non title

 あの時、確か私たちは座りながら、借りてきた映画か何かを見ていたんだと思う。特に見たかったわけでもなく、ジャケットがふと目に止まったから、私が選んだ。真っ白な花と真っ黒な猫が真っ赤な地面に「さかれ」ている絵だった。
 話の内容は全然覚えていないけれど、それでもその時は惹き込まれてずっと画面を見ていた。自然と膝を抱える格好になっていたのを覚えている。彼の方も、じっとそれを見ていて、お互い何も発っしなかった。
 暗い部屋で、液晶の光だけが私たちを照らしていた。

 エンドロールになって、若干その光が弱まった時、彼がすっと私の後ろへと移動した。手を回されて、後ろから抱きしめられる形になった。
 彼の体温と。彼の腕と。彼の髪と。私はこの体勢が好きだった。包み込まれる感じが、とても安心出来た。軽く彼の腕に触れる。近くにいる実感。生きている実感。
 今まで何度こうしてくっついたのだろう。私からせがんだり、ふいに彼からしてきてくれたり。彼がいるから今の私がいる。これからもこんな風に過ごしていけたら良いと思った。この何気ない日常が、彼といるだけでとても輝いたものになる事を知ってしまったから。

 エンドロールも終わり、画面にはfinの文字が映し出された。
「終わっちゃったね。」
私はそう言い、部屋の電気をつけに行こうと立ち上がろうとし、床に手をついた。でもきつく回された彼の腕がそれをさせてはくれなかった。
 「…どうかしたの。」
返事は無い。冷蔵庫の稼動音が、妙に五月蝿い。
 時計の秒針が、何か言っている。それと同じリズムで、刻まれる別の音。
 そして、彼の右腕が動いて、私の首に何かが当たった。
「痛ッ」
逃げたい。何だろう。何でだろう。私今何されているんだろう。
「や…やだ…。」
彼の左腕は私をがっちりと押さえ込んでいて、抜け出せなかった。女って、弱い。弱い。弱い!涙が出てきた。足をばたつかせた所で、その足も彼の足で押さえ込まれた。
「何で。何で!!」
痛みよりも疑問ばかり浮かんできて、ついさっき思ったあの幸せな考えが馬鹿みたいに思えてきて、もう、何が何だかわからなかった。
 多分切れ味が悪くてなかなかうまく切れなくて、私も頭は動かすし、何度も何度も同じ所を行ったり来たりと刃先が動いた。片手でやっているせいで余計に皮膚が動いてしまうようで、やりにくそうだった。きっとイライラしてきて、持ち方を変えた方が良い事に気付いたんだと思う。おもいっきり突くようにされた。そうしたらようやく頚動脈が切れて、私たちが楽しく選んだこの白い壁や、白いテーブルや、白いカーテンに真っ赤な液体が浴びせられた。それはきっと、もう当分止まらないから、もう私の事を離しても良いはずなのに彼は離してはくれなかった。
 
 私たちは黒色の服が好きだったから、いつも着ていて、あぁ、今って、電気をつければさっき借りてきたジャケット見たいな色の配色になっているのかなーとか。
 もう、首から刃物を抜いてくれても良いんじゃないかなーとか。
 何でもっと切れ味の良い包丁とかナイフでしてくれなかったんだろーとか。
 この後掃除が大変だなーとか。
 ちゃんと返却期日までに返しに行ってくれるのかなーとか。
 彼が捕まらなければ良いなーとか。
 そんな事を薄れゆく意識の中で思った。

 あれからどれくらい経ったんだろう。もう、忘れちゃったな。彼は元気にしてるのかな。
 今度は、ちゃんと私がよく切れる刃物を用意しておくし、抵抗なんてしないから、顔を見せて、声を聞かせて、そして最期にあなたの腕の中で笑顔で眠らせてね。

non title

色をテーマにしたショートショートです。

non title

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-03-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted