デンコ

東京電力様の「でんこ」というキャラクターのイメージを侵害する内容ではないと判断いたしますが、類似キャラクターの作中使用に関する許諾を投稿者はいただいておりません。

prologue

【作家でごはん鍛錬場】の皆さん、こんにちは、広末晴樹です。いつもお世話になっております。
さて今回は、いつもとは少し違った形での投稿となります。というのは、ある人より預かった文章を投稿させていただくからです。
なのではじめに彼女のことについて、僕が少し書きます。しかるのちにそれに続けて、彼女が書いたやや長い文章を掲示することにいたします。

彼女に最初に会ったのは去年の夏、僕が鍛錬場に初めての長編を投稿したばかりの頃でした。その日、日曜日の午後、まだ陽が高い時間に僕は、図書館で彼女を見かけました。見かけました、という表現がまさにピッタリくるような、そんな感じで彼女はいました。すなわち枝にひっかかった風船のようなぎこちなさで彼女は、書架の前にしゃがみこんで、熱心に本を選んでいました。
図書館に併設してある区民プールで、たった今泳いできたばかりのように彼女は見えました。彼女の長い髪はまだいくらか濡れていて、その手には子供が好んで持つような、透明なビニール製のトートバッグがしっかりと握られていたから。バッグの中には、丸めた水着や、タオルや、その他見てはいけないと反射的に目をそらしてしまう類の諸々が見えました。
年齢は十七か十八に見えました。後にそれが大きく外れていたことを僕は知ることになるのですが、そのときはそう感じました。彼女のスキだらけなその有り様が、彼女をひどく幼く見せていたのだと思います。
肌の白さも印象的でした。区民プールは室内プールなので例え毎日通ったところで日焼けはしないのだろうけれど、それにしても彼女の白さは独特でした。プールで泳いでいる彼女を想像すると、それはまるで水槽の中を泳ぐ半透明な魚のようでした。そんなふうに彼女の白さは透明でした。着ている白いワンピースよりさらに白く、ワンピの下には内臓が透けて見えているのではないかと、これは誇張でも、文学的なレトリックでもなく、そのように思えました。
彼女を斜め左後ろから見下ろす位置にそのとき僕はいたのだけれど、そこからは彼女の手にした本の題名を読むことができました。そこには『小説家になるための〈ここだけ!〉文章テクニック』とありました。どうやら彼女は小説家になることに興味を持っているようでした。非常に熱心に彼女はその本のページを捲っていました。ワンピースの裾が捲れることはお構いなしに。
僕は彼女に興味を持ちました。誤解されると困るので、言うまでもないことを、わざわざ言い訳めいたように書きますが、断じて下心ではありません。十七の少女に下心を持つのはこの国では犯罪とされていたように思います。僕は犯罪者ではありません。
僕が強い好奇心を抱いたのは、彼女の持つ、一言でいうなら永遠性、のようなものに対してでした。
真夏の図書館、プール帰りの少女、透明に透けた肌、濡れた髪、ビニールトートの中の水着、手にした小説テクニックに関する本、花びらのようなワンピースの裾、以上を僕の数式に代入して出てきたのは円周率のような、割り切れず永久に続く類の解でした。
なので僕は、躊躇うこともなく彼女に声を掛けました。
「キミも小説家になりたいの?」
足音もたてずに接近していた狐に気づいて、ハッとするリスのように小さく体を震わせて、彼女は耳を立てました。耳を立てるというのは、半分比喩であって半分比喩ではありません。彼女の耳は実際に、鹿のように立ったのです。少なくとも僕にはそう見えました。振り向いた彼女はそんな耳にふさわしくバンビの顔をしていました。長い睫を重そうにのせた二重瞼の下には茶色い瞳がありました。視点と意識のピントを合わせようと、その瞳は懸命に拡大と縮小を繰り返していました。長い鼻はバンビを思わせるやわらかなカーブを描いていました。鳩のそれのようにせわしく上下する胸の動きと連携して鼻孔は、酸素を求めてピクピクとわずかに痙攣していました。なにかをいいたげに開かれたその口は、けれども言葉を返すことはおろか、呼吸をする自由まで奪われてしまったかのように、中途半端なまま固まってしまっていました。
「驚かせてごめんよ」と言いながら僕は、手持ちの笑顔のうちで一番イノセントなそれを意識的にチョイスして、なんとか彼女の緊張を和らげようと努めました。そしてこう付け足しました。「僕も小説を書いてるんだ」
するとしゃがんでいた彼女は立ち上がりました。ずいぶんと背の高い女の子であることがわかりました。彼女の瞳は僕の目の高さにありました。さっきの警戒心は一体どこに行ってしまったのかと思わせるほど今度はなんとも無遠慮に、彼女は僕の顔をマジマジと見てこう尋ねました。「どんな小説?」
そう訊かれて僕は困ってしまいました。その頃僕がこちらに投稿したのは『インナーダイバーズ』という小説だったので、その小説についてを彼女に説明しようと思ったのだけれど、僕がバカなせいか、僕は僕の書いた小説を瞬時に要約してみせることができませんでした。開いたままで固まってしまったのは今度は僕の口でした。
「まあいいわ」と彼女は言って、おそらくは笑顔であったのだろうけれど、そうとは断定できない、ツンとこちらに痛みを感じさせるような、形容しがたい表情をほんの瞬間浮かべてから、実にチグハグなことにこんなふうに続けました。「ホットケーキでも食べない?」
図書館の近所には、創業七十年を謳う老舗のホットケーキ屋さんがあるのです。僕も何度か足を運んだことがあるのですが、残念ながらそこはビールを置いておらず、それが僕には気に入りませんでした。なので僕は言いました。「どうしてもホットケーキじゃないとダメかな?」
彼女は少し考えてから応えました。「オムライスでもいいわ」
さすがだなと僕は思いました。さすが小説家を目指すだけのことはある。咄嗟にこう返せる彼女のその言語感覚は、実に凡庸ではないと僕には思えました。もっとも今から思えば彼女のことだから、ただ単純にオムライスが食べたかっただけなのかもしれません。
僕はその名もなき彼女と日曜日の街を、ビアホールに向かって、実に牧歌的にテクテクと歩きました。お手てつないでお歌を歌わなかったのが不思議なくらいにそれは牧歌的な行進でした。彼女の髪から漂う塩素の匂いは、僕に遠い夏を思い出させてくれました。白いワンピースが透過する彼女の体も、田舎町の屈託のなさで僕には爽やかに思えました。彼女はワンピースから突き出た異様に細い、触手のようなその手足を、ガラス細工の制作過程のようにくねらせながら街を歩きました。
ビアホールでペプシを片手にオムライスを食べながら彼女は、彼女の名前を教えてくれたのだけれど、ここに彼女の本名を記すわけにもいかないので、便宜上ここでは彼女に仮の名前を与えることにいたします。小沢智子(仮)。『小沢智子』というのは少し前に僕が書いた小説のタイトルです。適当に考えついた名前なので、同姓同名の人がもしいたとしても、僕にはなんの意図もございません。ここでは架空の名前を実在の彼女に冠することにいたします。重要なのは彼女が実在の人物であるということです。冠せられる名前が架空のものであっても彼女のリアリティに一点の曇りもありません。そうそう、ここで一応断っておきますが、僕がここで書いていることはそのまま実話です。僕のこの拙く冗長で、ナルシスティックなprologueのあとに続く小沢智子(仮)の文章は、それにも増して実話です。ここに書かれていることは僕が本当に体験したことであり、このあとに掲示されていることは彼女が本当に体験したことであります。その意味でこれは小説ではありません。小説でなければ読みたくないという方はどうぞ読むのを中止して、ご自分の時間を節約されることをお勧めいたします。ここに書かれているのは小説の形をとった日記に他ならないのかもしれません。
さて話をビアホールに戻しましょう。
太陽光が地下のライトに切り替わったお陰で、彼女の白いワンピースは、彼女のイノセントに過ぎるその、なんて書こうとしたけれど、もうやめます。鍛錬場に投稿するのだから多少小説めかして書かなくてはなどと考えてここまで書いてきたのですが、なんだか急に馬鹿らしくなってしまいました。過剰な描写で彼女を舐めまわすようなことは彼女に失礼だし、なにより読者の皆さんに失礼でしょう。僕がここに掲示したかったのは僕の駄文ではなく、彼女の手記そのものなのでした。僕から見た彼女の印象が、手記を読んで知った彼女の内面とあまりに対照的だったため、そのことをはじめに書いておこうと考えて僕は、このprologueを書き始めたのでした。でも必要なかったのかもしれません。大事なのは彼女の手記だし、僕はその紹介者に徹するべきだと、今、気がつきました。
なので、ここからは文体も簡潔なものに改めまして、駆け足で要点のみを記すことにいたします。
ビアホールで小沢は【作家でごはん鍛錬場】のことについてを僕に尋ねた。僕はその概略を小沢に伝えた。小沢は興味を持ったが、感想を書いたり書かれたりすることには、どうやら強い抵抗を感じるようだった。今まで一度も小説を書いたことがないけれど、自分が体験したある出来事を、できたら文章にして残したい、そしてそれを誰かに読んでもらいたいと思うのだ、と小沢は僕に語った。それに僕は賛同した。書き上げた文章を僕に送るから、それを僕から鍛錬場に投稿してもらえないか、と小沢は僕に尋ねた。自分で投稿することを僕は勧めた。小沢は黙った。僕はギネスを五杯飲み、小沢はペプシを三杯飲んだ。どうしたら上手に書けるのだろうかと小沢は呟いた。体験したことをそのままわかってもらうことが目的ならば、話は実に簡単だと僕は応えた。自分が見たもの感じたものを、見たまま感じたままに、そのまま書けばそれでよいのだと僕は伝えた。それは小説といえるのだろうかと心配そうに小沢は尋ねた。人によっては、そんなの小説ではないというかもしれない、と僕は応えた。でも「私小説」というジャンルもあることだし、と続けて僕は小沢を励ました。小説家になりたいわけではないから、書いたものが小説でなくてもホントは構わないのだと小沢は言った。ただ【作家でごはん鍛錬場】なる場所が、書いたものを無料で掲示してくれるなら、それでいいのだと小沢は言った。小沢智子がなにを考えているのか僕にはわからなかった。
店を出て僕らは互いのメアドを交換した。小沢はごちそうさまでしたと言って振り返らずに歩み去った。その方向の空の赤さを僕は今でも覚えている。心のどこかがほんの少し痛かった。擦りむいたような痛さだった。
一週間経ってから僕は小沢のアドレスにメールを送った。
〈今度はホットケーキを食べようぜ!〉
メールは届かなかった。小沢はメアドを変えたか、あるいは僕からのメールを着信拒否に設定したようであった。
小沢が考えていることは、相変わらず僕にはよくわからなかったけれど、あの日小沢はただ単に、お腹を空かせていたのかもしれないな、と僕は思った。こんなことなら、と僕は少し後悔をした。ビールのことなんて忘れて、最初からホットケーキを食べさせてやればよかったな。

小沢智子からのメールが届いたのは、桜の開花宣言が発表されたつい先日のことだった。前置きもなく、挨拶すらもなく、あったのは長文のテキストのみだった。僕が小沢に教えていたのはケータイのアドレスだったため、長文は字数制限にはじかれたのであろう、小沢は長文を、十通のメールに分割して送ってよこした。世間知らずで礼儀知らずで、人の気も知らないようなその振る舞いは、腹を立てるにしては、あまりにも微笑まし過ぎた。彼女の無防備な夏の日を懐かしく思い出しながら、僕は個人的な手紙を読むような打ち解けた気分で、小沢のその拙い長文を読み始めた。が、読み進めるうちに、大変なことになった。小沢智子は、やはり円周率であった。彼女の解は割り切れないままに、永遠の距離を行進していた。塩素の匂いを振りまきながら、手足を飴細工のように操りながら、その行進は続いていた。

ここに僕はその全文を掲示する。通し番号は段落番号ではない。ケータイ宛てに分割されて届いたその着信番号となっている。
堅実な、というよりは倹約なその性格を反映しているのかもしれないが、彼女のテキストにおいては、おそろしく読点や改行が節約されている。読みにくいことこの上ないと僕は思う。初めて書いた小説であるとはいえ、不適切な助詞の選択、不対応な主語述語の選択など、赤を入れたくなる箇所も目立つ。
けれども。と僕は言いたい。ここには彼女のリアルな真実が綴られている。彼女は彼女の見たもの、感じたものを、この上なく真剣に描写したのだ。これが小説でなくても構わない。いやむしろ小説ごときであってたまるか。
円の中心点、球の中心点に関わる事象を、彼女は具体的に行進したわけだ。それは実に凄まじいことであるなと僕は思う。
テキストにはタイトルがなかった。小沢はテキストを送信したのちまたメアドを変えてしまったようで、こちらから彼女に連絡する手段がないために、やむなくタイトルは僕がつけた。小沢智子(仮)さん、これを見てたら連絡ください。タイトルはこれでいいかな?
それから、ホットケーキを、ぜひ今度、一緒に食べようよ。


