平面交差(将倫)
※東大文芸部の他の作品はこちら→http://slib.net/a/5043/(web担当より)
ちょうど一年位前に書いた短編です。
朝の通学時間、オレは普段通りの電車に乗り学校へ向かっていた。近郊からの上り列車のため、この時間はいつも混んでおり車内は異様な熱気に包まれている。折角の朝の清々しさも、立ち所に不快感へと成り下がっていく。
毎朝のことなのである程度は慣れてきたとはいえ、早く目的地に着かないものかと多少イライラしながら、オレは吊革に伸ばした手を握り直した。そういえば今日は一限目から英語の小テストがある。そのことを思い出し、腹に溜まる苛立ちはさらに積み重なっていく。
そうはいうものの、学生の本分である勉強において遅れを取ってしまうのは決していいことではない。オレは昨夜のうちに勉強したことを復習することにした。もちろん頭の中でだ。
そうしていくつかの例文や単語を思い返しているとき、視線をさ迷わせた先でふとしたことを目撃した。その光景に思わず身を正してしまう。
――痴漢。
今までそうした現場に立ち会わせたことはないが、見るからにそれと分かった。本来伸ばす必要のない部位、方向に腕が伸びているのだから。しかも驚くべきことに、その腕を視線で辿っていくと、痴漢をしている人は学生服を着ている。つまり、オレと同じ高校生だということだ。日々の生活に欲求不満でも溜まっているのだろうか。その気持ちは分からないでもない。毎日学校に長時間拘束され、面白くもない授業を聞かされるとあっては不満も溜まるし捌け口が欲しくもなるというものだ。ましてオレの場合は周りに同性しかいないのだからなおさらだ。
オレははあ、とため息をついた。さてどうしたものだろうか。されている側の様子を見てみると、顔を歪ませて必死に堪えている。額に浮かぶ汗は暑さによるものではないだろう。そりゃそうだ。誰も自分が痴漢されるだなんて夢にも思わないだろう。怖くもなるし訳が分からずに冷や汗の一つもかいて当然だ。
だが、ふとそうした状況を考えたときに、オレはあることに気付いた。痴漢は言うまでもなく犯罪だ。この場合立証はなかなかに難しいかもしれないが、間違いなく弱味にはなる。だとすれば、この痴漢を捕まえればオレの欲求不満も解消されるのではないか。それを思えば一限の小テストなど取るに足らない。
「まもなく次の駅に到着いたします」
車掌のアナウンスから時を置かずして、電車は駅のホームに滑り込んだ。ブレーキとともに人の塊がわずかにずれる。それに合わせてオレは痴漢へと何とか身体を寄せた。
ドアが開き中にいた人達がホームに掃き出されるタイミングで、オレは痴漢の腕を掴み強引に引っ張った。力には自信がある。痴漢は突然のことに動転してか、何の抵抗も示さずにオレに引きずられるようにして車外へと放り出された。
「キミ、さっき痴漢してたよね?」
オレは周囲から目立たぬよう努めて静かに柔らかい口調で尋ねた。痴漢は怪訝な顔をしてみせるが、オレを見据える様子には余裕が窺える。捕まるわけがないと高を括っているのだろう。ましてオレなんかにと。
「はあ? 何言ってんの? 何で私が痴漢なんてするのよ?」
彼女の黄色い声がオレの頭に響く。やはりしらばっくれるつもりだ。だが、オレの目的は彼女を警察に突き出すことではない。オレは表層を笑顔で取り繕い、彼女の全身をねめつけた。
「別に痴漢を咎めようなんて思ってないの。
――ねえ、これからワタシと遊ばない?」
女にしては少し低い声でそう言うと、オレは彼女の手を取った。
平面交差(将倫)
一体どこの層に需要があるんだろうか。でも作者は本来的にはこういうタイプの話を書く人間です。