僕と彼女と宇宙性物語

なし

なし

宇宙にいた頃思ったんです。


自由になるくらいだったら、重力の虜になっていた方がマシだと。


秒針に終われながら、巻いたぜんまいを不条理に大人たちに早送りにされ、


生き急ぐ同年代の若者を見て思ったんです。


時計の針も周回できないような大きな円盤上に立ってやろうって。


橋本さん家の養子になるお話が来てたんです。


それは世間の常識から外れて、慣れ親しんだ常識を捨てて


新しい世界観に足を踏み入れようって思っていた3日前でした。


世間の人々の思想は異質でした。


透明な水に、赤い水滴を落としたように、


周りに波紋を広げるだけですから、こんな世界捨ててやろうって思ったんです。


橋本さんにさよならを言ったとき、もはや自分の方が狂っていることにも気付かずに、


千鳥足でいることもわからずに、狂人への道へ一歩足を踏み入れていました。



外れてしまいましたか。
そう思いながら宇宙ステーションの小さな窓から地球を眺めてて、


衛生軌道上を何周もただ回ってる自分は
地球にいた頃となにも変わっていないと気づかされたわけです。


これは解放ではなく
煉獄への投獄だと気づいたときには遅くて、


故郷を思いながら、頬に伝わる熱いものを感じている次第であります。


橋本さんの養子になればよかったな。


僕の時計は止まったまま動かなくて、
死に急ぐ毎日を送っています。


そういえば、僕にも彼女がおりました。


地球時代の唯一の僕の原動力。


彼女がチューリップ畑で男の人を刺しました。


刺された人は元カレとかそういうのらしくて


僕は髭を剃るときに切った口元の血をなめて


この二人、つまりは自分と元カレの血が同じ味がするだろうなって想像しました。


彼女のなかに元カレの血は入ったことでしょう。


自分の血も彼女のなかで元カレの血と渾然一体になって


生き続けていると思い、それがずっと昔から今まで行われてきた生物の営みだと思うと、


人間の統一感、個性のなさに、ひいては進歩のなさに絶句をして


これも僕が宇宙にいくための起爆剤になったことは確かです。


神になりたいとか背徳的なことは望みません。


回りと同じことをしたくないのです。


地球に吸われていった魂たち


また地から芽吹き、育まれて老いさらばえて地に還っていく


僕には還るところがない。


宇宙のちりになって、廃品回収もされない。


最後にですが、月に彼女の事件の損害賠償と謝罪を叫びました。


血を流したのは僕で、流させたのも僕です。


惜しいことに月は粉々にならなかったけれども、これでよかったのだと思います。


また明日からトランプピラミッドを、積み上げては、崩す作業を続けます。


宇宙の針は人間には遅い。


僕に残されたゼンマイはまだ巻き終わらないようです。

僕と彼女と宇宙性物語

なし

僕と彼女と宇宙性物語

宇宙性

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-03-25

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