BNE二次創作小説<<雪とテストの日々>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。本作品に登場するキャラクターの性格や行動は実際のゲームと多少異なる場合があります。

冬のひと時を。

 意識がふわりと浮きあがる。
 静寂の中を揺蕩っていた耳に音が戻ってきて、周りの皆が走らせるシャープペンシルの音が奏でる緊張を孕んだ音楽が届く。顔を上げれば目に映るのは懸命に机の上のテスト用紙に向かう背中たち。そう、今は試験時間中だ。ただ、学期末に行われる定期試験ではない。何を隠そう『入学試験』なのである。ただし、名目上の。
 この学校、三高平大学附属中学の生徒の多くは同じく三高平大学附属の高校へと進学するのだが、その際に外部入学――別の中学から附属高校へ入ってくる者たちがいる。そして彼らが入学試験を経てきている以上、内部生――附属中学から上がる生徒も入学試験を受けなければならないらしい。しかし一方で、内部進学の者が落ちたという話も聞かないために『名目上の試験だ』というのがもっぱらの噂である。
 教室の前、黒板の上にある時計に視線を送ると残り時間は10分もない。もうほとんど解き終わっているから特に焦りはしないが、時計の少し下へ目を戻すと試験監督をしている担任教諭と目が合ってしまった。なんとなく居心地の悪さを感じて手元に視線を戻す。
 試験科目は数学。決して苦手なわけではないが、得意な訳でもない。とりあえず解答用紙の最後にはたどり着いているが、なんとなく解法がまとまらなくて飛ばした一問の解答欄が空白なまま残っているから残り時間はそれに充てることになる。余白にメモした公式にちらりと目を通し、使えるものがあるかどうか吟味する。残り時間は足りないかもしれないな。カチリカチリとシャーペンの芯を出してから少し押し戻して頭の中を整理して、私はラストスパートに取り掛かった。

 チャイムが鳴り、名目上とはいえ―それも真偽は定かではない―試験が終わった解放感に身を委ねながら校舎を後にする。名目上だからさして気にすることはないなどと言われてはいたけれど、なんだかんだ小心者の私は遊びも依頼も控えめにしていたから今日は寄り道する気満々である。まだ先に定期試験が控えているが、それまでにもしばらく間はある。すこしばかりリフレッシュ期間だ。
 雪のうっすら残る路面を踏んで、しばらくご無沙汰だった公園そばの喫茶店へ歩いていく。去年まで暮らしていた村ではこの程度の雪じゃ積もった内にも入らなかったのだが、どうやら話を聞くとここ静岡ではこれでも珍しいほど振った方らしい。天気予報が『まだまだ冷え込んで雪が降る』と告げるのを聞いて、電車やバスの心配をすると同時にテンションが上がっている者も少なくないようだ。
 そういえば、予報で思い出したが最近アーク本部へも寄っていない。今日は試験だったから夜まで十分な時間もあるし、依頼の確認のためにもアークへ寄ることにしようか。コーヒーでも飲んで、少しゆっくりした後で。

