レッテルが欲しかった男

見た目の醜さというのは、時代によって価値観が変わるレッテルのようなものである。また逆に、美しさというのもレッテルのようなものである。どちらも、人の本質をついてるものでは無いのに、あたかも本質であるかのように振舞う。醜い男が偽りの美しさを手に入れる話。

醜い顔の男(枯れた空気のようなレッテル)

 男の顔は醜かった。潰れた鼻につり上がった目、腫れたような唇に太った体。それだけなら、どれだけ良かっただろうか、あろうことか肌が汚い。不細工な顔でも、引き締まった肉体と清潔感さえあれば、男はここまで自分の顔を嫌いにならなかったかもしれない。男がもっとも憎んだのは、アトピーにより枯れた肌である。
 それに悩むのも”今日まで”である。というのも、人生そのものを”今日まで”にしてしまうからだ。人が消えたビルの屋上で夕日を浴びながら、男はこれまでの人生を振り返った。想起の中に自分を踏みとどまらせてくれるものが、きっとあるはずだと期待をして。
 だが想起の中で待っていたのは、希望ではなく絶望だった。蔑まれることこそ、表立ってはなかったものの、腫れ物のような扱いを受けた。まるで触れてはいけない、空気と見分けがつかない人間であった。今日まで生きてこれたのは、人間は見た目が全てではないと思っていたからである。男はその言葉を、教典のように大切にし盲信した。その教典さえあれば、男は生きていけたのだ。
 だからこそ、同じ教典を共有するであろう女に惹かれた。その女は男にも優しかった。女は目立たないながらも、職場の同僚の中では大切に扱われていた。というのも、女は穏やかな物腰で、人の話をよく聞き、向かい合った人を思わず調子に乗らせてしまうような女であったからである。男もそうやって、調子にのってしまった一人である。
 「あんなに性格の良い人だから、自分の恋をぶつけても、きっと応えてくれるだろう。」
 少し冷静になれば、結果はみえていたはずだ。しかしその結果を想像することは”人間は見た目が全てではない”を教典としている彼にとって、聖書を燃やされるような行為なのである。男が目を背けようとも、現実の結果は無情にも訪れる。
 声を絞るように伝えた愛、女からの返事は言葉ではなかった。言葉よりも、もっと雄弁なものであった。表情である。その顔はひきつり歪み、なんとか最善の逃げ道を探そうとしているような表情であった。女は、男とは違った教典で生きていたのである。
 男はあの表情、あの空気を想起した。すると、わずかに残っていた恐怖は、静かに消えていった。男の足は朝の玄関を開けるように、すっと屋上の限界線を越えていった。
 ぐしゃっと、肉がひしゃげる。

レッテルが欲しかった男

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レッテルが欲しかった男

  • 小説
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更新日
登録日
2013-03-22

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