『デンコ』

1

ったくアタマにくるわねと私は思った。バカばっかとしか言いようがない。
自分ひとりじゃエクセルも満足に扱えないバカ上司たち。すなわち組織という名の満員電車に揺られながら自分の足には全然力をこめずに互いによりかかりあうだけの依存者たち。すなわち自分のアタマじゃなにも考えないくせにそして自分の手じゃなにも生み出さないくせにそのくせ加齢臭プンプン撒き散らしながらバック転せんばかりにそっくりかえってる無神経な無能者たち。ヤツらを見るに耐えない醜い存在だと私は思うのだけどさてどうだろう。
ムダをなくせ。とオリジナリティのない説教をあくまで形式的に唱えたりするのが彼らの習性だったりするわけだが私は思う。言ってるオマエが一番のムダだよ。
この経費の精算よろしく。とかヒトの顔も見ないで机のテキトーなとこに伝票をいい加減に置くなっつうの。てかなんでアンタらジジイだけは今どき電子伝票じゃなくて今だにペーパーだったりするわけよ。こっちはアンタと違って忙しいのだからムダな手間をかけさせないでほしい。アンタの机はピカピカでスッキリなんだろうけど私の机は、見りゃわかんだろ、戦場なんだよ。つかおいこの不景気に鉛筆握ってゴルフスイングのマネなんか私の横でしてんじゃねーよと私は言ってやりたいがでも言わない。言ってもムダだから。テメーの保身すなわち年金ゾーンへの無傷なままでの逃げ切りとかしか考えていないようなアイツらには中国人を相手にしゃべるそれ以上に日本語が通じないのだからなにを言ってもムダなのだ。例えば目を覆いたくなるほどの怠慢が発覚してヤツらの営業部に経理主任である私が出向いてなにか言ったとするといい加減にうんうんと頷きながらヤツらは少しずつ回転椅子の角度を変えて窓の外なんか眺めちゃったりして独り言のように例えばまあこんなふうに言うわけだ。社員同士の親睦コンペに使う経費の金額として今どきそれはどうなのかなあとは確かにぼくもまあ思うからキミの指摘は考慮に値することだともちろんわかるのだけどでも専務がなんて言うかなあ。専務のジジイはオマエのママかとそんなとき私は言ってやりたくなるがでもこれもまた口にはしない。右肩下がりの成績連続更新中の営業部長は内心劣等感に満ち満ちていて侮辱にとても敏感だしかつまたそれゆえに受けた侮辱への復讐心だけは彼氏を親友に寝取られた女子高生なみに猛々しかったりするのだから。コンペってのは文化だからねとか無責任節が続くのを聞いてもだから私は脱力するしかない。ぼくひとりがどうこう言ったからって文化ってやつは急に変わるもんじゃないんだとかなんだとかなぜか偉そうに胸をそらせて眉をしかめてみせたりするバカを放置するより他はない。いや変わるもんじゃないとか一般論を語るんじゃなくて変える努力を少しはしてみろよとたとえ私が思ってバカ面を睨んだところでオヤジはローマは一日にしてならずだよだなんて言いつつバカ面のままでいるに決まっているのだから打つ手はないのだ。ってかここは日本だぞバカとか内心でツッコミながらそれでも抗議を重ねたりすればオヤジはクルリと完全に椅子の背をこちらに向けてしまって幼児のようにおし黙ってしまうかまたは、うらぁ小僧電話とれよコロスぞコラとかなんとかそんなふうに部下に罵声を浴びせることで私を怖がらせようと画策したりするかどちらかだったりするのだろうからウンザリだ。ああ醜い小さい情けないと私は口惜しくて人事のバカもなにを考えてんだかなあと歯痒く思う。私がいなけりゃこの社の経理システムは大変なことになるだろうけどこんなジジイがいなくたって会社はクルクルまわるはずなのにホント人件費のムダだと私は確信している。自分が最前線だなんて言ってエバっちゃったりして営業の男って鼻持ちならない。こっちがいくら節約したって十年前の状況じゃないっつうのに部下を引き連れてのキャバクラ通いをジジイがやめなきゃ赤字が回復するわけがない。鞄持ちの連鎖で出世していく腐敗した権力システムにドッカとのっかるジジイどもとそれに媚びへつらう若いくせにコズルくイヤらしい小僧たちの醜さに私はとことん吐き気がする。男性社会ってアリンコ社会よりもくだらないよなと私はつくづく思うのだ。消えてなくなればいいのに。
コウベをめぐらせば営業部のアチコチに生意気なガキども。ガキがたまって無駄グチ三昧愚痴三昧。先輩の私と廊下ですれ違ってもおはようございますの一言もないその勘違いしている態度だって注意したいけどでもそんな自分の醜い姿を想像してしまうとなにも言えない。私だって入社の当初は営業二課の紅一点だったのだとか三十三歳売れ残りの経理部主任の今だけを見てナメんなよだとか語る私はあまりに醜いだろうとそれは私にだってわかるのだ。成績も出せないくせにゴルフコンペとキャバクラ通いの伝統だけはしっかりと守ってニヤけた面でのうのうとしているガキどもを私は見ても見ないフリをする。この伝票間違ってるわよと指摘するとあるガキは私に向かってテキトーにじゃあ直しておいてくださいよとそう言った。経理ってのはメンドクサイ仕事をしてますねえと言われてカチンときた私がアンタ自分で計算しなおしてごらんよと言うとそのガキはオレらヒマじゃないんでオレらの稼ぎで食ってるアンタらが内助の功にちゃんと励んでくださいよって入社二年目のくせしてそう応えやがった。会社は能力を適正に評価して人員配置を行ってなんかもちろんいない。上役の鞄をいかに機嫌よく持つか宴会でいかに恥ずかしげなハダカ踊りを恥ずかしげもなく踊れるかという点がポイントだ。私は宴会でリポビタンDのビンをくわえろと言われてそれを拒否した途端に異動になった。新しく入社した才色兼備のMちゃんは仕事だと割り切ってちゃんと執行役員のモノだってくわえたのにオマエはいまだにリポDのビンひとつくわえられないのかと先輩に叱られアホかと私は思った。営業の仕事ってえのは男も女も芸者なんだよ、嫌なことだからできませんじゃあ済まねーんだよ、売れるものがあるならオンナでもプライドでもなんでも売れよとその先輩は言ったけど、んなもん売らずに商品売れよと私は言いたい。経理をバカにするガキがオヤジのチンポをしゃぶって出世してゆくその様を見るのは実に不快だ。会社は創業以来の赤字を抱えオヤジは経費削減に不満タラタラな一方やる気はゼロで逃げ切りをはかっているしガキはそんなジジイのケツを追いかけ破滅に向かってひたすらハダカ踊りの毎日だ。
腐っているそれがニンゲンというものなのかと私は嘆きたいし嘆くだけではなくて掃除してしまいたい。おぞましいオヤジやクソ生意気なガキどものその無能ぶり無責任ぶりとそして勘違いしまくりのままエバったあのアホ面たちそのものをこの世界から一掃してしまいたい。

と、以上のようなことにハラワタをシュンシュンと沸騰させながら私は、その日もパソコンに向かって伝票整理の仕事をしていた。

そのときだった。伝票の起票画面が突然落ちた。ウィルスか。と私は内的愚痴モードを素早く社会的事務処理モードに切り替えながら身構えた。
画面にアニメの女の子が現れた。どこかで見たことのある女の子だった。女の子の口からはフキダシがのびて、そのフキダシの中で女の子は語った。電子でーす。電子にはルビがふってあった。デンコ。すなわち女の子は、デンコでーすと自己紹介をしたのだった。なんとセンスのあるイタズラだろうと私が感心しているとデンコはまた言った。電気を大切にね。
なるほどと私は思った。総務の新しい試みなのかもしれない。省エネで節約を呼びかけるってわけか。でも、と私は思った。このキャラクターの使用にもシステムの構築にもお金がかかってるんだろうのにこれでホントに節約効果はあるのだろうか。手書きのポスター一枚で同程度の笑いはとれるだろうのに。
デンコからの新しいお知らせです。とデンコは続けて語り出したが、私はトイレに行きたくなった。
経理課はいつものことだが斎場のように静かで、皆もまた今デンコの画面を読んでいるだろうのに特にそれについて話し合うというようなこともなく、各自黙々と画面に向かっている。デンコからの新しいお知らせについては業務終了時刻を過ぎてから周りの誰かに尋ねればいい。私は黙って静かにトイレに立った。

2

トイレから戻るとまだ五時前だというのに経理課には誰もいなかった。おかしいなと私は思う。もしかしたら今日は誰かの歓送迎会の日にでもあたっていたのだろうか。誰かが来るときまたは去るときには業務を早めに終えて揃って近所の居酒屋にくりだすということがこれまでにもたまにあった。が最近は不況のあおりで来る人は少ない。反対に去る人は多い。でもリストラされた人を賑やかに送り出すのは難しい。送られる方も営業部のそれとは違って経費ではなく身銭をきられての送別なので心苦しさを覚えたりするようでそんなわけで最近は歓送迎会等の行事もめったに行われなくなっていたのだ。
待てよそもそもと私は思う。誰かが今日辞めるだなんて私は事前に伝えられていないしゆえに私に非はないではないか。でも私が聞いていなかっただけだという可能性も十分にあるが。私はあまり他人のことに興味を持ちたくないタイプなのでこの種類の情報網からははみ出しやすいのだった。ボードを眺めるが誰の外出先も書かれてはいない。皆で私を締め出しだのだろうか。それならそれでいいさと私は思った。煩わしい人間関係に巻き込まれなくてセイセイするわよと思った。半分は強がりだけど半分は本音だった。誰かに関われば関わった分だけ誰かを傷つけ誰かに傷つくのだと世の中はそのようにできているのだと私には思えた。社会で生きるとはそのような摩擦を生きるということだ。互いが互いをすり減らすことにより会社という組織も社会というシステムも成り立っているのだ。それがわかっているので私は一層なるたけ誰ともぶつかり合わずに生きていきたいと考えている。イライラするのはつらいし不快だ。実際にぶつかり合わなくても内心イライラしているわけでだからまあ一緒なんだけどね。
ともかく五時半まで作業を続けよう。そして課長の机に失礼いたしますと書いたメモを残して帰宅してしまおう。どこかの居酒屋から場所を知らせる連絡が入ったところで私は不参加だと伝えよう。だって今日宴会があるだなんて知らずにいつものように車で出勤してしまったのだからアルコールを飲むわけにはいかないではないかとそんな言い訳を瞬時に組み立ててから私は安心してパソコンに向かった。

スクリーンセイバーが消えるとそこにはデンコがいた。そうだったと私は思い出す。デンコはさっき新しいお知らせとやらを伝えようとしていたのだっけと私が思っていると画面の向こうでデンコは言った。それでは電気を大切にね。いつもどおりの気さくな話し方だった。どうやら私はデンコからの新しいお知らせとやらを読み損ねたようだった。それだけ言うとデンコは手を振って画面の外に歩み去ってしまったから。
でもまあいいやと私は思うことにした。デンコからのお知らせについては明日課内の誰かに訊くことにしよう。どうせたいしたお知らせではなく単なる節約の呼びかけだったりするのだろうと私は考えたのだった。
私は伝票整理の続きを続けた。いつも静かな課内だが今日は一段と静かだった。隣の総務課も総出で出払っているのだろうか壁越しに感じる人の気配というものがまるでなかった。総務課の電話は経理課の電話よりは比較的頻繁に鳴ることが多いはずなのにまるで会社に私だけしかいないみたいに静かだった。なんて思って時計を見るともう五時半だった。なので私はパソコンの電源を落として伸びをする。昨日と同じだ。そして一昨日ともまた同じ。判で押したように正確な終了時間と思った途端に終業のチャイムが鳴り響く。デジャヴ。でも私は嫌いじゃない。規則正しいことは安心できることだと私は思う。ハプニングに晒されるのはゴメンだった。私は私の仕事をしっかりとやる。誰にも邪魔をされたくはない。それ以上でもなければそれ以下でもない。会社に私が望むのはそれだけなのだ。
お先でーす。なんて誰もいない課内に小さな声で一声かけて私は経理課を後にする。エレベーターがくるのを待ちながら私は鼻歌を口ずさむ。そしてそんな自分に少し驚く。会社で鼻歌を口ずさむだなんて。そして気がついた。休日出勤の社内のようにフロアは異常な静寂に満たされていた。もしかして今日は全社を挙げての式典だとかそんな催しでもあったのだろうか。なんて考えながら私はエレベーターを降りた。会社の創立記念日を思い出したがそれは今日ではなかった。IDカードでゲートを開けて退社する。カードで鍵をあけることが退社の打刻を兼ねているのだった。
本社ビル向かいの機械式地下駐車場に私は私の車を停めている。駐車パネルに私は私の社員番号を入力してボタンを押す。パネルに出庫の待ち時間が表示される。カウントダウンされる赤色の数字を眺めながら二十秒ほど待つと私の黄色いフィットが現れた。
似合わないわねとよく言われる。黄色い車は私に似合わないらしい。確かに私は原色の服はまず着ないで着るのはいつもたいてい黒か茶色か白かグレー。急なお通夜にも十分対応できるカッコウねとからかわれたこともあるがなるほどそりゃ便利と私は思った。私はお洒落への関心が低いのだろうか。国民服でもあったらそれを着たい。なぜって服を選ぶ手間が省けるから。私のスタイルがもっとよかったら私は私の服にもっとこだわったていたのだろうか。AneCanでも購入していたのだろうか。でも私は足が太いこととお尻が大きいことと書きたくもない別のことを気にしている。スタイルがよくないとなにを着たところでマイナス評価の対象となるのがイヤだった。誰かの視線にイライラさせられるのは面倒だったしときにそれは私をひどく傷つけるのだった。だったら制服でいいや。みんなと同じ服を毎日続けて着て生きていけたらどんなにか楽だろうと私は考えたりするのだった。
そんな私が黄色い車を選んだ理由は自分でもよくわからない。心理学に詳しい友人によればそれは私の隠された自己顕示欲なのだそうだがそんなもの私の一体どこに隠れているというのだろうか。私にはそれを見つけることができなかった。
フィットを運転しながら私は思う。今頃課のみんなは乾杯でもしているのだろうか。行かなくてよかったと私は思う。私は居酒屋での食事が苦手なのだった。メニューを見ながらみんなが食べたいものを口々に選んでゆくようなとき私は迷ってしまう。私は好き嫌いが多いのだった。例えば魚は魚の味は好きだけど料理が魚そのものの姿をしていたりするとそれは食べられなかったりする。例えば白身魚の餡掛けでいうと餡のかかっていない魚の顔やその目を見てしまったら最後それはもう食べられないのだった。子持ちシシャモやアジの開きなんて絶対に無理だった。でもマグロの刺身は食べられる。肉はなぜだか鶏肉が駄目だ。子供の頃に七面鳥の丸焼きを見てしまったのがいけなかったのかもしれない。そんな私はメニューを見て考えこんでしまう。私が食べられるものを頼んでもそれがもしみんなには気に入らないようなものだったりしたら割り勘なのに申し訳ないなどと思うと声が出ないのだ。その点昼食は楽だ。各自が自分の一品を食べるだけなので自分の好きなものを自分だけで食べられる。私はシェアすることが苦手なのだった。部屋には作り置きのハンバーグが冷凍してあるしと私は運転しながら考える。あとはコンビニでヒジキの煮物でも買って帰るとしよう。
カーステレオからはCDで洋楽が流れている。ラジオは聴かない。パーソナリティの価値観やリスナーの意見を聞くとイライラするのだ。運転中に流すのは音楽に限る。それもインストか洋楽。日本語の歌詞はわかる分だけ意味を持つのでウザいのだった。
赤信号で停められて私は内的思索から覚めてそしてふと気がつく。平日のこの時間にしては道路は異常にすいている。まるで深夜のようにガラガラだった。対向車も後続車もゼロだ。よく見ると歩道にも人影はない。まるで私一人の街みたいだと私は妄想した。だったらいいなとそして笑った。実に気楽だ。誰とも葛藤しないですむのだ。私にとってそれはパラダイスだった。なわけはないけどと私はまたひとり笑って青信号を確かめアクセルを踏み込んだ。

けれども車が私のマンションに到着する頃にはさすがの私も不安にならざるを得なかった。会社を出てから二十分ほど車を走らせながら私はただの一台も対向車を見なかったし歩道に歩行者を見ることもなかった。
車を地下の機械式駐車場に入れオートロックのゲートをカードキーでくぐり私はエレベーターで上昇しながら考える。これはどうしたことだろう。まるで世界が申し合わせて私を締め出したみたいではないか。
エレベーターを降り部屋のロックをカードで外して私は部屋に入りただいまーとぬいぐるみのアヒルに告げる。おかえりーとアヒルの声で私は私を迎える。
実家の電話番号を思い出しながらケータイを開くと親切な誰かからのナイスタイミングなメールをケータイは受信した。
課長からのメールだった。課長は歓送迎会に参加しなかったのだろうか発信元は経理課だった。宛名が私であることを確認しながら私はメールを開く。

お疲れ様です。デンコからの(削除)
明日は夕方四時までの処理済みデータを私のPC宛てにメールで送信してください。電話は通じなくてもメールによる連絡は可能であることが確認されています。データをチェックした上で承認した旨をメールにて返信いたしますのでそのメールを受けたところで明日の業務を終了してください。よろしくお願いいたします。
デンコには(削除)
長文にわたるメールを失礼いたしました。

よくわからないメールだったがいくつかわかったことがある。
まず課長は歓送迎会に出席しなかったらしい。もっとも本日歓送迎会なるものがあったのかどうかも定かではないが。歓送迎会はそもそもが私の想像にすぎないのだから。
次に課長はデンコについてなにかを語ろうとした。または語った。がその文言は何者かにより削除された形跡がある。
業務上の指示については明確だった。明日はなんらかの理由で課長は出社しないのかもしれない。でもなのに課長のデスクのPC宛てにデータを送れと指示している。会社のPCから出先のPCまたはモバイルへのメールの転送を設定しているのかもしれない。メールは大丈夫だが電話は通じないというその意味は不明であったがおそらくは出先にてケータイの電話を受けることのできない事情でもあるのだろうと私は考えた。だとすればなにも問題はない。明日私はいつものように伝票データの確認と処理を終えその結果を送信して課長の承認を待ったのち帰宅してよいということだ。課長と別に顔を合わせたいわけではないしむしろ合わせたくないくらいであることを考えれば指示に私はまったく異論はなかった。
ので私は課長宛てに了解いたしましたと返信をした。

お腹がすいたことに気がついて私は冷凍庫の中のハンバーグを解凍し炊飯器のスイッチを確認しおかずを買いにコンビニに行こうとアヒルに行ってきまーすと声をかけた。
エレベーターで降下しながら私は考えた。デンコからの新しいお知らせというのはなんだったのだろう。今夜の街の静けさはそれとなにか関係があるのだろうか。明日出社したら経理課の誰かに訊ねてみよう。

コンビニでヒジキの煮物と明日の朝食用の牛乳とパンをかごに入れレジに向かって私は驚いた。いつもレジにいるアルバイトの中国人が今日はおらずかわりに見たこともないマシンが一台私を待っていた。マシンは私を認識しそのパネルにいらっしゃいませと表示した。おおと私は感心した。これはいつだかテレビのニュースで見たことのある確か北欧あたりでは実用化されている無人販売機ではないか。などと私が思い出しているとパネルは商品コードをスキャンして金額をお確かめくださいと新しいセリフを表示した。言われたとおりに牛乳とパンそしてヒジキの商品コードを下にして台に置きスキャンボタンを押すとパネルに合計金額が表示され料金回収用と思われる引き出しが開いた。そこに代金を入れるとパネルは有難うございましたと表示したのちお釣りを返してきた。自動化だった。またひとり労働者がリストラされたわけだと私は思った。クビになったのかもしれないアルバイトには悪いが私にとってはよい変化であった。

3

レジアルバイトのあの無気力な態度にかねがね私はイライラさせられていたからだ。あんたが不機嫌なのは仕方がないけどそれを私に見せつけるのはやめてくれと私はいつもそう言いたかったのだ。仕事なのだからその仕事をキチンとこなしてもらえればそれでよいのだ。マクドナルドみたいにゼロ円で業務用スマイルを売ってほしいとも私は思わなかったが不機嫌さを垂れ流してほしくもなかった。他者の個人的感情に晒されることほどストレスになることはないと私は考えている。マシンわきのレジ袋を私は自分でピックすると袋代金十円をまたマシンに投入した。まるで神社の無人おみくじ販売機みたいで気持ちがよかった。ズルをしないことを信頼されているみたいで嬉しい。田舎の道端にある無人の野菜販売にも似た清々しさを私は感じた。私は満足して買い物を終えた。

部屋に帰って私はハンバーグとヒジキと炊きたてのご飯を前にひとり幸せな夕食を楽しんだ。アヒルの前にもチョコをひとつぶ置いてやった。アヒルも喜んでいるように見えた。

食後テレビをつけるとたまたま懐かしい映画番組が放送されていた。私は映画が好きだった。映画の中にどんなバカが登場しようとも私はイライラしなかった。所詮作り物に過ぎないのだから安心してバカな登場人物を笑っていればそれでよかった。一方でニュース番組にはイライラする。自分勝手な政治家やそれを批評するシッタカタッタな評論家のバカさ加減にウンザリするのが常だったので私はなるべくニュースは見ないことにしていた。ニュース番組について常々思ってきたことはあのニュースキャスターだのコメンテーターだの主観的な感情をまじえて語るバカモノをそろって解雇してくれないだろうかということだ。報道は客観的に例えば文字放送でのみ伝達されればそれでよいのだ。天気予報を例にとっていうなら私が必要としているのはお天気マークないしは傘マークであって気象予報士のくだらないダジャレでもお天気お姉さんのシタったらずな幼児声でもないのだ。あのようなムダなコストをかけて効率の悪い情報提供なんかにシノギを削るから民放各社の収益は悪化の一途をたどるのではないかと私は思った。
映画が終わるとアニメ番組がはじまった。見たいアニメではなかったのでテレビを消して私はシャワーを浴びることにした。浴室に向かう途中チラリとみやった全自動洗濯機の周辺になにかわずかな違和感を覚えたがすぐに私はそれを忘れてしまった。
やがて私はアヒルと一緒にベッドに潜り込むとたちまち眠りに落ちた。

翌朝八時いつものように目覚ましの鳴る前に起きて私は洗面所に行き歯を磨いた。とそのとき私は脱衣かごの中に見慣れぬ衣服を見つけた。手にとってみると藍染の作務衣のような衣服だった。合い鍵を持っているのは実家の両親だけなのでこれは父が脱ぎ忘れていったものに違いなかった。でもなぜと私は考えた。私の部屋になんの連絡もなく親がやってくるようなことはこれまでに一度もなかった。パンと牛乳の簡単な朝食をとりながら両親訪問の理由を考えたがよくわからずケータイをダイヤルして実家に私は電話をかけた。が両親は不在であるのか誰も電話に出なかった。留守番電話にもつながらなかったので私は諦めた。
車のキーを片手にいつものとおり八時半きっかりに私は部屋を出た。

マンションを出ると空は快晴だった。近頃暖かくなりウールは少々つらくなったなと私は思う。明日からはもう綿に変えようかな。どうせ車での出勤だしオフィスに着いたら事務服に着替えるので衣服はまあなんでもいいといえばなんでもいいのだ。今朝脱衣かごの中に見つけたあの作務衣だって実質的にはなんの不都合もないのだった。
口笛を吹きながら私は黄色いフィットを走らせた。運転中いつも私はぼうっと考え事をしていることが多い。今日もまた昨日と同じCDの毒にも薬にもならないBGMを聞くともなしに聞きながら私は無意識そのもののようなカラッポの意識で車を転がした。
そのためかあろうことか私は会社の向かいの駐車場に車を入れるそのときまで起こっていた異変に気がつかずにいた。なにかが変だなくらいには無意識のうちに感じてはいたのだろうけれど。
タイムカードの打刻を兼ねたカードによる入場を果たしてまっすぐ経理課に向かいオフィスに入って私は驚いた。始業時間際の魔術師の異名をとるほどの飛び込み出社で知られるこの私が今日はなんと職場に一番のりのようだった。始業開始のベルまでまだあと十分ほどあったので私は給湯室で自分のために一杯分のコーヒーを入れて席につくとその香ばしい香りの中優雅な気分で自分のPCを立ち上げた。
するとデンコが登場した。リストラ後最初の朝でーすとデンコは言った。そしていつものように電気を大切にねと言い残すと画面の外に去った。昨日のお知らせについては今回も明らかにされなかった。それにしてもリストラとは一体なんのことだろう。誰かがリストラされたのだろうか。やはり昨日はその方の歓送会があったのかもしれない。もしやと私は思った。もしや課長が在宅勤務とかにシステムチェンジされちゃったとか?
そんなことを考えながらコーヒーを飲むうちに始業のベルが鳴ったのだけれどそれと同時に周囲を見回し私は息を飲んだ。
誰も出社していない。
今日は日曜日ではなかった。創立記念日でもない。今日がその他に考えられるいずれの休業日でもないその証拠には私のPC宛てに社内の各部署から電子メールによる伝票処理案件が殺到しているのを見ても明らかだった。その件数はとんでもないものだった。今日に限って全社全部署の全社員は実に優秀にして効率的にキチンと精算伝票をまわしてきていた。これは少しコトだぞ。とさすがにマイペースの私も少し慌てた。朝一番にこれだけの伝票を受けた以上課長との約束の四時までに少なくとも今受けている分だけの伝票は処理しなくてはならない。事務処理能力に自信のある私だったがさすがにこの量は歓迎できなかった。でも日頃うるさく各部署に早めの伝票起票を催促している身としてはこうなったら四の五のいわずにやり通すよりほかに道はなかった。私は集中した。お昼休み返上で事務処理に没頭した。途中で二回トイレに立ったそのときも頭の中では目まぐるしく数字がダンスしていた。七杯目のコーヒーを飲み終えてクタクタになった頃セットしたアラームが鳴り四時を知らせた。ここまでだ。朝一番に来ていた伝票はなんとか処理し終えていた。でも今日は一体なんという日なのだろう。社内からひっきりなしに伝票が届くのだった。片づけても片づけても終わらなかった。各部署の皆さんは今日に限ってそろって精算伝票の起票に励んだと思われる。帰りがけに宣伝課の同期のもとにより文句のひとつ愚痴のひとつでもこぼしてやろうかと考えたが止めにした。私の愚痴を聞かなくてはならない義務は彼女にはないのだ。私だったら同期のそんな愚痴につき合うのは死ぬほどイヤだから私もまた私のされてイヤなことを他者になすべきではなかった。そんなふうに常々思っている私をして少しは愚痴をこぼしたいと思わせるほどに今日は殺人的に密度の濃い業務をこなした一日だった。課長にメールでデータを送信してから私は八杯目のコーヒーを入れて椅子の背もたれに深く体を預けると久しぶりの充実感を噛み締めたのだった。

五時をまわったあたりで課長から承認のメールが届いた。

本日分のデータを確認しました。問題はありませんでした。お疲れ様でした。
いつになく件数が(削除)
デンコについて(削除)
明日もまた本日と同様四時にデータを送信してください。こうなってしまった以上管理者として(削除)

課長はやはり会社のPCを経由してメールを送信しているのだろうか発信元のアドレスが会社のPCになっているのを見て私は不在の課長席とそのアドレスを交互に見比べ首を捻った。今回のメールにもなにやら削除の箇所が目立ちこれも不思議なことだった。いつになく大量のデータを処理することになった私をねぎらおうとしたのではないかと思われる文言と昨日と同様デンコに関する文言が削除されているようなのが気になった。誰がどのような意図でメールを検閲してどのような意図で削除を遂行しているのだろうか。わからないことだらけだった。その点についての説明を求めたいと考えかつそれよりも昨日以来課のみんながオフィスに姿を見せないおそらくは私だけが知らないのであろうそのへんの事情を確認したいと考え私は課長に次のように返信をした。

お疲れ様です。明日の業務指示については了解いたしました。
業務とは無関係にお忙しいところすみませんが二三質問させていただいてよろしいでしょうか?
課長からのメールがところどころ削除されていて不明なのですが確認したいのは以下の二点です。
(1)デンコというキャラクターの使用により会社が私に伝えたいと思っていることは一体なにですか?
(2)本日経理課の私以外の全員が誰も職場に顔を見せなかったことについて私は少なからず当惑しているのですがこれはどうしてなのでしょうか?
不躾な業務以外の質問をすみません。お答えを頂戴できれば幸いでございます。
失礼いたします。

というようなことを書いて私は課長宛てに返信を送信した。

給湯室で本日のおそらくは最後の九杯目のコーヒーを淹れてから私が席に戻るとさすがに課長ですばやく私の問いに返信を送信してくださったようだ。私は課長からの受信メールを開く。

お疲れ様です。明日の業務については先の指示の通りよろしくお願いいたします。
頂戴いたしましたメールのところどころが削除されていて理解不能のためすみませんが経験上私に言えることは業務に関連づけた文面に(削除)
頂戴いたしましたメールを(削除)
〉お疲れ様です。明日の業務指示については了解いたしました。
業務とは無関係に(削除)課長からのメールがところどころ削除されていて不明なのですが(削除)
(1)(削除)
(2)(削除)
不躾な業務以外の(削除)
失礼いたします。
※と以上が頂戴いたしましたメールをコピー&ペーストしての返信となります。
どうやらデンコについては(削除)
本日経理課の職員があなたにとってそろって出社しなかったと思える理由は昨日デンコが突如新しいお知らせとして(削除)
というわけなので如何ともしがたくまたコミュニケーションがおそらくは意図的な妨害による(削除)
とはいえ現場の責任者として(削除)
ともかく明日も与えられた職分を常にも増した誠実さをもって遂行されんことを望みます。おそらくはこれもまた削除対象になるであろうとは思いつつも万一の可能性にすがっていっそ個人的に以下言わせてもらえるならば(削除)
というわけでして何卒よろしくお願いいたします。

との課長からの返信を読み終えてついに私も悟った。ナニゴトカガオキテイル。私が課長に送ったメールのところどころがどうやら課長から私へのメールの場合と同じく削除された状態で課長宛てに届いたようだった。私が書いたのは純粋な質問であって公序良俗に反することでも機密を漏洩することでもない。単なる個人的興味からの雑談にも似た質問だった。その部分が削除されている。考えられるのはこの検閲はやはり会社によるものではないかということだ。なぜなら課長よりのメールにも私からのメールにも相互にいえることだが業務に関する指示や報告は一切削除されることなくそのまま伝わっているからだ。会社は例えばデンコに関する世間話やあるいはいつになく大量のデータ処理をして大変だったねというような上司から部下へのねぎらいの言葉すなわち業務効率に直接資すらないようなやりとりを選んでカットしているのではないかと私はそんなふうに疑った。ムダを減らせと言われ続けてきた昨今だったがもしやついにはそれがエスカレートしてこんなふうに一切の雑談をムダとしてカットするというような血迷った管理に発展したのではなかろうかと私は考えた。
そして連想的に思った。ありえないことだとは思うがひょっとして経理課はまるごと全員が在宅勤務にでもシステムチェンジされたのではなかろうか。だから今日は誰もオフィスに顔を出さなかったのではないか。

4

経理課の業務はもともと他の部署のそれとは違って社員相互の連携が薄い。自分の仕事を黙々と遂行し上司の承認を得るというたいていはそのような仕事であったりする。だから会社が課の全員を在宅勤務としてかつメールによる承認システムに業務をシフトして交通費やその他の管理費をスリム化しようとしたということも考えられなくはなかった。でもだとしたらなぜ私にはそのような通達がなかったのだろうと私は不審に思った。そして気がついた。昨日のデンコからのお知らせはそれだったのではあるまいか。電気を大切にねという言葉が意味していたのはすなわち会社のPCや会社の照明なんかを自宅負担にすることでコストダウンをはかりましょうというそういう意味だったのではあるまいか。だとしてもと私は思った。仮にだとしても私にだけその在宅システムが適用されていないかに思えるメールを課長が私に送ってくるのはどうしてだろう。もしやと私は思った。電話番ではあるまいか。課内にひとりだけ例えば週ごとの当番制にでもして社員を常駐させようというような取り決めでもあったのではあるまいか。私が今週の当番であることをデンコは私を含めた課内の全員に通達したのだがたまたま運悪く昨日は私がトイレに立ったそのときに通達がまわってしまったため私だけが無知のまま取り残されてしまったのではあるまいかなどと私は考えてみた。それにしてもと私はまた思った。それならそれでその旨を電話で確認してくれるくらいのことがあってもよいだろうのにずいぶんと今回は杜撰な運営であるなと私は感じた。
でもそれならそれでまあいいやと私は続けて思った。もともと仕事以外の人間関係に煩わせられるのが嫌な私なのでそのようなシステムはある意味願ったり叶ったりであるともいえた。とにもかくにも本日私は私の職務を十二分にまっとうし会社の運営に貢献したのだから胸を張って帰宅すればそれでよいのだ。そして明日もまた四時までデスクで自分の業務にひたすら打ち込めばそれでいい。私は納得してPCの電源を落とすと誰もいない課内に失礼しまーすと小さな声で告げてヒラリとオフィスを後にした。

黄色い小部屋にこもって私はまた流れるBGMに心をまかせた。そんな二十分間ののちいや正確に言えば混雑がなかったためかいつもよりもずいぶんと早いおよそ十五分間ののち私は私のマンションに帰り着いたわけであるがなにか心の奥底に微妙にひっかかるものがありそれを感じた。それがなになのかそのときの私にはわからなかった。

アヒルにただいまと告げたとき私は奇妙な胸騒ぎを自分がおぼえていることを確信した。なにかが根本的に致命的におかしかった。不安な気持ちで私は実家のナンバーをダイヤルしようと携帯電話を開いた。とちょうど折りよくそのときケータイは私の実家からのメールを着信した。

何度も連絡を(削除)
デンコがテレビで(削除)
こちらに一律給付金受領のための申請書が行政より届いていますがその受け取りも兼ねてこちらに近いうちに立ち寄ることは可能ですか?
とはいってもそもそも(削除)
おとうさんにも昨夜から(削除)
おまえが無事で(削除)
私は不安で(削除)
電話を(削除)
体に十分(削除)
私はどうにかひとりで(削除)
給付金の申請書を郵送してもいいのだけれど、でも郵便屋さんが不在のこの世界からそちらの世界に書類を郵送することが果たして可能なのかどうか私にはわからないし、私がデンコの(削除)
(以下削除)

私は凍りついた。そして実家のナンバーをダイヤルしたがケータイからは呼び出し音が繰り返されるばかりだった。

私は思いの丈のありったけを長文のメールにこめて実家の母親宛てに送信した。

するとしばらく経ってから母親からの返信がきた。

削除というふうに書かれているところの(削除)
そのことを(削除)
(以下12506文字削除)
[デンコからの新しいお知らせです。本日より家族親戚友人隣人その他プライベートな関係相互間におけるメールのやりとりは全面的にこれを不許可といたします。この度の改変につきご不明な点はデンコが承りますので過日と同様以下の問い合わせ先までお手数ですがお問い合わせください。それでは電気を大切にね。デンコ]

そのメールを読み終えて私は突如として胸騒ぎの正体に気がついた。いつもボンヤリしがちな運転中の私の意識は見逃していたが私の無意識は決して見逃してはいなかった重大な異変に私はそれを思い出すというような形で今更ながら気がついたのであった。今日もまた帰宅時にすれ違った車は一台もなく見かけた人影もひとつもなかったのであった!

信じられないことだがもしかしてと私は考えた。考えるまでもないと考えてみてすぐにわかった。私はバネじかけのような勢いで立ち上がると弾かれたように夜の街へと飛び出した。

作り置きの冷凍ハンバーグと無人のコンビニのおかげで昨夜からの私はかなり限定的な食生活を送っていたといえる。誰にも会わなかった。昼食も抜いて職場のコーヒーをガブ飲みしていただけだし。やはり誰にも会わなかった。暖かくなりそろそろウールを綿に変えようかなんて思いながらもマイカー通勤の気軽さで新しい服を買いにでかけるということも先延ばしにして考えていた。職場もマンションもカードキーによるエントリーだし職場である経理課は独立した小さな一室だったりする。通勤に電車やバスを使っていればまた別だったのだろうけれど私は給油も日頃から無人のセルフスタンドを利用するし、母からのメールにデンコからの新しいお知らせが割り込んでこなければひょっとしたらもう二三日私だけカヤの外で過ごしたかもしれなかったくらいだ。

街に人影はなかった。でもファミリーレストランは煌々とネオンを灯していたしオフィスビルの灯りも通常どおりに点灯していた。勿体ないと私は思った。なにが電気を大切にねだとデンコに文句を言いたかった。私の想像が正しければ今この町には私以外の誰もいないのだ。なのにアチコチの電気が点けっぱなしなのはムダではないかと私は思った。信号だって青一色の点灯でことたりるはずだ。私の想像が正しければの話だが。私は私の想像を確認すべく目の前のファミリーレストランに入った。ドアを開けるとピンポロリンといういつものチャイムに加えて電子音声がいらっしゃいませと告げた。いらっしゃいませデニーズにようこそ。私は客席を見渡すが客はひとりもいなかった。私は眉をひそめたままヅカヅカと厨房に侵入した。そこにも誰もいなかった。厨房の中央には見たこともない電子レンジの親分のようなマシンが鎮座していたがそれだけだった。焼き場にも洗い場にも調理や後片付けの形跡はなかった。
私は客席にもどりながら考えた。どうやら誰もいなくなったようだ。ならばと私は考えた。ならばなのになぜファミリーレストランは営業しているのだろうか。そう考えたとき私のお腹が鳴った。夕飯の時刻の到来を腹時計は告げたのだった。
私の耳に電子音声が聞こえた。どうぞお好きな席にお座りください。
多少の好奇心も手伝って私は言われるがままに適当な席に着席した。着席したと同時にテーブル脇のテレビモニタの電源が入りそこに文字が表示された。

デニーズにようこそ。
下記のメニューのうちお好みの商品の商品番号を画面の指示に従って正しく入力してください。

automationと私は思った。モニターのメニュー画面で文字通りメニューを選ばせるというそんなシステムは近頃の居酒屋等においても急速に普及しだしていた。私は真鯛のグリルとコーヒーを選んだ。コーヒーはいつお持ちしますかと画面が訊いてきたので私は食後というボタンを選択した。
真鯛を一体誰がグリルするのかと私は好奇心に駆られて席を立ち再び調理場を覗きに行った。
調理場にはやはり誰もいなかった。中央に置かれた巨大な電子レンジは音もなく静かにしかしどうやら稼働しているようだった。私は想像した。きっとこの中で真鯛が調理されているのだろう。でもどうやってと私は訝った。料理の素材は誰により選択されどこから運ばれどのようにマシンに入れられたのか。私は首を捻りながら自分の席に戻る。そうだと私は別のあることに気がつく。できた料理は一体誰が私の席まで運ぶのだろう。ウェイトレスさんに相当する何者かが現れるのだろうか。そう思うとなんだか恐ろしい気分になった。よく考えてみれば平然と夕食を食べている場合じゃないのではないか。おかあさんは今どこにいるのだろう。課長は私にどこからメールを打ってきたのだろう。課長に電話をしようと思いたち電話は繋がらないと課長がメールに書いていたことを思い出す。メールを書いても肝心なところは全て削除されてしまうことはもうわかっていた。逆に業務連絡や行政に関わるような公的連絡事項は削除されずに伝わるのは一体なぜなのだろう。やはり事態の裏には行政があるのだろうか。あるのだろうなと私は思う。これは中央による決定なのだろうか。地方行政によるものならば週末車を走らせてどこか他の地方に出かけてみればいい。と考えてから私は思った。律儀に週末を待つべきだろうか。これは緊急事態のはずである。パニックが起こってしかるべき状況であると思う。なのにパニックが起こらないのは想像だけれどおそらくは人々がバラバラに隔離されてしまっているからであろう。そしてなんというかこの異常な事態があまりにも淡々と当たり前のように例えばデンコというあのオトボケキャラにより脱力的に告知されていたりするために私たちは私たちの日常の習慣を取りあえずの曖昧さでずるずると続けてしまっていたりするのかもしれない。そのうちしかるべき告知が与えられるだろうからと想像し現状が痛くもかゆくもないのならともかくそれを待つしか道はないのだとそう考える。待つより他はないのなら待つのみだし待つにしても状況がわからないのなら取りあえず日常のことをしてヒマを潰すことこそ精神衛生の上でも得策なのであろう。考えてみれば今まで生きてきた人生という名の日々だって似たようなものだったのかもしれない。いつかは死んでしまうという不条理のただ中をその意味もわからぬまま生きていかなくてはならず、だからといって神様がその疑問に答えてくれるわけでもなく、ともかく仕事をしたりレジャーをしたり喧嘩や恋や子育てなんかをしながら来たるべき日の来るまでひたすらに時間を潰すというそれが人間というものではなかったか。

5

なんて哲学をしていると直後に私の目の前でとんでもないことが起こりそして私は我が目を疑った。
テーブルの表面がかすかに震えた。続いて白いテーブルのそのある一部分が熱を持ったかのように淡くピンクに染まった。自然と私はそこに目を凝らした。すると最初は淡くぼんやりとしかし徐々にはっきりと明確にそこに真鯛のグリルが現れたのだった。物質化という言葉が頭に浮かんだ。まさしくそんな印象だった。淡くピンクに染まった部分の周辺の空気がなんとなくチリチリと細かく歪んだように感じられたその直後から真鯛のグリルはじわじわと立体コピー機で再現したような正確な比率でそこに登場し始めたのである。これには私も驚いた。人類の科学というやつは私の知らないうちになんとここまで来ていたのかと私は感動さえ覚えた。もっとも科学的な進歩というものはおしなべてそういったものであるのかもしれない。例えば立体コピー機の登場なんてひと昔前の常識からすればまるで魔法のようなものだけど、でも飛行機を知らなかった時代の人類にとって飛行機は魔法のようであっただろうし、テレビが発明される前の人類からすれば映像の伝送なんて魔法そのものであったことだろう。さらに続けて私は思った。携帯電話が通話を実現させているその仕組みだって私にはさっぱりわかっていないけれど、ともかく携帯電話は線も繋がっていないのに音声や映像を伝送するわけで、ならば同じように料理のコピーが伝送されるような仕組みがあったとしてもそれはそれでそうとりわけ不思議なことではないのかもしれない。問題は食べられるかどうかだと私は考えた。子羊のクローンは立派に食べられる、なんて言ったらかわいそうだけど、でもそうではないか。命の複製ができるなら食品の複製だってできるだろう。そしてそれを一旦データにして電送ししかるのちにそのデータを再び解凍して物質化させる、なんていうふうに考えてみるとそれはなんとなく可能なことのようにも思われた。
アレコレ考えたところで結論は出ないしお腹も減っていたので取り合えず私は目の前の真鯛に手を伸ばした。我々人類がなんのために生きていてなんのために死んでしまうのかなんて考えたところで結論は出ないしお腹も減るのでまあ取り合えずご飯でも、となるのにこれは似ているなと私はそう思った。
真鯛のグリルは悪くなかった。少なくとも立体コピーの偽物であるとは感じなかった。ホンモノの鯛料理であると私には思えた。私が料理を食べ終わる頃モニターにはコーヒーをお持ちしますかと尋ねる確認メッセージが表示された。私はボタンでイエスを選んだ。するとまもなくテーブルのしかるべき場所がピンクに染まりチリチリと空気を振るわせる振動のような気配が伝わってきたのちカップソーサーが現れカップが現れカップの中に香ばしい香とともにコーヒーが現れた。慣れというものは恐ろしいもので二度目のそれを私は初回を見たときほどの驚愕を感じることもなく割と当たり前のことのように受け止めた。食後のコーヒーを私は落ち着いた気持ちで味わうことができた。
しばらくするとモニターにまたメッセージが現れた。追加のご注文はございませんかとメッセージは尋ねた。ないと私は応えた。まもなくモニターにお会計は千七百円になりますと表示されたので私は財布を開いて千円札を二枚取り出してテーブルに置いた。すると紙幣を置いたテーブルのその箇所が今度はブルーに染まった。そしてまるでテーブルマジックのように二枚の紙幣は消えた。そのわずか五秒後にテーブルの同じ場所がピンクの光を帯びたかと思うとそこにはお釣りとして百円玉が三枚現れた。私は百円玉を手に取り眺めてみたがそれはホンモノのように見えたのでそれを財布にしまった。モニターは音声で有難うごさいましたと告げた。そして続けて音声はデニーズのまたのご利用をお待ちしておりますと告げた。
昨夜のコンビニでの買い物と基本的には同じだった。コンビニの会計マシンに比べてファミレスの調理マシンおよび料理や代金の伝送システムははるかに高度で私はそのことに驚かされたがでもそれはただ単純にautomation化の方向がさらに一歩進んだということを意味しているだけで商取引がストレスなく交わされる爽快感にも似た利便性と合理性を感じたという点ではコンビニのそれとまったく変わらなかった。
便利な世の中になったものだと私は思った。ただひとつの問題点はそれを享受する人間がおそらくはこの世界において私ただひとりであろうというその点だけだった。この世界とはなにかとチラリと考えたら私は軽い吐き気を覚えた。
あせってなにかを考えてみたところでこんな場合はどうにもならないということを私はこれまでの人生の端々でよく知っていたのでだからひとまずはなにも考えず欠伸をひとつして手足をぶらぶらさせながら家路についた。通りには誰もいなかった。でもオフィスビルの窓には煌々と灯りがついていた。飲食店の看板のネオンもひょっとしたら私ひとりに向けて勿体ないくらいに瞬いていた。デンコはなにをしているのだろうとデンコを問い詰めたい気分に私は駆られた。まるっきり電気のムダ遣いではないかと私は思った。
マンションにたどり着いて私はエレベーターで上昇しながらいつものようにぼんやりととりとめもなく様々なことに思いをはせた。明日はいつものように出社すべきだろうかとか私の親に連絡する方法はなにかあるだろうかとか月末になったら今月もまた私の口座にはちゃんと給料が振り込まれるのだろうかとかそういうことを私は考えた。私の住む階にエレベーターが到着してもそれらの問いに対してはなんらのちゃんとした答えも出なかったので私はあきらめてバッグの中から部屋のカードキーを取り出し玄関を開けいつものとおりautomaticな癖でアヒルのぬいぐるみにただいまと告げた。
アヒルはいつものとおり無言だったので私はアヒルの声で私におかえりといつものように元気に告げた。
ケータイで念のため親の番号をコールしたが電話は不通だった。とすれば明日の朝までに私のやることまたはやれることはなにもないのではないかと私は考えた。明日になったらいつものとおり出社して四時までいつもの業務を続けてからその成果を課長に報告し毒にも薬にもならない課長の承認を受けてのち再びこの部屋に黄色い愛車で帰宅するというそれだけのことだ。不毛であるなと思ったら体がなぜだか痒くなり私は風呂場に行って湯を張った。風呂に入ってまずはぐっすり眠ってしまおうと私は思った。これまでもずっとそうであったようにわけもわからず暫定的に入浴し暫定的に歯を磨き暫定的に布団を被って寝てしまおうと私は思った。そうすれば夜の闇は自動的に朝の光を運んでくれるし朝になったら元気よくアヒルにおはようと挨拶して出社すればそれで一日なんとかなるのだと私は改めてそう思った。なので私は脱衣場に向かい服を脱ぎ鏡に向かって意味もなくニッと笑うと浴室のドアを開けた。
ぼうっとしながらシャンプーを終えて目を開けるとそこはいつもの私のバスルームでそんないつもと寸分違わぬ光景は私に現在私および私の世界に起こっているとんでもない状況を束の間の夢かまたは私の個人的妄想であるかのように思わせた。
でもそれが妄想などではないことを浴室を出て洗濯機の中と脱衣かごの中を見て私は理解した。洗濯機の中には入浴前に脱ぎ捨てた私の衣服があった。私はいつも入浴前に洗濯機にその日に着ていた衣服を入れてから入浴する習慣がある。入浴後に洗濯機を回して仕上がった衣類を浴室乾燥機にかけるためだ。洗濯機の中には確かに私の衣類があったのだが不思議なことにその衣類は私の見ているその前でブルーの光を帯びたかと思うとファミレスでの支払いと同様あっという間に姿を消した。変わって脱衣かごの中にはピンクの光が現れた。見ているそばからそこには藍色のなにかが物質化した。よく見るとそれは藍染の作務衣のようだった。父が忘れていったのではないかと私が考えたあの作務衣と同じもののようだった。ピンクの光が完全におさまるのを待ってから私は作務衣を手にとり広げてみた。確かにあの作務衣だった。洗濯機に目をやれば中はからっぽだ。察するにどうやらこの作務衣は私の衣服として与えられたもののように思えたので私はおそるおそる作務衣に袖を通してみた。
着心地は悪くなくサイズも私にピッタリだったので少し迷いながらもというか半分は無意識のうちに私はそれを着た。洗濯機を回す必要がなくなってしまったので私は歯ブラシをくわえてリビングに戻った。歯を磨きながら眺めようとつけたテレビには映画番組が映った。チャンネルを変えるとそこでも映画が放送されていた。さらに別のチャンネルを順に試してみたところ本日のこの時間に放送されているのは映画かドラマかアニメ番組ばかりだった。私は首を捻ってテレビを消して歯磨きを終えて洗面所に戻ってうがいをした。
鏡に映った私はまるで陶芸家か書家のようだった。似合ってなくもないと私は思った。
リビングのソファーに座って私はさてと考えた。さてとなにをどのようにしたらよいのだろうか。考えがどうにもまとまらなかったので私は家計簿を開きそのメモ欄にこれまで起こった出来事とその関連性を順に書き出し整理してみることにした。

