『竹久夢二 時代を創る表現者』展レビュー

 村上春樹(敬称略)が手がけた恋愛アンソロジー『恋しくて』。甘くて苦いラブストーリーを描いた短編小説という縛りで選出した海外作品を本人が翻訳し、取りまとめた一冊の表紙には竹久夢二(敬称略)の傑作と謳われる『黒船屋』が使われている。村上氏の著作において象徴的な書かれた方をすることが多い猫と女性に狙いを定め、部分的な拡大を施したその構図は、文学的な宣伝効果のために全体像を犠牲にしたものであるにも関わらず、元の絵の、一幅の画面に宿った濃厚な異国情緒を見事に感じさせる。芸術的な観点からすると思わず眉を顰めてしまうデザイン選択は、こと竹久夢二の絵画表現においてはその真髄に迫る最短ルートのように見えてしまう。
 詩人を目指し、けれどその道では生活の糧を得ることが出来そうにないと識って舵を切った画家の道は主に独学で、雑誌の投稿にて一等を取ってからはイラスト作家として人気を博し、熱狂的な支持を受けて大正ロマンの旗手にまで上り詰めた。手掛ける仕事の幅も相当に広く、雑誌の付録に本の装丁、小物の図案と商業的な実践に裏打ちされた経歴を竹久夢二は歩んでいる。着想の面でも、感性に任せてゼロからイチを作り出すようなことはせず、スケッチブックいっぱいにアイデアの種を貼り付け、それらをオマージュして作品に取り掛かる姿勢は現代のデザイナー像に近い。前述した『黒船屋』にも元になったと思われる作品があり、浮世絵風の絵をベースに西洋画ならではのモチーフを掛け合わせるアイデアが、古今東西にわたり興味のアンテナを張り巡らせていた夢二らしさを伝える。
 アートとデザインはその定義上、明確に区別されるべきものではあるが、こと人を楽しませる、喜ばせるという点においては横断的な意識で一緒くたに捉えた方が断然面白い。それぞれのジャンル性から踏み越えてはならない禁忌の領域をそこかしこに見つけられて、やってはいけない遊びにドキドキすることができる。竹久夢二の活動がそうだった、とまでは言わないが、足元に生える珍しい草花を見つけ、その形や色を夢中で模写するような好奇心をもって野原を自由に駆け回る活動イメージには心が弾む。
 作品の強度という尺度で見れば、その表現っぷりには確かに物足りなさを感じるし、夢二式美人にもいつかは見慣れてしまう。そうなってしまってからも尚、語り継がれる思想や信条、あるいは哲学といった地盤を持つのが画家という生き物なのだとしたら、晩年の彼が果たしてそうあれたのか。国内での人気に陰りが見え出し、再出発の意味も込めて乗り出した念願の欧米訪問も、第二次世界大戦を迎える時代の潮目を読み切れずに頓挫。帰国後に結核を患ってこの世を去るまでの彼自身を代弁できる作品は、決して多くない。それでも、《西海岸の裸婦》《青山河》から感じ取れる新風の気配。愛でるだけじゃ済まない図象の萌芽には、あり得たかもしれない未来を夢想してしまう。
 人によっては大した作家じゃないと一蹴される側面があるのも事実。しかしながら、と大衆に向けて熱く抗弁できる表現を竹久夢二は数多く生み出してきた。その歴史に励まされるクリエイターも少なくないと私は想像する。その全容を知るのにうってつけの展示が国立近代美術館で開催中である。『竹久夢二 時代を創る表現者』展。ハイライトとなる『黒船屋』を含め、非常に興味深い展示構成となっているので興味がある方は是非、会場へ足を運んで頂きたい。お勧めです。

『竹久夢二 時代を創る表現者』展レビュー

『竹久夢二 時代を創る表現者』展レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-10-28

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