの部屋。いつもの五人はいつものように集まってはいなかった。
というか、ここ、シキ達の部屋じゃないし。
「ん~・・・」
ラキはなんとなく、声を出してみる。
「何すかー」
隣にいるヴィンが話しかけてくれた。目をテレビに向けたまま。
「暇だなーって思ってさー・・・」
それに、ボソ、と呟き返した。
今、自分達の部屋で面白そうな番組を探しているのだが、ニュースしか映らない。
視聴者を何だと思っているんだ。
今日は何だかゲームをする気にもなれない。何か面白いことは・・・
「ん、そうだ!」
「・・・ラキ?」
「あ」
しまった、つい声が。
でも、いいことを思いついた。これで、少しは退屈せずにすみそうだ。
「なぁヴィン、ヨーグルトってさ、どうやったら美味しくなると思う?」
さっそくヴィンに問いかける。
「どうしたんすかいきなり」
もちろん、いきなりのことに首を傾げている。予想通りだ。
「いや、知ってるかなーって思って。美味しくなる方法」
「うーん・・・」
ヴィンは少し考えた後、
「俺は知らないっす」
と、首を振った。
よしよし、これならいける。
「ならこの私が教えてしんぜよう!」
ラキはリモコンを置き、立ち上がった。
ヴィンはポカンとして見上げている。
「ヨーグルトはな、振ると美味しくなるんだよ」
「え、マジっすか!?」
「なんかね、本で見たんだけど、振ると乳酸菌ってのがうまく混ざって、ヨーグルト本来の味が出るんだってさ」
「知らなかったっす・・・。今度やってみるっすよ」
「まぁ嘘なんだけどさ」
「嘘っすか!?」
実験成功。こんな話でも、通じるようだ。
ヴィンは純粋なところがあるから、こういうのを言うとすぐに信じる。昔からだ。
「あははっ、さすがヴィンだな、よく信じた」
「うーん、よく考えると、『本で見た』あたりから嘘ってわかるっすよね・・・」
「私が普段本を見ていないような言い方するなよー」
事実だけど。
「でも・・・今のは俺じゃなくても信じると思うっすよ」
「え、こんな簡単な嘘を?」
「そうっすよ」
心底驚いたラキに、ヴィンは続ける。
「普段ヨーグルトなんて振らないじゃないっすか」
「うーむ・・・」
ヴィンがそこまで言うのなら・・・
「よし、調べてみるか!」
「うっす!」
ラキの言葉に、ヴィンが立ち上がった。
さぁ、第二の実験だ。


