映画『ソウルメイト』レビュー
一
ただの友情を意味しない「ソウルメイト」。そこに込められた意味は親友という関係を遥かに凌駕します。だからこそ、その内実についてはいまいちピンとこない。その関係の親密さはとても主観的なんだと思います。なのでそれを映画としてスクリーンに映し出すことは、赤の他人である観客に向けて「私がその子をソウルメイトだと思うようになった理由」を説明する作業に等しくなる。しかも、その内容で観客を感動させなければならない。観る者の頭と心の両方に勝負を挑む難事です。
ここに加えて、友情ものの映画やドラマなんて腐るほど描かれてきたという歴史があります。本文で紹介する『ソウルメイト』(2023年公開)も、2016年に公開された作品(『ソウルメイト/七月と安生』)のリメイクですし、2016年の方も岩井俊二監督の『花とアリス』の影響が多く見られるといいます。正直、オリジナリティなんて発揮する余地がどこにもない。なので公開当時、私はストーリー自体にはそれほど期待せず、キム・ダミの演技を観たいという気持ちで劇場に足を運びました。いやぁ、心底驚かされましたね。その脚本の巧さと演出の見事さに。そこに俳優陣の素晴らしい演技が噛み合って、とんでもない感動が生まれていました。劇場であんなにボロ泣きする羽目になるなんて思いもしない。本当に、本当に素晴らしい物語でした。
二
ストーリーライン自体は見え易いものです。主人公であるハウンが暮らしている済州島にもう1人の主人公、アン・ミソが転校してきて育まれる純粋な友情。それが大人になるにつれて少しずつ拗れていき、破綻を迎えてからの再会でミソとハウンの友情がより大きいものになっていく。二人の関係に大きな波紋を生んだのがジヌという1人の男性だったと記せば、勘が鋭い方はどういうドラマが待っているのか大体の想像がつくと思います。それは確かに三角関係の定番ともいえるものです。けれど、それはあくまで表向きの物語です。
本作にはある舞台装置があります。ハウンが描いたという高校時代のミソの絵です。この一枚に隠された秘密がミソとハウンの間にある関係をタイトルどおりのものにします。かつてハウンは、絵のモデルになってくれたジヌにこう言っていました。
「私がモデルを写実的に描くのは、私の心を知りたいから。」
幼い頃から自由奔放な性格だったミソと比べて、堅実派なハウンは常に安定した道を選び続けるのですが、それが果たして心から願ったものなのか。波瀾万丈の人生を辿るミソの行く末に関わるに連れ、頭の中で大きくなるこの疑問にハウンの未来が大きく左右されます。
一方で、ハウンと違いひたすらに夢を追っていたミソは生活苦に陥ります。
不仲だった母親と決別して一人、済州島に残ってアルバイトなどで生計を立てていたミソはジヌとの間で起きた一件を機に島を出て、ソウルの地で画家としての道を本格的に目指そうとしますが、行く先々で現実の壁にぶつかり、打ちのめされ、ついには夢を見失います。危ない道を渡ってでも安定した生活を手に入れようともがいても、幸せは指の間をスルリと抜けていく。大好きなハウンとの再会を果たしても、2人の間にある生活の違いが決定的な亀裂を生み、やがて迎えることとなった人生のどん底で酒に溺れ、行く当てもない時に頼ってしまったジヌ。修羅場必至の状況で思いもしなかったハウンとの遭遇を果たした時に、ミソは初めて泣きます。ハウンがミソに投げつけた言葉がトリガーとなりました。
「私以上に、あなたを愛している人はこの世にいない。」
字面以上の純粋な気持ちに溢れた親友の叫び。その痛切な想いに応えて人生を立て直そうとミソが取る選択は、実に「らしく」ない堅実なもの。なのに、その姿には不思議なくらいかつてのミソが放っていた輝きが宿っている。もう何度目か知れないミソとの別れを済ませ、済州島に戻ったハウンが、しかしながら選び取る「らしく」ない人生の賭けにも、彼女が憧れ続けたあの頃のアン・ミソがオーバーラップしていました。
混交する2人の歩みを見守るように、並走する夢と現実。人生の両輪となるべき側面が理想的な関係を保ち、真の意味での幸せを約束する。そこに嘘は一ミリも存在しない、存在し得ない。だからこそ、その先で待っていた結末は余りにも残酷で、美しくて、辛くなる。あの頃の自分と向き合って、ひとり涙を流すミソの手をしっかりと握って放さない小さな優しさは、『ソウルメイト』というタイトルを口にするのに最も適したシーンです。頭も心も震えるばかり。2年経った今でも不動のマイベストムービーについては、手元にある非売品の宣伝ポスターとセットで大切にしたい宝物が敷き詰められています。観れば必ずぶっ刺さること間違いなしの一作なので多くの方に観て欲しい。UーNEXTなどで絶賛、配信中です。興味がある方は是非!是非!!
映画『ソウルメイト』レビュー