断罪人

序章

 都市特有の空気が、乾いて冷たい。
 その日はちょうど新月で、都市の夜はいつもよりも数段暗闇に覆われたようだった。
 しかし、闇に覆われた原因は新月以外にもあった。そんな事実は都市に住んでいる者にとって、至極当然の出来事と認識されるのみである。

 そんな中、一人の男が夜の都市をまるで縫うように走っていた。
 男の背丈はやや小柄であり、その服装からして、何所の研究員だと分かる。しかし、その形相はあまりにも恐怖に満ちあふれており、信じられない物を見たかのようであった。
 男は時折後ろを振り返り、視界に何も入っていないことを認知すると少しばかり顔の緊張を緩める。
 ビルとビルの横に逸れて溜息を吐きながら座る。
 
 元々、男は体を動かすのに積極的な方ではないためか、体力がない。が、ここまででもう五時間は逃げ走っている。
 男は限界を超えていた。
 しかし、ここまでやらねばならない理由が、男にはあった。
 自分の命を賭けてでも成し遂げなければならぬ理由が。

 小さくでも力強く声を出し、立ち上がった。
 目標地点は残り三キロ地点にある、東都市部左方ゲートである。

 このゲートにたどり着けば、男の安全は確保されたに等しい。
 男は細心の注意を払いながらまた、夜を駆けていく。
 親愛なる、友のため。何よりも人類のために。

 
 男の前方に、緑色の光が見える。
 緑の光はゲートの証。ここはどんな武装をしようとも決して通ることは出来ない。
 男の顔に安堵の色が浮かぶ。顔の緊張がほぐれると共に、自然に笑みが溢れる。
 ゲートには警備兵が昼夜問わず三十人弱の体制で見張っており、男にとっては心をようやく安心して預けられる人々と会えることも、嬉しさを倍増させた。

 あと、五十メートル。

 次第に、緑の光が濃くなる。
 発光灯のすぐ横には、人の姿がぼんやりとだが浮かんでいる。
 男は最後の力を振り絞り、速度をあげた。

 あと、三十メートル。

 ゲートの形が見え始めていた。
 太い合金製の柵で出来た扉で、飾りっ気の無い質素な作りである。が、この合金は、あらゆる手段でも破壊することが困難である。軍事用溶液を使用しても一ヶ月は溶けない。そんなゲートの中にあと少しで入れるのだと思うと、興奮してくる。


 しかし、ここまでだった。
 男はこれまで行ってきた後ろの確認をしていなかったのだ。

 突如男の脚が止まる。
 脚をどれだけ動かそうとしても動かなかった。視線を下に向け、ようやく気づく。
 脚と地面が、黒い結晶によって固められていた。

「困まるなぁ、村瀬さん。こんなに逃げちゃあ」
 若い男性の声が背後から聞こえる。
「別にさぁ、村瀬さんを殺すつもりなんてないんだから」
 嘘だ、と男は声を震わせながらいう。  
――仲間を全て残虐な方法で殺してきたくせに。
「あれはテストだよ、このプロジェクトのね。彼らは身をも投げ捨てて俺のために動いてくれただけじゃないか」
――この野郎!
 男は背後に引っ付いているであろう人物に拳を当てようとする、が
「object code 344」
 奇怪な言葉をいった途端に、彼の拳が消え失せた。

 黒い結晶が刃物の形を成し、男の手首から下を綺麗に斬ったのである。
 突然の出来事に、認識するのに数秒かかり、ようやくそれを終えると激痛が手はおろか、体中を走り、その痛さに声さえも自由を失っていった。

「村瀬さん、殺そうとはしてないけどそれ以外はなんでもするよ? だから大人しくしてよ」
 再度、奇怪な声が耳に届き、男の首筋に何かを押されたような違和感が生じる。

 黒い結晶が自分の中に入り込んできているのを、男は理解していた。
 何せこのシステムを作った本人なのだから。

 薄れゆく意識の中で、男は願う。

――誰か、世界を救ってくれ。
 

断罪人

(2013/3/12)ここに投稿するのは初めてなので、よろしく願います。

断罪人

近未来都市のSFです。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-02-23

CC BY-NC
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