「たのもーっ!!」
ラキとヴィンが、同時に部屋のドアを乱暴に開けた。
「・・・」
そこでスバルは一人、怪訝な顔でこちらを見ている。
「何だ、いきなり」
「あっれー、スバルだけか。いい情報入ったのに」
「確かに、後の二人は喜びそうっすね」
「いい情報?」
ターゲットが迷惑そうに、本を閉じた。
ここで、実験方法の確認。
なあに、簡単だ。三人にヴィンみたいに嘘の情報を言いふらせばいい。
そして、どんな反応をするか、または信じたか、をチェック。
最後にカミングアウトをすれば、問題ない。こんな嘘、ヨーグルト好きのシキくらいしか傷つかないだろう。
ラキとヴィンが、小さくうなずき合う。
ミッション、スタート。
「なんかー、ヨーグルトを振ると、美味しくなるんだって」
「『にゅうさんきん』っていうのがうまく混ざって、本来の味が出る・・・っすよね、ラキ」
「おっけおっけ、合ってる」
さて、スバルの反応は・・・?
「・・・へぇ、そうなのか」
最後まで聞くと、しおりを取り、読書再開。
「!!」
それを見た二人は、スバルに目を合わせないよう、緊急作戦会議を開始する。
〔ほ、ほれ見ろ、スバル信じてないぞ〕
〔さすがスバルさんっすね・・・。でも、後の二人ならきっと信じるっすよ〕
とはいえ、ただのひそひそ話なのだが。
〔ヨーグルト好きなら本当の情報を持っているかもしれないが・・・。ふっふふふっふっふ、調べてみるか、面白そうだし〕
ラキがニヤリ、と笑ったところで、
「こんにちはですー」
ガチャリ、とドアの音が。
「お、リンネ!」
「いいタイミングっすね!」
「タイミング、ですかー?」
ラキ達の満面の笑顔に何故か引きながら、リンネは何かが入ったビニール袋を机に置く。
「いやぁ、いい話を持ち帰ってきたんだー」
「聞いて損はないと思うっすよ!」
「二人の話っていうと、あまり期待できないですー」
そんな、ひどい。
「まぁ聞くだけ聞けー」
かくかくしかじか。
先ほどと同じように、二人が説明すると、
「あ、それなら、あたいのお婆様がやってましたー」
とんでもない言葉が。
(・・・えっ)
心の中にこの言葉しか浮かばなかった。いや、普通そうだろう。
自分で作った嘘が、すでに使われていただなんて。
ヴィンも、石化しているところから、かなり驚いているのだろう。
「・・・マジか?」
興味ゼロの様子だったスバルも、さすがにリンネに確認をとる。
よく、読書しながら会話に耳を傾けられるものだ。
「はいー、それを飲んでましたー」
「・・・」
〔ちょ、これ本当だったんすか!?ラキが考えた嘘じゃないんすか!?〕
感情を取り戻したヴィンが、ラキの耳元に激しく、しかし小さくささやいてきた。
〔いや、嘘だよ〕
落ち着かせるように、ラキは冷静に答える。
〔多分、リンネのばーちゃんは歯が使えないからそうしているんじゃないかな〕
しかし、自分もよくわからないので、適当に。
〔成る程・・・〕
それでも信じるのが、ヴィンだ。
〔でも、これじゃカミングアウトしにくいっすね・・・〕
〔ああ・・・〕
スバルも、『疑う』から『半信半疑』に変わったような気がするし。
今、彼は読んでいる本の読んでいないページをパラパラと確認している。スバルがこうしている時は、次に読む本が決まったときだ。
つまり、本を読んで確認しようとしている、と推測できる。
・・・とはいえ、推測は推測。違う可能性もある。というか、その可能性を信じたい。
そんなことを考えていると、
「ただいまですー・・・って、もうみんな集まってる」
「お帰りです姉貴ー、ヨーグルトありますよ~!」
「ホント!?ありがとリンネちゃん!!」
シキが帰ってきてしまった。このタイミングで。
これだからKYは困る。
〔どうするっすか?〕
前には強敵、横には自分の指示を待つ仲間。
〔うぬぬ・・・〕
ここで終わらせるわけには・・・。
けれど、後で大変なことになりそうだ。
経験上の感覚でそれを悟る。
よし、ここは・・・
「あ、そうだ。さっきラキ達がヨーグルトが美味しくなる方法を教えてくれたんですよー」
「え、そんなのあるの?」
げ、リンネ、なんて事を言ってくれるんだ。
言うのをやめようと、今ヴィンに伝えようとしたのに。
ほら、シキなんか、ヨーグルトのふたを開けかけ、目を輝かせているではないか。
って、それを見ているだけではだめだ。止めないと。
「あの、リンn」
「かくかくしかじか、ですー」
「ええっそうなの!?」
・・・。
ヨーグルトオタクのシキでも美味しくなる方法は知らなかったか。
しかも、信じてるし。
「はいー、あたいのお婆様もそれやっていたので、本当だと思われますー」
「じゃ、試しに・・・」
待て待て待て。
シキ、振るのはいいが、
それ、ふたが開いて・・・
「!!?」
シキの右手のカップから、白いドロドロとした物が浮かぶ。
そして、シキの黒髪に落下していくのが、恐怖のあまりスローで見えた。
べちゃっ
ラキとヴィンは、絶望的な顔をすることしかできなかった。
「・・・バカ」
それを見たスバルは、『信じていない』状態に戻り、呆れてため息をつく。
「・・・」
リンネは、苦笑している。
心の中で、恨んでいるんだろうな。尊敬する姉貴に恥を掻かせたから。
「・・・・・・っ」
シキは、やってしまった、というような表情だ。少し、ラキ達の雰囲気に似ている気がする。
・・・ここでカミングアウトしたら、シキに何をされるか。
部屋のお菓子、隠しておけばよかった。きっと没収されるだろう。

この後、何があったかは何故か記憶にないので、ご想像に任せる。

プレイ☆メイト

プレイ☆メイト

明葉学園という中高一貫校の寮に幼なじみ達が集まり、あんなことやこんなことをする物語。 あんなことやこんなこと、というのは普通の意味である。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 寮の整理
  2. 自己紹介①
  3. 自己紹介②
  4. スバルさんと
  5. ラキと
  6. リンネちゃんと
  7. ヴィンさんと
  8. ゲーム
  9. ヨーグルト事件