(1)会社でデータの整理をしているとデンコが現れて新しいお知らせを告げようとした。
(2)新しいお知らせを私は知ることができなかった。
(3)経理課のみんなが消えた。
(4)でも課長から仕事の指示のメールは来た。
(5)メールでの連絡は相互に可能だが電話でコミュニケーションをとることはできなくなった。
(6)メールによる連絡においても業務や行政に関わる連絡などの公的なもの以外のすなわち私的な内容はいちいち検閲され削除されるようだ。
(7)デンコからの追加のお知らせに伴い家族友人隣人間等の私的な連絡は全面的に不可能になった。
(8)母からのメールにこの世界あの世界というような世界を区分けするような文言が見られた。
(9)街には私以外の人間が見あたらなくなった。
(10)コンビニもファミレスも無人化していた。
(11)無人化に伴い伝送システムは常識外の飛躍を見せた。
(12)衣類として藍染の作務衣が支給されるようになった。

6

とそこまでのリストアップを終えて私は考えた。列記した十二項目のうち私にとって不都合なことはどれだろうと私は考えたのだった。考えてみると不都合なことはなにもなかった。もともとおしゃれに興味もない私にとって作務衣が供給されることはむしろ喜ばしかったし飲食店での食事やコンビニでの買い出しがautomation化したことも店員やレジアルバイトのいい加減さにストレスを覚えることもなくなるという点で歓迎すべきことだった。仕事はもともと個人的な事務処理をメインにするものだったし煩わしい人間関係にイライラさせられることも私的な愚痴や感情論に付き合わされて時間をロスすることもなくオフィシャルな要件だけをメールにて効率的にやりとりできるということは私にとって苦痛どころか待望の事態であったといえる。親も別の世界で健康に暮らしてくれてさえいればアレコレ細かく詮索されることもなくこれはこれで平和な状況であるようにも私には思えた。また仮に街に私しかいないのだとすればそれはつまり通勤などの際のあらゆる混雑もまたないということを意味しているわけでこれはこれである意味結構な状況である。寂しいことは寂しいが寂しい思いをしているのは課長からのメールや母からのメールを総合して考えるにどうやら私だけではないようだしそれならそれはやむを得ないのではないかと私は考えた。群集の中の孤立は耐えられない孤独だが純然たる孤独は慣れてしまえば忘れてしまえる孤独であるということだ。つまり事態は私にとって比較的好意的にシフトしたといえそうだった。
でもそのような打算とは別にこのような事態の原因と目的についてを私も一応は知りたいとそう思った。整理してみると一目でわかったことだがその鍵を握るのはつまりデンコなのであった。ことのそもそもの始まりがデンコによる新しいお知らせにあったであろうことは容易に想像できた。デンコからの第一報を知り損ねたそのために私だけが事態についてその他の人々に比べてとりわけ無知であったのであろうと今となってはそう思われた。だとすれば簡単なことだと私は私の迷いに実に論理的に結論を出すことができた。
デンコに訊けばよいのだった。デンコはデンコからのお知らせの第二報を母からのメールに割り込ませたあのときたしか疑問や苦情を受け付けるための問い合わせ先をキチンと明示していったのではなかったか。
私は母からのメールの履歴を参照した。するとそこには確かに問い合わせ先としてデンコのメールアドレスの記載があった。こんな状況なので問い合わせはとんでもない混雑を極めているだろうなどと想像しながらだから返信がもらえるのはかなり先のことになってもしかたがないなと覚悟などもしつつ私はその問い合わせ先に以下のようなメールを送ってみることにした。

デンコさんへ

なぜこんなことになったのか原因を教えてください。
こんなふうにした目的もできたら教えてください。

それから大変失礼な質問なのですがあなたは誰ですか?


訊きたいことはたくさんあるように思えたが書き出してみると要はそれだけだった。
親のことや仕事のことや給料のことなどそのような具体的かつ個別的なことはいずれも先の質問への回答をふまえた上で新たに質問するべきことだった。事務処理能力に自信のある私の判断によればまずは総論そして各論の順に検討していくことが効率的なのだ。それにおそらくはたくさんの効率の悪い質問責めですでにテンテコマイしているであろう問い合わせ担当者に一度に多くを尋ねることはあまりに無謀であると私には思えた。三日は返事を待つ覚悟で私は上記の質問を送信した。
が予想に反してリアクションは実に素早かった。おそるべしデンコ一味と私は思った。

デンコです。
いつも電気を大切に使ってくれてどうもありがとう!
質問に回答するので下のアイコンをクリックしてね。
これからも電気を大切にね!
デンコ

アイコンはデンコの顔だった。これをクリックするとおそらくは専用のホームページにでも飛ばされてそこにあるQ&Aみたいな項目かなにかをまずは読まされることになるのであろうと私はそう考えた。ならば最初からメアドではなくてホムペのURLでも貼り付けておいてくれればよかったのにと私は思った。でもあるいは先方は質問者のメアドを特定したかったのかもしれないなどと考えつつ私はおもむろにデンコのアイコンをクリックした。
クリックして三秒待ったが画面にはなんの変化も現れなかったので私はもう一度デンコの顔をクリックした。
するとリビングの隣の寝室でカサリと小さな物音がしたかと思うと閉められていた寝室とリビングの間の引き戸を開けてなんとデンコが現れた。
「続けざまにクリックなんかしちゃってもう、電気を大切にね?」とデンコは言って私に向かってニッコリ笑った。
私は言葉もなくマジマジとデンコを見つめた。顔も体もいつものあのデンコだった。3Dアニメーションのようだった。どこから投影されているのだろう。この部屋には私の知らないうちに実に様々なハイテク装置が仕掛けられていたようだった。
「質問に答えるわね」とデンコは言った。見慣れた笑顔でそう言った。「でもまあせっかくだからお茶でも飲みながらゆっくり話さない?」
「お茶を飲む?」と呆けたように私は自問した。デンコに向かって言ったのではない。会話が成立しうる他者だと認識するにはあまりにデンコはアニメチックに過ぎたのだ。
「いつも事務的な会話ばかりでイヤになっちゃうでしょう?」とデンコは言って目を細めた。「だからあたしと二人で話すときくらいはまあ気楽にやりましょうよ?」
そう言うとデンコはこちらにやってきてダイニングテーブルの一角にフワリとした動作で腰掛けた。
私も無意識的にその向かいに腰を下ろした。
「コーヒーでいいかしら?」とデンコが私に訊いた。
私は曖昧に頷いた。
デンコは左斜め前方四十五度くらいの中空に向かって声を張り上げた。「ツーホットお願いしまーす。ひとつはミルクと砂糖大増量でよろしくでーす」
我が家のダイニングテーブルの一部がピンクに染まった。やがてそこにコーヒーが出現するのを私は酔い覚めのような白々とした気分で黙って眺めた。
カチャカチャと無邪気な音をたててコーヒーをかき混ぜながらデンコは私を見てなにが嬉しいのかウフフと笑った。
ウフフと思わず私もほほえみ返してしまった。デンコのほほえみはそれほどに罪がないのであった。
「さて」とデンコは言った。「なにから話しましょうか」
そう言われると私も困った。まさかデンコ本人がこうして現れるだなんて思ってもみなかったためなによりもまず目の前のこの状況について説明を求めたいのだが目の前で当たり前のようにくつろぐデンコを見るとなにをどう質問してよいのか私にはわからなかった。なので口をついて出たのはこんな言葉だった。「あなたは誰なの?」
「デンコでーす!」と予想すればすぐにわかったであろうお決まりの答えが元気に明るく返ってきてしまった。
「電気を大切にね」と続けてデンコは付け加えた。さすがにマスコットだけのことはあっていかなる場面においてもキャッチコピーはぬかりなく唱えるようだった。
そんなことに私が感心しているとデンコはワクワクした瞳で私を見てさらなる質問を促した。
「えっと」と言葉をさがしながら私は言った。「なんでこういうことになったのかしら」
「リストラです」とデンコはキッパリと答えた。
私は混乱しながらコーヒーを口に運ぶ。よい豆を使っているようだ。香が素晴らしいと私は思った。
「リストラって」とカップをテーブルに戻しながら私は質問を再開する。「誰のリストラ?」
デンコはミルクと砂糖をたっぷり溶かし込んだ自分のカップを幼児のように拙く両手でつかみズズズと恐ろしく不用心にして無邪気な音をたててそれをすするとアニメチックな目をパチパチと擬音が弾けるような勢いで瞬かせながらこう答えた。「人間の皆さんの」
私は黙ってデンコの目を見る。デンコはなにを思ったのかテヘヘとアニメチックに笑って頭を掻いた。
時計の秒針がこれは夢ではないと私に語りかけてくる。そうなのだと私は思った。夢ではない。これが夢なら生まれてから今日まで生きてきた私の人生の全てもまた夢であろうと私は思った。
「リストラされた人たちは今どこにいるの?」と私は尋ねた。
「アチコチに」とデンコは答えた。
「アチコチ?」と私。
「ここではないアチコチ」とデンコ。
私はカマをかけるように尋ねてみる。「一人一人に一つずつの世界が割り当てられてる」と言って私はチラリとデンコを見た。「なあんてそんなわけないわよねえ」
「そうよ」と表情を盗み見るまでもなく実にあっさりとアッケラカンと私の台詞に被せるように間髪置かずにデンコは答えた。「このコーヒーがあたしのものでそのコーヒーがあなたのものなのと同じよ?」
私はコーヒーを一気に飲み干した。
「おかわりいかがですかあ?」とデンコが元気よく尋ねるのに私は力なく頷いた。
ピンク色とともに出現した二杯目のコーヒーを飲みながら私は半ば自問のように呟いた。「なんでそんなことになったのかしら?」
「もういらなくなったから」とデンコは短く答えた。
「なにが?」と私。
「あなたたち人間が」とデンコ。
「誰にとって?」と少し語気を強めて私は尋ねる。
「あたしにとって」とそう答えるとデンコはまたパチクリとわざとらしいくらいの激しさでまばたきをしてからさすがにアニメと思わせる逆への字をしたかわいい口元でコーヒーをズズズとすすった。
「それじゃあ、あなたは」と私は訊いた。「人間をこれまで利用してきたというわけ?」
「そうよ」とデンコ。
「なんのために?」と私。
「あたしのために」とデンコ。
「どういうふうに」と私は核心の一角に切り込む。「人間を利用してきたの?」
「発電かな」とデンコはかわいい目を宙に向けて答える。「人間が発電した電気を利用しながらあたしは世界を作ってきたのよ」
「世界を作る?」と疑問がそのまま声になった。「世界ってなによ?」
「世界は世界よ」とデンコは答える。「この世界やあの世界。すなわち認識のフィールドよ」
かわいい顔をしているくせにどうやらデンコは相当な知恵ものらしいと私は直感した。
「世界ってのは二つの極の組み合わせでできてるのよ。なんて言うまでもないことだけど」とデンコは続けた。なので私の次の質問にはプライドを棄てる小さな勇気が必要だった。
「言うまでもないことをさらに言わせて悪いんだけど」と私は勇気を出して尋ねた。「その二つの極ってなによ?」
デンコは心底驚いたような表情をした。目の上下には縦万線が入って巨大な汗が頬に浮かんだ。のみならずご丁寧にデンコの頭の上にはガーンという描き文字と!? という記号が浮かんだ。
私は消え入りたいほどに自分のバカさ加減を恥じながらそれでももう一度勇気を出してデンコに尋ねた。「教えてください。二つの極ってなんですか?」
「あんたもしかして」とデンコは口調まで変えて私をバカにしたように見るとこう続けた。「NHKとフジテレビだなんてそんなダジャレを期待してるんじゃないでしょうねー!」
「めっそうもございません」と私はデンコにつられてややコミカルな口調になって応えた。「私はバカだからわからないのです。北極と南極かな、なんてちょっと思っちゃいました」
「なんだ」とデンコは椅子に深く腰掛け直してから私に言った。「わかってんじゃないの」
どこまでが本気でどこからが冗談なのだろうかと私はデンコの顔をマジマジと見つめた。
するとデンコは言った。「ちょっとあんたこのウチ灰皿ある?」
そう言いながらデンコはポケットをまさぐり中からhi-liteの箱を取り出した。

7

公共のマスコットキャラクターがタバコなんてしかも多少マニアックにhi-liteなんて吸ってもいいのかと公共広告機構に訴えたい気分だったがさっきからの会話の流れはいくぶんか私に不利に流れていたようだし唯一のキーパーソンであるデンコの機嫌を損ねてしまっても困るので私は台所からかつてはジャムの入っていた広口の空きビンを持ってきてデンコの前に差し出した。
「悪いわね」といくらか態度を軟化させてデンコは応えた。「で、どこまで話したかしら」
「二つの極とはなんなのかというあたりまで」と私は応えた。
デンコは黙って私をじっと見た。そしてこれもまたポケットから取り出した百円ライターでhi-liteに火を点けるとアニメキャラクターらしく目を線にしてプハァと煙を吐き出した。煙といってもそれは並んだドーナツのようにかわいらしくアニメタッチなシロモノで実に罪なくのどかに見えた。その煙を眺めながら私はふと考えた。デンコもいつも笑顔でキャッチコピーを唱え続けてはいるがそれはそれで実はかなりストレスのたまる仕事なのかもしれない。だとしたら公共広告機構に訴えるのはかわいそうかもしれないと私は思い直した。
するとその思いが伝わったわけでもないだろうけれどデンコは少し優しい声で私をなだめるようにこう言った。「どうやらあんたってホントになんにもわかってないみたいね」
「はい」と私は小さな声で応えた。
「いいわ」とデンコは言った。「しかたないわね。イチからあたしが教えたげる」
世界をかたちづくる二つの要因と題したデンコの講義はこのようにして始まった。デンコがレクチャーするその様子はまるでNHKの教育番組のようだなと私は思った。
「極っていうのは当たり前だけど」とデンコは語った。「と-よ。わかるでしょ?」
「電極のことでしたか?」と私は確認する。
「それも含めて」とデンコは説明する。「+と-。北極と南極。右と左。作用と反作用。肯定と否定。全てはこの二極の織りなすタペストリーなわけ」
確かにデンコは賢いようだと私は緊張して少し身構えた。
「いまさら説明するのもなんだけど」とデンコは続けた。「全ては+と-の二極の掛け合わせにおいて成り立っているわけよ、世界もあんたもこのコーヒーカップもね?」
そう言ってデンコは逆への字の口でコーヒーをすすった。
デンコったらノンキなその顔に似合わない実に難しい話をするもんだと私は驚いた。
「+は+と出会って+のままだけど-は-と出会って+になるのよ」とデンコは続けた。
ポジティブを装う営業部長はポジティブを装うお得意先と宴会をしてそういえばポジティブに盛り上がっていたようだなと私は思い出した。しかるにネガティブに愚痴る宣伝部の同期は私にネガティブな相槌を求めては気分を晴らしていたようでもある。デンコの語る+と-の話は私にそんなことをイメージさせた。
「+は-を避けるわね」とデンコ。「+と-を掛け合わせたらその場は-になっちゃうからよ」
どうりで営業部長は口うるさい私の追及から蝶々のように逃げ回っていたわけだと私は納得した。
「でもね」とデンコ。「世界には-の電気ももちろん必要なわけよ。だから-の電気を発電するためには+と-の葛藤は是非とも必要なわけ」
だからあの厚顔無恥な営業部長に私はイライラし続けなくてはならなかったというのだろうか。
「あたしはそんなふうにして人間どうしが関わることで発電された電気を収集して世界を工作してきたのよ」とデンコは説明する。「発電に人間を使うようになってざっと五万年くらいね」
デンコって何歳なんだろうと私は思う。見た目は私と同じくらいなのにデンコは実は私よりはるかに目上の方だったというわけだ。
「犬や猫や植物やドアノブだって帯電するし葛藤や調和によって-や+を発電するのよ、そりゃもちろん」と言ってデンコはにっこりと笑う。
黄色いフィットのドアノブに触ってビリリときた冬の日を私は振り返る。
「でも人間の発電能力はズバ抜けて高いわけ」とデンコは続けた。「人間ってのは戦争大好きだもんね?」そうだったのかと私は思った。人類の歴史において飽きることもなくなぜ不毛なる戦争が繰り返されるのだろうと思っていたけれどそうだったのか、発電のためだったんだ。
「仲良く平和に+の電気ばっかり発電されたら世界の電磁的バランスは崩れてそしたら北極も南極もなくなっちゃうわけ。だからたまには戦争も起こさなくっちゃ、ね?」とデンコは言ってから私の目を見て無邪気に目を丸くしたかと思うと早口でこう続けた。「クッキーってあたし好きよ?」
戦争とクッキーがどう繋がるのか私には理解できなかったので私はデンコに緊張しながら尋ねた。「クッキーが好きだとどうなるの?」
「やあねえ」とデンコは笑った。「クッキーを食べたくなるに決まってるじゃない?」
デンコはクッキーをねだっているのだった。
私は立ち上がってキッチンラックに歩みよりそれを開いて中を覗いてみたのだが残念なことにクッキーはなかったのでデンコがワクワクして待つテーブルにビスケットの小箱を手に引き返しデンコにできるだけ申し訳なさそうにこう告げた。「ビスケットしかなかったの」
「いいわよ」とデンコは言った。「あたしってば今ビスケットに対してだって+の気分だから」
そう言うとデンコは子供のように急いで小箱を開けてビスケットをつまみ出し目を線にして実に美味しそうにそれを食べた。「あたしも+、ビスケットも+、+と+で新しい+の電気を発電したわー」
ビスケットを頬張るデンコを見ながら私は尋ねる。「電気がなくなるとどうなるの?」
聞き方がまずかったのかもしれない。デンコはまた顔に縦万線を浮かべてその頭上にはガーン! と文字を浮かべた。「あんた、平気な顔してオソロシイこと言うのね」
「そんなにオソロシイことなの?」
「考えるだに身の毛も静電気を帯びちゃうわ」と言ってデンコは凍えたように身を縮めた。
「電気がなくなるとどうなるの?」と私は尋ねた。
「あたしが困るのよ」とデンコは答えて眉を八の時にした。
「あなたは女王蜂で」と私は意地悪を言った。「人間は働き蜂ってわけね?」
私がそう言うとデンコはフフンと鼻を鳴らしてから、合格発表の掲示板に自分の受験番号を発見した受験生のごとく晴れ晴れとした口調でこう返した。「でもね、もう大丈夫なの。人間に発電を頼っていたのも今は昔のお話よ!」
憎らしいほど嬉しそうにニパニパ笑ってそう言うデンコは妙にかわいらしかった。
「あんたのような人間のおかげで」とデンコは好意的な眼差しで私を見つめてこう続けた。「この世界の電気的なシステムはついに完成したのよ!」
もう少し詳しい説明を求めたいと思って私はデンコにビスケットをすすめた。「ビスケットをもう一枚噛み砕きながらついでにその話ももう少し噛み砕いてくれない?」
「いいわよ」と言って笑うとデンコは新しいビスケットをつまんでこう続けた。「電気には上等な電気と粗雑な電気があるわけよ」
食べながら話したせいかデンコはビスケットを喉につまらせてそこで軽くむせた。
私はコーヒーをデンコにすすめる。
「ありがと」と言ってデンコはまんまるの目からはみ出た涙を手で拭ってまた話しはじめた。「あんた、車になに入れてんの?」
「ガソリンよ」なぜ車の話になるのかと私は訝りながら答える。「いつかは電気自動車に乗り換えたいと、もちろん強くそう思ってはいるけど」
私がお世辞をいうのはオスのミケ猫くらいに珍しい。
「いい心掛けね」とデンコは案の定上機嫌で応えた。「でも今あたしがあんたに訊いたのはガソリンのオクタン価に関することなのよ」
オクタン価ってなんだっけと私は思う。
「ハイオク入れてんの?」とデンコ。
そういうことかと私は応える。「レギュラーよ」
「なんで?」
「ハイオクは値段が高いからよ」
「でしょう?」とデンコは言って眉をつり上げた。「そういうことよ」
どういうことかわからなかったので私は黙ったままデンコを見た。
「つまりね」とデンコは説明してくれた。「ガソリンにも良質のガソリンと粗悪なガソリンがあるように電気にも上等で質の高い電気とそうでない電気があるのよ」
高校の物理でそんなことを習ったような気もするがよくわからないので私は尋ねた。「その違いは?」
「放電された電気はレギュラーで、蓄電された電気がハイオクよ」とデンコは答えてから私を指差して続けた。「あなたの電気はズバリ、ハイオク!」
「はい?」と私は二の句がつげない。
「あんたみたいなタイプは発電したままの高純度の電気を空気中に放電することもなく大事に内にためこんでるもんだから」とニコニコ笑ってデンコは続けた。「あたしにとっては好都合なわけよ」
「好都合?」
「良質の電気を回収できるわけ」
「回収?」
「そうよ」とデンコはすました顔で応える。「毎晩ね」
「毎晩?」
「うん」とデンコ。「あんたが眠ってるうちにね」
知らなかったなと私は思った。いいことも悪いことも一晩眠れば軽くなるというのはそうした理由によるものであったか。眠っている私のその夢の底からデンコがホースを握って現れて私の頭の中からチュウチュウと電気を吸い取っているそんな様子を私は想像してみた。
「ねえ、あんた」とぼんやり空想にふけっていた私にデンコは言った。「好きな人いるの?」
「え?」と突然の質問に私は驚いた。「好きな人?」
「彼氏がいないのはこの部屋の様子を見ればまあだいたいわかるけど」とデンコはあたりをキョロキョロと見回しながら憎らしいことを言った。「憧れてる人とかはいるんでしょ?」
と言われて私が思い出したのは営業部の清水くんだった。大卒入社の清水くんは私の四年後輩だけど私と同じ歳だ。グレーの細かなチェックのスーツにサックスブルーのネクタイをした彼が外回りから帰社すると途端に社内に違う風が吹くのよだなんて、営業時代の私はよく宣伝部の同期に話していたものだ。経理課に私がうつってからその姿を見ることは稀になってしまったけれど、ときどき昼休みに仲間と街を行く彼を見て私はドキドキしていたりもしているのだった。
「やっぱりね」とデンコが言った。「いるんでしょ、あんたみたいなタイプには絶対いるのよ、片思いの相手が、年甲斐もなく」
年甲斐もなくだけ余計だと思い私はデンコを睨み、ついでに手を伸ばしてそのやわらかそうなホッペを軽くつねってやった。
びえとかデンコは変な声を出して涙を浮かべた。
痛かったのだろうか。私の手にはなんの手応えもなかったのに。
「ごめんね」と少しびくびくした目で私を見るデンコがかわいそうになり私は訊いた。「痛かった?」
「痛かったわよ」とヒックだかエッグだか軽くしゃくりあげたような描き文字を空中に放ちながらデンコは応えた。「当たり前でしょう。好きな男にもそのくらい攻撃的にアプローチしてごらんなさいよ?」
「それは無理よ」と思うと同時に私はそれを言葉にした。「だって嫌われちゃうに決まってるもん。釣り合わないし」
「そんな恋って楽しい?」とデンコ。
「楽しくなくて」と私。「苦しい」
「そんなんでなにか実りはあるわけ?」とデンコ。
「ないわよ」と私。「あるとすればそれは切ないという私の感情、それだけね、実るものは」
自分で言っててその虚しさにひときわまた私は切なさを募らせる。
「それよ」とデンコは言った。
どれよ? と私は思った。
「その切なさってやつがつまり」とデンコ。「-の電気なのよ」
デンコはつねられた痛みから回復したのか再び教師の立場を取り戻したかのような態度で私に説明をはじめる。

8

「あんたは、あんたから見たあんたという-と、あんたからみた好きな相手という+を内的に掛け合わせて、切なさという-の電気を発電したってわけよ」とデンコは言った。「あるいは相手を好きだというあんたの+の気持ちと、相手のあんたのことなんてなんとも思っちゃいないという-の態度を掛け合わせて-の電気を発電してるわけ」
デンコの説明に私はびっくりした。背中に冷たい電気が走ったような錯覚を覚えた。
「好きだという気持ちは+で、嫌いだという気持ちは-なの。つまりね」とデンコ。「平たく言うと世界もあんたもこのコーヒーも、すべては好きと嫌いの掛け合わせ具合によって成り立っているわけよ」
私の拙いアタマはグルグルと混乱した。
「じゃここまでをフリップにまとめてみましょう」とデンコは言ってアニメーションの作画風のフリップをどこからか引っ張り出した。
ホントに教育番組みたいだなとそれを見て私はそう思った。
フリップには次のように書かれていた。

【まとめ】

(1)世界の成り立ち

心もそう、物質もそう、世界とはすなわち+と-の二極が織りなすタペストリーである。

(2)発電について

+は+と調和して+を発電する。
-は-と調和して+を発電する。
+と-は葛藤して-を発電する。

人も動物も物質も概念も、世界を構成するあらゆるものは調和と葛藤により発電を繰り返している。

(3)電気の種類

電気は蓄電された上質な電気と放電された粗悪な電気とに分類できる。

(4)あたしのお仕事

蓄電された電気を深夜に回収。放電された電気も大気中より逐次回収。
それは集めた電気により世界を工作するためであった。

優秀なる発電者のお陰で五万年かけて電気的なシステムはこの度ついにこの世界において完成した。

と、フリップを順に捲りながらデンコがそこまでおさらいをしたところで私は口をはさんだ。「ちょっと待ってよ」
「なあに?」とデンコは手を止める。
「もしかして」と言う私の声は震えている。「そのシステムとやらが完成したもんだからこの世界から人間たちを」
「そうよ」とデンコは応える。「リストラしたわけ」
なんてことだと私は思った。
「用済みだからリストラなんてひどすぎるわよ」と私は抗議した。
がデンコは「へ?」と驚いてみせてから続けた。「システムってのはそうしたもんでしょ。あんたたちの会社だってやってたことじゃない?」
確かにと私は思った。確かに私はこの世界のことも会社のことも私自身のこともたいして気に入っていたわけじゃない。でもお知らせひとつである日突然に今まで継続してきたものが打ち切られるだなんてあんまりだ。
「あらやだ」とデンコ。「あんたったらこの期に及んでまだ-の電気を発電してるわけね」
デンコの言葉に対して私が今抱いたネガティブな感情、それをデンコは-の電気と捉えているのだろう。
「今さら変に発電されちゃうとあたし困るのよね」とデンコ。「せっかく完成した稠密なシステムにノイズが生じるのは好ましくないのよ」
ノイズが生じるとはどういうことだろうと私は考えた。
「でもまあいいわ」とデンコ。「あんたの場合はそれを放電するわけじゃないから。蓄電されたぶんは今夜あたしがちゃんとそっくりさらっといたげる」
「放電ってなによ?」と私は尋ねる。
「発散ってことよ。あんたたち流に言うならね。感情の表現ってこと」とデンコは応える。
確かに私は感情表現を抑圧してしまうところがあると私は私の日常を振り返ってそう思った。営業部長のいい加減な伝票処理と経理を見下した態度にピリピリときても私はそれをおもてに出さずにこらえてきた。一方の営業部長はといえば侮辱には顔を真っ赤にして怒り叫び机を叩いたし、バーのママさんから望ましい誘いを受けたような午後は薔薇色の頬を膨らませて口笛を吹いていた。営業部長のような人は+の感情も-の感情も放電してしまい内におそらくは溜め込まないのだろう。彼のような喜怒哀楽の激しいタイプはもしかしたら蓄電能力がないために日々の些細なことにいちいち首を突っ込んではこまめに発電を繰り返すのかもしれない。
「あんたみたいなのはね」とデンコは私に言った。「たぶん感性がずいぶんと鋭いのよね。だから他人や物事のちょっとしたことに心を揺さぶられて葛藤するのよ」
確かに私は細かいことにいちいちイライラしてしまう。デンコ流に言うならよるとさわるとやたらと-を発電してしまうのだと私は自分自身を分析した。
「あんたほど有能な発電者は珍しいわよ。-発電に特化した発電のエキスパートだわ。しかもあんたはムダを嫌う性分みたいでなんでもかんでも溜め込むタイプなもんだからサイコーよ。あたし今回あんたの担当になれたればこそついに世界をひとつ完成させることができたんだと思うわ。ありがとね」と言ってデンコはビスケットの最後の一枚を私に差し出した。私はそれには手をのばさなかった。だってそれはすでに半分かじってあったから。
「いらないならあたし食べちゃうよ?」と言って私の表情をうかがってからビスケットのかけらを食べてそれからデンコはこう続けた。「あんたが好きな彼に想いを打ち明けたりなんかして+を発散したりはしないところも、打ち明けた結果失恋して傷ついちゃってワンワン泣くとかそんなふうに-を発散したりしないところもよかったわけよ、この世界が電気的に完成する日を早めるためにそれはホントによいことだったわ」
私はなにも言えないでいた。
「さてと」とデンコは壁に掛かった時計をチラリとみやってから私に言った。「そろそろあたしはおいとまするけど」
「え?」と私は少し心細くなって言った。
「だってあたしだって忙しいのよ」とデンコは眉を八の字にして笑った。「これから夜のお仕事だし」
「えっ!」と今度は驚いて私は言った。「デンコさんって夜のお勤めしてんの?」
「当たり前でしょう」とデンコは言った。「誰が洗濯機や脱衣かごの位相に電子分解システムや電子転移システムなんかを構築してると思ってんのよ?」
「デンコさんが?」
「まったくもう」とデンコは呆れたように言った。「夜中にコビトさんが作ってくれるとでも思ってんのかしら?」
そうだったのかと私は思った。あれは幻覚でも魔法でもなくて私にはよくわからないがそれなりに電子的だか電気的なるシステムであったのか。
「それじゃあ脱衣場の壁の中とかに機械とか配線とかが隠れているのかしら」と私の思いは声に出た。
「あんたの想像力はペンギンの翼のように浮力がないのね」とデンコは眉をしかめた。「マシンはシステムにとって暗示的な祭壇に過ぎないのよ。いざとなれば電子的なシステムは非物質的なレベルで構築可能なのよ」
「非物質的?」
「思想とか文化とか魔術とか、全部両極の組み合わせにより生じる体系よ。ね?」
私は驚いた。
「あんたたち人間だって電気じかけのいわば操り人形じゃないの。心も体も電気で動いてるんだから。自家発電によって自らが自らの電源足り得ていながらかつその発電した電気の葛藤と調和によって思考や生態を維持しているんでしょう。マシンに限らず存在の本質、ダイナミズムの本質にあるのは電気的なシステムなのよ。つまり」とデンコは言った。「+と-よ」
私の世界観が崩壊してゆく。そんなの学校じゃ習わなかったように思うのだけどそれは私の気のせいだろうか?
私が考えているとデンコは立ち上がった。
「あんたはたくさん発電してそれを放電もしないで溜め込むあたしにとってはサイコーの人間だったわ」とデンコは言った。「だからお終いの日にはあたしあんたの願いをひとつだけ特別にかなえたげようと思うの。なにがほしいか今から考えておきなさいよ」
「なんで」と私はデンコの言ったお終いの日というフレーズが気になりつつもそれより強く別のことが気になったのでまずは先にそちらを質問した。「どうしてあなたにそんなことができるのよ?」
「できるわよ」とキョトンとした表情でデンコは応えた。
「まるで神様みたいなこと言うのね」
「神様だもん」
それを聞いて私は先ほどデンコに送った質問メールの内容を思い出した。

デンコさんへ

なぜこんなことになったのか原因を教えてください。
こんなふうにした目的もできたら教えてください。

それから大変失礼な質問なのですがあなたは誰ですか?

考えてみればそれは太古より人類が神様に向けて問うてきたことではなかったか。デンコさんへというところを神様へと置き換えても立派に成り立つ質問だった。神はなぜ世界をこのようにお作りたもうたのか、我々がかくある意味とはなにか、神とはそもそも誰であるのか?

私は驚いてデンコを見る。
するとデンコはひと言元気に次のように言い残すと逆さUの字の目をしたまま私の前から姿を消した。
「電気を大切にね!」

私は二人分のコーヒーカップを律儀にすぐさま洗い義務的に歯磨きを終えると配給された作務衣を着たままベッドに倒れ込んでそれからやっと落ち着いてため息をついた。
今なにが起きたのか、これからどうなるのか、私はなにをすればよいのか。それを考えるべきだったがそれを考えるにはペンギンの濡れた羽はあまりに重かった。見上げると漆黒の空が深く深く私を覆っていた。私は目を閉じ呼吸を整えた。けれどもいつまで経っても飛ぶことは到底かなわないように思えたためペンギンはあきらめて海に潜った。

そんなわけで次に私が気がついたときは朝だった。
不思議な夢を見ていたのだと私は思った。でも作務衣を着ている自分に気がつき改めて私はこう思った。生まれてからずっとこの瞬間までのすべてがきっと夢だったのだ。と思ったところで目覚ましが鳴った。目覚ましが鳴っても鳴らなくても私はいつもこの時間に覚醒するのが習慣なのだ。いつもの時間に私は起きていつものとおり私は出勤するのだ。夢の中で?

配給された作務衣を着込み私は無人の街を黄色い個室で疾走した。会社に着いてフィットを駐車場に格納すると私は社員カードで無人のゲートをくぐりまずは同期の所属する宣伝部を覗いてみた。無人だった。続いて私はエレベーターで七階に上り営業部を調べてみた。広大なフロアに人影はなく電話はリンとも鳴らなかった。会社に誰もいないことを確かめてから私はエレベーターで三階に降り無人の経理課に出勤した。PCを立ち上げメールを開くと社内の各部署から本日の電子伝票が舞い込んでいた。が昨日に比べるとその数は格段に少なかった。別の世界におそらくは切り分けられたのであろう各部署の社員もさすがに一日経ってこのあまりの不毛さに勤労意欲をそがれてしまったのかもしれない。

9

そんなことを思ったところで始業のベルが鳴ったので私は身についた律儀さで目の前の伝票を順に処理していった。昼休みになると私は無人の街に出てautomation化の進んだスタバで軽い昼食を摂った。残りの昼休みを私は無人の三省堂でたいして面白くもない漫画の立ち読みをして過ごした。そして一時十分前に私は誰もいない経理課に戻った。静かなオフィスでひとり黙々と業務をこなしていると私は自分がマシンになってしまったような気がした。考えてみればこれまでだって私は会社というシステムを支えるために私の脳と目と手と時間を提供してきたようなものなのだが、無人の街をひとりで生きる今となっては、歩き食事をし呼吸をすることひいては心臓を鼓動させることまでもが大きなシステムを支える一業務であるかのようにもまた思われるのであった。システムとはなにかと私は伝票処理の手は休めずに考えた。それは今や社会的なシステムを意味するのみではなかった。存続することにより私が支えているのはつまりは私の周りにあるこの世界そのものであった。私は存続することによりこの世界を支えるシステムの末端として機能しているわけであった。瓶の中の魚たちの世界について私は考えた。瓶の中で魚は密閉された空間の酸素を吸い二酸化炭素を吐き出す。瓶の底で揺れる各種の藻草は魚の吐き出した二酸化炭素を吸い光合成をして栄養を作り出したのち酸素を吐き出す。繁殖し過ぎた瓶表面にはびこる藻草の類を小さな貝は丹念に食べて掃除する。魚の排泄物は微生物が分解する。微生物の働きにより閉じられた瓶の中の水質は一定の濃度に保たれた養分を維持する。かくして瓶の中の小世界は保たれる。魚が死んでも貝が死んでも瓶の小世界はそのバランスを失い崩壊する。私たち人間もまた生きること存続することそのものにより世界をバランスし維持してきたのかもしれない。
この世界とはなにかとさらに私は考えた。世界とは私というシステムの末端を存続させるゆりかごでありもっとシンプルにいうなら場であった。私は世界に抱かれながら世界に尽くしているのであった。そしてそれはデンコの世界であった。私たちはこれまでそうとは知らずにデンコのために蜜を生産しまたその生産した蜜そのものを自らの糧としてデンコ的にいうなら電源として存続し続けてきたのであった。そしてと私は思った。そしてそれももはや終わりつつあるのであった。この世界はシステムとしての完成に達してデンコは私たちをもはや必要としなくなったのだった。瓶の例えでいうのならさしずめ瓶の水質を一定に保つ新型マシンの導入により魚や貝の存在は不要になったというところであろうか。自分が世界の主役であると勘違いしていた魚は自分が小世界のシステムを維持する一要因として利用されていたに過ぎないことに気がつくわけだ。
気がつけば時計は四時をまわっていた。私は愚かな妄想を中断してこの日の成果を課長のアドレスに送信し無心でその承認を待った。

課長からの返事が届いた。

お疲れ様でした。
今回も間違いはひとつもなく(削除)
ということなので本日只今の時間を持って経理課も社の決定に従い解散となります。
退職慰労金その他の未払い賃金に関しましても、貨幣経済が実質的に不可逆的に破綻したとの政府の見解を受け、支払いの要を認めないことを社が判断したために今回は支給されることがありません。経理課といたしましてはよって給付の業務を担うこともなく今回分の伝票処理をもって全ての業務を終了とさせていただきます。
長らくこの会社に(削除)
くれぐれも(以下全文削除)
[デンコからの新しいお知らせでーす]
社の破綻にともない当システムは、この社に関わる一切の公的な権利義務関係の終了を認め、旧社員相互間におけるメールの送受信を今後不通とさせていただきます。長らくのご愛顧を有難うございました。これからも電気を大切にね!

読み終わってもたいした感慨は湧かなかった。だいたいは予想のついていたことだったからだ。会社の公的な業務が終了した以上、私的な送受信の一切をムダだと捉えるデンコのこと、社員相互間のメールサービスを打ち切ることはもっともだった。
こうして私は家族という場に続いて職場という場も失った。それどころか実際にはこの世界からとうに社会というものが消えていた。
私は私の個人的な荷物をどうしようかと少し迷ったがこうなった以上律儀に後片付けをするのもなんだか馬鹿らしく感じたので、車のキーひとつを指にかけて職場をあとにした。お疲れ様でしたーと小さく一言経理課のオフィスに向かって呟いて。

黄色い車を走らせて私は無人の道を帰宅した。今朝に比べて街はその姿を変えていた。まず信号機がなくなっていた。これは当然の措置であるなと私は考えた。通りに並ぶ商店その他の建造物がずいぶんと間引かれていた。街は山を切り崩して誕生したばかりの新興住宅街のおもむきにその密度を変えていた。ビルの合間合間には今までは見えなかった山なみが見えるようになっていた。富士山の姿も確認できた。そして静かだった。車の音も工事の音も消失していた。窓をあけて私は耳を澄ませたがカラスの鳴き声ひとつ聞こえなかった。聞こえるのは黄色い車のエンジン音と排気音、そして路面をトレースするタイヤがたてる小さな振動音だけだった。世界にあった様々なものが少しずつその姿を消していた。
おかあさんは今どこにいるのだろうと私は思った。課長や経理課のみんなもまた私のように仕事を失い家族や友人とも切り分けられて無人の世界にそれぞれ取り残されているのだろうか。公的業務を失った今私たちは相互に連絡する手段を持たない。孤独であった。孤立ではなく孤独であった。孤立とは対抗すべき群れの存在を前提とした概念であることに私は気がついた。今この世界に欠けているものの正体にそして私は突然に気がついた。それはつまり対象であった。葛藤すべき対象も調和すべき対象もないのだ。他者も消え環境も消え、好きも消え嫌いも消えた。デンコ的に翻訳するなら+も生じず-も生じない平衡状態。そうであったかと私は理解した。システムは完成し世界は動的な角度を失い均衡したわけだ。ここから新たに生まれるものは何もなかった。
生まれる?
なにかがひっかかった。そうだ。切り分けられた世界において新たに生まれてきたばかりの赤ちゃんやまだ親の保護が必要な幼児はいったいどうしているのだろうかと私は連想的に考えた。親と一緒に隔離されているのだろうかと私は不安になった。日頃他人のことにはついぞ興味を持たなかった、持たないように努力していた私にしては珍しくそんなことが気になった。葛藤の対象を失うと同朋愛に目覚めるものなのだろうか。私はおそらく心配事を探し求めているのかもしれないと私は考えた。葛藤を求めているのだ。とっかかりをもとめてあがいているのだ。不安な感情により-の電気を発電しようとしているのだった。それは生きることだった。
車は私のマンションに辿り着いた。車を車庫にしまい私は今はおそらくは私のためだけに動いているエレベーターに乗り私の部屋に向かった。
帰り着いて私は気がついた。部屋には致命的な変化が起きていた。アヒルの消滅。私にとって貴重な+の発電の機会が失われた。誰もいない部屋に私はいた。
私は部屋のPCを立ち上げてデンコのページを開き問い合わせボタンをクリックした。デンコがもう現れなかったらどうしようと私は思った。
でもデンコは現れた。寝室から聞こえたカサリという音を私は全神経を集中させて確認した。
「デンコでーす」とデンコは言った。「電気を大切にね!」
「赤ちゃんのことだけど」と私はすぐさまデンコに尋ねた。「切り分けられた世界に赤ちゃんはまさかひとりで放置されてるわけじゃないわよね?」
デンコはのそのそとリビングにやってきてテーブルに座るとポリポリ頭を掻いてから当たり前のようにこう言った。「赤ちゃんにだって世界はあるわよ。世界はひとりにひとつずつよ」
私はデンコを睨んで言った。「それじゃあ赤ちゃんがかわいそうじゃない!」
「へ?」と呟いてデンコは私を見た。「赤ちゃんはかわいそうじゃないわよ」
「誰がミルクをあげるのよ?」
「システムがあげるわよ。なんでもあげる」とデンコは言った。「赤ちゃんに葛藤が生じるとワンワン泣くじゃない?」
「そりゃ泣くわよ」
「それは困るのよ」とデンコは応えた。「-の電気が放電されちゃうからシステムを痛めるんだもん」
私はデンコの言うことを理解した。
「ミルクが欲しいと思えばミルクが現れるし、暑けりゃ涼しく、寒けりゃ暖かくちゃんとバランスするから任せてよ」とデンコは続けた。「ノンストレス、葛藤ゼロの状態に環境をコントロールしたげるわよ」
「余計な発電を阻止するためなのね?」
「もちろんよ」とデンコは言った。「生態にとって本来環境とはそれだけでストレスの元なの。万能感を持って生まれてきた赤ちゃんは産まれた途端にお腹が減ったり暑かったり寒かったり眠かったり思い通りにならない外的世界にストレスを感じるものなの。赤ちゃんの葛藤ってそりゃものすごいものなのよ。あんたみたいにあきらめるってことを知らないんだから。存在することによって生じるあらゆる摩擦を可能な限り排除するためにあたし今は日夜頑張ってるんだ」
そうまくしたててからデンコは目をクリクリと動かしてあたしを見た。「偉い?」
頭を撫でてくれといわんばかりのその表情に私は怒ることさえできなかった。人類の敵ともいえそうなデンコを私は憎めないでいた。かといってアニメの絵そのものであるデンコに好意を感じることもできなかった。好きでも嫌いでもないニュートラルな感情。おそらくはそれがシステムの狙いなのだと私は思った。システムは私から喜びも奪い悲しみも奪った。この世界を私は好きでも嫌いでもなかった。水中を漂うような不確かさでしかし非常に安定して私はここにあった。デンコが現れる前の世界は私にとって摩擦に満ちていた。営業部長の存在はそれだけで私にとって苛立ちの種であったし、まだ結婚しないのかとかうるさく干渉してくる家族だってストレスの元になった。清水くんの存在は私に肯定的な興奮をもたらしたけれど同時にその喜び自体が不安の種にもなった。アヒルに癒やされながらも私はそれがぬいぐるみであることをやはり知っていてそれは私の心に小さなトゲのように刺さった。デンコが現れる前の世界は私にとって大変にストレスフルな世界だったといえる。
「苦あれば楽あり。楽あれば苦あり」とデンコは澄まして唱えた。「どんな人間にも光と闇があるものよ。その変化こそが発電という生産につながってたわけ」
その変化が奪われた。と私は思った。波は消え海は凪ぎ世界は沈黙した。これ以上言うべきことはなにもなかった。私はニュートラルにデンコを見つめた。
デンコもいつものスマイルを浮かべてしばらく私を見つめかえしてからこう言って席を立った。「電気を大切にね!」