 ブックカフェの冬の季節メニューらしい、じゃがいものポタージュスープで温めた身体はその後すぐに冷えることになった。
アーク本部にたどり着くより前に降り始めていた雪は短針が下へと沈むにつれ道路を覆って行き、私がひとつの依頼を受けてアークの建物を出るときにはもう、走る肩にも雪が乗るほど色濃く降るようになっていた。
こちらに越してきて初めて持つことになったまだ手に馴染まない携帯電話を右手に、依頼の現場へと走る。
「倒れている、犬がいる。今からそちらの病院に、連れて行く」
 人の目さえなければ足元も障害物も気にせず最短距離で飛んでいけるだろうにと少し歯がゆい思いをしつつ、つながった電話の相手に最低限の情報を伝えていく。走りながらではどうしても言葉が切れ切れになる。それでも、どうやら助けるべき犬が逃げ出した場所もその病院だったようで情報のやり取りはすんなりと行った。
 通話の切れた携帯電話をポケットに落とし込み、走ることに集中する。とにかく今優先することは一刻も早く倒れた犬を見つけることだ。
 ――何故先に倒れている犬がいることを知っていたか?それは、それこそがアークという組織の依頼だからだ。もっと正確に言えば、アークに所属する『未来を事前に知ることが出来る者たち』――フォーチュナによって予知された災厄の回避を求められることこそが依頼だからだ。
 まあ、今回の依頼にこの犬を助けることは必須条件ではないらしいのだが。
 助けられるものを助けないという選択肢は私にはなかったし、共にこの依頼を遂行する仲間たちも皆助けようと口を揃えたのだから今こうして走っていることに何の迷いもない。
 いくつかの交差点を過ぎ、住宅地を奥へ進んで行くとからっぽのゴミ集積所の隅に小さく白い塊が見えた。ところどころにブチ模様はついているようだがほとんど雪に隠されて真っ白の犬に見える。手で雪を払いのけてもぴくりとも動かない姿に一瞬不安がよぎる。
 ううん、遅いはずなんて、ない。
「頑張って、生きて」
 私だけの願いじゃない。ダッフルコートを脱ぎながら、仲間達の想いを口にする。
かじかんだ指先で外す、引っかかるボタンがもどかしい。走りながら外しきっておけば良かった。なんとか袖から腕を抜き、我が身の代わりに倒れた犬を中に入れて抱え上げる。
「・・・」
 ふと、犬が何か言ったような気がした。
 何を言ったのかはわからない。いや、そもそも腕の中の姿は生きているのかも定かでないくらい身じろぎひとつしないのだから気のせいかもしれない。でも、何を大切にしているのかは知っている。
「子猫の事は私たちが守るから。心配しないで」
 犬が応える様子は、ない。ポケットに入れていた懐炉をコートの隙間に押し込んで立ち上がると、私は再び走り始めた。

 結果的には、依頼は成功だった。犬も、彼が大切にしていた子猫も、そして通りすがりの野良犬二頭の命も、すべて守りきることが出来た。
 ただ、コートを丸ごと獣医の元へ預けて走り回っていたせいで、コトが終わった時には身体は随分冷え切ってしまっていた。奔走する身にはあんな雪なんて、あんな空気なんて全く寒く無かったのだが。
 ……そんなわけで、私のリフレッシュ期間の半分くらいは風邪を引いた身体を治すことに費やされ、消えてしまったのだった。まあ、のんびり寝ころびながら本が読めたから充分リフレッシュ期間を満喫していたと言えなくもない。


 リフレッシュ期間の残り半分も、私は図書館だったりブックカフェだったり自宅だったり、ほとんどを読書で費やしていた。もちろん授業は日々続いていたが。ほとんど唯一の例外と言えば、異常気象とまで言われるくらいに珍しい積雪だった日に三高平の中央にある大きな公園で開かれた大雪合戦大会に参加したくらいだろうか。アークのリベリスタが大勢参加したそれは、ちょっとした騒ぎもあったりしたけれど概ね平和そのものだった。
 私自身は積もった雪に物珍しさを感じてはしゃいだりはしなかったが、アークにおいて“平和”を感じられるお祭りは大切にしたいと思う。あの日お汁粉をふるまっていたおばさんも、今月のバロックナイツとの大規模衝突の際亡くなられたそうだ。そうでなくとも私たちがいつ終わりを迎えるかなんて、フォーチュナにだって予測できないことなんだから。そう、あの雪合戦で起きたことだって。

 雪合戦の始まりは静寂のうちにあった。
 会場は街の中心部とも言える三高平の駅にほど近い三高平公園。一面を雪で埋め尽くされて白く変わった広場には大きな木が一本あって、その両側にきっちり20mずつ離して紅白の旗が立っていた。その周りには自陣の旗を守るべく所属する組の色の鉢巻を締めた者たちが集まって敵陣を睨み付けていたりぼんやりと立っていたり。
 白旗のすぐ近くを少しばかり飛びながらあたりを見回してみれば、白い鉢巻を締めた頭の向こう側には戦域から離れるようにしてかまくらを作る者もいれば何やらガスコンロを持ち込んで料理を始めている者まで見える。次いで敵陣の方へと首を振ればまず目に映るものはツリーハウスつきの大木で、その奥には意外なほど近くに赤い鉢巻の群れが見えた。
「私は攻める気はないけれど」
 ポソリと空中に独り言を放つ。一応病み上がりの身ゆえ自重しなきゃならないという理由が半分、あまりに人が多いので動くのも億劫という理由が半分。いや、後者の割合がもう少し多いかもしれない。
『あーあー! マイテスマイテス!! おっけー!?』
 飛ぶのをやめて足元に雪の柔らかさを感じ取った瞬間、ノイズ交じりの声が公園内に響き渡った。続く音声を聞く限り、おそらく開始の合図だろう。公園の放送設備まで使うとは、なんとも大がかりである。
 もし大量に雪玉が飛んできて避けきれないようなら、大人しく当たってさっさとかまくらの中にでも潜り込もう。たくさん人が来たら体力的に敵いっこないし、私はあくまでこっそり旗を狙いに来た人がいたときのための保険だ。
 にわかに熱気に包まれ始めた味方陣営の空気を感じ取りながら、そう心に決める。
『――雪合戦、開始です!!』
 実況と名乗った声が雪合戦の始まりを告げると途端に両陣営に歓声が上がった。

 しばらくは、平和だった。
 いや、開始早々白組の女の子がとてもアブなそうな範囲石化スキルをぶっぱなしたり、どちらかというと雪玉より雪だるまに近いサイズの雪塊が空を飛んでいたり、私が食らったら一撃で生死の境をさまよいそうな攻撃(Not雪玉)が遠目に見えたり、案の定というかなんというか中央のツリーハウスのガラス窓が割れる音が聞こえたりはしたけれど、概ね私の周りに飛んでくる雪玉はさして多くなかった。うん、平和平和。
「ここはあんまり人が来ないのだわ。あたしの事忘れてもらっちゃ困るのだわ」
 近くで私と同様遠くの様子を眺めていた梅子さんが呟く。私と同じフライエンジェだけれど漆黒の翼に黒髪、ついでに肌も色黒なので見た目は随分違って見える。この町に来るまで私が知っていた『同じ種族』は姉さんだけだったから、少し不思議な気分だ。
「うんまあ、そうだろうね……」
 近くに他の人の姿はないので、たぶん私に向けた言葉だろうと返事をする。ここに人が一杯攻め込む様ならそれはつまり、危機的状況に他ならないのだから。既に体力的にだったり鉢巻を取られたりして戦闘不能に陥った人たちが戦場を離れて行く様子に目を向けながら思う。
 視線を近くに戻すと、梅子さんの不満げな瞳が黒さを増していた。ここでも何か起こらないかな――などと、思ったつもりはひとかけらもない。
 ドカドカッ ドカッ
 突然降り注ぐ大量の雪玉に慌てて頭を庇う。
「っっ何この雪玉の数狙い過ぎじゃない!?」
 同じくあわてた様子の声を耳にしながら飛んでくる方向へ向き直ると、猛スピードでこちらへ向かってくる紅白の姿が目に映った。両手に抱えた大きな雪玉で表情もほとんど見えない。
「敵!? ……じゃない!!」
 かろうじて見える頭上にも、その他の見える場所にも鉢巻を巻いていない。そしてもうひとつ重要なことに、こちらに向かってきてはいるが、どうやら旗を目標にしている様子がない。だがその姿は明らかに殺意と呼んで良いレベルの感情を周りに向けていて……なんとなくその怒気に怯みつつぼんやり眺めてしまっていた。
 暴走するその殺意の塊がすぐ近くにやってくるまで。
 ボウ、と音を立てて襲い来る雪の塊が炎に包まれる。その手元から雪が消え、巫女姿の鬼が進路を変えて遠ざかって行くのと、炎を放った梅子さんが満足げにこちらを振り向くのはほぼ同時だった。
「やったね!!プラムちゃんの、才能が恐ろしいのだわ」
「助かるよ」
 心底思う。私が念のためにと張っておいたトラップはしっかり発動したにもかかわらず容易く躱されてしまっていたから。

 再び手に入れたしばしの安穏は、しかし短い時間だった。
「おい、あれ……」
「あー……やっぱりこうなったか……」
 時折迷い児のように飛んでくる雪玉を避けたり適当に投げ返したりしていると、先ほどまで喧噪の内にあった敵味方の陣営が妙にしんみりとなっている。比較的近くで守備に就いていたリベリスタ達の会話を耳にして彼らの視線の先を追うと、そこには炎に包まれ始めたツリーハウスがあった。
 雪の積もる、それも枯れ木でもない樹の筈なのに妙に火のまわりが早いように見える。いや、燃えているのはツリーハウスなのだから燃えやすい建材で建てたのだろう。
「うわー!これは燃え尽きるのだわ」
 あまりに人が来ないので飽きたらしく、すぐ近くで旗を弄んでいた梅子さんも気づいた様子で立ち上がる。どこか嬉しそうな声に聞こえるのはきっと私の気のせいだ。
 そうして樹が火に包まれていくのを見ていると、その周りの人たちも、その奥の敵陣に立つ人たちも皆ぼんやりと立ち尽くしている人ばかりなのに気づいた。これは、奇襲のチャンスだ。こちらにとっても、相手にとっても。
 慌てて樹から視線を外し、周りの様子を確認する。と、やはりと言うべきかこの機に乗じて旗を獲りに来た姿が見えた。
「待ってたよ」
 口にして、走り寄る敵に狙いを定める。足止めが最優先の現状、使うスキルは迷いようがない。
「また誰か来たのだわさ!! ってフォーチュナだわさ!!?」
 足音で気づいたのか、梅子さんも旗の近くに寄って態勢を整える。
「待つでござる! フォーチュナにそれは痛いでござる!!」
 と、私が撃ったトラップネストから走り寄ってきた姿を庇うように黒い衣装に身を包んだ男性が目の前に飛び込んできた。
「え、そう?ごめん」
 反射的に謝って掲げていた杖を下ろす。そうだ、フォーチュナは私たち同様確かにフェイトを受けてはいるけれど、彼らに常人に勝るほどの身体能力は備わっていないのだった。先ほどからあまりに自分以上の力ばかりを目にしすぎてすっかり失念していた。足を止めた青年の代わりに私の攻撃を受けた目の前の男性もあまり痛手を受けた様子はない。
 じり、と姿ふたつに向かい合っていると梅子さんの声がした。
「向こうの旗、とれたみたいだわ」
 もうすっかり炎上してしまった樹の向こう側を見て確認したのだろう、妙に淡々とした声が告げる。やはりこちらの奇襲も同じタイミングだったようだ。
「そうなんだ、じゃぁ防衛成功だね」
 微力ながらなんとか、役に立てたのだろうか。役に立てたのだろうと思いたい。
「やっぱり梅子の才能が怖いのだわー!」
 満面の笑みを湛えて梅子さんが両手を掲げると、立ち尽くしていたつり目の青年がほんの少しだけ悔しそうに瞼を下ろした。

 そんな感じで終わった雪合戦の後、近くでふるまわれていた甘酒やらトン汁を口にしつつ健闘をたたえ合い、しばらくして散開となった。広場の中央でくすぶり続けていた旧・ツリーハウスの前で茫然自失していた男性はきっと、その居の主だったのだろう。太陽が高度を下げていき、皆が少しずつ帰路について園内の人影も減って行く中でいつまでも立ち尽くしていた背中が悲哀を湛えていた。
 そう、きっとあの事故だってフォーチュナには予測できなかったのだろう。予測できなかったに違いない。きっと、たぶん、おそらく。正確な未来なんて予測できないのが普通なのだから。

 完璧な予測ができるのなら……
 今、こうして受けている期末試験の内容も予測できたらどんなに良かっただろうと思う。先ほどから一問、全く答えが思い浮かばなくてこんな風に試験の残り時間を思い出話を脳裏に浮かべるばかりで時間を浪費する、なんて困った事態にはならなかったのだから。
 ぐっ、と動かせない手の中のシャープペンシルを握りしめ垂れていた頭を上げる。と、

 キーン コーン カーン コーン

 教壇の前に立った担任が、試験終了を告げた。

BNE二次創作小説<<雪とテストの日々>>

原作⇒『Baroque Night-eclipse』 http://bne.chocolop.net/top/
ゆっくりと、ゲームをプレイしつつ書き進めて行きたいと思います。

本作品を書くに当たり、リプレイ
『三高平公園内雪合戦大会』http://bne.chocolop.net/quest/replay/id/3659/ ST 夕影さま
『ふゆに消えゆく あの子の声』http://bne.chocolop.net/quest/replay/id/3592/ ST 琉木さま
を参考にしております。楽しませていただきありがとうございます。

BNE二次創作小説<<雪とテストの日々>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。 雪の日の二つの依頼の裏側で

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-28

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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