空の音色

 音楽好きはきっといっぱい楽しめる。
 わからなくても、一度聞けばきっとはまる。

 そんな音楽をちょっと集めてみました。

 大学の入学式の日。

 友達と校門前で待ち合わせをしていた。
 そのときはなんというか、家にいたくもないし、かといって騒がしい場所や、静かでも遠い場所とかに行くような気分じゃなかった。お気に入りの『John mayer』の曲を聴きながら、時間が来るまでぼーっとしてたいな…という気分だった。

 そうして大学前の校門までやってきたとき。先客がいたのだ。
 ごついヘッドホンをつけて、音楽を聴きながらニヤニヤして突っ立っているちっちゃい男の子が、一人。

 そのときはまだ興味なんてわいてなかった。
 いや、ちょっぴりしかなかった、というべきか。そのあとこっちから挨拶程度に声をかけることぐらいはしたんだし。

 「おはよ」
 「……」

 でもその男の子は何も言わなかった。
 まあたぶん音楽を聴いてるから何も聞こえてないんだろう。
 そう思ってそのまま私もiPudを起動させて、『Shadow days』の項目を探す。

 そうしているときに、ちらと男の子の方を見たのは、本当に偶然だった。
 別になんてことはない。本当になんとなく、そうしてみただけ。

 そして、驚愕した。

 「…え?」

 見てしまった。
 彼が、ジャケットの裏に大量の音楽プレイヤーを抱えているところを。

 稀に見る音楽好きの人は、一個じゃ容量が足りないからと、2個のプレイヤーを持ったりする。

 だけど持っているプレイヤーは二、三個なんてもんじゃなかった。

 ちらと見ただけで、六個は見えた。
 しかも。全部、容量特大の、160GBを誇るiPud classicを。

 「!!」

 男の子が、はっとしてこちらを見る。
 驚きのあまり、命はつい声を上げてしまった。あちらも別のiPudに変えるところでヘッドホンをはずしていたから、聞こえてしまったらしい。
 
 「あ…」

 目が、合った。

 「あ…えっと…」 
 「……」

 もうさっきまでのニヤニヤ笑いが、男の子から消えていた。
 そして、一気に男の子の顔がかーっと赤くなる。

 「―――――――――――――――――ッッ!!」

 と同時に、あわてふためいたように男の子はiPudを懐にしまい、ヘッドホンをはずしてしまう。
 …さっきのニヤニヤ笑いを見られたのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか。

 そのまま黙りこくってしまう男の子。
 気まずい沈黙が、暖かな空気の温度を一気に下げる。

 「…あー…」

 よくわからないけど、悪いことをしてしまった気分になった命は、とりあえずその場を取り繕おうと、男の子に声をかけた。

 「あの…気にしなくていいと…」

 言葉はそこでとぎれてしまう。
 声をかけたとたん、男の子はビクン! と身震いしたのだから。

 「あ…あ…!!」

 男の子は、脅えた小動物のような目でこちらを見てくる。
 もともと大きな目が、一際見開かれていて、その視線が命の細かい動作にまで注意を向けているようにあっちこっちに動きまわっている。

 …なんでだろう、相手をいじめているような罪悪感を感じる。
 だがここで言葉を詰まらせたままではいらぬ誤解をされたままになってしまう。
 この程度のことならまあ放っといてもいいかもしれないが、こんな空気のまま入学式が始まるまでここにいるなんてまっぴらごめんだ。
 ふう、と息をついて、言葉を続ける命。

 「気にしなくていいと思うよ。私も音楽好きだし」
 「! …」

 すると、男の子の警戒心が一瞬揺らいだ気がする。
 やっぱり相当な音楽好きなんだろうか。まあそうでもなければ6個もiPud classicは持たないだろう。

 命は自身のiPudを取り出すと、男の子に見せる。

 「ほら。John Mayer。この人のギターと声が私ほんとに好きなのよ」

 男の子は恐る恐る命のiPudを見ると、はっとしたような顔をする。

 「…Born and Raised…」

 アルバムの名前を、男の子は口にした。

 「…あんたも相当音楽好きみたいね。どんなの持ってるの? 見せてくれない? …あー、っていっても、私は洋楽くらいしかあんま興味ないんだけど…」
 「…」

 男の子は、少しためらうようなそぶりを見せたが、iPudをひとつ取り出して見せてくれた。
 そして、そこに出ていたアーティストは。

 「あ!! Elic Clapton!!」
 「!!!!」

 命は大喜びで声を上げる。
 Elic Clapton。ギターの神様とまで言われる、世界三大ギタリストにも数えられたアーティスト。
 彼の奏でる、ギターの静かなメロディは洗練されていて雑音がまったくなく、心を清められるような感覚さえ感じられる。
 余談だが、彼のギターはオークションに出ると一億の価値がつけられたという、まさに生きる伝説のアーティストなのだ。

 「私も持ってるよ、Clapton Chonicles!! すっごくいいよね、これ!! Blue eyes Blueとかも切ないメロディがグッときてさ、最高じゃん!! 高校時代とかこれ知ってる友達ぜんぜんいなくてすっごく腹立ったのよね…って……あ……」


 と、そこで命は自分が失態を犯してしまったことに気づく。
 音楽好きなら、音楽の話でいろいろと話し合えばいいと思っていたが、ここまで波長が合うとは思っていなかった。
 それでつい興奮してしまったわけだが…いかんせん自分だけ盛り上がりすぎた。

 「…う…ぁう…」

 男の子が、先ほどまでより一段と脅えたようになっていた。

 「え、あ、あの…」
 「――――――――――――――――ッッ!!」

 もう我慢がならなくなったのか、男の子はすごいスピードで走り去っていってしまう。

 「え、あ、ちょっ…!!」

 必死に呼び止めようとするが、そんな命の言葉に耳を貸さず、男の子はどこかへ行ってしまう。

 「…あ~…」

 一人その場にとり残され、言いようのない罪悪感を抱えることとなった命。


 これが、天宮 命と、一人の男の子との出会いだった。 
 

空の音色

空の音色

「…今日はどんな曲を聞かせてくれるの?」 大学の入学式当日、天宮 命は面白い男の子と出会うことになる。 音楽がなにより大好きなその男の子と命の、ちょっと面白おかしい日常の日々。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-26

CC BY-NC-ND
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