10

私は椅子から立ち上がる気にもなれないままテーブルを前に長いことじっとしていた。薄暗かった夕方の部屋は夜を迎えいつしか本格的に暗くなっていた。私がそのことに気がつくと途端に部屋の電気がついた。どうやら私の考えすなわち脳内の電気信号は、この世界におそらくはすでにはりめぐらされているのであろうシステムとやらに配線もなく繋がっているらしい。コードレス電話が携帯電話に進化したその延長線上にある進化なのかもしれないと私は思った。
お腹が減っていることに気がついた。でも街に出て開いている店を探すのは面倒なことに思われた。すると目の前のテーブルの一部がピンク色に発光した。それを見て私はデンコがテーブルからコーヒーを出していたのを思い出した。お腹が減ったという私の思いと、でも外に食事に出掛ける気にはなれないなという私の思いに呼応したかのようにテーブルが光ったため私はそれが給仕の前兆であることを本能的に察知して、瞬時になんとなくカレーライスを思い浮かべた。
五分かそこらでテーブルの上にはカレーライスが実体化した。スープも飲みたいと私が思うとしばらくしてテーブルには湯気をたてながらポタージュスープが追加された。
私は食事を終えコーヒーを飲みたいと感じ、当たり前のように出現した食後のコーヒーをたいした感慨もなくこれも当たり前のように飲んだ。
確かにノンストレスだった。葛藤というものがなかった。歓びもまたなかった。
私は影になってしまったような無心に近い心地で入浴を済ませ、脱衣かごに出現した新しい作務衣に着替えた。
テレビをつけてチャンネルを変えて探してみてもニュース番組は見あたらずどの局も映画番組やアニメやドラマを放送していた。つまらなくもないが面白くもないので私はテレビを消してもう寝ることにした。
明日起きても出社の義務はない。アヒルのぬいぐるみがいないことを私はもう特に寂しいとは思わなかったのでアヒルは私のベッドに出現することもなかった。私はひどくからっぽな気持ちで目を閉じた。

朝は一応それでもやってきた。起きて私は部屋の様子が昨夜と変わっていることに気がついた。クローゼットが中に収納した衣類とともにまるごと消えていた。テレビもなかった。そればかりかなんとキッチンスペースがそのまま消失していた。シンクのあったあたりはそのままガランとしたフローリングスペースになっていた。私は特に料理を面白いと思う人間ではなかったので別に困らなかった。テレビ番組にも興味は持てなかったし衣類は毎日新たに支給されるのだからクローゼットは確かに不要だった。今日はなにを着ようかと迷うストレスからも解放されて私にとって不快なことはなにもなかった。
業務からもそれにともなう煩わしい人間関係からも解放され、家族はどこかでストレスなく自分の人生を生きてくれていて干渉されることもない。こうなってしまえば私は特に恋人も友達も欲しくはなかった。どんな恋人にも飽きはくるだろうし一緒にいれば欠点も目につきいずれは煩わしくなるからだ。清水くんとて遠くにありて思うべきものだと私は思った。
バナナクレープとオレンジジュースを出現させてそれを食べ食器が青い光に包まれて消失したのを確かめると私は新しく出現した作務衣に着替えて部屋を出た。
天気は良かった。暑くもなければ寒くもなく風もなかった。地下からフィットを呼び出して私はエンジンをかけた。運転しながら私は変貌した街に驚いた。昨日よりはるかに多くの建造物が消失していた。少し走るとそこは原野だった。多摩川の畔に車を停めて私は広がる空を眺めた。作務衣は汚れたら着替えればよいだけなので私はためらわずに地面に腰を下ろした。白い雲は青空を移動することもなくそこに浮かんでいた。寂しくはなかった。私には私が風景の一部であるかのように感じられた。春の河原を私は喜びもなく悲しみもなくただただうつろに眺めた。時間の感覚がくるってしまったのだろうか。ふと気がつくと河原の景色は夕景に変わっていた。昼食もとらずにいたわけだが食欲もとくにわかなかった。オレンジ色に染まる遠くの山なみを見て私は明日はあの山の麓まで走ってみようかとふと思った。それだけだった。この日に私のしたことはそれですべてだった。頭の中に綿をつめられたような気がした。私は自分がぬいぐるみになってしまったのかと思った。
帰宅して夕飯にまたカレーライスを食べた。なんでもよかったのだ。スープは追加しなかった。コーヒーも飲みたくはなかった。
食事の後片付けもシステムに任せて私は入浴した。経理課の仲間や家族のことを少し考えた。切り分けられた世界でみんなはなにをして過ごしているのだろう。私と同じように葛藤もなく調和もなく自分自身を生きているのだろうなと私は想像した。
自分自身?
と私は突然思った。自分とはいったいなんであろうか?
葛藤すべき他者も環境も、調和すべき他者も環境も失った今となっては、私にはどうにも私自身をうまくとらえることができなかった。でもあるいはもともと自分というのはそのようなものであったのかもしれないと私は思った。関係性があっての自分、対象があっての自分であり、それなくして自分とは成り立たないのではないか。好きだと感じて+の電気を発電し嫌いだと感じて-の電気を発電しその電気を源に己を生かす電気じかけのあやつり人形のような人間がそもそもその好きと嫌いを感じることができたのもそれはつまり他者に代表される外的環境があったればこそのことだと私は気がついたのだった。
考え事をしているうちにお湯がぬるくなったなと思った途端に追い焚きボタンが点灯した。私は続けて考える。
+か-か。すなわち適か不適か。すなわち快か不快か。すなわち好きか嫌いか。と私は思った。私たち人間を含めたすべての存在は+と-の掛け合わせにより成り立っているとデンコは言った。だとすれば人間という存在の根拠をその感情に則した言葉で定義するならつまりはこうなるのではないかと私は考えた。すなわち人間の存在とは、好きだという気持ち、およびそれを相対的に成り立たさせるところの嫌いだという気持ちを根拠にして成り立っている。
熱くなったと感じた途端にに追い焚きボタンは消灯した。
結局は好き嫌いか。と私は思った。思考も理想も道徳もそれを成り立たせている大元を辿れば、そこには古くからの根源的な認知として感情が、つまりは好き嫌いがある。ヒトはモノゴトを理由があって好きに感じたり嫌いに感じたりするのではない。好きだ嫌いだという気持ちに理由をつけるために、あとから価値や理念を追加するのだ。感情は常に思考の先を歩いているのだと私は思った。
のぼせてきたので私はバスタブの縁に手をやって軽く念じてみた。するとバスタブの縁はちゃんとピンクに染まってそこにはやがてグラスに満たされた炭酸水が現れた。私はそれを当たり前のように摂取した。そしてまた私は続きを考えた。
だけどと私は考えた。好き嫌いが存在の前提にあるのだと仮定したとして、その好き嫌いは先に考えたように他者や環境すなわち対象の存在を前提にするのだ。そうそれが今回私の得た新たな認識であった。
ひとりぼっちの世界、他者も環境も不在の世界には、葛藤もなければ調和もない。+も生じなければ-も生じない。つまり好きもなければ嫌いもないのであった。そのことを今私は全身で体感している。そしてと私は思った。私はまだ生きていた。私はここに存在しているのであった!
好きだ嫌いだという気持ちがはたして存在の前提であるというのならその意味で私はすでに存在してない世界を生きていることになる。今私のいるこの世界には好きも嫌いも存在していないのだから。私は存在していない世界で存在していない生を生きている、ということになる。これは矛盾なのだろうかと私はさらに考える。そして結論する。ここが世界じゃなくても、これが人生でなくても、それでも・私は・ここにいる!
だとすればと私の思考は逆流を開始する。

(1)根源的な存在とは世界や人間の存在を前提にせずそれとは独立して存在する。

(2)人間や世界は好きや嫌いを前提にして存在する。

(3)好きや嫌いは他者や環境という対象、ホームから見たアウェイの存在を前提にする。

(4)ゆえに世界や人間をカタチづくっているものは他者や環境であるといえる。

(5)自分とはすなわち自分以外のものにより規定される幻である。

(6)自分以外のものとは自分という概念を前提に成り立つ概念であるから<5>の定義は循環するパラドックスとなり、ゆえに自分というものの存在は(1<1>からの帰納にのみよりて定義しうる。

(7)自分は存在しない。他者も存在しない。ゆえに世界も存在しない。+と-が均衡したその凪いだ場にそれでも存在は存在するのか?

(8)するのであった。私はここにいた。デンコもここにいた。私はもはやここでは私ではないのかもしれない。なぜなら私には私が今このようなことを考えていること自体が信じられないからである。

(9)私とは私ではなくなにか?

(10)好きも嫌いもないここで私はデンコにいかなる言葉で話しかけるべきなのか?

湯船の中で立ち上がった。天井を見た。天井が透けた。マンションの最上階の屋根を視線は突き抜けビームのように夜空を飛んだ。大気圏をあっさりと突き抜けて今や視点は宇宙にあった。視点は視線を追って上昇していた。肩越しチラリと振り返るとごくごく比喩的に地球が見えた。それでも私はいや彼女はオトガイを上げて全裸で天を仰ぎ続けた。ここはどこだとどこかでだれかが思った。おまえはだれだとだれかにだれかが尋ねていた。
自分も他者も世界もすべてが幻であったと認知しうるこの場所に、好きもなければ嫌いもないようなこの場所に、気持ちもなくゆえに指向性もなく存在するこのような存在は、だれに向けてなにをどのような言葉で語ればよいのか?
視点の先にいたのはデンコであった。デンコはかつて約束をした。お終いの日の約束。超高速で上昇を続ける視点はデンコに向けてなにかを照射しようとしていた。
デンコはニッコリと笑った。電気を大切にしてくれてありがとね!
デンコに向かって視点はさらに飛び続けた。
好きや嫌いの外側にあるもの。視点はそれを探した。それはあった。肯定でも否定でもなくニュートラルに、しかし神を前にして人類が飽きることなくその折々に繰り返してきた行為の意味するものがあった。すべてが+と-のダンスに還元されるようなそんな世界のただ中で、その+と-の世界の外に立つ、デンコにつまりは神様に向かって、有史以来の人間が表現してきた氷のように冷たく炎のように熱い行為の意味するもの。
デンコが表した。なにを祈るの?
祈りや願いだった。好きもなく嫌いもなく欲もなく徳もなく意図すらなく、それは望みですらない。祈り、または願いとして人類が表象してきた神へと届く唯一のメッセージ。神と人との唯一のコミュニケーションチャンネル。
なにを祈るの?
最後にひとつだけなんでも叶えてあげるとデンコは言ったのだ。
視点は瞑った。そして好むこともなく好まざることもなく、冷たく開かれながらも温かく閉じられたその一点に対してそのままに、静かに短くしかし深く、祈りをささげた。

深く瞑って表されたそれは<言葉には>ならなかった。


翌朝いつもの時間に目覚ましが鳴った。私にしては珍しく目覚ましが鳴ってからの覚醒であった。ずいぶんと深く眠っていた。そして長い夢を見た。そのことに気づいた私は慌ててベッドから起き上がり私の部屋を見回した。クローゼットはそこにあった。リビングに歩いてみると、キッチンスペースもそのままだった。テレビの前にはアヒルのぬいぐるみが腰掛けていた。
歯を磨きながら私は脱衣かごを覗いてみたがそこに作務衣は見あたらなかった。

開いた窓から吹き込む風は夏の到来を予言するかのような言葉にはできない気配に満ちていた。私はキッチンに立ち、ポン酢とごま油と生ニンニクで辛めのメンツユをこしらえてから蕎麦を茹で、茹であがるとその茹でたてをツユにつけ、立ったまま口に運んだ。とても美味しかった。

『デンコ』お終い



epilogue

広末晴樹からのお知らせです。
この世界から、ついさっき、彼女が消えました。
見方を変えればそれは、彼女の世界から僕が消えた、ということなのかもしれません。
いつかまたどこかの夏で、僕らの線は交わるだろうか?
そしたら、今度こそホットケーキを食べよう。バターやシロップを、イヤってほど塗りたくって、ね?

デンコ

デンコ

  • 小説
  • 中編
  • ホラー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-06-24

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

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