春、昼下がりに。

即興小説トレーニングさん(http://sokkyo-shosetsu.com/)で書かせていただいたものを、手直しして作りました。ちなみにその時のお題は「うわ、私の年収・・・、天使」です。なんだこれ。

 三月。冬の寒さが抜け出し、春らしい陽気がこの街を包んでいる。年度末ということで、街中の人は浮かれている連中と決算に追われている連中に二分されていた。
 幸いなことに、私アンジェは前者であった。

 「ねーねー、仕事どうなのよ。」
 昼下がりのカフェで、隣に座ったカンナが聞いてくる。仕事のない一日は、こうやって友人とお茶でもしながら過ごすのが私の日課だ。
 「別に、普通だよ、普通。カンナこそ神様の仕事はどうなの?」
 「もー、聞いてよ。確かに給料はいいんだけどさあ、忙しくて忙しくて。この前なんか上司の菅原道真に・・・」
  そう言って、カンナはペラペラとしゃべりだす。『愚痴を言いだしたら止まらない』というのはカンナの代名詞で、それに恥じぬような舌の周り具合だ。今日も 絶好調、いや、舌好調、のようだ。私は彼女の話に適当に頷きながら、右から左に受け流す。春らしい陽気が、ポカポカと背中を温めた。
 「で、アンジェは。天使の仕事大変じゃないの。この前不祥事があったじゃない。」
 そう言って、カンナは最近一面を賑わせている事件を口にする。
 ヨーロッパを担当する天使が、同地区担当の悪魔と結託し、不正に仕事をしていたという事件だ。何しろ悪魔が事前に不幸をばら撒いて回って、天使がその不幸を打ち消しながら回っていたというのだからタチが悪い。
 「ん、まあ、あれのおかげでちょっと給料減っちゃったんだけど・・・」
 「うそ、マジ? ただでさえ年収低い天使さんが?」
 「うう、それは言わないでよ。私は東アジア担当だから仕事には影響ないし。それに・・・」
 「それに?」
 「幸せは年収で測れるものじゃないでしょ。」
 それを聞くと、カンナは驚き、顔をしかめ、そしてから何かを考え込み、最終的には苦笑いのようなえも言われぬ表情になる。
 「いやー、優等生か。さすが幸せを振りまく天使さんですね。」
 「ちょっと、やめてよ。神様だって同じようなことしてるじゃない。日本なんかでは神様の方が信頼されてるんだからね。」
 「日本でも最近私たち神様は落ち目ですよ。それよりさ、知ってる?」
 ここでまた、話が変わる。大学時代からのことだが、どうもカンナは話題の転換が激しい。いや、話したいことを気ままに話しているというだけか。ついて行くこっちの身にもなって欲しいものだが。
 「近頃はさ、悪魔とか、閻魔様とかのほうがお給料いいらしいよ。」
 「またお給料・・・。幸せはお金じゃないんだよ?」
 「いや、幸せはお金です。年収です。」
 そう、カンナは断言する。その理論で行くと、私は天界で一二を争うぐらい不幸なものになってしまうんだけれど・・・。
 「最近は悪の方が欲されてるのかしらね。転職しようかな・・・」
「やめときなよ、似合わないよ、カンナ。」
「そうかしら。でもさ、悪が栄えるなんて悲しい話じゃない? 私たちはこんなに頑張って人間たちを幸せにしようとしてるのにさ。」
 「まあ、不幸がないと私たちも仕事にならないからね。要は、バランスじゃないかな。」
 嘘じゃない、本当だ。人間だって、私たちだって、要はバランスなんだ。私は本気でそう思う。不幸があったら、同じだけの幸福を探せばいい。年収が低いのなら、お金じゃないもので幸せを探せばいい。私は幸せを振りまく仕事をしているけれど、幸せを手にするのは幸せを探している人だけ。悪があるから、私たちは善を探す。不幸があるから、私たちは幸せを探す。私たちは、きっとそういうものなんだ。

 もう、またアンジェは優等生ぶって! と、カンナの怒号が響く。
 わんわんと響くカンナの罵声をバックに、私はコーヒーをすすった。
 ポカポカと、春の陽気が暖かい。この日差しは私たちの足元にも届いているのだろうか。

春、昼下がりに。

最後までお読みいただきありがとうございました。

春、昼下がりに。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted